きまぐれな日々

よほど昨今の閉塞感は危機的なのかもしれないと思う。

何がって、どんどんポピュリズム的な言論が支持者を増やしてきている現実だ。

一昨年の大阪府知事選直前、大阪府民はみんな冷静で、橋下徹を支持する人などほとんどいないと伝えてきた人がいたが、現状は広く知られている通り。前記発言の主は、橋下徹こそ支持してないものの、小沢信者と化した。

河村たかしが旗を振った名古屋市議会のリコールに向けての署名運動にしても、名古屋から「署名が集まるはずなんてない」との声がずいぶん聞こえてきたが、河村らは必要数の署名を集めてしまった。

その河村たかしが、昨日(14日)の朝日新聞紙面に登場していた。同紙には、「衆院予算委が開かれた13日、朝日新聞記者と一緒に国会記者会館でテレビ観戦し、自民党の質問と菅直人首相の答弁を批評してもらった。(聞き手・渡辺哲哉)」と書かれている。

「テレビ観戦」とは昔のプロ野球、いやプロレス番組みたいだな、と思ったのはさておき、朝日新聞(東京本社14版)の紙面には、「首相、経済学わかってない」との見出しがつけられている。該当部分を下記に引用する。

 河村氏の目玉政策は、市民税減税だ。河村氏は民主党で菅グループの事務局長を務めていたことがあるが、菅首相がデフレ脱却について「国債でお金を借りて何か使うか、税収で何か使うか」と答弁したとたん、すぐにかみついた。

 「減税っていう道があるの。悪口言いたくないけど、経済学、わかってないですよ。入りが少なくなれば、役所はムダを削るよう精一杯努力する。菅さん、昔から脱官僚って言ってるけど、官僚が一番おいしいのは税なの。増税したら脱官僚にならんじゃない」

(2010年10月14日付朝日新聞4面より)


河村の言う「経済学」とはいったい何なのか、門外漢からは「神学論争」をしているようにしか見えない「経済学」とは本当に学問といえるのだろうかと言いたくなるが、記事の末尾に、河村が小沢一郎と会う約束があるからと言って去って行ったという記述を見るにつけ、過去に河村を「グループの事務局長」にしたという菅直人ともども、現在河村に接近している小沢一郎とは何者なのかという疑問が頭を離れない。私には、菅直人も小沢一郎も五十歩百歩の大衆迎合政治家にしか見えない。

また、菅や小沢と比較しても、さらに小粒な政治家たちとしか思えない松下政経塾出身の政治家たちは、同塾で「無税国家」の理念をたたき込まれているとのことだ。前東京都杉並区長の山田宏は、現実に杉並区で「無税国家」に向けての実験を行っていた。山田は、毎年一定の予算額を積み立てし、その利子で区民税を削減した上で、最終的(といっても何十年も先)には区民税をなくすという壮大な計画を実行に移していたが、幸い現区長はこれを反故にした。しかし、今度は名古屋市が馬鹿げた実験に舵を切ろうとしている。

当ブログの河村たかし批判エントリは、環境・エネルギー政策を取り上げた記事ほど酷くはないが、かなりの不人気だ。しかも、環境・エネルギー問題の場合、読者の反感を買うまでには至っていないが、河村批判記事は反感も買っているのではないかと思う。ブログ主は公務員を信用しすぎだと思っている読者は多くおられることだろう。

「官から民へ」(私はこれを「公から私へ」と言い換えるべきだと思う)や「小さな政府」の幻想は、それほどまでにも根強いのだろう。一部高級官僚の度外れた悪行が反感を買うのは当然だと思うが、それが一般の公務員にまで適用されるのは理にかなっていない。

いったい民間企業では、企業経営層による理不尽な不正義は行われていないのだろうか。そんなことはあるまい。民間企業の中でも、電力会社やガス会社などのインフラ系企業は、他の製造業と比較して、世界金融危機以降の賃金低下が極めて少ないが、人々の怒りが電力会社に向いているという話はほとんど聞かない。現実に経団連や電力総連を通して自民党や民主党に圧力をかけ、日本の「グリーンニューディール政策」推進を妨害しているのは電力会社なのだが、そんなことを指摘する人間はごく少数派である。

さて、当エントリの後半は唐突なようだが陰謀論批判である。「公から私へ」「小さな政府」論者と陰謀論者がかなりの重なりを見せるように私は思う。これを書きながら私が念頭に置いているのは、前回の記事でも取り上げた副島隆彦や中田安彦である。「ティーパーティー」、「片山さつき」、「副島一派」をキーワードにした前回エントリは、ストレートに河村たかしを批判したエントリと比較してもさらに不人気だったが、小室直樹の弟子を自称する副島隆彦の妄言には目に余るものがある。

直近の例でいうと、私は「小沢信者」の一人が、小沢一郎に「起訴相当」の議決を出した検察委員会のメンバー11人は統一協会のメンバーだったという陰謀論を根拠も示さずに垂れ流していたことを発見したが、言い出しっぺは誰か、ネット検索で調べてみると、案の定副島隆彦だった。副島は、自身が運営する「気軽にではなく重たい気持ちで書く掲示板」に自ら投稿した102番の記事「私たちの小沢一郎と小沢派国民2千万人の反撃がこれから始まる。」に、下記のように書いた。

