きまぐれな日々

先の戦争に敗れた時のことは生まれていなかったので実感の持ちようがないけれども、あの当時、戦争に負けてからも「国体護持」にこだわり続けていた人たちは多かったらしい。それから二十数年後に「国体」という言葉を私が知ったのは、もちろん国民体育大会の略語としてだった。戦時用語の中でも、「国体」という言葉の意味を知ったのはずいぶん遅かった。

しかし、戦争に負けても日本の指導者たちにとって大事だったのはその「国体護持」であり、占領軍に命じられて政府が設置した憲法問題調査会(松本烝治委員長)が作成した新憲法の素案は、国体護持を第一義とした極めて反動的なものだったらしい。

現在民主党の執行部や自民党が考えている原発問題の位置づけも、終戦直後の憲法問題の位置づけと似たようなものなのではないか。

特に最近目にあまるのは岡田克也や前原誠司の反動ぶりであり、岡田克也は建設中の原発はそのまま建設を続行するのが当然だと語り、前原誠司に至ってはこんな発言をした。
http://www.asahi.com/politics/update/0626/TKY201106260180.html

前原前外相「急激な脱原発はポピュリズム」 首相を批判

 民主党の前原誠司前外相は26日、神戸市内で講演し、菅直人首相が原発政策見直しに意欲を示していることについて「今の民主党は少しポピュリズム(大衆迎合)に走りすぎている。私も日本が20年先に原発をなくすことは賛成だ。しかし、振り子が急激に脱原発に振れた時、皆さんの生活が一体どうなるか考えるのが本来の政治だ」と批判した。

 首相が主導した中部電力浜岡原発の運転停止についても「止めることの是非と、止め方の是非を後で検証しなければならない」と語った。

(asahi.com 2011年6月26日19時26分)


この発言によって、前原は原発推進勢力の一員であることをはっきり認めたといえる。前原に限らず、現在「ポスト菅」として取り沙汰されている政治家にはろくな人間がいない。だから、テレビ朝日の『朝まで生テレビ』で視聴者に「次の総理大臣は誰が良いか」と聞くと、「該当者なし」が最多で、それ以外では小沢一郎、菅直人の順番で多いなどという結果になる。

小沢信者はよく「小沢さんなら何とかしてくれそう」と言うが、最近増えてきたのは「菅さんなら原発を止めてくれそう」という幻想だ。しかし、国民が誰かに何とかしてもらうという考えを持ち続ける間は、何の成果も得られないと私は考えている。

読者の皆さまは、社会生活において、いったいなぜ一度決まって進み始めたものを「止める」ことがこんなに難しいのかと思われた経験はおありでないだろうか。私にはある。それは何も官僚の特性ではなく、民間でも「保守的」とされるところでは普通にある。ただ、その傾向は特に官僚に強いとはいえるだろう。

原発を止めるとは、そんな慣性力(惰性力)を止めるということである。東電原発事故のような大事故が起きなければこれを止める動きはすべて圧殺され続けていたという事実は空恐ろしい。今朝(6月27日)の朝日新聞1面トップに、「電力の選択 ポスト3.11」と題された連載記事の第1回が掲載されているが、1982年の衆院科学技術委員会で初めて質問に立った社民連の菅直人議員は自然エネルギーについて質問を行い、1年後に自殺した中川一郎科学技術庁長官に「原子力はいらないという口実に利用するな」と釘を刺された。社民連は「脱原発」を掲げる政党だったが、その社民連から出発した菅直人は、民主党時代の2002年にもまだ国会の質問で将来的には原発を縮小すべきだと述べた(昨日のテレビ朝日『サンデーフロントライン』で映像が紹介されていた)。しかし、総理大臣に就任すると、権力を守るために経産省や電力会社に従う方針をとり、原発の比率を2030年に5割にするという目標を掲げたり、海外への原発売り込みに精を出すなど、実際にやったことはむしろ極端な原発推進政策だった。

一昨日から昨日にかけて、佐藤栄佐久前福島県知事が書いた『福島原発の真実』(平凡社新書、2011年)という本を読んだ。昭和天皇の重体が騒がれた1988年9月に福島県知事に就任して以来、2004年の知事選で5選されたが、5期目に収賄容疑で逮捕された。しかし二審で収賄額ゼロでの有罪という前代未聞の判決を受け、現在上告中だ。事実上無罪なのだが、元特捜検事の宗像紀夫が主任弁護士を務めたためにこんな判決になったといわれている。つまり宗像はその敏腕で事実上の無罪を勝ち取ったのだが、判決自体は有罪で検察側に花を持たせたというわけだ。

佐藤前知事は、経産省や電力会社から見ると、反原発ではないものの厄介者、という位置づけだったようだ。前記著書の55頁に「全国初のプルサーマル事前承認」と題された一節がある。これは、佐藤県政3期目、1998年の判断だった。佐藤氏の本を読む直前にたまたま図書館で見かけた、渡部行なる人物が書いた『「原発」を誘致しよう! ― 優れた電源、地域振興で大きな成果』(日刊工業新聞社、2001年)と題された原発推進トンデモ本にも、佐藤知事(当時)の「英断」は高く評価されていた。それが、1999年のJCO再臨界事故を受けてプルサーマル計画が延期になったあと、2002年に発覚した東電の事故隠しを契機に、佐藤前知事は「国との全面対決」(前掲書第5章)へと向かっていった。当然、プルサーマルの承認は撤回された。このあたりからあとの、何が何でも原発を推進するという経産省(の原発推進派官僚)のエネルギーと、それに乗っかる東京電力、それに「原発が止まると大停電になる」と煽る、読売・日経といった原発推進新聞のキャンペーンはすさまじいばかりだ。

この「電力が足りない」キャンペーンについては、今後NHKと読売を中心とするマスメディアがバンバンやらかしそうなので(既にやっているけど)、佐藤氏の著書の第7章「大停電がくる」から、2003年当時の報道を紹介しておく。2002年の事故隠し発覚を受けて、2003年には東電の全原発が停止されていたのである。

『読売新聞』は4月20日付紙面で、「原発は急に立ち上がらない」というタイトルの社説を掲げた。
「電車は線路上で立ち往生し、信号が消えた道路は大渋滞に陥っている。要約戻った家はロウソクで薄暗く、料理もままならない。高層住宅は断水し、トイレにも困る―。
 関東全域で、大停電という悪夢が、現実のものになろうとしている」

 このような書き出しで、「大停電」の恐怖をあおった。そして、
「地元に反対の残る再稼働を前に、経産省と東電、県と町村が決断の責任を押し付け合っているように見える」

(佐藤栄佐久『福島原発の真実』(平凡社新書、2011年)184-185頁)


佐藤前知事は朝日新聞に反論を寄稿したが、すると今度は日経新聞が読売と同主旨の社説を掲げてきた。それらについては、佐藤氏の著書を直接参照されたい。私が特に取り上げたいのは、この時の政府の手口だ。以下再度引用する。

 03年4月、資源エネルギー庁は新たな「アメ」を用意してきた。プルサーマルを受け入れた自治体に対して、電源三法交付金から、使用済み核燃料に対して拠出する交付金の額をMOX燃料はウラン燃料の2倍に、それまで設備容量ベースで算定されていた交付額は発電電力量に応じた算定方式に見直され、プルサーマルは、ウラン燃料の発電に対して3倍額を交付することに決めたのだ。

 官僚が、「クスリをやるぞー」と大声で触れて回ったようなものである。なりふりかまわぬそのやり方は、私が問題提起した、「原発とはもともと危険なもの。そのことを認めた上で、どうしてもエネルギー確保のために必要なら、考えうる最大の安全対策を行い、地元の了承のもと運転をする」という考え方のみじんもない施策である。

(佐藤栄佐久『福島原発の真実』(平凡社新書、2011年)185-186頁)


これが電源三法交付金による「シャブ漬け」行政の実態だ。

佐藤前知事が辞職したあとの2006年、福島県知事選が行われ、民主党推薦で参議院議員から転じた佐藤雄平氏が当選したが、この人は原発推進勢力の大物・渡部恒三の元秘書。必然の帰結として、福島県の原発対応は国のいいなりに逆戻りしてしまった。これを「やはり経世会は宏池会より悪い」と言ってしまったら皮相的に過ぎるだろう。現に谷垣禎一は自民党の原発推進勢力の前になすすべなしの惨状を呈している。

福島県は、2010年8月29日に、正式にプルサーマル計画受け入れを決めたのだった。その半年あまりのち、東京電力の福島第一原発の事故で、MOX燃料を用いていた3号機も1,2号機と同様、メルトダウンを起こした。

佐藤栄佐久氏は、菅直人首相の浜岡原発停止の判断を高く評価している。「菅首相はこれで、初めてリーダーになることができる」と書いている(前掲書241頁)。しかし、総理大臣一人の手で原発は止められない。

いい例が、18日に海江田万里経産省が行った原発の「安全宣言」である。菅首相はいったんこれにお墨付きを与える発言をしたあと、何やらモゴモゴと口ごもっている。いうまでもこの「安全宣言」は、経産官僚からの強い突き上げに海江田大臣や菅首相が押し切られたものだ。

もちろん、地元は納得しない。首長らが反発している。世論の反発も強い。昨日(26日)、TBSテレビの『サンデーモーニング』では、原発推進派だった過去に頬かむりしている毎日新聞主筆の岸井成格が、「安全宣言は脱原発の動きを止めようとしたものだろうけれども、これは逆効果だ」と言っていた。しかし、佐賀県(玄海原発)や愛媛県(伊方原発)といった、西日本の保守的な自治体の動きが不穏だ。しかもこれらは、よりにもよってプルサーマル計画を受け入れたところだ。

止めるには、何より地元の議員や地元の人々が立ち上がることが何より求められる。そんな中、希望の持てるニュースが報じられた。以下に紹介する。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukui/news/20110624-OYT8T00989.htm

敦賀市議会が「原発偏重脱却」

 敦賀市議会原子力発電所特別委員会は24日、国にエネルギー政策の見直しなどを求める意見書を全会一致で決定した。当初の原案には、原発推進派の注文で文言修正が相次いだが、「再生可能エネルギーに転換を図る」などと明記。同委は「脱原発の要求ではないが、これまでは原発に偏り過ぎだった」としている。30日の本会議で可決される見通し。(藤戸健志)

 意見書は4項目で、▽将来的にエネルギー政策を見直し、再生可能エネルギーに転換を図る▽原発の安全確保を図るため経済産業省から原子力安全・保安院を分離・独立させて権限を強化する▽原発周辺の避難道路の早急な整備――など。

 原案を提出したのは、福島原発の事故を受け、4月の市議選で初めて脱原発を前面に訴えた今大地晴美市議(無所属)。「敦賀半島の原発から半径20キロ圏内に市全域が入る。多くの市民が不安に感じている」と意見書提出の意義を訴えた。 最も議論が白熱したのが1項目の「期限を定めてエネルギー政策を見直し、再生可能エネルギーに転換する」。「風力発電などで原発の代替はできない」などの反対意見が相次ぎ、「期限を定めて」が「将来的に」へとトーンダウンした。

 原案の表題「エネルギー政策の見直しを求める意見書」にも反対意見が続出。傍聴席の市議から「市議会は日本原子力発電敦賀原発3、4号機の増設を認めないと受け止められる」といった場外発言を機に、賛同者が「(政策の見直しを)求める」の削除を要求。「エネルギー政策の見直し等についての意見書」への修正で何とか合意した。

