きまぐれな日々

このところ「一人一票国民会議」の話題がいわゆる「リベラル」系のメディアでかまびすしい。私がアクセスする範囲でも、朝日新聞やTBSの『サンデーモーニング』がそうだし、安倍政権発足後見る習慣がなくなったテレビ朝日の『報道ステーション』も同じらしい。

だが、これらの報道には大きな欺瞞がある。それは、選挙区の区割りばかり言って選挙制度には全くといって言及しないことだ。

どう考えたって、大選挙区の選挙制度にすれば一票の格差は小さくなり、全国1区にすればゼロになるに決まっている。しかし、そういう議論はマスコミではほとんどなされない。まるで「タブー」であるかのように。

大選挙区と相性の良いのは比例代表制だが(他に、候補の得票順に当選者を決める、かつての参議選の全国区の方式がある)、比例代表制というと左翼政党の専売特許であって論外、と思われる風潮もありそうだ。

しかし、現実に一昨年10月、新自由主義系の保守政党である「みんなの党」が「『一人一票』比例代表(ブロック制)」というのを提案している。これをざっと見たが、議員定数を現行の480から300に削減する点を除いて(みんなの党は一院制を主張しているからこれも除いて)よくできた案だ。
http://www.your-party.jp/file/press/111021-01a.pdf

これは、「ブロック制」とはなっているが、「政党票・候補者票を政党得票として全国で合算集計した得票に基づき政党毎の議席各政党内でブロック投票に応じ各ブロックへ議席配分確定(各政党内でブロック投票に応じ各ブロックへ議席配分。各政党内の各ブロック内で候補者票が多い順に議席確定)」としている。

要するに、各党の議席数全体は全ブロック合計の総得票から決め、ブロック毎の議席数は各党の総得票に基づいて配分されるのだ。従って投票率の高いブロックは議席配分数が増える可能性がある。非拘束名簿式だから、名簿搭載順位をめぐって党内で暗闘が生じる可能性もない。非常に合理的な仕組みだ。

みんなの党は、この制度では公明党が有利ではないかと聞かれ、それでも構わないと応じたという。この方式だと、ブロックごとに得票率を競うインセンティブにもなる。地方は総じて都市部よりも得票率が高いが、それが議席配分に反映されるかもしれない。

実は、「一人一票国民会議」はこの案を高く評価していた。「みんなの党 ネット対策本部」というみんなの党のブログの2011年11月3日付エントリ「[画像あり]みんなの党選挙制度改革案を好意的に掲載」に、読売新聞に掲載された新聞広告の画像が出ている。

私は当該番組を見なかったから知らないのだが、テレビに出演して「一人一票」をアジっている「一人一票実現国民会議」の主宰者は、果たして比例代表制の導入を口にしていたのだろうか。また、「一人一票実現国民会議」の発起人・賛同者を見ると、極右と新自由主義者がやたら目立つが、新自由主義者はともかく、極右の諸氏も比例代表制の導入に賛成するのだろうか。聞いてみたい。

また、みんなの党の案とは別に、衆議院ではなく参議院の選挙制度について、公明党と社民党が共同提案を行ったというニュースが昨年(2012年)あった。NHKの報道はリンクが切れているが、2ちゃんねるのログから報道内容をたどることができるので、以下に引用する。

★公明・社民 参院選挙制度の改革案

 参議院の選挙制度を巡って、公明党と社民党は、1票の格差是正のため、
選挙区を現在の都道府県単位から、全国を11のブロックに分けた
「広域選挙区」に変更するなどとした、公職選挙法の改正案をまとめ、
各党に協力を呼びかけることにしています。

 参議院の選挙制度を巡っては、最高裁判所の判決で1票の格差を是正するよう
求められていることを踏まえて、各会派の協議会が今の国会での法改正を
目指して協議を続けていますが、意見の隔たりが大きく、難航しています。

 こうしたなか、公明党と社民党は、比例代表は現状を維持する一方、
選挙区については、現在の都道府県単位から、衆議院選挙の比例代表と同様に
全国を11のブロックに分け、人口に応じて6から22の定員を割りふる
「広域選挙区」とする、公職選挙法の改正案をまとめました。

 両党は、この制度改正が実現すれば、おととしの参議院選挙で
最大で5倍あった1票の格差が2倍以内に抑えられるとして、
各党に協力を呼びかけることにしていて、難航している協議の打開を図りたい考えです。

 ただ、民主党と自民党は、都道府県を単位とした現在の選挙区制を、
原則維持したうえで、選挙区の定員を見直すことで、格差の是正を図るべきだ
という立場を崩しておらず、両党の理解を得られるかどうかが課題となります。

NHK http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120303/t10013450651000.html


このニュースが報じられたのは民主党政権時代の2012年3月3日だったから、「民主党と自民党」という表記になっている。

現在では、民主党は小選挙区制あるいは参院選の一人区のメリットをほとんど受けない政党に転落しているが、海江田執行部はこの期に及んで衆議院の「小選挙区30削減、比例定数50削減」などという妄案を出すていたらくである。まだ小沢一郎の影響が6割ほど残っているようだ。さらにひどいのは、一昨日『kojitakenの日記』であげつらった生活の党であって、いまだに「比例定数80削減」に妄執している。あたかも「『小沢一郎語録』は一言一句違えてはならない」という教義でも存在するかのようだ。同党の望み通り本当に「比例定数80削減」が実現されたなら、間違いなく生活の党は小沢一郎の「劇団ひとり」になるだろう(笑)。

「小沢信者」のブログを見ても、マスコミの報道になびいて「選挙無効判決」が出たぞと形ばかりの記事を掲げるばかりで、選挙制度をどのように変更したいかなどということは一切書かれていない。教祖が唱えた「比例定数80削減」に逆らうわけにはいかないからである。

上記は、私の言う「同調圧力」の一例である。つまり、「小沢信者」グループの内部では、明文化はされていないものの、「小沢一郎に100%盲従しなければならない」という不文律があり、それが成員の行動を縛る。これは極端な例だが、それに類した体質は大なり小なりどんな集団(政治集団に限らない)を持っていると言いたいのだ。だから日本ではわざわざ言論統制を行う必要もない。ついでに言えば、前回のエントリの趣旨は阿部謹也の「世間」の議論から一歩も出るものではない。「世間」という言葉を用いたコメントを一件いただいたが、その方が読解された通りであって、前回言いたかったことはそれだけである。

今回の記事で言いたいのは、今の「一人一票」の議論は定数削減をめぐる議論にしかなっていないが、そういう方向に世論を誘導しようとするマスコミや寺島実郎の議論は論外であって、「小選挙区制」対「比例代表制」の対立構造の議題に転換しなければならないということだ。寺島は昨日のテレビ討論で、今の「一人一票」をめぐる議論について、「少数意見が尊重されなくなる恐れがある」と言いながら、なぜか出し抜けに定数削減を叫び始めた。全く論理がつながって折らず、この人大丈夫だろうかと見ていて心配になったほどだ。また、マスコミ報道の悪例として読売新聞の記事を挙げておく(下記URL)。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20130327-OYT1T00248.htm

ここで読売はみんなの党の案について「みんなの党は180削減を主張している」と書くのみで、同党が比例代表制を主張していることは無視している。もちろん朝日新聞も選挙制度を論点にした記事などほとんど載せない。マスコミはどこも、90年代の「政治改革」を推進してきた。

これではいけない。「小選挙区制」対「比例代表制」の議論にしなければならない。「『一人一票』を言うなら小選挙区制廃止・比例代表制実施を」とタイトルに掲げた通りである。蛇足ながら付言すると、橋下徹は小沢一郎と同様に小選挙区制に固執しているが、橋下の妄論も打倒しなければならない。
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憲法記念日の未明、東京は嵐を思わせる豪雨で、これを書いている今も雨が降っている。憲法記念日にここまでの荒天に見舞われたのはちょっと記憶にない。

ゴールデンウィークの谷間の平日だった一昨日、昨日にもブログを更新できなかった。このまま連休中は更新しないでおこうかと思っていたが、憲法記念日の1面が、選挙制度の根本に触れないまま「一票の格差」解消のみ求め、しかも「首相公選制、賛成68%」などという見出しもついている世論調査の記事だったのでこれに呆れ、朝日新聞を批判する記事を書いてみようと思い直した。

まず「朝日新聞デジタル」に無料公開されている記事を引用する(下記URL)。
http://www.asahi.com/politics/update/0502/TKY201205020376.html

一票の格差放置で総選挙、反対53% 朝日新聞世論調査

 憲法について朝日新聞社が実施した全国世論調査(電話)によると、衆院小選挙区の「一票の格差」が違憲状態のまま、衆院を解散し、総選挙をすることについて、「してもよい」は27%で、「するべきではない」が53%と大きく上回った。違憲状態を放置している国会に対し、有権者の厳しい視線が示された。

世論調査 ― 質問と回答〈4月21、22日実施〉

 最高裁は昨年3月、一票の格差が最大2.30倍となった前回衆院選を「違憲状態」と判断。格差を2倍より小さくする案が与野党で議論されているが、まとまる見通しは立っていない。

