きまぐれな日々

八ッ場ダムの問題で、一時期マスコミがダム建設推進派の声ばかりクローズアップしたために、世論もそれに引きずられかかったが、地元のダム推進派町議会議員や建設会社社長らの肩書きを明らかにせず報じるマスコミ報道のからくりが暴かれるにつれ、マスコミのダム推進派宣伝キャンペーンも腰砕けになり始めた。

この件に関してもっともたちの悪かったのがTBSの『朝ズバッ!』だが、司会のみのもんたは2007年2月27日付エントリ「くたばれ! みのもんた!!」に書いたように、自民党衆院議員だった御法川法男(今回の衆院選で落選)の親戚に当たる。この『朝ズバッ!』とNHKニュースは、「やらせ」が騒がれる前は町議を肩書き抜きで報じていたようだ。『朝ズバッ!』は、ネットで「やらせ」が書き立てられると肩書きをこっそり字幕に入れるようになったが、「やらせ」疑惑については何の釈明もしなかった。

こうなると今度は世論にダム建設反対派の声が強まり、ダムの地元・群馬県長野原町の町役場には抗議のメールが殺到した。気になるのは、その中に「非国民」という言葉を使って長野原町を誹謗するものもあったらしいことだ。
http://www.asahi.com/national/update/0925/TKY200909250393.html

これまで「反自公」をウリにしてきた「政権交代ブロガー」の中にも、「支持率80%の新政権を批判するのか」と書き、新政権への批判は許さないぞと息巻くむきもある。さすがにそういう非常識なことを書くのは少数の零細ブログに限られるが、このような全体主義的な意見を、「本音で語っている数少ないブログ」などと持ち上げる馬鹿者も現れているので、危うい傾向としてメモしておく。

ところで、公共事業の問題については、1990年代の後半から注目を集めるようになり、先日来何度か紹介している天野礼子著『ダムと日本』(岩波新書、2001年)によると、旧民主党が1997年に「公共事業コントロール法案」を提出したが、賛成したのは民主党と共産党だけで否決された。当時は自社さ政権時代で、天野さんらは社民党にも秋葉忠利衆院議員(現広島市長)経由で働きかけたが相手にされなかったという。秋葉氏はその後広島市長として、道路の国直轄事業負担金を廃止して、本来の管理者である国が全額を負担するよう、国並びに各政党への要請活動を行うなど、先進的な行政を行っている。秋葉市長の政策については、『広島瀬戸内新聞ニュース』が非常に詳しいので、是非同ブログ名と秋葉忠利市長の名前の複合検索語でネット検索されるなりして調べていただきたい。

一方で、新自由主義勢力も反公共事業の主張をするため、「新自由主義と左派の親和性」を指摘する意見もある。そういえば、自民党総裁選において、温室効果ガスの削減目標について、民主党案の25%削減を支持しているのは、3候補の中でもっとも新自由主義色の強い河野太郎である。

ネオリベと左派の親和性を指摘する意見は、「左派は雇用創出を可能にする公共事業を支持するのが普通」だと指摘する。それはその通りなのだが、そういう主張が見落としているのは「環境問題」そのものなのである。大規模ダムには、ダムに砂がたまり、下流に流れていかないし、それを放出すれば水質が際立って悪化する。つまり、ダムは河川を、自然環境を破壊するのである。曲がりくねった川をまっすぐにする河川改修は、水害が起きた時に一箇所に集中する水量と水の勢いを強くするため、強烈な被害をもたらすことがある。神戸市で起きた突然の鉄砲水による痛ましい水害は記憶に新しい。天野氏によると、脱ダムは1980年代にヨーロッパで、次いで1990年代にはアメリカでも主流の考え方になり、かつて1930年代のニューディール政策で全米にダム建設を推進したテネシー川流域開発公社(TVA)も、90年代には方向転換して新規にダムを造るのを止めてしまった。しかし、日本ではダム建設官僚が「アメリカはもうダムを作り尽くしたからやめただけだ。日本とは違う」などと言って、半世紀以上前に決定したダム建設を延々と造り続けようとしていたのである。

ダム反対派の指摘に耳を傾けて理解を示し、いち早く方向を修正したのが亀井静香だった。1995年には連立を組む社会党の野坂浩賢に圧力をかけて、長良川河口堰建設推進に転向させた亀井氏だが、のちには公共事業の見直しを実施し、中海干拓事業を中止させるなど実績もあげた。亀井氏は現在も積極財政論者だが、地域生活に与える悪影響の方が経済効果より大きいと判断すれば、果断に政策を転換する勇気がある。このあたりが、「日本会議」所属の思想右派政治家でありながら、私が亀井静香を高く評価する理由のひとつである。現在も、マスコミは亀井氏を槍玉に挙げようと必死だが、亀井氏への批判はあまり視聴者に浸透していないようだ(笑)。

もちろん、単にダム建設を中止するだけなら経済にはマイナスの効果があるが、もう何度も天野礼子氏の記事を引用して紹介しているように、「ダム中止」では予算が減額するだけだが、「ダム撤去」なら、新たな公共事業が発生するのである。2001年の『ダムと日本』では、亀井静香に対しては是々非々で、鳩山由紀夫に対しては手放しに近い支持を表明していた天野さんが、「新たな公共事業の発生」を指摘したことは、偉そうな言い方かもしれないが思想の深化を示しているようにも思われる。

ともあれ、これは、単なる新自由主義かケインズ政策かの議論ではない。環境問題なのである。「国民の生活が第一」なのであれば、地域住民の生活を無視して経済効果ばかり論じることは、議論の倒錯そのものである。


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昨日に引き続き、新政権の「脱ダム」政策に関するマスコミの、「謀略」としか言いようのない報道ぶりを取り上げる。

八ッ場ダムの建設中止を言明した前原誠司国土交通大臣を、現在マスコミはバッシングの対象にしている。前原大臣は、民主党代表時代に、「偽メール事件」を起こした責任を問われた悪印象や、タカ派にして構造改革支持者だった政治姿勢が左派からも嫌われているために、マスコミにバッシングされても、右派からも左派からも前原擁護の声はほとんど上がらない。しかし、ダム建設推進派寄りに極度に偏向したマスコミを批判しない左派は、ダブルスタンダードの謗りを免れないと思う。前原氏は国土交通大臣であって、防衛大臣でもなければ財務大臣でも経済産業大臣でもない。国土交通大臣というのは、前原氏の「毒」を封じ込め、かつ結果を出すことが求められるポストであって、小沢一郎の入れ知恵かどうかはわからないが、なかなか巧みな人事だったと評価するのは私だけだろうか?

ところで、『きっこのブログ』が、テレビに頻繁に出演する地元住民の代表が、

実はダム建設推進に深く関わって来た長野原町の自民党系の町議会議員であったことが分かった

と書いている。

このブログの記事については、真偽のほどを吟味する必要があるのだが、「2ちゃんねる」に下記の書き込みがあった。
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1253774128/826

【八ツ場ダム問題】 「これが友愛か!」「独裁的だ!」 地元住民ら、怒り→前原国交相「国民との約束だ」…鳩山内閣混乱の火種に★4

826 :名無しさん@十周年:2009/09/24(木) 17:35:55 ID:LtJhGnKI0
最近テレビ出まくってる(今日の朝ズバにも出演)ババァは星河由起子。
星河由起子は長野原町議会議員で、長野原町議会ダム特別員会副委員長
http://blog.hitachi-net.jp/archives/50914720.html
一般人と見せかけてるけど、思いっきり町議会議員ダム推進派利権組。


上記書き込みのリンク先は、公明党選出の茨城県議・井出よしひろ氏のブログで、確かに「星河由起子長野原町議会ダム特別員会副委員長」と書かれている(「特別員会」は、正しくは「特別委員会」であろう)。つまり、今回も『きっこのブログ』の情報は正しいことが判明した。なお、『きっこのブログ』には同様に一般人に見せかけている「中年男性の県議」の存在が示唆されているが、そちらの実名は私はまだつかんでいない。

2ちゃんねらーは星河氏が「最近テレビ出まくってる」と書いているが、私も見たことがある。えらく強硬な人だなあと思ったが、ダム推進派の町議会議員ならさもありなんと思うだけだ。最近はネット検索というツールがあるので、テレビで星河由起子氏の名前でネット検索をかけた人が、上記公明党茨城県議のブログで星河氏の肩書きを発見するし、アクセス数の多い『きっこのブログ』で、星河氏の固有名詞こそ出さないものの町会議員が一般市民を装ってダム建設推進を訴えていたことが指摘されると、それを見て町議の固有名詞を知ろうとする者がやはりネット検索で事実を知る。こうして、テレビ局の悪質な「やらせ」の手口がネットを介して広まっていくのである。

昨夜、『kojitakenの日記』でこの件を取り上げたので、現在は検索語「星河由起子」でGoogle検索をかけると、『kojitakenの日記』が筆頭で引っかかるが(9月25日午前6時30分現在。当然ながら順位は時々刻々変化する)、他に上位で引っかかった『たまー』というブログのエントリ「八ッ場ダム中止反対の地元住民は町議」を紹介しよう。

昨日、八ッ場ダムを訪問した前原国土交通大臣を、地元住民の星河さんという女性が
「前原語録ノートをつけている」
「前原さんが白紙撤回するとは思わない。誓約書を書かない限り、話し合いには応じない。命をかけて、建設続行を要求し続ける」
「前原さんは人の気持ちを理解しない人だ」

などと、テレビのインタビューに答えて批判している様子が、ニュースやワイドショーなどで繰り返し報道されている。このインタビューで話している人が、実は自民党系の長野原町の星河由起子町議会議員だと分かった。
もちろん町会議員でも住民には変わりない。しかし、この人の話している様子や話の内容は町議会議員というものではなく、むしろ地元住民の女性が泣き叫んで政治家に訴えることを装っている様子が見て取れる。

利権悪徳政治家やゼネコンが儲かること以外に何のメリットもない、中止して当然のこのダム建設に対して、マスコミは、町会議員が反対を訴えている映像を、地元住民の女性が泣き叫び訴えているように報道している。

ダム建設を中止すれば、町には負担金が戻ってくるし、補償も含めれば町はかなり潤うことになる。この町会議員の行動やマスコミの報道は、何を意味しているのでしょうか。

(『たまー』 2009年9月24日付 「八ッ場ダム中止反対の地元住民は町議」より)


特にこのブログの記事を取り上げた理由は、短い文章で問題の核心を突いているためだ。「町会議員でも住民には変わりない」、「ダム建設を中止すれば、町には負担金が戻ってくるし、補償も含めれば町はかなり潤うことになる」など、上記『きっこのブログ』と共通する指摘(但し文言は違う)も見られる。そして、『きっこのブログ』の方には、

この八ッ場ダムの建設に関わっている7つの公益法人と13の民間企業には、そのすべてに合計で46人もの国交省の天下りがいる。また事業の基本方針を決定した検討委員会も、委員長から委員に至るまでそのほとんどが国交省の天下りで組織されており、石原慎太郎東京都知事も名を連ねている。(後略)

という文章が続いている。

もちろん自民党系町会議員も利権構造のおこぼれにあずかるのだろうが、私がより問題だと思うのは、テレビ局がおそらくこういった利権構造を十分に知りながら、あえて星河由起子氏らを「一般市民」に見せかけるような「やらせ」報道を続けていることだ。たとえばNHKニュースなどでも、八ッ場ダムについて報じる時は、一方的にダム建設中止反対派(ダム建設推進派)の声ばかり報じている。NHKニュースに星河由起子氏が出ていたかどうかは知らないが、民放には星河氏はよく出ており、特に昨日(24日)は悪名高い、もとい視聴率の高いみのもんたの『朝ズバッ!』に出演したところから注目を浴びるところになった。そして、テレビ局の悪質な「やらせ」が明らかになったのである。国交省の天下りたちや現役のダム推進官僚と結託し、これら旧来権力と新たな権力(民主党政権)の激しい主導権争いにおいて、テレビ局は旧来権力に肩入れしている。その方が彼らの利益になるからに違いない。

なんとも呆れ返るばかりの腐敗・堕落ぶりだ。だから、こんな馬鹿げたテレビの「やらせ」報道に騙されてはならない。


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新政権をめぐる話題というと、鳩山由紀夫首相が国連気候変動サミットの開会式で、温室効果ガスの25%削減を表明したことやそのあとのオバマ米大統領との初会談、国内問題では八ッ場(やんば)ダムの建設をめぐる前原誠司国交相の言動などが注目されている。

当ブログは、以前から今後の日本は環境・エネルギー政策に力を入れ、この分野で日本が持っている技術力を武器に、経済成長を目指すべきだと考えている。目先の損得しか考えられなくなって腐敗・堕落した経団連や電力総連、電機労連など大手企業の労組連中は、自民党でさえ言わない「1990年比4%増」などという「恥ずかしい」どころではなく「恥を知れ」と言いたくなる目標を掲げたが、それに真っ向から対立する政策の行方を今後注目したいと思う。但し、民主党は原子力発電推進勢力である。早速、中国電力などは「原子力発電は二酸化炭素を発生しません」などというコマーシャルをテレビで流している。中国電力というと、山口県の上関町で瀬戸内海を埋め立てて原子力発電所を建設しようとしているが、この件については、『 春 夏 秋 冬』が、9月11日付同12日付同13日付の3日連続で、毎日新聞山口版の記事を引用しながら感想を述べられているほか、『広島瀬戸内新聞ニュース』に、中国電力への抗議行動の報告が転載されているので、これらのブログ記事を是非ご参照いただきたい。

八ッ場ダムについては、社民党の元衆院議員・保坂展人氏がマスコミ報道に呆れ返っておられる。
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/7eaba4bbf3409d6bf7151d9501304ff2

