きまぐれな日々

順調に滑り出したかに見える鳩山由紀夫内閣だが、ここにきて壁に当たっているかのようだ。鳩山内閣に対する批判は、もっともだと思えるものと、批判の方がおかしいと思うものの両方がある。沖縄の米軍基地問題は前者だし、「バラマキ」や脱ダム政策への批判は後者である。そして、その中間にあるテーマがたくさんある。たとえば、環境・エネルギー政策に関しては、「温室効果ガス25%削減」の中期目標自体は評価できるが、そのために原発フル活用を明言した小沢鋭仁環境相(鳩山首相の側近)は全く評価できない。また、昨日テレビ朝日『サンデープロジェクト』で、小泉内閣で郵政民営化を推進してきた竹中平蔵と、その竹中を「ペーパードライバー」と批判し、郵政民営化に対しても「反対」を明言している榊原英資の間に挟まれて、郵政民営化自体への賛否をはっきりさせない大塚耕平内閣府副大臣は、竹中や田原総一朗、星浩、財部誠一ら郵政民営化推進派だけではなく、榊原英資からも「あなたは郵政民営化には賛成なのか反対なのか」と詰問されて答えに窮するていたらくだった。

そして、なんといっても一番いけないのは、マスコミやそれに影響された世論の「財政再建」の声に押されて、というより意地の悪い言い方をするとそれを口実にして、鳩山首相が「赤字国債発行への批判が強まれば公約の見送りもあり得る」などと言い出していることだ。マスコミは、明らかに小泉内閣初期と同じ緊縮財政路線へと鳩山内閣を導こうとしており、これは小泉内閣初期の頃、「改革競争」を小泉に呼びかけた鳩山首相の本音とも合うので、鳩山首相にとっては実は願ってもない追い風なのであるが、国民生活にとってはとんでもない逆風なのである。

この件については、前のエントリの内容と重複するので、今回はあまり深入りしない。新政権に対して同情できるのは、新政権は「計画経済」の矛盾と、OECD調査で世界ワースト4位(下にはアメリカ、トルコ、メキシコの3か国しかない)にまで悪化した貧困率という、互いに方向性の異なる2つの課題をともに解決しなければならない難題を抱えていることだ。

前者を象徴するのがダム問題である。昨日の『サンデープロジェクト』後半でも、大滝ダム建設に伴う白屋地区の地滑りをはじめとした数件の問題が取り上げられていた。大滝ダムの白屋地区地滑り問題については、意外にもWikipediaの記述がよくまとまっており、番組では、Wikipediaが「地滑りの危険性は1974年頃には既に一部から問題提起されていたといわれる」と書いている原資料が映し出された。ネットにこの資料について指摘したサイトはないかと思って調べてみたら、元京都大学防災研究所の奥西一夫氏が作成した、下記URLのpdf資料が見つかった。奥西氏は、前記サンプロの映像にも登場していた。
http://hb4.seikyou.ne.jp/home/Kazuo.Okunishi/dam-test/opinion-02.pdf

以下、リンク先から引用する。

住民からの依頼で学術調査を行った吉岡金市・和田一雄の両氏は「奈良県川上村大滝ダムに関する調査研究」(1974)と題する報告書で,これまでの斜面変状の経過に鑑み,白屋地区の斜面がダム湛水によって地すべりを起こすことを予告している。ただし,実際に起きた地すべりは当時最も懸念された30m 級深度のものではなく,70m 級深度のものであった。

(奥西一夫 「ダム建設をひとまず中止すべきいくつかの理由」 より)


さらに奥西氏は、予見できたはずの地滑りを「予見できなかった」と強弁する事業者側の言い分を批判し、下記のように書いている。

事業者は蜂の巣のように高い密度でボーリングを掘削して地盤の状況を調査し,30m 級深度の地すべりを想定した地すべり対策工事を実施し,「万全の対策を講じている」とまで言明していたのである。地すべりを予見せずに地すべり対策工事をできないということは土木関係者の間では常識である。すなわち,上記事業者側の主張は二枚舌であると言わねばならない。

