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きまぐれな日々

「TPP」と「橋下徹」が話題をさらった11月が終わり、師走の12月となったが、今年の大きな出来事というと東日本大震災とそれに伴う東電原発事故に尽きるだろう。しかし震災と原発事故の議論は先月はTPPと橋下の陰に隠れた形となった。

このあとは消費税増税が政治の焦点になって、TPPも橋下も人々の関心の外に去るのではないかと私は思っているが、それ以上に気になることがある。それは、東電原発事故が他ならぬ「反原発派」の間で「娯楽」として「消費」されるようになってきていることだ。

具体的に言えば、急性白血病に関する話だ。誰それが急性白血病で亡くなった、その人は東電原発事故後に福島入りしていた、などという話がネットで広まる。しかし、東電原発事故が起きてから9か月も経たない現在、不運にして白血病で亡くなられた方が罹患した原因が東電原発事故であることなど断じてあり得ないのだ。それらは「根も葉もないデマ」である。しかし、次から次へとその種のデマが発生して拡散される。

誤解を与えやすいのは、「急性白血病」という病名である。名前こそ「急性」となっているが、決して「急に」発症する病気ではない。「血液のガン」と言われる急性白血病は、その大半の症例において、病気に罹患していることがわかった時点で、最初に骨髄で異常が発生した時点から年単位(2年以上)の時間が経過しているのである。つまり、「急性白血病」は「早期」に発見されることは現実的にほとんど考えられない(自覚症状もないのに非常な苦痛を伴う骨髄検査がなされれば早期発見もあり得るが、現実的な想定ではない)。だから、上記のようなネットで広まるうわさ話は「根も葉もないデマ」と断定して100%間違いない。

私の知る限り、その種のデマの早い例は、8月に東電福島第一原発で1週間働いていた従業員が急性白血病で亡くなった時に拡散された。この件に関しては、当時注目を集めた『NATROMの日記』の記事「今回報道された急性白血病と福島原発作業の因果関係は?」(2011年8月30日付、下記URL)に詳しい。
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20110830

リンク先の記事に引用されている毎日新聞記事によると、

 東電によると、男性は関連会社の作業員で8月上旬に約1週間、休憩所でドアの開閉や放射線管理に携わった。体調を崩して医師の診察を受け急性白血病と診断され、入院先で亡くなったという。東電は16日に元請け企業から報告を受けた。事前の健康診断で白血球数の異常はなく、今回以外の原発での作業歴は不明という。

とのことだ。これについて、ブログ主は

作業と急性白血病での死亡の間の期間が短いことから、「因果関係がないはずがない」と、つい考えてしまうのは無理もありません。しかしながら、報道されている情報が事実だとすると、現在得られている医学的知見からは「原発事故後の作業と急性白血病での死亡の因果関係はない」と言わざるを得ません。

と断定する。その根拠として、次のように書いている。

そもそも、被曝と白血病の因果関係を我々が知っているのはなぜでしょう?それは、原爆による被爆者の中に白血病を発症する人が多発したからです。しかし白血病が増え始めるのは被爆後約2年からだとされています。急性放射線障害で死亡するほどの量の放射線被曝を受けた人が多くいたにも関わらずです。もし、被曝後数週間で白血病になりうるとしたら、広島や長崎で、同様の症例が観察されていたはずです。

さらに、0.5ミリシーベルトという被曝後、短期間で白血病になりうるとしたら、これまで、原発作業員、放射線業務従事者、医療被曝を受けた患者さんからの白血病の発症が観察されるはずです。

そうは言っても、今回の事例が特別に運の悪い事例である可能性を否定しきれないという主張もあるでしょう。しかしながら、疫学とはまた別の、白血病細胞が増殖する速度という知見からも、「8月上旬に被曝、少なくとも8月16日までに死亡」という期間を考慮するに、8月上旬の被曝が白血病の原因であるとは言えないと考えられます。

腫瘍細胞が増殖して体積が2倍になる時間を「ダブリングタイム」と言います。白血病細胞の場合は数日から10日ぐらいとされています。仮にダブリングタイムを4日とすると、1個の白血病細胞が生じてから急性白血病の症状が出るまで、どれくらい時間がかかるでしょうか。

大雑把に1兆個まで増えると白血病を発症するとして計算してみましょう。私の計算が確かなら、約160日で発症します。ダブリングタイムが2日なら80日で発症します。ダブリングタイムが1日なら40日で発症します。つまり、知られている限りもっとも早い増殖をする白血病細胞であったとしても、白血病細胞が生じてからわずか2週間あまりで発症から死亡にいたるようなことはありません。

