きまぐれな日々

最近よく思うことは、政権交代がなったあと、民主党政権が迷走している現在ほど、政治・経済についてブログを書くのが面白い時期は珍しいのではないかということだ。

なぜなら、議題(「みんなの党」風にいうならアジェンダ。37年前の「9・11」に、新自由主義者たちに殺されたチリ大統領のアジェンデと混同しないように)ごとに意見が分かれるからだ。バリバリの共産党支持者の方が、リフレ政策を支持しているのに接すると、おおっ、と思うし、かと思うと、大勢の元「反代々木」の勇士たちが小沢一郎を熱狂的に支持している。

先の参院選で勝利を収めた自民党の公約にも、インフレターゲット政策が掲げられていたのだが、谷垣禎一・自民党総裁が「今の問題はデフレで、インフレターゲットが効くか疑問だ」と述べたことに、ご存知、自民党内新自由主義者の雄・中川秀直が噛みつき、ブログで谷垣総裁を批判している。
http://ameblo.jp/nakagawahidenao/entry-10603186263.html

報道では「今の問題はデフレで、インフレターゲットが効くか疑問だ」と谷垣総裁が発言されたことになっているが、これは自民党マニフェストと矛盾していないのか、マニフェスト批判ではないのか、その真意の確認が必要である。

(2010年7月28日付 中川秀直事務所公式ブログ『志士の目』より)


自民党の大物代議士が、これほどあからさまな執行部批判をしたら、昨年夏までだったら大ニュースになるところなのだが、悲しいかな、いやちっとも悲しくなんかないけれど(笑)、野党・自民党のニュースは大きくは取り扱われない。

ここで頭に入れておかねばならないことは、中川秀直も「リフレ派」の代表的な論客だということだ。一方、谷垣禎一総裁は「反リフレ」派の代表ともいえる。

政権政党の民主党で、金子洋一や松原仁が「リフレ派」の代表的な論客であることは前回にも紹介したが、金子洋一といえば先の参院選で当選し、同じ選挙区で立候補して落選した、死刑執行で話題の千葉景子法相を「蹴落とした」参院議員である。聞くところによると、菅政権に大きな影響力を持つ、前原誠司率いる「凌雲会」は、神奈川選挙区ではもっぱら金子洋一を応援したとのことであり、「千葉法相は菅直人首相と凌雲会に見殺しにされた」との恨み節も聞こえてきた。

その菅首相は「リフレ派」とはいえない。勝間和代に採用を進言された高橋洋一流のリフレ政策を受け入れず、小野善康や神野直彦といった学者たちに傾斜する一方、消費税増税に関してはエスタブリッシュメント層に思いっ切り妥協した。しかし前原誠司は、そんな菅首相について、「消費税のことをあまり口にしない方が良いのではないか」とやんわり皮肉った。

私がある程度の可能性があると予想しているのは、前原誠司たちがリフレ派に傾いて、消費税増税を声高に唱えた菅首相の追い落としに転じることだ。前原は、「さきがけ」当時からの菅直人や鳩山由紀夫の盟友ではあるが、必ずしも彼らとの関係が良好な時期ばかりだったわけではなく、前原が民主党代表を務めた頃には、鳩山は幹事長を務めていたけれども、菅直人の協力は全く得られず(小沢一郎も前原にはほとんど協力しなかったが)、「偽メール事件」の時にも菅や小沢に見殺しにされた。菅直人はその前年、民主党代表選で前原と争い、菅有利といわれながら、蓋を開けてみたら前原が勝ったといういきさつがある。

3年前の『論座』のインタビューでも、菅直人は前原誠司のネオコン的な体質を批判する証言を残している。また、5年前のこの代表選の前には、小沢一郎が前原を抱き込もうとした(つまり、前原を小沢の傀儡にしようとした)ものの前原に拒否され、以後前原と小沢の関係が悪くなったともいわれている。つまり、前原代表時代には、菅直人も小沢一郎も民主党内の「反前原」勢力だった。

特に、小沢が前原を抱き込もうとした(とされている)ことは、私には看過できないことだ。要するに、小沢一郎は「勝てば官軍」を信条とする人間であり、小沢にとっては政治思想などどうでも良いのである。だから、先鋭的な新自由主義的主張を展開していた自由党を率いながら、民主党入りするといきなり左派の横路グループと政策協定を結ぶなどという離れ技を見せる。しかし、つい最近も小沢グループはゴリゴリの新自由主義者・樽床伸二を担いだばかりなのである。小沢一郎を信用すると馬鹿を見る。

話を前原及び「凌雲会」に戻すと、同会や前原がリフレ政策についてどう考えているのかは不明だが、「みんなの党」及び自民党の中川秀直一派(河野太郎らもおそらくついてくる)と親和性が強く、リフレ派に走る可能性はあると思う。

一方、菅首相はそれよりは谷垣総裁に近く、さらに与謝野馨とも接近しかねない体質を持っている。要するに、「リフレ派対消費税増税派」というわけである。識者はどうかというと、たとえば金子勝は、Twitterを見る限り、リフレ政策に対してきわめて批判的である。その一方で、児玉龍彦との共著に、消費税を含む増税はいずれ避けられないと書いていた。

一般に、社民主義寄りの人たちはリフレには批判的であることが多い。一方、前回のエントリでも書いたが、リフレ派の多くというか、城繁幸や勝間和代といったリフレ派の代表的なテレビコメンテーターが、派遣労働の規制強化や最低賃金の引き上げに反対している現状では、リフレ派は再分配に否定的な新自由主義勢力が中心であるように見える。飯田泰之も累進課税の強化は主張するけれども派遣労働の規制や最低賃金引き上げには反対だし、自民党の中川秀直一派といえば「新自由主義」の代名詞のような勢力である。何より、高橋洋一は竹中平蔵の補佐官だった。

政界では、「消費税増税派対インフレターゲット派」の対立構造が現れ始めているように見えるが、ここで市民ブログならではの素人の素朴な疑問を書かせていただきたいと思う。

なぜ解決策が「資産課税」ではあってはならないのか。メディアは「世代間格差」を煽るが、現実には若者にせよ高齢者にせよ深刻なのは、世代内の格差なのではないのか。金「持ち」が金を貯め込んで使わないことが問題なのではないか。だから、政府の国民に対する借金、それも主に富裕層に対する借金である財政赤字が膨らむのではないか。なぜ、歴代の政府は「応益負担」に傾斜してきたのか。これこそ新自由主義(=金持ちをより富ませるためのプロジェクト)ではないのか。そして、新自由主義にこだわり続ける限り、財政赤字の拡大は必然的な帰結であって、どんなに消費税率を引き上げたところで、政府の守銭奴に対する借金は減らないのではないのか。

今にして思うと、麻生太郎という政治家には見どころがあった。連日、料亭で金を使いまくっていたのである。これぞ金持ちの正しい行動である。小泉政権時代に成立した悪名高い「障害者自立支援法」は、「応益負担」の思想に基づく新自由主義法案であるが、これを麻生内閣時代に「応能負担」に改める動きがあった。しかし新自由主義者たちは、応能負担に戻すと財政赤字が増えると難色を示した。

それなら、資産課税を行って、資本主義の精神に反する「金を貯め込む」行動を行っている「金『持ち』」の皆様から、強制的に分担していただくしかないのではないか。私は単純素朴にそう思うのである。インフレターゲットなんて定めなくとも、資産課税を行えば自ずとデフレは解消し、インフレ傾向へと向かうのではないかとも思う。かつて当ブログで、所得税の課税範囲拡大や累進性強化、法人税減税反対などを主張したが、その中でも所得税の総合課税化や、そこまで行かずとも株式の譲渡益や配当への税率引き上げの必要性などを考えていくうちに、もっとも必要なのは資産課税の強化ではないかという結論に行き着いたのである。

自民党の谷垣総裁は、インフレターゲットはデフレでは実績がないと言うが、それなら大規模な資産課税を実施してインフレを実現させれば良いのではないか。そうすれば、インフレの過熱を止めるべく、インフレターゲット政策が効果を発揮するのではないか、などと思ってしまう。

素人が何馬鹿なこと言ってるんだというご批判は大歓迎である。なぜ資産課税ではダメで、インフレターゲットまたは消費税増税でなければならないのか。そこが私にはどうしてもわからないので、経済に詳しい方には是非私を説得していただきたいと思う。


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参院選が終わって2週間が経過したが、頭を去らないのが「みんなの党」の躍進と共産党・社民党の不振である。特に、選挙前に一部知識人やマスメディアが「みんなの党」への雪崩現象を起こそうとしていたことが、非常に気になった。

ここでいう「一部知識人」として私が念頭に置いているのは飯田泰之であり、マスメディアとして念頭に置いているのは『週刊朝日』である。前者はロスジェネ世代に人気のある経済学者で、後者は小沢一郎シンパの間で最近評判が高い週刊誌だ。

ところが、これにとどまらず、「みんなの党」支持者は意外に広範な広がりを見せていた。たとえば、「小沢一郎よ、今こそ立ち上がれ!」と題したエントリを上げて、世の小沢信者を狂喜させた天木直人もその一人だ。天木は、前記小沢一郎にエールを送った2日前のエントリで、比例区も選挙区もともに「みんなの党」に投票したことを告白している(下記URL)。
http://www.amakiblog.com/archives/2010/07/14/

小沢信者たちは、天木直人が民主党に「弓を引いた」ことをよく頭に入れておく方が良いというのはともかく、菅直人首相の突然の消費税増税発言以来、急に「みんなの党」に吹いた追い風はここまで強烈だったのかと恐れ入った。

当ブログのほか、「みんなの党」を「コイズミ亜流の新自由主義政党」として批判していたブログにも、「参院選で『みんなの党』に投票した」というコメントが寄せられた。これほど「みんなの党」ブームに沸いた中で、よく「みんなの党」はあの程度の議席増で済んだと思えるほどだ。もちろん、「みんなの党」支持者からしたら、これだけしか議席が伸びなかったのかと失望したことだろう。そこは、地方の一人区でしぶとく勝った自民党や、負けたとはいえ都市部で粘った民主党といった大政党に及ばなかったところだ。

ネットで見られる「みんなの党」支持者の意見でもっとも多いのは、「公務員の給料が高すぎる、もっと下げろ」、あるいは「公務員の数をもっと削減せよ」というものだ。特に私の目を引いたのは、「税金を原資にしている公務員の給料が民間より高いのは怪しからん。もっと公務員の給与を減らせば税負担は軽くなる」というロジックで、これは当ブログのコメント欄における論争でも見られたが、ここばかりではなくあちこちで、それも前述のように、普段新自由主義に反対しているブログのコメント欄などで頻繁に見られた。

