きまぐれな日々

2月最後の日の記事で、「1月はいぬ、2月は逃げる、3月は去る」という表現で、年の最初の3か月はあっという間に過ぎることを言うと書いたが、その通り3月もあっという間だった。今日は恒例の月次アクセス記録の記事をお送りする。

今月は、統一地方選を前にして、その中でも特に注目される東京都知事選において、民族差別主義者、女性差別主義者、老人切り捨てにして極右、その上最近では新自由主義者としての性格も強めてきた現職を批判するキャンペーンに力を入れた。そのため、特に月の前半はアクセスが増えた。しかし、月の後半になると、学生が春休みに入ったことや、統一地方選の告示に伴って、公職選挙法の規定による記事の制約が生じたことなどによってアクセスが減り、結局1日あたりの平均では2月とほぼ同じくらいのアクセス数となった。

FC2カウンタおよびFC2アクセス解析によるアクセス数は下記の通りである。

FC2カウンタ: 52,860件(前月比 12.7%増)
FC2のアクセス解析ツール:
 - ユニークアクセス数 34,777件(前月比 8.7%増)
 - トータルアクセス数 52,131件(前月比 10.6%増)

これらは、月ごとのトータルではいずれも過去最多を記録した。もっとも、前月比の数字を見ていただければわかるが、3月は31日あって、28日しかない2月より、もともと時間が10.7%だけ長い。1日あたりの数字に換算すると、FC2カウンタの計数はそれでも3月の方が2月より多いが、アクセス解析のデータでは2月にわずかに及ばなかった。

なぜかわからないが、これまでずっとFC2アクセス解析の方がFC2カウンタより多いアクセス数のデータだったのに、このところFC2アクセス解析の方が少なくなっている。本来、両者は一致していなければならないと思うのだが。

ところで、ブログ歴が長くなってきたせいか、繰り返し訪れていただいている方の占める割合は毎月増えており、100回以上訪問いただいた方の延べアクセス件数は、3月のトータルで6122件を数えた。これは、昨年11月(2034件)の約3倍で、ユニークアクセス数トータルの17.6%を占めている。いつも当ブログをお訪ねくださっている読者の方々には、厚くお礼申し上げたい。

リンク元URL別のアクセス数(検索エンジンや、私自身が運営しているもう一つのブログ 「kojitakenの日記」 経由を除く)では、今月もまた、「カナダde日本語」「らくちんランプ」「反戦な家づくり」 が上位を占めた。今月は、特に「らくちんランプ」経由のアクセスが前月比で急増した。

検索エンジン経由のアクセス数の推移では、Google経由が5か月連続で増加したのに対し、Yahoo!経由は大きく減った。昨年8月以降のデータを下記に示す。

2006年8月: Yahoo! 1135件, Google 1064件
2006年9月: Yahoo! 3911件, Google 1357件
2006年10月: Yahoo! 2402件, Google 1305件
2006年11月: Yahoo! 4898件, Google 2028件
2006年12月: Yahoo! 3456件, Google 2707件
2007年1月: Yahoo! 2149件, Google 4077件
2007年2月: Yahoo! 2839件, Google 4394件
2007年3月: Yahoo! 2039件, Google 5615件

200703_検索エンジン別アクセス数

(クリックすると画像が拡大します)

実にフシギなことに、Yahoo!経由の検索数は、昨年8月以来の少なさだったのに、Google経由の検索数は大きく伸びて過去最多を記録した。

以下はあくまで感覚的な話だが、Yahoo!経由の検索数は、起きたばかりで話題になったニュースを取り上げると増え、そうでないときは伸びない傾向があるように思う。一方、Google経由のアクセスはストックがものをいうのではなかろうか。

さて、4月にはいよいよ統一地方選が行われる。これが終わると、息つく間もなく参院選を見据えた戦いになっていく。参院選では、何がなんでも安倍晋三率いる自民党を敗北させなければならない。

新年度に入り、ブログの読者にも入れ替わりがあるだろう。いかに主張をアピールできるかが問われると思う。

攻めの気持ちを忘れずに記事を書いていきたいと考えている。


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私は四国在住だが、四国四県はどこも伝統的に自民党が強い。
自民党の強い地方というと、ほかに中国地方や東北地方がある。

ところが、今回の東京都知事選をめぐる報道を見聞きしていると、東京はいまや中国・四国や東北以上の、超強力な自民党の地盤、というよりネオコンの地盤になってしまったのではないかと思えてならない。

実は、このことを記事にしようと思いながら、「安倍晋三TBP」 のリンクリストを見ていたら、私が書きたかったのとほとんど同じことを、直前にTBされたさとうしゅういちさんの 「広島瀬戸内新聞ブログ版」 の記事 『東京出身広島人が見た東京の変質とネオコン化』 に書かれていたので、「納得できない判決」の件で、美爾依さんのブログ 「カナダde日本語」 に先を越された昨日に続いて、またまた驚いた次第(笑)。

全くの偶然だが、私もさとうさん同様、かなり長い時期を首都圏で過ごしたのち、7、8年前に地方に移った人間だ(ただし、さとうさんと違って、私の生まれ育ちは関西である)。

以下、さとうさんのブログ記事から引用する。

昔は、東京=リベラル、地方=保守という固定観念があったし、それはまあ正しかったと思います。

ところが、むしろ最近の政治情勢を分析する中で、東京の保守化というか、ネオコン化に衝撃を受けていた。
広島県の北部では9.11総選挙のときでさえ、小泉総理を支持する人は広島市民球場のレフトスタンドの横浜ファンより割合が少ないくらい(ものすごい少ないという意味)に思えた。亀井静香さんが無党派層の支持を多く受けた(常識とは反対で、ホリエモンのほうが地元大企業や業界団体に組織されている商店主らがつきました)。隣の岡山県でも自民党は2勝3敗。むしろ自民党への「小さな逆風」さえ感じました。

なのに、東京では、なんと小選挙区で自民党が24勝1敗。私は、一応、自民党が地方を切り捨てているから、地方では自民党への反発が強い。ただし、今まで業界団体などのつながりで、あるいは「自民党が安心」と思い込んでいる人もまだまだ多いので、野党優勢とまでいかない。一方都会では、小泉総理が田舎を叩いたのが奏功したのだろうと思いました。しかし、釈然としませんでした。

今回、東京に行き、事の真相を知った思いがします。外部者としてみた東京。そして地元との比較を通じてです。

まず、衝撃を受けたのは、高層のビル(お金持ちが住んでいる)が多くある。これが、都営三田線やメトロ南北線(私がいたときは営団だった)、半蔵門線が、私鉄と直通運転して異常に便利になっている。他にもつくばエクスプレス、臨海線、大江戸線など、交通網の整備が著しい。都民のみなさんには「当たり前」に見えるでしょうが7,8年間東京を離れていた私には、異常に見えます。逆に「自分は田舎ものになりきってしまったのかなあ」と自問自答しました。

そこで、私は、小泉純一郎さん、あるいは現都知事の政治の本質を思い知ったのです。

小泉純一郎さんの政治とは乱暴に言えば、実は、地方から東京に利益を付け替えただけではないでしょうか?

(「広島瀬戸内新聞ブログ版」の記事 『東京出身広島人が見た東京の変質とネオコン化』 より)


四国に住んで東京発のマスコミ報道やブログ記事などに接する時、そして時たま東京を訪れる時に感じる私の感覚からすると、さとうさんの記事にはとても共感できる。たまに東京を訪れると、私も浦島太郎気分を味わってしまうのだ。

東京都知事選をめぐる報道を見聞きしても、その感覚は変わらないどころかますます強まる。

今回、現職に対抗する対立候補の一人が、かつて地方で展開して功を奏した選挙戦が、今回は全然通用してしないという報道が伝わっている。「県民みんなが参加する選挙」を標榜し、小額のカンパを集めて選挙資金にするやり方は、今回も行われるはずだったが、告示直前に「公職選挙法で禁じられた文書配布に該当する可能性がないとはいえない」という理由で中止された。

公職選挙法の絡みでは、ブログ言論にもずいぶん自主規制が目立つ。「落選運動」は公職選挙法違反にはあたらないとされているのに、それさえ自粛しているブログが多い。

それに、何より気になるのが、「文化人」たちの沈黙だ。

今回、有力とされる対立候補を応援している文化人たちの中には、30年前の参議院選挙のために結成された「革新自由連合」の中心メンバーだった人たちがずいぶん目立つ。30年前にタイムスリップしたかのような錯覚に襲われるほどだ。

当然、みな30歳年をとっている。そして、若手や中堅の「リベラル」と思われる文化人たちはなぜか沈黙を守っている。中には、一昨日の記事で取り上げた藤原紀香のように、「護憲派」だったはずなのに、ゴリゴリの超タカ派である現職を応援する芸能人まで現れる始末だ。

なにか、地方からきた対立候補に対し、東京人が、異物でも排除するかのような反応を示しているように思えるのである。

とにかく伝わってくるのは、「物言えば唇寒し」という、首都・東京の寒々しい雰囲気だ。さとうさんのブログでも書かれているように、地方にはそんな雰囲気は全くない。だから、日本の中で東京が浮いているような気さえする。

そしてこの状況は、安倍内閣の極右的言論によって、いまや世界の中で日本が浮いてしまいつつあるのと二重写しになる。

なんともイヤな閉塞感を感じる今日この頃だ。


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「このところ、変な判決ばかりだ」。

そんな書き出しで記事を書こうと思っていたところに、『カナダde日本語』の新着記事のタイトル「このところ納得できない判決が多過ぎないか?」を見てぎょっとした。

同ブログが取り上げていた、「納得できない判決」のうちの一件は、予想通り、石原慎太郎の「ババァ発言」をめぐる女性たちの訴訟が棄却された判決だった。

この恥ずべき石原発言については、すでに学者の発言を石原が勝手にねじ曲げたものであるという裁判所の判断が下されている。これは、当ブログの記事「石原慎太郎批判(その5)?石原慎太郎の「人権意識」」でも紹介した。

今回、東京地裁の裁判長は、女性たちの訴えを退けた根拠として、「知事の職務としての発言で、知事個人は責任を負わない」としているが、裁判長が何を言いたいのか、どうしても私には理解できない。果たして、これが日本語と言えるだろうか?

まあ、しかしながら、この判決への違和感は、誰しも抱くところだ。もちろんこの判決への違和感については、私のブログの記事にするつもりだったが、私にはもう一件、どうしても書きたい判決があった。
そして、まさか『カナダde日本語』もあの判決のことをブログに取り上げたのかと一瞬思ったが、そうではなかった。

      *  *  *

ことは35年前にさかのぼる。1972年の沖縄返還をめぐる日米交渉での密約を暴いた毎日新聞の記者がいた。名を西山太吉という。

西山記者は、1971年の沖縄返還協定で米国側が支払うはずの軍用地復元補償費400万ドルについて、日本側による肩代わりを示唆する記事を報道した。

この件が事件に発展したのは、翌1972年3月27日、衆議院予算委員会で、社会党の横路孝弘・楢崎弥之助両議員が、この密約の存在を記した外務省極秘電信を暴露し、これが西山記者から手渡されたものであることがわかって、4月4日に西山記者と外務省の女性事務次官が逮捕されたことによる。

当時、毎日新聞は国民の「知る権利」を主張して、取材活動は正当だったとして政府批判のキャンペーンを展開した。しかし出版社系週刊誌が、このスクープは、西山記者が「女性事務官をホテルに誘ってひそかに情を通じ、これを利用して」得たものだとして、大々的に西山記者及び毎日新聞を批判する大キャンペーンを張り、問題が巧みにすり替えられてしまった。

特に、『週刊新潮』は、その頃自殺したノーベル賞作家・川端康成(1972年4月16日自殺)の「美しい日本の私」にひっかけて「機密漏洩事件 ―美しい日本の美しくない日本人」という、何かを連想させる実にいやらしいタイトルの記事を掲載して売り上げを伸ばし、逆に毎日新聞は大きく部数を落とし、経営危機を招いてしまったのである。

現在では、この「問題のすり替え」を最初にたくらんだのは、当時東京地検検事だった佐藤道夫という男だということがわかっている。そして、この佐藤という男は、現在、なんと民主党の参議院議員を務めている。こんな男を公認して国会議員にしてしまうあたりのセンスのなさが、民主党の人気が伸び悩む原因の一つになっていると私は思っている。

西山記者は国家公務員法違反で起訴され、一審では無罪判決だったが、高裁で逆転有罪判決となり、上告も棄却されて判決が確定した。

しかし、2000年?2002年に、「密約」を示す米公文書が明らかになった。これを受けて西山元記者は、2005年4月にこの件の再審を請求した。そして2006年2月には、協定当時の外務省アメリカ局長だった吉野文六氏が「密約」を認めた。このスクープとなった吉野氏へのインタビューを行ったのは、『北海道新聞』(2006年2月8日付)だった。

この件についての詳細は、たとえば下記『日刊ベリタ』の記事などをご参照いただきたい。
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200604010932026

ところが、当事者だった吉野氏が密約を認めた今になっても、日本政府は密約の存在を否定し続けている。「見え透いた嘘」という以外の形容が思い浮かばない。

この件については、昨年12月10日、テレビ朝日の「ザ・スクープSPECIAL」でも紹介された。とむ丸さんのブログ 『とむ丸の夢』の記事(「西山事件 植草さん」)はこの番組を紹介したものだ。

この記事には私もコメントを寄せた。それを以下に紹介する。

あずーるさんに「だっくくろっくさん」と言われてしまったkojitakenです。
先般は弊ブログにコメントいただき、どうもありがとうございました。
私もこの番組を見ました。報道のあった当時、私は小学生で、政治や社会に関することに興味を持ち始めた頃でした。たまたま私の家では毎日新聞を購読していたので、連日大見出しで繰り広げられた「知る権利」キャンペーンの記事を理解できないながらも懸命に読み、それがジャーナリズムに興味を持つきっかけになりました。
この件はまごうかたなき権力による言論封殺でした。そんなことは小学生だった私にも理解できたことなのですが、なぜか週刊誌が下半身スキャンダルにすり替えてしまい、毎日新聞のキャンペーンも尻すぼみに終わってしまったことが、子供心に不思議に思えました。
結局、子供の直感の方が正しかったことが、ここ数年に明らかになってきました。非核三原則が実際には守られていないのは、ずっと前から公然の秘密でしたが、それも誰の目にも明らかな状態になりました。
それにしても、この期に及んで密約を認めていない日本政府とは何なんでしょうか。動かぬ証拠が山ほどありながら、それでもシラを切る政権に、半数近くの国民が支持している(メディアの捏造かもしれないけど)この国に、愛想が尽きそうです。

(『とむ丸の夢』 の記事 「西山事件 植草さん」 への筆者のコメント)


さる3月27日、西山元記者の再審請求が棄却された。奇しくも、35年前に社会党議員が国会で沖縄返還をめぐる密約を追及した同じ日だった。

この件を毎日新聞が報じている。
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070328k0000m040073000c.html

以下引用する。

沖縄密約事件:西山元記者の請求棄却 東京地裁

 沖縄返還(72年)を巡る日米交渉での密約を示す文書を入手して71年に報道し、国家公務員法違反で有罪判決が確定した元毎日新聞記者、西山太吉さん(75)が「密約を否定した検察官の起訴や政府高官の発言などで名誉を傷つけられた」として、国に対し3300万円の賠償などを求めた訴訟で、東京地裁は27日、請求を棄却した。加藤謙一裁判長は判決で密約の有無などには一切言及せず「除斥期間(権利の存続期間、20年)を過ぎて賠償請求権は消滅した」と述べた。西山さんは控訴の意向を明らかにした。

 西山さん側は00?02年に見つかった米国公文書などを基に「密約は、国家公務員法で保護されない『違法な秘密』に当たるから、秘密漏えいをそそのかしたとの有罪判決は誤り。検察官が今も(無罪を求めて)再審請求しないのは違法」とも主張したが、判決は「原告自身も請求は可能で、検察官が義務を負うとは言えない」と退けた。【高倉友彰】

 ◇沖縄密約事件 71年の沖縄返還協定で米国側が支払うはずの軍用地復元補償費400万ドルについて、日本側による肩代わりを示唆する記事を西山元記者が同年に報道。外務省の女性職員をそそのかして極秘電信文を入手したとして2人は国家公務員法違反で起訴され、有罪が確定した。00?02年に「密約」を示す米公文書が明らかになり、06年2月には協定当時の外務省アメリカ局長が「密約」を認めたが、日本政府は否定し続けている。

毎日新聞 2007年3月27日 21時04分 (最終更新時間 3月28日 4時20分)


この判決で実に不思議なのは、『加藤謙一裁判長は判決で密約の有無などには一切言及せず「除斥期間(権利の存続期間、20年)を過ぎて賠償請求権は消滅した」と述べた』ことだ。
つまり、この裁判長は、当事者だった吉野文六氏が認めた「密約」について何も言及しなかったのだ。
要するに、裁判所は、いまや明らかになった外務省と政府ぐるみの偽証隠蔽という国家犯罪と向き合わず、逃げたのである。

75歳になった西山元記者は、判決後の会見で「行政の完全な手先だ」と判決を厳しく批判した。
毎日新聞のサイトに掲載されている西山さんの写真の、鋭い眼光が印象的だ。

西山元記者は、毎日新聞在職中には読売新聞の渡邉恒雄・現会長(ナベツネ)とも親しく、かつ「ナベツネ以上の敏腕記者」「将来の毎日新聞社長」との呼び声が高かった。西山さんの裁判には、ナベツネが証人として法廷に立ったこともあるという。

今は、西山さんのような気骨のある新聞記者がほとんどいなくなってしまった、そう思えてならない。


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東京都知事選において、現職を応援する8人の著名人による応援メッセージが印刷されたビラが配られたという。

その中で気になったのが、女優の藤原紀香が、「音楽・芸術・文化を大切にする」現職に「期待してます」というメッセージを寄せていたことだ。

特に気になったのは、下記の二点である。

まず一点は、このメッセージを発した藤原紀香という女優が、一部の人たちの間では「護憲派」として知られており、この夏行われる参院選に、彼女を候補者として擁立しようと真剣に考えていた人さえいたことである。その彼女が、「極右」としかいいようのない現職を大々的に応援するという転向をしたことの、護憲派の人々に与えるショックは、決して小さくない。

もう一点、聞き捨てならないのは、藤原が、応援する候補者を「音楽・芸術・文化を愛する」と形容したことだ。これは、音楽愛好家である私にとっては容認できない発言だ。

私は、この候補者ほど「芸術」や「文化」という言葉からかけ離れた人物はいないと思っている。

この男のもともとの職業は「小説家」であるが、私が文庫本で小説を読むようになった1970年代半ばには、すでにこの男の小説は文学好きの人間には相手にされていなかった。

私の世代の人間にとっては、この男は、もうだいぶ前に物故した著名な俳優の兄であるというに過ぎない。彼を「芸術家」と認知している人など、ほとんどいないだろう。

そしてこの男は、東京都の外郭団体である 東京都交響楽団 (通称・都響)に、実にひどい仕打ちをしてきたのだ。

下記URLの記事を参照していただきたい。
http://www.kit.hi-ho.ne.jp/msatou/05-05/050512katayama.htm

ここに書かれているように、現都知事は、オーケストラへの補助金も約14億円から10億円に減額した上、さらに都響楽団員への有期雇用契約制度を提案した。また,この提案の理由において、「集客のためには演奏水準の向上が必要であり,楽団員を契約制に置き危機感を持たせれば、全体の演奏水準が向上する」という理屈を持ち出した。

この記事の筆者は、『およそ「文化人」のはしくれとは思えない理屈』と評しているが、その通りだと思う。私は、新自由主義的施策ほど芸術と結びつかないものはないと思うが、現職氏はそんなことには一切おかまいないだ。

私はクラシック音楽が好きで、かつて首都圏に在住していた頃には、何回か都響のコンサートに足を運んだことがある。上記のWikipediaの記述にあるように、このオーケストラは、19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したオーストリアの大作曲家・マーラーの作品を重要なレパートリーにしている。

時折ヒトラーにたとえられることもある現職氏が、ヒトラーが迫害したユダヤ人の作曲家であるマーラーの演奏で知られる都響をいじめてきたのは偶然に過ぎないにしても、この男が「音楽・芸術・文化を大切にしている」とは、とてもいえないだろう (注:マーラー自身は1911年没であり、ナチスドイツに迫害される前に世を去っている)。

ピークを過ぎた芸能人が、芸能界にも多大な影響力を持っていると思われる現職氏に歯向かっては、飯の食い上げになるだろうことは容易に想像がつく。

しかし、だからといって、せっかく阪神大震災の被災者への援護や、憲法9条擁護の言論を通じて「人権派」のイメージがあった女優が、その看板をあっさりかなぐり捨てて、安易に転向してしまったことは、本人のためにも惜しまれるとしか言いようがない。

