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きまぐれな日々

11月16日、ついに衆議院が解散された。マスコミが事前に予告していたから、野田佳彦と安倍晋三の党首討論で野田が16日解散を口にしても、大きな驚きはなかった。衆院選は12月4日公示、16日投票となる。

だが、16日解散に至るまでは確かに急展開だったため、マスメディアが「第三極」と呼ぶところの極右政党群が、解散が早まらなければ彼らが数か月かけてメディアの注目を引きつけながら展開したであろう離合集散が急ピッチのドタバタ劇で繰り広げられた。行き着いた先は、しばらく前から最後にはこうなるのではないかと思っていたところの、石原慎太郎と橋下徹の野合だった。その醜悪さには目をそむけるばかりだった。

特にひどかったのは、15日に、それまで小沢一郎の「国民の生活が第一」を中心としたいくつかの小政党が形成する「民意の実現を図る国民連合」に加わると見られていた「減税日本」(代表・河村たかし)が突如「たちあがれ日本」を改称した「太陽の党」(代表・石原慎太郎)との合流を発表したと思ったら、翌16日、つまり衆議院解散の日には、「日本維新の会」代表(当時)の橋下徹が東京に出向いて石原と会談し、その結果今度は日本維新の会が太陽の党を事実上吸収合併する一方で、太陽の党と減税日本の合流は反古にされたことである。

ある時期から橋下徹と河村たかしの間で確執があったことはもう誰でも知っていることだが、橋下と石原が互いに組みたがっていることが最近ミエミエになっていた。そこで河村は石原にコバンザメにように食いつくことで、つまり石原の配下にしてもらうことで、維新と石原一派が合流する政党に入れてもらおうとしたものだろう。しかし、橋下は冷徹に河村たかしを引き剥がした。

橋下はその理由を政策の違いとかなんとか言っているが、大の原発推進派である石原と組むに当たって「脱原発」の看板を下ろした橋下がそんなことをいうのは噴飯ものだ。そもそも「減税」で入りを減らす河村の政策も、「バサーッと切る」が口癖の歳出減志向の橋下の政策も、ともに過激な新自由主義であって政策に違いなど全くない。橋下は、ただ単に河村たかしという人間が気に食わないだけなのである。

政策の違いで最も大きいのは、石原と橋下、または石原と河村の原発政策である。橋下も河村もともに「脱原発」を表明していた。一方、石原は昨年の東電原発事故の直後に福島を訪れて原発推進論をぶったほどの過激な原発推進派である。その石原と河村がいったん手を組んだことや、石原と橋下が手を組んだことは、河村や橋下の「脱原発」の主張が「人気とり」の目的以外の何物でもないことを意味する。

脱線するが、ついでに書いておくと、民主党と「国民の生活が第一」も「脱原発(依存)」政党であるとは私は認めていない。両党とも核燃サイクル存続を主張する議員が多く、それは両党に属する政治家が「脱原発とは何か」を理解していないからである。彼らは「なんちゃって脱原発」派に過ぎないし、民主党には原発推進派も大勢いる。親分の小沢一郎の言いつけを聞いて「脱原発派」と称している「生活」も内実はどうだかわからないし、そもそも代表の小沢一郎は、1991年の青森県知事で核燃サイクル推進派の現職を当選させるために剛腕を発揮したこと、2007年に日立製作所のエンジニア上がりの大畠章宏の進言を容れて民主党のエネルギー政策を原発の積極的推進に転換したこと、それに昨年の民主党代表選で原発推進派の海江田万里を推したことなどについて、何の総括もしていない。これは、たとえてみれば戦争犯罪人が敗戦後何も言わずに平和主義者に転向したようなものである。そのような態度は無責任そのものだろう。小沢は、まず自らの原発推進の責任を総括しなければならない。

そんな「国民の生活が第一」あるいな民主党にしても、原発をゼロにする年限を掲げているだけ、それがたとえ民主党のように「2030年代」という悠長なものであっても、「脱原発」自体を引っ込めてしまった「日本維新の会」よりはよほどマシだといえるだろう。

そもそも、今年5月に橋下は「脱原発を争点に総選挙をやれ」と言っていたことを私は忘れていない。今後の選挙戦において、本当の「脱原発」政党である社共はもちろん、民主党や生活党も維新のこのふざけた姿勢を厳しく追及すべきだろう。小沢一郎はこれまで橋下と組む気満々で、配下の者に「橋下の悪口は言うな」と厳命していたと聞くが、そういう己の誤った態度を自己批判するとともに、橋下に切り込んでいかなければならない。もっともそれが小沢にできるか、私は知らないけれど。

