きまぐれな日々

安倍晋三首相が、初の所信表明演説を行った。
それに対する各紙の社説は、次のようになっている。

「歴史観をなぜ語らない 安倍演説」 (東京新聞)
「安倍首相演説 じわり脱小泉そろりと右へ」 (毎日新聞)
「所信表明 そろり安全運転ですか」 (朝日新聞)
「所信表明 買いたい国家再生の気概」 (産経新聞)

筆者がマシと思う順番に並べてある。なお、読売と日経は省略したが、朝日と産経の間にくる。
毎日と朝日は、ともに「そろり」という言葉を用いて、タカ派的正体を意識的に隠そうとしている安倍を揶揄しているが、そういう両紙の社説自体、安倍への批判を妙に遠慮した歯切れの悪いもので、「朝日と毎日 そろり安倍への揶揄ですか」と言いたくなるくらいだ。
安倍に歴史観をはっきり示せと求めた東京新聞が、もっともマシな社説だといえるだろうが、明快に安倍への強い支持を打ち出した産経新聞と比較する時、リベラル寄りとされる朝日・毎日・東京(中日)三紙の腰の引け方を、やはり批判しなければならないだろう。

さて、沖縄で逮捕された平良牧師が釈放されたという件については、ずいぶん出遅れてしまった。釈放からすでに3日が経過しており、下記URLの記事などで紹介されている。

「平良夏芽釈放」…とりあえず報告です(「dr.stoneflyの戯れ言」より)
「9・27緊急抗議集会」(「NO BASE 辺野古☆名古屋」より)
「平良牧師が釈放!」(「カナダde日本語」より)

下記URLの記事では、平良牧師のメッセージが紹介されている。

「沖縄の名護署に不当逮捕・釈放された平良牧師のメッセージ」(「権力とマイノリティ」より)

ところで、米軍の準機関紙 "Stars and Stripes"が、はっきりと今回の件が平良牧師を狙い撃ちした逮捕だったと報じているので、ここに紹介しておく。

"Base protester on hunger strike in Okinawa jail" ("Stars and Stripes" 2006年9月28日)

これは、9月28日付ではあるが、平良牧師の釈放直前に、沖縄県警名護署副署長の親川氏に取材して書かれた記事のようだ。
少し引用する。

Oyakawa said Taira was called over to the police officers, where he was taken into custody.
“We had decided to break up the protest first then separate Taira from the group and arrest him,” he said.

ここで親川氏は、「まず反対派をばらばらにして(break up)、平良氏をグループから引き離して逮捕すると決めていた」とはっきり語っている。
やはり、この逮捕劇は、権力側の示威行為だったと解するしかないだろう。


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立花隆さんが、外国特派員協会で「安倍首相の歴史認識は甘い」と題する講演を行っており、その映像(50分間)が無料配信されているので紹介します。

プレスクラブ(2006年09月27日) 「安倍首相の歴史認識は甘い」 立花隆氏講演(東京・外国特派員協会)
前の記事で「速報」として取り上げた、沖縄・辺野古で牧師・平良夏芽さんが逮捕された事件について、美爾依さん「カナダde日本語」に、「自民新執行部と沖縄基地問題」で取り上げていただいた。感謝します。

私自身は月曜日からあまり暇がなかったので、この事件について十分フォローできていないが、読者からの知らせを受けてネットで調べてみたときの状況について書いてみたい。

まず、マスコミのサイトを当たってみた。調べたのは朝日新聞、毎日新聞、それに共同通信のサイトである。しかし、情報は得られなかった。そこで、「2ちゃんねる」の「ニュース速報+」板(笑)で調べてみたが、何もわからなかった。
そのあと、そうか沖縄の新聞を当たってみればよいじゃないか、と思い当たり、ようやく「琉球新報」で記事を見つけた次第である。そんなことは、最初から気づくべきだったのだが、すぐに気づかなかったのは、私自身がいかに中央のマスコミに毒されているかの証明だろう。