 終了後、今大地市議は、「修正されたとはいえ意見書が通ったことに正直、驚いた。福島原発の事故で市民の感覚も変わり始めている。原発の立地地域が意見書を出すことに意味がある」と話した。

(2011年6月25日 読売新聞)


あの高木孝一がかつて市長を務めていた敦賀で、原発推進勢力の強い抵抗にあって妥協を余儀なくされながらも、こんな動きが起き、それを原発推進メディアの親玉・読売新聞が報じる。

こういう動きは各地で起きていると思われる。この動きをさらに拡大するためには、腕力や粘り腰があるらしい大物政治家に頼るのではなく、市民一人一人が立ち上がらなければならないと思う今日この頃である。


[追記](2011.6.28)

記事の最後に触れた敦賀市議会だが、週明けの27日、「脱原発」意見書案を再審査する動議が出され、一転して否決されてしまった。
http://www.47news.jp/CN/201106/CN2011062701000900.html

「脱原発」意見書案を否決 敦賀市議会、一転再審査

 敦賀原発や高速増殖炉原型炉もんじゅを抱える福井県敦賀市議会の原子力発電所特別委員会は27日、24日に全会一致で可決した、将来的な再生可能エネルギーへの転換を国に求める意見書案を、一転して賛成少数で否決した。

 24日の可決後「脱原発の意見書案が可決」と一斉に報道されたのに関し「原発を否定したわけではない」などと動議が出され、再審査した。

 意見書案は「ほぼ市全域が半径20キロ圏内に入り、多くの市民が不安を感じている」と指摘。(1)エネルギー政策を見直し将来的に再生可能エネルギーに転換(2)原発の安全基準見直し(3)避難道路や避難施設の整備―などを求めた。

2011/06/27 19:11【共同通信】


やはり高木孝一(前福井市長)や高木毅(自民党衆院議員)を排出(註:誤変換ではない)した敦賀の原発推進勢力はしぶとかった。
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「原発政局」だが、なかなか収束の気配を見せない。東電原発事故を思い起こさせるが、菅直人政権に関しては、ようやく先が見えてきたといえるかもしれない。

8月いっぱいの国会の会期延長に合わせた退陣だ。菅首相は再生可能エネルギーの全量買取法案の成立を目指しているが、実はこの法案の成立へのハードルはさほど高くないという観測記事が、22日付の朝日新聞に出ていた。同日付の『kojitakenの日記』でも紹介したが、同法は民主党のマニフェストに沿って経産省がとりまとめた法律で、事前に電力会社などとも調整して、電力会社の負担が大きくならないようにして、もちろん発送電分離や地域独占体制の見直しに触れるものでもないので、電力会社でさえ反対は強くない。強硬に反対しているのは、自民党の原発推進強硬派や鉄鋼などの重厚長大産業だというものだ。

最近、「菅直人にすり寄っている」として小沢信者から強く非難されている飯田哲也は、

けっこう正確な分析だ。今国会の一丁目一番地かつ首相が首をかけるまでの法案、いよいよ成案の可能性が高まってきたかも。

と期待している。

ちなみに、飯田氏の同法案に対する評価は、「ダイヤモンドオンライン」に掲載されている「自然エネルギーの実力は世界が実証済み 日本で拡大しない要因は政治と政策の不在」(下記URL)で読める。
http://diamond.jp/articles/-/12806

この記事の4頁に、今回の買取法案に対する評価が出てくる。以下引用する。

 全量買取制度に関しては、経済産業省が主導権を持って取り組んでいる。これには良い面と悪い面がある。

 経産省は自分が担当する法律だから、自分で自分を攻撃することはない。閣議決定から国会に持ち込むまでは、割と順調に進行した。これが仮に環境省の法律だったら、おそらくつぶされていた。

 だが、制度設計は極めて甘い。諸外国の良い部分を取り入れたとは言い難い内容だ。とはいえ法案さえ通ってしまえば政省令マターになるので、細かいことは後でどうにでもなる。とにかくこの法律を通すこと。これに社会全体がもっと着目しなければならない。

 この法案が閣議決定されたのは、奇しくも「3.11」の午前中である。私は運命的なものを感じざるを得ない。この法律を闇に葬ってしまうことになれば、将来世代に対して顔向けができないのではないだろうか。

 全量買取制度を実現できるかどうか、私たちは今、「歴史の十字路」に立っているのだ。

(ダイヤモンドオンライン掲載「飯田哲也の新・エネルギー言論」第4回=2011年6月23日付=より)


当ブログにお寄せいただいたコメントの中に、「経産省主導の全量買取制度を誰よりも強く批判していたのは飯田氏(『世界』2011年1月号)ではないか、その飯田氏がなぜ菅首相を応援するのか、問題の矮小化ではないか」という主旨のものがあった。非公開コメントだったが、掲示板『阿修羅』でも同主旨のコメントを見かけた。その筆者が当ブログにコメントいただいたのと同じ方かどうかは私には判断できなかったが、別に表に出して問題のあるコメントとは全く思えないので、ここにその要旨を紹介した次第だ。

経産省主導の法案には問題は多々あるものの、たとえば環境省なりがより踏み込んだ法案を出したなら、それは(経産省などによって)潰されていただろう、だから今は不十分な法律であってもまずこれを通し、あとは政省令の運用で対応すればよい(というか、そうせざるを得ない)という飯田氏の主張は、別におかしなものであるとは私には思われない。環境省の政策を経産省が潰し、その結果太陽光発電限定のFITという政策が経産省から出てきたのは麻生政権時代だった。あの時、環境大臣だった斉藤鉄夫(公明党)は、経産省に味方した麻生太郎首相(当時)によって恥をかかされた。

私は3年前から飯田氏の論考に関心を持つようになり、ネットで配信される記事や『世界』に掲載される飯田氏の論文を努めて読むようにしてきたから、「ダイヤモンドオンライン」の飯田氏の主張や、たいしてハードルは高くないという朝日新聞の記事には違和感は全くなかった。だから、朝日の記事を肯定する形で『kojitakenの日記』に紹介したのだが、それに対して下記のコメントをいただいた。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20110622/1308698945#c1308768870

shinonome0000 2011/06/23 03:54

逆に言えばこの程度の法案で、あたかも菅首相の偉業の如く大騒ぎしてくれれば、保守派からすれば有難いとさえ言えますよね。本来なら、エネルギー問題を真剣に考えるなら、淡々と処理して電源三法であれ、発送電分離であれ、次の課題にいければよかったわけです。一部で急に「菅首相頑張れ」みたいなことを言い始める人が出てきていますが、あたかも原発推進勢力に一人で立ち向かう菅、といった陰謀まがいの構図は小沢信者が少し前まで描いていた妄想そっくりで、少しおかしくなります。政局の目玉にしたところで、反発が多くては仕方ない。郵政民営化みたいなもので、あとでいらないしこりを残します。やはり重要な一里塚であれば、多くの政党の賛成を得てすすめるのが筋というものでしょう。


そういう見方もあり得るかもしれないけれど、私はもっと自民党に厳しくて、「淡々と処理して」というのを自民党が許さず、安倍晋三の腹心である西村康稔ごときのチンピラ議員らが委員会での審議入りさえ拒否するような「政界火遊び」をしたから、そこを政局立ち回りでは一枚上の菅直人に逆手に取られたと解している。菅直人も決して褒められたものではないけれども、自民党は論外だ。

それから、買取法案で得をするのは金持ちだ、格差が拡大するというコメントもきていて、当ブログのコメント欄の他、「平成海援隊BBS」にもスレが立っているが、この件に関して、『広島瀬戸内新聞ニュース』の記事「自民党政治を擁護してきた方々が『再生可能エネルギーは格差拡大』と叫ぶ喜劇」を紹介したい。
http://hiroseto.exblog.jp/14994782

自民党政治を擁護してきた方々が「再生可能エネルギーは格差拡大」と叫ぶ喜劇


「再生可能エネルギー普及のための全量固定価格買い取り制度(FIT)関連法」を今国会で!">「再生可能エネルギー普及のための全量固定価格買い取り制度(FIT)関連法」を今国会で!

「再生可能エネルギー普及のための全量固定価格買い取り制度(FIT)関連法」ができると、格差が拡大する、などとおっしゃる方々がおられます。

「お金持ちしか、太陽光パネルは設置できないから、お金持ちと、貧困層の格差が広がる」というわけです。


ところが、そういうことをおっしゃる方々がいままで、貧困問題にきちんと取り組んできたでしょうか?

否。むしろ、格差を拡大しまくっていた自民党政治(=自民党、ではない)を支持してこられた方が多いようにお見受けします。

格差を拡大してきた自民党政治を応援しておいて、今度は「格差を拡大するから、固定買取制度はけしからん」というのはあんまりです。


実は、単に(自民党そのものより)、古い既得権にまみれた自民党政治を肯定する事が自己目的化しているように見えてしまう。

単純に、「貧困対策もやるし、再生可能エネルギーも進める」でいいのではないか?

再生可能エネルギーを進めなかったら、それこそ、日本経済は置いてけぼりになる。

また、核のゴミだって処分に困るでしょう。核のゴミがこれ以上増えたら凄まじいコストが日本にのしかかります。

日本経済沈没でも、金持ちは海外へ脱出できるけど、低所得者層はそうもいかないでしょう。

原発がまた事故を起こせば、金持ちは海外へ脱出できるけど、低所得者層はそうもいかない。

そもそも、原発事故への補償のための電力値上げでは、低所得者層も被害を受けているのです。

また、もっといえば、電源三法により、わたしたちの電力料金に上乗せされた税金で、自治体の頬をひっぱたき、原発をつくりまくっていたことを忘れてはいけません。再生可能エネルギーの推進のための固定価格買取制度成立と同時に、電源三法も廃止してしまえばいいのです。とにかく、今まで自民党政治を擁護してきた方々が、「格差拡大」を理由に「再生可能エネルギー」法案に反対するとは、へそで茶をわかすような話です。

(『広島瀬戸内新聞ニュース』 2011年6月22日付記事「自民党政治を擁護してきた方々が『再生可能エネルギーは格差拡大』と叫ぶ喜劇」より)


「そうだ、そうだ!」と叫びたくなる記事だ。かくして、最近の当ブログのテーマである「電源三法」へと話はつながり、そろそろ締めに近づいてきたが、例によって記事が非常に長くなったのでここでブレイクを入れたい(注:ブレイクは、ブログのトップページからアクセスされた場合に限ります)。
初めに政治家たちの不快な妄動の話をすると、「オモテ」の方では経産相の海江田万里が各地の原発再稼働を要請した件があった。毎日新聞の社説(6/19)に、「説明不足で時期尚早だ」と批判されている。「ウラ」では自民党と民主党主流派が連携した「菅降ろし」の策略を、うかつにも石原伸晃がしゃべってしまい、石原は仙谷由人、岡田克也、玄葉光一郎といった民主党主流派にして原発推進勢力の面々ばかりでなく、「安全な原発推進論者」と思われる自民党の石破茂にも批判された。圧倒的多数で「反原発」を求めたイタリアの国民投票を「集団ヒステリー」と評するなど、このところの石原には軽口による失点が目立つ。この世襲政治家は政治家としての適性を全く持っていない。

