きまぐれな日々

今週末にはゴールデンウィークに突入するが、それを直前に控えて政局が一種奇妙な膠着状態にあるように感じられる。

もちろん、26日木曜日(チェルノブイリ原発事故26周年の日!)に下される小沢一郎被告への判決をにらんで「様子見」ということもあるのだろう。持っても今年秋の民主党代表選までとしか思えない野田佳彦(「野ダメ」)政権は、マスコミはあまり指摘しないのだが「死に体」に近くなっていて、消費税増税、原発再稼働、TPPの3つの懸案のうち、TPPは先送りが濃厚になってきた。原発再稼働は経産相の枝野幸男がぶれまくって墓穴を掘った形で、橋下徹をはじめ、京都府知事の山田啓二や滋賀県知事の嘉田由紀子の反撃に遭ってタジタジとなっている。原発の稼働が「一瞬ゼロになる」と述べた枝野幸男の発言も、「ゼロになる」ことに対する原発維持・推進派からの批判ではなく、「一瞬」という言葉への「脱原発」からの批判に対する釈明に政府が追われる形になった。それほど原発再稼働に対する批判は強く、野田政権が強引に再稼働に向けて猛進したことが内閣支持率を大きく落とす要因になったと見られる。

原発再稼働については、とにもかくにも野田政権の「まず再稼働ありき」のスタンスを許してはなるまい。内閣発足時に野田首相が(おそらく)方便として述べた「脱原発依存」が大方針であることを明確にした上で、電力不足について、突き詰めた電力需給のデータをはっきり示す。そして、本当に原発再稼働が不可避なのかを議論する。そして、公約の4月1日をとっくに過ぎているのに未だに新しい規制機関設置に関する法案の審議入りもしていないが、これを早く立ち上げて徹底的な情報公開がなされなければならない。最低でもそれらの前提が満たされないなされない限り、原発再稼働には断じて反対だ。国の(隠れた)大方針として「原発維持」があろうものなら、それは再生可能エネルギー関連産業という、今後の成長分野の発展を妨害する。これこそ日本に住む人間にとって「集団自殺」以外の何物でもない。

原発については、野田政権の「ダメさ」もさることながら、これまでの自民党政権にもっとも重い原発推進政策の責任がある。その自民党は、ひとり河野太郎を除いて全国会議員が原発維持ないし推進派だろうと私はみなしている。だからこそ規制機関設置法案の審議入りも妨害するのだろう。自民党の中でも露骨に原発推進論を口にした人物は安倍晋三であり、先日テレビ朝日の「報道ステーション」で原発再稼働・維持論をぶった時にはネットで安倍を批判・罵倒するTwitterが乱れ飛んだ。また、民主党においても自民党に所属したことのある議員の多くは原発に対して怪しげな動きをする。露骨な原発推進派(地下原発推進議連のメンバーでもある)・鳩山由紀夫がその典型例である。一方、何らかの形で電力総連や電機連合とのしがらみがある民主党の政治家も同じである。こちらは藤原正司、小林正夫、大畠章宏らの名前が思い浮かぶ。もっとも、現在原発再稼働派の再強硬派とされている仙谷由人のように、自民党とも電力総連とも関係ないはずなのに誰よりも原発に熱心な人間もいる。

上記の状況は、ますます橋下徹の思うつぼだ。そこが現在もっとも頭の痛いところである。「小沢信者」たちは小沢一郎の復権に期待しているのだろうが、私は小沢一郎には全く期待していない。なぜか。民主党代表時代(2006~09)とは打って変わって、現在の小沢一郎は「統治機構を変える」ことばかりを言って、しきりに橋下徹に秋波を送っているからだ。

