きまぐれな日々

前回の記事へのコメントより。

http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1218.html#comment12811


「野ダメ」はカンタビーレの漫画のよい印象があって、憎しみが軽減されるんですよね。私の場合。
(それはそれで憎しみに凝り固まるよっか、いいのかもしらんけど)

そもそもの漫画の話が、日本でダメ音大生だった女の子が、世界に出て舞台で才能を発揮させていくという話なので、
(伝え方次第で)下手すりゃ「ちょっとダメだけど、大器晩成型だから許してね☆」という印象が強くなる。

日本が復興に放射能被害防止にと気を揉むこの時期を考えれば、
この男のやっていることは、そんな甘ッちょろいものではなく、かなり悪辣な類いであるにも関わらず。

野田佳彦が「野ダメ」を次の自分のへりくだり表現として使ってきて、元作品の良い部分を取り上げて演説するなんて噴飯もののことをやったら、
それこそ元漫画への愛情に対する私の精神的被害がこの上ないな、と思って切ない。
(まさか、次期選挙に合わせて『のだめカンタビーレ』の再流行とか仕掛けないだろうな、千葉テレビで『俺は男だ!』流す県知事よろしく)

いっそのこと「No!ダメ総理」と表記して欲しいけど、口語ならともかく、文語では誰のことやらわかりにくいしなあ。


まあ、あんなパペットだかスケープピッグだかを表に据えて批判をそれに集中させている間に、
財務省他原子力ムラ連中は国益を騙った自分達のコミュニティ利益のために、裏で力を奮っているのですから、
それを考えれば表の政治家への愛称表現をいちいちほじ繰り返すのは、いかにも意味が無い。

でもそれをやるぐらいしか無くなるくらい、手詰まり感があるということなんでしょうね。


古寺多見さんは野田がいかにも政治・内閣を回しているように書くけれど、
政治家でありながら評論家然として主体性を軽い自己紹介程度にしか持ち合わせず、のらりくらりやってきたあの男が、
『調整型』と言われるほどの力量が果たしてあったか、
周りに流されてる、回されてるだけの『調整“され”型』なんじゃないか、と私としては疑問です。

だから、あの男自体には捕まえられる尻尾がない。
そんな物はとっくのとうに去勢されていて、まさしくパペットではないのか。

あんなものをまるで意味があるように叩くエネルギーは、その背後・背景に対して焦点を絞って発揮した方が、よほど返ってくるものがあるのでは、と思います。

2011.09.28 07:35 朱の盤


http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1218.html#comment12822

政治家の権限権力というのはやはり大きいので、その意志次第で現実は多いに動く。むやみと背景の勢力なるものを想定するほうがーそれがアメリカであれ財務省であれー怪しげな議論になりがちだと思います。最近の野田政権の財務省支配などというのもその類で、独自の政治基盤や政策スタッフを十分にはもたない野田氏にとって、数年間慣れ親しんだ財務省に依存するのは自然なことに思える。彼は彼なりに主体的にそうした道を選び、復興と財政再建をどちらも増税でやるのだということを、自らの使命と考えているように思います。ただ依存の度合いが度を越しているとはおもいますが、細川政権といい、政治基盤が弱い非自民政権が財務省に依存しがちな構図というのは起きやすい。

2011.09.29 01:32 カリヤマン


政治家の財務官僚(昔なら大蔵官僚)依存は、何も「政治基盤が弱い」非自民政権に限ったことではなく、自民党政権がまさにその典型だったというのが歴史的事実だが(ついでにいうと、細川政権でも鳩山政権でも中枢にいた小沢一郎も、自民党政権の内閣官房副長官時代に、大蔵官僚のある人たちと結びついて新自由主義的な政策を打ち出すことによって頭角を現した人物だ)、それはともかくカリヤマンさんの仰る「政治家の権限権力というのはやはり大きいので、その意志次第で現実は多いに動く」、「むやみと背景の勢力なるものを想定するほうがーそれがアメリカであれ財務省であれー怪しげな議論になりがち」というのご意見には同感で、それは私が昔から「陰謀論批判」で繰り返し力説していることでもある。その中でも総理大臣の権力は特に強く、麻生太郎や菅直人を思い出せば明らかなように、いくら自民党や民主党の権力亡者ども(麻生政権時代の与謝野馨や石破茂、菅政権時代の小沢一郎など)が「麻生降ろし」や「菅降ろし」に必死になっても、なかなか引きずり降ろせず四苦八苦したものだ。そして、海江田万里や経産省の思惑にも沿っていたといわれる浜岡原発停止はともかく、玄海原発再稼働停止は菅政権だったからこそできたことだ。もっとも菅直人には東日本大震災の直前までの「原発のトップセールス」の政策(これはもともと鳩山政権時代に仙谷由人がレールを敷いたものだが)を推進した責任があって、これに玄海原発停止の業績が相殺されてしまうのだが。

「野ダメ」こと野田佳彦首相については、今朝の『日本がアブナイ!』を見ると、「野田が原発維持を軌道修正か?+国民&地域住民の力で、脱原発の流れが進行中」とのことで、カメレオンのような野ダメ首相には呆れるばかりだ。

カメレオンのような、というと東電原発事故を受けて「脱原発」に転換したはずの朝日新聞も同じで、実は前のエントリは中国電力の原発建設が争点となった上関町長選挙の記事が朝日新聞に載っていたらそれを題材に書こうと思っていたのだが、第二社会面にごく小さく扱われていただけだったので止めて、その代わりに自分でも気が抜けているなあとしか思えない記事を書いてしまったのだった。

しかし、同じ日(9月26日)に東京新聞は上関町長選で原発推進派が推す現職の柏原重海氏が当選した記事を一面トップで掲載していた。朝日新聞とは大違いである。東京新聞はさらに、「上関町長選 原発マネーと別れよう」と題した社説も掲載した。以下その一部を引用する。

(前略)

 過去八回の町長選はすべて、推進派が勝ってきた。今回も推進派と呼ばれる現職が、反対派を退けて三選を果たしたかたちだが、これまでとは背景が大きく変わり、推進派の九連勝とは言い難い。

 福島第一原発の事故を受け、野田佳彦首相も「新規原発建設は困難」と表明した。山口県知事は周辺市町にも配慮して、来年十月に期限が切れる海面の埋め立て免許を更新しない方針だ。原発ができないと、交付金や固定資産税など「原発マネー」も入らない。

 現職も選挙前から「交付税が入らない場合のまちづくりを同時に考えなければならない」と、脱・原発マネーに含みを持たせ、推進、反対の立場を超えた地域ビジョン検討会の設置を決めていた。

 原発誘致表明後、町税収入二億五千万円の上関町に、計四十五億円の交付金のほか、中国電力から多額の寄付金が支給され、温泉施設の建設などが進められてきた。それでも当時約七千人いた人口は半減し、高齢化率は県内一で五割に近い。

