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きまぐれな日々

昨日の新聞の一面トップは、「沖縄ノート」訴訟判決の記事だった。大阪地裁の判決は、太平洋戦争末期の沖縄戦における「集団自決」に旧日本軍が関与したことを認め、「沖縄ノート」の著者・大江健三郎氏と出版元の岩波書店に出版差し止めと損害賠償を求めた原告の元戦隊長と遺族の請求を棄却し、大江氏側の勝訴となった。

こういう判決が出た時の各紙の社説はパターンが決まっていて、予想通り、朝日毎日東京(中日)の各紙は判決に肯定的で、読売産経は否定的だった。読売は、「集団自決の背景に多かれ少なかれ軍の「関与」があったということ自体を否定する議論は、これまでもない。この裁判でも原告が争っている核心は「命令」の有無である」と書いているが、後者をことさらに取り上げて、"「軍命令」は認定されなかった" という見出しを社説につけている。一方、朝日は、「「命令があったと信じるには相当な理由があった」と結論づけた」、毎日は「判決は、大江さんが引用し、「軍命令があった」とする戦後間もなくの証言集などの資料的価値を認め、住民証言は補償を求めるための捏造(ねつぞう)だとする原告の主張を否定した」と書いていて、読売の社説の見出しを読んだ人が朝日や毎日の社説を読むと、頭が混乱するに違いない。私には、軍の関与があって命令はなかったとする読売の主張はわけがわからない。開幕シリーズに3連敗したプロ野球・巨人の試合に原辰徳監督は関与していたが采配はふるわなかったと言っているようなものだ。理解不能である。

そもそも、この訴訟は2005年に起こされたものだ。大江健三郎の「沖縄ノート」の出版は1970年、その内容に疑義を呈した曽野綾子の「ある神話の背景」の出版は1973年だ。それが、2005年になって訴訟が起こされたのは、十数年くらい前から、産経新聞や産経文化人、それに右翼政治家らが推進した旧日本軍賛美の風潮に乗ったものだというほかない。この訴訟の原告側弁護士には、あの稲田朋美、テロを肯定する女にして、映画を検閲しようとした言論の自由の敵である稲田朋美が名を連ねているが、そのことからだけでもこの訴訟の性格は明らかだろう。旧日本軍人やその遺族は、彼ら歴史修正主義者たちによって利用されたのだ。

ところで、「稲田朋美」を検索語にしてGoogle検索をかけると、当ブログは4番目に引っかかるのだが、検索結果の画面に表示される「関連検索」がスゴい。たとえば、「稲田朋美 オリックス」というのがあって、一昨年10月15日付の「ストレイ・ドッグ」の記事が筆頭で引っかかるのだが、この記事には、
稲田代議士が、何とオリックス100%子会社「オリックス債権回収」の違法とも思える借金取立の代理人を夫(も弁護士)と共に務めているという。
と書かれている。稲田は、政治思想的に極右であるばかりではなく、竹中平蔵の盟友・宮内義彦とつるんだ過激な新自由主義者であり、その実践までしていたらしいのだ。思想極右にして経済極右。そのスーパーウルトラ極右ぶりは、安倍晋三をもしのぐかもしれない。

かと思うと、「稲田朋美 徴農」という「関連検索」もあるが、そういえば、一昨年8月29日、「『立ち上がれ! 日本』ネットワーク」(事務局長・伊藤哲夫日本政策研究センター所長)主催のシンポジウム「新政権に何を期待するか?」で、稲田が「ニート問題を解決するために徴農制度を実施すべきだ」と主張したことが当時話題になったものだ。同じシンポジウムで、稲田は加藤紘一の実家への放火テロ事件を笑いながら紹介して、会場が爆笑に包まれたとされる。

Wikipediaの「徴農制度」の記述がふるっているので、以下に紹介する。

徴農制度(ちょうのうせいど)は、軍事における徴兵制度と同様に農作業への従事を国民の義務として定める制度。

概説

本来は第一次産業に従事する人員数の確保を目的としているが、毛沢東主席時代の中国における下放政策(上山下郷運動)やポル・ポト政権下のカンボジア(民主カンプチア)のようにしばしば人格形成のカリキュラムとして採用されるケースが存在する。こうした傾向は極左思想だけでなく極右思想においても共通しており、日本においては農本主義と右翼が強く結びつく傾向があるが、国際的には農本主義と共産主義の方が親和性は高い。このような思想的背景により、徴農制度(下放)は左翼・右翼双方の国家主義に支持される政策となる。

なお、毛沢東政権下の下放政策やポル・ポトの例においては、適不適を無視した一律的な労働が課せられ効率的でなかったことや、強制的な労働による勤労意欲の低下、農業に慣れるまでの時間などから経済的に大きな損失を出し、いずれも徴農実施時の農業生産は大きく低下し、多数の餓死者を出す悲惨な結果に終わっている。

また、人格形成の面から言っても農村での生活が道徳的に好ましいという科学的データは存在せず、住みなれた場所から離れて集団生活を送ることによって、PTSDに陥る危険もある。

日本における議論

近年の日本では、政治家や実業家(稲田朋美東国原英夫、また水野正人・ミズノ社長など)が「ニートを徴農制で叩き直す」と言ったプランを主張する事例も見られるようになっているが、こうした制度の義務化は日本国憲法第18条(刑罰以外の奴隷的拘束及び苦役からの自由)に反するものと言う解釈が通説になっており、刑法改正によりニートという行為を犯罪と定義して徴農を刑罰として科すか、憲法改正を伴わなければ日本において徴農制が実施される可能性は極めて低いと見られている。

(Wikipedia ? "徴農制度" より)

つまり、稲田朋美や東国原英夫のような極右は、毛沢東やポル・ポトのような極左ときわめて親和性が高いということだ。そういえば、輸入食料品の値上がりから食料自給率の低下が問題になっているが、この対策として毛沢東がやったような下放政策を実施せよと極左が主張しているのを最近見たことがある。こういう極左は、ある日突然稲田朋美を熱狂的に支持し始めるのではないだろうか。

常識ある人間なら、稲田や東国原らが主張する徴農(下放)政策など歯牙にもかけないのは当然だ。日本を毛沢東の中国やポル・ポトのカンボジアのような、権力者が国民を大量虐殺する国にされてはたまったものではないからだ。しかし、このような異常な政治家を、3年前の総選挙で福井一区の有権者は選んでしまった。

もうそろそろ次の総選挙を考慮する必要が出てきたが、この稲田朋美は絶対に落選させたい議員の筆頭格だ。もちろん安倍晋三なんかも落選させたいが、残念ながらその見込みは薄い。しかし、稲田は普通にやっても選挙区では当選する可能性はきわめて低い。それは良いのだが、稲田は、極右の人たちの間で人気が高いから、比例区で復活当選する恐れがある。だから、それを許さないくらい総選挙では自民党を惨敗させなければならないと思う今日この頃である。


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