最近、野田雅弘著『官僚制批判の心理と論理 - デモクラシーの友と敵』(中公新書,2011年)という本を読んだ。マックス・ウェーバーの研究者である著者が、一般には官僚制批判と「カリスマ」論が有名なウェーバーを援用して、「官僚制批判」批判や新自由主義批判を行なうという意表を突いた着想で読ませる。私はウェーバーは日経クラシックスから中山元訳で出ている『職業としての政治 職業としての学問』を読んだことがあるだけで不案内なので、ネットで見つけた3件の書評記事へのリンクを下記に示す。

http://blog.livedoor.jp/yamasitayu/archives/51914489.html

http://d.hatena.ne.jp/loisil-space/20111008/p1

http://d.hatena.ne.jp/hachiro86/20111123

上記1件目のブログ記事から引用する。

 「小さな政府」を目指し、社会の調整の仕事を市場に委ねる新自由主義は、官僚制の無駄を指摘し、首尾一貫して市場の効率性を訴えます。
 著者は、この新自由主義の台頭とより多くのデモクラシーを求めるグループ、そして官僚批判の関係を次のように描いています。

 政治家には芯の通った信念が必要だという一般的な願望が、今日の状況においては、官僚や官僚制を批判し、「小さな政府」を唱える新自由主義にきわめて有利に働くということも見逃されてはならない。そうでない立場を取ろうとすると、財源の問題に直面せざるをえず、またわかりやすい「公平性」では割り切れない、さまざまな「介入」に対して説明が求められ、試行錯誤を繰り返さざるをえないという傾向にある。ここに、批判を受ける余地が広がる。しかし、「後期資本主義国家」において、行政は原理的に割り切れない、パッチワーク的な構築物たらざるをえない。したがって恒常的な議論と微調整が、そしてそれゆえのブレがどうしても出てきてしまう。私たちに求められているのは、こうしたゴタゴタの不可避性に対する認識と、それゆえの我慢強さではないか。(116ー117p)


 これ以外にもウェーバーの「鉄の檻」という言葉を使った時代と、「リキッド・モダニティ」と言われる現代社会の相違。官僚制とカリスマの問題など、著者の専門であるウェーバーを中心にさまざまな興味深い問題がとり上げられていますし、またアーレントやフーコー、ルーマンといった思想家の考えも参照されていて、著名な政治思想家が官僚制にどう触れているのかということも知ることができます。


本の著者である野口雅弘氏は、ウェーバーの官僚制批判はドイツで官僚が絶賛されていた時代になされた(同様に、ハイエクの市場擁護も市場が批判に晒されていた時代になされた)ことを指摘し、「リキッド・モダニティ」と言われる現代にウェーバーの理論を当てはめればおのずと結論は異なってくると考えているようだ。ともすれば橋下徹のような政治家の擁護に悪用されやすいと思われるウェーバーを援用した新自由主義批判は非常に興味深かった。思わず、少しでもウェーバー自身の文章に当たろうと、最近文庫化された『権力と支配』(講談社学術文庫)を買ってしまったほどだ(まだ読んでいないが)。

政治学には不案内な私だが、官僚制批判が新自由主義に容易に絡めとられるという著者の指摘は非常によく納得できる。小泉純一郎や橋下徹という典型例があるからだ。そして、「国民の生活が第一。」の政策の中身をもはや「消費税増税反対」を除いて全く言わなくなり、「統治機構を変える」ことに関して「民主党は橋下市長にお株を奪われた」と言うばかりの現在の小沢一郎も、小泉や橋下と同様に、新自由主義に強く傾斜した政治家といえるだろう。

もっとも、衆議院選挙は来年の9月までには必ず行なわれるから、民主党の代表選で小沢一郎が勝って政権をとらせてみる手もあるのではないかと思える。おそらく、鳩山、菅、野田と続いた3代の民主党内閣を超える業績は何も挙げられないはずだ。今は反主流派だから野田佳彦をあれこれ批判しているが、TPPでも政権に何も突っ込まない、「原発即時全停止は暴論だ」と言う小沢一郎の政策に野田佳彦とどれほどの距離があるのか大いに疑問だ。だから小沢一郎の正体を明らかにさせるためにも、どうせ長くともあと1年しか続かない民主党政権の最後に小沢一郎にやらせて、人々の目を覚まさせることも悪くないのではないか。一瞬そう思った。

だが、実際に小沢が「火中の栗」を拾いにいくのか疑問な気もするし、「小沢幻想」が完全に崩壊した時に橋下徹への熱狂がさらに高まるリスクもある。数年前から言われている「閉塞状況」はますます深刻になってきている。