 原発マネーは、まちおこしの特効薬にはなり得ない。

 新町政の課題は脱・原発マネーの意志をこのまま強くして、住民の心の溝を埋めていくことだ。

 祝島では、太陽光パネルで電力の自給をめざす「自然エネルギー100%プロジェクト」が始まった。推進派と呼ばれる町長が後押しすれば、融和は進む。

 地域に溝を掘ったのは、安心安全と財源をてんびんにかけ、住民の心を揺らし続けた原発推進の国策だ。祝島の自然を生かした持続可能な地域おこしに、法外な原発交付金を付け替えるなど、政府も責任を負うべきだ。

(東京新聞 2011年9月26日付社説より)


東京新聞は上関町長選をしっかり報道していた。もちろん名古屋の親会社・中日新聞にも同じ社説が掲載された。少し前までは、朝日・毎日・東京(中日)が脱原発派、読売・産経が原発維持ないし原発推進派と色分けされていたが、最近では東京(中日)と朝日・毎日の差がはっきりしてきて、後者は菅政権の終わりが見えた8月以降、日和見的報道に転じたように思われる。私も知らず知らずのうちに朝日新聞の悪影響を受けていたことを痛感させられた。

中日新聞が思い切って「脱原発」の主張を打ち出せるのは、お膝元の中部電力浜岡原発が全基停止しており、その再稼働の見込みが低いと思われ、他に原発のプラントを持たない中部電力は当分の間、というよりおそらく半永久的に原発依存率0%が続くであろうこととも関係しているだろう。中部地方には例の城内実のお膝元・浜松にスズキがあるが、同社は浜岡原発が再稼働させるなら同原発近くにある牧之原市の相良工場を同社本社のある浜松の近くに移転させることを検討している。その影響もあってか、牧之原市議会は浜岡原発の永久停止を決議した。スズキは、会長の鈴木修が城内実を支援するなどろくでもないこともやっているが、良いこともやる。スズキの意向も受けてか、城内実も震災直後から「脱原発」を打ち出しているが、その他には全くといって評価できるところのないこの極右レイシスト政治家の唯一の見どころといえるかもしれない。

いまや、原発を稼働させるとその周辺にとどまらず日本から企業も人も逃げていく時代なのだ。アメリカで原発推進を宣言して日本に帰ってきたらまたその発言を後退させる「野ダメ」こと野田佳彦首相や、総理大臣が交代するやいきなり「脱原発」の報道が目立たなくなった朝日新聞なんかを見てめげている場合ではなかった。深く反省する次第である。
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野田佳彦首相は、政権発足当初には、前内閣の「脱原発(依存)」を踏襲するようなそぶりを見せ、注目の経産相人事にも「脱原発」派とされていた鉢呂吉雄を起用した。

経産相にどういう人物を任命するかによって総理大臣の原発に対する姿勢はある程度わかる。私が鳩山由紀夫政権に最初に懸念したことの一つが、経産相に旧民社の直嶋正行を起用したことだった。鳩山は、原発と自然エネルギーの両方に力を入れようとした人間だが、旧民社の直嶋を経産相に任命した時点で、後者が骨抜きにされることは自明だった。鳩山政権が普天間基地移設問題で自滅して政権が瓦解する直前の昨年春、鳩山はエネルギー政策が骨抜きにされたとぼやいたらしいが、経産相の原発推進派官僚をそのままにしておいて直嶋正行なんかを経産相にしたらそうなるに決まってるだろ、そう私は思ったものだ。鳩山由紀夫は政治をなめていたとしか私には思えない。民主党政権の混迷はすべて鳩山政権発足当初の緊張感に欠ける人事から始まった、そう私は認識している。鳩山由紀夫のような人間を、「担ぐ神輿は軽くてパーがいい」という勝手な都合で担いだ小沢一郎の罪も重い。

鳩山から政権を引き継いだ菅直人も、当初直嶋正行を続投させ、最初の改造内閣では旧社会党だけれども日立製作所労組出身で自らも原発にかかわった大畠章宏を、2度目の改造内閣では原発推進論者の海江田万里を経産相にした。東日本大震災と同日に起きた東電福島第一原発の事故以前には菅直人も鳩山政権の原発推進路線を継承したからだ。それどころか、鳩山政権時代から仙谷由人らが進めてきた「原発のトップセールス」なる政策が菅政権で「成長戦略」に取り入れられてしまった。

正力松太郎の時代から慣性力で進められてきた原発政策を、あろうことかさらに加速させようとしていた菅直人の目を覚まさせたのが東電原発事故だったというわけだが、現実に炉心溶融(メルトダウン)の事故が起きるまで原発推進政策が止まらなかったとは恐るべき話だ。

しかし、東電原発事故が起きてもなお原発推進の姿勢を崩そうとしない閣僚が少なからずいた。その一人が与謝野馨であり、いま一人が海江田万里だ。与謝野馨は菅直人自らが閣僚に引っ張った人間であり、海江田万里は菅直人退陣の後任を選ぶ民主党代表選で小沢一郎が担いだ人間であることを考えると、「政権交代」に示された民意を舐めていた鳩山由紀夫ともども、民主党の「トロイカ」とは何だったのかと思わざるを得ない。

それなら「トロイカ」のあとには期待できるのかというと、そうはいかないのが民主党の残念なところだ。代表選で勝った野田佳彦は、マスメディアから「人格者」として持ち上げられたが、野田の特徴はその右翼タカ派の政治思想とは対照的に、なるべく人との摩擦を避けようとすることにある。だから、かつて自民党の政治家が得意とした「派閥均衡人事」をやった。民主党代表選にはほとんど時間をかけなかったのに、組閣には一体何をやってるんだと思ったほど長々と時間をかけた。そこにはかつて民主党の特徴とされ、野田佳彦自身の派閥名の由来にもなっている「百花斉放」の気風など全く感じられず、それどころか小渕恵三が倒れた時に自民党が「密室五人組」の談合で後継首相を森喜朗に決めてしまったことを思い出させた。

野田佳彦は、気前よく幹事長のポストを小沢一郎に近い輿石東に差し出した。金庫の鍵を受け取った小沢一郎は、野田佳彦の批判をほとんどしない。小沢の周囲から起きる野田批判の声にも、まあそんなことを言うなよ、野田もよく頑張っているじゃないかとか何とか言っているらしい。

そして、原発再稼働だのTPP推進だのといった厄介ごとを、2つの問題でともに消極派と見られていた鉢呂吉雄にやらせようという算段だったに違いない。しかし鉢呂はマスコミに首を取られた。鉢呂は経産省に就任早々、原発再稼働にもTPP推進にも前向きな姿勢を示したと一部で報じられていたから、野田にしてみれば「マスコミめ、余計なことをしやがって」といったところではないか。

当初鉢呂吉雄を経産省に任命したことなどを含めて、「野田首相は『脱原発依存』にそれなりに配慮している」という肯定的な見方もあったようだが、私はそうは考えておらず、いずれこの「羊の皮を被った豚」はその本性を現すに違いないと思っていた。そして早くもそれが現実のものとなった。

野田はまず、『ウォールストリートジャーナル』(WSJ)のインタビューに答えて、

来年の春以降、夏に向けて、やはり再稼動できるもの(原発)は再稼動していかないと、まさに電力不足になった場合には、日本経済の足を引っ張るということになるので、そこはきちっとやっていかなくてはいけない。