これは、勤労者の所得減少が深刻であることの反映であるとは思うが、その怒りが民間の企業には向かわずに公務員に向かうところが不思議なところだ(高級官僚には怒りが向かって当然だけれど)。同一労働価値同一賃金という、賃金制度の大前提も、正社員の給与削減や解雇しやすさを正当化するために用いられているのが実情で、24日未明に放送されたテレビ朝日の『朝まで生テレビ』でも、城繁幸らがそのような主張をしていた。これに対して河添誠が反論し、正社員の給与水準を下げるのではなく、最低賃金を上げるべきなのであり、少なくとも最低賃金は生活保護基準より高くなければならないと主張していた。

私には、河添誠の意見は至極もっともな正論のように思われたが、番組に出演していた、今やリフレ派の論客となった勝間和代は、不満そうな反応を示し、持論であるインフレターゲット論を開陳したのだった。

ブログ主がコミュニスト(共産主義者)だという『紙屋研究所』が、「はてな」に移転する前の旧サイト時代に公開した雨宮処凛・飯田泰之共著『脱貧困の経済学』の書評で、飯田泰之が「最低賃金の引き上げは雇用を失わせる」、「派遣規制を行うな」と主張していることを指摘している。勝間が河添の最低賃金引き上げ論に色よい反応を示さなかったことで、私は上記『紙屋研究所』による雨宮・飯田の共著の書評を思い出した。

当ブログが菅首相が打ち出した消費税増税政策を批判した時、リフレ政策に目を向けよとするコメントをいただいたが、私はリフレ派を信用する気にはなれずにいる。その代わりに私は、「法人税を減税してもらわないとやっていけない企業だとか、最低賃金1000円に耐えられない企業は市場から退出せよ」と主張するのである。法人税の減税は、利益の出ていない中小企業には何のメリットもないが(これで潤うのは利益を上げている大企業である)、最低賃金を引き上げると潰れる中小企業が出てくるだろう。しかし私は、それも止むなしと考える。ブログ主がコミュニストだという『紙屋研究所』は、最低賃金引き上げとともに、雇用喪失のリスクを何らかの形で公的にカバーせよと主張するが、それでも残るであろう最低賃金分を払えない企業にはつぶれてもらう他はないと突き放している。

リフレ派は最低賃金の引き上げだとか派遣労働の規制などを言い出さないので、劣悪な労働環境であっても、仕事がないよりはマシだと諦めている人々の支持を得やすいのかもしれない。私は、そんなに虫のいい話があるのかと懐疑的になってしまうのだけれど。

それに、リフレ派の主張はトリクルダウン論の変種のようにしか思えてならないのだが、リフレ派は、トリクルダウン論は単なる金儲け優遇政策であり、それに対してリフレは経済成長重視路線であって、似て非なるものだと主張する。確かに、飯田泰之は税制の累進性強化を主張しており、一度当ブログで朝日新聞に載った飯田泰之のインタビュー記事を批判した時、お前の飯田泰之批判はアンフェアだと批判を受けたことがある。しかし、飯田泰之が『週刊朝日』で「第三極」という表現を用いて、暗に参院選での投票先として誘導した「みんなの党」が、再分配に重きを置く主張をしているかは私には疑問で、リフレ論者でロスジェネ世代に人気のある論客たちの「みんなの党」への傾斜が、日本社会に良い結果をもたらすとは、私には思えない。もっとも、「みんなの党」は、派遣労働の規制には反対しているが、最低賃金については、「景気や中小企業の経営状況を見極めながら、最低賃金を経済成長により段階的にアップする」としている。

また、リフレ派は何も「みんなの党」の専売特許ではなく、自民党の中川秀直ら「上げ潮派」、民主党の金子洋一や松原仁らがいる。松原仁というと、すぎやまこういちが応援歌「JIN・ジン・じん・仁・松原仁」を作ったことから、政治思想的には城内実の仲間といえるが、経済思想的には違うようだ。城内実は、相互リンクを張っている植草一秀の教えをかつて受けたとの情報もあるが、政治思想的には右派に当たる『株式日記と経済展望』の2005年10月26日付エントリ「FRB議長 リフレ派のバーナンキ氏を指名」(5年前の古い記事である)によると、

 おそらく、この領域(テレビによく出演するエコノミスト=筆者註)で唯一リフレ派といえるのは、ほぼ森永卓郎氏だけであろう。若干微妙なのは、リチャード・クー、植草一秀といった、財政派の論者たちの位置付けである。彼らは確かに景気重視派ではあるが、同時に、金融政策の意義を完全に否定してはばからない反金融緩和派でもある。したがって、上に定義した意味でのリフレ派には入らない。

とのことである。植草は「みんなの党」に対しては当然ながら敵対的なスタンスをとっている。

前記『株式日記と経済展望』は、野口悠紀雄、榊原英資、木村剛、小林慶一郎、金子勝、斎藤精一郎、池尾和人各氏らを「反リフレ派あるいは構造改革派」と位置づけている。小泉・竹中に賛成だろうが反対だろうが一緒くただ。そして、同ブログは

景気対策としては減税を行いましたが主に高額所得者と法人の減税であり累進税をフラット化させて財政赤字を大きくしてしまっている。株式日記の表紙に載せているように財政赤字と景気回復を同時に行うためには、消費税の廃止と累進税率の強化が必要不可欠の政策であり、消費税の増税と所得税制のフラット化ではデフレがひどくなるだけだ。この結果失業者が増えて財政支出が増えて赤字はより大きくなるだろう。

と主張しているが、これは2005年の秋、「郵政総選挙」で小泉自民党が圧勝して間もない頃に書かれた記事である。当時は小泉構造改革全盛だったが、その綻びを繕いきれなくなったあと、社民主義的な行き方がとって代わると思いきや、リフレ派が台頭してきた。

参院選で「みんなの党」が躍進を遂げたこともあり、今後このような主張が大々的にアピールされると思われるが、私は大いに懐疑的である。日本国民は税金は大嫌いだから、「みんなの党」の主張が受け入れられて議席を伸ばしたのだろうし、最近は名古屋市長の河村たかしは、「官僚の一番好きな食べ物は、何ですか。税金にきまっとるがね。減税勢力出てきてちょう!」などと言って、ポピュリズムを煽っている。

しかし、私が示唆的だと思うのは、前記『紙屋研究所』が指摘している、当のリフレ派の飯田泰之の指摘である。以下引用する。

 国と地方をあわせた日本の税収は約85兆円です。それを日本の世帯数である500万で割ると170万円。税を170万円以上払っているのは、だいたい収入1000万円以上の世帯です。仮に所得を全部消費に使ったとしても、消費税と所得税込みで170万円払うのは収入1000万円以上なんです。
 なのに実際には、700?800万円どころか、年収600万円の人が「税金を払いすぎている金持ち」だと思って、小泉改革路線に賛同し、貧乏人を放置させようとしている。橋本内閣以降、そして小泉路線の想定した「税金を払いすぎている金持ち」は年収1000万円以上、それ以下は税金を納めない「貧乏人」なんです。

(雨宮処凛・飯田泰之 雨宮処凛・飯田泰之『脱貧困の経済学』 66頁、『紙屋研究所』より孫引き)


年収1000万円以下の世帯は、とられる税金より公的セクターのお世話になっている分の方が多い。だから飯田泰之もやみくもな減税など主張しないし、それどころか累進性の強化を主張している。河村たかしの叫ぶ「減税」を政治が推進すると、格差はますますひどくなる一方なのである。

だが、リフレ派の学者が投票を誘導した「みんなの党」に、税の累進性強化の思想などあるだろうか? 菅首相のブレーンの学者たちが、菅首相によって自説を消費税増税政策に換骨奪胎されたように、「みんなの党」への投票を誘導したリフレ派の論客たちも、渡辺喜美らの勢力拡張に利用されるだけではないだろうか? 「みんなの党」へ影響力がもっとも強いブレーンである高橋洋一は、小泉内閣で竹中平蔵の補佐官を務めた人物であり、「小泉政権下での規制緩和ですら、先進国では中くらいであった」と発言したことがある。高橋は、「霞が関の埋蔵金」を暴いた功績はともかく、財政政策を軽視する人間であり、再分配の思想など持っていない。「みんなの党」も同様の方向性を持っていることは、同党が徹底的な公務員叩きの主張をウリにしていることからも明らかだ。

私が朝日新聞に掲載された飯田泰之のインタビューを読んだ時、これは「地方切り捨て」につながる、典型的な都市部リベラルの発想だなと思って拒絶反応が起きたのだが、それでも再分配を重視する、つまり、税制政策にもそれなりの重きを置く点は、小泉構造改革路線とは一線を画するものかもしれない(もっとも朝日のインタビューで飯田は小泉構造改革に一定の評価を与えていたが)。しかし、飯田が投票を誘導した政治勢力は、再分配を重視などしておらず、やみくもな公務員叩きで人気を得るポピュリズム政党でしかない。


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私は、70年代末から80年代初頭にかけて、政治への関心が旺盛だったものの、思い描く方向に政治が進むどころか、その逆方向に進んでいくのに失望して、1984年頃から次第に不活性化していった人間である。

途中、90年代末から2000年にかけて、当時全盛を極めていた「グローバル・スタンダード」に対する対抗言論が勃興し始めた頃、政治への関心を取り戻した時期があったが、私の全く好まない小泉純一郎政権が異様な人気を博したのを見て、再び「世捨て人」的なスタンスに戻ってしまった。その小泉がついに自滅するかと期待し興奮した2005年の「郵政総選挙」では、解散当時誰もが予想した自民党の下野が起きるどころか、逆に、小泉自民党の圧勝を許してしまった。これはとんでもないことになると、危機感を本格的に強めたが、それでもものぐさな性格ゆえ、翌2006年4月になってようやくブログを開設した次第である。

私の手元には、小野善康著『景気と経済対策』(岩波新書、1998年)がある。見ると、レシートがはさまっていて、2000年1月4日の日付が感熱紙に印刷されている。つまり、コイズミが異常人気を博して私が政治に失望する前の年の新年早々に買ったのだった。同じ日、私はナベツネ(渡邉恒雄)の論説をまとめた『ポピュリズム批判』(博文館新社、1999年)を購入したことを覚えているが、これは「敵」が書いた本として読んだ。一方、小野善康氏の本は、考え方の指針を得ようと思って買ったのだった。もっとも、ナベツネの著書と同じ日に小野氏の著書を買っていたことは、本にはさんでいたレシートに昨日気づくまですっかり忘れていた。

この本については、当ブログの一昨年(2008年)10月3日付エントリ「ようやく『脱コイズミカイカク』を打ち出した毎日新聞の社説」で取り上げたが、この本で小野氏は、不況期にこそ財政出動をせよ、不況期の財政赤字は余剰資源の有効活用ができるからかえって好ましい、不況期に必要なのは、政府が民間では吸収し得ない余剰労働力を積極的に使って、意味のある公共財を供給することである、国債発行は将来世代の負担になるというが、この議論自体にも多くの誤りがあり、特に不況期には負担にならないなどと主張している。

