原発に関しては、5月5日に北海道電力の泊原発3号機が定期点検のために運転を休止し、ついに42年ぶりに国内で稼働している原発が1基もなくなった。その直前、「小沢裁判」の判決のあった4月26日、大阪市長の橋下徹は、市役所で報道陣に「節電に住民支持がない場合は原発再稼働を容認する」と語り、同日行われた関西広域連合の会議では「節電新税」を提案した。「節電に取り組む企業への奨励金の財源として、関西の住民に1か月千円程度の新税を課す」というものだ。後者について、佐藤優が「橋下総理誕生を支持する」とした文章を寄稿したのと同じ『週刊文春』5月17日号で、橋下と同じ極右の小林よしのりは、「電力会社が負担すべき金を、住民が肩代わりするのは『脱原発』の立場からの発想ではない。彼(橋下)の『脱原発』は単なるポピュリズムに過ぎない」と喝破した。
要するに橋下は、「小沢無罪判決」という大きなニュースのある日を選んで、原発問題のスタンスを転換しようとしたのだ。しかし、これらの発言への反響から、この路線転換は橋下の人気に致命的なダメージを与えると見て取った橋下は、結局この時点における明確な路線転換を先送りした。
原発再稼働容認派への転換に失敗した橋下が率いる「大阪維新の会」は、連休中にも騒動を巻き起こした。「大阪維新の会」が市議会への提出を予定していた「家庭教育支援条例案」が激しい批判を浴びて撤回を余儀なくされたのだ。
条例案は5月1日に「維新の会」の市議団が公表したもので、「児童虐待が相次ぐ現状を踏まえ、家庭教育の支援や親に保護者としての自覚を促す」との名目で作られた。しかし、児童虐待や子どもの非行などを「発達障害」と関連づけて、親の愛情不足が原因だと、全く医学的な根拠なく決めつけるトンデモな内容に、医師や保護者らが「根拠がない」、「偏見を助長する」などと猛反発し、結局「維新の会」の市議団は議会での提案見送りに追い込まれたのである。
この条例案の背後には、安倍晋三のブレーンである高橋史朗という人物の「親学」なるトンデモ思想があることが指摘された。「親学推進議連」なるものもあり、会長は安倍晋三で、顧問に鳩山由紀夫、森喜朗、山口那津男、渡辺喜美、平沼赳夫らが名を連ねる。また渡部恒三も参加している。要するに自民党、民主党主流派および反主流派、公明党、みんなの党、たちあがれ日本など、与野党「右派オールスターズ」の「トンデモ思想」の流れに、橋下「維新の会」が出そうとした「家庭教育支援条例案」も位置づけられるものである。
なお、この条例案の提出撤回を報じる朝日新聞は、橋下が条例案を批判したなどと書いたが、冗談じゃない、橋下は条例案を出そうとした側ではないかと、朝日の腰の引けた報道に腹が立った。
条例案を批判して格好をつけた橋下だが、今度は近現代史を学ぶ施設を大阪府市で設置すると言い出した。これにあたって橋下は、「新しい歴史教科書をつくる会」や元会員らによる教科書づくりに携わった「有識者」らに意見を聴く考えを示した。「歴史観や事実認定で意見が分かれる近現代史について『子どもらが両論を学べる施設』をつくる」のだという。「両論併記」といえば聞こえがいいが、これを報じた朝日新聞記事についた「はてなブックマーク」のコメントの1つが絶妙にたとえている通り、「天動説と地動説を対等に教える」ようなものだ。こんなニュースに接すると、「家庭教育支援条例案」の仕掛け人も橋下徹本人だったのではないかと勘ぐりたくなる。逆に言えば、この件で批判を浴びたら橋下はいつでも「つくる会」系の「有識者」とやらに責任を押しつけるだろう。橋下とはそういう人間である。しかも、何かにつけ支出を「バサーッと切る」のが大好きなはずの橋下が、こんな馬鹿げた事業に無駄金を使おうという。いったい橋下という人間はどんな神経をしているのか。
さらに呆れるのは、8日に橋下が起こした「MBS記者罵倒」事件である。25分間も延々とMBS(毎日放送=大阪)の記者に怒鳴り散らした動画がネットで流れて話題になった。この時の橋下の振る舞いはあまりにも呆れるほどひどかったので、普段は橋下の提灯持ちに余念がない大阪のスポーツ紙も橋下に批判的に報じた。
