きまぐれな日々

5月22日付の朝日新聞文化面に、テッサ・モーリス・スズキ氏(歴史学専攻のオーストラリア国立大教授で、森巣博氏の夫人)が興味深い記事を書いている。これを以下に要約する。

トルコに向かう途中に十数人の仲間とともに拘留された、中国ウイグル自治区の住民であるトルキスタニ氏が、英国BBCに収容所での人権抑圧を告発する手紙を届けた。同氏はトルコに向かう途中、十数人の仲間とともに捕縛され、6年間、無裁判のまま1日22時間を独房で過ごす環境下で拘束され続けている。

ウイグルもチベット同様、独立や自治権拡大を求める運動が盛んで、活動家の大多数は非暴力の抗議行動を行っているが、中国政府によって過激派と同列にみなされ、弾圧されている。トルキスタニ氏とその仲間がテロ活動を行ったという証拠も、もちろん皆無である。

中国政府によるチベットの人権侵害に関心を持つ者なら誰でも、トルキスタニ氏らの即時釈放を関係当局に要求すべきだが、そうはなっていない。なぜか。

実は、トルキスタニ氏とその仲間はイスラム教徒で、米軍によって捕縛され、悪名高いグアンタナモ(キューバ)の捕虜収容所に収容されているのだ。

米ブッシュ政権はチベットの自治権拡大運動を支持する一方で、「テロとの戦い」の一環として中国政府に過激派への厳しい監視も要求した。これは中国政府にとっても好都合で、独立や自治権拡大を求める活動家に「テロ分子」のレッテルを張って弾圧を強めた。少数民族への抑圧や人権侵害は決して、一部の「人権後進国」によって引き起こされているものではない。

チベットの人権問題では、世界中のほとんどすべての人権活動家が中国政府を批判しており、それは当然だが、同じ人たちがウイグルの人権問題に口をつぐんではいけない。

(朝日新聞 2008年5月22日付文化面掲載のテッサ・モーリス・スズキ氏の寄稿文より前半部分を要約)

トルキスタニ氏を捕縛したのは、中国政府ではなく米軍だったという種明かしだ。

アメリカも人権活動家もダブルスタンダードを使う。日本のネット右翼などはひどいもので、「フリー・チベット」を叫びながら、四川大地震では天罰だの中国人はもっと死ねなどとほざくありさまだ。

テッサさんは
日本で行われた五輪の聖火リレーでは、「人権問題の衣装を着た反中国のナショナリズム」とみなされる抗議行動もあったと聞く。悲しいことだが、反中国のナショナリズムは、必ずや中国における反日本のナショナリズムとしてお返しされるだろう
と書いている。

リベラルや左派は、チベットの問題にどう対するべきか。中国政府の人権抑圧を批判すべきなのは当然だが、それが右翼の反中プロパガンダに利用されてはならない。しかし現実にはそうなってしまっている。

テッサさんは文章を以下のように締めくくっている。

すでに、中国の作家である王力雄氏や劉暁波氏らは「中国政府は暴力的な鎮圧を即停止すべきだ」とする声明を発表した。彼ら彼女らを国境の壁によって孤立させてはならない。チベットでの人権侵害に対抗するには、普遍的人権の保障という共通目的で、国境を越えて連帯・協働することこそが必要なのである。
 そしてその運動は当然、無裁判のまま拘留されているグアンタナモの被収容者の人権救済要求も視野に入れたものであるはずだろう。

(朝日新聞 2008年5月22日付文化面掲載のテッサ・モーリス・スズキ氏の寄稿文より


チベット問題を論じるたびに思い出したいテッサさんの文章だ。


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中国の胡錦濤国家主席が来日しているが、日本国内のムードはどこかよそよそしい。中国要人の訪日というと、なんといっても1978年のトウ小平(小平=一部端末では正しく表示されないので、止むを得ず「トウ小平」と表記)が印象的で、当時は日中がもっとも友好的だった時期だが、その理由は日本、中国ともソ連を主たる脅威とみなしていたからで、ソ連が崩壊して冷戦が終結すると、日中関係は緊迫し、日米関係は90年代後半以降日本の対米隷従化が進むことになった。

