きまぐれな日々

先週の政治関係のニュースでもっとも注目を集めたのは、石原慎太郎が突如として東京都知事を「投げ出した」一件であり、石原は同時に新党結成に言及した。

正直言ってこの件を取り上げる記事を書くのは全く気分が乗らない。5年前の安倍晋三の「政権投げ出し」よりひどい石原の「都政投げ出し」(なぜなら、安倍の場合はまだ「潰瘍性大腸炎」の影響もあったが、石原の場合はそれさえもないからだ)を批判する視座もろくすっぽマスコミは持たない。そんなマスコミの「第3極」報道は極めて不快である。

石原やマスコミに対する不快感を代弁してくれたのは、昨日(28日)のTBSテレビ『サンデーモーニング』における河野洋平のコメントだった。ネトウヨが河野洋平の発言を文字起こししたブログ記事から引用する(但し表記を一部変更し、元記事にある強調文字は使わなかった)。

僕はね、あの辞職の記者会見を聞きましたけどね、もう非常に不愉快でしたね。「諸般の事情に鑑みて辞める」って、諸般の事情って一体何なのか? あれ聞く限りね、自分の都合ですよね。もう自分がここが最後のチャンスだと思うから、都知事のほうは辞めて、国政やると言っているように僕には聞こえました。

そしてねぇ、あのー、色々仰っるけれども、もう一方的に「アレはダメだ。コレはダメだ」と。自分の意に沿わないのは「アイツはバカだ」と。もうどうしてあんな立派な小説を書く方がね、ああいう、、その、話をする時には、あんなに口汚くね、罵るか。

もう少し、都知事の会見てのはちゃんとした言葉で、ちゃんと相手の立場も考え、自分の主張も冷静に述べるという事が何故できないのか。

だから私は、やっぱり人間的に相当欠陥があるんじゃないかという風に、私は思いましたね。ええ。


この河野発言のうち、「あんな立派な小説」という箇所にだけは同意できなかったが、その他の主張には全面的に同意する。もっとも、「立派な小説」というのも、河野洋平一流の皮肉である可能性もある。

河野洋平はまたこうも言った。こちらは山下芳生参院議員(共産党)のTwitterより。
https://twitter.com/jcpyamashita/status/262339045940674562

河野洋平前衆院議長いわく。「第3極」と無神経に言うがこれは本当に第3極なのだろうか。石原さん橋下さん渡辺さん、みんな憲法改正、右寄りの人達。本当の意味で第3極と言うなら、官邸前で原発反対を主張している人達の受皿になるような政党ではないか(サンデーモーニング)。同感。


こちらも、官邸前デモを主導していた反原連が「『右』も『左』もない」という病気にとりつかれたせいか、参加者を激減させてしまったことに留意しながらも同意する。

「石原新党」とやらをめぐるマスメディアの馬鹿騒ぎについては、河野洋平の批評につけ加えることは何もない。かつて河野洋平時代が新自由クラブを結成し、一時社民連と統一会派を組んだ頃には「中道勢力」と言われた。今ではその河野洋平でさえネトウヨに「左翼」呼ばわりされているから、社民連の前身・社会市民連合(社市連)を創設した故江田三郎などは今なら「極左」呼ばわりされるだろう。いや、ネトウヨは河野洋平さえも、「極左」と呼び、それどころかタカ派の野田佳彦(「野ダメ」)が首相を務める民主党政権さえも「極左」と呼んでいるのだが。故中川昭一、通称中川(酒)が愛用した「鳩左ブレー」などの珍語もあったっけ。

そんな風潮の中、嘆かわしいのは、かつての「リベラル」までもが激しく「右ブレ」していることだ。田原総一朗が言い出した「橋下徹さんは意外とリベラル」などというトンデモ言説に乗っかってか、「全ては憲法9条が原因だと思っています」と放言したことのある9条改憲論者・橋下徹が石原慎太郎の「憲法廃棄」に異を唱えたからことを「評価」するありさまだ。また、かつての「リベラル・左派」から「小沢信者」に転じた人たちの一部は、以前から橋下の「維新の会」との連携を唱えている。それでいながら、自らが「転向」したという自覚を全く持っていないようだから困ったものだ。そういう人たちが孫崎享のトンデモ本『戦後史の正体』を読んで、「そうか、岸信介や佐藤栄作はアメリカと戦った『愛国政治家』だったんだ」と、目からうろこが落ちたと思い込みながら、その実両目にフィルターをかけられてしまったことに気づかない。

これでは、アメリカなど海外のメディアから日本の右傾化(右翼化)を指摘されるのも当然なのだが、右翼はもちろん、「反米保守」に転じてしまったかつての「リベラル・左派」さえも、「アメリカがいったい何を言うか」と思ってしまうのではないかと想像してしまう今日この頃である。
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先週はいろいろな政治関係のニュースがあったが、私が購読している『朝日新聞』では小さくしか取り上げられかったある件でネットの話題は持ち切りとなった。

『週刊朝日』に連載第1回が掲載された、ノンフィクション作家・佐野眞一と週刊朝日のスタッフによる新連載「ハシシタ 奴の正体」に切れた大阪市長の橋下徹が、週刊朝日(版元は朝日新聞出版)のみならず、朝日新聞・ABC朝日放送(大阪)など朝日グループに対する取材拒否を行い(朝日放送に対する取材拒否は翌日解除)、それを受けて週刊朝日編集長と朝日新聞広告局が遺憾の意を表明したのだ。

橋下は、佐野眞一と週刊朝日のスタッフが執筆した記事について、橋下の家族関係の記述が中心テーマになっているとして、「政策論争はせずに、僕のルーツを暴き出すことが目的とはっきり言明している。血脈主義ないしは身分制に通じる本当に極めて恐ろしい考え方だ」と非難した。

私は、この『週刊朝日』の記事は、出自をもとに橋下を差別的に描いたものではないと考えるので、その旨『kojitakenの日記』に書き、著者の佐野眞一を支持すると言明したが、私の記事はたいへんな不評を買った。

『kojitakenの日記』は4日続けて5桁のアクセス数(ユニークアクセス数)を記録し、特に10月19日にはユニークアクセス数で33,231件(同一リモホからの重複アクセスをカウントするトータルアクセス数では40,452件)と、同ブログとしては過去最多のユニークアクセス数(トータルアクセス数では過去2番目)を記録したが、その大半が記事に賛同しない読者からのアクセスだったことは明らかだ。ちなみにこれまでの最多は、今年5月14日のユニークアクセス数32,757件(トータルアクセス数42,497件)だったが、この時アクセスが集中した記事は「橋下徹を非難し、『毎日放送叩き』に反対するキャンペーンを開始します」だった。

『週刊朝日』の記事の件に戻ると、当該記事は「差別記事」ではないと私は考えるけれども、これに関しては賛成論と反対論はおそらく平行線をたどって交わることがないだろうから、この点に関してこの記事ではこれ以上言及しない。今回の記事で問題にしたいのは、今回のような形で被差別部落に言及したメディアの記事の発信を抑えてしまうのが良いことかどうか、その点である。