なお「数日から10日ぐらい」のダブリングタイムは、既に白血病を発症した患者さんの白血病細胞から得られた情報です。生じたばかりの白血病細胞の増殖速度はそれほど速くないと考えられます。増殖しているうちに、より速く増殖できる能力を獲得しますし、相対的に数が少ないころは免疫系により増殖が抑制されるからです。そう考えると、「原爆による被曝から早くて2年間で白血病が発症する」という疫学的な知見は、白血病細胞が増殖する期間の知見からも、矛盾なく説明できます。

「事前の健康診断で異常がないのに、福島での作業との因果関係はないというのはおかしい」という意見もあるようです。数週間後に死亡するような病気を事前の健康診断で発見できないというのはおかしいと感じる気持ちは理解できます。しかし、報道が事実であるとするならば、事前の健康診断で白血球数の異常がなかったとしても、まったく不思議はありません。

もし、事前の健康診断で、骨髄の検査まで行えば、なんらかの異常が発見されていたかもしれません。あるいは、末梢血であっても、白血球の形態の異常の有無を顕微鏡で詳しく見ていれば、なんらかの異常が発見されていたかもしれません。けれども、白血病を疑われているわけでもない人に対する健康診断で、骨髄や末梢白血球の形態まで見る検査は行われていません。

(『NATROMの日記』2011年8月30日付エントリ「今回報道された急性白血病と福島原発作業の因果関係は?」より)


長々と引用したのは、この記事に書かれていることこそ、白血病について語る時に必ず押さえておかなければならない基本的な事柄だからだ。

私はもとより医学の専門家ではないが、必要があって白血病について詳しく調べたことがあった。その時に得た知識と照合しても、『NATROMの日記』の記述が簡潔にして要を得たものであることはよく理解できる。逆にいうと、ここに書かれていることを押さえていない議論には全く意味がないのである。

ところが、ネットで横行した議論はそうではなかった。それは、上記『NATROMの日記』の記事のコメント欄を見るだけでもよくわかる。そして、白血病で亡くなった方の死を東電原発事故と結びつける例は後を絶たなかった。

私が知る限りもっとも悪質な例は、現役の医者であって白血病に関する専門知識を十分に持っているはずの、ある九州在住の開業医が、動物保護活動をされていた女性が福島第一原発から20km圏内に入ったために白血病を罹患して亡くなったというデマを拡散したことだった。亡くなった女性の友人が、このデマを広めたTwitterのまとめサイトに抗議して、「院長」氏のブログにもそれを指摘したコメントが掲載されたにもかかわらず、「院長」氏は当該エントリに

この件に関するコメントは、以降投稿禁止処置をとります。

という冷血な文章を書き添えて、コメントを受け付けなかったのだ。

この件は思い出すのも汚らわしいので当該ブログ名も書かないし記事へのリンクも張らないが、当エントリを書くために見に行ってみたところ、コメント禁止は解除され、ブログ主の意図に沿ったコメントが掲載されていた。どこまでも卑劣な人間であり、こんなのが開業医をやっていると思うとぞっとする。

それから4か月近くが経って、またまたデマの拡散が相次いで問題になった。一つは、9月に急性白血病で死去した釣りコラムニストが「原発周辺で野宿し、釣った魚を食べていた」という噂がネットで流れた件だ。この件について、噂を否定するのであれば亡くなった方が福島で釣った魚を食べなかったことを示す挙証責任があるなどという馬鹿げた議論を、医学の門外漢であって放射性物質の拡散マップ作成に寄与した某地質学者がしていたとのことだが、上記『NATROMの日記』に書かれている通り、亡くなられた方が白血病に罹患した原因は東電原発事故ではあり得ない。地質学者氏の議論はナンセンスである。この件に関しては、『産経新聞』が(いつもとは全く違って)文字通りの「正論」の記事を書いているが、産経に一本取られるようではどうしようもない。産経の記事中にある専門家(北海道がんセンターの西尾正道院長)のコメントを以下に紹介する。

 北海道がんセンター(札幌市)の西尾正道院長は「被曝によるがんや白血病は通常、数年以上潜伏する。この時期に(原発事故での)被曝が原因で発症する確率はゼロと言い切れる」と断言する。

 西尾院長によると、被曝で細胞が傷ついてがん細胞が生じても、がん細胞が増えるには何十回もの細胞分裂が必要で、期間は年単位になるという。その上で西尾院長は「誤った情報を国民が安易に信じたり広めたりしないために、国はもっと正確で丁寧な情報発信をすべきだ」と話した。

(産経新聞 2011年12月2日付記事「『被曝発病』デマがネットで拡散 『原発周辺で釣った魚食べ死亡』 『福島にいたから急性白血病に』より)