この一件で思い出したのが、今年2月15日の「きっこのブログ」の記事「沖縄はニポンの宝」だ。
この記事では、今年1月22日に起きた、米軍兵士による、基地移設反対派の日山実さんへの暴行事件が、沖縄の地元メディアでは報道されたのに、中央のメディアが無視したことが書かれている。
同様のことが、今回の事件についてもいえるのだと思う。
記事を出したあと調べてみたら、私が記事を出す前に平良さん逮捕の事件について書いたブログが、少なくとも2つはあった。その後については調べていないが、少なからぬサイトで取り上げられたことと思う。また、「沖縄タイムス」は、夕刊でこの事件を報じ、平良牧師の実名も掲載した。それで、「朝日新聞」もとりあげないわけにはいけないと思ったのか、午後8時を過ぎてから、ようやくasahi.comに記事を掲載した(前の記事を参照)。
しかし、翌日(26日朝)の朝日新聞には、事件の記事はどこにも出ていなかった。私の住む地域は、大阪本社発行の朝夕刊統合版地域だが、現地印刷をしているので、締め切りに間に合わなかったということはないはずだ。東京本社や大阪本社の最終版ではどうなっていたのか、興味があるので、ご存知の方は教えていただければ幸いである(asahi.comに載ったのが25日20時22分なので、25日の夕刊に載ったことはあり得ない)。
以下は読者からの情報。

安倍晋三政権の成立を目前に控えた今日、沖縄辺野古で米軍新基地建設の準備作業のひとつである文化財調査を阻止するため、キャンプ・シュワブ前で阻止行動をしていた牧師・平良夏芽さんが逮捕された。
平良さんは、辺野古のテント村の村長で、基地阻止のシンボルの人とのこと。
とりあえず速報まで。

琉球新報に下記の記事が出ているが、逮捕された平良さんの名前は記載されていない。

阻止行動1人逮捕 シュワブ調査(「琉球新報」 2006年9月25日 16:06)

平良夏芽さんのホームページ

問い合わせ先:
 名護警察署(0980-52-0110, FAX番号も電話番号と同じ)
 那覇防衛施設局(代表:098-868-0174?9)(広報:内線233?235)
 名護市(電話:0980-53-1212)(FAX:0980-53-7825)
 名護市教育委員会文化財係(0980-53-3012)
 沖縄県警本部 (代表:098-862-0110)

(追記)
沖縄タイムス」の記事に平良さんの名前が出ています。
シュワブ兵舎移転/反対派1人を逮捕(「沖縄タイムス」 2006年9月25日付夕刊)

(さらに追記)
「朝日新聞」のサイトには、午後8時22分になってようやく掲載されました。
普天間移設巡り警察官ともみ合い、反対派牧師逮捕(asahi.com 2006年9月25日 20時22分)
月刊「現代」2006年10月号より、今度は辺見庸さんが書かれた記事「無恥と忘却の国に生きるということ」を紹介する。
この「現代」の記事紹介シリーズ第2回の記事に、非戦さんから次のようなコメントをいただいている。

病気や障害と闘いながら、気炎をはき、常に私達を叱咤激励されている辺見庸さんの変わらぬ権力や軍産と戦う姿勢を尊敬しています。
その辺見さんに続く人を待望していますが、立花さんも、立ち上がってくださったのですね。今こそ、小説家、評論家など言論人が批判と抵抗の姿を最大に示すときでしょう。(後略)
(「現代」 2006年10月号の記事より(その2)への非戦さんのコメントより)

立ち上がるべきは、小説家や評論家ばかりではなく、一般人であるわれわれブロガーも含まれると思う。われわれこそ、辺見さんや立花さんに続かなければならないだろう。国民が動いて初めて、山を動かすことができるのだから。

さて、「現代」の辺見さんの記事は、インタビュー形式をとっている。近著「自分自身への審問」(毎日新聞社)に書かれている「万物の商品化」について聞かれた辺見さんは、資本主義の爛熟に伴って、言葉全体も資本の法則に馴致(じゅんち)させられていると述べながら、ジャーナリズムを批判している。テレビも新聞も無恥だと。特に朝日新聞の「ジャーナリズム宣言」には手厳しい。

やはり辺見さんの近著である「いまここに在ることの恥」(毎日新聞社)で、辺見さんは2003年に自衛隊のイラク派遣が閣議決定された時の小泉純一郎首相の記者会見を「戦後最大の恥辱」だと評している。そして、派兵の根拠をこともあろうに日本国憲法の前文に求めた小泉を批判できなかったジャーナリズムを厳しく批判する。そして、ナチスの武装親衛隊に所属していたと告白したドイツのノーベル賞作家ギュンター・グラスと、グラスをめぐる欧州世論の強烈な反応を例に引きながら、戦争責任の追及を放棄した日本をかえりみて、「グラスの告白に接し、ぼくはむしろ日本という国の途方もない無恥を思い知ったのです」とおっしゃっている。