地すべりが発生する前にも,地すべりが発生した後でも,このように不可解な言動がおこなわれたのはなぜであろうか。わたしはこれを,自らの過ちを認めれば失脚して再び回復できないという上級官僚の恐怖心が,過ちを糊塗して問題をごまかしつつ,前へ前へと物事を進行させて行く原動力になっているのではないかと考える。「公共事業は一旦決めたら後戻りできない」とよく言われるのも多くはこのような原因によっているのかも知れない。論語に「過則勿憚改」(過ちては改むるに憚ることなかれ)という警句があり,しばしば引用されるのであるが,これまでの日本社会が過ちを悔い改めた人に対して極めて非寛容であったこともこのような恐怖心をあおり立て,誤った政策や事業が止めどもなく継続されるという結果を生んでいるのかも知れない。しかし,これからの日本は,いつまでもそのような欠陥社会であり続けるとは思いたくない。ここから我々が学ぶべきことは,おかしいと思ったら引き返す勇気を持つことである。

(奥西一夫 「ダム建設をひとまず中止すべきいくつかの理由」 より)


私は、財政出動による景気対策は絶対に必要だと考える人間であるが、それが住民に不利益を与えるばかりで、肥え太るのは土建業者をはじめとした「政官業癒着構造」の関係者だけであっては本末転倒である。つまり、民主党政権の「脱ダム」政策自体は正しいと考える。その代わりに「グリーンニューディール政策を行え」と言っているわけであり、これについても民主党は衆議院選挙の際にマニフェストで公約している。しかし、新自由主義志向の強い民主党右派は、自らの属する政党が掲げた公約自体を理解していないように見える。

サンプロでは、日本では必要なダムは既に造られつくしており、不必要なダムだけが残っているとも指摘されていた。実は、同様の自然破壊を、日本よりはるかに大きな規模で実施してきたのが、共産党一党独裁時代のソ連だった。ソ連共産党は、「科学が自然を凌駕する」という、科学万能主義に基づいた政策によってアラル海を干上がらせてしまったのだが、下記ブログ記事で生々しい画像を見ることができる。
http://labaq.com/archives/51268855.html

日本で今なお不必要なダムが造られようとしている誤りは、まさに旧ソ連がやったことと、規模こそ違え同質のものといえる。行き過ぎた計画経済を改めなければならないというのは、まさにこういうことであり、その意味からすると、これまで新自由主義政策を推進してきた自民党や、新自由主義を支持してきたマスコミが、民主党政権の「脱ダム」政策を批判するのは、摩訶不思議としか言いようがない。

こういう矛盾を解決する一方で、グリーンニューディールなどによって新たな雇用を創出することや、格差や貧困問題の解決が民主党政権には求められているわけで、こちらの課題になると、「ムダを省く」だけの新自由主義的な発想では絶対に問題を解決できないのである。

行き過ぎた計画経済も、行き過ぎた市場原理主義もともに批判するというのは、何のことはない、「修正資本主義」とか「社会民主主義」などと呼ばれる政策をとれ、という意味である。かつて日本経済が絶頂に至った過程においては、保守本流(間違っても「真正保守(笑)」と混同してはならない)が推進してきた修正資本主義政策がうまく機能していたと思うし(もちろん政官業癒着や公害などさまざまな問題を抱えてはいたけれど)、現在でもその路線に若干の修正を加えながら(たとえば、不要なダム建設の代わりに自然エネルギー開発を推進するなどして)進むべきだと思うのだが、なぜかマスコミにしても政治家にしてもネット言論にしても、極端な主張(特に新自由主義寄りの主張)に走りがちなのが残念なところである。政治思想と経済政策でともに極右に走った自民党政権が倒れ、とはいっても左翼政党でもない民主党を中心とした連立政権が生まれたわけだから、何より要求されるのが、かつて保守本流の政治家たちが持っていたようなバランス感覚を取り戻すことだと思うが、なかなかその要求に応えられずにいるのが今の政権の姿であるように、私には見える。


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八ッ場ダムの問題で、一時期マスコミがダム建設推進派の声ばかりクローズアップしたために、世論もそれに引きずられかかったが、地元のダム推進派町議会議員や建設会社社長らの肩書きを明らかにせず報じるマスコミ報道のからくりが暴かれるにつれ、マスコミのダム推進派宣伝キャンペーンも腰砕けになり始めた。

