きまぐれな日々

前回のエントリの中心テーマにした「電源三法」だが、読者の関心もいまいちらしくて、ちょっと失望した。多くの方の関心は、東電原発事故の海水注入中断問題だとか、今週の後半に予想されている自公の内閣不信任案提出の件に絞られているように思える。

私は1980年に大平内閣不信任案が可決された時のことを覚えているのだが、NHKの中継が「不信任案が可決されました」とアナウンスしたのを聞いた亡父が、「可決?」という素っ頓狂な声を上げた。あの時は、社会党が深く考えもせずにフラフラと出した内閣不信任案に、自民党の福田派や三木派が乗り、まさかの不信任案可決になったのだった。その直前まで、内閣不信任案は新聞でも大して取り上げられてはいなかった。

それに対して、今回はいったいいつから不信任案についてバカ騒ぎしているのだろうか。昨日、たまたま古新聞を処分するために整理していたところ、4月下旬の統一地方選後半に民主党が敗北したあと、小沢一郎と鳩山由紀夫がこれを民主党代表・総理大臣交代の政局にすべく動いたものの、不発に終わったという記事が出てきた。そして、今度は自公が出す不信任案をめぐって小沢一郎が妄動している。この69歳の民主党の長老は、よほど政局が好きらしくて、年中こんなことをしている。思えば昨年の今頃は、鳩山由紀夫が「社民党を切ったら小沢さんに政局にされる」とビビりながらも、普天間基地移設問題で社民党を切り、鳩山の予想通り小沢一郎に政局にされて鳩山は総理大臣辞任に追い込まれた。しかし、前原誠司らがいち早く菅直人と結託して「クーデター」を起こしたため、小沢一郎自身も失脚してしまったのである。

それからの1年間というもの、民主党内の権力抗争が収まることはなかった。それどころか、昨年の参院選で自民党が勝利したことによって、自民党も政局に加わり、「政局の日常化」という事態になった。自民党政権の末期、特に麻生政権時代もそれに近かった。1979年の自民党の「40日抗争」には、いったい何をやっているのかと呆れたものだが、今ではそれを年中やっている。32年前の私がこんな悪夢のような未来図を知ったら、卒倒したに違いない。

今回の政局では、安倍晋三が晒した醜態もひどかった。そして、「海水注入」の件でいつまでも騒ぐのも、不信任案のことしか言わないのも、ともに安倍晋三や自民党の議題設定にまんまと乗ってしまう姿勢だ。マスコミはどうせそういうことしかしないのだが、ネットの市民まで同じでどうする、と言いたい。

そこで本エントリもようやく本論に入り、前回の続きで「電源三法」について書く。ネットで「電源三法」でググってみると、ネット市民の関心があまりに低いのに驚く。私が少し何か書くだけで、いきなりGoogle検索の最初のページに表示されてしまうほど関心が低い。これを書いている現時点で「電源三法」でググると、当ブログの前回のエントリが7件目に表示されるが、前回のエントリは当ブログとしてはむしろ不人気エントリの部類に属する。

先月の統一地方選後半戦の投票日直前に、別のブログで東京電力と東北電力の原発がある青森県東通村やその近隣自治体を指して「シャブ漬け」と書いたところ、当ブログに鍵コメで「被災地の方々を分断するようなことを書くな」とのお叱りをいただいたのだが、それ以前に「電源三法交付金」について世間ではほとんど知られていないらしいことに最近気がついた。そう考えてみると、私自身も地元に補助金がばらまかれることをもちろん知ってはいたけれども、問題意識を持ってブログで取り上げたことはなくて、ただ漠然と「ひどいもんだなあ」と思っていただけだと思い当たった。それで、「電源三法」をテーマとして取り上げなければならないと思い立った次第だ。

そのきっかけの一つは、先週のテレビ朝日「TVタックル」であり、この番組の放送後、「こんな仕組みになってたとは知らなかった」と書かれたブログをよく目にするようになった。マスコミはそれなりに「電源三法」について書いており、たとえば毎日新聞が4月18日に原発を推進した人物として正力松太郎、中曽根康弘、田中角栄の名前を出した記事を掲載した時にも言及があった。朝日新聞の小森敦司記者は「電源三法」の弊害について熱心に記事を発信しているし、今朝(30日)の朝日新聞3面に高橋純子、冨名腰隆両記者が書いた記事にも、原発推進派にして利益誘導政治家である民主党の渡部恒三の述懐を引用しながら「電源三法交付金」の話が出てくる。以下引用する。

 原発立地を促すため、田中内閣は電源三法による交付金制度をつくる。「札束で反原発の住民運動を圧殺しようとしている」との批判に、田中は「電源開発地域に恩恵を与えなければならない」と反論した。

(朝日新聞 2011年5月30日付3面掲載記事 「神話の陰に 福島原発40年」第6回より)


時の通産相は原発推進の元凶ともいえる中曽根康弘。「田中曽根政治」が「電源三法交付金」という「シャブ漬け」のシステムを作ったのだった。

電源三法の仕組みについては、下記リンク先がわかりやすいのでご参照いただきたい。
http://www.nuketext.org/yasui_koufukin.html

電源三法交付金の原資は、電気料金に上乗せされた税金で、それが最終的には原発立地自治体に落ちる形だから、一種の「再分配」といえるかもしれないが、これはなんと歪んだ再分配だろうか。現地に立派なハコモノができるものの、税収がいきなり増えた自治体は放漫財政に陥る。そして、原発のプラントができて年数が経てば税収は減るから財政が苦しくなる。それをどうやって克服するかというと、原発の増設だ。そうすると再び税収は増える。でも何年か経ったらまた税収が減る。原発を増設する。この繰り返しになる。原発を増設せずにはいられなくなるという仕組みがよく「シャブ漬け」にたとえられるわけだ。

この「電源三法交付金」は特別会計であり、当然2009年の政権交代後、「事業仕分け」の対象となった。当時「電源三法交付金」の事業仕分けは、大都市をはじめ原発のない自治体ではほとんど話題にならなかったが、原発立地自治体では大問題であり、マスコミも取り上げている。今でもリンクが残っているのが読売新聞福井版の記事だ。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukui/feature/fukui1267715720334_02/news/20100313-OYT8T00922.htm

これを読むと、民主党の事業仕分けは電源三法交付金に関しては非常に甘いものだったことがわかる。仕分人の枝野幸男は、「自治体の自由な判断で使えるようにというのが、一つの結論」と総括して、「自治体の事情をよく理解いただいた内容であり、ホッとしています」と高浜町長の野瀬豊に言わせている。枝野はまさか1年後に東電原発事故の対応に追われ、自ら「エネルギー政策の転換」を口にすることになろうとは夢にも思わなかったに違いない。

福島に関しては、もともとの新聞記事へのリンクは消えているが、毎日新聞の記事を収録した下記のブログ記事を読むことができる。
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/30421f49c51a545a9e704262504eaa8a

毎日新聞記事を紹介した山崎久隆さんは、

民主党政権になって仕分け対象になるかと思えばとんでもない。仕分けでもいわば聖域化され拡充されていた。

と書くが、それが震災前までの民主党政権の実態だった。鳩山政権もひどかったが、菅政権ではさらに原発傾斜に前のめりになっていた。

この毎日新聞記事には、東京電力の福島第一原発がある双葉町について、

財政破綻(はたん)した北海道夕張市の一歩手前の「早期健全化団体」に県内で唯一指定されており、交付金を借金返済に利用したいと最も望んでいる自治体だ。

と書かれている。このことは、震災後すっかり有名になったからご存知の方も多いだろう。これが「シャブ漬け」の実態だ。

こんなものは、一刻も早く止めなければならない。「電源三法の廃止」を訴える「広島瀬戸内新聞」社主のさとうしゅういちさんは、「電源三法の廃止なくして地域主権なし」と訴える。浜松在住の伊賀篤さんは、菅首相に電源三法の廃止を進言するメールを送った。

こういった声を拡大していかなければならない。そこで、当ブログでは「電源三法廃止キャンペーン」を始めたいと思うのだが、まずキャッチフレーズを募集したい。

『kojitakenの日記』でも告知記事を書いたので、既にいくつか案をいただいている。それらを紹介する。

daimonjiさん考案:
「『電源三法』は、街の破滅、身の破滅」

kidotaka1103197さん(=daimonjiさん?)考案:
「食うな!『電源三法・毒まんじゅう』」

朱の盤さん考案:
『ILL〈いる?〉the 電源三法
 KILL〈切る!〉 the 電源三法』


(前段は《『ILL〈いる?〉the 原発》でもいいかもしれない)

 ※ ill…1.悪, 罪悪 2.害悪 3.病気, 不快 4.不運, 災難


皆さまの案をどしどしお寄せください。お待ちしています。
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菅直人首相がサミットに出かけ、2020年代に日本の電力に占める自然エネルギーの比率を20%台に乗せると国際公約したらしいが、あまりぱっとしない公約だなあとしか思えない。2020年代と言ったって、今から18年後の2029年だって「20年代」なんだし、その頃には菅直人も今のナベツネくらいの老人だ。

予想通り「脱原発」とも「原発推進」ともとれない「鵺(ぬえ)」のようなメッセージを発する菅直人に脱力感を覚えるが、それでも、「自公」や小沢一郎を入れた「自自公」が復活して原発推進路線が維持されるくらいなら菅政権が継続した方がマシだとしか思えないから、なおさら閉塞感が募るのである。同様の感覚を持たれる方は多いのではないだろうか。このところ、「原発政局」も膠着状態になってきて、攻める側の自民党も小沢一派も「手詰まり」の状態だ。