少なくとも、私がこの藤原紀香という女優に対して、評価できるものは何もなくなってしまったというのが正直な感想だ。


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このところ、従軍慰安婦問題をめぐる安倍晋三首相の発言が、アメリカのメディアなどから強い批判を浴びているが、ついに安倍や下村博文官房長官らが逆ギレし始めたようだ。

まず、26日の下村発言から。下記は、共同通信配信の記事を掲載した東京新聞記事のURL。
http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2007032601000464.html

以下引用する。

「日本軍関与せず」と表明 下村氏、慰安婦問題で

 下村博文官房副長官は26日午後の記者会見で、戦時中の従軍慰安婦問題に関し「日本軍の関与はなかったと私自身は認識している」と表明した。政府は1993年の河野洋平官房長官談話で慰安所の設置や管理、慰安婦の移送について軍の関与を認めており「河野談話を逸脱する発言」として内外の批判を招きそうだ。

 下村氏は25日のラジオ番組でも「日本軍が関与していたわけではない」と指摘していた。

 会見では、このラジオ発言について「個人的な発言だ」とし、政府を代表する立場での発言ではなかったことを強調する一方で「国会でも1997年に平林内閣外政審議室長(当時)が直接、間接的に軍の関与は明らかでなかったと答弁している。それに沿って私が個人的に発言した」などと述べた。
(共同)

(東京新聞 "Chunichi Web Press" 2007年03月26日 18時25分)


続いては、同じサイトから、ワシントン・ポストの批判に対する安倍の反論。
http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2007032601000795.html

以下引用する。

「拉致と慰安婦は別問題」 首相、米紙批判に反論

 安倍晋三首相は26日夜、米紙ワシントン・ポストから拉致問題には熱心な一方で従軍慰安婦問題の責任を回避していると批判されたことに対し「全く別の問題だ。拉致問題は現在進行形の問題だ」と反論した。

 首相は「いま従軍慰安婦の問題は、続いているわけではない。拉致問題は、まだ日本人が拉致されたままという状況が続いている」と述べ、拉致問題解決に尽力する必要性を強調した。国会内で記者団の質問に答えた。

 一方、首相は同日の参院予算委員会で、慰安婦問題に関し河野洋平官房長官談話を継承していると繰り返した上で「慰安婦の方々がなめた辛酸に同情し、おわびしている」と述べた。

 共産党の吉川春子氏が「日本政府として公式謝罪をしないのか」とただしたのに対しては「首相として、ここで(答弁などを通じて)おわびしている」と述べるにとどめた。
(共同)

(東京新聞 "Chunichi Web Press" 2007年03月26日 22時18分)


「いま続いている」のでなければ、過去のことはなかったことにしても良いと言わんばかりの安倍の発言は、本当に信じがたい。これで米ワシントン・ポストの記事に反論したつもりになっている安倍の、知能程度のあまりの低さには、開いた口がふさがらない。

さすがに自民党内でも、こんな安倍一派のキ○ガイ極右発言の連発に、穏健派が危機感を持ち始めた。たとえば、谷垣禎一氏は以下のように述べている。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070324ia21.htm

自民のリベラル派、谷垣氏が連携意欲

 自民党の谷垣禎一・前財務相は24日、長崎県佐々町で講演し、「安倍首相は福田派、岸派の流れで、(同派は)右的な主張をしてきた。(丹羽・古賀派と谷垣派の)宏池会の流れは思想的にはリベラルだ。津島派もそうだ。自民党もいろんな考えがあるぞ、と示していかなければ、参院選でやせ細ってしまう」と述べ、谷垣派や丹羽・古賀派、津島派などとの連携に意欲を示した。

(2007年3月24日22時47分 読売新聞)

上記は読売新聞の記事だが、読売は従来安倍寄りの論陣を張ってきて、内閣支持率調査も朝日や毎日と比較して高い数字を弾き出してきた。
しかし、3月の同紙の調査でも安倍内閣の支持率は低下している。そして注目すべきはその冷ややかな報道ぶりだ。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070323it15.htm

安倍内閣の半年「評価せぬ」60%…読売世論調査

 読売新聞社が17、18の両日に実施した全国世論調査(面接方式)で、26日に発足半年を迎える安倍内閣や安倍首相の実績を「評価する」人は「大いに」と「多少は」合わせて36%だった。

 「評価しない」人は「あまり」と「全く」を合わせて60%に上った。

 同じ質問をした2006年12月の調査と比べると、「評価する」は8ポイント減少し、「評価しない」は15ポイント増加した。

 内閣支持率も3月は43・8%と5か月連続で下落しており、首相にとっては、夏の参院選に向けていかに巻き返していくかが課題となる。

 安倍首相や内閣の実績や対応で評価できるもの(複数回答)は、「とくにない」39%が最多だったが、「北朝鮮問題への取り組み」28%、「教育基本法の改正など教育改革への取り組み」「中国との関係」各18%が上位となった。

 評価できないもの(同)は、〈1〉閣僚などの不祥事や失言への対応(54%)〈2〉事務所費など政治資金問題への対応(38%)〈3〉郵政造反議員の復党問題への対応(32%)――などの順だった。

 首相の印象では、「指導力を発揮していない」(78%)など指導力の面で否定的評価が目立った。

 一方、安倍首相に「期待している」かを聞いたところ、「どちらかといえば」を合わせて54%に上り、「期待していない」の計45%を上回った。期待率は内閣支持率より高く、就任半年ということもあり、首相への期待感はなお高いようだ。

 【調査方法】▽調査日=3月17、18日▽対象者=全国の有権者3000人(250地点、層化2段無作為抽出法)▽実施方法=個別訪問面接聴取法 ▽有効回収数=1,741人(回収率58.0%)▽回答者内訳=男49%、女51%▽20歳代11%、30歳代16%、40歳代16%、50歳代20%、60歳代21%、70歳以上16%▽大都市(東京23区と政令指定都市)22%、中核都市(人口30万人以上の市)18%、中都市(人口10万人以上の市)25%、小都市(人口10万人未満の市)23%、町村12%

(2007年3月23日23時34分 読売新聞)

ところどころに安倍をフォローする表現はあるものの、『安倍内閣の半年「評価せぬ」60%』という見出しに象徴されるように、記事のトーンはいたって冷ややかだ。

とにかく、安倍の失言によってアメリカの信頼を失いつつあることが、安倍内閣の土台を危うくしている。保守系論壇誌にも動揺が見られる。たとえば、ついこの間まで「親米右派」路線一本槍だった「正論」は、最新号(4月号)あたりでは、中国とアメリカを同時に敵に回すような、国粋主義的なスタンスに変化しつつある。

安倍のブレーンの一人に、「アングロサクソンの言う通りにやっておけば、日本は安全だ」などとほざいている岡崎久彦という男がいるが、彼に従軍慰安婦に関する安倍発言についてコメントを求めたいものだ。

今日の記事の最後は、「エロ拓」「山タフ」という異名を持つ山崎拓・自民党前副総裁が、朝日新聞の3月9日付記事「丁々発止」で語った内容を一部紹介したい。

「戦後は遠くなりにけりで、戦争忌避、平和主義といった観念が薄れ、『軍事力を背景としない外交は迫力に欠ける』といった考えの人が多くなった。それと、正しい戦争史観がないから、このごろの議論を聞いていて、極端に言えば大東亜戦争聖戦説という妖怪がさまよっている感じがします」
(聞き手)例えば。
「従軍慰安婦問題をめぐる河野官房長官談話の見直しとか、南京大虐殺は実際はなかったとか、ほとんど信じられないことを真顔でおっしゃる方がいる。それに非常に影響を受けた政治家がいる。力の信奉者にとっては受け入れられやすい議論なんですね」

(朝日新聞 2007年3月9日付 「丁々発止」より。聞き手は山田厚史・同紙編集委員)

ことわっておくが、山崎拓は「国防族」で、かつて「タカ派」といわれた政治家である。それが、山崎自身のスタンスは全く変わっていないのに、周囲が急激に右傾化したものだから、相対的に「ハト派」になってしまった。

今の安倍政権は、あの山拓にたしなめられるほどに偏向した、いまだかつてない異常な極右内閣なのである。こんな内閣が国際的な信認を得られると思ったら大間違いである。

われわれ日本人は、もっと真剣にこの内閣の異常性と向き合う必要があると私は考える。


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統一地方選の前半戦にあたる、4月8日投票の13都道県知事選および4政令指定都市の市長選、並びにそれぞれの議会議員選挙に続き、4月22日には政令市以外の市町村(東京都の特別区を含む)の首長・議会議員選挙が行われる。

今日は、その中から東京都知事選との絡みでも注目される、東京都の国立(くにたち)市長選の話題を取り上げたい。

今回の都知事選で、現職の石原慎太郎都知事が告示後の第一声をあげたのは立川市だった。立川は「三多摩」といわれる地区に属し、これらの地区、特に中央線沿線は伝統的に革新勢力が強く、選挙では自民党が常に苦戦を強いられる。だから、容易に想像がつくように、石原はそういう場所で票の掘り起こしを図ったのだろう。

そういえば、先般行われた「東京マラソン」についても、1999年の都知事選で石原が苦戦した区や、国政選挙で民主党の有力候補がいる区を優先的に通過するようにコースが設定されていたことを、「週刊現代」(3月3日号)が指摘していた。

今日の記事で取り上げる国立市は、石原が第一声をあげた立川市の東隣に位置する。国立市の東には国分寺市があり、「国立」とは「国分寺」の「国」と「立川」の「立」を一文字ずつとって合成した市の名称である。ここには、石原の母校である一橋大学があり、「文教都市」として知られているが、自民党の支持率が低く、都知事選の石原と同じ1999年に初当選した上原公子(ひろこ)市長は、東京・生活者ネットワーク代表を務めていた市民派の市長であり、住基ネットを切断したことでも知られている。

その上原市長が、三選を目指して出馬すれば当選確実といわれていたにもかかわらず、三選不出馬を表明した。

実は、上原市政の国立は、前記住基ネットの切断や日の丸・君が代の教育現場での問題で、石原都政のターゲットにされ、すさまじい弾圧を受けてきたのだった。

読者からいただいた情報によると、国立市は石原に「グロテスクな街」と呼ばれ、勢いづいた右翼がものものしい街宣車を60台以上も連ねて、人口7万人ほどの小さな市内を練り歩き「上原市長は腹を切れ?」「アカ教師は出て行け」などとがなって歩いていたそうだ。しかも、警察に先導されて。

この右翼のデモは、子どもが校長先生に「なぜ日の丸を揚げるのですか?」と質問したことを、産経新聞が連日書き立て、それを都議会の右翼が利用して、政治問題化したことに端を発する。
「子どもが自由に意思表明するなどということははあり得ない、問題教師の言いなりになっているのだ」というのが彼らの論理だった。

しかし、実は国立は混合名簿をクラス担任が独自でスタートさせた地域であり、それを許す実にリベラルな雰囲気に満ちていた土地柄なのだ。それが気に入らない都知事や右翼マスコミが、この街をターゲットにしたのである。

前回、2003年の国立市長選と同日に市議選の投票も行われたが、この市議選というのがまた問題含みで、無所属で選挙戦を戦って当選した候補者たちの多くが、当選後ただちに自民党と統一会派を組み、公明党ともども議会の多数野党となって、上原市長の施策を邪魔し続けた。上原市長が三選を断念したのは、多数野党の妨害にあって市政が思うように進められなかったからだと推測するむきもある。

国立市にお住まいの方の感想を以下に引用する。

『国立市で子育てをした世代としては現状は空恐ろしい限りです。制裁を振りかざしてのトップダウン政治には、こんなにもカンタンにやられてしまうんだ! 現場での、子どもを尊重した真摯な取り組みの積み重ねで作り上げる信頼関係には時間がかかるが、いやはや、壊すのは実に簡単なのだと暗たんたる思いがします。』


きたる国立市長選において、立候補を予定している保守系の嶋津隆文氏は、石原とがっちり握手している写真を市内に張りめぐらしているそうだ。
嶋津氏は、都庁官僚時代、職員向けのメール・マガジン上で「幹部職員のお勧めの一冊」に、『新しい歴史教科書』をあげたような人物とのことで、単なる保守系候補者というよりは、石原好みの極右と評すべき人物らしい。

国政では、安倍内閣に強い影響を与えている「日本会議」の影響か、内閣の中枢にいる人たちが、「夜郎自大」というべき国粋的・排外的な発言を繰り返し、日本は中国や韓国のみならず、いまやアメリカやヨーロッパからも批判を浴びるようになってきた。このままでは日本は国際社会で孤立してしまうのではないかと、心配でならない。

地方選挙においても、こういった非常識な極右政治家たちを増長させるような選択をなさらないよう、東京都や国立市にお住まいの方々には是非お願いしたいと思う今日この頃である。


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今日(3月25日)の「サンデー・プロジェクト」(テレビ朝日)を見ていたら、巨額の粉飾決算を行った日興コーディアル証券が上場廃止されなかった理由として、コメンテーターたちが政界からの圧力を指摘していた。

この件については、当ブログ3月14日の記事 『安倍晋三と石原慎太郎についての短信』 でも触れたが、一昨年末に発売された月刊「現代」2006年2月号に掲載されたフリージャーナリスト・町田徹氏の記事 『日興コーディアル証券「封印されたスキャンダル」』 でスクープされながら、なぜか捜査の手が入らず、手つかずになっていたものだ。

この記事は、2006年度の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」に、「本間正明税調会長『愛人と官舎同棲』をスクープ撮!」(「週刊ポスト」 2006年12月22日号)とともに選ばれたものだ。
http://www.asahi.com/national/update/0305/TKY200703050241.html?ref=rss

新聞社の記事は、すぐにリンクが切れてしまうので、以下に引用する。

週刊ポストなど受賞 編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞

 06年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」が5日、決まった。大賞は「本間正明税調会長『愛人と官舎同棲』をスクープ撮!」(週刊ポスト12月22日号)、「日興コーディアル証券『封印されたスキャンダル』」(町田徹、現代2月号)の2作。118人の編集者有志の投票で選ばれた。今年で13回目。

 話題賞「『NEWS23』山本モナ新キャスターが『イケメン代議士と不倫愛』」(フライデー10月13日号)▽スクープ賞「中国情報機関の脅迫に『国を売ることはできない』と首を吊った上海総領事館領事」(週刊文春1月5・12日号)▽作品賞「細木数子 魔女の履歴書」(溝口敦、週刊現代5月20日?8月19・26日号)、「『豪憲君の父親』独占手記」(米山勝弘、週刊新潮7月6日?13日号)▽企画賞「テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実」(週刊現代7月29日?12月30日号)

(asahi.com 2007年03月05日19時04分)


賞に輝いたこの記事は、私は雑誌の現物を持っているので、抜粋して紹介しようと思ったが、調べてみると、町田徹氏のホームページに掲載されており、ネットから読むことができるので下記リンク先に飛んで、ご参照いただきたい。
http://www.tetsu-machida.com/machida2005/article/article001.html

問題は、町田氏のスクープにもかかわらず、この件が放置され、その間関係者が政界工作を行う時間が十分あったことだ。

前述の「サンプロ」でも指摘された、日興コーディアル証券と深いつながりのある政治家とは、いうまでもなく安倍晋三首相であり、番組でも安倍の実名が声高に語られていた。

町田氏は、月刊「現代」の今年3月号、4月号に続編を執筆する一方、「週刊現代」の今年3月10日号の記事 『日興コーディアル「巨額粉飾決算人脈」と安倍首相』 および3月31日号の記事 『日興コーディアル「安倍担当常務」の正体』 で、日興コーディアル証券の有村純一前社長や鈴木則義常務と安倍晋三の深い関係を指摘している。とりわけ、安倍と同じ成蹊大卒の鈴木常務は、驚くべきことに、社内で「最大の功労者」と呼ばれ、社長レースのトップに躍り出たのだそうだ。
これらの雑誌は、すべて現物を持っているので、当ブログでじっくり紹介していきたいと考えている。

番組では、コメンテーターが、日経や朝日などの主要紙が「日興コーディアル証券、上場廃止へ」と書きながら、毎日新聞とNHKだけがそういう観測報道をしなかったことに触れていた。
毎日新聞の記者は、「政界からの圧力があったため、上場廃止はないと判断した。そのことは、(毎日新聞の)記事の内容から十分読み取れるはずだ」と語っていたそうだ。

つまり、毎日新聞は安倍の圧力を強くにおわせながら、結論としてはそれを書かないという玉虫色の紙面作りをしていたということだ。それでも、安倍の圧力があることをにおわせて書いただけ、毎日はマシだったのかもしれないが。

これは、ブログの記事を書く側の印象と実によく一致する話で、ネット検索をしていたら、権力が実にたくさんのよからぬことをしていることが容易に推測できる材料がごろごろ転がっている。だが、なぜかそれらはマスコミで大きく問題とされることはほとんどないのである。「物言えば唇寒し」もよいところで、こんな言論状況には、とてもフラストレーションがたまる。

だが、上記のような論議が、「御用メディア」であるテレビ朝日の番組の中でも、とりわけ「御用番組」の色合いの強い「サンデー・プロジェクト」で堂々と語られるようになり、NHKや日本テレビでは「支持率の低下に歯止めがかかった」と形容される安倍のことを、田原が「支持率が低下している」としか形容しなかったあたりに、安倍が見捨てられ始めていることをはっきり感じた。そんな今日の「サンプロ」だった。

誰が安倍を見捨てようとしているんだって? そんなの決まってるでしょう。アメリカですよ、アメリカ。


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22日に統一地方選の前半戦に当たる13都道県の知事選が告示された。

ところで、統一地方選を報じるテレビ報道で気になるのが、「首長」を「くびちょう」と発音する人が急増したことだ。
「首長」は、「行政組織における独任制の長官。内閣総理大臣や、地方公共団体の長」のことだが、読みは「しゅちょう」だとばかりずっと思ってきた。でも、有名な評論家やテレビキャスター、たとえば北川正恭前三重県知事や筑紫哲也氏までもが「くびちょう、くびちょう」と連呼するので、不安になってネット検索してみたところ、読みはやはり「しゅちょう」が正しいということがわかった。

(参考) Wikipedia 『首長』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%96%E9%95%B7

それにしても、「くびちょう」というのは、いささか下品で耳障りな発音だと思う。少なくとも私は全く好まない。そう思いながら、さらにネット検索を続けていると、下記リンク先に行き当たった。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1211084262

これを見ると、どうやら石原慎太郎も「くびちょう」という読み方を使っているらしい。下品なこの男にふさわしいと思った(笑)。これで、ますます「くびちょう」という呼び方が嫌いになりそうだ。

こんなユーモラスな解説もある。

首長(くびちょう) 町なら町長、市なら市長、暖かい地域では酋長のこと。「首長(しゅちょう)」が「市長」や「主張」と音が似ているのを嫌って使われているらしい。首長の上にテンノウのいるお役所もあるらしい。
 ⇒ 首長(しゅちょう)

首長(しゅちょう) 原語は「酋長」とも言われるが定かでない。市町村長、(特別区の)区長、知事のこと。お役所では「くびちょう」と読む。
 ⇒ 首長(くびちょう)

「行政用語の基礎知識 役に立つお役所言葉」より)


今年に入って、「くびちょう」という呼び方が急に広まったのは、こんな本の影響もあるかもしれない。
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4062138263.html

それにしても、なぜ「くびちょう」という読みが気になるかというと、「クビにする」という、「馘首(かくしゅ)」を意味する言葉や、「くみちょう」(組長)という、ホニャララ団の頭目を意味する言葉を連想しやすいからだ。「しゅしょう」(首相)や「しゅうちょう」(酋長)を連想させるという理由で、「くびちょう」という言葉を使うのだとのことだが、この記事を書くに先立って、「暖かい地域」にお住まいの、「ミクロネシアの小さな島・ヤップより」の管理人・suyapさんに教えていただいたところによると、「酋長」という言葉はテレビ局では「差別用語」とされていて使えないのだそうだ(笑)。

それなら、「くびちょう」なる読みを使う意味はなおさらなさそうだが、かつて秘書が次々「自殺」を遂げたことで知られる故竹下登元総理大臣や、現在でも非公式後援会の理事をつとめていた人が謎の「自殺」を遂げた総理大臣など、「しゅちょう」より「くびちょう」、いや「くみちょう」の呼び方がふさわしい人たちが結構いる。

今回はまだ前面に出てきていないと聞くが、「ナントカ軍団」なる芸能人集団を、過去の選挙戦で利用してきた現職の「くびちょう」さんもいらっしゃるようだ。
芸能プロダクションの多くにホニャララ団が関係していることは周知の事実だし、こういう人も、自称もされているようだが、「くびちょう」という呼び方がしっくりくるだろう。