 このような状態での総選挙について「するべきではない」と答えた人は、住んでいる自治体の規模が大きいほど、増える傾向にある。人口5万人未満の市町村では「するべきではない」39%、「してもよい」36%だが、東京23区と政令指定都市では59%対24%だった。

 また、一票の格差をどの程度まで許容できるかを聞いたところ、「1倍に近くする」20%、「2倍より小さければよい」51%で、「2倍以上でもよい」はわずか13%だった。

■首相公選制、賛成68%

 一方、憲法改正については、全体をみて改正する「必要がある」は51%(昨年54%)、「必要はない」は29%(同29%)だった。

 戦争放棄と戦力不保持を定めた9条を「変えるほうがよい」は30%(同30%)で、「変えないほうがよい」は55%(同59%)。全体で改正の「必要がある」と答えた人でも、9条については「変えるほうがよい」は44%、「変えないほうがよい」は43%と並んだ。

 9条が日本の平和や東アジアの安定にどの程度役立つと思うかを聞くと、「大いに」「ある程度」を合わせて66%が「役立つ」と答え、「あまり」「まったく」を合わせた「役立たない」27%を大幅に上回った。

 憲法を改正し、首相を国民が直接選ぶ公選制にすることには、賛成が68%と圧倒的に多く、反対は17%。衆参両院ある国会を一院制にすることには、賛成は42%で、反対38%を少し上回った。ただし、憲法改正の手続きを緩和することには、賛成36%で、反対45%の方が多かった。

 「進まない政治」の原因は、どちらかといえば、政治家にあるのか、憲法に基づく制度にあるのか、と聞いたところ、「政治家にある」は67%で、「制度にある」の20%を引き離した。

 調査は4月21、22日に実施した。

(朝日新聞デジタル 2012年5月2日22時27分)


世論調査結果を報じるトップ記事の横には、「座標軸」と題したコラムに、大野博人論説主幹が「投票ボイコットさせる気か」と題された論説を書いている。副題は「憲法記念日に問う」。記事は、昨年3月に最高裁によって「違憲状態」と指摘された「一票の格差」を放置したまま選挙をしても、選挙区によっては無効になる恐れがあるから、「そんな政治イベントに唯々諾々と応じて投票していいものかどうか。国民は切なく情けない思案に暮れることだろう」と書いている。

だが、これはいささかズレた問題意識ではないかと思わずにはいられない。国民の多くは、「一票の格差」以前に、投票したい政党や候補者がないことに絶望しているのではないかと思われるからである。

「RealPoliticsJapan」というサイトに、森喜朗内閣末期の2001年1月以降の内閣支持率と政党支持率の変遷のグラフが掲載されている(下記URL)。
http://www.realpolitics.jp/research/

森喜朗内閣の末期に、同内閣が記録的な低支持率を記録したが、その直後小泉純一郎が総理大臣に就任し、空前の人気を博した。その直後小泉純一郎内閣が発足して空前の人気を博し、小泉の後を継いだ安倍晋三も内閣発足時の2006年9月には小泉と同じくらいの高支持率を得たが、それから麻生政権末期に向かって安倍、福田康夫、麻生太郎と続いた内閣は真っ逆さまに支持率を落としていった。代わって2009年の「政権交代」選挙で鳩山由紀夫内閣が高支持率を得たが、やはり菅直人、野田佳彦と続いた内閣で支持率を暴落させている。そして、「野ダメ」こと野田佳彦内閣の支持率が20%台前半に落ちてきた現在、自民党の支持率は森政権末期の頃と同じくらいに落ち、民主党の支持率も2003年の民由合同当時と同じくらいにまで落ちた。一方で、「支持政党なし」は森政権末期と同じくらいの高率になった。11年前に回帰した形だ。

現在注目されているのは、2001年の小泉政権成立時や2005年の「郵政総選挙」時には小泉自民党、2009年の「政権交代選挙」時には民主党支持へと流れたあげくにいずれも裏切られた民意が、橋下徹の「大阪維新の会」に三度だまされる、もとい幻想を抱いてしまうのかということだ。橋下と「大阪維新の会」は、私に言わせれば、小泉自民党や松下整形塾系の主流派と小鳩系の反主流派が抗争を繰り広げている民主党よりさらに危険な存在である。その橋下は「首相公選制」の主張を「改憲」への足がかりにしようとしているように見える。

ところが、その橋下の脅威に対しては、朝日新聞は何の警告も発さない。「首相公選制、賛成68%」などと見出しをつけ、2面には、「突き上げる橋下市長 政治制度を覆す憲法改正案」との見出しで、橋下の改憲への動きを「客観報道」のスタイルで報じている。記事には、

橋下氏は、保守層などに根強い9条改正論への賛否は明らかにしない。

と書かれているが、橋下は今年2月24日にこんなTwitterを発している。

世界では自らの命を落としてでも難題に立ち向かわなければならない事態が多数ある。しかし、日本では、震災直後にあれだけ「頑張ろう日本」「頑張ろう東北」「絆」と叫ばれていたのに、がれき処理になったら一斉に拒絶。全ては憲法9条が原因だと思っています。


中曽根康弘らが似たようなことを口にしたと報じられたが、中曽根の目の黒いうちの改憲はさすがにもう不可能だろう。だが、橋下の持ち時間は長い。それなのに朝日新聞は橋下の危険性を指摘しない。

かつて小泉自民党や民主党に期待して裏切られた有権者が、性懲りもなく橋下に「変革」を託そうとするのも、トレンドに乗っかって多数派に加わらない限り、有権者自身の意思が政治に反映されないと思えてしまうからなのではないか。つまり、「与党にならなければ何も始まらない」というわけだ。かつての「1と2分の1政党制」の時代、社会党は万年野党だったが、自民党の政策に修正を加える程度の影響力はあった。今はそれさえもない。だから、有権者も政治家もその時々にもっとも勢いを得ている人間にすり寄る。非常にリスクの大きな状態である。

私は、小選挙区制こそ政治を悪くした元凶の一つであると思うし、同様の主張が多くの論者からなされるようになったにもかかわらず、今朝の記事で朝日は小選挙区制の是非の議論から逃げていた。比例区定数削減にこだわる民主党と比例区議員の多い公明・共産・社民各党が対立していることを「客観報道」のスタイルで伝えるのみであって、朝日自身は小選挙区制が政治に与えた影響について評価を下さない。それでいて、しばしば議員定数削減をけしかけるような記事を書く。冗談ではない。

たとえば「みんなの党」は過激な改憲論を掲げているし、橋下と同様に首相公選制を求めているが、一つだけ共感できるのは選挙制度を「全てを比例代表制にせよ」と求めていることだ。但し、同党の主張は改憲を必要とする一院制であり、なおかつ過激な議員定数削減を求めており、これにはとうてい同意できない。

しかし、すべてを比例にすれば、有権者の投じた票が死票になる可能性は大幅に減る。小選挙区制では死票が大量に出る。これは「一票の格差」どころの話ではない。1996年に初めて小選挙区制下の総選挙が行われて以来、政治の劣化は劇的に進んだ。現在政権与党の民主党は、主流派の松下政経塾組、反主流派の小沢・鳩山グループを問わず、いずれも強硬な小選挙区制論で「政治改革」を推進してきた政党だ。彼らが言うように制度を変え、ついに彼らは政権についたが、政治の閉塞感はますますひどくなった。小選挙区制が彼ら自身を束縛しており、新党を作ったところで単独で動いても勝ち目はないので、橋下徹のような人気者に小沢一郎のようなベテラン政治家がゴマをすりまくる醜態を演じるていたらくだ。

しかし、こういう現状にもかかわらず、民主党はなお「比例区削減」に強烈にこだわり続ける。まるで「小選挙区制原理主義」にとらわれているかのようだ。民主党は、民意をゆがめる上、現在の政党支持率から考えて確実に自分たちに不利に働く「比例区定数削減」になぜそこまで血道を上げるのか、私にはさっぱり理解できない。不思議なことに、あれだけいろんな争点でぶつかる松下政経塾系主流派と小鳩系反主流派は、こと「比例区定数削減」に関しては信じがたいほどの一枚岩ぶりなのだ。

これと比較すると、定数減は当面小選挙区の「0増5減」だけにとどめておこうという自民党は、この件だけに関しては現実的な対応をとっているといえよう。

ここまでズタズタに劣化した政治の劣化をさらに進めようとする民主党の「比例区定数削減」への動きは狂気の沙汰以外の何物でもない。それを全く批判することなく、「一票の格差」のみを問題する、「憲法記念日」の紙面にしてはあまりにもお粗末な朝日新聞を見ていると、民主党と同様、朝日新聞の将来も限りなく暗いと言わざるを得ない。
鉢呂吉雄前経産相の辞任騒ぎについてネットでは議論百出だが、私はこの件について多くを語りたいとは思わない。最初、自民党議員が鉢呂氏の「死の街」発言を批判していると聞いた時には、これまで原発を推進してきた張本人の自民党が何言ってるんだとしか思わなかったが、鉢呂氏辞任の決め手となったのは、「死の街」発言ではなく、報道各社によって表現が少しずつ違う「放射能○○○」という発言だったという。