私が育った兵庫県においては、被差別部落が多数あり、私の住んでいた家のすぐ近くには朝鮮人部落もあった。親からは、朝鮮人部落には近づくなと言われたが、小学校低学年の頃から実際にそこを歩いて、親が言うような怖いことなど何も起きないことを身をもって知った。被差別部落とは若干距離があったので、訪れたことはなかった。

70年代になると「同和教育」が始まったが、70年代半ば頃になると、部落解放同盟の教育現場への介入が目にあまるようになった。私も、小学校6年生でさえ疑念を抱くくらいの「価値観の強制」としか言いようのない教育を受けた。兵庫県の他の地域の学校では大がかりな暴行事件も起きたが、なぜかマスメディアはそれをなかなか報道しようとしなかった。

蛇足だが、『kojitakenの日記』にこれを書いた時、「これって『日教組の自虐教育ガー』とどこが違うの? 私も兵庫育ちだけど、そんな記憶はない。」というブクマコメントをつけた人がいたようだが、同じ兵庫県でも世代や地域が違えば経験は違うのは当たり前のことだ。たとえばやはり兵庫県で育った村上春樹(1949年生まれ)は同和教育を受けた経験がなく、その結果、知らないうちに同級生の女の子を傷つけてしまった経験があったそうだ。私は昨日、下記URLのブログ記事でそれを知った。
http://gold.ap.teacup.com/multitud0/718.html

このブログ記事によると、兵庫県尼崎氏出身の柄谷行人(1941年生まれ)もある時期まで中上健次が被差別部落の出身であることを知らなかったという。村上春樹は1949年生まれだ。ある年代以上の人はそうなのかもしれない。逆に、80年代以降は70年代と比較すれば部落解放同盟の「糾弾会」などの活動は過激さを減じたと聞いているから、70年代に子供時代を過ごした私のような世代が、もっとも解同の印象が強烈なのかもしれない。それにしても、全く同和教育を行わずに、知らずに同級生の女の子を傷つけた村上春樹の時代から、一転していきなり「行き過ぎ」としか思えない同和教育をやったのだから、極端から極端に振れ過ぎだった。両者の中間に望ましい解があったことはいうまでもない。つまり「押しつける」のではなく「考えさせる」同和教育である。

ついでに書くと、当時から共産党は解同批判のビラを撒いていたから、解同と共産党が犬猿の仲であることは、当時関西に住んでいた人間なら誰でも知っていることだったと思う。

ところで、当時の解同批判に関しては共産党の主張に分があったと思うけれども、今世紀に入ってから「別冊宝島」から「同和利権」を批判した「別冊宝島」(ライターは主に共産党系の人だった)が出た時、本題である同和利権の批判はまっとうだったと思うけれども、「狭山事件」で無実の罪を着せられた(それこそ佐野眞一が「警察のでっち上げであることがほぼ明らかになった」と書いている)石川一雄氏を揶揄する表現が複数あった。これは、解放同盟が共産党との争いに石川氏を巻き込み、石川氏が共産党を批判する発言をしたことが一因になっているのではないかと想像するが、それにしてもいただけなかった。

だが、ここで告白しなければならないことがある。それは、小学生の時に「狭山事件」の教育を受け、「石川青年を返せ!」というかけ声を聞かされた私が、「別冊宝島」に掲載された石川氏を揶揄する記事を読んで、一瞬心の中で笑ってしまったのだ。しばらく経って、それは誤りだと反省した。しかし、それでも「狭山事件」について考えることを私はずっと敬遠していた。ようやく今年4月になって鎌田慧の『狭山事件の真実』(岩波現代文庫, 2010年)を読み、やっとこの事件について納得する説明を得るとともに、もっと早くこの事件について知っておくべきだったと思ったのだった。この本に関しては、今年4月22日付の『kojitakenの日記』にレビューを書いた。

何を言いたいかというと、部落解放同盟がかつてやったような、「糾弾」で圧力をかけたり、あるいは今回橋下がやったように「取材拒否」で雑誌記事を発表できなくしたりすることは、差別をなくすどころか、差別を助長するものではないかということだ。現に私自身がその悪例だった。

私はいつの頃からか、「隠したり『糾弾』したりするから差別を助長し、差別が温存される。事実を白日の下に晒すことが差別をなくすことにつながるのではないか」とずっと思っていた。

ただ、事実を明らかにすることが差別をなくすことにつながるというのはあくまで一般論であって、個々のケースについていえば、それで多大な不利益を被る人たちがいることは間違いない。だから、「差別する側」に生まれついた人間として、この持論を主張するに当たっては十二分の注意を払わなければならないとも思っている。

そんな時、『新潮45』に橋下の出自を暴いた記事を書いたノンフィクションライターの上原善広氏のブログ記事(下記URL)を読んで、我が意を得たりと思ったのだった。以下関連部分のみ引用する。
http://u-yosihiro.at.webry.info/201210/article_8.html

まず差別的にしろ、なんにしろ、ぼくは路地について書かれるのは全て良いことだと思っています。それがもし差別を助長させたとしても、やはり糾弾などで萎縮し、無意識化にもぐった差別意識をあぶりだすことにもなるからです。膿み出しみたいなものですね。それで表面に出たものを、批判していけば良いのです。大事なのは、影で噂されることではなく、表立って議論されることにあります。そうして初めて、同和問題というのは解決に向かいます。解放教育のときも、共産党からは「差別を助長する」と批判されましたが、だからといって隠してばかりは良くないということです。


同じ記事を『kojitakenの日記』で引用した時、「被差別部落出身のライターが被差別部落出身者の総意を代表してる訳じゃないし。上原氏の言葉を自己正当化に援用するのは姑息だと思う」との批判を受けた。既に書いたように、出自を明らかにされることによって不利益を被る人が多数いることは事実だ。だから私も一般論としては「差別の可視化こそ差別をなくすことにつながり、不可視化は差別を助長する」というのが正しいと思うけれども、すべてのケースにこれを当てはめるのは、「差別する側の人間による不当な差別」にほかならないとは私も思う。

しかし、橋下は権力者である。だから上記の一般論は橋下に適用されるべきだし、ましてや権力者である橋下が朝日新聞グループに対する「取材拒否」の挙に出たと知った時、なんて馬鹿なリアクションを示すんだろうか、最悪じゃないかと思った。

かつて、月刊『現代』の連載記事で魚住昭が野中広務の出自を暴いた時、野中は魚住に苦情を言ったという。しかし野中は講談社に対する「取材拒否」の挙になど出なかった。その野中と橋下を比較して、差別をなくしたいと思っている人間(野中広務)と、本心では差別を温存したいと思っている人間(橋下徹)の違いなのではなかろうかと思った。いや、今も思っている。ましてや、2008年の大阪府知事選で、今回『週刊朝日』の連載が中止に追い込まれた最大の理由となった被差別部落の地域において、橋下は自らそこの出身であることを街宣車で大々的にアピールしていたことが指摘されている。それを考えると、被差別部落出身であるとの出自を理由に不当な記事を書かれたと橋下が主張するのは単なる方便であって、自らを批判する言説を封殺するための絶好の機会と見てこれを使用したのではないかと私は推測している。