日本の右翼たちのターゲットは、ソ連から中国、韓国、北朝鮮の3国に変わった。「特亜」などという符丁が「2ちゃんねる」などでは通用している。一方で、天安門事件やチベット騒乱に対する対応で、中国の共産党政権が理不尽な暴挙に及んでも、中国共産党を擁護したり同情的な論陣を張ったりする旧来左翼も多い。右翼は、そんな旧来左翼を、「チベット問題になると口を閉ざす」と嘲笑するのだが、そんな右翼もアメリカがイラクやアフガンでやった虐殺を不問に付しているのだから、左翼のことを笑う資格など全くない。

結局左翼も右翼もご都合主義の二重基準を平然と使っており、中国をめぐるブログ言論は本当に不毛だなあと思うのだが、今月初めに発売された月刊「現代」6月号に、作家・辺見庸の「潜思録 存在の剽窃」と題された巻頭言が掲載されている。辺見氏は元共同通信記者で、北京特派員時代の1987年に、胡耀邦総書記辞任に関連した中国共産党の機密文書をスクープし、中国当局から国外退去処分を受けたことがある。同時に、憲法改悪には断固として反対し、アメリカの「報復主義」や、それに追随する日本政府を痛烈に批判した人でもある。

当ブログ管理人は、あるブログのコメント欄で、辺見が9.11のテロの際に「快哉を叫んだ」と紹介した上で、「アメリカはテロをやられても仕方がない国だ」と書いたことがあり、これが不謹慎だとして批判され、筆禍事件となったが、この時私を論難してきた人たちの文章を見て、「なんだかなあ」と思ったものだ。

今回、このエントリを書く際に自らが起こした筆禍事件について調べていたら、下記のブログ記事に行き当たった。

「諸悪莫作」より "コヤニスカッティ――平衡を失った世界"
(2008年1月23日)
http://d.hatena.ne.jp/t_kei/20080123/1201095856

このエントリは、当時の論争やそれに関する論評を紹介するとともに、両陣営および論評のすべてを批判するものであり、是非一読をおすすめしたい。このような批判を受けるのであれば、問題提起をした甲斐があったものだ。

ブログ管理人のt_keiさんは書く。

僕は冒頭の応答を読んでいる間、「まるで僕たちはマリー・アントワネットみたいじゃないか」という思いを抑えることができなかった。自分たちの狭い世界の中で、自分たちの振る舞いがどのような結果を招いているのかを見ることもなく、現実を置き去りにして、「"やられても仕方がない"という発想は不謹慎だ」だとか、「誤謬や偏狭や怨嗟を認識し、感情の"自然状態"を克服すべき」だとかおしゃべりをしている。まるでマリー・アントワネットが、無邪気に「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」、と言い放ったかのように。

(「諸悪莫作」 ? "コヤニスカッティ――平衡を失った世界" より)

t_keiさんはきっと辺見庸の良い読者なのだと思う。私など、ほんの表面を掠めただけの読者に過ぎない。論争の最中、テロを論じる時に辺見庸を持ち出さないほうが良いなどと言われてがっくりきたものだが、確かに私程度の人間が持ち出さないほうが良いのかもしれない。

などと言う舌の根も乾かないうちに、またも辺見庸を持ち出すのだが、「存在の剽窃」で辺見は、中国共産党政府を厳しく批判している。以下書き出しの部分を引用する。

 いまから三十年前、外国人記者団の一員としてチベットに入ったとき、なぜここが中国でなければならないのだろう、という疑問がつよくわいたものだ。言語、宗教、哲学、生活習慣のどれをとっても、チベットが中国共産党の支配下にあるのはおかしいと思ったのである。たてまえとうらはらに、中国側が対等の仲間としてチベットに敬意をはらっていたとはとうてい感じられず、むしろ "たちおくれた民族" 視していたことが明らかであった。早晩ぶつかるだろうと予感したが、案のじょう、一九八九年に大規模な反中国暴動がおきて人民解放軍の鎮圧行動により多くの死傷者をだした。