東京新聞などがよく書く「菅降ろしに原発の影」という仮説の当否だが、こういった動きを見ると、ますますこの仮説がもっともらしく思えてくる。小沢信者は、これは菅が国民の目を欺こうとしているのだ、今後ますます孫正義や飯田哲也のテレビへの露出が増え、「脱原発の菅」をアピールするのだ、騙されるななどと騒いでいる。それならなぜ小沢一郎は脱原発論者の河野太郎とではなく原発推進の元凶ともいえる森喜朗らと組もうとしたのか、という疑問が生じるが、それについては小沢信者は何も書かない。仮に書いたところで「小沢一郎の深謀遠慮だ」と弁護するのが関の山だろう。

18日に行われたという「小沢一郎と新しい日本の政治」と題されたシンポジウムで、副島隆彦が狂ったような「原発安全論」を唱え、小鳩派の中では決して多数派とはいえない「脱原発」論者の川内博史が副島を激しくなじった一幕があったようだが、ブログを書く主立った小沢信者の中には、これまで副島隆彦を正面切って批判した人間は誰もいなかった。いうまでもなく彼らが信奉する植草一秀と副島が共著を出しているし、副島は4月に行われるはずだった小沢一郎の政治資金集めパーティー(震災の影響により中止)でも講師に指名されるなど、小沢一郎事務所公認の小沢応援団長格だからだ。もちろん植草もまた副島を批判しない。その副島といえば、原発安全論ばかりではなくレイシズム発言も日頃から連発している。「しがらみがある」かもしれない政治家の川内博史が堂々と副島を非難して声を張り上げるのに、安全なところにいるはずの小沢信者のブロガーには、川内の1ピコ(10の12乗分の1)ほどの勇気もない。副島隆彦一人批判することさえできずに、「真の反原発は小沢だ」とブログで訴えても、信用してくれる人など誰もいないのは当然だ。なんという呆れた小心さだろうか。さすがに、今回のシンポジウムにおける副島の暴言に呆れた、決してメジャーとはいえない小沢信者のブログが副島を批判する例が見られたが、メジャーどころは相変わらず沈黙を守り続ける。「卑怯者」とは彼らのためにある言葉だ。 

一方、今や原発推進論者側のもっとも頑迷な論者と化した寺島実郎は、昨日のTBSテレビ『サンデーモーニング』でも、菅総理は震災の前には日本の原発依存度を50%にするんだと言っていた人だ、それなのに「脱原発」を言い出すとは、とぼやいていた。私は、決して公式には「脱原発」とは言わない菅直人には油断ならないと思っているが、周りからの注目度が高いにもかかわらず空いている席があったら菅がそこを占めようとするのは当然の行動だろうと思う。むしろ小沢一郎など、震災直後から「脱原発」色を打ち出してアピールできるポジションにいたはずにもかかわらず、これまでそれをやらずにきたことを私は不思議に思っている。おそらく小沢一郎のエネルギー問題に関する関心が低く、世論の空気が読めなかった(KY)だけだと私は推測している。

私は、菅直人だろうが小沢一郎だろうが、「脱原発」政策を行い、「電源三法」を廃止するのであれば良い猫ならぬ良い政治家だと考えている。政治は結果がすべてだ。そして、仙谷・岡田・玄葉や自民党にはそれが期待できないことは明らかだ。たとえば「全量買取法案」の件がある。昨日(6/19)の朝日新聞の社説がこの法案の成立を求めているが、当ブログの読者の中には、この程度の法律は民主・自民大連立政権でも成立させられるという人もいる。しかし、朝日新聞の社説はこう書く。

 各党も自然エネルギーの普及を公約している。2009年の衆院選では自民党も「太陽光発電の買取制度など」による自然エネルギー拡大を掲げていた。

 なのに谷垣禎一総裁は「法案が実効的か検討の余地がある」と述べ、審議入りに慎重だ。効果に疑問を抱くなら、高めるための提案をすべきだ。

 この制度が根づけば、電気は電力会社が巨大な発電所でつくるものという「常識」が覆る。国民が電気の利用者から、供給者になっていく。

 裏返せば、電力会社が地域の電力供給を独占してきた既存の体制は揺らぐだろう。それだけに強い抵抗は避けられない。電力業界は民主党にも自民党にも強い影響力を持つ。その意をくんで、法案に反対する政治家が多く出るに違いない。

 一方で、超党派の国会議員らが法成立を求め、議員200人余りが署名している。

 これは、新しい政治の対立軸になる。採決の際に、党議拘束をかけず、各議員の見識を問うてみるに値する。

(朝日新聞 2011年6月19日付社説「電力買い取り―今国会で成立させよう」より)


自民党案というと、麻生太郎内閣時代に突如経産省がRPSからFITに方針転換したのを受けたもので、但しそれは太陽光発電だけを対象に限定したものだったと記憶する。あの当時、環境省の案をもとに公明党の斉藤鉄夫が何やらぶち上げたのを、経産官僚があざ笑って潰しにかかったとかなんとか、そんな話があったように思う。環境省案にも原発維持色が強かったけれども、経産省案はさらに「原発を守る」色合いの強いものだったとかなんとか。東電原発事故前のそういう体質は、現在に至っても何も変わっていないのが現状だ。だから、経産官僚のいいなり体質が一層強まるに違いない「大連立」政権は、菅政権と比較しても全く何もできないことはあまりにも明らかだ。仙谷・岡田・玄葉や前原などが中核を占める政権など、百害あって一利なし、それこそ自民党政権と完全に等しいと私は考えている。つまり、菅も信用できないが、仙谷一派など論外というのが私の立場。市井のわれわれとしてなすべきことは、菅直人が人気取りでも何でもいいから粘っている間に、「脱原発」の声をさらに高めていき、次の政権に強烈なプレッシャーを与えることだと私は考えている。

本当は今日は「電源三法」の話題に戻るはずだったが、前振りに、と思っていたことを長々と書く羽目になってしまった。問題意識の希薄な読者からは、「電源三法のどこが悪いんだ」とか、「原発立地自治体に『シャブ漬け』になっている意識なんて全然ないはずだ」というコメントをいただくこともあるが、決してそんなことはない。原発立地自治体の首長たちは、自らが「シャブ漬け」になっていることなど百も承知している。内橋克人が80年代に、当時の福井県敦賀市長・高木孝一が、のちに北陸電力最初の原発が建設されることになる石川県羽咋(はくい)郡志賀(しか)町で行ったトンデモ講演を記録してこれを暴露している。

ネット検索をかけたところ、ブログ『川越だより』の2011年5月28日付エントリ「原発依存の町造りリーダー・高木孝一敦賀市長の講演記録」(下記URL)に内橋氏の著書からの転載があったので、同ブログ経由で紹介する。
http://blog.goo.ne.jp/keisukelap/e/ad40bf64f63064b07c13e32d03e271ee

 只今ご紹介頂きました敦賀市長、高木でございます。えー、今日は皆さん方、広域商工会主催によります、原子力といわゆる関係地域の問題等についての勉強会をおやりになろうということで、非常に意義あることではなかろうか、というふうに存じております。…ご連絡を頂きまして、正しく原子力発電所というものを理解していただくということについては、とにもかくにも私は快くひとつ、馳せ参じさせて頂くことにいたしましょう、ということで、引き受けた訳でございます。

……一昨年もちょうど4月でございましたが敦賀1号炉からコバルト60がその前の排出口のところのホンダワラに付着したというふうなことで、世界中が大騒ぎをいたした訳でございます。私は、その4月18日にそうしたことが報道されましてから、20日の日にフランスへ行った。いかにも、そんなことは新聞報道、マスコミは騒ぐけれど、コバルト60がホンダワラに付いたといって、私は何か(なぜ騒ぐのか)、さっぱりもうわからない。そのホンダワラを1年食ったって、規制量の量(放射線被曝のこと)にはならない。そういうふうなことでございまして、4月20日にフランスへ参りました。事故が起きたのを聞きながら、その確認しながらフランスへ行ったわけです。ところがフランスまで送られてくる新聞には毎日、毎朝、今にも世の中ひっくり返りそうな勢いでこの一件が報じられる。止むなく帰国すると、“悪るびれた様子もなく、敦賀市長帰る”こういうふうに明くる日の新聞でございまして、実はビックリ。ところが 敦賀の人は何食わぬ顔をしておる。ここで何が起こったのかなという顔をしておりますけれど、まあ、しかしながら、魚はやっぱり依然として売れない。あるいは北海道で採れた昆布までが…。

敦賀は日本全国の食用の昆布の7~8割を作っておるんです。が、その昆布までですね、敦賀にある昆布なら、いうようなことで全く売れなくなってしまった。ちょうど4月でございますので、ワカメの最中であったのですが、ワカメも全く売れなかった。まあ、困ったことだ、嬉しいことだちゅう…。そこで私は、まあ魚屋さんでも、あるいは民宿でも100円損したと思うものは150円貰いなさいというのが、いわゆる私の趣旨であったんです。100円損して200円貰うことはならんぞ、と。本当にワカメが売れなくて、100円損したんなら、精神的慰謝料50円を含んで150円貰いなさい、正々堂々と貰いなさいと言ったんでが、そうしたら出てくるわ出てくるわ、100円損して500円欲しいという連中がどんどん出てきたわけです(会場爆笑、そして大拍手?!)。

100円損して500円貰おうなんてのは、これはもう認めるもんじゃない。原電の方は、少々多くても、もう面倒臭いから出して解決しますわ、と言いますけれど、それはダメだと。正直者がバカをみるという世の中を作ってはいけないので、100円損した者には150円出してやってほしいけど、もう面倒臭いから500円あげるというんでは、到底これは慎んでもらいたい。まあ、こういうことだ、ピシャリとおさまった。

いまだに一昨年の事故で大きな損をしたとか、事故が起きて困ったとかいう人は全く一人もおりません。まあ言うなれば、率直に言うなれば、一年一回ぐらいは、あんなことがあればいいがなあ、そういうふうなのが敦賀の町の現状なんです。笑い話のようですが、もうそんなんでホクホクなんですよ。

…(原発ができると電源三法交付金が貰えるが)その他に貰うお金はお互いに詮索せずにおこう。キミんとこはいくら貰ったんだ、ボクんとこはこれだけ貰ったよ、裏金ですね、裏金!まあ原子力発電所が来る、それなら三法のカネは、三法のカネとして貰うけれども、その他にやはり地域の振興に対しての裏金をよこせ、協力金をよこせ、というのが、それぞれの地域である訳でございます。それをどれだけ貰っているか、を言い出すと、これはもう、あそこはこれだけ貰った、ここはこれだけだ、ということでエキサイトする。そうなると原子力発電所にしろ、電力会社にしろ、対応しきれんだろうから、これはお互いにもう口外せず、自分は自分なりに、ひとつやっていこうじゃないか、というふうなことでございまして、例えば敦賀の場合、敦賀2号機のカネが7年間で42億入ってくる。三法のカネが7年間でそれだけ入ってくる。それに「もんじゅ」がございますと、出力は低いですが、その危険性……、うん、いやまあ、建設費はかかりますので、建設費と比較検討しますと入ってくるカネが60数億円になろうかと思っておるわけでございます…(会場感嘆の声と溜息がもれる)。

…で、実は敦賀に金ケ崎宮というお宮さんがございまして(建ってから)随分と年数が経ちまして、屋根がボトボトと落ちておった。この冬、雪が降ったら、これはもう社殿はもたんわい、と。今年ひとつやってやろうか、と。そう思いまして、まあたいしたカネじゃございませんが、6000万円でしたけれど、もうやっぱり原電、動燃へ、ポッポッと走って行った(会場ドッと笑い)。あっ、わかりました、ということで、すぐカネが出ましてね。それに調子づきまして、今度は北陸一の宮、これもひとつ6億で修復したいと、市長という立場ではなくて、高木孝一個人が奉賛会長になりまして、6億の修復をやろうと。今日はここまで(講演に)来ましたんで、新年会をひとつ、金沢でやって、明日はまた、富山の北電(北陸電力)へ行きましてね、火力発電所を作らせたる、1億円寄付してくれ(ドッと笑い)。これで皆さん、3億円既に出来た。こんなの作るの、わけないなあ、こういうふうに思っとる(再び笑い)。まあそんな訳で短大は建つわ、高校は出来るわ、50億円で運動公園は出来るわね。火葬場はボツボツ私も歳になってきたから、これも今、あのカネで計画しておる、といったようなことで、そりゃあもうまったくタナボタ式の街づくりが出来るんじゃなかろうか、と、そういうことで私は皆さんに(原発を)お薦めしたい。これは(私は)信念を持っとる、信念!