そう、これは「言葉狩り」の問題でもある。かつて1993年に筒井康隆が「てんかん患者差別」を理由に、教科書に掲載されるはずの自作が筒井に無断で削除された時、これに抗議して「断筆宣言」を行ったことがあった。この時筒井を非難したのが朝日新聞の本田雅和という記者だったが、私はこの時筒井康隆を支持し、本田の行動を「言葉狩り」とみなした。

その後2005年の「NHK番組改変問題」で、番組改変の圧力をかけた安倍晋三と故中川昭一を追及したのが本田雅和だったが、この件で朝日は無惨に敗北し、安倍や中川らに謝罪する羽目に追い込まれた。それもこれも追及したのが本田のようなヘタレ記者だったせいではないかと私は内心思っていた。なお、この本田は責任をとって職を辞すれば良いものを、いまだに朝日の禄を食んでいるらしい。ネット検索でこのことを知った私は呆れてしまった。

そして、その朝日のヘタレの伝統は、7年後にも繰り返された。ついでに書くと、橋下への謝罪直後の10月21日、3週刊前の9月30日付朝日新聞読書欄に載った佐々木俊尚による孫崎享のトンデモ本『戦後史の正体』の酷評に怒った孫崎の批判を受け入れて「訂正」が掲載された。朝日は恥の上塗りをした格好である。

朝日新聞は完全に死んだ。別に朝日がその担い手だったとは毛頭思わないが、戦後民主主義も今まさに息絶えようとしている。
思えば、大阪維新の会が国政進出を決め、安倍晋三に党首就任を要請して以来、それまでにも崩壊、あるいは溶解を始めていた日本の政治が、一気にメルトダウンしてしまったように思う。果たして当ブログを運営し続ける気力がどこまで続くかは心許ない限りである。

昨日は、それまで小沢一郎を呼びつけるなどでかい態度を取っていた橋下徹が、東京に出向いて石原慎太郎と平沼赳夫との三者で会談したというニュースが流れていた。私は「石原新党」などできっこないと思っていたが、「大阪維新の会」が国政に進出して結成した新党「日本維新の会」も含めて、現在ある14の政党をすべて合わせても支持者が有権者の3分の1にしかならない現実に、ついに石原が本気で国政復帰を視野に入れ始めたのではないかとぞっとした。

時事通信の世論調査によると、各党の支持率は、民主党7.3%、自民党16.8%、公明党4.4%、みんなの党1.2%、日本維新の会1.2%、共産党0.9%、国民の生活が第一0.5%、社民党0.3%、国民新党0.1%、たちあがれ日本0.1%、新党きづな0.0%、新党大地・真民主0.0%、新党改革0.0%、新党日本0.0%となっている。そして「支持なし」が実に64.8%に達しているのである。一部で喧伝された「維新の会が無党派層の受け皿になる」という見通しは完全に外れた。今や「維新の会」も有象無象の中に埋没しつつあるといえるだろう。

これまでずっと追い風が吹いていていい気になっていた橋下が泡を食っているのを見ると、「ざまあみろ」と思うが、その橋下が感じているらしい「風」が東風ならぬ「右風」であることは、橋下が会談した相手が石原と平沼であるという事実から明らかだ。この三者会談から直ちに「石原・橋下新党」が出てくるとまでは私は思わないが、安倍自民党の対抗勢力(?)として出てくるのが石原や橋下らだというだけでお先真っ暗な気持ちになる。

最近の「左」側では、前回のエントリで長文の批判を書いた孫崎享の『戦後史の正体』についての状況が、ちょっと考えられないほどひどいものになっていて驚いている。

新聞は、朝日新聞が9月30日付読書欄の「売れてる本」のコーナーで、佐々木俊尚が書いた酷評を載せた以外、この本を黙殺している。朝日の「売れてる本」のコーナーとは、『戦後史の正体』について専門的かつ辛辣な批評「過剰に大きな星条旗」を掲載した『Valdegamas侯日常』が書評の補遺「郷原・佐々木双方のある種の正しさ」に書くところによると、

そもそも「売れてる本」はイキのいい評論家やライターの類に書店に平積みされるベストセラーを読ませては酷評させ、亜インテリの溜飲を下げせしめるという中々趣味の悪い欄であり、佐々木氏の『戦後史の正体』評もそういった同欄の趣旨にたがわない。

とのことだが、要するに朝日がそういう「おちょくった」扱いをした他はどの新聞も相手にしていないのが現実だ。

これは、いわゆる「小沢信者」たち(最近では単なるエキセントリックな「反米保守」に過ぎないのではないかと私は思っているが)が言うような「マスゴミ(あるいは権力)にとって都合の悪いことが書かれているから」でもんでもなく、山口二郎が「孫崎さんの本はおおざっぱな断定があると思う。陰謀論と科学主義の中間的リアリズムの言説を提供するのが政治学者の仕事だと痛感した次第。」とつぶやいたことに示されているように、「奇書」あるいは「トンデモ本」として取り合っていない、というのが実情だろうと思う。

しかし、現実には9月27日の朝日新聞「論壇時評」欄で、酒井啓子と森達也の2人の論者が『戦後史の正体』を「注目の3点」に挙げているほか(これにはコメントは付されていない)、昨日知って愕然としたのだが、社民党党首の福島瑞穂が孫崎享にこんなTwitterを発信している。

@magosaki_ukeru 戦後史の正体」は、本当に面白く、有益でした。いろんな資料や歴代首相の見方など参考になりました。私は辺野古沖に基地を作ることに反対し、大臣を罷免になったので、外務省、防衛省などの役所を変えることができず、悔しかったです。これからもがんばります!


社民党の党首ともあろう者が、知らないうちに改憲論へと読者を誘(いざな)い、岸信介や佐藤栄作に対してこれまで「リベラル・左派」が持っていた価値観を180度転回させる狙いを持ったこの本を手放しで礼賛している現実がある。さらには、「マガジン9条」も孫崎享のインタビュー記事を掲載している。

私はもういい加減、私のような素人の批判ではなく、豊富な専門知識を持つリベラル・左派系の論者による本格的な『戦後史の正体』批判が現れないものかとずっと待っているのだが、それがいっこうに現れないのである。これは、少なくとも私にとっては驚くべきことであり、「リベラル・左派」の言論はここまで衰退しきっているのかと暗然たる気持ちにならざるを得ない。福島瑞穂氏のTwitterには正直目を疑った。「左派内から崩れる護憲論」という前回の記事のタイトルは、やはりその通りなのだろうと改めて思う。