(月刊「現代」 2008年6月号掲載 辺見庸「潜思録 存在の剽窃」より)

辺見はさらに、菩提心と智慧を尊ぶチベットの大乗仏教的精神と共産党の支配が合致できるはずがない、昨年は当局の許可なしに活仏の転生を認めないと中国が決定したという驚くべき報道があった、チベット問題は内政問題だから外国は干渉すべきでないという中国首脳の言い草はすさまじいばかりの中華大国意識だ、などと中国批判を続けている。

この巻頭言のタイトル「存在の剽窃」は、エミール・シオランというルーマニアの作家・思想家の言葉からとったのだそうだ。以下巻頭言の末尾の部分を引用する。

たとえば「何ものも存在しない、事物は仮象という規定にさえ値しない。……私たちは救われており、そして永遠に不幸なのである」(『悪しき造物主』金井裕訳)などというくだりを読むと、ラピスラズリ色の深い湖のようなラサの空や海抜三千六百メートルの高地にある静謐な寺院、観想のすじ道を具現したような長い回廊を思い出したりする。ねがわくば中国共産党はチベットという、資本に骨がらみまみれた現世(うつしよ)とかならずしもなじまない例外的存在に、もっともっと謙虚で寛容であるべきである。

 よくよく考えれば、チベット問題など存在しない。あるのは本質的に中国問題なのであり、それは十三億人の巨大国家を共産党が一元的にすべなければならないという、ある種異様な集団的オブセッションに発する。この強迫観念から解かれるとき、中国は混沌のるつぼと化すのかいなか――このかんのできごとは、そうした端倪すべからざる未来図の一端もかいまみせている。

(月刊「現代」 2008年6月号掲載 辺見庸「潜思録 存在の剽窃」より)

たいへんに印象的なチベット問題論だが、それも改憲に強く反対し、アメリカの大国主義の横暴を強く批判してきた辺見庸が書くから読み手の心に訴えるのだ。昨今は死刑存廃問題の議論がかまびすしいが、辺見庸は死刑廃止を強く訴えている人でもある。

以前の筆禍事件では、私は軽率にも辺見庸への印象を毀損する軽挙妄動をしてしまったが、一人でも多くの読者に、辺見庸に関心を持っていただけたら、と思う。


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昨日(4月28日)のテレビ朝日「TVタックル」で、チベット騒動や北京五輪などについての議論がされていた。

自民党議員や民主党タカ派の長島昭久、それに評論家の金美齢らが中国批判一辺倒の論陣を張ることは十分予想できたが、驚いたのは大谷昭宏が彼らと一緒になって中国批判の大合唱に加わっていたことだ。

これに対し、張景子という名の元「北京放送キャスター」だという中国人女性が中国批判の矢面に立って、中国共産党を弁護する論陣を張っていた。私は普段は「TVタックル」などの平日の政治バラエティ番組はあまり見ないので知らなかったのだが、この種の番組によく出てくるらしい。本人はどういうつもりかわからないが、テレビ局は明らかに張氏を視聴者が怒りをぶつけるターゲットに設定している。昨日の「TVタックル」はそれがよくわかる露骨な番組作りだった。

中国政府の人権抑圧は、その張景子でさえ認めている。だが、私が面白いと思ったのは張景子と金美齢の言い争いにおいて、満州民族(女真族)出身の張が、中国共産党政府は旧満州地方の教育で女真語(という表記が妥当かは知らないが)を認めている、と言うのに対し、台湾の本省人(第2次大戦終戦時以前から台湾に住んでいた人)である金美齢が、外省人(終戦後に中国本土から渡ってきた人)である蒋介石が教育の場で台湾語を禁じ、中国語(北京語)を強制したことを非難しながら、そのアナロジーでチベット人を抑圧する中国政府を批判していたことだ。

もちろん、中国政府の女真族、台湾人、チベット人に対する抑圧の程度はそれぞれ異なり、女真族より台湾人、台湾人よりチベット人に対して苛烈であることはいうまでもない。だから、張景子の主張によってチベット騒乱に対する中国政府の行動を正当化することはできない。それはそうだ。だが、見ていてどうしてもフラストレーションがたまっていった。そして、私の気持ちを代弁してくれたのが森永卓郎だった。