そして、今回の統一地方選は、このような輩を「クビにする」選挙にしたいものだと思う今日この頃である(笑)。


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昨日(3月22日)、「落日燃ゆ」「男子の本懐」などの小説で知られる、作家の城山三郎(本名・杉浦英一)氏が79歳で亡くなられた。城山さんのご冥福をお祈りする。

私は城山さんの小説の読者ではなかったが、城山さんというと、2002年に個人情報保護法などの、いわゆる「メディア規制三法案」反対の言論が盛り上がった時に、激しく法案を批判されたことが印象に残っている。

下記は、2002年4月10日の「東京新聞」に掲載された記事だ。
http://www.tokyo-np.co.jp/media-k/toku020410.html

この記事を抜粋して紹介する。

(前略)

 城山さんのノンフィクション小説は膨大な資料収集と取材に支えられている。個人情報保護法が成立すれば、その基本原則が適用され、取材への制約は免れない。

 「ある人について物を書く時に、『あなたのことを書きますよ』と許可を得て、『あなたの知っているこういう人に話を聞きに行っていいですか』と了解を得る。調べてきたことを報告して、最後に原稿を書き上げたら全部みせて検閲を受けなければならない。そんなことをしていたら何も書けないじゃないですか」「伝記だって、いろんな話を聞いて報告しなければならないとなったら、悪い話はひとつも出てこない。みんな神様みたいな人になって、小説が官報になっちゃう」

(中略)

 「役人が言いましたよ、内閣官房のね。大きな網をかけるんだって、何度も。国民に向かって。雑魚じゃあるまいし、大きな網をかけるなんて。主権者に向かって、この官僚たちは何を考えてるのか。データが集中する『行政に厳しく』が当たり前でしょ。それが、公務員には処罰規定がなくなって、公務員、主務大臣が国民を罰するという。逆転ですよ」「言わせまい、書かせまいの意図を感じる。スキャンダルを書かれて総理も失脚してしまう。国民を、言わず、見ざる、聞かざるのサルにしてしまおうということですよ」

(中略)

 「憲法で、あるいは自由のなかで、最も大切なのは言論の自由。いったん言論の自由をなくしてしまったら、とめどない暗黒時代に深入りしていくことは戦前をみれば分かるじゃないですか。治安維持法で言論の自由がなかったからですよ。みんな何も言わないし、言えない。世間のことも分からないし、行動の自由だって奪われる。だから、少しでも言論の自由が危うくなったらそれを指摘して、批判して批判して守っていかなければならないんです。言論の自由のあるうちに」(後略)

(「東京新聞」 2002年4月10日付記事 「メディア三法を考える ー 譲れぬ言論の自由」より)


「左派」でもなんでもない城山さんの激しい批判に対し、自民党は城山さんを「もうろくジジイ」呼ばわりする誹謗中傷を行った。どこかの誰かさんの「ババァ発言」といい、この国の権力側にある人たちの下品さには呆れ返ったものだ。

城山さんはこれに反発し、2002年5月24日に民主、自由、共産、社民の野党四党が国会内で開いた個人情報保護法案の廃案を求める緊急集会で、「これからの作家は、死を覚悟してでも書くくらいの気持ちでないとできない」と発言された。

それまであまりメディアへの露出を好まなかった城山さんだが、この頃はテレビの政治番組などにもしばしば出演されていたので、ご記憶の方も多いだろう。

なお、メディア規制三法案については、東京新聞(中日新聞)のウェブページが残っており、この件を振り返るのに役に立つ。
http://www.tokyo-np.co.jp/media-k/

当時、雑誌は法案反対で一致団結していたが、新聞はずいぶん権力に協力的だったことが印象に残っている。狡猾な権力側は、新聞を個人情報保護法案の「義務規定」の適用除外にして、メディアの分断を図ったのである。

喜び勇んで思いっきり権力にすり寄ったのが、ナベツネ(渡邉恒雄)率いる読売新聞であった。当時、週刊文春や週刊新潮といった筋金入りの右派週刊誌までもが、ナベツネや読売新聞を厳しく批判したことは記憶に新しい。毎日新聞も、城山三郎さんらに変節を厳しく批判された。

朝日新聞を「愛読者」の立場から厳しく批判したのが魚住昭さんである。2001年に「ダ・カーポ」に掲載され、昨年発行されたちくま文庫の「国家とメディア」に収録された、魚住さんの朝日新聞批判を以下に紹介する。

 個人的な話で恐縮だが、私は40年来の朝日新聞ファンである。物心ついた時から朝日を読んできた。新聞といえば朝日。それ以外はものの数にも入らないと思っていた。共同通信記者として同じ業界で働くようになってからもその考えは変わらなかった。朝日の事件記事はどこよりも正確だったし、隠された事実を丹念に掘り起こす調査報道も素晴らしかった。

 ところが最近、その朝日が変わった。かつての鋭い批判精神が影を潜め、大勢順応の安直な記事が目立つようになった。世の矛盾や不条理に対する記者たちの怒りが感じられなくなった。なぜだろう? 以前はこんな新聞ではなかったはずだが。そう思っていたら、朝日の「個人情報保護法案提出へ」という記事(3月27日付夕刊)に出くわした。前回書いたように、この法案は政府が雑誌メディアやフリーライターの首根っこを押さえるため企んだものだ。もし国会で成立したら報道の自由は大幅に制限され、ジャーナリズムは窒息してしまう。それぐらいのことは朝日ならきちんと把握しているはずだと思いながら記事を読み進んだ。

 《政府は二十七日午前の閣議で「個人情報の保護に関する法律案」の国会提出を決めた。商取引などで個人情報を利用する側に配慮しながら、プライバシー侵害を防ぐのが目的。適正な方法による取得などを求めた『基本原則』は個人情報を扱うすべての人や機関に適用される。報道や政治活動も一定の制約を受ける。またデータベース業者らには本人の求めに応じて保有する個人情報を開示する義務が課される……》

 驚いた。呆れた。そして腹が立った。まるで官僚の作文のような記述がこの後もつづき、雑誌メディアやフリーライターが受ける規制については本文で一言も触れていないのである。新聞が「義務規定」の適用を免れたからそれでいい、雑誌やフリーライターなんか知ったことではないと言うのだろうか。何という脳天気さ。政府が雑誌の抑え込みに成功したら、次は新聞を狙ってくるに決まっているではないか。この記事に表れているのは、恐ろしいほどの想像力・感受性の欠如である。

(中略)

 冗談じゃない!新聞記者であれ、フリーライターであれ、報道に携わる者にとって最も大事な表現の自由が奪われようとしているのに、なぜ大声で「こんな法案を通 してはいけない」と叫ばないんだ。結局のところ、朝日はこの問題を他人事としか受け止めていないんじゃないか。(後略)

(魚住昭 『国家とメディア』(ちくま文庫、2006年)より。初出は「ダ・カーポ」 2001年5月2日号)


魚住さんの記事は、以下記者クラブ制度への批判へとつながっていくが、長くなるので割愛させていただいた。

なお、個人情報保護法は、2002年12月に廃案に追い込まれたが、翌2003年3月にメディア規制の色合いを薄めた新法案が国会に上程され、同5月に可決された。

城山さんが活発に発言されていた頃からはや5年。当時はまだ雑誌が元気だったし、前述の東京新聞のサイトを見ていただければわかるが、4野党が結束して与党に立ち向かう姿勢を見せていた。

それが、あの悪夢のような郵政総選挙を契機に大きく流れが変わり、「物言えば唇寒し」の時代になってしまった。一市民である私がブログでこんな記事を書くようになったのも、大手メディアがあまりにだらしなくて全然頼りにならないからだ。本当だったら、こういう記事を書くかわりに、趣味に時間を費やしたいのだが、今は声をあげ続けるしかない。そんな内的必然性というか、衝動に突き上げられて、ブログの記事を更新し続けている毎日である。


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今日は、前々から取り上げたいと思っていた「心でっかち」の話を紹介する。

「心でっかち」という言葉を私が知ったのは、昨年10月3日の朝日新聞に掲載された根本清樹編集委員の記事「政態拝見 『心でっかち』 教育再生への一つの視点」である。

以下引用する。

 頭でっかちならぬ、「心でっかち」という言葉をご存じだろうか。
 たとえば、いじめが学校で横行する。それは、彼らの心の荒廃のせいだと一刀両断にする。
 いじめや犯罪をなくすには、彼ら一人ひとりに心を入れ替えさせさえすればいい。
 心が、すべて。こういう思考の傾きを、心でっかちという。戦争中の「精神主義」に、その極端な形がある。
 政治の世界で、道徳教育や愛国心教育の必要性を唱える声が一層大きくなりそうな折から、気になる言葉である。
 この言葉をつくったのは、北海道大学の山岸俊男教授(社会心理学)だ。

(中略)

 山岸教授が語る。「心の問題はもちろんあるが、考えるべきことは他にもあるということを知ってほしい」
 たとえば、日本人は集団主義的で、米国人は個人主義的だという「常識」がある。確かに、日本には「会社人間」が多い。そして「出る杭は打たれる」。
 山岸教授の実験は、この常識が間違っていることを示した。人工的な環境の実験室でひとがどう行動するかを比較すると、米国人の方が集団に協力的で、日本人の方が一匹オオカミ的に行動する傾向が強かった。
 つまり、日本人は集団志向な「心の性質」をもともと持っているわけではない。相互監視、規制、しがらみや圧力といった「社会の仕組み」に促されて、そう行動しているにすぎない。監視も圧力もない実験室の環境が、そのことを明るみに出す。

(「朝日新聞」 2006年10月3日付記事 「政態拝見」(根本清樹記者)より)


日本人は「個」が確立されていないという批判はよく聞く。私はこれにずっと疑問を抱いてきた。

私の好きな芸術家に、今年没後25年を迎えるカナダのピアニスト、グレン・グールド (1932-1982) がいるが、彼は、人付き合いをあまり好まず、孤独に沈潜し、1964年にはコンサートを開くのも止めてしまって、以後録音活動に専念した人だ。そのグールドは夏目漱石の「草枕」をたいそう好んだのだが、そんな彼のCDが世界で一番売れるのが日本なのだそうだ。

徹底的に自己と向き合い、奥深く孤独に沈潜していくうちに、普遍的ななにものかに行き着く、それがグールドのピアノの魅力だと私は思っているが、そういう境地をもっともよく理解するのが日本人なのである。

だから、私たち日本人は、権力者に都合の良い「道徳教育」や「愛国心教育」を押しつけられるのは、欧米人以上に好まない民族なのだと思う。

根本記者の記事に戻る。根本さんは、いじめ問題についても同じことがいえ、『ひとの行動は、ほかのひとたちがどう行動するかに大きく依存している』と指摘する。

以下の文章を再び引用する。

 「教育再生」を掲げる安倍首相は、子どもの「モラルの低下」を憂い、「規範意識を身につける」教育を重視するという。
 山岸教授は懐疑的である。
 「一人一人に『心を入れ替えなさい』と要求する発想には、ひとは完全に独立して自分の行動を決めているという前提がある。それは根本的な聞違い」
 ひとは周りに左右される。その行動がまた周りに影響する。ひとの心というミクロ構造と、社会というマクロ構造は互いに連動し、循環している。
 いじめで言えば、思いやりを持てと説教しても問題は解決しない。いじめはよくないと思っている子は、実は少なくない。その認識を教室のみんなで共有することが、決定的に大事だ。
 心と社会が連動するメカニズムをいい方向に向けていくこと。「それこそが政治であり、政策だ」と山岸教授は言う。
 警察は手を抜かずにことに当たる。そんな基本的な信頼が、住民を地域の秩序を守る自発的行動に向かわせる。その結果、すべて警察にお任せの監視社会化が、かえって避けられるという好循環を生む。

(「朝日新聞」 2006年10月3日付記事 「政態拝見」(根本清樹記者)より)


警察関係の情報を公開すると治安が低下するとほざいている男がどこかにいるが、見かけだけ勇ましいそういう人物の口車に乗って、自己を強者と同一化して陶酔する道を選ぶか、本当に市民が自発的に秩序を守る道を選ぶかが、今、日本人に問われているのだと思う。


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東京都知事選はいよいよ明日告示だが、今日はテレビ朝日の「スーパーモーニング」で、有力4候補による討論が放送された。

今回は、18日のフジテレビ「報道2001」で石原慎太郎が袋叩きにあった築地市場の移転問題や「新銀行東京」の問題は扱わず、福祉問題を中心に扱ったが、テレビ討論会も6回目ともなると、各候補の話す内容もだいたいわかってきたこともあり、あまり印象に残らない内容だった。なお、首都圏以外は10時前に番組終了となり、あるいは10時以降も関東では討論の続きが見られたのかもしれないが、私は地方在住なので見ることができなかった。

テレビ討論会は、6回のうち昨日(3月20日)放送された「朝ズバッ!」以外はすべて見た。「朝ズバッ!」は、仕事に出なければならないので見ることができず、録画して出かけたが、ありがたいことに、当ブログにトラックバックいただいた 「大津留公彦のブログ2」 の記事 『今朝の朝ズバの都知事候補討論会』 に紹介されている。この番組は、司会が大嫌いなみのもんたということもあり、ビデオは見ていないが、大津留さんのおかげで、討論のおおまかな内容はわかった。むろん、みのの司会だから、石原にとって厳しい討論にはならなかったことだろう。

大津留さんの記事で、ちょっと面白いなと思ったのは、「今の心境を歌かフレーズでいうと」という問いに対して、浅野史郎さんが中山千夏の「あなたの心に」を挙げたことだ。この歌については、私は全然知らないが、調べてみたら1964年の歌だという(Wikipedia 「中山千夏」 より)。この歌は、最近岩崎宏美もカバーしているのだそうだが、私が面白いと思ったのは歌のことではなく、中山千夏を私が初めて認識したのは、1977年の参院選の時だったからだ。この時、選挙に向けて「革新自由連合」が結成され、中山さんはその代表の一人となったが、当時28歳で、参院選の被選挙権のある30歳に達していなかったので、立候補はできなかった。その後、80年の参院選で当選したが、86年に落選し、以後国政から身を引いた。
その中山さんの歌を、「心境を表わす歌」として浅野さんがあげたことには興味深いものがある。

なお、吉田万三さんが美空ひばりの「柔」、黒川紀章氏が山本譲二の「みちのくひとり旅」を挙げたのに対し、石原は「千万人なりとも我往(ゆ)かん」という孟子の言葉を挙げたそうだが、日和見のチキン・石原が何を生意気なことを言うかと思った(笑)。郵政総選挙を前にしたテレビの政治番組で(フジの「報道2001」かテレビ朝日の「サンデープロジェクト」のいずれかだった。たぶん前者)、小林興起を擁護しようとして周りの冷たい視線を浴びた石原は、気圧されて小林擁護の言葉を発することができなくなったのを、私は目撃している。石原は、以後小林を見捨て、コイズミの軍門に下った。当時、石原とはなんと小心な男かと呆れ果てたものである。

さて、前置きがずいぶん長くなってしまった。ここからが本題である。

今日は、都知事選で石原に挑む浅野史郎さんの著書 『疾走12年 アサノ知事の改革白書』 (岩波書店、2006年)を紹介したい。

過去6回行われたテレビでの都知事選有力候補の討論会で、石原に対する対立3候補のうち、一番目立ったのが黒川紀章氏であることは、衆目の一致するところだろう。とにかく、他の候補者の発言を遮って自説を延々と述べる。かなりいい加減なことでも、とうとうとまくし立てる。それに対し、浅野史郎氏と吉田万三氏は、真面目に石原都政の問題点を指摘していたが、両氏に対して少々堅い印象を持たれた視聴者も多いのではないかと思う。

浅野さんの著書 『疾走12年 アサノ知事の改革白書』は、そんな浅野さんの印象を吹き飛ばすに足る本だ。浅野さんには10冊以上の著書があるが、この本は初めての書き下ろしだそうだ。


疾走12年 アサノ知事の改革白書 疾走12年 アサノ知事の改革白書
浅野 史郎 (2006/05)
岩波書店

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これは、浅野さんが宮城県知事を辞めてほどない2006年5月に発行された本で、オビに「これにて知事を卒業します。」と銘打たれており、寺島実郎さんの下記のような推薦文が書かれている。

「浅野史郎ほど爽やかに筋を通す人物を知らない。彼の知事としての12年は地方の在り方だけではなく日本の針路にとって示唆的である。」
(浅野史郎 『疾走12年 アサノ知事の改革白書』(岩波書店、2006年)への寺島実郎さんの推薦文)


先にリンクを張った、出版元の岩波書店のウェブページには、次のようなあおり文句が書かれている。

これにて知事を卒業します」.突然の不出馬宣言は県民を驚かせた.「宮城県の誇りを取り戻す」一心で取り組んできた12年間,ユニークな選挙,議会との激しい応酬,障害者施設解体宣言の衝撃,県警とのバトル,楽天イーグルス誘致の内幕.そこには地方発改革断行に賭ける強固な意志が貫かれ,知事業にともなう喜怒哀楽が溢れていた.
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/8/0234210.html


同書店のページをさらに開くと、前記寺島さんの推薦文のほか、著者・浅野史郎さんからのメッセージ、著者略歴、それに本の目次を見ることができる。
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0234210/top.html

本は8章から成り、第1章「私が知事を辞めたわけ――57歳転職最後のチャンス」では、出馬すれば4選は間違いないといわれていた浅野氏が出馬しなかった理由を語っている。「権力は長く続けば、腐敗するとは言わないが、陳腐化する」として、最初から知事は3期12年と決めていたそうだ。

第2章 「組織スキャンダル――情報公開に聖域なし」には、宮城県庁の「食糧費」不正支出問題をめぐって、住民訴訟が起きたことをきっかけに、浅野県政が情報公開を進めた経緯が書かれている。
なお、「食糧費」とは、『霞が関の役人を接待した懇親会や、その他のパーティー、宴会の経費として使われている』(二重括弧は浅野氏の著書からの引用、以下同様)支出科目とのことだ。

都知事選を控えた現在、もっとも注目を引くのが第3章 「選挙は楽し――基盤なし借りなしで3選」 だろう。浅野さんが最初に宮城県知事選に出馬したのは1993年だが、この時は現職知事がゼネコン汚職で逮捕され辞職したことを受けての「出直し選挙」で、浅野さんは告示日のわずか3日前に出馬表明をした。「20対0で負けている野球の試合で、9回裏ツーアウト、ランナーなしの場面の打者だ」とまでいわれた浅野さんだが、みごと波を生み出して、『このままでは、いけない』 『みやぎの誇りを取り戻したい』と感じていた有権者に支持され、29万票対21万票という大差で、自民党、社会党、民社党の3党が推していた副知事を破って当選した。

2選目の1997年には、「県民一人ひとりが主役の選挙」をスローガンに、政党や団体からの推薦を拒んだ。自民党も新進党も浅野氏を推薦したいと申し入れてきたのに、これを断った挙句、当時国政では与党と野党に分かれていた自民・新進両党が組んで立ててきた対立候補を、ナント62万票対31万票の大差で破って再選を果たしたのである。

3選目の2001年には、自民党は対立候補を立てることができず不戦敗。浅野さんは共産党推薦の候補を53万票対8万8千票の大差で破った。

3度の選挙を通じ、浅野さんは県民が主役の選挙を心がけてきた。『選挙のありようが、当選後の知事のありようを決める』というのが浅野さんの持論である。その伝でいうと、「石原軍団」なるものに頼ってきたポピュリズム選挙を毎回展開している石原慎太郎が、東京都政を私物化するのは当然の成り行きということになるだろう(笑)。

さて、だいぶ長くなったので、第4章、第5章を飛ばして第6章 「福祉の現実と理想――障害者施設解体宣言」を紹介しよう。「障害者施設解体宣言」などというと驚かれる方も多いと思うが、これは、障害者を施設に押し込めるのではなく、地域全体で受け入れていこうというコンセプトに基づくもので、浅野さんは2004年に「解体宣言」を発表した。先進的な福祉政策といえると思う。

浅野さんは、1987年9月からの1年9か月間、厚生省児童家庭局障害福祉課長を務めたが、その経験が浅野さんの人生を変え、『障害福祉の仕事が、私にとってのライフワークになった』と書いている。この章はこの本の中でも特に印象に残る箇所なので、少し引用する。

「障害者の存在が社会のありように関わる」ということも漠然と感じることになった。そんなことから、障害福祉の仕事は人間存在そのものに関わること、人道的だとか、あわれみの心とかで表現されるものではなく、むしろ自分たちの住む社会を住みやすくするためのプロジェクトではないかと思い、自分にとって一生ものの仕事になるのではないかという予感がしたのである。

