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きまぐれな日々

8月というと、原爆の月であり、終戦(敗戦)記念日の月である。
しかし、その他に、8月には忘れられない惨事が起きている。
1985年8月12日に起きた日航機123便の墜落事故である。
父の同僚の娘さんが、この事故の犠牲になった。私自身は犠牲者の娘さんにも親御さんにも面識はないが、親御さんは大変深く嘆き悲しまれていたそうだ。

事故から20周年に当たる昨年の8月12日、「きっこの日記」に、「人命よりも証拠隠滅」と題された記事が掲載された。
この記事によると、事故発生直後の救助活動に不可解な点が多く、自衛隊は生存者の救助を後回しにして、現場にあった「大きな謎の物体」を運び出しており、その間苦しんでいる被害者たちはほったらかしにされていたという。
ネット検索などで調べてみると、事故当時、無人標的機を用いた自衛隊の演習が行われており、これがJAL123便と衝突したという説が根強くあることがわかる。

こうした背景があって、この日航機123便に関する本を一度読んでみたいと思っていたところ、2003年に出版された藤田日出男著「隠された証言 ?日航機123便墜落事故?」が文庫化されたので、買って読んでみた。読み始めたのは8月12日、事故から21年目の日だった。

隠された証言―日航123便墜落事故 隠された証言―日航123便墜落事故
藤田 日出男 (2006/07)
新潮社
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この本の著者はきわめて慎重、できるだけ正確を期す態度で記述を行っている。「自衛隊の無人標的機が日航機と衝突した」という仮説も採用していない。やはりこれはトンデモの範疇に属する説なのだろう。その慎重かつ実証的な姿勢は、この本の記述の信憑性を高めている。

本はまず、墜落地点をめぐる初期情報の混乱、そして自衛隊が意図的に情報を撹乱していたらしいこと、さらに自衛隊の反応は素早かったのにもかかわらず、生存者の救助活動が遅れたことを指摘している。

さらに、事故の原因が「航空・鉄道事故調査委員会」(略称・事故調)が結論づけた、圧力隔壁の修理ミスによる破裂が事故の原因であるという説に疑問を投げかける。事故調の報告書は、圧力隔壁が修理ミスのために破壊され、機内に急減圧が生じ、それが垂直尾翼の破壊を招いたというものだが、著者は、事故調の報告書が主張している「急減圧」など起きていなかったことを、事故機の客室乗務員だった生存者の落合由美さんの聴取記録などのさまざまな証拠や実験データを挙げて具体的に論証している。早い話が、事故調の報告書は「捏造」だということだ。
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