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きまぐれな日々

前回のエントリで取り上げた諫早湾の件は、結局菅直人首相が「上告断念・常時開門」を決断した。この件は朝日新聞が「スクープ」したが、実際には官邸から朝日へのリークだろう。しかし、菅政権の支持率浮揚にはつながっていない。私は、このくらいの判断は当然やってもらわなければならないと思っていたが、これさえも批判するマスコミもあるそうだ。単に自民党を後押しする勢力の戯言だろう。

諫早湾の上告断念は良かったのだが、その前日(14日)、菅首相が法人税の5%減税を決断したのは全くいただけない。5%も減税すると税収増の穴埋めができない、法人税減税は3%にとどめよとする野田佳彦財務相と、5%減税にこだわる玄葉光一郎民主党政調会長の意見が折り合わなかったのを、菅首相が調停したものだ。いうまでもなく、野田財務相は財源の確保にこだわる財務省の意見を、玄葉政調会長は法人税減税を強硬に要求する財界(経団連)の意見を代弁したものであり、菅首相は「官僚対経団連」のマッチで、経団連側に立った判断を下したことになる。

こんなところからも、「諸悪の根源は官僚」という俗説の愚かさがわかる。最近は、もともと左翼だった人が、「現代日本の対立軸は、資本主義対社会主義、小さな政府対大きな政府などではなく、官僚主導対政治主導だ。左翼は資本家の労働者からの搾取を問題視するが、本当に問題なのは官僚による税金の搾取なのだ」などというトンデモ理論をのたまっている実例を知って、私は腰を抜かした。いかにも河村たかし信者が泣いて喜びそうな言説だが、政治主導の結末が法人税の5%減税だった。

この法人税減税の見返りに、菅首相は財界に雇用の拡大を求めたが、財界は頑として応じようとしない。減税してもらいながら雇用も拡大しない企業とは、「やらずぶったくり」以外のなにものでもない。こんなことなら、いっそインセンティブ制にして、雇用を増やしたり、非正規雇用を正規雇用に転換した企業に限って法人税の一定率を減免し、逆にリストラした企業には法人税を増税するなどすれば良かったのではないかと思ってしまう。

この法人税減税は、菅首相が言っていた、「一に雇用、二に雇用」という言葉を自ら裏切るものだ。自民党やマスコミは、この菅発言に対して、「雇用あっての経済成長ではなく、経済成長あっての雇用ではないのか」と批判していた。増税してそれを政府による雇用に充てるという小野善康・阪大教授の主張はトンデモ扱いされた。私は小野教授の主張に全面的に賛成はしないが、不況期に政府が直接雇用を行う案は理にかなっていると思う。しかし、マスコミが強調したのは、その前段に当たる「増税」の部分であり、特にマスコミにとっては「増税イコール消費税増税」だから、小野教授は神野直彦・東大名誉教授ともども、「消費税増税論者」の代表格であるかのようにマスコミに伝えられた(小野教授自身が「所得税増税が望ましいが、消費税増税でも良い」と発言したことに問題はあったけれど)。

今回の法人税減税とは、まさに自民党やマスコミなど、菅首相を批判した側の主張に沿った政策といえる。政府は、今回の法人税減税に合わせて、企業向けの減税措置を縮小したり、富裕層を中心とした個人向けの増税を行うことで、1.5兆円になる法人税減税を一部埋め合わせる。それでは足りないからと財務省が反対していたのだが、逆に財界やマスコミはその増税分を批判している。財界は、それが資本の論理なのだろうから、彼らにとっては当然の言い分なのだろうが、看過できないのがマスコミである。「個人には増税」などというキャッチフレーズを使っている。あたかも「減税ならなんでも善、増税ならなんでも悪」と言わんばかりであり、そんなことばかり言っているから、河村たかしの噴飯ものの「減税真理教」が人々の共感を呼ぶのだ。

朝日新聞は、16日付社説で、いろいろと留保をつけながらも菅首相の法人税5%減税の決断を評価した。その留保が「財政の規律」であるから、これは財務省に沿った主張であって、悪いとこ取りをする朝日新聞には呆れるほかない。この社説でも、今日(17日)の社説でも、朝日は政府に合わせるかのように「消費税」の文字を封印しているが、社説には書かなくとも、朝日新聞経済部を代表するスター記者・伊藤裕香子が書いてくれている(笑)。

14日付の朝日新聞3面に伊藤裕香子が書いた記事の見出しは、「消費税封印 遠い抜本改革」、「財源かき集め帳尻合わせ」、「資産家や役員、高負担」となっている(東京本社発行最終版)。見出しだけ並べると、富裕層にばかり負担を求めないで、消費税で薄く広く財源を確保せよ、と言っているように見える。実際、伊藤裕香子は下記のように書く。

 個人向けの増税も、財源のかき集めの色彩が強い。財務省の五十嵐文彦副大臣は13日の記者会見で「これまでの税制は所得の高い人に有利な仕組みで、(所得の)格差拡大を生んできた。行き過ぎた部分の是正は急務であり、前進したと思う」と説明。民主党が掲げる「格差是正」の理念に沿ったものだが、税金を取りやすい富裕層に負担を求めただけに終わった側面は否めない。

(中略)

消費税増税の封印を解き税制の抜本改革に着手できなければ、所得税の税率構造の見直しなどの実現は難しい。結局は毎年、財源探しと「小手先」の税制改革を繰り返すことになりかねない。

(朝日新聞 2010年12月14日付 伊藤裕香子記者の署名記事より)


もういい加減にしてくれと言いたくなる。日本は、他の先進諸国と比較して、税収に占める所得税の比率が低い。長年にわたって累進制を緩和し続けてきたことに加えて、分離課税だらけの税制になっているために、年収1億を超の超富裕層になると、累進制が弱まるどころか逆進的になるということは、当ブログで何度も何度も書いてきたことだ。その所得税の見直しが、なぜ消費税増税の議論とリンクさせなければ進めることができないのか。伊藤裕香子の論理は、私には理解不能である。

今回の税制改革では、環境税の創設も盛り込まれた。だが、政権交代前の民主党の構想と比較すると小規模で、しかも段階的に実施されることになった上、特別会計に組み込まれる。昨夜のテレビ朝日『報道ステーション』では家計に与える影響の話をしていたが、この環境税にもっとも強硬に反対していたのはいうまでもなく経団連である。社民党や共産党はもちろん、「みんなの党」でさえ環境税導入に賛成していることは、以前当ブログで指摘したと思う。環境税が腰砕けになっているのも、政府が財界に配慮したものといえるのである。

飯田哲也氏の【20世紀型産業経済vs21世紀型知識社会の戦い】と題された10月22日付のTwitterをつなげて下記に紹介する。

民主党の環境政策が急速に劣化しているらしい。昨日、開催された民主党税制改正PTで、諸富京都大教授などの良識・良質な方をお呼びしながら、鉄鋼など経済界からの怒号で環境税潰しの空気を作るような運営がされたらしい。

民主党の税制改正PTメンバーは、中塚一宏委員長のほか、主要な参加メンバーとして、細野豪志、近藤洋介、吉田治、岸本周平、大谷信盛、小川淳也、川内博史。

民主党の税制改正PTメンバー、大阪選出の吉田治氏などは、関西人独特の雰囲気を漂わせながら、環境税が入ればカーボンリーケージが起きてしまうという、業界団体代表の発言を引き出すことを狙った質問を繰り返す。

川内氏などは、「民主党はマニフェストでガソリン税の揮発油税を廃止するだけでなく、その減税を公約したはずで、現在揮発油税の暫定税率部分が、つなぎ税によって維持されているのは公約違反だ」と叫ぶ。

経団連や電事連が温暖化政策(環境税・総量削減義務)や自然エネルギーの固定価格制度を「アンチビジネス」とレッテル貼りするなら、こちらは向こうを『反社会団体』と呼んだ方が良いかも。

経団連や電事連が「反環境税」の論陣を張るなら、こちらは彼らを「フリーライダー」(タダ乗り)で批判しなければ。

(2010年10月22日の飯田哲也氏のTwitterより)


かくして環境税は骨抜きにされた。

ついでに、同じ頃の飯田氏のTwitterに興味深いものがあるので紹介する。

祝島こそ、この国の『20世紀なるもの』と『21世紀を目指すもの』とが激しくぶつかり合う場所。名古屋のCOP10でも激しく非難されたように、瀬戸内に最後に残る、世界遺産級の自然が残るところに『遅れてきた原発』を作るセンスには絶句。原発を必要と考える人でも、変だと思うはず。(10月23日付)

名古屋(自治労全国大会)で前講演者(環境省)に対し、2派の「温暖化懐疑論」からの質問。一つは「トンデモ懐疑派」、もう一つは反原発から派生した温暖化懐疑派。極右と極左が図らずも共闘する結果に。2つの「トンデモ」の陰で、20世紀型のエネルギー既得権益が温存される。(11月6日付)


当ブログで池田信夫(ノビー)とその後小沢信者と化した人々が、「地球温暖化陰謀論」で共闘していることを批判したのは一昨年のことだ。当ブログがその後小沢信者たちと袂を分かったのは必然だったのだなと思う。温暖化懐疑論で一部小沢信者たちがあがめていた武田邦彦は、政治思想的には極右である。まさに極右と極左のトンデモの共闘。

そして、彼らの共闘が行き着く先が、再分配の否定である。初めの方に書いた、「資本家の労働者からの搾取より、官僚の人民からの税金の搾取の方が問題」と主張する、左翼崩れのトンデモ言説などがそれを後押しする。これに乗じて河村たかしは「庶民革命」を叫ぶが、権力者が主導する「庶民革命」などあろうはずがない。

「小沢信者御用達」の週刊誌というと、週刊金曜日、週刊朝日、週刊ポストなどが挙げられると思うが、その中の一つ、週刊ポストが「無税国家論」をブチ上げている(2010年12月24日号)。同誌の10月8日号で大前研一が「不平等な制度である現在の所得税、法人税、消費税などをすべて廃止し、平等な資産課税と付加価値税を導入する」などと主張していたらしいが、それを再度引き合いに出して「無税国家論」をアピールしたものだ。この「無税国家論」は、もとは松下幸之助の主張で、民主党、自民党などに数多くいる松下政経塾出身議員は在塾当時にたたき込まれたはずの思想だ。財務省の野田佳彦も民主党政調会長の玄葉光一郎も松下政経塾出身議員である。

資産課税の強化はもちろん必要だと私も思うが、税制の基本は直接税である。所得税や法人税の廃止などトンデモとしか言いようがないが、週刊ポストの記事は、金持ちを優遇するこれらの言説を批判する識者のコメントを載せながら、レーガンやサッチャーの政策を賛美しているのだから、読んでいて目が点になった。新自由主義そのものではないか。

こんな週刊誌が小沢信者にウケる。週刊ポストは、そのうち河村たかしのマンセーもやり始めるのではないか。来年の2月6日には、河村たかしの思惑通り、名古屋市ではトリプル選挙が行われることになりそうだ。新自由主義に酔いしれる人々が歓呼の声を上げる、2005年の「郵政総選挙」を思わせる悪夢の再来を見ることになりそうだ。河村信者が当ブログに「税金は罰金だ」というコメントを寄せたことを思い出す。こんな思想が蔓延するから、やすやすと法人税は減税され、環境税は骨抜きにされる。

なんとトンデモな年の瀬か。
mixiの「鍋党」コミュニティには、これを書いている時点で44人の方にご加入いただいた。コミュは、今のところまだ「入れものだけがある」状態でしかないが、別にROMでも何でも構わないので、お気軽に参加していただきたいとお願いする次第だ。