靖国神社の問題も、中国や韓国に言われるからではなく、内発的に問題に向き合わなければならないのに、それをやらない。参拝に反対する側でさえ、日経新聞がスクープした「富田メモ」を利用して、安易に「天皇も参拝をやめたのだから、首相も参拝すべきではない」という論法を用い、昭和天皇の戦争責任という重大な観点をかき消してしまうと批判する(この点は、「富田メモ」スクープの以前に、同じような論法の記事を書いてしまった私にとっても、まことに耳の痛い指摘である)。

そして、辺見さんは、話を今日自民党総裁に就任する安倍晋三への批判へとつなげていく。以下引用する。

次期首相が最有力視される安倍晋三官房長官の言動にはもっともっと警戒すべきではないでしょうか。
(中略)
ぼくは安倍という人物は巷間言われる"小泉首相のエピゴーネン"どころか、小泉氏以上の確信的な憲法否定論者であり、異様なほど好戦的な考えの持ち主だと見ています。小泉氏は単純で陽性な独裁者、ファシストの一面がありますが、安倍氏はあの一見柔和な表情の裏に底暗い世界観を秘めた、いわば"陰熱"の国家主義者であると感じます。(中略)
多分、彼はこの国の戦後の成り立ちを根本から覆すような国家観を持っているのでしょう。
辺見庸 「無恥と忘却の国に生きるということ」?月刊「現代」 2006年10月号より)

引用した最後の部分(赤字ボールド)の辺見さんの安倍への認識は、立花隆さんとみごとなまでに一致している。

最後の項で、「この喧嘩に最期まで付き合う」として、辺見さんもまた安倍晋三に「宣戦布告」をしている(「最後」ではなく「最期」という表記を用いられている)。
辺見さんは、米国のネオコン顔負けの、安倍の戦闘的国家主義を批判し、安倍が憲法改定をスケジュールに載せ、政権構想の一環として、米国家安全保障会議(NSC)と同様の組織や対外情報機関を創設する考えを打ち出していることを批判し、4年前に「サンデー毎日」(2002年6月2日号および同6月9日号)がスクープした「戦術核を使うことは違憲ではない」という、岸信介でさえ言わなかった超過激な発言を安倍がしたことを批判している。そして、安倍だけでなく、「アベチャン、アベチャン」などと言って安倍を持ち上げてきたマスメディア、テレビの有名キャスターらを手厳しく批判している。

最後に、「現代」の記事の最後に書かれた、辺見さんの印象的な言葉を引用する。

入院生活を終えて娑婆に戻ってきたら、すべてが様変わりしていました。あまりの変わりようにぼくはいったん沈黙を決心もしました。しかし、身体がボロボロになっても諾うことができないことは、やはり諾うことが不可能なのです。もうサロンでワインを飲みながら護憲を語り合うような優雅で無責任な時代は終わりました。正念場がいまきています。憲法をめぐるど突き合いがすでに始まりました。身体は不自由ですが、ぼくはこの喧嘩に最期まで付き合う覚悟です。旗色は悪くても、ね。
辺見庸 「無恥と忘却の国に生きるということ」?月刊「現代」 2006年10月号より)

この記事も、立花隆さんの記事同様、是非全文をお読みいただきたいと思う。

(このシリーズはこれで終わります)
ブログの読み書きには18日夕方より復帰しました。不在中にいただいたコメントやTBありがとうございました。遅くなりましたが、順次対応していきたいと思います。
新しい記事も順次アップしていきますが、現在、不在中に数百件ももらった、スパムTB情報の整理を行っています。
当然、しかるべき対処をさせていただきます。
当ブログは、くだらない一部安倍信者言論テロなんかには、絶対に屈服しませんので、卑劣な安倍信者諸君は十分覚悟しておいてください。

なお、安倍支持者全体への言葉じゃありませんから、誤解しないでね。今後、「安倍支持者」と「安倍信者」で言葉を使い分けしていきます。
AbEnd運動の手応えが急に増してきたように感じる今日この頃ですが、週末から週初めにかけて、しばらく新しい記事の公開をお休みすることにします。
月曜夜あたりから再開したいと思いますので、またよろしくお願いします。
2006.09.15 07:36 | おしらせ | トラックバック(-) | コメント(-) | このエントリーを含むはてなブックマーク
立花隆さんの記事の紹介は、今回が最後。立花さんの記事は、8月15日に東京・本郷の東京大学構内で行われた、「8月15日と南原繁を語る会」を受けて書かれたものだ。
NHK-BSで放送されたそうだが、迂闊(うかつ)にも見逃した。
南原繁は、香川県の出身だそうだ。香川というのは、非常に保守的な土地柄なのだが、たまに際立って反骨精神旺盛な人物を輩出する。宮武外骨などもそうだ。