以下引用する。

八ッ場ダム、とめどなく溢れる思考停止報道

前原国土交通大臣が八ッ場ダムの視察に向かった。
これを前後して洪水のように溢れるテレビ報道は、どれもステレオタイプな表層をなでるばかりのもので、「ここまで造ったのにもったいない」「住民の怒りはおさまらない」などと繰り返している。私たちが10年にわたってこのダムの問題点と向き合ってきたのは、「造ること自体がもったいない」「住民の意志は踏みにじる」旧建設省河川局以来の国の姿勢そのものだった。

政権交代によって危機に陥った国土交通省のダム官僚たちが煽っているデマを何の精査もせずに垂れ流しているテレビ番組を見ていると「思考停止社会」も極まっていると感じる。まず代表的なデマは「工事の7割はすんでいて、あと3割の予算を投入すればダムが出来る」というもの。これは4600億円の予算をすでに7割使用したということに過ぎなくて、工事の進捗率とは何の関係もない。嘘だと思ったら、国土交通省河川局に聞いてみるといい。ダムは当初、半額以下の予算で建設されるはずだった。しかし、総工事費を4600億円にひきあげても、この金額で完成すると断言している人は誰もいない。工事が6年後に終わるという説明にも無理があり、竣工がのびのびになれば、実際の総工事費はどこまでふくらむかわからない。
(後略)

(『保坂展人のどこどこ日記』 2009年9月23日付 「八ッ場ダム、とめどなく溢れる思考停止報道」より)


保坂さんは、「政権交代によって危機に陥った国土交通省のダム官僚たちが煽っているデマを何の精査もせずに垂れ流しているテレビ番組」と書いているが、その露骨さには呆れ返るばかりである。『Living, Loving, Thinking』のエントリ「25%」にも紹介されている天野礼子著『ダムと日本』(岩波新書、2001年)に記述されている10年前頃と比較しても、マスコミの極端な反動化には恐れ入る。以前に鳩山由紀夫が代表を務めていた頃から、民主党は無用なダムの見直しを主張し、これが有権者に支持されて党勢を伸ばしていったが、当時国交省の官僚や自民党政権の言うがままにダム建設推進を積極的に主張していたのは産経新聞くらいのものだった。

もっとも、『ダムと日本』を読み返すと、自社さ政権時代に、社会党が自民党の言いなりになって大きく政策を転換したことが批判されている。当時の野坂浩賢建設大臣(故人)は長良川河口堰建設推進側に回って、「国家が、国民の血税を使ってやる公共事業にまちがいのあろうはずがない」などと発言した。天野さんは、これを「自民党の大臣でさえこれまで使うことのなかった言葉」と表現し、「その後のこの党(社民党)の凋落を見ると、あの時、総理村山と建設大臣野坂の親友コンビが行った数々の政治的判断が、それまでの自民党を上まわる悪質なものであったことが思い出される」と酷評している(以上、同書103頁)。一方、亀井静香に対しては、「少なくとも河川行政については、自民党の中では最も改革的な政治家」(同書171頁)と好意的だ。東京など都市部で民主党が躍進した2000年6月の衆院選で、亀井静香は「バラマキのどこが悪い」と言って選挙戦を戦っていたのに、その亀井氏がその2か月後の2000年8月8日に、自民党内に「公共事業の抜本的見直し委員会」を発足させたことは、天野礼子さんを驚かせた。亀井氏に語った天野さんの言葉は、今読み返すと感慨深い。以下引用する。

 私(管理人注:天野礼子さん)は、「ヨーロッパでも、アメリカと同じように、自然再生、特に川の再自然化が進んでおり、それは世界の潮流です。そしてヨーロッパでは、それが必要な事業として予算のつくことが待たれているのが現実。したがって自民党が政権を持ち続けているつもりならば、発想の転換をしてほしい。しかし私はいくら亀井さんでも、一人で自民党を変えることは無理だろうと考えるし、私は私で、自民党から政権を奪う五一パーセントの勢力の結集に力を貸すつもりです」、とお話しした。

(天野礼子著 『ダムと日本』 (岩波新書、2001年) 172頁)


それから9年、亀井静香が自民党を離れて民社国連立政権樹立に動き出してから4年、ついに政権交代は実現し、政権は民主党のマニフェストに沿って、八ッ場ダムの建設中止に動き出している。長い間止まっていた時間が、ようやく流れ始めた。

ただ、公共事業を削減するだけであれば、日本経済に良い影響は与えないし、それは亀井静香らの本意でもないだろう。前記『Living, Loving, Thinking』にも引用されている、天野礼子さんの『THE JOURNAL』の記事「祝・政権交代!"八ツ場ダム中止"と"ダム撤去"」の下記の指摘は重要である。当ブログ9月16日付エントリ「鳩山由紀夫内閣発足の日に「脱ダム」と環境政策を思う」でも紹介したが、以下に再掲する。

オバマ政権と民主党の今のところの違いは、日本の民主党はまだ従来の公共事業に代わる「グリーン・ニューディール(緑のたて直し策)」を提案できていないことです。
「ダム中止」では予算が減額するだけですが、「ダム撤去」なら、新たな公共事業が発生します。それがグリーン・ニューディールです。そしてその工事代金がどこから捻出できるかが問題でしょう。

社民党の福島党首は「軍事費の削減」に目をつけておられます。これも巨額です。アメリカの傘の下にいるのに今ほどの軍備をしているのは「アメリカに買わされているだけ」とも見えます。「グリーン・ニューディール」で、経済をまわしてゆく策を考えることが、日本民主党の急がれる仕事と思います。

(『天野礼子の「環境と公共事業」』 2009年9月15日付記事 「祝・政権交代!"八ツ場ダム中止"と"ダム撤去"」より)


自然エネルギーの件もそうだが、環境政策と経済成長は両立するのである。経団連や一部の官僚と一体となったマスコミの謀略宣伝に悪影響を受けている国民も多いようだが、救いは最近どこかのテレビ報道で知った世論調査の結果である。新政権が掲げる「温室効果ガス25%削減」の政策は、40代以上と比較して20代及び30代の支持が高いらしいのだ。

若者はまだ自分のことだけではない夢を捨てていないのだなと思った。


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NHKが「自民党のコマーシャル」までやった昨年の賑やかさとは打って変わって、さして注目もされていない自民党総裁選だが、谷垣禎一、河野太郎、西村康稔の三氏によって争われている。

昨年の総裁選は、麻生太郎、与謝野馨、石原伸晃、小池百合子、石破茂の5氏が立候補したが、不思議なことに候補者は一人も重複していない。昨年は、この5氏のほかに、棚橋泰文と山本一太が立候補の意思表示を行ってテレビ朝日の『サンデープロジェクト』で行われた討論会で自説をアピールしたが、立候補しなかった。推薦人が集まらなかったためというが、棚橋の場合はそれより総選挙目当ての売名活動と思われたし、2007年の参院選で当選した山本一太の場合は、今後の政治活動への布石を打ったつもりだったのだろう。

いずれにしても、自民党総裁になれば総理大臣の座を勝ち取れる昨年の総裁選には立候補し、野党のリーダーとして地道に党を立て直す必要のある今回の総裁選に立候補しない政治家は、私だったら軽く見る。石破茂や石原伸晃は、ポジション的には保守本流、新自由主義者、「真正保守」(笑)の三者いずれもが受け入れられる人物であり、立候補すべきだったと思うが、彼らはその道を選ばなかった。今回は実質的に谷垣禎一と河野太郎の争いだろうが、両者にはともに相容れない勢力がある。谷垣はもと加藤紘一の側近だった宏池会の政治家で、若手のカイカク派には受け入れられないだろうし、河野太郎は長老連中と「真正保守」には到底受け入れられない政治家だ。ネット右翼が作成した「売国議員リスト」を見ると、河野太郎は黒字に白文字で「売国度SSS+」と評価されており、加藤紘一や谷垣禎一の「売国度S」以上に蛇蝎のごとく嫌われていることがわかる。特に、国籍法改正の推進役を果たしたことがネット右翼の評価が異様に低い理由の一つになっている。だから、河野太郎は平沼赳夫や城内実と不倶戴天の間柄にあり、もし河野太郎が自民党総裁に選出された場合、平沼一派の自民党復党の可能性はなくなる。

政治思想的には極右と反りの合わない河野太郎だが、正真正銘の自民党左派政治家だった父の河野洋平とは異なり、護憲派ではないし、何より新自由主義者である。昨日の『サンデープロジェクト』でも、自民党は小さな政府で経済成長を目指す政党であるべきだ、と持論を述べていた。河野太郎は、保守本流とも「真正保守」とも違う、小泉純一郎や渡辺喜美から右翼への媚びへつらいを取り除いたような、正真正銘の新自由主義者、と言って悪ければ「カイカク派」の政治家と位置づけられる。本来「みんなの党」に属するべき政治家ともいえるが、渡辺喜美より河野太郎の方が同じ二世でも能力は上だろう。仮に河野太郎が勝てば、自民党が「みんなの党」を糾合できる可能性があるが、その一方で、「真正保守」が離反して、改革クラブや平沼一派とくっつこうとする流れが生じるのではないか。つまり、自民党が新自由主義勢力と「真正保守」(笑)の二党に分かれる可能性が出てくる。

これは、森喜朗や安倍晋三にとっては全く好ましくない事態である。自民党が二つに分かれてしまえば、権力の奪回はいよいよ難しくなるからだ。いくらなんでも、今回の衆院選惨敗のA級戦犯である町村派から総裁は出せないから、今回は町村派にとってより害の少ない谷垣禎一で我慢しようというのが彼らのもくろみだ。町村派の若手である西村康稔が立候補しているが、知名度が低く、最初から当選を目指している候補ではない。狙いはただ一つ、地方票が河野太郎に流れるのを食い止めることにある。

『kojitakenの日記』にも書いたが、私があれっと思ったのが、西村康稔がサンプロの討論で小泉構造改革を明確に否定したことだ。西村の批判は河野太郎に向けられたもので、西村は、河野が都市部選出の議員であり、小泉改革の継承を主張しているが、地方の痛みがわかっていないと言っていた。

だが、この発言は私には「ビックル一気飲み」ものだった。ネット右翼は西村のことを「聞いたこともない議員」などと言っているが、ライブドア事件を熱心に追っていた人間なら、西村の名前にはなじみがあるはずだ。西村は、ライブドア事件の時に、投資事業組合にかかわった噂が流れた政治家である。灘高─東大─通産省と進んだ西村のキャリアは、村上世彰と完全に同じであり、西村は村上の3年後輩にあたる。3年前には、西村が村上ファンド関連会社役員から献金を受けていた事実を、『しんぶん赤旗』に暴露された。こんな人物が「小泉構造改革」を否定し、地方代表の政治家面するなんてちゃんちゃらおかしい。西村こそ小泉構造改革のうまみをたっぷり吸った人間ではないか。西村の選挙区の明石や灘高校のある神戸はれっきとした都市部である。それなのになぜ西村が「小泉構造改革」を批判し、河野太郎が地方の痛みをわかっていないと主張するのか。その理由はただ一つ。地方票が河野太郎に流れるのを阻止することが狙いである。西村自身が地方の痛みを理解し、地方を豊かにする政治を目指しているわけでは決してない。

もう一つ、西村の小泉構造改革批判は、小泉純一郎が国会を去った現在、町村派にとって「カイカク」がその存在意義を失ったことを意味する。仕切りたがりの森喜朗や、狂った極右思想に頭を支配されている安倍晋三にとっては、小泉改革など初めから自民党延命のための道具に過ぎなかった。安倍は、小泉の後継者になるためにそれが必須だったので小泉構造改革路線を支持しただけの話で、本心では経済政策には何の関心もない。今後、民主党政権が支持を低下させた時、平沼赳夫や城内実のような国家主義者の台頭が予想されるが、平沼一派は、現にそうであるように、経済政策では反「構造改革」の立場をとっている。要するに、彼らは国家社会主義者なのである。西村康稔の総裁選当選は、今回に限ってはあり得ないが、西村の出馬および西村への支持の拡大は、国家社会主義の台頭という、もっとも警戒すべき動きへの道を開こうとするものであると当ブログ管理人は考える。

そんなことになるくらいなら、河野太郎に自民党総裁になってもらって、現在の自民党が新自由主義者と極右、それに少数の「保守本流」にすっきり分かれる道を開いてくれた方がよほど良い。だから、私は河野太郎の総裁選当選が日本にとっても自民党にとっても一番ましな選択ではないかと思うのである。反「カイカク」を主張する読者の方は目を剥かれるかもしれないが、急がば回れである。今さら、新自由主義政権が復活する可能性などほとんどない。西村康稔の「陽動作戦」に騙されてはならない。


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先月末の衆院選のNHK開票速報で、いの一番に当確が報じられたのが岡山2区の民主党前職・津村啓介だった。津村に敗れた自民党前職の萩原誠司は、比例復活もならず、国会議員の座を失った。

今回の衆院選で、自民党の中国ブロックは、比例名簿1位に岡山3区の阿部俊子を記載し、2位と3位にはそれぞれ比例単独候補を置いたので、4議席を獲得した自民党同ブロックは、小選挙区での落選者が1人しか復活できず、それが広島4区の中川秀直だった。岡山1区や5区で民主党がもう少し頑張っていれば中川(女)も中川(酒)同様落選に追い込めたのだが、今回の選挙では近畿地方を除く西日本でアンダードッグ効果が起き、中国ブロックでも広島県以外では自民党が粘り腰を発揮し、中川(女)は九死に一生を得た。

しかし、小泉郵政選挙でさえ小選挙区で敗れた岡山2区の萩原誠司や同4区の橋本岳(故橋本龍太郎元首相の倅)には、比例復活などあり得ない。選挙の数か月前から、この2人は落選確実と見られており、実際そうなった。

このうち、萩原誠司は元岡山市長だが、2期目の任期途中の2005年、郵政民営化法案に反対した岡山2区の熊代昭彦元自民党議員への刺客として市長職をなげうって立候補した。結果は、小選挙区で熊代氏を追い落とすことには成功したが、民主党の津村啓介に敗れて比例復活で辛うじて当選したのである。あの郵政選挙でさえ小選挙区で負けるくらいだから逆風下の今回は当選がおぼつかなかった。