鉢呂氏の首を取ろうと報道合戦を繰り広げたマスコミは論外だし、あっさりと鉢呂氏の首を切った野田佳彦首相の事なかれ主義にも呆れるが、私が思い出したのは「雉も鳴かずば撃たれまい」という諺であって、鉢呂吉雄という男のあまりの軽さに脱力してしまったのである。

この軽さでは、新規の原発は建設しないとか将来原発はゼロになるなどと言っていたところで、いずれ必ず先頭を切って原発再稼働に踏み切るなど「脱原発」とは真逆の方向に進んだに違いない。野田新政権発足直後から野田佳彦は本当に自分がやりたい政策(原発維持など)を「政敵」にやらせる方針だろうと思っていたし、それは前回の記事にも書いた。だから私は、鉢呂吉雄の辞任を特に残念とも思わない。

ただ、あのどうしようもなかった論外の安倍晋三内閣(2006~07年)以来、閣僚のクビがどんどん飛びまくっている現状には、政治家の劣化を思わざるを得ない。

この惨状を招いた元凶は小選挙区制だと私は考えている。小選挙区制は90年代の「政治改革」の産物だが、これを推進した人物として、学者では山口二郎、政治家では小沢一郎と菅直人がそれぞれ筆頭に挙げられる。私は2000年代半ばに五百旗頭真、伊藤元重という2人の学者と朝日新聞の薬師寺克之(『論座』編集長を経て論説委員)が行なった小沢一郎と菅直人へのロングインタビューを記録した2冊の本をかつて買って読んだ。小沢と菅の政治思想や政策は、これらの本で彼らがしゃべっている事柄をもとに解釈している。過去にも当ブログで指摘したと思うが、小選挙区制、二大政党制に関しては小沢一郎、菅直人とも強硬な推進論者で、2人のうちでも特に強硬なのは小沢一郎だ。

だが、この制度のもとでは、公認権と(民主党の場合)幹事長が一手に握る政治資金の配分を恣意的に行なうことによって、二大政党の国会議員は党執行部という蛇ににらまれた蛙のようになってしまって、政治家が全然育たない。郵政総選挙直後の小泉純一郎や政権交代選挙直後の小沢一郎の前で、自民党・民主党の議員は言いたいことも言えず、日本の政治のレベルは大きく劣化した。その結果、つまらない失言で閣僚が辞任する失態が安倍政権以降6人の総理大臣のもとずっと続いてきた。

自民党も民主党もマスコミも、菅直人が総理大臣をやっているから政局が安定しないのだ、菅さえ辞めれば全ては解決して万々歳だ、と連呼してきたが、大マスコミが持ち上げた人格者(笑)の野田佳彦が首相を務める内閣でも、さっそくバカバカしい辞任劇が起きた。読売、朝日、毎日3紙の政治部長こそ引責辞任すべきなんじゃなかろうか(嘲笑)。

あんまり「野ダメ」(野田佳彦)やマスコミにばかり毒づくのも何だから、少しだけまともな動きもあることだけ書いておこうか。

今回の民主党代表選で、細川護煕が野田政権樹立に動いて野田佳彦、小沢一郎との三者会談を行なったことは、細川自身が明かしたから広く知られていることと思う。私は1993年に発足した連立政権で新自由主義を推進した細川護煕などたいして評価しないが、三者会談で細川護煕は良いことも言っている。9月3日に読売新聞が報じたところによると、細川護煕は、

1994年に細川政権が導入した衆院小選挙区比例代表並立制度に関し、自民党一党支配を終える役割を果たした今、見直すべきだと明言した。

とのことだ。

また、8月14日付朝日新聞に根本清樹編集委員が書いていたコラムによると、野田佳彦や前原誠司の後見人といわれる仙谷由人も選挙制度見直しに言及しているらしい。以下引用する。

 政党政治も、二つの大政党が交互に政権を担うのが本当に現実にあうのか。複数政党の連立、連合による政治が常のことになって不思議はないのではないか。そう考えれば、衆院の選挙制度を比例代表中心の仕組みに変えることが充分選択肢になると仙谷(由人)氏はいう。政治のかたちを再び大きく転換させる力業である。

(2011年8月14日付朝日新聞掲載「ザ・コラム」(根本清樹編集委員執筆)より)


根本記者の同じコラムには、小沢一郎と親しい田中康夫は、選挙制度見直しには言及せず、次の総選挙では税制、原発、公務員制度を論点にして、50~60議席程度の政党が四つ五つできるのではないかとの見通しを述べたことが紹介されている。

しかし、第一党が地滑り的勝利を収めることが多く、第二党もそこそこ議席を得るものの、第三党以下の議席がわずかになってしまう現行の選挙制度で、どうやって50~60議席程度の政党が四つ五つできるというのか。田中康夫は、おそらく小沢一郎に遠慮して選挙制度の再改革に言及しないのだろうと想像するが、そんないかさま的な態度では全く議論に説得力を持たない。

断っておくが、私は野田佳彦や前原誠司ら松下政経塾出身の民主党議員の後見人であるらしい仙谷由人など全く支持しない。仙谷由人という男の本性は、一昨年の「文化大革命」発言に凝縮されていると考えている。

だが、たとえ仙谷由人や細川護煕が発言したことであっても、正しいことは正しいのだ。私が念頭に置いているのは例によって「小沢信者」のことであって、小沢信者という人種は、小沢一郎の主張に反対する者を「敵」と認定して徹底的なパージを行なおうとする。6年前の「小泉信者」も同じだった。

かつての「小泉信者」や現在の「小沢信者」は、小選挙区制とそれが生み出した、血に飢えた群衆を満足させて彼らを権力者の思うがままに制御するための「劇場政治」という麻薬に冒された重症の中毒患者のようなものだ。彼らもまた、日本の政治をダメにした元凶に数え入れて良いと思う。

そういえば昨日、9月11日は、ニューヨークのテロ事件から10周年であるとともに、小泉純一郎の「郵政総選挙」から丸6年の日だった。奇しくも今年の「9.11」は6年前と同じ日曜日。私に言わせれば、戦後日本の政党政治にとっての「命日」から数えての「七回忌」だ。

今こそ選挙制度はを比例代表制を中心とする制度に作り変えるべきだ。小選挙区制比例代表並立制は、日本の政治を硬直させてダメにする弊害こそあれ、メリットは何もない。民主党は小沢一郎、菅直人ら「トロイカ」を乗り越えるべきだし、野党も選挙制度再改革を声高に主張すべきだ。
一昨日(22日)、西岡武夫参院議長が格差を1.2倍以内に抑える抜本改革案をまとめたことが朝日新聞に報道された。以下、下記URLのasahi.com記事から引用する。
http://www.asahi.com/politics/update/1222/TKY201012210477.html

参院選、比例9ブロック案 選挙区は廃止 議長提示へ

 7月の参院選で最大5倍の「一票の格差」を違憲とした東京高裁判決を受け、西岡武夫参院議長が格差を1.2倍以内に抑える抜本改革案をまとめたことがわかった。参院選で都道府県単位の選挙区を廃止し、非拘束名簿方式の比例区を全国9ブロックに分けて全議員を選出するという内容だ。22日に参院各会派に提示し、年明けの通常国会で法案成立を目指す考えだ。

 西岡議長は21日までに、改革案を参院各会派に非公式に打診した。ただ、選挙制度改革をめぐる各党間、議員間の意見には隔たりがあり、成案を得られるかは不透明だ。

 議長案の議員定数は、廃止する選挙区分をあわせ現行と同じ242を維持し、九つの比例区ブロックに割り振る。政党名と候補者名の投票の合算で各政党の当選者数をまず決め、政党内で得票が多い順に当選する「非拘束名簿式」をブロックごとに採用する。

 都道府県をどう分け、各ブロックにどう議員定数を割り振るかはなお最終調整を続けているが、中国と四国の計9県を一つのブロックにするなどして「一票の格差」を最大で1.2倍以下に抑える考え。議長案だけに、今後の改革論議のたたき台となる。

 参院の「一票の格差」をめぐっては東京高裁が11月、今夏の参院選を「違憲」と断じ、「著しい不平等状態が固定した観があり、憲法が許容する事態とは考えられない」と指摘。今月10日に広島高裁、16日には東京高裁の別の担当部と広島高裁岡山支部が「違憲状態」とするなど、厳しい判決が続いている。

 これを受けて、民主党内では比例代表を廃止し、選挙区を衆院比例と同じ全国11ブロックに分け、一票の格差を最大1.2倍以内に抑える抜本改革案が浮上していた。西岡議長の改革案は同じブロック制でも、比例代表の考え方を重視したのが特徴だ。

 西岡議長は7日の記者会見で、2013年の次回参院選からの導入を念頭に「年内に(議長案の)方向性に基づいた作業に入れるかどうか議論をいただく」と強調。自らの抜本改革案を尾辻秀久参院副議長や輿石東参院民主党議員会長ら参院各会派の代表者で構成する検討会に示し、各党が提出する案とあわせて年明けから本格的協議に入り、来春をメドに成案作りを目指す考えだ。

 ただ、民主党内でも有権者の少ない1人区選出の議員らが現行制度を前提とした私案をまとめ、ブロック案に反対する意見がある。職域代表を送り込んできた支援団体や労働組合からも、ブロック化で票が分散することへの懸念から異論が出る可能性もある。