(浅野史郎 『疾走12年 アサノ知事の改革白書』 (岩波書店、2006年) 170頁)


この浅野さんの言葉と、府中療育センターを視察したあとの記者会見で、知的障害者に対して 「ああいう人ってのは人格があるのかね?」とほざいた石原の暴言とを比較して、それでも石原に投票するというのなら、どうぞご自由に、というしかない。私に言えるのは、そんな人は信用することができない、ということだけだ。

本の最後の第8章は、「知事の責任――県警犯罪捜査報償費」 と題された、宮城県警との確執を記述した章だ。この件についても石原は、「浅野さんが警察の機密まで公開しようとするから、宮城県警の検挙率が下がった」と、浅野氏批判の材料に使っているが、これはとんでもない言いがかりだ。浅野さんの本を読んでもらえばわかることだが、県警の捜査への協力者に対して支払われるはずの報償費の用途が不明で、県警幹部の懐に入れられてしまったのではないかという疑惑を解明しようとした浅野さんの県警に対する闘争であり、浅野さんに言わせれば『知事という権力と県警本部長という権力のぶつかり合い』だった。浅野さんは県警と激しくやり合ったあげく、県警犯罪捜査報償費の予算執行を停止するという強硬手段に出たのだが、理がどちらにあるかはあまりに明らかだろう。この章での浅野さんの文章には、特に力が入っていて、県警との激しいバトルの様子が生々しく伝わってくるので、読んでいてとても面白い。

こういういきさつの件だから、これを 「情報公開の負の部分」 ととらえるのは問題のすり替えである。石原の主張は、彼がうしろ暗い部分をずいぶん持っているために、警察に恩を売って自らを守ってもらおうと思っているのではないか、などとついつい勘繰りたくなってしまう(笑)。

まあ、石原のことはともかく、この章は結局浅野さんがやり遂げることができず、浅野さん辞職のあと、自民党推薦で当選した村井嘉浩知事は、あっさり予算執行停止を解除してしまった。2005年の知事選は、郵政選挙で自民党が圧勝した直後に行われ、宮城県にもコイズミチルドレンの杉村太蔵が応援にくるなど、馬鹿騒ぎの延長戦をやった結果、村井氏が、浅野さんが推した前葉泰幸候補と共産党推薦の出浦秀隆候補を破って当選してしまったのだ。

この問題に関して、章の終わりに浅野さんは以下のように書いている。

犯罪捜査報償費問題に決着をつけるということなしに、宮城県知事を退任することになったのは、確かに心残りである。しかし、負け惜しみで言うのではなく、真実は何年かかったとしても、必ずや明らかになると信じている。その時には、快哉(かいさい)を叫ぶという気持ちにはならないだろうが、自分として最善を尽くしたという自負を持つことだけはできるだろうと思っている。

(浅野史郎 『疾走12年 アサノ知事の改革白書』 (岩波書店、2006年) 233頁)


この本は、浅野史郎さん支持派はもちろん、「敵を知る」意味からも、吉田万三さん支持派や黒川紀章さん支持派、それに石原慎太郎都知事支持派にも是非一読をおすすめしたい。



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当ブログはきたる東京都知事選で浅野史郎さんを応援しているが、浅野さんに関して、岩手県在住のsonicさんからコメントをいただいたので紹介する。

【岩手に生まれた者は強者の論理をとってはならないと言うこと】

浅野さんが当選すれば、石原都政の怪しい方向を正してくれると期待されているようです。
自分が言われているわけではないのに、同郷の者としては嬉しいやら恥ずかしいやらでくすぐったい気分です。

さて、民主党では岩手県民小沢一郎さんが党首となり、国政批判の先頭に立っています。
自民党では岩手の俘囚長を先祖にもつ安倍晋三さんがモゴモゴやっています。
これで都知事が浅野さんとなれば、岩手県人揃い踏みとなります。
(日教組の委員長も岩手人の森越先生です。連合の代表にでもなれば森越先生も日本のキャスティングボードを握るひとりになるかもしれません。)

さて、実は郷土自慢で述べたわけではありません。
本来マイナーなはずの岩手人脈がかつて我が国の主要ポストについて活躍した時代を思い出したからです。
太平洋戦争直前、国内政治・外交・経済のあらゆる面で行き詰まりがおこり、その混乱の中、中央政界と軍で岩手県出身者・岩手縁者が台頭しました。
現在ではなかなか信じてもらえませんが、現在では平和主義者とされる米内光政と軍国主義者とされる東条英機は同じ郷土的・歴史的背景を背負っており、同じ時期に左右両極端の指導的立場を岩手県民が占めたことは実は偶然ではありません。(板垣征四郎と米内光政が中学時代からのツーカーだったことも忘れてはいけません。さらにこの人脈は何故か石原莞爾を経て宮沢賢治につきます)

話題のお偉いさんで岩手出身者あるいは岩手の縁者が目立つと、嬉しさの反面、そう言う良くなかった時代のことが思い出されて、言いようのない不安を感じてしまいます。

選挙戦を通して浅野さんは新自由主義への決別を明確にすると思います。
それで当選すれば、我が国のトレンドの大きな転換点になるでしょう。
逆に、当選後、浅野さんが新自由主義的な政策をとったり、石原的な堕落と傲慢に陥ったならば、かつて間違って歩んだ道に再びすすむことになるのかも知れないと心配もしています。

ここでsonicさんが書かれている「岩手の俘囚長を先祖にもつ安倍晋三さん」というのは、安倍晋三の父・故安倍晋太郎が生前、自らのルーツは奥州の安倍宗任(あべのむねとう)だと語ったことを指す。但し、安倍晋三の母方の祖父・岸信介は安倍宗任とはむろん無関係で、父方の祖父・安倍寛(あべかん)が安倍宗任の末裔だというものだ。「AERA」の昨年3月20日号で、吉田司さんがこのことを記事にし、当ブログの昨年7月30日の記事 『安倍のもう一人の祖父は「平和主義者」だった』 で吉田さんの記事を取り上げた。さらにこの記事に対してsonicさんから頂いたコメントを、昨年9月8日付の記事『安倍晋三は「安倍家の面汚し」』で取り上げた。これらの記事をお読みいただければ、経緯がおわかりになると思う。

それにしても驚いたのは、sonicさんのコメントに浅野史郎氏が岩手県出身だと書かれていたことだ。浅野さんといえば、誰しも宮城県出身というイメージをお持ちだろう。

そこでネット検索で調べてみたところ、2004年7月20日付の「浅野史郎メールマガジン」の記事が見つかった。

「浅野史郎WEBサイト 『夢らいん』」より 「浅野史郎メールマガジン バックナンバー」 2004年7月20日(第150号)
http://www.asanoshiro.org/mm/040720.htm

これは、高校野球で郷土のチームを応援することについての記事だが、確かに「私の場合、岩手県生まれであるが」と書かれている。但し、「岩手県代表校を応援する気にはならない」と続くので、生まれは岩手県でも育ちは宮城県であることがわかる。生まれた都道府県の隣県で育つのはよくあることで、私もそうだ。

sonicさんは、「選挙戦を通して浅野さんは新自由主義への決別を明確にすると思います」と書かれているが、おそらくそうだろうと私も思う。
一昨日、フジテレビの「報道2001」に都知事選の有力4候補が出演した時、浅野さんは石原都政の特徴をひとことで書けという司会者のリクエストに対し、「弱者に厳しい側近政治」と書いた。過去の宮城県知事選の時と同様、浅野さんは「勝手連」の支援を受けて「草の根選挙」で選挙戦を戦い、反新自由主義的な主張をしていくことだろう。

sonicさんは、「当選後、浅野さんが新自由主義的な政策をとったり、石原的な堕落と傲慢に陥ったならば、かつて間違って歩んだ道に再びすすむことになるのかも知れないと心配もしています」とも書かれている。これも、もっともな懸念だと思うが、都知事をそのような方向に向かわせないよう監視し、声をあげていくのも都民の務めだろうと思う(都民でない私がこんなことを書くのも何だが)。だが、都知事が石原慎太郎のように人の言うことに聞く耳を持たず都政を私物化する輩であるなら、いくら声をあげても無駄だろう。宮城県で情報公開の実績のある浅野史郎さんであれば、その点でも期待できると思うのである。



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私は毎日新聞の携帯サイトを利用している。他紙のサイトではなく毎日を選んだ理由は、無料でニュースが読めるからだ。もっとも、ニュース速報は有料であり、現在は月額料金を払ってこれも利用している。

その毎日のサイトに「日本のスイッチ」というのがある。
http://www.mainichi.co.jp/info/keitai/02.html

さまざまな分野から選んだ、毎週8問の二者択一のアンケートを行い、翌週その結果を発表するというものだ。

先週、その「日本のスイッチ」に、『次の東京都知事には、五輪誘致を進めてほしいと思いますか』という質問があった。その結果が、今日(3月19日)発表された。

その結果は、ナント 「YES」はたったの28%で、「NO」が72%だった。
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/etc/switch.html

この問いには、回答者は、YESかNOかを必ず答えなければならず、「どちらでもない」という選択肢はない。ありがちな誘導尋問もない。きわめてストレートなアンケートだ。そして、回答総数は35728人だった。無作為抽出ではない代わり、回答総数が多い。もちろん、当然ながら「NO」と答えた私のように、東京都民でも首都圏の住民でもない人間の回答も多い。首都圏や東京に限定すれば、多少は「YES」の回答が増えるかもしれない。しかし、全国で「YES」が28%しかいないのに、東京都民に限れば「YES」が50%を超えるとは、私には思えない。せいぜい30%台半ばだろう。

つまり、石原慎太郎が都知事選の目玉にしている「東京五輪の誘致」への支持などその程度のものなのだ。

石原は、過半数の都民が東京五輪を待望していると言っており、一部それを裏付けるようなマスコミの調査結果なども発表されているが、それらは標本数が少ない上、誘導尋問が設けられているに違いあるまい。そもそも無作為抽出といえるかさえ疑わしい。その点、毎日新聞の携帯サイトの質問はとてもシンプルだし、万のオーダーの回答が得られているのも良い。それに、毎日新聞は「右」でも「左」でもない新聞だから、このアンケート結果は国民の正直な声を反映したものだと思う。

つまり、石原の公約の「目玉」は全然支持されていないのである。しかも、石原は東京五輪を誘致できなかったら「責任を取る」と言っている。しかし、2016年の五輪開催地が東京に決まる可能性は、周知のように非常に低い。昨日のフジテレビ「報道2001」の都知事選有力4候補による討論会で、浅野史郎さんが石原に「来年の秋にお辞めになる確率が85%ということですか?」(東京五輪の決定確率を15%と仮定している)と聞き、それに対して石原は「『責任を取る』というのは辞めるという意味じゃない」と答えていたが、石原はいったいどういう責任を取るつもりなのだろうか。

この討論会で、石原は五輪誘致は最重要ではないとまで言い出したが、以前、五輪を誘致したいから三選を目指すのだと言っていたはずだ。早くも再調査を約束させられている築地市場の移転問題と合わせて、石原の論陣は後退に次ぐ後退を余儀なくされている。現時点での論戦は、石原に対立する三候補が石原を圧倒している状況だ。

なお、明確に東京五輪に反対している黒川紀章、吉田万三両氏に対し、浅野史郎氏は「立ち止まって考える」という立場を表明したことが、あいまいだなどと叩かれている。

しかし、この「立ち止まって考える」というのは、フジテレビの討論で浅野さんが述べたように、事業計画を管理する際によく用いられる "Plan(計画) - Do(実行) - See(評価)"のサイクル(PDSサイクルと呼ばれる)において、"See"にあたるものなのだ。浅野さんは、1993年の宮城県知事就任直後に行った「保健医療福祉中核施設群構想」の見直しを回顧した文章でも、『計画をここで「立ち止まって」考え直してみようと』したと書いている(注)。そしてそのあと、浅野さんはドラスチックな大改革をしたのである。「立ち止まって考える」というのは、実務的な改革者である浅野さんならではの表現である。

フジテレビの番組では、「1964年の東京五輪の夢よもう一度」的な発言をする石原に対し、浅野さんは「それは20世紀型の開発指向の考え方だ。そういう意図での五輪招致なら、私は五輪反対に傾きつつある」と言っていた。この問題でも、石原対三候補の対立構造が明確になった形だ。
そして、この件で石原を支持する国民はわずか28%しかいないのだ。


(注) 浅野史郎 『疾走12年 アサノ知事の改革白書』 (岩波書店、2006年) 163頁


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東京都知事選をめぐる議論が告示前から盛り上がっている。

15日に東京・中野で行われた公開討論会の様子もネットで流れているようだが、まだ見ていない。15日から今日(18日)にかけて放送されたテレビ朝日「報道ステーション」、TBSテレビ「NEWS23」(以上15日放送)、日本テレビ(大阪・読売テレビ制作)「ウェーク!」(17日放送)、フジテレビ「報道2001」(18日放送)の4番組で行われた4候補の論戦は、すべて聴いたので(テレビはつけていたが、大部分の時間は画面に背を向けてPCに向かっていた)、それでとりあえずは十分ではないかと思っている。

4番組を見た感想では、最初のテレビ朝日では石原の能弁が目立ったものの、あとの番組ほど対立候補の調子が出てきたことと司会の石原偏向の度合いが小さくなってきたことの両方の理由で、対立3候補が優勢となり、石原は最後のフジテレビでは3候補にボコボコに叩かれてサンドバッグ状態になっていた(「kojitakenの日記」の記事 『「報道2001」の討論会で、石原慎太郎が悲惨な袋叩きに!」』 参照)。逆に、浅野史郎氏はあとの番組ほど冴えていたと思う。

さて、今日、「トラックバック・ピープル」のテーマ「安倍晋三」(「安倍晋三TBP」)へのトラックバック件数が、7000件に到達した。そこで、恒例の記念記事を書くことにする。

「AbEnd」キャンペーンは、昨年6月18日にブログ「カナダde日本語」の管理人・美爾依さんの提唱で、『安倍を「the End!」させよう』という合言葉のもとに始まった。"AbEnd"とはコンピュータ(メインフレーム)用語で、「異常終了」を意味する。つまり、「アブノーマルな安倍晋三を強制終了させよう」という意味が込められている(笑)。関連記事を下記に示す。

『カナダde日本語』?「AbEndを自分のブログに表示する方法」
(2006年6月19日)

AbEndは、当初は安倍晋三を自民党総裁選に当選させまいとする運動だったが、自民党には良識は通用せず、安倍が独走で当選してしまったので、安倍政権を終わりにするための運動に切り替わった。

また、ある時期から、石原慎太郎に反対する記事のトラックバックも募集するようになった。東京都知事選を目前に控えた現在は、反石原慎太郎の記事が増えている。

キャンペーンの参加方法は、「トラックバック・ピープル(略称TBP)」のテーマ「安倍晋三」に記事をトラックバックするだけだ。このテーマ自体は安倍晋三の批判を目的とするものではなく、安倍容認派や支持派にも幅広く門戸が開かれているが、キャンペーン参加者はここに安倍晋三批判の記事をトラックバックすることによって、反安倍の機運を盛り上げていこう、という運動方法だ。トラックバック先のURLを下記に示す。

http://member.blogpeople.net/tback/06610


当ブログでは、昨年12月24日の4000件達成以来、1000件毎にキリ番記念記事を掲載しているが(1000件?3000件の時は「kojitakenの日記」に掲載していた)、今回もキリ番記録日のデータを掲載しておく。

2006年6月18日:「安倍晋三?トラックバック・ピープル」開設
2006年9月12日:1000件 (開設日から86日)
2006年10月27日:2000件 (1000件到達から45日)
2006年11月27日:3000件 (2000件到達から31日)
2006年12月24日:4000件 (3000件到達から27日)
2007年1月26日:5000件 (4000件到達から33日)
2007年2月21日:6000件 (5000件到達から26日)
2007年3月18日:7000件 (6000件到達から25日)

6000件目から7000件目までに要した日数は、過去最短の25日だった。

さて、不肖弊ブログは、前記「カナダde日本語」の呼びかけに真っ先に賛意を表し、キャンペーンの最初からかかわってきた。安倍晋三への反感は、安倍が台頭してきた2002年からずっと持っており、それまでも掲示板などでコイズミや安倍晋三の批判を行ってきたが、掲示板における個人の意見の発信能力に限界を感じるようになり、ブログを開設するに至ったことはこれまでにもしばしば書いてきた。そこへもってきての「カナダde日本語」による反安倍キャンペーンの提案は、まさに「渡りに船」だった。

「AbEnd」キャンペーンに参加した当初、これはうまくもっていけば、主張を増幅することができると考えた。

昨年9月6日に公開した 『小さなブログがつながって大きなことをしよう!』 という記事は、そんな私のコンセプトを表明したものだ。キャンペーン開始当時には、1日あたりの平均アクセス数が300件そこそこだった当ブログだが、「AbEnd」キャンペーンを広めて、みんなで安倍晋三に反対することによって、それぞれのブログの規模は小さくとも、集まって声をあげて主張を増幅し、大きな流れを生み出そうとしたのだ。

「安倍晋三TBP」へのトラックバック累積件数が7000件に達した今日、私にとってとても面白いと思えたデータを公開したいと思う。

それは、当ブログの1日あたりの平均アクセス数と、「安倍晋三TBP」への1日あたりの平均トラックバック件数を並べたグラフだ。

AbEnd7000件記念記事用グラフ

(グラフをクリックすると拡大表示されます)

ご覧のように、「安倍晋三TBP」へのトラックバック件数の増加と、当ブログへのアクセス数の増加が、ほぼ連動している。
つまり当ブログは、AbEndとともに歩んできたブログだということだ。

このデータが示すように、ブログキャンペーンは、もしそれへの共感が得られて規模が拡大するものであれば、ブロガー個々人の声を増幅できると思う。
「AbEnd」に限らず、今後もさまざまなブログキャンペーンを行い、また参加することによって、大衆からの意見発信の可能性を追求したいものだと考えている。


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告示前から論戦が白熱してきている東京都知事選だが、思い出すと4年前(2003年)の都知事選は石原の圧勝だった。

しかし、4年前は都知事選そのものより、石原が国政に復帰して首相を目指すかどうかが注目されていたように思う。前年の2002年、株価の暴落などもあってコイズミの内閣支持率はかなり低下し、石原総理待望論なども聞かれる状況だったからだ。

私はコイズミも大嫌いだが、コイズミと石原を比較すると石原の方がもっと嫌いである。コイズミは、いくらなんでも「ババァ発言」や身体障害者の人格を否定するような発言まではしないからだ。人気とりのためとはいえ、ハンセン病訴訟で国が敗訴したあと、控訴を断念したりもした。タカ派度からいっても、石原はコイズミより過激な「極右」だ。だから、石原が首相になるくらいならコイズミが続けていた方がまだマシだと思ったものだ。

あの頃、報道を見ていてコイズミと石原の間にずいぶん緊張した駆け引きがあったような印象を持っていたが、喧嘩の才能ではコイズミの方がはるかに上で、石原は結局国政に復帰する目はないと判断して、都知事選再選への出馬を決めたのだろうと思っている。つまり、4年前の都知事再選は、石原にとっては「デモシカ都知事」(都知事にでもなるか、都知事にしかなれない)だった。それで、1期目と比較して2期目の石原都政は、著しく緊張を欠くものとなり、それが「新銀行東京」の失敗などの失政や、ファミリーによる都政の私物化などにつながったのだろう。

最近、石原慎太郎、小泉純一郎、安倍晋三という、私にとって憎んでも憎みきれない3人の比較を考えることが多い。もちろん3人とも嫌ってやまないが、私の場合一番嫌いなのは安倍晋三で、次いで石原、コイズミの順だ。しかし、敵として一番手強いのはコイズミで、次いで石原、安倍晋三の順番になる。安倍晋三は、問題が起きた時、なんでわざわざそんな反応をして自滅するのかと思うほど馬鹿げたリアクションを示すことが多く、危機管理能力がゼロだ。最近、支持率が下げ止まっているなどといわれるが、それは週刊誌やブログなどによる安倍批判の言論が、東京都知事選に出馬する石原慎太郎を批判することにかなり割かれているせいもあろうかと思う。4月の統一地方選で予想される自民党の敗北のあと、安倍批判の言論は再び強まり、安倍内閣の支持率は再び下降していき、安倍内閣はレーム・ダック化すると私は予想している。