まず日刊スポーツの長い記事。
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20120509-947846.html
橋下市長が記者に30分の「公開口撃」
大阪市の橋下徹市長(42)は8日、登庁時の記者団のぶら下がり取材で、大阪府が施行した君が代起立条例に関して“逆質問”を繰り返し、30分近く、まくしたてた。「ここは議会とは違う。対等の立場」「質問に答えなければ回答はしません」「答えられなければここへ来るな」などとヒートアップ。登庁時ぶら下がり取材の全時間、キレ続けた。また同日夕、府市統合本部の会議後に開いた会見でも、終了間際に橋下氏自らこの件を切り出し、約20分にわたり持論を展開した。
橋下市長が、登庁時のぶら下がり取材で、記者団の質問にキレた。重箱の隅をつつくように約30分、質問者を追及した。発端は、大阪府が施行した君が代起立条例での起立斉唱について、記者団から「(起立に加え)歌うことまで強制するのはおかしいのではないか」といった内容の質問が飛んだことだった。
橋下市長は、この中の「起立斉唱」の文言的な意味を取り上げ「この言葉の中に『立つ』だけしか入っていませんか? (ゆっくりと)起・立・斉・唱・命令です」と、質問の細部にこだわった。文言をめぐるやりとりが5分ほどあり、その間に質問しようとする当該記者を何度も制して「ここは議会とは違う。(記者も)僕の質問に答えるべきだ。答えなければ質問には答えない」などと迫った。
記者側が「歌う意味も入っている」と答えると、今度は「じゃ、誰が誰に命令しているんだ?」と詰問。代表を務める大阪維新の会は条例を提案したが、あくまでも教育委員会が決めたこととし、社員が社歌を歌うように「国民に強制しているのではない。(君が代は)公務員の社歌だ」と、再三にわたり説明した。橋下氏のブチギレの原因は、記者の質問を、君が代起立条例は橋下氏が“主導”しているようなニュアンスに、とらえたためとみられる。
暴走モードに入った橋下市長は「(質問に)答えられないならここに来るな」「何言ってんだよ」「不細工な取材するなよ」と、言葉を乱す場面も。橋下氏のぶら下がり取材は、市役所の公式ホームページから一般視聴も可能で、記者に対し「これ全部、後で放送するからいいけれども、自分でとんちんかんさが分かんないの?」とも言い、所属社を聞き出し「そんなとんちんかんな質問しながら採用されて…」と個人攻撃のような発言もあった。
取材の終わり際、記者が「今日はこれくらいに…」と言うと、橋下氏は「『今日はこれくらいにしときます』って、どうですか? 吉本の新喜劇でも、もっと丁寧な言い方しますよ」と、徹底的にかみついた。
さらに、夕方には府市統合本部の会議後に会見を開き、約10分で会見が終わりかけると「ちょっと、いいですか。昼間の話を…」。自ら切り出して「あの記者、帰ったんですか?」「また来させてくださいよ」と、当該社の別の記者に話し掛けていた。
[2012年5月9日9時25分 紙面から]
次にスポーツニッポンの記事。
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/05/08/kiji/K20120508003207990.html
「答えられないなら来るな」橋下市長 記者相手にヒートアップ
大阪市の橋下徹市長は8日、記者団のぶら下がり取材で、大阪府が施行した君が代起立条例に関し起立斉唱の職務命令を出したのは誰かを問う“逆質問”を繰り返した。「ここは議会とは違う。(記者も)僕の質問に答えるべきだ。答えなければ質問には答えない」と迫り、応じなければ取材拒否する考えを示した。
市長は、卒業式の君が代斉唱の際に教職員の口元を見て実際に歌っているかを確認していた校長に関する質問でヒートアップ。質問した記者に「答えられないならここに来るな。勉強してから来い」と、興奮を抑えられない様子で約30分間まくしたてた。