……えー、その代わりに100年経って片輪が生まれてくるやら、50年後に生まれた子供が全部片輪になるやら、それはわかりませんよ。わかりませんけど、今の段階では(原発を)おやりになった方がよいのではなかろうか…。こいうふうに思っております。どうもありがとうございました。(会場、大拍手

  ◇       ◇       ◇    

この講演が効を奏してか、会場となった志賀には北陸電力の志賀原発1号機が建設され、運転を開始しています。

 ★引用文献:内橋 克人著 「原発への警鐘」 講談社文庫


内橋氏の『原発への警鐘』は、最近朝日新聞出版から出された『日本の原発、どこで間違えたのか』に、その一部が復刻されている。私は昨日そちらを読んだ。1983年に行われたこの高木孝一の講演には呆れるばかりだが、会場から笑いや拍手がわき起こったというのも心胆寒からしめる話だ。麻薬中毒者たちは、電源三法交付金では飽き足らず、電力会社に対してタカリ行為にまで出る。原発立地自治体にはよく匿名の「寄付」があるが、それはもちろん電力会社によるものだ。1983年というと、この年私は生まれて初めて能登を訪れた。「羽咋」と書いて「はくい」と読むこともその時知ったのだが、北陸電力の原発建設計画については何も知らなかった。会場で沸き起こった拍手や笑いから思い出したことが一つある。それは、高木孝一と同じ福井県出身の自民党議員・稲田朋美が、2006年に起きた加藤紘一の実家の放火事件を講演で笑いものにして、それに笑いや拍手が沸き起こったことだった。

こうやって、発言から28年も経って、過去の地方自治体首長の発言が改めて発掘され、批判されることになる(というか私が批判しているのだが)。これも、東電原発事故の持つ歴史的意味の重さゆえだが、それほどの大きな事故があってさえ、官僚というのは慣性力で動こうとするものだ。それが彼らにとってもっとも楽だからにほかならない。

私はますます確信を強めている。多くの国民の手で原発を止めなければならないし、「電源三法」を廃止しなければならないと。最後に合言葉。

いる? 電源三法
きる! 電源三法

2011.06.20 09:24 | 電源三法 | トラックバック(-) | コメント(19) | このエントリーを含むはてなブックマーク
例年、5月の連休明けは苦手な季節で毎年疲れが出るのだが、いつもの年だと6月には元気を取り戻すのが常だった。私にとって、梅雨の前半はむしろ相性の良い季節なのだ。当ブログが安倍晋三批判で政治ブログの世界に乗り込んだのも、5年前の6月だった。

ところが今年はそうはいかない。次第に朝起きるのが遅くなり、かと思うと深夜に目が覚める日々が続くなどして、体調が乱れがちだ。東日本大震災以来、「異常な時代」に突入したための疲れなのか、単に年のせいなのかはわからない。当ブログの運営においても、コメントやトラックバックの承認が滞りがちになっていることを申し訳なく思う。

政治の世界も異常だ。もともと変な世界なのだが、異常さに磨きがかかっている。だから、人々が疑心暗鬼になっている。

昨日(6月16日)の朝日新聞夕刊のコラム「素粒子」には、こんな文章が出ていた。

 首相が旗降る新エネ買い取り案は宙づり。再始動の地下式原発議連は何狙う。もやもや多し。梅雨空早く晴れよ。


これを読んで私が思い出したのは、前回のエントリでも取り上げた「地下式原発議連」と「菅降ろし」を関連づけた東京新聞の記事(10日付)だ。私の周囲でも、先日の「自公小」の不信任案騒ぎは、菅直人首相がエネルギー政策の転換を狙っていることを潰す狙いがあったのではないかという声がよく聞かれる。国民の間には「脱原発」を求める空気が日に日に強まっているのに、それが永田町には全然伝わっていないように私には見える。

マスコミは、読者や視聴者を相手に商売しているから、受け手のニーズを無視できない。だから、朝日新聞にせよ毎日新聞にせよ徐々に「脱原発」色を強めているのではないか。読売は、原発を推進してきた「原子力の父」にしてA級戦犯容疑者だった正力松太郎(不起訴処分になった)が社主を務めていたし、現在も原発推進政治家の元凶である中曽根康弘の親友・渡邉恒雄(ナベツネ)が主筆だから今も原発推進に決まっているし、産経ももともと右翼紙だ。しかし、「原発推進」ないし「維持」の論調をとる地方紙がどれくらいあるのか。原発立地自治体の地方紙はどうだかわからないが、おそらく大多数が「脱原発」指向の論調をとっているのではないか。

そんな空気を読んだ「バル菅」は、再生可能エネルギーの全量買い取り制度(FIT)の関連法案成立に意欲を見せ始めた。すると、これまで菅首相を支えてきたはずの民主党主流派も「菅降ろし」に走り出す始末だ。特に目立つのは岡田克也であり、この男は獰猛な原発推進派政治家としての正体を露(あらわ)にするようになってきた。さすがは元通産官僚である。

本当は、今回は『世界』7月号に掲載された飯田哲也の「日本のエネルギー政策の民主化を」という論文を取り上げようと思っていたのだが、『vanacoralの日記』からリンクを張られている飯田哲也と岩上安身の対談の文字起こしの内容があまりに生々しくて強烈に印象に残ったので、急遽方針を変えてこれを紹介することにした。

岩上安身は、世の人々を小沢一郎支持へと流し込もうとしている人物だが、小沢信者としては珍しく「電源三法」を取り上げたりする見識は持っている。だが、これから引用するのは主に飯田哲也の言葉だ。まず、上記『vanacoralの日記』に引用されている部分の前に飯田氏がしゃべったことを以下に紹介する。

飯田:とにかく国民の世論は今間違いなくエネルギー政策原子力政策を変えろということで一致をしていると思うんですね
で、一方で官邸とか国会とかあるいは霞が関とか永田町は 全く逆向きに動いていて

今本当に古い仕組みに戻るか、国民がエネルギー政策を変えられるか。のホントに今瀬戸際で

浜岡を止めるアレもメルケルに比べれば弱いんですけれども
「止めて下さい」という要請ですから・・・

メルケルは4日後に7基止めたのですけど
ただ、あそこから日本のいわゆる思考停止オヤジどもが作っている、どうしようもない古い人たちが逆ギレし始めて
で、あれからまず、電気が足りないキャンペーンが始まったわけです

4月の下旬には 一瞬小春日和的に東電は「夏は大丈夫だもう計画停電はやらない」と
そういう形で経団連も25%減らしますということで
割と一瞬ゆるい時期があったんですが
アレがあってからいきなり電気が足りないキャンペーンが始まるわけですね

朝日新聞なんかでも夏は7社が足りないとですか
一面トップで、あれはまったく根拠を持たないデマです

(中略)

今度は国家戦略室、ここは経産省が乗っ取っているAチームと菅さんが直接連れてきたBチーム(民間人)とがあって
これはAチームが完全に仕切っているのですね

仙谷さんはもう民主党政権になった暮れぐらいまでに洗脳が完全に終わっているので
もう、彼は原子力に対してはダメですよね
それから、玄葉さんも洗脳が完全にほぼ終わっていて

菅さんがいない間に、とにかくこの国家戦略室
実は経産省の出島部隊が政治主動を装いながら実は経産省の役人が全部仕切ると
しかも、放射能の5重の壁じゃなくて経産省も5重の壁が作ってあるんですよね
で、なおかつ詳しい事は経産省の総合資源エネルギー調査会と原子力委員会で決めるというふうになっている

この人たちってはっきり言ってまな板の上のコイな訳ですよ
「あんたたちが間違いをやっているわけでしょ」という人たちが
自分たちが全部料理しますからっていうんで、料理人の側に回っていて
7日に会議があって事実上エネルギー環境会議の第一回目に相当するのが開かれて
その秘密の議事録を私は入手したのですが
あのぉ、ほんとに原子力政策ありきで
「もう、すでに、安全対策津波対策終わっています。安全です」というふうに
海江田さんが報告しているんですね
海江田さんが報告するメモは当然経産官僚が作っていて
もう、「いっちょ上がり」というふうなのが進んでいるわけです

このエネルギー環境会議で物事を進ませる中身の食い破りと
上部構造としては例の何故こんなところで不信任案が出るんだというあの不信任案と
しかもそれの根拠になったのは安倍晋三が全くニセ情報
最初の注入がどうのこうのという話しでしょ


昔民主党の永田議員でしたか?自殺まで追い込まれた虚偽答弁みたいな事を安倍晋三がやっているわけですから
そんなの本当は追い詰めなければいけないのに
それを追い詰めるメディアはゼロですよね


で、それがいきなり大連立騒ぎになって
しかも候補は野田さんとか
これは完全に財務省の傀儡政権で
増税財務省ラインと原子力経産ライン。そしてその間をつなぐのが東電ゾンビスキームで
東電を生かさず殺さずで国民の電気料金を垂れ流しながら
今の独占体制を維持しようという
完全に経産省と財務省の傀儡で動く大連立が今動いているわけですよ


安倍晋三が「偽メール事件」級のガセネタで声をうわずらせていた醜態を、私はもちろん叩いたのだけれど、5年前に「AbEnd」(安倍を『the END!』させよう)の合言葉のもと、安倍晋三批判の声を上げたブロガーの多くはいまや「小沢信者」と化し、安倍晋三のガセネタをもとに国会で菅首相を追及した自民党の谷垣禎一総裁を声を枯らして応援するていたらくだ(笑)。そういえば書いていて思い出したのだが、あのキャンペーンを始めてからまる5年くらいになるはずだ。今こそ「AbEnd Part-II」が必要なんじゃないか。

最近よく思う。いったい誰がこの「誰にも止められない」原発推進エンジンを作ってきたのか。かつて伊方原発(愛媛県)の建設を強行した四国電力社長(当時)山口恒則は、『国際経済』という雑誌のインタビューで、こんなことを言ったという。

(原発は)国の政策でやれというから急いでやったわけでしょう・・・濃縮が日本でできるわけでなし、再処理が日本でできるわけでなし、とにかく発電所だけがどんどんできていくのは早過ぎます。


上記は、鎌田慧の『原発列島を行く』(集英社新書, 2001年)の84頁から引用した。この発言は科学技術庁幹部の怒りを買ったとかで、雑誌は回収されたという。四電の社長といえど、この程度の発言力しかないのか。