 自民党は今月から議論を始めたが、「格差是正より各県代表の性格を明確にすべきだ」とし、米国上院をモデルに各都道府県に改選数1ずつを割り振る方式を主張する意見が出ている。行政区分の実態がないブロック制への異論は根強い。

 公明党にはブロック制を歓迎する意見があり、みんなの党は21日、ブロック制を前提に定数を100に減らす案を西岡議長に提出した。一方で共産、社民の両党は定数削減や比例区の廃止には慎重な姿勢を示し、とりまとめは難航が予想される。(南彰、関根慎一)

(asahi.com 2010年12月22日3時0分)


余分なことかもしれないが、このasahi.comの記事であれっと思ったのは、記事の末尾に共産党と社民党の反応が書かれていることだ。というのは、私はこのニュースをネットより前に朝日新聞(22日付一面記事)で知ったのだが、新聞紙面では、東京本社発行最終版(14版)であるにもかかわらず、共産党と社民党の反応が省かれていたからである。その直前の、公明党とみんなの党の反応のところで記事が終わっている。

こんなところに、最近の朝日新聞の報道姿勢がうかがわれる。前主筆の船橋洋一は、満66歳の誕生日を迎えた12月15日に退社したが、紙面に大きな変化はないように見える。同じ「洋一」という名の加藤洋一編集委員は、船橋洋一に近い主張の記者で、防衛大綱の改定でもこの人が一面で記事を書いていた。また、最近朝日の一面で目立つのは、テレビでおなじみの星浩編集委員だが、これまで、「ニュースステーション」時代から、テレビ朝日の報道番組のコメンテーターは、朝日新聞本紙にはあまり一面に記事を書いたりしなかった印象があるのに、星浩は違う。朝日新聞グループは、テレビも新聞も同じ方向性で読者をリードしていこうという、読売新聞グループと同じような傾向を強めているように感じる次第だ。

ついつい朝日新聞批判の方向に脱線してしまったが、西岡議長の提案自体は悪くないと私は思う。政治家としての西岡武夫は、あまり評価しないどころか「大嫌い」の部類に属するが、私は発話者より発話内容でものごとを判断することにしている。西岡試案は、少し前に出され、上記朝日新聞記事でも言及されている民主党案より、確かに比例代表の考え方をより重視するものになっている。定数削減を先送りしているところも良い。

ネットには載っているのに朝日新聞本紙では削除されたasahi.comの記載によると、共産党と社民党は定数削減と全国一区の比例区削減に難色を示しているとのことだが、西岡案は定数を維持している。つまり、共産・社民両党は、全国一区の比例区が9つのブロックに分割されることが党利に合わないということなのだろうが、23日付朝日新聞4面に掲載されている試算を見ると、今年の参院選に西岡議長が提案した試案を当てはめると、共産党は1議席増、社民党は増減なしとなる。つまり、共産・社民両党とも党の利益に反するわけではないので、反対の姿勢をとるのはどうかと思う。

西岡氏の試案で躍進するのは、みんなの党と公明党で、それぞれ7議席増となる。また、選挙で第二党だった民主党は2議席の微増だが、第一党となった自民党が15議席減の激減となる。しかし、2007年の選挙に当てはめれば、民主党の議席が激減し、自民党の議席が増えるはずである。要するに、民主党に有利、自民党に不利という話ではなく、現行制度が第一党に不当なまでのアドバンテージを得るという、小選挙区制である地方の一人区の問題なのだ。

個人的には、西岡氏試案では新党改革とたちあがれ日本の議席がゼロになるところに注目した。これらの政党に議席を与えてしまったことは、参院選の痛恨事の一つだった。

もっとも、私は国会議員は全国一区の比例代表制で選ばれるべきだと考えており、その場合、新党改革とたちあがれ日本が議席を獲得してしまう。まあ、いかな論外極右政党といえど、それなりに支持者がある以上、1議席くらい与えるのは止むを得ないだろう。それよりも、参院より衆院も比例代表制にすべきだと思うのだが、それに至る道筋をつけるためにも、この西岡試案を是非とも成立させてほしいと思う。現行の選挙制度と比較して、民意をより正確に反映できる。「みんなの党」も、自党の議席占有率が増える方向の改革なのだから、定数削減は一時棚上げして、まず西岡案を成立させることに協力してほしい。

私は、衆議院の小選挙区制ほど日本の政治をダメにしたものはないと最近特に強く思う。

2005年の郵政総選挙で自民党の使えないネオリベ衆院議員が大量に誕生した。城内実の落選以外良いことが何一つなかった、悪夢のような選挙だった。また、昨年の政権交代前、多くの人が政権交代ムードに浮かれていた頃から、私はなぜか気分が沈んでいくのを感じていた。それは、民主党の使えない衆院議員が大量に誕生し、その結果政局が混迷することを予感していたからだ。

それは現実のものとなった。今、民主党内では主流派(反小沢)と反主流派(親小沢)が権力抗争を繰り広げているが、国民生活そっちのけの内紛に腹を立てているのは私だけではないだろう。仮に、年明け早々、「小沢政局」がきっかけとなって衆院が解散され、総選挙が行われれば、間違いなく自民党が「郵政総選挙」と同程度か、あるいはそれを上回る議席を議席を得て圧勝すると私は予想している。

もちろん、そうなれば菅政権は倒れる。東京を選挙区とする菅直人首相自身、落選する可能性もある(2005年の総選挙で、東京都の選挙区で当選した民主党候補は菅氏だけだった)。また、選挙に弱いとの定評があり、2000年の総選挙だったか、代表でありながらなかなか当確がつかなかった前首相・鳩山由紀夫にも落選の可能性があると思う。一度口にした引退宣言をあっさり撤回した鳩山の醜態は、選挙区の有権者に悪印象を与えたに違いない。元代表・小沢一郎はむろん盤石だろうが、小沢チルドレンだの小沢ガールズだのと呼ばれている人たちは、ほぼ全滅に近い状態になるだろう。つまり、小沢一郎の権威は地に堕ちる。つまり、「小沢新党」の創設は、普通に考えれば不可能であり、小沢一郎は自らがなしとげた「政治改革」によって手足を縛られているようなものである。

それが小選挙区制というものだ。そして、小沢チルドレンや小沢ガールズに代わって当選するのは、下野後、右翼色と新自由主義色をさらに強めた自民党候補たちである。彼らが行う悪政は、小泉純一郎や安倍晋三の時代よりさらにひどいものになることは疑う余地はない。自民党総裁は保守本流出身の谷垣禎一ではあるが、今でさえ党内の右翼バネや新自由主義バネを抑えきれない谷垣は、政権についたって右翼や新自由主義者、それに財界の喜ぶ政策しか行えないし、それさえ「手ぬるい」と批判されて、早々とより右翼色や新自由主義色の強い人物にとって代わられるだろう。私は、安倍晋三が復活するのではないかと警戒している。

これが、1990年代以来の「政治改革」の行き着く先なのだ。

私は、政治家では小沢一郎、菅直人、鳩山由紀夫の「民主党トロイカ」、学者では山口二郎や後房雄、マスコミでは田原総一朗や久米宏らが旗を振った1990年の「政治改革」こそ諸悪の根源だと考えている。だから、今、「親小沢」と「反小沢」が抗争を繰り広げているのを、冷ややかな目で見るだけだ。両陣営の人間とも、私から見れば「政治改革」を総括できない「同じ穴の狢」でしかない。

ついでにいうと、自民党内でもいろいろ権力抗争があり、現在は安倍晋三、麻生太郎らの極右勢力はどちらかというと不遇だが、彼らにせよ自民党の主流にせよ、新自由主義的な方向性の強い中川秀直や河野太郎らと同様、「小泉構造改革」を総括するのことのできない「同じ穴の狢」であるように見える。つまり、自民党は「小泉構造改革」、民主党は「政治改革」を総括しない限り、党を再生することはできないと私は見ている。現在の民主・自民の保守二大政党は、かたや90年代の「政治改革」を総括できず、かたや00年代の「小泉構造改革」を総括できず、ともに日本をぶっ壊していっている。

先月SNS (mixi) で立ち上げた「鍋党?再分配を重視する市民の会」は、私自身にとっては「小泉構造改革」に象徴され、その後自民党政権のみならず、小鳩・仙菅と続く民主党政権も継承している新自由主義に対する抵抗の意味合いを持っているが、来年のブログのもう一本の柱として、「政治改革の総括」というテーマを掲げ、衆議院の小選挙区比例代表並立制を改める声を盛り上げていきたいと考えている。

そのためにも、西岡武夫参院議長の参院改革案を支持し、与野党の政治家にこれを成立させることを強く求める次第である。

[PS]
首相・菅直人が、本エントリで「論外極右政党」と表現した「たちあがれ日本」に連立を打診していたことが報じられた。私の価値基準に照らすと、絶対に越えてはならない一線を菅直人は越えたことになる。今後は菅内閣の即時総辞職を求める立場で記事を書かざるを得ない。
2010.12.24 08:38 | 選挙制度 | トラックバック(-) | コメント(12) | このエントリーを含むはてなブックマーク
菅直人首相には、ますます呆れるばかりだ。