それにしても、昨日放送されたNHKスペシャル「借金862兆円はこうして膨らんだ」は、ひどい番組だった。財政赤字を積み上げた歴史を、旧大蔵省幹部の極秘証言録を入手したと称して、財務省の論理、財政再建厨の論理から、「これだけ『お国の借金』があるのだから、国民は社会保障切り捨てに耐えろ、消費税の大幅増税を受け入れろ」と脅迫するだけの、最低の番組だった。これほど一方的な立場からのプロパガンダに徹した「NHKスペシャル」を見た記憶は、私にはほとんどない。

八つ当たりすると、司会の城本勝と首藤奈知子も最低で、城本というのは政治取材23年のキャスターらしいが、はっとさせられる言葉など皆無だったし、かつて松山放送局発の四国ローカルニュースでよくお目にかかった首藤奈知子アナは、政治・経済に関する番組をやる器とは思えない。

番組内容はさらに最低で、どこからけなしていったら良いか迷うほどひどかった。1965年の不況で初めて赤字国債を発行したあと、国の財政を借金漬けにした元凶として、田中角栄の「福祉元年」(1973年)をあげていたが、ここで早くも「社会保障費の増大」を槍玉に挙げる番組の制作姿勢がむき出しになった。だが、事実は田中角栄は当然の政策を行おうとしただけの話だ。そこに折悪しく石油ショックが襲ってきたのが、日本にとって不運だった。

番組はさらに、1978年の福田赳夫内閣の大型予算を批判していたが、元来緊縮財政志向の強い政治家だった福田赳夫が、この年に大型予算を組んだのは間違いではなかったはずだ。これで1979年には景気が回復したのだが、またしても折悪しく、第2時石油ショックに襲われた。

1979年に、福田赳夫から代わった大平正芳首相が一般消費税導入を掲げながらこれを撤回し、衆院選でも自民党が大敗に追い込まれた件では、自民党を総選挙で敗北させた国民は馬鹿だったと言わんばかりのナレーションだった。

何よりおかしいのは、この番組はバブルを招いた中曽根政権や、バブル期に壮大なバラマキをやった竹下政権への言及が何もなかったことだ。いきなり細川政権時代の「国民福祉税」構想に話が飛び、細川護煕がインタビューに応じていた。米クリントン政権の圧力で所得税減税を強いられて減った税収の穴埋めとして、大蔵官僚と小沢一郎が主導して消費税増税を狙ったが、消費税増税は実現できず、所得税減税だけが実施されたので、バブル期の税収増で発行を止めていた赤字国債を再び発行する羽目になったという言い方をしており、要するに大蔵官僚や小沢一郎の主張通りに消費税をしなかった政府及び増税を許さなかった国民が悪いといわんばかりだった。

そもそもこの番組では、バブル期を中心に所得税減税をどんどん進めていって所得税の累進性を大幅に緩めたことについて、何一つ言及していなかった。「所得税」という言葉さえも用いなかったのではないか。「消費税を増税しなかったから財政赤字が膨らんだ」という一点張りだった。

そして、悪名高い橋本龍太郎政権の「6大改革」については、せっかく橋本政権時代に与謝野馨らが尽力して財政再建の足がかりを作ったのに、運悪く1997年の山一証券破綻などで頓挫したと言わんばかりであって、橋本内閣の緊縮財政志向が日本経済に冷水を浴びせたという、当時は当たり前だった認識については、完全に頬かむりしていた。橋本政権の失政は、1998年の参院選における自民党大敗につながったことだったにもかかわらず。

番組は小渕内閣時代の大型財政出動を批判したが、小泉・竹中の「構造改革」には全く触れずに終わった。それは、NHKが入手したという「旧大蔵省幹部の極秘証言録」というのが、昭和40年(1965年)から平成12年(2000年)までの分だったからだとNHKは言うのだろう。白々しい話である。

もちろん、番組では財政の収支を家計にたとえる、いつもの粗雑な洗脳のロジックを駆使していた。確か数年前に結婚したはずの首藤奈知子アナが政府の財政を家計にたとえて城本勝に質問し、城本がそれに答えるわざとらしい演出には呆れた。

朝日新聞の経済担当論説委員、小此木潔は、著書『消費税をどうするか』(岩波新書、2009年)に、

「消費税を導入したい、引き上げたい、という思いの強さが災いして、直接税を減らしすぎた」―― 表立っては言えない「反省」の言葉を財務省幹部から聞くようになって久しい。消費税を導入し、財源として大きく育てようとする「税制改革」路線が、所得税や住民税に代表される直接税を減らす要因になってしまったというのである。官僚がこうした反省を口にするようになったのは、日本経済がデフレから回復し始めてもなかなか税収が戻らない状況が続いたためでもあるようだ。

と書いているのだが、番組に登場した「元大蔵省幹部」たちは、誰もそんなことは言わなかった。「経済右派」との評価が定着しつつある朝日新聞の記者が書くようなことさえ、NHKスペシャルでは全く触れない。20年ほど前、大蔵官僚が直間比率の是正だとか税制の簡素化だとかを錦の御旗にしてどんどん金持ち減税を進めていったことなど、もちろん何も触れない。1991年度に26.7兆円あった所得税収が、2009年度には12.9兆円と半分になり、1989年度に19兆円あった法人税収が2009年度には6.4兆円と3分の1になったことなど、その気配もうかがわせない。ましてや、累進制のはずの所得税が、分離課税だらけの制度のせいで超富裕層にとってはむしろ逆進的になり、超金持ち優遇税制になっていることなど、天地がひっくり返ってもNHKは言わない。これらはみな、ほかならぬ財務省の資料に示されていることだというのに。

NHKはただただ、社会保障費の政府支出が増えたから、それなのに消費税を増税しなかったから、「お国の借金」がこんなに膨れ上がったんですよ、国民の皆さん、我慢しましょう、欲シガリマセン、勝ツマデハ、と、すっかり頬がこけて貧相になった愛媛県出身の首藤奈知子に実質的に言わせているだけである。

NHKは、こんな番組で視聴者を騙して洗脳できると思っているのかと、あまりにひどい番組内容と、しもじもを見下したエスタブリッシュメント層の構成員たるNHKのテレビマンの傲慢さ、それにそれとは裏腹の彼らの頭の悪さに呆れ返った。あんなプロパガンダに易々と騙されるほど、大衆は馬鹿ではない。プロパガンダは、もっと巧妙にやらなきゃダメだよ(笑)。

NHKへの悪態はともかく、「鍋党」としてやるべきことは、まず事実を正しく訴えることだと理解した。前回のエントリでも引用した『広島瀬戸内新聞ニュース』の記事から再度引用すると、

  • 庶民にとって本当に負担が重いのは、年金保険料や介護保険料、国保料などであり、社会保障の保険料主義、さらには、企業主義的、家族主義的な日本の福祉が限界にきていること。

  • 日本の政府規模は決して大きくないこと。社会保障や教育費も他の先進国と比べて低いし、これからは社会資本のメンテナンス需要も考えたら実は公共事業費だって一定程度は必要で、そうなるとある程度大きな政府にする必要がある。それにはある程度お金持ちから負担をいただく必要がある。

  • 日本の税制はお金持ちに有利になってしまっている。

といった事実を正しく理解していただけるような資料を、鍋党ブログなりホームページなりに掲載して広く知ってもらうことだ。政府税調専門家委員会の会議資料に、題材は豊富にある。ちょっとトライしてみたいと思う。


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当ブログの過去ログを見てみると、民主党代表選が終わった9月中旬からずっと河村たかしを批判する記事を書き続けてきた。民主党代表選で菅直人が再選、小沢一郎が敗北して、あの忘れられない一昨年9月1日の福田康夫元首相の辞意表明以来ずっと続いた「政局の時代」がようやく一段落したこともあって、政治を扱う他のブログもやや不活発になったのかもしれないが、それを考慮しても、一連の当ブログの河村たかし批判記事はかなり不評を買っているような感触を持っている。

感じるのは、ネットで政治を語る人たちのメインストリームが、新自由主義批判がピークに達した2007年頃からずいぶん変わり、小泉政権時代に回帰しつつあるように思われることだ。

2006年の民主党代表選で勝利した小沢一郎が、「国民の生活が第一」をスローガンに掲げ、それまでの小沢一郎の政策路線を改め、前年(2005年)の『論座』のインタビューではおくびにも出さなかった、農業者所得戸別保障制度、子ども手当、高校無償化などの政策を打ち出して、2007年の参院選で安倍晋三を葬り、2009年の政権交代につなげたことは、「反小沢」と見られているであろう当ブログも高く評価している。

2007年当時、「公務員カイカク」に熱心だったのは、首相の安倍晋三だった。安倍晋三は前任者の小泉純一郎とは打って変わって不人気だったが、田原総一朗が必死に安倍を擁護している記事を今読み返すと感慨深い。
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/column/tahara/070626_16th/index1.html

当時田原は、公務員カイカクに熱心な安倍晋三を叩く「安倍叩き」がトレンドになっていたことに激怒していた。同じ頃、安倍政権を攻撃する小沢一郎を「小沢自治労」と呼んだのは屋山太郎だった。だが、前年からこの年にかけてNHKが放送した「NHKスペシャル・ワーキングプア」のシリーズなどの影響もあって、格差・貧困への怒りが高まっていたこの年においては、安倍晋三の「公務員カイカク」よりも小沢一郎の「国民の生活が第一」の方が圧倒的に支持され、参院選で自民党は歴史的惨敗を喫して、安倍晋三は臨時国会初日に所信表明演説を行った翌日に辞意を表明するという、これ以上考えられないほどの "AbEnd"(=安倍の異常終了)で政権の座を去ったのだった。

しかし、昨年の政権交代前頃には既に風向きが変わっていた。新自由主義側は、「みんなの党」を押し立てて反攻に出てきた。当時の麻生政権は、「小泉構造改革を継承する」としていた安倍政権とはずいぶん政策を変え、リーマン・ショックを受けて景気を下支えするために積極財政に転じていた。竹中平蔵は麻生政権のこの政策を厳しく批判したものだが、民主党も麻生政権の「バラマキ」を批判していた。

昨年6月18日付当ブログエントリ「単純な『官僚叩き』は『小さな政府』志向の新自由主義の道だ」で、社会経済学者の松原隆一郎が「新自由主義の立場からすれば、官僚は私利のため国民に無駄を強いている」と指摘していることを紹介した。この頃には民主党代表は小沢一郎から鳩山由紀夫に代わっていたが、鳩山由紀夫はもともと民主党内でも新自由主義色の強い政治家であり、麻生政権の「バラマキ」批判へと舵を切っていた。政権交代しか眼中になかった小沢信者(ozw信者)は気づかなかったに違いないが、私は同じ記事で屋山太郎が民主党支持にスタンスを変えていることを指摘し、

屋山太郎は、今では渡辺喜美一派に参加しているが、最近その屋山が民主党にすり寄っているのも、鳩山由紀夫らが強調する「官僚支配の打破」が単純な官僚叩きに堕して新自由主義の道を進む可能性があると見て取ったからではないかと私は想像している。

と書いた。

屋山太郎は先月産経新聞に寄稿した「菅氏も小沢氏も存在意義失った」と題する記事で、安倍晋三政権時代に生まれ、みんなの党が引き継いだ公務員カイカクを民主党は骨抜きにしていると怒っている。屋山は新自由主義者なりに首尾一貫しており、自らの信念に基づいて、2007年に小沢一郎を罵倒し、昨年には鳩山由紀夫に好意を示し、今年は菅直人を批判した。

ところが現在ozw信者が繰り広げている菅政権批判の中には、屋山太郎と同じような視点から政権を批判する者が目立つようになった。そういう連中は、河村たかしを擁護している場合が多く、「減税真理教」にはまり込んでいる。つまり彼ら自身が、かつてあれほど激しく批判した新自由主義者と化しているわけだが、彼らにはそんな自覚は露ほどもないに違いない。

