きまぐれな日々

土曜日(23日)の小沢一郎の被告発人聴取があったが、それとは別に、昨日は名護市長選がどうなるか気になっていた。当ブログでも『kojitakenの日記』でも名護市長選のことは一度も取り上げなかったと思うが、それはこの市長選を沖縄基地の米軍基地問題に利用しようとする与野党に手を貸したくなかったというより、これを昨今の小沢一郎の問題とリンクさせたくなかったからだ。結果は稲嶺進氏の当選であり、胸をなでおろした。

さて、「小沢一郎vs.検察」との構図で語られる現在だが、昨年の事件には「西松事件」という呼び名がついたのに、今回は事件の名前さえついていない。まさか「石川議員逮捕事件」というわけでもないだろう。このこと自体が事態のわけのわからなさを象徴している。「水谷(建設)事件」でもあるまいし、「小沢事件」と呼ぶわけにもいかないから、せいぜい「小沢問題」などと呼ばれることがあるようだ。

で、この「小沢問題」が現在の政治権力である民主党を支配しているとされる小沢一郎と、検察のバトルであることは疑いがないと私は考えている。権力対権力のぶつかり合いであるが、昨年の西松事件の捜査で結果を出せなかった東京地検特捜部が、しゃかりきになって無理筋の捜査をしている現状であるように見える。

予告に反して何度もこの件を取り上げたのは、それだけ今回の検察のやり方に強引さが目立ったからだ。それと同時にマスコミの「検察リーク報道」も一段とひどくなっていた。これに対して、民主党の枝野幸男が「捜査途中の供述が起訴、公判の前に報道されるのはおかしい。検察官には守秘義務があり、リークだとしたら国家公務員法違反だ」と言った。この法律に違反すると、最高で懲役1年の刑が課せられる。

江川紹子が、リクルート事件におけるリーク報道について触れているが、江川はリクルート事件が発覚する前年の1987年まで神奈川新聞の記者だった。だからこそ、リクルート事件の報道を思い出して、それに対する違和感を表明しているのだろう。

私は最近、ロッキード事件当時の報道はどうだったかと思い返している。なにしろ古い話であって、おぼろげな記憶しかないのだが、現在ほどひどいリーク報道ではなかったような気がする。しかし、元日経記者で「FACTA」編集長の阿部重夫氏は、ロッキード事件について下記のように語っている(下記URL)。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20081009/316554/

この事件では文芸春秋に掲載された立花隆氏の記事が全国紙の記事を圧倒しました。当時の首相で後にロッキード事件絡みで逮捕される田中角栄氏の金脈を膨大な取材データから暴き,田中退陣のきっかけを作ったとされる内容だったためです。警察などからのリークが多い新聞報道とは全く異なる徹底した調査報道を見せ付けられたことは,大きな衝撃でした。

(『日経コミュニケーション IT Pro』?「時代錯誤の舞台装置はもういらない---続々・「マスゴミ」と呼ばれ続けて」より)


やはりロッキード事件でもリーク報道はあったようだ。しかし、フリーの立花隆は独自の調査によって田中角栄の犯罪を暴いた。最近気になるのは、ロッキード事件はアメリカの陰謀だったなどとする説が、反権力を気取る人たちの間でまことしやかに語られていることだが、昔はこんな陰謀論は渡部昇一のような極右が唱えていたことだ。これに対する反論は、たとえば『Apes! Not Monkers!』に掲載された「金大中事件関連外交文書公開とロッキード事件」を参照されたい。

ただ、報道の側からしても、検察リークに依存していたのでは、ろくな事件報道ができないことは確かにいえると思う。そして、マスコミの問題点だが、現在の東京の大新聞やテレビ局の記者たちとは、いったいどんな人たちだろうかと最近よく思う。

昔だったら、新聞記者というとベトナム戦争で命がけで取材した特派員の印象が強かった。特に有名なのは朝日新聞の本多勝一だが、ポル・ポトのカンボジア大虐殺を早くから報じていた井川一久や、カメラマン石川文洋の印象も強い。石川文洋は一昨年、『カラー版 四国八十八ヵ所―わたしの遍路旅』という本を岩波新書から出したが、ベトナム戦争取材で亡くなったジャーナリストたちを悼む文章がところどころに挿入されていて、印象に残る。戦場の特派員ではない政治記者であっても、毎日新聞の西山太吉記者のように、沖縄返還をめぐる日米政府の密約を暴いたところ、権力にはめられて逮捕され、有罪判決を受けた記者もいる。