安倍と比較すると、さすがに石原は数段手強い相手だ。一昨日の「報道ステーション」(テレビ朝日)と「NEWS23」(TBSテレビ)に続き、今朝の「ウェークアップ! ぷらす」(読売テレビ=日本テレビ系)でも都知事選に出馬予定の4人が討論した。討論の初めの方で、浅野史郎氏と吉田万三氏が揃って石原の「新銀行東京」の失敗を、「石原の思いつきでやった政策だ、素人がやったのだから大赤字は当然の結果だ、トップダウンの施策の弊害が出た」などと鋭く追及する場面があり、石原はたじたじとなっていたが、司会者・辛坊治郎の石原寄りの進行にも助けられて、次第に石原の弁舌がなめらかになっていった。その内容は空疎そのものだったが、石原の語り口に魅入られる都民もいるのかもしれない。石原のポピュリストとしての才能は、かなり衰えてはきたが、まだまだ警戒しなければならないというのが私の感想だ。

そして、ポピュリストというとなんといっても抜群の才能を持っていたのがコイズミだった。もちろん、その才能は日本を悪くする方向に作用してしまったのであり、都知事選が終わったあとの参院選までの時期に、コイズミが自民党の危機を救うべくしゃしゃり出てきて、安倍の後見人気取りで振る舞い始める可能性もなきにしもあらずかと思う。

一昨年、国民を魅了したコイズミのポピュリズム。これを克服せずして日本を立て直すことはできないと私は思う。コイズミになびき、安易な「わかりやすさ」の誘惑に身を委ねる誘惑を、われわれ日本国民は断ち切らなければならない。

そのためには、コイズミよりは才能の劣るもう一人のポピュリスト・石原慎太郎の甘言に惑わされてはならない。石原さえ倒せないようでは、コイズミのポピュリズムを克服することなどできはしないと思う。


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昨日、東京・中野区のホールで、東京都知事選に立候補を予定している4氏による公開討論会が開かれた。4氏は、引き続きテレビ朝日「報道ステーション」、TBSテレビ「NEWS23」にも揃って出演し、議論を戦わせた。

討論会の様子は新聞で報道されており、朝日新聞(3月16日付)にも記事が出ている。「五輪巡り主張激突」という見出しからうかがわれるように、2016年の東京五輪開催を最大の争点にしようと主催者は考えていたものらしいが、石原が公務を理由に最初の40分間を欠席したため、序盤の論戦は低調だったと記事は報じている。

朝日新聞の記事は、そのほとんどを東京五輪に関する論戦に割いている。石原が争点にしたいとしている「財政再建」、浅野氏が争点にしたいとしている「情報公開」については軽く触れた程度だし、ましてや石原による都政の私物化については全く触れられていない。石原が記者会見の冒頭で海外出張費問題などを謝罪したことがひとこと書かれているだけだ。

私は地方在住なので、この公開討論会はもちろん見ていない。しかし、司会者がフジテレビの黒岩祐治アナだときいて、おそらく石原寄りの司会をやるのだろうなと思っていた。黒岩は、安倍内閣入りを噂されたこともあるほどの体制寄りの人物だからだ。そして、実際その通りの司会ぶりだったようだ。

続くテレビ朝日の「報道ステーション」は、昨日のブログ記事を書きながら音声だけ聞いていた。TBSの「NEWS23」も、ブログの管理をしながら聞いた。だから論戦に神経を集中させていたわけではないが、テレビ朝日とTBSで受ける印象はかなり違った。一言で言えば、前者はずいぶんと石原寄りで、後者はまずまずフェアな司会だったと思う。

しかし、いずれの論戦を聞いていても不満を感じたのは、この選挙の真の争点はそこではない、ということだ。

私は、この選挙は「石原慎太郎都政」の是非を問う、「石原慎太郎審判選挙」だと考えている。誤解を恐れずにいえば、浅野史郎氏と吉田万三氏の相違など、大した問題ではない。事実、TBSの番組で吉田氏は自らを「もう一人の市民派候補」だと語った。つまり彼は、浅野史郎氏を「市民派候補」として認めているということだ。「浅野氏は石原となんら変わらない」と主張する、吉田氏を推薦している共産党幹部の発言とは、ずいぶんと温度差が大きいことに、本当に驚いた。

黒川氏は、よく指摘されるようにかつての石原の盟友だが、氏の石原批判を聞いて、黒川氏が本気で石原に異を唱えようとしていることだけは理解できた。

浅野氏も、以前出演したテレビ番組で、「(浅野氏の支持者は)私でなくてもよかったんだろうと思う。石原都政にストップをかけてほしいという悲鳴にも似た声が聞こえてきたから出馬を決意した」と語っていた。

つまり、石原以外の3候補者はいずれも、「石原都政との対決」をメインテーマにしているのだ。だから、報道番組を作るテレビ局も、この選挙を「石原慎太郎審判選挙」としてとらえ、候補者同士による討論会も、そのような視点から進行させるべきだったと思う。つまり、誰が一番聞き手の心に訴える石原批判をするか、そして石原がその批判にどう答えるか、これを視聴者に比較させるような番組作りをすべきだったし、私がスタッフだったら、そのようにせよと主張したと思う。

しかし、実際には(吉田氏によると)「市民派同士」に当たる浅野氏と吉田氏の対立を強調しようとするなどの番組の作りが目立った。やっぱり電波媒体は、そして朝日新聞を筆頭とする大新聞も「御用メディア」に成り下がっている、というのが正直な感想だ。

マスメディアが真の争点を隠そうとしているので、当ブログでは改めて次のように指摘したい。

この東京都知事選は、「石原慎太郎審判選挙」である。人権を踏みにじる発言を連発し、都合の悪い情報を都民に公開せず、都政を自らのファミリーで私物化し、首都圏の住民に毒入りの海産物を食べさせたり、三宅島で死亡事故の起きる可能性の高いバイクレースを行おうとしている石原に、この後さらに4年も都政を託するのかを問う選挙にほかならない。』

これは、政策以前の問題を問う選挙なのだ。


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今日(3月15日)、当ブログの累積アクセス数が30万件に到達した。

ブログを始めたのが昨年4月16日。最初の記事は4月9日付になっているが、実際には4月16日にブログを開設して書き始め、17日に書き上げたあと、日付を操作して4月9日付にしたものだ。昨年4月16日から数えてまる11か月での30万件到達で、日数に換算すると333日で30万件という「3づくし」。1日平均のアクセス数では900件になる。当ブログを訪れてくださる読者の方々に、厚くお礼を申し上げたい。

昨年、アクセス数が10万件に達した時(昨年10月22日)、まる1年にあたる今年4月16日までに30万件いけば良いなあと思っていたので、それより1か月も早いというのは、予想以上のペースだった。

ブログを始めて良かったことは、精神が若返ったことだ。ブログを始める前は、年のせいか、本を読んでも中身を忘れることが多くなってきていたが、本や雑誌記事の要旨をブログに書く作業は、内容を頭の中で整理してからでないとできないので、頭脳が活性化されるし、関連する事項への好奇心がかき立てられる。

しかし、なんといっても当ブログは「AbEnd」(「安倍を『the End!』にしよう!」を合言葉とする反安倍晋三のブログキャンペーン)とともに歩んできたブログだ。もうすぐ 「安倍晋三TBP」 への累積TB数が7000件に到達するが、その記念記事で面白いデータを公開しようと考えている。

なお、この記事の公開よりずっと早く、「AbEnd」の提唱者・美爾依さんのブログ 「カナダde日本語」 から、30万件のお祝いのメッセージをいただいているので(『安倍は元従軍慰安婦と対面するべき』)、ここにお礼を申し上げるとともに、今日「カナダde日本語」の累積アクセス数が110万件を突破したことをお祝いしたい。もっとも、目前に迫った111万1111件目の方がもっとめでたいのかもしれないけれど。以前、同ブログの77万7777件目をゲットした私としては、アクセスできる時間帯であればまた狙ってみたいと思っている(笑)。

ところで、「カナダde日本語」が論じている従軍慰安婦の件について触れておくと、この件は、日本国内では政権批判の材料としては、あまり「人気がなく」、政権の支持率を下げるためには「逆効果」であると指摘する向きがある。というのは、この問題は右翼的ジャーナリズムや文化人が特に宣伝に力を入れてきたせいもあって、問題の存在を否定する主張の方が大衆に受け入れられやすい傾向があるからだ。

しかし、最近、中国や韓国ばかりでなく、アメリカからこの問題について安倍晋三首相らが批判され始めたことに注意しなければならない。批判しているのは何もリベラル勢力ばかりではなく、共和党の議員や保守的なメディアまでもが安倍を批判し始めているのだ。それを受けてか、親米右派の評論家である竹村健一までもが、従軍慰安婦問題で「日本人は他の民族の人権には鈍感な民族だと思われないように、どの民族の人権も尊重する民族であることをわかってもらう必要がある」と指摘していることなどに注意してほしい(「kojitakenの日記」: 『竹村健一までもが安倍らに苦言を呈する従軍慰安婦問題』 参照)。この問題は、ヨーロッパにも飛び火しそうだとの報道もある。決して国内の「ネットウヨ」向けの軽薄な中韓蔑視パフォーマンスに迎合してはならない。たとえ不人気であっても、粘り強く訴え続けていかなければ、日本が国際社会で生きていけない事態を招きかねないと警告したい。日本人は、石原慎太郎のごとき「夜郎自大」であってはならないのである。

さて、もう日付が変わりそうな時間帯にさしかかってきたので、今日はここらへんで切り上げるが、石原慎太郎や安倍晋三の打倒には、まだまだ超えるべきハードルはたくさんある。さっきまでやっていたテレビ朝日の「報道ステーション」で、東京都知事選候補の4人が論戦を展開していたが、今回は石原も尻に火がついているためか、これまでしばしば見られた傲慢な態度は影を潜め、論戦に万全を期しているように伺われる。東京都知事選においては、当ブログは浅野史郎氏を支持しているが、敵の本丸はあくまで石原慎太郎である。当面は、安倍晋三を衝く記事以上に、石原を撃つ記事を書き続けていきたいと考えている。


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まずイイワケから。

弊ブログにコメントをお寄せ下さる皆さまには心から感謝します。コメント投稿者同士のやりとりは、基本的に管理人は興味深く読ませていただいております。ただ、管理人は新しい記事を書くのに精一杯の状態ですので、コメントに反応できない場合が多いです。また、管理人の意に添わないコメントは、ことわりなく削除する場合があります。以上の点につき、ご理解及びご了承のほど、よろしくお願い申し上げます。

さて、安倍晋三や石原慎太郎を批判する材料は山ほどあるのだが、あまりに多岐にわたるのでどこから手をつけていったらよいのかも迷うほどだ。今日は全然まとめ切れそうにもないので、短信でお茶を濁す。

上場廃止の見通しと報じられ、だれもがそれを当然と思っていた日興コーディアル証券の上場が一転維持された件について、安倍晋三首相の圧力が取り沙汰されている。

日興コーディアルの疑惑をスクープしたのは、元日経新聞記者のフリージャーナリスト・町田徹氏であり、月刊「現代」昨年2月号に、『日興コーディアル証券「封印されたスキャンダル」』というタイトルの記事が掲載された。そして、それから1年1か月が経過した今年2月、月刊「現代」3月号に、同じ町田氏による「上場廃止必至の核心レポート 本誌スクープから1年、新たな疑惑が浮上!」と銘打って、『日興コーディアル証券 まだある1230億円粉飾』というタイトルの記事が掲載された。

その記事の末尾に、有村純一・日興コーディアル前社長が「(自分は)安倍晋三首相と同郷で家族ぐるみの付き合いだから、当局が自分に手を出せるわけがない」と語ったと指摘されている。

同誌4月号には記事の続編が掲載され、山本有二金融大臣が疑惑追及の「幕引き発言」を行ったことが紹介され、安倍夫人(昭恵夫人・通称「アッキー」)一族が大番頭にあたる森永製菓と日興が古くからの取引関係があることなどが指摘されている。

これらの記事が掲載されている月刊「現代」の昨年2月号及び今年の3月号、4月号は、いずれも私の手元にあるので、いずれダイジェストの記事でも書いて公開したいものだと考えている。

それにしても、このように安倍とのかかわりが指摘されている日興コーディアルの上場維持には、やはり何らかの圧力があったのではないかと疑われても仕方ないと思う。

石原慎太郎については、浅野史郎氏の出馬表明で、俄然報道合戦が盛り上がってきた。告示前の現在の情勢は、「石原がリードしているものの浅野氏が猛追している」というものらしい。

昨日の記事にも書いたが、現時点で既に浅野氏が注目を集めているとは、私の想像以上の大健闘であり、選挙戦に入れば、浅野氏が石原を逆転して都知事になる可能性がますます強まったと考えている。課題は、御用マスコミの浅野氏に対するネガティブ・キャンペーンへの対策だろう。

昨日政治活動の再開を宣言したというコイズミが、窮地に立った石原の援護射撃をするのではないかとの見方もあるが、都政の私物化が批判の対象となっている石原は、コイズミが大事にしているであろう「カイカク」のイメージとは全く合わないので、コイズミが石原を援護することはなかろうと私は読んでいる。

コイズミの出番があるとしたら、現時点で既に自民党の大苦戦が予想されている参議院選挙においてだろう。これに対しては、最大限に警戒してかかる必要があると思う。

石原への批判については、弊ブログでまだ取り上げていない材料はたくさんあるので、少しずつ記事にしていって、読者の皆さまに、石原の真の姿を知っていただきたいものだと考えている。


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今日(3月13日)の朝日新聞に都知事選の情勢調査の記事が出ていた。見出しは、「石原・浅野氏 接戦の様相」となっている。
記事は、asahi.comにも掲載されている。
http://www.asahi.com/politics/update/0313/002.html

以下引用する。

石原・浅野氏、接戦の様相 都知事選で本社情勢調査

 東京都知事選が22日に告示されるのを前に、朝日新聞社は10、11の両日、都内の有権者を対象に第1回情勢調査を実施し、取材で得た情報をあわせて情勢を探った。調査時点で支持の多くが現職の石原慎太郎氏(74)と前宮城県知事の浅野史郎氏(59)に集まっており、両氏による接戦の様相を呈していることが分かった。現時点で誰に投票したいかを答えた人は6割にとどまり、情勢が不透明な中で告示後の選挙戦は激しいものになりそうだ。

 都知事選には両氏のほか、共産推薦で元足立区長の吉田万三氏(59)、建築家の黒川紀章氏(72)らが立候補を表明している。石原、浅野両氏は政党推薦を受けないとしているが、自民が石原氏を、民主、社民が浅野氏を支援する態勢だ。

 投票先を明らかにした人の回答をもとに情勢を分析すると、自民支持層は石原氏、民主支持層は浅野氏支持にほぼまとまっている。有権者の大多数を占める無党派層では石原氏への支持が浅野氏支持を上回っている。

 一方、選挙で「都政が大きく変わってほしい」と答えた人は全体の56%に達し、この層では浅野氏が石原氏をリード。選挙に「大いに関心がある」と答えた人は47%を占め、この層では両氏の支持が拮抗(きっこう)している。投票意欲の高い層ほど浅野氏支持の割合が高めの傾向で、前回44%台にとどまった投票率の動向も焦点になりそうだ。

 石原氏の都知事としての支持率は42%、不支持37%で、2月3、4日調査(支持53%、不支持35%)から支持が下落していることが明らかになった。

(asahi.com 2007年03月13日00時56分)


正直言って、告示前から石原と浅野氏が接戦という調査結果が出るとは思わなかった。浅野氏は、上々の滑り出しを見せたというべきだろう。

もちろん、これに電波媒体や保守系メディアなど 「石原のイヌ」が黙っていようはずはない。早くも、「週刊文春」と「週刊新潮」は浅野氏のスキャンダルを書き立てたし、一昨日(3月11日)のテレビ朝日「サンデー・プロジェクト」は、田中康夫と櫻井よしこを使って、浅野氏批判キャンペーンを展開した。

田中康夫は一筋縄ではいかない人物で、他の「改革派知事」を大々的に批判したこともあるし、「サンプロ」に石原と一緒に出演し、意気投合して見せたこともある。だから、今回櫻井と一緒に浅野氏批判の歩調を揃えたことは、何も驚くには当たらない。もちろん田中は石原をも批判したが、驚いたことには、櫻井も石原を支持するとは言わず、両者とも「浅野氏にも石原にもつかない」態度を表明した。もちろん、視聴者に対しては、より浅野批判が印象に残るようなイヤラシイ番組づくりにはなっていたが、先日読売新聞や産経新聞も必ずしも石原支持の論調を示さなかったことと合わせて、保守系メディアや文化人も、全部が全部石原になびいているわけではないことは、何やら暗示的だ。

出馬の意思をほのめかしていた丸山和也弁護士も、不出馬を表明した。昨日、テレビ朝日の「TVタックル」で、白鴎大学の福岡政行教授が、「丸山弁護士が出馬したら石原の逃げ切り」と予想していたが、私は丸山は出馬しないと読んでいた。既に石原の対立候補として浅野氏が最有力になって追い風が吹いており、丸山が出馬することは、彼の名声を落とし、落選後のマスメディアでの活動にマイナスになることは目に見えているからだ。おそらく、丸山自身もそう計算して出馬を見送ったに違いない。予想以上に浅野氏への追い風が強いというのが私の感触だ。

とはいえ、現時点で投票が行われたらまだ石原の得票の方が多いだろうし、石原陣営は何とか浅野氏への追い風を食い止めようと、今後さらにネガティブ・キャンペーンを強めることが予想される。闘いは今後熾烈さを増していくだろう。

さて、「週刊現代」 3月24日号に 『浅野史郎 「石原慎太郎への批判と反論」 120分』 というタイトルの、浅野さんへのインタビュー記事が掲載されている。私の住む地方では今日発売だったので、さっそく雑誌を買い求めて読んだ。

浅野さんの石原批判の概要は、当ブログで 『石原慎太郎批判(その4)?イデオロギー抜きの石原批判』 および 『石原慎太郎批判(その5)?石原慎太郎の「人権意識」』 で書いた内容とほぼ重なるものだった。

前者の記事で当ブログは、月刊「現代」 4月号に掲載された青木理さんの記事 『石原慎太郎「モノ言う知事」の品性と功罪(前編)』 で指摘された石原都政への評価を紹介した。石原都政1期目のディーゼル車の排ガス規制や銀行への外形標準課税などの仕事については、浅野さんが言うように「非常に素晴らしかった」とは私は思わないが、一定の評価を受けるに相当するのではないかと思う。そして、今の都政がすっかりおかしくなっているという点では、浅野さんに同感だ。

浅野さんは、豪華な海外出張、四男を重用する「公私混同」、浜渦武生参与(元副知事)による「側近政治」「恐怖政治」を批判し、石原の「ババァ発言」や身体障害者に対する差別発言をとらえて、『(多くの問題発言を)あれだけ繰り返すのは、失言ではなく、それが彼の主張であり価値観だからです。その意味で石原さんの発言は、柳沢伯夫厚労相の「産む機械」発言の何百倍も悪質ですよ』と指摘している(二重括弧は「週刊現代」 3月24日号に掲載された浅野史郎氏の発言、以下同様)。

浅野さんは、日の丸・君が代の強制問題については、『私も国旗や国歌は大切だと思っています。しかし、それを他人に強制するわけにはいきません。拒否する人に直ちに処罰を下す体質は問題です』と語っている。

なお、石原自身は、祝日に自宅に日の丸を掲げるわけでもなし、かつて「『君が代』は嫌いだ」と公言したこともある人物だということを申し添えておく。

石原がぶち上げた2016年の東京オリンピックについては、浅野さんは『他に取り組むべき課題はたくさんあります。都政における優先順位で言えば、オリンピックは高くない』と言っている。

また、浅野氏の業績として称えられることの多い情報公開については、『情報公開がただの「流行」だった時代は終わり、いまや常識です。東京都の情報公開度が低いのは私から見れば「非常識」です』 『「公私混同」疑惑が追及されてから石原さんもあわてて、今後、知事の接待費は公表するなど言い出しましたが、「これから」公表するのでは意味がない。過去の恥部の含め公表することが情報公開の本質なんです。それができないなら、本当の情報公開ではない』など、石原の情報公開の「付け焼刃」ぶりを厳しく批判している。

よく対立陣営から批判の対象となる、宮城県政の累積赤字の増加については、浅野氏の県知事就任当時(1993年)の国からの要請によって景気対策を実施したためだが、『県債が積み上がっていったというのは事実ですから、知事として反省すべき点はあります』と語っている。

なお、石原陣営は東京都の財政赤字が縮小していると主張するが、『特別会計や監理団体なども含めた東京都の連結での負債(借金)は、バブル経済崩壊とその後の景気低迷の影響による都税収入の落ち込み、バブル期以来の臨海副都心開発の失敗などにより2006年度末に17兆円を突破しており、都民一人当たりの負債額は約140万円と共に全国最多、現在も増加し続けている。(東京都の借金時計)』(Wikipedia 『石原慎太郎』 より)という指摘もある。「コイズミカイカク」によって、東京に本社をおく大企業の好調な業績による税収増および地方経済の切り捨てがあったにもかかわらずこのていたらくだとしたら、石原都政の経済政策こそ大失敗だったのではないかと言わざるを得ない。