 この吉田繁實(引用者註:検察審査会で審査補助員を務めた弁護士)や、検察審査会員に選ばれた者たちは、統一教会という恐ろしい宗教政治団体のメンバーだろう。そして、この統一教会が検察庁や警察庁の幹部たちの中にまでたくさん潜り込んでいる。英語名では、Moonist  (ムーニスト)という。現職のアメリカの国務省の国務次官補のひとりまでいる、潜り込んでいるおそろしい集団である。 あの日本で言えば「(拓大(たくだい)右翼、国士舘(こくしかん)右翼の元締め」のようであるディック・チェーニー副大統領(当時)が、「なに。アベ(安倍晋三首相のこと)は、ムーニストか。だったら、オレはイヤだから、会わない」と、この男でさえ、避けたのだ。そういう連中だ。


なんと副島隆彦は審査補助員と検察審査員を、何の根拠もなく統一協会のメンバーと決めつけている。安倍晋三の悪口を書いて左派のご機嫌を取っているが、安倍晋三とて統一協会系の大会に祝電を送るなど、統一協会との関係が取り沙汰される人間ではあるが(安倍の統一協会への祝電事件は、当ブログ開設直後の主要なテーマでもあった)、安倍晋三とて統一協会のメンバーではあるまい。単に祖父の岸信介から韓国関係の利権を引き継いだだけだろう。

ましてや勝手に検察審査員を統一協会のメンバーと決めつけるなど言語道断である。当ブログで「副島隆彦」を検索語にしてブログ内検索をかけていただければわかるが、当ブログが副島隆彦に言及したエントリは、当エントリで8件目で、いずれも今年(2010年)の記事だが、過去副島隆彦など眼中になかった私の視界に副島が入ってきたのは、いうまでもなく植草一秀と共著を出版したことによる。副島は、中川昭一の「もうろう会見」や過度の飲酒癖がたたったと思われる急死についても陰謀論を展開するような輩であり、当ブログで副島の言説を肯定的に取り上げたことは、もちろん一度もない。

これまで当ブログは植草一秀を陰謀論者の代名詞のように書いてきたが、ブログ開設から副島との共著を出すまでの間は、植草が陰謀論を展開したことによって得た金はほとんどなかったはずだ。しかし副島は違う。ずっと前から陰謀論で飯を食ってきた人間である。そんな副島に、ブログを書くことによって一銭の対価も得ていない人間が迎合する筋合いなど何もない。だから私は、いくら不人気でも副島の陰謀論を徹底的に叩き続ける。

ところが、そんな副島隆彦の陰謀論の火に油を注ぐ政治家がいる。田中康夫である。

私は、2007年の東京都知事選で、石原慎太郎を倒すべく田中康夫の立候補を期待していた人間だが、石原に勝てると露ほども考えていなかったであろう田中は、立候補するどころか極右の櫻井よしことテレビ番組(テレビ朝日の『サンデープロジェクト』)で石原慎太郎のみならず、対立候補の浅野史郎氏を揶揄する雑談を繰り広げていたのに私は激怒し、それ以来、田中に評価すべき点「も」あることは認めながら、田中に対してネガティブになった。当ブログの2007年6月6日付記事は、「反 『新党日本』 宣言 ? 『田中康夫』 『有田芳生』 を落選させよう!」と題している。この記事は、現在ではほとんど参照されないが(実際たいした記事でもないが)、公開当時にはかなりのアクセスを集めた。

残念ながら現在では田中康夫も有田ヨシフも国会議員になってしまった。田中の盟友・有田芳生は、統一協会ウォッチャーとのことだが、安倍晋三の祝電事件当時、週刊誌に登場しては安倍晋三を弁護し、懸命に火消しをしていたいかがわしい人物である。田中自身も、統一協会と関係があるとされる民主党参院議員の室井邦彦と親密であり、この件についてはかつて私自身が「だからといって田中康夫自身が統一協会と関係があるとはいえない」と田中を弁護して批判を浴びたことがあるが、田中自身にも胡散くささはある。

さらに田中康夫は、「国籍法」改正に反対し、平沼赳夫や城内実と共同歩調をとった。最近では田中は外国人参政権や選択的夫婦別姓にも反対しているのではないかとの情報もあるが、真偽は確認できていない。2005年に田中が小林興起らと「新党日本」を結成した時、私は「田中ってこんな右翼だったのか」と思ったものだが、田中は年々右傾化の度合いを強めているように見える。ちなみに小林興起も浪人時代にリチャード・コシミズを頼ったこともある陰謀論体質の政治家だ。

以上延々と田中康夫の悪口を書いたが、その田中康夫が最近垂れ流したのが、「検察審査員の平均年齢が30.9歳だったことは、統計学という『科学』を超越した、長寿国家ニッポンらしからぬ摩訶不思議な年齢構成比だ」という陰謀論である。田中はこれを『日刊ゲンダイ』という小沢信者御用達のイエローペーパーに発表したが、ネットでも参照できる(下記URL)。
http://news.livedoor.com/article/detail/5056359/

田中はここで「平均年齢出現の確率は100万分の7」という、週刊誌が書いた記事を盲信したものと思われるが、この計算は70歳以上の人は検察審査員を辞退できることを無視しているなど、信用できる推定とはいえず、仮に70歳以上を除外すれば確率は0.1%、つまり勝率5割のプロ野球・ヤクルトスワローズが10連勝する程度の確率になるらしい。今年、ヤクルトが10連勝を記録していることを覚えておられるプロ野球ファンの方もおられるだろう。

