現在の空気は、1993年の細川政権発足前夜を思い出させるものだ。特に、コイズミと小池百合子、前原誠司の3人が会談した件や、3日のエントリでも触れた、平沼赳夫が民主党との連立を考えているとされる件の2つは、とてもきな臭い。
そういえば昨年の「大連立」構想も政界再編の動きの一つだった。あの時、福田首相と民主党の小沢一郎代表は、ともに厳しく批判された。当時は小沢一郎の方が大きなダメージを受けたように見えたが、今になってみると、あの連立の頓挫は福田首相の方がダメージは大きかった。
あの時、当ブログは小沢一郎を厳しく批判するスタンスをとったが、リベラル・左派系ブログではむしろ小沢一郎支持を表明する声が圧倒的に強かった。その代表例が「喜八ログ」の下記記事である。
http://kihachin.net/klog/archives/2007/11/seikenkoutai.html
喜八さんは、以下のように書いている。
細川内閣実現を可能にした新生党・日本新党・日本社会党・公明党・民社党・社会民主連合・民主改革連合・新党さきがけの8党派連立の「立役者」は誰が何と言おうとも小沢一郎でした。
もし、小沢がいなかったら? あるいは自民党離脱を決意しなかったら?過去50年のあいだ日本では政権交代が一度もなかっただろう。これは私の確信するところです。いま小沢一郎だけが本格的政権交代を実現できる。こう考えるのも小沢がこの分野に関して唯一「実績」を持つ男だからです。
(「喜八ログ」 2007年11月7日付より)
「喜八ログ」を取り上げたことに他意はない。政権交代を待望する人たちの間では、ごく普通の感覚なのだろうと思う。だが、私には細川内閣には評価できる面とできない面があった。
当時私が勤めていた会社の同僚は、「細川さんは良いんだけど、取り巻きが良くない」と言っていた。その「取り巻き」の代表人物が小沢一郎だった。当時の小沢一郎は、実態は旧来自民党政治の体質を持っていたが、主張はそれとは裏腹の新自由主義だった。私も同僚に近い意見を持っていて、細川内閣は、自民党支配に、ほんのいっときだったが風穴を開けた功績はあったし、細川氏は政治思想的にはリベラルだったが、どうにもいただけなかったのがこの内閣の新自由主義指向の性格だった(当時は「新自由主義」という言い方は一般的ではなかったが)。
一方、細川内閣およびそのあとの短命だった羽田孜内閣のあと成立した自民・社会・さきがけ3党の連立による村山富市内閣は、当時も今も評判がすこぶる悪いが、実は私は当時リベラル政権として期待した口だった。リベラルにとっての痛恨事は、村山政権が成功したとはいえなかったことだ。
さて、私はゴールデンウィークの休みを利用して、2000年1月に中央公論新社から発行され、のち中公文庫に収められた 『渡邉恒雄回顧録』 を読んだ。発売当時、買って読もうかと思ったがあまりの分厚さに恐れをなして結局購入を見送り、昨年初め頃文庫化されたので買ったが、それでもなかなか読む気になれず、やっと先日思い立って読破した。700ページ以上に及ぶ本だが、ナベツネ(渡邉恒雄)の語り口は読みやすいので、比較的すらすら読める。
この本は、ナベツネの著書 『わが人生記』 (中公新書ラクレ、2005年)や 『君命も受けざる所あり』 (日本経済新聞出版社、2007年)とオーバーラップする部分も多く、当ブログの読者には必ずしもオススメできる本ではない。だが、ナベツネに関心のある人にとっては必読書だ。内容は、御厨貴、伊藤隆、飯尾潤3氏によるナベツネのインタビューをまとめた「オーラルヒストリー」である。
権力志向の強いナベツネは、若い頃から政治を動かそうとしていたが、中でも70年代から「保革連立政権論」を唱えて政権に公明党や民社党を取り込もうとしたのは、明らかに90年代以降の「自公」や「自自公」「自公保」の連立政権を先取りするもので、事実これらの連立政権発足にはナベツネ自身が関与したとされている(そんなことは、もちろん本には書かれていない)。
本エントリとの絡みでいうと、日本新党と新生党を中心とした政権から社会党が離脱した1994年の時点では、ナベツネは連立政権側の陣営を、市場原理重視の「小さな政府」を指向する勢力、自民党リベラル派と社会党およびさきがけ側の陣営を、リベラルで社民主義的な方向を指向する勢力ととらえて、前者を支持していた。当時、自民党では加藤紘一、亀井静香、野中広務らが村山富市を首班とした内閣の樹立を目指していたが、ナベツネは自民党全体がそちらの方向に行ってしまうとは思わなかったと言っている。当時の自民党総裁が、やはりリベラルの代表格である河野洋平だったからそうなったといえるかもしれない。私はもともと社民主義的な方向性を持った人間なので、当然ながら細川護熙や羽田孜の内閣よりも村山富市内閣に期待したものだ。
一昨日のエントリでチベット問題を取り上げたが、日本の少数民族であるアイヌ民族に関して、北海道旧土人保護法を廃止し、アイヌ文化振興法が1997年に施行されたのは、アイヌ人の社会党参議院議員だった故萱野茂氏の貢献が大きい。阪神大震災時の対応などで批判されることの多い政権だったが、新自由主義への批判が高まり、福祉国家が見直されてきた現在、自社さ連立政権の再評価が行われる必要があるのではないかと思う。
次の政界再編において、鍵を握るのはなんといっても民主党の動向だ。小沢一郎は現在では新自由主義を捨てたとされている。だが、それに代わる方向性を見出し得ていないのではないかと、地元の小沢支持者も懸念しているようだ。菅直人も、その経歴からいっても、もっと社民主義指向であって当然だと思うのだが、時折妙に新自由主義的な方向に振れる。とりわけ、今年に入ってから道路問題にばかりこだわる小沢・菅両氏の動きは、私には強い違和感がある。かといって、鳩山由紀夫はコイズミ内閣時代に、コイズミとカイカクの過激さを競おうとして私を激しく失望させた人物だ。若手の前原誠司は、コイズミよりも過激な新自由主義者とされている。民主党には、いつ何時新自由主義の方向に再び大きく振れるかわからない危うさがある。しかし、現在の日本ではコイズミカイカクはすでに破綻しており、日本を再建するためには、新自由主義を廃して、福祉国家指向の政策をとることによって中産階級を再建するしかないのである。そうでなければ、日本経済の活力は失われる一方だ。
単に、自民党負けろ、民主党頑張れというだけではダメな時期にきている。「野党共闘」といったって、上に見たように、野党が共闘して新自由主義政権を樹立したこともあったのだ。日本国民にとってどんな政権が望ましいかを国民一人一人がよく考えなければならない時期にさしかかってきたように思う。
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