さて、立花さんは、記事を下記のように締めくくっている。

安倍は血脈において岸信介安倍晋太郎DNAを受け継ぐ者だが、血脈としてのDNA以上に、政治的DNAも受け継いでいるといってよい。
安倍の政治的見解は、ほとんど戦後民主主義社会の根幹を否定しようというもので、いわば南原繁が作ったものをすべてぶちこわしたがっている人といってよい。
私は血脈としては南原のDNAを受け継ぐものでは全くないが、南原の書いたものを沢山読めば読むほど、この人は本当に大変な人だったと尊敬している。
(中略)
おそらく、南原の精神的DNAを受け継いでいる人は、私以外にも、この日本に沢山いるだろう。
南原のDNAを受け継ぐ者とは、一言でいえば、戦後日本の基本的あり方に高い価値を認める者である。教育基本法前文にある、「個人の尊厳を重んじ」、「真理と平和を希求する」、「個性ゆたかな文化の創造をめざす」ことが大切だと思う者である。
そして、岸信介が歴史的に体現してきたような日本、すなわち満州国家や東条内閣、戦後の金権腐敗政治、対米追随路線、そして安保国会における民主主義の基本ルール踏みにじりの数々、警官隊を国会に導入してまで自分の意志を押し通そうとした独裁者的政治スタイルなどなど、政治家岸のあり方のすべてにノーの心情を持つ者である。
そのような人々は、岸信介のDNAを受け継ぎ、岸信介をあがめたてまつり、南原の作った戦後日本をすべてぶちこわそうとする政治家に対してもノーをいうべきである。
立花隆安倍晋三 [改憲政権] への宣戦布告?月刊「現代」 2006年10月号より)

素晴らしい「宣戦布告」である。是非全文をお読みいただきたいと思う。
前回に続いて、月刊「現代」の2006年10月号に掲載された立花隆氏の記事「安倍晋三 [改憲政権] への宣戦布告」の紹介。

立花氏は、安倍が自ら「DNAを継いでいる」と言っている岸信介を痛烈に批判している。

安倍が自分でいっていることだが、安倍がもっとも尊敬する、あるいは自分がモデルにしている政治家像がどんなイメージかというと、自分の祖父である岸信介のイメージなのである。
統制官僚の雄として満州国経営に力をつくし、日本に戻ってからは、東条英機内閣の商工大臣になり、開戦詔勅にサインした岸信介。その後は軍需省次官(兼国務相)となって、戦争体制の中心にいた岸信介。またそうであるがゆえに、戦後A級戦犯容疑者(不起訴)とされた岸信介である。
岸は戦後長らく追放されていたが、講和条約締結後、政界に復帰した。自由党、民主党を経て、自民党に入り、たちまちリーダーとして頭角をあらわした。そして最初の自民党総裁選に出馬して大々的な金権選挙を展開したが、石橋湛山に敗北した。石橋が総理就任後間もなく病に倒れるとそのあとを継いで、第五十六代内閣総理大臣になった。
岸は内閣総理大臣になるやアメリカのイコールパートナーになることをめざして、安保条約の改定をもくろんだ。しかし、強引きわまりない政治運営によって、ついにあの安保騒動を引き起こし、総理辞任のやむなきにいたった。岸はグラマン疑惑インドネシア賠償問題日商岩井疑惑などなど、生涯、黒い金とのつながりをウワサされつづけ、国会での疑惑追及も何度も受けたことがある。
その面妖なパーソナリティと謎に包まれた部分があまりに多い政治的生涯から、あの「昭和の妖怪」と呼ばれた岸信介こそ安倍が尊敬してやまない政治家なのである。
立花隆安倍晋三 [改憲政権] への宣戦布告?月刊「現代」 2006年10月号より)

もう何度も書くが、岸信介批判など、かつては当たり前だった。というより、岸を肯定的に論じようものなら、右翼的、戦前回帰などと批判を受けるのが当たり前だった。
それが、いつの間にか「岸信介のDNAを受け継いでいる」と自称する安倍晋三が手放しで礼賛される世の中になっている。ほとんど全てのマスコミが、これに翼賛している。

そうした中、立花隆氏は、月刊誌「現代」で、大々的に安倍に宣戦布告を行った。
かつて、ペン一本で田中角栄を退陣に追い込んだ大ジャーナリストが、安倍打倒に立ち上がった意味は大きいと思う。
(つづく)
前の記事でも触れた立花隆さんの記事が載っている月刊「現代」の10月号は、とても売れ行きが良いそうだ。この号には、立花さんの記事の他、辺見庸さんの記事「無恥と忘却の国に生きるということ」も、とても良い記事だから、今日からしばらく「現代」10月号の記事を紹介するシリーズとしたい、って、実はちょっと手を抜きたいという動機もあるのだが(笑)。