さらに、検察審査員の平均年齢は実は33.91歳だったという訂正が後になされており、その場合さらにありふれた事象となる。この時になされた説明も、算術計算で辻褄が合わないらしいが、お役所が審査員の平均年齢を低く発表して得られるメリットは何もない。お役所の仕事があまりにずさんで、何重ものミスを犯したとしか考えられない。

田中康夫自身ではないが、この件に関して若者に対する差別的言辞を弄した小沢信者もいた。彼らの正体を露呈したというべきだろう。

さすがに田中はそこまで酷くはないが、それでも「審査員は護られ、裁判員は晒される」というタイトル自体が問題含みだ。田中が「審査員同様、裁判員も守れ」と言いたいのなら、私は反対しない。しかし、田中の文章からそのような含意を読み取ることはできない。田中は、「裁判員同様、審査員も晒せ」と言っていると解釈するのが自然だ。

副島隆彦が「検察審査委員の11人は統一協会のメンバーだ」などというデマをばらまく現状で、審査員の実名を晒したりしたらどうなるか。彼らの社会生活は支障を来すだろう。審査員を提訴せよ、などと息巻く小沢信者もいるし、最悪狂信的な小沢信者に暗殺されかねない。

どう控えめに評価したところで、田中康夫は副島隆彦らの陰謀論の火に油を注ぐ軽佻浮薄な文章を書いたと言わざるを得ないだろう。恣意的に若者を選んだという印象を読者に与える田中の文章自体が、陰謀論以外のなにものでもないと当ブログは主張する。

とにかく私は、副島隆彦や田中康夫が垂れ流す陰謀論に心底怒っている。こんなものに影響されては日本はますますダメになる一方だ。


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昨日(7日)の「政治番組」でも、「小沢一郎問題」がメインで取り上げられたが、私はもはや集中して番組を見ることはできなかった。この件に関して政治がなすべきことは、「企業・団体献金の全面禁止」と「取り調べの可視化」、この2件をスピーディーに法制化することだ。

ところが、またしても民主党が怪しい動きを見せているようだ。昨日トラックバックいただいた『たかしズム「ネトウヨ、バカウヨ、ネット右翼、恥さらし、売国奴、日本の恥」を語るための、たかしのブログ』は、上記サンプロに出演した郷原信郎氏の発言を引いて、下記のように書いている。

今朝(2月7日)のサンデープロジェクトがだんぜん面白かった。特に郷原信郎氏の発言が気に入った、彼はこう言ったのだ。自身の不起訴決定後に行なった記者会見での小沢氏の「不起訴は公平公正な検察当局の捜査の結果として受け止めている。」という発言は、問題である、一度は「到底容認できない。断固として信念を通し闘っていく決意だ」などと言っておきながら、自分ひとり不起訴になった途端に前言撤回するというのでは、検察と裏で「取引」したと勘ぐられても仕方がないだろう、というものであった。その直後、例によって田原総一朗が「郷原さんは小沢さんの味方だと思っていたが違うの?」などと、クダラナイ茶々を入れていたのは言うまでもない。

(『たかしズム「ネトウヨ、バカウヨ、ネット右翼、恥さらし、売国奴、日本の恥」を語るための、たかしのブログ』 2010年2月7日付エントリ「小沢問題についてもう少し」より)


実は番組を見ながらあらぬことを考えていたので、郷原氏のこの発言も聞き落としていたのだが、そんなことを言っていたとは私にも意外だった。

前回のエントリで、昨年の衆院選前に、毎日新聞のアンケート(「えらぼーと」)に対して、「取り調べの可視化」に反対する、と回答した現職衆議院議員の一覧を示したが、もちろんそこに示した面々以外は全員賛成しているのだから、「取り調べの可視化」を早く法制化せよ、というのが私の言いたいことだ。そこで、賛成すると答えた自民党、他の保守系政党(みんなの党、国民新党、新党大地、新党日本)及び自民党系無所属の賛成者を下記に示す。

自民党(53人) 武部勤(北海道12)、金田勝年(秋田2)、小野寺五典(宮城6)、遠藤利明(山形1)、加藤紘一(山形3)、吉野正芳(福島3)、額賀福志郎(茨城2)、梶山弘志(茨城4)、小渕優子(群馬5)、柴山昌彦(埼玉8)、松野博一(千葉3)、斎藤健(千葉7)、浜田靖一(千葉12)、平将明(東京4)、石原伸晃(東京8)、菅原一秀(東京9)、井上信治(東京25)、松本純(神奈川1)、菅義偉(神奈川2)、長勢甚遠(富山1)、馳浩(石川1)、塩谷立(静岡8)、野田聖子(岐阜1)、古屋圭司(岐阜5)、田村憲久(三重4)、三ツ矢憲生(三重5)、伊吹文明(京都1)、二階俊博(和歌山3)、谷畑孝(大阪14)、竹本直一(大阪15)、細田博之(島根1)、竹下亘(島根2)、逢沢一郎(岡山1)、岸田文雄(広島1)、中川秀直(広島4)、河村建夫(山口3)、山口俊一(徳島2)、大野功統(香川3)、塩崎恭久(愛媛1)、山本公一(愛媛4)、福井照(高知1)、中谷元(高知2)、山本有二(高知3)、古賀誠(福岡7)、今村雅弘(佐賀2)、谷川弥一(長崎3)、衛藤征士郎(大分2)、坂本哲志(熊本3)、江藤拓(宮崎2)、徳田毅(鹿児島2)、秋葉賢也(比例東北)、長島忠美(比例北陸・信越)、野田毅(比例九州・沖縄)