森永は、「民主党から自民党まで右翼席(彼らや大谷昭宏の席は視聴者から見て右側にあった)が騒いでいるが、なぜアメリカがイラクでやったことや市場原理主義を世界に押し付けたことなどには何も言わずに中国ばかり批判するのか」と言い、自民・民主の議員や大谷昭宏らからブーイングを浴びた。だが、私も26日のエントリでも書いたように、中国で五輪をやるなと言うのなら、イラクやアフガンその他で悪逆非道の行ないをしてきた世界最大のテロ国家・アメリカで五輪を行うことを真っ先に否定しなければならないはずだと思う。アメリカを批判できない人間が中国にだけイチャモンをつけるなんてちゃんちゃらおかしい。当ブログはこのようにアメリカを批判しているからこそ、3月18日付エントリに書いたような中国批判を行う資格があると考えている。

先に書いた金美齢の発言で思い出したのだが、70年代には日本の右翼は蒋介石を熱烈に支持していたし、金大中事件を起こした韓国の朴正熙も支持していた。その蒋介石は、金も言っていたように、教育の場で台湾語の使用を禁じる人権抑圧の独裁政治を敷いたのである。朴正熙は、日本にいた金大中を、KCIAに拉致させ、田中角栄と密約を交わしてこの件を政治決着させた。右翼は、今に至るもこれらの人権抑圧を行った蒋介石や朴正熙を支持したことについて、何の総括も行っていない。そして、アメリカが起こしたイラク戦争も不問に付している。そんな右翼がチベット問題の人権問題で中国政府を批判するなど笑止千万。へそが茶を沸かすよ。

「TVタックル」のあとのニュース番組を見ていると、古賀誠が「山口2区の選挙結果は民意の反映ではない」という意味不明のたわごとを発したかと思うと、その補選で敗れたノーパンしゃぶしゃぶの顧客にして耐震偽装問題の真の責任者である山本繁太郎が、「補選で後期高齢者医療問題が争点になるとは思わなかった」と言っていた。これにはさすがの私も仰天した。

これを見て確信した。もはや、自民党に政権担当能力はない。このまま自公政権を継続させることは国民の利益を損ねる。一刻も早い政権交代が必要だ。


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このところ、映画「靖国 YASUKUNI」の上映中止問題の記事を続けていたのだが、その間の4月1日に朝日新聞が報じたところによると、外交青書から、「自由と繁栄の弧」の文言が影を潜め、代わって「アジア外交重視」が前面に出たとのことだ。
http://www.asahi.com/politics/update/0401/TKY200804010041.html

上記朝日新聞記事は、「安倍・麻生外交から福田・高村外交へのシフトが鮮明に打ち出された格好だ」と指摘している。大いに結構な話だと思う。

「1月に成立した補給支援特別措置法によって、インド洋での給油活動が再開されたことなどを自賛している」のはいただけないが、安倍晋三や麻生太郎の唱える「価値観外交」から、現実的なアジア外交へと舵を切ったことは評価すべきだ。記事によると、
 外務省関係者によると、08年版では「自由と繁栄の弧」という表現はわずか3カ所で使われただけで、代わってアジア外交に重点が置かれている。特に日中関係では、要人の往来を通じて「ハイレベル対話が強化」され、「『戦略的互恵関係』の更なる進展に向けた展望が広がった」と評価している。
とのことだが、こういうニュースを読むと、安倍晋三内閣が倒れて福田康夫内閣に代わって良かったと思う。しかし、これが麻生太郎内閣なんかに代わったら、元の木阿弥になってしまうだろう。何でもかんでも自民党に反対しさえすれば良いというものではない。首相が福田から麻生に代わったりしたら、政治は間違いなく今よりもっと悪くなる。

つねづね思うのだが、右にせよ左にせよ、イデオロギーをもって現実の外交に当たることほど馬鹿げたことはない。自由主義経済をとる同盟国が日本の国益を損ねることもあるし、共産党一党独裁の国と適度な距離を保ちながらつき合うことが日本の国益にかなうなら、そのように行動すべきだろう。

