きまぐれな日々

 私は今回の大阪ダブル選挙には何も期待していなかった。最初から大阪維新の会の2候補が圧勝するだろうと予想していた。そしてその通りの選挙結果になった。各候補の得票数は下記の通り。

[大阪府知事選確定得票数]
 松井 一郎 2,025,387票 64.1%
  栗原 貴子 1,051,174票 33.3%
  美馬 幸則   84,762票 2.7%

[大阪市長選確定得票数]
 吉村 洋文 590,645票 56.4%
  柳本  顕 406,595票 38.5%
  中川 暢三  35,019票  3.3%
  高尾 英尚  18,807票  1.8%


 政治に限らず、社会にもっとも強く働くのは惰性力だ。大阪維新の会に対抗した側には、その惰性力を止められるだけの力が全然足りなかった。前回までの自民党と民主党の共闘に共産党が加わったところで、2007年末に橋下徹が大阪府知事選への出馬を表明して以来8年の長きにわたって大阪に働いてきた惰性力を止めるにはほど遠かった。

 府知事選の場合、ただでさえ「現職の強み」がもっとも発揮されるとされる2期目の選挙なのに、その候補が維新の松井一郎だったから、メディアの情勢調査は告示前にフライングで行われた時から松井圧勝が示されていたし、それは終始変わらなかった。

 一方、市長選の方は、「本尊」の橋下徹が出馬しなかったからある程度勝負になるともいわれた。メディアの情勢調査は、告示前の時点では接戦で、中には柳本顕候補の名前を先に書くメディアもあった。しかし、告示1週間後に行われた情勢調査では、どの報道機関も吉村洋文のリードを伝えた。結局、このダブル選挙は維新のお家芸である選挙戦終盤の驚異的(私にとっては脅威的)な追い込みを発揮するまでもなく、選挙戦中盤で大勢が決した。

 「リベラル」や穏健保守の側が「橋下徹的なもの」、つまりマッチョなクーデター体質に惹かれる心情を克服し得ていない現状では、何度選挙をやっても勝てない。

 橋下に関しては、もう指にタコができているけれども、「脱原発に頑張る橋下市長を応援しよう」と書いた左翼人士、大阪府市の特別顧問に就任した「脱原発」人士たち("I'm not Abe"のフレーズで反安倍晋三派に大受けした某新自由主義者を含む)、かつて「ヒーローを待っていても世界は変わらない」というタイトルの本を書いた「『反貧困』の星」、それに「立憲主義を理解している橋下くんを自民党のアブナイ改憲論に対抗する戦力として活用したい」と書いた「リベラル」のブロガーなど、橋下的なものを克服できず、橋下に惹かれた(ことのある)人たちは数知れない。

 7年前に橋下が大阪の市立女子高生たちを「恫喝」した姿を見た私は、そこに橋下のあさましい人間性を見て、何があっても橋下に騙されてはならないと肝に銘じたが、橋下に騙されたり橋下に接近する人たちは後を絶たなかった。

 そういえば、2009年の「政権交代選挙」目前にも、民主党の代表や幹事長が橋下に熱烈なラブコールを送っていた。当時の「剛腕」幹事長はその後民主党を割って出たが、その時にも「私の意見は橋下市長と同じだ」というのが彼の口癖だった。しかし橋下は「剛腕」氏の熱烈なラブコールを振り切って石原慎太郎とくっついた。

 今また、民主党を割って出るどころか民主党解体を目指してクーデター活動にいそしんでいるタカ派にして新自由主義者の某人が、「橋下氏らも排除しない」などと言っている。橋下(や安倍晋三ら)から排除されるのはあんたの方だろうが、と私などは思ってしまう。

 選挙前から自明ではあったが、今回の大阪ダブル選挙の結果は、国政にも悪い影響を及ぼすことは必至だ。

 かくして、「崩壊の時代」の崩壊は進む一方である。崩壊を止める目処は全く立たない。何か大きな外力が働かない限りそれは止まりそうにもないという悲観的な予想を否定することは、今の私にはできない。
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 橋下徹が仕掛けた「大阪都構想」の住民投票が僅差で橋下の敗北に終わった件は、大阪を除く日本全国での話題としては、住民投票前よりも住民投票後の方が盛り上がっている異常な様相を呈している。

 なにしろ、「ネオリベ」との蔑称で呼ばれることのある新自由主義者たちが、負け惜しみやら、住民投票で反対票を投じた大阪市民に対する誹謗中傷やら、果ては少し前に「小沢信者」がネットで展開して嘲笑を買っていた「不正投票」の陰謀論を有名テレビキャスターが大真面目で口にするなど、想像を絶する反対派バッシングを繰り広げたのだ。『kojitakenの日記』で取り上げた面々の名前を挙げると、辛坊治郎ちきりん、宇野常寛長谷川幸洋らだが、他にも池田信夫(ノビー)や田原総一朗らをはじめ同類はごまんといる。

 大阪のマスメディア、特にテレビ、5局の中でも読売テレビ、関西テレビと朝日放送の3局は橋下の応援団以外の何物でもないといわれる。さらにその中でも読売テレビが突出していて、その読売テレビに出演して害毒を撒き散らしているのが辛坊治郎である。しかし辛坊の悪口は『kojitakenの日記』にずいぶん書いたので、ここではこれ以上繰り返さない。

 時折大阪にお住まいの都構想反対派の方の悲鳴にも似たコメントを目にするのだが、メディアという権力を笠に着た橋下(とその一派及び応援団)の横暴は、他の都道府県に住む人間の想像を絶しているのではないかと思われる。橋下一派とその応援団は、有権者の半分(投票率を考慮すると3分の1かもしれないが)に戦争を仕掛けたようなものだと感じる。

 仮に、現在再び「大阪都構想」の住民投票が行われるなら、橋下に煽動されたメディアのバッシングによって居心地の悪い思いをさせられた人たちが投票行動を変え、賛成が多数を占めてしまうだろう。それは、「上からのファシズム」としか言いようがない性質のものだと思う。

 「大阪都構想」の住民投票をめぐる議論で、何よりも批判すべきは、こうした橋下とその一派及び応援団の暴力的所業である。それなのに、朝日新聞の元「天声人語」子・冨永格は「リベラル側に橋下徹がいない不幸」を説き、それに呼応して「橋下さんくらいファシストと遠い人はいないと思います。何でもかんでも『ファシズム』に結びつけるあるいはレッテルを貼る社会風潮こそ怖い。」などと見当違いの呟きを発する人士が現れる。だから「リベラル」は勝てないのである。

 今、橋下と同じ手法で強引な政治を行っている人間がいる。安倍晋三である。安倍晋三には橋下のようなカリスマ性はないが、橋下にはない「世襲貴族」という属性がある。今の日本は、いかに安倍が「ポツダム宣言」も知らない(理解していない)暗君であろうが、その暗君が独断専行を恣(ほしいまま)にできる脆弱な社会である。ましてや安倍晋三の権力の大きさは橋下の比ではない。

 住民投票で橋下に勝つのさえ薄氷を踏む「リベラル」が、敵の大将のカリスマを羨んでいるようなふがいなさでは、今後安倍晋三を倒す日がくる展望を開くのは、限りなく困難だ。
 この日記でも『kojitakenの日記』でも、大阪都構想の住民投票は意識して取り上げないようにしてきた。昨年の衆院選で、投票日目前に橋下徹が「敗戦宣言」をしたのを取り上げてはしゃいでいたら、いざ蓋を開けてみたら維新の党がほぼ現状維持の結果で、ぬか喜びに終わってしまったからである。思えば2011年の統一地方選の頃から、維新が前評判を覆して勝つ結果が繰り返された。泣き落としなどの橋下の土壇場のパフォーマンスは、その度に功を奏してきたのだった。だから今回は黙殺に徹すると最初から決めていた。

 案の定、今回の住民投票でも、マスメディアの予想では反対が賛成を大きく上回っていたものの、昨日(5/17)のNHKなどの出口調査では賛成が反対をわずかに上回っていた。しかし、期日前投票では反対が賛成を上回っていたとされるため、大接戦となった。