そういや、上記の文章はずっと小沢一郎の判決が「無罪」であることを前提にして書いてきた。実際には有罪判決が下る可能性もあるんだった。すっかり失念していた(笑)。私は無罪判決が妥当だと思うが、仮に有罪判決が出たら、「小沢信者」たちが小沢一郎を殉教者に祭り上げて大騒ぎするんだろうなあ。そんなのは見たくもないから、とっとと無罪判決を出して検察は控訴しないでほしい。小沢一郎が政治の表舞台に戻ってきたところで、もう「オワコン」もいいところだからどうということもない。それより「ハシズム」の脅威にいかに立ち向かうかの方がよほど重要だと思う今日この頃である。
スポンサーサイト
4月13日付朝日新聞に掲載された湯浅誠インタビューに対する言及がネットで少ないのを意外に思った。この記事を朝日新聞は無料配信していないが、ひところなら湯浅誠の一挙一動は大きく注目されたものだ。ネットでもよく「リアルで湯浅誠に会った」と自慢している人たちがいた。その湯浅誠が朝日新聞のオピニオン面に大々的に登場したのだから、いくら朝日が無料配信していないといってももう少し話題になると思ったが、そうはならなかった。「反貧困」は一過性のブームに過ぎなかったのかと毒づきたくもなった。

ところが、意外な人間がこの湯浅誠インタビューの記事に食いついた。橋下徹である。『kojitakenの日記』に取り上げたのだが、橋下はこんなふうにつぶやいた(Twitter3件。URLは上記『kojitakenの日記』の記事に示した)。

 政策は中身より、実現するプロセスの方が重要。しかし日本の識者は中身しか語らない。実現プロセスを度外視した政策論。グロービスの堀氏、消える魔球論やエビ投げハイジャンプはもう良い。一度でも良いので、実際のボールを投げてみてはどうか?

 それを痛切に感じたのが反貧困ネットワークの湯浅さんだろう。言うこととやることは違うと。先日の朝日のオピニオンで朝日の記者が、湯浅さんは取り込まれたのでは?と盛んに聞いていた。湯浅さんからはもっと激しい政府批判や消える魔球的な提言を聞きたかったのであろう。

 しかし湯浅さんは、政策を実現するプロセスの凄まじさを知った。ちょっと本で読み知ったアイデアを言うぐらいではダメだと。朝日の記者はそこに気付いていないのであろう。池田氏も、堀氏も、政策を実現するプロセスの凄まじさを少しでも知れば、いい加減な論が少なくなるであろう。

(橋下徹のTwitterより)


ここで橋下がいう「池田氏」とは池田信夫(ノビー)、「堀氏」とは堀義人のこと。ともに新自由主義者。このうち堀氏のいかなる言説に橋下が切れたかは知らないが、ノビーに対して切れた理由ははっきりしている。ノビーが書いたブログ記事「『橋下=小沢政権』の運命」に痛いところを突かれたためだ。

ノビーは新自由主義者であり、自らと思想信条の近い橋下及び小沢一郎に対して親和的なスタンスをとっている。だが、それは別としてブログ記事中で橋下のTwitterの論理矛盾を指摘した上、こんなことを書いている。

彼の話が支離滅裂になるのは、「小沢先生」を擁護するという結論が先に決まっていて、それに合わせて消費税に反対する理由をさがしているからだ。さすがに橋下氏も、今の財政状況で「増税に完全反対」できないことは認めるが、「今回の増税案には反対」だという。今回は反対なら、いつどういう増税ならいいのかという代案はない。財政をどうやって再建するのかという計画もない。

かつて消費税増税の急先鋒だった小沢氏が、今それに反対する理由は明白だ。現在の「反小沢」執行部を倒すためである。政治とはそういうものであり、彼の主張に論理整合性を求めるのは無理である。それを意味不明な論理で擁護する橋下氏も「政局の人」になったのだろう。

ただ私は、この政局的な勘は悪くないと思う。小沢氏が離党し、彼の資金力・組織力と橋下氏の人気を組み合わせれば、次の総選挙で第一党になる可能性もある。自民の一部が組めば「橋下首相・小沢幹事長」という細川内閣のようなパターンもありうる。