この件に関してもっともたちの悪かったのがTBSの『朝ズバッ!』だが、司会のみのもんたは2007年2月27日付エントリ「くたばれ! みのもんた!!」に書いたように、自民党衆院議員だった御法川法男(今回の衆院選で落選)の親戚に当たる。この『朝ズバッ!』とNHKニュースは、「やらせ」が騒がれる前は町議を肩書き抜きで報じていたようだ。『朝ズバッ!』は、ネットで「やらせ」が書き立てられると肩書きをこっそり字幕に入れるようになったが、「やらせ」疑惑については何の釈明もしなかった。

こうなると今度は世論にダム建設反対派の声が強まり、ダムの地元・群馬県長野原町の町役場には抗議のメールが殺到した。気になるのは、その中に「非国民」という言葉を使って長野原町を誹謗するものもあったらしいことだ。
http://www.asahi.com/national/update/0925/TKY200909250393.html

これまで「反自公」をウリにしてきた「政権交代ブロガー」の中にも、「支持率80%の新政権を批判するのか」と書き、新政権への批判は許さないぞと息巻くむきもある。さすがにそういう非常識なことを書くのは少数の零細ブログに限られるが、このような全体主義的な意見を、「本音で語っている数少ないブログ」などと持ち上げる馬鹿者も現れているので、危うい傾向としてメモしておく。

ところで、公共事業の問題については、1990年代の後半から注目を集めるようになり、先日来何度か紹介している天野礼子著『ダムと日本』(岩波新書、2001年)によると、旧民主党が1997年に「公共事業コントロール法案」を提出したが、賛成したのは民主党と共産党だけで否決された。当時は自社さ政権時代で、天野さんらは社民党にも秋葉忠利衆院議員(現広島市長)経由で働きかけたが相手にされなかったという。秋葉氏はその後広島市長として、道路の国直轄事業負担金を廃止して、本来の管理者である国が全額を負担するよう、国並びに各政党への要請活動を行うなど、先進的な行政を行っている。秋葉市長の政策については、『広島瀬戸内新聞ニュース』が非常に詳しいので、是非同ブログ名と秋葉忠利市長の名前の複合検索語でネット検索されるなりして調べていただきたい。

一方で、新自由主義勢力も反公共事業の主張をするため、「新自由主義と左派の親和性」を指摘する意見もある。そういえば、自民党総裁選において、温室効果ガスの削減目標について、民主党案の25%削減を支持しているのは、3候補の中でもっとも新自由主義色の強い河野太郎である。

ネオリベと左派の親和性を指摘する意見は、「左派は雇用創出を可能にする公共事業を支持するのが普通」だと指摘する。それはその通りなのだが、そういう主張が見落としているのは「環境問題」そのものなのである。大規模ダムには、ダムに砂がたまり、下流に流れていかないし、それを放出すれば水質が際立って悪化する。つまり、ダムは河川を、自然環境を破壊するのである。曲がりくねった川をまっすぐにする河川改修は、水害が起きた時に一箇所に集中する水量と水の勢いを強くするため、強烈な被害をもたらすことがある。神戸市で起きた突然の鉄砲水による痛ましい水害は記憶に新しい。天野氏によると、脱ダムは1980年代にヨーロッパで、次いで1990年代にはアメリカでも主流の考え方になり、かつて1930年代のニューディール政策で全米にダム建設を推進したテネシー川流域開発公社(TVA)も、90年代には方向転換して新規にダムを造るのを止めてしまった。しかし、日本ではダム建設官僚が「アメリカはもうダムを作り尽くしたからやめただけだ。日本とは違う」などと言って、半世紀以上前に決定したダム建設を延々と造り続けようとしていたのである。

ダム反対派の指摘に耳を傾けて理解を示し、いち早く方向を修正したのが亀井静香だった。1995年には連立を組む社会党の野坂浩賢に圧力をかけて、長良川河口堰建設推進に転向させた亀井氏だが、のちには公共事業の見直しを実施し、中海干拓事業を中止させるなど実績もあげた。亀井氏は現在も積極財政論者だが、地域生活に与える悪影響の方が経済効果より大きいと判断すれば、果断に政策を転換する勇気がある。このあたりが、「日本会議」所属の思想右派政治家でありながら、私が亀井静香を高く評価する理由のひとつである。現在も、マスコミは亀井氏を槍玉に挙げようと必死だが、亀井氏への批判はあまり視聴者に浸透していないようだ(笑)。