 『kojitakenの日記』にも書いた通り、私は開票速報の生中継を見ていなかった。NHKをご覧になっていた読者の方のコメントを参照すると、広島と読売が激しく優勝を争った1986年のプロ野球セントラル・リーグを思わせる大接戦だったようだ。開票速報も途中まで賛成が反対を先行し、反対がやや差を詰めたかと思わせたところで飛び出したNHK・武田アナウンサーが反対多数になることが確実になったと告げたアナウンスは、さながら130試合中の129試合目にヤクルトのブロハードが読売の槙原から放った逆転2ランを思わせたとのこと。

 ブロハードの2ランはその年の読売の息の根を止めたが、昨日の住民投票の結果も橋下と維新の息の根を止めた。橋下は今年12月までの大阪市長の任期満了をもって政界を引退することを表明した。それを受けて、維新の党共同代表の江田憲司が代表辞任を表明した。さらには安倍晋三と菅義偉の改憲構想にも大きな打撃を与えたと論評されている。

 これほどの良いニュースは近年記憶にない。中でも、自民党大阪府連が橋下及び維新と戦っているのに水を差すような安倍晋三と菅義偉の妄動には怒りはおさまらなかった。そもそも大阪都構想と改憲に何の関係があるのか、さっぱり理解できない。だから、奴らの野望を挫いた今回の住民投票の結果には快哉を叫んだ。

 維新の党は野党第2党だが、その実体は橋下の個人商店である。2012年と2014年の衆院選では、質の低い政治家を大量に国政に送り出した。百害あって一利なしの政党だった。2012年の当選者の中には、橋下よりも石原慎太郎に近い連中がかなりいて、彼らは維新の分裂の際に「次世代の党」に参加した。山田宏と中田宏といった、かつて日本送信塔(東京スカイツリーか?)ならぬ日本創新党を立ち上げて2010年の参院選を戦ったものの議席ゼロに終わった連中や、どうしようもない下品な極右女・杉田水脈(みお)らである。しかし、彼らはしょせん橋下の看板なしでは当選などとても覚束ない程度の小物であって、めでたく全員落選した。

 今回は、維新の党に残った連中も橋下の看板を失うことになる。民主党から合流した連中は民主党に戻りたがるだろうし、大阪の連中は自民党に行きたがるのかも知れないが、後者は難しいだろう。維新の党は今後消滅への道をたどることは間違いない。

 もちろん橋下のことだから政界引退宣言自体を真に受けることすらできないが、それでも橋下がこれほどの大きな賭けに打って出て負けたことは、少なくとも橋下が大阪府知事選に挑んだ2008年以降には一度もなかった。その結果がやっと出たことは、とりあえずは肯定的に受け止めておいて良いのではないかと思う。
昨日(29日)投開票された堺市長選で、現職市長の竹山修身候補(無所属)が、大阪維新の会公認の西林克敏候補を大差で破って再選された。また、同日に行われた堺市議補選は、3議席がいずれも維新の会と自民党との対決構図になったが、中区と西区で自民党候補が大接戦を制し、維新の候補は南区で議席を得るにとどまった。これら3議席はいずれももとは維新の議席であったことから、市長選、市議補選とも維新は敗北した形だ。

だいぶ前から大阪市長の橋下徹が力を入れていた堺市長選での維新候補の惨敗は、昨年末の衆院選以来波がありながらも基本的には低落基調だった維新の衰勢に、今なお歯止めがかかっていないことを示すものだろう。

ところでこの選挙、マスコミはおそらく維新対既成政党連合という図式で解説するだろう。本記事は、朝日新聞の朝刊(30日付)が届く前に書いているが、朝刊に載っているであろう記事の書き出し部分が同氏のサイトに出ていて、それを見ると案の定、参院選の際に橋下が漏らしたという「自民党と民主党の票を足したらきついなあ」という言葉が紹介されていた。

でも、それは違うだろう。それは橋下がそう書いてほしい図式だろうが、本当の対立構図ではない。

今回の堺市長選について、元京都府立大学学長の広原盛明氏が、連日精力的なブログ記事を書いているが、そのブログ『広原盛明のつれづれ日記』の9月19日付記事(下記URL)のタイトルが、この選挙の本当の対立構図をよく言い表している。
http://d.hatena.ne.jp/hiroharablog/20130919/1379537697

広原氏は、

堺市長選の政治的本質は何か、それは“自民党分裂選挙”すなわち「国家保守=橋下維新」vs「地元保守=大阪自民」の戦いなのだ

と喝破する。その通りであろうと思う。以下広原氏のブログ記事の後半部分を引用する。

(前略)大阪維新の会の結党を契機にして自民党は組織的に分裂し、「国家保守=橋下維新」と「地元保守=大阪自民」に明確に分かれたのである。大阪ダブル選挙はその最初の「大戦」(おおいくさ)であったが、当時はまだ橋下維新がマスメディアの世界では「第3極」などと持て囃されていて、「国家保守=ネオコン」としての姿が露わになっていなかった。新聞論調を信じる以外にさしたる判断基準を持たない大阪府民・市民が、橋下・松井コンビを選んだのも無理はない。

 だが、堺市長選は違う。支配体制の利益を第一義的に追及する「橋下維新=国家保守=ネオコン」と地元利益を重視する「大阪自民=地元保守=旧保守」の対決構図はいまや明確すぎるほど明確だ。だから、竹山氏や大阪自民がどれだけこの事態を正確に認識しているかどうか別にして、開発主義の誤りを是正し、堺の歴史文化や都市生活の伝統を生かして堺を再生させようとするのであれば、「地元保守=大阪自民」と「革新リベラル=共産・諸派」の連携が堺市長選で成立しても何らおかしくない。むしろ当然であり、必然的な成り行きだといえる。

 堺市長選にあらわれたこの新しい対決構図、すなわち「国家保守=ネオコン=開発保守」vs「地元保守=旧保守=環境保守」+「革新リベラル=共産・諸派」は、今後同様の問題を抱える全国各地に波及していくだろう。すでに沖縄では米軍基地問題をめぐって実質的な共闘が成立しているし、原発再稼働問題を抱える福島でもその兆候があらわれている。また北海道ではTPP問題を契機にして安倍政権と「地元保守」との対立が激化しており、「革新リベラル=共産・諸派」との連携が進んでいる。

(『広原盛明のつれづれ日記』 2013年9月19日付記事より)


今回の堺市長選では、共産党が独自候補を立てずに竹山市長支持を打ち出した。ネトウヨは選挙前、「共産党がついたら票が逃げていくぞ」と笑っていたが、そうはならなかった。

そもそも自共共闘は以前から地方選挙ではしばしば行われていた。私が真っ先に思い浮かべる例は、東日本大震災の1か月前に行われた岩手県の陸前高田市長選であって、この選挙では共産党系の中里長門市長(2011年8月没)が「自共共闘」で民主党系候補を破って2期務めたあと、自民党系の戸羽太候補を共産党が支援した。対する民主党は、小沢一郎が「減税」を声高に叫ぶ新自由主義系の小沢派候補を擁立し、これに消極的だった岩手3区の黄川田徹衆院議員を名指しで詰るなどして「剛腕」をふるったが(このことが後に黄川田氏が小沢から離反する最初にきっかけになった可能性もある)、自共共闘の戸羽候補に敗れたのだった。陸前高田市長選を報じる『しんぶん赤旗』2011年2月7日付記事のURLを下記に示す。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik10/2011-02-07/2011020702_01_1.html

広原氏は大阪維新の会を「国家保守=ネオコン=開発保守」と表現しているが、維新の会はもう一つ、極端な「新自由主義=ネオリベ」への強い傾斜を示すことは周知である。「ネオコン+ネオリベ」を指すのに、この記事では「新保守」という言葉を用いたい。一昨年の陸前高田市長選における小沢派候補も、「減税」が公約の中心だったことから明らかなように、「新保守」の範疇に属すると見て良いだろう。「減税」は新自由主義の政治家の基本的な政策の一つである。つまり、2011年2月の陸前高田市長選も、今回の堺市長選と同じ「新保守」と「旧保守」の戦いであり、今回と同様、旧保守が新保守に勝った選挙であると私は考えているのだ。

さらに言えば、「新保守」対「旧保守」の争いの構図は、国政でも見られる。明日(10月1日)にも総理大臣・安倍晋三が来年4月の消費税率引き上げを表明すると思われるが、安倍晋三は消費増税とひきかえに法人税減税や復興増税のうち法人税分の前倒しの終了などをやろうと躍起になっている。つまり「新保守」として行動しているが、それに自民党内(つまり「旧保守」)から異論が続出し、安倍(「新保守」)を止めようとした。結局自民党内の「旧保守」は復興法人税廃止については安倍晋三の意向を通す妥協をしたようだが。