さらに小野氏は、「官から民へ」というスローガン(中曽根以来の新自由主義政権が使い続けた)を痛烈に批判する。以下引用する。

 不況期には、「官から民へ」といわれ、官が介入せずに、自由に民間活力に任せよといわれる。しかし、需要が不足し、民間に活力が生まれないからこそ不況になったのであり、ただ民間活力を使えといっても使いようがない。そのため、余っている貴重な生産資源を有効活用するには、官が介入せざるを得ないのである。そのとき、官から民へと騒げば、官は何もしないことになり、失業が放置されてかえって無駄が発生する。

(小野善康 『景気と経済政策』 (岩波新書、1998年) 195頁)


「政府の借金」と「国の借金」を混同するな、国債発行によって財政赤字が累積することは、政府部門の民間に対する負債がたまっていることを意味するのだ(前掲書84頁)と、菅直人首相のブレーンたる小野氏は言っているのだが、菅首相は惨敗した参院選に向けた演説で、「日本をギリシャにしていいんですか」と有権者を脅した。こりゃダメだ、参院選では負けるだけ負けろ、と私は匙を投げた。

本来の小野理論では、不況期に景気を刺激するためには、「需要側」の考え方に立って、働くインセンティブよりも使うインセンティブを促進する方が重要だ、不況期には供給が過剰なのだから、高給取りのやる気を削ぐ最高税率の引き上げなどをやって、高給取りにはむしろやる気をなくして余暇をとってもらい、お金を使ってもらった方が良い、逆に好況期には(供給が足りなくなるから)最高税率を下げて高給取りの働くインセンティブを促進すればよい、とされている(前掲書113?116頁)。先月、読売新聞が課税最低所得の引き下げによる課税対象の拡大を行えと社説で主張したが、これにも小野氏は「低所得者から高所得者に対して、所得の再分配が行われる」と批判している(同114頁)。小野氏は「需要側」に立つケインジアンであり、読売新聞、というよりナベツネは、「供給側」に立つ新自由主義者なのである。ただ、社会正義の観点から再分配を推進せよというのではなく、景気を制御するために、「不況期には」累進性強化を行うという処方箋を提示する点が、小野氏が高福祉高負担の社会を目指す神野直彦氏と異なるところだ。

小野氏で批判されるべきは、最近のテレビ番組出演などで、「政府が雇用を創出するための財源としては所得税と消費税のどちらがよいか」と聞かれた時に、「所得税が望ましいが、消費税でも良い」と答えて、菅首相の消費税増税政策を後押ししたことだろう。実際に「日本をギリシャにするな」と叫ぶ菅首相が消費税の増税分を何に使おうとしているかは明らかだが、少なくとも「需要側の経済学」の視点から「供給側の経済学」一辺倒の自民党政府(当時)の政策(やマスコミの論調)を批判した、もともとの小野理論には見るべきものがあると思う。

問題はやはり菅首相自身にあって、ケインジアンのブレーンの思想をつまみ食いしながら、菅首相の周囲を固めている新自由主義者(民主党議員、官僚、財界人など)の気に入るような政策に換骨奪胎してしまう。最初に余分な期待を抱かせるだけ、ゴリゴリの新自由主義者よりたちが悪いと思えるほどだ。

ここ最近でいちばん失望させられたのは、菅首相が伸子夫人に対して、「中曽根康弘元首相の政権運営を参考に『本気でやり遂げたいのは、財政再建の糸口をつかむことだ』と決意していると明らかにした」らしいことだ。

このことを私は、「枝野は金持ち増税論者。小沢の方が新自由主義?+小沢との面会+菅夫人が本出版」と題された、『日本がアブナイ!』の記事で知ったのだが、菅伸子氏の著書に書かれていることらしい。

これを読んだら小野善康氏はがっくりと肩を落とすのではないかと思った。『景気と経済対策』で小野氏が批判しているのは、中曽根康弘が実行に移した、「供給側の経済学」に立脚した経済政策だったはずだからだ。

中曽根康弘に関する包括的な批判としては、『広島瀬戸内新聞ニュース』の記事「開発独裁強化とアメリカ従属深化を確定させた中曽根康弘さんの大罪」(7月22日付)と、同記事からリンクされている、同じ著者(さとうしゅういち氏)による『JanJan』掲載の記事「『民主勝利なら大混乱』と中曽根康弘さんに言われたくない ─ 彼こそが現在の格差と貧困を生み出したネオコン政治の源流である」(2009年7月6日付)をご一読されることを、読者の皆さまにおすすめする。

中道左派を出発点とした総理大臣に、「中曽根康弘元首相の政権運営を参考にする」と言わせるほど中曽根康弘の権威は絶大だし、マスコミ界ではナベツネの主張には誰も逆らえない。それではいけないのだ。

幸い、中曽根康弘も渡邉恒雄も健在だ。つまり、彼らが生きているうちに、彼らにレッドカードを突きつけ、これまでの人生において彼らが犯した誤りを反省してもらうチャンスは残っている。

中曽根康弘の目が黒いうちに「大勲位」の権威を失墜させよ。そうすれば、中曽根康弘はこれまでの人生を虚心坦懐に振り返る機会を得て、大往生を遂げることができるのではなかろうか。ナベツネについても同様である。


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参院選の民主党大敗の余韻はいまだ残るが、今後は9月5日の民主党代表選をめぐる政局となるのだろう。連立の枠組の話は、民主党代表選の結果によっても大きく左右されるため、8月中に急展開することはないだろう。

一昨年の民主党代表選は、小沢一郎の工作が功を奏して無投票での再選となったが、今度は党規約通り国会議員のほか地方議員、党員、サポーターも参加する選挙になるだろう。もともと民主党には百家争鳴の気風があったはずだが、小沢一郎時代には小沢の「剛腕」に押さえつけられていた。今度はそういう状況ではないのだから、保守派、新自由主義派、リベラル派、左派などがそれぞれ候補を立ててしのぎを削ればよいと思う。注目されるのはもちろん小沢グループの動向だが、先月の代表選のように、新自由主義者の樽床伸二を再び担ぐようなことが万一あれば、底が割れてしまうだろう。

参院選の民主党大敗については、菅直人首相の消費税増税発言のみならず、昨年秋に政権交代したのに、民主党政権が少数の例外を除いて何も変えることができなかったことに対する審判が下ったと考えている。菅首相(代表)はもちろん立候補するだろうが、菅氏及び、もし立候補するのであれば鳩山グループの候補者には、特に政権発足後今までの民主党政治の総括と、それを受けてのビジョン提示が求められる。「官僚叩き」がウリの「みんなの党」と同じことを、政権与党がしていてはならない。

昨日、金子勝と児玉龍彦の共著『新興衰退国ニッポン』(講談社、2010年)を読んだが、この本の第6章「産業 メイド・イン・ジャパンの没落─環境エネルギー革命にも乗り遅れて」で、民主党が昨年の衆院選前に打ち出した環境エネルギー政策の転換が骨抜きにされたことを批判している。以下引用する。

 民主党は2009年の総選挙の前に、マニフェストと「INDEX2009」(政策集)において、遅ればせながら環境エネルギー政策の転換を打ち出した。CO2削減の具体策として、あらゆる再生可能エネルギーの全量固定価格買い取り価格制度、排出権取引(キャップアンドトレード方式)、そして地球温暖化対策税(環境税)の導入の三本柱を重要政策として位置づけたのである。これに対して、当時の麻生政権は民主党の政策を妨害する為に、個人住宅(一般家庭)の太陽光発電の余剰電力のみを対象とする固定価格買取制度を提案した。個人の住宅を主たる対象とした太陽光発電買い取りは、明らかに産業的な太陽光発電を考えていない。

 だが、こともあろうに民主党政権は、この妨害政策を自ら引き継いで、2009年11月から実施してしまった。その上に、2009年12月30日に発表した「新成長戦略(基本方針)?輝きのある日本へ?」においても継承して、それを他の再生可能エネルギーに拡張することにしてしまったのである。

(金子勝・児玉龍彦 『新興衰退国ニッポン』(講談社、2010年) 163-164頁)


要は鳩山政権発足早々に、民主党政権は早くもマニフェストを後退させ、菅直人が中心となってまとめた「新成長戦略」でもそれを踏襲したというのだが、鳩山由紀夫首相(当時)が、官房長官に平野博文、経産相に直嶋正行という、「旧民社」の2人を据えた時点で、この政策後退は避けられなかったと考えられる。旧民社のバックには電力総連がいるから、発送電の分離など電力会社が受け入れられない改革を必要とする政策など実施できないの。これでは、経団連の中枢にいる電力会社の意向に逆らえない自民党政権と何も変わらない。だからこそ鳩山政権は、麻生元首相が打ち出した政策を、自ら進んで継承した。

これぞ「旧民社の害毒」。この「旧民社」への批判を抜きにして、民主党政権10か月の総括はあり得ない。鳩山政権をダメにした「旧民社の害毒」と、菅政権をダメにしている「松下政経塾の害毒」の両方に対する批判が、政権交代に期待した人たちには求められると思うが、特に小沢一郎シンパたちの間には、前者を等閑視する傾向が強い。こういうのを「ポジショントーク」という。

鳩山政権時代に衆議院で強行採決で可決されたものの、参院では成立していない「地球温暖化対策基本法」にしても、官僚や産業界によって骨抜きにされていることを、今年3月に飯田哲也氏が指摘している(下記URL)。
http://nakata.net/jp/column/environment00007.htm

飯田氏は、政権発足直後に「25%削減」を実現するためのタスクフォース委員に任命されたが、「委員構成が各省益や旧政権の代弁者が入り交じっていたため、マニフェスト実現のための建設的な議論ができず、一字一句を巡るバトルの場となってしま」ったとのことだ(上記リンク先のコラムより)。政権発足当初から、鳩山政権の腰が引けていたことがよくわかる。

鳩山政権を牛耳った「旧民社」が、電力会社や電機会社の御用労組の意に沿った政策を進めようとしたのに対し、菅政権を牛耳る「松下政経塾」出身議員(「凌雲会」に多い)は、御用労組を介さずに、直接経団連と結びつこうとしているように見える。両者の害毒は実質的に同じである。

