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きまぐれな日々

昨日のエントリは、最近時々意識的に書く、問題含みのものだったので、管理人にとって興味深いコメントをいくつかいただいた。

ブログ 「反戦塾」 の管理人・ましまさんから、下記のようなコメントをいただいた。ましまさんは、たいへん信頼できる筋金入りの護憲派ブロガーの方である。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-506.html#comment2307

 記事の答えになっていませんが、国際環境の中の日本に目をうつしています。反グローバリズム、共同体指向、日本ではまだトンデモ発言のようですが、世界の潮流は無視できません。TBさせていただきました。

(ましまさんのコメント)

ましまさんにトラックバックいただいた記事は下記。

「反戦塾」 より 「日中韓連合に期待」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_2adf.html

  20日、シンガポールで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス3(日・中・韓)で、プラス3だけの会合が行われ、今後はASEANから離れて3国だけのサミットを持ち回りで開くことが決まったという。

 これは、毎日新聞が1面で報じたが、わが塾にとっては大きなニュースである。というのは、非戦、安全保障問題ではじまったEUのアジア版にならないか、という淡い期待からである。そこで各新聞の社説に目を通してみた。

 その中で、「将来の東アジア共同体をにらんでの協調も……」と書いたのは朝日だけであったが、小泉・安倍と受け継がれた靖国問題や歴史認識問題の解消をとりあげ、相互信頼のもとでの3カ国の連携を歓迎するという、さきの戦争を意識した意見は、毎日でも共通していた。

(中略)

 このたびの温首相の発言「日中関係は重要な発展の歴史的段階、転換期にある」や、福田首相の「戦略的互恵関係」「新福田ドクトリン」の中身が明らかでないので過大な期待はできない。しかし、欧州連合が、中世以来の民族間抗争や第一次、第二次大戦を経て、戦争の根を絶つための英知と根気と努力の積み重ねで今日のEUに発展した、という経緯を踏まえてのことであれば、大賛成である。

 ひるがえって、福田、小沢大連立構想の話も下火になったが、かりに両党から小泉・安倍的要素を排除し、前向きな平和・安全保障政策で安定勢力を作る話ならば応援したくなる。自民か民主か、と言っているだけでは問題解決にならない。安倍氏は早くも右派再興に向けて動き出すという。これが成功するような悪夢だけは決して見たくない。

これはたいへんに興味深い記事である。日中韓の関係というと、三者が互いに反目し合っているというのが通常の認識だと思うが、東アジアで力を持つ三国がそれぞれいがみ合って一番得をするのはどこかというと、それはいうまでもなくアメリカである。このふざけた「現代の米帝」の支配に風穴を開ける意味でも、日中韓の関係改善に期待したいのは当ブログも同じである。自民か民主かなどと言っている場合ではないというのも同感で、たとえば民主党代表就任直後に中国を敵視する発言をして物議をかもした前原誠司などは、野党だからといって「共闘」などしたくない人物である。一方、福田はコイズミや安倍と比較するとよほどマシな政治家であることも認めざるを得ないだろう。もっとも、コイズミや安倍がひどすぎただけといえばそれまでだが。

「大連立」などは論外だが、自民党・民主党がそれぞれ抱える新自由主義勢力を排除した上で、他の野党も加えた上での連立政権であれば、一顧だに値しないという態度をとるには当たらないだろう。最近、民主党の鳩山幹事長が発言したという、「解散総選挙のあとは、自民党の一部となら連立もあり得る」という発言は、明らかに自民党の分裂を念頭に置いたもので、思わずニヤリとさせられた。ただ、当ブログとしては、自民・福田、民主・小沢の組み合わせが良いとはあまり思わない。この組み合わせだと、政官業癒着構造を改めるところまではいかないのではないかと思うし、何より、先日の「大連立」協議では、この2人で憲法解釈の変更について話し合われたとされている(追記の森田実さんの記事を参照)。