と明言した。記者に「今年大丈夫だったから、来年も(原発の稼働率が低いままでも)大丈夫ではないかという声をよく聞くが」と言われても、「そんなことはあり得ない」と答えて、来春の原発再稼働に向けて不退転の決意を明らかにしたのである。しかも野田は訪問先のアメリカで再稼働の時期を「春」から「2月」へとさらに前倒しした。さらに野田は、原発の輸出を継続することも明言した。

野田はこのように「なし崩し」的に原発推進路線への回帰を進めているが、こういうのも「調整型」の政治家の特徴だといえる。自分からは決して新しいことをやろうとしない。従来からの流れを大切にする。野田佳彦は典型的な「保守政治家」であるといえる。最近の新聞などは事なかれ主義だから、そんな野田を「安定感のある保守政治家」だと朝日新聞あたりも書いていたのだった。そんな論調は何も朝日に限らないのだろうけれど、新聞記者も特権階級としての自らの地位を守ろうとしているのだろうなと思う。東電原発事故という現実を目の前にして「変わる」ことが何よりも求められている時代に「安定感のある保守政治家」なんか要らないどころか、野田佳彦が現にやっているように害毒を撒き散らすだけである。事故を起こしていない原発の放射性廃棄物の処理法さえ確立できる見通しもないのに、現に今も大量の放射性物質(放射能)を撒き散らしている福島第一原発の事故を起こした原子炉が存在する。この冷厳な現実を、「安定感のある保守政治家」は直視することができない。

「脱原発」派にも問題は山積だ。9月19日に6万人を動員したのは素晴らしいことだけれども、「脱原発」の熱気は既に一時期と比較してずいぶん冷めているし、運動に広がりも欠けている。某有名ブログは、原発事故前にはテレビやラジオなどのマスメディアで言いたいことも言えなかったと発言したという落合恵子を批判していたが、私はたとえば同じ「左」側でも大江健三郎のような人たちに批判的だったり距離を置いている人たち(たとえば週刊金曜日の本多勝一や、その本多と袂を分かった岡留安則のような人たち)を引っ張り込んだり、原発問題に関心を持つようにはなってきたけれども、さりとて左派政党を支持するわけでもない、世の「保守リベラル」の人たちの関心を引きつけるなどの段階には至っていない。後者の人たちは私の周りにもずいぶんいて、原発推進派の人たちと口論するなどしているが、「脱原発」集会やデモなどの話題は彼らの口には上らない。「一部の左翼系の人たちの運動」としか見られていないのだろうなと思う。「脱原発」運動にもブレイクスルーが必要だ、このままでは風化してしまうという危機感を私は持っている。

唯一溜飲を下げたのは、このところ「野ダメ」という呼称(私のオリジナルというわけではないが、この渾名の拡散につとめている)が広まりつつあることだ。昨日は飯田哲也氏のTwitterでも見かけた。

国内では猫を被り、アメリカで本性を現す「野ダメ」には期待できるものは何もない。われわれの力で「野ダメ政権」の政策をひっくり返さなければならないと思う今日この頃だ。
昨日、「9.19明治公園『さようなら原発集会』」とそれに続くデモに参加した。もっとも、「参加した」とはいっても会場に入り切れなかった。『kojitakenの日記』にも写真を載せたが、毎日新聞のサイトに24枚の写真が掲載されており、いかにすごい参加者数だったかわかるだろう。

ただマスコミの扱いは概して冷淡で、朝日新聞は1面中央にカラー写真とともに短い記事を掲載しているけれどもそれ以外の記事は載っていない。読売や産経はどんな扱いをしているのだろうか。

デモ自体も、労組の動員がかなりあったためか、3か月前に参加した「6.11新宿・原発やめろデモ」のような自発性はあまり感じられなかった。私自身も偉そうなことは言えない。というのは、昨日のデモでは6月のデモの時のようにシュプレヒコールに唱和しなかったし、それどころか当初は3連休には遊びに出かけるつもりだったからだ。その予定がキャンセルになったのでデモに参加した。

もっとも、労組の動員はあったけれども一般の参加者も多かった。今回は、主催者発表で6万人、警察発表でさえ2万7千人(実数は5万人くらいだろうか)を集めただけでも意義があったと思う。もちろん、大江健三郎氏を筆頭とするビッグネームが呼びかけ人に名を連ねた効果が大きい。以下に『kojitakenの日記』に秋原葉月さんからいただいたコメントを紹介する。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20110919/1316442884#c1316449471

akiharahaduki 2011/09/20 01:24

池田信夫氏が「さようなら大江健三郎」というエントリーで「原爆と原発の区別もつかない大江氏には、さすがに誰もついてこない。」と書いてますが、実際にはこんなにも多くの人々がついてきたのですね
「さようなら池田信夫」


私はノビー(池田信夫)が「さようなら大江健三郎」と題したブログ記事を書いていたことさえ知らなかった。最近はノビーに対する関心もすっかり忘れていたからだ。だが、せっかく秋原さんがノビーの存在を思い出させてくれたから、当該のブログ記事を覗いてみた。
http://agora-web.jp/archives/1378824.html

ああ、なんてつまんない記事。これではノビーの人気が低落するのも当然だろうと思った。コメントもしたくないが、気力を振り絞って少し書いてみる。

既に起こしてしまった東電福島第一原発事故は、現時点でも日本経済に悪影響を与えている。日本産の農産物や海産物はおろか、工業製品にまで海外で放射線量検査を受け、輸出に大ダメージを与えたことさえノビーは忘れているらしい。しかも、今後事故を起こした福島第一原発の処理ばかりではなく、耐用年数に達して廃炉にする必要が出てくる原子炉が続出するが、廃炉になった原子炉は、それ自体が巨大な放射性廃棄物であり、廃炉が日本経済に与える負担はバカにならないものがある。万一、それでも原発を続けて再び東電福島第一原発事故のような十代事故が起きた時には、それこそ日本経済は一巻の終わりだ。

だが、先の短いノビーや経産省幹部、民主党・自民党などの政治家、それに読売新聞や産経新聞にとっては、もう今後の日本の経済活動や安全のことなんてどうでもいいのだろう。合理的に行動しているメーカーは、自然エネルギーにビジネスチャンスを求めているが、彼らはそれを妨害している。

ノビーへの悪口はこれくらいにするが、私が懸念しているのはそういう「先の短い」人たちが経済合理性を無視して決めることが今後の日本を縛ってしまう事態だ。これまで日本が地震大国でありながら原発大国にもなってしまったのは、還暦を過ぎた読売新聞社主(当時)・正力松太郎が自らの政治的野心のために原発推進をゴリ押ししたからだ。読売新聞が現在でも強硬な原発推進の論陣を張るのも、正力時代からの惰性で務台光雄や渡邉恒雄(ナベツネ)といったその後の同社の「ドン(首領)」が行動しているからに過ぎない。そして、読売新聞の現在の社風は「物言えば唇寒し」である。原発に反対する記事を書けば飛ばされるなどして出世に差し支えるので、そんな記事は読売新聞の記者には書けない。しかし、そんな読売新聞に載ったヨタ記事を、読者は信じ込んでしまう。だからいつまでも「原発のコストは他の発電方式と比較して安い」などという、とっくに暴かれた「嘘」がいまだに常識として通用してしまっている。