都知事選に出馬する決断をした理由として、浅野さんは下記のように述べている。

 民主党からの立候補要請を断った僕が、一転して立つ決断をした理由は、名前が取りざたされるうちに、「都知事選に立ってくれ」という悲鳴に似たメールがたくさん寄せられたからです。しかも半分近くが東京都以外の方からでした。
 多くの人が期待を寄せてくれた僕まで都知事選を傍観してしまうと、都政だけでなく日本の政治に対する信頼感を失わせる契機になりかねない??そんな危機意識が次第に芽生え、出馬を決断したのです。

(「週刊現代」 2007年3月24日号 『浅野史郎 「石原慎太郎への批判と反論」 120分』より)


なお、この記事で紹介した浅野さんへのインタビュー記事は、全体のごく一部に過ぎない。読者の方々には、是非雑誌の記事をお読みいただきたいと思う。「週刊現代」の今週号には、他にも興味深い記事が満載されている(「kojitakenの日記」?『安倍の健康問題を書き立てる「週刊ポスト」、浅野史郎氏インタビューを載せる「週刊現代」』 参照)。どの大手紙も「御用新聞」と化してしまった現在、かつて馬鹿にされがちだった週刊誌の記事のほうが、よほど読んで得られるところが多い。



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昨日の記事にも書いたことだが、フジテレビの番組で、いつも腹立たしい発言ばかりしている右派評論家の竹村健一が、従軍慰安婦をめぐる安倍晋三首相の発言がアメリカのメディアに批判されていることに関して、「日本人は、自分たちが拉致されるなど人権を侵害された時は大騒ぎするが、他の民族の人権が侵されること(筆者注:暗に従軍慰安婦を指す)には鈍感だという印象を与えてはいけない」という意味の、竹村の発言とは思えないまっとうな発言をした。

同じ非難を中国や韓国だけから受けている時には、竹村は確かそれに反発していたような気がするが、アメリカが騒ぎ始めると掌を返すあたりが親米右派の竹村らしいなと思った。しかし、今回の竹村の主張が正論であることは確かだ。

さて、人権に鈍感な政治家というより、意識的に人権を軽視する発言を繰り返しているのが石原慎太郎である。有名な身体障害者に対する差別発言や「ババァ発言」は、「世界に晒す日本の恥」としかいいようのないものであるが、これまで私は、これらについて改めて取り上げるのもあほらしいと思ってきた。

しかし、前記竹村の発言を聞いて、一度はこの石原の人権蹂躙(じゅうりん)の暴言を復習しておかなければならないと思い立った。そこで、今日の記事はこれらの暴言を蒸し返すところから始める。

まず、身体障害者に対する差別発言から。
Wikipediaの「石原慎太郎」から、「障害者に対する姿勢」の項を紹介する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E6%85%8E%E5%A4%AA%E9%83%8E#.E9.9A.9C.E5.AE.B3.E8.80.85.E3.81.AB.E5.AF.BE.E3.81.99.E3.82.8B.E5.A7.BF.E5.8B.A2

以下引用する。

障害者に対する姿勢

1999年9月に東京都知事として府中療育センター(重度知的・身体障害者療育施設)を視察した後、記者会見で「ああいう人ってのは人格あるのかね。ショックを受けた。ぼくは結論を出していない。みなさんどう思うかなと思って。絶対よくならない、自分がだれだか分からない、人間として生まれてきたけれどああいう障害で、ああいう状態になって」と発言した。次いで「おそらく西洋人なんか切り捨てちゃうんじゃないかと思う。そこは宗教観の違いだと思う。ああいう問題って安楽死につながるんじゃないかという気がする」と発言意図を説明した。「人格あるのかね」については、即日「文学者としての表現」と弁明した。(朝日新聞1999年9月18日より。)

東京新聞はさらに詳しく発言を採録しており、視察の帰りがけに「入所者は自分がだれだか分からない。(彼らに)人生がない、というくくり方をする人もいるが、それなりの人生があるんだという一つの確信を持って仕事をしているのは、素晴らしいことだ」と発言していることを報じた。

石原はこの発言について大阪府豊中市の知的障害者団体から抗議された。

石原の発言を差別発言として報道した朝日新聞社に対して石原は産経新聞紙上で次のように反論した。「私の発言の真意は、行政の長というよりも一人の人間として、みずからも思い悩むことを感じさせられ、そのことを自分自身にも、記者の皆さんにも問いかけたものであります。ある新聞が、現場にも同行せずに、この発言を意識的に曲解し、あたかも私が障害を持つ方々の人格を傷つけたと、多くの読者に印象づけたことは、報道の正確性にもとり、許せぬ行為でもあります。これは卑劣なセンセーショナリズムであり、アジテーションであり、社会的には非常に危険なことだと思います」

(Wikipedia 『石原慎太郎』より)


次は「ババァ発言」。これも、Wikipediaの 『石原慎太郎東京都知事 「ババァ発言」 事件』から。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%90%E3%82%A1%E7%99%BA%E8%A8%80

問題とされた石原慎太郎の発言は以下の3つである。

1. 「これは僕がいってるんじゃなくて、松井孝典がいってるんだけど、“文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババァ”なんだそうだ。“女性が生殖能力を失っても生きているってのは無駄で罪です”って。男は80、90歳でも生殖能力があるけれど、女は閉経してしまったら子供を生む能力はない。そんな人間が、きんさん・ぎんさんの年まで生きてるってのは、地球にとって非常に悪しき弊害だって…。なるほどとは思うけど、政治家としてはいえないわね(笑い)。」
(「週刊女性」 2001年11月6日号より)

2. 「この間すごい話をしたんだ、松井さんが。私は膝をたたいてその通りだと。女性がいるから言えないけど…。本質的に余剰なものは、つまり存在の使命を失ったものが、生命体、しかも人間であるということだけでいろんな消費を許され、収奪を許される。特に先進国にありうるわけだ。でね…、やっぱりやめようか(笑)。あれが実は地球の文明なるものの基本的な矛盾を表象している事例だな。」
(「都政新報」 2001年10月26日号より)

3. 「そして、他の動物、他の生命体とのかかわりの中で、人間が人間というものの存在を主張し過ぎたために、非常に横暴な存在になった。そして、彼が例を挙げたのは、ほとんどの動物は繁殖、種の保存ということのために生きて、それで死んでいくが、人間の場合にはそういう目的を達せない人でも、つまり、人間という尊厳の中で長生きをするということで、彼はかなり熾烈な言葉でいいまして、私はそのときに、なるほどなといいながら、しかし、それは政治家にはいえないから、あなたみたいな専門家じゃなきゃとてもいえませんなといって、そのときに慨嘆したんだ。(中略)私が思わずひざをたたいた所以の一つは、私の友人でもありました深沢七郎氏が書いたうば捨て山という、あの、要するに「楢山節考」という、年をとったそのおばあさんを、その部落の貧困のゆえに、あえて生きている人間を捨てに行くという、これは年をとった女の人が、他の動物の生存の仕方に比べれば、かなり横暴な存在であるという表現の、実は逆説的な一つの証左でありまして、私はいろんなことを思い合わせながら、その松井さんの話を非常に印象深く聞いたわけです。」
(「平成13年東京都議会会議録第16号」(2001年12月11日)より)

(Wikipedia 『石原慎太郎東京都知事 「ババァ発言」 事件』より)


なお、石原は「松井孝典がいってるんだけど」などとほざいているが、松井自身がこれを否定している。
以下、Wikipedia 「松井孝典」の「石原慎太郎ババア発言」より。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E4%BA%95%E5%AD%9D%E5%85%B8#.E7.9F.B3.E5.8E.9F.E6.85.8E.E5.A4.AA.E9.83.8E.E3.83.90.E3.83.90.E3.82.A2.E7.99.BA.E8.A8.80.E3.81.AB.E5.AF.BE.E3.81.97.E3.81.A6

石原慎太郎ババア発言に対して

石原慎太郎は「ババア発言(文明がもたらした最も悪しき有害なものはババア)」は、松井の「おばあさん仮説」を出所と主張しているが、松井は「石原氏の発言を見ると、私の言っていることとまったく逆のことだからね。私はこういう言い方はどこでもしたことはないし、おばあさん仮説という理論を私はいろんなところで話しているから、それを見てもらえば分かるでしょう。」(月刊『自然と人間』2003年2月号)と述べている。実際、松井の理論は、ヒトの女性が生物としては例外的に生殖可能年齢を超えて生存することで「おばあさん」が集団の記憶装置としての役割を果たし、そのことで文明の誕生が可能になった、さらに結果としてヒトの文明が地球環境を蝕む結果をももたらしているというものである。確かに「おばあさん」の存在が地球環境を蝕んだことを論じてはいるが、それは人類文明の発展は「おばあさん」によって可能になり、その文明が地球環境を蝕んでいるという逆説的現実を表現したものに過ぎない。また、この発言に対して損害賠償を求めた裁判の判決の中で東京裁判所は、発言が石原個人の見解であると認めたが、判決後もなお石原は松井の説を紹介しただけと主張している。

(Wikipedia 『松井孝典』より)


このような発言を連発する石原を、万一東京都知事選で三選を許したりしようものなら、日本は人権を軽視、蹂躙する国として国際社会の笑いものになるだろう。

さて、枚挙に暇のない石原の犯罪的人権侵害のうち、中でも呆れ返るのが1983年の総選挙において、対立候補の新井将敬を誹謗中傷した「黒シール事件」である。
これもWikipedia 「石原慎太郎」 より引用する。

1983年の衆議院議員総選挙の時には東京2区で対立していた自民党候補新井将敬の選挙ポスターに石原の第一秘書である栗原俊記が「'66年北朝鮮より帰化」というシール3千枚を貼って回り、その秘書は現行犯逮捕された。(いわゆる黒シール事件。石原本人の関与の有無は明らかとなっておらず秘書の責任ということになっている。)この件に対して民族派右翼の野村秋介が石原の自宅に押しかけ「日本民族の顔に泥を塗る破廉恥行為である」として抗議行動を行っている。

(Wikipedia 『石原慎太郎』より)


「石原本人の関与の有無は明らかとなっておらず」と書かれているが、これは政治家お得意の、責任を全て秘書に押しつけるやり口だ。石原の普段の言動を見ていれば、真相はおのずと明らかだろう。

なお、この新井将敬は1998年2月に死去した。「自殺」ということになっているが、死因に関して諸説があり、他殺説も根強く語られているが、真相は闇に葬られている。一昨年来、耐震偽装問題やライブドア事件に絡んで「自殺」者が続出したことを思い起こさせる、背筋が凍る話だ。

何はともあれ、日本人が人権を重んじる民族であることを世界に示すためには、石原慎太郎の三選だけは断じて許してはならないと思う。


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今日(3月11日)の午前中は、見逃せないテレビの政治番組が目白押しだった。

フジテレビの「報道2001」では、中韓のほかアメリカのメディアからも問題視されている従軍慰安婦に関する安倍晋三の発言や、米「ニューズウィーク」誌で「安倍内閣の学級崩壊」が大々的に取り上げられた件を扱っていた(もちろん同誌の日本版にもその記事が出ている)。

前者については、「kojitakenの日記」で取り上げ(『竹村健一までもが安倍らに苦言を呈する従軍慰安婦問題』)、記事を 「安倍晋三TBP」 にTBしたところ、10時台の1時間だけでも152件ものアクセスがあった。おそらく、ふだん政権べったりの言論で知られる竹村健一までもが、日本の国際社会での孤立化を懸念する発言をしたことが、読者に衝撃を与えたものと思う。「2ちゃんねらー」などの、いわゆる「ネットウヨ」と同程度の知能しか持たない安倍晋三らが、軽い気持ちで妄言を撒き散らすことは、それらがわが国の最高責任者の言葉として世界に発信されるだけに、キケン極まりないことなのである。

「ニューズウィーク」で報じられた「学級崩壊」の件は、司会の黒岩アナが麻生太郎に詰問していたが、「安倍人気を煽ったのはあんたらの方だろう」と麻生に言い返されていた。これで日本のマスコミ、とくに電波媒体は、政権の人間から「安倍人気を煽った」と公認されたワケで、ご同慶の至りである(笑)。

なお、安倍はNHKの番組「総理にきく」に出演し、河野談話の継承を明言した上、慰安婦たちへ謝罪の言葉の口にしたが、なぜか謝罪の部分が聞き取りにくかった(「kojitakenの日記」にも『安倍、NHKでは「模範解答」(笑)』という記事に書きました)。
今回を含む一連の「河野談話の継承」発言で、安倍はまた「日本会議」諸氏の気に食わない言質をとられた形になり、テレビ朝日の「サンデープロジェクト」に出演した櫻井よしこの不興を買っていた(笑)。

そのサンプロでは、4野党の幹事長クラスが、松岡利勝の不自然な光熱費の件と地方選での野党共闘の件を論じていたが、前者では徹底追及で一致しながら、後者では当然ながら共産党と他の3党の意見が一致せず、特に都知事選などについての社民党の又市幹事長と共産党の市田書記局長の非難の応酬はすさまじいものがあり、野党共闘は夢のまた夢だなあと思わせた。

私は徹底した反政権の立場に立つが、民主党・社民党・共産党・国民新党の既成野党にはいい加減愛想を尽かしているというのが正直な感想だ。今回の都知事選でも、無党派の人間として浅野史郎氏を応援したいと思っている。野党共闘については正直どうでも良くなってきており、共産党が吉田万三氏を担ぐのも、民主党の一部都議が石原を応援するのも、どうぞ勝手にやってくれ、私には関係ないよ、という思いだ。

ただひとこと言うと、浅野氏は支援する市民たちの意見を取り入れて、いかようにも柔軟に対応していく能力を持った、したたかな現実主義的な政治家だという印象を私は持っている。それに、地方選でイデオロギーは不要とまでは言わないが、必要以上のイデオロギー論争を地方選で行うべきではないとも思う。そして、いま何より大事なのは、石原都政を終わらせることだろう。

共産党の市田書記局長は、浅野氏は石原よりましだとも思っていない、石原と全く変わらないと言い放った。そこまで言うのだから、今回、共産党との共闘は不可能だ。

前に「AbEndキャンペーンの限界」が議論になった時にも思ったことだが、いま現に悪政を行っている石原や安倍晋三を倒すことから始めずして、いったい何ができるというのだろうか。だから、「AbEnd」の方法論は、安倍晋三あるいは石原を倒すことを目的として、合目的的かどうかが行動の判断基準となるのだ。

「ローマは一日にして成らず」。長年行ってきた自民党の悪政を変えるのに、一足飛びは無理だ。国民の意識も、そんなに急には変わらない。実現可能な目標を設定しながら、少しずつでもましな政権に変えていくしかないではないか。その積み重ねで、いつか国民のために好ましい政治を実現させるために。


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このところ、当ブログでは連日、東京都知事選の話題を扱っている。四国の田舎者が何を言うか、と思われるむきもあるかもしれないが、私は過去にはのべ7年間ほど東京都民だった時代もある。7日と8日の記事で触れた下北沢にも友人の家があって、何度か訪ねたことがあるし、東京の西部には割と土地勘があるほうだ。

さて、62年前の今日は、その東京が大空襲に見舞われた日だ。今日は、この東京大空襲をはじめとする戦争体験を語り継ぐ目的で出版された本を紹介したい。

東京新聞社会部編 『あの戦争を伝えたい』 (岩波書店、2006年)である。

この本は、2005年の終戦60周年を機に「東京新聞」に連載された記事をまとめたものだ。3月10日の東京大空襲に関しても、『「敵国の母」祈りは海を越え』、『絵で語る「地獄の橋」』、『母への思い、悔悟の心』の3本の記事が収録されている。

ネット検索したら、著者である当時の東京新聞社会部長(現論説委員)の菅沼堅吾さんが専修大学育友会の会報「育友」に寄せた文章が見つかったので、紹介する。
http://www.ikuyuu.com/newsletter/107/p43.html

以下引用する。

『あの戦争を伝えたい』発刊に際して

『あの戦争を伝えたい』(東京新聞社会部編、岩波書店)は戦後60年の昨年、東京新聞に通年で連載された「記憶?新聞記者が受け継ぐ戦争」の企画を本にまとめたものです。世代を超えて読まれることを目指していますが、やはり戦争を知らない世代、特に若者に読んでもらいたいと願っています。『育友』で紹介できる機会をいただき、感謝しています。

実はこの本自体、20代の記者が3年前の夏から取り組んでいる企画の延長線上にあります。当時、戦争体験者への取材経験が若い記者にあまりないことを知りました。これでは報道する側が、戦争の風化を後押ししているようなものです。

8月の終戦記念日の前後だけでも毎年、20代の記者が交代で戦争体験者の記憶を受け継ぐ企画を連載しよう。社会部内で話し合い、こんな結論になりました。読者からの反響は予想以上に大きく、若い記者には励みになったようです。

戦後60年の節目の年には記者の「年齢制限」をやめて、部員全員で取り組むことにしました。1955年生まれの私が最年長という社会部の年齢構成です。 20代の記者にあれこれ言うほど、みんな戦争を知らないと反省したからです。今取材しないと直接話を聞ける機会を永遠に失ってしまう。こんな焦燥感もありました。

17人の部員が自分が知りたい戦争について取材しました。当然ながらテーマは東京大空襲、戦艦大和、沖縄戦、原爆投下、回天特攻、中国や韓国での加害、シベリア抑留、BC級戦犯、満州棄民、キリスト教徒弾圧、米兵になった日系二世などと多岐にわたりました。取材上の原則は無名の庶民にとっての戦争を伝えることです。無名の庶民の戦争は、戦死者数などの数字に置き換えられかねません。それでは「戦争とは何か」が人々の心に届くことはないでしょう。

取材には戦争体験者の記憶を自分の心に刻み込む決意で臨むことも確認しました。加害など戦争の生々しい体験を聞き出すことは簡単ではありません。「受け継ぐ」という強い気持ちがあって初めて、「話したくない」という心の壁を突破できるのです。

加害、被害の両面を含め、戦争の全体像を浮かび上がらせることができたのでは、と思っています。過去と向き合うことで今を、そして未来をどうすべきかしっかり考えてほしい。これが編者の願いです。今の日本は再び戦争に向かって歩んでいないか。戦争体験者の憂いの声が私たちの元に届いています。

在学生の感想文を読ませてもらいました。いずれも編者の想定を超える深い考察です。「願いはかなう」という希望を持つことができました。森敦さんは今も戦争中とは異なる「貧困さ」と「不自由さ」が社会にあることを指摘。「豊かな」「自由な」社会を築く決意を述べています。そのことが平和な社会を、世界を築くことにつながると分かっているのでしょう。

金城芽里さんは沖縄出身ですが、沖縄でも戦争は風化しているようです。伝えていくことより人の記憶の薄れがいかに早いかを実感しているのです。それでも「自分には関係ない」と考えず、戦争体験者の「想い」を次の世代に伝えていこうと呼びかけています。

専大に今春入学した二男に本を渡しました。読み終わった時、何を考えたか聞きたいと思っています。未来を切り開くのは若者です。その若者に自分たちの体験を伝えるのは年長者の役割です。過去の教訓を生かせず、同じ過ちを繰り返すことほど愚かなことはありません。

(専修大学育友会会報「育友」より 菅沼堅吾氏の寄稿)


この本は、できるだけ多くの方、特に若い方々に読んでほしい本だ。

当ブログでも、微力ながら戦争体験を語り継ぐ記事を時折掲載している。読者からのコメントを集めたエントリもあるので、未読の方には是非ご覧いただきたいと思う。

「きまぐれな日々」より 『コメント特集?戦争反対の小さな声』
(2006年12月23日付記事)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-208.html

リンク先の記事の中から、「あんち・アンチエイジング・メロディ」の管理人・メロディさんのコメントを再掲する。

私の父は、戦争で直接間接に妻とこどもを亡くしていますし、自分もシベリアに抑留されています。外地で暮らしていて、たまたま東京大空襲の直後に東京に戻り、焼け野原を見て敗戦を確信したと言っていました。戦争で犠牲になるのはいつも庶民です.安倍政権を支持する若者はそのことをどう思っているのかいつも疑問です。

2006.12.21 10:24 (メロディさんのコメント)

私が当ブログでしばしば書くことだが、この世には、絶対に忘れてはならない事柄というのが存在すると思う。戦争体験というのは、その最たるものだろう。
東京大空襲の日である今日、3月10日に、あらためて戦争の悲惨さに思いを致すとともに、都政を二期八年にわたって戦争大好きの極右・石原慎太郎に委ねてきた恥辱に思いを致し、きたる都知事選では、この好戦家を何が何でも権力の座から引きずり下ろさなければならないという思いを新たにしたいものだ。