この経団連こそ日本の環境・エネルギー革命を遅らせる元凶であると、前記金子勝・児玉龍彦の両氏は指摘する。以下引用する。

 もちろん、世界の環境エネルギー革命に関して、日本を決定的に遅らせたのは政治だけではない。むしろ老朽化した経済界こそが、その元凶だった。政治の55年体制はリーダーの世襲化によって劣化し自壊したが、財界団体の中枢は、1950年代以来、製鉄、電力などを中心とする体制でほとんど変わっていない。つまり日本の財界だけが今日もなお55年体制のままなのだ。そして、この老齢化した日本経団連こそが、環境エネルギー政策による産業構造の転換に抵抗してきた「抵抗勢力」そのものだったのである。そして、自らの「既得権益」を守る為に、自らに都合のよい規制緩和や民営化を要求し実現する為に、小泉政権時代に政権の中枢に入り込み、「既得権益」批判を行い、自らに反対する者たちに「抵抗勢力」とレッテルをはって、「市場原理主義」的な政策を追求した小泉「構造改革」を一貫して支えてきた。財界はかつての農協や医師会にとって代わっただけであり、さながら「説教泥棒」のように振る舞ったのである。

(金子勝・児玉龍彦 『新興衰退国ニッポン』(講談社、2010年) 165-166頁)


金子・児玉両氏の論に沿っていえば、現在、経団連の「期待の星」は「みんなの党」だといえるかもしれない。経団連は、「民みん連立」あるいは「民主・自民・みんな大連立」の実現を熱望しているのではないだろうか。「みんなの党」の「反官僚」のポーズに騙されている人たちは、「みんなの党」と財界の関係について考えてみられると良いと思う。

経団連や大企業御用労組の影響力を薄めていかない限り、日本の政治は良くならない。そのためには、民主党のリーダーは「旧民社」と「松下政経塾」の毒を薄めていかない限り、政権交代に託した国民の夢を裏切るばかりである。現に鳩山由紀夫がそうだったから、支持率を暴落させて辞任に追い込まれたし、就任早々支持率を「V字回復」させながら、再び急降下して参院選でも惨敗した菅直人も、影響を与える勢力に「旧民社」と「松下政経塾」の違いがあるとはいえ、鳩山由紀夫と同じ道を歩んでいるように見える。

経団連や大企業御用労組の言いなりに政治を進める限り、民主党・自民党に限らず、誰が総理大臣になろうがあっという間に国民に見放される、前任者たちと同じ道を歩むだけだということを、保守政治家たちは肝に銘じるべきだろう。


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参院選は、予想通り「みんなの党」が躍進し、自民党が予想以上の議席増を果たす一方、政権党の民主党も、連立与党の国民新党も、野党に転じた社民党も、ずっと野党で奮戦した共産党もすべて敗れるという結果に終わったため、「左側」の「政治ブログ」は意気消沈の状態になっている。菅直人首相を批判する小沢信者のアピールも盛り上がらない。山梨選挙区での輿石東の大苦戦が、現在の小沢一郎の勢いのなさを象徴している。京都選挙区では、昨年の衆院選近畿ブロック比例代表で初当選した「小沢ガール」の河上満栄が職を辞して参院選に立候補しながら惨敗した例もあった。

小沢一郎には昔から根強い支持者がいて、彼らは自民党時代、自由党時代からずっと応援を続けており、小沢一郎が自民党・自由党時代に唱えていた「自己責任」論や「小さな政府」論を支持する傾向が強い。『カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記』(2006年1月22日付)によると、小沢一郎が1993年の参院選前に出した本『日本改造計画』には、「ナイアガラの滝には柵がない、それがアメリカの自己責任精神というものだ」と書かれているが、伊東四朗がナイアガラの滝を旅行する番組に、ナイアガラの滝に設けられた柵が映っていたそうだ。

上記リンク先には、「安倍晋三の地元・下関市長・江島潔と、広域暴力団・合田一家と連合山口が癒着」と題した記事もある。2006年1月22日というと、ライブドア事件で堀江貴文が逮捕される前日だが、5日前には耐震偽装事件に関するヒューザー・小嶋進の証人喚問で「安晋会」の存在が暴かれたばかりであり、ネットでも安倍晋三批判が盛り上がり始めていた。ライブドア事件に絡んだ野口英昭の怪死事件(「自殺」として処理された)が起きたのは、小嶋が「安晋会」の存在を暴いた翌日の1月18日だったが、その野口英昭がなんと「安晋会」の理事だったことを報じた『週刊ポスト』が発売されたのは、上記カマヤンの記事が書かれた8日後、1月30日のことだった。

この頃、安倍晋三批判に加わった人たちから、2006年4月に民主党代表に就任した小沢一郎を熱狂的に支持する、「小沢信者」と呼ばれる人々が生まれた。彼らは、自民党・自由党時代の小沢一郎にはほとんど関心がなかった。ネットにおいて彼らを煽っているのが植草一秀で、彼は「良い小さな政府」を理想とする、かつてテレビ東京にレギュラー番組を持っていた元人気エコノミストである。

小沢・植草信者にもさまざまなバリエーションがあり、平沼赳夫や城内実を熱心に応援する人たちもいたことは、ネットのこの界隈ではよく知られている。当ブログは、アンチ平沼赳夫・アンチ城内実の論陣を張って、彼らのみならず、城内実に関しては政治家本人からも批判を浴びたが、城内実が国籍法改正に関して自らのブログにレイシズム剥き出しの記事を掲載した時、当ブログが城内実を批判する記事を公開し、多くのアクセスをいただいた経緯がある以上やむを得ない。城内実はその後も「眞鍋かをりさんポスター事件」を引き起こし、最近ではバンクーバー冬季五輪をめぐる記事で、自らのブログを炎上させた。

ネットにおける「左」側の平沼・城内信者の言論を代表するフレーズとして、「共産党員すら認める、平沼赳夫という人物」というのがある。その平沼赳夫が与謝野馨と野合して「たちあがれ日本」を結成し、参院選に惨敗した現在、彼らの言説を振り返ってみるのも面白いだろう。前述の参院選山梨選挙区には、安倍晋三・平沼赳夫・城内実の3人が中心となっている議員連盟「創生『日本』」が異様に入れ込んでいた事実を指摘しておく。輿石東は山梨県教職員組合(山教組)を支持母体とする政治家であり、民主党に転じて岩手県教職員組合(岩教組)を支持母体の一つとするようになったといわれている小沢一郎とは盟友中の盟友である。その小沢一郎の盟友を何が何でも落選させようとした「創生『日本』」の中心人物が、安倍晋三・平沼赳夫・城内実の3人なのである。

平沼赳夫は与謝野馨と野合したわけだが、それ以前の平沼赳夫や城内実の経済政策のブレーンが植草一秀だったといわれている。平沼赳夫のメッキは完全に剥がれたが、今後植草一秀のメッキも徐々に剥がれていくだろう。

「たちあがれ日本」の惨敗は、ネット右翼にも打撃を与え、彼らの意気もいっこうに上がらない。代わって息を吹き返したのが、小泉純一郎政権時代全盛だった「自己責任」厨、「小さな政府」厨であり、「みんなの党」の躍進でその勢いをますます増している。

「みんなの党」の政策というと高橋洋一の唱えるリフレが中心であり、裏を返せば財政政策を軽視する「小さな政府」路線の代表的な政党であるといえる。国民新党、社民党、共産党の消費税増税批判は、「みんなの党」の消費税増税批判に回収されてしまって、「みんなの党」の党勢拡大に協力する形となった。『AERA』の6月21日付記事「経済オンチ菅首相が学んだ『小野理論』と消費増税」(一時ネットでも読めたそうだが現在は削除されている)によると、高橋洋一氏のリフレ政策は、菅直人首相にも影響を与えかかったそうだ。勝間和代が菅首相にリフレ政策を進言したこともあった。しかし、結局菅首相が傾斜したのはケインズ派の学者(小野善康阪大教授、神野直彦東大名誉教授など)だった(菅首相の言動はブレーンの学者たちの思想とはだいぶ乖離しているとも思うけれども)。

これに対し、リフレ派の経済学者・飯田泰之は参院選前、『週刊朝日』で、「みんなの党」と明言こそしなかったが「第三極」という表現で、「みんなの党」支持を誘導するような発言をしていた。他方では、池田信夫が「菅首相の『第三の道』や神野直彦氏の『強い社会保障』に共通にみられるのは、マルクス主義の影響である」などとめちゃくちゃな妄言を吐いている。こんな人物に大学教授が務まるとは私には信じられず、彼に教わる学生が気の毒でならない。

このように、経済政策の観点からも、あらゆる方面から攻撃を受ける菅直人首相だが、実際菅首相が唐突に打ち出した消費税増税の政策は確かに最悪で、何のビジョンも示さずにただ消費税増税を掲げても、財政再建に用いられるか法人税減税の穴埋めにしか使われず、日本経済をさらに悪化させるだけであることは明白だ。

とはいえ、いずれ増税は不可避である。菅首相のフレーズ「強い経済、強い財政、強い社会保障」は、「強い経済」については判断を保留するが、少なくとも「強い財政」と「強い社会保障」は間違っていない。ここで、「強い財政」とは「強い再分配機能」を意味するのであって、間違っても「財政再建」(「財政均衡主義」と同義)を意味しないことは、どんなに強調しても強調しすぎることはないが、残念ながら菅首相自身が両者を混同しているように見える。菅首相がしきりに「ギリシャ」を引き合いに出すのがその表れであり、私はこれを耳にするたびに脱力してしまう。

しかし、よりどうしようもないのは小沢信者たちであって、最近では、テレビで森昌子の「せんせい」の替え歌「減税」を歌う映像が流れた河村たかしをマンセーする言説が現れた(植草一秀が作った長淵剛の「乾杯」の替え歌「菅敗」にも呆れたけれど)。河村曰く、「政治というのは納税者が徴税者と戦う歴史」、「有権者の皆さんが一番大事なことは、減税を要求すること」なのだそうだ。

これこそ典型的な新自由主義の論理なのだが、菅直人を「新自由主義者」として非難する「小沢信者」たちは、そのおかしさに気づかない。それどころか、彼らのイデオローグが唱える「良い小さな政府」というフレーズについて、単に批判しないだけならまだしも議論もしない。普通なら、イデオローグが唱える「良い小さな政府」という理想を達成するためには何をなすべきか、などの議論が生じるはずだと思うが、そうはならない。彼らが「小沢支持者」ではなく「小沢信者」と呼ばれるゆえんだ。

そして、河村たかしの主張が庶民の心をとらえているのが現状である以上、有権者の支持は「みんなの党」に集まり、社民党や共産党には集まらない。これは、あまりにも当然だ。ごく狭いネットの世界で小沢一郎に支持を集めるために用いられるのと同じ論理が、世間一般では「みんなの党」に支持を集めるために用いられる。もちろん、大衆への訴求力が強いのは「みんなの党」の方だ。

なぜ国民が税金を払いたがらないかというと、税金が正しく使われないからである。税金が正しく使われ、再分配の効果があることがわかれば、むしろ国民の側から進んで納税するようになるし、直接税の税収を上げて、それでもなお財源が不足する場合には、消費税増税にも国民が応じるようになる。この道筋をはっきり示さなければならないのに、首相は何の前触れもなく突然消費税増税を言い出すし、少し前まで連立を組んでいた少数野党の党首は「増税反対」しか有権者に伝わらない訴え方をした。