もちろん、先だってから議論が沸騰しているチベット騒乱において、中国政府による人権抑圧を非難するのは当然のことだ。だが、右翼がチベットの人権侵害に反対するという時、往々にしてそれは口だけであることが多い。彼らは単に共産党一党独裁の中国の体制を崩壊させたいだけなのだ。

彼らの正体は、たとえば右からの人権抑圧や表現の自由への容喙(ようかい)が起きた時に明らかになる。

「良識の星」なるHNの人物も、その一人だ。この人物は、3月20日付のエントリ "安倍晋三や稲田朋美にチベット騒乱に口出しする資格はない" に、下記のようなコメントを書いた。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-596.html#comment3013

以下一部引用する。

(前略)弾圧されているものが中共という漢民族に対して自由を求めて抵抗をするのは当然の行為なのでは。慰安婦のときにはあまりにも怪しげなもと慰安婦の証言をうらずけもないまま信用し、チベット問題では必死に抵抗を繰り返し、世界に訴えようとする人々を一部の狂信者扱いし、ろくに耳を貸そうとせず、中共の言うことを鵜呑みにする方々にはたして人権のことを語る資格があるのでしょうか。ましてやあきらかな虐殺行為、ジェノサイトまで見過ごしにして、暴動鎮圧なんぞと吠えるばか者は恥を知れといいたい。 (後略)

「うらずけ」や「ジェノサイト」などというtypoは、読み直して誤りに気づいたら訂正してほしいものだし、従軍慰安婦についての意見にも賛成できないが、それはともかく、中国政府によるチベット人民の人権抑圧を非難する真面目な意見に見えなくもない。

しかし、同じ人物は4月1日付のエントリ "稲田朋美の恫喝に屈して、映画「靖国」上映を全館が中止" には、同一人物の手になるとはおよそ信じがたいほどの、問題意識の希薄なコメントをつけている。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-603.html#comment3016

以下一部引用する。

(前略)事前上映は助成の妥当性を見るためであり、そののちなぜ、見たいと思わない映画をわざわざ見なくてはならないのでしょうか。映画というのは自身が見たいと思うときお金を払って観るもので人に強制されるものではないのですが。(後略)

異国の人権抑圧にはあんなにも敏感だったのに、自国での「表現の自由」の侵害にはかくも鈍感な態度には呆れるほかないが、この「良識の星」なる人物は、私が引用しなかった部分で、先にコメントしていた方を中傷する文章を書くという「荒らし」行為まで働いた。こんな人物が「人権」を語るとは笑止千万、それこそ「恥を知れ」といいたくなるが、これが「ネット右翼クォリティ」なのである。

ネット検索をかけると、この「良識の星」なる人物は、あちこちのリベラル・左派系ブログのコメント欄に出没し、稲田朋美を擁護するコメントなどを書き散らしているようだ。よく思うのだが、「良識」を自称する人間が良識的であったためしはない。「正論」と銘打った雑誌に正論が掲載されることがほとんどないのと同じことだ。

チベット情勢の問題については、3日の朝日日経の社説がとりあげ、ともに中国にダライ・ラマとの対話を呼びかけている。特に朝日の方は中国政府に批判的なスタンスを明確にしており、この問題について何も語ろうとしない福田首相をも批判している。バランスのとれた主張と評価したい。

新聞の社説はどうしても当たりさわりのない表現になりがちだと思われる向きには、「カトラー:katolerのマーケティング言論」に掲載された3本の記事がオススメだ。

"チベット暴動、胡錦涛の恐れとダライ・ラマのメッセージ"
(3月18日)
http://katoler.cocolog-nifty.com/marketing/2008/03/post_ae2a.html

"日本政府は、ダライ・ラマの対話路線を支持すべきだ"
(3月23日)
http://katoler.cocolog-nifty.com/marketing/2008/03/post_7e57.html

"ダライ・ラマと毛沢東 ?その光と闇?" (3月30日)
http://katoler.cocolog-nifty.com/marketing/2008/03/post_a34b.html