まず、立花さんの記事は、要約については前の記事からリンクを張った有田芳生さんのブログあたりを参照していただきたいが(雑誌を買うなり図書館で読むなりされるのがいちばん良いとは思うが)、読んでいてとても元気の出るフレーズがいくつも含まれているので、それをここに紹介しておきたい。

まず、教育基本法を改定しようとする安倍晋三を批判して述べた箇所。

教育基本法批判の先頭に立ってきた文教族のドン、森喜朗前首相のごとく、日本をまた「天皇中心の神の国」に戻したいという人ならともかく、そうでなければ、日本の教育基本法はグローバル・スタンダードからいって標準的な内容のものである。
教育基本法はあくまで「個を尊ぶ」ことを教育の基本に置いている。それは、先の南原の言にあったように(筆者注・この記事で立花さんは南原繁・元東大総長について論じている)「自由な精神的独立人」をできるだけ沢山作り、その結合体として日本を作っていくことを構想していたからだが、多分、復古主義者たちはそこのところも気に食わないのだろう。もっと権威というか政府に従順な人々が社会に満ちあふれることを望んでいるのだろう。
だが、歴史が教えるところは、そのような権威に従順な(教育勅語に忠実な)人々が作った社会は、結局のところ、弱い社会にしかならず、個の価値がより尊ばれている社会と戦争したらあっさり負けてしまったということである。
真に強大な国家を作ろうと思ったら、やはり南原がいったように、「自由な精神的独立人」の結合体がよいのである。為政者からいったら、それは不従順で、政府のいうことをさっぱりきいてくれない、いつも文句タラタラで、うるさいことばかりいっている連中が多い社会(アメリカは歴史的にいつもそうだった)になってしまうかもしれないが、結局はそのほうが、いざとなると強いのである。
立花隆安倍晋三 [改憲政権] への宣戦布告?月刊「現代」 2006年10月号より)

これは、素晴らしくすっきりと筋の通った、安倍やそれを支持する勢力への批判であるとともに、もう一つ、反政権の運動についても、ある示唆を与えていると思う。
つまり、独裁志向のリーダーに従順な構成員が作った運動は成功しないということだ。幸い、そのような構成員はほとんどいないように見受けられるが。
あくまでも、「自由な精神的独立人」の結合体がよいのだ。本当にその通りだと思う。運動の理念と方法論に乖離があってはならない。このことは、厳しく自戒していきたいとも思う。
(つづく)
ふと、有田芳生氏って今どうしてるんだろうと思った。
「オウム真理教ウォッチャー」として知られている有田氏が、安倍晋三が統一協会系大会に祝電を送った一件が週刊誌に取り上げられた時、妙に安倍晋三をかばう発言をしたことは、私の過去のエントリ(「電通と暴力団とカルトが作ったものじゃない」)や、たんぽぽさんの「祝電事件リンクリスト」などに記載されている通りだ。

しかし、有田氏が本心からあんなコメントを残したとは思えなかったので、ちょっと気になっていた。それでネット検索をしてみたところ、有田氏がブログを再開されていることを知った。

そして、次のエントリが目を引いた。

「安倍晋三への宣戦布告」
(「有田芳生の『酔醒漫録』」 2006年9月3日)

このタイトルを見て、おっ、ついに有田氏が改心して(笑)安倍と闘うことにしたかと思った。
しかし、リンク先を見ていただければわかるように、月刊誌「現代」 2006年10月号に掲載された立花隆さんの論文への言及だった。

月刊「現代」には良い記事が載ることが多いので、毎月の初めには私は必ず本屋でチェックし、必要に応じて買うことにしている。しかし、先月末からちょっといろいろあったので、今月は迂闊にも全然チェックしていなかった。有田氏のブログを見なかったら、気づかなかった可能性さえある。