これでは、参院選で新自由主義政党が躍進したのも道理だ。


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参議院選挙で民主党が惨敗し、自民党の改選第一党を許した。

事前の情勢調査で、地方の一人区における自民党優勢が伝えられていたが、それがさらに加速した。自民党は、一人区を21勝8敗と圧勝した。

民主党は、比例区では第一党を維持したが、前々回(2004年)、前回(2007年)より得票率及び獲得議席を減らした。また、自民党は比例区における低落傾向に歯止めがかからず、過去最低の議席数を記録したものの、一人区での貯金にものをいわせて、9年ぶりに改選第一党の結果を勝ち得た。

民主党対自民党以外で注目されるのは、みんなの党が得票を伸ばしたことだが、思ったほどの爆発的な勢いではなかった。公明党は議席を減らした。また、与党の国民新党、野党の共産党、社民党、国民新党は揃って惨敗するとともに、雨後の筍のように立ち上がった「たちあがれ日本」、「日本創新党」、「新党改革」もいずれも惨敗し、「たちあがれ」と「新党改革」が各1議席、「日本創新党」は獲得議席ゼロに終わった。

要するに、勝ったのは自民党とみんなの党だけだったのだが、勝ったはずの自民党も比例区では過去最少の議席を記録したことを、再度強調しておきたい。

昨日(11日)はずっと開票速報を見ていたのだが、風が吹かない選挙ではこういう結果になるのかなあと思った。

地域にもよるのかもしれないが、地方議会においては自民党の議席が圧倒的に多く、民主党の議席は最近少し増えたもののほんのわずかである。だから、自民党政権時代には、いつも国政選挙の1か月前くらいまでは民主党の支持率は低く、これで選挙になるのかと訝るくらいだったが、選挙直前になると論戦がテレビで注目されたところに小泉首相が失言するなどして(たとえば「人生いろいろ」発言など)民主党に追い風が吹き、民主党は2003年の衆院選で躍進し、2004年の参院選では改選第一党になった。もちろん、自民党も手をこまねいていたわけではなく、03年には当時「国民的人気」があるとされていた安倍晋三を幹事長に据え、04年には参院選前に当時の小泉首相が北朝鮮訪問を行うなど、人気取りの手を打ってきたが、安倍晋三が小泉が期待したほどの能力を持っていなかったために、小泉がもくろんだような結果は出せなかった。

これらの選挙を見ながら、民主党も綱渡りの選挙をするなあと思っていたのだが、2005年、小泉はついに順風を吹かせることに成功した。「郵政総選挙」である。自民党に吹いた猛烈な追い風の前に、民主党はなすすべなく惨敗した。あの時、民主党は「風」に頼った選挙のやり方が間違っていることを痛感したはずだ。だから、2006年に民主党代表に就任した小沢一郎は、地方を回って支持を訴え、2007年の参院選の大勝につなげた。

とはいえ、2007年の参院選も「消えた年金」問題という風が吹いたから民主党が勝ったのだった。今でも覚えているのだが、あの年の4月から5月前半くらいまでは、安倍内閣も自民党も支持率が高くて、まさか参院選で自民党が負けるとは思えなかった。それが、「消えた年金」問題と、松岡利勝農水相(当時)の自殺などで、あっという間に風向きが変わった。国民の生活そっちのけでひたすら「改憲」にだけ熱中した当時の首相・安倍晋三も実質的に民主党を応援したようなものだった。つまり、あの選挙でもやはり強烈な「風」が吹いたのだ。

ところが、今回の選挙ではそういった「風」がなかったように思う。菅直人首相が唐突に消費税増税を言い出して、民主党に逆風が吹いたとはいうものの、自民党もそれ以前に消費税増税を打ち出していた。民主も自民も、互いに風を打ち消すような行動をとった。こうして無風化された時、政党の地力が出たのだと思う。民主党の小宮山洋子が、一人区では地方議会の議員が自民党と比較して圧倒的に少ないことが響いたと言っていたが、そういう要因は確かにあっただろう。

当然、民主党は来年の統一地方選で地方議会での議席増を狙ってくるだろうが、大きな問題がある。というのは、現在の民主党は、あまりに都市部リベラルの利益代表という色合いが強すぎて、地方ではなかなか支持が得られないのではないかと思うのだ。特に、菅直人首相や枝野幸男幹事長は「都市部リベラル」の色彩が強い。

今回、民主党執行部が情勢を甘く見たのも、彼らが東京ではさほど逆風を感じなかったこともあるのではないか。東京では民主党は2議席を獲得して、得票数も多かったし、私の周囲でも、民主党支持の声が多かった。しかし、地方はそんなもんじゃないぞ、と私は思っていたのだった。現時点というか近い将来における消費税増税の悪影響は痛んでいる地方を直撃する。だから、自民党も民主党も消費税増税を言っているなら、昔からなじみのある自民党が消去法で選ばれる。地方での強さに関しては、民主党は自民党の足元にも及ばないし、菅直人は小沢一郎の足下にも及ばない。

民主党が都市リベラルに偏りすぎた体質を改めるのは容易ではない。何より、同じく都市部を支持基盤とする前原誠司や野田佳彦らが持っている新自由主義的体質を克服しなければ、民主党が地方で地力を蓄えることはできない。新自由主義は、地方との相性が悪い。再分配がうまく働かなければ、地方はどんどん疲弊する。

今回の選挙結果を教訓として、民主党は新自由主義的体質を改めるべきだと思うが、実際には躍進した新自由主義政党・みんなの党に幻惑されて、逆に新自由主義色を強めるのではないか。みんなの党は、選挙区での当選者は首都圏だけであり、残りは比例区の票で議席を稼ぐ勢力である。そういう性格を持っているから、決して単独では天下はとれない。だから、民主党がそういう政党の真似をしても、墓穴を掘るだけだと思うのだが、彼らは失敗から学ばない人たちだから、きっと墓穴を掘るだろう。国民の新自由主義への幻想はまだまだ強く、もう一度新自由主義の政治で痛い目に合わなければ社民主義的な方向への転換はできないのではないかと私は悲観的に予想している。

もう一つ私が関心を持っているのが、例の比例定数削減の話である。今回の参院選でも、民主党は菅直人がぶれまくったことで比例票をずいぶん「みんなの党」にとられたけれど、それでもなお比例区で強みを持つ政党である。そんな政党が比例区定数を削減するなんて自殺行為だと思うし、民主党内の政治家の色分けでも、小沢一郎な地方に強い政治家であれば小選挙区主体の選挙でも勝てるが、菅直人のような都市型の政治家にとっては、小選挙区制主体の選挙は苦手なはずだ。それを示したのが昨年の衆院選であり、今回の参院選における民主党の一人区惨敗だった。

だから、小沢一郎と鳩山由紀夫が熱心に推進していた「衆院比例定数80削減」を止めようと言い出す理性的な議員が、反あるいは非小沢側から出てきても良いと思う。別に親小沢側から出てきても良いと思うけれども、それはあり得ないだろう。しかし私は、民主党の国会議員たちにはそんな勇気のないだろうだから、この方針を撤回はしないだろうと考えている。なぜなら、それは二大政党制を志向する民主党のイデオロギー自体を見直すことを意味するからだ。いい加減民主党内から二大政党志向見直しの議論が出てきても良さそうなものだが、なかなか出てこない。衆院比例定数削減法案自体は提出しても成立しないだろうから、普通に考えれば提出はしないはずだけれど、これだって民主党と自民党がつるんで強引に成立させる可能性がある。この場合もっとも得をするのは、いうまでもなく自民党である。

民主党の話ばかりしたが、勝った自民党については特に言うことはない。比例区の得票は惨敗した前回参院選よりかえって減らしているくらいであり、今回の選挙では、民主党の敵失と、長年築いてきた地方での蓄積にものを言わせただけだ。自民党低落のトレンドは変わっていない。だが、歴史的使命を終えた政党とはいえ、しぶとさは大したもので、かつての社会党のように一気に衰退するのではなく、徐々に衰えていくのだろう。微減の公明党も同様に、徐々に衰退しながらも今後も国会に議席を得ていくに違いない。

問題は、消費税増税に強硬に反対した国民新党、共産党、社民党の三党である。国民新党の場合、連立政権において思想右翼の度合いを強めて連立政権の成果を出す上で障害になったデメリットがあり、せっかくの経済政策におけるメリットを打ち消してあまりあるものだったので、獲得議席ゼロという今回の惨敗も仕方ないと思うが、共産党と社民党の比例区における得票が3年前と比較して減っていて、「みんなの党」に食われた形になっているのはまったくいただけない。共産党の訴えも社民党の訴えも、「消費税増税反対」しか有権者には伝わっておらず、だからアピールできないのである。

共産党は「科学的社会主義」を標榜しているが、社民党は社会民主主義的な福祉国家を目指す政党であるはずだ。それなら、目指す社会のビジョンと、そこに至る道筋を示さなければならない。「消費税ハンターイ」とだけ言っていれば参院選に圧勝できた21年前の成功体験にいまだにしがみついているから、同じ消費税増税反対を主張する「みんなの党」に票を取られてしまう。「みんなの党」は「小さな政府」を目指すとはっきり言っている。社民党はそれとは対極の「サービスが大きくて賢い政府」を目指す政党のはずだが、それを訴える努力があまりにも欠けていた。だから社民党はダメなのだ。開票速報のあとに田原総一朗の司会でやっていたテレビ朝日の番組を見ていると、辻元清美にはそのあたりを説得力を持って訴える能力があると思った。福島瑞穂党首とは不仲なのかもしれないが、辻元氏が今後の社民党のキーパーソンになるように私には思われる。

共産党については、今後党内で開かれた議論ができるかどうかに党勢の回復がかかっているのではないか。今回の参院選では、政権を批判する政党として唯一筋が通った政党だったから共産党に投票したが、政権をとる力をもった政党として期待して投票したわけではない。「科学的社会主義」にこだわるなら独自の道を行くのも良いだろうが、「共生党」的な党のあり方を志向するのであれば、開かれた党体質に改め、社民党は言うに及ばず、さらに広く「反貧困」運動との協力関係を構築して支持層を広げる努力が求められるだろう。

いずれにしても、「消費税増税反対」しか伝わらなかった(本当はそれ以外のことも言っていたのだろうし、選挙戦終盤では報道もされていたけど)これまでの行き方を続ける限り、社民党にも共産党にも未来はないことがはっきりした。