かと思うと、東京電力の政財官への影響力は異様に強く、経産省の事務次官の首さえ飛ばす権力を持っているという。飯田哲也が『世界』7月号に書いているし、先日テレビで放送されたバラエティ番組『TVタックル』でも、高橋洋一だったかが言っていた。飯田哲也によると、電力会社と、市場原理主義の影響を受けた(=新自由主義の洗礼を受けた=引用者註)東大法学部卒のスーパーキャリアが主導権を持つ経産省との間には微妙な緊張関係があり、かつて通産大臣が電力自由化を検討するという「宣戦布告」が行われると、現役の通産大臣が三代続けて総選挙で落選して、電力会社の政治力を見せつけたという(『世界』2011年7月号39頁より)。

東電原発事故を引き起こすに至った原発推進システムは、安倍晋三の祖父・岸信介を含む官僚や政治家の先人たちが作り上げてきたものだろう。「電源三法」を作った「田中曽根」(田中角栄と中曽根康弘)や「原子力の父」正力松太郎も悪いが、もとをただせば岸信介に行き着く。岸は、戦前の商工省で「戦時経済」のスキームを作り上げた人間だ。岸こそ通産官僚の中の通産官僚だった。ひとたび動き始めると、その惰性を止められない原発推進システムには、岸のDNAが埋め込まれているような気がしてならない。その「昭和の妖怪」岸信介の孫が安倍晋三だ。瀬戸内海の自然を破壊して放射能の脅威にさらす、中国電力の論外な上関原発建設計画にも安倍晋三の影が差している。

飯田哲也・岩上安身対談の引用に戻る。


岩上:原発これからもやっていけるかどうかで経産省の中でも割れていた事がある

飯田:2004年ですね

岩上:そうですね。その時ことごとく脱原発派
経産省の中にいた脱原発派をバタバタと潰していった動きをした方がいた

飯田:はい

岩上:その方が今内閣の官房参与の中にいらっしゃる

飯田:はい

岩上:いらっしゃいますよね。望月(晴文)さん。
その方が書いている絵がある
この人を切れるかどうか・・・その勝負がかかっているんですよね
間違いなく菅さんが今の事をできるかどうかという事は、
そういう人を切り捨てる事が出来るかどうかにかかっているわけですよね

飯田:まぁ、それもそうですけし
民主党の政治主導で完璧に間違ってきたのは
ミイラ取りがミイラになった事をそのまま認めているわけですよ

本来の政治主導は首相、
菅さんが海江田さんに
今朝の新聞では事故調を経産省に置こうとした画策があったというのを菅さんが止めたという話があったでしょ
本来だったらそんなふうに役人が暴走する事を海江田さんに「止めろ」と言って指示しなければいけないし
それが出来ない海江田さんは出来なかったら更迭しなければいけないんですよ
それが本当の政治主導でしてね

日本はとにかく妖怪のように官僚が飛び回っていて
本当に自分たちの圏域を守るために今回の事故に関して
全く「屁」とも思っていないですよね

この、財務省も経産省も・・・
彼らがまさに魑魅魍魎(ちみもうりょう)のように動き回る状況をどう抑え込めるか
今国民の声が燃え上がるしかないんですよね

それが無いとエネルギー環境会議で財務省と経産省が思ったとおりのエネルギー政策になり
大連立で傀儡政権が出来て傀儡官僚政権が出来ると・・・
それはまず国民の世論が盛り上がって何とか阻止をするしかないと思いますね


そう、私は大きな赤字ボールドの文字で強調した、この部分に強く共感したのだ。四国電力の社長でも止められず、経産省の官僚は電力会社の政治力に太刀打ちできないという、正体不明の原発推進エンジンは、むろん日本の総理大臣やIT業界の大立者だけの手で止められるものではないし、ましてや総理大臣の首をすげ替えたら止められるものでは間違ってもない。国民の多数が「脱原発」に立ち上がって初めて止めることができるのだ。というより、国民の多数が立ち上がらない限り、止めることはできない。

飯田哲也と岩上安身の対談には、まだ少し続きがある。その部分は下記の追記欄にて紹介する。
先週の土曜日(11日)に、東京・新宿で行われた「脱原発」のデモに行ってきた。
110611_新宿画像はその時の様子。震災前から一度も使っていなかったデジカメの液晶ディスプレイが壊れていて、あまり良い写真は撮れなかったので、デモではひたすら声を上げていた。
デモはテレビのニュースや新聞でも報じられ、新宿のデモには主催者発表で2万人の参加者があった。当日は午前中雨だったが、昼過ぎには雨も上がった。晴れてたらもっと集まったかもしれない。

掲げられたスローガンは、ひたすら「原発止めろ」を訴えるものが大部分だった。「発送電分離」や「電力自由化」を訴えるプラカードもあったが、このところ当ブログでキャンペーンを張っている「電源三法廃止」を訴えるものは全く見当たらなかった。

でも、実際にデモに参加してみて思ったのだが、今はそれでいい。まず素朴な「原発止めろ」という声を国民一人一人が上げるところから始めなければならない。一日中ネットにかじりついて、「剛腕先生が総理になってあらゆる無理難題を解決してくれる」などという非現実的な妄想にふけるくらいなら、「空き管辞めろ、今すぐ辞めろ」とデモで叫べば良い。そう、デモでは東電とともに国の責任を問うプラカードは多数あったが、「空き缶辞めろ、小沢を総理に、小沢一郎で脱原発」などと書かれたKYなプラカードにはただの一つもお目にかからなかった。

それどころか、『vanacoralの日記』『日本がアブナイ!』にも取り上げられていた、「『地下原発議連』は『菅降ろし』の策動ではないか」とする東京新聞の記事がビラとして撒かれていた。この東京新聞の記事には、「地下原発議連」に小沢一郎側近の議員たちや鳩山由紀夫が参加していたことが書かれている。先日の「自公小」(自民、公明、小沢一派)による菅内閣不信任案提出劇は、原発推進勢力が「原発を守る」ための妄動だったという認識が、急速に「脱原発」派の人々の間に広まっている。

『日本がアブナイ!』の最新記事によると、ブログ著者の周辺では「こんなことなら、菅さんが首相を続けた方がずっとマシなんじゃない?」という声がチラホラ出ており、12日のテレビでは保守系キャスターの木村太郎氏まで、「菅が続けた方がいい」と言い、国民新党の亀井静香も8月までの続投を支持したという。

11日には、朝日新聞

東京電力福島第一原発の事故調査・検証委員会(事故調)について、政府の国家戦略室が経済産業省の影響下に置く構想を菅直人首相に提示していたことがわかった。首相の辞任表明後に提示したもので、首相は原発を推進してきた同省が事故調の「骨抜き」を画策したとみて拒否した。

と報じた。asahi.comに掲載された記事だけでは要領を得ないが、朝日の紙面には続きが書いてあり、それを読むといきさつがわかるようになっている。これを私は『kojitakenの日記』で紹介した。

私は、誰が聞いても辞意表明としか取れない言葉を菅直人首相が発し、それを受けて菅内閣不信任案が否決されたといういきさつからしても、菅直人が長く総理の座に居座るのは確かにおかしいけれども、不信任案が否決されておきながら菅内閣の即時退陣を求める自民党はもっとおかしいと思う。だから不信任案が否決された当初から、菅首相は8月いっぱいくらいで退陣するだろうと見ていたし、そうすべきだと思う。亀井静香が「8月までの続投を支持する」のも当然だ。

当面菅首相が続けた方が良いという意見は、脱原発、自然エネルギー推進論者として東電原発事故後にわかに有名になった飯田哲也(いいだ・てつなり)氏からも出されている。以下いくつか紹介する。

http://twitter.com/#!/iidatetsunari/status/79440218243080192

原発事故調「骨抜き」の動き 経産省画策、首相が拒否(朝日6月11日) 菅さん、頑張ってる。原子力・エネルギー政策に関する経産官僚の巻き返しを食い止める菅首相との対立。菅降ろしの政治闘争はこれに直結している。

6月11日 webから

これは前述の朝日新聞記事について。

http://twitter.com/#!/iidatetsunari/status/79883245398917120

「首相、自然エネ庁構想を披露」(時事通信 6月12日) 今日は終日広島でのTV収録でフォローが遅れたが、盛り上がったようでなにより。とにかく菅さんの指名は辞任の前にエネルギー政策の転換の道筋を付ける「徳川慶喜」の役回りだ。http://t.co/OANca5K

11時間前 webから



http://twitter.com/#!/iidatetsunari/status/80014367432785920

大連立騒動の裏で電力買い取り法案は廃案へ(日刊ゲンダイ2011/6/11)。自民党西村康稔議員(@nishy03)が名指しされています。311午前に閣議決定された歴史的な偶然の法案。政局に関わらず成立させて、歴史に名を残… (cont) http://deck.ly/~Yy4nt

2時間前 TweetDeckから

リンク先の記事(旧自由党時代からの小沢信者が運営するブログが小沢信者御用達の『日刊ゲンダイ』の記事を収録したもの)に書かれている、自然(再生可能)エネルギーを発電した電気を電力会社に強制的に買い取らせることを法律で義務付けるのが「全量買取法案」(再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法案)は、東電原発事故が起きた3月11日に閣議決定された。これを廃案にしようとしているのが西村康稔ら自民党議員であり、岡田克也ら民主党の原発推進議員も廃案でかまわないと思っているらしい。

http://twitter.com/#!/iidatetsunari/status/80018468421898241

今国会の「一丁目一番地」である再生可能エネルギー推進法案(全量買取制度)まだチャンスはある。今週は6/14 17時~エネシフ勉強会→ http://bit.ly/gQYJyE その後も続々と国会内外で大きな集会が計画中。大連立や政局はいったん休止して、この救国の法案をぜひ成立へ。

2時間前 TweetDeckから

「大連立や政局はいったん休止して、この救国の法案をぜひ成立へ」。是非そうあってほしいものだが、自民党や小沢一派がそういう行動をとってくれるとは、私にはとても思えない。だからこそ、国民一人一人が立ち上がって声を上げる必要がある。

ここで、当ブログに寄こしてきた愚かしいコメントを晒しものにする。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1189.html#comment12186

皆さん、ちゃんと勉強しましょう。
 いくら発電効率が上がっても、直射日光が遮られれば発電出来ません。夕方には電気が途絶えます。そこから先は電力会社から電気を買わなければなりません。
 私は「原発容認派」ではありません。
 ただ、「脱原発」=「太陽光パネル」や「風力発電」では無いのです。 
 水力や火力も見直すべきです。 なのに「八ッ場ダム工事中止」を行った「民主党」を多くの国民は「拍手喝采」しました。
 原発災害を防ぐための対策は迅速にしろという割に「百年に一度」くるかこないか分からない「スーパー堤防」を廃止に追い込んだ「民主党」に「拍手喝采」した国民はいったいなんだったのでしょう。

2011.06.13 01:41 世直し大工


「ちゃんと勉強すべき」なのは、「世直し大工」と称する大馬鹿者の方だ。火力発電を維持しなければならないのは当然だが、電力の平準化のためにはスマートグリッドが盛んに検討されている。たとえば、近年はハイブリッドカーや電気自動車が普及してきたが、電気自動車に搭載されたリチウムイオン電池などのバッテリーに夜間に余分な電力をためておく。そうすると昼間に電池を充電する需要を減らすことができる。1台1台の電気自動車に搭載されている電池の容量はしれているが、塵も積もれば山となる。もちろん、電力を貯蔵するのは何も電気自動車の電池には限らない。そして、全国のどこにどれだけ電力が貯蔵されているかを、デジタル通信網を利用して管理する。要するにインターネットと同じ発想だ。分散管理にも弱点や技術的な問題はあるとも指摘されているようだが、大きな流れとして、電力も集中管理から分散管理へと移行するのは必然の流れだろうと私は考えている。