「さようなら池田信夫」といえるほどには「脱原発」が根強いことに意を強くしたが、同時に、単なる現状の延長だけでは「脱原発」は風化しかねないという危機感も持つ今日この頃である。
選挙制度について書いた前回のエントリは、コメント欄「はてブコメント」で久々にさまざまな意見が出て面白かった。

一度変えた制度をすぐにまた元に戻すのはどうか思うというコメントが結構見られたが、そこにこそ選挙制度を変えた人間の意図があった。つまり何事も一度決めたら惰性で動くので、その動きを変えるには大きな力が要る。だから「剛腕」を揮ったのだ。選挙制度について言えば、鳩山一郎の「ハトマンダー」(1956年)、田中角栄の「カクマンダー」(1973年)の二度の公職選挙法改正の試みが失敗したあと、1990~92年頃にまず竹下登、次いで金丸信と内輪もめをしていた小沢一郎が、自らの権力欲の満足と、1985年に自らが裏切ったかつての師・田中角栄がやり残した仕事の実現を大義名分として主導したのが1993年の「政治改革」だったと私は考えている。そして小沢がその先に「改憲」を見据えていたことはいうまでもない。小沢が巧妙だったのは、こと「政治改革」の局面においては決して自らが突出しなかったことで、そのせいか90年代の選挙制度改革の動きが「イチマンダー」と呼ばれることはなかった。もっとも小沢一郎の場合、「イチマンダー」より「イチオクダー」の方がふさわしいような気がするが。

山口二郎は既に90年代後半に自己批判しているというコメントもいただいたが、ひとたび誤りを犯し、その弊害が直近の二度の総選挙で明らかになるなど、選挙制度改悪が日本の政治に与えたダメージの大きさは計り知れないのだから、山口のように旗を振った人間は、それこそことあるごとに「選挙制度の再改革」を訴えない限り、知識人の責任を果たしているとはとうてい言えないだろう。それくらい90年代の「政治改革」において山口二郎が犯した罪は重い。

選挙制度についてもそうだが、原発を含むエネルギー問題についても、「変える勇気」を持とうとしない人間のあまりの多さに匙を投げたくなる毎日だ。

たとえば、自然エネルギーの普及に際して重要な鍵となる大容量の蓄電池が実用レベルになるにはまだ10年以上かかるといわれているが、裏を返せば蓄電池にはきわめて大きな成長の潜在力があるということだ。金子勝のTwitter経由で知った日本経済新聞の記事によると、民間調査会社の富士経済の予測は下記の通りだ。

特に大きな成長を期待できるのが車載用電池や住宅の非常用電源として用いられる大型リチウムイオン電池で、20年の市場規模は10年比69.5倍の9454億円に膨らむとしている。

太陽光や燃料電池などの自然エネルギー関連ビジネスも20年には同3.3倍の8977億円に成長する見通しだ。


このリチウムイオン電池こそ、日本が世界をリードする技術力を誇る分野であり、三洋電機を傘下に収めたパナソニックや、蓄電池の開発にも熱心なトヨタ・日産といった自動車メーカーにとってはこれ以上ないビジネスチャンスだろう。

ところが、「原子力の父」正力松太郎をかつて社主にいただいた読売新聞は、なんとしても原発を守ろうと必死になって、自然エネルギーに冷水をぶっかけようとする記事を躍起になって載せ続けている。極右漫画家の小林よしのりに言わせれば、読売の原発報道、特に社説は「ノストラダムスの大予言」(1999年に大外れが確定)の類であり、GDPは大きく下がり、街には失業者があふれるなどの大嘘を書き散らしているとのことだ。もっとも小林の場合、「原発を止めて核兵器を開発せよ」などとほざくトンデモ極右だから、間違っても支持はできないけれど。

思えば70年代の排ガス規制の時にも自動車メーカーの奮戦が日本経済を救った。トヨタを頂点とする「食物連鎖」の構造は、下請け、孫請け、ひ孫請けと末端に行けば行くほど労働者の負荷が大きく、その点は大いに問題なのだが、従来の大規模集中型の電源に代わって、今後小規模分散型電源の市場が拡大していくことなど、誰の目にも明らかだろう。ところが、読売新聞や産経新聞といった「保守」や「右翼」は、どこまでも旧来の原発を守ろうとする。だから「保守」というのかと皮肉の一つも言いたくなるくらいだ。

70年代と大きく異なるのは政治の劣化だ。70年代の環境庁長官というと大石武一や三木武夫の名前が思い出されるが、大石武一はなんと中曽根派の議員でありながら自然保護、軍縮や平和活動に熱心だった。かつて自民党とはそんなウイングの広い政党だったのである。ところが現在では右翼たちに「極左」呼ばわりされた菅直人が、震災前には「原発のトップセールス」をやっていたというありさまだ。さすがに菅は震災直後に「これまで安全だと思って原発を推進したが、事故が起きた以上安全だとは言えなくなった」と言って政策を転換しようとし、現に浜岡原発の停止や玄海原発の再稼働阻止を行なったが、8月の辞意表明後は政権が死に体となったこともあって完全に腰砕けになった。現在、民主・自民の保守二大政党に「脱原発」派の議員はほとんどいない。そんな彼らに産業構造の転換の後押しを期待することはできない。

前述のように、産業界には新エネルギーのビジネスチャンスをうかがう企業も少なくないはずだが、経団連には電力のほか鉄鋼などの重厚長大産業の影響力が大き過ぎることもあって、何が何でも原発と10電力会社の地域独占体制を死守しようと必死になっている。

それ自体も問題だけれど、飼い慣らされた人たちはもっと問題だ。小選挙区制で党執行部の力が強大化すると、何も言えずに黙ってしまう民主党や自民党の政治家もそうだし、長年続いた自民党政治に対して問題意識を持ちながら、「小沢信者」なる、教祖に対する批判が絶対に許されない集団に属してしまった人々(政治家、一般人を問わない)も同類だ。

そうではなく、もっと進取の気風に富んだ人々も日本にはたくさんいて、今後彼らが日本を変えていくのだろうと思うが、そのためには彼らが「格差社会」の壁に阻まれることなく、チャンスをつかめるような社会にしていかなければならないと思う。旧体制を「保守」しようとする態度は、それを妨げるだけだ。

現在では「革新」という言葉はほとんど用いられなくなった。しかし、今こそ「革新」の時代だと私は思うのである。
鉢呂吉雄前経産相の辞任騒ぎについてネットでは議論百出だが、私はこの件について多くを語りたいとは思わない。最初、自民党議員が鉢呂氏の「死の街」発言を批判していると聞いた時には、これまで原発を推進してきた張本人の自民党が何言ってるんだとしか思わなかったが、鉢呂氏辞任の決め手となったのは、「死の街」発言ではなく、報道各社によって表現が少しずつ違う「放射能○○○」という発言だったという。

鉢呂氏の首を取ろうと報道合戦を繰り広げたマスコミは論外だし、あっさりと鉢呂氏の首を切った野田佳彦首相の事なかれ主義にも呆れるが、私が思い出したのは「雉も鳴かずば撃たれまい」という諺であって、鉢呂吉雄という男のあまりの軽さに脱力してしまったのである。