もちろん、単にダム建設を中止するだけなら経済にはマイナスの効果があるが、もう何度も天野礼子氏の記事を引用して紹介しているように、「ダム中止」では予算が減額するだけだが、「ダム撤去」なら、新たな公共事業が発生するのである。2001年の『ダムと日本』では、亀井静香に対しては是々非々で、鳩山由紀夫に対しては手放しに近い支持を表明していた天野さんが、「新たな公共事業の発生」を指摘したことは、偉そうな言い方かもしれないが思想の深化を示しているようにも思われる。

ともあれ、これは、単なる新自由主義かケインズ政策かの議論ではない。環境問題なのである。「国民の生活が第一」なのであれば、地域住民の生活を無視して経済効果ばかり論じることは、議論の倒錯そのものである。


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昨日に引き続き、新政権の「脱ダム」政策に関するマスコミの、「謀略」としか言いようのない報道ぶりを取り上げる。

八ッ場ダムの建設中止を言明した前原誠司国土交通大臣を、現在マスコミはバッシングの対象にしている。前原大臣は、民主党代表時代に、「偽メール事件」を起こした責任を問われた悪印象や、タカ派にして構造改革支持者だった政治姿勢が左派からも嫌われているために、マスコミにバッシングされても、右派からも左派からも前原擁護の声はほとんど上がらない。しかし、ダム建設推進派寄りに極度に偏向したマスコミを批判しない左派は、ダブルスタンダードの謗りを免れないと思う。前原氏は国土交通大臣であって、防衛大臣でもなければ財務大臣でも経済産業大臣でもない。国土交通大臣というのは、前原氏の「毒」を封じ込め、かつ結果を出すことが求められるポストであって、小沢一郎の入れ知恵かどうかはわからないが、なかなか巧みな人事だったと評価するのは私だけだろうか?

ところで、『きっこのブログ』が、テレビに頻繁に出演する地元住民の代表が、

実はダム建設推進に深く関わって来た長野原町の自民党系の町議会議員であったことが分かった

と書いている。

このブログの記事については、真偽のほどを吟味する必要があるのだが、「2ちゃんねる」に下記の書き込みがあった。
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1253774128/826

【八ツ場ダム問題】 「これが友愛か!」「独裁的だ!」 地元住民ら、怒り→前原国交相「国民との約束だ」…鳩山内閣混乱の火種に★4

826 :名無しさん@十周年:2009/09/24(木) 17:35:55 ID:LtJhGnKI0
最近テレビ出まくってる(今日の朝ズバにも出演)ババァは星河由起子。
星河由起子は長野原町議会議員で、長野原町議会ダム特別員会副委員長
http://blog.hitachi-net.jp/archives/50914720.html
一般人と見せかけてるけど、思いっきり町議会議員ダム推進派利権組。


上記書き込みのリンク先は、公明党選出の茨城県議・井出よしひろ氏のブログで、確かに「星河由起子長野原町議会ダム特別員会副委員長」と書かれている(「特別員会」は、正しくは「特別委員会」であろう)。つまり、今回も『きっこのブログ』の情報は正しいことが判明した。なお、『きっこのブログ』には同様に一般人に見せかけている「中年男性の県議」の存在が示唆されているが、そちらの実名は私はまだつかんでいない。

2ちゃんねらーは星河氏が「最近テレビ出まくってる」と書いているが、私も見たことがある。えらく強硬な人だなあと思ったが、ダム推進派の町議会議員ならさもありなんと思うだけだ。最近はネット検索というツールがあるので、テレビで星河由起子氏の名前でネット検索をかけた人が、上記公明党茨城県議のブログで星河氏の肩書きを発見するし、アクセス数の多い『きっこのブログ』で、星河氏の固有名詞こそ出さないものの町会議員が一般市民を装ってダム建設推進を訴えていたことが指摘されると、それを見て町議の固有名詞を知ろうとする者がやはりネット検索で事実を知る。こうして、テレビ局の悪質な「やらせ」の手口がネットを介して広まっていくのである。

昨夜、『kojitakenの日記』でこの件を取り上げたので、現在は検索語「星河由起子」でGoogle検索をかけると、『kojitakenの日記』が筆頭で引っかかるが(9月25日午前6時30分現在。当然ながら順位は時々刻々変化する)、他に上位で引っかかった『たまー』というブログのエントリ「八ッ場ダム中止反対の地元住民は町議」を紹介しよう。