臨時国会召集日に、「異例」の記者会見(異例かどうかは異論もあるようだが)を行って、何を言い出すかと思うと、「国会議員が自ら身を切る必要がある」と称して、衆議院80、参議院40の定数削減を言い出した。

おそらく、「公務員叩き」で人気を急上昇させた「みんなの党」にあやかろうという魂胆だろう。

だが、そんな浅知恵はすぐに見透かされてしまう。

この議員定数削減は、小沢一郎や鳩山由紀夫が強硬に主張していた政策だから(小沢一郎と鳩山由紀夫は菅首相よりもっと悪質で、削減の対象を比例区に絞っていた)、世の「小沢信者」はこの件では菅首相を批判はしないだろう。だが当ブログは菅首相を批判する。

何よりふざけているのは、菅首相自身が、アメリカ以外の国と比較すると日本の国会議員定数は決して少なくないことを知っていることだ。そのことに言及した映像がテレビで流れた。世界的には必ずしも少なくないけれど、アメリカ並みに少なくしたいと言ったのである。

ネットでも、ちょっと調べただけで日本の国会議員の数はアメリカを除く先進国より極端に少ないことがわかる。たとえば、「おしえてBP!」という日経BPのサイトに、下記エントリが掲載されたのは2007年である。
http://oshiete.nikkeibp.co.jp/qa3424711.html

以下引用する。

確かにアメリカ合衆国の連邦議会との比較であれば多いです。
軍事・外交権限は連邦政府にありますが、各州政府は合衆国憲法の範囲内で、それぞれ立法権、行政権、司法権を持ちます。
各州には上下両院があり、50州の下院議員の合計は5488人(96年)となり人口100万人あたり20.41人となります。

G7各国(96年)の下院議員の定数の人口100万人比では
日本    3.98
イギリス 11.21
イタリア 10.98
カナダ  10.05
フランス  9.90
ドイツ   8.01
米連邦下院 1.62
となっています。

よって、アメリカの連邦議会の下院と比較して多いが、
先進主要国中では極端に少ない、という実態である事がわかります。


それなのに、「国会議員自らが身を削る」という名目で、菅首相が議員定数削減にこだわるのは何故か。

いうまでもなく、二大政党の一つである民主党は、少数政党の議席を減らしたいからである。

もともと選挙制度の改悪は、90年代の「政治改革」の目玉だった。かつて鳩山一郎や田中角栄が企て、そのたびに野党や朝日新聞などマスコミの反対にあって潰れたが、90年代の政治改革の局面では、マスコミが選挙制度改悪に加担する形となった。朝日新聞にも、故石川真澄記者のように小選挙区中心の選挙制度に反対したジャーナリストがいたが、それは社論とはならなかった。

たまたま、処分しようとしていた『論座』2007年9月号に、河野洋平と若宮啓文(当時朝日新聞論説主幹)が宮澤喜一氏を追悼する対談をした記事が出ているが、1993年当時マスコミが小選挙区制実現に熱心で、梶山静六・自民党幹事長以下、河野洋平氏やYKK(山崎拓、加藤紘一、小泉純一郎)ら、小選挙区制に反対する議員は「守旧派」とのレッテルを張られた。宮澤首相は、テレビ朝日の『サンデープロジェクト』に出演し、政治改革を「どうしてもこの国会でやらなければならない。やるんです。私はうそをついたことはありませんよ」と発言したが、自民党執行部は反対派で固められていたため、宮澤内閣は最終的に政治改革法案の成立を断念した。これが田原総一朗らに「嘘つき」と攻撃され、内閣不信任案可決につながった。「政治改革」論を唱えていた自民党羽田派(実質的には「小沢派」だった)は大勢で自民党を離党し、新生党を結成した。

この時の衆院選の結果を受けて細川内閣が成立したのだが、この選挙では自民党が勝った。私は自らの思想信条に従って、何があっても自民党には投票しない人間なのだが、この時は「政治改革」の目玉である選挙制度の改悪には絶対反対だったので、意識的に死に票となる無所属候補に投票し、開票速報では自民党の善戦を期待したほどだった。そして、現に自民党は勝ったのである。一般には「負けて下野した」ことになっているが、自民党は解散時に羽田派が抜けて既に過半数を割っており、解散時より1議席増やしたのである。つまり、当時の日本国民の多数は必ずしも小沢一郎らが推し進めた「政治改革」など支持していなかった。

あの時の選挙結果だったら、自民党には他党と連立を組む選択肢があったが、当時の自民党執行部は尊大な人間ばかりで、河野洋平氏によると、野党を惹きつける吸引力のある政治家は、ただ一人後藤田正晴氏がいただけなのだそうだ。実際、後藤田氏のとりなしによって、自民党は日本新党と連立を組む流れだったとも聞いたことがある。ところが、サミットの最終日に後藤田氏が体調を崩して倒れてしまい、梶山静六、三塚博、佐藤孝行では「とても他党の人は集まらない」(河野洋平氏による)状態になり、結局日本新党は新生党や社会党その他と組んで、細川護煕内閣が成立したのだった。つまり、後藤田正晴氏さえ倒れなければ、政権交代はなかった。「ハプニング政権交代」だったともいえる。

こんなことを延々と書いたのは、あの時小沢一郎が「剛腕」をもって進めた政治改革には、本来政権交代を起こす力などなかったことが言いたいからだ。当時自民党側が持ち出した案は単純小選挙区制であり、社会党や公明党は小選挙区比例代表併用制だった。後者は、実質的には比例代表制であり、自民党案とは水と油だったから、まさか社会党が小選挙区比例代表並立制で、しかも両者イーブンではなく小選挙区制300、比例区200などという案で妥協するとは想像もしなかったし、こんな案で妥協した社会党は馬鹿じゃないかと思った。94年の自社さ政権時代の変節ともども、政治改革における妥協でも、社会党は自滅への道を選んだ。

昨年の衆院選前に小沢一郎と鳩山由紀夫が「衆院比例定数80削減」を強硬に主張したのは、90年代からの一貫した自民党系「政治改革」の流れを汲むものだし、今回の菅首相の発言もその延長線上にある。

民主党が削減したいのは、むろん比例区であって、昨日(1日)、枝野幸男幹事長は「比例区削減というのは、それが一番簡単だからであって、実際どのように減らすかは野党と議論していきたい」などと詭弁を弄していたが、公明、共産、社民、みんななど少数政党はもちろん、自民党の石原伸晃までもが比例区定数削減には反対していた。もっとも、自民党やみんなの党は比例代表中心の一院制(当然憲法改正を伴う)を主張しているはずだ。

とはいえ、当面の政策としてだけではあっても、この件だけは自民党には比例区定数削減反対を貫いてほしいと思う。参院選で民主党が過半数を確保していたら、「衆院比例定数80削減」の法案は必ずや通っていただろうと思うから、民主党が今回の参院選で負けたことは、日本の政治にとっては良かったと思う。

それにしても菅直人。消費税増税発言で支持率を落としたかと思えば、今度は議員定数削減とは、いったい何を考えているのか。全然国民生活のためにならないことばかり口にするこの男にはほとほと呆れ果てた。このていたらくでは、9月の民主党代表選で負けても仕方ないと思う。本来百家争鳴の気風を持つ政党であるはずの民主党は、代表選でいろんな人たちが手を挙げて、一大論争を展開し、それを国民に示すべきだ。

その結果、前原誠司だの樽床伸二だのといった新自由主義者が民主党代表・内閣総理大臣になろうものなら、民主党政権は自壊への道を歩むだろうとは思うが、それも政権政党の選択であれば仕方ないだろう。次の総選挙で有権者が民主党を見放すだけの話である。いずれにせよ、菅直人代表が再選されたいと思うのであれば、論戦に勝たなければならない、そんな民主党代表選にすべきである。

最後に、昨年8月5日付エントリ「『国会議員の定数削減に反対する共同声明』に賛同します」へのリンクを示す。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-966.html

記事の前半は、昨年の今頃大騒ぎになっていた、城内実の「眞鍋かをりさんポスター無断使用事件」について書いているので、思い出していただくのも一興かと思う(笑)。もちろん、その部分は今回の本論とは全くの無関係であり、後半で 「国会議員の定数削減に反対する共同声明」を紹介している。


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城内実が眞鍋かをりさんの写真を無断でポスターに使用したとされる事件は、ちょっと変わっていて、マスコミの扱いはごく小さいのに、ネットでは連日取り上げられ、それもこんな事件なんか、と思いながら何度も書く羽目になるブログが多い。かくいう当ブログも、メインの話題から撤退すると宣言したものの、こうして前振りで書き続けている。

一昨日のエントリで紹介した、『kom's log』管理人・三浦さんの秀逸な考察は特に強く印象に残ったが、『玄倉川の岸辺』の一連のエントリや、『extra innings』の考察も共感できるものだ。ことは人間(本件の場合は眞鍋かをりさん)の尊厳にかかわる問題であり、上記三氏の考え方は、いずれもそれを尊重する立場に立っている。