安倍晋三がメルマガで騒ぎ立てた「海水注入問題」は、どうやら経産省の原発推進官僚の入れ知恵だったようだが、昨日(5/26)になって東京電力が「注水中断の事実はなかった」と言い出し、さらにわけがわからなくなった。安倍晋三や谷垣禎一は、2006年に虚偽の情報をもとに国会で質問した「偽メール事件」の責任をとって議員辞職し、その3年後に自ら命を絶った永田寿康や、当時の民主党代表・前原誠司の出処進退を見習ってはどうだろうか。

そんなバカげた政局の話はさておき、現在も東電の事故原発が深刻な状況下にあるというのに、政財界ではいまだに原発推進勢力が主導権を握っているのは情けない限りだ。

最近は、民放テレビで政治を扱ったバラエティ番組でも「電源三法」が取り上げられるようになった。たとえば、今週月曜日(5/23)にテレビ朝日系全国ネットで放送された「TVタックル」がそうだ。この番組は、出演者に右翼や新自由主義者が多いことで悪名が高いが、原発問題に関しては、右翼政治家は自身が原発利権に絡んでいることが多いので、主に右翼よりも新自由主義系の人たちのコメントが目立っている。

23日の放送では、よく「シャブ漬け」にたとえられる「電源三法交付金」の仕組みが解説された。田中角栄首相・中曽根康弘通産相時代の田中角栄首相・中曽根康弘通産相時代の1974年に制定されたこの法律によって、原発を立地した自治体はどこも「麻薬患者」同様になってしまった。六ヶ所村しかり、東通村しかり、御前崎市しかり、福井県しかり。

シャブ漬けを拒否した自治体もある。森喜朗が北陸電力の原発を誘致しようとした能登半島の珠洲(すず)がそうだ。私は、JRがまだ国鉄だった頃に能登半島を旅行したことがある。その時には珠洲駅で下車し、そこからバスで能登半島先端の狼煙(のろし)まで行った。その後、能登線はのと鉄道になったものの、2001年には穴水-輪島間、2005年春に穴水-蛸島間が廃線になったが、後者の廃線直前に当地を再訪し、今度は終点の蛸島まで乗った。その時、金沢から能登半島の先までは驚くほど遠いことを改めて思い知った。そんなところに原発を作ろうとしていた。そして能登は地震の多い土地でもあり、最近では2007年の能登半島地震が記憶に新しい。もし珠洲に原発が建設されていたらどんな事故が起きたかわかったものではない。

東日本大震災(東電原発事故)の直前、朝日新聞が「2003年12月5日をもって凍結(事実上の計画撤回)となった珠洲での原発立地計画が再浮上する可能性がある」と報じたそうだ。珠洲市議を務める北野進さんの2月26日付ブログ記事が伝えている(下記URL)。
http://blog.goo.ne.jp/11kitano22/e/96fbe8830d99b4f29db10f4cbe49ae90

北野さんは書く。

原発計画は民主主義がないところに浮上する。市民が政治に無関心になったりお任せ意識が蔓延するなら、そこに唯一電力会社に攻め込まれる入るスキが生じる。


東電の原発事故が起きた福島第一原発の地元自治体の住民は、今は責められないし、差別等があっては決してならないと思う。しかし、被災地以外の原発立地地域の自治体に住む人々は、交付金に頼ってきた自治体や住民のあり方が問われるし、都会の人間はそうした地域に原発を押し付けてきた責任が問われる。

「電源三法交付金」が始まった1974年には既に、原発の新規立地を受け入れる自治体はほとんどなくなっていた。上記の北陸電力珠洲原発は、北野さんの記事から逆算すると1974年に計画が始まったことになるが、これはまさしく「電源三法」が成立した年だ。つまり、田中角栄と中曽根康弘が作り出した「シャブ漬け」計画を、珠洲の人たちは長い年月をかけて克服したのだ。既に「シャブ漬け」になってしまった自治体も、そこからの脱却が問われることはいうまでもない。

能登半島地震が起きた2007年に、高レベル放射性廃棄物の処分場建設構想が、推進派の現職町長(当時)の町長選落選で頓挫した高知県東洋町も同じだ。こちらも一昨年に訪れたことがあるが、公共交通機関を使って高松から3時間以上かかった。足摺岬エリアと並ぶ、四国の中でももっとも交通の不便な地域だ。そして、この東洋町もご多分に漏れず地震の巣である。ネット検索をかけたら、原子力資料情報館経由で、石橋克彦氏が毎日新聞に寄稿した論文に行き当たった(下記URL)。
http://historical.seismology.jp/ishibashi/opinion/070318hatsugenseki_ishibashi.pdf

「震源断層上に核のごみ捨て場」とは実にひどい話で、このとんでもない計画を蹴った東洋町の人たちに敬意を表する。甲浦(かんのうら)の町を訪れた時に私が感心したのは、見知らぬ旅人に対してフレンドリーなこの町の人たちであって、私は大いに好感を持った。四国は遍路客が多いためにもともと「お接待」の文化があるが、その中でも高知県と愛媛県は、香川県や徳島県と比較して、より人情が厚い印象を私は持っている。中国地方なら岡山や広島よりも鳥取や島根の方が明らかに人々は親切だ。全国で最悪なのは東京だろう。そしてその東京は、福島や新潟に原発を押し付けてきた。

「シャブ漬け」は、そんな人情の厚い地方の人たちを「原発中毒」にしてしまう罪深さがある。そして、東洋町がダメならモンゴルに「核のゴミ」を押し付けよう、などととんでもないことを政府は考えていた。これなど、モンゴルの人々に対する差別以外のなにものでもなく、およそ人間の所業とは思われない。

話を「電源三法」に戻そう。電源三法交付金がいかなる使い方をされてきたか、たとえば福井の例でいうと、こんなブログ記事に行き当たった。
http://d.hatena.ne.jp/katamachi/20110511/p1

電化された小浜線と、ローカル線に似つかわしくないしゃれた駅舎。だが乗客はいっこうに増えない。私は若狭湾にも思い出があって、それは1973年夏に海水浴に訪れた印象だ。帰りに乗った列車は、普段知っている国鉄の東海道線や阪急、阪神などの電車と違ってディーゼル車で、車窓の風景も都会とは全く違った。その車内で、「少年ジャンプ」に連載されていた漫画「はだしのゲン」の、原爆投下の回を読んだのである。1973年は戦後日本の歴史の中でも革新勢力のもっとも強かった頃で、漫画の世界でもその前の時期なら戦記ものが全盛だったし、そのあとの時代には「はだしのゲン」のような漫画は少年漫画雑誌には載らなくなった。70年代後半から、日本の社会は急速に右傾化して行ったのだった。

あの1973年8月から2か月後。第四時中東戦争勃発とともに石油危機が到来し、これを機に田中角栄と中曽根康弘が原発推進に政策の舵を切って「電源三法」を制定したのだった。当時、石油に頼らない再生可能エネルギーの話を、小中学生向けの科学読み物で読んで、子供心に期待したものだったし、当時は小学生に向けた原発推進教育など行われていなかったから、私は子供時代から今に至るまで原発に対して肯定的だったり好意を持ったことなど一度もない。そんな人間は珍しくもないと思っていたから、今回の原発事故が起きた早々にブログで東電を非難した時、まさか猛反発を受けるとは思っていなかった。そこまで日本中に「原発安全神話」が浸透していたとはと驚いたのである。

現在、「電源三法交付金」はずいぶんだぶついているという。新規原発立地の候補がなかなか現れないためだ。だから、自民党から現民主党政権に至るまで続けられた原発推進政策にもかかわらず、日本の電力における原発依存度は、近年むしろ下がっていた。

与謝野馨は、一方で財政難だ、消費税を増税しろなどと言う一方で、特別会計の電源三法交付金が余っていることには頬かむりして、壊れたレコードのように「原発推進政策は正しかった」と暴言を吐き続けている。論外だ。

原発推進を目的としたこの「電源三法」を抜本的に改める動きが、政治の世界で起きなければならないと思うが、日々「電源三法」を検索語にしてネット検索をかけてもなかなか情報に行き当たらない。朝日新聞の小森敦司記者の発信が目立つくらいだ。小沢一郎も何も言わない。「電源三法 小沢一郎」でネット検索をかけると、私がブログに書いた文章や私がつけたソーシャルブックマークがやたらに目立ち、苦笑いさせられる。

だが、政治が本当に「脱原発、再生可能エネルギーへの傾斜」を目指すのであれば、電源三法交付金の見直しは必要不可欠ではないのか。

今こそ、「ストップ・電源三法」を脱原発派の合言葉にすべきだ。われわれは「田中曽根政治」から脱却しなければならない。
原発問題が政局を引き起こしている。

自民党と公明党が不信任案提出をもくろみ、小沢一郎がそれをけしかけているのは周知の通り。また、民主党の樽床伸二と自民党の菅義偉を中心とした「大連立議連」(と私は呼んでいる)には100人以上が参加し、これには「反菅」だけれども民主党なら小沢一郎、自民党なら森喜朗といった長老の支配もよしとしない連中が集まっている。それが証拠に、議連の参加者を当選5回以下に限っている。メンバーの名前は毎日新聞記事で確認できる。河野太郎も加わっているが、自民党の下村博文、民主党では長島昭久、笠浩史、北神圭朗、神風英男、吉良州司などの極右議員がキラ星のごとく並んでいる。特に長島、笠、北神は呼びかけ人に名を連ねているから、これは「大連立右翼議連」といっても良いだろう。しかしなぜか稲田朋美は入っていない。

