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きまぐれな日々

2011年は、三大都市で大きな地方選が行なわれた年だった。もともと統一地方選の年ではあるのだが、今年は2月の愛知県・名古屋市のトリプル選と11月の大阪府・大阪市のダブル選挙が行なわれた。4月にはあの恥知らず老人・石原慎太郎が4選を目指した東京都知事選が行なわれた。

これらのすべての選挙において、私の気に食わない結果となったが、これらのうち東京については処置なしで、最初から石原を負かすことができるだろうとは思っていなかった。愛知・名古屋については、トリプル選挙こそ河村たかし、大村秀章と「減税日本」(その実態は「強者への逆再分配日本」)が勝利を収めたものの、東日本大震災・東電原発事故の2日後に行なわれた名古屋市議選では早くも勢いに陰りが見え、4月の愛知県議選では名古屋市の14区中13区で議席を獲得したものの、名古屋市外では「減税日本」は伸び悩んで苦戦した。現在では、「減税日本」はすっかりひところの勢いを失っている。

対照的なのは大阪の橋下徹率いる「大阪維新の会」だった。当初苦戦が伝えられた統一地方選では大阪府議選で過半数を獲得し、大阪市議選でも第一党になるなど躍進し、やはり当初接戦といわれた11月の大阪府知事選、大阪市長選の「ダブル選挙」でも、いざふたを開けてみれば、橋下徹と松井一郎が投票締め切り時刻である8時の時報と同時に橋下徹と松井一郎の2人の当確が報じられた。

選挙戦で票を伸ばすのは橋下徹と「大阪維新の会」の選挙ではいつものことだから、今回もきっとそうなるに違いないと思っていたらその通りだった。橋下は人心を掌握するのが得意だが、「既成の権威に立ち向かう」挑戦者のポーズをとるところが、(私はそうは思わないけれども)一般的には「反骨精神旺盛」と言われる大阪の人たちの心をつかんだとされている。

橋下は人々のルサンチマンを刺激して自らを支持するように仕向けたが、大阪府知事時代から、「反権力」のポーズをとる橋下が実際に行なってきたことは「まず弱者から切り捨てる」ことだった。2008年以来何度も書いているが、私学助成金削減をめぐって大阪の私立高校生と討論会で真剣勝負を行なって女子高校生を泣かせた件や、一度に346人の府立高校非正規職員の首を切った件に、橋下の本質が現れている。こんな人間を熱狂的に支持する大阪人が「反骨精神旺盛」だなどとは私にはとうてい信じられない。

それは、ダブル選挙に圧勝して大阪市長に就任した現在も変わらない。『vanacoralの日記』の昨日(12月25日)付記事「橋下市長が目指すのは『新自由主義・警察国家』だ!!」に書かれている通りである。同記事に取り上げられている「救急車の有料化」など、橋下の勝機を疑わざるを得ない政策だし、生活保護の認定を厳しくせよ、というのもいかにも橋下らしい「弱者に苛酷な」政策といえるだろう。

さらに、同記事に引用されている産経の記事にある

待機児童問題では「ありとあらゆる手段を使って解消を目指してほしい」と言及。

というくだりが目を引いた。

というのは、当ブログに「橋下徹が進める『保育所の最低基準緩和』で失われる幼い命」と題した記事(2011年2月25日付)を書いたことを思い出したからだ。以下、同記事の一部を抜粋して再掲する。

なんといっても息を呑んだのは、記事(註:『Nabe Party ~ 再分配を重視する市民の会』掲載「『保育所の最低基準緩和』が招いた悲劇 これでも河村たかしの「減税日本」を支持できますか?」=2011年2月25日付:とらよしさん執筆)中からリンクを張られている報道番組の動画だ。「保育園の最低基準緩和:子どもをギュー詰めに詰め込む方針」と題されたこの動画は、河村たかしの盟友・橋下徹が旗を振って推進しようとしている保育園の面積の最低基準緩和に警鐘を鳴らした、大阪・関西テレビのローカルニュース番組(『スーパーニュースアンカー』2010年12月2日放送)を収録したものだ(下記URL)。
http://www.youtube.com/watch?v=2BJgkl0aiHY&lr=1

戦後間もない1948年に制定された保育所の面積の最低基準。アメリカの制度の輸入だが、貧しい敗戦国・日本の現状にあわせて、わざわざ基準を緩めて定められた。その基準が未だに変えられていないどころか、橋下徹ら全国の47知事のうち41知事がさらなる基準緩和を求めているのだ。

橋下らのこの動きは、元をたどれば、10年前に小泉純一郎が総理大臣に就任した時にブチ上げた「待機児童ゼロ化」に遡る。待機児童を減らすといえば聞こえはよいが、その実態は、子供たちを最低基準ギリギリに近い狭いスペースにぎゅうぎゅう詰めにすることだった。その結果保育所における死亡事故は、小泉が総理大臣に就任した2001年以降急増した。番組では、保育所で毛布を被された上に重しを乗せられて窒息死した一歳児のお母さんが痛切に訴えかける印象的な映像が流された。

ところが、橋下ら全国のほとんどの知事は、その最低基準のさらなる緩和を求めているのだ。これが橋下の言う「維新」とやらの正体である。

(当ブログ2011年2月25日付記事「橋下徹が進める『保育所の最低基準緩和』で失われる幼い命」より。一部表現などを変更した)


橋下徹というのはこういう人間だ。冷酷非情な独裁者。こんなやつに、総理大臣の「野ダメ」こと野田佳彦、野党第一党の総裁である谷垣禎一、それに政界再編劇を起こして政局をかき回そうと虎視眈々の「剛腕先生」小沢一郎らがゴマを擦るのだからどうしようもない。もっとも「虎視眈々」と書いた小沢一郎を、橋下は「虎の威を借る狐」だと評したとの記事が『週刊文春』に出ていた。小沢はしょせん田中角栄や金丸信といった実力者の庇護のもとで権力者になった程度の人間だという意味で、正鵠を射た論評だと私は思うのだが、橋下自身は「『バカ文春』の捏造記事だ」と言って怒っていたらしい。

だが、大阪市長に就任して中央の政治家に面会する橋下を、1991年の自民党総裁選における「小沢面接」(小沢一郎が宮澤喜一、渡辺美智雄、三塚博の自民党総裁候補三者を「面接」した件)になぞらえて「橋下面接」だと書いた『週刊文春』は、確かにヨタ記事だらけの四流週刊誌ではあるけれども、あの記事に関しては良い線を突いていると思った。中央の与野党の政治家のうち、「偉大な人間」であられるらしい橋下徹大将軍にもっとも長時間謁見を賜る栄誉に浴したのは小沢一郎センセだったらしいが、小沢「狐」が威を借ろうとしている「虎」とは、もしかしたら橋下徹のことではないかと思った。「虎」といえば大阪、大阪といえば橋下だ。

もちろん、橋下にゴマを擦る点では「野ダメ」や谷垣禎一も同罪だし、分不相応にも次期民主党代表・総理大臣を狙っているかもしれない原口一博のように、誰よりも露骨に橋下に擦り寄る論外政治家もいる。いつしか、中央の政界はこんなやつらばかりになってしまった。

ところで、橋下徹を「虎」に仕立て上げたのはもとはといえばマスコミ、特にテレビだった。昨日、延々とやっていたTBSの「報道特集」でも橋下を礼賛し始めたのでチャンネルを替えたが、来年以降この男がどこまでのさばるのか。まことに気分の悪い年の瀬だ。

なんとも後味の悪い締めくくりになったが、当ブログの今年の更新はこれで最後。皆さま、どうか良いお年をお迎えください。
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