今回の堺市長選では、自民党が「支持」した竹山修身市長が勝ったが、安倍晋三にとっては不本意な結果だったに相違あるまい。安倍が本心では維新の会の西林克敏の勝利を願っていたであろうことを私は確信する。なぜなら、これは多くのマスコミも言っていることだが、安倍晋三が最大の念願である改憲を実現させるために、安倍ら自民党内極右派の補完勢力である維新の会の力を借りたいと考えていることは間違いないからである。維新の会の敗北は、そんな安倍晋三にとっては大いなる不都合なのである。

もちろん、あの森喜朗(シンキロー)の「干からびたチーズ」を想起させる「DRYの会」なる「新保守」志向の新党発足をもくろんでいた連中も、今回の選挙結果に打撃を受けたはずだ。今後このアサヒビールの宣伝部隊みたいな連中の動きは確実に下火になろう。蛇足ながら、昨年まで「私の考えは橋下市長と同じだ」としきりに言っていた某元「剛腕」政治家もますます存在感を失っていく。

前記の広原盛明氏は、選挙戦最終盤の記事で、今回の選挙戦の特に後半、維新の西林候補の足を引っ張る言動を繰り返した石原慎太郎は、今後日本維新の会から橋下系列を切り捨てて自民と公明の連立も割き、(旧立ち枯れ、もといたちあがれ系勢力が)安倍政権と連携していく狙いを持っているのではないかと推測しているようだ。だが私は、石原がそのような願望を持っていることは大いにあり得るけれども、それは実現しないだろうと思う。頭の悪い安倍晋三は別として、大部分の自民党国会議員は、今の自民党政権が公明党あってのものであり、公明党との連立を切ってしまえば政権継続が不可能であることを十分理解しているであろうと想像するからだ。

仮に安倍晋三が石原一派なり「石原+橋下」の現日本維新の会全部なりと連携し、公明党を切る道を本気で模索した場合、それは自民党の分裂につながる可能性があり、仮にそうなって極右勢力が集結した方が政治としては分かり易いし安倍・石原・橋下連合を打倒するのも容易になるだろうと思うが、この構図はリアリティを全く欠いており、実現はまず考えられないと私は思う。

石原慎太郎は近い将来立ち枯れ、自民と公明の連立は当面続き、安倍晋三は野党や中韓よりももっぱらアメリカにブレーキをかけられて、短かった第1次内閣時代のように、アブナイことをあれもこれも実現させることはできないだろう。集団的自衛権の問題にしても、オバマ政権は自国の戦争の一部を日本に肩代わりさせるのは大歓迎だけれども、日中戦争に巻き込まれて日本の戦争を肩代わりするなど真っ平御免だと考えていることは明らかだ。そうは言っても安倍晋三が総理大臣の座に居座る限り日本は大きなリスクを抱え続けるから、早くこんなのを引きずり下ろさねばならないのは当然だが。

最後に橋下に話を戻すと、今回の堺市長選の得票結果がダブルスコアくらいまでいっていればもっと大喜びができたのだが、長年にわたって「たかじん」の極右番組に代表される在阪テレビ局に洗脳された関西の人たちの橋下信仰がまだまだ根強いことが、西林候補の4割強の得票に示された。害虫を完全に駆除するためには、まだまだかなりの時間がかかりそうだと思う今日この頃である。
参院選の前哨戦とされる東京都議選が14日告示された。今回から都議選の有権者になった。それで1965年以降の都議選について少し調べてみた。『kojitakenの日記』に、各党の絶対得票率(政党の得票数を有権者数で割ったもの)の推移をプロットしたグラフを掲載した。

都議選の投票率は1977年(昭和52年)の65.2%を最高にして以後は低下する傾向にあり、元号が平成に変わった1989年以降は一度も60%を超えたことがない。1989年から4年おきに、58.7%、51.4%、40.8%、50.1%、44.0%、54.5%と推移している。

このうち投票率が50%を超えた4回を見ると、消費税創設(1989年)、政治改革(1993年)、コイズミブーム(2001年)、政権交代(2009年)があった。つまり国政への関心が高まっていた時期に、都議選の投票率も上がっている。

一方、1997年には秋に北海道拓殖銀行、山一証券の破綻などの経済危機があり、2005年には悪名高いコイズミの「郵政解散・総選挙」があったが、都議選が行われた時期にはそれらの兆しはまだなく、国政への関心が低迷していた。都議選の投票率も大きく下がっている。

1989年に大きく党勢を伸ばした社会党が失速したあと、政治に不満を持つ民意の受け皿になったのが、1992年に結成された日本新党だった。同党は1993年の都議選で12.1%の得票率を記録して20議席を獲得したが、それも束の間、翌1994年に日本新党は解散して新進党に吸収された。そして1997年の都議選で新進党は1議席も獲得できなかった。

今回、民主党バブルが弾けたが、昨年の衆院選で民主党の失速を見越して結成されたのが「日本維新の会」だった。このいかさま政党の結成までには橋下徹、石原慎太郎、小沢一郎の3人が水面下で繰り広げた醜い裏工作がいろいろあったようだが、結局橋下と石原が組み、あぶれた小沢は滋賀県知事・嘉田由紀子に目をつけて「日本未来の党」を結成したものの、維新が躍進して未来が惨敗したことは記憶に新しい。

しかし、衆院選における維新の会は、民主を抜いて比例第2党になったとはいえ、昨年の今頃の季節に膨れ上がっていたバブル人気を思えば既に失速気味だった観は否めなかった。そしてその失速が明らかになったのは、今年春の兵庫県伊丹市・宝塚市両市長選における維新公認候補の惨敗だった。退潮に焦る橋下が、安倍晋三に奪われてしまった右翼的な有権者の人気をトリモロスべく従軍慰安婦に関する妄言を口にしたところ、内外から批判を浴びて退潮に拍車をかけた。これが現時点での情勢である。

結局橋下・石原の「日本維新の会」は、1993年の日本新党にも及ばず、結党翌年の都議選で早くも退潮が浮き彫りになる結果になりそうなのだが、橋下は当初、都議選告示にタイミングを合わせるかのように訪米する予定だった。しかし、「慰安婦妄言」が災いして訪米中止に追い込まれた。そのため、橋下は16日、当初の予定になかったであろう東京での遊説を行った。

橋下の演説を、時事通信(下記URL)はこう伝えている。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201306/2013061600113

(前略)日本維新の会の橋下徹共同代表(大阪市長)は告示後初めて上京し、マイクを握った。多摩市での街頭演説では、「都議選でも参院選でも自民党が独り勝ちしたら、かつての自民党に戻る」と指摘。板橋区内では、批判を浴びた従軍慰安婦問題をめぐる発言に関し「間違ったことを言っているとは思わない。日本が不当に侮辱されている」と強調した。(後略)

(時事通信 2013/06/16-17:31)


私の住む近所にも橋下がやってくるらしいと知ったので、いったい奴は何をほざくのかと思って聞きに行ったが、橋下は概ね時事通信の記事に書かれているようなことを絶叫していた。自らの「慰安婦問題」については、朝日新聞、毎日新聞、毎日放送、TBSを名指しして「誤報」をされたと開き直り、噂に違わず「真意」とやらの説明に延々と時間を割いた。聴衆の中には右翼的な思想信条を持つ者もかなりいたらしく、時折拍手も起きたが、「万雷の拍手」からはほど遠かった。そもそも聴衆の数も少なく、橋下の絶叫に退屈してか、途中で立ち去ってしまった人も多かった。

「自民党には『カイカク』はできない」とか、「明治維新以来続いてきた官僚の支配」がどうのとか言い募り、「霞が関ガー」を連呼する橋下の絶叫を聞きながら私が思い出したのは、昨年の総選挙まで、よく当ブログに投稿していた某「小沢信者」のコメントだった。彼が量産したコメント群と橋下の絶叫はそっくりだった。昨年小沢一郎が口癖のように言っていた「橋下市長と基本的に考えは同じ」という言葉に嘘はなかったんだなあと妙に納得してしまった(笑)。