しかし問題は、何をするかだ。橋下氏の政策は組合たたきや原発反対など思いつきのポピュリズムで、このまま国政に進出しても霞ヶ関に一蹴されて終わりだろう。小沢氏の力もかつての面影はないので、細川内閣のように短い命で終わるおそれが強い。次の次に期待するしかない。

(池田信夫「『橋下=小沢政権』の運命」より)


消費税増税や原発問題に関してはもちろん私はノビーの主張に与するものではないが、橋下と小沢一郎に関するノビーの指摘は正鵠を射ている。橋下の「脱原発」はノビーも喝破する通り、単なる人気取りに過ぎない。未だに「脱原発で頑張る橋下市長を応援しよう」と繰り返す左翼人士や橋下に取り込まれてしまった「脱原発」論者もいるが、近い将来、彼らは誤りを自己批判せざるを得ない羽目に陥るだろう。

それはともかく、橋下が切れたのは「まず『小沢先生』擁護ありき」という本音をノビーに暴露されたからだ。橋下が切れるのはいつもこのパターンだ。朝日新聞大阪の丑田滋記者も、北大教授の山口二郎も、曲がりなりにも橋下の痛点を突いたから橋下は切れた。一方、香山リカは橋下の痛点を全く突けなかったから、橋下の対応は余裕綽々だった。

逆に、橋下は「使える」と見るや、論敵の籠絡にかかる。その対象が今回は湯浅誠だった。ところが、橋下が言及した朝日新聞(4/13)掲載の湯浅誠インタビュー記事で、湯浅氏は「橋下流」を痛烈に批判していた。これについても『kojitakenの日記』に書いたので、当記事では詳しく繰り返さない。

ここでは、上記『kojitakenの日記』の記事にTwitterからリンクを張っていただいた宇城輝人さん(新刊本のジャック・ドンズロ『都市が壊れるとき』の訳者)による昨年11月の大阪市長選の分析を紹介したTogetter「今大阪で何が起こっているのか、『都市が壊れるとき』の訳者が語る」(下記URL)が興味深かったので、これを紹介したい。
http://togetter.com/li/288471

よく、橋下徹を支持しているのは、橋下の政策によって不利益を蒙る低所得層だと言われることが多いが、そうではなく、富裕層ほど橋下を支持していることを示すグラフを宇城さんは示している。

中でも、平均世帯年収と「橋下率」(橋下の得票の当日有権者数に対する比率)は一目瞭然、驚くほど鮮やかな相関を示している。大阪市24区の中でも飛び抜けて平均世帯年収の低い西成区は「橋下率」も際立って低い。

また、完全失業率と「橋下率」には負の相関があり、転入率と「橋下率」には正の相関がある。

つまり、貧乏人ほど橋下を支持しているわけでもなければ、橋下のような人間を支持するのは「大阪人の特性」でも何でもない。むしろ、よその土地から来た「転勤族」の高所得層や、ずっと大阪にいた人間でも昔からの「土豪」が特に熱心に橋下を応援しているとイメージすべきだろう。

大阪で橋下をもっとも熱心に持ち上げているのはテレビ局(民放の在阪準キー局)だが、テレビ局の正社員たちは大阪人の中でも際立った高収入層だし、よその土地から大阪に出てきた人間が多い。彼らと大阪の「土豪」が橋下と結託して大阪を支配しようとしているといったところだろうか。

大阪準キー局や東京キー局などのテレビ局は、橋下をあたかも「既得権益の破壊者」であるかのように喧伝しているが、実は橋下こそ「既得権益の守護神」なのではないか。

そう思うと、昨日当ブログにいただいた下記のコメントがいかに的外れであるかがわかる。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1244.html#comment14205

橋下を批判するならもっと分かりやすくやらなきゃ意味がないよ
分かってる人なら言われなくても橋下には否定的なわけで、だまされてるのは馬鹿の目をなんとかして冷まさなければならない
そういう馬鹿には小難しいことを書いても伝わらないでしょ