自公政権や小沢一郎を入れた「自自公」の復活にせよ、「大連立右翼議連」にせよろくでもないが、この両者のうち特にひどいのは前者だろう。読売新聞や産経新聞は前者と結託して、あの手この手の「菅降ろし」の手を繰り出してくる。週末には、海水注入をめぐってあの安倍晋三(笑)がメルマガに書いたという「新事実」をめぐって政局に一悶着を引き起こした。3月12日に東電が原子炉に海水を注入し始めていたのを、再臨界を起きる可能性を示唆した班目春樹の助言を受けた菅直人が止めようとしたという話だが、班目が「言っていない、私に対する侮辱だ」と反論したために、騒ぎが拡大した。結局、菅に質問を受けた班目が「再臨界の可能性はゼロではない」と答えた、と言ったらしいところで話が落ち着いた。

これは、安倍晋三(というより安倍に話を吹き込んだ連中)が取り上げた題材の方が筋の悪いもので、そもそも東電の幹部が海水注入を渋った、というのはこの話にからむ時間帯よりずっと前の段階の話だ。この件を考える時に絶対に忘れてはならないのは、東電の経営陣は「資本の論理」に従って「原子炉の維持」を第一に考えて動いたのに対し、現場は事故の収束を第一に考えて動いたということであって、東電の現場と経営陣は絶対に切り分けて考えなければならない。それは、全く業種は違うけれども私自身の経験と照らし合わせてもはっきり断言できる。

安倍晋三や読売新聞や産経新聞がやりたかったことは、東電の経営陣や原発推進の政策を守ることであって、だから「東電は原子炉の維持を第一に考えて海水の注入を渋った」という定説を覆すとともに、菅政権転覆の決定打としたかったのだ。事故発生直後に「東電幹部は原子炉の維持を第一に考えて海水の注入を渋った」という定説は、今回の安倍・読売・産経の妄動にもかかわらず、他のメディアの検証などによって覆されることはなかったが、それにもかかわらず安倍らの狙いは一部達成された。それは、班目が反論して政府内で内紛が生じ、「菅政権の事故対応はなっていない」という印象を強めることには役立ったからである。

とはいえ、これは不信任案可決に向けての決定打にはならなかった。昨日のTBSテレビ「サンデーモーニング」で、毎日新聞主筆の岸井成格は、「不信任案可決のためには、民主党内の不信任案賛成者が70~80人必要だが、今の情勢だと50人いかない、だから不信任案は出せない」と断言していた。実際、以前小沢一郎が言っていた「サミット前の不信任案可決」はもはや絶望的で、自公は不信任案提出のタイミングを6月1日以降に再設定したらしい。

安倍晋三の妄動の前には参議院議長・西岡武夫による衆院での不信任案可決の督促発言があり、これに対しても岸井は「不信任案は衆院の専権事項で、参院議長が口出しする権限はない」、「三権の長が他の三権の長の首を切る発言をするのはおかしい」と正論を吐いていた。西岡は菅直人退陣論を読売新聞に寄稿し、読売は翌日の社説でこれを支持して菅退陣を求める社説を掲載した。これに対し、朝日新聞はさらにその翌日の社説で西岡の発言と不信任案提出の動きを批判した。

このように、現在、「朝日・毎日」対「読売・産経」の対立の構図になっているが、これはそのまま「脱原発」陣営対「原発推進」陣営の対立構図でもある。つまり、脱原発派であれば、自公や自自公政権が復活するくらいなら、現在の菅政権継続の方が「よりまし」という判断をせざるを得ないのだ。

それを示すもう一つの例が、同じ「サンデーモーニング」における寺島実郎と金子勝の議論であり、岸井成格の西岡武夫批判の発言を引き取った原発推進派の寺島が菅政権の退陣を求める発言を行ったのに対し、脱原発派の金子勝は「今のまま自公が政権に戻ったら、電力改革も何もできず元に戻ってしまう。自公が不信任案を出すというなら、自公がこれまでの原発推進政策の責任を認めて謝罪した上で、菅政権より良い改革案を示してほしい。それができるなら自公の主張に説得される」と言っていたが、これが番組の中でももっとも説得力のある言葉だった。

これに付け加えると、金子勝の自公批判は、2007年に民主党のエネルギー政策をそれまでの「慎重に推進」から「積極的に推進」に切り替えた小沢一郎に対しても当てはまる。小沢が実質的な「自自公連立政権の復活」を目指していることを否定することは、さしもの小沢信者にももはや不可能と思われるが、小沢もまた自公同様、電力業界の再編成を含むエネルギー政策の転換案など何も示していない。小沢の盟友・鳩山由紀夫は、ブレーンの寺島実郎と同じ「エネルギーのベストミックス」、つまり原発推進論者である。読者の皆さまには、「ベストミックス」という言葉を聞いたら、「原発推進」という意味だと認識していただきたい。

ところで、このように「自自公」は論外なのだけれど、一部の新自由主義者からの原発批判には一定の説得力がある。竹中平蔵のブレーンだった高橋洋一や、その高橋と親しいことで知られる東京新聞論説副主幹の長谷川幸洋らによる「原発利権」の批判である。一方、他の経済政策に関しては見るべきところのある「大きな政府」派の亀井静香は、鳩山由紀夫、安倍晋三、森喜朗らとともに、平沼赳夫が主宰する「地下原発推進議連」に参加するなど、こと原発政策に関しては全く評価できない。

これには、原発とはどういうものかということと密接に関連している。原発とは、原子力推進という国策に沿って、本来自由競争であればコストが高くついてどうしようもない原子力発電に対して巨額の政府支出を行って、民間部門にとってのコストメリットを生じさせた上で「国策民営」として9つの地域独占電力会社に運営させるというものだから、自由競争下では成り立たず、「国家独占資本主義」体制下でこそ成立するものなのだ。もちろん共産主義国家でも成立するわけで、だからこそソ連は原発を推進し、チェルノブイリ原発事故を引き起こした。

だから、いわゆる「新自由主義者」が本当に「市場原理主義者」であるなら、高橋洋一らのように原発批判派になって当たり前なのだ。ところが、「原子力立国政策」を打ち立てた小泉純一郎や、今回「菅降ろし」の妄動に走った安倍晋三らは、総理大臣在任中にあれほど新自由主義政策を推進しながら、原発だけは利権を解体するどころか利権をより強化した。

つまり、新自由主義と市場原理主義は同義ではない。デヴィット・ハーヴェイが言うように、「格差を固定し、富裕層をより富ませるためのプロジェクト」として新自由主義を定義すべきだ。そしてそれに当てはまる勢力が小泉、安倍や読売新聞・産経新聞などだということだ。彼らこそ、われら人民にとって最大の「敵」だといえるだろう。
毎度毎度東電原発事故に関する同じような記事を書くのは、このところ私の関心がこの一点に絞られているからで、再分配の問題になかなか時間が割けないのもそのせいだ。

で、今回は少しは他のことを書こうと思ったのだが、やはり原発のことを書く。どうしても、その時に一番書きたいことを書いてしまうが、個人ブログだからしょうがない。

今回は最初に、原発をめぐる議論において、私がもっとも強く違和感を持っていることを書いておこう。

それは、脱原発・反原発側の人でも、自分たちの力で脱原発・反原発の社会を作っていこうという気概が感じられない場合が多いことだ。たとえば政権の浜岡原発停止要請の件にしても、原発推進派である仙谷由人らには、浜岡原発以外の原発を稼働を確保するためという狙いがあるという件がある。これは仙谷自身が認めている話だし、同様のことを考えている政治家は他にも大勢いるだろうが、それを騒ぎ立てるだけでよしとする人がいる。この感性が私にはわからない。

そんなのは、止めた原発を再稼働させなければ良いだけではないか。地方選挙で、原発推進派を落選させ、原発慎重派や脱原発派を当選させれば良いのだ。また、現在の静岡県知事・川勝平太のように、菅直人とも相通じるような「鵺(ぬえ)」的な体質を感じさせる人物が首長を務めている場合、原発の再稼働を許さないような世論を醸成させていけば良い。要するに、私たち自身の手で「原発のない未来」を切り開く、という意志からすべては始まるはずだ。

一番いけないのは、腕力のありそうな誰かさんにすがる行き方であって、過去から現在に至るまで一度も「脱原発」側に立ったことのない小沢一郎を「生き仏」として崇め奉る小沢信者は、その典型といえるだろう。

最近私が痛感するのは、一昨年の「政権交代」をピークに民主党への支持が膨れ上がった弊害であって、あれでかつては旧社会党や新左翼などを支持していた人たちが民主党支持に回ってしまい、民主党の政治が自民党と大差ないことが明らかになってからも、与党内野党的な態度をとる小沢一郎に固着するという形をとり、結局かつての革新勢力が大幅に退潮してしまった。

特にもっとも退潮の著しいのは社民党であって、昨日(19日)の朝日新聞には、先の統一地方選で「反原発」を熱心に訴えた社民党の現職県議が、前回の選挙と比べて得票を千票以上も減らして落選したことが報じられていた(asahi.comには出ていないようだが、『kojitakenの日記』で紹介した)。また、社民党以外でも、東京で反原発を訴えた革新系無所属の現職候補が落選した例があった。

前回の統一地方選が行われたのは4年前の2007年で、今でも覚えているが、この当時の総理大臣は安倍晋三で、まだ「消えた年金」問題が露見したり、当時の農水相・松岡利勝が自殺する前で、安倍内閣の支持率はかなり高く、その3か月後に自民党が参議院選挙で大敗するとは思いもよらなかった頃だ。この頃には当ブログは既に開設していて、当時は毎日このブログに記事を書いていたが、日本はどうしようもなく右翼化したものだなあと日々思っていた。しかし、その当時と比較しても、現在はさらに右翼化の度合いを強めている。