橋下はいわゆる「アベノミクス」の批判もした。橋下は金融緩和には賛成だが、既得権益の打破なくして国民にお金は回らない、安倍政権は「既得権益を守りたい勢力」に縛られてまともな「第三の矢」を放てなかった、だからいったん上がった株価も急落して元に戻ったんだと言っていた。

一昨日(15日)の朝日新聞にスティグリッツのインタビューが出ているが、見出しに「3本目の矢にない格差是正への配慮 再分配を工夫せよ」とある。橋下は「規制緩和」「既得権の打破」を求めて「霞が関ガー」と叫んでいたが、再分配への言及はひとこともなかった。規制緩和さえすればすべてがうまくいくかのような幻想を振りまいていたが、それは2001年の都議選で自民党を圧勝に導いた小泉純一郎が発していたのと同じ言葉だった。そしてそんな言葉を信じる人はもはや多数ではなくなったはずだ。

だが油断は禁物。東京都民の感性は、大阪市民と非常に近いものがあるとは常々感じるところである。今回の都議選で維新の会には惨敗してほしいが、若干の議席を獲得するのではないかとの危惧は捨て切れない。

今回の都議選では、残念ながら自民党(自公)の圧勝は不可避と思われるが、東京都民がきっちり橋下に「NO」を突きつけられるか、それを注視している。せめて「維新の会」くらいは撃退できなければ、東京にも日本にも明るい未来はないと思う今日この頃である。
土日をはさんで24日に橋下徹と元慰安婦の面談、27日に日本外国特派員協会での会見がそれぞれ予定された。前者で橋下は大々的な「謝罪パフォーマンス」を行って注目を集める狙いだったと見られるが、元慰安婦の韓国人女性2人に面談を断られた。橋下との面談をキャンセルしたのは賢明な判断だったと思う。

日本外国特派員協会での会見で橋下は沖縄県の在日米軍司令官に風俗業活用を求めた発言のみアメリカに謝罪する一方、旧日本軍による従軍慰安婦をめぐる発言については「誤報だ」と突っぱね、撤回しなかった。以下毎日新聞の記事を引用する。
http://mainichi.jp/select/news/20130528k0000m010087000c.html

橋下氏:会見、言い繕い2時間半 「女性虐待」と質問続出

 日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は27日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で記者会見した。沖縄県の在日米軍司令官に風俗業活用を求めた発言は「不適切な表現だった」として、撤回して謝罪したが、旧日本軍による従軍慰安婦をめぐる発言については「私が容認していると誤報された」と主張し、撤回しなかった。

 橋下氏の発言を巡り、維新は政党支持率が急落し、参院選を前に厳しい状況にある。橋下氏が発言の意図を説明することで批判をかわす狙いがあったが、会見では厳しい質問が続き、約2時間半に及んだ。

 橋下氏は冒頭、文書を読み上げ、旧日本兵が慰安婦を利用したことについては「女性の尊厳と人権をじゅうりんする決して許されないもの」と指摘。元慰安婦に対しては「誠実な謝罪とおわびを行うとともに、悲劇を繰り返さない決意をする」と強調した。内外から「女性蔑視」「人権侵害」などの批判が相次いだため、元慰安婦への配慮を強調する狙いがあり、「女性蔑視である等の報道が続いたことは痛恨の極みだ」とも述べた。

 しかし、質疑では最初から「多くの女性が虐待された」と慰安婦制度の非人道性への認識を問う質問が出た。橋下氏は「日本の過去の過ちを正当化するつもりはない」と釈明せざるを得ず、「旧日本軍の一定の関与があった」と繰り返した。さらに「外国から(女性蔑視の)懸念をもたれたことには政治家として責任がある」と追及されると「私の今回の発言に対して国民がノーと言えば、次の参院選で維新は大きな敗北になる。その結果、代表のままでいられるのか党内で議論が生じると思う」と責任論に発展する可能性も認めた。

 また、旧日本軍が一定の関与をしていた点についての見解を尋ねられると「今日皆さんに問いたいのは、戦場の性の問題。世界各国は、過去を直視していない」と一般論でかわした。さらに「米英も現地の女性を利用した。ドイツも韓国にもそういう施設があった」と列挙したうえで、「戦場の性の問題は今まさに議論しなければならない」と述べ、一連の発言は世界共通の問題に対する問題提起だったと位置付けた。

 一方で、従軍慰安婦についての政府の公式見解である河野洋平官房長官談話については「否定するつもりはない」としつつ、内容に疑問を呈した。

 橋下氏は「国家の意思として組織的に女性を拉致、人身売買した点を裏付ける証拠はないのが日本の立場だ」と説明し、拉致・人身売買については日韓両国の歴史学者による事実解明を主張。「この核心的論点について河野談話は逃げている。これが日韓関係が改善しない最大の理由だ」と述べ、日韓間の慰安婦を巡る対立は河野談話に起因しているとの主張を展開。河野談話に「表現はもっと付け足さないといけない」と述べた。

 これに対し、河野談話が元慰安婦の証言などをもとにしていることを踏まえ、「元慰安婦の証言は信用できないのか」などと追及されると「最大の論点は人身売買を国家の意思として組織的にやったかどうかだと思う」などと主張し、明確には答えなかった。【阿部亮介、林由紀子】

毎日新聞 2013年05月27日 21時30分(最終更新 05月27日 21時55分)


橋下は、質問にまともに答えず論点をはぐらかしたりしながらも、公然と河野談話の見直しを要求したのである。そのことを見出しで端的に伝えたのが「保守系」とされる時事通信の記事だった。
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2013052700609

参院選敗北なら進退判断=河野談話の見直し求める-橋下氏

 日本維新の会の橋下徹共同代表(大阪市長)は27日午後、東京・有楽町の日本外国特派員協会での記者会見で、従軍慰安婦などをめぐる自らの発言の政治責任について、「国民が『ノー』と言えば、参院選で維新は大きな敗北になる。参院選の結果を受けて、私が共同代表のままでいられるかどうか、党内で議論が生じると思う」と述べ、参院選で敗北した場合、進退の判断を迫られることになるとの認識を明らかにした。
 維新は25日の執行役員会で、「参院選は橋下氏を先頭にして戦う」との方針を確認。橋下氏もこれまで「僕から辞めることはない」としてきた。ただ、一連の発言には内外から厳しい批判が出ており、会見では進退に関して「政治家の責任は選挙で審判を受けることだ」と述べ、参院選の結果を踏まえ、決断する意向を示した。
 一方、従軍慰安婦問題への旧日本軍の関与を認めて謝罪した1993年の河野洋平官房長官談話については、「国家の意思として女性の拉致、人身売買があったか、なかったか、きちんと明確に表現すべきだ」と述べ、強制性の有無に関して見直しを求めた。その上で「日韓共同で歴史学者に事実を確認してもらいたい」と語った。
 橋下氏は「河野談話は政治的に妥結した文書だ」と指摘。談話作成の際の根拠とされた慰安婦の証言についても「信ぴょう性にはいろいろ議論がある。合理性に疑問があったという(元政府高官の)発言も聞いている」と述べた。

(時事通信 2013/05/27-17:25)


橋下は(アメリカの批判を受けて)安倍政権が「河野談話」踏襲へと方向転換したことを不服として「慰安婦発言」を行った。これが騒動の本質である。橋下は同じ会見で自らを「極めてオーソドックスな立憲主義の立場を採る者」だなどと称しているが、これはリベラル派をたぶらかすための「毛ばり」に過ぎない。例によってこの毛ばりに引っかかって「橋下くんは『超保守』とは違う、ふつ〜の保守だ」などと言い募る人がまた現れるに違いないが、現時点では「(村山談話に加えて)河野談話も踏襲する」方針をとる安倍政権を橋下が「右から」批判している構図なのである。この論点を見逃して橋下の言葉に騙されてはならない。安倍晋三の本心が橋下と同じであることも忘れてはならないけれども。

もっとも橋下の狙いは当たりそうにもない。橋下は自らの妄言が批判された直後には、「アメリカの圧力に屈する自民党」を批判して、最近孫崎享らの煽動によって増えてきたと見た「反米保守」「反米右翼」の支持を取り付けようとしたが、いっこうに橋下への支持が広がらないと見るや、アメリカにのみ謝罪し、国内向けには引き続き河野談話否定論に立つという戦略に変更した。もちろん「アメリカに屈した」として自民党を批判した発言は、橋下自身を直撃するブーメランとなった。