屋山太郎なんかに言われるまでもなく、天下りなどの高級官僚の悪弊は改めるべきだろう。だが、それがなぜ河村の「減税真理教」信仰に短絡するのか、私にはさっぱり理解できない。私は、毎回毎回河村たかしを批判し続けてきた結果、前回のエントリでは、ついにコメント欄で「自治労」認定を受けるに至った(笑)。3年前に小沢一郎が屋山太郎に言われたのと同じことを小沢一郎支持者から言われるようになろうとは、と感慨深いものがある。これほどまでにも、新自由主義の浸透力は強い。何しろ、あれだけ新自由主義を全開にしている河村たかしを、小沢一郎と提携しているという理由だけでozw信者は批判するどころか絶賛するのだから。

河村たかしが唱える「減税真理教」の信者から見ると、政府税調の専門家委員会など、「増税を唱えて景気を冷やす悪魔」にしか見えないのかもしれない。先日、専門家委員会の議論が再開され、同委が「所得税の累進性を強化することが望ましい」「証券優遇税制は廃止」などの方向性を示したとのニュースが流れている。

陰謀論者として悪名が高い副島隆彦(ソエジー)あたりは、神野直彦や大沢真理を「増税主義者」呼ばわりするのかもしれないが、専門家委は当然の方向性を示したものと私は理解している。

法人税減税についても、政権のスタンスが揺れていることが報道されており、そもそも政権は法人税を下げたとしても租税特別措置の見直しなどによって法人税収が減らない方策を模索している。一昨日(20日)の朝日新聞には、玄葉光一郎・民主党政調会長が「社会保険料の企業負担は、欧州よりも日本は低い。法人税率を5%引き下げる意味はどれくらいあるのかは、真剣に考えないといけない」と話した、と書かれている。

新自由主義者として名を馳せた玄葉光一郎でも、政権与党の政調会長になるとこういう発言になる。考えてみれば当たり前の話で、財界と政府の役割は異なる。私企業は利潤の獲得を追求するが、政府には富の再分配が求められるのである。方針はぶつかり合って当然。「官から民へ」とは、正しくは「公から私へ」と言うべきであって、河村たかしの「減税真理教」とは、「富の再分配を止めてひたすら利潤の追求だけをマンセーしよう」と唱えるトンデモ新興宗教以外のなにものでもない。そんなものに、陰謀論者の副島隆彦らに扇動された一部のozw信者が感化されて熱狂する。目をそむけたくなる醜悪な光景である。

ところで、河村たかしに関するニュースだが、署名集めを担った受任者の記名欄が未記入の署名が約11万4800人分あることを受け、名古屋市選挙管理委員会が審査期間を1か月延長して個別に調査する方針を固めた。これに対し、河村側は「恣意(しい)的な調査だ」と強く反発し、期間延長の取りやめを求める仮処分申請など法的措置も辞さない構えだという(リンク先の中日新聞記事より)。

審査期間が1か月延びると、河村がもくろむ愛知県知事選、名古屋市長選、名古屋市議選のトリプル選挙が不可能となることもあって、河村陣営がいきり立っているらしい。

提出された約46万5千人の署名のうち約11万5千人分が、受任者の記入欄が空白の署名簿に書かれているとの報道だが、1人で10回署名したなどと公言して河村たかしのお褒めにあずかろうとした河村信者のおばちゃんがいたという報道もあったことでもあり、選管には厳正な審査を行ってもらいたい。河村信者には勝手に騒がせておけばよい。


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最近よく思うことは、政権交代がなったあと、民主党政権が迷走している現在ほど、政治・経済についてブログを書くのが面白い時期は珍しいのではないかということだ。

なぜなら、議題(「みんなの党」風にいうならアジェンダ。37年前の「9・11」に、新自由主義者たちに殺されたチリ大統領のアジェンデと混同しないように)ごとに意見が分かれるからだ。バリバリの共産党支持者の方が、リフレ政策を支持しているのに接すると、おおっ、と思うし、かと思うと、大勢の元「反代々木」の勇士たちが小沢一郎を熱狂的に支持している。

先の参院選で勝利を収めた自民党の公約にも、インフレターゲット政策が掲げられていたのだが、谷垣禎一・自民党総裁が「今の問題はデフレで、インフレターゲットが効くか疑問だ」と述べたことに、ご存知、自民党内新自由主義者の雄・中川秀直が噛みつき、ブログで谷垣総裁を批判している。
http://ameblo.jp/nakagawahidenao/entry-10603186263.html

報道では「今の問題はデフレで、インフレターゲットが効くか疑問だ」と谷垣総裁が発言されたことになっているが、これは自民党マニフェストと矛盾していないのか、マニフェスト批判ではないのか、その真意の確認が必要である。

(2010年7月28日付 中川秀直事務所公式ブログ『志士の目』より)


自民党の大物代議士が、これほどあからさまな執行部批判をしたら、昨年夏までだったら大ニュースになるところなのだが、悲しいかな、いやちっとも悲しくなんかないけれど(笑)、野党・自民党のニュースは大きくは取り扱われない。

ここで頭に入れておかねばならないことは、中川秀直も「リフレ派」の代表的な論客だということだ。一方、谷垣禎一総裁は「反リフレ」派の代表ともいえる。

政権政党の民主党で、金子洋一や松原仁が「リフレ派」の代表的な論客であることは前回にも紹介したが、金子洋一といえば先の参院選で当選し、同じ選挙区で立候補して落選した、死刑執行で話題の千葉景子法相を「蹴落とした」参院議員である。聞くところによると、菅政権に大きな影響力を持つ、前原誠司率いる「凌雲会」は、神奈川選挙区ではもっぱら金子洋一を応援したとのことであり、「千葉法相は菅直人首相と凌雲会に見殺しにされた」との恨み節も聞こえてきた。

その菅首相は「リフレ派」とはいえない。勝間和代に採用を進言された高橋洋一流のリフレ政策を受け入れず、小野善康や神野直彦といった学者たちに傾斜する一方、消費税増税に関してはエスタブリッシュメント層に思いっ切り妥協した。しかし前原誠司は、そんな菅首相について、「消費税のことをあまり口にしない方が良いのではないか」とやんわり皮肉った。

私がある程度の可能性があると予想しているのは、前原誠司たちがリフレ派に傾いて、消費税増税を声高に唱えた菅首相の追い落としに転じることだ。前原は、「さきがけ」当時からの菅直人や鳩山由紀夫の盟友ではあるが、必ずしも彼らとの関係が良好な時期ばかりだったわけではなく、前原が民主党代表を務めた頃には、鳩山は幹事長を務めていたけれども、菅直人の協力は全く得られず(小沢一郎も前原にはほとんど協力しなかったが)、「偽メール事件」の時にも菅や小沢に見殺しにされた。菅直人はその前年、民主党代表選で前原と争い、菅有利といわれながら、蓋を開けてみたら前原が勝ったといういきさつがある。

3年前の『論座』のインタビューでも、菅直人は前原誠司のネオコン的な体質を批判する証言を残している。また、5年前のこの代表選の前には、小沢一郎が前原を抱き込もうとした(つまり、前原を小沢の傀儡にしようとした)ものの前原に拒否され、以後前原と小沢の関係が悪くなったともいわれている。つまり、前原代表時代には、菅直人も小沢一郎も民主党内の「反前原」勢力だった。

特に、小沢が前原を抱き込もうとした(とされている)ことは、私には看過できないことだ。要するに、小沢一郎は「勝てば官軍」を信条とする人間であり、小沢にとっては政治思想などどうでも良いのである。だから、先鋭的な新自由主義的主張を展開していた自由党を率いながら、民主党入りするといきなり左派の横路グループと政策協定を結ぶなどという離れ技を見せる。しかし、つい最近も小沢グループはゴリゴリの新自由主義者・樽床伸二を担いだばかりなのである。小沢一郎を信用すると馬鹿を見る。

話を前原及び「凌雲会」に戻すと、同会や前原がリフレ政策についてどう考えているのかは不明だが、「みんなの党」及び自民党の中川秀直一派(河野太郎らもおそらくついてくる)と親和性が強く、リフレ派に走る可能性はあると思う。

一方、菅首相はそれよりは谷垣総裁に近く、さらに与謝野馨とも接近しかねない体質を持っている。要するに、「リフレ派対消費税増税派」というわけである。識者はどうかというと、たとえば金子勝は、Twitterを見る限り、リフレ政策に対してきわめて批判的である。その一方で、児玉龍彦との共著に、消費税を含む増税はいずれ避けられないと書いていた。

一般に、社民主義寄りの人たちはリフレには批判的であることが多い。一方、前回のエントリでも書いたが、リフレ派の多くというか、城繁幸や勝間和代といったリフレ派の代表的なテレビコメンテーターが、派遣労働の規制強化や最低賃金の引き上げに反対している現状では、リフレ派は再分配に否定的な新自由主義勢力が中心であるように見える。飯田泰之も累進課税の強化は主張するけれども派遣労働の規制や最低賃金引き上げには反対だし、自民党の中川秀直一派といえば「新自由主義」の代名詞のような勢力である。何より、高橋洋一は竹中平蔵の補佐官だった。

政界では、「消費税増税派対インフレターゲット派」の対立構造が現れ始めているように見えるが、ここで市民ブログならではの素人の素朴な疑問を書かせていただきたいと思う。

なぜ解決策が「資産課税」ではあってはならないのか。メディアは「世代間格差」を煽るが、現実には若者にせよ高齢者にせよ深刻なのは、世代内の格差なのではないのか。金「持ち」が金を貯め込んで使わないことが問題なのではないか。だから、政府の国民に対する借金、それも主に富裕層に対する借金である財政赤字が膨らむのではないか。なぜ、歴代の政府は「応益負担」に傾斜してきたのか。これこそ新自由主義(=金持ちをより富ませるためのプロジェクト)ではないのか。そして、新自由主義にこだわり続ける限り、財政赤字の拡大は必然的な帰結であって、どんなに消費税率を引き上げたところで、政府の守銭奴に対する借金は減らないのではないのか。

今にして思うと、麻生太郎という政治家には見どころがあった。連日、料亭で金を使いまくっていたのである。これぞ金持ちの正しい行動である。小泉政権時代に成立した悪名高い「障害者自立支援法」は、「応益負担」の思想に基づく新自由主義法案であるが、これを麻生内閣時代に「応能負担」に改める動きがあった。しかし新自由主義者たちは、応能負担に戻すと財政赤字が増えると難色を示した。

それなら、資産課税を行って、資本主義の精神に反する「金を貯め込む」行動を行っている「金『持ち』」の皆様から、強制的に分担していただくしかないのではないか。私は単純素朴にそう思うのである。インフレターゲットなんて定めなくとも、資産課税を行えば自ずとデフレは解消し、インフレ傾向へと向かうのではないかとも思う。かつて当ブログで、所得税の課税範囲拡大や累進性強化、法人税減税反対などを主張したが、その中でも所得税の総合課税化や、そこまで行かずとも株式の譲渡益や配当への税率引き上げの必要性などを考えていくうちに、もっとも必要なのは資産課税の強化ではないかという結論に行き着いたのである。

自民党の谷垣総裁は、インフレターゲットはデフレでは実績がないと言うが、それなら大規模な資産課税を実施してインフレを実現させれば良いのではないか。そうすれば、インフレの過熱を止めるべく、インフレターゲット政策が効果を発揮するのではないか、などと思ってしまう。

素人が何馬鹿なこと言ってるんだというご批判は大歓迎である。なぜ資産課税ではダメで、インフレターゲットまたは消費税増税でなければならないのか。そこが私にはどうしてもわからないので、経済に詳しい方には是非私を説得していただきたいと思う。