昨日、八ッ場ダムを訪問した前原国土交通大臣を、地元住民の星河さんという女性が
「前原語録ノートをつけている」
「前原さんが白紙撤回するとは思わない。誓約書を書かない限り、話し合いには応じない。命をかけて、建設続行を要求し続ける」
「前原さんは人の気持ちを理解しない人だ」

などと、テレビのインタビューに答えて批判している様子が、ニュースやワイドショーなどで繰り返し報道されている。このインタビューで話している人が、実は自民党系の長野原町の星河由起子町議会議員だと分かった。
もちろん町会議員でも住民には変わりない。しかし、この人の話している様子や話の内容は町議会議員というものではなく、むしろ地元住民の女性が泣き叫んで政治家に訴えることを装っている様子が見て取れる。

利権悪徳政治家やゼネコンが儲かること以外に何のメリットもない、中止して当然のこのダム建設に対して、マスコミは、町会議員が反対を訴えている映像を、地元住民の女性が泣き叫び訴えているように報道している。

ダム建設を中止すれば、町には負担金が戻ってくるし、補償も含めれば町はかなり潤うことになる。この町会議員の行動やマスコミの報道は、何を意味しているのでしょうか。

(『たまー』 2009年9月24日付 「八ッ場ダム中止反対の地元住民は町議」より)


特にこのブログの記事を取り上げた理由は、短い文章で問題の核心を突いているためだ。「町会議員でも住民には変わりない」、「ダム建設を中止すれば、町には負担金が戻ってくるし、補償も含めれば町はかなり潤うことになる」など、上記『きっこのブログ』と共通する指摘(但し文言は違う)も見られる。そして、『きっこのブログ』の方には、

この八ッ場ダムの建設に関わっている7つの公益法人と13の民間企業には、そのすべてに合計で46人もの国交省の天下りがいる。また事業の基本方針を決定した検討委員会も、委員長から委員に至るまでそのほとんどが国交省の天下りで組織されており、石原慎太郎東京都知事も名を連ねている。(後略)

という文章が続いている。

もちろん自民党系町会議員も利権構造のおこぼれにあずかるのだろうが、私がより問題だと思うのは、テレビ局がおそらくこういった利権構造を十分に知りながら、あえて星河由起子氏らを「一般市民」に見せかけるような「やらせ」報道を続けていることだ。たとえばNHKニュースなどでも、八ッ場ダムについて報じる時は、一方的にダム建設中止反対派(ダム建設推進派)の声ばかり報じている。NHKニュースに星河由起子氏が出ていたかどうかは知らないが、民放には星河氏はよく出ており、特に昨日(24日)は悪名高い、もとい視聴率の高いみのもんたの『朝ズバッ!』に出演したところから注目を浴びるところになった。そして、テレビ局の悪質な「やらせ」が明らかになったのである。国交省の天下りたちや現役のダム推進官僚と結託し、これら旧来権力と新たな権力(民主党政権)の激しい主導権争いにおいて、テレビ局は旧来権力に肩入れしている。その方が彼らの利益になるからに違いない。

なんとも呆れ返るばかりの腐敗・堕落ぶりだ。だから、こんな馬鹿げたテレビの「やらせ」報道に騙されてはならない。


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新政権をめぐる話題というと、鳩山由紀夫首相が国連気候変動サミットの開会式で、温室効果ガスの25%削減を表明したことやそのあとのオバマ米大統領との初会談、国内問題では八ッ場(やんば)ダムの建設をめぐる前原誠司国交相の言動などが注目されている。

当ブログは、以前から今後の日本は環境・エネルギー政策に力を入れ、この分野で日本が持っている技術力を武器に、経済成長を目指すべきだと考えている。目先の損得しか考えられなくなって腐敗・堕落した経団連や電力総連、電機労連など大手企業の労組連中は、自民党でさえ言わない「1990年比4%増」などという「恥ずかしい」どころではなく「恥を知れ」と言いたくなる目標を掲げたが、それに真っ向から対立する政策の行方を今後注目したいと思う。但し、民主党は原子力発電推進勢力である。早速、中国電力などは「原子力発電は二酸化炭素を発生しません」などというコマーシャルをテレビで流している。中国電力というと、山口県の上関町で瀬戸内海を埋め立てて原子力発電所を建設しようとしているが、この件については、『 春 夏 秋 冬』が、9月11日付同12日付同13日付の3日連続で、毎日新聞山口版の記事を引用しながら感想を述べられているほか、『広島瀬戸内新聞ニュース』に、中国電力への抗議行動の報告が転載されているので、これらのブログ記事を是非ご参照いただきたい。

