きまぐれな日々

 先週はやや忙しくて時間がとりづらかったのでお休みした。今週も土日に『kojitakenの日記』に何本も記事を書き、かつ珍しくもコメント欄にも駄文を書き続けたために、多忙のピークは過ぎたもののこのブログの記事を書く時間はほとんど取れずにきた。この記事は朝起きてからやけくそ気味に書いている。

 本当なら先週はアメリカでのトランプ・安倍会談について何か記事を書くべきところだったかもしれない。しかし、NHKが「強面のはずのトランプさんが、安倍総理には優しかった。よかったよかった」式の、実にくだらない報道をして、視聴者の多くを安堵させたらしい。しかも、TBSの『サンデーモーニング』までもが、尖閣を日米安保の対象にすることを確認した、こんなことは初めてだと喜ぶ岡本行夫のコメントを垂れ流すていたらくだった。そんなことはオバマ政権までと全く変わらない話であって、しかもアメリカは尖閣における日本の施政権は認めていても、領有権は認めておらず、トランプがその方針を変更したという事実もない、そのことはその前の週(2/5)の放送で寺島実郎が正確に指摘したばかりだったのに、その翌週に岡本行夫にデタラメをしゃべらせることによってTBSは掌を返した。先々週には「思いやり予算の駐留米軍経費負担が他国のお手本だなんて、そんなこと言われて喜んでちゃダメですよ」と歯切れの良かった岸井成格までもがトーンダウンしていたことには心底落胆させられた。やっぱり岸井は岸井だったな、と昔岸井を天敵視していた頃を思い出したくらいだ。

 こんな報道の状況で気になるのは、人事さえままならず、国際情勢にも悪影響を与える方言を繰り返しているトランプの意向をトランプに成り代わって欧州の首脳に説明する、などと意気込む安倍晋三(トランプに引き回されての暴走にしか私には見えない)のあり方は、日本にとってリスクが大きすぎないかということだ。NHKを筆頭とするメディアが安倍政権の翼賛に走ることは、安倍のトランプ盲従リスクを増幅することに他ならない。それを考えると憂鬱さは増す一方だ。

 ところで、昨日(19日)の『サンデーモーニング』は、テレビをつけてはいたもののまともに見てはいなかった。昨今話題の、「安倍晋三記念小学校」転じて「瑞穂の國記念小學院」に国有地が格安というか激安(事実上のロハともいわれる)で払い下げられた一件は、この番組に一瞬触れられたらしいが私は気づかなかった。少なくともまともには扱わなかった。極右の森友学園への利益供与に関するこの一件に関しては、大阪維新の会(国政政党としては日本維新の会)の松井一郎やらOB(?)の橋下徹やらパシリの足立康史やらの暗躍について、維新を脱北、もとい離脱した上西小百合がよく知っているらしいから、それを待つことにしようか。もちろん私は上西が言うような日本会議や安倍晋三の無罪説は信用しないが。

 もう一つ私が憂鬱でならないのは小池百合子人気だ。先週の『週刊現代』が小池百合子総理大臣待望論の特集を組んでいたことに先週末気づいたが、この週刊誌は今週も懲りずに「60人の政治部記者に聞いた『小池百合子はいつ総理になるのか』」という特集を組んでいるらしい。

 この週刊誌は講談社が堕して、もとい出しているが、他のポスト、文春、新潮がいずれも右翼誌であるのに対し(右翼度は長らく新潮>文春>ポストだったが、最近は新潮>ポスト>文春かもしれない)、現代は括弧付き「リベラル」層を主なターゲットにしていると言って良いだろう。それにふさわしく小池百合子を持ち上げるというわけだ。

 なぜ小池百合子が『広島瀬戸内新聞ニュース』のさとうしゅういちさんの言うところの「グローバル・インテリ」に受けるのか、不支持にとどまらず小池百合子が大嫌いな私にはさっぱりわからないのだが、2001〜06年の小泉純一郎人気と大いなる共通点がありそうだ。だが、小泉純一郎にせよ小池百合子にせよ、なぜか都市部の特に中産階級以上の人たちにウケる。

 安倍晋三は大嫌いだが小池百合子には期待するという読者の方がおられたら、なぜ安倍は不支持なのに小池を支持するのか、その理由を教えていただけないだろうか。

 こう書いても皆さん答えてくれないだろうなとは思うが。なぜならブログ主たる私は小池百合子が大嫌いだし、小池支持のコメントをいただいたら、おそらく私はそれをこのブログよりはアクセス数のずっと多い『kojitakenの日記』に転記して晒しものにする可能性が高い。

 しかし、原則として無記名にしないようにお願いしてきたブログのコメント欄だが、実際には無記名でも受け付けているので、是非教えていただけませんか。よろしくお願いします。
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 突然「カジノ法案」の審議が衆院内閣委員会で始まったのは11月30日だった。わずか6時間の審議を経て委員会で強行採決されたのは12月2日だった。

 右翼新聞である読売や産経の反対をものともせず、また法案に慎重な姿勢を示していた公明党に「自主投票」を強いてまで、会期末の12月14日までの法案成立を目指す安倍晋三は、極悪な独裁者以外の何者でもない。

 本屋である極右雑誌の表紙を見て笑ってしまった。日本はトランプ、プーチン、習近平、金正恩、ドゥテルテといった独裁者たちに包囲されるというのだ。今後、さらに欧州各国が続こうとしているのだという。

 笑わすなよ。トランプより4年も早く、日本は極右の独裁者を総理大臣に選んでいるじゃないか。今では独裁政権にすっかり慣れ親しんでいて、国内に反対だらけの法案を超特急で強行採決して成立させ、それは施行直後のごく短期間を除けば日本の社会と経済に害毒しかもたらさないにもかからわず、安倍晋三がそんなことをやらかしても、内閣支持率は下がるどころかこの1年半近くずっと上がり続けている。先進各国に先駆けて独裁政治権力に馴致されてしまったのが、日本国民だ。

 カジノ法案に関しては、野党も醜態を晒している。民進党では11月24日に前原誠司、長島昭久、松野頼久ら「有志議員」が「IR議連」を発足させていた。下記は産経新聞記事

民進党有志議員がIR推進議連を発足 党執行部のカジノ法案反対の姿勢を覆す勢いはなく…

 民進党の有志議員は24日、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備推進法案の早期成立を目指す議員連盟を発足させた。この日の初会合には執行部と距離を置く非主流派議員が顔をそろえた。ただ、参加議員は約40人にとどまっており、IR法案の審議入りに慎重な執行部の判断を覆す勢いはない。

 議連会長の長島昭久元防衛副大臣は初会合で「一日も早く審議入りすべきだ」と強調。今後は党内議論を活性化させ、今国会中の法案成立を目指す方針を確認した。顧問は代表選に出馬した前原誠司元外相が就任し、幹事長に旧維新グループの松野頼久元官房副長官が就いた。

 IR法案をめぐっては、蓮舫代表が24日の記者会見で「射幸心や依存症の問題もあり、世の中で百パーセントの支持をいただいている法案ではない」と述べ、審議入りは時期尚早との見方を示している。24日の議連初会合の出席議員は12人のみで、党幹部は「IR法案賛成は党内ではごく少数で、審議入り反対の党の方針は変わらない」と語った。

(産経ニュース 2016.11.24 23:27更新)


 前原・長島・松野らはいつものようにみごとなまでの安倍晋三へのアシスト役を演じた格好だ。

 また、論外としか言いようがないのが自由党代表の小沢一郎だ。

 『kojitakenの日記』にも書いたが、小沢は何年も前から超党派の国会議員で作る国際観光産業振興議員連盟(IR議連 通称:カジノ議連)の最高顧問にデーンと鎮座ましましている。もっとも、この程度のことはこの男が長い政治生活の間でやらかしてきた数々の悪事の中ではほんの些末事に過ぎず、衆院選への小選挙区制導入で現在の安倍晋三独裁を招き入れた元凶も、この小沢である。その悪質度においては、安倍や小泉純一郎にも決して引けを取らない。

 もちろん日本維新の会及び地方政党の大阪維新の会は、今回のカジノ法案強行の直接の主犯だ。日本の中でも特に極右化が極端なのが大阪だが、カジノ誘致に特に熱心なのが、松井一郎が府知事を務める大阪である。安倍晋三は今回のカジノ法案の強引な成立で維新に恩を売り、その見返りに改憲に協力してもらおうという下心がミエミエだ。そして、そんな維新を応援して自らの「反骨精神」を満足させているつもりでいるのが、大阪の多くの有権者である。読売(「キョジン軍」)と何も変わるところのない金権球団となり果てたあげくに今シーズン広島に惨敗したプロ野球の阪神タイガースは、そんな大阪(及び神戸を含む阪神間)の堕落の象徴かとも思える。