おそらく、「世直し大工」は、上記の事情など百も承知の上で、知っていてわざと何も書いていないのだと私は確信する。それは直感的にわかる。この論者の卑劣さが私には許せない。八ッ場ダムにしたって、中止すべきであるのには別の理由もあるのだが、それも完全に無視している。当ブログの読者の方々には、こんな人間に騙されないようにしましょうね、と呼びかけるばかりだ。そういえば、この「世直し大工」とは、ずっと前にも当ブログのコメント欄でやり合った記憶がある。

ところで、電源三法についてだが、前回のエントリに観潮楼さんから『世界』7月号に清水修二・福島大副学長の論文が載っているとのコメントをいただいた。同じ号には飯田哲也氏も寄稿している。これらについても、追って当ブログで紹介したいと考えている。
私が金子勝や飯田哲也の再生可能エネルギー推進論に関心を持つようになったのは3年前のことで、当時からしばしば「エネルギー革命」などと題して金子氏や飯田氏の論考を当ブログで取り上げてきたが、それらのエントリは決まって不人気で、この話題を取り上げるたびにブログのアクセス数が減るのに閉口したものだ。

そういえば、金子勝や飯田哲也はどういうわけか小沢信者の間で不人気だ。それは、金子氏らが地球温暖化懐疑論を批判していたからだろうか。小沢信者の間では、「地球温暖化論は原発推進勢力の陰謀」とする陰謀論が常識とされ、地球温暖化論を否定する武田邦彦が昔から大人気だった。

現在は、小沢信者は「リスク厨」との親和性が高く、何でもかんでも「危険だ」とか「逃げろ」などとばかり言っているばかりなので閉口させられる。それで私は、金子勝や飯田哲也のTwitterをあてにしている。飯田哲也は原子力の専門家だし、金子勝は自身は経済学者だが、原子力に詳しい知人が多い。金子勝や飯田哲也は、何にでも反対するだけの人たちとは全然違うのだが、そこが「何にでも反対だけしていたい」小沢信者のニーズに合わないのだろうか。

ところで、このところ取り上げてきた「電源三法」の話だが、朱の盤さんからコメントをいただいた。一部を紹介する。

台風接近で延期になった『暗い日曜日』の打ち上げ会(予定では)にもプラバッグ持って行ってきましたが、電源三法を知っている人がほぼいないことに驚きました。
どころか、私はTwitterしてないので知りもしない200人規模のデモを「Twitterで05/07の渋谷デモより反応がよかった!」と喜んでいる様にもびっくりしました(感動屋さんなんですね!)
「自分でこのようなプラバッグ作って街中を回るのはどうか」と勧めてみましたが、「Tシャツなら!」というお答えでした。
03/11以来、ほとんどのデモに出ているとおっしゃる方がその有り様(プラバッグはともかく、電源三法や「原発問題は結局、地方経済を如何にするかという問題である」などは把握してて欲しかった…)だったので、あまりデモにも期待しません。(デモはデモで出れるものは参加しますけど)


うーん、そんなものなのか。朝日新聞あたりにも電源三法の記事はしょっちゅう出てくる。同紙5月28日付3面掲載記事では、双葉町の財政が大きく傾いたという、東電原発事故以来かなり有名になった件も取り上げられている。購読していないから詳しくは知らないが、毎日や中日(東京)などにも電源三法がらみの報道はそれなりに出ているのではないか。テレビでも時々取り上げられる。視聴率は10%くらいはあるはずだから、それなりに知られているのではないかと思っていた。だから、「TVタックル」で取り上げられたタイミングを見計らって「電源三法」の記事を書いたのだが、この話題に触れるブログ記事は意外なほど少なく、特に小沢信者系のブログではまず見かけない。

簡潔に「電源三法廃止」を訴えた記事として、トラックバックいただいた『広島瀬戸内新聞ニュース』のエントリ「さとうしゅういちは、『電源三法廃止』を訴え続けます」(下記URL)を紹介する。
http://hiroseto.exblog.jp/14905670

いわゆる電源三法。

電力料金に上乗せして徴収した税金を、電源開発に充てる仕組みです。実際には、地方自治体の頬をひっぱたき、原発を作らせる仕組みとして機能してきました。田中角栄内閣のとき、中曽根通産大臣(当時)がつくりました。中曽根さんは、若き日からずっと原発を推進してきました。

福島でも、福井でも、島根でも原発を進める圧力として機能してきました。ひとたび原発を受け入れると、原発新規受け入れをさらに進めざるをえない状況に自治体は追い込まれます。

そして、最近では、自治体にとって交付金の使い道が広がりました。小泉政権による法『改正』、そして民主党に政権交代後の鳩山政権時代の事業仕分けによってです。

使いやすいということはそれだけ、自治体が原発にのめりこみやすくなるということです。

しかし、一方で新規立地が難航する中、電源開発特別会計にお金はだぶついています。

民主党政権のメインテーマのひとつである特別会計の整理。そして地域主権。
電源三法を放置していては、そのどちらにも反します。

電源三法廃止は、全ての改革に通じる本丸。
電源三法廃止なくして、地域主権なし。

さとうしゅういちは、街頭などで今後も訴え続けます。


小泉純一郎も、郵政民営化なんかじゃなくて、電力の規制緩和にもっと力を入れ、電源三法の廃止をやっていたら評価は全然違っていたと思うが、現実に小泉がやったことはそれとは真逆で、「原子力立国」計画なんかを立てた上に、法改正で交付金を使いやすくした。鳩山政権の「事業仕分け」も同様で、政権交代で「電源三法交付金」がなくなるのではないかと戦々兢々としていた原発立地自治体の首長を、枝野幸男を筆頭とする「仕分け人」たちが喜ばせてきた。自民も民主も、みな原発を推進してきた。そのあげくの果てに、東電原発事故が起きた。

よく小沢信者は政治主導を口にし、菅政権は官僚主導に成り下がったと批判する。その批判は多分に当たっていると私も思うけれども、どうしてその小沢信者が「電源三法」については口を拭うのか。

植草一秀のブログで「電源三法」を検索語にしてサイト内検索をかけてみても、ただの1件も引っかからない。ましてや植草の影響を受けた信者が「電源三法」をブログで取り上げるはずもない。でも、待てよ、最近は人々を小沢一郎支持に流し込んでいるのは、カルト的な植草なんかじゃなくてTwitterに熱心な岩上安身あたりだったよなと思い当たって、「岩上安身 電源三法」でググってみたら、あった。大島堅一・立命館大学教授へのインタビューで言及し、文字起こしもしていた。以下一部を引用する。
http://iwakamiyasumi.com/archives/8207

■電源三法交付金の約7割は原子力向け

大島 「次に財政的な裏付けについての話に行きます。

エネルギー政策には様々なエネルギー対策費が入ってきます。別に、原子力会計というのがあるわけではありません。エネルギー対策費を大きく分けると二つあります。一般会計と特別会計です。一般会計はエネルギー対策費ということで財政資料の中にありますし、特別会計は、かつては電源開発促進対策特別会計でしたが、今はエネルギー対策特別会計となっています。

実際、ここは先程申し上げましたように財政資料なので、電源別に計上されているわけでは必ずしもない。エネルギー対策費なので、例えば石油の備蓄とか石炭なんかの利用に関するものとか電源とは関係ないものもたくさん入っています。ですので、電源と直接関係あるものをピックアップし、それを積み上げていくことをして計算するわけです。

あと、日本に特殊なシステムですが、特別会計の中も大きく二つに分けられて、立地対策、要は地元に対して交付金を与える。原子力であれ水力であれ火力であれ、立地をしている自治体に交付金を与えるというシステムがあるんですけども、そこも電源別に分けてあります」

岩上 「こういうのは普通は一つのざるに入れられてるわけです」

大島 「見えないですね (笑)」

岩上 「ところがこうやって電源三法交付金の約7割は原子力向けであると。実際は負担は非常に大きい」

大島 「そうですね。交付金というのは電源三法と言われてますが、事実上原子力交付金ですね

岩上 「それだけ反対も大きいので、それに対する見返りも大きくしないと、周囲の人たちを納得させたりすることができないということですね」

大島 「そうですね。実はこれは日本に特有のシステムです。先進国でこんなものがあるというのは日本だけです。いわば自治体をお金で納得させるものなので。本来なら全ての経済活動というのは、その事業自体が地元にとって良いということが前提です。それに追加して交付金があるということ自体がおかしな話なので、他の国にはないんです。


明らかに小沢一郎びいきの岩上安身の肩を持つつもりは毛頭ないけれども、「白猫だろうが黒猫だろうがネズミを捕る猫は良い猫」なのだ。菅直人が言わないのなら小沢一郎が言えば良いし、菅直人も小沢一郎も言わないのなら谷垣禎一が言えば良い。そして、菅直人も小沢一郎も谷垣禎一も言わないのなら、安倍晋三が言えば良い。そして、そういった政治家たちに影響力がある人が、政治家に言わせるように提言すれば良い。そんな気になっている。

まあ、後に名前を挙げた人ほど言い出す可能性は低いし、安倍晋三に至っては本人も周辺もそんな可能性は皆無だろうけれど。それがわかっているからいやみで名前を出しただけだ(笑)。本当のところを言うと、菅直人だって言い出すはずはないと私は思っている。思っているけれども書く。

菅直人だろうが小沢一郎だろうが、電源三法を廃止する政治家は良い政治家だ、と。

もし小沢一郎が電源三法のスイッチを切るなら、私は小沢一郎を支持する(笑)。

最後に合言葉を。

いる? 電源三法
きる! 電源三法

今年に入り、特に東日本大震災が起きた3月以来、私が運営するブログの状況がすっかり変わってしまって、最近はこちらのブログのアクセス数が減る一方、『kojitakenの日記』の3月以降のトータルアクセス数が3か月連続で月あたり20万件を超えた。4月早々のFC2のサーバートラブルの影響が大きく、以後こちらのブログの活性が落ちてしまったかもしれない。

一昨年秋以来、こちらにはまとまった長文を毎週月曜日と金曜日に載せているが、更新間隔が空いているためか、もう一つのブログでコメントを「はてな」ユーザーに限定しているような措置をこちらではとっていないためか、コメント欄での議論はこちらのブログの方が活発だ。だから、こちらのブログは引き続き大事にしていきたいと思うが、今までよりもこちらのブログではテーマを絞る形にしようかと思っている。菅直人内閣が退陣したあと、おそらく登場するであろう民主・自民の「菅抜き・小沢抜き大連立政権」のことなど、週2回しか更新しないこちらのブログでメインテーマとして取り上げる気にはならない。もちろん私はそんなものは全く支持しないけれど。だって、原発維持・東電温存、消費税を増税しながらの社会保障切り捨て、改憲が三本柱の政権になるに決まっているからだ。与謝野馨の退場も、おそらく期待できない。これらについては、ニュースが報じられる都度、もう一つのブログで取り上げたいと思う。