そんな印象があったものだから、私は比較的最近までジャーナリストというか新聞記者たちに畏敬の念を持っていたのだが、ここ数年でその幻想が音を立てて崩れていった。先々週だったかのテレビ朝日『サンデープロジェクト』で、朝日新聞の星浩が、最近の若い記者は地方の支局の勤務を嫌がるとか政治家とメールのやりとりをしているなどと言っていたのだが、そんな彼らに果たしてどの程度の仕事ができるかと思ってしまうのである。

政治家の世界でも世襲議員が幅を利かせているが、大新聞や在京テレビキー局も似たようなものであって、よく誰それの息子や娘がどっかのテレビ局に入社したなどという話を聞く。昔はブン屋というとやくざな商売だったはずが、今や超エリートで世襲が幅を利かせている。そんな人たちが検察からリークを受ける。そんな報道が、権力をチェックするものなどにはなり得ないことは、あまりにも自明だ。記者時代、自民党の政治家や読売新聞の渡邉恒雄(ナベツネ)と親しかった西山太吉は、決して左翼ではなかったはずだが、ジャーナリストの使命を自覚しており、だから沖縄密約を暴いた。今の新聞記者にそんな職業精神があるだろうか。権力と一体となっているのではないだろうか。そういえば、「権力と一体となったジャーナリズム」はナベツネの理想だった。

こう書くと、民主党政権だって権力じゃないかと反論されると思う。確かにそうなのだが、ここで考えるべきは司法、行政、立法、マスコミ、それに経済界などから形成される権力の間の力学である。検察は実は司法ではなく行政にカテゴライズされる組織であるが、内閣からある程度の独立性を有することが要請されていて、実質的に司法に属する面も持つ。だからややこしくて、行政に属するからこそ法務大臣が検事総長に対してのみ指揮権を有する。しかし、それよりも何よりも、上記の互いに独立性が求められる権力が結託しないかどうかチェックする必要がある。本来、三権に対するチェック機能がジャーナリズムには求められたのだが、それが全く機能していない現在、第三者が三権とマスコミをチェックするしかない。そしてその機能は、ネットにも求められると思う。「検察リーク報道」への批判は、国家公務員法違反の問題もあるが、検察権力とマスコミの癒着を許してはならないという観点からも、絶対に欠かせないのである。

もちろん、金権政治への批判も欠かせないし、検察や警察の捜査官が取り調べの際に違法行為を働いて人権を侵害することも防止しなければならない。この2点に関しては、民主党が昨年夏の総選挙に向けて企業・団体献金の全面禁止と取り調べの全面可視化(取り調べの録音・録画など)を公約していたのだから、まず何よりも民主党がその公約を守るかどうかをチェックすることがメディアには求められる。もしメディアがこれを怠るようであれば、実質的に民主党政権と癒着していることになる。

後者の取り調べの可視化は、何も石川知裕や小沢一郎の人権を守るためにあるのではない。足利事件などの冤罪事件を起こさせないために必要不可欠であり、先進国では当たり前の制度だ。法案が自公政権当時の野党によって提案され、参議院で可決されたこともある。毎日新聞のアンケート(「えらぼーと」)でも、取り調べの可視化に関する設問があるが、民主党衆院議員の95%、社民党、共産党の全員、公明党の90%、国民新党の亀井静香を除く全員が賛成している。平沼一派でさえ、城内実は反対しているものの、平沼赳夫と小泉龍司は賛成している。自民党だけは反対の方が多いが、それでも賛成者が45%を占める。反対意見を表明している顔ぶれを見ると、安倍晋三、麻生太郎、町村信孝、鳩山邦夫、石破茂、平沢勝栄、小池百合子、稲田朋美、下村博文、高市早苗、小泉進次郎らの名前が並んでいる。取り調べの全面可視化は、警察や検察が強く反対しているのだが、同様に反対する政治家は、筋金入りのタカ派か極右に限られているし、極右の中にも平沼赳夫のような賛成派もいる。

足利事件の再審について論じた1月23日付の朝日新聞社説は、取り調べ可視化を求める論調ではあるが、

 全面可視化を公約としてきた民主党内には、ここにきて可視化法案の国会への早期提出、成立をいう動きがある。だが、もしこれを小沢一郎幹事長の資金問題をめぐる検察への圧力に利用しようとするなら、まったくの筋違いである。