 ただ、今回のあまりにも強引なカジノ法案の強行は、安倍晋三に隙が見え始めたことも感じさせる。とはいえ、その隙を突けないくらい日本の政治をめぐる言説が破壊され尽くしているなら、今後も日本はひたすら後輩への道を突っ走り続けるのかも知れない。
 今年は括弧付きの「リベラル・左派」が7月の東京都知事選で小池百合子に肩入れしたかと思うと、11月のアメリカ大統領選では「小沢信者」及びその流れを汲む人たちを中心とする「リベラル」どもが「クリントンよりトランプがマシ」と合唱するなど、「『リベラル』の劣化もここまできたか」と心の底からうんざりさせられる年だった。

 それは何も支持者に限った話ではなく、財政再建原理主義者の岡田克也のあとを受けた民進党代表の蓮舫が、党幹事長に岡田以上の財政再建原理主義者にして、政治思想的にも中道に近かった岡田よりもずっと右寄りの野田佳彦を指名したことで、ただでさえ衰勢のこの党の前途をさらに暗くしたのだった。

 野党第一党のふがいなさが与党の弛みを引き起こすのは世の常である。このところの安倍政権のダメっぷりにも本当に呆れるばかりだ。トランプが当選してTPPの発効が絶望的になってもTPP批准案を強行採決し、さらに関連法案をすべて成立させようとしている。その一方でまだ大統領にもなっていないトランプに会いに行って、おそらくTPP参加への心変わりをおねだりしたと思われるが、トランプはあっさり大統領就任初日にTPPを脱退することをビデオメッセージで明らかにした。

 その一方で、気候変動抑制に関するパリ協定の批准が遅れて発効に間に合わない醜態も晒した。パリ協定も、地球温暖化陰謀論という、世界ではアメリカの共和党と日本の括弧付き「リベラル」とノビー(池田信夫)ら一部のトンデモ人士にしか信じられていない妄論(それは重厚長大産業に大量の塩を送るものでもある)を信奉するトランプの当選によって先行きが怪しくなったが、それはともかく、なぜパリ協定を先送りしてTPPにかまけたかというと、マスコミ情報で漏れ伝えられるところによると、自民党の政治家たちが安倍晋三の意向を忖度したものらしい。これには開いた口が塞がらなかった。

 さらに、しばらく前から12月にプーチンを呼んで下関だかで行われるという日露首脳会談の成果を引っ提げて、衆院を解散して総選挙を行い、その結果が自民党の対象になることは目に見えているから、自民党総裁の任期の限度が3期9年に延長されたことと合わせて、いよいよ改憲に本腰を入れようと安倍が企んでいるなどという話もあった。

 しかし、日露首脳会談で安倍の思い通りの成果が出るはずなど最初からなかった。数日前に、ロシア国防省が択捉島と国後島に新型の地対艦ミサイルシステムをそれぞれ配備したことを発表したが、これなどもロシアが領土問題で譲る気など一切ないことを示している。

 マスコミは、ロシアの強硬姿勢をトランプの大統領選当選と結びつけているが、アホかと思う。ロシアは、仮にクリントンが大統領選に勝ったとしても、領土問題で譲るつもりなどあろうはずもなかった。私は、まだ大統領選の結果が出る前の10月19日付の『kojitakenの日記』に下記のように書いた。

 周知のように、永田町では安倍晋三が来年の党大会を1月から3月に先送りしたことから「年初解散説」が流れている。これは特に公明党と創価学会が積極的に流している話らしいが、日露交渉で挙げた成果を引っ提げての「北方領土解散」になるなどの話が取り沙汰されている。だが、安倍政権は日朝交渉の打開をもくろみながら全く糸口さえつかめなかったことがあることからもわかるように、外交には全く期待できない政権であると私は考えているから、次の衆院解散が「北方領土解散」になることはあるまいと確信している。

 もっとも、「野党共闘」が先の新潟県知事選で、右翼にしてネオリベの保守系候補を担いでやっとこさ自公の原発推進派候補に勝てる程度の力しかない現状では、いかなる口実で安倍晋三が解散に踏み切ったところで、毎度おなじみの自公の圧勝にお悪、もとい終わるであるだろうことだけは確実だ。


 案の定、という展開になりつつある。

 安倍晋三のトランプに対するTPP参加へのおねだりをトランプが一蹴することや、ロシアが領土問題で譲るはずなど全くないことなどは、素人の私にだって確実に予想できる程度のあまりにも当たり前のことなのだが、マスメディアはあたかもそれらが安倍晋三の思惑通りになるかのような「忖度報道」をしている。「権力批判が絶え果てた『崩壊の時代』」(by 坂野潤治)がここまで進むとは、と嘆かずにはいられない。

 トランプが「現実路線」をとるなどというマスメディアの「希望的観測」もまた、安倍晋三の願望に添ったものといえるだろう。だがこれもまたトランプを「反グローバリズムの星」と期待する「小沢信者」と同様の愚かしい手前勝手な願望に過ぎない。

 この土日に、故・森嶋通夫(1923-2004)が1988年に書いた岩波新書『サッチャー時代のイギリス』を読んだ。28年前の本だから当然ながら歴史的限界はあるが、森嶋氏の本はいつも刺激的で面白い。氏の生前からもっと読んでおけば良かったと思った。

 この本には、小選挙区制によってイギリスの首相の権力はアメリカ大統領をも上回るほど強大であり、その権力をもって「歴史の車輪を逆回転させる女」サッチャーが独裁政治を行っていること、それを可能にした小選挙区制の反民主主義的な性質などが指摘されている。しかし、本の書かれた6年後には、小沢一郎の「剛腕」などによって衆議院に小選挙区制が導入され、それは2005年の小泉郵政選挙、2009年の政権交代選挙を経て、2012年にサッチャーにひけをとらない極右政治家・安倍晋三の独裁政権を生み出した。

 トランプは「反エスタブリッシュメント」として「小沢信者」らの期待を集めているが、サッチャーもまた「反エスタブリッシュメント」であった。サッチャーは富裕層の出身ではなく、田舎町の食糧雑貨商の家に生まれた。父は市長を経験した地元の名士だったとはいえ、イギリスのエスタブリッシュメントからはほど遠い。英保守党内の旧保守の政治家たちはサッチャーに「ウェット」のレッテルを貼られて干され、代わりに新保守の極右政治家が重用された。

 最初は「労働党政権ガー」で支持を浮揚させたサッチャーだが、徐々に人気が落ちると、1982年にフォークランド戦争を引き起こして政権の人気を浮揚させ、1983年の総選挙での圧勝につなげた。さらに1987年の選挙の前には、持ち前の新自由主義政策である緊縮財政とは真逆(まぎゃく)の、日本のメディアなら「バラマキ」と称するであろう大判振る舞いを行ったあとに議会を解散してやはり総選挙の圧勝につなげた。なお、当時のイギリスでは現在の日本と同じように総理大臣が勝手なタイミングで議会を解散することができた。2011年に議会期固定法が制定されてこの悪弊が改められた。この点は日本も早くイギリスに倣うべきだろう。

 以後は1988年に書かれた森嶋通夫の本には出てこないが、その後サッチャーは1989年に究極の悪税である人頭税を導入して総スカンを食い、1990年に退陣に追い込まれたが、11年の長きにわたってイギリスに害毒を垂れ流した。その間にイギリスはたいした経済成長もできず(経済成長率は労働党政権より低かった)、その一方でイギリス社会の格差は拡大したのだった。

 このサッチャー政権の歴史は、今後安倍晋三やトランプがいかなる道を歩むかを予想させるものでもある。トランプは、かつてブッシュ親子やビル・クリントンがやったように、内政が行き詰まると外国との戦争を引き起こしたり空爆をやったりするのではないか。また、自衛隊の海外派遣で戦死者が出て、それを機に安倍晋三が自衛隊の軍事活動をエスカレートさせたら、日本国民はそれを熱狂的に支持するのではないか。後者については、ブッシュ親子やサッチャーの戦争をアメリカ人やイギリス人が歓呼で応えたのに、日本国民は自衛隊員を死に追いやった安倍晋三を責めてその支持率を落とすとは、私にはどうしても思えない。

 これ以降はいつもの最後っ屁だが、「都議会自民のドン」と「戦っている」らしい小池百合子を応援して、このところテレビ(のワイドショー)の応援がやや不活発だとぼやく「リベラル」や、「トランプばかりを悪人呼ばわりするな、もっと安倍晋三を批判しろ」などとキーキー言っている現・元を問わない「小沢信者」たちには、「反既得権益・反エスタブリッシュメント」なら小池百合子やトランプはどこが橋下徹やサッチャーと違うのか、説明してもらいたいものだ。