で、現時点でのテーマは「電源三法」だ。これは不人気に属するテーマであり、こればかり取り上げていると、こちらのブログのアクセス数はますます減るかもしれないが、そうなっても仕方がない。再分配をテーマにした「鍋パーティー」の共同運営ブログ(編集長はTakky@UCさん)もあるが、こちらも震災のあとやたらと消費税増税ばかりに激しく傾斜した「社会保障と税の一体改革」の話が出ているのに、なかなか対抗言論が盛り上がらない。私自身もそうだけれども国民が原発の問題に気を取られているうちに、政治権力はやりたい放題を始め、朝日新聞や毎日新聞など、エネルギー政策では脱原発に路線を転換した新聞社も税制のスタンスは以前と変わらず、社説で政府に消費税増税をけしかけているのが現状だ。久しぶりに「鍋ブログ」への記事の応募があったが(掲載日時は未定)、こちらは「みんなで作るブログ」のつもりなので、読者の皆さまの活発な投稿を期待している。

例によって前振りが長くなったが、ここからが本題。もちろんテーマは「電源三法」だ。

まずブログ管理人からのお願いだが、どなたか「いる(ill)? 電源三法、きる(kill)! 電源三法」のバナーを作っていただけないだろうか。別に、かつて安倍晋三排斥のキャンペーンをやった時にバナーに血道を上げていた某ブログみたいに、そんなことばかりに熱中するつもりなど毛頭ないが、キャッチコピーの考案者である朱の盤さんから、

「電源三法」と「原発」が結びつかない人もまだまだ多いと思いますので、そのままで使う時は脱・反原発の主張をした流れで使った方がいいですね。
単発のメッセージとして使う時は、前段を『いる?原発』にすると、言葉が一人歩きした時に「電源三法」に明るくない人にも文脈が通じやすいかなと思います。

というコメントをいただいているので、それに対応したいと思うからだ。

朱の盤さんからは、前段を「いる?原発」にするという案をいただいているが、「いる」は「入れる」と似ているので、「電源三法」を知らない人に一瞬、電源を「入れる」「切る」という意味かと思わせておいて、実は原発立地地域を「シャブ漬け」にする法律の話なんだよ、とすぐにわからせる、つまり意外性によって印象を強める方がより効果的で、それには画像を併用するのが良いかと思った。だから、バナーを作るという発想になった。

たとえば私が思いついたものとしては、バックに放射線管理区域の標識の画像を用い、

いる(ill)? 電源三法
きる(kill)! 電源三法

と表示するとか、バックに事故を起こした東京電力の福島第一原発の画像を用いる、などの案がある。アニメーションなどは必要ない。なぜかというと、デモのプラカードに用いることを想定したバナーにしたいと思うからだ。残念ながら私にはデザインのセンスがないので、一目で原発と関係があることがわかるものが良いと思う。応募がなければないで全くかまわないが、もし作ってみたいと思われる奇特な方がおられたら、お知らせいただければ幸いだ。

次に、昨日(6/5)の朝日新聞(東京本社発行最終版)の「声」欄に掲載された投書を紹介する。新潟県田上町にお住まいの77歳無職の方による投稿だ。

原子力立地給付金は廃止を

 国は電源開発促進税から電力会社を通じ、原発に近い地域の住民らに「原子力立地給付金」を給付しています。
 例えば新潟県では、東京電力柏崎刈羽原発のある柏崎市と刈羽村の世帯には年間1万8912円が、隣接する長岡市の世帯には9412円が出ています。
 給付金の表向きの理由は「原子力発電立地地域の振興および地元福祉の向上を図る」とされていますが、本当の狙いは、お金を出すことで住民が原発を受け入れ、原発反対の声を押さえ込むことだと思います。今回の原発事故の後にあった地方選挙でも、地元で原発反対を唱えた候補がいい結果を得られなかったのも、こうした背景があると思います。
 また「万が一原発事故が起きた時はご迷惑をかけます」という迷惑料的な意味があると思います。お金の力の恐ろしさを強く感じました。今後原子力発電のあり方を素直な気持ちで考えるためにも、給付金制度の廃止が必要だと思います。

(朝日新聞 2011年6月5日付「声」欄掲載の投書)


これこそ、田中曽根(田中角栄首相と中曽根康弘通産相=1974年当時)が始めた「電源三法交付金」の使い道の一つだ。ここから、原発に反対する人を文字通り「村八分」にする、今はやりのエスタブリッシュメントたちによる「原子力村」とは違う、もう一つの、そして文字通りの「原子力村」の「文化」が生まれる。田舎だから「村八分」があるのではなく、中央の自民党政権が田舎に新しい「村八分」の風習を植え付けたのだ。この犯罪的行為をなしたのが「田中曽根」、田中角栄と中曽根康弘だった。

「電源三法」については、朝日・毎日・中日など「脱原発」系の新聞などがしばしば記事にしており、テレビでも取り上げられているが、それでも、日本の報道よりずっと詳しくて長い記事を報じているのがアメリカのニューヨークタイムズだ(下記URL)。
http://www.nytimes.com/2011/05/31/world/asia/31japan.html

これは、非常に長い英文の記事だが、「Tkpilgrim's Blog」が全文を日本語訳している。その中から、「電源三法」を記述した部分を引用する。

流入したお金の大半は、1974年に田中角栄によって創成された洗練された政府補助金のシステム、電源三法の産物である。強大な権力を誇った田中角栄は、日本の原子力業界を形成し、大規模公共工事によって強力な政治マシーンを構築した。この法律により、日本の電力消費者は電気代の一部として税金を払う必要があり、その税金の多くが原発近隣の自治体に支給された。日本の原子力業界を管轄し、補助金を管理している経産省はこれらの自治体がどれぐらい補助金に依存しているかを明らかにすることを拒絶した。「このお金は、原発を現地が受け入れることを推進するために使用されます」と、資源エネルギー庁のナカムラ・タツミは言った。東通原発を操業する東北電力の広報は、「東北電力は補助金には関わっておらず、福島以来、原発の安全性に関して住民に不安を与えないことに注力している」と、答えた。政治専門家によると、補助金は原発誘致だけでなく、時間の経過とともに原発の拡大を誘導しているという。その理由は補助金は原発または原子炉が稼働してからすぐに最大になり、以降減少するように設計されているからだ。「多くの場合、人口が減少し税収ベースが殆どない町が突然多額の金を受け取ることになります」と、この法律を研究しているPurdue大学のDaniel P. Aldrichは言った。Aldrichによると、原子炉の稼働期間が経つに連れ補助金が減少していき、自治体は新たな原子炉建設を受け入れなければならない圧力を受けるという。「地元は最初の原子炉で、貰ったお金を使うことに慣れます。そして二台目、三台目、四台目、五台目の原子炉が彼らの出費を補ってくれるのです」と、彼は付け加えた。

("The New York Times" 2011年5月31日掲載記事 "In Japan, a Culture That Promotes Nuclear Dependency", "Tkpilgrim's Blog" による日本語訳より)


「電源三法」による「シャブ漬け」のメカニズムのわかりやすい解説だ。

ところで、さくらさんからこんなコメントをいただいている。

http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1186.html#comment12116

キャッチコピーを考えてくださる皆さんの熱意に水を差すつもりはないのですが、霞ヶ関の官僚が特別会計とその利権を死守しようとする時のしたたかさとずる賢さを考えると、そんな事している場合ではない、と焦る気持ちが強くなる今日この頃です。注水中断がガセネタとわかっても、菅政権へのかなりのダメージになったし、今頃原発推進派の経産官僚達は笑いが止まらない状況でしょう。経産省が恣意的に出してくる情報を記者クラブを通じてマスコミが垂れ流す状況が変わらない限り、一般の人たちに問題の本質を伝えるのはとても難しいです。
経産官僚といっても全員が原発推進派というわけではない。官僚に対抗するためには、個人名を明記した記事を書いていくのが大切だと思う。最近では、東電への甘い賠償スキームを作成した北川慎介総括審議官の名前を出して批判する記事もあるけど、まだまだ少数派です。こうした記事がもっと出てきて欲しい。

2011.06.02 00:29 さくら


http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1187.html#comment12138

キャッチコピーも決まったところで、脱・反原発の流れを止めないためにも次のステップを考えないと。まずは、原発事故からの復興用資金を電源開発促進勘定の見直し、剰余金と再処理費用積立金でまかなう、という事を実現させたい。(文科省の研修開発費は速やかに大幅カットしてもらいたいし、新規原発建設を見込んだ電源三法交付金分も今年度予算分から復興用資金に回してもらいたい) 安全性や廃棄物処理などいろいろな意味で破綻しているとしか思えない日本の原発推進政策が、今まで暴走を続けられたのは、潤沢な資金があったからです。これ以上無駄に浪費する余裕はないのだから、再処理計画はあきらめて、積立金は補償金として使って欲しい。積立金がなくなれば、原発政策は抜本的な見直しせざるをえなくなる。

河野太郎さんが、「デモに参加するより、地元選出の国会議員事務所に行ったり、電話したりして、直接議員に要望を伝える方が具体的な政策実現に結びつく」と言うような事を言っております。確かに、最後は政治の場で決まる事なので、こういうアナログな手法もバカにできないです。「エネルギー特別会計と再処理積立金を福島の復興資金と補償金に回して!」と地元選出国会議員に電話で要望してみませんか? 地元選出議員が安倍とか森とかだと、電話する気にもなれないかもだけど。
官僚(特に経産省)は抵抗するだろうけど、官僚が恣意的に使う傾向大だった特別会計を表の議論に引きずり出す良いチャンスです。

2011.06.04 17:13 さくら


私は、「デモをするより地元の国会議員に訴えよ」という河野太郎の意見にはあまり賛成でなくて、まずデモの規模を拡大することが何よりも大事じゃないかと思うけれども、もちろん議員への働きかけにも意味はあるだろう。

何より、これは特別会計の問題なのだ。昔、塩川正十郎が「親が母屋(一般会計)でお粥をすすっている時に、子供が離れ(特別会計)ですっきゃき(すき焼き)食っとる」というたとえ話(小泉政権時代の国会答弁)をしていたが、政府やマスコミが財政赤字解消のための消費税増税を叫んでいる一方で、新規原発の立地候補地がないために、電源三法交付金がだぶついていることは公然の秘密になっている。それなのに、「政治主導」だのなんだのと普段から勇ましいことを言っている民主党の人たちが、「電源三法」について誰も何も言わないとは、いったいどういうことなのか。「電源三法 民主党」の検索語でGoogle検索をかけても、私が書いたブログ記事やそれを引用した陰謀論系掲示板の投稿などばかりが上位にずらりと並ぶだけとは、いったいどういうことなのか。

ひとたび、与党の政治家の誰かが「電源三法」について発言し、それをマスコミが取り上げれば、上記のような検索エンジンの検索結果になることはあり得ない。個人ブログの記事など、あっという間に検索順位の下位に下がってしまう。菅直人や小沢一郎も含めて、政治家が誰も「電源三法」に言及しないから現在の惨状になっている。

私は、菅直人が脱原発指向だとか小沢一郎が脱原発指向だなどとは全然思っていない。彼らが本当に「脱原発」を目指しているのであれば、「電源三法」について何も語らないはずがない。

幸か不幸か、菅直人政権はもうすぐ終わるし、後継の政権に小沢一郎の影響が及ぶこともおそらくない。「原発利権」に関していえば、新たな地域における利権はもはや生まれるとは思えないから、あとは現在原発を抱えている地域だとか、山口県上関町のように建設予定の地域における闘争が鍵を握る。「電源三法」が温存されているうちは、地域においては原発推進の力が働く。だからこそ、「電源三法」を廃止しなければならないのだ。