2012.04.14 09:56 橋下を批判するなら


コメント主は「B層理論」の信奉者かもしれないが、全くトンチンカンなコメントである。事実は「インテリ(ぶった人間)ほど橋下を支持している」ということなのだ。それは、私の周囲を見ていても実感として了解できるところだし、「環境ディスコース」がどうのこうのと言っていた飯田哲也がいとも易々と橋下に籠絡されてしまったことなどもその例に加えて良いだろう。そして、そんなインテリたちが大衆を「橋下支持」の死地へと誘導するのである。まさに「ハーメルンの笛吹き」。

昨日たまたま目撃した、朝日新聞のインタビュー記事で自らを批判している湯浅誠を持ち上げるTwitterを連発するのも、湯浅を取り込もうとする橋下一流の手練手管かもしれない。

もちろん湯浅誠は(飯田哲也とは違って)そんな橋下の思惑に易々と引っかかることはないとは思うが、単にそれにとどまらず、上記のように「よそから来た富裕層と大阪の『土豪』」の利益代弁者にして「既得権益の守護神」たる橋下徹を徹底的に批判する言説を、湯浅誠に期待したいと強く念じる次第である。
今週のニュースの焦点は関西電力の大飯原発3,4号機の再稼働の問題だろう。

野田佳彦(「野ダメ」)首相は何が何でも5月5日の北海道電力・泊原発3号機が定期検査のために停止するまでに大飯原発再稼働にこぎつけようと必死になっている。一昨日(7日)の毎日新聞は下記のように書いている。
http://mainichi.jp/opinion/news/20120407ddm003040034000c.html

クローズアップ2012:福井・大飯原発、来週にも要請 再稼働ありき、新基準

 野田佳彦首相と関係3閣僚は6日、初会合を3日に開いてから3度目の協議で「安全性に関する判断基準」を取りまとめた。判断基準からうかがえるのは関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)を突破口に他の原発の運転再開につなげたい「再稼働ありき」の意図といえる。国内で唯一稼働している北海道電力泊原発20+件3号機(北海道泊村)が定期検査に入るのは来月5日。経済産業省は「それまでに大飯を再稼働できなければ原発がゼロになり、再稼働のハードルがさらに高くなる」(幹部)との危機感を強めている。

 ◇「実施済み」焼き直し

 「地元から求められたことへの一定の答えになっている」と枝野幸男経済産業相は語った。だが、安全かどうかを判断するために政府が導入した3本柱の基準は、東京電力福島第1原発事故直後に電力各社が講じた緊急安全対策と、安全評価(ストレステスト)1次評価の焼き直しに過ぎない。時間のかかる対策は、電力会社に実施計画を示すよう求めたが、その妥当性の判断指標は示されず、「努力目標」の域を出ない。

(毎日新聞 2012年04月07日 東京朝刊)


このような解説記事を載せる毎日のほか、朝日、中日(東京)などが「原発再稼働は時期尚早」との立場をとるが、読売、産経、日経などは早期の原発再稼働を求める立場である。消費税増税に関しては全国紙の論調はすべて一致してこれを求めているが、原発再稼働に関してはまっ二つに割れている。但し、朝日や毎日は「いかなる原発再稼働も認めない」という立場ではなく、本当に大飯原発の安全性が確保されているのか(同原発には免震事務棟もない)、あるいは夏場に本当に電力供給が不足するのか、それらが明らかにされないまま「原発再稼働ありき」で暴走する野田政権を批判するという立場に立っている。

とはいえ朝日・毎日でさえこの程度の主張はするのに、政府、経産省や読売・産経などの宣伝をころっと信用してしまって「夏場の電力不足は明らか」だとTwitterで発信したのが江川紹子である。
http://twitter.com/#!/amneris84/status/188091931375579137

原発の再稼働ができなければ関西での夏場の電力不足は明らかだし、周辺自治体などが容易に再稼働に賛同しないことは分かっていたと思うのだけど、政府はなぜ今になってあたふた(と見える)しているのだろう。もっと早く、需給の数字を元に、廃炉何基、再稼働は何基必要という目標を出せたのでは?