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税制の議論で、朝日新聞と大手テレビ局が先頭に立って推進した消費税増税の大キャンペーンが奏功し、与党・民主党と野党第一党・自民党がともに「消費税増税」を打ち出すことになった。これで、参院選の帰趨を決めるという地方の一人区では、税制問題は争点から外された。なぜそういえるかというと、地方の一人区では、大部分の県で民主党と自民党の一騎打ちの構図になっており、どちらの候補も消費税増税を主張することになるからだ。これではどちらが勝とうが意味がない。保守二大政党制とは、国民から選択肢を奪う制度である。

小沢一郎も菅直人も、1990年代の「政治改革」を引っ張った人たちであることを思い出す必要がある。ネット内を含む世間では、「反小沢」対「親小沢」だなどと未だに言っているが、「政治改革」の立役者も、かつて「福祉目的税」の名目で消費税率を倍以上に引き上げようとしたのも、2007年に自民党との「大連立」を企てたのもすべて小沢一郎である以上、「反小沢」対「親小沢」だのといった政局噂話には意味がない。小沢一郎の功績は、「国民の生活が第一」をスローガンに掲げれば選挙に勝てることを示したこと、このただ一点だけである。但し、この「たった一つの功績」は非常に大きく、要するに今の国会の勢力分布と国民の要求との間に大きなギャップがあることを、大政党の党首だった小沢一郎自身がはっきりと示したのである。

だが、小沢一郎自身が典型的な利益誘導型政治家から出発した政治家である以上、そこには自ずから限界があり、だから3年前の参院選で大勝した3か月後に、自民党と「大連立」をもくろんだ。小沢一郎を乗り越えなければならないのは当然である。しかし、小沢一郎を乗り越えるべき者は、市場原理主義者だとか、それよりももっと悪い「消費税を増税するのに小さな政府を目指す」自民党や「たちあがれ日本」であってはならない。

しかし現実には、市場原理主義者たちが小沢一郎を乗り越えようとしている。これではダメだ。もうそろそろ、草の根から新たな社民主義勢力が勃興して、民主・自民の保守二大政党制を打倒すべく立ち上がるべき時が迫っているのではないかと思う。だが、もちろん参議院選挙には間に合わない。

民主党は、消費税による財政再建に傾斜し、取り調べの全面可視化もマニフェストから外し(人権派法務大臣として期待された千葉景子は、正体といって悪ければ限界を露呈したとしかいいようがない)、政権交代前には新政権の目玉になると期待された環境・エネルギー政策は、自然エネルギーの「全量固定価格買取制度」をせず、原発の売り込みを「成長戦略」の柱に据えるていたらくだ。もちろん、鳩山由紀夫前首相の最後っ屁である普天間基地移設問題における新たな「日米合意」の大罪を、菅政権も引き継いでいる。

今回から東京選挙区で投票することになった私には、共産党に投票するという選択ができるが、地方の一人区では、民主党に不満を持っていても、民主党と同等以下の政策を掲げる自民党候補を当選させるのも癪で、自民党候補を落とすために民主党候補に投票するか、当選には遠く及ばないだろうと思いつつも共産党候補に投票するか迷われている方も多いだろう。今回は、そんな方に「戦略的投票行動」をお勧めしたりはしない。参院選は、なるようになれとしか思えないが、それでも新自由主義的な方向性を持つ「みんなの党」と、共産・社民両党のどちらの得票率が伸びるかには注目している。それによって、民主党が参院選後にとる行動が影響されると思うからだ。

ところで、先週、消費税増税へと大きく舵を切った菅首相だが、もともと税調の専門家委員会委員長に神野直彦・東京大学名誉教授を引っ張ってきたのは、藤井裕久財務相に代わって財務相に就任した菅氏だった。そのことは、税調の議事録を見れば書いてあるので、興味のある方は探してみられたい。「経済オンチ」と揶揄される菅首相の本心がどこにあったのかは窺い知れないが、北欧に範をとる福祉国家志向の財政学者として知られる神野氏が税制改革の議論をリードする委員長になれば、まず所得税の見直しから入ることは誰もが予想できたはずだ。

もっとも、財務相に就任した菅氏に影響を与えた学者は何人もいて、『AERA』6月21日号に掲載され、前回のエントリで、「見出しで読者をミスリードしている」として非難した「『小野理論』と消費税増税」と題する記事は、「霞が関埋蔵金」の存在を暴いたことで知られる財務省OBの高橋洋一・嘉悦大学教授の名前を挙げている。小泉政権時代、竹中平蔵の補佐官を務めた高橋氏は、中川秀直ら「上げ潮派」のブレーンとしても知られるが、インフレターゲットの導入によってデフレから脱却できると主張している。インフレターゲットの導入を菅氏に進言したことが伝えられた勝間和代氏も、高橋教授の影響を受けたと考えて間違いないだろう。

その一方で、菅財務相(当時)は、『AERA』の記事のタイトルにも名前を挙げられ、植草一秀・元早稲田大学教授や陰謀論者の副島隆彦に「増税主義者」として攻撃の標的とされた、ケインズ派経済学者の小野善康・大阪大学教授と、マクロ経済学に関する勉強会を2月から5月までの間に、月2度ほどの間隔で、合計6回開いたそうだ(前掲『AERA』記事78頁)。菅首相には、小沢一郎にも似て、何でもかんでも吸収しようとする傾向があるようだ。

『AERA』が、高橋教授に関する記述に続いて、小野教授について前記のように書くと、「小野教授が菅首相に消費税増税による財政再建を焚きつけた」とミスリードしてしまうことになるが、事実はそうではないことは前回にも書いた。最初に言及した神野名誉教授ともども、小野教授も所得税を増税せよと主張している。ところが、何が何でも消費税を増税したいマスコミが、「増税」イコール「消費税増税」にすり替えてしまうのだ。

経済学の論争は神学論争みたいなところがあるように、門外漢たる私には思えるのだが、「リーマン・ショック」が引き金になって生じた金融危機には、各国政府は金融政策と財政政策の併用で対処したとされているはずだ。金融危機以前には、金融政策だけで対処できるような言い方がされていたが、現実の危機に対して各国政府がとって成果を上げたのは金融政策と財政政策の組み合わせだった。

少し前までは、「小さな政府にすれば国際競争力を増す」という竹中平蔵の主張が広く世に受け入れられていたが、最近では、「政府が大きいか小さいかということと、その国が競争力があるかは全く関係ない」という主張が力を増している。たとえば榊原英資氏もそういう主張をしている。但し、榊原氏は日本を福祉国家にするために消費税を増税せよと主張している(『ニコブログ』に、榊原、竹中両氏が最終回の前回のサンプロ=3月21日放送=に出演した時の発言が記録されている)。

小野善康氏は「増税して、その分をすべて何かの事業で支払い、人々に働いてもらう。そうすれば、人々のお金は減らずに失業率が減り、消費が増えて税収も増える。デフレは消える」と主張する(前掲『AERA』記事77頁)。その増税は消費税ではなくて所得税なのだが、それをタイトルのつけ方によって「消費税」にすり替えるのがマスコミの手口であることは何度でも書かなければならない。また、神野直彦氏は、「税負担の水準と経済成長率は関係ない」と主張している(2010年6月12日付朝日新聞掲載のインタビュー記事より)。

だが、「増税」が「消費税増税」であれば、消費を冷やすに決まっている。「増税」を「消費税増税」にすり替えるのは、ケインズ派の学者たちではなく朝日新聞などのマスコミなのだが、同じ福祉国家志向の学者でも、榊原英資氏のようなスタンスの人は、直接税の増税には消極的で、消費税増税による「大きな政府」を目指す方向性をとる。菅政権では、仙谷由人官房長官が榊原氏の立場に近いように見える。ここらへんは、より再分配を重視するかどうかの、各学者たちの思想の違いを反映しているのだろうと思う。

実際には、ケインズ派の学者たちが想定しているのは所得税増税だ。税制専門家委員会が税制改革の議論を始めたとき、真っ先に俎上に上がったのが所得税であることや、マスコミがその度に議題を消費税増税にすり替えてきたことは、当ブログがずっと指摘し続けてきたことだ。

所得税を増税すべきだというと、誰しも累進性の再強化を思い浮かべるが、神野氏の著書『財政のしくみがわかる本』(岩波ジュニア新書、2007年)を読んだ方なら誰しも印象に残っているに違いないのは、日本の所得税制が実際には累進的になっておらず、高所得者層ではほとんど比例的になっているという指摘だ(前掲書67頁)。その理由として神野氏が挙げているのが、金持ち(=超富裕層、筆者註)の所得は給与所得ではなく利子所得、配当所得、不動産所得などの資産所得が多いが、日本の所得税制ではこれら資産所得の多くを分離課税にして累進税率の適用除外にしていることだ。

本にはグラフが載っていて、2500万円以上の所得階層の所得税実効負担率が、2000万?2500万円の階層よりも低くなっており、その原因が分離課税による課税漏れであることが示されている(前掲書68頁)。このグラフは衝撃的であり、当ブログで何度か税制について書いた時、これと同等のグラフがどこかネット上にあれば良いなと思っていたが、ものぐさな性格ゆえにさぼってきた。

そうこうしているうちに、神野氏が小野氏ともども「増税論者」だとか「裏切り者」呼ばわりされ、菅首相が消費税増税の意向を明言するに至って、このままではいけないと思って真剣に探してみた。すると、他ならぬ財務省のウェブページで、神野氏の著書に載っているグラフよりさらに訴求力の強いグラフが見つかったのである。

そこで、一昨日(19日)昼に、『kojitakenの日記』に、「日本の所得税制が超高所得者に有利な逆進課税になっている動かぬ証拠」という長ったらしいタイトルの記事を書いて紹介した。このエントリでは、まず財務省のページに掲載されている、「租税負担率の内訳の国際比較」と題されたグラフを紹介し(下図)、日本の税収に示す個人所得課税の割合が、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデンと比較して際立って低いことを示した。

租税負担率の内訳の国際比較
(↑クリックするとグラフが拡大表示されます)

次いで、同じく財務省の別のページから、平成19年分の申告納税者の所得税負担率を示すグラフ(下図)を貼り付けて、「これが、日本の税制がいかに超高所得者を優遇しているかの動かぬ証拠である。超高所得者が、分離課税だらけの所得課税の恩恵を受けていることはいうまでもない」と書いた。

申告納税者の所得税負担率(平成19年分)
(↑クリックするとグラフが拡大表示されます)

『kojitakenの日記』には、超高所得層で負担率がフラットどころか逆進的になる理由が、超高所得層の所得が給与所得主体ではなく、分離課税の適用を受ける「株式等の譲渡所得等」が主体になることなど特記しなかったために、このエントリが思いがけず注目されるに及んで、ずいぶん疑いの目で見られた。記事を読んだ上、財務省のもとの統計を確認された方からコメント欄で「ちゃんと説明しておかないと誤解を招いてしまうのではないかという気がする」と指摘された。この方は、「逆に言えば、分離課税の問題を解決しないで、総合課税の税率のみを上げると、ここで指摘される問題がより深刻化してしまう危険性があります」とも指摘している。その通りで、分離課税だらけの所得税制を改めることは、何より真っ先にやらなければならない制度改革だろう。累進性の再強化はその次だ。

不思議なのは、高給取りとはいえ会社から高給をもらっているに過ぎず、分離課税の恩恵を大して受けていないと思われるマスコミ人が、超高所得者が甘やかされている現状を知りながら(知らないはずはないと思う)それをほとんど指摘せず、それどころか税制改革議論を「消費税増税議論」にすり替えてしまうことだ。超高所得者というと鳩山家だとか麻生家を思い浮かべるのだが、マスコミ人は鳩山前首相や麻生元首相におもねってでもいるのだろうか?