などと書いている。だが、上記のように全面可視化は実施されて当然なのであり、朝日社説の書き方はおかしい。正しくは、

もしこれを小沢一郎幹事長の資金問題をめぐる検察との取引材料に利用しようとするなら、まったくの筋違いである

と書くべきなのである。こんなところからも、新聞が権力へのチェック機能を果たせていないことが露呈している。政府と検察の取引は、絶対に許してはならない。

だが、それでも朝日新聞は取り調べ可視化を求めているだけまだマシで、日経新聞は朝日同様明確に取り調べ可視化を求めているが(日経は財界の主張に沿った主張をするが、こういう件は財界との利害関係はないから正論が書ける)、これが毎日新聞になると歯切れが悪くなるし、読売新聞になると消極的になる。そして、産経新聞に至っては「可視化法案 許されない検察への圧力」と題したトンデモ社説を書く始末だ。産経新聞がジャーナリズムとはいえない理由がよくわかる。

地方紙では保守的といわれる新聞を含めて、大部分が取り調べの全面可視化を求めている。四国新聞のオーナー一族の平井卓也(自民党)は取り調べ可視化に反対しているが、幸か不幸か四国新聞には社説はない(笑)。

今日も長くなりすぎたので以下はしょるが、昨年の西松事件のさなかに小沢一郎自身が言い出した、企業・団体献金の全面禁止も法制化すべきだ。最近鳩山由紀夫首相が、取り調べ全面可視化と企業・団体献金全面禁止の両方について、今国会の提出に消極的な発言をしたが、こんな姿勢では産経新聞や自民党は喜ぶかもしれないが、国民から不信をもたれるだけである。マスコミにはこういう鳩山発言こそ厳しく批判してほしいし、それができないマスコミをネットはビシビシ叩くべきだと思う今日この頃である。


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今日(3月9日)の当地は、気温がだいぶ上がって春らしくなった。夜になって小雨が降ったが、このあと暖かくなるらしい。これまでは、雨が降るとそのあと大陸の高気圧が張り出してきて寒くなったが、天気の変化のパターンが春のものに変わってきた。

そういえば、関西では「奈良のお水取りが終わると春が来る」と言うことを思い出した。お水取りは、狭義には奈良の東大寺で3月12日深夜に井戸から香水をくみ上げる行事を指すが、この香水は福井県小浜(おばま)市から送られてくるものだ。この小浜市がアメリカ大統領選の民主党候補争いでヒラリー・クリントン氏と激戦を演じているバラク・オバマ氏を応援していることは、皆さまよくご存知だろう。昔、NHKの連続テレビ小説に「ひらり」というのがあって石田ひかりが主演していたが、彼女はヒラリー・クリントンを応援しているのだろうか?

しかし、今朝のTBSテレビ「サンデーモーニング」のトップがこのヒラリーとオバマの米大統領選民主党候補争いだったことにはちょっとがっかりした。イージス艦が漁船を真っ二つにした事件など、マスメディアはあっという間に忘れようとしているようだ。その前に騒がれていた防衛利権の闇の問題など、もう誰も触れようとしない。あまりに物忘れがよすぎるというものだ。こんな調子だったら、気がついたらいつの間にか安倍晋三が首相に返り咲いてしまうのではないかと危惧するほどだ。

世の中には、絶対忘れてはならないものがある。冤罪に問われた人たちの問題はその一つだ。「長野智子blog」 で知ったのだが、明白な冤罪事件の一つである引野口事件についての福岡地裁での裁判で5日、片岸みつ子さんに無罪判決が出て、この模様が今日午後のテレビ朝日「ザ・スクープ」の冒頭で紹介された。片岸さんは兄を殺された上、殺人犯に仕立て上げられ、夫は捜査を苦に自殺してしまった。無罪判決が出たのは喜ばしいが、失われたものはあまりにも大きい。

ましてや、番組の後半で取り上げられた御殿場事件や、瀬戸内海放送(本社・高松市)が追っている高知のスクールバス・白バイ衝突事件などは、地裁でも高裁でも有罪判決が出て、現在最高裁で争われている。

当ブログは、2月28日のエントリで、仙台の「筋弛緩剤事件」で守大助被告の上告を最高裁が退けた決定を出したことを紹介した。この事件も、「週刊ポスト」や月刊「現代」のほか、前記のテレビ朝日「ザ・スクープ」(まだ「スペシャル」ではなく通常枠で放送していた頃)でも取り上げられ、守大助さんは無実だと考えている人が多いと思うが(私もその一人である)、最高裁の決定は、ニュースなどでもさほど大きく取り上げられず、みんな忘れっぽいんだなあとため息をついた。さすがは、戦争犯罪人である岸信介(安倍晋三の母方の祖父)を、戦後十数年で総理大臣にしてしまった国民だけのことはある。

あいにく、私はものごとをしつこく覚えている人間なので、上記の冤罪事件には今後も注目していきたいし、民意を無視したKY政治をやった安倍晋三が復活を狙う動きをするたびに、安倍の旧悪をしつこくほじくり返して批判し続けていきたいと考えている。


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