この軽さでは、新規の原発は建設しないとか将来原発はゼロになるなどと言っていたところで、いずれ必ず先頭を切って原発再稼働に踏み切るなど「脱原発」とは真逆の方向に進んだに違いない。野田新政権発足直後から野田佳彦は本当に自分がやりたい政策(原発維持など)を「政敵」にやらせる方針だろうと思っていたし、それは前回の記事にも書いた。だから私は、鉢呂吉雄の辞任を特に残念とも思わない。

ただ、あのどうしようもなかった論外の安倍晋三内閣(2006~07年)以来、閣僚のクビがどんどん飛びまくっている現状には、政治家の劣化を思わざるを得ない。

この惨状を招いた元凶は小選挙区制だと私は考えている。小選挙区制は90年代の「政治改革」の産物だが、これを推進した人物として、学者では山口二郎、政治家では小沢一郎と菅直人がそれぞれ筆頭に挙げられる。私は2000年代半ばに五百旗頭真、伊藤元重という2人の学者と朝日新聞の薬師寺克之(『論座』編集長を経て論説委員)が行なった小沢一郎と菅直人へのロングインタビューを記録した2冊の本をかつて買って読んだ。小沢と菅の政治思想や政策は、これらの本で彼らがしゃべっている事柄をもとに解釈している。過去にも当ブログで指摘したと思うが、小選挙区制、二大政党制に関しては小沢一郎、菅直人とも強硬な推進論者で、2人のうちでも特に強硬なのは小沢一郎だ。

だが、この制度のもとでは、公認権と(民主党の場合)幹事長が一手に握る政治資金の配分を恣意的に行なうことによって、二大政党の国会議員は党執行部という蛇ににらまれた蛙のようになってしまって、政治家が全然育たない。郵政総選挙直後の小泉純一郎や政権交代選挙直後の小沢一郎の前で、自民党・民主党の議員は言いたいことも言えず、日本の政治のレベルは大きく劣化した。その結果、つまらない失言で閣僚が辞任する失態が安倍政権以降6人の総理大臣のもとずっと続いてきた。

自民党も民主党もマスコミも、菅直人が総理大臣をやっているから政局が安定しないのだ、菅さえ辞めれば全ては解決して万々歳だ、と連呼してきたが、大マスコミが持ち上げた人格者(笑)の野田佳彦が首相を務める内閣でも、さっそくバカバカしい辞任劇が起きた。読売、朝日、毎日3紙の政治部長こそ引責辞任すべきなんじゃなかろうか(嘲笑)。

あんまり「野ダメ」(野田佳彦)やマスコミにばかり毒づくのも何だから、少しだけまともな動きもあることだけ書いておこうか。

今回の民主党代表選で、細川護煕が野田政権樹立に動いて野田佳彦、小沢一郎との三者会談を行なったことは、細川自身が明かしたから広く知られていることと思う。私は1993年に発足した連立政権で新自由主義を推進した細川護煕などたいして評価しないが、三者会談で細川護煕は良いことも言っている。9月3日に読売新聞が報じたところによると、細川護煕は、

1994年に細川政権が導入した衆院小選挙区比例代表並立制度に関し、自民党一党支配を終える役割を果たした今、見直すべきだと明言した。

とのことだ。

また、8月14日付朝日新聞に根本清樹編集委員が書いていたコラムによると、野田佳彦や前原誠司の後見人といわれる仙谷由人も選挙制度見直しに言及しているらしい。以下引用する。

 政党政治も、二つの大政党が交互に政権を担うのが本当に現実にあうのか。複数政党の連立、連合による政治が常のことになって不思議はないのではないか。そう考えれば、衆院の選挙制度を比例代表中心の仕組みに変えることが充分選択肢になると仙谷(由人)氏はいう。政治のかたちを再び大きく転換させる力業である。

(2011年8月14日付朝日新聞掲載「ザ・コラム」(根本清樹編集委員執筆)より)


根本記者の同じコラムには、小沢一郎と親しい田中康夫は、選挙制度見直しには言及せず、次の総選挙では税制、原発、公務員制度を論点にして、50~60議席程度の政党が四つ五つできるのではないかとの見通しを述べたことが紹介されている。

しかし、第一党が地滑り的勝利を収めることが多く、第二党もそこそこ議席を得るものの、第三党以下の議席がわずかになってしまう現行の選挙制度で、どうやって50~60議席程度の政党が四つ五つできるというのか。田中康夫は、おそらく小沢一郎に遠慮して選挙制度の再改革に言及しないのだろうと想像するが、そんないかさま的な態度では全く議論に説得力を持たない。

断っておくが、私は野田佳彦や前原誠司ら松下政経塾出身の民主党議員の後見人であるらしい仙谷由人など全く支持しない。仙谷由人という男の本性は、一昨年の「文化大革命」発言に凝縮されていると考えている。

だが、たとえ仙谷由人や細川護煕が発言したことであっても、正しいことは正しいのだ。私が念頭に置いているのは例によって「小沢信者」のことであって、小沢信者という人種は、小沢一郎の主張に反対する者を「敵」と認定して徹底的なパージを行なおうとする。6年前の「小泉信者」も同じだった。

かつての「小泉信者」や現在の「小沢信者」は、小選挙区制とそれが生み出した、血に飢えた群衆を満足させて彼らを権力者の思うがままに制御するための「劇場政治」という麻薬に冒された重症の中毒患者のようなものだ。彼らもまた、日本の政治をダメにした元凶に数え入れて良いと思う。

そういえば昨日、9月11日は、ニューヨークのテロ事件から10周年であるとともに、小泉純一郎の「郵政総選挙」から丸6年の日だった。奇しくも今年の「9.11」は6年前と同じ日曜日。私に言わせれば、戦後日本の政党政治にとっての「命日」から数えての「七回忌」だ。

今こそ選挙制度はを比例代表制を中心とする制度に作り変えるべきだ。小選挙区制比例代表並立制は、日本の政治を硬直させてダメにする弊害こそあれ、メリットは何もない。民主党は小沢一郎、菅直人ら「トロイカ」を乗り越えるべきだし、野党も選挙制度再改革を声高に主張すべきだ。
8月23日に菅直人前首相が閣僚懇談会で辞意を正式に表明した日の午後、東京ではバケツをひっくり返したような大雨に見舞われて交通機関が混乱したのだが、その後日本を襲った台風12号は、紀伊半島を中心として近年では類のない大きな被害を日本にもたらした。

もともとこの季節の台風は大きな被害をもたらすことが多いが、特に近年は短時間にすさまじい量の降雨を記録することが多い。2004年にはいくつもの台風が当時私が住んでいた四国を襲い、多くの犠牲者を出すとともに、山沿いなどのあちこちで道路が寸断される被害があった。翌2005年はカレンダーが今年と同じなのだが、9月第2週に四国山地に集中豪雨があって、一夜にして貯水率0%だった早明浦ダムが満水になったことがある。その翌月四国山地を訪れた時、山道が随所でズタズタになっていることを身を持って知った。