八ッ場ダムについては、社民党の元衆院議員・保坂展人氏がマスコミ報道に呆れ返っておられる。
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/7eaba4bbf3409d6bf7151d9501304ff2

以下引用する。

八ッ場ダム、とめどなく溢れる思考停止報道

前原国土交通大臣が八ッ場ダムの視察に向かった。
これを前後して洪水のように溢れるテレビ報道は、どれもステレオタイプな表層をなでるばかりのもので、「ここまで造ったのにもったいない」「住民の怒りはおさまらない」などと繰り返している。私たちが10年にわたってこのダムの問題点と向き合ってきたのは、「造ること自体がもったいない」「住民の意志は踏みにじる」旧建設省河川局以来の国の姿勢そのものだった。

政権交代によって危機に陥った国土交通省のダム官僚たちが煽っているデマを何の精査もせずに垂れ流しているテレビ番組を見ていると「思考停止社会」も極まっていると感じる。まず代表的なデマは「工事の7割はすんでいて、あと3割の予算を投入すればダムが出来る」というもの。これは4600億円の予算をすでに7割使用したということに過ぎなくて、工事の進捗率とは何の関係もない。嘘だと思ったら、国土交通省河川局に聞いてみるといい。ダムは当初、半額以下の予算で建設されるはずだった。しかし、総工事費を4600億円にひきあげても、この金額で完成すると断言している人は誰もいない。工事が6年後に終わるという説明にも無理があり、竣工がのびのびになれば、実際の総工事費はどこまでふくらむかわからない。
(後略)

(『保坂展人のどこどこ日記』 2009年9月23日付 「八ッ場ダム、とめどなく溢れる思考停止報道」より)


保坂さんは、「政権交代によって危機に陥った国土交通省のダム官僚たちが煽っているデマを何の精査もせずに垂れ流しているテレビ番組」と書いているが、その露骨さには呆れ返るばかりである。『Living, Loving, Thinking』のエントリ「25%」にも紹介されている天野礼子著『ダムと日本』(岩波新書、2001年)に記述されている10年前頃と比較しても、マスコミの極端な反動化には恐れ入る。以前に鳩山由紀夫が代表を務めていた頃から、民主党は無用なダムの見直しを主張し、これが有権者に支持されて党勢を伸ばしていったが、当時国交省の官僚や自民党政権の言うがままにダム建設推進を積極的に主張していたのは産経新聞くらいのものだった。

もっとも、『ダムと日本』を読み返すと、自社さ政権時代に、社会党が自民党の言いなりになって大きく政策を転換したことが批判されている。当時の野坂浩賢建設大臣(故人)は長良川河口堰建設推進側に回って、「国家が、国民の血税を使ってやる公共事業にまちがいのあろうはずがない」などと発言した。天野さんは、これを「自民党の大臣でさえこれまで使うことのなかった言葉」と表現し、「その後のこの党(社民党)の凋落を見ると、あの時、総理村山と建設大臣野坂の親友コンビが行った数々の政治的判断が、それまでの自民党を上まわる悪質なものであったことが思い出される」と酷評している(以上、同書103頁)。一方、亀井静香に対しては、「少なくとも河川行政については、自民党の中では最も改革的な政治家」(同書171頁)と好意的だ。東京など都市部で民主党が躍進した2000年6月の衆院選で、亀井静香は「バラマキのどこが悪い」と言って選挙戦を戦っていたのに、その亀井氏がその2か月後の2000年8月8日に、自民党内に「公共事業の抜本的見直し委員会」を発足させたことは、天野礼子さんを驚かせた。亀井氏に語った天野さんの言葉は、今読み返すと感慨深い。以下引用する。

 私(管理人注:天野礼子さん)は、「ヨーロッパでも、アメリカと同じように、自然再生、特に川の再自然化が進んでおり、それは世界の潮流です。そしてヨーロッパでは、それが必要な事業として予算のつくことが待たれているのが現実。したがって自民党が政権を持ち続けているつもりならば、発想の転換をしてほしい。しかし私はいくら亀井さんでも、一人で自民党を変えることは無理だろうと考えるし、私は私で、自民党から政権を奪う五一パーセントの勢力の結集に力を貸すつもりです」、とお話しした。