しかし、それ以上にこの件が面白いのは、ネットに蔓延する陰謀論者たちの生態を生々しく観察できるところにある。当ブログにも城内実支持の陰謀論者たちから当ブログを批判するコメントがずいぶん寄せられているが、陰謀論批判側からの簡潔なまとめとして、『Living, Loving, Thinking』の下記エントリがある。
http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090804/1249405632#20090804f1

「陰謀論者を探せ」とばかり、城内実信者たちがネットのあちこちで繰り広げている醜態を採集するのは、面白くはあるが、非公開を含む苦言のコメントで指摘を受けているように、重要なことでもないし、「知的」から程遠いのも確かだ。そこは、無償のブログだからと自分に甘く書き流してしまっている。たとえば、8月3日付のエントリ「城内実の「国籍法」を巡る酷い発言と「ポスター騒動」の連関」は、「左のほうの水伝騒動」の蒸し返しを入れてしまったために不必要に長いエントリになっており、これは論文や有料配信の記事だったらばっさり削ったところだが、個人的にこれを書かなければ腹の虫が収まらなかったために、読者の迷惑を省みず混入させてしまった。このあたりが、管理人が好き勝手に振舞える無償ブログの限界である。

本当は今日あたりは裁判員制度、小沢一郎と橋下徹との会談、あるいはビル・クリントン元米大統領の北朝鮮電撃訪問などを取り上げるべきなのかもしれないが、あまりまともな記事が書ける状態ではないので、今日はやめておく。その代わりといっては何だが、『広島瀬戸内新聞ニュース』からTBいただいた、「国会議員の定数削減に反対する共同声明」を紹介したい。本日(8月5日)午前中は、エキサイトブログがサーバメンテのために同ブログにアクセスできないので、呼びかけ人が運営されている『平和への結集ブログ』のエントリ(下記URL)にもリンクを張っておく。
http://kaze.fm/wordpress/?p=276

以下、同ブログから転載する。

共同声明「国会議員の定数削減に抗議する」

                                    
2009年8月4日

 民主党は、7月27日に発表した衆選マニフェスト(政権公約)のなかで、「ムダづかい」削減のために衆議院比例区議員の定数80削減を提案した。
 自民党でも、定数削減を政権公約にしている。

 しかし、国会議員の定数削減は、議会制民主主義のもとにおける有権者の多様な意思の表明を困難にし、民主主義の精神を踏みにじるものであり、我々はこの提案に強く抗議する。

1. 議会制民主主義のもとでは、広範な市民の多様な意思をできるだけ的確に議会に反映させること、従ってまたこのための仕組みが極めて重要である。

2. このためには、然るべき人数の議員が必要である。
 現在の衆議院の定数、480人は決して多すぎるものではない。
 現在の選挙制度が発足した時には500人であったが、その後削減されている。

3. ヨーロッパの主要国(独、英、仏、伊)では、人口は日本の2分の1から3分の2であるが、下院議員の定数は600人前後である。
 人口10万人当たりの定数は、独で0.74人、その他では1.0人前後である。
 これに対し、日本では0.38人と極めて少ない。

4. 米国の連邦下院議員定数は、435人と少ないが、独特の大統領制である、州の権限が強い連邦国家であるなど、政治制度が日本と 著しく異なっており、比較の対象にするのは適切ではない。
 それでも、米国の議会予算は日本より大幅に多い。

5. 定数削減の目的は、これまで、民間のリストラ、国の行政改革に対応して、国会も人員、予算の節約を図る必要があるため、といわれてきたが、今回「ムダづかい」削減による財源確保が目的、とされている。
 しかし、国権の最高機関である国会の議員の在り方を、民間や一般公務員と同じように論ずることは基本的に間違っており、特に議員定数の一部を「ムダ」とみなしてその削減を財源確保の手段としていることは、到底容認できない。
 定数削減の結果、国会がまともに機能しなくなったら、民主主義が衰退してしまうことを無視している。

6. このような危険を冒してまで議員定数を削減しても、それによる予算節約はそれほど大きいものではない。
 国会の予算は、国会図書館を除くと約1,100億円である。(この他、政党助成費が321億円ある。)
 これは、一般会計予算の0.12%であり、この一部を削減しても予算の1万分の1から2程度である。       
 因みに、米軍へのいわゆる「思いやり予算」は2千数百億円に上る。また、F?15戦闘機は一機100億円、F?2は120億円である。
 もちろん予算節約の努力は必要であるが、他方、国会の基本的な任務遂行に必要な予算は、民主主義のコストとして負担すべきである。

7. 定数削減は、比例区の定数削減として提案されているが、この提案には、民意をより正確に反映する比例区の定数を削減し、最終的にはこれを無くして、完全な小選挙区制に変えてしまおうという意図が窺われる。マニフェストには「政権交代が実現しやすい選挙制度とする」と記されているからである。
 ただし、専門家によると、小選挙区制では政権交代が起きる可能性が高い、ということは明瞭とはいえない。

8.小選挙区制には問題があることは広く知られているにも拘わらず、選挙制度の在り方について公に議論しないまま、定数削減によって完全な小選挙区制へと実体を変えようということは、極めて不公正、不当な政策であるといわざるをえない。

9. 小選挙区、2大政党制は、統治する立場からは好都合といわれているが、市民の立場からは、多様な民意を的確に反映させることにはならず、不公正である。
 有権者の意思を的確に反映させるためには、少数政党への投票をも尊重する比例代表制を基礎とした制度が絶対に必要である。

10. このように大きな問題があるにも拘わらず、定数削減という方針が尤もらしく聞こえ、一定の支持を得ているのは、ろくに仕事をしない議員が多すぎる、世襲議員が余りにも多い、などのためであろう。
 この状況を改めるのは、定数削減ではなく、望ましくない議員を落選させ、真っ当な人物を選ぶことである。

11. 参議院議員の定数については、今回は触れない。参議院の在り方を議論する過程で慎重に検討すべきである。
 衆参合わせて何割削減などという粗雑な議論は、問題外である。

 以上の理由により、我々は国会議員の定数削減という政策の撤回を強く求める。

「平和への結集」をめざす市民の風
http://kaze.fm/
join@kaze.fm


印刷用のファイルは、下記URLから入手できる。
http://kaze.fm/documents/teisusakugen_seimei.pdf

もちろん、以前から自民党および民主党の国会議員定数削減案に反対してきた当ブログは、この声明に賛同する。読者の皆さまにも是非ご賛同いただきたいと思う。

最後に、当ブログの関連エントリを下記に挙げておく。

「百害あって一利なしの「比例区定数削減」にこだわる民主党」(5月26日)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-914.html

「二大政党の「党首討論」と過激化する議員定数削減競争」(5月29日)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-917.html

「選挙制度改悪を批判できない言論に権力の「弾圧」は不要だ」(6月1日)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-918.html

「こりゃダメだ! 論外の自民党、定数削減に固執する民主党」(6月10日)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-925.html


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天安門事件20周年も秋葉原事件1周年も触れないまま、選挙制度改悪の動きを批判するエントリばかり上げている。アクセス数だけを重視するブログ運営をするなら、この件は、環境・エネルギー問題や世襲制限批判に次いで不人気なのだが、止めるわけには絶対にいかない。民主主義の根幹に関わる問題だと思うからだ。

だが、本論に入る前に、このところ常軌を逸してきた自民党の妄動を批判しておくことにする。これも、書く機を逃しそうになっていたが、絶対に見逃してはならない件だ。

6月7日付の読売新聞記事から引用すると、

 麻生首相は7日、東京都議選(7月12日)の立候補予定者の応援で訪れた武蔵野市のJR吉祥寺駅前で街頭演説し、弾道ミサイルの発射準備を進める北朝鮮に関し、「戦うべき時は戦わねばならない。その覚悟を持たなければ、国の安全なんて守れるはずがない」と述べ、制裁強化などで圧力を強める姿勢を強調した。
(2009年6月7日19時31分 読売新聞)

とのことである。

自民党は、これまでも困った時には北朝鮮を政権浮揚のために利用してきたが、ここにきてのこの麻生発言は、いよいよ自民党が頼れるものは北朝鮮しかなくなったという印象だ。それにしても、民主党との戦い(総選挙)から逃げている麻生首相が、北朝鮮と戦う覚悟を国民に強要するとは呆れる。こんなのを、「選挙に勝てる」ことを理由にして総裁に選んだ自民党には、下野してもらうしかない。

ところで、その自民党には「衆参両院を統合し『一院制の新国会』を創設する議員連盟」(衛藤征士郎会長)というのがあり、この議連が9日の役員会で、2019年に衆参両院を対等に統合した「新国会」を発足させるとの決議案を決めたとのことだ(朝日新聞記事より)。

同議連は決議案を党改革実行本部の武部勤本部長に提出し、次期総選挙の公約に盛り込むよう求めたが、その内容は、

(1)国会の定数を現在の衆参両院(衆院480、参院242)から約3割減の500人(2)選挙区は原則、大選挙区制で、人口25万人に1人の議員選出を目安に各都道府県に定数を割り振る――としている。
(2009年6月9日21時14分 朝日新聞)

とのことだ。これを実現するためには憲法改正が必要で、そのための原動力にしたいという意図がミエミエだし、うるさい参議院を廃止してしまえというのも論外だが、以前の中選挙区制よりさらに区割りの大きな「大選挙区制」を打ち出しているのは、自民党の党勢が衰退した今となっては、その方が自民党に有利だという党利党略からきているものだろう。公明党への配慮もあるかもしれない。だが、もちろんこんな案は認めるわけにはいかない。