徳島県の東祖谷村では林業がすっかり衰え、人口の大部分が土建業を生活の糧にしていると聞いたのはその数年前だった。林業が衰退し、間伐が適切に行なわれなくなると森林が荒廃して山の保水力が低下するという。2005年の剣山山地の被害をそれと結びつけるのは短絡かもしれないが、中山間地域から人が失われていき、残った人々も林業を離れて土建業で食っていかざるを得なくなるのは日本にとって深刻な問題だ。適切な間伐を行ない、間伐材を利用してバイオマス発電を行なおうという動きがもっと出てきても良いと思うのだが、そんなニュースがマスメディアに報じられることは少ない。

いや、問題は中山間地域だけではない。今朝(9/9)の朝日新聞1面トップは、岩手・宮城・福島の3県で東日本大震災後3.6万人の提出超過になっているとの記事だった。震災そのものに加えて東京電力の福島第一原発の事故が影響していることは間違いない。関東との結びつきが強い福島県からは首都圏への流出が多い。

こうして地域は衰えていく。これは、市場原理に任せたために人口が都市部、特に首都圏に集中したためではない。そういう政治を行なってきた結果だ。原発という「迷惑施設」は過疎の地を選んで建てられるが、原発立地自治体の市町村自体では、電源三法交付金や固定資産税、法人市民税などの歳入があって一時的に財政が潤うが、その時に無駄なハコモノに金を使ってしまうと電源三法交付金や固定資産税が減っていった時にハコモノの維持費などが自治体の財政を圧迫して、自治体はたまらず原発の増設を求めるようになる。これはしばしば覚醒剤(シャブ)中毒になぞらえられる。そして、原発の集中立地が原発のシビアアクシデントのリスクを高めることを実証したのが今年の東電原発事故だった。

今後の日本が「脱原発」を進めなければならないことは当然だ。しかし、総理大臣が従来原発推進に積極的だった野田佳彦に代わって10日ほどになるが、「脱原発」が報道される頻度は目に見えて減ってきた。現在はまだ「菅前首相にきく」などの記事が三大全国紙に一斉に載るなどして原発に関する記事が新聞に載っているが、それも間もなくなくなるだろう。

野田佳彦というのはなかなか狡猾な男であり、私はこの男を「羊の皮を被った狼ならぬ豚」とひそかに命名している。経産大臣に旧社会党にして昨年9月の民主党代表選で小沢一郎ではなく菅直人を支持した鉢呂吉雄を任命した。野田首相や鉢呂経産相は現在では「将来は原発ゼロ」、「新規原発の建設はやらない」などと言って、中国電力に上関原発を建設させたい山口県知事の二井関成(にい・せきなり)の反論を引き出したりしているが、鉢呂経産相はともかくとして野田佳彦にとってはこれはポーズもいいところで、結局原発の再稼働は「原発推進派」の海江田万里のような人間ではなく、「原発慎重派」の鉢呂吉雄がやることになるのである。原発推進派に再稼働をやらせて世論の反発を招くより原発慎重派の鉢呂吉雄に再稼働をやらせる方が得策という、いかにも本音では原発推進派の野田佳彦の考えそうな人事だと思った。

このあたりの狡猾さが鳩山由紀夫や菅直人と野田佳彦の違いだ。原発推進派の鳩山由紀夫は、経産相に旧民社の直嶋正行を任命した。鳩山は一方で自然エネルギー推進論者でもあったが、経産相に旧民社の人間を起用して自然エネルギーが推進できるはずがない。案の定骨抜きにされて鳩山自身が何やらぼやいていたが、そんなのは直嶋正行を経産相にした鳩山由紀夫の責任以外のなにものでもなかった。

ところで、『kojitakenの日記』でこき下ろしておいた、陰謀論系小沢信者にして当ブログコメント欄荒らしの常連が、一点だけまともなことを書いていたので、このウジ虫の助言を受け入れて9月7日付読売新聞の社説にリンクを張っておく。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20110906-OYT1T01165.htm

読売新聞は、「脱原発」の菅直人が政権を手放し、本音では原発推進派の野田佳彦が総理大臣に就任したのがうれしくてたまらないらしい。早く野田佳彦に「原発推進」を明確にせよとせっついている。実にバカバカしい社説だけれど、新聞の社説は一定期間が過ぎるとアクセスできなくなるので、追記欄に社説の抜粋を示しておく。

私が言いたいのは、原発事故のリスクもさることながら、国土の均衡発展を妨げ、人口の都市部集中を加速させるだけの原発の推進に未だにこだわる読売新聞とは、大昔に正力松太郎が方向づけて動かした力の惰性によって今なおナンセンスな記事を撒き散らしている、この国の未来にとって百害あって一利なしの新聞なのだなあということだ。それもそう長くは続かないだろうけれど。
野田新内閣の支持率は思いのほか高く、読売新聞の65%を筆頭に、共同通信63%、毎日新聞56%、朝日新聞53%と続く。民主党の支持率も「V字回復」とやらで、朝日新聞の調査では政党支持率は民主党31%、自民党17%となっている。これが本当なら自民党が真っ青になる数字で、なぜなら小選挙区制という選挙制度を考えれば、この数字で解散総選挙をやられたら、自民党は党勢は回復するものの政権には返り咲けないからだ。もっともこう考えるのはもちろん早計で、早晩内閣支持率も民主党支持率も落ちるだろう。それに不思議なことに、朝日新聞よりかなり高い内閣支持率をたたき出した読売の調査では、政党支持率では自民党がなお民主党を1ポイント上回っている。

朝日と読売でどうしてこんな違いが出るのかということに関して、ある人がいつか言っていたのは、いわゆる「右寄り」の人は、朝日の調査というだけで回答を拒否するからではないかということだった。それにしても両紙調査の結果、特に政党支持率が違いすぎるが、今回の野田内閣が自民党支持層に好感を持たれているのは間違いないと思う。

新聞報道で気持ち悪いのは、野田佳彦の「人柄」をことさらに持ち上げる報道が多いことで、特に読売ではそれが目にあまるほどだが、朝日でも読売ほど極端ではないものの同じような報道をする。菅直人を極悪人のように貶め、野田佳彦は素晴らしい人格者であるかのごとく持ち上げる報道に接していると、どこの独裁国家のマスメディアなのかと背筋が凍る思いがする。

ところで今回の野田内閣発足に関して面白いと思うのは、いわゆるネットの「小沢信者」の一部にも野田政権を歓迎する声があることだ。私が見た限りでは、「菅、枝野、岡田、仙谷が内閣を去った台風一過、秋風爽やか内閣」、「挙党体制に配慮した人事で、現時点では不支持とする理由はない」などと野田政権を絶賛する「小沢信者」の意見が見られた。

事実はどうかというと、小沢派からは一川保夫防衛相と山岡賢次(笑)国家公安委員長・拉致担当相が閣僚に任命されたほか、なんといっても大きいのは輿石東を幹事長にしたことだ。この結果に小沢一郎は「バランスのとれた人事だ」と満足そうだったという。