こう書くと、そんな大富豪なんてごく少数だから、増税したって税収増への寄与はたかが知れているよとしたり顔で語るお馬鹿な人間が必ず続出するのだが、それならなぜ税収に占める個人所得課税の比率が、日本は他国に比較して著しく低いのか。累進性を緩和して貧乏人からもっと所得税を取り立てれば他国並みになるとでもいうのか。

もちろん、現時点では景気・雇用回復を最優先すべきであるのは当然だが、上記のような大金持ち増税が景気回復に悪影響を与えないのもまた当然である。大金持ちは所得に応じた消費などしていないからである。だから、超富裕層への増税、つまり総合課税化は、景気・雇用対策と並行して進めても問題ない。景気が本格的に回復すれば、所得税の累進性を再強化すれば良いし、法人税の見直しや環境税の導入検討も行い、それでも不足であれば消費税増税を検討するという手順で税制改革の議論を進めるべきだ。

日本は、世界でも他に類を見ない「金持ち天国」である。日本には昔から「武士は食わねど高楊枝」などということわざがあるように、やせ我慢の文化があって、それが権力者たちによって「ほしがりません勝つまでは」だとか「痛みに耐えて頑張れ」だのといったスローガンに利用されてきた。現実には、「痛みに耐えてよく頑張った。感動した」と時の宰相に絶叫させた横綱は、怪我を押して土俵に上がった無理がたたって引退に追い込まれた。

もういい加減「やせ我慢根性」から脱却すべき時だ。さもなければ、「一億総貴乃花の末路」になってしまう。金持ちには応分の負担をしてもらわなければならない。


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ついに菅直人首相が消費税増税に言及した。自民党が参院選の公約に盛り込んだ「消費税10%」を参考にして、今年度中に、逆進性の対策を含む消費税率改革案をまとめる方針を表明したのである。朝日新聞の論説室は、昨夜は勝利の美酒に酔ったに違いない。今朝の紙面には、「『消費税タブー』を超えて」と題する、勝ち誇った社説が掲載されている。朝日新聞の「完全勝利」だ。日経、読売、毎日、産経など主要新聞社はみな同じ立場の主張をしているが、もっとも過激に議論を引っ張ったのが朝日新聞である。

菅直人首相に近い経済学者として、神野直彦、金子勝、小野善康氏らが挙げられるが、いずれも現在の経済学の主流には属さない。神野氏は著書で「私の思想は、異端である」と書き、財務官僚は「小野氏の学説は少数派」だと菅首相に言い、金子氏に至っては「経済学界のアルカイダ」を自称する。財政の大きな役割の一つとして、所得の再分配があるが、再分配を強めよと主張する神野氏や小野氏らに対し、ここ数十年間優勢に立ってきた人たちの主張は、「政府は余計なことはしなくて良い、市場に任せよ。努力して金を儲けた人たちから重い税金を取り立てるな」というもので、要するに再分配を弱めよと主張している。その代表格が竹中平蔵である。

しかし、竹中平蔵及び竹中をブレーンとして重用した小泉純一郎は、「市場に任せよ」という市場原理主義にはある程度忠実で、だから消費税増税には不熱心だった。

それに対し、財政再建を強硬に求めてきたのが財務省であり、その意を受けた主張をする代表的な政治家が与謝野馨である。新聞では、読売新聞も朝日新聞も与謝野に近い主張だ。読売の場合、与謝野が中曽根康弘直系の政治家である影響が大きいし、朝日には昔から自民党政府による財政赤字の拡大を批判してきた伝統がある。

与謝野、読売、朝日が一致して財政再建の財源に想定するのは消費税だった。ところが、周知のように消費税には逆進性がある。再分配が財政の役割であることは既に述べたが、消費税が「借金の返済」に用いられた場合、再分配には寄与しない。それどころか、もともと消費税には逆進的な性格があるわけだから、ここで生じる事態は「逆再分配」なのである。

小泉・竹中の「市場原理主義者」は「再分配などしなくて良い」と言っているだけだが、与謝野馨や読売新聞、朝日新聞などは「逆再分配」をせよと主張しているのだ。だから、再分配を強めよと主張する学者たちを「経済左派」、市場原理主義者を「経済右派」と位置づけた場合、与謝野や読売、朝日は「経済極右」に相当する。

これをグラフ化したのが、『広島瀬戸内新聞ニュース』のエントリ「朝日新聞にかく乱され、『誤爆』してはいけない」であり、当ブログでもグラフを借用して下記に示す。

税制2次元マップ_FC2


グラフに、「一部民主支持者・植草(元)教授」が、前記「異端」の学者たち(グラフでは神野氏の名前が表示されている)を「誤爆」している様子が示されているが、これは、菅首相に近い学者たちが「消費税増税」を菅首相に吹き込んだかのような印象操作をする一部マスコミに誘導されて、「一部民主支持者・植草(元)教授」が菅首相ブレーンの学者たちを「増税主義者」として攻撃していることを揶揄したものである。実際に、菅首相ブレーンの学者たちが求めているのは再分配の強化であり、消費税より所得税の増税に重きを置いている。神野直彦氏については当ブログで何度も言及してきたが、所得税増税を求める小野善康氏の主張を、朝日新聞出版が発行している『AERA』(2010年6月21日号)が、記事本文ではそれを正しく伝えていながら、「経済オンチ菅首相が学んだ『小野理論』と消費税増税」という、いかにも小野教授が菅首相に消費税増税をそそのかしたかのような印象を与えるタイトルをつけるという悪質な宣伝行為をやっている。この件については、『kojitakenの日記』(下記URL)に書いたので興味がおありの方はご覧いただきたい。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20100616/1276644523

なお、「一部民主支持者・植草(元)教授」の主張は、政府は国民から税金を取り立てるなとする、素朴な国民感情に沿ったものであって、だからネットでも支持を得やすいのものと思われるが、これは経済思想的には「リバタリアン」に位置づけられることを指摘しておく必要があるだろう。実際、植草元教授は、小泉政権が発足する際、「天下り撤廃」などいくつかの条件が満たされれば「小泉改革」を支持すると明言した。このことは、植草元教授の著書『知られざる真実』にも明記されているのだが、それこそ「知られざる真実」なのであろう。植草元教授が小野善康阪大教授を「攻撃」したのが果たしてマスコミに騙されての「誤爆」であるかどうかにも私は疑問を持っているが、話の本題からそれるので、ここではこれ以上は書かない。

前回のエントリにトラックバックいただいた『反戦な家づくり』のエントリ「参院候補への公開質問やりましょう! 賛同者急募」は、参院選の民主党候補に対して、消費税増税問題と普天間基地移設問題に関するアンケートを実施するとしているが、前者の設問は、「埋蔵金や天下りをはじめ徹底したムダの排除をやりきる前に、消費税の増税について議論することに賛成か?」となっている。

これもリバタリアン的な発想に基づく設問の典型例であって、「所得の再分配」の観点が抜け落ちている。「金持ち増税」と「法人税減税反対」に議題を再設定せよ、という当ブログの主張とは合わないので、3年前には『反戦な家づくり』のアンケートに賛同した当ブログだが、今回は賛意の表明はできない。

とにもかくにも、現状では「経済極右」の勢力は異様に強く、社民主義勢力は「異端」と自称せざるを得ないほどの少数派だ。菅首相も、いともあっさりと「経済極右」の軍門に下った。それでも、議論の場に立てるだけでも以前と比較すれば戦況は改善されたと前向きに考えて、意見の発信を続けていくほかない。


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菅直人首相の所信表明演説で、「強い経済、強い財政、強い社会保障」という言葉を掲げたが、これが神野直彦・東大名誉教授の発案になることが、12日付の朝日新聞に掲載された神野氏のインタビュー記事で明かされた。

私にとってはこれは別に意外でも何でもなく、むしろ菅首相が「効率的な政府」を意味し、かつ「大きな政府」を示唆するこんな言葉をよく思い切って使ったものだと思っていたから、このスローガンが神野氏の発案だと知っても、さもありなんと思っただけだった。しかし、その一方で、これを財政再建と取り違えるそそっかしい人が多く出てくるだろうなあとも思った。

菅首相でいけないのは、そのあとに、財政健全化検討会議を自民党も入れて超党派で作ろう、などと言い出したことであり、これは「財政再建」を意味するばかりか、「小さな政府」を目指す自民党の意見などを容れたら、消費税による財政再建の路線になってしまう。このあたりが、菅首相の危なっかしいところだ。

なぜかあまり指摘されないのだが、「強い財政」と「財政均衡政策」は相矛盾する。財政均衡を目指す政府に「強い財政」など実現不可能なのである。本来そういう点で菅首相が批判されるべきであるにもかかわらず、この所信表明演説が消費税を含む増税による財政を打ち出したものだとか、あげくの果てには菅首相の政策に影響を与えた神野直彦氏が朝日新聞のインタビューに答えて「菅首相はスウェーデンのような高福祉・高負担の社会を目指すと言ってもいいのではないか」と発言したことについて、「神野直彦は裏切った」などというトンチンカンな批判まで飛び出す始末だ。批判の方向性が間違っている。

そもそも、こういう言説自体が、消費税増税を議題にしようとするマスコミの思惑に乗ってしまっている。ここで思い出すべきは、以前村野瀬玲奈さんが書かれた、ブロガーは「高額所得への課税や法人税課税を含む税制全体の改革」という表記を用いるべし、という提言だ。私は、ずぼらなのでいつも「所得税を含む税制改革」と表記している。うっかり書いてしまった場合を除いて、「消費税増税論議」とは書いていないはずだ。

菅首相の所信表明演説に、「消費増税」という文言が出てこなかったことは、11日付朝日新聞夕刊(東京本社版)が不満そうに報じていた通りである。とにかく消費税増税に関しては朝日新聞は実に執念深く、他紙の社説が「消費税を含む税制改革」と書くところを、「消費増税を軸とした税制改革」などと、より強い表現を用いる傾向が顕著だ。

だからといって菅首相にも妥協する気は満点のように見え、そもそも予想通りとはいえ野田佳彦を財務相に据えた時点で、菅首相には警戒心を抱かざるを得ないのだが、それでも、決意表明や所信表明演説で「消費税」という言葉を用いなかった点は評価できるだろう。

そしてそれ以上に、「強い経済、強い財政、強い社会保障」を打ち出したことは、かつて田中角栄首相が1973年を「福祉元年」として福祉国家に舵を切ろうとして以来、実に久しぶりに日本の政府が福祉国家路線を意味するスローガンを用いたことに意義がある。それに中身を伴わせるのはこれからではあるが。

高度成長時代の「日本型資本主義」に戻れ、と主張される方もいるが、高度成長時代には本当に人手不足で、パートタイマーの方が正社員より時給の高い状態が生じるなどしていた。だから、本来政府が張るべきセーフティネットを企業が代替することができた。だが、そんな状態はいつまでも続かない。だからそれを見て取った田中角栄は、首相在任中に福祉国家路線への転換をもくろんだ。だがそれは石油ショックとそれに続く不況の到来によって実現できなかったという史実がある。これを押さえておかなければならない。さらに、高度成長時代にも、上記の枠組の外に置かれた人々は大勢いた。たとえば、公害問題が深刻で、公害病に苦しむ人たちが大勢いたが、自民党政府は公害を垂れ流した企業の側に立つことが大半だった。本来イデオロギーとあまり関係ないはずの環境問題について、日本では社会党(当時)や共産党といった革新政党が熱心に取り組んだ背景には、こういう事情がある。高度成長時代の「開発独裁」ともいえる政策に回帰するのは不可能である。