これに対して、大阪市特別顧問の飯田哲也が反論している。
http://twitter.com/#!/iidatetsunari/status/188443592417751040

江川さん「明らか」ではありません。大阪府市エネ戦略会議資料( http://goo.gl/kLgSR )をお読みください。需要側管理を柱とするピークマネジメントで対応できます RT @amneris84: 原発の再稼働ができなければ関西での夏場の電力不足は明らか


これらのTwitterを見て思い出すのは、江川紹子はつい最近上杉隆と袂を分かって「自由報道協会」を脱退したとはいえ、それまでは同協会の会員だった、いわゆる「小沢信者」であって、飯田哲也は「橋下徹に取り込まれた」脱原発派の代表的論者だという事実だ。昨年、「脱原発」を打ち出そうとした(結局「脱原発依存」に後退した)菅直人内閣への自公の不信任案提出を煽った小沢一郎が、原発再稼働に狂奔する野田佳彦に対してはそれをとがめ立てもしない一方、野田政権を激しく批判して「そんなに民主党政権が原発を再稼働したいのなら解散して国民に信を問え」と吼える橋下徹の対照が、そのまま両政治家に近い(と思われる)江川、飯田両氏のTwitterに反映されているように私には見えるのである。

「野ダメ」政権の姿勢で特に目につくのは、枝野幸男の腰の定まらない様子である。枝野はかつて、今夏は原発稼働なしで乗り切れるとの見通しを示しながら、その後野田首相の「原発再稼働」路線に同調し、かと思うと今月2日の国会では福島瑞穂社民党党首の質問に答えて「現時点では原発の再稼働に私も反対だ」とまで明確に言い切りながら、翌日には早くも前言を翻した。枝野のこれらの言動は、間違いなく国民の野田政権に対する心証を悪化させた。このまま「野ダメ」政権が大飯原発再稼働を強行した場合、ただでさえ低い内閣支持率はさらに下がり、消費税増税の件と「合わせて一本」で、9月の民主党代表選で野田佳彦は退陣に追い込まれるだろう。

「野ダメ」が解散を強行するのではないかとの観測もあるかもしれないが、週刊誌の最新号などで総選挙のシミュレーションの記事が出ていて、それによると「大阪維新の会」は大阪・京都などで爆発的なブームを巻き起こし、前原誠司や谷垣禎一も落選の危機にある、などと書かれている。こんな情勢では野田佳彦とて簡単には解散できないし、谷垣禎一もうかつに解散を求めづらいため(かといってこのままでは9月の自民党総裁選で「野ダメ」ともども引きずり降ろされてしまうのだが)、早期の解散総選挙は考えにくい。民主、自民とも「維新の会」に対しては、裏で賞味期限切れを期待しつつ表で橋下にすり寄るだろう。さらに石原慎太郎や小沢一郎も「橋下との連携」が「喉から手が出るほど欲しい」のが本音だろう。但し、小沢一郎をめぐる情勢は、4月26日に小沢の判決が出るまでは動かないものと思われる。

そんなこんなで、橋下はいまや日本の政界の最大のキーマンになってしまった。最近の私は、もっぱら「はてなダイアリー」の『kojitakenの日記』を中心に記事を書いているが、小沢一郎について書いた記事のアクセス数はきわめて少なく不人気を極める一方、橋下徹について書くとたちまちアクセス数が増えて、「橋下信者」からブーイングを浴びる状態が続いている。たとえば、橋下が大阪市音楽団を潰そうとしていることを批判した4月7日付記事「大阪市音楽団を廃止しようとする橋下徹を選んだのは大阪市民」などがその例だ。

ますます強まる「ハシズムの脅威」にため息しか出ない今日この頃である。
月が変わり、年度が改まった。去る人あれば来たる人もあるのが世の常だが、今年は去る人が多く来たる人は少ない。職場のことである。多くの職場でも同様なのではないか。だから今年の4月は、東日本大震災と東電原発事故が起きた昨年以上に気がふさぐ、実に憂鬱な年度始めである。