思うのは、少し前なら何を言っても支持された橋下が、今では何を言っても批判されるようになっていることだ。この流れはもう変わらない。今回の日本外国特派員協会での会見でも、「橋下は鎮火に失敗した」というのが一般的な評価になっている。

橋下は、「参院選で敗北すれば進退を判断する」と言っているが、参院選での「日本維新の会」の惨敗は確実である。現時点でもう公認を辞退して立候補を取りやめたいとする者も出ている。今朝の新聞に出ていた『週刊朝日』の公告を見ると、日本維新の会の予想獲得議席はわずか4議席(自民68議席、民主20議席)となっている。少し前には二人区の選挙区で維新が食い込むかもしれないと恐れていたが、どうやらそうはなりそうにもなく、選挙区で維新が獲得できるのは大阪の議席だけかもしれない。

かくして予想されるのは、参院選惨敗を受けた橋下の「日本維新の会」共同代表辞任であり、それに伴って党名も「太陽の党」または「たちあがれ日本」に戻されるのではないか。気の早い予想だが、私は石原慎太郎も遅かれ早かれ議員辞職すると見ている。石原にとっては「泡沫政党の党首」など屈辱以外のなにものでもないからだ。石原はその屈辱を回避するために「たちあがれ日本」時代には国政に復帰せず、橋下と組めることが確定して初めて国政に復帰したのである。

以上の予想が当たれば、「日本維新の会」は衆議院に余剰な議席を抱えた泥舟政党になる。前回衆院選前の民主党及び「国民の生活が第一」(現「生活の党」)と同じである。現在の「日本維新の会」には旧泥舟である民主党から逃げ出した人間が少なからずいるが、再びみっともなく維新の会から逃げ出すだろう。今度彼らが狙う受け入れ先はおそらく自民党だろうが、そうは問屋が卸してくれるだろうか(笑)。
前回の記事のタイトルは「安倍と橋下が企んだ憲法96条先行改定の状況は一変したが」だったが、記事を公開した数時間後に飛び出した橋下の「慰安婦は必要だった」という妄言が先週の政界を塗りつぶした。

当日問題になった橋下の妄言は2つあって、最初は13日付の『朝日新聞デジタル』から引用すると、

 日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は13日、戦時中の旧日本軍慰安婦について「銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で命をかけて走っていくときに、精神的にも高ぶっている猛者集団をどこかで休息させてあげようと思ったら、慰安婦制度は必要なのは誰だってわかる」と述べ、慰安婦は必要だったとの認識を示した。大阪市役所で記者団に語った。

というもの。もう1つが、同じく13日付の『MSN産経ニュース』を引用すると、

 日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は13日夕、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)を視察し同飛行場の司令官と面会した際に「もっと日本の風俗業を活用してほしい」と促していたことを明らかにした。「風俗業を活用してもらわないと、海兵隊の猛者の性的なエネルギーをコントロールできない」と伝えたというが、司令官は「米軍では禁止されている」などと取り合わなかったという。

というもの。

これらの橋下の妄言は、直ちに全世界に報じられ、アメリカや韓国、中国のみならず、全世界が橋下を指弾した。この件に関する海外の報道を毎日新聞の和田浩明記者がリンクを張って紹介したTwitterのまとめサイトがある(下記URL)。
http://togetter.com/li/502855

これで橋下徹と大阪市の悪名は全世界に広まった。

ところで、この件に関して当ブログの前回の記事にこんなコメントをいただいている。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1302.html#comment16445

一連の歴史問題騒ぎは、危機管理のお手本かと皮肉りたくなるくらいの素早い収拾ぶりと、自民党らしからぬ(?)「言論統制ぶり」で苦笑しましたが、今回積極的に動いた官房長官や幹事長のような人を、首相が参院選後に「うっとおしい」と考えて遠ざけたりするかどうかが、この政権が長く続くかの試金石になる気がします。あと高村副総裁とかもね。たとえば、高市早苗なんかが官房長官、幹事長だったらもっと厄介なことになっていたでしょう。それにしてもその後にあの橋下発言が出てくるあたり、政権も悪運が強いというかなんというか。

2013.05.15 15:40 串間


上記毎日新聞・和田浩明記者のTwitterのまとめサイトについた「はてなブックマーク」にも似た趣旨のブクマコメントがついている。
http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/502855

natumeuashi 政治 第二次安倍内閣は発足のタイミングといい、アベノミクスとアメリカの景気回復のタイミングといい、非常に時の運に恵まれた印象があるが、今回の件で自身の歴史認識についての危機も回避できそう。おそるべき強運。 2013/05/15


これらのコメントをした人は、おそらく「穏健保守派」に属する人(たち)であって、現実主義者を自任して気の利いたことを言ったつもりなのではないかと推測する。しかし、それは全く根拠のないトンデモ楽観論だった。なぜなら、毎日の和田記者が紹介したリンク先の記事を見ると、その多くは橋下の妄言を安倍晋三の歴史修正主義発言と関連づけているからだ。そもそも、橋下が上記のような妄言を発したのは、安倍晋三に援護射撃をしようという意図があったことは明白である。海外メディアの記者の多くは安倍晋三には関心があっても橋下徹には関心が低かったと思われるから、橋下の発言を安倍晋三の歴史認識に結びつけるのは当然の発想である。

そもそも、どうして橋下が「慰安婦は必要だった」と妄言を発したら、安倍晋三の歴史認識問題を世界が忘れてくれると思ったのだろうか。国内のメディアの報道ではそれは当然なのだけれども、総理大臣である安倍の名前は知っていても大阪市長にして野党第二党の共同代表に過ぎない橋下については詳しくない海外のメディアが、橋下が起こした騒動で安倍晋三の歴史認識問題を思い出すことこそあれ、安倍の問題から目をそらされてしまうことなどあり得ないではないか。そのくらいは、少しでも現実的な想像力を持ち合わせていればすぐにわかるはずのことだと思うが、それがわからない。これが日本の「現実的保守主義者」を自任しているであろう人間の想像力なのだ。

橋下の妄言に対して特に厳しかったのはアメリカの反応だ。米国務省のジェニファー(ジェン)・サキ(Jennifer Psaki)報道官の発言はきわめて辛辣だった。共同通信の報道から引用する。

橋下氏発言は「言語道断で不快」 米報道官が初批判

 【ワシントン共同】米国務省のサキ報道官は16日の記者会見で、従軍慰安婦は必要だったとした、日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長による発言について「言語道断で不快だ」と非難した。

 橋下市長の発言をめぐっては、在日米軍に風俗業者の利用を求めたことに絡んで米国防総省のリトル報道官が、米軍が買春を拒否するのは「言うまでもない」と述べていたが、米政府当局者が公式の場で正面から批判したのは初めて。

 サキ報道官は従軍慰安婦について「性を目的に人身売買された女性たちの身に起きた出来事は嘆かわしく、とてつもなく重大な人権侵害であることは明白だ」とも指摘した。

(共同通信 2013/05/17 06:18)


このサキ報道官の発言は朝日、毎日など全国紙も報じているが、朝日や毎日は「人身売買された」に当たる部分を「連れて行かれた」と書いていた。某有名ブログの受け売りだが、サキ報道官の発言にあって朝日や毎日が「連れて行かれた」と意訳した "trafficked" は「人身売買された」と訳す方が適切なのだそうだ。朝日や毎日は、意図してのこととはまで思わないが、サキ報道官の発言のニュアンスを弱めて報道したことになる。

さすがに自民党、というより菅義偉官房長官などの切れ者は、このアメリカの反応に震え上がった。少し前に安倍晋三を総理大臣に復帰させた立役者だと朝日新聞に書かれた菅義偉は、総理大臣の安倍晋三をはじめとして稲田朋美や下村博文といったバリバリの歴史修正主義者にも橋下徹を批判するコメントを出させた。上記の「現実主義的穏健保守」を自任しているであろうコメンテーターが、

危機管理のお手本かと皮肉りたくなるくらいの素早い収拾ぶりと、自民党らしからぬ(?)「言論統制ぶり」で苦笑しました

と書いた通りである。一方、その空気が読めなかった(KY)のが政調会長の高市早苗であって、さすがは11年前に靖国問題で田原総一朗に「あなたみたいな下品で無知な人に(議員)バッジをつけて靖国のことを語ってもらいたくない」、「こういう幼稚な人がね、下品な言葉でね、靖国、靖国って言う」と罵倒されて反論できずに泣き出した女だけのことはある。今後、極右政治家として稲田朋美には警戒が必要だが、高市早苗なんかはほっといても勝手に消えていく泡沫政治家に違いあるまい。