ところで、当ブログのコメント欄は承認制だが、いただいたコメントは、かなり乱暴なものであっても原則として掲載する方針だ。昨日、管理人の放任主義によってコメント欄が「2ちゃんねる」みたいになっていると指摘されたほどだ。但し、前にも書いたように「名無し」や「通りすがり」のようなHNは認めないし、「○○代議士は死ねばよい」などの、テロの肯定につながりかねないコメントは削除している。

とはいえ、いただいたコメントには管理人として賛同しかねるものが多い。ネット右翼系の稲田朋美擁護などは論外だが、チベット騒乱問題で、一方的に中国に肩入れしてダライ・ラマの悪口雑言を書き連ねたコメントも、古い左翼のイデオロギー剥き出しとしか思えない。右翼も左翼もご都合主義の知的不誠実な人たちばかりだなあと呆れ返るばかりだ。

上記katolerさんの3つの記事のうち、最後に記事の末尾に、興味深い指摘がある。

国際社会は、チベット問題について、中国政府に対してダライ・ラマとの対話を促すことが、最も正しい態度である。日本の頭の弱い右翼や中国嫌いの連中は、中国政府を罵ることしか能がないが、こうした反応は、「毒入り餃子問題」での対応を見ればわかるように、既に先方にとっては織り込みずみの反応である。反中国の声に反日感情を対峙させ、国内の結束に利用するというのが、毛沢東以来の常套手段だったことを忘れてはならない。

(「カトラー:katolerのマーケティング言論」 2008年3月30日付 "ダライ・ラマと毛沢東 ?その光と闇?"より)

この指摘には、思わず手を叩いてしまった。ネット右翼たちは、要は中国共産党の回し者も同然なのだ。敵の手の内にまんまとはまるネット右翼の言論も、中国政府による人権抑圧に目をつぶろうとするネット左翼の言論も、私に言わせればともに日本の国益を損ねるものだ。ネットでキャンキャン騒いでいる分にはまだどうってことないが、これが安倍晋三や麻生太郎のように、イデオロギーで外交を行おうとする場合、それが国益に与えるダメージは計り知れない。そういう政治が、日本国民を貧困に陥れるのである。イデオロギーの化け物のような政治家たちには、早晩退場願わなければならない。


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最近よく訪れる 「はてブニュース」 を見ると、「国際」 のカテゴリに実に多くのエントリがあって、その多くがチベットの暴動に関するものだ。特にネット右翼たちが大騒ぎしていて、なぜふだん反戦を訴えているリベラル・左派系ブログが沈黙しているのかという人たちが多い。

当ブログが直接槍玉に挙がっている記事にはまだお目にかかっていないが、多忙な生活の合間にブログの記事を書いている身としては、好き勝手なことを言うやつらだなあと思う。実際には、かなりの数のリベラル・左派系ブログが中国の暴挙を批判する記事を公開している。それに、ちょっと前のイスラエルによるガザ侵攻の時は、右派も左派も全然反応しなかったのである。当ブログ管理人も関心は持っていながら記事にはしなかったのだから偉そうなことは言えないが、「ガザ侵攻」を検索語にしていろいろ検索しても、新聞社が社説に取り上げた例はほとんど見つからなかった(侵攻への報復としてイスラエルのユダヤ教神学校が銃乱射を受けた事件を東京新聞が取り上げたくらいだと思う)。「ガザ侵攻」のGoogle検索で2006年の侵攻を記述したWikipediaの次の2番目に引っかかったのはブログ 「カナダde日本語」 の記事だが、やはり日本とカナダではニュースの優先順位が全然違うのだろう。

このイスラエルのガザ侵攻と比較すると、中国のチベット弾圧への敏感な反応には驚くばかりだ。ネット右翼たちは、ここぞとばかり中国を叩きたいのだろう。

もっとも、「ITmedia News」 の報じる、「チベット暴動、中国ブログにあふれるナショナリズム」 と題された記事などを読むと、中国にも日本のネット右翼に相当するような馬鹿どもが大勢いて、ナショナリスティックかつヒステリックなダライ・ラマ非難および中国政府による弾圧の擁護を叫んでいるらしい。こういう報道を見ていると、中国の旧悪を暴きたくなるのが、ひねくれ者たる当ブログ管理人の習性である。