しかしともかくも、大事なのは枠組みではなく中身であると思う。「自民党打倒」や「野党共闘」は、国民生活を良くするための手段であって目的ではない。ちょっと前まで、自民党と民主党はともに「カイカク」の速度を競う新自由主義勢力が多数を占める政党だった。それが、自民党がコイズミの「郵政総選挙」圧勝以来新自由主義政党として「純化」を強め、民主党はそれに対抗して政策を新自由主義色を薄めて社民寄りに転換しつつあったと思っていた。外交・安全保障政策でもコイズミ・安倍の対米従属一本槍とは違いを出しつつあった。

そんなところに、いきなり「大連立」騒動が起きたものだから、動揺するのは当然だろう。民主党が自民党との違いを出しつつあったのは、単に政権に近づくための見せかけで、やはり中身は自民党となんら変わらないのではなかろうか。そんな疑念を起こさせるに十分なできごとだった。そう思うのだが、一部のブログは全く動揺することなく、従来と同じようなスローガンを連呼していたので、もしかするとこれはキャンペーンが自己目的化しているのではなかろうかと思った次第である。

もうすでにだいぶ長くなったが、もう一通紹介する。みちるさんからいただいたコメントである。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-506.html#comment2309

初めまして、kojitaken様。一読者です。

>「庶民的」とか「庶民の感覚」っていったい何なのか。

私はブログを書いてはいない、読むだけの一読者で、まったくの庶民です。新聞、テレビは少々視聴していたものの、釈然とせずネットで情報を求めようとしはじめた者です。参院選も、その前の都知事選も、色々なブログからの情報を随分参考にさせていただきました。

庶民の一人、ブログの読者の一人として申し上げたく、コメントさせていただきます。庶民の感覚というのは「何かがおかしい」です。「でも、その何かが何なのか分からない」です。そして「何を信じていいのか分からない」という本当に「不安」な気持ちです。

勉強不足、努力不足、なにもかも、毎日をあくせく暮らして深く物も考えない自分をなじられているように聞こえます。kojitaken様のおっしゃることはもっともです。でも、誰でも最初から詳しかったり何でも分かってたりするはずが、ないですよね。何かがおかしい、とふと思った時、じゃあどうしよう、、、と、まずは途方に暮れます。そして、おそるおそる、自分の出来そうなことから始めます。これが、わたしの庶民感覚です。そして、わたしの周囲の人たちもそんな感じです(オール庶民)。そして、ブログを読み始めたのです。

上記記事のコメントでmew様(尊敬してます)が、

>私も眠り猫さん同様、小さい頃から選挙による
政権交代が夢なので

と、おっしゃってます。庶民から見ると、その感覚は腰が抜けるほど「スゴい」ことで、しっぽをまたの間に挟み込む犬みたいな気持ちになります(畏怖とビビリで)子どもの頃は、遊ぶことと欲しい物のことしか考えませんでした。そのまんま成長して、結婚して、子ども生まれて今、なんか「社会がおかしい」「こわい、不安だ」と思うようになった、、、もう遅すぎるのでしょうか。こんなに気付きが遅い人間は怠慢すぎて許せないと、kojitaken様はお思いですか?

「野党共闘」のトラックバックなどの件、一読者の立場から拝見していると、本当に気が沈むし理解に苦しみました。なぜ、そんなにねじれた問題になるのか、なにがいけないのかサッパリで。でも、kojitaken様の言葉を読む限り(そして意見を同じくする方々の意見も)「野党共闘」のトラックバック、というのは、ブログを運営しているブロガー様たちにのみ、発信されているものなのかな、と思えます。だから、誰が、どういうふうに言い出した、ということが、あれほど問題になるのでしょうか。一読者から見ていると恐いです。例えば、違う人が提唱した『野党共闘」という入り口から入って、 kojitaken様たちの「野党共闘」に近づこうとしたら「お前は間違った入り口から入って来たんだから近寄るな」と言われるような、そんな感じがします。ブロガーじゃない読者は、眼中にないのでしょうか?不勉強な庶民は、いっぱしに意見なんか言うな、と思われますか?