田中角栄が「福祉元年」とした1973年には、チリのクーデターによって、シカゴ学派の経済学者たちが主導するピノチェト政府の新自由主義の実験が始まり、「小さな政府」が保守思想の世界で流行になった。日本でも、中曽根康弘が総理大臣に就任する以前の1979年に、時の首相・大平正芳が「小さな政府」を目指す方向性を示した。以来ずっと「小さな政府」の政策が「是」とされてきたから、政府のブレーンの学者が「高福祉高負担」などと口にすることは、つい最近まで考えられなかった。田中角栄がもくろんだ福祉国家路線が挫折すると、社民主義だとか福祉国家政策などは「論外」と見なされる風潮が強まっていった。菅直人自身も加藤紘一も、要するにリベラル色の濃いとされる保守政治家たちはみな一様に「小さな政府」に疑義を呈していなかったのである。「小さな政府」に反対するのは社民党と共産党くらいのものだった。

だから、神野直彦氏が菅首相に「高福祉・高負担の社会を目指すと言っても良いのではないか」と言った時、本来なら社民党の福島瑞穂党首も神野氏に加勢すべきなのである。神野直彦氏は民主党の他に社民党のブレーンでもあり、福島瑞穂党首と神野直彦氏が共著者として名前を連ねた本も出版されている。経済政策をあまり得意としない福島党首が、一生懸命神野氏の教えを吸収しようとしているという話も聞いたことがある。だが、福島党首は「高福祉高負担」とはあまり言いたがらないし、社民党が掲げている「環境税創設」の政策も、あまりアピールしようとはしない。

「高福祉高負担」と書くと、「貧乏人は今でも重税に苦しんでいるのに、これ以上税金を払えと言うのか」と批判される。この批判ゆえに、これまで「高福祉」はともかく「高負担」という言葉がタブー視されてきたのだが、現在は富裕層が応分の負担をしていないからこその「低負担」の状態なのであって、「高負担」にするとは、富裕層に応分の負担をしてもらうことを意味する。この点はどうしても理解してもらうのが難しいようだから、口を酸っぱくして訴え続けるしかない。また、「高負担高福祉」を唱えながら、直接税の増税よりも先に消費税の増税を言い出す人間は詐欺師だから、それにも気をつけなければならない。

それにしても、社会民主主義が高福祉高負担政策をとるのは当たり前だと私は考えていたから、まさかその言葉自体を捉えて、あたかも「新自由主義」であるかのような非難がなされるとは思わなかった。2年半前に、『週刊東洋経済』が北欧経済を特集した時に、狂喜した記事をブログに書いた人間であれば、当然降伏し高負担政策を容認していると思っていた。しかも、神野氏が「税制においても消費税の増税論議ばかりが注目されるが、所得税や資産課税を含めて、新しい社会を支える税体系のあり方を考えるべきだ」と述べているにもかかわらず、消費税増税論だとして断罪される。私には、その論理がさっぱり理解できない。おそらく論理というより情念なのであろう。

実は、同様の非難が大阪大学教授の小野善康氏に対してもなされてきた。小野氏は、菅首相に「増税しても景気は悪化しない」という考えを吹き込み、消費税増税をけしかけたとして、植草一秀副島隆彦に非難されている(やや異なる観点から、池田信夫にも非難されている)。しかし、11日付の産経新聞に掲載された小野善康氏のインタビュー記事を読めば、植草や副島のヒステリックな小野氏批判には理が全くないことがわかる。消費税について、小野氏は、「増税は消費税よりも、(低所得層ほど負担が軽くなる)累進性のある所得税の方がいいと思う。ただ、税制は副次的な問題で、不況時こそ政府が雇用をつくるという目的が重要だ」と述べている。

それなのに、一部の人間が「小野善康が菅直人に消費税増税をけしかけた」ことにしてしまった。これを鵜呑みにしている人間は、多くの読者を持つブロガーをはじめとして大勢いる。なにしろ、1年前の今頃には植草一秀を「政権交代三種の神器」の1つとして崇拝していた人間もいたし、その植草と共著を出した副島も、植草と同様に持ち上げられていた。

菅政権は、右派からは「左翼政権」として批判されている、また、社民主義を左から批判する考え方もある。そして、菅政権の政策が本当に社民主義的なものになるかどうかは疑わしく、厳しく監視する必要があると思う。たとえば、菅首相は法人税減税には慎重だと東京新聞に報じられていたにもかかわらず、民主党は11日に行われた政権公約会議で、マニフェストに法人税減税を盛り込む方針を打ち出した。民主党自身が発表している(下記URL)。
http://www.dpj.or.jp/news/?num=18354

これなどは、「強い財政」に反する妄動である。法人税減税が必要だとは、3月に鳩山由紀夫前首相が国会の答弁で述べたことで、鳩山政権の「既定路線」になっていた。今回もこれを踏襲したものと見られるが、これは改めなければならない。もっとも、法人税減税は財界が強く望んでいて、直嶋経産相が後押ししているが、財務省は消極的なはずである。

なすべきことは、民主党がこういう怪しい動きをすることをとらえて批判することであり、マスコミによって「税制全体の見直し」が「消費税増税」にすり替えられている現状に対抗して、「金持ち増税」と「法人税減税反対」に議論を再設定することである。それをやらずに、菅直人憎しの怨念にとらわれた人たちが、小沢一郎かわいさのあまり「菅直人は消費税増税論者」と叫ぶばかりだと、逆に菅首相に消費増税をさせる圧力になってしまうだろう。昔、「アンチ巨人も巨人ファンのうち」と言われたのと同じ理屈である。共産党などからの菅政権批判は筋が通っているが、小沢信者の菅直人批判には筋が通っていない。消費税増税反対だけなら、幸福実現党(消費税撤廃を主張している)だって言っている。再分配の強化を目指す人間にとっては、小沢信者は幸福実現党と同じく、足を引っ張るだけの存在である。「無能な味方」どころの騒ぎではない。


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1週間前に書いた前々回のエントリ「菅直人新内閣の発足にも気分は浮き立たない」に、下記のように書いた。

星浩の言う「改革」とは小泉構造改革のことで、朝日新聞はマスコミの中でも特に熱心に「改革」の旗振り役を務めている。2005年にNHK番組改変問題で朝日新聞が安倍晋三と故中川昭一に屈して以来、朝日新聞は元気がなくなったと思っていたが、船橋洋一が主筆に就任して以来、それ以前から見られた新自由主義寄りの度合いがさらに強まってきた。自民党は消費税率の引き上げを参院選の公約に盛り込むそうだが、朝日新聞は間違いなく「民主党も財政再建の道筋を示せ」などと主張し、暗に菅直人に消費税率引き上げの公約を掲げることを迫るだろう。菅直人はそれに屈するような気がしてならない。


この予想のうち、朝日新聞に関して書いた部分は早くも当たった。しかも、私が予想したよりさらに露骨な書き方だった。菅直人内閣発足翌日の9日、朝日新聞社説は下記のように書いた。

 とりわけ重要なのは消費税だ。自民党は、当面10%に引き上げることを公約に盛り込む方針だ。民主党も本気で取り組むのなら、手をこまぬいているわけにはいくまい。この点の書きぶりを全国民が注視するはずである。

 有権者に負担を求める政策では2大政党が話し合い、接点を探ることがあっていい。自民党がかじを切ったいまが実現の道筋をつける好機といえる。

(2010年6月9日付朝日新聞社説「菅内閣発足―『選択と説得』の政治を」より)


私は、朝日新聞は暗に菅直人に消費税率引き上げの公約を掲げることを迫るだろうと予想を書いたが、朝日新聞はなんと「暗に」ではなく「あからさまに」消費税率引き上げを公約せよと民主党に求めた。

この社説は船橋洋一が書いたと思われる。新内閣発足の翌日という大事な日の、通常の二本立てをぶち抜いた大型社説となると、これは「主筆」の出番である。船橋洋一は、北京生まれとのことだが、兵庫県神戸市の灘高(勝谷誠彦の先輩である)を卒業して東大教養学部を卒業し、朝日新聞社に入った。阪神間は、菅直人の選挙区である東京都武蔵野市を含む中央線沿線とともに、朝日新聞を購読している世帯が目立って多い地域である。大新聞の中で、菅内閣の成立を一番喜んだのは、おそらく朝日新聞だろう。そして、その朝日が社説で菅首相に消費税増税を打ち出せと叫ぶ。予想通りとはいえ、心が暗くなる。

久々の、世襲でない総理大臣。菅首相は、「サラリーマンの家庭に育った」ことを強調する。菅内閣に世襲議員は中井洽ただ一人しかいないそうだ。その点では、世襲議員で固められた麻生内閣と比較すると改善されたといえるが、中間層がやせ細り、貧困層が増えた現在の日本にあっては、都市部の中間層の利益を代表してきたこれまでの民主党の体質から脱皮できなければ、政権の前途は明るくない。

朝日新聞にも同様のことがいえて、現在の論調では、地方で部数を拡大することはできないだろう。実際、朝日の部数は読売に引き離され、盤石だった経営にも陰りが出てきたと聞く。

それにしても、9日付の朝日新聞はひどかった。社説では、民主党に自民党と消費税増税で協調せよと説いたばかりか、「憲法改正国民投票法をめぐる与野党協議などで兆しの見えた対話の流儀」を評価し、同様にすれば、「大政党が小政党に振り回され、政策決定が迷走する事態も減るに違いない」と結んでいる。

そして、社説の右のスペース、3面の3分の2を占めるのが、財政再建と消費税増税のキャンペーン記事である。見出しは、「財政再建に本腰」、「消費増税シフト鮮明」、「規律重視派ずらり 亀井氏と大きいズレ」、「歳出削減へ公約修正も」となっている(東京本社発行最終版による)。

この見出しを見ただけで、朝日新聞の本音がわかる。朝日新聞は、政権でさえ言っていない「消費税増税による財政再建」をせよと暗に言っているのだ。その「衣の下の鎧」が見えたのが、一昨日(9日)の『報道ステーション』における朝日新聞編集委員・一色清の発言だった。一色は、「消費税を増税して社会保障に充てると言うんですが、それでは財政赤字は減らないので、これをどうするんでしょうか」という意味のことを口走った。要するに、消費税を増税してそれを財政再建に充てよという意味である。それを見ていた私がブチ切れ、一色清と司会の古舘伊知郎からこそ、税金をバンバン取り立てれば良いのにと思ったことはいうまでもない。

前記朝日の記事を書いた記者は、伊藤裕香子、高田寛、星野真三雄の3人である。誰がどの部分を書いたかはわからないが、「消費増税シフト鮮明」という見出しに続く記事の末尾に、ようやく

 しかし、消費税率だけ引き上げると、所得の低い世帯ほど負担感が増す「逆進性」が問題となり、小泉改革で生まれた格差是正を掲げる民主党の主張に反しかねない消費税だけでなく、富裕層への所得税や資産課税をどう見直すかも、合わせて検討を求められている。

と書いている。しかし、赤字ボールドに示した文字を見ればわかるように、朝日新聞の主張は「あくまで消費税増税ありき」である。

そもそも、財政の機能が所得の再分配にあるのだから、逆進性の強い消費税増税で財政再建をしようとしても効果がないのが当たり前である。朝日新聞の主張は議論が逆立ちしており、所得税や法人税を増税しても足りない分が生じる場合に、消費税増税を検討する必要が生じる可能性があると書くのが正しい。この場合、日本が「小さな政府」を目指すのであれば、消費税増税は不要である。その意味で、「良い小さな政府」を目指す、真の(?)新自由主義者・植草一秀が消費税増税に反対しているのは、新自由主義者なりに筋の通った主張だと思う。

それさえもないのが、自民党、たちあがれ日本、日本創新党の3政党であり、これらの政党はいずれも、「小さな政府」を目指していながら「消費税増税」を求めている。植草一秀らの立場を、「効率的な小さな政府」と言い換えれば、自民党などの立場は、「効率の悪い(サービスの)小さな政府」だといえる。