なんだかんだ言って一番たちが悪いのは「小沢一郎神話」であって、小沢信者はもちろん論外だが、そうでなくても「小沢さんならなんとかしてくれる」と安易に考える人間が多過ぎる。「左」側でそれを誘導しているのが、現在「反原発」に熱心であるらしい岩上安身だと指摘する人がいて、なるほどと思うが、岩上安身批判は別途行うこととして、今日はこれ以上は書かない。

小沢信者が「小沢さんは『脱原発』だ」と主張する根拠は、しばらく前に小沢が「ニコニコ動画」で原発を再生可能エネルギーが中心となるまでの「過渡的エネルギー」と位置づけたことと、岩手県には原発がないという二点に過ぎないが、前者は小沢一郎自身が民主党に合流して、民主党の原発政策を「積極推進」に変える前の民主党の政策に立ち戻っただけに過ぎないし、後者に至っては、原発とは地元に誘致するものではないという単純な事実をわざと無視するトンデモ論だ。岩手県には確かに東北電力の原発がないが、それは単に原発を宮城県や青森県に押し付けているだけの話である。

中国電力が建設を強行したい上関原発にしても、故岸信介・安倍晋三らの地元である下関からはるか離れた山口県南東部に位置する(下関は長門国に属するが、上関は周防国に属し、長州には含まれない)。上関町の原発推進派は、「海がきれいだと都会のもんは言うが、それでは腹は膨らまない」と朝日新聞の経済記者・小森敦司に語ったという(5月20日付朝日新聞14面掲載記事=東京本社発行最終版=より)。小森記者は「毒まんじゅう」と書き、私は「シャブ漬け」と呼んでいるが、中身は同じであり、小沢一郎の師・田中角栄が始めた「電源三法」による交付金を指す。

現実に小沢がやっていることは、原発に関する自らのスタンスを隠す一方で、明らかな原発推進勢力である自公と連携して倒閣を目指していることであって、これには民主党内の中間派からも「自自公連立と同じだ」と批判を浴びているらしいが、どう考えても「脱原発」にプラスになる行動ではない。小沢一郎が連携する相手は、間違っても河野太郎なんかじゃないだろう。北陸電力(志賀原発)の匂いがする「鮫脳」のおっさんあたりではないのか。一つだけ間違いないのは、小沢が主導する倒閣が万一実現したら、東電原発事故の処理を含む原子力行政はさらに決定的に悪化することだ。

ところで、今朝(20日)の朝日新聞に、またまた加納時男のインタビューが出ているのだが、早朝に当ブログにいただいたholenailthawさんからコメントをいただいているので、以下引用する。

5月20日付け朝日新聞「耕論 原子力村」に他2氏とともに加納時男元参院議員・現東電顧問のインタヴューが載りました。
彼の見出しは「『使い走り』とは失礼千万」。
内容は言わずもがなですがちょっと抜粋すると「あくまで経済界全体の代表として出馬したのであり…日立社長、三菱重工社長も…駆けつけてくれた。経済界を挙げての『草の根選挙』だった」それ原発製造メーカーじゃないですかw
「『原子力村』という言葉自体自体差別的」「原子力産業はさまざまな分野の知見を結集しなければ成り立たない」そりゃそうでしょう。でも懐疑派は入れないのだからやっぱり「閉鎖的」と言われて当然。
「反原発を主張する研究者は出世できないそうだが、業績を上げれば昇進できるはず」「反対派では高木仁三郎さん以外尊敬できる人に会ったことがない」「そもそも『反原発』という学問体系などあるのか」もう言葉もありません。

(holenailthawさんのコメントより)


もっともなご指摘だが、私は、加納時男のような凡庸な人物がマスコミにしゃしゃり出てくれることは、原発推進派に対する国民の反感を煽る効果があるので、歓迎しているくらいだ(笑)。

今回の記事では、「原子力村」の住民でありながら、3月末に「福島第一原発事故についての緊急提言」を出した16人のメンバーである田中俊一のインタビューが加納のインタビューのすぐ下に乗っているので、ますます加納の主張の滑稽さが際立っている。

田中は縦割り行政の弊害などについて語ったあと、東電が軽水炉の安全性を軽視していたことを指摘している。以下朝日新聞記事から引用する。

 私の見るところ、東京電力は、軽水炉はもはや完成された技術で、安全研究など余計な研究開発をする必要はないという態度だったように思える。最大の電力会社が技術に対する謙虚さを失ってしまったことが、最悪の結果を招いた。

(2011年5月20日付朝日新聞掲載 田中俊一インタビューより)


私は繰り返し、営利企業に原発のプラントを運転させていることが今回の大事故につながったと主張している。東電の温存など、決してあってはならないことだ。

田中俊一は他に、40年以上前に決まった高速増殖炉による核燃料サイクルは、世界の潮流から完全に外れているのに、原子力村は今もそれにしがみついていて、原子力委員会で異論を出したら激しい反論を浴びた、まさに村社会だと言っており、「『ムラだ、ムラだ』とおちょくるのは、いかがなものか」という加納時男の能天気な発言に対する直接の反論になっている。

しかし田中は、日本では原子力への異論が「すぐに原発を全廃」という極端な意見になりがちで、そのために原子力関係者が失敗を認めにくい状況になっているとも主張している。日曜日のテレビ番組で民主党の玄葉光一郎や自民党の石破茂も同じようなことを言っていたのだが、これは言いがかりと言って悪ければ原子力屋による責任転嫁の発言であって、いただけない。

田中は「完全無欠な技術はない」というのだが、原発はそれどころか全く未完成の技術だ。というのは放射性廃棄物の問題があるからだ。既に半世紀以上前、星新一がショートショート「おーい、でてこーい」で寓話化した通りである。現在も、原発依存度が5割に達する関西電力をはじめとして多くの原発プラントが稼働しているが、要するに未来の世界の空高く開いている穴に高レベル放射性物質のゴミを投げ込み続けているようなものだ。

その他にも、原発には「被曝労働」という大きな問題もある。田中俊一のほか、現在大人気の武田邦彦らも依拠している「安全な原発推進論」もまた、強く批判されるべきだ。

繰り返すが、私たち自身が「原発のない未来」を切り開いていかなければならない。
東日本大震災で、大地震の同日に発生した東京電力原発事故に対して、原発推進勢力の動きは早かった。

テレビで御用学者に「安心」を連呼させる傍ら、3月末のテレビ朝日「朝まで生テレビ」では、司会の田原総一朗が、「原発推進政策を継続するのは当然」という前提を予め設定した上で討論を仕切るという最悪の態度をとり、それにつられたかのように、中部電力のテレビコマーシャルで原発を宣伝していた勝間和代が、

  • 放射性物質が実際よりかなり怖いと思われていることに問題があるのではないか
  • 放射線がちょっと増えただけだけなので問題はないのではないか
  • プルトニウムは、特に大きな危険はないはずだ
  • チェルノブイリの事故で小児甲状腺ガンは顕著に10倍ぐらい増えたが、それ以外の病気はクリアに見えてこない

などと、原発推進側の意見、というより暴言を撒き散らした。

同じ頃、森永卓郎

原発のスイッチを入れよ。もし小沢一郎氏が「原発のスイッチを入れる」と宣言するなら、私は彼を全面的に支持する。

と右翼雑誌(『SAPIO』4月20日号)に書いた。

だが、彼らは今回の東電原発事故を甘く見過ぎていた。おそらく彼らは、もっと早期に原発事故が収束すると考えていたに違いない。だが、メルトダウン(炉心溶融)を起こした原発の状態は、彼らが想像していたであろうような生易しいものではなかった。

前回の記事に書いたように、3月13日の新聞は、一斉に「炉心溶融」(メルトダウン)が起きたと見られると書き立てた。つまり、その時点では「メルトダウンが起きた」という解釈が当たり前だった。だが、原子力安全・保安院や東京電力が「メルトダウンとは認識していない」と繰り返し、「嘘も100回繰り返せば本当になる」を実践しているうちに、脱原発・反原発の側の人間までもが「もしメルトダウンが起きたら」などと言い出すようになった。私は、「メルトダウンならとっくに起きてると見られてるんですけど。3月13日付の産経新聞でさえそう書いてましたよ」と指摘したのだが、信用してもらえなかったようだ。

昨日(15日)になって、ようやく東京電力が発表した事故の解析結果によると、炉心溶融は津波到来の5時間半後に始まり、翌日早朝には炉心が完全にメルトダウンしていた。つまり、3月12日に悲観論者(多くは反原発ないし脱原発論者)が想定していたよりもさらにずっと早く、事態が深刻化していたことになる。

どう東電を弁護する言い方をしたところで、東電は考えられるシナリオのうちもっとも楽観的な見通しをこれまで語ってきたことになるし、おそらくは意図的に自社に不都合な情報をこれまで公表してこなかったものだろう。もし本当のことを発表していたなら、3月14日朝の段階で、玄葉光一郎が「このまま事故が収束すれば日本の原発技術の優秀さが認められることになる」といったような楽観的な見通しを口にすることなどできなかったはずだし、この時点で反原発、反東電の世論が沸騰していたはずだ。

私は12日の時点から東電非難のボルテージを上げたが、当初そのことによって相当激しく批判されたものだった。だが、やはり事故発生当初から東電を非難したことは正しかったと自信を深めるばかりだ。私は原発の技術自体には無知だが、プラントを運転する営利企業の体質に関してある種の見解を持っていて、それは企業とは「資本の論理」によって動く、というものだが、超危険な原発にさえそれが当てはまることがわかって、ぞっとする思いである。やはり、地震国日本で原発の運転を続けるのは無理だ。

たとえば浜岡原発の停止は当然だし、同原発は運転を再開せず廃炉に持っていかなければならないと思う。他にも新規の原発建設は認めるべきではない。岡田克也は建設中の原発の建設を続行すべきだと語ったというが、これは問題だ。