今回のニュースを聞いて思い出したのは、1979年の中国のベトナム侵攻、同じ年のソ連のアフガン侵攻、それに1989年の天安門事件の3件だ。79年のソ連のアフガン侵攻は国際社会の反発を招き、アメリカが翌80年のモスクワ五輪をボイコットする方針を明らかにすると、日本や中国もこれに追随した。当時の中国はアメリカよりもソ連との仲が悪かったのである。

その中ソ対立の代理戦争となったのが、前記ソ連のアフガン侵攻の10か月前に中国が起こしたベトナム侵攻だった。これは、カンボジアに侵攻してポル・ポト政権を倒して親ベトナムのヘン・サムリン政権を樹立させたベトナムに、「懲罰」を与えると称して中国がベトナムを侵略した戦争である。今回のチベット騒動について、中国は「人民戦争」だと称して世界を驚き呆れさせたが、29年前の対ベトナム戦争を中国が「懲罰戦争」と称した時にも呆れかえったものだ。しかも、ベトナムに倒されたポル・ポト政権がカンボジア国内で大虐殺を行っていたことは、カンボジアに侵攻したベトナム軍によって既に明らかにされていた。ベトナムのカンボジア侵攻には、カンボジアで迫害を受けていたベトナム系住民を救うためという大義名分もあったのである。日本でも、朝日新聞の井川一久記者らは、早くからポル・ポト率いるクメール・ルージュの犯罪行為を暴く報道をしていた。しかし、日本の左翼、特に社会党系の論者たちの多くは中国側に立ち、ポル・ポト政権の虐殺報道を、何の根拠もなく否定していたのだった。井川記者の報道も、朝日新聞では主流にはなれなかった。朝日だけではなく、毎日も読売も中国寄りの報道をした。これは、絶対に総括されなければならない左翼およびマスコミの失態だったと私は考えている。

1989年の天安門事件については、否定的な評価が定まっているので、いまさら付言することは特にない。

私自身は、昨年12月11日のエントリで、中国を「世界一過激な新自由主義国」と評しているが、2004年に一度だけ中国本土を仕事で訪れたことがある。訪問先は日本企業の中国工場だった。中国政府はひところずいぶん反日感情を煽っていたが、一般的な中国人民は反日的などでは全然ないし(実際、冷戦時の70?80年代には中国の敵意はもっぱらソ連に向かっていて、日中は友好関係にあった)、悪い印象は全然ない。しかし、急速に開発が進んでいて、これが中国全土に進むと、地球環境にはかなりのダメージを与えるだろうなとは思った。そして、そのことが頭に浮かぶと、いつも私は「それでは地球の資源を無駄遣いしている先進国の生活はどうなんだろう」と思ってしまうのだ。中国は貧しいままであれ、などという資格は私たちにはない。すべての国が先進国のような経済活動をしていては地球環境は持たない、とは始終頭をよぎることである。

ジャーナリスト・田畑光永さんの "チベット「騒乱」の背景" と題された記事を読むと、1979年(中国がベトナムを侵略した年)と2004年(私が中国を訪れた年)では、今回騒乱の起きたラサの町は様変わりしていて、いまや漢民族の経済進出によってラサは観光地として栄え、その中でチベット人は「住まわせてもらっている」かのようだとのことだ。

もはや、中国が「社会主義国」であるという観念は捨てたほうが良いのではないかと思う。前述のように私は中国は過激な新自由主義国だと考えている。最近は中国でも社会保障に力を入れよ、という「新左派」が論壇で力を増しているそうだが、そういう勢力が「台頭」してきたということは、現状がそうではないという意味であり、要は中国は共産党一党独裁の資本主義国家なのだ。それも、むき出しの資本主義。中国と比較したら、20世紀末までの日本の方がよほど社会主義的だったといえるかもしれない。

もし、「中国は社会主義国だから」と思って批判を躊躇している人がいるとしたら、それはナンセンスだと思う。


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