みんなの党(4人) 渡辺喜美(栃木3)、柿沢未途(東京15)、浅尾慶一郎(神奈川4)、山内康一(比例北関東)

国民新党(2人) 松下忠洋(鹿児島3)、下地幹郎(沖縄1)

新党大地(1人) 鈴木宗男(比例北海道)

新党日本(1人) 田中康夫(兵庫8)

自民党系無所属(3人) 中村喜四郎(茨城7)、小泉龍司(埼玉11)、平沼赳夫(岡山3)


無所属では、他に民主党系無所属の川口博(秋田2、「民主党・無所属クラブ」)が賛成している。

全衆院議員が賛成している共産党・社民党及び衆院議員の大部分が賛成している民主党・公明党については賛成者リストをわざわざ作成する必要はあるまい。もちろん平野博文も渡部恒三も取り調べの全面可視化に賛成している。昨年の総選挙では、有権者は彼らの主張を検討して候補者を選んだのである。「えらぼーと」で「賛成」と答えた国会議員たちには、取り調べの全面可視化を速やかに法制化するよう努力することが求められるのは当然だ。でっち上げとしか考えられない捜査によって逮捕され、二審では贈収賄額が0円と認定されたにもかかわらず有罪判決自体は覆らなかった佐藤栄佐久・福島県前知事(この裁判で佐藤氏の弁護人を務めているのが宗像紀夫氏である)が書いたブログ記事(前編後編)を読めば、たいていの国会議員だって身につまされるだろうし、それでも取り調べの完全可視化に反対する政治家たちとはいったいどういう人たちだろうと、私は疑念を抱かずにはいられない。

ところで、『村野瀬玲奈の秘書課広報室』にも好意的にご紹介いただいたエントリ「小沢一郎を乗り越えるべきは東京地検特捜部ではなく国民だ」で書いたように、私は小沢一郎は乗り越えなければならない政治家だと考えている。いや、5月に68歳を迎える小沢一郎だって、自らが抱えている矛盾を自覚しているのではないか。だから、昨年、「西松事件」で大久保隆規秘書が逮捕され、いわゆる「小沢信者」たちが「企業献金を受け取って何が悪い」などと信じられない開き直りを見せていたさなかに、自ら「企業・団体献金の全面禁止」を言い出したのではないだろうか。これを、自分を乗り越えよと小沢一郎自身が言っていると解釈するのは、あまりに小沢一郎に好意的な見方だと言われるかもしれないが、小沢一郎の主張自体は、(たとえ「お前が言うな」と言いたくなるとは言っても)決して間違ってはいない。これまた何度も書くけれども、この不意打ちを食った町村信孝がテレビの政治番組で逆上していたさまは、今思い出しても笑える。同時に、立場を失った小沢信者たちにも笑えたのだが、彼らは全く反省の色を見せず、性懲りもなく「小沢不起訴はゆうちょ銀行の資金を米国債で運用することでアメリカとバーター取引したものではないか」などと書く始末だ。大部分が日本国際で運用されている郵貯資金の運用先を、そっくり米国債でリプレイスするといわんばかりのこんな非常識な陰謀論には、彼らの師匠・植草一秀も与しないから、この手の陰謀論は城内実ブログのコメント欄のような、反米兼反小沢一郎の右側の人たちが集まる場所でぶすぶす燻るにとどまっている。

上記リンク先の城内実ブログには、たとえばこんなコメントがある。

西郷 2010/02/5 18:59:59

■最悪!小沢、米要人との会見後、一転して不起訴!
どうやらカラクリが明らかになりましたね。
最悪です…。

ゆうちょ銀の資金、米国債で運用も 亀井大臣が見解
http://www.asahi.com/business/update/0204/TKY201002030498.html

郵政『米』営化に戻りました。
小沢は同じ朝鮮人小泉と一緒の方向にシフトしました。


なんとも醜悪きわまりないコメントだが、ひところ、「リベラル・左派」系のブログの間で流行した「右も左もない」というトレンドの行きつく先は、こういう連中との「共闘」だったことを指摘しておかなければならない。小泉純一郎が推進した新自由主義の政治も、小沢一郎が引きずる経世会の金権体質も、ともに乗り越えなければならないと私も思うけれども、小泉批判にせよ小沢批判にせよ筋の通ったものでなければならず、「小泉は朝鮮人だ」、「小沢も朝鮮人だ」などと認定して憎悪の炎をかき立てるようなレイシストたちと共闘なんかしてはならないことは当然だ。