 もっとも、彼らは2012年に小沢一郎が「私の考えは橋下市長と同じだ」と言った時に小沢一郎を批判することが全くできなかった。「リベラル」や「小沢信者」のみならず、紙面を挙げて総力で「日本未来の党」を応援した東京新聞も同罪だ。2012年の衆院選で日本未来の党が惨敗したことは本当に良かったと思うが、同時に最悪の安倍晋三独裁政権(第2次安倍晋三内閣)が発足してしまった。

 坂野潤治氏によると、この時に現在の日本の「崩壊の時代」の幕が開けたのだった。
 このところ、ずっと不愉快なニュースばかりが続いている。今回の記事は、当初先週の月曜日(24日)に公開する予定で書き始めたが、早々に文章に行き詰まってしまった。それを書き直したのがこの記事。

 最近、記事を書く(打つ)指の動きが鈍る大きな理由の一つが小池百合子であって、世の「リベラル」の多く、橋下徹にはなびかなかった者までもが小池百合子になびく風潮を見ていると、気持ちが鬱々としてくる。

 また蓮舫・野田佳彦の体制となった民進党の問題もある。安倍政権の経済政策は問題を多く抱え、成果も安倍晋三が政権再交代時に思い描いたようには上がっていないと思われるが、それでも国政選挙の度に有権者が自民党を選ぶ大きな理由の一つが、民進党の経済政策が安倍政権のそれと比べてさえもずっと劣るところにある。緊縮・財政再建志向の強い蓮舫と野田佳彦では、今後も民進党に多くを期待することはできない。

 また「野党共闘」の問題もある。現在は(小沢一郎が剛腕を発揮して成立させた)小選挙区制のおかげもあって、安倍晋三の自民党が異様なまでに選挙で勝ち続けているので、はっきり言って政策に大きな開きがある民進党と共産党を軸とした「野党共闘」には止むを得ない面もあるが、私が憂鬱さを感じるのは、野党共闘をしているのだからと言って、民進党への批判を「自民党を利するだけ」などと言って封じる風潮があることだ。

 安倍晋三の「一強」、すなわち独裁体制は強まる一方であって、総裁任期の延長も決まった。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS26H2A_W6A021C1000000/

自民、総裁任期「3期9年」を決定

 自民党は26日午後の党・政治制度改革実行本部の全体会議で、党総裁任期をいまの「連続2期6年」から「連続3期9年」に延長する案を決定した。党の意思決定機関の総務会で年内に了承する見込みで、2017年3月の党大会で党則を改正する。

 本部長の高村正彦副総裁が同会議で連続3期9年への変更を提案。「今まで任期を少しずつ延ばしてきた経緯もある。一般党員、国民から理解されやすいという意味で、連続3期までと変えるのが役員会の結論だ」と述べた。出席者によると、任期延長に関する反対論は出なかった。同本部の役員会では任期延長に関し「連続3期9年」と「制限の撤廃」の2案を検討してきた。

 いまの党則は連続3選を禁じている。12年9月に総裁に返り咲いた安倍晋三首相は15年9月に再選され、18年9月に2期目が満了する。党則改正を経て次期総裁選に勝利すれば、21年9月までの長期政権が視野に入る。憲法改正や外交課題に腰を据えて取り組みやすくなる。

(日本経済新聞 2016/10/26 13:49)


 安倍晋三の任期延長は、二階俊博と高村正彦が主導したようだが、なぜこの2人の政治家がそのような動きをするのかについては、党内外の情勢がそうさせているとしか言いようがない。自転車に乗っていて大怪我をして以来音沙汰のない谷垣禎一は、自民党が下野していた頃の自民党総裁だったが、あの悪名高い自民党の第2次憲法改正草案がまとめられたのは谷垣総裁時代だ。

 安倍晋三のような政治家が長期政権を保っているのは、日本国民の比較多数の求めているものと、私にはおぞましいものとしか思われない安倍政権の政策がそれなりに合致しているからだろう。日本全体で見ればそういうことがいえるが、少し狭く、東京や大阪に限定すると、東京では小池百合子、大阪では大阪維新の会(国政政党は日本維新の会)の支持が圧倒的だ。大雑把にいえば、日本全体では国家社会主義志向の強い安倍晋三が求められ、東京や大阪では思想的には小泉純一郎の流れを汲む新自由主義志向の強い小池百合子や大阪維新の会が求められているとみられる。

 言ってみれば、現在の日本は「不健全な膠着状態」に陥りつつあるといえる。一方、同じアジアでもフィリピンでは「アメリカとの訣別」をブチ上げる大統領・ドゥテルテが国民の圧倒的支持を得ているし、韓国では大統領・朴槿恵が民間人の崔順実(チェ・スンシル)氏に機密文書を渡した問題で、朴の辞任を求める大規模なデモが起きるなどしている。

 かつて「手かざし」で知られる怪しげな新興宗教とのかかわりが指摘された安倍晋三(鳩山由紀夫にも同様の疑惑があった)なども、叩けば埃の出る人間なのではないかという気もするが、それはともかく、これからあと5年も総理大臣を続けようという安倍晋三がそこまで権力の座に執念を燃やすのは、いうまでもなく「憲法改正」という究極の目標があるからだろう。

 だが、権力者の野望(権力の座のあるのに「『野』望」というのも変な言い方かもしれないが)と国民のニーズとのギャップが広がると、その摩擦は政治も社会も不安定にする。もちろん今は安倍晋三が強大な権力を持っているから、あと5年もかけて無理矢理「憲法改正」を実現させてしまう可能性は小さくないが、いったんそんな状態になってしまえば、そこから日本を立ち直らせるには気の遠くなるような労力と時間がかかるに違いない。もちろん私の目の黒いうちにその「再建」を見届けることなどできない。

 また、安倍晋三自身が今後あと5年以内にクラッシュする可能性も少なくなく、私はそちらになってほしいと思う。仮にクラッシュしたとして、その時に安倍晋三が受けるダメージは、2007年に総理大臣を投げ出した時よりも大きくなるだろうが、そうなったとしても自ら選んだ道なのだから何ら同情には値しない。

 安倍晋三が日本をクラッシュさせるくらいなら、安倍晋三自身が政治的にクラッシュした方がよほどマシであることはいうまでもない。ただ、そこに至る道筋が全く見えず五里霧中だから、昨今は記事を書く気力も萎えるのである。
 朝日新聞(8/8)の一面トップは現在行われているリオデジャネイロ五輪で水泳・男子400メートル個人メドレーで萩野公介が金メダルを獲ったニュースだった。

 4年に一度行われる五輪には、快哉を重ねる毎にというか私自身が歳をとるほどにというか、さっぱり興味がわかなくなってきている。特に、次回の東京五輪に対しては、東京というか日本でもう五輪なんかやってくれるなとずっと思ってきたから、その直前の大会である今回の五輪は見る気にもならない。

 このところ『kojitakenの日記』にはずっと都知事選に圧勝した小池百合子及び小池に異様に甘い日本の「リベラル」たちに悪態をつく記事ばかり書いてきた。

 今回は、それとは少し離れて、これまで気になっていながらまとまった書く機会がなくここまできた、稲田朋美の防衛大臣就任について書く。

 まさか安倍晋三が稲田朋美を防衛大臣にするとは思わなかった。仮に安倍晋三がどこかの国に自衛隊を派遣することになった時、ワシントンポストに「戦中日本の行いを軽視し、極右思想(far-right views)で知られる女性」と評された札付きの極右人士が防衛大臣でいて大丈夫なのか、と思う人は少なくないのではないか。

 女性の防衛大臣は第1次安倍改造内閣における小池百合子以来であって、その小池もまた極右だった。

 だが、小池の任期は長く続かなかった。第1次安倍改造内閣発足からさほど間を置かずして、安倍晋三が政権を投げ出したからだ。

 今回は独裁権力を恣にしている安倍晋三が政権を再び投げ出すことはまず考えられないが、稲田朋美が防衛大臣でいられる時期はそう長くはないかもしれない。それは安倍晋三がいつ衆議院を解散するかにかかっている。

 違憲の疑いが濃厚な「7条解散」だが、もうすっかり総理大臣の伝家の宝刀とみなす慣例が続いているから、現在の安倍晋三の最大の関心事は、いつこの「切り札」を切るかということに尽きるといえる。

 私は安倍晋三とは基本的に日本国民の生活には何の関心もなく、母方の祖父・岸信介がなしとげることのできなかった「憲法改正」を自らの手で行うことを唯一の目的とする政治家であるとみなしている。例の安倍政権の経済政策も、安倍にとっては改憲のための手段に過ぎない。