躍進した「みんなの党」だが、これはいうまでもなく徹底的な「小さな政府」を主張する政党である。雑誌『ロスジェネ』などで人気を得た学者たちが、今回「第三極」を宣伝して、暗に「みんなの党」支持へと人々を誘導する動きを見せたことには、彼らの正体見たりの思いだが、それが劇的に選挙結果に反映したというほどの選挙結果でもなかった。それでも、今後「みんなの党」の影響力を増すだろうと考えるとうんざりさせられる。

今回の参院選で、せめてもの溜飲を下げたのは、いうまでもなく「たちあがれ日本」、「日本創新党」、「新党改革」の3党の惨敗だった。平沼赳夫も与謝野馨も山田宏も中田宏も舛添要一も全然テレビの画面に出てこなかったし、「日本創新党」の比例区の得票は、女性党に肉薄されていた。党発足時からは考えられない惨敗だった。これで彼らの影響力もずいぶん削がれるだろう。ここ数年、平沼赳夫が「新党を結成する」と叫んでは週刊誌に取り上げてもらうというパターンが続き、「真正保守」の政党でもできるのかと思ったが、何もできないことがこれで証明された。今後、平沼赳夫がメディアに取り上げられる機会は激減するだろう。他の面々も同様である。クソ面白くもなかった参院選で、唯一溜飲を下げたのがこれらの党の惨敗だった。だがそれも、「三党揃って全滅」ではなかったので画竜点睛を欠いた。残り3議席の時点まで、「たちあがれ日本」と「新党改革」は獲得議席数ゼロだったのだが、「たちあがれ」と「改革」が立て続けに議席を確保したのに失望させられた。残る1議席を社民党が獲得して、同党はようやく2議席目を得るとともに、国民新党の獲得議席ゼロが確定した。最後まで不愉快な開票速報だった。


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参院選終盤の情勢は、民主党の失速が一段と鮮明になり、朝日新聞の記事を見ると、民主党は50議席割れ、自民党は選挙区で民主党と互角だが比例区で伸び悩み、40議席代半ば、代わって伸びるのが「みんなの党」で、10議席を超える勢いだという。

朝日新聞の予想通りになれば、現有議席との比較でいうと自民党も増えることになるが、私が基準としているのは2004年参院選における民主党50議席、自民党49議席という獲得議席数であり、両党ともこれを下回った場合敗北であると見なす。つまり、現状では両党とも敗北する可能性が高いわけで、その代わりに伸びる政党が「みんなの党」ということになると、いわゆる「民意」は、民主党と自民党がともに掲げる消費税増税に「ノー」だということになる。

特に注意を喚起したいのは自民党の比例区獲得議席の予想であり、朝日の紙面を見ると11議席程度となっている。2004年は15議席、07年には14議席だった。あれほど「惨敗」した安倍晋三時代の自民党の参院選で、自民党は比例区では1議席しか減らしていないが、今回は党勢が大幅に落ちているのだ。選挙区で民主党の自滅に助けられて善戦しているだけだ。民主党も、2004年の19議席、07年の20議席から、17議席程度に減る予想になっており、要するに民主党と自民党の両方が支持を失っているということだ。これが、両党とも消費税増税を打ち出していることと無関係だとは言わせない。

ただ、私が問題だと考えているのは、一口に消費税増税反対といっても、経済軸上の左側の反対と右側の反対があるということで、「みんなの党」の党勢拡大は、明らかに経済軸上の「右」側というか、要するに新自由主義勢力への支持がいまだに非常に強いことを意味する。

思い出すのは2月、菅直人が財務大臣に就任早々、税調専門家委員会の委員長に神野直彦・東京大学名誉教授(当時関西学院大学教授)を招聘し、税制の抜本的改革の議論を始めた頃の話だ。マスコミは早速これを「消費税増税論」にねじ曲げ、神野氏を「消費税増税に理解のある学者」などとテレビが報じていたので、当ブログはさっそくそれに反論した。だが、肝心の菅直人自身が消費税増税に傾いていたことが、菅直人の首相就任後に露呈した。

社会民主主義をとる北欧諸国の消費税率は確かに高い。だが、直接税の税率も高く、日本が消費税率を10%に引き上げると、税収全体に占める消費税の比率は、スウェーデンよりも高くなってしまう。このことは、月曜日(5日)に放送された、たけしの政治バラエティ番組でも紹介されていた。

歴史的にいえば、日本が福祉国家であったことは過去一度もない。田中角栄というのは、先見の明のあった政治家で、1972年に総理大臣に就任した彼は、1973年を「福祉元年」と位置づけ、日本を福祉国家へと転換しようとした。それまでの日本は、新自由主義者たちの大好きな「トリクル・ダウン」が成り立っていた国だった。高度成長期においてはたいへんな人手不足で、正社員よりパートタイマーの方が時給が高いこともあったが、大企業は従業員への手厚い福利厚生や終身雇用制で正社員をつなぎ止めていた。だが、それは高度成長経済で初めて可能だったことであり、本来政府がなすべきことを企業が肩代わりする、そんな時代は長くは続かない。

政策転換の必要性は、古くは池田勇人が予見していたことであり、本来なら佐藤栄作内閣時代に日本は福祉国家への道を模索すべきではなかったかと思うが、生憎佐藤は池田の政敵であり、佐藤が池田の示唆を政治に生かすことはなかった。田中角栄が総理大臣に就任したのは1972年で、1973年を「福祉元年」としたことは、田中角栄が政権初年度から福祉国家志向を見せたことを意味するが、不幸にして1973年は石油危機の年であり、田中角栄が意図した福祉国家への転換は頓挫した。不況は次の三木政権時代にも続き、景気が持ち直した時に政権を担当したのは緊縮財政への志向性を持つ福田赳夫だった。

不幸にも、日本では悪い内閣ほど長く続く傾向がある。中曽根康弘内閣や小泉純一郎内閣がそうだが、佐藤栄作内閣もその例に数え入れて良いだろう。とにかく、岸信介や安倍晋三も含めて、彼ら一族は日本に害毒ばかり流し続けた。田中角栄の総理大臣就任があと数年早ければどうなっていたか、と思うようになったのは最近のことだ。

福祉国家を建設する道筋においては、まず直接税の税収を増やし、それでも足りない分を間接税で補う。これが基本であるが、消費税を導入しつつ、直間比率を適正化すると称して直接税を減税し、結局税収を増やさないまま直間比率だけヨーロッパ並みにしたのが、80年代以降の自民党政府が行ってきた税制改革だった。いうまでもなくその政策の基本は「小さな政府」である。特に、中曽根康弘や竹下登の時代、バブル経済で税収が増えている時に直接税減税を行ったが、バブル経済を過熱させ、税収を減らした最悪の政策であり、本来「財政健全化」はバブル期のような時にやるべきことだった。中曽根や竹下の罪があまりクローズアップされないことに、私は不満を抱いている。

現在、「消費税増税論者」として非難されている小野善康は、その著書において、好況期に財政再建を行い、不況期に財政出動を行えと主張していたと記憶する。これ自体はまっとうな主張である。小野善康が不用意に消費税増税を口にして、「所得税増税の方が良いけれど、消費税でも良い」と発言したことには批判があって良いと思うが、それ以前に、自民党政権時代が推進し、現在の菅民主党政権にも影響が根強く残っている「小さな政府」の政策を批判することの方が、より本質的だし重要だ。

特に、社会民主主義を掲げる社民党は、本来高福祉高負担の社会を作るロードマップを国民に訴える努力をすべきだったと思うが、その成果が見られなかった。福島瑞穂党首の主張からは、「増税反対」しか伝わってこないし、かと思うと阿部知子政審会長は直接税の税収増へのアピールが全然できていない現状で、唐突にテレビで「消費税増税容認」発言をする始末だ。福島瑞穂も阿部知子も、やっていることは「みんなの党」の党勢拡大に協力しているだけなのだ。朝日新聞の予想では、社民党の獲得予想議席は比例区の「1」だけで、比例で2議席目を獲得できる可能性が出てきたとするものの、改選の3議席を守る可能性はないようだ。朝日新聞が11議席獲得を予想する「みんなの党」と社民党との差が、そのまま新自由主義と社民主義の支持率の比だと考えるほかはない。国民の圧倒的多数は今でも「小さな政府」を熱狂的に支持している。いつ「第二の純ちゃん」が現れても不思議はない(「第二の純ちゃん」は日本の中央より西寄りのところにいるような気がする)。

民主党の話をすると、神野名誉教授の税制改革を「消費税増税による財政再建」(もしくは法人税減税の穴埋め)に換骨奪胎してしまった菅直人首相の罪は重く、これだけでも民主党は参院選に負けて当然である。「社会民主連合」を出発点とする政党人がこんなことをやらかしたことは、1979年に保守本流の大平正芳が「小さな政府」にかぶれていながら、「一般消費税」創設を公約に掲げて満を持して解散し、批判を受けて公約の撤回に追い込まれる醜態をさらして、自民党の党勢拡大期であったにもかかわらず惨敗したことと対応する。よく今回の菅直人を12年前の橋本龍太郎と重ね合わせる議論があるが、1998年には既に消費税を増税したあと(1997年に3%から5%に増税)の減税を巡る議論で橋本首相(当時)の発言がぶれたのだった。1989年に「山が動いた」消費税参院選にしても、消費税が創設されたあとの選挙だった。今回の菅直人に一番近いケースは、1979年衆院選の大平正芳である。

当時「小さな政府」にかぶれていながら一般消費税を創設しようとした大平には、直接税減税の意図があったのではないかと思うが、選挙で惨敗した自民党では「40日抗争」が起きた。今後、民主党政権内で「40日抗争」が起きるのか、あるいは参院選で惨敗する民主党と比例区で惨敗する自民党が許されざる「大連立」を組むのかはさだかではないが、後者の場合、民主党内が許さなかった2007年の小沢一郎の「大連立」を阻止したと同じ役割を、当の小沢一郎が務めるという漫画のような事態が生じるかもしれない。

前回のエントリで、政策の立ち位置では民主党と公明党が近く、「えらぼーと」の回答は民公連立を示唆していると書いたが、実際の政治がその方向に動く兆しは見られず、むしろ公明党は自民党との接近を強めている。考えてみれば道理で、菅直人は2007年に受けた『論座』のインタビューで公明党とは体質が合わないと明言している一方、創価学会は菅直人を「仏敵」扱いしている一方、公明党と小沢一郎は、細川連立政権から新進党までの時代と、自自公連立時代に組んだ間柄だ。

私は、だからこそ菅直人が小沢一郎の動きを封じるために、公明党との接近という高等戦術に出るかもしれないと思ったのだが、現在の民主党政権首脳たちは思いのほか原理主義的らしく、そのくせ新自由主義には親和的で「みんなの党」に秋波を送ったりするからどうしようもない。鳩山政権時代の「旧民社の弊害」も深刻だったが、現在の菅政権の「松下政経塾の弊害」も深刻だ(もっとも、「みんなの党」に秋波を送った枝野幸男は松下政経塾出身ではない)。旧民社にせよ松下政経塾にせよ、肝心なところでマキャベリズムに徹しきれずに墓穴を掘る。

