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きまぐれな日々

いよいよ2011年も残すところあと2週間を切り、テレビは年末恒例の一年を回顧する番組をやっているが、今年は正直言ってこの手の番組をあまり見たくない。今年の重大ニュースといえばなんといっても東日本大震災と東電原発事故であって、何もこの時期に特別に回顧しなくても一年中、いや3月11日以来ずっとこのことばかり考え続けていた。

最初は「念のための措置です」、「直ちに影響はありません」という言葉が、政府高官だけではなくテレビ、特にNHKから集中的に放射されていたが、原発事故はいっこうに収束しなかった。5月に菅前首相による中部電力浜岡原発の停止要請があり、「脱原発デモ」が大きく盛り上がり、マスメディアの世論調査でも時を経るにつれ「脱原発派」が増えていることが示された。

しかし、その動きと正反対だったのが政治の動きだった。民主党と自民党の政治家がもっとも強くエネルギー政策転換の必要性を語ったのは東電原発事故の発生直後であり、枝野幸男内閣官房長官(当時)と谷垣禎一自民党総裁だった。しかし、谷垣禎一はすぐに自民党内の原発推進勢力の突き上げに遭って発言撤回に追い込まれた。枝野幸男も菅前首相が打ち出そうとした「脱原発」を「脱原発『依存』」に押しとどめた。

それでも、まるで浜岡原発停止要請をとがめるかのように自民党と公明党の内閣不信任案提出を煽ったのが小沢一郎と鳩山由紀夫だった。鳩山由紀夫は、「小沢信者」たちさえ庇い立てすることが難しいほどの筋金入りの「原発推進論者」であり、今現在も平沼赳夫(たちあがれ日本)が会長を務める「地下式原子力発電所政策推進議員連盟」の顧問を務める。小沢一郎は代表時代の2007年に民主党のエネルギーをそれまでの「慎重に推進」から「積極的に推進」へと舵を切った。小沢自身はエネルギー政策には関心がないと思われるが、東電福島原発の利権に絡んでいるともされる。ただ、小沢は「脱原発」派にも媚を売りたいらしく、川内博史を使ってあたかも「脱原発」派に転向したかのように見せかける「飛ばし記事」を週刊誌に書かせたり(『AERA』2011年6月6日号;『kojitakenの日記』6月5日付記事「小泉純一郎に続いて小沢一郎も「脱原発」に転換、と思いきや」にて論評)、「脱原発」に目覚めたという14歳(現在は15歳)の「B級アイドル」(12月3日付朝日新聞で高橋純子記者が用いた表現を借用)の少女に手紙を送る(『kojitakenの日記』11月23日付記事「東北の被災者はシカトして14歳の少女に手紙を送る小沢一郎の偽善」にて論評)などの小細工を弄していた。

しかし現実に小沢一郎がやったことは、自公の内閣不信任案提出を煽りながら自らは欠席で逃げたことのほか、8月末に行なわれた民主党代表選で原発推進論者の海江田万里を擁立したことだった。海江田万里の擁立に関する論評としては、下記に示す8月30日付の金子勝氏のTwitterが印象に残っている。

原発推進、再生エネ妨害、TPP推進の海江田氏を候補者にした時点で、小沢グループはマニフェストを守れという錦の御旗を失いました。やりたくないことを語る海江田氏の演説は惨めでした。鹿野氏を妨害して中間派の離反を招きました。もう一度、政策の基本に立ち返ってほしい。


代表選で小沢が海江田万里を担いだことは、「小沢信者」のみならず、リアルの「小沢ガールズ」たちにも衝撃を与えたらしい。それに対して、小沢一郎が「(海江田を)俺だと思って(応援して)やってくれ」と語ったという話は、若干の表現の違いがあるとはいえ複数のソースで確認できるので、おそらく事実だろう。ここでは、『週刊現代』9月17日号掲載の記事から引用する。