 だが、安倍は明文改憲を行う前に9条の解釈改憲をやってしまった。アメリカにせっつかれて自衛隊を海外に派遣するケースもそのうち出てくるかもしれない。

 とはいえ、アメリカも秋に大統領選挙を控えている。ヒラリー・クリントンとドナルド・トランプの戦いは、少し前までは勝負にならずクリントンの圧勝だろうと思われていたが、アメリカでも「クリントンが大統領になるくらいならトランプの方がマシだ」という、小池百合子に投票した日本の一部「リベラル」にも似たバーニー・サンダース支持者のような人間が少なからずいるせいもあって、クリントンとトランプのどちらが勝つかは全く予断を許さない情勢になっている。アメリカがいつ自衛隊を自らの戦争に巻き込もうとするかはわからないが、しばらくはその機会はないと安倍晋三はみているのではないか。

 つまり、安倍晋三はそう長く稲田朋美を防衛大臣にとどめておくつもりはないかもしれない。今回の防衛大臣抜擢は、安倍がお気に入りである稲田の経歴にハクをつけるための人事であるように思われる。

 いつもの安倍晋三の行動パターンからいえば、汚れ役には安倍自身の思想信条とは比較的距離のある人物にやらせることが多い。想像したくもないが、第4次安倍内閣が発足する時には、そういう人物を改めて防衛大臣に据えるのではないか。そして稲田朋美には、大臣としては比較的重んじられない防衛大臣よりも、もっとランクが上とされているポストを割り振るのではないかと私は邪推する。

 今年衆参同日選挙を見送ったのだから、しばらくは衆議院の解散はないというのが普通の味方だろうが、参院選の直後に行われた東京都知事選は、「野党共闘」に亀裂を入れる結果に終わった。野党統一候補の鳥越俊太郎の得票は、小池百合子の半分にも満たない大惨敗だった。

 「野党共闘」は今後どうなるかわからない。民進党次期代表就任確実と見られる蓮舫は、党内右派にも左派にもいい顔をしようとしているように見受けられ、その蓮舫が現実に代表になった時、「野党共闘」をどうするのかは不透明になっている。

 一部からは、民進党は何も共産党から票を流してもらわなくとも、おおさか維新の会から票を流してもらえば良いのだから、「野党共闘」を続ける理由など何もないという声もある。

 確かに民進党にとってはその通りかもしれないが、お維にとっては違う。お維は、主に大阪や兵庫において、一時は民主党(当時)に流れながら、民主党に飽き足らなくなったり民主党政権に失望した人たちの心をつかんで成長した政党だ。民主党を叩くことによって大阪の人たちの拍手喝采を受けるというのがお維の行動パターンになっている。

 そんなお維にとって、民進党に票を流す行為は、それまでのお維の行動に矛盾するものであり、そんなことをしたら支持者が怒り狂って票を大量に失ってしまう。民進党に票を流すことはお維にとって自殺行為に当たるから、そんなことは絶対にできないのだ。

 だから民進党はお維とは組めない。しかし民進党自身、単独では議席の獲得が難しくなっている、だから共産党、社民党、生活の党と山本太郎となかまたちの3党と組んで「野党共闘」を続けるしか選択肢はない。特に民進党代表なんかになった日には、そういう政治の現実に制約されて、代表のとり得る選択肢はごく限られてしまう。

 もちろんこの状態には、民進右派はフラストレーションを溜め込んでいる。私は、「野党共闘」の解消よりも民進党の分裂の方が起きる確率が高いと考えている。これは、自らも野田佳彦という右派政治家の派閥に属していながら今後民進党をまとめていかなければならない立場の蓮舫にとっては不都合な事態だ。右派グループに出て行かれてしまっては、「民進党を分裂させた政治家」という負の実績が残るだけになってしまう。

 蓮舫が民進党内のあらゆるグループにいい顔をしようとするのは、上記の党内事情によるものであろう。仮に私が蓮舫の立場にいたとしても、同じ行動をとるのではないかと思われる。だからといって蓮舫が私の好まない政治家であることには変わりはないが、ここで言いたいのは、蓮舫の行動には合理性があるということだ。

 いずれにせよ、安倍晋三は蓮舫が代表になったあと、民進党が「野党共闘」をどうするかを見極めつつ、仮に「野党共闘」の継続の方向が固まった場合は、野党統一候補の選定などの準備が整い切らないうちに早めに解散カードを切るものと思われる。

 これが普通の政治家であれば、衆参同日選挙を見送ったなら年内解散はないと考えられるが、あいにく安倍晋三は全く普通ではない異常な政治家である。だから、いついかなる時に解散カードを切ってくるかは全くわからない。常に警戒を怠ってはならないだろう。
 連休の谷間の平日なのでブログを更新する。さすがにあまり気分は乗らないが。

 まず、先週の衆院北海道5区補選のまとめ。あの補選において「野党共闘」を推進した人たちが「補選は成功だった」と強弁するのはわかるが、安倍政権を何としてでも倒さなければならないと考えている一般人の無党派の人間として、彼らの強弁を認めるわけには絶対にいかない。

 なんとしても投票率が低すぎた。4月の衆院補選で私が思い出すのは、2008年に民主党の平岡秀夫が自民党の山本繁太郎を破った2008年の山口2区補選だ。「政権交代」前夜で多くの有権者が民主党に期待していた頃の補選だが、何もかもが今回の北海道5区とは正反対だった。

 2008年の山口2区補選は、公示日の頃には大接戦で一部には自民候補の方が有利ではないかとも言われた。それが選挙戦が進むにつれて野党候補の勢いがどんどん増していき、マスコミの情勢調査でも野党候補有利と報じられ、蓋を開けてみると投票率69.00%で野党候補が勝った。

 2016年の北海道5区補選は、公示日の頃には大接戦で一部には野党候補の方が有利ではないかとも言われた。しかし選挙戦が進んでも野党候補の勢いはいっこうに上がらず、マスコミの情勢調査でも接戦ながら地元紙は自民党候補の名前を先に出した(同じ地元紙=北海道新聞=が公示日の頃に野党候補の名前を先に出して報じていた)。案の定、蓋を開けてみると投票率57.63%で野党候補は負けた。

 候補者の「タマの良し悪し」はほぼ2回の選挙で同じくらいだ。2008年の平岡秀夫は民主党リベラル派だったが、今回の池田真紀も共産党支持者にも抵抗なく投票できる候補者だった。一方の自民党候補は2008年の山本繁太郎が、個人(2014年死去)を悪く書くのは気が引けるが建設官僚時代「ノーパンしゃぶしゃぶ」の常連客だったとされる評判の良くない人物だったが、今回の和田義明も商社のビジネスマンとしての経歴にご執心で、町村姓を名乗れとの支援者の要望(なんて前時代的な!と私は呆れたが)を拒否するなど、自民党得意の土着的選挙戦を行うにはいささかドライすぎるのではないかと思わせる候補だった。

 しかし今回は投票率が伸びなかった。「kojitakenの日記」で私がグラフを示した通り、投票率から期待される野党候補の得票数を池田候補の実際の得票はやや下回った。

 言えるのは2つのことだ。まず、「野党共闘」の無党派層へのアピール度はきわめて低かった。一部には、「野党共闘」の相乗効果によって旧民主と共産の票を合わせたよりも票が増えるのではないかとも言われたが、そんな結果にはならなかった。

 また、池田候補は北海道の民進党で役職を持つ候補者だったから民進党の票はほとんど逃がさなかったと思われるから、共産投票の一部が寝たと考えるのが自然だといえる。これが2点目だ。

 上記の通り、池田候補は野党候補の中でももっとも「野党共闘」が成功しやすい、民進党の中でもリベラル色の強いと思われる候補だった。それでも「相乗効果」が起きないのであれば、民進党右派や共産党の候補を立てての「野党共闘」ならもっと悪い結果になったであろうことは容易に想像できる。

 このブログの読者のうち多くの方は、自分のところの選挙区に長島昭久のような民進党右派の政治家がいて、「野党共闘」だからといって共産党や社民党、あるいは生活の党と(以下略)などといった他の野党が候補を下ろして、さあ長島昭久に投票しろ、といわれて唯々諾々とそれに従うだろうか。私なら投票所に行った上で長島昭久も自民党候補も忌避する意思表示として白票を投じる。なお私の場合は何も長島昭久に限らず、松野昭久や江田憲司や木内孝胤ら旧維新の党の候補の多く(全部とは言わない)であってもこれを忌避して彼らには投票しない。

 一方、共産党候補が「野党共闘」で立った場合は、私なら投票するが、民進党支持者の少なくない人たちは共産党候補を忌避するのではないか。そう思うのは、2009年の政権交代選挙において民主党の支援を受けた香川3区の社民党候補が惨敗した印象が強いからだ。

 今回の補選について、よく「民進党支持者に共産党アレルギーがないことが証明された」と言われる。「共産党アレルギー」なんか安倍政権や自民党のプロパガンダに過ぎないとは私も思う。私が実生活で出会った「共産党アレルギー」の持ち主は、1930年代以前、つまり1939年以前の生まれの人に限られている。その年代の人たちには、治安維持法が生きていた頃のお上による刷り込みが強く残っている。しかしそれ以降の生まれの、たとえば団塊の世代の人たちから共産党アレルギーの言葉を聞いたことは一度もない。たとえば私が社会人になったころ、1935年頃の生まれの所長が「危険思想」という言葉を発して、先輩社員の失笑を買ったことがあった。「共産党アレルギー」なんて、そんな世代以上の人たちに限られた話だろう。