一方、民主党も9日午前の常任幹事会で、定数削減を含めた参院の選挙制度のあり方を議論する「参議院選挙制度等改革検討委員会」の設置を決めた(産経新聞記事より)。座長は岡田克也幹事長、座長代理に輿石東参院議員会長が就き、5人程度で議論するとのことだが、わずか5人の意見で選挙制度をゆがめてしまおうなどというのは、とんでもない話である。産経新聞によると、

現在の党勢の原動力でもある参院第一党の立場を揺るがしかねないとの懸念から党内の参院側に慎重論もあることからとりまとめは難航しそうだ。
(2009年6月9日12時36分 産経新聞)

とのことだが、当然だろう。産経の記事は触れていないが、昨日のエントリでも触れたように、社民党の反対もある。

ところで、比例区を狙い撃ちにした民主党の議員定数削減案については、共産党支持ブログの主張が活発で、友さん運営の「大脇劇場」からはエールもいただいている。いただいたエールに対する反応が遅れてしまったが、ここにお礼を申し上げる。

また、当ブログにも民主党右派に近いと思われるcubeさんから、下記のコメントをいただいた。

私は民主党が平沼や鳩山弟や橋下と握手することは、まだ「合従連衡」の内であり、現実的対応として許されると思います。
しかし比例定数削減はよくないですね。私が民主党にメールしたら、

今回ご指摘の「参議院の議員定数削減」は、民主党としての方針ではございません、各議員により、それぞれ考えはあるのでしょうが。民主党は行政改革などを顧みて、議員数も削減すべきとの施策を主張し、衆議院議員の定数を400人に減らすための法律案(公選法改正案)を2004年の第159回通常国会に提出いたしました。
有権者のみなさんのお考えを鏡のように反映させようとすれば「比例代表選挙」ですが小党分立状況になりますし、政権交代をやりやすくするならば「小選挙区選挙」となり大政党に集約されていきます。選挙制度は、各党ばかりでなく政治家個人間でも、「最良」の制度は異なるものだと思います。

などというあいまいな返事をいただきました。
福島さんは、「連立しないかもしれない」ではなく、「しません」とはっきり言うべきですね。この社民党の対応は正しい。
2009.06.09 10:25 cube


当ブログは、共産党とも意見が合わないないところがあるし、それ以上に「平沼や鳩山弟や橋下と握手する」ことを容認するcubeさんの意見とも合わないのだが、比例区定数削減反対については三者の意見が一致する。民主党に抗議のメールを送られたcubeさんには敬意を表したい。

それにしても、「民主党としての方針ではない、各議員により、それぞれ考えはある」と言いながら、岡田克也や輿石東ら5人だけで比例区定数を削減してしまおうという民主党執行部のゴリ押しは断じて許されるものではない。党代表の鳩山由紀夫は強烈な比例区定数削減論者であり、鳩山代表の意向も民主党の動きに反映していると考えて間違いあるまい。

民主党内からも異論は出ている。「JANJAN」で、民主党員のさとうしゅういち記者が伝えるところによると、6月6日午後6時に広島県福山市を訪れた民主党鳩山代表の遊説会場は、超満員で人があふれてしまい、その人気は「小泉旋風を髣髴(ほうふつ)とさせる」ものだったそうだが、さとう記者は「議員定数の削減を今やるのはまずいのではないか」という質問をしたかったが果たせなかったとのことだ。だが、民主党内からの異論をネットで発信している。さとう記者は「広島瀬戸内新聞ニュース」で、反対の理由を、

選挙協力にも悪影響が出るし、官僚をうまく押さえ込んで使いこなすには、議員は当面減らさないほうがいいのではないか?むしろ立法は強化すべき。

と書いている。

しかし、「反自公」を唱えるネットの主流になっているブログや掲示板では、民主党の定数削減案への反対の声はいたって弱い。彼らの司令塔的存在である植草一秀氏のブログは、さすがに「総選挙の争点と国会議員定数削減論への反対論」と題するエントリで、さる掲示板に「風太」さん(当ブログのコメント常連の方でもある)が投稿された記事を引用する形で、定数削減に反対の意見を表明している。そのこと自体は評価できるが、定数削減を強硬に主張する鳩山代表や岡田幹事長ら民主党執行部に苦言を呈する文言が見当たらないのが画竜点睛(がりょうてんせい)を欠く。オピニオン・リーダーの腰が引けているとフォロワーたちが感じたら、彼らは民主党執行部に物申す姿勢を全く見せなくなるので、植草氏には率先垂範をお願いしたいと思う。植草氏がブログからリンクを張った憲法学者の上脇博之教授(神戸学院大学)のブログ記事には、「しんぶん赤旗」の記事からの引用や、同紙にインタビューを受けた時の上脇教授のコメントも掲載されており、この件に関しては植草氏は共産党と同意見だと考えて差し支えないと思うのだが、そのことや民主党執行部への批判の文言を表に出さないあたりに物足りなさを覚えるというか政治的意図を感じる。だが、留保はつけるけれども国会議員定数削減反対論に関しては、当ブログも植草氏の意見に賛成である。

ちょっと今日の記事は長くなり過ぎたが、物言えば唇寒しであってはならないと考え、長文をつづった次第である。ここまで読んでくださった読者の方々には、お礼を申し上げたい。


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今日から6月。当ブログが政治の話題を中心に書くようになったのが、3年前の6月上旬、当時コイズミ内閣の官房長官を務めていた安倍晋三が統一協会系の大会に祝電を送ったのがネットのスクープで発覚したのがきっかけだった。安倍晋三は、当時も今も変わらず、現存の政治家の中では一番嫌いな人間なので、この一件をきっかけに、安倍晋三の首相就任を阻止したいと思った。

それから3年。その間、安倍晋三は総理大臣になったが、1年後の参院選に「歴史的惨敗」を喫して退陣、あとに続く福田康夫内閣は民主党代表だった小沢一郎と大連立でいったんは合意したが、世論の反発を受けて挫折すると、1年後には安倍に続いて政権を投げ出した。そして、「選挙に勝つため」に登場したはずの麻生太郎は、思わぬ不人気に遭って解散を先送りし、西松事件や補正予算を利用して、いったんは10%前後まで落ち込んだ内閣支持率の浮揚に必死だ。なんとかもっとも自分の都合の良い時期の解散を狙っているのだろうが、麻生は既にチャンスを二度逸した。内閣発足直後の「ご祝儀相場」で内閣支持率が40%を超えていた頃と、西松事件が起きてから小沢一郎が民主党代表を辞任するまでの間だ。おそらく麻生には、「こんなはずはない、俺はもっと人気者のはずだ」という強烈なうぬぼれがあり、自民党が独自に行っている衆議院選挙の情勢分析に満足できず、むざむざ解散のチャンスを逃したものだろう。自民党内でも、麻生太郎のわがままぶりに舌打ちしている人は多いに違いない。

麻生太郎は、単にわがままであるばかりではなく、実に軽薄だ。政権浮揚につながりそうな政策を打診されると、すぐにそれに飛びついて、党内から批判を浴びるとすぐに取り下げる。最近では、ナベツネ(渡邉恒雄・読売新聞会長)の肝煎りといわれる厚生労働省の分割案が好例で、顔を潰されたナベツネは何をたくらむかわかったものではない。ナベツネをも恐れぬ麻生は、いい度胸をしていると思う。

まことしやかな週刊誌の予想によると、鳩山由紀夫が小沢一郎に代わって民主党代表になったことで、衆議院選挙は民主党の辛勝になりそうだという(先週号の「週刊ポスト」)。民主党代表が小沢一郎のままなら自民党が勝ち、岡田克也なら民主党の完勝になるが、鳩山由紀夫ならその中間になり、議席数は伯仲するが、当選の見込まれる自民系無所属の平沼赳夫や中村喜四郎らを加えても自公与党は民主党、社民党、国民新党、新党日本の4党連合に及ばないのだという。もっともらしいことを書くものだと思うが、週刊誌の予想が当たらないことは、4年前の「郵政総選挙」でいやというほど思い知っている。あの時は解散直後には自民党敗北、民主党勝利が予想されていたし、私もそうなるだろうと思った。その流れを変えたというか、コイズミが最初からたくらんでいたのが「刺客作戦」だった。あれほど小選挙区制の特性を活かした作戦はなかった。この一例を見ただけでも、90年代の「政治カイカク」の目玉だった選挙制度カイカクの誤りは明白だと思う。だが、第一党が視野に入った民主党は、その誤りを認めるどころか、さらなる比例区定数削減を訴えるありさまだ。現段階では民主党は自民党と比較して、小選挙区より比例区に強みがあるにもかかわらず。これこそ、「自民党(自公)政権を延命させる」主張なのではないか? なぜこれに対する批判の声が高まらないのだろうか?