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石原慎太郎はいうまでもなく極右であり、人間として許しがたい暴言を次々と吐いている。これについては、多くの方々が批判されていることと承知しているが、これらの石原発言はあまりに程度が低くて、私自身としては、わざわざ文章を書く気にもならないほどの嫌悪感を催してしまう。こんな人物を二期八年にわたって日本の首都の知事としていただいていたことは、東京の恥にとどまらず、日本の恥と言うべきだろう。

だが、石原の暴言を批判する論法では、このバカの勇ましい言葉に心酔する人たちの支持を切り崩すことはできない。右寄りの有権者たちの認識を改めてもらうためには、石原都政を実務面から批判する必要がある。そうずっと思っていた。

月刊「現代」 4月号に掲載されている青木理氏の 『石原慎太郎 「モノ言う知事」の品性と功罪』は、その意味からもとても良い記事だと思うので、ここに紹介したい。

青木氏は1966年生まれ、昨年共同通信を辞職し、「週刊金曜日」昨年6月23日号で安倍晋三の統一協会への祝電問題に関する記事を書き(昨年6月28日付当ブログ記事 『AbEnd的にはよしりんもかっちゃんもペケ』 参照)、「現代」の昨年12月号では、魚住昭さんと共著で「共同通信が握りつぶした安倍スキャンダル」(昨年11月3日付当ブログ記事 『共同通信が安倍晋三事務所のスキャンダルをもみ消した』 参照)を発表した気鋭のフリージャーナリストで、最近私が注目している一人だ。

その青木さんが「現代」4月号の記事で俎上に載せるのが、『石原が推し進めて様々な波紋を巻き起こした主要政策のうち、銀行税、ディーゼル車規制(以上1期目)、新銀行と新大学の設立(以上2期目)』(二重カギ括弧は青木氏の記事からの引用、以下同様)である。

まず、銀行税こと大銀行への外形標準課税は、2000年2月7日に石原が発表するや、ただちに議論を巻き起こしたものだ。
『銀行税とは都内に本支店を持つ資金量5億円超の銀行を対象とし、5年間の時限措置で法人事業税に外形標準課税を適用する』というもので、当の銀行や財界のほか、自民党や大蔵省(当時)からも、「課税の公平性」の観点から批判を浴びる一方で、民主党や(都議会における)共産党に歓迎された政策である。マスコミでも、朝日新聞が社説でこれを支持する一方、読売新聞が「ポピュリズムだ」として批判するなど、普段石原を支持していた勢力ほど反発し、石原に批判的な勢力ほど歓迎するということで、当時ずいぶん話題になったものだ。

しかし、青木さんによると、これは別に石原独自のアイデアでも何でもなく、美濃部亮吉都政時代(1967年?1979年)にも検討され、都庁では主税局を中心に長らくの悲願としていた政策だったという。ちなみに、石原は1975年の都知事選に、美濃部知事の三選を阻止すべく立候補し、僅差で敗れている。いわば石原にとっての宿敵が検討していた政策を、人気取りのために横取りしたようなものなのである。

石原が銀行税に先立って打ち出したディーゼル車規制も、世論に支持され、石原の人気を押し上げた。以下青木さんの記事から引用する。

 銀行税をめぐっては、条例の無効確認などを求めて提訴した銀行側に一審、二審とも敗北したとはいえ、全国の自治体で課税自主権論議を活発化させ、国が外形標準課税を導入する誘い水となった。ディーゼル車規制も、東京の取り組みが03年10月に埼玉や千葉、神奈川も含む首都圏にまで拡大しての走行規制実施につながった。

(月刊「現代」 2007年4月号掲載 青木理 『石原慎太郎「モノ言う知事」の品性と功罪(前編)』より)

青木さんも書くように、石原の1期目はそれなりの成果があったかに見える。しかし青木さんは、『都知事・石原を間近で見てきた都庁幹部たちの評価は厳しい』として、下記のような都の部局長経験者の言葉を引用しながら、以下のように書いている。

「石原さんはいわば究極のポピュリスト。何が世論受けするかを嗅ぎ取って派手な打ち上げ花火を上げる感性は鋭いが、常に拙速と思いつき。体系的、持続的な思考ができない人なんだ」

(中略)

「石原さんはいつも一時の思いつきで強引に突き進むが、後が続かない。もっと問題なのは、石原さんに、そもそも『公』という発想がない点だ。だから自己顕示欲を満たすような思いつきで動き、周囲に側近やイエスマンを侍らせ、組織がおかしくなっていく。石原都政の問題点は最初っから一貫していた」
 こうした都庁幹部たちの石原評を踏まえて冷静に振り返ると、石原の号令に基づくアクティブな試みが肯定的効果を及ぼしたように見えても、それは都政初期のわずかな期間に限られていることに気づく。また、そこにはすでに石原流トップダウンの病理も透けて見えており、実際にその後の石原都政を眺めれば、強引な独善と場当たり的な施策の悪弊が極大化し、都政の現場は混乱と怨嗟ばかりが渦巻いているのである。

(前掲誌より)

1期目は、それでも石原の施策にも評価できる部分はあるかもしれない。しかし、2期目になるとそうはいかない。

青木さんは、2期目の石原の公約のうち、「中小企業の能力を引き出す新しい銀行の創設」(「新銀行東京」の設立)と「これまでにない新しい大学の実現」(「首都大学東京」の設立)を俎上に上げる。

前者の「新銀行東京」については、都庁内では当初から「うまくいくはずがない」と囁かれていたもので、実際、2006年9月期決算で154億円もの赤字を記録した。青木さんの記事には書かれていないが、最近、都議会で民主党の田中良幹事長から「都知事は業績悪化の責任を取るべきだ」との追及を受けた石原は、議長から発言を許されてもいないのに、「馬鹿な質問すんな!」などと怒鳴り、その行為を議長に注意されてもなお、周りにだけ聞こえるような声で、「バカなこと言ってんじゃない」と繰り返し、しまいには「卑怯で下賤だ」と吐き捨てた。このことからも察しがつくように、石原にとってもっとも突かれたくない失政の一つが、この「新銀行東京」なのである。

「首都大学東京」に至っては、もはや呆れるばかりだ。東京都と都立大、都立科学技術大、都立保健科学大、都立短大がまとめつつあった東京都の大学改革案を、石原は2003年8月に突如白紙に戻し、都立の4大学を廃止し、「首都大学東京」の新設を通告したのだ。当然、都立大はこれに激しく反発したのだが、石原がトップダウンのゴリ押しでこの改革を推し進めた理由は、リベラルな校風で知られる都立大のイメージを石原が嫌ったためではないかと、青木さんは推測している。実際、都立大にはかつての美濃部革新都政のブレーンとなった人材がいたのだそうだ。石原とは、私怨を晴らすために「大学カイカク」を行う男なのである。

石原都政というと、浜渦武生(はまうず・たけお)元副知事のやりたい放題が問題となったことがある。この高知県出身で石原の衆議院議員時代から秘書を務めてきた男については、佐野眞一が、石原の批判的評伝である 『てっぺん野郎』 (講談社、2003年)で厳しく批判しているが、まるでヤクザのようだと評されたこの浜渦という男は、2005年6月、都議会自民党の実力者を追い落とすために、民主党都議にやらせ質問を依頼し、虚偽の答弁をしたことがばれて、更迭の憂き目にあった。

浜渦という片腕を失ったのは、石原にとっては大きな痛手となった。それでなくても、周囲をイエスマンばかりで固めて急速に独善化していた石原都政は、浜渦を失ったことによって、ほとんどレームダック化してしまっている、というのが青木さんの見立てである。

なお、浜渦は2006年7月、都参与の職に引き戻されたが、かつてのような権勢をふるう立場にはないそうだ。

そんな「死に体」の石原は、それでも3選を目指しているのだが、『複数の都庁幹部と都議が口を揃えて指摘することによると、「ファミリーと側近のためだろう」という呆れ果てた理由』からだそうだ。青木さんの記事から以下引用する。

「最大の理由は家族のため。都政への不透明な関与が問題となった芸術家とされている四男もそうだが、衆院議員となった三男の宏高氏も知事の後ろ盾がなければ今の座を維持するのは苦しい。都の参与に舞い戻った浜渦氏や他の特別秘書の連中など知事にぶら下がっている側近もたくさんいて、今さら辞めるに辞められないんだろう」(都庁幹部)
「いくら親バカとはいえ、息子たちの能力くらいは石原知事も分かっている。このまま3期目に入れば、石原都政は"ファミリーの生命維持装置"とでも言うべき状態になる」(都議)

(前掲誌より)

『都政新報』という都政専門紙が昨年11月に実施したアンケートによると、石原の3選出馬について都職員の56.3%が「出馬すべきでない」と答え、その数字は部長級以上の幹部職員で62%、課長級でも66%に達したという。また、石原の都政運営や印象については「側近政治的な姿勢が目立つ」「独断専行」とするものが80%以上に達したそうだ。

このように、都政にかかわっている都の職員は、石原都政に対して極めて冷淡な見方をしている。しかし、TBSやテレビ朝日で石原を礼賛し続けているみのもんたや田原総一朗が垂れ流す石原へのお追従が効いているのか、いまだに石原の支持率は高く、いま現在都知事選の投票が行われるなら、石原が大勝するだろうといわれている。

しかし、心ある都民は、まともな人間であるとも思えない石原の圧政下にいる恥辱に耐えられないだろう。それは、東京都民ではない私にもよくわかる。そして、都民の悲鳴にも似た叫び声に耳を傾けた浅野史郎さんが、石原を倒すべくついに立ち上がった。

きたる東京知事選では、都政を私物化する石原慎太郎に、何が何でもストップをかけなければならないと私は思う。


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今日は、浅野史郎さん関係のお知らせの記事を載せます。

まず、昨日の記事で紹介した東京の市民団体のウェブページのご紹介です。いずれも、「サンデー毎日」 3月18日号に紹介されていた団体です。

『Save the 下北沢』
http://www.stsk.net/

トップページに、黒田征太郎、浦沢直樹、リリー・フランキー、曽我部恵一各氏の名前があります。

明日、3月9日に行われる「浅野さんと都民が東京を語る会」の案内も出ています。

『東京に市民派の都知事、誕生か??』
http://www.stsk.net/news/2007/03/post_70.html

次は、「サンデー毎日」に紹介されていたもう一つの団体です。

『東京。をプロデュース2007』
http://www.tokyo-produce.net/

こちらにも、明日の集まりの案内が出ています。
こちらの会の呼びかけ人には、斎藤貴男さん、森達也さん、きくちゆみさんその他、そうそうたるメンバーが揃っています。
また、「サンデー毎日」に書かれていた通り、竹下景子さんと根岸季衣さんも賛同人に名を連ねています。

『東京。をプロデュース2007 呼びかけ人』
http://www.tokyo-produce.net/approvals/index.html

最後は、もちろん下記のリンクを。

浅野史郎 『夢らいん』
http://www.asanoshiro.org/

『浅野史郎さんのハートに火をつけよう!』
http://asano46.exblog.jp/

当ブログは、もちろん浅野史郎さんを応援しています。

私は地方在住なので行けませんが、明日のイベントの盛会を期待します。
浅野史郎さんが東京都知事選への立候補を正式に表明した翌日、朝日、毎日、読売、産経、東京(中日)の5紙は、一斉に東京都知事選を論じた社説を掲載した。

不思議だったのは、5紙ともほぼ同じような論調だったことだ。すなわち、リベラル寄りといわれる朝日・毎日・中日も、政府寄りといわれる読売・産経も、いずれも石原・浅野両候補の事実上の一騎打ちとなるとの見方を示し、どちらに肩入れするでもない中立的な立場に立っている。一面に「日本よ」というタイトルの石原慎太郎の論説を時々掲載している産経新聞までもが、予想に反して中立に近い論調だったのには驚いた。

ぶざまだったのは朝日新聞であり、同紙は2月23日付の社説で民主党の菅直人代表代行に都知事選への出馬を求める社説を掲載したのだが、それを下記のような表現で取り繕っている。

 石原氏は早々と3選への出馬を表明した。ところが、最大野党である民主党がなかなか候補者を決められなかったため、私たちは社説で「東京を選挙区とする菅直人代表代行を立てて首都決戦を挑め」と主張していた。

 実際にそうはならなかったが、浅野氏が都民の声に推されるかたちで立ち、民主党は一歩退いて支援に回る。自民党も裏に回って石原氏を応援する。浅野氏と石原氏が表舞台でぶつかるだけでなく、2大政党の対立が鮮明になったのは結構なことだ。
(「朝日新聞」 2007年3月7日付社説 『都知事選―これで面白くなった』より)

朝日は、吉田万三氏と黒川紀章氏の出馬表明にも触れつつ、『首都決戦が盛り上がれば、各地の選挙も熱を帯びるだろう。候補者は真っ向から政策をぶつけ合い、各党も総力で支援することを期待したい』と、どの候補にも肩入れしない無難な表現で社説を結んでいる。

この朝日とそっくりな社説を掲載したのが毎日新聞であり、タイトルも 『東京都知事選 やっと面白くなってきた』と朝日そっくりなら、文面も朝日そっくり、『とりわけ候補者選びで場当たり的に迷走を重ね、最後は浅野氏に乗っかる形となった民主党は、その力量不足を率直に反省した方がいい』と、民主党に反省を求める一方で、石原に推薦を断られながら独自候補を立てる姿勢をみじんも見せなかった自民党を不問に付すところまで朝日とウリ二つだった。毎日新聞の記事は出来不出来の波が大きいが、この社説などは不出来な記事の典型だろう。

ここでは内容を紹介しないが、東京新聞もまた、ぱっとしない社説だった。

最近は、新聞を読んでも得られるところが少ないので、雑誌を買うことが多い。私がよく買うのは、週刊誌では「週刊ポスト」「週刊現代」「サンデー毎日」の3誌であり、月刊誌では「現代」を買うことが多い。朝日新聞社発行の「AERA」と「週刊朝日」も、朝日新聞本紙よりよほどましな記事が載っていることがあり、時々買うことがある。

「サンデー毎日」は、私がよく買う週刊誌の中でも発行部数が特に少なく、値段の割にページ数が少なくて割高感があるが、内容的にはもっとも健闘している週刊誌の一つであると、私はかねがね高く評価している。勝谷誠彦なる自称「コラムニスト」の愚にもつかない「小説」を連載しているという欠点があったが、知らぬうちにその連載も終わっていた。不人気で打ち切りにでもなったのだろうか。

その「サンデー毎日」の最新号である3月18日号に、「都知事選が面白くなってきた!!」という副題で、『浅野史郎前宮城県知事の「誤算と勝算」』という記事が掲載されている。

この記事に、2月25日に開かれた「浅野さんのハートに火をつける会」が紹介されている。「市民グループによる集会」としてマスコミで報じられた会だが、この会を実質的にプロデュースしたのは、「サンデー毎日」によると「Save the 下北沢」という団体だという。東京都世田谷区下北沢の、都と区による再開発計画については、マスコミでも報じられており、地方在住の私も聞き知っているが、これに反対しているのが前記の団体で、共同代表の下平憲治さんは、「旧来の市民運動とは違う、洗練された活動を目指してきました」と語っているそうだ。

この再開発反対運動には、下記の有名人も名を連ねているのだという。

リリー・フランキー、黒田征太郎、浦沢直樹、坂本龍一、おおたか静流、西田敏行、よしもとばなな??

下平氏は、都庁に何度も出向き、石原にも面会を求めたが、『会う必要はない』と断られ、もう知事を代えるしかない、と思い始めていたところに対抗馬として浅野さんの名前が報じられるようになり、この人なら分かってくれるのではないか、と思ったのだという。

浅野さんは、出馬表明の記者会見で、「石原都政に勘弁してくれという市民の悲鳴に似た声が聞こえている」と語ったが、その悲鳴をあげていたのが、下平さんたちだったのだ。

2月16日に開かれた、『浅野史郎さんを"東京都知事"に出馬させる会』を主催した、五十嵐敬喜・法政大教授はこう語った。

「浅野さんの名が挙がっていると聞き、出馬するよう電話しました。その時は固辞されましたが、複数の情報から、政党でなく市民が推す形なら可能性があると判断して『出馬させる会』を開いたのです」
(「サンデー毎日」 2007年3月18日号掲載記事 『浅野史郎前宮城県知事の「誤算と勝算」』より)

同誌によると、同時期に浅野氏に接触していた別の市民グループとして、「東京。をプロデュース2007」(楠典子代表)という団体もあり、この団体も2月12日に初めて浅野氏と会い、出馬を求めたのだそうだ。この団体の賛同人にも、竹下景子、根岸季衣の両氏が賛同人として名を連ねているという。

さすがは首都東京、浅野さんを担いだ原動力となった市民団体にも著名人が多くかかわっているものだと感心した。世田谷というと、やはり浅野さんへの全面支持を打ち出した「きっこの日記」のライター・きっこさんも同区在住だったと思う。

民主党と社民党が浅野さん支援を決定したが、これまで石原都政と癒着してきた民主党都議の中には、前回、2003年の都知事選でも石原を応援した馬鹿議員がおり、彼らは今回も石原を応援する構えを見せているという。今朝のテレビ朝日「スーパーモーニング」の冒頭でも、石原を推そうとしている都議のインタビューが映っていたが、ナント、この都議はテレビに顔が映っていなかった。つまり、この男は匿名で石原を支援しているも同然の卑怯者だということだ。堂々と名乗りを上げて石原を支援するのではなく、コソコソと名前を隠して石原支援・反浅野氏に走る都議がいる。これもまた民主党の一面だ。

今回の都知事選は、このような卑劣漢ともども石原都政を粉砕したいものだと、心から思う。


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まず3月6日の毎日新聞の記事を引用する。
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/senkyo/news/20070307k0000m010097000c.html

都知事選:浅野氏が正式出馬表明 石原知事の政治姿勢批判

 前宮城県知事の浅野史郎慶応大教授(59)は6日、東京都庁で会見し、4月8日投開票の東京都知事選への立候補を正式に表明した。3選を目指す石原慎太郎知事(74)が進める16年五輪招致を見直す考えを示し「社会的弱者への差別、都政の私物化などを変えるため、立ち上がらなくてはならない」と対決姿勢を鮮明にした。

 全国知事会によると、浅野氏が当選すれば複数の都道府県で知事を務める初のケースになる。

 浅野氏は会見で、出馬の理由を「地方分権を進めるには、最大で最強の自治体の東京都が立ち上がらなければならない。その役割を引き受けたい」と説明。また五輪については「招致計画の見直し」を掲げ「都民が真に望んでいる課題なのかを見極めつつ、判断していく必要がある」と語った。さらに、公約として▽私物化や側近政治など石原都政のゆがみを正す▽新銀行東京などのチェック▽透明性の高い都政??などを掲げた。告示前に、マニフェストを公表するという。

 ◇社民も支援発表

 民主党は5日、都知事選での浅野氏の支援を決めている。浅野氏は会見で「推薦申請や政策協定はしない」と述べる一方で「最大限支援いただきたい」と民主党に期待を示した。社民党も6日、浅野氏支援を発表した。

 都知事選にはこのほか、共産党が推薦する元足立区長の吉田万三氏(59)、建築家の黒川紀章氏(72)らが立候補表明している。【鈴木梢】

(毎日新聞 2007年3月6日 20時16分)

この記事にあるように、浅野史郎さんが待望の東京都知事選への出馬表明をした。

すでに浅野氏支援を決めている民主党に続いて、社民党がただちに浅野氏支援を表明したのも心強い。

ここへきて、マスコミの風向きも変わってきたようだ。
「喜八ログ」の記事 『朝日新聞解説委員に物申す』 によると、わずか1週間前に、菅直人について「リスクをとって都知事選に出馬せよ」とテレビでしゃべった朝日新聞の川名紀美という記者は、『石原(慎太郎)さんは自民党の推薦を受けてないわけじゃないですか。そしたらあえて民主党がこんな所で対立構造になってないのに推薦に拘る必要、まったくないと思う。それで敗北する方がよっぽど痛手を被るんでね』 という、弁護士・橋下徹の発言に対して、『そうですね』としか答えられなかったという。

「喜八ログ」によると、この川名記者は論説委員だそうだから、もしかしたら菅直人に出馬を迫った2月23日の朝日新聞社説も、この記者が書いたのかもしれない。その川名が前言を繰り返すことができなかったのである。