 もっとも最近では、単に「主義者」と書いて共産主義者あるいは社会主義者を指す、戦前に治安維持法などで取り締まる側が発していた言葉を同じ意味で使う、戦前の人間気取りのネトウヨがいるようだ。嘆かわしいことに、かつて「AbEnd」(安倍晋三を終わらせるブログキャンペーン)に共鳴して参加してくれたブロガーの中に、東日本大震災のあとの脱原発運動の行き過ぎに対する反感をこじらせて今ではネトウヨ同然になってしまった人が「主義者」という言葉をTwitterで発していた。こんな実例もあるから、ネトウヨの影響を受けた若年者の「共産党アレルギー」もいずれ無視できなくなる恐れもあるが、今はまだそんな悪弊は広くは浸透していないと思う。

 しかし、「共産党アレルギー」まではなくとも、支持政党以外の政党の候補者の名前を書く心理的バリアは低くない。そんなことは当たり前だ。「野党共闘」がそれに打ち勝つには、無党派層へのアピールが欠かせないことはいうまでもない。従って、「野党共闘」が成果を出したと主張するなら、最低限候補者の得票が、各野党がバラバラに戦った時に想定される得票を上回らなければならない。それが絶対条件だ。こう考えると,今回の「野党共闘」は成功したとは言えない。これが結論だ。

 最後に安倍晋三とその政権について若干述べる。安倍政権の言論統制への強い嗜好は、どうやら自らの政権の質をどんどん落として行っているなと最近思う。なぜか思い出すのは「情けは人のためならず」という言葉だ。この場合は「情け」ではなく自政権に対する批判なのだが、自政権への批判を制限しないことは、何も野党やその支持者やマスメディアのためではなく、自らの政権を鍛えて強靱にするためにこそ必要なのだ。自らの政権に都合の悪いことがあってもマスコミを黙らせているから大丈夫だ、と思っているから、箍(たが)が緩むどころか箍が外れたとしか思われない答弁を閣僚が繰り返したりする。審議している法案を取り違えたいつぞやの石破茂の答弁など本当にひどかった。民主党政権時代に野党議員だった石破が政権閣僚に言った「恥を知れ!」という言葉を石破に送りたい。こんな政権が続いている現状こそ「崩壊の時代」のいうところの崩壊だ。つまり日本の政治が崩壊して行っている。

 さしあたり注目されるのは、今月安倍晋三の口から「消費税増税延期」の言葉が飛び出すかどうかだろう。時期は今月18日から20日にかけたあたり。その時期に安倍が消費税増税延期を言うのであれば、安倍が会期末の6月1日に衆議院を解散する可能性が高い。逆に、衆参同日選挙をやるつもりがないのなら、安倍は消費税増税延期発言を先送りするだろう。こう私が予想する根拠はただ一つ。モラルの低い権力者である安倍晋三の頭の中には、消費税増税延期を衆院選の争点にすることしかないと推測しているからである。
 昨日(24日)投開票が行われた衆院北海道5区補選について、前回の記事

事前のマスメディアの世論調査で大激戦とされていながら、蓋を開けてみると自公候補の圧勝に終わった年初の宜野湾市長選の悪夢が脳裏をよぎる。

と書いたが、その悪い予感は現実になった。

 衆院北海道5区補選は、自民党の和田義明候補が「野党共闘」の池田真紀候補を破って当選した。得票数は和田義明が135,842票、池田真紀が123,517票。12,325票の差がついた。池田候補よりちょうど1割多い票を和田候補が獲得したわけだ。これを「僅差」とみるわけにはいかない。予想外の大差がついたと言わねばならない。

 今回はあまりにもわかりやすい結果だったから、どこでも同じようなことが言われるに違いない。選挙前、よくTBSのニュースなどが、2014年の衆院選で故町村信孝が獲得した票と、民主・共産両党の候補が獲得した票の合計とはほぼ拮抗すると言っていた。2014年総選挙では投票率が58.43%で、町村が131,394票、民主・共産両党候補の得票の合計は126,498票だった。今回は投票率(57.63%)で14年総選挙をわずかに下回ったが、自民党候補の得票が4千票増え、「野党共闘」候補の得票は前回の民共票の合計より3千票減らした。だから前回の5千票差から1万2千票差に拡大した。

 さらに遡ると、2012年の衆院選では、投票率が60.18%、町村が128,435票、野党3党(民主、みんな、共産)の得票数合計が131,522票と、野党の得票数が町村を3千票上回っていた。また2010年10月の補選では投票率が53.48%、町村が125,636票、民共の得票数合計が109,718票だった。2009年の「政権交代総選挙」は投票率が76.32%と高く、町村も151,448票を獲得したものの、民主党の小林千代美が182,952票を獲得して圧勝した。この選挙では共産党は公認候補を立てなかった。

 上記直近5回の選挙からいえることは、まず無党派層の支持をつかまなければ自民党候補には勝てないということだ。昨日の東京は朝方天気が荒れたが、北海道5区では好天だったと聞く。しかし投票率は上がらなかった。「野党共闘」が無党派層の心をつかみ切れなかったことは明らかだ。

 さらに、より不気味なのは、「政権交代ブーム」に煽られて敵の町村信孝の得票も伸びた2009年及びそれ以前の選挙を除外して考えると、自民党候補の得票が徐々に増え続けていることだ。今回は、和田義明がどう見ても魅力に乏しい候補だった一方、池田真紀が共産党支持者にも投票しやすい印象の候補であったにもかかわらずこのような結果になった。先週の週刊文春だったかの保守系週刊誌が、民共共闘を「弱者連合」と評していたが、リベラル系メディアの多くは共産党は党勢を伸ばしていると書いていた。しかし私は、民進党も共産党もともに党勢は衰退傾向だとみていた。共産党は「国民連合政府」を言い出した昨年秋から急に党勢に翳りが見え始めた(それを象徴するのが2月の京都市長選における惨敗だった)。民進党に至っては泡沫政党・維新の党を吸収合併する以前と比較しても政党支持率を落としている。私は、「民進党」なる、かつての小沢一郎の「新進党」を思わせる政党名も災いしているのではないかと強く疑っている。つまり「野党共闘」の左右両翼(共産党と民進党)がともに有権者の心をつかめていない。

 今回の選挙以上に各党候補の得票数が少なかった1996年の衆院選の選挙結果を振り返ると興味深い。この時は町村が113,282票、新進党候補が61,846票、共産党候補が44,885票だった、進共候補の得票数合計は106,731票であり、町村の票に及ばなかった。そして新進党とはいわずとしれた小沢一郎肝煎りの野合政党だった。20年前に小沢が仕掛けた「政権交代可能な二大政党制」を有権者は支持しなかったが、現在の「野党共闘」にも同じことがいえるのではないかと思う。

 ところで、今朝(4/25)の朝日新聞1面トップの見出しは「同日選 首相見送り」(東京本社発行最終版)だった。産経は5日前に書いていたが、朝日が追随した。また北海道5区の補選を報じる毎日の記事(下記URL)にはこんなことが書いてあった。
http://mainichi.jp/senkyo/articles/20160425/ddm/001/010/200000c

(前略)参院選前の大きなハードルだった補選を乗り切ったことで、消費増税をめぐる判断など、政権運営の選択肢は広がったとみられる。ただ、北海道5区補選の選挙戦は、政府・与党幹部らの想定以上の激戦となった。安倍政権の支持率は堅調だが、経済回復の足取りが鈍いことやアベノミクスの恩恵が地方に届いていないことへの批判が影響したとの指摘もある。政府・与党は参院選に向けた対応をあらためて検討する。

 自民党内には北海道5区補選に負けた場合、野党共闘が進む参院選の議席減も免れないとして、衆院を解散し「政権選択の選挙」となる衆参同日選を実施するよう求める声があった。だが、熊本地震で被災地自治体の負担が大きくなることに加え、北海道5区補選で勝利したことから、党内からは首相が同日選を決断する可能性は遠のいたとの見方が出ている。【高本耕太】

(毎日新聞 2016年4月25日 東京朝刊)


 「消費増税をめぐる判断など、政権運営の選択肢は広がった」とはどういうことだろうか。「永田町文学」の影響を受けた「竹橋文学」でもあるのか、意味をとりにくいが、「これで消費税率引き上げ延期を表明して、それを焦点にして衆参同日選挙を戦わなくても良くなった」と言うことなのだろうか。同じことを「築地文学」(朝日新聞)はこう表現する。

