きまぐれな日々

教育基本法の記事を書こうと思って、条文を読んでいたら、TBSテレビ「NEWS23」で、膳場貴子キャスターがその前文を読み上げた。

法律には珍しいこの前文は、教育基本法日本国憲法と緊密にリンクした法律であることをよく表している。この法律が、右派の政治家の目の敵にされたのは、そのせいでもあるだろう。

教育基本法改定の、自民党案民主党案をリンクしておくので参照されたいが、民主党の「日本国教育基本法案」も、ある意味自民党案以上に問題の多い法案で、小泉前首相や安倍晋三首相は、これを高く評価(!)しており、この間安倍は民主党案の丸呑みを言い出した。それに対し、小沢一郎が代表になって、前原時代の迷妄からいくぶん覚めた民主党は、10月26日の読売新聞社説が書くように、法案の採決阻止へと動いている。

ここで注意したいことが2つあって、一つは、この動きは「共謀罪」をめぐるこの春の動きに似ていることだ。民主党の動きはブレまくっており、ここらへんが、右派と左派の両方に色目を使って、結局どちらも取り込めずにいる民主党の姿を象徴している。
もう一つは、読売新聞が教育基本法改定賛成の立場を明確にしていることだ。かねてからナベツネこと渡邉恒雄・読売新聞社会長が安倍晋三と手打ちをしたに違いないと私はにらんでいたが、その確信はますます強まりつつある。両者は、教育基本法改定をステップとして、日本国憲法改定へと歩を進めるという点で完全に一致している。

これに対し、教育基本法改定に反対を唱えている知識人の一人が立花隆氏だ。以前のエントリでも紹介したが、立花さんの記事「安倍晋三への宣戦布告」(「現代」2006年10月号)から、教育基本法改定反対を明記している部分を再び抜粋する。

教育基本法批判の先頭に立ってきた文教族のドン、森喜朗前首相のごとく、日本をまた「天皇中心の神の国」に戻したいという人ならともかく、そうでなければ、日本の教育基本法はグローバル・スタンダードからいって標準的な内容のものである。
教育基本法はあくまで「個を尊ぶ」ことを教育の基本に置いている。それは、先の南原の言にあったように(筆者注・この記事で立花さんは南原繁・元東大総長について論じている)「自由な精神的独立人」をできるだけ沢山作り、その結合体として日本を作っていくことを構想していたからだが、多分、復古主義者たちはそこのところも気に食わないのだろう。もっと権威というか政府に従順な人々が社会に満ちあふれることを望んでいるのだろう。
だが、歴史が教えるところは、そのような権威に従順な(教育勅語に忠実な)人々が作った社会は、結局のところ、弱い社会にしかならず、個の価値がより尊ばれている社会と戦争したらあっさり負けてしまったということである。
真に強大な国家を作ろうと思ったら、やはり南原がいったように、「自由な精神的独立人」の結合体がよいのである。為政者からいったら、それは不従順で、政府のいうことをさっぱりきいてくれない、いつも文句タラタラで、うるさいことばかりいっている連中が多い社会(アメリカは歴史的にいつもそうだった)になってしまうかもしれないが、結局はそのほうが、いざとなると強いのである。

立花隆安倍晋三 [改憲政権] への宣戦布告?月刊「現代」 2006年10月号より)



要するに、自民党案にしても民主党案にしても、教育勅語の時代への回帰志向のあるものだということで、軍国主義大嫌い、靖国神社大嫌いで国家神道を否定するナベツネ(当ブログの過去の記事『ナベツネと靖国と安倍晋三と(その2)』を参照)が、教育基本法改定を推進していること自体、自己矛盾もいいところだと思う。

さらに、真の伝統回帰の立場から「教育勅語の時代への回帰」否定を立論されているのが、梅原猛さんである。
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