浜岡原発停止の是非を問うマスコミの世論調査がようやく発表されたが、原発停止を「評価する」意見が6~7割を占めた。『kojitakenの日記』に、毎日新聞、共同通信、読売新聞、日本テレビの調査結果をまとめたが、今朝の朝日新聞にも世論調査の記事が出ていた。

この朝日の調査が前マスコミの調査の中でももっとも問題含みのしろものであり、朝日は原発推進勢力から金でももらっているのではないかと勘ぐりたくなるが、今は時間がないので、今夜にでも『kojitakenの日記』で別途ゆっくり朝日新聞を批判させてもらう。「鵺」(ぬえ)とは、朝日新聞を指すためにあるような言葉だ。

朝日以外の調査でもっとも注目されるのが、事故直後の調査と比較して「脱原発」派が大幅に増えたことだ。特に、ふざけた見出しのついた読売新聞の調査でその傾向がもっとも顕著だ。読売のサイトの記事本文は読むに値しないものだが、右の方に表示されている表をクリックして拡大し、数字を眺めてみることを読者の皆さまにはおすすめする。いかに原発推進派や「原発維持」を求める意見が激減しているかが一目瞭然だ。

マスコミの調査を総合すると、現状は「脱原発・反原発」派対「原発推進・原発維持」派の比率は、3対2ないし2対1で前者が多い。日本テレビの調査になると、これが7対3くらいになる。大雑把に言って、日本国民の6割ないし7割は「脱原発・反原発」論者と言って良い。

東電原発事故が収束すれば、「人の噂も七十五日」の諺に従って原発推進論者が増えるのだろうが、事故が収束する見通しが全く立っていない以上、そうはなりようがない。

ここでもっとも問題なのは、これまで自民党政権、特に中曽根康弘や田中角栄、それにマスコミでは読売新聞や産経新聞が原発を積極的に推進してきた事実に目を向けない能天気な国民が多いことだ。

昨日のテレビ朝日の極右番組で、右翼の黒鉄ヒロシが、「原発推進の是非を争点にして解散総選挙を行え」と言っていたが、現在のように自民党が犯してきた原発推進犯罪に対する国民の評価が甘い時点でこれを行っても、自公政権が復活し、原発推進路線に逆戻りするだけだ。

たとえば自民党には河野太郎のような「脱原発」論者がいるが、原発を争点にして解散総選挙を行うというのなら、その前に自民党の原発推進論者は党を割って出て行かなければならないし、朝日新聞同様「鵺」のような民主党が本当に「脱原発」路線に舵を切るなら、旧民社や電力総連出身議員や右翼議員などを党から追い出し、選挙ではかつて「郵政総選挙」で小泉純一郎がやったような「刺客」を送り込むくらいでなければならない。現状、国民が自民党に甘いのは、「民主党だって結局は自民党と同じ」だと考えているからであって、それなら社民党や共産党に投票すれば良さそうなものだが、「政治改革」を是とする長年の刷り込みによって、「社共は論外の少数政党」という空気がすっかり日本に定着してしまった。

冗談じゃない。原発を争点にして解散総選挙を行うなら、その前に原発政策を軸とする政界再編が行われなければ理屈が合わない。そして、国民世論はこの声を盛り上げていかなければならない。

一見もっともらしいことを言いながら、実は原発推進路線の維持へと国民を導こうとする「電波芸者」どもに騙されてはならない。
東日本大震災から2か月が経過したが、震災当日に起きた東京電力の原発事故が未だに収束しないどころか、昨日になって同電力の福島第一原発1号機でメルトダウンが起きていたことを東京電力が認め、収束がさらに遅れる見通しになった。

今朝(5月13日)の朝日新聞に、事故発生直後の東京電力の内部資料が報じられているが、それを見ながら私は、ああ、当日に「2ちゃんねらー」たちが追いかけていた通りだったなあと思った。あの3月12日の土曜日、政府や保安院、東電などが何も言わないものだから、苛立った私はずっとテレビをつけっ放しにして「2ちゃんねる」にかじりついていたのだ。

「2ちゃんねる」はベントの件についてもずっと追いかけていた。ベントがなかなか進まないのは放射線量が高過ぎるからだと「2ちゃんねらー」たちは書いていたが、その通りだった。朝日新聞は、

国会では野党がベントの実施の遅れが事故悪化を招いたと批判したが、内部資料には高い放射線量下でその作業がはかどらなかった様子が見て取れる。

と書いている。

朝日には、ベント作業の際、作業員が被曝したことも書かれている。

3月12日10時57分、1F-1【号機】(引用者註=福島第一原発1号機)のベント操作で作業員が100ミリ(引用者註=100ミリシーベルト)超え

との東電内部資料が示されているのだが、この情報も3月12日当日に2ちゃんねるで流れていた。ワープロ打ちした文書をスキャナで読み取ったと見られる官邸の資料がpdfファイルでインターネットに公開されており、それにリンクが張られていたのだ。2ちゃんねらーにも慌て者がいて、「ミリシーベルト」と「シーベルト」を取り違えて、「致死量の数十倍の放射線を浴びた」と大騒ぎしていたことは、当ブログか『kojitakenの日記』に以前書いたと思う。作業員の被曝量は106ミリシーベルトだった。その後、被曝量の上限が250ミリシーベルトに引き上げられたことは周知の通りだ。

事故の対応に当たった作業員の被曝にしても、事故の起きた原発の近くにお住まいの方々についても当てはまることだが、生身の人間が被曝していることを考慮していない意見があまりに多過ぎる。「事故処理、オレなら手がある」と称して、「決死隊の突撃」を口にしたという某政党の元代表もその一人だ。決死の作業なら、事故直後からずっと続けられてきたのである。元代表はそんなことも知らないのだろうか。

福島第一原発1号機の圧力容器内に水がたまっておらず、炉心溶融(メルトダウン)が起きていたことを東電がようやく認めた件についても、3月12日に2ちゃんねるで活発に議論されていたことはもちろん、翌3月13日の新聞紙面に、毎日新聞から産経新聞に至るまですべての新聞で「炉心溶融」という見出しが躍っていたにもかかわらず、またその後にも田中俊一やら石川迪夫やらの御用学者たちが「燃料は全部溶けている」と繰り返し発言していたにもかかわらず、東京電力は昨日になるまでメルトダウンを認めなかった。これは、1号機の圧力容器の水位計が示す計測値が事故直後からずっと変わっていなかったためだというが、もちろん水位計が壊れていたためであり、東京電力は壊れた計器の値にすがって虚構の「収束計画」を立てていたことになる。

経産省の原子力安全・保安院は、燃料棒内部にある焼結された燃料が溶けて崩れることを「燃料ペレットの溶融」、解けた燃料棒が原子炉下部に落ちることを「メルトダウン」と、わざわざ別に定義したが、メルトダウンの定義の件も3月12日に2ちゃんねるで議論されていた。保安院の言う「燃料ペレットの溶融」も炉心の溶融なのからメルトダウンだとして、「広義のメルトダウンなら既に起きている」と指摘した2ちゃんねらーに対し、原発安全厨の2ちゃんねらーが「(狭義の)メルトダウンはまだ起きていない」と、噛み合わない反論をしていたのだった。

今朝の朝日新聞は、

専門家によると、実際にはこうした過程(引用者註=「燃料ペレットの溶融」及び「メルトダウン」)は短時間で進み、区別が難しい。

と書いている。つまり、狭義のメルトダウンも3月12日には既に起きていたと見られるし、そもそも「燃料ペレットの溶融」と「(狭義の)メルトダウン」をわざわざ区別すること自体ナンセンスということだ。

なーんだ、結局事故発生当初に「2ちゃんねらー」たちが言っていた通りだったじゃないか、というのが朝日新聞記事を読んでの私の感想である。「2ちゃんねらー」たちが活発に議論していた間、日本テレビ系の福島中央テレビが1号機が爆発した映像を流し、イギリスのBBCは「日本の原発が大爆発」とインターネットで全世界に発信していたのに、東京電力から官邸には何の報告もなく、この爆発が水素爆発と見られるとの推定を枝野官房長官が発表したのは、爆発から5時間も経ってからのことだった。

このように、事故発生直後から醜態を晒し続けてきた東京電力だが、その後も壊れた水位計の計測値にすがって「メルトダウン」を否定し、虚構の事故収束計画を立てていたのだ。それは根底から覆った。東電の罪深さは想像を絶している。

ところで、今回の東京電力原発事故に伴う損害賠償枠組みの決定を、政府は13日に先送りした。この政府案については、「脱原発」側の毎日新聞が「東電の責任追及が不十分だ」、「原発を抱えた民間会社としての東電存続を前提にすることで、全国10電力体制のあり方や原発政策の見直しには触れずに済む仕掛けにもなっている」と批判する一方、原発推進勢力の本家本元の一つである読売新聞は、「問題は、国の負担が極めて限られている点だ。(国は)全面に立ち、さらなる負担に応じるべきではないか」、「賠償法には、『巨大な天災地変』が原因とされれば、国が全面的に負担するとの規定もある」などと、毎日新聞とは正反対のベクトルからやはり政府を批判している。

昨日(12日)開かれた民主党の原発事故影響対策プロジェクトチームの会合で出た政府案への批判は、主に原発推進論に立つ議員から、読売新聞社説と同主旨の批判が続出したものらしい。昨日のテレビのニュースでは実名は聞かなかったが、朝日新聞には実名が出ていて、電力総連などの支援を受ける旧民社党系議員から異論が噴出して会議が一時中断したとして、電力総連(関西電力労組)出身の藤原正司参院議員の、