 一方、来年4月に予定する消費税率10%への引き上げについて、首相は衆参同日選とは切り離して判断する考えだ。

(25日付朝日新聞1面掲載記事「同日選 首相見送り」より。朝日新聞デジタルの無料公開範囲には含まれていない)


 こちらも毎日の記事と同様、安倍晋三は消費税増税延期を表明して衆参同日選挙の争点にしなくても良くなった、と書いているようにも読める。しかし朝日の記事はそれに続いて

政府・与党内では「熊本地震と世界経済の縮小を合わせれば、増税延期の理由になる」(自民党幹部)との声が出ており、増税は難しいとの見方が強まっている。

とも書かれている。さらに朝日2面の政局解説記事を読むと、

(前略)安倍首相は2014年末、消費増税の先送りを理由に衆院解散に踏み切った。今回も同じシナリオが予想されていたが、ある閣僚経験者は「増税して信を問わなくても、消費増税先送りを世論は受け入れる。解散しなくてもいいようになった」。これも、震災対応を理由として期待する。

などと書かれている。

 だがこれも変な記事だ。「消費増税先送り」を受け入れてこなかったのは、「世論」などではなく朝日や毎日など「リベラル」系の新聞ではなかったか。そして、安倍晋三は「増税して信を問わなくても、消費増税先送りを世論は受け入れる」からではなく、震災が起きたのに政局にかまけて衆院を解散するとは何事か、と批判を受けて、せっかく消費増税策送りを切り札にするつもりができなくなることを恐れている、というのが本当のところなのではないか。

 また逆に、5月に消費税増税延期を安倍晋三が表明するなら、安倍は1986年に中曽根康弘がやったような「死んだふり解散」をやるのではないかとの疑念がどうしても拭えないのである。

 今回の北海道5区の補選の結果を見ると、6月1日に衆院を解散して衆参同日選挙をやれば、自民党が圧勝して大手を振って改憲に踏み切れる、と安倍晋三が踏んだとしても驚くには当たらないのではないか。そう思わされる補選の結果だった。
 4月14日午後9時26分の「前震」(震度7、マグニチュード6.5)で9人の死者を出した熊本地震は、16日午前1時25分の「本震」(震度6強、マグニチュード7.3)でさらに30人を超える死者を出し、東日本大震災以後では最大の被害となった。まずは、被災された方々に心よりお見舞い申し上げる。

 この地震に対する安倍内閣の対応は、当初から疑念を感じさせるものだった。その疑念は、前震のあとに直ちに記者会見した内閣官房長官が「震度7強」という定義されていない「震度」を口走ったことから始まっているが、翌日になると菅はこの地震に絡めて憲法に緊急事態条項を創設することを「極めて重い課題」と言った。以下日経新聞記事(下記URL)を引用する。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS15H54_V10C16A4PP8000/

緊急事態条項「極めて重い課題」 熊本地震で官房長官
2016/4/16 0:33

 菅義偉官房長官は15日の記者会見で、熊本地震に関連し、大災害時などの対応を定める緊急事態条項を憲法改正で新設することについて「極めて重く大切な課題だ」と述べた。「憲法改正は国民の理解と議論の深まりが極めて重要だ」とも語り、慎重に検討すべきだとの立場を示した。

 自民党は野党時代にまとめた憲法草案で、緊急事態条項の新設を明記している。

(日本経済新聞より)


 米軍の支援の件もキナ臭い。前記の緊急事態条項が必要とした妄言を発した菅ですら、既に本震が起きた後の16日午前には下記の発言をしていた。

(前略)菅氏は、米政府が支援の用意に言及した件に関し「動員を拡大し、現地で活動することができるようになり始めているので、(自衛隊など国内の部隊だけで)対応できる」と語った。

(産経ニュース 2016.4.16 14:16)


 この発言は昨日(17日)朝放送のTBSテレビ「サンデーモーニング」でも紹介されていたが、この番組は同じ日に防衛相の中谷元が前記菅とは異なる下記の発言をしていたことには触れなかった(下記URLの毎日新聞記事参照)。
http://mainichi.jp/articles/20160416/k00/00e/010/264000c

熊本地震 「米軍支援受け入れ検討を」中谷防衛相
毎日新聞 2016年4月16日 12時50分(最終更新 4月16日 13時26分)

 中谷元(げん)防衛相は16日、熊本県などで起きた地震で、防衛省と自衛隊に米軍の支援受け入れを検討するよう指示した。同省で記者団に明らかにした。【村尾哲】


 結局安倍晋三が被災者救助の米軍支援を「調整が整い次第直ちに実施したい」と発言したのだが(産経ニュースより)、上記の経緯には、震災を政治利用しているのではないかとの疑念を強く感じさせるとともに、震災発生直後から迅速に自衛隊を増派すべきではなかったかと思わせる。安倍晋三とは、このような大災害に遭遇しても被災者よりも自らの政治的野望を優先する人間なのだなと思わずにはいられない。安倍に対する強い怒りが改めて込み上げる。

 その安倍にとって最大の痛恨事は、24日に投開票が行われる衆議院北海道5区の応援に行けなかったことではないだろうか。時事通信の世論調査でわずか4.2%の政党支持率しかない民進党の不振とは裏腹に、北海道5区の補選は大激戦らしい。この補選は民進、共産、社民、生活が推薦する無所属の池田真紀と、公明と日本のこころをなんちゃらとかいう泡沫政党が推薦する自民新人の和田義明との一騎打ちだが、朝日新聞は「池田氏・和田氏競り合う」、共同通信は「与野党横一線」と報じている。これを書いている時点で、「北海道5区 情勢 読売」を検索語にしてネット検索をかけても読売の記事は引っかからない。ところがなぜか衆院選や参院選などで読売と組んでいる日経が「北海道で自民やや優勢」との世論調査を報じている。従って読売も同様の記事を流すのではないかと思われるが、なぜか遅れている。しかし読売は18日朝、「北海道5区横一線」と報じた。自民候補の名前を先に出している。また、毎日や地元の北海道新聞は共同通信の調査結果を載せていて、自前の世論調査は行っていない模様だ。地元の北海道新聞は初めウェブサイトに共同通信の情勢記事を載せたが、18日付朝刊で「和田氏、池田氏譲らず」と、激戦を報じながらも自民候補の名前を先に出した。http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/politics/politics/1-0260511.html(以上、赤字部分は追記)。

 このようにメディアの世論調査も割れているが、仮に朝日や共同が報じる通りの大接戦であり、週末の補選で池田候補が勝つようなことがあれば、安倍晋三は「熊本の地震のせいで」17日に北海道に応援に行けなかったことに地団駄踏むのではないか。補選は是非ともそういう結果になってほしいものだが、事前のマスメディアの世論調査で大激戦とされていながら、蓋を開けてみると自公候補の圧勝に終わった年初の宜野湾市長選の悪夢が脳裏をよぎる。

 現在は、被災地やその周辺の九州の自治体からすると、「本当に7月に衆参同日選挙なんかやるつもりか、そんなことにかまけている暇があったら被災地を助けてくれ」との思いだろうが、残念ながら安倍晋三の頭の中には「おじいちゃんも果たせなかった憲法改正をボクが成し遂げるんだ」という妄執しかない。だから安倍晋三のやることなすことのすべては改憲のための政治利用だと言っても過言ではない。もちろん熊本の震災も例外ではなく、現に緊急事態条項の創設や米軍に対する国民感情の改善などを被災地の救援より優先していることは明らかであるように私には見える。

 思えば、2014年の衆院選だって不必要な選挙だった。安倍晋三がなぜいつも短い間隔で解散を打つかといえば、衆院選のあと任期満了に近づけば近づくほど、解散権という伝家の宝刀の威力が落ちるからだ。自民党が圧勝した1980年の衆参同日選挙は前年の衆院選のわずか8か月だったし、2005年の郵政総選挙もその前の衆院選から2年も経っていなかった。逆に、戦後唯一の任期満了選挙だった1976年のロッキード総選挙と、限りなく任期満了に近かった2009年の政権交代選挙(その前の郵政総選挙の3年11か月後に実施)はともに自民党が惨敗している。安倍はそうした過去の事例を間違いなく意識しているし、2006年の第1次内閣で小泉の郵政総選挙の議席を引き継いだことに安住した失敗を繰り返すまいとも思っているに違いない。

 だからといって解散の必要もない時に解散を濫発するようなわがままな総理大臣は、小泉純一郎を例外として最近はいなかった。私が安倍晋三と同じくらいわがままな総理大臣だったと思うのは、安倍の敬愛する母方の祖父の政敵だった吉田茂である。第5次内閣まで組んだ吉田は、「バカヤロー解散」をやったこともあったし、総理大臣を辞める時にも一時は解散をやろうとしたほどの恐るべき権力亡者だった。だが吉田は世論の批判を結構受けていたはずである。一方安倍晋三はNHKに籾井勝人を送り込んでこれを征圧し、TBSとテレビ朝日の夜のニュース番組を、政権に批判的な番組から人畜無害な、安倍晋三にとっては都合の良い番組に変えてしまった。だから、「必要もないのに解散総選挙ばかりやって税金を無駄遣いしやがって」という当然の批判さえろくに浴びることなく、やりたい放題を続けている。