最近私はつくづく「菅直人は小沢一郎と無原則なところがよく似ているなあ」とか、「菅直人は八方美人で自滅するところが鳩山由紀夫とよく似ているなあ」と思う。考えてみれば、菅直人にとっての消費税は鳩山由紀夫にとっての普天間だ。いわゆる「小鳩体制」で民主党が参院選に臨んだ場合、30議席を割るともいわれていたから、小沢一郎や鳩山由紀夫の菅直人批判には、「お前が言うな」という側面がある。批判されるべきは、菅直人や小沢一郎や鳩山由紀夫といった政治家個人ではなく、民主党という政党自体が抱える構造的問題なのだ。その問題点を露呈したのが、小沢一郎であり、鳩山由紀夫であり、菅直人だととらえるべきだ。

民主党が全体で惨敗し、自民党が比例区で惨敗する予想がなされている参院選の予想を見て、日本の政治で問題なのは社民主義勢力が弱すぎることだと改めて痛感した。ちょうど、この記事を書いている最中に、日頃私が多くを教えられている『広島瀬戸内新聞ニュース』に、良い記事が公開されたので、これを紹介したい。
http://hiroseto.exblog.jp/12924385

それから、みんなの党は、小さな政府論です。ただ、消費税増税反対票を一手に引き受けている感じはします。皮肉にも共産党や社民党が、消費税増税反対で頑張れば頑張るほど、みんなの党へのエールになってしまう。

もちろん、まずは、特別会計の見直し、というのはわたしも同感です。しかし、その後をどうするのか?あまり多くは語っていない。

共産党や社民党も、高級官僚の特権にメスを入れつつも、お金持ちからも税金をいただく事をはっきりさせるべきだ。もちろん、消費税増税反対は現在のスローガンとしては大事です。

しかし、「税金はお金持ちから」と論戦を巻き起こしたほうがよい。

わたしが社民党党首なら「今は景気」「税金はもっとお金持ちから」を正面に掲げます。そうしないとみんなの党と一般有権者は区別が付きにくいです。新鮮なイメージがあり、マスコミが持ち上げる方へ票が流れるのは必然です。

「今は景気」「特別会計の見直し」「税金はまずは、お金持ちから」。その後、ノルウェーなどの北欧並を目指すなら、複数税率を前提に消費税を引き上げるが、アメリカ並の政府規模なら、直接税中心でいく。そういう議論を社民主義者は普段からしておくべきだったのです。

なお、大きな政府にしても、えらい人の給料は日本は実は高い。現場公務員がアメリカよりも少ない。
その辺を是正することも大事です。同一価値労働同一賃金を、政府が率先する。これからは、そういう議論をしていくべきです。

それがない限り、日本では社民主義者は勢力を伸ばすのは困難です。

(『広島瀬戸内新聞ニュース』 2010年7月9日付記事 「参院選情勢と税制改革論議の混迷」より)


今回の参院選にはもう間に合わないが、現在の日本において「立ち上がる」べきは、与謝野馨のような財政再建厨の「経済極右」でも、平沼赳夫のような「国士」気取りの「政治思想極右」でもなく、社民主義勢力なのだと思う今日この頃である。


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初めに残念なニュースだが、岸井成格が毎日新聞の主筆に就任した。就任したのは先月だが、既に数か月前には岸井の主筆就任は決まっていたようだ。

これに伴い、当ブログは、2008年8月17日付エントリで開始を宣言した「『毎日新聞叩き』に反対するキャンペーン」を終了し、代わって「毎日新聞を含むすべての全国紙を叩くキャンペーン」を開始する。その理由は説明不要だろう。

それにしても、読売新聞の渡邉恒雄(ナベツネ)、朝日新聞の船橋洋一、毎日新聞の岸井成格と、三大新聞の主筆がすべて親米新自由主義派で占められる事態になった。心胆を寒からしめるものがある。

とはいえ、今回はその毎日新聞の「えらぼーと」回答結果を分析した記事である。以前から、今日公開すると決めて準備していたから仕方がないし、他には読売も「ボートマッチ」を実施しているが、毎日の企画には、候補者の回答を参照できるメリットがある。

昨年の衆院選前に、「えらぼーと」への回答をもとに、政党間の距離を測ってみた記事を掲載し、反響をいただいたことがある。2009年8月17日付エントリ「『右』に寄り過ぎた自民党と、巧みなポジショニングの民主党」がそれだが、今回も同じ手法で政党間の距離を測定してみたところ、面白い結果が得られた。今回は、下表のようになったのである。

「えらぼーと」_2010参院選

今回は、前回と表示の色合いを変え、5段階表示にしてみた。政党間の距離が非常に近い場合(0.25以下)を赤地白抜きで表示し、やや近い場合(0.25より大きく0.35以下)をピンク地、中間は白地、やや遠い場合(0.50以上0.60未満)をグレー地白抜き、非常に遠い場合(0.60以上)を黒地白抜きで表示した。

前回衆院選前の時の分析も、同じ表示にすると下表のようになる。

「えらぼーと」_2009衆院選

お断りしておかなければならないのは、今回の「えらぼーと」では正反対の意図を持った回答が同じ選択肢に収まってしまう設問があることだ。たとえば「子ども手当」に関する設問がそうで、「財源を他の政策に振り向けるべきだ」という選択肢があるが、「現金給付より現物給付を行うべきだ」とする社民主義的立場からの批判も、「現金給付も現物給付も不要だ」とする新自由主義的立場からの批判も、同じ選択肢に収まってしまい、この設問に関する両者の距離はゼロになってしまう。こういう問題点はあるものの、これは毎日新聞のアンケート自体の欠陥だからどうしようもない。今回の計算ではこれらに関する補正は行わず、機械的に計算した。

真っ先に気づくことは、自民党とたちあがれ日本、日本創新党、新党改革の距離がきわめて近いことで、特に自民党とたちあがれ日本は際立って近く、すべての二政党の組み合わせの中でもっとも距離が近い(前回は共産党と社民党の距離がズバ抜けて近かったが、今回は連立政権の政策の評価をめぐって意見が分かれた)。

昨年の記事で、自民党ともっとも距離が近いのが「平沼グループ」(当ブログにおける呼称は「平沼一派」)であると指摘したが、平沼一派側から見た場合、もっとも距離が近いのは国民新党だった。しかし、平沼赳夫と与謝野馨が野合して「たちあがれ日本」が結成された結果、「たちあがれ日本」の経済政策が自民党と同じとなり、両党の距離がさらに接近したのだ。自民党と「たちあがれ日本」の距離の近さは異様である。

昨日(4日)に放送されたテレビ朝日の『サンデーフロントライン』では、大手生保会社の人間が作った、縦軸に「保守?リベラル」、横軸に「増税賛成?増税反対」とする怪しげなフリップを見せて、自民党から右翼政党「たちあがれ日本」が分かれて、その結果民主党と自民党の二大政党間の距離が縮まった、などと言っていたが、それは大嘘である。事実は、民主党と自民党との距離は縮まるどころか広がっている。一方、自民党を飛び出した「たちあがれ日本」と自民党の距離などほとんどない。自民党は、野党に転落して右翼度を強め、「トンデモ政党」と化しているのである。

とにかく番組で示されたあのフリップはあまりにずさんで、あんな馬鹿な仕事しかできない無能な人間が高給をもらっているかと思うと、それだけで腹が立つ。横軸に「増税賛成?増税反対」をとって、社民党、共産党と国民新党を「増税反対」だとしていたが、3党は「消費税増税」に反対しているだけである。「増税反対」を主張しているのは新自由主義政党である「みんなの党」だけである(「みんなの党」も法人税減税後景気が回復すれば消費税増税を念頭に置いている)。逆にいうと、社民党や共産党の「消費税増税反対」も、それだけのメッセージしか有権者に伝わらない場合、「みんなの党」を助けるだけになる。もっとも、社民党の阿部知子のように、唐突に消費税増税の必要性をテレビ番組で口にすると、自らの属する政党の勢いに水を差すことになる。社民党は、社民主義の理念についてアピールする日頃の努力が欠けているとしかいいようがない。

あの馬鹿げたフリップを示した人間の意図はミエミエで、要するに民主党と自民党に大連立を組ませたいのだ。そのためのポジショントークである。だがそんなことをしたら、間違いなく民主党の分裂を誘発し、大きな政治の混乱を招くだろうから、菅直人がよほどの馬鹿でない限り、そんなことはしないと私は予想している。むしろ私が自らの分析結果を見て思ったのは、参院選後の民主党と公明党との連立の可能性である。

前回、「巧みなポジショニング」と評した民主党だが、今回は前回と比較して全政党と距離が開いている。距離が「非常に近い」政党も「やや近い」政党も1つも存在せず、社民党、国民新党、みんなの党、公明党の4党と適度な距離感を持っている程度だ。また、前回自民党と「やや近い」関係にあった公明党は、自民党とは「やや遠い」関係になってしまった。公明党も「非常に近い」政党も「やや近い」政党も持たないが、もっとも数字の小さい、すなわちもっとも距離の近い政党は民主党なのである(但し数値自体は前回よりやや大きい)。民主党と公明党の連立であれば、消費税増税に反対する「うるさい国民新党」も切れて、小沢グループが再編を仕掛けようにも対抗勢力を作るために手を組む相手が見つからない(強いて挙げれば自民党になるだろう)、こう考えれば菅首相が公明党との連立に傾斜する可能性はかなり高いように思われる。

ところで国民新党だが、これまで民主党の新自由主義化を阻止する勢力として評価していたけれども、ネガティブな面にも目を向けざるを得ない。表を見れば一目瞭然、国民新党は衆院選前と比較して保守色を大幅に強めているのだ。たとえば「取り調べの可視化」については、民主党の千葉景子法相が思いのほか弱腰だったり、国家公安委員長の中井洽がブレーキをかけているせいもあるが、亀井静香がかなり強硬な反対派である影響も大きいのではないか。連立政権の政策に成果が少なかった理由には、国民新党の悪影響も相当あると言わざるを得ない。仮に民主党が国民新党を切って公明党と連立の組み替えをした場合、国民新党の「自業自得」という側面があることを否定できないのである。少し前に植草一秀が民主党と公明党の連立を熱望していたが、なるほど民主党命の人間がそういうことを考えたくなる理由もわからなくはないと、初めて思った。社民党にせよ国民新党にせよ、参院選で投票したいという気が起きる政党ではなく、やはり私の選択は「選挙区も比例区も共産党」しか残されていない。