それにしても、「安倍晋三への宣戦布告」とは、なんと素晴らしいタイトルだろう。思わず、「立花隆のAbEnd宣言」と言い換えたくなってしまう(笑)。
AbEnd(安倍ND)運動も、ここへきて規模を拡大してきて、当ブログおよび管理人のメールアドレスに、多くのコメント・トラックバック及びメールを頂くようになりました。
これらにはすべて目を通しており、できるだけ早く反応したいと考えておりますが、対応については遅れが生じ始めています。
プライベートな時間を最大限割いてのブログ活動ですので、少々のタイムラグが生じることについては、どうか大目に見ていただきたいと思います。
それから、当ブログに大量の迷惑トラックバックが送られてきていますが、そんなものは一括削除であっという間に消せますので、無駄な抵抗は止めた方が良いですよ(笑)。
2006.09.09 23:50 | おしらせ | トラックバック(-) | コメント(-) | このエントリーを含むはてなブックマーク
7月30日に書いた記事『安倍のもう一人の祖父は「平和主義者」だった』に対して、9月7日付でsonicさんからコメントをいただいた。

安倍家が安倍一族だと言うのは、安倍晋太郎氏が岩手に来ていく先々で直接人々に話していったことです。
地元新聞でも大きく取り上げられ、吉田司さんに限らず、多くの人が晋太郎さんにお会いして直にお話を伺いました。(私も)
ですから岩手では以前から有名な話でした。

晋太郎さんの言葉が事実どおりであるかどうかは検証されていません。
そもそも松浦党は30いくつの起源の異なる系図を持ち、安倍宗任につながるのはそのひとつに過ぎないのです。
ですから松浦党が奥州安倍氏の後継であること自体が疑わしいのです。
しかし、岩手県民にとって重要なのは安倍の血脈ではなく、安倍を名乗ることそのものにあります。
奥州安倍氏は奥州12年合戦で勢力としては滅亡しましたが、時代が後になるにつれ逆にその権威は高まっていきました。
東北の戦国大名の多くは中央政権向けには源平姓を名乗りますが、地元では安倍氏・藤原氏の婿筋でなければ権威・権力を維持できませんでした。
また、東北の民衆が抵抗のむしろ旗を上げるとき、指導者たちは血縁に関わらず安倍を名乗ることが少なくありませんでした。
歴史的には、東北で安倍を名乗ることは人々のために命をかけて反骨と正義を示す決意したとみなされてきたのです。
晋太郎さんが安倍をなのったのは、最初は東北における支持集めが動機だったのではないかと私は疑っています。
しかし、晋太郎さんのその後ののめりこみようは尋常ではなく、ついに国家権力側だった自分の政治姿勢を恥じて涙したほどです。
あの時晋太郎さんは蝦夷の魂を取戻したのだと私は思いました。
しかし、そのとき既に晋太郎さんはガンに侵されており、東北行脚のわずな期間でお亡くなりになったのでした。
(sonicさんのコメントより)

私の記事は、「AERA」(2006年3月20日号)に載った吉田司氏の記事を要約し、コメントをつけたものに過ぎない。それに対し、岩手県の方からこのようなコメントをいただいたのは、望外の喜びだ。
sonicさんのコメントは、私の記事などよりよほど価値がある。なんといっても、岩手県の方ならではの文章だ。「AERA」は全国どこででも買えるが、sonicさんのコメントはそうではない。そこにはオリジナリティがある。

このようなコメントをいただくと、ブログに記事を書いた甲斐があったと思える。感激したしだいである。
前のエントリで言及した 「パーコレーション理論」 を、前記リンクの「日本の呆守化を憂いつつキーワードを登録していくブログ」さんにキーワード登録していただいたので、私がこれについて知っている参考図書を挙げておきます。

高安秀樹著 「フラクタル」 (朝倉書店、1986年) p.49-54
http://blog.fc2.com/asin/4254100507/fc2blog06-22

理系の人にとっては平易に書かれていてわかりやすいと思います。現在の入手しやすさは不明です。

著者の高安さんは、この本を書いた頃は神戸大学理学部の助手でしたが、のち経済学の分野に転進しています。

あと、縦書きの啓蒙書としては下記の本があります。

今野紀雄著 「確率モデルって何だろう?複雑系科学への挑戦」 (ダイヤモンド社、1995年) p.4-39
http://blog.fc2.com/asin/4478830088

以上ご参考まで。
ブログピープルに削除依頼のあった8月30日以来、気分のすっきりしない日日、いや日々が続いている。

あの削除騒ぎについては、多くの記事が書かれているので、私が付け加えることなどほとんどない。ただ、どうしても見苦しいし、やり切れないと思うのは、あの自己正当化の論理である。

ある程度洞察力のある人間であれば、その動機は容易に見て取れる。その底流にあるのは、暗い情念だ。そして、論理は情念を正当化するために用いられる道具で、そこには普遍性などないのだ。だから、その論理には説得力が全くない。

彼が、自分が主宰したのは真面目な政治活動だと言う時、「AbEnd」あるいは「安倍ND」などというふざけた名前がついているのは不真面目な運動であると暗に語っているのだろう。だが、果たしてそうだろうか?