何かあると、すぐに「アメリカの陰謀」だとか「ユダヤの陰謀」だなどと認定する陰謀論は、ずっと反体制に慣れてきた一部トンデモ左翼の心をとらえるのだろうが、不毛だ。現在、政治権力が民主党にあることは措くにしても、権力に対峙する場合、権力が陰謀を弄しうるハンデ戦を強いられるのは当然だ。だから陰謀論に傾きたがる心理は理解できないでもないが、陰謀仮説がドグマと化して仮説への批判を受けつけない姿勢になると、それは容易に全体主義、ファシズムにつながる。かなりの数のリベラル・左派ブログが、上記のようなレイシズム剥き出しのコメントがブログに頻繁に掲載される城内実に理解を示す姿勢をとってきたことは、それらリベラル・左派ブログが容易に全体主義、ファシズムに協力する体質を持っていることのあらわれだと私は考えている。

幸い、今回「X氏」とやらが提供したガセネタに引っかかって馬脚を現した城内実から、これまで彼に理解を示していた多くのリベラル・左派のネットワーカーが去っていったが、それは単に城内がヘタを打ったからに過ぎず、ネットワーカーたちの体質は何も変わっていないのではないか。そう悲観的に思う。

そもそも陰謀論に傾きやすいのは、相手がとてつもない力を持った強大な存在だから仕方がない、という現状追認の姿勢の反映なのではないか。リアルの政治家たちは、さすがにそんな陰謀論には与しないと思うが、強大なアメリカに逆らっても仕方がない、というあきらめ思考の持ち主は多いのではないか。特に岡田克也、前原誠司、北澤俊美、平野博文といった人たちから私はあきらめの思考を感じる。石橋湛山のように、アメリカに向かって言いたいことの言える政治家は現在日本の民主党と自民党には存在せず、辛うじて小沢一郎が、かつて自民党幹事長時代にアメリカに追従ばかりしていた前歴があるとはいえ、現在は対米隷従を前提としない思考をしているように見える。私は昨年、「小沢一郎でなきゃアメリカに対抗できない」と叫ぶ小沢信者たちをさんざん批判したが、昨年来の民主党首脳の言動を見ていると、小沢が睨みを利かしていなければ、今頃普天間基地問題はとっくに辺野古への移設が決まっていたのではないかと思える。岡田克也を見よ、前原誠司を見よ、北澤俊美を見よ、平野博文を見よ。報道される彼らの言動に接すると、何をそんなに卑屈にしてるんだ、とイライラが募る。それでいて沖縄に対しては高圧的な態度をとるから余計に腹が立つ。これではまるで藤子・F・不二雄の漫画『ドラえもん』に出てくるスネ夫ではないか。そう言いたくなるほど民主党の政治家たちはふがいない。もちろん、自民党は民主党の小心者たちが回帰しようとしている政策をとる集団だから論外だ。残念ながら、小沢一郎は日本の政治にとっていまだに必要悪なのではないかと思えるが、最初に書いたように小沢一郎を乗り越えなければ日本の政治は前進できないという基本的な認識は変わらない。リベラルの側から小沢一郎を乗り越える政治家が出てこなければならないし、そういう政治家を育てていかなければならない。ただ、その道のりがはるかなものであることを痛感する。

それでも、陰謀論や無力感に別れを告げて、前向きに進もうではありませんか皆さん。そう言いたい。


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すっかり4日に1度の更新になってしまっているが、明日からはまた3連休なので、次の更新も4日後になるかもしれない。

その数少ないエントリで、直近のエントリの話題を蒸し返すことは、前々回のエントリでもやったばかりだが、今回もやる。沖縄の米軍基地問題などで鳩山由紀夫首相の姿勢が早くもぶれたり、経済政策で怪しげなところが見えてくるなど、新政権を批判すべき材料も出てきたが、それらは次回以降に回して、前回のエントリで書いた中川昭一死去の件について補足したい。

他のブログで見たのだが、ネット右翼たちは「中川さんは民主党に殺された」などと言って怒り狂っているらしい。それは勝手に言わせておけばよいのだが、反自公を掲げてきた旧「政権交代」ブログの間に、中川昭一はアメリカに反対したから死に追い込まれたのだ、という陰謀論を展開するところが目立ち、いったい何を言っているのかと呆れてしまう。

そのような陰謀論を書かなかったブログには、当該ブログの管理人を批判するコメントが多数寄せられている。当ブログのように、普段から陰謀論を批判しているブログには、ネット右翼が唾を吐きかけにくるくらいで、陰謀論者たちからの邪推コメントはほとんどこないが、普段は陰謀論に親和的なブログに対しては、「中川昭一は謀殺されたと考えろ」と言わんばかりのある種の同調圧力が働いているかのようだ。もちろん、この同調圧力はごくローカルなものであって、ネット空間のごく一部でしか通用しない。ネット右翼もネット左翼も陰謀論を唱えるが、謀殺した主体がネット右翼の主張では民主党、ネット左翼の主張ではアメリカであるところだけが違うだけで、思考回路は同じである。それこそ、「『右』も『左』もない、オレは『陰謀論者』や」、といったところだろう。

海外のメディアは、中川昭一の「もうろう会見」を蒸し返して、恥をさらした政治家が遺体で発見された、という伝え方をしているようだが、これがごく普通の報道というべきだろう。政治家が死ぬと同時に美化されて批判が許されない空気ができるあたりに、戦争責任を全く反省せず、戦後十数年にしてA級戦犯容疑者だった岸信介が首相になることのできた日本の病巣を見る思いだ。中川昭一の名前を引き合いに出す時には、少なくともイラク戦争の時の自己責任発言、NHKの番組改変問題、それに「もうろう会見」の3件は必ず踏まえておくべきである。