もちろん当ブログは、目指すべきは「効率的な大きな政府」であると考えている。

一昨年だったか、当ブログが「大きな政府を目指せ」と書いたところ、「大きな政府、小さな政府という言葉を使うこと自体、新自由主義者の設定した議題に乗った、倒錯した態度だ」という批判を受けたことがある。つまり、当時は「大きな政府」という言葉にネガティブなイメージがつきまとっていた。5年前の郵政総選挙で、小泉自民党が、公約に「小さな政府を目指す」と明記していたことを思い出されたい。

ところが、今朝(11日)の朝日新聞6面(東京本社発行最終版)に掲載されたアンケートを見ると、

「『大きな政府望む』58%」となっている。記事によると、「税負担が重いが、社会保障などの行政サービスが手厚い『大きな政府』」「税負担は軽いが行政にはあまり頼れず、自己責任が求められる『小さな政府』と説明したうえで、日本がどちらを目指すべきかを尋ねたところ、全体では「大きな政府」58%、「小さな政府」32%だった。

と書かれている。

「小さな政府」だと、社会保障などの行政サービスには頼れず、自己責任が求められるなどということは、郵政選挙の際にこそ書いてほしかったことだが、現実に朝日新聞が郵政選挙当日の社説に書いたことは、小泉首相はこれまでになかった型の指導者で、その言葉を聞くと音楽を聴いているようだとか何だとか、そんな文章だった。そして、上記のアンケートも、朝日新聞が消費税増税を読者にすり込もうとしている狙いがあることには留意する必要がある。そして、「増税分は社会保障などの行政サービスに使われるのだから」といっておきながら、実は財政再建に使えというのが朝日新聞の本音なのである。

そもそも、小泉純一郎だけではなく、1982年の中曽根康弘首相就任以来ずっと続いた新自由主義政策のせいで痛んだ国民の懐を暖めることが喫緊の課題である。だから、増税以前にまずなすべきことは、景気・雇用対策であり、直接税の見直しがその次にくる。消費税増税を議論するのは、そのさらに次の段階であるべきだ。

日本人がなぜ増税を嫌がるかというと、税金が正しく使われていないからである。また、法人税を減税してもらわないとやっていけないような産業には縮小してもらうことも必要であって、今さら中国やインドに張り合って低賃金と低税率を求める重厚長大産業ばかりいつまでも優遇していたのでは、新しい産業が伸びる芽を摘んでしまい、それこそ国が傾いてしまう。

菅政権の経済政策は今後迷走するだろうし、亀井静香大臣の辞任は痛いが、それでも、「まず消費税増税と小さな政府ありき」の自民党政権よりはましなのだから、草の根からの意見発信も、あきらめずに続けていきたいと思う。


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昨日(5月20日)の朝日新聞3面に、参院選に向けて「みんなの党」の支持率が急伸しているとの記事が掲載された。この政党が政権与党である民主党への批判の受け皿になっているというのである。

それはその通りなのだろうが、全くいただけないのは、この朝日の記事が、「小泉政権時代に構造改革路線を進めた元財務省官僚」・高橋洋一の口を借りて、「みんなの党」の「小さい政府」路線を支持しているようにしか読めないところである。「小泉改革の自民党を支持し、政権交代を掲げた民主党を支持してきた人々は、早くも見切りを付けて第三極へと流れていくのか」などと書いている。

そこで、今日のエントリでは「みんなの党」批判をメインにしようと当初考えた。「みんなの党」のマニフェストを見ると、朝日新聞が書く通り、この政党が典型的な「小さな政府」論に立っていることがよくわかる。国家公務員の10万人削減や給与・ボーナスのカット、国会議員の大幅削減(将来的には憲法を改定して衆参を一院化する)など、公務員や国会議員を「仮想敵」にして大衆受けを狙った公約が目白押しだ。一方で、増税には消極的だが、これは「小さな政府」を標榜する以上当然だろう。官僚悪者論に便乗した、典型的なポピュリズム政党である。

官僚の天下りや税金の無駄遣いは確かに問題だが、それは主に文科系の高級官僚の腐敗堕落に問題があるのであって、それは是正しなければならないけれども、「みんなの党」の公約を実行すれば、実務に携わる多くの官僚が関わる公共サービスは縮小するし、おそらくどんな種類の増税にも反対なのだろうから、財政による再分配の機能も今以上に貧弱なものになるだろう。つまり、みんなの党の政策を実行すれば、日本社会における格差はさらに拡大する。こんな政党が参院選で伸びるようでは日本の将来は暗い。だから、「みんなの党」を叩くエントリを上げようと思った。

だが、ちょっと考えを変えた。あちこちの有名ブログで消費税の議論が出ているようだからである。当ブログにも、フリスキーさんから、下記のようなコメントをいただいた。

今日一時的に日経平均が一万円割れしたようですが、ここのところ日米の株価が不調で、
これからも下値を切り下げていく展開になる可能性が小さくないのではないでしょうか。
消費税増税に路線転換したかに見えますが、
不況が再びクローズアップされていくと、
明らかに逆進性の強いこの増税に対する
批判が強まり、なにかと後手後手な
現政権がこの問題で右往左往していく
のではないかと予想しておきます。

2010.05.20 15:24 フリスキー


実は、税制調査会が所得税の問題点を洗い出して、所得税を含む税制の見直しをしようとする動きが今年初め頃から(というより菅直人が財務相に就任して以来)起きたにもかかわらず、これが注目されるどころか、文科系の高級官僚の意を受けた(?)マスコミの誘導によって、問題が消費税増税の是非にすり替えられてしまった。そこへもってきて、菅直人や仙谷由人も、消費税増税論に傾くようなことを口にするのだから、火に油を注ぐようなものである。

いわゆる「リベラル・左派」系のブログでも、税制の議論になると百花斉放というべきか、意見はさまざまである。たとえば、小沢一郎や鳩山由紀夫を支持する人たちの一部から崇拝されている植草一秀は「良い小さな政府」を理想としており、「みんなの党」と同様、あらゆる増税に反対する立場をとっている。植草は、今は積極財政で景気回復を図るべきと主張していて、それはその通りだと思うが、増収策は「天下り根絶」をやった後で初めて行うべきだ、などと言っている。だが、天下り根絶を行う時には、同時に国家公務員の人事処遇の見直しも行わなければならず、若い頃には薄給に甘んじる現在の待遇も改められなければならないだろう。仮に天下りを根絶したところで、削減したコストがすべて公共サービスに振り向けられるわけではない。だから、景気が回復したならば、「天下り根絶」を含むムダの削減と並行して税収増が図られなければならず、その際には消費税ではなくまず所得税からメスを入れていくべきであるのは当然だと私は思うのだが、おそらくこの意見に賛同される方は極めて少ないだろうと思う。

植草一秀の信奉者のように、あらゆる増税に反対、金持ち増税も反対なら環境税の創設にも反対という人がいるかと思えば、その一方で、福祉国家を実現するために消費税率を引き上げるべきだという人もいる。

福祉国家を目指す財政学者であり、民主党や社民党の政策に与える影響が大きいことで知られる神野直彦は、近著『「分かち合い」の経済学』(岩波新書、2010年)のあとがきを読むと、眼を病んでいて、著作は宇沢弘文との共著(未刊?)を最後の仕事にしようと思っていたが、ついつい引き受けてしまったと書いている。その神野は、同著の第5章以降で、消費税増税を推進しようとする日本の支配層を痛烈に批判している。神野は、新自由主義者が、「市場が分配する所得を歪めない中立的税制が好ましい」とする「経済的中立性のドグマ」を信奉して、所得税・法人税中心の税制を破壊し、消費税を推奨している(前掲書138頁)と指摘する。古典派経済学のアダム・スミスは消費税を「労働賃金を引き上げる」として批判して所得税を推奨したというのに、「新自由主義は古典派のように、比較的所得税を推奨はしない。推奨する租税はあくまでも、逆進的負担をもたらす消費税すなわち付加価値税なのである」(同139頁)。「『経済中立性のドグマ』を信じ、所得税・法人税中心税制をかなぐり捨てている国は、日本だけである。(中略)日本は、1990年から法人税の負担水準を激減させた唯一の例外国家なのである。」(同142頁)。「それにもかかわらず日本では、増税の選択肢は消費税しかないとの常識が、大手を振って罷り通っている。しかも、躍起になって消費税は逆進的ではないという常識を形成しようとしている」(同142頁)、などなど。

政権与党である民主党や社民党のブレーンである財政学者がこのように訴えているにもかかわらず、その訴えは全然浸透しない。神野直彦は、「常識は時代の勝者によって形成され易い」、「常識が形成されるまで、繰り返しメディアを動員して宣伝できることは、勝者の特権である」(前掲書140頁)と書くが、政権交代はメディアにまでは及んでいないようだ。朝日新聞、読売新聞と在京キー局、それにNHKが一致団結して消費税増税を叫んでいる。読売新聞のナベツネ(渡邉恒雄)は、自身では「市場原理主義」に反対しているつもりのようだが、内実は80年代からの筋金入りの新自由主義者であることは、10年前にナベツネの著書『ポピュリズム批判』(博文館新社、1999年)を読んだ私はよく知っている。そもそもナベツネは中曽根康弘の盟友だから、新自由主義者でないはずがない。

これに、小泉政権発足以来、熱心に「小泉構造改革」を支持してきた朝日新聞が加勢した。朝日は、読売と比較してもより熱狂的な新自由主義応援団である。なぜかというと、小泉純一郎の「抵抗勢力」すなわち旧来自民党への批判が、長年自民党政府に批判的な論調をとってきた朝日新聞のベテラン記者たちの琴線に触れたためだろう。特に主筆を務める船橋洋一は、竹中平蔵とも懇意な人物である。

テレビ局に至ってはどうしようもない。在京キー局の正社員は、信じられないほどの高給取りであって、日本の権力者たちそのものである。その彼らが、財務官僚をはじめとする、文科系の高級官僚と結託し、消費税増税の一大プロパガンダを展開しているのが現状であると私は認識している。特に腹が立つのが『報道ステーション』の古舘伊知郎と朝日新聞の一色清のコンビ、読売テレビで週末に極右番組を司会している辛坊治郎、それにみのもんた、岸井成格(毎日新聞)、星浩(朝日新聞)といった面々である。

あれだけテレビ番組で、宗教的な熱狂を持って「消費税増税教」を布教されると、神野直彦が、(サービスの)「『小さな政府』であるアメリカは、消費税つまり消費型付加価値税を導入すらしていない。アメリカは所得税と法人税を中心とした租税構造が確立されている」(前掲書144頁)といくら著書で説いても、その事実はほとんど知れ渡らない。先日、読売新聞が「読売経済提言」と称した特集記事(おそらくナベツネ自身の発案による)を大々的に掲載したが、そこにももちろん法人税減税と消費税増税の主張があった。そして読売も日本の税収において直接税、特に所得税の占める比率が他国と比較して低い事実を、おそらく意図的に無視していた。

読売や朝日もそうだが、自民党も「小さな政府を目指す」としながら消費税の大増税を求めている。その主張をさらに尖鋭化させたのが、「たちあがれ日本」の与謝野馨であって、中曽根康弘直系の政治家である与謝野がナベツネと懇意であることは、周知の事実である。これらの主張は、およそ世界でも他に類を見ない苛酷な税制を目指す、考えられる限り最悪の政策であって、与謝野は日本を「たちあが」らせるどころか、日本経済を根絶しようとしているのではないかと私は考えている。