年度が替わっても、原発再稼働、消費税増税、それに橋下徹が政治ニュースの3本柱であり続けるだろう。原発については、本来なら政府が「脱原発」の方針を明確にして、もはや破綻が明らかになっている昨年末の東電福島第一原発の「事故収束宣言」を撤回し、同事故を収束させるための見通しを立て直すとともに、従来の原発推進政策を転換して再生可能エネルギー推進の方針を明確に打ち出すべきだ。消費税については、冒頭で書いたように雇用が縮小して国民の懐具合が寂しい状況で強行すべきではない。さらにいえば、消費税増税の前にやることがある、とは言ってもマスコミや小沢一郎などがよく言う「ムダの削減」ではなく、直接税の税収を拡充する必要がある。

しかし、野田佳彦(「野ダメ」)政権は、原発は5月5日に北電の泊原発3号機が定期点検で停止する前に何が何でも再稼働させるという「まず再稼働ありき」の方針であり、消費税に関してもなんとか自民党と組んで2014年と15年の2段階で税率を10%に引き上げようと躍起になっている。マスコミは、原発については「再稼働・原発維持(ないし拡大)」を主張する読売・産経と、「脱原発」を志向する東京(中日)・朝日・毎日などに分かれるが、消費税については全社「税率引き上げ」で一致して政権を応援している。

消費税増税について反対しているのは、左翼少数政党を別にするとみんなの党と民主党の小沢グループだが、ともに「新自由主義勢力」としての色合いが強い。みんなの党は言わずもがなだが、先日民主党離党の意向を表明した東京9区選出の衆院議員・木内孝胤は、超富裕層に属する世襲4世のボンボンにして、かつて河村たかしの「減税日本」(「日本版『ティーパーティー』と位置づけられる)への共感を表明した人間だ。小沢派の「国民の生活が第一。」はもはや完全に「看板に偽りあり」である。今年の年初に政党交付金目当てで(そのために結党日まで昨年末と偽って)結党された「新党きづな」にも、小沢派の中でも特に右翼・新自由主義色の強い連中が集まっている。

現状、消費税増税反対論は彼ら「経済右派」が政局狙いで政権を揺さぶる狙いの動きがある程度であり、これが閉塞感を強めるのである。たとえば湯浅誠が消費税を推進する立場に立っている。その湯浅が内閣府参与を離れるにあたって出した「声明」毎日新聞のインタビューを『紙屋研究所』の4/2付記事「湯浅誠の声明とインタビューへの違和感」が批判しているが、共感できる記事だった。以下引用する。

 左派が累進課税や応能負担原則で攻め上げる。財界が消費税で騒ぐ。そういう力がぶつかりあって、「政治的・社会的力関係総体」(湯浅)によって決まるのだ。現在は消費税を引き上げるか引き上げないかのところでしか攻防がないのは、「増税の前にやるべきことがある」という行革圧力としての右派の声や、政局がらみで民主党の引き上げ法案に反対する声が大きいからで、その一つの流れとしての累進課税や応能負担をとなえる左派の声は、あまりにも小さすぎるからだ。

 もしその声が十分に大きければ、「消費税増税もやらせていただきます、あっ、でも累進課税の強化もちゃんとやりますやります」、というようなポーズを、民主党政権はとらざるをえないだろう。

 そういうときに左翼がやるべきことは、消費税の引き上げを認めることじゃなくて、「必要な水準をそろえるためなら、我々も負担する用意がある」ということを言うことなのだ。ただしそれは「累進課税・応能原則によって!」。

(『紙屋研究所』2012年4月2日付記事「湯浅誠の声明とインタビューへの違和感」より。赤字ボールドは原文により、青字ボールドは引用者による)


『紙屋研究所』の著者は「コミュニスト」とのことだが、累進課税や応能負担は、ヨーロッパでは特に左翼の主張でもなんでもなく、普通に認められていることではないかと思う。湯浅誠がそれさえも強く打ち出せず、消費税増税に傾斜する現状は本当に頭が痛い。累進課税や応能負担を言い出しただけで「左翼」とレッテルを貼られて「論外」扱いされるのが今の日本であり、せいぜい民主党内(小沢派)の「『増税の前にやるべきことがある』という行革圧力としての右派の声や、政局がらみで民主党の引き上げ法案に反対する声」が目立つだけという現状はお寒い限りだ。それには、少なくない「左派」が「小沢一郎支持」へと走ったことも関係していて、たとえばかつては小沢批判の急先鋒だったブログが、読者から金をとるようになると小沢一郎に親和的な態度へと論調を転換した例がある。また一般週刊誌としてはもっとも「左」の読者層を想定していると思われる『サンデー毎日』も、橋下徹は批判するけれども小沢一郎をやたらと持ち上げる。小沢一郎と「小沢信者」は日本の「左派・リベラル派」の力をとことん殺いでしまった。その害毒は計り知れない。