この西尾院長のコメントは上記『NATROMの日記』の記述と一致することはいうまでもない。これが医学的な「常識」なのだ。

さらにひどいと思ったのは、東電福島第一原子力発電所の所長を先日まで務め、病気を原因に退任した吉田昌郎氏の病名が「急性白血病」であると決めつける噂が流れていることだ。まるで、「吉田前所長のかかった病気は『急性白血病』であってほしい」と願っているように見える醜い文章がネット上のあちこちに見られた。

私が調べた限り、この噂の出所は「2ちゃんねる」であり、根も葉もないその噂をブログだのTwitterだの陰謀論者と「小沢信者」の巣窟として悪名高い某掲示板などが拡散している。それらの中には、ひところは貴重な情報源として私が買っていたブログも含まれていたし、Twitterや陰謀論系掲示板のコメントの中には、勝手に吉田前所長を殺してしまっているものさえ散見された。

ここまできたら、もう呆れ返るほかはない。これらの件で騒いでいる自称「反原発」派の人たちは、実際には「東電原発事故」を「娯楽」として「消費」しているに過ぎない。私が思い出したのは「万物の商品化」という言葉だった。人々は、ネットにアクセスして、ブログやTwitterや掲示板のコメントを書く、あるいはそれらを読むというコストを支払って、人の死や病気という不幸、あるいは「東電原発事故」を楽しんでいるのだ。そんなのと比較したら、まだしも『産経新聞』の記事や、「リスク厨」たちの馬鹿騒ぎを批判する「原発容認派(あるいは推進派)」の指摘の方がまだしも説得力を持つ。これは「反原発」「脱原発」にとって危機的な状況なのではないだろうか。

放射能による白血病やガンなどのリスクが顕在化するのはもっと先の話であり、その時どの程度放射性物質の影響が出るかはまだわからない。以下、前記『NATROMの日記』の記事の結びの部分を引用する。

忘れるな

今回の東電の対応について、不満を表明している人たちが多くいます。「これ以上調査する予定はない」とした東電の対応には私も問題があると考えます。しかし、「福島での作業との因果関係はない」という結論については同意せざるを得ないのです。東電を批判するとしても、少なくとも、現在得られている医学的知見からは「原発事故後の作業と急性白血病での死亡の因果関係はない」としか言えないことを十分に理解した上で、批判するほうが望ましいと私は考えます。

「現在の科学ではわかっていないだけかもしれないだろう」という理屈でなら因果関係を疑うことも可能です。しかし、そのようなことが容認される世界では、たとえば、「1ヶ月前に撮影したCTが原因で白血病を発症した」といったクレームも容認されるでしょう。あまり良い世界だとは私には思えません。

数年後から十数年後には、今回とは違って、本当の「因果関係は不明」という事例が発生します。それまで、今の気持ちを忘れないようにしましょう。たとえば、3年後に、原発作業員からの白血病の発症が報道されたとして、現在ほどの関心を呼ぶでしょうか。東電批判が流行に終わらないことを願っています。

(『NATROMの日記』2011年8月30日付エントリ「今回報道された急性白血病と福島原発作業の因果関係は?」より)


現在のような「リスク厨」の軽挙妄動が続くと、「数年後から十数年後」には原発推進勢力の思うがままになっていて、それがいつになるかわからないさらなる将来に「第二の東電原発事故」が起きるのではないかと私は恐れる。

それともう一つ。数年後から数十年後、本当に白血病やガンによる死者が増えたとしても、個人個人の病気と東電原発事故で発生した放射性物質との因果関係を証明することは難しいことも強調しておきたい。わかるのは統計的な数字だけであって、個々の場合に因果関係をはっきり証明できる例は極めて少ない。だからこそチェルノブイリ原発事故による死者数を「御用学者」たちが過小評価するという詐術がまかり通っているのであるが、それにもかかわらず個々の症例と原発事故の因果関係は一般的には示せないことが多い。

何が言いたいかというと、誰それが白血病にかかった、それは東電原発事故のせいだ、とはやし立てることは、病気に罹患された方や不幸にして亡くなられた方の尊厳を侵すものだということだ。病気や死がはやし立てる人間の政治的な主張を強化するために利用されるのでは、やられた方としてはたまったものではない。

そんなおちゃらけた態度を排し、あくまで統計的なデータに基づいて放射線の影響を議論し、原発の危険性を訴え、「脱原発」のゴールを目指すのが「反原発派」、「脱原発派」のあるべき姿ではないかと思うのだ。現在横行している「リスク厨」をまともに批判できないようでは、「脱原発」など永遠に実現できない。

「脱原発」運動に関しては、他にも「脱原発」を妨害した某大物政治家や「『右』も『左』もない」という一種のイデオロギーによって利用されようとしているさる少女アイドルの件など、気がかりなことはたくさんあるのだが、長くなったのでこれらについては機会があれば別途取り上げることにしたい。
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