運動を私物化し、多数の同士を「除名」する。いくらアクセス数が日に数万だろうが、テレビの視聴率に換算したらどのくらいになるというのだろうか? あるいは、朝日新聞の読者の何分の一に当たるんだろうか? それを考えた時、自分の気に食わないからといっていとも簡単に「除名」なるアクションを起こす運動が、「真面目な政治活動」であるとは、私にはとても思えなかった。

AbEndがスタートした時、キャリアもあり、私にとっては雲の上の存在だった提唱者・美爾依さんのブログ「カナダde日本語」でさえ、アクセス数は1日あたり三桁の日が多かったと思う。美爾依さんの呼びかけに最初に賛同した私のブログに至っては、日に300件くらいのアクセスしかなかった(今でも四桁にはなかなかいかないが)。これを大きくしていこうと考えた時、私の念頭にあったのは、パーコレーション理論であった。

上記リンクから、少し引用してみる。

政治の世界における情報伝播のあり様を解明するのに、例えば、(本書に書かれている)うわさの広がりの考え方が参考になるのではないか。あるうわさは広がり、別のうわさは広がらない。その違いは何か。浸透閾値(つながりの濃度が増えていくとある段階で臨界値に達し、相転移的な浸透現象が起こる)に相当するものは何だろうか。2次元的な火事や伝染病の広がり方は、さまざまな政党や議員グループの盛衰現象の解明に応用できないか。政界内でのインターネットの普及は、情報の伝播(浸透)にどのような影響を及ぼすのか。石油の掘削メカニズムは、党内外の政策イデオロギー闘争の解明に使えないだろうか。…等々、読者が置かれた立場の違いによって、適用したいと思うテーマも異なるだろう。とにかく刺激を受けることは間違いない。
(小田切孝「つながりの科学?パーコレーション?」書評(佐々木孝明)より)
9月に入って、削除相当と管理人が判断するコメント及びトラックバックが急増しました。
そこで、コメントについては承認制へと移行しました。管理人が承認したコメントのみブログに掲載します。
トラックバックについても、必要と判断した時点で、断りなく承認制へ移行しますので、ご承知おきください。

(追記)
トラックバックも承認制に移行しました。
今日は朝日新聞の記事の紹介でお茶を濁そうと思う。
当ブログ管理人は、朝日新聞読売新聞もあまり好きではないのだが、ナベツネのことを何度か肯定的に取り上げている(もっともナベツネは反靖国だけど改憲論者だから、後者についてはいずれ批判したいと思っている)のに対し、朝日新聞についてはもっぱら悪口ばかり書いてきたから、たまには朝日の記事を肯定的に取り上げてやっても良いだろう(笑)。

取り上げるのは、ナベツネとの対談本で、当ブログでも何回か取り上げた朝日新聞論説主幹の若宮啓文氏が執筆している「風考計」というコラムである。

放火への沈黙 「テロとの戦い」はどうした
朝日新聞 2006年8月28日付朝刊コラム「風考計」より)
8月30日に「安倍晋三 - トラックバック・ピープル」の記事削除騒ぎがあった翌日の8月31日、上記トラックバック先によく記事をTBしていただいたpirikara710さんのブログ「ピリカラ納豆・甘納豆」が閉鎖されたので、「すわ、安倍晋三陣営によるブログ言論の弾圧が始まったか」と大騒ぎになりました。

しかし、そういう事態ではなかったようです。

私は、ピリカラさんの最後の記事にコメントをつけて、ピリカラさんにコンタクトを求めたところ、連絡をいただきました。
ピリカラさんによると、ブログの閉鎖はgooから要請されたものではなく、もちろんピリカラさんが展開されていた安倍晋三氏への批判とは何の関係もないそうです。ピリカラさんにブログの閉鎖を勧めた人はいたそうですが、そこには特定の政治勢力を利するような思惑はなかったそうです。そして、ブログの閉鎖も、ピリカラさんご自身が主体的に判断されたものです。
ブログ閉鎖後もピリカラさんはネットを離れたわけではありませんし、過去の記事も保存されているそうですから、いつかまたブログを再開される日が来るかもしれませんし、ネットとのかかわりは今現在も続いています。
従って、今回の件は、「安倍一派の圧力」ではなかったことを、ここではっきり述べておきたいと思います。