政府によるネット言論の制限が取り沙汰されるが、日本には権力による言論弾圧など不必要なのではなかろうか。なぜなら、勝手に自主規制してくれるから。連日自公政権打倒を叫び、民主党は国民の味方で自公政権は大企業やアメリカの味方だと連呼して急成長した有名人のブログは、なぜか選挙制度のことを全然書かないし、そのフォロワーたちもみな右に倣えだ。この「右に倣え」がくせものである。自民・民主が競う比例代表の定数削減は、ますます政治を民意が反映されないものにする方向性を持っているが、それに反対する意見をブログで公開するのは、共産党支持のブロガーが中心で、中には民主党員の方や、当ブログ管理人のような無党派で反自公の者もいるけれども、たいていの「リベラル・市民派ブロガー」は、民主党執行部の主張には何も反対しない。こんな状態だったら権力による言論弾圧も何も必要ないのである。ほっといても、勝手に権力にとって好ましい形(単純小選挙区制)に向かって行ってくれるのだから。

先週号の「サンデー毎日」には中曽根康弘のインタビューが出ていて、自民党はマニフェストに大連立をにおわせる文言を入れよ、大連立政権で憲法改正を目指せと言っていた。自民党では、よりにもよって麻生太郎を総理大臣にしてしまったキングメーカー・森喜朗の影響力が低下し、前記「週刊ポスト」によると、安倍晋三は自民党が総選挙で負けたら潔く下野し、安倍自身を新総裁にして自民党は巻き返しを図るべきだなどと考えているのだという。選挙制度一つとってさえ、国民の意見を反映させるような方向性を持った言論が、マスコミからもネットからもほとんど上がって来ない現状では、いつまで経っても安倍晋三に代表される無能な世襲政治家たちが政治を壟断する時代が延々と続き、日本は没落の一途をたどってしまうのではないか。そんな暗い予想に傾きつつある。


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27日に行われた自民党の麻生太郎総裁と民主党の鳩山由紀夫代表との間で行われた党首討論は、たいした内容のものではなかったが、どういうわけか新聞各社はこの党首討論を持ち上げていたようだ。昨日(28日)のテレビ朝日「やじうまプラス」で、朝日、毎日、日経の三紙が社説で毎週でも党首討論をやれと書いたと紹介していたが、それを見ながら、自民党と民主党だけで良いのかと思った。コメンテーターの中でただ一人それに触れたのが江川紹子で、公明党と共産党で党首討論をやっても良いのではないかと言っていた。

公明党と共産党の討論だったら、激しい討論になるかもしれないが、民主党が言っている衆議院の比例区定数80削減だとか、自民党が言っている国会議員定数の3割削減などには、両党とも「断じて反対」で一致するだろう。

民主党の「比例区80削減」は、2007年の参院選向けマニフェストにも盛り込まれた前々からの主張とのことだが、15年経って誤りが明らかになってきた「政治改革」の路線を無批判に継承するものである。誤りを正そうとする努力をしない民主党からは、やはりこのところ私が懸念しているように、百家争鳴の党風が失われてきているのだろうか。党内で路線転換の議論すらなされないようでは、民主党の前途は明るいものとはいえない。そもそも、このところの衆参の選挙で、選挙区ではまだまだ自民党が強いが、比例区では民主党に強みがある。その強みを自ら削ごうとは、民主党はいったい何を考えているのか。

自民党の「国会議員定数の3割削減」に至っては論外で、現在の衆参両院の合計定数722人を、約10年かけて200?300人程度減らすこの案は、憲法を改正して衆参両院を統合することを念頭に置いている。与野党が逆転している参議院が邪魔だから、なくしてしまえというのが自民党の本音なのだ。

このように、どんどん過激さを増す自民・民主の国会議員定数削減「カイカク」競争だが、私は多様な民意を議会に反映させるためには、二院制の堅持はもちろん必要だし、議員定数を削減する必要は全くないと考える。改革をやるなら、議員報酬を大幅に引き下げれば良いだけの話だ。自民党は両院の「ねじれ」を問題にするが、一昨年の参院選直前に、時の首相だった安倍晋三は何をやったか。民意を無視した強行採決の連発だった。その安倍が総裁を務めていた時に自民党が惨敗したのは、自公政府の暴走を止めよという民意の反映だったのである。

それにしても、党首討論を持ち上げる朝日・毎日・日経の翼賛新聞にも困ったものだ。毎日新聞はこれまで比較的頑張ってきたが、このところひどい記事が目立つようになった。三沢耕平という記者が書いた「御手洗経団連会長:難題次々「悲運の財界総理」 最終年へ」という記事など、とんでもない経団連ヨイショ記事で、むかっ腹を立てずに読むことは不可能だ。ともに世襲のボンボンである安倍晋三と御手洗冨士夫(キヤノン創業者は叔父の御手洗毅)が、2006年当時既に時代遅れになっていたレーガノミクスというか狂った新自由主義政策の推進に邁進し、自滅しただけの話なのに、それを御手洗や経団連、安倍らからの「目線」で「悲運」などと書くとは、日経、朝日に続いて毎日新聞も「経団連の広報紙」の仲間入りをしたいのだろうか。

こんな新聞が持ち上げる「党首討論」。多様な民意を汲み上げるどころか、世襲の政財界人による日本の支配を強化するつもりなのか、と思ってしまう。政治を国民の手に取り戻さなければならない。


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民主党の鳩山由紀夫代表が、かねてからの持論である衆議院の比例区定数削減をきたる衆院選における民主党のマニフェストに盛り込む意向を示しているが、とんでもない話である。

私はもともと1990年代の「政治改革」を冷ややかに見ていた人間であり、「小選挙区制にすれば金のかからない政治が実現できる」とか、「二大政党制が実現できる」などというたわごとは、当時も今も「何を馬鹿なことを言ってるんだ」としか思っていない。

そもそも、中選挙区制のままであれば、菅直人が民主党、小沢一郎が自由党をそれぞれ率いていた時代に既に、民主党と自由党の議席を足せば自民党を上回る選挙結果になったはずだと試算した人がいたはずだ。小選挙区制は、第一党に圧倒的に有利な選挙制度であり、それを最大限に活かしたのが2005年の「郵政総選挙」におけるコイズミだったが、コイズミ自身は小選挙区制を含む「政治改革」には反対していた。政治改革を推進していたのは、小沢一郎をはじめ、現在民主党にいる面々である。これに関しては、鳩山由紀夫も岡田克也も菅直人も全員同罪であり、岡田克也は今回、参議院の定数削減まで言い出したし、菅直人もかつて単純小選挙区制を主張したことがある。

小選挙区制にしたところで、政治に金がかからなくなどなりはしなかった。ようやく民主党が「3年後」の企業・団体献金全面禁止を打ち出したが、政治改革の議論の頃からもう15年以上経ってもこのざまだ。また、小選挙区制の大きな欠点の一つとして、党執行部の権限が強まりすぎて、たとえ国会議員であっても党員が執行部に頭が上がらなくなったことが挙げられる。かつては「分裂選挙」で分裂した両方の候補が中選挙区制で当選することもあったが、現在では党の公認を得られるかどうかが候補者の死命を制する状態で、これを悪用したのが「郵政総選挙」で「刺客戦法」を仕掛けたコイズミだった。この悪夢のような総選挙以降、自民党議員は次の選挙で「刺客」を送られてはたまらないとばかり、コイズミに頭が上がらなくなったばかりか、以後の総裁選で、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎と、「総裁選に当選しそうな候補」に一斉になびくという情けない姿をさらした。

いや、自民党ばかりではない。民主党でも、昨年の代表選が小沢一郎の無投票当選になったのは、議員たちが執行部を恐れたからにほかならないし、今月16日に行われた代表選でも、「小沢チルドレン」とも呼ばれる一昨年当選の参議院議員らを中心に、優勢と見られた鳩山由紀夫になだれを打つ現象が見られた。

このように、百害あって一利のない現行の小選挙区中心の選挙制度は、一刻も早く比例代表制を中心にした制度に改められるべきであって、当ブログは以前からずっと、小選挙区比例代表併用制(現行の制度は小選挙区比例代表並立制)にすべきだと主張し続けているのだが、自民党や民主党の面々はそれに逆行して比例区の定数削減の先鋭さを競い合うありさまだ。今回も、自民党の「50減」に対抗して、民主党はもっと過激な「80減」を言い出した。そもそも、90年代の「政治改革」の頃、小選挙区と比例区の定数を250ずつの半々とする制度になるはずだったのが、土井たか子による斡旋を社会党がのんで、小選挙区300、比例区200の案で制度がスタートした。それが、比例区180に減らされ、さらにそれが一気に80も減ると、限りなく単純小選挙区制に近くなる。これでは、社民党や共産党の議席はほとんどなくなってしまう。「多様な民意を汲み上げる」ことに真っ向から反する、とんでもない選挙制度改悪であり、その裏には一日も早く改憲を行いたいとの思惑が見え隠れする。

私は以前から選挙区と比例区の投票先を分ける「戦略的投票」を行っているが、民主党が比例区削減を選挙公約に盛り込もうとしていることは見過ごせない。読者の皆さまにも、仮に選挙区は自公政権を倒すために民主党候補に入れるとしても、比例区の投票先は他の政党(保守なら国民新党か新党日本、左派なら社民党か共産党)への投票を検討されることを、強くおすすめしたい。


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