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きまぐれな日々

稲尾和久が死んだ。プロ野球・西鉄ライオンズの伝説的名投手である。

私は稲尾の現役時代や西鉄ライオンズの黄金期を知らない。南海ホークスの杉浦忠の現役時代も同様だ。だが、昭和33年(1958年)の日本シリーズで最初の3試合で巨人に3連敗した西鉄が、稲尾の4連投で4連勝して逆転優勝したことは知っている。翌年、杉浦がやはり4連投して南海が巨人にストレートで4連勝したことも知っている。

稲尾の偉業を少年時代の私に教えてくれたのは、日本テレビ系の巨人戦中継が早く終了した時に放送された過去の名勝負のビデオだった。昔の日テレは、「巨人さえ強くて儲かれば良い」などというケチなことは言わなかった。稲尾の4連投4連勝、西鉄ライオンズの「奇跡の逆転日本一」を称える度量があった。その伝統は、1985年に阪神タイガースが日本一になった頃まで続いた。バース、掛布、岡田の阪神のクリーンアップ・トリオが巨人の槙原から放ったバックスクリーン三連発は語り草になったが、「巨人が優勝しないとプロ野球は盛り上がらない」などとは誰も言わなかった。21年ぶりの阪神優勝は日本中の話題になり、「猛虎フィーバー」が列島を席巻した。80年代半ば頃がプロ野球人気の頂点だったと思う。

しかし、ナベツネこと渡邉恒雄が読売巨人軍のオーナーになって以来、プロ野球界は変わった。急に新自由主義の言葉でプロ野球が語られるようになり、観客動員力の弱い球団は「経営努力が不足している」と言われた。だが、昔からの人気に安住していた巨人がどれだけ「経営努力」をしていたというのだろう。私はずっと疑問に思っていた。

その後のことはもう言うまい。81歳のジイサンが政界工作に精を出すのは、まさに「憎まれっ子、世にはばかる」としか言いようがない。

稲尾和久のライバルだった杉浦忠は6年前に死んだ。杉浦のチームメートだった皆川睦雄も、阪急ブレーブスの梶本隆夫もここ数年のうちに相次いで世を去った。みな70歳になるかならないかで死んでいった。パシフィック・リーグの名投手たちには早世の運命があるかのごとくだ。頑健な身体に恵まれているはずなのに、なぜか長寿には恵まれない。まことに残念なことである。

稲尾和久さんのご冥福を、心からお祈りします。


##政治関係の記事は、気力が回復したら書きます(笑)


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