枠組みは国が後ろに下がりすぎだ。国の負担をもっと明確にするべきだ。

という発言を紹介している。また、毎日新聞と同様の、

東電に甘い枠組みで、これでは国民の理解を得られない。

という意見も出たと報じている。結局、午後8時すぎに荒井聰座長に一任して枠組みは事実上容認されたが、「旧民社の害毒」がまた一つあらわになった。

民主党では、旧民社だけではなく右翼の吉良州司も読売的な立場から政府案を批判したし、同じく右翼の西岡武夫が浜岡原発停止を批判するなど、どちらかというと原発推進勢力側からの首相批判が目立つ。私は、毎日新聞が書くように、「原発を抱えた民間会社としての東電存続を前提にすることで全国10電力体制のあり方や原発政策の見直しには触れずに済む仕掛け」などもってのほかだと思うので、その立場から菅政権を批判するが、自公はいうまでもなく、民主党でも旧民社や右翼議員の多い小鳩派主導の内閣になった場合にも、読売新聞的な方向性に則った政策に再転換されることは火を見るより明らかだから、現時点では菅政権の継続を容認するしかないと考えている。
まさか連休谷間の金曜日夜に、あんな発表があるとは思わなかった。

菅直人首相が中部電力に発した浜岡原発停止の要請である。私はその時出かけていて、携帯に入った当ブログへのコメントを読んで知った。

西日本では浜岡原発が話題になることなどあまりなかっただろうが、東京では違った。私が務める職場でも、浜岡原発の話題は頻繁に出ていた。現政権(民主党主流派)を支持する人は、「あんなのを運転するなんて何を考えてるんだ。とんでもない」と中部電力を批判していた。原発事故がなかなか収束せず長引くにつれ、当初の「放射性物質の大気中の飛散量は大したことない」等の楽観論は次第に影を潜めてきていて、「反原発」ないしは「嫌原発」の空気が首都を覆ってきていた。もし東京都知事選が数か月遅く行われていたら、「私は原発推進論者だ」などと福島で放言した石原慎太郎は袋叩きに遭ったのではないか。まだ、人々が内部被曝の脅威などを知らされておらず、CTスキャンでの被曝量と比較する「専門家」の粗雑な解説がまかり通っていた頃だったから、石原は福島であんな暴言を吐くことができた。どこまでも悪運の強い男である。

なぜ東京で浜岡原発の話題が沸騰していたかというと、いうまでも静岡県御前崎市にある浜岡原発から近く、もし東京電力の福島第一原発と同様の原発事故が起きた場合、西から東に吹く風によって、中部電力の本社がある名古屋以上に東京や神奈川など首都圏への影響が大きいからだ。反面、東京の人間は福井その他の原発のことはたいして気にしていない。人間とは身勝手なものなのだ。

だから、というと語弊があるが、菅首相は今後30年間に起きる確率が高いと予想されている東海地震の対策を根拠に、浜岡原発の停止を中部電力に要請した。この要請が出されるなり、テレビでネットで議論が沸騰したことはいうまでもない。

浜岡原発の停止要請に対する、各政党の政治家の反応が昨日(7日)の朝日新聞に出ていた。昨日付の『kojitakenの日記』で一部を紹介したが、与党やもともと「反原発」ないし「脱原発」の社共はもちろん、これまで原発を推進してきた自民・公明両党からも原発停止自体を表立って批判する声は出ていない。自民党でも原発利権と関係ない議員たちほど容認し、原発利権と関係していたり、石破茂のように娘が東京電力に入社した等の事情のある政治家は批判している。思想信条の左右はあまり関係なく、原発銀座・福井選出の極右議員・稲田朋美は浜岡原発停止を容認するコメントをした。無所属で、浜岡原発のある静岡県(浜松)のやはり極右議員である城内実も、少し前から「脱原発」を打ち出しており、浜松財界のドンともいえるスズキ会長の鈴木修も浜岡原発停止を支持する発言をした。

自公の批判としては、「唐突だ」とか「なぜ浜岡原発だけなのか」などの論法しか使えないのが現状だ。後者は、「脱原発」、「反原発」側をさらに勢いづけるから、自公などの推進派にとって使いにくい。

菅直人一派と激しい権力抗争を展開している小沢・鳩山派でも、鳩山由紀夫のほか小沢グループの武闘派代表とも言える森ゆうこが菅首相の判断を評価するコメントを出した。ただ、小沢一郎は今に至るもこの件に関して発言した形跡が見当たらない。東北で大地震が起きた直後にも小沢一郎は雲隠れしていたが、肝心な時になると姿をくらましたり沈黙したりするのが小沢一郎という政治家の特徴だ。いざという時には何の役にも立たない男なのではなかろうか。

小沢一郎の思惑とはおそらく異なり、普段小沢一郎に近い文化人、たとえば江川紹子も今回の菅首相の判断を支持している。また、これまで「小沢左派」系と見られてきた池田香代子は、5月1日にTwitterで、

一部に今こそ小沢との待望論がありますが、小沢一郎さんは原発容認のようです。おすすめはトリウム溶融塩原子炉というものだそうです。どうする? 脱原発にして親小沢のみなさんは?http://p.tl/Ygs5

と書いて、原発推進と思われる小沢一郎の姿勢に疑問を呈した。池田氏があげたリンク先は旧自由党・平野貞夫のコラムであり、それによると「トリウム溶融塩原子炉」が小沢一郎のおすすめなのだそうだ。この技術については、河野太郎も推進派だとの情報も聞いているが、確認はできていない。

昨日(8日)のTBSテレビ「サンデーモーニング」では、政権交代前後には「グリーンニューディール」推進派として知られ、飯田哲也やNHK取材班との共著もある寺島実郎が菅首相を批判する一方、社論を「脱原発」に転換した毎日新聞主筆の岸井成格が今回の原発停止を支持するなど、一見すると従来と立場が入れ替わったかの観を呈しているが、事実は寺島の姿勢が一貫しており、岸井成格が論調を転換したものだ。つまり、寺島は元々自然エネルギー(再生可能エネルギー)とともに原発も推進する立場だった。寺島は鳩山由紀夫のブレーンとして知られる人物で、鳩山由紀夫もこの政策に関しては立場が一貫している。だから今回も観首相の判断自体は支持しながら、併せて「安全な原発推進論」をコメントに付け加えることを忘れてはいない。それはそれで、原発推進派なりに首尾一貫した姿勢だといえる。一方、小沢一郎は「鵺(ぬえ)」そのものだ。

もちろん、今回の菅首相による浜岡原発停止要請を、今後の「脱原発」にいかにつなげていくかが大事なのであり、与野党や与党内での権力抗争など二の次三の次なのだが、それにもかかわらずなぜ延々と書いたかというと、民主党の小鳩派に「脱原発」の夢を託そうなどという一部の人たちの非現実的な妄想は、「脱原発」を実現するために百害あって一利なしと言いたいからだ。

菅首相は昨日(8日)、浜岡原発以外の原発停止を求める考えがないことを明言した。強硬な原発推進派と見られる仙谷由人はさらに踏み込んで、原発政策を堅持すると言った。今朝の朝日新聞1面に堀口元記者が書いた解説記事を読むと、

首相は浜岡原発の停止要請を東海地震との関連で「特別なケース」(菅首相)と位置づけ、エネルギー政策の見直しそのものとは切り離した形だ。政権は、稼働中の原発は安全性の確保を条件に運転を認めつつ、新規の増設は抑制するという方針で臨む考えだ。

と書かれている。概ねその通りだろうと思うし、これが現在の政権にできることの限界だろう。

今回の原発事故で、一躍環境エネルギー政策研究所の飯田哲也が注目を浴びているが、当ブログでは3年前からしばしば飯田氏の論考を取り上げてきた。今後、原発を増設しなければ原子炉が次々と耐用年数に達して原子力発電の依存度はどんどん下がってくるとは、以前からの飯田氏の指摘で、特に耳新しい話ではない。その飯田氏は、「戦略的エネルギーシフト」を提唱しているが、下記pdf資料の12ページに、廃炉に伴う日本の原発の設備容量のグラフが出ている。
http://isep.or.jp/images/press/ISEP_Strategy110404.pdf

赤線が、震災後に福島第一、第二、女川、東通、浜岡をすべて廃炉にした場合の「40年廃炉」に伴う設備容量の変遷だ。飯田氏は廃炉をさらに前倒ししたいとしているが、仮にそうせずとも、新規の原発を増設しないだけでもゆるやかな「脱原発」は進む。原発推進派にとっては、「原発の新設」が新たな目標になるのだが、そのハードルは極めて高いのが現状だ。

だから、自民党や極右の政治家でも、若い人ほど原発推進には消極的になる。先に挙げた稲田朋美や城内実のほか、大阪府知事の橋下徹が特に「脱原発」に熱心で、今回の菅首相の判断を「英断だ」と絶賛したこともその表れだ。民主党政権でも、先の短い仙谷由人は原発推進に熱心だが、若い枝野幸男は消極的だ。一方、「老害」の代表格といえる石原慎太郎、与謝野馨、平沼赳夫らは、特に強硬な原発推進派である。

積極的にであれ消極的にであれ、今後は「脱原発」に舵を切らざるを得ない。政治家の世代交代が進めばなおさらだ。今こそ、さらば原発と言おう。
連休後半の朝日新聞はウィキリークス情報で紙面を埋めている。震災前には「ミニ日経」に堕して、震災発生後は東京電力原発事故の報道で毎日新聞に大きく遅れを取るなど、さっぱり冴えなかった朝日新聞が、他人のふんどしで相撲を取ろうとしているようにしか私には見えない。

