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きまぐれな日々

最近よく訪れる 「はてブニュース」 を見ると、「国際」 のカテゴリに実に多くのエントリがあって、その多くがチベットの暴動に関するものだ。特にネット右翼たちが大騒ぎしていて、なぜふだん反戦を訴えているリベラル・左派系ブログが沈黙しているのかという人たちが多い。

当ブログが直接槍玉に挙がっている記事にはまだお目にかかっていないが、多忙な生活の合間にブログの記事を書いている身としては、好き勝手なことを言うやつらだなあと思う。実際には、かなりの数のリベラル・左派系ブログが中国の暴挙を批判する記事を公開している。それに、ちょっと前のイスラエルによるガザ侵攻の時は、右派も左派も全然反応しなかったのである。当ブログ管理人も関心は持っていながら記事にはしなかったのだから偉そうなことは言えないが、「ガザ侵攻」を検索語にしていろいろ検索しても、新聞社が社説に取り上げた例はほとんど見つからなかった(侵攻への報復としてイスラエルのユダヤ教神学校が銃乱射を受けた事件を東京新聞が取り上げたくらいだと思う)。「ガザ侵攻」のGoogle検索で2006年の侵攻を記述したWikipediaの次の2番目に引っかかったのはブログ 「カナダde日本語」 の記事だが、やはり日本とカナダではニュースの優先順位が全然違うのだろう。

このイスラエルのガザ侵攻と比較すると、中国のチベット弾圧への敏感な反応には驚くばかりだ。ネット右翼たちは、ここぞとばかり中国を叩きたいのだろう。

もっとも、「ITmedia News」 の報じる、「チベット暴動、中国ブログにあふれるナショナリズム」 と題された記事などを読むと、中国にも日本のネット右翼に相当するような馬鹿どもが大勢いて、ナショナリスティックかつヒステリックなダライ・ラマ非難および中国政府による弾圧の擁護を叫んでいるらしい。こういう報道を見ていると、中国の旧悪を暴きたくなるのが、ひねくれ者たる当ブログ管理人の習性である。

今回のニュースを聞いて思い出したのは、1979年の中国のベトナム侵攻、同じ年のソ連のアフガン侵攻、それに1989年の天安門事件の3件だ。79年のソ連のアフガン侵攻は国際社会の反発を招き、アメリカが翌80年のモスクワ五輪をボイコットする方針を明らかにすると、日本や中国もこれに追随した。当時の中国はアメリカよりもソ連との仲が悪かったのである。

その中ソ対立の代理戦争となったのが、前記ソ連のアフガン侵攻の10か月前に中国が起こしたベトナム侵攻だった。これは、カンボジアに侵攻してポル・ポト政権を倒して親ベトナムのヘン・サムリン政権を樹立させたベトナムに、「懲罰」を与えると称して中国がベトナムを侵略した戦争である。今回のチベット騒動について、中国は「人民戦争」だと称して世界を驚き呆れさせたが、29年前の対ベトナム戦争を中国が「懲罰戦争」と称した時にも呆れかえったものだ。しかも、ベトナムに倒されたポル・ポト政権がカンボジア国内で大虐殺を行っていたことは、カンボジアに侵攻したベトナム軍によって既に明らかにされていた。ベトナムのカンボジア侵攻には、カンボジアで迫害を受けていたベトナム系住民を救うためという大義名分もあったのである。日本でも、朝日新聞の井川一久記者らは、早くからポル・ポト率いるクメール・ルージュの犯罪行為を暴く報道をしていた。しかし、日本の左翼、特に社会党系の論者たちの多くは中国側に立ち、ポル・ポト政権の虐殺報道を、何の根拠もなく否定していたのだった。井川記者の報道も、朝日新聞では主流にはなれなかった。朝日だけではなく、毎日も読売も中国寄りの報道をした。これは、絶対に総括されなければならない左翼およびマスコミの失態だったと私は考えている。

1989年の天安門事件については、否定的な評価が定まっているので、いまさら付言することは特にない。

私自身は、昨年12月11日のエントリで、中国を「世界一過激な新自由主義国」と評しているが、2004年に一度だけ中国本土を仕事で訪れたことがある。訪問先は日本企業の中国工場だった。中国政府はひところずいぶん反日感情を煽っていたが、一般的な中国人民は反日的などでは全然ないし(実際、冷戦時の70?80年代には中国の敵意はもっぱらソ連に向かっていて、日中は友好関係にあった)、悪い印象は全然ない。しかし、急速に開発が進んでいて、これが中国全土に進むと、地球環境にはかなりのダメージを与えるだろうなとは思った。そして、そのことが頭に浮かぶと、いつも私は「それでは地球の資源を無駄遣いしている先進国の生活はどうなんだろう」と思ってしまうのだ。中国は貧しいままであれ、などという資格は私たちにはない。すべての国が先進国のような経済活動をしていては地球環境は持たない、とは始終頭をよぎることである。

ジャーナリスト・田畑光永さんの "チベット「騒乱」の背景" と題された記事を読むと、1979年(中国がベトナムを侵略した年)と2004年(私が中国を訪れた年)では、今回騒乱の起きたラサの町は様変わりしていて、いまや漢民族の経済進出によってラサは観光地として栄え、その中でチベット人は「住まわせてもらっている」かのようだとのことだ。

もはや、中国が「社会主義国」であるという観念は捨てたほうが良いのではないかと思う。前述のように私は中国は過激な新自由主義国だと考えている。最近は中国でも社会保障に力を入れよ、という「新左派」が論壇で力を増しているそうだが、そういう勢力が「台頭」してきたということは、現状がそうではないという意味であり、要は中国は共産党一党独裁の資本主義国家なのだ。それも、むき出しの資本主義。中国と比較したら、20世紀末までの日本の方がよほど社会主義的だったといえるかもしれない。

もし、「中国は社会主義国だから」と思って批判を躊躇している人がいるとしたら、それはナンセンスだと思う。


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