もっと、自分にとって今の世の中がよく分かるように、政治がよく見えて、人とも話せるようになりたい、と、それくらいの志から始まって、でも一票は持ってます。人とも「選挙、どうしよう、悩むね」と話します。そんなレベルの低い人間も見ています。どうか、「庶民的」とか「庶民の感覚」みたいなものを切り捨てないで下さい。軽蔑されても、こちらも人間です。選挙権も持っていて、少しでもよい世の中にするために一票投じたいと思っているのです。

(みちるさんのコメント)


みちるさんからは初めてのコメントで、まずお礼を申し上げたい。たいへん真摯な内容だと思う。

当ブログ管理人は、子供の頃から政治に関心はあったが、政治思想や経済学について専門に勉強したわけではない。ただ、新自由主義や軍国主義的な傾向によってどんどん日本がおかしくなっていき、特に新自由主義政策がもたらす弊害については、十数年以上にわたって肌身で感じてきたので、止むに止まれぬ気持ちから自らの意見をブログで発信するようになった人間である。

だから、「政治に詳しくない人たちのためにわかりやすい記事を書く」ことは当ブログにはできない。管理人にはそこまでの能力はなく、そもそも書き手が相当に政治経済に精通していなければ、政治に詳しくない人にわかりやすい記事を書くことなどできないはずだ。

だから、当ブログは「庶民」を切り捨てるのではなく、ああでもない、こうでもないと考えながら仮説を立て、それが現実に合っているかを検証し、仮説に修正を加えていくという方法論をとっている。これは、自然科学、人文・社会科学を問わず、オーソドックスなアプローチだと考えている。決して庶民を切り捨てるなどという考え方をしているわけではない。

みちるさんがご指摘のように、前のエントリは、ブログを書かない読者より、ブロガーの方を意識して書いたという側面がある。それは、反「自民党」、あるいは「野党共闘」の前提が崩れかねなかった今回の「大連立」騒動及びそれをめぐる民主党・小沢代表の言動について腫れものに触るような姿勢をとるブログが主導するブログキャンペーンに何の意味があるのか、という問いかけをしたかったからでもある。

無力感を感じるくらい狭い政治ブログの世界であっても、一定数のアクセスを得ているブログにはそれなりの責任があると思うが、政治ブログの世界には、ネット右翼系、リベラル・左派系を問わずポピュリズム(大衆迎合主義)が蔓延していると私は考えている。それは、世論とは言わぬまでも、近い関係にあるブログ及びその読者たちをあらぬ方向に導きかねないと思うから、自らが正統的と信じる方法論で持論を展開していっている。

当ブログはかねがね、「メディアの報道やブログの記事にわかりやすさを求めてはならない、自分の頭で考えなければならない」と主張している。わかりやすさというのは、ものごとの複雑な側面を切り捨てた結果得られるもので、メディアがわかりやすさを追及することは、大衆にアピールするスローガンを用いて世論を一方向に誘導するファシズムにつながりかねないと私は考えている。

その意味で、みちるさんが不安を感じながらご自身の頭で考えようとされている姿勢はたいへん貴重だと思う。私が望むのは、ブログの記事なんかは管理人の価値観が強く入り込んだものなので、あくまで参考とする程度にとどめておいて、ご自身の意見はご自身で形成してほしい、ということだ。

それから、ご指摘のあった「野党共闘」をめぐるトラブルの件については、誰が言い出したからAは正統性のあるキャンペーンで、Bは別の誰かが言い出したから正統性はないなどと当ブログが主張したことは一度もない。ただ、Bのキャンペーンの唱道者のブログと当ブログでは主張に相容れない部分が多々あるので、もっぱらそれを批判している次第です(笑)。

ちなみに、当ブログは「野党共闘」というのは政治家が考えれば良いことで、当ブログとしては主張したいことを主張し続けるだけだ、と考えており、もともと「野党共闘」に対する関心はそんなに強くない。現状からいうと、民主党が小沢代表の不規則発言(笑)を容認し続ける限り、民主党と共産党の距離より民主党と自民党の距離がはるかに近いのであり、これをどうとらえるか、ということに対して「野党共闘」論者は真面目に言及しなければならないと思う。

他にも何件かのコメントをいただいた。それぞれについては、前のエントリのコメント欄をご参照いただければ幸いである。
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