孫崎享のTwitterを見ると、

朝日・書評:皆様に御心配をおかけしましたが、了解に達しました。ご支援感謝いたします。

と書いてあるから、おそらく朝日の投書欄か何かに孫崎の反論が載るなりするのだろうが(当初孫崎が要求していた「謝罪」を朝日が行うとはさすがに思えない)、それをきっかけにでも良いから、「リベラル・左派」側からもまともな『戦後史の正体』批判がなされることを期待したい。
産経新聞とFNNの世論調査で、安倍晋三新総裁が就任したばかりの自民党の政党支持率が大きく伸び、橋下徹の「日本維新の会」の支持率が大きく低下したとの結果が報じられた。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121008/stt12100811450000-n2.htm
(リンク切れの場合、『kojitakenの日記』を参照)

この世論調査結果によると、自民党の支持率は9月1,2日調査時の21.7%から、10月6,7日調査時には実に10.4ポイントも上げて32.1%になった。一方、橋下「維新の会」の支持率は、同じ期間に23.8%から9.6ポイント下げて14.2%となった。

要するに橋下「維新の会」の支持率低下分をまるごと安倍自民党が持って行った形である。「維新の会」の高支持率がどういう人たちに支えられているかがよくわかる話だ。

読売新聞の世論調査でも、どういうわけか野田内閣各党の支持率は産経の調査結果とはだいぶ違うが、維新の失速と自民の復調という傾向は同じだ。

自民党は「維新の会」にキャスティングボートを握られるリスクを、安倍晋三を総裁に復帰させることでみごと回避した形となった。「既成政党」から選挙目当てで流れてきた国会議員と「大阪維新の会」の地方議員が反目し合い、新自由主義志向の強い橋下徹と極右イデオロギー志向の強い松井一郎以下「大阪維新の会」の亀裂も表面化してきた「日本維新の会」は、少し前に喧嘩別れしたばかりの「みんなの党」との復縁へと動くていたらく。この野合にしても「弱者連合」の印象は免れず、順風満帆に見えた「維新の会」の前途ににわかに不気味な黒雲が垂れ込めてきた(笑)。

もっとも、「維新の会」の凋落は笑えても、安倍晋三の復活は笑い話では済まされない。安倍の存在は今後の日本にとって最大のリスクとなった。

さて、私は『kojitakenの日記』に書いたように、次の総選挙での自民党圧勝と第2次安倍晋三内閣の発足は残念ながら不可避だと考えている。衆院選で自民党は単独過半数を獲得するだろうし、来年の参院選も、皮肉にも改選議席が2007年の安倍自民党が惨敗した議席の分なので、自公の過半数回復へのハードルは極めて低い。つまり衆参両院で自公が多数を獲得して政権再交代がなるとともに「ねじれ」も解消されるに違いないと考えている。そんな情勢で、せめて来年の参院選における自民党の獲得議席数を1議席でも減らすためには、「野ダメ」野田佳彦首相は早く衆院を解散した方が良いとさえ思う。絶対にやってはならないのは衆院を任期切れ目前まで解散せず、衆参同日選挙にしてしまうことだ。そんなことをやったら、第2次安倍内閣は長期政権となって日本を完膚なきまでに破壊し尽くしてしまう。私は4年前に自民党の麻生政権に対して言ったのと同じことを、今民主党の野田政権に対して言っている。総理大臣の伝家の宝刀「解散カード」は、任期満了が近づけば近づくほど威力を失っていく。そんなのは常識の範疇に属することだ。

だが、政治の世界には常識は通用しないから、第2次安倍晋三内閣は長期安定政権になるだろうと私は悲観的に予想している。そして、前回の安倍政権の時に起きたような激しい安倍批判はもはや起きないだろう、そうも予想している。それは、いわゆる「リベラル・左派」の内部で「護憲論」の力が著しく衰えてきているからだ。

前回、2006年に安倍晋三が自民党総裁選で争った時に呆れたのは、安倍が自ら「岸信介元総理の孫」であるのを売り物にしていたことだった。岸信介といえば、「A級戦犯でありながら戦後わずか12年で総理大臣になった男」として、そして「60年安保闘争」における打倒すべき対象(実際に打倒された)としてネガティブなイメージが世に定着しているとばかり思っていた私は、この極右政治家が自ら「岸元総理の孫」を売り物にして、それが通用している事態が信じられなかった。

しかし、ブログを始めて、「安倍晋三は『A級戦犯』岸信介の孫」というネガティブなイメージが予想以上に根強いことにほっとしたし、安倍が改憲にばかりかまけて経済問題をそっちのけにして強い批判を浴びたことに、日本にもまだまだ健全な考え方が残っているのだなと思ったものだ。

だが、現在はその頃とはまるで違う。岸信介に対するネガティブなイメージを持たなくなった「リベラル・左派」が急増しているように私には思われる。

こんな状況をもたらしている原動力の一つが、現在「小沢信者」たちや「国民の生活が第一」の国会議員たちなどの間で絶大な評判をとっている孫崎享のベストセラー『戦後史の正体』だ。

この孫崎本については、前回も取り上げたし、8月20日付エントリ「『橋下・安倍・小沢大連合』の可能性と孫崎享の『珍書』」で取り上げた。しかし、これまでのエントリにおいて、私は孫崎の本そのものは読まずに、amazonのカスタマーレビューなどから得た情報に基づいて批判するという荒っぽいことをやったため、「読んでから書くべきだ」などとずいぶんお叱りを受けた。私としては、過去に安倍晋三の著書『美しい国へ』を読まずに批判したのと同じことをやったまでだったが、この孫崎本は私が住む近所にあるスーパーの3階の小さな書店にまで平積みで置かれるほど売れているらしく、9月30日付朝日新聞には『ブログ論壇の誕生』なる駄本で知られる佐々木俊尚が書いた酷評が載るなどしてずいぶん話題になっている。私としては、『戦後史の正体』は佐々木俊尚やノビー(池田信夫)といった新自由主義系の論者に「陰謀史観」と一蹴されてもしかたないくらいの駄本だと思っているが、「リベラル」「左派」「革新」などを自認する人間であれば引っかかってはならないはずの罠に、多くの人間が引っかかっているらしいことを知って、これはいつまでも「読まずに批判する」ふざけた態度では済まされないと思って、止むを得ずこの本を買って読んだ次第である。

この本は、直前に読み終えて『kojitakenの日記』にレビューを書いた坂野潤治著『日本近代史』(ちくま新書)を読み終えた直後に読んだが、『日本近代史』が扱った1857〜1937年のあと、戦時中の1938〜45年を挟んで、『戦後史の正体』がそのあとの戦後67年間を概観している。しかし、坂野潤治が歴史上の人物の「誰が、何を考え、何を達成したいが為に、何をした」か(amazonのあるカスタマーレビューから表現を借用した)を生き生きと描いているのに対し、孫崎享は「『自主派』か『対米従属派』か」という単一の価値観に基づいて、著者の勝手な善悪二元論によってただひたすら戦後の保守政治家たちを「善玉」と「悪玉」に分類して描いているだけである。このために孫崎本は文章も内容も平板で、かつ何も考えなくても読めるので、同じ長さの文章を読むのに要した時間で比較して、孫崎本は坂野本の数分の1の時間で読めてしまった。それだけ内容がスカスカなのだ。もっとも、孫崎享のトンデモ本なんかと同列に論じるのは坂野氏に対して失礼だろうとは思う。その道の第一人者とそうではない人間の隔絶はあまりにも大きい。