むしろ、朝日の報道で目を引いたのは、5日付の4面に掲載された自民党の原発推進勢力の妄言だ。

政界の原発推進勢力では、私は政権政党・民主党に巣食う電力総連や電機連合出身議員の批判を書いてきた。特に、関西電力労組出身の民主党参院議員で、昨年の民主党代表選で小沢一郎に投票した藤原正司がブログに書いた寝言(下記URL)はひどかった。
http://m-fujiwara.com/seiji/post-241.html

そこで、4月21日付の『kojitakenの日記』で、藤原正司をこっぴどく叩いた(下記URL)。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20110421/1303392406

だが、戦後日本の政治で、原発を積極的に推進してきたのは、なんといっても自民党である。その自民党が本気を出せば、藤原正司程度の「トンデモ」なんてかわいいものだ。それを痛感させてくれたのが、自民党内の経済産業部会、電源立地及び原子力等調査会、石油等資源・エネルギー調査会の3つを合体させて「エネルギー政策合同会議」が発足したことを伝える5日付の朝日新聞記事だった。この会議は、電力需給政策とエネルギー戦略の再構築の検討を目的に掲げているが、朝日の記事によると、自民党幹部は「原発を守るためにつくった」と明かしたという。

この記事は、asahi.comには出ていないようだが、ネットではかなりの反響を呼んでおり、記事が出た昨日の時点で、多くのブログが取り上げている。

その中で目を引いたのが、『のらりくらりのマナビー』のエントリ(下記URL)だった。
http://wp.mfyk.net/suishin/

ブログ主は、

原発に必要性、合理性、安全性があれば現状維持くらいは支持してもいいと思っていますし、新規立地についてもきちんとした議論がなされた上で国民的合意が形成されればありえなくはないと思います。

としながらも、朝日新聞記事に書かれている自民党原発族は最低だと怒っておられる。以下、同ブログからの孫引きで朝日新聞記事を引用する。

幹部には原発推進派が名を連ねる。委員長は元経済産業相の甘利明氏。旧通産省(現経産省)出身の細田博之元官房長官が委員長代理、西村康稔衆院議員が副委員長に就いた。先月12日の会合では、幹部陣の隣に東電の元副社長で現在は東電顧問の加納時男・元参院議員が「参与」として座った。
甘利氏は「安易に東電国有化に言及する閣僚がいる」と指摘する資料を配布。会議後に河野太郎衆院議員が「原発推進派が並ぶ人事はおかしい」と抗議したが、認められなかった。

(2011年5月5日付朝日新聞4面掲載記事「自民 原発推進派はや始動 『原子力守る』政策会議発足」より)


なんとも香ばしいメンバーだ。

甘利明といえば、あの極右にして新自由主義むき出しの戦後最悪の内閣だった安倍晋三内閣で経済産業大臣を務めた男。中曽根派(のち山崎派)の世襲議員だから、バリバリの原発推進議員であるのは当然だ。しかも山崎派に属していながら2006年の自民党総裁選で山崎拓の出馬に反対し、安倍晋三の選対の事務局長を務めたり、福田康夫と麻生太郎が争った翌2007年の総裁選では山崎派の方針に反して麻生太郎を推すなど、安倍、麻生という極右政治家へのシンパシーが相当に強い。甘利自身も世襲議員にありがちな極右政治家と思われる。

細田博之も第2次小泉政権で官房長官を務めた清和会の政治家だが、出発点は通産官僚だった。西村康稔も通産官僚上がりの清和会の政治家で、安倍晋三との側近とされる。ライブドア事件当時、ライブドアの投資事業組合にかかわったとの噂が流れたが、当時の民主党代表・前原誠司が「偽メール事件」でドジを踏んでしまったこともあってライブドア事件の捜査は進まなかった。西村康稔や、西村のボス・安倍晋三にまで捜査が及ぶことを私は期待していたが、そうはならなかった。この西村康稔は、自民党が下野した一昨年(2009年)に安倍晋三らの支持を得て立候補したものの敗れている。当時私は、『kojitakenの日記』のエントリ「西村康稔のいかがわしさ」でこの男を批判した。甘利明、細田博之、西村康稔の3人は、いずれも「安倍晋三につながる極右人脈」の人間といえる。

さらに呆れるのは加納時男であり、1935年生まれのこの男は、なんと元東京電力副社長で1998年の参院選比例区で経団連が支援する「財界候補」として当選し、昨年まで2期12年参院議員を務めたあと、現在も東電顧問を務めている。この加納時男は保守本流の「宏池会」との関係が深く、保守本流も原発マネーの魅力には抗せず、原発推進勢力に取り込まれていったことがうかがわれる。

朝日新聞にはこの加納時男のインタビューが出ている。昨日のネットで話題になったのは、そのあまりにトンデモない加納の主張である。以下、『のらりくらりのマナビー』経由で引用する。

地元が要望、雇用に貢献

― 福島の現状をどう感じていますか。
 「東電出身、元国会議員として二重の責任を感じている。インターネット上で「お前は絞首刑だ」「A級戦犯だ」と書かれてつらいが、原子力を選択したことは間違っていなかった。地元の強い要望で原発ができ、地域の雇用や所得が上がったのも事実だ。」
― 原発推進のため国会議員になったのですか。
 「そうではない。当時財界と自民党との間に溝があり、経団連は財界の声を反映させたかった。特定の業界のために仕事をしてきたわけではない」
― 電力会社役員から個人献金を受け、自民党が原子力政策に甘くなったことは。
 「お金をもらったから規制を緩くしたとか、そんなことはない」
― 河野太郎氏は「核燃料サイクル」政策は破たんしていると主張しています。
「反原発の集会に出ている人の意見だ。自民党の意見になったことはない。反原発の政党で活躍すればいい。社民党に推薦しますよ。福島瑞穂党首は私の大学の後輩だから」
― 今後も原発を新設すべきでしょうか。
 「太陽光や風力というお言葉はとってもロマンがある。しかし、新増設なしでエネルギーの安定的確保ができるのか。二酸化炭素排出抑制の対策ができるのか。天然ガスや石油を海外から購入する際も、原発があることで有利に交渉できる。原子力の選択肢を放棄すべきではない。福島第一原発第5,6号機も捨てずに生かす選択肢はある」

低線量放射線、身体にいい

― 東電の責任をどう考えますか。
 「東電をつぶせと言う意見があるが、株主の資産が減ってしまう。金融市場や株式市場に大混乱をもたらすような乱暴な議論があるのは残念だ。原子力損害賠償法には「損害が異常に巨大な天災地変によって生じたときはこの限りではない」という免責条項もある。今回の災害があたらないとすると、いったい何があたるのか。全部免責しろとは言わないが、具体的な負担を考えて欲しい」
 「低線量の放射線は「むしろ健康にいい」と主張する研究者もいる。説得力があると思う。私の同僚も低線量の放射線治療で病気が治った。過剰反応になっているのでは。むしろ低線量は体にいい、ということすら世の中では言えない。これだけでも申し上げたくて取材に応じた」


「停戦料の放射線が身体にいい」というのは、「ホルミシス仮説」と呼ばれる学説だが、その名の通り「仮説」であって「定説」ではないどころか、この仮説を否定する方が「定説」に近く、ホルミシス仮説はトンデモ扱いされることが多い。つまり、加納時男は白昼堂々とトンデモを語っているのであり、こんな男が東京電力の副社長を務め、経団連の中枢を占め、自民党の参院議員にまでなった。

要するに、東京電力はカルト企業であり、経団連はカルト団体であり、自民党はカルト政党だということだ。日本はこれらのカルト組織に牛耳られてきた。その結果が東電原発事故だったというわけだ。

朝日新聞には、加納時男にこき下ろされた河野太郎のインタビューも出ている。河野は、原発の「安全神話」を、「おとぎ話で作られた神話」だとして批判し、神話を作った中心は自民党と経済産業省、電力会社だと言っている。加納時男は東大法学部を卒業して東京電力に入社した生え抜きの東電人だから、経済産業省に所属したことはないが、電力会社を経て自民党議員になった男だ。

河野太郎は、「政・官・産・学・メディアの五角形が『安全神話』をつくった」と言っているが、私はこれに「労」、つまり連合(特に電力総連や電機連合などの御用組合)も加えた六角形としたい。「五角形」は民主党小沢系の某トンデモ投資コンサルタントを連想させるので避けるべきだ。

それにしても河野太郎の主張は日に日に過激さを増しており、甘利明の会議、つまり「エネルギー政策合同会議」を批判し、「次の選挙でそういう議員を落とすしかない」とまで言っている。つまり河野は、甘利明や細田博之や西村康稔、ひいては安倍晋三を落選させよと言っているのだ。さらに河野は「政府には原子力政策を促進した中曽根康弘元首相に近い与謝野馨氏がいる。与謝野氏の発言は、明らかに東電を守ろうとしている」と指摘するが、これは正しい。消費税増税厨でもある与謝野は政権きっての原発推進厨であり、こんな人間を内閣に引き入れた菅直人の罪は極めて重く、この事実が河野太郎に「倒閣」を口にさせるのだろう。

だが、河野が自民党の要人たちを批判する一方、加納時男から「社民党に推薦する」などと言われる現状は、仮に倒閣が実現したところで、現在の情勢では間違いなく自公政権が復活し、原発推進政策が維持されてしまう。下関の安倍晋三や、兵庫県でも田舎の西村康稔は、東電原発事故の影響を受けていないから選挙で落選するはずもなく、彼らが日本のエネルギー政策を左右することになれば目も当てられない。民主党の小鳩派が権力を握った場合も同じで、鳩山由紀夫は旧民社の支持を得てのし上がった人間だし、小沢一郎は連合を掌中に収めていると言われているが、裏を返せば連合の機嫌を損ねることは小沢一郎にはできないということだ。