また、ブログピープルの記事削除の件についても、安倍陣営からの圧力とは無関係である可能性が高いと思います。

今回の告知記事は、なかなか表現が難しいところなのですが、こんな記事を書いたからといって、私が安倍の軍門に下ったなどということはあり得ません。それは、9月2日のエントリを見ていただければ十分お分かりでしょう。
ただ、安倍への批判は、事実に基づいてジワジワ真綿で首を絞めるようにやっていきたいものだと思っています。
私の住む南国にあっても、夕方吹く風に涼しさを感じるようになった。今年の夏は、当地に来てからもあまり経験のないほど異様に蒸し暑い夏で、ずいぶん消耗したが、これから涼しくなって元気を回復し、ますますAbEndに燃えたいと思う今日この頃だ(笑)。

ところで、月が変わればブログのアクセス状況も変わる。当ブログは、時に過激な反安倍晋三の記事を載せる割には、従来あまりネットウヨの攻撃を受けないブログであった。それだけ相手にされていなかったともいえる。

それが、ここへきて様相が一変した。前々から、早くトラックバックしろ、来たらすぐ削除してやると公言していたブログから、ついにトラックバックが来たので、予告通り削除してやったが、それもトコノマ(笑)、今度は某右翼ブログ経由のアクセスが急増した。

そのブログとは、もう記憶のかなたとも思えるほど昔、といっても6月16日の当ブログの記事「安倍晋三は以前から統一協会に祝電を送り続けていた」で思いっきり皮肉ってやった、「きちが石根」という右翼ブログである。

今、この6月16日付の記事、特にコメント欄を読み直すと、なんともいえない懐かしさにかられる。これは、ハムニダ薫さんのブログ「薫のハムニダ日記」提唱の「安倍晋三統一協会に祝電」キャンペーンに協賛した記事だが、一昨日ブログを閉鎖されたピリカラさんからコメントをいただいているし、つい先日ブログに復帰されたkuroi-mazinさんのコメントもついている。そして、今回のAbEnd削除騒動で矢面に立たれたSOBAさん、ピリカラさん同様先日ブログを閉鎖されたヘリオトロープの小部屋さん、それになんといっても「AbEnd(安倍ND)」運動の提唱者・美爾依さんから初めて当ブログにコメントをいただいたのがこのエントリだった。美爾依さんのコメントを見て、「カナダde日本語」を訪問したところ、「AbEnd(当時は名称未定)」の呼びかけの記事があったというのは何度も書いたことだが、それはともかく、この記念すべきエントリで槍玉に挙げた「きちが石根」だが、向こうはウヨの間では結構な人気ブログらしくて、どうやら当ブログは相手にされなかったようで、当時は何のリアクションもなかった。それが、9月2日になって突如彼のブログで取り上げられ、そのせいで、「きちが石根」経由のアクセスが49件もあった。はっきり言って、こんなブログ経由のアクセスでヒット数が増えても、うれしくもなんともない。
コンピュータネットワーク上の議論においては、顔を突き合わせての議論の時にはほとんど起きない過激な論戦になることが多く、これは「フレーム」と呼ばれている。

私には、パソコン通信の経験はないが、インターネットのニュースシステムである 「fj.」フレームを、長年にわたってROMしていた時期がある。ここには、mohta, void, lalaという通称「三馬鹿」がいて(彼らが馬鹿だということではなく、彼らがしょっちゅう議論の相手を「馬鹿」と罵倒するところからついたあだ名だと思う)、彼らを中心に、皆が実名を出して過激な論戦を繰り広げていた。

のち、私は掲示板でしばしば論争をするようになってから、この「三馬鹿」のテクニックを借りて随分相手を激怒させ、憎悪の対象となったものである(ちなみに、政治関係以外がほとんどである)。

一番思い出深いのは、ある論争相手と、一対一で過激な罵倒合戦を繰り広げたことである。相手の人格を全否定する投稿を行い、意識的に相手を誹謗中傷した。相手もそれに応じて私の人格を否定するような投稿を行い、私を誹謗中傷した。

でも、それと平行して、別のスレッドでは、実はあの相手にかなりの程度敬意を抱いているんだ、と書いた。そして、それを喜んでくれる投稿仲間がいた。そちらでは、喧嘩している自分自身を見つめるもう一人の自分になって、自分が繰り広げている喧嘩を観察していた。その時の自己分析は、喧嘩相手に自分自身の鏡像を見ているのだ、だから相手の言動が神経にさわるのだ、というものだった。相手がこれを見ていたかどうかは知るよしもないが、多分見ていなかったと思う。

そのうち、その喧嘩相手とは和解が成立した。そして、親しく対話できる間柄にまでなった。