石原が自民党の推薦を受けていないことに触れた橋下徹の発言自体、これまでテレビではなかなか指摘されなかったことだ。
3月3日の当ブログの記事 『産経新聞の方がTBSよりまだマシ』 で指摘したように、悪名高いTBSの「朝ズバッ!」などは、あたかも自民党が石原を推薦しているかのようなウソまでついて、民主党に独自候補の擁立を迫っていたのである。

つまりマスコミ、特に電波媒体は、世論に押されて論調を変えざるを得なくなっているのだ。

いよいよ、闘いが面白くなってきた。


浅野史郎 「夢らいん」
http://www.asanoshiro.org/

「浅野史郎さんのハートに火をつけよう!」
http://asano46.exblog.jp/
昨日(3月4日)、テレビ朝日の番組「サンデー・プロジェクト」で、浅野史郎さんが東京都知事選の立候補を事実上表明した。そして、これと同時にテレビ局は一斉に「石原慎太郎応援・反浅野史郎」のキャンペーンを開始した。

前記「サンデー・プロジェクト」では早くも、1993年?2005年の12年間の浅野・宮城県政において、県の累積財政赤字が約6千億円から約1兆4千万円に増えたのに対し、1999年以降8年間の石原・東京都政においては、累積財政赤字が14兆円から7兆円に半減したことについて、浅野氏にコメントを求めていた。浅野氏は、その後さらに宮城県の赤字が増え、東京都は減っていることも自ら認めたうえで、1993年から95年頃の政府の政策によって、地方自治体が財政出動をした結果だと答えていた。

同じ指摘は、今朝(3月5日)のテレビ朝日「スーパーモーニング」の冒頭でもなされていた。私は仕事の都合上、この番組は冒頭しか見ることができないのだが、テレビ朝日のアナウンサーや、番組に出演する朝日新聞記者らが、政府与党にすり寄って民主党をはじめとする野党には冷淡な姿勢を示すそうで、一部で悪評を買っている。

そもそも、東京都政の財政赤字縮小と宮城県の財政赤字拡大をもって、石原の成果あるいは浅野氏の失政とするとらえ方は、いかにも短絡的である。東京都政の累積財政赤字の縮小は、都の税収が増えたためであり、宮城県との差は、コイズミが弱肉強食の新自由主義経済政策を推進した結果、東京に本社を持つ大企業の業績のみが回復し、地方経済が切り捨てられたためだ。

テレビ局や番組に出演している大新聞の記者たちは、おそらくそんなことは百も承知の上でしらばっくれているのだろう。彼らは、恥も外聞もなく権力に奉仕しているのだ。

テレビによく出るジャーナリストというと、有田芳生が昨日、自らのブログ「酔醒漫録」で、さっそく浅野氏を批判している(『浅野史郎「改革」への疑問』=2007年3月4日付。)。昨日の「kojitakenの日記」でも、これを取り上げたが(『出た! 有田芳生の浅野史郎批判』)、有田もまた宮城県政の財政赤字増加を批判しているが、共産主義者の父から、スターリンにちなんで「ヨシフ」という名をもらったこの男の頭の中から、新自由主義批判の観点がすっかり抜け落ちていることは、どうにも腑に落ちない。

さらに有田は、共産党の志位委員長が語ったことだとして、「『福祉日本一の県をつくる』と言いながら、社会福祉費は全国28位から43位に、児童福祉費は22位から41位に落ちた」と書いているのだが、ナント、これは誤報だった! 有田自身がブログの3月5日付記事に書いているように、順位は落ちたのではなく横バイだったのだ。これは、有田のブログからもリンクの張られている日刊スポーツの記事(『誤データで浅野氏批判と共産党謝罪』=2007年3月2日付)で報じられている。
誤報を発した共産党も有田が言う通り情けないかもしれないが、裏を取らずにそれを垂れ流した有田も、ジャーナリスト失格というしかないだろう。

有田は、それでも「浅野さんがライフワークだという福祉で前進などしていないじゃないか」、「「反石原」への期待から幻想を抱くべきではないだろう」などと浅野氏を批判している。この有田の指摘に、浅野さんは答えるべきだとは私も思う。

しかし、どうしても引っかかるのは、この有田ヨシフという人物は、昨年6月、安倍晋三が統一協会系の大会に祝電を送ったことが露見した時、これを報じた「週刊朝日」、「サンデー毎日」、「アサヒ芸能」の3誌に、いずれも「統一協会に詳しい」ジャーナリストとして、妙に安倍をかばうコメントを発していたことだ。このすぐあと、有田はいったんブログを閉鎖したが、その後再開し、安倍をかばう記事を書き続けた。このことについては、私も当ブログの昨年6月23日付記事 『電通とカルトと暴力団が作ったものじゃない』 や「kojitakenの日記」の昨年9月22日付記事 『有田「スターリン」芳生の妄言』 で取り上げているが、なんといってもたんぽぽさん作成の 「祝電事件リンクリスト」の「識者(2)」の項 によくまとめられている。

そんな有田が、今度は浅野史郎さんが東京都知事選に事実上の出馬表明をしたまさにその日に、浅野氏批判の記事を載せるとは、なんというタイミングの良さだろう。どうして有田はこういつもいつも、安倍晋三や石原慎太郎に塩を送るような真似ばかりするのか。

有田は、魂を悪魔に売り渡しでもしたのだろうか?


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このところ手抜きの記事が多いが、今日も日曜日だし、落穂拾いの記事でお茶を濁すことにする。

まず、都知事選に絡んだ黒川紀章氏の出馬に関する件。

一番最初に黒川氏の出馬のニュースを聞いた時、私はこれは石原の策謀ではないかと勘ぐった。というのは、黒川氏というのは有名な右翼文化人で、それも「日本会議」にもかかわっている「極右」といってよい人物であり、スタンスは石原に極めて近いはずだからである。

しかし、3月1日のエントリでもちらっと触れたが、「週刊現代」 3月10日号に掲載された黒川氏のインタビューを読んで、私の憶測は誤りであったことがわかった。雑誌記事から、以下適当に引用する。

 石原氏は2016年に夏季五輪を東京で開こうと熱心に活動していますが、東京オリンピックは絶対に開くべきではありません。
 私が考える"共生"の哲学(対立しつつもお互いを必要とする関係性)からすれば、オリンピックは今まで開催したことのない国で行うべきでしょう。石原氏のような『オリンピックで都市をつくる』という考え方はオリンピックそのものの精神からも外れている。

(中略=黒川氏が石原と古くからの友人だったことなどが語られている)

 政治家としての石原氏を一言で言うと、無教養。一橋大学出で小説家でもありますが、インテリであるだけでは教養があるとは言えない。実際、彼とはまったく文化の話ができません。「金を儲けてそれで余ったら文化だろ」みたいな話も何度か聞きましたし。

(中略)

 1200万人の東京都民は石原都政にずっとダマされてきました。最近、石原都知事の公私混同ぶりが盛んに報じられていますが、ふつうだったら彼は逮捕されてもおかしくない。これは、彼が長きにわたりイエスマンしか自分のそばに置かなかった弊害です。

(中略)

 私は、このまま東京の自然が、そして石原氏自身が破壊という一点に向かい突き進んでいくのを黙って見ていられなかったのです。

(中略)

 石原氏は一種の国粋主義者と言えるかもしれません。中国に対して問題発言を続けている彼が、アジアの代表として東京でオリンピックを開こうとしているのは矛盾を感じます。

(「週刊現代」 2007年3月10日号掲載 黒川紀章『独占手記「さらば、石原慎太郎」』より)

極右の人物としては、まっとうすぎるくらいの主張だ。おそらく、選挙戦が進むにつれ、マスコミは、浅野氏と石原の一騎打ちの様相、という調査結果を流すだろうから、有権者の心理としては負けるとわかっている候補には投票しないだろうし、その頃には今以上に黒川氏の主義主張が石原に近いことは知れ渡っているだろうから、本来浅野氏が獲得できる票が黒川氏に流れることはほとんどなく、これまで「なんとなく」石原に投票してきた保守層から石原支持を引きはがす効果だけが期待できるのではないかと、私は楽観的に予想している。

「サンデー毎日」 3月11日号も、その黒川氏と石原の長年の盟友関係を、「32年の恩讐」という記事で紹介している。黒川氏自身、石原とは「40年来の親友」と言っているそうだが、記事によると、特に1975年の都知事選で、三選を目指していた美濃部亮吉都知事と石原が争った選挙戦以来、両者が盟友となり、ともに日本最大の右翼政治団体「日本会議」の代表委員に名を連ねていることを指摘している。

この「日本会議」は、これまでなかなかマスコミでは書かれなかった存在だが、「改正教育基本法」の成立を報じた、昨年12月16日の毎日新聞が1面で名前を出して以来、最近朝日新聞が社説で名前を出すなど(但し、内容は菅直人に都知事選出馬を促す最低の社説だったが=2月23日付)、やっとマスコミに名前が出てくるようになった。

黒川氏につながる人脈として、同誌は、安倍晋三、小沢一郎、亀井静香、中曽根康弘、竹下登(故人)、大平正芳(故人)、ツルネン・マルテイ、加藤シヅエ(故人)の名前を挙げている。保守右派から、菅直人に近いツルネン・マルテイ(民主党参議院議員)のようなリベラルにまでわたる幅広い人脈であり、黒川氏の出馬が保守層に与える影響は、存外大きく、石原にとっては痛手になるかもしれない。

その「サンデー毎日」 3月11日号には、あまり知られていない安倍スキャンダルの記事も出ている。
安倍晋三首相が、詐欺商法で摘発された熊本市の石油製品輸入販売会社「ジャパン・エージェンシー」の「広告塔」になっていたというもので、これは昨年、「FRIDAY」 (2006年8月4日号)で報道されたことがあり、当ブログでも、昨年7月22日の記事 『書きたいことは山ほどあるけど...』 で取り上げた。また、「FRIDAY」の記事も、昨年10月6日の「kojitakenの日記」の記事 『安倍晋三が「サギ企業の広告塔」に利用されていた醜聞』 (「FRIDAY」の記事のタイトルをそのまま借用)で引用した。

さる2月22日、広島県警生活環境課などが「ジャパンエージェンシー」社を出資法(預かり金の禁止)違反容疑などで家宅捜査し、詐欺事件の全容解明に乗り出したことで、「サンデー毎日」が改めて記事にしたものだ。

それにしても、カンタンにサギ企業に利用されてしまう安倍の「軽さ」には呆れるばかりだ。

最後は、その安倍のアホっぷりを、保守の側から痛烈に批判した山崎行太郎さんのブログ 『毒蛇山荘日記』の記事を紹介する。

「文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』」より
『安倍を熱烈に支持・応援した「似非保守」派の諸君、さて、どーする?』
(下記URLをクリックすると、リンク先に飛びます)
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20070226

あまりに痛快な文章なので、以下に引用する。

安倍を熱烈に支持・応援した「似非保守」派の諸君、さて、どーする?

「毎日新聞の24、25日の全国世論調査で、内閣支持と不支持が逆転したことは、国民的人気が「支持基盤」とされた安倍晋三首相の政権運営に暗雲が漂い始めたことを示している。」のだそうである。何を今更…とでも言うしかないが、「保守、保守、保守」と馬鹿の一つ覚えのように喚きつづけて、小泉や安倍の擁護に熱心だった、いわゆる「似非保守」派の連中も、安倍と同様に、ほとんどが馬鹿と阿呆ばっかだということだろう。今となっては、もう批判する気にもならない。人を見る眼がなかったと自覚したら、言い訳なんかやめて、もう十二分に恥を晒しまくったのだから、静かに消えてくれ…(笑)、とでも言うしか言葉はない。いずれにしろ、安倍本人の無能無知無学ぶりはともかくとして、安倍に、保守革命の幻想を求め、戦後レジームの超克などを期待した「似非保守思想家」たちの政治的、思想的責任は軽くないだろう。僕は、「意は似せやすく、姿は似せ難し」という本居宣長の言葉を思い出す。意味は? 今更説明するまでもないだろう。「保守」や「保守思想」の口真似・物真似なら、安倍のような低脳の馬鹿にも簡単に出来るということだ。安倍は、自称「保守思想家」たちのレクチャーに熱心に耳を傾け、しかも簡単に「洗脳」(笑)されたらしいが、そしてそれが理由で、安倍なら自分たちの保守理念や憲法改正理論等をよく理解した上で自分たちの言い分どおりに実行してくれると勘違いした「保守思想家」たちの間で、安倍待望論が沸騰したらしいが、考えてみれば、学者先生たちの気軽なオシャベリで、いともあっさり洗脳される安倍も相当の馬鹿だが、その空っぽ頭の安倍にあっさり騙され、安倍こそは保守派のエースだと期待した「保守思想家」たちもかなり程度が低い。一夜漬けで丸暗記した保守思想なんてクズに決まっているだろう。今ごろになって、安倍の無知無能無学に失望し、安倍批判を始める、いわゆる自称「保守思想家」が増えているらしいが、今ごろになってそんなことに気づくような「保守思想家」なんて、思想家としてはドシロートもいいところ、漫画以下だろう。安倍の無知無能無学なんて、はじめからバレバレだったじゃないのかね。それが見抜けない自称「保守思想家ご一行様」なんて… (笑)、安倍とその馬鹿さ加減はたいして違わないだろう。「アマガエル、お前もペンキ、塗りたてか」(芥川龍之介)。

(山崎行太郎 「毒蛇山荘日記」 2007年2月26日付記事)

山崎さんのブログでは、3月2日付の記事 『「小泉マンセーブログ」と「チーム世耕」について…。』 もとても痛快だ。そして、この記事にはこんな記述がある。

いずれにしろ、世耕をキーパーソンにした「自民党ネット・ブログ対策チーム」の活動は今やむしろ逆効果で、ネットやブログ、2ちゃんねるなどでも世耕等の動きは、常に監視され、罵倒・嘲笑のターゲットになりつつある。今や、なんと、安倍政権の人気低落を扇動しているのはブログや「2ちゃんねる」の方である。文字通り、「チーム世耕」は反動期を迎えていると言うべきだろう。

(山崎行太郎 「毒蛇山荘日記」 2007年3月2日付記事 『「小泉マンセーブログ」と「チーム世耕」について…。』より)

「AbEnd」キャンペーン開始から9か月目になるが、こういう文章を読むと、感慨深いものがある。


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最近の都知事選をめぐるテレビの偏向報道は、実にひどいものがある。

中でも、2月27日のエントリ 『くたばれ! みのもんた!!』 で槍玉に挙げたみのもんたが司会をしている番組「朝ズバッ!」を放送しているTBSや、田原総一朗司会の偏向報道番組を放送しているテレビ朝日の変節ぶりは、実にひどい。

その典型例が、東京都知事選で独自候補を立てずに終わりそうな民主党に対する批判のすさまじさである。

民主党を批判すること自体は、必ずしも間違いではないだろう。しかし、彼らが意識的に見落としているのは、「自民党もまた独自候補なんか立てていない」ことだ。当初自民党の推薦を受けようとしていた石原慎太郎は、「そのまんま現象」に恐れをなして、自民党を含む政党の推薦を受けないと言い出したのだ。

こんな主張をしても、普段テレビしか見ていない人には「屁理屈」としか思えないかもしれない。TBSテレビのみのの番組のフリップなどを見ていると、自民党が石原を推薦しているかのような嘘が堂々と書かれているのだ。

だが、下記の産経新聞のコラム「産経抄」(3月2日)をご覧いただきたい。
http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/sankeisho/070302/sks070302000.htm

以下引用する。

 ▼(前略)来月に迫った統一地方選挙の雲行きが怪しくなってきた。焦点の東京都知事選で二大政党の「不戦敗」が早くも確定しそうなのだ。

 ▼現職の石原慎太郎知事に、出馬に前向きな姿勢を示す浅野史郎前宮城県知事と建築家の黒川紀章氏、それに共産党系候補らが挑む構図になりそうだが、石原、浅野のご両人とも政党の推薦を固辞する姿勢をみせている。勝敗は別にして、首都決戦と称される都知事選で自民党と野党第一党がそろって候補に袖にされたケースは今までなかった。

 ▼汚職まみれの県庁や既成政党への不信から「そのまんま東旋風」が吹き荒れた宮崎県知事選の教訓からだろう。新鮮味のない自民党や民主党に表立って推薦でもされたら票が逃げるというわけだ。

 ▼地方自治にイデオロギーや政党色を持ち込むべきではない、というのも一理ある。候補が「自分は都(県)民党だ」というのもいいだろう。だが、政党同士の競い合いのない地方議会は何の役にも立っていない。第一、都民や県民の考えや利害がみんな同じであるはずがない。

 ▼政党は既に死んでしまったのか。少なくとも地方では、自民、民主両党とも人々のさまざまな主張や利害得失を調整し、共通の政治理念や政策にまとめあげるという政党の役割を放棄してしまったようにもみえる。違うというなら、今からでも遅くない。首都東京に高々と自らの旗を掲げて戦ってほしい。

(「産経新聞」より「産経抄」 2007年3月2日付)

この「産経抄」は、極度に政権側に偏った文章を載せるので有名なコラムだ。その内容の「トンデモ」ぶりでも知られており、産経新聞を笑いものにする時に引用されることも多い(笑)。

しかし、そんな「産経抄」でさえ、東京都知事選に独自候補を立てられない政党として、自民・民主の両党を挙げて批判し、両党に「今からでも遅くない。首都東京に高々と自らの旗を掲げて戦ってほしい」と、民主党だけではなく、自民党にも独自候補を立てるよう求めている。これが公正な態度というものだろう。

「御用新聞」の代名詞みたいな産経新聞でさえ、この程度の良識は持ち合わせているというのに、なぜTBSを筆頭とするテレビ局は、ことさらに民主党「だけ」が独自候補を立てていないかのような虚偽の報道をするのだろうか?

これは、テレビ局だけではなく、菅直人を立候補させようと社説で圧力をかけた朝日新聞や、テレビで同様のコメントを発し続けている毎日新聞の岸井成格・岩見隆夫らも怪しい動きを見せているのだが、なんといってもひどいのはTBSやテレビ朝日の偏向ぶりだ。これは、テレビしか見ない「B層」を説得して、都知事選では石原慎太郎、参院選では自民党に投票させるように仕向けているとしか思えないひどさだ。もちろん、放送法違反だろう。

現状自体がとんでもないスキャンダルとしかいいようがないと私は思う。

ところで蛇足だが、今テレビでみのもんたの番組をBGMに流しながらこの記事を書いていたのだが、みのが「キショクセンメイ」と発音していた。たぶん、「旗幟鮮明」(きしせんめい)のことじゃないかと思うのだが、みのってニュース番組のキャスターなのに、こんな四字熟語の読みも知らないのかと呆れてしまった今日この頃である(笑)。


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今日は短いエッセイです。

東京都知事選への出馬が取り沙汰される浅野史郎さんについての弊ブログの記事に、多数のコメントやトラックバックをいただき、どうもありがとうございます。管理人はコメントにはすべて目を通してはおりますが、多忙でもあり、必ずしも反応はできかねることをおことわりしておきます。

さて、現在の言論状況を考えているうちにふと思い出したのが、中国の政治家だった小平(とう・しょうへい)の言葉です。一部の日本語環境で「」の字が表示できないので、通例ネットでは「トウ小平」と表記しますので、当ブログでも以下これに従います。

トウ小平はかつてこう言いました。

『白猫でも黒猫でも、ねずみを捕るのが良い猫である』

中国の文化大革命で、トウ小平が「走資派」(=資本主義に走る者)として批判されていた頃、この言葉も槍玉に挙がっていましたが、私は当時からなかなか良い言葉だと思っていました。私が子供時代、政治に興味を持つようになった頃、まだ毛沢東は存命で、文革時代の中国の話題は、しばしば新聞の紙面を賑わせたものです。「歓喜の歌」で知られるベートーベンの第9交響曲さえも「ブルジョワ的」として批判の対象となるほどの、でたらめな毛沢東の圧政時代、「四人組」が猛威をふるい、トウ小平は追放されましたが、毛の死去後復権しました。今では、文化大革命は、内政に行き詰まった毛が、国民の不満をそらすために国内に「抵抗勢力」を作って、徹底的にこれを弾圧するとともに、国民を大虐殺した、きわめて悪質な犯罪だったというのが通説になっています。それにしても、毛沢東の発想や手口は、誰かにとてもよく似ていますね(笑)。

トウ小平は復権後、日本でも人気が高く、1978年の大平首相との会談も好意的に報じられました。当時は日中関係がもっとも友好的な時代だったと思います。しかしトウ小平は、のち1989年の「天安門事件」の際には、弾圧者としての側面も見せました。

功罪相半ばするトウ小平ですが、「白猫黒猫論」は、私はたいへん気に入っています。とにかく、ねずみを捕らないことには何も始まりません。

『トウ小平 - Wikipedia』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A6%E5%B0%8F%E5%B9%B3


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