記事が長くなったので、以下の追記の部分に、昨年8月に安倍晋三が橋下徹について語った産経新聞記事と、やはり保守系の新潮社の『Foresihght(フォーサイト)』のサイトに掲載された「安倍政権の『歴史認識』は日米間でも『火種』に」を紹介しておく。後者を読めば、

(安倍晋三は)今回の件で自身の歴史認識についての危機も回避できそう。おそるべき強運。

などという全く根拠のない楽観に基づく妄言など吐きようがないことは明白だ。
昨年末の衆議院選挙では、自民党が圧勝して、民主党と日本未来の党(当時)が惨敗した一方で、日本維新の会とみんなの党という2つの新自由主義政党(維新の怪は極右政党でもある)が躍進した。

そのため、もう3か月先に迫った参院選を控えて、野党では民主党と生活の党の両党が敬遠される傾向が顕著だ。特にひどい例が小沢一郎の地元・岩手県選出の参議院議員で、当然ながら小沢Gに属していた平野達男の動向だ。平野は、小沢らとともに民主党を離党する行動には踏み切らず、民主党に残ったが、ここにきて民主党に離党届を出した。それで、元の親分だった小沢一郎の下に走るかと思いきや、自民党の一部と交渉していたのだった。無所属で出馬して自民党の応援を受けたいというのが、平野の卑しい魂胆だった。さすがに自民党からも反対論が相次いでおり、岩手選挙区は諸勢力入り乱れての混戦になる可能性さえある。

平野達男の例は民主党と生活の党の没落を象徴するような話だが、ここにきて政党支持率の消長で目立つのは、昨年末の衆院選で議席を伸ばして上げ潮に乗っていたと思われた維新の怪とみんなの党の支持率が急落し、特に維新の怪の政党支持率はこのところ民主党をも下回っていることだ。民主党もいっこうに党勢が下げ止まっておらず、先月の時事通信調査では政党支持率が4.2%となって、ついに公明党(4.3%)を下回ったが、維新の怪(2.0%)、みんなの党(1.4%)はその民主の半分以下の政党支持率に凋落した。なお生活の党も民主党同様凋落が下げ止まらず、政党支持率は0.2%にまで落ちた。かといって、共産(1.3%)、社民(0.2%)が伸びているわけでもない。完全な自民(28.2%)の一人勝ちである。

その「強い自民」に維新の怪とみんながすり寄っている。たとえば昨日投開票の東京・小平市長選では、自民・公明・維新・みんなの相乗り候補が民主・共産・社民・生活・生活者ネット推薦の現職に挑んで敗れた。当選した現職の小林正則市長は、Wikipediaの記述を信じれば、全国の首長で唯一社民連在籍歴のある人(のち新党さきがけ、民主党を経て無所属)ということで、中央の政局を考えれば生活の党に推されることなどあり得ないが、地方選ではそんな常識は通用しないのが面白い。そういえば岩手県の陸前高田市長選では現職市長は自民党と共産党の推薦を受けて当選した戸羽太氏だったりする。

だから、国政選挙とリンクしてはいけないのだろうが、維新の怪やみんなの党の人気も、自民党と相乗りしてしまえばほぼゼロに近くなってしまうことが証明された、という程度のことはいえようかと思う。

それでも、みんなの党には曲がりなりにも、結構良くできている「一人一票比例代表制」の衆議院選挙案を提案するなど、少しは見るべきものもある。私は新自由主義には反対なので間違っても同党は支持しないが、新自由主義的な思想信条を持っている人たちにとっては、維新の怪なんかよりははるかにましな選択肢だろうと思う。

最悪なのはなんといっても維新の怪だろう。「軽い」(かどうか知らないが)脳梗塞で入院していた石原慎太郎が退院するや、朝日新聞のインタビューを受けて、「軍事国家になるべきだ」という暴言を吐いたが、この発言に慌てふためいて、「困った時の朝日叩き」で批判をそらそうと躍起な橋下徹のTwitterや、その橋下のシンパらしい「アルファブロガー」とやらの歯切れの悪いブログ記事などを見ると、大阪やその周辺はいざ知らず、全国的に見ればすさまじいばかりの維新の怪の没落に快哉を叫ばずにはいられない(笑)。

最近では維新の怪は「与党でも野党でもない『ゆ』党」(かつて旧民主党を揶揄して用いられた言葉)などと言われるようになったが、少なくとも「既成政党と対決する政党」のイメージを演出(捏造)して日の出の勢いだった昨年前半あたりまでとは様相が一変した。

選挙制度についても、太陽の党出身者が中選挙区制の復活を提唱するのに対して、橋下は「小選挙区制論者」だとしてこれに反対している。しかし、小選挙区制で一票の格差を是正するとなると、筋論から言えば選挙の度毎に選挙区の区割りを見直さなければならないはずだし、その手間や「一票の格差」を違憲とする訴訟を受けての裁判や議論がいつまでも必要となるなど、これまでにも費やされてきた壮大な「ムダ」をこれからも延々と続けることになる。

原理主義的に「小さな政府」を目指すのであれば、制度は簡素であればあるほど良い。だから、そういう意味ではみんなの党の「一人一票比例代表制」の提案は新自由主義政党らしい筋の通ったものだと思う。それに対して、橋下の場合は筋もへったくれもない、単なる権勢欲の化け物みたいな醜悪ななにか、と言ったところだろう。

こんなのをいつまでも支持する大阪人には反骨精神のかけらもないと言うほかない。日本一流れに流されやすく、強きを助けて弱気を挫く情けない大阪人は、いい加減おのれのふがいなさを恥じて改心すべきだろう(笑)
先週はいろいろな政治関係のニュースがあったが、私が購読している『朝日新聞』では小さくしか取り上げられかったある件でネットの話題は持ち切りとなった。

『週刊朝日』に連載第1回が掲載された、ノンフィクション作家・佐野眞一と週刊朝日のスタッフによる新連載「ハシシタ 奴の正体」に切れた大阪市長の橋下徹が、週刊朝日(版元は朝日新聞出版)のみならず、朝日新聞・ABC朝日放送(大阪)など朝日グループに対する取材拒否を行い(朝日放送に対する取材拒否は翌日解除)、それを受けて週刊朝日編集長と朝日新聞広告局が遺憾の意を表明したのだ。

橋下は、佐野眞一と週刊朝日のスタッフが執筆した記事について、橋下の家族関係の記述が中心テーマになっているとして、「政策論争はせずに、僕のルーツを暴き出すことが目的とはっきり言明している。血脈主義ないしは身分制に通じる本当に極めて恐ろしい考え方だ」と非難した。

私は、この『週刊朝日』の記事は、出自をもとに橋下を差別的に描いたものではないと考えるので、その旨『kojitakenの日記』に書き、著者の佐野眞一を支持すると言明したが、私の記事はたいへんな不評を買った。

『kojitakenの日記』は4日続けて5桁のアクセス数(ユニークアクセス数)を記録し、特に10月19日にはユニークアクセス数で33,231件(同一リモホからの重複アクセスをカウントするトータルアクセス数では40,452件)と、同ブログとしては過去最多のユニークアクセス数(トータルアクセス数では過去2番目)を記録したが、その大半が記事に賛同しない読者からのアクセスだったことは明らかだ。ちなみにこれまでの最多は、今年5月14日のユニークアクセス数32,757件(トータルアクセス数42,497件)だったが、この時アクセスが集中した記事は「橋下徹を非難し、『毎日放送叩き』に反対するキャンペーンを開始します」だった。

『週刊朝日』の記事の件に戻ると、当該記事は「差別記事」ではないと私は考えるけれども、これに関しては賛成論と反対論はおそらく平行線をたどって交わることがないだろうから、この点に関してこの記事ではこれ以上言及しない。今回の記事で問題にしたいのは、今回のような形で被差別部落に言及したメディアの記事の発信を抑えてしまうのが良いことかどうか、その点である。

私が育った兵庫県においては、被差別部落が多数あり、私の住んでいた家のすぐ近くには朝鮮人部落もあった。親からは、朝鮮人部落には近づくなと言われたが、小学校低学年の頃から実際にそこを歩いて、親が言うような怖いことなど何も起きないことを身をもって知った。被差別部落とは若干距離があったので、訪れたことはなかった。