ところが鳩山派はそうではない。鳩山派からは閣僚はゼロ。菅改造内閣では2人いたのだから、明らかに鳩山派は干されている。鳩山派は派内の結束も緩んでおり、あの「気合いだあ」のオヤジ・中山義活は鳩山を捨てて鹿野派結成に協力し、実質的に鳩山派から離脱していると見られているらしい。内閣不信任案否決の前後から小沢一郎にコバンザメのようにくっついていった鳩山由紀夫に対して周囲の議員が不信感を持つようになったと言われているが、例の母親から鳩山由紀夫に対する「子ども手当」が暴露されてこれが使えなくなったことによる政治資金のショートが大きいのではないか。鳩山由紀夫は党内で力を失いつつあり、次期総選挙では自民党が北海道9区に橋本聖子参院議員を送り込もうという動きもある(橋本本人は否定している)。鳩山由紀夫はここは観念して、総理大臣辞職を決めた日の決意を思い出して潔く政界を引退すべきだろう。

一方で「小沢信者」の中には「小沢さんは鳩山に海江田万里支持を押しつけられた」というとする見方もあるが、ひいきの引き倒しとはこのことだろう。野田内閣が成立してみると、前述のように一部の小沢信者が「秋風爽やか内閣」と絶賛するような人事になったのは、小沢一郎が海江田万里支持を打ち出して鳩山由紀夫を油断させておいて、裏で野田佳彦とも取引した結果だとしか私には思えない。今回の組閣で私がほとんど唯一評価しているのが与謝野馨を入閣させなかったことだが、これにも小沢一郎の意向が反映されているのではないか。もっともこの人事だけは「結果オーライ」であるにせよ良かったと思うが。

しかし、実際のところ問題なのは野田が行なおうとする政策であり、原発再稼働、復興増税の財源としての消費税増税、TPP推進などが早くも打ち出された。このうち原発再稼働については、旧社会党で昨年の民主党代表選では菅直人を応援した鉢呂吉雄を経産相に任命したという人事に、いかにも野田佳彦らしい嫌らしさを感じる。菅グループではないものの、旧社会党で菅直人よりだった政治家に原発再稼働をやらせれば、民主党内の「脱原発依存」の流れをほぼ断ち切れると野田は読んでいるのだろう。鉢呂吉雄は早くもその野田の軍門に下りそうな気配が濃厚だ。

もっとも同様の人事を菅直人もやっていて、それは海江田万里に経産相を押しつけてTPPをやらせようとしたことだった。鳩山派の海江田がTPP推進論者であることに菅は目をつけたのだった。しかし海江田は原発推進論者でもあったために、東日本大震災を機に菅が「脱原発(依存)」に転向すると、菅と海江田がぶつかるようになった。これは菅の自業自得だったともいえるが、そんな海江田を代表選で担いだ小鳩派を見ていると、こいつらは揃いも揃ってどうしようもないとしか思えない。その結果、「原発再稼働、消費税による復興増税財源捻出、TPP推進」を三本柱とする最悪の野田政権ができてしまった。

この記事の最初の方で私がバカにした小沢信者の一人は、野田内閣支持の弁として、「所得税や法人税・相続税などの増税には基本的に賛成」だと言っているのだが、野田内閣は、菅内閣時代に所得税と法人税が想定されていた復興増税の財源として、酒税、たばこ税、それに消費税も候補に入れる方針を打ち出した。

メディアでもブログなどのネットでも、一口に「復興増税」という表現がされる場合が大半だが、どういう種類の税を復興増税の財源に充てるかという議論は、実際には東日本大震災発生直後からあった。あの経団連自らが「法人税減税の凍結、場合によっては法人税の一時増税」を提言したのが震災後最初に目を引いたニュースだった。直後には『週刊東洋経済』誌上で神野直彦が東西ドイツ統一の際の「連帯税」をモデルとした所得税や法人税の一時増税を主張したこともある。一方与謝野馨は消費税を復興増税の財源にすることを提唱し、それは一時的なものとするけれども期限が切れたら社会保障の財源に回すとの口実で恒久的な消費税増税にする意向であると新聞に報じられた。菅直人自らが入閣させた与謝野馨ではあるけれども、菅政権下では復興増税の財源に消費税を充てる方針はとらなかった。多少なりとも再分配に配慮したといえるかもしれない。

一方、野田佳彦は早くもそれを反故にして、消費税を復興増税の財源に充てようとしている。これでは与謝野馨を内閣から追い出したとは言いながら、与謝野以上に与謝野的な政策を目指しているとしか言いようがない。これでは与謝野馨を入閣させなかった意味は何もない。それなのに表向き輿石東を幹事長にしたり与謝野馨を入閣させなかったことに騙されて野田内閣を支持する人はおめでたい限りだ。

小沢一郎はと野田内閣の組閣人事にご満悦らしいが、そりゃそうだろう。小沢の政策は昔から「所得税と住民税の半減、それに伴う消費税の大増税」である。今でこそ次の総選挙までは消費税増税の議論は凍結するとしているものの、前にも書いたけれど次の総選挙などそう遠い未来の話ではない。それ以降であれば「消費税大増税」は小沢一郎の政策とも矛盾しないのである。こんなことを何度書いても、小沢一郎を熱烈に支持している人たちには通用しないと思うが、それでも書く。ついでに書くと、原発再稼働も小沢の政策とは全く矛盾しない。TPP推進もそうだ。

「党内融和」や「挙党一致」を売り物にする野田内閣に、私は不気味さしか感じない。「挙党一致」を一文字変えれば「挙国一致」になる。つまり、私にとって「挙党一致」とは戦時を思わせる言葉だが、民主党内で一致したところで、野田佳彦とその内閣は視線が全然国民の方を向いていない。日本に住む私たちにとって益をなす政治を野田政権がやろうとは到底思われない。

だから私は、こんな政権は断じて支持しない。
野田佳彦新首相の組閣は異様に遅いけれども、世間一般に論戦が公開される党の代表選挙が異様に短くて、密室で行なわれる組閣が異様に長いとは、民主党は一体何をやっているのだろうか。野田佳彦が率いるグループ「花斉会」が「百花斉放」からとられたネーミングだとは、実は今回の代表選で初めて知ったのだが、今回の代表選はその名前とは正反対の経緯で進んだ。

私は財務大臣と経産大臣の人事に注目しているのだが、産経新聞は岡田克也財務相との新聞辞令を出している。だがまだわからない。今日のエントリは、本来は野田内閣の組閣を叩くつもりだったが、こんなに組閣が遅くてはお話にならない。これぞ「政治空白」だろう。

野田佳彦の人事について、「党内融和」だの「挙党一致」だのという言葉を用いてこれを評価する向きがある。しかし、私にいわせればそんなものは全く評価の対象にならない。「党内融和」と言ったって、金子勝に言わせれば、

野田新総理の党人事は、輿石幹事長、樽床幹事長代理、平野国対委員長、前原政調会長です。あ~松下政経塾と小鳩連合です。これが挙党体勢だとすると、政策能力が低すぎて青ざめてしまう。内閣の構成も獲得票数のバランス人事だと、どじょう内閣どころかメダカの学校になる?