中川の最晩年の話題としては、自らのブログで「マスゴミ」だの「鳩左ブレー」といったネット右翼のスラングを用いて、思考回路がネット右翼と何ら変わらないことを露呈したことも思い出される。もうこの頃には政治家としてすっかりダメになっていたのだろう。本当なら、「もうろう会見」の時に単に財務大臣だけではなくて議員辞職すべきだったし、そもそもこんな男を財務大臣なんかにしてはならなかったのだ。世襲というだけで重用されることがなければ、早過ぎる死に追い込まれることもなかっただろう。一般人だったら、アル中の人間はまずアル中から立ち直って、社会復帰を目指すのが普通だ。ところが、自民党の世襲政治家は、「朝から酒臭い」と財務官僚にいわれても横柄な態度を通し、「将来の総理総裁候補」などといわれる。まあエリツィンなどの例もあり、酒癖の悪い政治家がのさばる例は外国にも見られるのだが、ニュースでも中川が醜態をさらしている部分がカットされてまともにしゃべっているかのように報道されていたのが、海外メディアの報道で初めて酔った醜態が晒されたというのは、日本のメディアの恥だろう。「もうろう会見」のあと、中川が普段の記者会見などでもしばしば同様の醜態をさらしていたことが暴露された。普段からマスコミが中川をきっちり批判しておけば良かったのだが、権勢を誇った小泉内閣時代に、中川が安倍晋三とタッグを組んでNHKの番組を改変させた横暴に逆らえなかったマスコミは、本来ジャーナリズムに求められる役割を何一つ果たせなかったのである。そのマスコミが、中川が死んだら人間像を美化する。「恥を知れ」とはマスコミに向けて発せられるべき言葉だろう。

ネット右翼とネット左翼の好む「陰謀論」については、自信のない人たちが持ち出すものだと考えるべきだ。衆議院の議席が4割になってしまった自民党を支持するネット右翼から見たら、民主党はとても強大で歯が立たないように思える。だから「民主党が中川を謀殺した」などという陰謀論が生まれる。ネット左翼にとっては、これまで同様、アメリカの強大さへの劣等感が強いから、アメリカによる謀殺説が生まれる。しかし、そのアメリカでは80年代には自国に都合の悪いことが起きると、「日本の陰謀だ」とする陰謀論が盛んに論じられたそうだ。

現実には、アメリカは新自由主義政策によって金融業は栄えたが、工業技術などでは日本に一日の長がある。たとえば、今後電気自動車の技術の中核となると予想されているリチウムイオン電池は、日本発の技術であり、日本が世界をリードしている。この技術には、安全性の確保という極めて大きな課題があるから、日本政府は国策としてこの技術に注力すべきだと思う。ところが、現実にこれを国策としようとしているのはアメリカの方である。これまでの日本は、民間の技術の優位性を、無能な政府が見殺しにしてきた。小泉内閣時代の2005年に太陽光発電設備の国の導入補助金を打ち切ったのは愚策の最たるものであり、ことほどさように「小さな政府」などというのは百害あって一利なしのしろものである。河野太郎はこれを自民党の旗印にしようと主張して総裁選を戦って敗れたが、勝った谷垣禎一にしても総裁選の論戦で「民主党は大きな政府を目指しておられる」などと言っていたから、「小さな政府」論者であることに違いはない。民主党政府がどこまで「小さな政府」路線から脱却しようとしているかは、本当は疑わしいのだが、少なくとも自民党が論外であることだけは間違いない。谷垣は、中川昭一の通夜で、「国士」などという言葉を用いて中川をたたえていたが、このように政治思想的に右派に配慮しているだけではなく、「小さな政府」路線から今なお脱却できない、つまり小泉純一郎の政治からいまだに脱却できていないことを指摘しておきたい。

財務官僚主導に傾きがちな経済政策や、沖縄の米軍基地問題などで信用できない姿勢を示す鳩山内閣だが、鳩山首相が「温室効果ガスの1990年比25%削減」を国連で明言して国際的に歓迎されたことは評価すべきだろう。もちろん、電力総連や経団連の圧力を受けて、民主党政府が原発推進に大きく舵を切るであろうことは警戒すべきだが、政府が高い目標を掲げることが、技術立国日本の再建につながると期待される。「電子立国 日本の自叙伝」と題したNHKスペシャルが評判を呼んだのは1991年のことだった。当時は、中曽根内閣(1982?87年)以来の新自由主義政策が日本を蝕み始めていたとはいえ、それまでの蓄積によって日本の国力がピークに達していた。しかし、その後の政治、特に橋本龍太郎と小泉純一郎の悪政が日本をぶっ壊したのである。

日本再興の道は遠いが、一歩一歩歩み続けなければならないし、そのためには無用な「陰謀論」の誘惑に負けてはならないと思う。


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中川昭一の「もうろう会見」引責辞任に伴って、ネットでは左右から「陰謀論」が巻き起こり、私は連日それを批判しているわけだが、当ブログのコメント欄では私の陰謀論批判を批判する意見の方が多く、また「陰謀論はなぜダメなのか」を説明しないといけないのかと思った。気の重い作業だが、一応トライしてみる。