その単純な二項対立の構図や「陰謀史観」の問題もさることながら、「リベラル・左派」的観点から見て特に問題だと思う諸点を以下に示す。

まず、日本国憲法を「押しつけ憲法論」で簡単に片付けてしまっていることだ。孫崎は、「日本国憲法は、米国が作成した草案を日本語に訳し、少し修正を加えたものです。」と題された短い節(『戦後史の正体』=以下「孫崎本」と表記= 68〜71頁)の終わりの方で、日本国憲法について下記のように書いて切り捨てている。

 いくらおどされたとはいえ、国家を運営するうえでもっとも重要な憲法を、翻訳したあと、わずかな修正を加えた形で修正した日本政府にも大きな問題がありますが、このことから米軍の占領政策=間接統治がどういうものだったか、だいたいおわかりいただけると思います。(孫崎本71頁)


改憲志向の強い安倍晋三が総理大臣になって最初の憲法記念日となった2007年5月、護憲派ブログの間で日本国憲法のお勉強がずいぶん盛んだったと私は記憶するが、その同じ人たちが孫崎享が書いた典型的な「押しつけ憲法論」に何の異議も差し挟まないことは不可解きわまりない。彼らは5年前、いったい何を学んでいたのだろうか。これでは「左派」の内部から「護憲論」が崩れていっているとしか思えない。上記引用箇所のあと、孫崎の主張は一貫して「改憲論」を暗黙の前提にしていることをまず押さえておかねばならない。

さらに、従来の類書には見られない孫崎本の最大の特徴は、岸信介と60年安保闘争との評価を180度ひっくり返そうとしたことだ。当ブログにコメントをいただいた風太さんは、吉田茂の全否定が孫崎本の最大の特徴だと主張するが、そうではない。これまで、「リベラル」「左派」「革新」の人間が全否定してきた岸信介に対する評価を逆転させることに、著者の最大の狙いがある。

たとえば、第1次安倍晋三内閣が発足する直前に出版されたと思われる宮崎学&近代の深層研究会編『安倍晋三の敬愛する祖父 岸信介』(同時代社, 2006年=以下「宮崎本」と表記)には下記のような記述がある。

(前略)政権にある間、吉田(茂)は、アメリカの圧力で再軍備にとりかかりながらも、それには基本的に消極的で、憲法九条をたてに軍備を抑え、その分の予算を経済復興にまわそうという軽武装・経済優先の方針、のちになって「安保ただ乗り」と言われた路線をとっていた。ただし、サンフランシスコ講和条約でアメリカと単独講和を結び、日米安保条約に調印したのも、吉田である。

 この吉田に対して対抗したのが鳩山一郎で、鳩山は、憲法と日米同盟の両方で吉田とは正反対の方向を採ろうとしていたともいえる。現行憲法を利用しようとする吉田に対して改憲を唱え、同時に、アメリカに追従しながら実を取る吉田路線に対して、アメリカからの自立として「中ソとの国交回復」を追求したのである。実際に日ソ国交回復、日本の国連加盟をやりとげた。このように、鳩山は、改憲と自主外交の両面において、アメリカに庇護されながらそれを利用するという吉田流の「半独立」をのりこえ、「独立の完成」をめざしたのである。

 ところが、これらは、アメリカ、特に当時の国務長官ダレスの路線からすると、簡単に言って、「どちらもダメ」なのであった。(中略)ダレス路線からするなら、アメリカ追従をするのはいいとして、憲法をたてにとって軍備増強をしようとしない吉田は落第だし、その点、改憲して軍備増強という鳩山はいいが、「中ソとの国交回復」で共産主義諸国に自主外交をするというのは許せない、というわけである。

 ところが、ここに改憲・軍備増強で親米・反共という吉田と鳩山の「いいところ」を取ったような、もう一つの勢力があらわれた。それが岸信介とそのグループであった。

 この岸の路線は、ダレスの路線に全面的に応えるものだった。もちろん、ダレスと岸では、その路線を採った理由は別である。その意味では、岸は、ただアメリカに追従するためにその路線を採ったわけではない。しかし、岸は、その自主憲法、自主防衛、アジアへの経済進出という彼独自の路線を親米・反共という枠と結びつけて展開したのだ。そのようにして展開することによってこそ現実性をもちうることを見抜いていたのだ。そして、そのことによって、日本とアメリカの関係を構造的に従属的な形の同盟関係に誘い込んだのである。

(宮崎学&近代の深層研究会編『安倍晋三の敬愛する祖父 岸信介』(同時代社, 2006年)142-143頁)


だいたいこういったところが今までの吉田茂、鳩山一郎、岸信介の3人に対する代表的な見方だった。それをひっくり返そうとしたのが孫崎本なのである。

宮崎本が書くようにアメリカに気に入られていた(ノビーの表現を借りれば「CIAの工作員」だった)岸が、CIAから巨額の政治資金を受けていた件は、元共同通信記者の春名幹男(現名古屋大学大学院特任教授)が書いた『秘密のファイル』でよく知られていて(私は未読)、宮崎本にも孫崎本にも引用されているが、孫崎は「(岸は)米国の力を利用して自分の正しいと思う政策を実現しようと考えていたのです」(孫崎本192頁)、「たしかに岸信介とCIAとのあいだに闇の関係はありました。しかし、だからといって岸は自分の行おうとしたことをやめたわけではありません」(同194頁)と書いている。

以上の引用箇所を対比する限り、孫崎本の主張は、先に引用した宮崎本とほぼ同じである。ところが全然違うのは結論であって、孫崎は岸を「自主派」に祭り上げている。なぜ「CIAとのあいだに闇の関係があった」と孫崎自身も認める岸を「自主派」に、吉田茂や池田勇人を「対米従属派」に分類して、二項対立で岸を「善玉」に持ち上げることができるのか、その論理展開が私にはさっぱり理解できない。論理の飛躍があるのだ。そりゃどんな政治家だってその人なりに国益を考えて行動するだろう、吉田茂と鳩山一郎と岸信介では単にそのやり方が違っただけではないのか。そうとしか私には思えない。

さらに奇想天外なのは、60年安保闘争で全学連がアメリカの意を受けた財界から資金提供を受けていたという孫崎の陰謀論だ。これを認めれば、「岸を倒せ」を合言葉にした60年安保闘争の価値観は完全に逆転してしまう。それこそが著者・孫崎享の狙いなのである。長くなったのでこのあたりの引用は省くが、いずれ「宮崎本」の記載と対比しながら『kojitakenの日記』で記事にしたいと考えている。