嘆かわしいことに、誰とは言わないがブログでも有名な民主党・社民党支持系の活動家や、「政治ブログ」の中でも代表的な「リベラル」系のブロガーまでもが、「消費税増税教」を無批判に受け入れている。こうした文章を目にするたび、ブログを書いていて無力感にとらわれる。せめて税制専門家委員会委員長・神野直彦の『「分かち合い」の経済学』でも読んで、マスコミに流された消費税に関する安易な思い込みを改めて欲しいと思う今日この頃である。
2010.05.21 08:23 | 税制 | トラックバック(-) | コメント(18) | このエントリーを含むはてなブックマーク
今日4月16日で、当ブログは開設からまる4年を迎え、今日から5年目に入る。小学生でいうと高学年にあたる。

4月というと、新年度の始まる月でもあるから、いろいろと物思う時期でもある。今は、ブログを始めた頃のことを思い出す。4年前の今頃は、前年の郵政総選挙で自民党が圧勝したあと、その反動でもあるかのように、耐震偽装問題を皮切りに、ライブドア事件そのほか「四点セット」と呼ばれた問題で小泉政権が窮地に追い込まれながら、政権を追及する野党・民主党が「偽メール事件」の失態で自滅し、永田寿康衆院議員(当時、故人)と前原誠司代表(当時)が辞任を余儀なくされたのだった。

ブログ開設一周年の日には、『博士の独り言』という有名右翼ブログとの衝突を「市民メディア」に報じられたことも思い出深い。最初の1年目は「新参者」としての後ろめたささえ感じていたのだが、そのうち「ウェブサイトの寿命は3年」という話を聞くようになった。しかし、昨年4月に当ブログが開設3周年を迎えた時には何の感慨もなかった。その頃になると、当ブログは他のブログとつるむのを止め、わが道を行くようになった。過去4年のブログライフの中で、4年目の前半にあたる昨年4月中旬から10月中旬にかけてが、アクセス数がもっとも多かったし、手応えもあった時期だ。昨年の衆院選と政権交代も、その時期に起きた。

私は、政権が交代すればバラ色の未来が待っているなどとは全然考えていなかったから、いよいよ衆院選という昨年8月には、むしろメランコリックな気分にとらわれていたのだが、政権交代後、政治を語るブロガーたちの熱が徐々に冷めてきている現在の状況は、小泉郵政総選挙のあと耐震偽装問題とライブドア事件で騒然となったあと、偽メール事件で一気に熱が冷めた時期と似ているかもしれない、ふとそんな気がした。

権力者は、何も言われなければ好き勝手なことをやる。政権交代から7か月、長い目で見てやろうや、などと支持者たちが言っているから何もしない。消費税率を4年間上げないと公約して選挙に勝っておきながら、今になってその公約を破ろうとする。

公共サービスを行うためには財源が必要で、消費税率を上げないのであれば、税収を上げる方法を考えなければならないことは当然だ。消費税には逆進性があるから、不況時に消費税率を上げたりすると、人々の懐を冷やすから景気は上向かず、結局税収が増えるどころか減って、政府の財政はさらに悪化する。だから、不況時には景気刺激策を実施して、景気が回復すれば、まず他国と比較して際立って低い個人所得税の課税ベースを拡大し、他の税についても見直しを図る。これが神野直彦教授が委員長を務める税制専門家委員会の考え方だと理解しているし、いたってリーズナブルな考え方だと当ブログは繰り返し書いているのだが、なかなかわかっていただけないようで、普段はまっとうな考え方をされていると私が考えている読者の方からさえ、「所得税率を上げると企業活動に悪影響を与えて景気が悪化するのではないか」などという的外れなコメントをいただいたりする。それほど、財務官僚の意を受けたマスコミのデマ宣伝の弊害は深刻だ。

その最たる例が、『日本がアブナイ!』のmewさんが「た党」と呼んでいる(私は"tattoo"を連想し、同党を支持しそうな怖いヤクザのお兄ちゃんたちの入れ墨を思い出して恐怖に震え上がった)「たちあがれ日本」の与謝野馨であって、この男は口を開けば消費税増税、文章を書けば消費税増税と、消費税率を上げるために生きているような人間ではないかと私は思っている。当然、日本経済にとっては疫病神である。

実際はどうかというと、消費税と比較しても法人税と比較しても、高所得層を主なターゲットにした所得税制の改革が景気に与える悪影響は少ない。志の低い今時の日本の金持ちは、金を貯め込んで消費しないから、むしろ日本経済に悪影響を与えているからだ。

マスコミの嘘宣伝によって、所得税増税で最大のダメージを受けるのは中産階級だなどという誤解がまかり通っているが、神野直彦著『財政のしくみがわかる本』(岩波ジュニア新書、2007年)の68頁に、2004年度の所得階層別に見た所得税の実行負担率が図示されているので、一度目にしていただきたい。年間所得が2500万円以上の層は、2000?2500万円の層と比較して、税負担が低くなっていることが示されている。これは、利子所得、配当所得、不動産所得などが分離課税となって累進ではなく定率の課税になっていることや、株式の売却益については、累進課税も選択できるものの、事実上取引額の1%を払えばよいことになっているなど、「あまりにも多くの所得を分離課税している」ためだと書かれている(前掲書67?69頁)。富裕層は、給与所得よりも前記のようなその他の所得が多いので、分離課税の恩恵を受けて、高所得層ではむしろ逆進的な税制のもと、ぬくぬくと金を貯め込んで、それを使いもしないのである。もちろん、新自由主義全盛の現代社会では、金を貯め込んでおかないと不安だから彼らはそうするわけだ。

以前、消費税増税について聞かれた社民党の福島瑞穂党首が、まずムダの削減からだと言っていた。これは、世間一般で消費税増税に反対する人たちがもっとも多く持ち出す論法でもあるが、政府の公共サービスをも削減する方向に悪用されかねない、というか官僚たちは間違いなくそうしようとする。「た党」の与謝野馨などは、社会保障費の増大に手を打たない民主党政権を批判しているが、社会民主主義を掲げる党の党首が、新自由主義者に利用されやすい論法を持ち出すのは感心しない。菅直人財務相に至っては、消費税増税に積極的な発言までし始めており、論外である。とにかく、民主党と社民党を代表する菅直人と福島瑞穂が戦力として全然計算できないから、消費税増税論者の思うがままの世論誘導が進行している。

一昨日(4月14日)に、税調の専門家委員会が行われたが、産経新聞は「鳩山政権、増税路線に転換?背景に財務省の思惑にじむ」との見出しを打った記事の中で、

菅直人副総理・財務相は13日、「(増税は)必ずしも景気にマイナスではない」と発言したほか、政府税制調査会は14日に学識経験者で構成する専門家委員会を開き、消費税見直しに向けた本格議論をスタートする。

などと書いている。菅財務相の発言は「増税」についてであって、所得税も当然含むのだが、マスコミ的文脈では「増税」とは「消費税増税」を意味する。菅直人のいけないところは、消費税について余分な言及をしたことだ。しかも菅財務相の発言は事実に反しており、橋本政権当時の1997年の消費税率引き上げは、間違いなく景気に悪影響を与え、それが1998年参院選での自民党惨敗、橋本内閣総辞職につながった。

菅財務相発言については菅財務相とマスコミの双方に責任があるが、産経が「消費税見直しに向けた本格議論をスタートする」と書いた税調専門家委員会の議論はどんなものだったか。これをロイター通信が伝えている(下記URL)。
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-14818320100414

以下引用する。

消費税上げの是非で踏み込まず=税調専門家委

 [東京 14日 ロイター] 政府税制調査会は14日午後に開いた専門家委員会で、消費税についての議論を開始した。しかし、終了後会見した神野直彦委員長(関西学院大教授)は、消費税引き上げの是非や幅などは政府税制調査会で決めることで、有識者からなる専門家委員会では「踏み込んだ議論をするつもりはない」とし、消費税上げの必要性の議論は「特にしていない」と述べた。

 焦点のひとつである消費税の使途については、社会保障財源と結び付ける議論は出たが、狭い意味での目的税化を支持する意見はなかった。

 税調会長の菅直人副総理兼財務・経済財政担当相と税調会長代行の仙谷由人国家戦略担当相がそろって消費税増税に前向きの発言をしているが、同専門家委員会では、消費税の使途や逆進性対策など構造問題を中心に議論した。

 使途に関しては、消費税を社会保障財源に充当するということを明確にすべきとの主張が出たが、その場合でも狭い意味の社会保障目的税化を支持する声はなかったという。また、社会保障財源として所得税が好ましいとの意見もあったという。また逆進性対策では、所得税なども含めた税体系全体で検討すべきとの考えや、複数税率、給付付き税額控除などの考え方が挙がったが、いずれも、複雑な納税環境整備が問題点として指摘された。

 消費税引き上げの経済への影響については、経済的に悪影響を及ぼすとの意見があったという。したがって、増税を財政再建と結び付けて議論するのではなく、社会保障の充実と結び付けて議論する必要があるとの意見が出たが、この場合、社会保障の財源としては所得税の方が好ましいとの意見もあったという。

(2010年 04月 14日 23:29 ロイター通信)


神野教授が委員長を務める専門家委員会なら、こういう論調になりそうだと予想される内容だが、私が昨日ネットで見た時、前述の産経の記事とこのロイターの記事が上下に並んで掲載されていて、そのあまりの落差に苦笑した。産経は、何が何でも民主党政権に消費税率を引き上げさせたくてたまらない。たまたま目についた記事が右翼新聞として有名な産経だったが、読売もほぼ同じような記事を書いていたし、消費税増税にかけては朝日や毎日も、読売以上に熱心であることは周知の通りである。だから、税制専門家委員会の議論を事実に即して報じたロイター電が目立つのである。ロイター電が伝える神野教授の言葉は、「消費税引き上げを議論したければ政府税制調査会で勝手におやり下さい。われわれはそんな議論なんかしませんよ」と突き放しているとしか読めない。つまり、政府要人の消費税引き上げ容認発言には、専門家委員会のお墨付きは一切ないのである。

それにしても、まあいったい日本のマスコミというのは何なのだと思ってしまう。マスコミの幹部記者は、実は財務官僚の本音などよく知っている。朝日新聞の経済担当の論説副主幹に、小此木潔という人がいるが、小此木氏が書いた『消費税をどうするか―再分配と負担の視点から』(岩波新書、2009年)には下記のように書かれている。

「消費税を導入したい、引き上げたい、という思いの強さが災いして、直接税を減らしすぎた」―― 表立っては言えない「反省」の言葉を財務省幹部から聞くようになって久しい。消費税を導入し、財源として大きく育てようとする「税制改革」路線が、所得税や住民税に代表される直接税を減らす要因になってしまったというのである。官僚がこうした反省を口にするようになったのは、日本経済がデフレから回復し始めてもなかなか税収が戻らない状況が続いたためでもあるようだ。

(小此木潔 『消費税をどうするか―再分配と負担の視点から』(岩波新書、2009年) 45-46頁)


「論説副主幹」が岩波新書にはこんなことを書いているのに、なぜいつも朝日新聞は社説で消費税増税を求めているのかさっぱりわからないのだが、これが官僚であり、これがマスコミ人なのだろう。そして、官僚にもマスコミ人にもいたってウケの良い政治家だったのが与謝野馨であり、与謝野が「政策通」とマスコミに評されてきたのは、彼が大の消費税増税論者だからだ。財務官僚にとってこれほどありがたい政治家はいない。

なお、所得税率を元に戻すと、それは中所得層を直撃するものになるだろうが、それ以前に行うべきは、神野教授が指摘している分離課税だらけの所得税制の見直しではないかと思う。税収なくしてサービスなしだが、負担はまず高所得層に求め、次いで中所得層に求め、それでも足りない分を消費税増税で補うという順番で増税を行うのが筋ではないか。それを逆順にやろうというのが富裕層の狙いであって、これこそ「階級を固定するためのプロジェクト」であるとデヴィッド・ハーヴェイがいうところの「新自由主義」そのものではないかと思う次第である。


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