もっとも、国民新党を批判しているからといって、間違いなく直接税をいじる前の消費税増税を実現させるであろう民主党の「国民新党切り捨てによる公明党との連立組み替え」になど、私は与しない。公明党は、自公連立時代の悪行があまりにひど過ぎた。今度の参院選では、政権交代9か月の採点という意味合いもあるが、10年の長きにわたった自公連立政権の総括もまだなされていないのである。


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今回のサッカーワールドカップ日本代表でもっとも印象に残った選手というと、やはり本田圭佑だった。道を切り拓いたカメルーン戦やデンマーク戦の得点もさることながら、この男は語る言葉が他の選手と違う。独特の哲学を感じる。野球のイチローに相通じるものがある。「応援だけでなく、批判してくれた人にも感謝したい」と語った言葉には特に感心した。こんな男だからこそ道を切り拓くことができたのだとも思う。

政治について思ったことを書く、この狭いブログの世界でも、批判されると簡単にブチ切れて「なんとか騒動」を起こしたり、意見の合わない相手に「ソーカツ」を求めて人心離反を招くなどの例を何度も見てきた。政治について語る場合、ある政治勢力に対しては反対の意思表示をすることを伴うので、その代償として自らも批判を浴びることは当然だと思うが、なかなかそうはいかない。「権力」を批判する「庶民」だと自らを位置づけると、自らに批判を受けない特権が生じると勘違いする人間もいるが、人間、批判されてなんぼである。

「イラ菅」との異名をとる菅直人首相も、特にネットの世界では、右からも左からも批判を浴びていて、『日本がアブナイ!』が書くところによると、

政治系のブログのランキングの上位(何十位か)にはいっているブログは、ここ(筆者註:『日本がアブナイ!』)を除いて、ほぼ全てのブログで(ウヨ保守系もそうでないものも)菅首相の批判が書かれている

とのことである。私はネット右翼が異様に強いあの「人気ブログランキング」が大嫌いで、何があってもあんなものには絶対に参加しないと決めているのだが、ランキングを見てみると、1位のヒロシ、もとい博士君や2位の植草大センセをはじめとして、菅首相を罵倒する記事ばかり書くブログであふれ返っているのは一目瞭然だ。

独自路線を行く当ブログは、小沢一郎に対しても菅直人に対しても是々非々を貫いているので、批判すべきは批判し、評価すべきは評価している。だから、当ブログも「菅首相の批判を書く」ブログなのだが、同時に菅直人に対して肯定的なこと「も」書くブログであって、それに対して「いまだに菅直人(や枝野幸男)に幻想を持っている」とか、「菅直人に思い入れがある」などとコメントをいただくこともある。実際には、菅直人自身よりも、33年前に菅直人も参加した社会市民連合を立ち上げた江田三郎に思い入れがあって、安倍晋三首相を総裁にいただく自民党が参議院選挙で惨敗した3年前の2007年7月29日が、江田三郎生誕100年の記念日だと知った時には、なんという素晴らしい偶然かと感激したものだ。

現在の菅直人は、「バル菅政治家」としかいいようがないが、あまりに周囲が新自由主義者ばかりであることに加えて、おそらく菅直人自身にも新自由主義志向の体質があるため、政策がすぐに新自由主義的に流れそうになる。しかし、菅直人の出発点は、彼が1980年の衆議院で初当選した時に所属した政党名「社会民主連合」が示すように、社会民主主義である。菅直人は、朝日新聞が以前出していた月刊誌『論座』の企画で、五百旗頭真(いおきべ・まこと)、伊藤元重、薬師寺克行3氏から受けたインタビューに答えて次のように語っている。

 私の発想にはヨーロッパ型社民政党というのが根っこにあります。社会党解体論者ではあるけれども、単なる解体ではなくて解体・再生論者ですから、社会党的なものが一切なくていいというわけではありません。そういうところが1つのベースになって、もうちょっとリベラルな、保守的なものも含めた、ロシア型や中国型の社会主義ではない、ヨーロッパ型の社会民主主義というものをイメージしていたわけです。

(五百旗頭真・伊藤元重・薬師寺克行編 『90年代の証言 菅直人 市民運動から政治闘争へ』(朝日新聞出版、2008年) 102頁)


これは3年前の菅直人の言葉である。もちろん、3年前にこう語っていたからといって、菅直人が掲げる政策が社民主義的だ、などと主張するつもりは私にはない。ただ、菅直人の原点は紛れもなく社会民主主義だったことを指摘するだけだ。現在では、どちらかというと「左」寄りの論者が自称することの多い「リベラル」という言葉を、菅直人は「左側」からより「右」の立場を指す言葉として用いている。このことも、菅直人が元来中道左派の政治家だったことをよく示している。そんな菅直人だからこそ、北欧に範をとる財政学者の神野直彦をブレーンとしたのだろう。

その一方で、菅直人は新自由主義への傾斜も以前から見せていたのだが、このあたりは小沢一郎にも似て、菅直人にも何でもかんでも吸収しようとする傾向がある。よく思うのだが、「何でもかんでも吸収する」ことに関して、小沢一郎と菅直人は実によく似ている。かつて小沢一郎はゴリゴリの新自由主義者だったが、現在では「国民の生活が第一」などと言っているし、かと思うと民主党代表選に極端な新自由主義者・樽床伸二を担いだりして、その無定見には呆れたものだが、菅直人もまた、神野直彦をブレーンにするかと思うと、「経済極右」の与謝野馨に秋波を送るなど、その無定見ぶりは小沢一郎に勝るとも劣らない。

だから、いくら小沢一郎が「国民の生活が第一」と言ったり、菅直人が「私の発想にはヨーロッパ型社民政党というのが根っこにあります」と言ったりしたところで、彼らの言葉を額面通りに受け取ることはできないのだが、彼らのそういう言葉を実現させる方向に、それこそ「庶民」が圧力をかけていきたいものだ。現実には、力ある少数者たち(いわゆる「エスタブリッシュメント層」=財界トップ、高級官僚、マスコミ幹部など)の圧力ばかり強くて、彼らの思うがままの政治になっている。これではいけない。小泉純一郎政権時代に、「痛みを伴う改革」などというふざけた言葉が流行したが、真に痛みを味わってもらわなければならないのは、ここ数十年の日本を傾けてきた張本人であるエスタブリッシュメント層の人たちである。彼らにこそ、「ノブレス・オブリージュ」にふさわしい、より多くの負担が求められると思うが、小泉時代の日本は本当にひどい国で、「自己責任論」を煽った勝谷誠彦(最近全国放送のテレビ出演が激減していることは大いに喜ばしい)のごとき人物が、暗に自らを指して「ノブレス・オブリージュ」という言葉を用いていたのを目にした時には、ブチ切れそうになった。私が小沢一郎だとか田中康夫といった人たちに信を置けない理由の一つに、彼らが勝谷と親しいことが挙げられる。

菅直人の話に戻ると、ヨーロッパ型社民政党が根っこにあるのは良いとしても、いただけないのはイギリスにかぶれた二大政党制論者であることだ。『論座』のインタビューをまとめた前述の朝日新聞出版の本によると、菅直人は『世界』1993年12月号に政界再編に関する論考を書いていて、日本新党とさきがけ(当時菅直人が所属)、社会党に自民党の一部を加えた「日本型民主党」と、新生党(当時小沢一郎が所属)、公明党、それに自民党の一部を加えた「日本型共和党」、それに自民党の残りの議員の政党による3大政党のイメージを描いているとインタビュアー(五百旗頭、伊藤、薬師寺氏のいずれか)が指摘したのに対し、菅直人は、それは再編の過程でいろいろなことが起きるだろうと思っていたことであって、自分は積極的に「3つの党を」と言ったことはない、基本的に小選挙区制による二大政党論者だと述べている(前掲書71?72頁)。

1993年当時、菅直人が「日本型共和党」に所属すると想定していた小沢一郎が、実際には「民由合併」で民主党に加わったのだが、小選挙区制による二大政党論に関しては、菅直人は小沢一郎と完全に意見が一致している。衆院比例定数80削減の政策は、事実上の民主党の両巨頭、小沢一郎と菅直人の意見が一致しているから、強硬に推し進められようとしているのである。

ここは、菅直人や小沢一郎の政策においてもっとも同意できないところである。90年代の「政治改革」の局面においては、「政権交代可能な二大政党制」を実現させるための選挙制度、という大義名分が語られたが、それ以前の鳩山一郎や田中角栄が狙った小選挙区制は、自民党が圧倒的な議席数を得て憲法改正を行うことを狙いとしていた。基本的に小選挙区制は第一党が圧倒的な議席数を獲得する選挙制度であって、それによって生じた有象無象の与党議員たちがいかに役に立たないかは、「小泉チルドレン」たちが証明したし、「小沢チルドレン」たちも、「国民の生活が第一」というスローガンを掲げながら、それとは正反対の方向性を持つ新自由主義者・樽床伸二を嬉々として担ぐていたらくだ。議員定数を削減するというなら(定数削減自体にも私は反対だが)、小選挙区制の比率を下げ、比例区は現在のようなブロック制ではなく全国区にするなどの改革をすべきだろう。それをやらない限り、タイゾーだの藤野真紀子だの川条志嘉だのといった役立たずの国会議員が生まれることを阻止できない。彼らこそ「ムダ」の最たるものではなかったか。

参院選の争点がどうだとか言っているが、おそらく2004年と似たような選挙結果になるのではないかと私は予想している。つまり、地方の一人区では自民党が優勢、比例区では民主党が第一党を維持して、合計では民主と自民が拮抗する議席数になる。これは、だいぶ前からの私の予想であって、地方の有権者が消費税増税に反対だから民主党から離れるのではなく(自民党も民主党同様消費税増税を唱えている)、単に政権交代に幻滅した、特に高年齢層の有権者が自民党に回帰するだけの話である。どんな政権交代でも、こういう「揺り戻し」は必ず起きる。だが、自民党の支持層が高年齢層に偏っている以上、今回の参院選で多少一人区の議席を伸ばしたところで、長期的なトレンドでは自民党の衰勢に歯止めがかかることはない。

支持できるところのほとんどない自民党に、私がかすかな望みをかけているのはそこにあって、つまり、民主党の「衆院比例定数80削減」を阻止するために、地方の一人区で自民党が勝つことを私は容認しているのである。民主党に単独過半数を獲得させてしまったら、「衆院比例定数80削減」は実現してしまう。だから、3人区以上の選挙区や比例区で少数政党(たちあがれ日本、日本創新党や改革新党は除く)に頑張ってもらうとして、一人区での自民党復活さえ容認せざるを得ない気分になっているのだ。

あんな自民党なんかの一人区勝利を容認せざるを得ないような参議院選挙なんて、くそ面白くもない。こんなつまらない気持ちで国政選挙を迎えるのは、小泉自民党圧勝の予想で気分が真っ暗になっていた「郵政総選挙」の前以来のことである。


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