2005年の総選挙直前の様子を、熊代昭彦陣営から生々しく伝えているのが、熊代元衆院議員の娘さんが書いているブログ『岡山の青い空』である(下記URL参照)。
http://kumamusume.blog76.fc2.com/blog-entry-13.html
http://kumamusume.blog76.fc2.com/blog-entry-14.html

熊代氏は、今回の衆院選にも立候補したが3位と惨敗、落選した。選挙は民主・津村啓介氏の圧勝で、自民・萩原誠司は大きく引き離されて敗れ、自民系無所属の熊代氏はその萩原氏にも大きく引き離された。さらにその下に国民新党の赤松和孝氏が続いた。この選挙区では、自民系も民社国系も分裂選挙を戦ったのだった。熊代氏が同じ岡山の平沼赳夫を頼らなかった理由等々、細かい事情は知らない。

だが、少なくとも一つだけいえるのは、小泉郵政選挙で落下傘候補として比例復活で当選した萩原氏は、当然ながら「小さな政府」を支持し、「自己責任論」を訴える立場に立っていたと見なされることだ。

その萩原氏が、衆院選での自民党の敗因を分析するために自民党本部で開かれた「党再生会議」で、「何か仕事が欲しい」と訴えると、場内には寂しい笑いが漏れたという。
http://www.sponichi.co.jp/society/flash/KFullFlash20090915163.html

元岡山市長で、小泉自民党の落下傘候補がこのざまである。萩原氏は岡山のハローワークに仕事を探しに行けば良い。そして、身をもって「自己責任社会」の厳しさを知るべきだろう。

一方、発足した鳩山由紀夫新内閣の支持率は、毎日新聞調査で77%に達した。毎日の調査では、小泉内閣には及ばないものの、細川護煕内閣を上回る数字だという。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090917-00000096-mai-pol

毎日の数字は他社と比較しても特に高く出ているが、他社でも朝日新聞71%、共同通信72%などと軒並み高支持率をたたき出している。いずれも小泉より下で、細川内閣と同程度のレベルだ。

しかし、新内閣は早くも民主党の公約だった「政府会見を記者クラブ以外のメディアにも開放する」という方針を反故にしようとするなど、驕った姿勢を見せている。特に、平野博文官房長官が元凶らしい。週刊朝日の山口一臣編集長が厳しく批判している。
http://www.the-journal.jp/contents/yamaguchi/2009/09/post_90.html

内閣発足早々これでは先が思いやられるが、今後もこういう驕った姿勢を見せ続けるようでは、早晩内閣支持率は急落するだろう。有権者は自民党と麻生太郎に退場勧告を出しただけであって、鳩山由紀夫を積極的に支持した人は決して多くない。新内閣には謙虚さが必要だ。

それにしても、官房長官に平野博文とは、なんという人事だろうか。この男は松下(現パナソニック)労組の出身だが、私などどうしても新内閣の環境・エネルギー政策が気になるので、電機連合の消極的な姿勢が頭に浮かんで、嫌な予感にとらわれる。これは、他の多くのブログも指摘していることだが、誰しも気になることだと思うから当ブログも書かないわけにはいかない。平野博文を官房長官に据えるセンスでは、環境相に福島瑞穂を持ってくるような大胆な人事を鳩山首相が行おうはずもなかった。環境相の小沢鋭人は鳩山首相の側近である。何かと自民党政権からの変化を抑えようとする姿勢が目につく鳩山首相を思う時、大胆な環境・エネルギー政策の転換にもブレーキがかかるのではないかと危惧する。

自民党から奪い取った権力の座にあぐらをかいていたら、民主党の面々も次の総選挙のあとには、現在の萩原誠司と同じように、「何か仕事を欲しい」と党執行部に訴える醜態をさらす羽目になるのである。新内閣には、もっと緊張感が欲しい。


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鳩山由紀夫新首相が誕生した。2006年以来、年中行事になった9月の新首相誕生だが、今年は民主党政権発足ということだけは新味がある。しかし、元総理の息子だの孫だのという世襲総理大臣の誕生としては4年連続である。その意味では新味はない。しかも、藤井裕久を財務大臣にしたことに象徴されるように、閣僚人事は安全運転に徹していて、政治主導どころか財務省主導になってしまうのではないかと危惧される。

でも、そのような懸念を書くなら当ブログよりずっと辛辣で痛いところを突くブログがいくつも存在する。当ブログがその土俵に上がりたいとは思わない。

それより、昨日ネットで見かけたある記事が印象に残った。

天野礼子氏の「祝・政権交代!"八ツ場ダム中止"と"ダム撤去"」と題する記事である。

八ツ場ダムについては、このところ毎日のようにテレビのニュースで取り上げられている。どちらかというとダム建設推進派の視点からの報道が多い。つまり、民主党政権の政策を批判する立場に立っている。

しかし、2001年に岩波新書から『ダムと日本』を上梓した天野さんは脱ダム派である。当時は、田中康夫が長野県知事に当選した翌年で、脱ダムの動きが世の注目を集めていた。私も当時この本を読んだ。

その天野さんは、次のように書く。

鳩山さんの「ダム中止」は、彼が2000年に私に依頼して「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」を代表の特別諮問機関として発足させた時からの路線で、2000年11月1日に、この委員会が作った報告書「緑のダム構想」を持参して川辺川現地入りをされた時に始まっています。

民主党はその委員会と共に、コンクリートのダムに依らず、「緑(森林)のダム」をつくって治水しようと決めたわけです。

「ダムに依らなくても治水はできる」「利水上もこれ以上の水資源は必要ないにもかかわらず、"多目的"と称してダム造りが続けられたのは、政官財癒着腐敗の図式にあった」「ダムによる自然破壊は、ダム造りが始まった頃に予想されていた被害に比べて大きすぎる」ことが、ダムが中止される理由です。

(天野礼子の「環境と公共事業」?「祝・政権交代!"八ツ場ダム中止"と"ダム撤去"」より)


これを読んで、昔、私が民主党に期待を寄せていた頃のことを思い出した。その後、民主党には幻滅させられることの方が多かったが、そういえば脱ダムの政策があったなと記憶をよみがえらせた次第だ。

しかし、こう書いたあと、天野さんは注文をつける。

オバマ政権と民主党の今のところの違いは、日本の民主党はまだ従来の公共事業に代わる「グリーン・ニューディール(緑のたて直し策)」を提案できていないことです。
「ダム中止」では予算が減額するだけですが、「ダム撤去」なら、新たな公共事業が発生します。それがグリーン・ニューディールです。そしてその工事代金がどこから捻出できるかが問題でしょう。

社民党の福島党首は「軍事費の削減」に目をつけておられます。これも巨額です。アメリカの傘の下にいるのに今ほどの軍備をしているのは「アメリカに買わされているだけ」とも見えます。「グリーン・ニューディール」で、経済をまわしてゆく策を考えることが、日本民主党の急がれる仕事と思います。

私自身は、「軍事費を減額すれば、いろいろなことに使えるのに・・・」と思っている一人です。


そうだよなあ、「ダム中止」だけだったら、民主党お得意の「ムダを省く」だけで、「小さな政府」路線でしかないよなあと思う。そして、私もまた、軍事費を削減していろんなことに使え、と言う社民党の福島瑞穂党首に共感するものである。

天野氏のエントリは、このあと長良川河口堰の撤去運動の話へと移る。これは、昔から元朝日新聞の本多勝一記者が熱心に追及していた件だ。私も、本多氏の著書でこの件に関する記事をずいぶん読んだ。本多勝一は、イデオロギーを語る文章にはあまり感心しないが、こういう件だとか教育問題を取り上げると本領を発揮する。本多氏が2002年の民主党代表選を論評して、北海道知事時代に開発利権に絡んでいた横路孝弘を批判し、民主党代表には菅直人か、さもなくば若手を起用せよと主張していたことを思い出した(この時は菅直人が代表に就任した)。ちなみにこの頃だったかこの少し前だったかに、『週刊金曜日』で本多勝一は小沢一郎と対談して意気投合していた。

それにしても、天野さんの記事にある、

農水省はすでに「生物多様性戦略」を発表し、そこには「不適切な農薬・肥料の使用、経済性や効率性を優先した農地・水路の整備、埋め立て等による藻場、干潟の減少など一部の農林水産業の活動が生物多様性に"負の影響"を与えていた」と書かれており、なんとそこには、諫早水門閉め切りの写真が載せられています。

という記述には驚いた。農水省の官僚にだって良心はあるのだ。

グリーン・ニューディールにもっと積極的に舵を切れ、というのが天野さんの主張であるように読みとれる。そういえば、周知のように、鳩山政権は温室効果ガス削減の中期目標として、1990年比25%削減を打ち出している。

「Living, Loving, Thinking」のエントリ「25%」は、エントリの後半で上述の天野礼子さんの岩波新書を取り上げているが、メインはタイトルにもなっている民主党の温室効果ガス削減目標値に関する論評であり、

これを聞いたとき、環境政策の名を借りた産業政策或いは経済成長政策なのではないかと思ったのだ。高いハードルを設定して、環境関連の技術革新を一気に加速させ、高付加価値の商品を開発してゆくこと。しかし、(本来は美味しい話である筈なのに)経団連は懐疑的で、さらに民主党の支持基盤のひとつである労働組合も(資本家と一緒になって)これに対して懐疑的なスタンスを示しているという。

との指摘には、強い説得力を感じた。そして、

また真に問題なのは、エネルギーの供給と分配の体制を集権的・独占的な〈ハード・エネルギー・パス〉から(30年以上前にエイモリー・ロビンスが唱えた)分権的で小回りの利く〈ソフト・エネルギー・パス〉へと転換する道筋を呈示すべきなのに、社民党も民主党もまだはっきりと明示していないということだろう。

と指摘しているのだが、この論点については、私は金子勝氏や飯田哲也氏の論考に教えられて、30年前どころか約1年前に初めて認識したばかりであった。不勉強を恥じ入る次第である。

それはともかく、財政再建路線重視を匂わせる鳩山内閣の閣僚人事への批判はあるにせよ、新政権の環境・エネルギー政策を注視したいと思う今日この頃である。


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一部で話題の城内実衆院議員に関する件で、また「愛がない」とかなんとかいう言葉が聞こえてくるが、それが自分に対する愛を相手に求めているものだということは指摘しておきたい。要は自己愛の発露に過ぎないのである。

もちろん、当該ブログで管理人が歓迎しないコメントを連投することはやるべきではないし、それは管理人を支持する立場であっても反対する立場であっても同じことだ。それに、他所のブログのことなのであまり差し出がましいことを書くのもなんだが、自分のブログなのだから運営にさしさわるコメントはざっくり削除してしまえば良い。たとえば、当ブログでいうと、高速道路無料化の議論についてのコメントは当ブログの立場と異なるものでもすべて承認しているが、時折くる城内実信者からの古いエントリへのいちゃもんのコメントは削除している。それらは、議論につながるものではなく、当ブログにつばを吐きかけているに過ぎないからである。

以前からよくあるのが、かくかくしかじかのコメントを投稿したが削除されました、というやつだ。昔のパターンだと「トラックバックピープルの何々にTBしました」と書いてその画像をキャプチャし、「しばらく経って見に行ったら削除されてました」と書いて、「検閲だ、検閲だ」と叫んでいた人がいた。そんなバカバカしいことをしないで、自分のブログで反論を書いて、相手に読んでほしければ相手のブログにTBを飛ばせばよいだけだ。もちろんTBが削除される可能性が高いが、主張が多くの読者に受け入れられるのものであれば、ブログのアクセス数に反映されるはずである。たいてい、そんなことにかまけるブログはアクセス数を落としていく。衆院選のあと、当然のごとくアクセス数が低下傾向にある当ブログが書いても説得力がないかもしれないが、昨年11月20日付の当ブログのエントリ「テロ行為と極右政治家・城内実だけは絶対に許せない」は、累計で1万7千件以上のアクセスをいただいており、別件で城内衆院議員が話題になった時にも、その件について書いた記事よりも、該エントリへのアクセスの方がずっと多かった。1万7千件というと、部数の多い週刊誌の数十分の一、部数の少ない週刊誌の数分の一程度に相当する。世に意見を訴えるのであれば、効果を狙わなければダメだ。当ブログとしては、普段はそこそこのアクセス数でも、ここ一番でアクセス数が伸びるエントリを送り出そうと心がけているが、当エントリのようにうんざりした気持ちで書いたものは、そうはならない。そういう時にはダメダメに徹することにしている。読者も意識するとはいえ自分のブログだから、わがままを通しているわけである。

城内衆院議員についていうと、下記の2点が明確にされていないので、ブログに直接コメントなりTBをしない人たちでも、「はてなブックマーク」のコメントなどで皆さん不満を表明するのである。

まず、城内実氏が国籍法改正の際に書いたレイシズム的エントリに対して抗議したそうだが、同氏はこのエントリについてこれを批判したブログ(当ブログを含む)に対して煽りの反論こそすれ、誤りを改める姿勢などいっこうに見せていない。いったい、「自らの判断が間違っていた時、正直にそれを認めることができるところ」とは何を指すのか。

次に、城内実氏は「改憲派だが、9条は残すべき」と主張しているのではなく、毎日新聞の「えらぼーと」に答えて、9条改正と集団的自衛権の政府解釈変更見直しをともに支持する立場を表明した。それどころか、2006年には「チャンネル桜」で、

教育基本法に限らず、憲法に限らず、それぞれを改正、改憲するというのには、私は賛成ではないんです。要するにGHQがいた占領時代に作られたものは全て廃棄すると。全部新しく作りなおすと。これが正しい道だと思います。

と発言している(http://hepoko.blog23.fc2.com/blog-entry-207.html参照)。つまり、改憲派の中でももっとも過激(「改憲」ではなく「自主憲法制定」と主張するくらい)である。これをどう考えているのか。