 代表選直前の8月26日夜、ホテルオークラに集まったグループの議員を前に、それまで態度を曖昧にしていた小沢氏が「海江田を応援しよう」と呼びかけると、会場からは一斉に「えーっ!?」と落胆した声が上がった。特に激昂したのが、いわゆる〝小沢ガールズ〟と言われる女性議員たちだ。ガールズはこの会合後、別の店に15人が再集結。「海江田さんには決断力がない」「泣いたしね」「原発も推進派だよね」と、不満をぶちまけあったという。彼女たちを宥めるためか、間もなく小沢氏がその場に駆けつけた。すると、ガールズたちはここぞとばかりに、「なんで海江田さんなんかを!」と、ボスを吊るし上げたのだという。「彼女らの剣幕に、小沢氏はタジタジとなったそうです。あまりに突き上げが激しいため、『とにかく、今回は海江田をオレだと思ってやってくれ』と、小沢氏が頭を下げ、ようやく彼女たちも矛を収めたとか」(民主党若手代議士)


「小沢ガールズ」たちが怒ったのは当然だが、小沢一郎に頭を下げられておめおめと引き下がるあたりが情けない。結局彼女らは小沢の言いつけに従って代表選では海江田万里に投票したのだろう。

もっとも、その海江田と決選投票で争ったのが現総理大臣の「野ダメ」こと野田佳彦なのだから、どちらが民主党代表・総理大臣になったところでともに「論外政治家」であって、似たり寄ったりだったには違いない。そもそも民主党代表選で「脱原発」を訴えた人間は誰もいなかった。

海江田万里だったら小沢一郎の傀儡政権になったはずだと仰る方もおられるかもしれないが、野田佳彦にだって充分「角影」ならぬ「一影」が差している。参院で問責決議案が可決された一川保夫と山岡賢次の首を切れないことがそれを物語っている。小沢は、表で海江田万里を推す一方で、裏で野田佳彦と取引をしていたことが代表選後に報じられた。これには、野田が1993年の衆院選初当選時に所属していた「日本新党」元党首にして元首相の細川護煕が仲介したとされる。

首相に就任した野田佳彦は、発足当初、国内では「脱原発依存を継承する」と言いながら、外遊先で「世界最高水準の原発の安全性を目指す」と原発維持を明言し、さらに原発の輸出にも積極姿勢をとった。先日(16日)は東電福島第一原発が「冷温停止状態」に至ったとして事故の「収束宣言」をしたが、原発事故が収束からほど遠いことは誰の目にも明らかであり、内外の強い批判を浴びた。気づいてみれば、東電原発事故発生直後によくテレビに出ていた、関村直人東大教授に代表されるような「御用学者」の出番は少なくなり、マスメディアが普通に政府を批判するようになった。つまり、メディアは収束する気配のない事故の現状を前に、安全幻想を振りまくことが徐々にできなくなってきたのに対し、政府や経産省、電力会社などは事故の「風化」に期待してなし崩しに「原発再稼働・維持」をなし崩しで進めてきたのであって、そのことが野田政権の原発対応に7割の人が不満を持つという世論調査の結果につながった。そして、「脱原発『依存』」を目指しただけの菅内閣を不信任案で倒そうとした小沢一郎は、「野ダメ」政権の原発対応については何も語らない。このまま総選挙を迎えては「小沢チルドレン」全滅必至の小沢は、いずれ政界再編を目指すのだろうが、小沢一郎自体を排除しない限り政治の混迷は続く。

小沢一郎がいなければ、原発維持、TPP推進、消費税増税、辺野古基地建設などの方向性が強まるではないかと仰る方に言いたいのは、小沢一郎が影響力を行使している現在、果たしてそれらの動きに歯止めがかかったかということだ。小沢一郎は何もしていないではないか。ネット住民だけではなく、リアルでも鳥越俊太郎や江川紹子、それに佐藤優に取り込まれた魚住昭らなど、今なお小沢一郎に幻想を持っている「リベラル」ないし「左派」の連中は珍しくない。有名無名を問わず広く見られる小沢一郎の「剛腕」への幻想が日本の「リベラル・左派」を徹底的にダメにしていることを痛感した一年だった。年末に世間を騒がせた火山学者・早川由紀夫の暴言もろくに撃てない一部の「脱原発派」も情けなかったが、特に「小沢信者」に早川を擁護したがる傾向が強く見られた。

東電原発事故と小沢一郎以外については、今年最後の更新になるであろう次回の記事で触れたい。
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