というものに過ぎない。野田佳彦の党人事について、「リベラル・左派は冷遇された。小沢『サハッ』は厚遇されたけど」と評した人もいたが、そもそも民主党の「リベラル・左派」などいまや絶滅危惧種になっていて、代表選で候補者も立てられないのだから仕方がない。ましてや野田佳彦はネオコンにしてネオリベだ。そんな野田にとっては、幹部の旧自由党系議員には右派が多い小沢派との相性は決して悪くない。

何よりふざけているのは「輿石幹事長・樽床副幹事長」の布陣であり、高齢の輿石東はあまり表に立たず、樽床伸二を代役に立てる機会が増えるだろうという。樽床といえば昨年6月の民主党代表選で菅直人と争った男。その時、あまりにひどい新自由主義の主張をしているのを聞いて、こんな人間を推す小沢一郎は何を考えているのかと思ったものだ。それ以前には小沢一郎に容認的な部分を残していた当ブログが、以後小沢一郎を「国民の生活が第一」のスローガンを除いてほぼ全否定するに至ったのも、小沢の樽床擁立に激怒したことがきっかけになっている。

で、その樽床伸二が矢面に立つなら、小沢一郎との折り合いも悪くない樽床自身が幹事長でも良さそうなものだが、なぜ輿石東が幹事長になったかというと、それが小沢(派)との取引だったからだ。言うまでもなく、小沢一郎は人事権と金庫を押さえたかった。前原誠司は拒否して代表選に敗れたが、野田佳彦はいとも簡単に要求をのんだ。前回のエントリで、私は

野田佳彦が幹事長に誰を指名するかも注目されるところだ。まさか小沢系の人物にはならないとは思うが、中間派の人物が選ばれれば、それだけでも小沢一郎にとっては成果だろう。

と書いたが、その時点でマスコミが報じていたのは「小沢派が輿石東の幹事長就任を要請している」ほか、岡田克也と旧民社の川端達夫の計3人の名前だった。代表選直前の8月27日付朝日新聞社説には、

 前哨戦では、盛んに「挙党態勢」「党内融和」という言葉が聞かれた。震災後も繰り広げられた党内抗争は、いい加減にやめようという響きもあって、一定の説得力を持つ。

 だが、「挙党一致」に込められた意味が、政策の違いには目をつむろうということなら、あまりにも無責任な対応だ。

 まして、小沢グループにカネと公認権を握るポストを譲るというのなら、有権者の支持をさらに失っていくのは避けられないだろう。

と書かれていたのだが、民主党主流派御用達ともいえる朝日新聞がもっとも危惧していた事態が現実のものとなったのである。これは、昨年、前原誠司と野田佳彦が菅直人を取り込んで起こした「クーデター」と同様、小沢一郎陣営が起こした「クーデター」と言っても過言ではないとさえ私は思うのだが、なぜか世の「政治ブログ」を見ていると同様の捉え方をしているところはほとんどない。「代表選直後から言われていたし、ごく自然な人事なのではないか」との評価まであったのにはびっくり仰天した。小沢派がおいしいポストを手に入れた一方で、仙谷由人が干されそうになっているのも、上記の人事が「クーデター」であると考えれば納得できる。まあ仙谷由人になど間違っても同情はしないけれども。

マスコミ報道では輿石東が固辞したなどと伝えられたが、そんなものは6年前に森喜朗が「干からびたチーズ」と言ったのと同じで芝居ですよ、芝居。マスコミには「干からびたチーズ」と言っていた森喜朗が舞台裏でやっていたのは、郵政総選挙での小泉圧勝を決めた「刺客作戦」だった。これは亀井静香や平沼赳夫、それに野田聖子といった「反小泉派」にとってはまさに青天の霹靂だったが、小泉陣営は作戦を練りに練っていたのだった。

表で海江田万里を立てながら、裏で野田佳彦にも食い込む「二正面作戦」を行って戦果を得るとは、このところ連戦連敗だった小沢一郎の「剛腕」もまだまだ見くびってはならないと思った。今回の代表選で小沢一郎は「連敗」を止めた、そう私は解釈している。一方で、残念ながら真の敗者は「脱原発派」だったと思うが、これに関しては『kojitakenの日記』を参照されたい。

今回の代表選は、これまで「一枚岩」に近かった、いわゆる「小沢信者」の間にも亀裂が走る結果となった。「小沢もやっぱり貧乏人の味方ではなかった」として離れた陰謀論系・反「日共」系の左翼もいれば、「小沢さんが後ろ盾になる野田政権は長期政権になる」とする右派系の信者もいるといった具合だ。だが、彼らもおそらく来年生じるであろう「政界再編」騒動で小沢一郎が率いるグループを支持する側に回るのだろうと私は予想する。

何度同じような騒ぎが繰り返されるのだろうとうんざりする。田中角栄に対して起こした謀反(1985年)に始まって、佐川急便事件の翌年、1993年の「政治改革」騒動と小沢らの自民党離党・新生党結成、総選挙での新進党敗北を受けた翌年、1997年の新進党解党・自由党結成、1999年の自自連立、2000年に「小渕恵三首相を殺した」とまで言われた連立離脱、2003年の民由合併。2006年に小沢一郎が民主党代表に就任した時には、これで小沢一郎も最後の勝負を賭けるのだろうなと思ったが、まだ続きがあったというわけだ。

今朝の朝日新聞「オピニオン」欄に、海江田万里の長文のインタビューが出ている。「傀儡と言われても構わない」と言い切った海江田は、TPPも原発も、持論と違う政策を口にしなければならなかった、という朝日新聞記者・刀根舘正明の言葉に対して、

私が一番やりたかったのは経産相としてはTPPであり、原発問題ですけれど、総理大臣になればその優先順位は下がるんです。

などと言い訳ともつかない言葉を発している。と当時に自身が今なおTPP推進論者であり、原発推進論者であることを素直に認めている。小沢信者の中には、海江田はもともとは「脱原発」論者だったが、菅内閣の経産相としてやむなく「原発の守護神」の役割を演じたのだろう、などと言っている人間もいるが、そうではなく「原発推進」は海江田自身の政策だったことを自ら認めているのだ。

こんな人物を「担ぐ神輿は軽くてパーがいい」といういつもの論理で担いだ小沢一郎が、間違っても「脱原発」論者などではないことはいうまでもない。森ゆうこや川内博史も小沢一郎同様、間違っても「脱原発」論者ではない。海江田万里を担いだのがその証拠だ。彼らの「脱原発」論は、国民を騙して支持を得るための方便でしかない。

そんな小沢一派に野田佳彦は金庫の鍵を渡したのだが、もちろん野田佳彦自身も原発推進論者である。

ことここに至っては、民主党とは「第二自民党」以外の何物でもないことは誰の目にも明らかだろう。「リベラル・平和系」を標榜する人たちは、一刻も早く民主党を見捨てた方が良い。自民党でも民主党でもない政治勢力を築いてそれを大きくしていかない限り、日本の政治が良くなることはない。

だが、その障害となるのが小選挙区制だ。そして、この制度の成立をゴリ押しした張本人の一人も、やはり小沢一郎だった。

いまや自民党と同様の「財界の政党」となった民主党の「党内融和」なんかを評価するのは止めようよ。民主党の「党内融和」とやらは全然「日本に住む私たち」の方を向いてないじゃない。声を大にしてそう言いたい。