この2点について語っていただければ、それが反対者を納得させるものにはならないにしても、意義のある意見交換になるだろう。そうではなく、黙して語らないから、「ムラ社会の行動様式に従った行為」だとみなされてしまうのだ。「沈黙は金」ではないのである。あなたはかつて「水伝騒動」の時に、最初にとったアクションを修正して、周囲の不興を買ってまでも当ブログにコメントし、「他の誰でもない私」として意見を表明したのではなかったのか。それがあったから、当ブログ管理人は一定の敬意を払っていたのである。

今日はこの件は前振りにとどめておくつもりだったが、これだけの記事になってしまった。管理人としては不本意なエントリになったが、この件についてまとまった文章を書くのは、当エントリで打ち止めにしたいと思う。


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今回の衆議院選挙でよくテレビに取り上げられたのが静岡7区だが、当選した城内実氏がブログで最初にやったのは、ブログランキングにいちゃもんをつけることだった(下記URL)。
http://www.m-kiuchi.com/2009/09/08/blogranking-2/

このエントリをさる右派ブログが揶揄し、それに城内実氏のブログが反論したことが、ちょっとした話題になったのだが、そんなところに「9条護憲」を標榜してかつて人気の高かったさる左派ブログが、上記の件とは関係なしになぜか突然城内実氏を「温かく見守る」と書いたエントリを上げたことから、ブログ村界隈ではけっこうな騒ぎになっている。

この件については、裏ブログの『kojitakenの日記』に多数のエントリを上げたので、関心のある方はご参照いただきたい。ここでは多くを書かないが、一つだけ言うと、「ネットばかりやっていると人間はダメになる」という私のフレーズは変えたほうがよくて、いくらリアルを熱心にやっていてもダメなものはダメだということだ。リアルの世界はネット以上のムラ社会であり、解き放つべき束縛は多い。しかし、自分から村落共同体の論理に無批判に身を任せる人間には何もできない。これだけは断言しておく。

なお、一部に城内実衆院議員が「改憲派ではあるが、9条改変には反対している」という虚偽の宣伝をしている人間がいる。9条を中心とする憲法問題に関する城内実氏の主張については、『いるか缶自白調書』『kojitakenの日記』が調査し、ブログに結果を示している。『Living, Loving, Thinking』のエントリ「ご教示御礼」にその結果のまとめと、静岡7区に含まれる浜松市の雇用問題についてさるブログに寄せられた興味深いコメントが掲載されているので、読者の皆さまには是非ご参照いただきたいと思う。結論から言うと、城内実氏は憲法9条改変に賛成であり、というよりそれ以前にアメリカから押し付けられた現憲法は改正ではなく廃棄し、新たに自主憲法を制定すべきだと主張している。これは、平沼赳夫元経産相とほぼ同じ考えといえる。

さて、鳩山由紀夫内閣が今週発足するが、私が前々から関心を持っていたのは2006年から翌年にかけての安倍政権時代に強行採決で次々と成立した悪法が民主党政権でどうなるのかということだ。

特に、安倍政治の象徴ともいえる改正教育基本法をどうするのか。これに手をつけて元に戻すことができれば評価したいが、それは最初から難しいだろうと予想している。というのは、あの時民主党も教育基本法の改正自体には賛成で、ただ単に自民党の改正案に反対していただけだったからだ。しかも、民主党の改正案には自民党案以上にいただけない部分もあったかと記憶している。

教育基本法を元に戻すのは、鳩山内閣よりあとの内閣に期待するにしても、安倍政権時代の法律に手つかずではいただけないなあと思っていたところ、民主党の輿石東衆院議員が、早ければ来年1月の通常国会に教員免許法改正案を提出したいとの意向を表明した。
http://www.asahi.com/politics/update/0912/TKY200909120178.html

上記リンク先のasahi.comの記事には、呆れたことに "日教組出身の民主・輿石氏「教員免許更新制は廃止」" などという見出しがついていて、これにネット右翼が反応しているさまが「はてなブックマーク」でも観察される。

こんなものを見ていると、「はてなにはサヨクが多い」というのは俗説で、2ちゃんねる同様ネット右翼のたまり場になっているとしか思えないが、朝日新聞の見出しもひどいものである。数年前に「朝日新聞の民主党化」を批判したのは魚住昭だったが、この見出しなんかを見ると、民主党化どころか産経新聞化しているのではないかと思わせる。もっとも、「朝日新聞の民主党化」を指摘した魚住昭自身も、その後佐藤優に取り込まれてしまって「佐藤優現象」の代名詞の一人になってしまった。そして、代表的な「9条護憲ブログ」までもが城内実を(ひいてはレイシズムを)容認している。これも「佐藤優現象」の一つなのかもしれない。

話を教員免許法に戻すと、これは一昨年(2007年)の安倍内閣時代に強行採決で可決された教育改革関連三法案の一つである改正教員免許法によって導入されたものであり、「教育改革」を掲げていた安倍政権の目玉ともいえる政策の一つだった。

当時、『サンデー毎日』(2007年5月27日号)に教育改革関連三法案を批判する記事が掲載された。わかりやすく良い記事だったので、これを当ブログで紹介したことがある(2007年5月21日付エントリ「安倍政治の目玉「教育改革関連三法案」の真の狙い」)。

10年毎に更新される教員免許更新制の真の狙いが、国家に忠実な教師の選別にあることはあまりにも明らかだし、この制度はきわめて評判が悪く、前記「はてなブックマーク」からの引用だが、右派系で自民党支持の全日教連(「美しい日本人の心を育てる教職員団体」とうたっており、「つくる会」にも好意的)ですら教職の専門性向上に寄与しないような免許更新制には懸念を表明している。
http://www.ntfj.net/j/opinion/post_14.php

つまり、廃止して当然の制度なのである。

新政権には、これを皮切りに、「安倍政権の負の遺産」を次々と処理していってもらいたいと願う。


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今日は9月11日。あのニューヨークのテロからまる8年、「選挙テロ」ともいえる小泉郵政選挙からまる4年が経過した。アジェンデ政権を転覆して世界最初の新自由主義政権(ピノチェト政権)が誕生したチリのクーデターからはまる26年になる。

いつしかすっかり忌まわしい記念日となってしまったが、今年はようやく小泉郵政選挙を完全に打ち消す「政権交代選挙」が行われ、その後に「9・11」を迎えることになった。

今日は本当は高速道路無料化に関してコメント欄で今なお続いている議論を、多少整理して紹介しようと思っていたが、昨日、今回の総選挙で当選したさる無所属議員のブログにまたまた馬鹿げたエントリが上がり、それに関して徒労かもしれない記事をはてなの裏ブログの方に書くことに時間をとられてしまった。こういう日にはブログを休むべきなのだろうが、なんといっても9月11日であり、この日にはやはりブログを更新しなければ、と思い直した次第だ。

自分のブログであからさまにレイシズムを表明した政治家が、テレビなどで見かける外見はその意見表明が嘘のような誠実な人間に見えるからといって、「9条護憲」のバナーを自らのブログに張っているブロガーが、レイシズムの言辞に一言も触れずに「温かく見守る」と書いたことは、多くの読者の失望を招いた

邪推かもしれないが、当該ブロガーは政治家のレイシズム的言辞よりもブロガー仲間の身内意識を優先したのではないか。そして、このことは、8日付のエントリで紹介した、関東大震災が起きた際に被差別部落出身者を虐殺した犯人たちを、村やその住民が庇い、献身的に身内を守り通したエピソードを否応なしに思い出させる。憲法9条を守ろうというのは立派な理念だが、レイシズムを表明して恥じない政治家を応援するブロガーを守り抜こうとするブログ村落共同体の体質は、9条護憲の理念からはあまりに大きく乖離していて、幻滅せずにはいられない。せめて、差別的言辞とみなされているあの文章は、本当はレイシズムの発露なんかじゃないんだと、論拠を示して訴える姿勢があれば、仮にその主張に納得できなくとも、論者の誠実さだけは感じることができるだろう。しかし、当該ブロガーは問題の件について何も語らず、単に「温かく見守る」としか書かなかったのである。実は私は、「水伝騒動」の際に見せた当該ブロガーの態度に感服するところがあった。それだけに今回、ブロガーが何の論拠も示さずに、ただ政治家を「温かく見守る」とだけ書いたことに対する幻滅は大きかった。これでは差別がなくならないはずだ。「自らの判断が間違っていた時、正直にそれを認める」のは、当該ブロガー自身には確かに当てはまっていることを「水伝騒動」の際に見せてもらったが、レイシストの政治家には全然当てはまっておらず、すぐ頭に血を昇らせては自身のブログを何度も炎上させているのである。

ところで、リベラル・平和系ともリベラル・左派系といわれるブログ群(郡?)にも、自エンド村とか、野党共闘村とか、護憲アマゾネス村、あるいは共産党支持者の集落、大きいけれども右系を半数近く含むはてな村など、さまざまな村がある。中には、リーダーがレイシストと化した村まである。三種の神器への崇拝が要求される新興宗教の村もあり、そこでは五角形が悪魔の象徴とされている。そして、それらのうちいくつかの村では、右側エリアを本拠地とする、信念を貫くレイシストが異様な人気を誇っているのである。

私は、村なんて捨ててもっと外の世界を見ようよ、といつも言っているのだが、なかなか通じない。ひとたび流れが決まると、それを変えることは非常に難しい。それは権力者たちにとっても同じである。今回、これまで政権を担ってきた自民党の政治家たちがいかに無能であったかが白日の下にさらされたが、彼らも自民党や政官業癒着構造の外の世界を把握することができなかった。

環境問題も同じである。京都という、わが国が誇る古都の名を冠した議定書に掲げた目標を達成するどころか事態を悪化させ続けてきたのが、これまでの日本だった。政権交代が成って、温室効果ガスの削減中期目標1990年比25%減を打ち出している民主党の岡田克也は「麻生首相のもとで出てきた恥ずかしい数字は、もう全部白紙に戻す」と言っているが、民主党の支援団体でもある電力総連や自動車総連は、岡田氏が「恥ずかしい数字」と言った麻生首相の1990年比8%減さえ認めず、経団連と同じ1990年比4%を主張する「環境極右」ぶりを発揮している。

5月22日付エントリ「エネルギー政策を骨抜きにする経産省と、無策の麻生首相」に書いたように、1970年代にアメリカでマスキー法という厳しい排ガス規制が提案された時、日本の自動車メーカーは懸命の努力をして燃費の良い車を生み、それが現在の国際競争力につながった。当時の自動車業界の努力を報じる新聞を読んで、私は子供心にこの国の人々を誇らしく思ったものだが、いつの間にか日本人は開拓者精神を失い、労働組合は使用者と一体となって既得権益を死守しようとする権力側に立つようになった。かつて、経営者が先頭に立って燃費の良い車を開発した時代とは雲泥の差であり、これでは国勢が傾くのも止むを得ない。労働問題でしばしば経団連との妥協が批判される民主党だが、環境問題については経団連との立場の違いを明確にしており、好感が持てる。ただ、そうはいっても民主党は原子力発電推進勢力だし、上記の民主党支援労組にも足を引っ張られそうだ。社民党の福島瑞穂党首の入閣が内定したことでもあり、ここは福島氏を環境大臣に据えてはどうだろうか。社民党の環境・エネルギー政策には特徴があり、共産党と比較して唯一社民党に一日の長があるのがこの分野だと私は考えている。未来を見据える目をすっかり失ってしまった日本人に開拓者精神を取り戻すためにも、新政権の環境・エネルギー政策に私は大いに期待している。ぼやきで始めた「9・11」のエントリを、多少は未来への希望を述べる言葉で閉じたいと思う次第である。


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早いもので、李纓(リ・イン)監督が製作した映画『靖国 YASUKUNI』が公開されてから1年4か月が経った。昨年3月公開が予定されていたこの映画に対し、なぜか今回の総選挙でも当選してしまった衆院議員の稲田朋美が公開前のチェック(事実上の検閲)を要求したことが話題になった映画だ。稲田が起こしたアクションをきっかけに、公開を予定していた映画館が次々と公開の中止を決めたが、東京・渋谷にあるシネ・アミューズという勇気ある映画館が公開を引き受け、一般に初公開されたのが昨年(2008年)の5月3日、憲法記念日だった。私は上京してこの日にこの映画を見た。そのレビューは昨年5月19日付同5月20日付のエントリに書いた。

その映画『靖国 YASUKUNI』を製作した李纓監督がこの映画について語った内容をまとめた、映画と同名の本『靖国 YASUKUNI』が、先月(2009年8月)、朝日新聞出版から出た。本の前半は、李監督の自筆の形をとっているが、実際には李氏が自作について語った言葉をノンフィクションライターの黒田麻由子氏がまとめたもので、後半には李監督と「新右翼」といわれる「一水会」顧問の鈴木邦男氏との対談(2008年)、李氏とドキュメンタリー映画監督・故土本典昭氏との対談(2007年)、李氏に花田達朗、ジャン・ユンカーマン、班忠義、野中章弘各氏らが加わって今年6月に早稲田大学で行われたシンポジウム「ドキュメンタリーは世界を変える」の計3本が収録されている。

興味深いのはやはり李監督への聞き書きを収録した前半だ。1963年に広州で生まれた李監督が幼少時に文化大革命があったが、家の近くの川によく死体が流れていたそうだ。さらに、社会人となって中国中央テレビ(CCTV)に勤務を始めた頃、チベットで高山病にかかり、その治療の際に受けた静脈注射にミスがあった(不純物が混入していた)ためか、一時死に瀕し、その際意識が肉体を離れて治療を受けている自分を空から眺める臨死体験をしたとのことで、この経験から李監督は人間の魂の存在を確信するようになるとともに、人間の命や魂がどこから来てどこに行くのかということに思いをめぐらせるようになった。それが、『靖国 YASUKUNI』の製作につながったのである。

ところで、昨年5月に映画のレビューを書いた時、この映画についてネット検索をかけたところ、ネット右翼が映画および李監督を激しく批判したエントリが多数見つかった。特に多かったのが映画で核心的な役割を演じる靖国刀匠の刈谷直治氏が、映画から出演部分の削除を求めたとされる件への言及だった。この件について李監督は、以下のように述べている。