職務命令は府教委が出していた。
[ 2012年5月8日 12:32 ]
MBS記者と橋下とのやりとりは、ブログ『Afternoon Cafe』のエントリ「詭弁術講座」に、ブログ主・秋原葉月さんの注釈つきで紹介されているので、是非ご参照いただきたい。抱腹絶倒ものである(下記URL)。
http://akiharahaduki.blog31.fc2.com/blog-entry-975.html
橋下徹は
などと言っているが、秋原さんのブログの文字起こしを見れば一目瞭然、橋下は自らは記者の質問にまともに答えずにはぐらかした上で「質問で質問に返して」いる。「答える必要はない」という態度を先に示したのは橋下の方である。MBSの例の記者とのやり取りで、何が原因だったかと言うと、僕の記者に対する質問に対して記者が「答える必要はない。私が聞いているので答えよ」と平然と言ったんだよね。ここが全てだった。
橋下は、「MBSの記者の無礼な質問に切れた」風を装っているが、これはおそらく演技であろう。記者は、さる2月16日と17日に同局で放送された番組『VOICE』中の特集「大阪の教育未来図―アメリカ落ちこぼれゼロ法から学ぶ」を取材した人である。この番組については、当ブログでも2月20日付エントリ「思想調査、教育カイカク、新自由主義。橋下徹に取り柄なし」でも少し触れたことがある。橋下はこの番組に怒り狂い、Twitterを連打した。私はこれを、『kojitakenの日記』の2月18日付エントリ「橋下、毎日放送(大阪)のニュース番組に痛いところを突かれてキレる(笑)」に記録しておいた。この時橋下がいかに冷静さを失っていたかは、Twitterに書かれた「VOICE」の文字が、「VOICE」、つまり最初の3文字が全角文字で、あとの2文字が半角文字になっていることからも想像がつく(笑)。
おそらく執念深い橋下は、「教育基本条例」をこっぴどく批判したこの番組をずっと根に持っていて、いつか番組のスタッフに対して報復してやろうと手ぐすね引いてその機を待ち構えていたのではないか。そして5月8日にそのチャンスが巡ってきた。私はそう邪推している。
信じられないのは、普段あれほど橋下の宣伝に余念がないスポーツ紙でさえ橋下に批判的な記事を書いているというのに、ネット民の多くは橋下を擁護し、MBSと記者を非難していることだ。私は橋下が切れ続けている動画を見て、橋下に非があるとしか思えなかったし秋原葉月さんのブログに文字起こしされた記者と橋下のやりとりを見てさらにその感を強めたが、2ちゃんねらーなどのネット民はヒステリックにMBSと記者を非難し続けるばかりだった。
今回のような権力者の横暴が許されて良いはずがないし、「長いものに巻かれろ」という、昔の大阪人気質からは考えられないような風潮が蔓延しているネットの現状も、あまりにひどく病んでいる。
以上に言及した件以外でも、橋下をめぐる話題は異常なものばかりだ。たとえば橋下が主催する「維新政経塾」のグループディスカッションで「徴兵制」がテーマとなり、25人中20人が「賛成」と答えたという件。あるいは、「維新の会」が提案する所得税の「定率課税」(フラットタックス)が国会の質疑で取り上げられた件などだ。後者について、野田佳彦首相は「今後消費税率の引き上げで税制全体の累進性が低下することをふまえれば、所得税はむしろ累進性を高める必要がある」と難色を示したと新聞記事にはあるが、元来所得税を重視するのが新自由主義者本来のあり方であり、竹中平蔵でさえその立場に立つ。橋下ら「維新の会」は、竹中平蔵や松下政経塾出身の政治家たちさえ唱えない、異様な富裕層優遇税制を提案しているのである。
今回のMBS『VOICE』は別として、こんな橋下をマスコミは持ち上げる。週刊誌や月刊誌は「橋下総理待望論」を記事にするようになり、機を見るに敏な佐藤優などは早くもそれに乗っかろうとしている。
その怒濤の流れの中で、ブログで何を書いても無駄なのかもしれないが、たとえ「蟷螂の斧」であろうが意見の発信を止めるつもりはない。