 いったい日本国民は、いつまでこんな「バカ殿」に我慢し続けるのだろうかと激怒するばかりの今日この頃なのである。
 先週の政治(国会)に関するニュースで、心ある一部の国民(安倍内閣を支持するような不心得者はもちろん話が別)を呆れさせたのは、なんといっても「黒塗りのTPP交渉資料」の一件だろう。以下、朝日新聞デジタルの記事(下記URL)より引用する。
http://www.asahi.com/articles/ASJ455V3NJ45UTFK016.html

TPP交渉資料、全て黒塗りで公開 内容分からず 自民
2016年4月5日21時44分

 環太平洋経済連携協定(TPP)の承認案と関連法案の衆院特別委員会での審議をめぐり、自民党は5日、民進党が求めていた政府の交渉資料を、特別委の理事懇談会に提出した。ただ、全て黒塗りされ、内容は分からない状態だった。

 民進は、情報開示がないと十分な審議ができないとして、甘利明・前TPP相とフロマン米通商代表部代表の会談記録の提出を要求。自民は5日、首相官邸への報告用に論点をまとめた資料を提出したが、全て黒塗りされ、「TPPブルネイ交渉会合 平成25年9月」などというタイトルだけが上から貼り付けられていた。

 自民の佐藤勉国会対策委員長は記者団に「公開しないという国と国との約束は絶対に逸脱できない。それ(黒塗り)でもという話があった」と説明。民進の近藤洋介・特別委筆頭理事は「ここまで黒いと思っていなかった。政府の説明を徹底的に求める」と述べた。

 資料提出を受け、与野党は、特別委で6日に承認案などの趣旨説明、7、8の両日に安倍晋三首相も出席して質疑を行うことで合意。自民は、首席交渉官だった鶴岡公二氏の参考人招致にも応じた。

(朝日新聞デジタルより)


 ところが、国会に黒塗り資料が提出される一方で、衆院TPP特別委員会委員長の西川公也(自民)が書いたTPP交渉の暴露本を4月20日に発売する予定になっていた。これが国会で取り上げられた。以下ハフィントンポストの記事(下記URL)を引用する。
http://www.huffingtonpost.jp/2016/04/07/nishikawa-koya-book_n_9639480.html

西川公也氏の著書『TPPの真実』巡り国会中断 Amazonからは削除
The Huffington Post | 執筆者: 吉野太一郎
投稿日: 2016年04月08日 12時15分 JST 更新: 2016年04月08日 12時24分 JST

衆院TPP(環太平洋経済連携協定)特別委員会の西川公也委員長(自民)が、TPP交渉について出版予定の著書に、外交上の守秘義務は含まれるのか。この点を巡って、国会が混乱している。

4月8日の同委員会は、西川氏が近く出版予定の『TPPの真実-壮大な協定をまとめあげた男たち』(中央公論新社)を巡って与野党が激しく対立した。

民進党の緒方林太郎氏は、この書籍のゲラ刷りとする資料を示し、政府のTPP対策本部職員が情報提供などをしたのかと質問したが、石原伸晃・TPP担当相は「ゲラ刷りかどうか確認できない」「資料を認識していないので答弁は差し控える」などと繰り返し答弁。反発した民進党の委員が途中退席した。午前10時過ぎに西川委員長が休憩を宣言し、審議は中断している。
7日の委員会では、玉木雄一郎氏(民進)の質問に、西川委員長は「答える立場にない」と応じず、安倍晋三首相も「いま初めて知った」と答弁するなど、与党側に混乱がみられた。

発端は、野党側が求めた政府のTPP交渉資料を、5日に自民党側がすべて黒塗りで国会に提出したこと。自民党側は「公開しないという国と国との約束は絶対に逸脱できない」(佐藤勉・国会対策委員長)と、守秘義務をたてに開示を拒否したが、紀伊國屋書店ウェブストアによると、西川氏の本は「未曾有の多国間交渉での自国の将来をかけた駆け引き。自民党TPP対策委員長として最前線に立った著者が、その熾烈な内幕を明かす!」とされている。野党側は守秘義務違反に当たらないのであれば「同レベルの情報を国会議員にも出して欲しい」と求めていた。

この本は、amazonからはリンクが削除された。紀伊國屋書店ウェブストアやhontoには残っているが、どちらも予約受付は終了している。ハフポスト日本版は中央公論新社に事実関係を確認しており、回答を待っている。

西川氏は第2次安倍政権で自民党のTPP対策委員長、2014年9月からは農水相を務めた。TPP交渉の内幕を知る立場にあったが、自身の政党支部が国の補助金を受けた企業などから献金を受けていたことが発覚し、2015年2月に辞任していた。

(ハフィントンポストより)


 この西川公也が書いた暴露本について、「第一サティアン」や「最後は金目でしょ」など数多くの暴言で知られるTPP担当大臣の石原伸晃は、木で鼻を括ったような口調で知らぬ存ぜぬを決め込む答弁をしていたが、この石原のふざけた答弁に怒った民進党議員が退席したあとの国会で、なんと西川自身が当該の本を書いたことを認める雑談をしており、それを国会のマイクが拾っていた。以下日本テレビのニュースサイトより(下記URL)。
http://www.news24.jp/articles/2016/04/09/04326897.html

 TPP(=環太平洋経済連携協定)の承認案をめぐる国会審議は、野党側が衆議院TPP特別委員会・西川公也委員長の審議の進め方などに反発し、6時間あまり中断される事態となった。こうした中、西川委員長のある発言をカメラが捉えていた。

 「『TPPの真実』といわれるこの本のゲラとされるものでありますが」-民進党の緒方林太郎議員が手にしているのは、西川委員長が出版を予定していた著書の原稿。政府が守秘義務に関わるとしている交渉の経緯が書かれていると指摘した上で、西川委員長に対し、自らが書いたものなのかただした。

 西川委員長「委員長は答弁する立場ではありません」

 民進党は、こうした答弁が不誠実だとして委員会室を退席。この後、マイクが西川委員長のある会話を拾っていた。

 西川委員長「あれは全部文書からはね、今の新しいやつは消えてるんですよ。自分できれいに整理をしたやつじゃなくて、一番古いのが出てるんですよ。書き殴ったやつが。だけど認めないんでしょ。深掘りしてくるから」

 自らが書いた原稿であることを認めるような発言。民進党は週明け以降、委員長の解任決議案提出も視野に攻勢を強める方針。

(日テレニュース24より)


 なんとも国民を馬鹿に仕切った話で、私など怒り心頭に発するのだが、驚くべきことにこれほどまでにも狂犬的な、もとい強権的な政権を国民の半数近くが「支持」している。

 「NEWS23」のアンカーが岸井成格(毎日新聞)から星浩(元朝日新聞)に代わり、「報道ステーション」のコメンテーターが従来の日代わりから月〜木曜日が後藤謙次(元共同通信)の固定になった(後者は今日4月11日がその初回)ことによって、両番組が骨抜きになった(なるであろう)現在、ネトウヨの憎しみはTBS日曜朝の「サンデーモーニング」に集中することになるのだろうが、その「サンデーモーニング」で昨日(10日)、私から見ると括弧付きの「リベラル」としか思えない姜尚中がこのTPP資料問題についてコメントしていた。

 「TVでた蔵!」というウェブページを参照しながら姜のコメントを下記に示す。

 姜氏は明治維新、終戦につぐ第3の開国である(TPPという)事態で、明治開国の時は公議輿論(という)国民も皆議論する意味の言葉があり、その反対である有司専制といわれる批判語があったと説明。国民の生活が大きく変わる事態に、一切知らせないのはGHQ占領下のようだ、有司専制の歴史が150年つづいてきたのではないかと批判した。(「TVでた蔵!」より。括弧内は引用者による補足)


 「有司専制」とは、「コトバンク」によると、

官僚が独断的に事を取り計らうこと。明治初期、自由民権派が藩閥政府による専制的政治を非難したときに用いた語。(『デジタル大辞泉』より)

だ。この言葉から連想されるのは、「論語」に由来する「由らしむべし知らしむべからず」という言葉であり、こちらは、やはり「コトバンク」によると、

《「論語」泰伯から》人民を為政者の施政に従わせることはできるが、その道理を理解させることはむずかしい。転じて、為政者は人民を施政に従わせればよいのであり、その道理を人民にわからせる必要はない。 (『デジタル大辞泉』より)