 映画『靖国』の上映中止問題の中で、私と出演者の刈谷直治さんとの関係について、さまざまな憶測や情報が流れました。一部メディアでは、刈谷さん側が、映画の趣旨に賛成できない、ゆえに出演した場面の削除を望んでいると報道されたこともありました。騒動の最中には、刈谷さん宅に報道陣が殺到したことにより、心ならずも静かな生活を乱すことになってしまいました。

 戦争体験の有無、中国人と日本人であることなど、多くの違いがあるなかで、私と刈谷さんはお互いに少なくない努力をして関係を築きあげてきたと信じています。だから、この事態はにわかには信じられないものでした。彼が出演場面を削除してほしいと言ったとしても、それが彼の本当の気持ちではなく、そう言わざるを得ない事情があったのだと理解しています。出会いから、刈谷さんとの数年間にわたるつきあいをもとに、私にはそう思えるのです。

(李纓 『靖国 YASUKUNI』(朝日新聞出版、2009年) 66-67頁)


その上で李監督は、刈谷氏から李監督および映画を製作したプロダクション「龍影」に削除依頼は来ていないことを明らかにする一方で、老夫婦を相同に巻き込むことになって静かな生活を一時的に壊してしまったことについて、申し訳なく思うと重ねて表明している。

本を読みながら、そういえば確かに騒動が鎮静化してから削除依頼の件は音沙汰なしになったなと思い出した。刈谷氏夫婦を騒動に巻き込んだことについては、右翼ジャーナリズム(やネットおよびリアルの右翼)により重い責任があると私は考えている。映画の公開から期間を置いて本を出版する意義も感じられる。

ところで李監督は、以前からこの映画『靖国 YASUKUNI』の中国での公開を目指してきたが、まだ実現しておらず、韓国とアメリカで一足先に公開された。李氏は自身について、日本と中国のいずれにおいてもアウトサイダーだと見られて、中国でも問題人物扱いされることがあると言っている。『靖国 YASUKUNI』が日本で公開された2008年5月に亡くなった李監督の父は、中国で詩集を出版していた人で、ノーベル賞作家の処女作となった詩を掲載したこともある。文化大革命の頃には李氏の兄、さらには李氏自身も「反革命分子の子供」としていじめられた。そんな李氏の父は、親日的な人物であり、1998年に妻とともに日本にいる李氏を訪ねたことがあるが、来日した時にも、ある小川に流れる桜の花びらを見て感激したりもしていた。しかし、靖国神社の境内で、少年時代に聞き覚えのある日本の軍歌を再び耳にした李氏の父はショックを受け、それがきっかけになったのか、すでに患っていた心臓病が訪日をきっかけに悪化してしまったのだという。そして、中国で映画『靖国 YASUKUNI』を父に見せられなかったことが李監督の心残りだそうである。

このほか、本の最後に収められたシンポジウムで、アメリカ人のジャン・ユンカーマン監督が2005年に『映画 日本国憲法』を完成させた2005年に、ユンカーマン氏が「あなたは共産党支持者ですか」と必ず聞かれたということにも考えさせられた。ユンカーマン氏も語るように、当時は憲法を守ろうと声を上げていたのは共産党と社民党くらいだった。かつて、1982年に小学館(「SAPIO!」の出版元!)から出た『日本国憲法』がベストセラーになったことを覚えている私としては、信じられないほどの空気の変化だったが、その空気が再び変わったのは、2006年に安倍晋三が首相になったことがきっかけだろう。国民生活にかかわる問題をすべてそっちのけにして、一直線に改憲に進もうとした安倍に対し、保守といってよい立花隆が「安倍晋三への宣戦布告」を発し、教育基本法改正反対の声をあげたあたりから流れが変わった。その直前の2006年夏は、前のエントリにも書いたように、戦後日本の政治史上、右傾化がピークに達した時期だったといえるだろう。この時期を象徴するのが、2006年8月15日に時の首相・小泉純一郎が行った靖国神社への参拝だった。世論調査では小泉の参拝に賛成する意見が反対意見を大きく上回った。

李監督の本には気になるところもあって、特に「新右翼」といわれる鈴木邦男氏との対談の部分で顕著なのだが、靖国神社は戦没者を慰霊する施設ではなく、戦死した「英霊」を「顕彰」して戦意を高揚させるための好戦的な施設であるとの認識がやや弱いことだ。映画でこの視点を強調すると、右側の観衆に拒絶反応を起こさせてしまうことは明らかなので、映画の表現としてはあれで良かったと思うが、せっかく右翼でありながら独善に走らず他民族の尊厳も尊重する鈴木邦男氏を相手にしての対談なのに、靖国神社の好戦性についての議論が行われていないために、対談に食い足りない印象が残ってしまった。

最後に、李監督が繰り返し強調していたのが、「表現の自由」の問題ばかりが話題になった映画『靖国 YASUKUNI』だが、一番表現したかったのは人間の魂の問題だということだ。

この本は、映画『靖国 YASUKUNI』をご覧になった方には一読の価値があると思うし、ご覧になっていない方も、本を読まれれば映画が見たくなるのではないかと思える。


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『kojitakenの日記』に、野中広務と辛淑玉の対談本『差別と日本人』(角川oneテーマ21, 2009年)に絡めて、昨年秋、国籍法改正の際にひどい差別的記事をブログに書いた城内実およびその後援者、さらにはその周囲にいる人たちへ疑問を投げかける記事を書いた(下記URL)。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20090907/1252315598

はてなの裏ブログは、以前『博士の独り言』というネット右翼のブログを批判した時にコメント欄を荒らされたので、コメントをはてなユーザーに限定している。だから、はてなの記事をそのままこちらにも転載しようと思ったが、あまりに芸がないのでそれはやめた。もちろん、はてなの記事についてのコメントをこちらのコメント欄にお寄せいただいてもかまわない。

はてなの記事は、最初もう少しましな読書感想文にしようと思っていたのだが、結局本には全く書かれていない城内実のことばかり書き連ねてしまった。そこで、当エントリでは少しは本の内容にも触れて書いてみたい。

といっても、これは差別に関する本である。差別について書くことは容易ではない。差別される側でなければ痛みはわからないし、人間誰しも自分自身の持つ差別意識からは自由になれないからだ。

だが、それでも書かないわけにはいかない。野中広務と辛淑玉の対談本には、辛淑玉による注釈が大量についていて、読者によってはこれを過激であるとして敬遠するむきもあるが、この注釈があるから本の価値があると私は思う。

たとえば、関東大震災(1923年)が起きた時にデマが流布して朝鮮人が虐殺されたことはあまりにも有名だが、震災の時に虐殺されたのは朝鮮人だけではなく、被差別部落出身の人たちも虐殺された。以下、本から引用する。

 この時被害に遭ったのは朝鮮人だけではなかった。震災から5日後の9月6日、香川県の被差別部落から売薬行商で千葉を訪れていた女性や幼児、妊婦を含む10人が、自警団に組織されたごく普通の人々によって殺され、利根川に沈められた。

(中略)

 加害者は、福田村および隣接する田中村(現柏市)の自警団だった。虐殺に加わった8人が殺人罪に問われて懲役3?10年の刑を受けた。しかし、彼らの大半は、結局、昭和天皇即位による恩赦で釈放された。取調べの検事は「彼らに悪意はない。ごく軽い刑を求めたい」と新聞に語り、村は弁護料を村費で負担。村民は義援金を集め、被告人たちの家の農作業を手伝うなどして留守家族を助けた。加害者は村のヒーローのように扱われたのである。

 虐殺の中心人物の一人は、出所後、村長になり、合併後も市議として市の要職にとどまり続けた。なんと麗しい助け合いであろうか。どんな非道な行いであっても、それが共同体のためという大義名分の下に、外部の「忌まわしい者」とみなされた人々に対して行われたときは、内部の人々は、その是非を自動的に不問にし、献身的に身内を守り通すのである。それが日本の村落共同体の本質なのだろう。

(野中広務・辛淑玉著 『差別と日本人』 (角川oneテーマ21, 2009年) 53-54頁)


この部分は、虐殺された人たちが香川県出身だったということもあって特に印象に残った。そして、「内部の人々は、その是非を自動的に不問にし、献身的に身内を守り通す」というくだりでは、城内実の国籍法改正に絡んだ差別的言辞を不問に付して、仲間である「リベラル・平和系」ブロガーを守ろうとした一部のブロガーたちを連想してしまった。これぞまさしく「ブログ村」である。今はまだ城内実を支持したってそれによって死者が出るわけではないが、今後民主党政権が批判を浴び、国家社会主義が台頭するようなことになったとしたら、彼らも責任を問われなければならないだろう。今に至るも、城内実の差別的言辞を正面から擁護するネット言論に、私はお目にかかったことがない。

ところで、保守政治家である野中広務は、一筋縄ではいかない人物である。『kojitakenの日記』にいただいた「はてなブックマーク」で、biconcaveさんから、

野中広務と城内実は方向性は違うがどちらも「左翼」に人気がある「右翼」だよね、とふと思った。それにしても日本の左翼ってなんでこんなに右翼が好きなんだろう、海外でもこういう現象はあるのだろうか。

というコメントをいただいたが、おそらく城内実の場合は郵政民営化反対から発展した「反小泉・竹中改革」のポーズが、そして野中広務の場合は、平和主義志向や反差別の姿勢がそれぞれ左翼に評価される理由だろう。私は城内については「反改革」は人気取りの手段であるとしか考えていないが、野中の場合はもっと内的な必然性に根ざしたものだろうと思う。しかし、その反面、野中は常に自民党のタカ派との妥協を繰り返してきたし、小渕内閣時代の1999年に自民党が一気に危うい法律をいくつも可決させた責任も重い。そして、麻生太郎に対しては全否定に近い態度を取るが、麻生に勝るとも劣らないひどい差別主義者である石原慎太郎とは、平気で一緒に食事をとったことを明言し、それを難詰する辛淑玉に対して、「いやあ、あれはまたいい男だからだ」などとぬけぬけと言い放っている(同書162頁)。野中広務にはそんな限界があることは踏まえておかなければならない。

そんな野中ではあるが、80代半ばに達した彼は今後、前首相の福田康夫と話をしながら戦後未処理の問題をやりたいのだという(同書178頁)。当ブログ管理人は、以前から書いているように、自民党が福田康夫首相の下で解散総選挙を行って、「よき敗者」として下野する道を選ばなかったことを残念に思う。そうしておけば自民党に再生の道はあっただろうが、麻生太郎のもとで、解散を引っ張りに引っ張ったあげく総選挙に惨敗したのは、自民党が最悪の道を選んだことを意味する。しかし、そんな選択をした人間に限って総選挙で当選したのだから、今後の自民党には未来がないと思うのである。

本から脱線してしまった。話を戻すと、今後おそらくネット右翼や「真正保守」(平沼赳夫や城内実を含む)たちが騒ぐであろう外国人参政権の問題についても、野中広務は推進した側である。これに抵抗して、「いま若手で何もかもムチャクチャにしようとしている」(同書184頁)と名指しで批判されているのが渡辺喜美と中川昭一であるが、後者は総選挙で落選した。一方、戦後未処理の問題をやろうとしたとして野中に評価されているのが竹下登と小渕恵三である。一方、同じ田中角栄の系列でも、橋本龍太郎には否定的な評価が下されている。竹下と小渕は、それぞれ悪いこともずいぶんやったけれども、それでも2000年以降の清和会支配の時代と比べると、戦争に対する反省があったといえそうだ。清和会時代、特に2001?2007年の小泉・安倍時代は本当にひどい時代だった。中でも、小泉から安倍に清和会内で権力を移譲しようとしていた2006年は最悪ではなかっただろうか。個人的な話をすると、現在、2006年当時に買った雑誌を処分しようとしているところだが、安倍内閣発足直前の同年夏には、小泉や安倍は個人崇拝の対象となっていて、週刊誌にさえ安倍批判記事がなかなか載らなかったので、数少ない安倍批判記事が載った週刊誌を必死に買い求めたものである。

その最悪の時代は脱し、衆議院における自民党の議席は今までの4割にまで激減したが、これでめでたしめでたしというわけにはいかないと思う。民主党を中心とした政権が迷走すれば、辺見庸が警告したような「国家社会主義の変種」が台頭する脅威は去っていないことは、それにつながる政治家と私が考えている稲田朋美や城内実が、前回総選挙より大幅に得票を増やして当選したことが示していると考えている。


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高速道路無料化問題に関して当ブログにいただいたコメントは累計で100件を超えた。読者の皆さまには深くお礼申し上げる。この問題について、昨日(6日)の朝日新聞が、国土交通省が高速道路を無料化した場合の経済効果や環境への影響に関して試算しておきながら、その結果を公表せずに隠していたことを報じている。
http://www.asahi.com/politics/update/0905/TKY200909050246.html

しかしこの件は、当ブログが5月25日付エントリ「クルーグマン教授の政策採点 & 経団連が日本を滅ぼす」で書いたように、以前から民主党の馬淵澄夫議員が国会で取り上げて追及していたものである。これを朝日新聞は、選挙前の今頃になって取り上げたわけだが、国交省同様、朝日もわざと報道を遅らせたのではないかと勘繰らざるを得ない。

しかも、3月6日付「ZAKZAK」は、高速道路無料化に関して、馬淵氏が示した2兆7千億円の経済効果(今回朝日新聞に報じられた試算結果とも一致する)をはるかに上回る、7兆8千億円の経済効果が得られるという試算結果の内部資料まで存在することを報じている。この内部資料については、4月末頃に発売された写真週刊誌も写真入りで詳しく報じていた。

夕刊紙や写真週刊誌の記事だといって侮ることなかれ。これらのニュースのソースは馬淵澄夫議員及び民主党であって、要は選挙前の数か月というのは、この種のニュースを大手新聞社が報じること自体がタブーになるほど、マスコミぐるみの自民党応援が公然と行われていたのである。