もっとも最近、私が陰謀論がダメな理由について説明したのは、昨年11月3日の『kojitakenの日記』のエントリ「陰謀論はなぜダメなのか」である。

これにも書いたように、私に限らず、「陰謀論」批判者は、陰謀の存在そのものを否定しているのではない。陰謀が行われているのではないかと考えるのは、仮説を立てるということである。そして、仮説に過ぎないことを疑ったり批判をすることを許さないドグマ(教義)にしてしまう論法を、私は「陰謀論」と言っているのだ。ただ単に陰謀の存在を仮定して疑うことについては、何も言っていない。ドグマに反する意見を表明すると、「そんなことを言う人間は、○○の手先なのではないか」などと言い出すのが「陰謀論者」の論法なのである。

昨年11月3日というと、田母神俊雄の「論文」(笑)が世間を騒がせていた頃だ。同じ日の『kojitakenの日記』のエントリ「できそこないの陰謀史観に満ちあふれた田母神俊雄論文のお粗末」にも書いたように、田母神はさんざんコミンテルン陰謀論を展開したあげく、

日本ではいま文化大革命が進行中なのではないか。

などと捨てゼリフを吐いている。私は、

このような反知性的な論文を発表して「文革2008」を推進しているのは、ほかならぬ田母神俊雄である。「お前が言うな」と言いたい。

と書いた。

陰謀論が危険なのは、それを煽動に使う人たちが出てくるところである。昨年11月8日付エントリ「田母神俊雄、渡部昇一、元谷外志雄、佐藤優らに呆れる日々」は、当ブログの人気エントリの1つだが、そこにも書いたように、佐藤優はアパグループ会長・元谷外志雄が展開する陰謀論を絶賛している。そこには政治的な思惑があるのではないかと私は疑っている。これは、私の「陰謀仮説」である。

この佐藤優は、岩波書店が大々的に売り出した論客であるが、その本質は明らかに右翼である。ブログの世界でも(岩波の『世界』でだけではなく)、「右も左もない」などとする論者に人気があり、当ブログはすぐに右翼だの左翼だのと人を色分けしたがるとして評判が悪い(笑)。しかし、たとえば「右も左もない、オレは下や」というのは、政治経済の2次元空間において、経済軸における位置のみが重要で、政治思想軸上の位置はどうでも良いと言っているに等しく、私にはとうてい首肯できない。最近になってようやく、『世界』編集部に佐藤優との関係を見直す動きがあると耳にしたが、時既に遅しで、佐藤優はもうずいぶん「左」側に食い込んだ。わけのわからない佐藤の「護憲論」を絶賛しているブログもあった、ってそれは例の「右も左もない」とこだっけ(笑)。

最近感じるのは、実体は「右」の人たちがリベラル・左派にすり寄って、「左」側に影響を及ぼそうとしていることだ。当ブログにも、在阪準キー局が放送している右翼報道バラエティ番組で青山繁晴が何やらしゃべっている動画にリンクを張ったネット右翼のブログのエントリを紹介するコメントを寄せて、それについてコメント欄で議論していたり、小沢一郎首班の次期内閣の防衛大臣が田母神俊雄だとか拉致問題担当大臣が佐藤優だのと、まるで管理人である私に喧嘩を売っているのではないかと思う不愉快なコメントを寄こす人たちが後を絶たない。特に昨日(24日)は不快だった。青山繁晴は、勝谷誠彦と並んで電波芸者の中でも私がもっとも嫌う人間の一人だし、ぼやきなんとかというブログも、滅多に見ないけれどもこれまた私がもっとも嫌うブログの一つである。

実際には、次期防衛大臣は浅尾慶一郎だろうし(浅尾も問題が多い男だが)、田母神など間違っても入閣などするはずがない。田母神が入閣したと同時に、一瞬にして内閣支持率は今の麻生内閣をも下回ってしまうだろう。森田敬一郎氏が書いているように、

「内橋克人財政経済担当大臣」「財政経済諮問会議の民間委員の一人は神野直彦氏」

のような社民主義志向であるなら、当ブログはもろ手を挙げて歓迎する。田母神や佐藤優などは、平沼赳夫や城内実などが中心となる「真正保守」(笑)の政治勢力を結集させて、そこの「影の内閣」の閣僚に入れておけば十分だ。そんな政治勢力と「共闘」する必要などさらさらないと私は考えている。

当ブログはそういうスタンスであるから、佐藤優や田母神俊雄などを持ち上げるコメントはできるだけ投稿しないでほしい。彼らを歓迎するブログなどいくらでもあるのだから、そちらに投稿した方が効果的ではないかと思う今日この頃である。


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昨日(23日)放送された政治お笑い番組『TVタックル』などを見ていると、やはり中川昭一が酩酊状態で記者会見に臨むのは常態だったようだ。もはや、どんなに隠蔽しようとしても真実は明らかだ。

中川(酒)と麻布高校の同窓生である官僚がソムリエの資格を持っているとかいって、だから中川に酒を飲ませた官僚が悪いと責任転嫁するむきもあるが、常識的に考えて、G7などの大仕事の場で酩酊状態で会議および会見に臨む人間は、民間企業だったら解雇されてしまうだろう。中川(酒)の醜態に弁護の余地などない。