という意味だ。

 安倍晋三が「日本を、取り戻す(トリモロス)」という時の日本とは、明治維新以前には遡れないとよく言われるし、私もこれまでずっとそう書いていたが、実はこれは間違い、というか安倍らを買い被り過ぎていたのではないかと最近思うようになっている。なぜなら、明治の元勲であり安倍晋三と同じ長州閥の伊藤博文は、樋口陽一の指摘する通り立憲主義をよく理解していた人間で、「そもそも憲法を創設するの精神は、第一、君権を制限し、第二、臣民の権利を保護するにあり」と言っていたのだが(実際には伊藤博文は、エスタブリッシュメント層には天皇機関説を教え、下々には天皇を現人神として信仰させるという「顕教と密教」の二枚舌の使い分けによる寡頭政治をもくろんだ悪知恵に長けた人間だったと思うが)、安倍晋三や自民党の政治家にはそれすら我慢ならず、「立憲主義とは耳慣れない言葉だ」とすっとぼけて、明治よりもっと昔の社会に回帰しようとしているとしか思われないからだ。安倍らの理想は2500年前の中国であり、今で言うなら北朝鮮であるとしか私には思えない。いや、みだりに北朝鮮など持ち出さず、戦前の日本と書くべきなのかもしれないが、戦前の日本において、密教が顕教に呑み込まれた、つまり天皇機関説が「統帥権干犯」として右翼や軍部の攻撃を受けたあげくに排除された(政党政治家でありながら軍部とグルになったのが政友会の政治家たちだった。中でも特に声高に「統帥権干犯」を叫んだのが鳩山由紀夫の敬愛する祖父・鳩山一郎だった)ことを考えると、戦時中の日本の失敗を繰り返さず、長期に安定して専制政治を行いたいという野望が安倍を筆頭とする自民党の政治家には明らかにうかがわれる。だから「顕教と密教」の使い分けによって専制政治を行おうとしたもののその60年後の破綻を呼び込んだ伊藤博文及びその延長線上にある戦前の日本には学ばず、伊藤が依拠しようとした七面倒くさい立憲主義など止めてしまえ、と彼らは考えていると想像される。してみれば、彼らが戦時中の日本を目指していると考えるのはやはり不適当であり、金王朝がその独裁制を長きにわたって維持している北朝鮮にしかたとえようがないように思われる。もっとも金王朝の独裁も遠くない将来打倒されるのではないかとの予感が日に日に強まってはいるが。

 いずれにせよ、安倍政権が戦後もっとも危険な政権であり、一刻も早く打倒しなければならない政権であることが日に日にあからさまになってきているのが今の日本だと思う。しかしこのように書いても同感の人は少ないようだ。最近はこのブログには反対意見を持つ方々からの反論がほとんどこなくなっている。強権ならぬ狂犬はほったらかしにしておけ、とでも思われているのではないかと想像する。なにせせこのブログは、安倍政権に対立する側に対しても、民進党の野合に悪態をついたり、共産党の民主集中制を批判したりして、「野党共闘」を呼びかけたりも全然しないどころかそれに懐疑の目を向けたりしているのだから、自ら敵を作りまくっているようなものだ。だから賛成意見が少ないのはわかる。だが批判のコメントまでもがいたって少ないのだ。だから狂犬扱いされてるんだろうなと思う。もっともブログのアクセス数も全盛期(2009年)と比較すると数分の一しかない。

 だが、ブログ開設から今週末ではや10年。書きたいことを好きなように書くというのが最終的に行き着いた私のブログのあり方だ。ウェブログとはもともとそういうものだと思う。
 新年度最初の更新。今月16日でこのブログは開設10周年を迎えるが、次々回(18日記事公開予定)まで続けば、1つの目標をクリアすることになる。

 先週が年度の切り替わる週だったが、3月31日に「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)は2015年度の運用実績の公表日を今年7月29日に設定した。参院選(または衆参同日選挙)の直後に当たるが、過去5年間はいずれも7月2日から10日の間に公表されてきたことと、昨年度(2015年4月〜2016年3月)の株価などから昨年度の年金資金運用はおよそ5兆円の損失となったと見込まれることから、野党は「公表を参院選後に先送りする『損失隠し』だ」(民進党・井坂信彦議員@衆院厚生労働委員会)などと反発している(以上、4月1日付毎日新聞記事及び4月3日付中日新聞記事を参照した)。

 この件に関して、年金マネーをリスクに晒すとは怪しからんというのは当然であって、たとえば前記中日新聞記事は

GPIFは安倍政権の方針に基づき一四年秋以降、運用資産のうち国債の比率を下げる一方、株式投資の比率を倍増させたが、中国経済の減速などに伴う世界的な株安もあり、裏目に出ている。変動の大きい株式を主軸に年金を運用する政策の是非が問われそうだ。

と書いている。

 ここで「一四年秋以降」とあるが、安倍政権が株式投資の運用比率倍増を行わせるのを決定したのは2014年8月だ。この頃、安倍晋三が何をやろうとしていたかというと、それは衆議院の解散・総選挙である。つまり、安倍晋三は衆院選に自民党を勝たせるためだけに株価を引き上げようとしたということだ。そしてその狙いはまんまと当たった。

 2014年当時の安倍晋三は、目先の衆院選に勝つことしか頭になかった。その後2015年4月に日経平均株価が2万円を超えた頃をピークにして株価は下落に転じたが、そうすると今度は運用実績を隠そうというわけだ。あまりにもわかりやすい。

 安倍晋三が来月「決断」するであろう(実は安倍晋三の本心ではとっくの昔に「決断」済みであるいることは今さら言うまでもないのだが)「消費税率引き上げ延期」も、わざわざスティグリッツやクルーグマンといったアメリカのノーベル賞経済学者(しかもリベラル系)を来日させて、消費税率引き上げ延期の推奨というお墨付きをいただいたりしているが、これもすべて衆参同日選挙に自民党を圧勝させるためだ。そして、衆参同日選挙に自民が圧勝したあとに安倍晋三がやることは決まっている。「憲法改正」(以下「改憲」。もちろん実質は憲法改悪あるいは「壊憲」)である。

 つまり、GPIFの株式運用比率引き上げも、スティグリッツやクルーグマンを来日させたのも、すべては改憲のためである。そして、安倍晋三がなぜ改憲に執念を燃やすかというと、それは「敬愛する(母方の)祖父」・岸信介がやろうとして果たせなかったことだからである。

 辺見庸は安倍晋三を「知的劣等感のかたまり」と評し、

A(安倍晋三=引用者註)の顔のばあい、とりわけ「取り返しのつかない仕方で露出している」のは、無知と暴力と嘘と劣等感である。

とまで書くが(『もう戦争が始まっている』,河出書房新社)、本当にその通りだと私も思う。

 「でも、東大法学部で我妻栄と首席を争ったおじいちゃんにもできなかった『改憲』をボクは成し遂げたんだ」。そう言える日に向かってひたすら執念を燃やし続けるルサンチマン(恨みの念。ニーチェの用語では、強者に対し仕返しを欲して鬱結した弱者の心)の塊。それが安倍晋三なのだ。安倍政権の経済政策もGPIFもスティグリッツもクルーグマンも、安倍にとっては自らの野望のための道具に過ぎない。普通国のトップの権力者は国益を第一に考えて行動するものだと思うが、安倍晋三の場合は私怨を晴らすために行動している。そんな安倍から容易に連想されるのは昔のドイツの独裁者だ。

 そんな独裁者のわがまま勝手のために、この国が、そして平和的生存権どころか「平和的」のつかない生存権までもが脅かされる。この理不尽さに怒らなくて良いのか、と思う。

 しかし残念ながらそんなことを考えるのは少数派のようだ。このブログを始めた10年前の2006年、私は「安倍晋三を終わらせる」という意味の「AbEnd」という造語をブログキャンペーンのために編み出したが、それに賛同した当時はリベラルだったブログ運営者の中にも、今では「反・反原発」をこじらせて今や「安倍政権の消極的支持」を言っている者さえいる。「木を見て森を見ず」とはこのことだ。

 安倍晋三に利用されたスティグリッツやクルーグマンを批判する向きもあるが、たとえばスティグリッツが来日した時のプレゼンテーション資料(官邸による和訳はこちら)を見れば、スティグリッツの本意はわかるはずだし、スティグリッツは各国の政府に向けて同様の講演をして回っているらしく、それをまとめた本の和訳『スティグリッツ教授のこれから始まる「新しい世界経済」の教科書』(徳間書店)を昨日買ってしまった。スティグリッツのプレゼン資料の和訳に、参照資料としてこの本が挙げられていたからだ。

 本はまだ1ページも読んでいないが、リベラル・左派が撃つべきはスティグリッツやクルーグマンではなく安倍晋三であることは当たり前だ。

 皆の衆、もっともっと怒れ、安倍晋三を倒せ!と、アジテーションで始める新年度なのであった。