今回報じられた国交省の試算によると、二酸化炭素削減に関しても、高速道路無料化によって1.8%減に当たる310万トン削減になるが、朝日新聞は、

高速道の通行量が増えたり、鉄道やバス利用からマイカーに切り替えたりすることによるCO2の増加量は試算しておらず、差し引きのCO2の増減効果は不明だ。

と書いている。

当ブログは、高速道路無料化には賛成ではないが、賛成、反対いずれの立場に立つにせよ、判断材料となる資料はフェアに紹介したいと考える。大手マスコミのように、自説に都合が悪いからといって隠したりしないことは、前述のように5月25日にこの件を取り上げていたことからもご理解いただけるだろう。この件については、改めて当ブログで取り上げたいと思う。

さて、せっかく大手マスコミの庇護を受けていたにもかかわらず惨敗した自民党だが、マスコミだけではなく、昨日テレビ出演していた民主党議員(枝野幸男、古川元久両氏)までもが「健全な二大政党制を確立するためには、自民党によみがえってもらわないと困る」などと言っていたが、党総裁さえまともに決められない自民党に復活の目などない。選挙翌日の当ブログエントリ「衆議院選挙で民主党圧勝 ろくな議員が残らなかった自民党」に書いたように、選挙で残った自民党議員の質が高ければ復活もあり得ようが、実際にはろくな議員が残らなかった。

多くの論者が分析しているように、自民党の政治家は、加藤紘一らの保守本流、中川秀直・小池百合子などの新自由主義勢力、安倍晋三・麻生太郎らの極右に三分される。3人しか当選しなかった平沼一派のうち、平沼赳夫と城内実は三番目の自民党極右派と主張がほぼ同じである。これらのうち新自由主義勢力と極右は親和性がきわめて高く、たとえば安倍晋三は極右を、小池百合子は新自由主義を起点とした政治家だが、ともに極右と新自由主義を兼ね備えている。これに対し、加藤紘一らの保守本流は彼らとは水と油の関係にある。麻生太郎は吉田茂の孫だからもとは保守本流の流れにあったのが極右と新自由主義に取り込まれた政治家で、能力さえあれば三者を統合できるポジションにいたが、あまりに無能過ぎた。現在、同様に三者を統合できる政治家というと石破茂が思い浮かぶ。石破は本質的にはタカ派で改革志向の世襲政治家だが、津島派に属していたため小泉・安倍一派ほど過激ではなく、保守本流の人たちにもなんとか我慢できるレベルだろう。

ところが、一部の「真正保守」たちにとっては生ぬるい石破程度では我慢ならないのだろう。彼らが最近待望論を唱え始めたのが、小泉チルドレンの生き残り・稲田朋美である。当ブログは昨年3月30日、「極左と紙一重の極右・稲田朋美を衆議院選挙で落選させよう」と題したエントリを公開した。選挙の情勢調査でも、一時稲田は笹木竜三にリードを許しているとも報じられたが、いざ蓋を開けてみると稲田は笹木にかなりの差をつけて当選した。稲田は、刺客として自民党前職も相手にしていたとはいえわずか373票差の辛勝だった「郵政総選挙」と比較して大幅に得票を伸ばしており、右翼的な福井1区の有権者に失望させられるとともに、稲田への警戒をますます強めなければならないと思った。もっとも、稲田の対立候補だった笹木竜三(比例で復活当選)も、民主党内ではタカ派とされる議員である(鳩山グループ所属とされるが、防衛庁の省昇格の際の国会論戦では、賛成の立場から質問を行った)。

昨年には映画『靖国 YASUKUNI』を検閲しようとしたことのある稲田朋美だが、思い出さなければならないのは、3年前に稲田が加藤紘一の実家が放火されたことについて講演会で触れ、極右の聴衆が集う講演会場が爆笑に包まれたことだ。

当ブログは、2006年11月23日付エントリ「嘘つきが「教育改革」を進め、テロ肯定者が「伝統と創造の会」を主宰している」でこの件を取り上げたが、このエントリのおかげでのちに検索語「稲田朋美」によるアクセスが増えるきっかけになった。稲田発言を伝えた北海道新聞の記事を以下に再掲する。

「自民総裁選の底流 安倍政治の行方1」 
国家主義台頭に危うさ


… 保守系の論客らでつくる「『立ち上がれ!日本』ネットワーク」は八月二十九日夜、「新政権に何を期待するか」と題して都内でシンポジウムを開いた。同ネットの呼びかけ人は中西輝政京大教授、八木秀次高崎経済大教授ら、安倍氏の政権構想づくりにもかかわったとされるブレーン。安倍氏の持論の「草の根保守」の支持層拡大に向け、全国で支部設立を進めている。

出席した自民党の下村博文、稲田朋美両衆院議員、山谷えり子参院議員は、小泉首相の靖国参拝への礼賛や、中国、韓国批判、歴史教科書の検定強化などの主張を次々に展開した。

いずれもタカ派で熱心な安倍支持の中堅・若手。稲田氏は、地元福井の新聞で首相の靖国参拝を批判する加藤紘一元幹事長と対談したことを紹介。加藤氏の実家が右翼団体幹部に放火された事件について「対談記事が掲載された十五日に、先生の家が丸焼けになった」と軽い口調で話した。約三百五十人の会場は爆笑に包まれた。言論の自由を侵す重大なテロとの危機感は、そこにはみじんもなかった。…

(2006年9月5日付 北海道新聞より)


この講演会は、稲田が「徴農」制度の導入を説いたことでも知られる。今のところ、稲田朋美を自民党総裁にしてはどうか、などと言っているのは、島田洋一や櫻井よしこなどごく一部の人たちだけのようだが、稲田なんかが総裁になったら加藤紘一の顔が潰されてしまい、保守本流の人たちが自民党を割って出て行く可能性も出てくるだろう。だから、さすがに稲田総裁はあり得ないにしても、今後自民党が誰を総裁に選ぶのかが注目される。総選挙でも党内右派の歩留まりは比較的高かったことだし、右派の主張を反映しやすい人が選ばれるのではないか。そうなると、平沼赳夫や城内実の自民党復党への道も開けてくるのではないかと思える。


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選挙が終わった後の報道で一番意外だったのは、マスコミが「右」から民主党批判を始めたことだ。私など、自民党の議席が大幅に減ったので、空いた席を占めようとする民主党が右傾化するのを懸念していたのだが、民主党よりもマスコミの方がよりいっそう激しく右傾化していた。読者数の多いブログが相次いで取り上げた「鳩山論文」の件をとっても、選挙投票日前日の8月29日に朝日新聞が「元米政府関係者」のコメントを2件も引用して、「専門家らの間には日米関係の今後に懸念を抱くむきもある」と書いたのだが、「元」がついているということは、コメントの主はブッシュ政権の関係者だということだ。一昨日だったか昨日だったかにも、あたかも鳩山氏がマルクス主義者であるかのようなコメントをした米要人の映像がテレビに映し出されていたが、鳩山氏のホームページに掲載されている原文を読めば、鳩山論文はむしろ現在のオバマ政権のスタンスと近いことは明白だ。日本では昔から、朝日新聞が右に寄ると、全マスコミが一斉に右側から声をあげる風潮があるが、現在はまさしくそのような状況で、新政権祝賀ムードだった1993年の細川政権発足時とは全然違う。16年の間に、マスコミはすっかり右傾化してしまった。

さて、昨日のエントリの続きで、高速道路無料化問題についていただいたコメントを引き続き一気に紹介する。その前に、お約束のFC2ブログランキングのクリックのお願いを。

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それではコメントを紹介する。


高速道路でモノを運ぶと
仮に無料だと運送業者は大喜びですね。
しかし、となると 鉄道や航空機で運ぶ会社の民業圧迫ですよね。
つまり業者を無料にするのは まず間違い。
次に、高速道路を利用する人は国民10人中1人。ほか9人の税金を投入するというのはあまりにおかしい。
政権交代は賛成だが、この政策はおかしすぎる。
というか、そもそもの国づくり感の問題だと思いますね。国民自身もパラダイムシフトを受け入れないと。
今はスモールタウンが方向性として向かうべきところでしょう。だから富山や長野などはそういう方向に向かっているわけで。
30年前は甘エビなんて日本海方面に旅行しなければ食べられませんでした。ま、輸入が爆発的に増えたというのもあるんですけど、国内物流が活性化したから、逆に均質化して地方の独自性が失われたんじゃないのかね。東京を田舎がマネして若者がいなくなるのを防ごうとしても無理だったわけでしょ。
となれば、地方はそれぞれ自分たちが自分たちの生活に根ざす方向にいくわけで、そういう意味では「国家主義」的 大きな物語も すでに賞味期限きちゃっているわけです。
日本人と言う前に越後の人間だってなるんじゃないの?

2009.09.03 09:46 ろーりんぐそばっと



無料化反対
○無料化は、高速道路会社を公団にもどすことと同じで、また原価意識のない無駄使い集団を生む。
○現在の名神なども老朽化がすすんでおり、新設はおろか、建て替え、補修もできなくなる。
○高速道のない地域も多いが、新設が抑制される傾向のなかで、無料化は格差を拡大する。
○外国は無料だというが、日本では建設費が極めて高く、同一視するのは間違い。
○インフラ整備は、100年ぐらいの視点で考えるべきで、無料化は安易で場当たり的な考えである。

2009.09.03 10:18 hitotubu



 無料化に反対です。
 無料化にしたうえで、さらに高速道路を作り続けると言うのはばかげています。
 確かにまだ未整備の高速道路で、必要な物はあるかもしれませんが、北陸道の新潟?富山間の交通量を見ると、これが必要な道とは思えません。
 無料化は同時に、無駄な道路を作らない、と一体でなければなりません。
 あと、設計が、有料高速道路を前提にしているので、無料にしての交通量、排気ガス、CO2に関する検討抜きに、無料化だけを叫ぶのは無責任です。

2009.09.03 10:25 眠り猫



高速道路ってのは、単なる移動インフラ。車はそれを利用する移動の道具にすぎない。利用者が高速or下道の選択してハンドル握るだけでしょ?
必要もないのにわざわざ「高速タダだから出かけよう。運転しよう。」って思うのは・・・いるのか?極少数にすぎないでしょ。運転したくてしたくてたまらない連中ばかりでしょ。

このあいだから1000円高速混んで、「民主の無料化たたき」やっていたけど、全く不毛な議論。その分、下が空いて、渋滞が高速に代わっただけ。それにGWやお盆の特別な期間を、さも平時にもあるかのごとくマスゴミがバッシングしていたよね。

バス会社は自家用車利用が増えてバス利用が減、民業圧迫って言っていたけど、対象は高速バスだから、通行料金タダになって十分ペイできる。それに高速使うって事は長距離だし、行き先での駐車場とかガソリン代とか運転の労力考慮すると、そうは簡単に料金タダだから、”高速バス-->自家用車” の流れにはならない。今は安価さや珍しさが勝って渋滞になりがちだけど、そのうち慣れてきますよ。

鉄道会社もおなじこと。

物流トラックもコストが下がって、それが結局消費者に還元される仕組み。

高速利用しない者が税を負担して高速利用者だけがタダになった恩恵を受けるわけではない。

皆で税負担すれば、皆に還元される仕組みですよ。

冷静に考えてくださいね。
今の料金徴収システムでは仲介者がいて、これが償還や維持サービス・道路構築等に関して差配できるようになっている。差配するって事は隠れたマージンを受け取るって事。これがまた膨大な額だって事知っていますか?

この仲介者を無くせば、その分は今より皆に還元され豊かになります。

土木の公共事業関連企業で生計を立てている者の言うことですから、信用してください。


これまでの日本人は、前例踏襲主義が当たり前との官僚思考が植え付けられており、新しいことに取り付こうとする意欲に乏しい。発想自体が貧弱です。
オバマじゃないけど、「ちぇいんじ」ですよ。チェンジ!