(天野礼子著 『ダムと日本』 (岩波新書、2001年) 172頁)


それから9年、亀井静香が自民党を離れて民社国連立政権樹立に動き出してから4年、ついに政権交代は実現し、政権は民主党のマニフェストに沿って、八ッ場ダムの建設中止に動き出している。長い間止まっていた時間が、ようやく流れ始めた。

ただ、公共事業を削減するだけであれば、日本経済に良い影響は与えないし、それは亀井静香らの本意でもないだろう。前記『Living, Loving, Thinking』にも引用されている、天野礼子さんの『THE JOURNAL』の記事「祝・政権交代!"八ツ場ダム中止"と"ダム撤去"」の下記の指摘は重要である。当ブログ9月16日付エントリ「鳩山由紀夫内閣発足の日に「脱ダム」と環境政策を思う」でも紹介したが、以下に再掲する。

オバマ政権と民主党の今のところの違いは、日本の民主党はまだ従来の公共事業に代わる「グリーン・ニューディール(緑のたて直し策)」を提案できていないことです。
「ダム中止」では予算が減額するだけですが、「ダム撤去」なら、新たな公共事業が発生します。それがグリーン・ニューディールです。そしてその工事代金がどこから捻出できるかが問題でしょう。

社民党の福島党首は「軍事費の削減」に目をつけておられます。これも巨額です。アメリカの傘の下にいるのに今ほどの軍備をしているのは「アメリカに買わされているだけ」とも見えます。「グリーン・ニューディール」で、経済をまわしてゆく策を考えることが、日本民主党の急がれる仕事と思います。

(『天野礼子の「環境と公共事業」』 2009年9月15日付記事 「祝・政権交代!"八ツ場ダム中止"と"ダム撤去"」より)


自然エネルギーの件もそうだが、環境政策と経済成長は両立するのである。経団連や一部の官僚と一体となったマスコミの謀略宣伝に悪影響を受けている国民も多いようだが、救いは最近どこかのテレビ報道で知った世論調査の結果である。新政権が掲げる「温室効果ガス25%削減」の政策は、40代以上と比較して20代及び30代の支持が高いらしいのだ。

若者はまだ自分のことだけではない夢を捨てていないのだなと思った。


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鳩山由紀夫新首相が誕生した。2006年以来、年中行事になった9月の新首相誕生だが、今年は民主党政権発足ということだけは新味がある。しかし、元総理の息子だの孫だのという世襲総理大臣の誕生としては4年連続である。その意味では新味はない。しかも、藤井裕久を財務大臣にしたことに象徴されるように、閣僚人事は安全運転に徹していて、政治主導どころか財務省主導になってしまうのではないかと危惧される。

でも、そのような懸念を書くなら当ブログよりずっと辛辣で痛いところを突くブログがいくつも存在する。当ブログがその土俵に上がりたいとは思わない。

それより、昨日ネットで見かけたある記事が印象に残った。

天野礼子氏の「祝・政権交代!"八ツ場ダム中止"と"ダム撤去"」と題する記事である。

八ツ場ダムについては、このところ毎日のようにテレビのニュースで取り上げられている。どちらかというとダム建設推進派の視点からの報道が多い。つまり、民主党政権の政策を批判する立場に立っている。

しかし、2001年に岩波新書から『ダムと日本』を上梓した天野さんは脱ダム派である。当時は、田中康夫が長野県知事に当選した翌年で、脱ダムの動きが世の注目を集めていた。私も当時この本を読んだ。

その天野さんは、次のように書く。

鳩山さんの「ダム中止」は、彼が2000年に私に依頼して「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」を代表の特別諮問機関として発足させた時からの路線で、2000年11月1日に、この委員会が作った報告書「緑のダム構想」を持参して川辺川現地入りをされた時に始まっています。

民主党はその委員会と共に、コンクリートのダムに依らず、「緑(森林)のダム」をつくって治水しようと決めたわけです。

「ダムに依らなくても治水はできる」「利水上もこれ以上の水資源は必要ないにもかかわらず、"多目的"と称してダム造りが続けられたのは、政官財癒着腐敗の図式にあった」「ダムによる自然破壊は、ダム造りが始まった頃に予想されていた被害に比べて大きすぎる」ことが、ダムが中止される理由です。

(天野礼子の「環境と公共事業」?「祝・政権交代!"八ツ場ダム中止"と"ダム撤去"」より)