そして、これまで原発推進に使われてきた金を、地産地消の再生可能エネルギーを振興するために付け替えなければならない。それには、「電源三法」をいったん廃止した上で、新たな政策を実行する必要があるのだろうと思う。

いずれにしても、デモに参加するにせよ、政治家に陳情するにせよ、ブログに記事を書くにせよ、各人がそれぞれ思うことをやっていくしかないだろう。

最後にお願いをしたい。人間の人一人の知恵などたいしたことはなく、私のブログ記事の中身などたかがしれている。そもそも私は政治や経済には専門的知識を持たない素人であり、記事のレベルの低さは十分自覚している。だからこそ、当ブログにどしどしコメントをお寄せいただければ幸いだ。別にコメント欄の常連になる必要など何もない。普段はROMでも、何かあった時に気楽に投稿していただけるとありがたい。多くの人の知恵を集めれば、それだけ大きな力になり得ると思うからである。今後の当ブログは、極力読者の皆さまのコメントを記事本文に反映させる形で運用していきたいと考えている。
呆れるばかりに程度の低い、内閣不信任案提出のバカ騒ぎが終わった。

結局、菅直人首相は遠くない将来の辞任の約束と引き換えに、鳩山由紀夫と話をつけて、内閣不信任案成立を阻止した。梯子を外された小沢一郎は激怒したが、鳩山由紀夫という人間の正体を知らずに信じてしまった小沢一郎の自業自得であり、「身から出た錆」だ。鳩山由紀夫は、あの「裏切りの人生」で知られる鳩山邦夫の兄なのである。裏切りこそ、鳩山兄弟の宿痾(しゅくあ)である。

不信任案否決に怒り狂う読売新聞政治部記者が書いたいくつかの記事から、今回の政争の裏側が浮かび上がってくる。ある記事には、

 伊吹氏や森元首相らは、小沢元代表の周辺や鳩山前首相と接触を重ね、4月中旬以降、谷垣氏に「不信任可決に必要な数がそろっている」との見通しを繰り返し伝えた。

と書かれているが、この記事から小沢一郎と鳩山由紀夫が、震災の復興に当たらなければならない時期に何をしていたかがはっきりと浮かび上がる。

今回の不信任案提出劇は、自公に小鳩が乗ったのではなく、小鳩の仕掛けに自公が乗ったものだったのだ。

そして、いうまでもなく鳩山由紀夫は民主党のオーナーを気取っているから、最終的に民主党多数の与党という枠組みを崩す気など毛頭なかった。小沢一郎だけではなく、自民党の長老連も梯子を外されて激怒したというが、小沢一郎と同様に自業自得であり、「身から出た錆」である。

そして、特に強調しておかなければならないのは、小沢一郎や鳩山由紀夫が接近したのが伊吹文明や森喜朗だったことだ。間違っても河野太郎ではない。自民党長老連はみな原発推進派だ。そして、新聞なども指摘する通り、民主党の政策を「バラマキ」と批判する自民党と、「菅政権が2009年の民主党マニフェストを後退させている」と批判する小鳩では、ベクトルの向きが正反対なのだが、それでも野合しようとした。いや、鳩山由紀夫は最終的には裏切るつもりだったのかもしれないが、少なくとも小沢一郎は本気だった。

このことは、2009年の総選挙における民主党のマニフェストは、ほかならぬ小沢一郎にとって「どうでもよいこと」だったことを証明している。あれは、選挙に勝つための方便に過ぎなかった。小沢一郎の正体は、今こそ明白になった。

内閣不信任案に賛成した民主党の議員は、松木謙公と横粂勝仁の二人。欠席または棄権したのは、小沢一郎のほか、田中真紀子、内山晃、太田和美、岡島一正、古賀敬章、石原洋三郎、笠原多見子、金子健一、川島智太郎、木内孝胤、黒田雄、瑞慶覧長敏、三宅雪子、三輪信昭の各議員。最終的にはこれだけしか小沢一郎について行かなかった。当たり前であって、内閣不信任案の否決が確定的になるや、みんな自分の身を守ろうとしたのだ。「数の力」を頼る小沢一郎と行動をともにした議員がたったこれだけだったという事実が、「小沢一郎の終焉」を物語る。松木謙公は除名されるようだが、小沢一郎は部下一人守ることさえできなかった。

一方、不信任案可決を阻止した菅直人だが、鳩山由紀夫とかわしたという覚え書きには、退任の日時が書かれていないとやらで、また政局になろうとしている。なんだか、昔岸信介が大野伴睦と交わした念書を裏切ったとかいう話を思い出させるが、「鳩山一郎の孫」ならやりそうなことだ。

「バル菅政治家」の悪い癖で、退陣は年明けとかわけの分からないことを言って自ら混乱の火に油を注ぐ菅直人だが、普通に考えれば、ブログ「反戦塾」が、

秋にはオバマ大統領と会う約束がある。辞任を表明した首相が大統領と正式会談をするわけにいかないので、決着をどうつけるか、それがひとつの目安となりそうだ。

と書いている通り、秋には菅直人が退任し、民主党代表選を経て、新代表が新総理大臣になるのが自然だろう。ちょうど2006年に小泉純一郎が退任し、自民党総裁選で勝った安倍晋三が総理大臣になったと同じ図式だ。菅直人は、いたずらに言葉をもてあそぶことなく、自らの退任の期限を早く明確にするとともに、次の衆議院選挙には立候補せず、議員を引退してもらいたい。

いうまでも私が念頭に置いているのは、1年前の鳩山由紀夫の引退発言であって、あの時総理大臣たる者はそうでなければならないと思い、鳩山の引退発言を支持したものだった。しかし、鳩山は自らの言葉を裏切った。今朝の新聞を見ると、その鳩山由紀夫が「人間うそをついてはいけません」と言ったと書いてあったが、腹の皮がよじれるほど笑ってしまった。それこそ「お前が言うな」である。それを言うなら鳩山自身が1年前の公約に立ち返り、次期総選挙に立候補せず政界を引退しなければならない。

各紙の社説を見ると、例によって朝日と毎日が小沢一派を厳しく批判し、特に朝日新聞は小沢一郎の除名を求めているので、またぞろ「小沢信者」の怒りを買うだろうけれども、今回に関しては小沢一郎の除名やむなしと私も思う。小沢一郎の行動に筋が通っていればまだしも、平然と原発推進勢力と野合しようとした今回の行動はひど過ぎる。「国民の生活が第一」のスローガンや、子ども手当や農業者戸別所得補償制度、それに朝鮮学校除外の件でミソをつけたとはいえ高校無償化などの政策に見るべきものはあったが、それとはベクトルの向きが正反対の「減税日本」への協力に走るなど、小沢一郎という政治家に一貫した理念があったかというと、それは「否」だと思う。中には小沢一郎に社民的な政策を期待する向きもあったようだが、小沢一郎の限界はもはや明らかだ。小沢一郎には、「国民の生活が第一」のスローガンを掲げれば国政選挙に勝てることを示したという大きな功績があるが、小沢一郎もまた歴史的使命を終えた政治家だ。現在では百害あって一利なしの存在に成り下がり、政争でも連戦連敗を重ねている。菅直人や鳩山由紀夫とともに、次期総選挙には出馬せず政界を引退すべきだ。また、社民主義的な政治を志向する者は、もはや小沢一郎に期待をかけるべきではない。無惨に裏切られるだけだからだ。

朝日の社説は、ほかにも菅直人に退陣の次期を明確にすることを求めたり、今回の政局で小沢一郎や鳩山由紀夫に踊らされた自民党の長老連にも総退陣を求めるなど、納得できる部分が多いのだが、一点どうしてもいただけないのは、

マニフェストの見直しや消費税率引き上げに否定的な小沢氏らのグループの存在が、野党との大胆な妥協を阻んできた。

と書いているくだりだ。

このところ朝日新聞は、再び消費税増税の主張を前面に出すようになってきた。だが、震災の影響で景気が大きく落ち込みつつある現在、消費税増税は自殺行為だ。「鍋パーティー」(「再分配を重視する市民の会」)のブログに、今朝、新しいエントリ「消費税と法人税」が公開されたので、読者の皆さまには是非ご参照いただきたい。

私はむしろ、菅内閣の最大の問題は、閣僚に与謝野馨を抱えていることであって、財政再建原理主義者の与謝野馨が経済政策を壟断する政権が長く続くのも困ったものだと考えていた。だから、「首相退陣やむなし」と考えるのは朝日と同じだが、考えていることは朝日とは正反対で、次の内閣には与謝野を入閣させるな、と言いたいのである。

与謝野には、原発積極推進派という面もあり、原発政策を巡って枝野幸男と激しい口論をしたとも伝えられた。政権から与謝野馨を放り出す環境は整いつつあるともいえる。

とはいえ、それは次の政権を誰が担うかにもかかっている。税制の問題もあるけれども、何より大きいのは、原発推進勢力に属する人間を首相にして、発送電分離の問題をうやむやにしたり、「電源三法」に手つかずであっては困るということである。

そう、今日のエントリは「ストップ電源三法」のキャッチコピー決定を発表し、それをメインにするはずだった。だからタイトルもそうなっているが、中身は大部分が内閣不信任案の政局の話になってしまった。イントロ程度に収めるつもりだったが、イントロが本論になってしまった。

だが、いまさらタイトルは変えない。次の総理大臣も決まっていない以上、われわれ市井の人間がやるべきことは、「脱原発」の動きを盛り上げて行くことだ。前回のエントリに、

脱原発は中長期の重要な課題だが合言葉を募集するほうも募集するほうだが合言葉を作ることに大きな意味はない。
それよりなぜ脱原発をしなければいけないのか各自が考えることがはるかに重要。
原発・放射能事故の収束がみえていないのにそんな悠長なことをしている時間はないはずだ。

というコメントをいただいたが、はっきり言って書いた人間は馬鹿じゃなかろうかと思った。

原発・放射能事故の収束が見えてないといったって、一般人には事故を収束することなどできはしない。中には、小沢一郎の剛腕を持ってすればメルトダウンは起きなかったし、福島にミサイルを撃ち込むなり決死隊を送り込むなどして放射性物質の漏出も今頃抑えられているなどと考える能天気な人間もいるようだが、現実はそんなに生易しいものではない。

市井の人間のなすべきことは、今後同じような事故を起こさせないように、段階的にせよ原発を停止にもっていくべく圧力をかけることであり、新たな原発立地自治体を出したり、既存の原発を抱える自治体に原発を増設させないことだ。そして、原発の新設や増設をさせるモチベーションを与えてきたのが「電源三法」なのだ。その「電源三法」の廃止の声を上げることは、当然われわれがなさなければならないことだと当ブログは考える。

そのためには、キャッチコピーは早く決めなければならない。そこで、独断で「朱の盤」さんのアイデアを採用することにした。ただし、ちょっと表記を変えて、下記のようにした。

いる? 電源三法
きる! 電源三法



ここで、「いる」は「要る」と "ill" の、「きる」は「切る」と "kill" の、それぞれ掛け言葉だ。かつて、"AbEnd" で、安倍晋三の終了と「異常終了」を掛け合わせた私は、朱の盤さんのアイデアが大いに気に入った。ただ、「いる」と「きる」の表記を、英語から日本語に書き換えさせていただいた。

このスローガンのもと、原発推進勢力の魑魅魍魎が跋扈する政局を尻目に、「脱・原発」の声を上げていきたいものだ。