佐藤栄作に関する記述にも呆れる。孫崎本の236頁に佐藤栄作の顔写真とともに「対米追随路線をとらずに長期政権を築いた唯一の政治家」と書かれているのには吹き出してしまった。もっとも私は吹き出したけれども、佐藤政権時代の沖縄返還をめぐる密約を暴いて逮捕された西山太吉・元毎日新聞記者(今年1〜3月にかけてTBSテレビで放送されたテレビドラマ『運命の人』の主人公・弓成亮太のモデル)がこれを見たら、怒鳴りまくるか、さもなくば卒倒してしまうのではないかと想像する。

悪名高い「思いやり予算」の原型も沖縄密約だったことを西山元記者は指摘している。そんな密約だらけの沖縄返還を行った佐藤栄作のどこが「自主派」なのか。こんな文章を読んで何の疑問も感じない「リベラル・左派」って一体何なんだろうかと深い疑問を抱く。孫崎本には、佐藤栄作の密使・若泉敬の名前も、佐藤内閣の通産相当時の宮沢喜一が密約が書かれたメモに取り合わなかったエピソードも出てくるが、そういった事実を記述していながら、孫崎は日米繊維交渉の不首尾を「まだ若く外交経験もない政治学者」(孫崎本244頁)・若泉敬の責任に帰して、佐藤栄作を免責する。このアンフェアさには、読んでいてそれこそ怒り心頭に発した。若泉敬も草葉の陰で怒り狂っているのではあるまいか。

孫崎が展開している田中角栄のロッキード事件陰謀論は、今では誰も取り合っていないと私は思っていたのだが、郷原信郎が朝日に載った佐々木俊尚の書評を批判して孫崎享を擁護した文章の中で、

アメリカの意図によるとする検察による政界捜査は、昭電疑獄とロッキード事件だけであり

などと書いていたのには首を傾げた。私の知る限り、「ロッキード事件の捜査がアメリカの意図による検察による政界捜査」だなとどいうのは、「小沢信者」が陰謀論のバカ話として言っているのを見聞きすることは多いけれども、定説になっているなどという話は聞いたこともない。陰謀否定論になら、最近読んだ有馬哲夫著『原発と原爆』(文春新書, 2012年)を含めて接することは多いけれど。もっとも、郷原信郎は

 西松建設事件以降の小沢一郎氏に対する一連の検察捜査がアメリカの意向によって行われたものだという見方もあるが、私はそのような「陰謀論」には与しない。

とも書いているから、これには「小沢信者」たちはおかんむりかもしれない。

最近、孫崎享は小学館から『アメリカに潰された政治家たち』と題した「トンデモ本第2弾」を出した。こちらは『戦後史の正体』よりもさらに安易な作りの本で、本論の部分は『戦後史の正体』のダイジェストというかつまみ食いで、それに手前勝手なイントロと、『週刊ポスト』に載った孫崎享。高橋洋一、長谷川幸洋の鼎談、それに巻末に「アメリカと戦った12人の政治家」というおまけがついている。こちらは本当に買う価値の全くない本で、私は立ち読みしただけだが、『戦後史の正体』に輪をかけてひどい本だった。

前作よりもさらに内容が稀薄であるのはもちろん、イントロの部分では60年安保闘争デモと今年の「脱原発」官邸前デモを比較して、60年安保のデモは闘争の内容など全く理解しない学生がマスコミにおだてられて組織的に増員されたデモだったから、「7社共同宣言」でマスコミが掌を返したら簡単に鎮静化してしまったけれども、今年の「脱原発」デモは参加者が自発的にデモに参加しているから長続きするだろうなどと予想していた。孫崎の予想が外れたことは既に明らかである。

さらに呆れたのは『週刊ポスト』の記事を転載した鼎談だ。当該『週刊ポスト』の記事を転載したブログを見つけたが、これを参照すると、高橋洋一は上記官邸前デモについて、

どこまで運動が広がるかにもよるが、民意の受け皿はなくはない。民主、自民以外の政党や政治家でしょう。それは橋下徹(大阪市長)かもしれない。

などと発言している。さらに高橋は

、私も財務省から官邸(内閣官房)に出向したときは辞表を用意しましたよ。官邸への出向者は政権に殉じる覚悟を示すためにそうする慣例なんです。安倍晋三総理には「骨を埋める」と言いました。安倍さんはそれを出向者全員に聞いた後で、「高橋君は”骨を埋める”だったけど、他は”骨を埋めるつもり”って言うんだよな」と笑っていた(一同爆笑)。

などと言い、3人は第1次安倍内閣当時の思い出話で盛り上がっている。

そして締めが「アメリカと戦った12人の政治家」だ。その中には、「アメリカと戦った」と言われて抵抗のない名前や顔もなくはないが、岸信介、佐藤栄作、竹下登、小沢一郎、鳩山由紀夫らの名前と顔写真が「偉人列伝」みたいに並べられているのを見ると、吐き気がしてくる。

何より高橋洋一は「上げ潮派」のブレーン、長谷川幸洋は言論界におけるその応援団だ。中川秀直が次期総選挙に出馬せず引退との意向が報じられた今、「上げ潮派」を代表する政治家とはいったい誰だろうか。孫崎享がこの2人と一緒になって岸信介を賛美するのだから、これは「小沢信者」を折伏するためというより、第2次安倍晋三内閣発足の前祝いをしているようにしか私には見えなかった。

「リベラル・左派」諸賢よ、そんな駄本をありがたがっていて良いのか。この問いかけをもって、長くなってしまった記事の結びとしたい。
今回は趣向を変えて、まず安倍晋三・自民党新総裁の激励から始めたい(笑)。

自民党総裁選直後にこんな報道があった。
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20120928-1024232.html

 26日の自民党総裁選直前、都内のホテルで決起集会を行った安倍晋三総裁(58)が、昼食に高級カツカレーを食べていたと一部の情報番組で報道され27日までに、インターネット上で“カツカレー騒動”が勃発している。ツイッターなどでは「(値段が)高すぎる」「既に庶民感覚を失っている」などと安倍氏への非難が出ている。過去にも麻生太郎元首相の都内一流ホテルでの高級バー通いが非難されたことがあり、安倍氏にとっては早速、痛い船出となった。

 安倍氏は26日、東京・ホテルニューオータニで行われた決起集会に出席。支持者を前に、総裁選に「勝つ」ための験担ぎとしてカツカレーを勢いよく頬張った。この様子をMBSテレビの情報番組の男性リポーターが「通常のカレーだけで3500円、カツを乗せると特別オーダーでもっと高くなるそうです」などと伝えたことが“カツカレー騒動”の発端となった。

 放送直後から、ツイッターやフェイスブック上などで「安倍さんは全く庶民感覚がない」「高級カレーをテレビ前で食べるなんて一般人を無視している」などとの非難が出た。ただ、一部には「3500円カレーを食べてみたい」という書き込みもあった。その後、ネット上で同ホテル内にあるコーヒーショップ「SATSUKI」のポークカツカレーのフィレ(3200円、サービス料別)ではないかとの情報が流出。同品は、定価に10%のサービス料が追加され3520円で提供している。(後略)

(日刊スポーツ 2012年9月28日9時22分)