2009.09.03 11:08 25



ざっと斜め読みですが、皆さん都市部にお住まいのようですね。
「高速道路無料化反対」は公共交通が当てに出来て、徒歩圏ですべて手に入る恵まれた人たちの言い分にしか聞こえません。
田舎では、もはやハンドルを自ら握るか、何時間も長々と歩くしかないのです。

2009.09.03 13:42 Urbanfox



Urbanfoxさん

>田舎では、もはやハンドルを自ら握るか、
>何時間も長々と歩くしかないのです。

なるほど。
では、お聞きしたいのですが、
自らハンドルを握れない、握れなくなった人たちはどうされてますか?
障害者やご老人などが想定されますが。
私の実家の両親のケースですと、いちおう都市部に住んではいますが、
(といっても山間部の裾野に広がる街)
二人暮しの老齢所帯で、二人とも70代後半になります。
かつては仕事も買い物もレジャーも大半の移動手段は車でした。
しかし老齢化に伴い体力的、運動神経的、反射神経的衰えから
徐々に車から離れ、それに比例して公共交通機関への依存度が増しています。
また、私の友人のある40代の男性は、ばりばり働いていますが
持病のてんかんのため、いつ発作が起きるか分からず、
自動車、バイクはもちろん自転車にさえ
乗ることができません。完全に公共交通に依存しています。
山間部などの田舎では、こういった交通弱者の人たちはどうされているのでしょう。
車に乗れる家族がいれば頼れますが、
それでも自分の外出行動が家族の同意や時間的都合に制約され、
不自由の度合いは大きく増すでしょう。
ましてや車に乗れない老齢所帯、独居所帯であれば、
頼れる公共交通が無かったり、縮小されてしまっては大きな不利益があるのでは
ないでしょうか。
自動車のためのインフラ整備は必要です。これを否定する人は誰もいないでしょう。
未整備であれば必要性に応じて進めるべきです。
高速道路料金についても値下げであれば(その度合いによりますが)
反対はしません。
しかし、同時に交通弱者(とくに車に乗れない人)への配慮というものも絶対に必要なのです。

ここに、環境自治体会議環境政策研究所による
「高速道路無料化・暫定税率廃止に起因する環境・社会影響」と題された
リポートがあります。

http://sltc.jp/file/2009/08/20090810_kosokumuryo.pdf

合わせて、環境エネルギー政策研究所所長飯田哲也氏の指摘も参考になります。

http://eco.nikkei.co.jp/column/iida/article.aspx?id=MMECcm001024082009&page=2

公共交通機関への甚大な影響がもたらされるであろうことが
分析されています。そして、
そのことの悪影響をかぶる地域、階層はどう言った人たちでしょうか。
決して都会の人たちじゃないですよ。

いくら自動車のためのインフラ整備は必要であっても、上のリポートにあるとおり、
高速無料化まで推し進めてしまうと、他の交通手段に波及していくデメリットが
大きすぎるということが想定されます。
他の交通手段が衰退していくとどうなるか。それは、こちらのエントリーに転載された
私のコメントで書いたことなので重複するので省きます。
ですから、
高速無料化などという愚策をやる財源があるのならば、
そのお金を公共交通優遇策へ回すべきだと考えます。
公共交通網が廃止縮小されたり、
未整備な地域にもそれを回すべきだと考えます。

2009.09.03 15:38 フリスキー



高速道路が無料なのは世界の常識。有料の日本は世界の非常識。自民党の愚作です。時速50キロの一般道と100キロの高速の違いだけの道路を自民党によって高速道路が何か特別な道路にされてしまった。国民も高速道路が特別な道路だと思い込んでしまっているのが大きな問題。高速道路と一般道はほとんど変わらない感覚で使えるのが世界の常識。高速道路の無料化は二酸化炭素を減らすための環境対策である。

2009.09.03 18:23 なかた



>ここに、環境自治体会議環境政策研究所による
「高速道路無料化・暫定税率廃止に起因する環境・社会影響」と題された
リポートがあります。

>合わせて、環境エネルギー政策研究所所長飯田哲也氏の指摘も参考になります。


中間マージンに群がる天下り何とやら関連団体に他なりません。
無料になるとおいしいところとられるので、反対意見で存在示しているだけにしか見えません。

無料化こそが渋滞減らして、温暖化防止に役立ちますよ。

2009.09.03 18:51 25



フリスキー さま

皆さんの投稿を精読したわけではないですし、資料や知識を持ち合わせているわけではないので本来は議論に参加する資格はないのかもしれませんが、私自身の感覚とだいぶ違うもので。

私の住まう地域の公共交通ですが、駅までは巡回マイクロバス、駅からは単線のJRですね。駅を利用する人は学生が自転車(歩道がないので危ない)、ほかは自家用車ですね。
なので駅前に商店街はありません。国道沿いにはありますが。

高齢者は免許があれば寝たきりでもない限りきわめて危ない状況でも運転しているようです。
ウィンカー無しで突然曲がったりふらふらしているモミジマークは良く見かけます。
どうしても運転できなくなったら、家族やご近所に頼るようですね。

私の妻が運転できないので巡回バスを使いますが、平日の日中は乗客はせいぜい3人だそうです。
統計的な資料がないので私が直接触れる範囲だけの話ですが。

すでにこんな状態なので、公共交通の充実で恩恵を受ける人はごく限られています。
地方になればなるほど高速無料化を歓迎するのではないでしょうか。通勤や買い物に高速を使うくらいですから(いつもではないですが)。
観光客の増加による税収アップも期待できますし。

ご提示いただいた資料は、計算前提が「都市間長距離交通の旅客」となっており、その地で生活する市民のデータではないと思います。日経の論評は立ち位置がアレですので鵜呑みにはしがたいです。
この資料だけでは「高速無料化=愚策」とまでは思えません。

なお、公共交通の充実は私自身は賛成ですが、ここまで人口が散在していると現実にはきわめて非効率で、費用対効果の点で縮小はいたしかたない、とも思っています(地方の税収減は深刻です。病院も消滅の危機ですから)。

2009.09.03 19:08 Urbanfox



久しぶりにお邪魔致します。

なぜ、高速無料化をする必要があるのか?
そこまでしてくれなくとも構わないと私も
思っていましたが、今ではやってみるのも
イイかなと考えてます。

北東北という田舎に住んでいますが、高速
道路が無料化されようがされまいが、既に
駅前商店街は瀕死状態です。無料化されなく
とも、高速道路があるだけで旧市街地は衰
退する運命にあり、旧市街地の保護のために
は、もっと別な手当てが必要です。

公共交通網の衰退の恐れは、確かにあるでし
ょう。しかし、競合するのは新幹線や飛行機
など長距離移動の公共交通であって、高齢者
が近所に買い物に行けなくなるという大袈裟なものでもないでしょう。二酸化炭素増加の
懸念は確かにありますネ。

では、なぜ私が無料化賛成に変わったかとい
えば、無料化のもたらす物流コスト低減が地
方への企業誘致や産業発展にはずみをつける
のではないかと期待するからです。

sweden1901さんも指摘するように、無料化は
「人口シフト」を発生させるだけのインパク
トのある政策ではないでしょうか?

長期的にみると高速無料化が東京一極集中を
是正し、疲弊しきった地方を活性化させ、東
京など大都市部のヒートアイランド現象をも
緩和するという可能性に賭けてみたい。

根拠のない楽観論ではありますが・・・。

2009.09.03 19:16 aranjuez



あと、交通弱者ということで言えば、バス停まで歩けない人はどうするのですか?
我が家は徒歩10分ですが、区画の一番奥からは坂道を20分です。健康な若年者で。

「タクシー代を助成する」としたら、かえってバスは要らなくなってしまいませんか?

加えて、農家の人は高齢でも耕作機械を運転します。なので同じように車も運転します(出来ると思っているようです)。
体力が落ちたからと隠居できるほど収入に余裕もありません。体力が落ちたからこそ耕作機械が欠かせません。

「老いたから公共交通機関」はやっぱり都市住民の生活パターンだと思います。

2009.09.03 19:54 Urbanfox



25さん

>中間マージンに群がる天下り何とやら関連団体に他なりません。
>無料になるとおいしいところとられるので、
>反対意見で存在示しているだけにしか見えません。

貴殿はお仕事柄、その辺りの事情にはお詳しそうですね。
もう少しご教示いただけると参考になるのですが。

環境自治体会議環境政策研究所については、
母体の環境自治体会議ですが、
役員・スタッフは会員自治体の市長たちが名を連ねていますね。
ただ、事務局長は須田春海さんという市民団体の方ですし、
中央官庁からの天下りの人事もなさそうです。
この組織の所在地も市民運動全国センター内となっています。
付属の環境政策研究所もメンバー構成を見ますと、
http://www.colgei.org/
こうなっています。
ここもいわゆるテクノクラートや天下り、産業界、
道路関連会社からの人事はなさそうです。
また母体の運営目的も、環境政策、環境事業の推進、
環境情報のネットワーク作り
とありまして、道路とは関係がなさそうです。

もう一つの、
環境エネルギー政策研究所についてですが、
ここに運営スタッフ一覧があります。

http://www.isep.or.jp/isep.html

原子力資料情報室(高木仁三郎氏が設立した反原発団体です)の代表や、
生協の代表、市民運動の代表という
顔ぶれが理事や監事に入っていまして、
ここもテクノクラートや天下り官僚、産業界、
道路関連会社からの人事もなさそうです。
政府や産業界からは距離を置いている団体であることは、
この団体の目的や役員の顔ぶれを見ればわかりますでしょう。
http://www.isep.or.jp/isep.html#gaiyo

環境問題、省エネ、地球温暖化、風車、太陽光発電などに関する研究、提言を
する団体であって、道路とは関係が無いNPO研究所です。

このようなNPO研究所が、
本当に“中間マージンに群がる天下り何とやら関連団体”に他ならない
のでしょうか?

その前の貴殿の投稿では、
>今の料金徴収システムでは仲介者がいて、
>これが償還や維持サービス・道路構築等に
>関して差配できるようになっている
>差配するって事は隠れたマージンを受け取るって事。

こうお書きになっておられますが、
いったいどのような仕組みで、
上記のNPO研究所が、そのような仲介役を担っているのでしょうか?
どのようにマージンを受け取っているのでしょうか?

2009.09.03 20:56 フリスキー



フリスキー殿

天下り団体ではなく”天下り・か・ん・れ・ん・団体”
つまり天下り団体が存在するからこそ、そこの業務施行において諸手賛成データを作成したり、一部改善提言を行ったりする団体のことです。いわゆる天下り団体の下請け・孫請けみたいなものですよ。
団体の施策がなければ、提言のしようがありませんから・・・団体のためだけに生きていると言っても過言ではない。

”中間マージン”とは、猪瀬がこれ見よがしに見せかけだけの努力をおっぴろげてバックアップした、数百?に上る関連団体のこと。

国交省の関連団体”建△弘○会”なんて、仕事ほとんどしていません。おじちゃんやおばちゃんが新聞広げるか、餅焼きして、一日過ごしています。書籍の販売窓口だけは仕事しているのかな?
価格調査とか請け負った業務は下請け・孫請けに○投げです。この○投げに群がるのも中間マージンの一つですね。

NPO何とやらでも補助金とか優遇税制もらっていませんか?
純粋に奉仕精神のみなら、補助金なんてもらいません。寄付・募金でしょ。

2009.09.03 22:07 25



高速有料と暫定税率の根拠になっているのは、端的に言うと『東京の道路の利便性を全国に広める』というのが大義名分ではないでしょうか?


素人考えでも『そんな金あるなら、年金や医療費に回してくれよ。』と誰もが実感しているのではないでしょうか。


環境対策を本気で考えるなら、いずれ、環境税を導入しなければならないでしょう。

小泉改革でガタガタになった国力を回復されるには、国民の所得が増やすことや せめて医療・介護・教育くらいはユニバーサルサービスを維持できるくらいの財政措置は最優先でする必要があります。

高速道路の無料化は環境対策からは矛盾するかもしれませんが、無視してでも、 国民の手取収入を増やす手段は断行しなければいけない時期
だと考えてしまいます。

2009.09.03 22:14 葉隠


(↓続く)
衆院選が終わって、私自身はまだ完全放電状態で、しばらく充電の時間が要りそうだが、8月31日付エントリ「衆議院選挙で民主党圧勝 ろくな議員が残らなかった自民党」のコメント欄では、高速道路無料化問題に関して、当ブログにコメントを下さる人同士での活発な議論が交わされているので、今日はこれに一切の論評を加えず、そのまま紹介したいと思う。なぜこんなお節介をするかというと、ブログの読者でもコメント欄にまで注意深く見てくださる方はごく少数であることを、3年間ブログを管理した経験から熟知しているからである。それではいただいたコメントを以下に投稿時刻順に紹介する。なお、高速道路無料化に関連しないコメントは割愛したが、ご了承願いたい。


(前略)
朝日は、「小沢支配」、「高速無料化・子供手当は民意に反している」などという切り口で早速、民主党の足を引っ張ってますよ。
どうしても、一般庶民に金を還元したくないんでしょうね。
高速といったって、一般道と別会計にするから「採算」云々が気になるので、もう作ってしまった国有インフラと考えれば、無料化して物流コスト削減に少しでも貢献してもらえばいいわけです。瀬戸内海の3本の大橋なんか、いつもガラガラなのはそれこそ無駄でしょう。
CO2増加というのも根拠はあいまいでしょう。一般道は代わりに空くわけですし、信号待ちのアイドリングがその分減るわけですから。一般道の長距離トラックなどが減れば、他の有害排気物質や、騒音公害なども緩和されるでしょうし。
共産や社民が反対するのは全く解せませんね。そういうところが、私がこの両党を評価できないところなのです。

2009.09.01 13:13 cube



私も高速道路無料化には疑問を感じます。

これについて、日経エコロミーの連載コラム「飯田哲也のエネルギー・フロネシスを求めて」の最新記事
「各党マニフェストを読む――総選挙後の環境エネルギー政策の行方<下>」
http://eco.nikkei.co.jp/column/iida/article.aspx?id=MMECcm001024082009の第2章「3周遅れvs周回遅れの高速道路無料化」http://eco.nikkei.co.jp/column/iida/article.aspx?id=MMECcm001024082009&page=2が納得いく反対理由を述べています。
結びの部分を転載します。

>高速道路を造り続ける料金プール制や民営化はもちろん見直すべきだが、有料制は堅持すべきである。ただし、それは「高速道路を造り続けるため」ではなく、温暖化を抑制し、公共交通を発達させ、地域社会を豊かにするための、まったく新しい料金体系として見直せばよい。たとえば料金の一部を地方の財源として組み入れ、地域社会をコンパクトシティに誘導するために、トラムや自転車道整備などの公共投資や、公共交通を拡充し安くするための経済支援に用いるといったことを考えてもよいのではないか。

尚、今回の飯田氏の記事は、環境問題だけでなく価値観や選挙制度の見直し(「2項対立」から「複雑系の熟慮政治」へ)まで及んでおり、全てにとても共感できるものでした。

2009.09.01 14:12 ぽむ



高速無料化すると、公共交通が衰退するという因果関係も?ですね。
瀬戸内のフェリーなど、淘汰される分野もあるでしょうが、逆に、高速バス網が安く、豊富になれば、マイカーを使わなくなるとかもありうるでしょう。
それから、無料化と、いくらかでも有料にするのとは料金所、検問所設置が交通渋滞要因になり、大きな差があります。
私は、作ってしまったインフラは出来る限り無料で開放し、使い尽くすことが一番経済的に合理的だと思いますね。

2009.09.01 14:56 cube



cubeさん

>瀬戸内のフェリーなど、淘汰される分野もあるでしょうが、
>逆に、高速バス網が安く、豊富になれば、
>マイカーを使わなくなるとかもありうるでしょう。

フェリーに限らず、鉄道網への影響も懸念されます。
特に地方在来線のように採算は取れていなくても、地域住民にとっての
不可欠の足となっているのですから、高速道路無料化によって鉄道利用客減による
事業縮小になった場合、
お年寄りなどの(とくに地方などご老人だらけ)交通弱者にとっての
痛手となります。
高速道路無料化によって恩恵を受けるのは、流通業界などを初めとする
産業界と、自動車ユーザーであって、自動車を利用していない、
自動車を利用できない人たちにとっては上記のようなデメリットが考えられます。
うちの実家の老親を見ていても分かりますが、買い物でも旅行でも
どこに行くにも自動車を使っていた親父が、70過ぎて体や運動神経が衰えるに従い、
遠距離運転が難しくなり、徐々に車に乗る回数が減り、鉄道への依存度が増しています。
高速バスを利用するにせよ、そのターミナルに行くまでは鉄道を使いますしね。
鉄道に取って代わるだけの高速バス網を充実させようと思ったら、
それこそ高速道路網が現状ではとても足りず、拡充に追われるでしょうね。
まさか通行料を無料化しつつ、新たな高速道路の建設を続けろとでもおっしゃるわけでも
ありますまい。
cubeさんの議論は、車社会を前提とした主張で、交通弱者への配慮が
まったく感じられないのですがいかがでしょう。
cubeさんはおそらく都市部にお住まいで、地方の必ずしも公共交通の
発達していないところに住む高齢者所帯、低所得層など、車に乗れない、
車に乗らない人たちのことを
あまり念頭に置かれていないのでは?