70年代になると「同和教育」が始まったが、70年代半ば頃になると、部落解放同盟の教育現場への介入が目にあまるようになった。私も、小学校6年生でさえ疑念を抱くくらいの「価値観の強制」としか言いようのない教育を受けた。兵庫県の他の地域の学校では大がかりな暴行事件も起きたが、なぜかマスメディアはそれをなかなか報道しようとしなかった。

蛇足だが、『kojitakenの日記』にこれを書いた時、「これって『日教組の自虐教育ガー』とどこが違うの? 私も兵庫育ちだけど、そんな記憶はない。」というブクマコメントをつけた人がいたようだが、同じ兵庫県でも世代や地域が違えば経験は違うのは当たり前のことだ。たとえばやはり兵庫県で育った村上春樹(1949年生まれ)は同和教育を受けた経験がなく、その結果、知らないうちに同級生の女の子を傷つけてしまった経験があったそうだ。私は昨日、下記URLのブログ記事でそれを知った。
http://gold.ap.teacup.com/multitud0/718.html

このブログ記事によると、兵庫県尼崎氏出身の柄谷行人(1941年生まれ)もある時期まで中上健次が被差別部落の出身であることを知らなかったという。村上春樹は1949年生まれだ。ある年代以上の人はそうなのかもしれない。逆に、80年代以降は70年代と比較すれば部落解放同盟の「糾弾会」などの活動は過激さを減じたと聞いているから、70年代に子供時代を過ごした私のような世代が、もっとも解同の印象が強烈なのかもしれない。それにしても、全く同和教育を行わずに、知らずに同級生の女の子を傷つけた村上春樹の時代から、一転していきなり「行き過ぎ」としか思えない同和教育をやったのだから、極端から極端に振れ過ぎだった。両者の中間に望ましい解があったことはいうまでもない。つまり「押しつける」のではなく「考えさせる」同和教育である。

ついでに書くと、当時から共産党は解同批判のビラを撒いていたから、解同と共産党が犬猿の仲であることは、当時関西に住んでいた人間なら誰でも知っていることだったと思う。

ところで、当時の解同批判に関しては共産党の主張に分があったと思うけれども、今世紀に入ってから「別冊宝島」から「同和利権」を批判した「別冊宝島」(ライターは主に共産党系の人だった)が出た時、本題である同和利権の批判はまっとうだったと思うけれども、「狭山事件」で無実の罪を着せられた(それこそ佐野眞一が「警察のでっち上げであることがほぼ明らかになった」と書いている)石川一雄氏を揶揄する表現が複数あった。これは、解放同盟が共産党との争いに石川氏を巻き込み、石川氏が共産党を批判する発言をしたことが一因になっているのではないかと想像するが、それにしてもいただけなかった。

だが、ここで告白しなければならないことがある。それは、小学生の時に「狭山事件」の教育を受け、「石川青年を返せ!」というかけ声を聞かされた私が、「別冊宝島」に掲載された石川氏を揶揄する記事を読んで、一瞬心の中で笑ってしまったのだ。しばらく経って、それは誤りだと反省した。しかし、それでも「狭山事件」について考えることを私はずっと敬遠していた。ようやく今年4月になって鎌田慧の『狭山事件の真実』(岩波現代文庫, 2010年)を読み、やっとこの事件について納得する説明を得るとともに、もっと早くこの事件について知っておくべきだったと思ったのだった。この本に関しては、今年4月22日付の『kojitakenの日記』にレビューを書いた。

何を言いたいかというと、部落解放同盟がかつてやったような、「糾弾」で圧力をかけたり、あるいは今回橋下がやったように「取材拒否」で雑誌記事を発表できなくしたりすることは、差別をなくすどころか、差別を助長するものではないかということだ。現に私自身がその悪例だった。

私はいつの頃からか、「隠したり『糾弾』したりするから差別を助長し、差別が温存される。事実を白日の下に晒すことが差別をなくすことにつながるのではないか」とずっと思っていた。

ただ、事実を明らかにすることが差別をなくすことにつながるというのはあくまで一般論であって、個々のケースについていえば、それで多大な不利益を被る人たちがいることは間違いない。だから、「差別する側」に生まれついた人間として、この持論を主張するに当たっては十二分の注意を払わなければならないとも思っている。

そんな時、『新潮45』に橋下の出自を暴いた記事を書いたノンフィクションライターの上原善広氏のブログ記事(下記URL)を読んで、我が意を得たりと思ったのだった。以下関連部分のみ引用する。
http://u-yosihiro.at.webry.info/201210/article_8.html

まず差別的にしろ、なんにしろ、ぼくは路地について書かれるのは全て良いことだと思っています。それがもし差別を助長させたとしても、やはり糾弾などで萎縮し、無意識化にもぐった差別意識をあぶりだすことにもなるからです。膿み出しみたいなものですね。それで表面に出たものを、批判していけば良いのです。大事なのは、影で噂されることではなく、表立って議論されることにあります。そうして初めて、同和問題というのは解決に向かいます。解放教育のときも、共産党からは「差別を助長する」と批判されましたが、だからといって隠してばかりは良くないということです。


同じ記事を『kojitakenの日記』で引用した時、「被差別部落出身のライターが被差別部落出身者の総意を代表してる訳じゃないし。上原氏の言葉を自己正当化に援用するのは姑息だと思う」との批判を受けた。既に書いたように、出自を明らかにされることによって不利益を被る人が多数いることは事実だ。だから私も一般論としては「差別の可視化こそ差別をなくすことにつながり、不可視化は差別を助長する」というのが正しいと思うけれども、すべてのケースにこれを当てはめるのは、「差別する側の人間による不当な差別」にほかならないとは私も思う。

しかし、橋下は権力者である。だから上記の一般論は橋下に適用されるべきだし、ましてや権力者である橋下が朝日新聞グループに対する「取材拒否」の挙に出たと知った時、なんて馬鹿なリアクションを示すんだろうか、最悪じゃないかと思った。

かつて、月刊『現代』の連載記事で魚住昭が野中広務の出自を暴いた時、野中は魚住に苦情を言ったという。しかし野中は講談社に対する「取材拒否」の挙になど出なかった。その野中と橋下を比較して、差別をなくしたいと思っている人間(野中広務)と、本心では差別を温存したいと思っている人間(橋下徹)の違いなのではなかろうかと思った。いや、今も思っている。ましてや、2008年の大阪府知事選で、今回『週刊朝日』の連載が中止に追い込まれた最大の理由となった被差別部落の地域において、橋下は自らそこの出身であることを街宣車で大々的にアピールしていたことが指摘されている。それを考えると、被差別部落出身であるとの出自を理由に不当な記事を書かれたと橋下が主張するのは単なる方便であって、自らを批判する言説を封殺するための絶好の機会と見てこれを使用したのではないかと私は推測している。

そう、これは「言葉狩り」の問題でもある。かつて1993年に筒井康隆が「てんかん患者差別」を理由に、教科書に掲載されるはずの自作が筒井に無断で削除された時、これに抗議して「断筆宣言」を行ったことがあった。この時筒井を非難したのが朝日新聞の本田雅和という記者だったが、私はこの時筒井康隆を支持し、本田の行動を「言葉狩り」とみなした。

その後2005年の「NHK番組改変問題」で、番組改変の圧力をかけた安倍晋三と故中川昭一を追及したのが本田雅和だったが、この件で朝日は無惨に敗北し、安倍や中川らに謝罪する羽目に追い込まれた。それもこれも追及したのが本田のようなヘタレ記者だったせいではないかと私は内心思っていた。なお、この本田は責任をとって職を辞すれば良いものを、いまだに朝日の禄を食んでいるらしい。ネット検索でこのことを知った私は呆れてしまった。

そして、その朝日のヘタレの伝統は、7年後にも繰り返された。ついでに書くと、橋下への謝罪直後の10月21日、3週刊前の9月30日付朝日新聞読書欄に載った佐々木俊尚による孫崎享のトンデモ本『戦後史の正体』の酷評に怒った孫崎の批判を受け入れて「訂正」が掲載された。朝日は恥の上塗りをした格好である。