悪いが、こんな「安倍新総裁叩き」には私は与しない。高所得者が積極的にお金を使うことはほめられこそすれ、批判される筋合いなど全くない。「金は天下の回りもの」ということわざもあるが、気前よく金を使うことは高所得者の責務だろう。ましてや中川秀直の次期総選挙不出馬が報じられた現在、安倍晋三総裁は「りふれは」「一部経済系」などと言われる人たちが期待する「上げ潮派」のリーダーであらせられるらしいから、総裁選の日だけと言わず、毎日でも3500円のカレーを昼食に召し上がってお腹を鍛えていただきたい。また、朝日新聞や毎日新聞の食堂のカレーは安倍新総裁が食べたカレーよりももっと高いという話も聞くから、朝日や毎日の記者諸賢も、昼食には「安倍総裁ご愛食のカレーより豪華なカレー」を食べて、日々の激務に備えてほしいと思う今日この頃である。

冗談交じりの文体で書いたが、上記のような安倍晋三批判に与しないというのは真面目な意見である。かつて麻生太郎元首相が同様の批判を受けた時にも、私はその批判には与しなかった。むしろ厳しく批判されるべきはテレビ朝日が大好きな「めざしの土光さん」(故土光敏夫氏)だろう。

で、安倍晋三だが、残念ながら3500円のカツカレーを食したこと以外にほめるところが何もないのが現実だ。新総裁就任早々、安倍総裁は「改憲が次期衆院選の争点」と述べた。思い出したのは、5年前の朝日新聞大阪本社版の1面を飾った見出し「首相『改憲』むきだし」である。ネット検索をかけてみると、記憶に誤りはなく、2007年3月3日付朝日新聞大阪本社版1面トップに、この見出しの記事が出ていた。それを記録したブログ記事が見つかったので以下紹介する。

http://ryu2star.blog94.fc2.com/blog-entry-813.html

首相「改憲」むきだし

↑ 。。。これが3日の朝日新聞 大阪本社版 朝刊トップ記事の見出しである。

曰く、1月24日に支持率低下に悩む首相が改憲派の大先輩として敬う、中曽根元首相を昼食に招き、そこで、「『自分はこの仕事をしたい』という熱情が国民に届くかどうかだ」 と言われ、

そこから、「参院選まではやりたいことができなくても仕方ない」と周囲に漏らし、極力キレないように自分を抑えて来た首相が 変わって来た のだそうである。

何もせずに参院選後に退陣に追い込まれれば悔いを残す。

「憲法改正の道筋をつけた首相」としての足跡を刻みたいとの思いを強めているようだ。(後略)


この記事はよく覚えている。なぜかというと、安倍晋三は国民の暮らしそっちのけで改憲にのみかまけるつもりなんだなあと呆れ返った記憶があまりにも鮮烈だからだ。

この年の5月に、教育改革関連三法案が改定された。当ブログは2007年5月21日に、『サンデー毎日』の記事を引用して、「安倍政治の目玉『教育改革関連三法案』の真の狙い」と題した記事を公開した。

この記事を読み返すと、どうしても橋下徹の「大阪維新の怪」の蛮行を連想させずにはいられないのだが、安倍は国民の暮らしになどお構いなく、こうしたことにばかり熱中していた。3月の朝日新聞に「支持率低下に悩む」などと書かれた安倍だが、4月の統一地方選で石原慎太郎が大差で浅野史朗らを破って3選された頃から内閣支持率は持ち直し、この記事を書いた頃には支持率高止まりの気配さえあった。

それが、「消えた年金」問題の浮上で雲行きが怪しくなり、記事を公開した1週間後の5月28日には松岡利勝農水相が自殺。さらに松岡農水相自殺が報じられたのと同じ日に、安倍内閣支持率急落が報じられ、それからわずか2か月で安倍自民党はまさかの参院選大敗を喫したのだった。本当にあっという間の転落劇だった。

安倍が総理大臣辞任に追い込まれたのは「潰瘍性大腸炎」のせいなどではない。上記に書いたような「お花畑」のKY政治が安倍自民党を参院選惨敗に追い込んだのであり、参院選前に勝利を確信した安倍が自分から「内閣信任の選挙だ」と言ったことが完全に裏目に出て、安倍は責任を追及された。そういう恥ずかしい失敗を安倍は既に一度行っているのである。それなのに、安倍はまたしても「改憲が次期衆院選の争点」だなどとほざいている。安倍晋三は何も変わっていない。

こう書いていると、5年前に戻ったような変な気分になってしまうが、ネットでは安倍晋三の愛妻・アッキー(安倍昭恵)があの悪名高いトンデモ「水からの伝言」にはまっていることを水から、いや自らブログ記事に書いていたことがネットで発掘されて騒ぎになった。
http://togetter.com/li/381122

もちろん、大阪の条例案で騒がれたトンデモの「親学」についても安倍は推進派の親玉である(民主党の鳩山由紀夫も「親学」推進派のトンデモ議員である)。改憲、「水からの伝言」、親学と、いずれも4,5年前に話題になったことばかりである。

私が思い出したのは星新一のショート・ショート「おーい でてこーい」である。この作品は、東電福島第一原発事故や、その名も大飯(おおい)原発再稼働の時にも思い出したが、今回なぜまたまた思い出したかというと、深い深い底知れぬ穴に投げ込んで始末したつもりのトンデモが次々復活してきたからである。もちろん「捨てたつもりが空から降ってきたゴミ」の最たるものが安倍晋三その人であることはいうまでもない。真っ先に安倍晋三が降ってきて、それに伴って「改憲論」、「水からの伝言」、「親学」などが相次いで降ってきたという印象である。

ただ、そんな「昔の名前で出ています」の安倍晋三を、2007年と同じように簡単に駆除できるかというと、それには私は懐疑的である。なぜなら、かつてと比較して今は人々の右傾化が顕著だからだ。

たとえば、かつてブログで「安倍晋三を終わりにしよう」などと言っていた頃は、民主党、共産党、社民党、それに新左翼、さらに保守の一部の支持者が「安倍晋三打倒」「自民党打倒」を共通の目標にしていたのに対し、政権交代後の政権運営に民主党が失敗したのちの現在では人々の意識が大きく変わってしまった。

それも、大方のイメージに反して、現在の民主党主流派の支持者たちが右傾したわけではない。私が見るところ、もっとも大きく右傾したのは、民主党支持層のうち「左派」に属していた人たちである。さらにいえば、森永卓郎に影響された鳩山由紀夫びいきの池田香代子が「民主党のサハッ」と呼んだ政治勢力を支持する人たちである。

たとえば、6年前に「安倍晋三を終わりにしよう」と私などが呼びかけていた頃、もっとも彼らの琴線に触れるテーマは「戦犯・岸信介」に対する批判だった。「A級戦犯容疑者・岸信介の孫」としての安倍晋三を叩くことは、その狭いネット空間におけるトレンドだった。