これを読んで、昔、私が民主党に期待を寄せていた頃のことを思い出した。その後、民主党には幻滅させられることの方が多かったが、そういえば脱ダムの政策があったなと記憶をよみがえらせた次第だ。

しかし、こう書いたあと、天野さんは注文をつける。

オバマ政権と民主党の今のところの違いは、日本の民主党はまだ従来の公共事業に代わる「グリーン・ニューディール(緑のたて直し策)」を提案できていないことです。
「ダム中止」では予算が減額するだけですが、「ダム撤去」なら、新たな公共事業が発生します。それがグリーン・ニューディールです。そしてその工事代金がどこから捻出できるかが問題でしょう。

社民党の福島党首は「軍事費の削減」に目をつけておられます。これも巨額です。アメリカの傘の下にいるのに今ほどの軍備をしているのは「アメリカに買わされているだけ」とも見えます。「グリーン・ニューディール」で、経済をまわしてゆく策を考えることが、日本民主党の急がれる仕事と思います。

私自身は、「軍事費を減額すれば、いろいろなことに使えるのに・・・」と思っている一人です。


そうだよなあ、「ダム中止」だけだったら、民主党お得意の「ムダを省く」だけで、「小さな政府」路線でしかないよなあと思う。そして、私もまた、軍事費を削減していろんなことに使え、と言う社民党の福島瑞穂党首に共感するものである。

天野氏のエントリは、このあと長良川河口堰の撤去運動の話へと移る。これは、昔から元朝日新聞の本多勝一記者が熱心に追及していた件だ。私も、本多氏の著書でこの件に関する記事をずいぶん読んだ。本多勝一は、イデオロギーを語る文章にはあまり感心しないが、こういう件だとか教育問題を取り上げると本領を発揮する。本多氏が2002年の民主党代表選を論評して、北海道知事時代に開発利権に絡んでいた横路孝弘を批判し、民主党代表には菅直人か、さもなくば若手を起用せよと主張していたことを思い出した(この時は菅直人が代表に就任した)。ちなみにこの頃だったかこの少し前だったかに、『週刊金曜日』で本多勝一は小沢一郎と対談して意気投合していた。

それにしても、天野さんの記事にある、

農水省はすでに「生物多様性戦略」を発表し、そこには「不適切な農薬・肥料の使用、経済性や効率性を優先した農地・水路の整備、埋め立て等による藻場、干潟の減少など一部の農林水産業の活動が生物多様性に"負の影響"を与えていた」と書かれており、なんとそこには、諫早水門閉め切りの写真が載せられています。

という記述には驚いた。農水省の官僚にだって良心はあるのだ。

グリーン・ニューディールにもっと積極的に舵を切れ、というのが天野さんの主張であるように読みとれる。そういえば、周知のように、鳩山政権は温室効果ガス削減の中期目標として、1990年比25%削減を打ち出している。

「Living, Loving, Thinking」のエントリ「25%」は、エントリの後半で上述の天野礼子さんの岩波新書を取り上げているが、メインはタイトルにもなっている民主党の温室効果ガス削減目標値に関する論評であり、

これを聞いたとき、環境政策の名を借りた産業政策或いは経済成長政策なのではないかと思ったのだ。高いハードルを設定して、環境関連の技術革新を一気に加速させ、高付加価値の商品を開発してゆくこと。しかし、(本来は美味しい話である筈なのに)経団連は懐疑的で、さらに民主党の支持基盤のひとつである労働組合も(資本家と一緒になって)これに対して懐疑的なスタンスを示しているという。

との指摘には、強い説得力を感じた。そして、

また真に問題なのは、エネルギーの供給と分配の体制を集権的・独占的な〈ハード・エネルギー・パス〉から(30年以上前にエイモリー・ロビンスが唱えた)分権的で小回りの利く〈ソフト・エネルギー・パス〉へと転換する道筋を呈示すべきなのに、社民党も民主党もまだはっきりと明示していないということだろう。

と指摘しているのだが、この論点については、私は金子勝氏や飯田哲也氏の論考に教えられて、30年前どころか約1年前に初めて認識したばかりであった。不勉強を恥じ入る次第である。

それはともかく、財政再建路線重視を匂わせる鳩山内閣の閣僚人事への批判はあるにせよ、新政権の環境・エネルギー政策を注視したいと思う今日この頃である。


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