今日の民主党政権の原発政策も、昨年夏の民主党代表選で小沢一郎が原発推進派の海江田万里を推したことによって、「争点外し」が行なわれた。現在野田佳彦が原発再稼働に向けて血眼になっている一因は、小沢一郎が作ったものである。

だから、というわけでもないだろうが、昨年、東日本大震災の発生直後に「雲隠れ」し、出てきたと思ったら自公の菅内閣不信任案提出を煽った小沢一郎を国民の多くは見放している。たとえばある「小沢信者」のブログは、かつては1エントリあたり何百件もの「ブログ拍手」を受けていたが、現在はその数が全盛期の10分の1程度に激減している。一時は日に何万件ものアクセス数を誇った植草一秀のブログも、もう誰も言及する者もいない。

かといって自民党の支持が盛り返したかといえばそうでもない。一時は現時点で総選挙をやれば自民党圧勝確実かと思われたが、時間が経てば経つほど自民党の存在感が薄くなっている。たとえば自民党は、生活保護給付の水準を10%引き下げる改革案をまとめ、衆院選公約に盛り込もうとしているが、「生活保護叩き」のトレンドに安易に乗って大衆の劣情に媚びようとする卑しさがありありで、こんな動きを見ていると自民党だけは復活させてはならないと思う。

先般のAIJ事件で同社社長の年収が7千万円だったことが話題になっているが、そもそも「ローリスクハイリターン」があり得ないことなど新自由主義者が一番よく知っているはずだ。AIJが詐欺企業であることも、知る人ぞ知る「公然の秘密」だったに違いないが、こんなの(や消費者金融や人材派遣業)をのさばらせたのが小泉・竹中の「構造改革」だった。それを棚に上げて消費税を増税し、生活保護給付の水準を切り下げようと言ったところで誰からも支持されない。

この「生活保護叩き」自体、橋下徹からの強い影響を感じさせるが、その橋下は「民主党と自民党の消費税引き上げ」や「民主党政権(や自民党)がこだわる原発再稼働」をことごとく批判する立場に立つ。その橋下率いる「維新の会」がにわかでも何でも候補者をかき集めて全国の衆議院の選挙区に候補者を立てれば、少なくとも都市部では「維新の会」が圧勝するのではないか。事態はもうそこまできた。

最後に政局の話をすると、民主党と自民党、特に民主党は「維新の会」が馬脚を現すのを待つ戦法、すなわち解散総選挙の先送りを狙うのではないか。また、民主党と自民党で執行部を転覆させたい野望を持つ者どもも、9月に両党で行なわれる党首選(民主党代表選及び自民党総裁選)をにらんで、そこまで待とうとすると予想される。だから、民主・自民両党首脳の一部が「話し合い解散」の道を模索するにしても、当面政局は膠着状態を呈するのではないか。何より解散の切り札を切るのは、麻生太郎がためらってできなかったくらいで勇気というか蛮勇が必要だ。それを「野ダメ」が持ち合わせているかどうか。最近の「野ダメ」の思いつめた表情を見ていると、あるいはやりかねないかとも思わなくはないが、やはり難しいだろう。

そんなわけで現状の閉塞感はまだまだ続く。民主・自民両党執行部が期待する橋下徹の失速も望めないのではないかと私は予想する。なにしろ大阪ではもう4年以上も橋下人気が続いているのだ。

かつて私は漸進的なチェンジを期待していたが、今はもうそんな期待はどっかに消えてしまった。やはり日本は行き着くところまで行って、橋下が引き起こす破滅を経験し、焦土から立ち直る道をたどらざるを得ないのではないかと厭世的になる今日この頃である。