それが今ではどうか。岩上安身、植草一秀、天木直人、岡留安則といった面々が絶賛する、元外務省国際情報局長・孫崎享のベストセラー『戦後史の正体』の際立った特徴として、その「陰謀史観」以外に挙げられるのが、岸信介に対する異様なまでの高評価だ。孫崎は、戦後日本の総理大臣を「自主派」と「対米従属派」の2派に分ける。これは、従来から「小沢サハッ」(いわゆる「小沢信者」)の好む論法であり、田中角栄や小沢一郎は「アメリカの虎の尾を踏んで潰された」という結論に持って行くのがパターンだ。それは孫崎本でも同様だが、それに加えて、従来のこの手の分類では必ず「対米従属派」に分類されていた岸信介や佐藤栄作を「自主派」に位置づけている点が、従来の類書にはない孫崎本の特徴になっている。私は孫崎本のうち岸信介を称揚した部分を主に立ち読みしただけだが、それは到底承服できるものではなかった。

岸信介を「売国奴だからアメリカに協力した」として切り捨てる論法自体が誤りであることは、6年前に岸信介批判本を出した宮崎学の著書などでも指摘されていることであり、何も孫崎の独創でもなんでもない。問題なのは、そもそも「善玉」と「悪玉」の単純な二分化自体が誤っていることだ。だから、岸信介に「自主派」としての側面があることは当たり前、というより「自主派」と「対米従属派」の分類自体が意味をなさない。岸信介は原発を楯にした「核カード」を用いて、日米安保条約でアメリカと交渉したと指摘しているのが有馬哲夫の新著『原発と原爆』であるが、有馬が示唆しているように、岸信介は日本の核武装を視野に入れていた。つまり、岸信介は確かに孫崎享が言うような「自主派」だったかもしれないが、それは核武装を含む日本の重武装を伴うものだったのである。

実際。孫崎享の『戦後史の正体』を読んだ少なくない「小沢サハッ」がそれまでの「護憲派」から「改憲派」へと転向したと私は聞いた。私は先日来ブログで孫崎の「トンデモ本」(と断定して差し支えないと思う)の批判を展開しているが、反応は乏しく、中でも岸信介に関するコメントには未だに1件も接していない。

以上のことからは、もはや「小沢サハッ」、つまり2006〜09年において民主党支持層の「左」側を占めていた人たちの多くはもはや「右旋回」してしまったと思われる。それと軌を一にして、彼らが支持する「国民の生活が第一」も野田民主党と比較してさえ相対的に「右」に位置する性格の政党になったとしか解釈できない出来事が続いている。

たとえば、「国民の生活が第一」の外山斎衆院議員は、国会の代表質問で政府に「河野談話」の見直しを迫った。また、同党の安全保障政策は、小沢一郎の年来の持論である「集団的自衛権行使の容認(政府解釈の見直し)」を事実上求めるものになっている。さらに遡れば、民主党小沢派時代から、典型的な新自由主義系地方政党である「減税日本」と提携し、あの橋下徹の「大阪維新の会」に小沢一郎がすり寄るなど、「国民の生活が第一」は、政治思想的にも経済政策的にも「右派志向」の動きしかしていないように見えるのである。

それでいて、「小沢サハッ」たちは用いる言い回しだけはかつての名残を残している。一例を挙げると、昨日の紙面に孫崎享の『戦後史の正体』を酷評する書評(評者・佐々木俊尚)を批判する(おそらく)「小沢サハッ」のTweetに、こんなものがあった。

かつての戦争で日本国民を大量殺戮したルメイに勲章を与えた連中と同じ穴の狢、朝日新聞。A級戦犯でありながら、その大罪を恥じて国民に謝罪するどころか、今も尚、米国ヨイショに邁進し米国利益最優先。読む価値無し


「A級戦犯でありながら、その大罪を恥じて国民に謝罪するどころか、今も尚、米国ヨイショに邁進し米国利益最優先」というのは、かつて、というよりつい6年前に安倍晋三が自民党総裁選の本命として台頭してきた頃でも、安倍晋三の敬愛する(母方の)祖父・岸信介を批判するのに用いられた形容だった。その批判がいまや、岸信介擁護本を批判する書評を掲載した新聞に向けられるようになった。これは私にとっては信じられないほど大きな変化である。その延長線上に見えてくるのは、安倍自民党と元・現民主党の「小沢・鳩山クラスタ」が握手する光景である。

そうした醜悪な光景が現実のものとなるイメージは浮かぶけれども、今も相変わらず「改憲」に向けて浮かれまくっている安倍晋三が、次の衆院選なり来年7月の参院選なりで惨めな敗北に追い込まれる光景は、残念ながら私には思い浮かべることができない。それは、上記のような「小沢サハッ」の「右旋回」もあるが、近年橋下徹が人気を博してきたことからも推測できる。「小沢サハッ」のようなコアな人々のみならず、世間全般に右翼化の風潮は広まっている。橋下人気はマスメディアが煽った影響も大きいが、むしろ右翼化の風潮に橋下が乗った色合いの方が濃いのではないかと思う。1993年の「山本七平賞」(故山本七平がいかなる人物であったか、リベラル・左派の方ならよくご存じのはずである)受賞者・孫崎享に「洗脳」されてしまった「小沢サハッ」のような特殊な例のみならず、右翼化の風潮は世に広く行き渡っている。そしてそれが異様なまでの反中・反韓感情として噴き出している。そうそう、「小沢サハッ」だったと思われる元広島県議の梶川ゆきこも、ひどいレイシストと化しているが、「「小沢サハッ」仲間がその梶川を諫めたという話が聞いたことがない。

ところで、今回の記事では橋下徹の「日本の維新の会」についてほとんど触れなかったが、安倍晋三が自民党総裁になったことに伴って、自民党との差別化が難しくなった彼らが天下を獲る(盗る)可能性はほとんどなくなったと考えている。自民党は、公明党か維新の会のいずれかを連立に相手に選ぶかとなれば、それは固定票のある公明党を選ぶ以外の選択肢はないし、それどころか自公連立に民主党が加わる可能性の方が維新が加わる可能性よりも高いのではないかとさえ思っている。いずれにせよ、橋下がイニシアチブを握る形で「維新の会」が加わる可能性はほとんどなくなったと見て良いだろう。あれほど勢いのあった「維新の怪」が、安倍晋三に自民党離党と維新の怪代表就任を要請して蹴られて以来、あっという間に衰勢に転じてしまった。まさに一瞬先は闇。政治の世界は恐ろしい。

このように橋下の前途は暗いが、それよりももっと暗いのが日本の未来であって、かつて国民的保守政党であった自民党が右翼イデオロギー政党と化して、その党首にカルト的な極右政治家が復帰し、さらには次期総理大臣就任確実と見られているとは、少し前には想像もつかなかったほど恐ろしい事態である。私は、次に安倍晋三を倒すことは以前より容易ではないし、安倍晋三が倒れるまでに日本がどれほどひどいことになってしまうか、空恐ろしい気持ちになっている。ここまで強い危機感を持つのは生まれて初めてである。