ついでに書いておくと、解散2日前の11月14日になってもまだ下記のようにつぶやいていた飯田哲也にも、脱原発派の知識人としての責任を問いたい。

NHKも報道。本当に解散か....?もしそうなら、小沢&維新封じと選挙後の連携で、野田官邸周りと自公が野合したか?(NHK11/14)衆院選 来月4日公示・16日投票へ http://nhk.jp/N44Y5evj


「維新封じ」などと被害妄想に浸っている暇があるなら、なぜ橋下と石原慎太郎の野合に飯田は口をつぐんでいるのか。知識人としての責任ある態度のかけらも見られない飯田には呆れるほかはない。

ところで解散前後の15, 16日17, 18日の朝日新聞の世論調査で、比例区の投票先を問う設問に対して、17, 18日の数字で自民22%(15, 16日23%)、民主15%(同16%)、維新6%(同6%=維新と太陽の合計)という数字が出ている。

これは、今後テレビに各党の政治家、特に橋下徹がテレビに出演を重ねていくことで大きく変わると思うが、解散前と比較して自民と維新が支持率を大きく下げ、民主はやや上げたものの自民と維新の減少分に対応するほどではなく、小沢の「国民の生活が第一」に至っては、政党支持率、比例区の投票先とも、朝日の17, 18日の調査で「0%」という数字をたたき出す惨状だ。阿部知子が離党し、重野安正幹事長までもが病気で出馬を断念した社民党でさえ政党支持率は生活と同じ0%だが、比例区の投票先では1%の数字となっており、小沢新党の勢いはいまや社民党以下に落ちてしまった。

「小沢信者」は世論調査は「マスゴミ」の捏造だとか、「マスゴミ」の小沢隠しのせいだとか言っているが、事実がどうかは選挙結果が明らかにするだろう。ちなみに民主党にもいえることだが旧自由党も、事前の世論調査で支持が低い割には選挙でそれなりの議席数を獲得する傾向があるので、生活党も多ければ議席を2桁に載せることもあり得ると、私はその程度にはみつもっている。しかしそれ以上ではあり得ない。いつまでも橋下に秋波を送り続けて相手にされなかったことや、カルト的な信者に担がれ、最近では岸信介や佐藤栄作を信奉している孫崎享を講師に招いて「戦後史の正体」を勉強しているという彼らに、自民党や自由党時代からの熱心だった支持者の間にも愛想を尽かしている人たちが多いのではないかと私は想像している。

ここでまた脱線するが、たとえば小沢一郎が師と仰ぐ田中角栄について書かれた早野透(元朝日新聞記者)の『田中角栄 - 戦後日本の悲しき自画像』(中公新書)には田中角栄の憲法観が言及されていて、角栄は日本国憲法に懐疑的な考えを持ち、時には改憲志向と思われる発言を野党に批判されたりしながらも、憲法はこの先100年は変えなくて良いと角栄が言ったことなどが紹介されている。しかし、孫崎の『戦後史の正体』には、親米・反米による政治家の色分けはあっても、日本国憲法に対するスタンスの色分けは皆無だ。以前にも当ブログに書いたように、孫崎は核武装を視野に入れていた岸信介や、同じく核武装を検討させた佐藤栄作(その結果は核武装に否定的だったが)などを称揚している。そんな本を、少し前には「脱原発に頑張る橋下市長を応援しよう」と言っていた某左翼人士が絶賛している。岸信介を信奉する保守人士である孫崎享を、吉田茂−田中角栄の系譜を継ぐ小沢一郎の陣営が「先生」格に祭り上げるばかりか、日本共産党の幹部級党員だったはずの編集者まで絶賛する。ちょっと私には信じられない光景だ。

これほど時代が大きく狂ってしまうと、気力も萎えそうになってしまうが、その気力を振り絞ってなんとか週1回のブログの更新を続けている。しかしその気力も、総選挙後というか来年以降はいつまで続くか自信がなくなってきた。私自身は次の選挙では自民党、民主党、維新の怪、国民の生活が第一のいずれにも投票しない。

そんな人間が最後っ屁を放っておくが、国民の生活が第一はリベラル勢力の軸には間違ってもなり得ない。かつて角栄に対してクーデターを起こした竹下登のように、小沢一郎を乗り越えようとする人間が現れなければあの集団は変わらないが、そんなポテンシャルのある人間はあの集団にはいない。小沢が切ってしまったからだ。あるいは、自分たちが田中角栄に対してクーデターを起こして権力を掌握していった小沢にとっては、同じことを起こす可能性のある人間は周囲に置いておけないのかもしれない。そんな人間がトップに立っている集団は、ボスと一緒に命脈が尽きるだけだろう。
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