朝日新聞は完全に死んだ。別に朝日がその担い手だったとは毛頭思わないが、戦後民主主義も今まさに息絶えようとしている。
ついに「その日」がきてしまった。橋下徹の「大阪維新の会」が国政に進出することを発表したのだ。「橋下新党」の名称は、「日本維新の会」になるらしい。

実は、昨年(2011年)2月、現在民主党代表選への出馬が取り沙汰されている原口一博が同名の政治集団を結成していた。昨年2月16日の毎日新聞記事(リンクは切れているが、『kojitakenの日記』に記録してある)は下記のように伝えている。

橋下・大阪府知事:河村・名古屋市長と会談 原口前総務相と連携へ

 大阪府の橋下徹知事は15日夜、大阪都・中京都両構想で連携する河村たかし名古屋市長と大阪市内のホテルで会談した。地域政党「大阪維新の会」(代表・橋下知事)が先月下旬、名古屋市長選で河村市長の応援に名古屋入りして以来の対面。2人は、民主党の原口一博前総務相が設立を打ち出した政治団体「日本維新の会」と連携する方向で一致した。

 2人は雑誌の企画で対談した。【佐藤慶】

2011年2月16日 毎日新聞


この時点では、橋下徹、河村たかし、原口一博の3人の立場は対等だったように見える。しかし、現在は河村たかしは橋下徹の「面接」を受ける立場にある。「公開討論会」という名の「橋下面接」は、あまたいるに違いない「日本維新の会に入りたくて入りたくてたまらない」人たちを橋下が「選別」するものであって、私は1991年に小沢一郎が宮沢喜一、渡辺美智雄、三塚博の自民党総裁候補3人を「面接」したことを思い出すが、橋下はそれをさらに醜くデフォルメした「討論会」を行っている。

「討論会」における河村たかしの発言、そして「橋下側」に立って河村をやり込めようとした東国原英夫の発言などを日経が伝えている。記事の論評は『kojitakenの日記』に書いたが、読んでいるだけで精神を病みそうになる。ことに不愉快だったのは、東国原が河村に「冷ややかに言い放った」という、「維新の会はこれでいくと言っている。同意できるかどうかだ」という言葉だ。さすがはビートたけしに「絶対服従」のたけし軍団の一員だっただけのことはあるなと、「長いものには巻かれろ」根性丸出しの東国原の卑屈さにははらわたが煮えくり返った。

言っておくが、「再分配を重視する」をモットーにしている私は、河村たかしの「減税」政策には全否定に近い評価を与えている。しかし、日経の記事にある「一律の減税に懐疑的」な「維新の会」が主張しているのは「フラットタックス」(定率課税)である。この維新の政策は、ベーシック・インカムの導入と組み合わされているが、これは負の所得税と低率課税を組み合わせたミルトン・フリードマンの政策に近い新自由主義政策であって、累進課税を「頑張った者が報われない」として否定する考え方だ。それに比較すれば河村の「一律の(定率の)減税」の方がまだましであって、維新の考える税制は実質的な「累進減税」である。課税は累進課税、定率課税、定額課税(人頭税)の順に再分配効果を持つが、減税はその逆で、定額減税がもっとも再分配に寄与し、定率減税、累進減税の順になる。フラットタックスを導入しようという「維新」の政策は、河村たかしの「減税」よりもさらにひどい「強者への逆再分配」政策であるといえる。

だがそんな維新の「トンデモ税制」をマスコミは批判しない。かつて麻生内閣が2009年に行った「定額給付金」をあれほど手ひどく批判したマスコミが、である。当ブログは反麻生政権の立場をとったが、同内閣の「定額給付金」は評価した。そして「定額給付金批判」を批判した森永卓郎の意見を評価する記事を2009年2月26日に公開している。やはり高給取りの多いマスコミは、「定額減税」よりも「フラットタックス」の方がお好みなんだな、と思わずにはいられない。

さて、河村たかしらも参加した「討論会」には、民主党3人、自民党1人、みんなの党3人の国会議員も参加した。以下毎日新聞記事を引用する。
http://mainichi.jp/select/news/20120910k0000m010043000c.html

維新の会:公開討論会に参加の7議員、「八策」に賛意表明

 大阪維新の会(代表・橋下徹大阪市長)は9日、近く設立する国政政党「日本維新の会」への合流を目指す現職国会議員7人や現元首長6人と、政策面で意見を交換する「公開討論会」を開いた。橋下氏は終了後、7議員について「基本的な価値観は一致している。一つのグループとしてしっかりまとまれるのではないか」と述べ、新党の発足メンバーに迎える方針を決めた。

 7議員は、元官房副長官の松野頼久衆院議員(熊本1区)ら民主党の3人、自民党の松浪健太衆院議員(比例近畿)、小熊慎司参院議員(比例代表)らみんなの党の3人で、近く所属政党に離党届を提出する。

 討論について橋下氏は、個々の政策ではなく基本的な価値観を確認する場と位置づけた。維新幹部や堺屋太一元経済企画庁長官らブレーンが、参加者に見解をただす形で進行。教育や経済政策、道州制などをテーマに約5時間に及び、「(学校選択制について)方向は正しいと思っている」(松野氏)、「道州制で教育や農業が(良い方向に)変わる」(松浪氏)など、維新が党綱領と位置づけることにした「維新八策」に賛同する意見が相次いだ。

 一方、東国原英夫・前宮崎県知事▽中田宏・前横浜市長▽河村たかし・名古屋市長▽大村秀章・愛知県知事−−ら6人の現元首長からも、「維新の価値観に賛成」(東国原氏)といった意見が出た。ただ橋下氏は「(首長経験者の)考え方ははっきり聞けていない」と述べ、16日の次回討論会以降も出席を求めて価値観の一致度を見極める方針だ。

 会議の模様は報道陣に公開され、インターネットでも中継された。【平野光芳】

毎日新聞 2012年09月09日 23時33分(最終更新 09月10日 00時14分


鳩山由紀夫の側近といわれた松野頼久(故松野頼三の倅)、小沢Gに所属していた極右議員の石関貴史、自民党の同じく極右議員の松浪健太(松浪健四郎の甥)ら7国会議員は、橋下への恭順の意が認められ、無事維新入りを果たしたが、東国原や河村たかし・大村秀章、中田宏・山田宏、それに前山形県知事の斎藤弘の首長経験者6人は「一発合格」とはならず、「追試」を受けるらしい。これには、河村たかしに近いと言われており、自らも必死に橋下にすり寄っている「国民の生活が第一」代表の小沢一郎も気が気ではあるまい。

不快なニュースばかり続いたが、少しばかり溜飲を下げたニュースもあった。それは、民主党代表選と自民党総裁選に絡むもので、前者ではこの記事の最初の方で言及した原口一博が、民主党の非主流派議員が集まった「民主党復活会議」の支持を得られなかったこと。この会はTPP参加に反対しているが、原口が同じくTPP参加に反対していながら、TPP参加派の維新にすり寄っていることが問題視された。それでなくても野田佳彦(「野ダメ」)の再選が確実と見られている民主党代表選だが、原口の惨敗は確実な情勢だ。なお私は「3党合意」の責任者である野田佳彦が、遅くなり過ぎないうちに、自らの手で衆議院を解散すべきだと考えており、民主党代表選は野田再選止むなしと考えている。少なくとも「維新」にすり寄る原口など問題外だ。

もう一つは、自民党総裁選で安倍晋三の支持が伸び悩み、当初8日にも出馬を表明すると言われていた安倍が未だに出馬表明できずにいることだ。昨夜の報道では「11日にも表明する」とされており、ますます後倒しになっている。既に町村信孝は正式に出馬を表明しており、安倍の機先を制した形で、町村は安倍に出馬断念を勧告するなど余裕綽々だ。もちろん町村は自身が総裁になれるとは思っていないだろうけれども、安倍を叩きたいのだろう。その点では次の総選挙には出馬せず引退するらしい森喜朗も同様である。

そうこうしているうちに、5年前に安倍晋三が突如政権を投げ出した9月12日が迫ってきた。安倍は、自らの勉強会にも思ったほどの人数を集められず、参加者数を水増ししていたらしいが、そのことといい、なかなか出馬表明に踏み切れずにいる現在の姿といい、「ああ、やっぱり安倍晋三だな」と安堵させられる。

橋下とは正反対に、安倍晋三は弱っちい雑魚政治家に過ぎなかったといえそうだ。