だから、現状では河野太郎が何を言おうが「ごまめの歯ぎしり」の域を出るものではない。単なる倒閣であれば、かえって原発推進勢力を利してしまう。

もういい加減、河野太郎は自民党を割って出るべき時ではないか。河野太郎の父、河野洋平が1976年に自民党を抜けて新自由クラブを結成したように。それから35年。当時の河野洋平より現在の河野太郎の方が年上だろう。

河野太郎は新自由主義者だから、やはり「脱原発」を模索しているらしい、同じ系列の「みんなの党」とくっつき、「みんなの党」の路線を「脱原発」に転換させて勢力を大きくする手もあるかもしれない。私は、新自由主義政党など決して支持しないが、もし新自由主義系であれ「脱原発」の政党ができれば、「脱原発」の一点に限っては支持する可能性もある(間違っても選挙で投票はしないが)。「みんなの党」にしたって、渡辺喜美は当初「劇団ひとり」とバカにされていたが(当ブログも渡辺をバカにしていた口だし、今でも渡辺喜美という政治家は大嫌いだが)、結局「みんなの党」は支持を拡大し、かなりの勢力を占める政党となった。国民の間に根強い「社共アレルギー」には私には頭が痛いが、右側・新自由主義側からもきちんと「脱原発」「反原発」を言える政治勢力が出てこないと、国民の声を反映した政治にはならないことも明らかだ。

いずれにしても河野太郎は動かなければダメだ。このままでは、自民党なり民主党小鳩派なりの原発推進勢力を利するだけだ。いわゆる「小沢信者」の間ではトンデモ学者の武田邦彦が大人気らしいが、ああいう「安全な原発推進」派も、れっきとした原発推進勢力の一員だ(勝間和代も同様だろう)。

「反原発」「脱原発」の世論が高まってきたとはいえ、政財界や労働界ではまだまだ原発推進勢力が圧倒的な力を保っている。これらを打破するためには、「脱原発」勢力の中でももっとも目立っている河野太郎が自民党にとどまっているようではどうしようもないだろう。
東日本大震災やそれに付随して起きた東京電力原発事故で、日本国憲法第25条を国が遵守することが問われていることはいうまでもない。日本国憲法第25条は下記の通り。

  1. すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
  2. 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

今年の憲法記念日では、例年以上に憲法25条に焦点を当てた議論がなされると思っていた。朝日新聞は、前主筆船橋洋一の退任後、若宮啓文が主筆に就任して、昨日(5月2日)の1面トップから3面に続く「復興へ 生存権こそ」という見出しの記事を掲げたから、憲法記念日にはどんな紙面になるか注目していた。

しかし、朝日新聞もまた船橋洋一がつけた慣性力で動いているようだ。ここ数年の紙面と比較しても、さらに憲法記念日らしからぬ紙面だった。憲法の記事は前日に書いたからもういいだろ、といわんばかりであり、私は今日は本当に憲法記念日なのかと目を疑い、何度か1面から社会面まで頁を繰り直したが、残念ながら夢ではなく現実だった。

5月3日付の朝日新聞は、アメリカが行ったビンラディンの殺害ばかりが異様に大きく扱われ、憲法の記事は7面に追いやられて、そこには「9条改正 反対59% 『改憲必要』は54%」と題した世論調査の記事が出ているだけだった。9条改正賛成論は昨年より増えている。社説は2本立てで、ビンラディン殺害を論じた社説の方が上に掲載されていた。さらに、24年前の今日起きた朝日新聞阪神支局襲撃に触れた記事が、「天声人語」にしか出ていなかった。さすがにこの件については明日の紙面に追悼記事が載るだろうとは思うが、それにしても憲法記念日の朝日新聞の紙面は、年を追って劇的に劣化している。

もっとも、改憲派も今年は改憲論に力が入っていない。「護憲の朝日、論憲の毎日、改憲の読売」と言われるが、読売新聞は憲法問題を論じた社説を掲載していない。東日本大震災と東電原発事故で、今はそれどころではないと読売でさえとらえているのだろう。

そんな中、自民党や民主党の鳩山由紀夫がKY丸出しの妄動に出ている。自民党は、憲法に「非常事態条項」を盛り込むことを改憲の突破口にしようと躍起になっていて、あの原発推進の立役者にして東電原発事故の超A級戦犯ともいうべき中曽根康弘が会長を務める超党派の「新憲法制定議員同盟」も、「大規模自然災害にも即応できる憲法をつくろう」という言葉をスローガンに盛り込んだ。

民主党では、鳩山由紀夫が改憲に意欲を燃やしている。『日本がアブナイ!』の4月29日付エントリ「『菅おろし』の背景に保守派の動き+震災と改憲、サヨク排除を結びつける発想」が、産経新聞や(安倍晋三とのつながりでおなじみの)統一協会系の『世界日報』の記事を紹介しており、ブログ主は上記の「非常事態条項」を突破口にする改憲の動きへの懸念を表明すると同時に、鳩山由紀夫が改憲への動きを強めていることを批判している。

詳しくは上記リンク先の同ブログエントリを参照されたいが、ここでは同エントリで引用されている産経新聞記事(下記URL)のみを以下に紹介する。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110428/stt11042823110009-n1.htm

超党派議連「現行憲法の欠陥明らかに」 震災関連の非常事態条項の規定なし 
2011.4.28 23:10

 超党派の国会議員でつくる「新憲法制定議員同盟」(会長・中曽根康弘元首相)は28日、東京・永田町の憲政記念館で「新しい憲法を制定する推進大会」を開いた。民主党の鳩山由紀夫前首相ら与野党の国会議員や経済団体の代表ら約1200人が出席し、東日本大震災への対応に際し、「(非常事態条項がないなど)現行憲法の欠陥が明らかになった」とする大会決議を採択した。

 決議では、現行憲法の不備を早急に正すとともに、国家的災害からの復興に向け「新しい憲法の理念に基づいて、新しい国づくりが進められる必要がある」として、衆参両院の憲法審査会で憲法改正議論を早急に開始することを求めた。

 中曽根氏は、来年がサンフランシスコ講和条約発効60周年となることを挙げ、「主権回復から60年たち世界も日本も変わったのに、変わっていないのは憲法だけだ。国民の責任ではなく政治の責任だ」と憲法改正の必要性を訴えた。

 鳩山氏は、憲法審査会が始動していない状況について「わが党の考え方が(まとまらず)さまざまあるためだ。政治の不作為、怠慢によるものだ」と民主党の責任を認めた上で「この状況を早く解決したい」と述べた。自民党の大島理森副総裁は「来年は節目の年なので、全力を挙げて憲法改正に取り組む」と決意を語った。

 大会には、国民新党の亀井静香代表、たちあがれ日本の平沼赳夫代表のほか、公明党とみんなの党からも代表者が出席した。


政権与党の民主党は、基本的には「改憲政党」だと私はとらえているが、上記鳩山由紀夫のように現時点での改憲に前のめりになっているのは党内右派に限られる。上記で産経が報じた右翼政治家(中曽根康弘と鳩山由紀夫)のコメントを紹介したので、カウンターとして昨日(5月2日)の朝日新聞から、彼らに反対する政治家たちの意見を紹介する。asahi.comには出ていないようなので、手打ちで引用する。

 民主党の岡田克也幹事長は4月28日の記者会見で「これだけの大災害が起き、全力投球しているので、憲法改正論議に大きなエネルギーを注ぐ状況ではない」としたうえで、非常事態条項についても「どこでどういう不都合があったのかをきちんと検証することが前提。人権制限を含む条項がいる、ということにはならない」と否定的見解を示した。

 公明党憲法調査会座長の赤松正雄衆院議員は「憲法を変えなくても法律で対応できる部分もある」と指摘。共産党の志位和夫委員長は「これを機会に、憲法改定に手を付けるというのは反対だ」。社民党の福島瑞穂党首は「憲法で基本的人権の制限をすることは極めて危険。憲法を変えずに個別の法律で対応が可能」としている。

(2011年5月2日付朝日新聞2面掲載 山田明宏記者の署名記事より)


要するに鳩山由紀夫という男は、単に原発推進派であるのみならず、震災を利用して憲法に基本的人権を制限する条項を盛り込む改悪をしようとたくらむ、どうしようもない政治家であることがわかる。こんな人間は、昨日6月に総理大臣を辞職した時に口にした公約に立ち返って、次回の衆院選には出馬せず引退してほしいものだ。いや、本音では即刻議員辞職してほしいと思っているのだが。

もっとも、自民党や鳩山のようなKY改憲論には、読売新聞でさえ少なくとも社説では乗ってきていない。全国紙で唯一乗ってきたのは、あの産経新聞である。

あほらしいから産経の社説なんかにはこれ以上触れないが、最近この産経新聞と蜜月関係にある政治家がいることだけ最後に紹介しておこう。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110428/stt11042818240005-n1.htm

小沢氏、「首相にふさわしい」トップの世論調査にご満悦
2011.4.28 18:23

 民主党の小沢一郎元代表は28日、東京都内の個人事務所で側近議員に対し、産経新聞社・FNN(フジニュースネットワーク)の世論調査で小沢氏が「首相にふさわしい政治家」のトップになったとの本紙記事に触れ、「どう思う? 俺の評価がずいぶん高くなっている。産経新聞も見方が変わったな」と語った。

 世論調査は23、24両日に実施。「今の首相にふさわしいのは誰か」との質問で、小沢氏が9・2%で首位に立つ一方、菅直人首相は4・4%だった。側近議員が「良いことですね」と応じると、小沢氏は満面の笑みを浮かべたという。