>朝日は、「小沢支配」、「高速無料化・子供手当は民意に反している」など
>という切り口で早速、民主党の足を引っ張ってますよ。

高速道路無料化は、各種世論調査でも否定的な意見が多数派です。
朝日の社説も、政策実行の優先順位を明確にせよという主張の元で、
この政策についても柔軟に見直すべきと言っているだけです。

まさかcubeさんは、300議席を超える大与党の政策なんだから、
“マスゴミ”は足を引っ張るようなことを言うなとでもおっしゃるのですか?

2009.09.01 15:47 フリスキー



>高速無料化すると、公共交通が衰退するという因果関係も?ですね。

これは、既に実施されている自民党の「高速道路週末1000円」で実証済みではないでしょうか。

CO2についても飯田氏が記事中で紹介している非営利シンクタンク環境自治体会議・環境政策研究会による分析「高速道路無料化・暫定税率廃止に起因する環境・社会影響」http://sltc.jp/file/2009/08/20090810_kosokumuryo.pdfによればCO2排出量が少なくとも年間980万トン増加、しかも、この報告は、都市間交通など長距離交通への影響のみを集計したものなので、国内全体では、 2~3倍に拡大する可能性があり、加えて公共交通手段の崩壊を招くことになれば、その分のCO2排出量の増加につながる可能性ありとなっています。

自民党政権は、公共土木工事に巨額の予算をつぎ込んできました。その中で特に優遇したのが自動車産業及び道路行政でした。新政権に求めたいのは自動車優遇政策を引き継ぐことではなく自動車がなくても暮らせる生活環境をつくることです。
飯田氏は「高速道路有料の現状は、皮肉にも「3周遅れ」のシステムが日本にもたらしてくれた未来型のシステムと考えるべきだ。」とも述べています。「欧米では高速料金無料化は当たり前。日本は遅れている」とは賛成者がよく言うことですが、環境重視の現在、むしろ「日本の有料システムこそ最先端」という考え方もできるのでは?
新自由主義にせよ二大政党制にせよ先をいった欧米で疑問の声が上がり始めているものをにわざわざ「欧米並みに」と追いかける愚行をくりかえすのはいいかげんにしたいものです。

とは言え、地域や各道路によって事情は異なるでしょうから、一律に無料化はだめとは言えない面もあるかもしれません。社民・共産にしてもやみくもに反対と言っているわけではなく、昨夜のNHKでも共産・市田氏は「優先順位で考えたら高速道路料金の軽減よりも福祉や教育なのではないか」と言ってましたが、これはもっともだと思います。

2009.09.01 16:44 ぽむ



高速道路の無料化には私は原則賛成派です。

理由としては…
1、道路利権を根絶できること
2、景気対策としては、定額給付金より様々な波及効果が見込めること。

3、今や生活の必需品たる自動車に関する過重な税制に対する見直しが期待できることです。
4、比較的短期間に政策効果が出ること。

鳩山新政権には、世論の圧倒的な支持を受けて誕生する以上、政権公約の根幹を見直すことは自殺行為と言えます。

様々な問題があると思いますが、『政権公約を反故にした』烙印を押されるよりは実行された方が日本にとっては良い結果になると考えます。

2009.09.01 18:15 葉隠



現代は、自動車は必需品とよく言われますね。
データを見ても、今や自動車の世帯保有率は約8割に達しています。
しかし、以下のURLのデータをご覧になってみてください。

http://www.jama.or.jp/lib/jamareport/100/01.html

所得階層別乗用車保有率を見ますと、低所得層では5割弱です。

また、ライフステージ別乗用車保有率を見ますと、
高 齢 期 = 子は(すべて)結婚して別居している世帯、
または子どもがいないか、単身で55歳以上の世帯 では、
微増してはいますが6割となっています。
ここでの高齢期の定義は55歳以上と低めに取っているので、
おそらく70代、80代となるとぐっと少なくなることは
間違いないでしょう。

これら、低所得層、高齢所帯にとって、
半数近い割合で自動車を持っていないのですから、
“今や自動車は必需品”という大前提の下での交通政策は、
弱者切捨ての発想になりかねません。
私が先の投稿で想定した高速道路無料化に伴うデメリットについて、
まずそれをかぶる人たちというのが、どういう地域の
どういう階層に多く発生するか
を考えてみる必要があると思います。

ぽむさんが以下のようにおっしゃっていますが、

>新政権に求めたいのは自動車優遇政策を引き継ぐことではなく
>自動車がなくても暮らせる生活環境をつくることです。

>飯田氏は「高速道路有料の現状は、皮肉にも「3周遅れ」の
>システムが日本にもたらしてくれた未来型のシステムと考えるべきだ。」
>とも述べています。「欧米では高速料金無料化は当たり前。日本は遅れている」とは
>賛成者がよく言うことですが、環境重視の現在、
>むしろ「日本の有料システムこそ最先端」という考え方もできるのでは?


この点は、大いに賛成ですね。
日本をアメリカのような自動車社会にする必要もないでしょう。
そもそもが地理的、文化的条件が全然違うのですから。
世界に冠たる日本の鉄道網を衰退させる必要性がどこにあるんでしょうかね。

2009.09.01 19:33 フリスキー



「3周遅れの日本が結果として未来型だった」というのは、ほとんどの人に納得できる話ではないでしょう。とにかく、一度、追いついてみなければ。
ましてや、CO2削減の音頭をとっている欧米が、高速無料ないし、はるかに低料金なのですから。
公共交通手段振興については、高速料金ではなく、ガソリン税にその補助金分を上乗せするとか、別に考えるべきでしょうね。これは道路建設のための「暫定税率」でなく、欧州と同レベルの料金にあわせるとか説得すれば、受け入れられるかもしれません。
まずは景気対策・内需拡大への潤滑油として物流コストを減らすことだと思いますね。

2009.09.01 20:33 cube



とりあえず高速の無料化或いは暫定税率の廃止は公的な「約束」です。
これを無意味に継続していた自民は許せませんし、国民的な合意も得ず、他に流用しようというのも反則でしょう。
新しい経費が必要であれば、充分な議論を経て別途新設すべきです。

地方の公共交通機関の衰退と言いますが、既に衰退しきっているという感があり、あてに出来ません。
高止まりしているガソリン税、自動車税などが、マジョリティとしての地方民の生活を圧迫し、貧困層の足を奪っているのでは。
自動車利用の利便性が向上することはプラスですし、そこをマイナスさせて公共交通へ強引にシフトさせるのは本末転倒です。
鉄道その他の振興策が要るのであれば、それは別途考慮すべきなのでは。

2009.09.01 22:21 Gl17


(↓続く)
9月に入った。今日は、いつもの朝ではなく、夜にブログを書いているが、予告通り今後は書きたいことがある時に更新する。これまでは、平日はよほどの場合を除いて毎日の更新を自分に課していたが、今後は毎日ではなくなるし、更新の時間帯も朝とは限らず、まちまちになると思う。

先月は読者の皆さまに多くのアクセスやコメント、ブックマーク、拍手などをいただいた。特に、選挙の結果を受けた昨日(8月31日)には、ブログ開設以来最多となるアクセスをいただいた。ブログの更新ペース変更についても、多くのコメントをお寄せいただき、管理人としては深く感謝するしだいである。当ブログは管理人にとって財産になっており、検索エンジン経由のアクセスも、7月から8月にかけてはかなりの数に達した。かなり前からだが、ブログで取り上げた対象が注目された時にはブログへのアクセス数が一時的に増えることによって、アンテナの役割も果たしている。そんな時には、その対象について新たな記事を書くこともあるだろう。そんなわけで、更新のペースは落とすけれども、ブログを閉鎖をするつもりは一切ない。またそのうち、切迫感に突き動かされて毎日更新するペースに戻す可能性だってないとはいえない。

選挙は民主党の圧勝に終わったが、別に革命的なできごとだとも思わないし、自民党があんな政党に堕してしまった以上当然の結果だから、興奮もしない。むしろ、私が投票した選挙区を含め、大部分の小選挙区で自民党と民主党の候補にしか勝つ可能性がなく、気に食わない自民党候補を落選させるためには、民主党候補に投票するしかなかったことに欲求不満が残る。そして、私自身がそうだったのだが、せっかく落選させたと思った自民党の候補者が比例区で復活したりするから、フラストレーションがたまるのである。それでも、私の選挙区では民主党候補がリベラルだったからまだましで、中にはコメントいただいたフリスキーさんのように、民主党候補が長島昭久だったりしたら、小選挙区は死に票を投じるしかなくなる。こういった不満を多少解消してくれるのが比例区だが、私の場合は比例区も最初から死に票になるとわかっている。このように、現行の選挙制度はとことん大政党に有利にできている。

昨日のエントリには、高速道路の無料化や環境エネルギー政策に関する興味深いコメンター同士のやりとりがあった。環境エネルギー政策というと、TBSテレビの「サンデーモーニング」で寺島実郎や金子勝がよく取り上げるのだが、その寺島氏は、今月中旬に総理大臣に就任する民主党の鳩山由紀夫代表のブレーンともいわれている。その寺島氏は、飯田哲也氏およびNHKの取材班との共著『グリーン・ニューディール―環境投資は世界経済を救えるか』(日本放送出版協会刊「生活者新書」、2009年)を最近出版している。私は日曜日、つまり総選挙の投票日にこの本を買ったが、まだ読んでいない。

ところが、ブログにいただいたコメントでぽむさんに教えていただいたのだが、飯田哲也氏が選挙期間中の終盤に「日経エコロミー」に公開したコラム「各党マニフェストを読む――総選挙後の環境エネルギー政策の行方<下>」で、自民党と民主党の高速道路に関する政策を、「3周遅れ」(自民党)vs「周回遅れ」(民主党)との争いだとして厳しく批判しているのである。ここらへんはなかなか面白そうなので、次回以降のエントリで取り上げてみたいと思う。今日は紹介のみにとどめておく。

実は、総選挙の終盤戦あたりから、ブログ開設以来初めてでもないけれど、「ブログ疲れ」に襲われたのも確かなのである。普段ならグリーンニューディールについて書かれた「生活人新書」を読み、飯田氏のコラムも読んで、気合を入れてブログを書くのだが、そこまで元気が戻っていない。しかし、今日は月初めの日だし(関東大震災の「震災記念日」でもある)、大量にいただいたアクセスやコメント、ブックマークなどへのお礼のエントリを上げておこうと思った次第である。

あとは、最近は公開していないが、月々のアクセス解析のまとめも行っていて、7月末以来先月末まで、城内実について書いたエントリへのアクセスが特に多かったことがわかっている。昨年11月の国籍法改正騒ぎの時に書いた、『テロ行為と極右政治家・城内実だけは絶対に許せない』(2008年11月20日付)は、古いエントリなのに、ここ1か月あまりの間に、1万2千件以上のアクセスを集めた。これは、当ブログとしては過去に例のない特定エントリへの集中的なアクセスだった。城内実について取り上げて多くのアクセスがあったのは当ブログだけではなく、国籍法改正当時の城内実のブログ記事についた「はてなブックマーク」でも城内は集中砲火を浴びたし、ネット右翼が多く集まるといわれる巨大掲示板「2ちゃんねる」でも、眞鍋かをりさんの写真を用いたポスターの件で、城内実は擁護をはるかに上回る批判や罵倒を受けた。しかし、これらネットでの城内実批判は、静岡7区の選挙結果に何の影響も与えなかった。選挙終了後、新たに加わった「はてブ」コメントを見ると、

こんな差別主義者が当選したとは……こういう記事こそ、テレビで報道すべき。

とか、

ああ、静岡7区の当選者どっかで聞いたような気が…と思ったらやっぱりこいつだったか。/ こんな奴がだんとつで通るんだもんなー。

などと書かれているが、残念ながらネットの影響力など、テレビとは比較にならないほど小さい。今回の総選挙での民主党勝利にも、民主党支持ブログの果たした役割など無視できるほど小さいと私は考えている。小泉郵政総選挙の時には、熱狂的に小泉自民党を支持した「2ちゃんねる」や、当時次々に現れた政権支持の立場に立つブログの影響力がどんどん増していくように思われたが、その後は必ずしもそうなってはいない。郵政総選挙当時、「チーム世耕」と呼ばれた自民党のネット工作部隊も、おそらく担当者や外注先が変わったのだろうが、鳩山民主党を誹謗中傷するくだらないアニメを作って逆に自民党への票を減らす役割しか果たさなかった。

そんなわけで、今後は今までほどブログにしゃかりきにはなれないだろうとは思うが、もちろん今後もブログは継続するので、読者の皆さまにご愛顧いただければ幸いである。


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