ロシアの故エリツィン大統領は、中川(酒)の上をいく酒乱だったが、それがなぜ許されたかというと最高権力者だったからだ。そして、1993?94年の一時期を除いて、戦後半世紀以上も続いてきた自民党政権も、いつしか世襲政治家の王国と化した。一昨年、堺屋太一が当時の安倍晋三内閣の弱点を「ベルサイユ化」にあると評したが(2007年8月18日付当ブログエントリ「「ベルサイユのバカ」と化したアベシンゾー」参照)、その指摘は福田康夫にも麻生太郎にも、そして中川昭一にも当てはまる。今の自民党は「ベルサイユのバカ」だらけだと言っても過言ではない。中川(酒)は、ベルサイユ宮殿の住人だったから、これまで酒の上の粗相が許されてきたのだが、いまやフランス革命前夜にもなぞらえても良いくらい社会が混乱している。だから、これまで許されてきたことが許されなくなってきたのだ。

それにしても、毎日新聞が11%、日本テレビが9.7%の内閣支持率を出したというのに、麻生太郎首相はなお意気軒昂だ。止せばいいのに、オバマに会いに行く。死に体内閣の総理大臣が、どうせ尻拭いは次の政権がやるからと、無理な注文にほいほい同意してまた国益を損ねるのではないかとしか思えないのだが、麻生はどこ吹く風である。

今朝(24日)の朝日新聞に、テレビでおなじみの星浩編集委員がコラムを書いているが、麻生首相の意識と民意に隔たりがあり、麻生は、やれ中国の胡錦濤と会談した時外務省の用意した文書など読まずに自分の意見を述べただの、世界は「外交の麻生」を評価しているだのと言っているらしいが、国民の不信感との乖離は大きく、政権の破局は遠くないだろうとのことだ。

星浩の言うことは、年明け早々国会で政局になるだろうと予想して外すなど、あまりあてにはならないが、麻生が自己の力を過信しているとの評価には同意する。『TVタックル』でも誰だったか同じことを言っていた。それもこれも、麻生の周りにいるのが、政権運営に行き詰って簡単に政権を投げ出す前職および元職の総理大臣や、アル中で酔っ払って記者会見をするのが当たり前の財務大臣だとか、そんなやつばかりだから、自分が偉く思えるのだろう。

そして、そんな政治家たちを甘やかしてきたというより癒着してきたのが新聞記者たちである。読売新聞の越前谷知子は、いったい何をしにローマに行ったのか。なぜ読売新聞は、ウェブのコンテンツから越前谷記者に関する記述を消したのか。また、朝日新聞の曽我豪は、麻生太郎が昨年の『文藝春秋』11月号に寄せた手記を書いたと言われているが、それは本当か。本当なら、なぜそんなことをしたのか。新聞社は麻生内閣支持率を調査するが、新聞社の支持率も調査してみるが良い。おそらく、どの新聞社も麻生内閣をさらに下回るような支持率しか得られないはずだ。ただ、自紙の読者に調査対象を限れば、産経新聞の支持率だけは高率になるだろうけれど。あれは『聖教新聞』と同じようなもので、産経イデオロギーの信者が読む新聞だ。

そして、ネットに蔓延する陰謀論、やれ官僚と読売新聞が「愛国者」たる中川昭一や麻生太郎を陥れたのだとするネット右翼や、いやそうではない、「ユダヤ金融権力」のしわざだとする一部左翼の陰謀論も、とどのつまりは中川昭一や麻生太郎ら腐敗した政治家たちを利するものでしかない。陰謀論について私が言いたいことは、2007年12月23日付エントリ「ネットに横行する「トンデモ」や「陰謀論」を批判する」に書いたとおりであって、それに付け加えるものは何もない。「水からの伝言」は誰にでもわかるインチキだし、アメリカの気象兵器だか地震兵器だかが新潟県の大地震を引き起こした、などと言っても信用する人などd誰もいないが、官僚と読売新聞の記者が中川昭一を陥れようとした、などと言われると信用する人が多いことには驚くばかりだ。

そこまでして、日本の腐敗した政治家たちを甘やかしたいのか。彼らが日本の経済や社会をどん底に突き落とすのに手を貸したいのか。私は怒りを抑えることができない。


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当ブログの一昨日(11月11日)付エントリ「田母神俊雄「論文」事件は文民統制以前の問題だ」において私は、田母神俊雄のアパ懸賞論文の一件は「文民統制」以前に、田母神が稚拙な陰謀史観に基づく妄想に満ちた歴史観を開陳したことが問題だ、1978年に「超法規発言」で物議をかもした栗栖弘臣は、そんな馬鹿な発言はしておらず、今回の件は「文民統制」以前の問題だと主張した。

これに対し、「こころ」さんから下記のようなコメントをいただいた。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-780.html#comment4419

どうなんでしょう。まさに「文民統制以前」の問題なのでは?文民統制のもとにあって、公務員はもとより軍人ともなればその思想信条にも統制がかかるという考え方はありうると思いますが、こうして思想信条に強い枠をはめるやり方は、一たび間違うとまったく危険な方向に行きかねない議論ではないでしょうか。なによりいかなる思想をもっていようとも客観的に法律の範囲を逸脱しないような、文民による統制が必要ということだと思います。

栗栖発言は当時の法律に存在しない有事の概念のもと自衛隊を独自に動かすことを宣言したという点でまさに文民統制そのものに触れ、はるかに重大な気がしますけど。珍妙な歴史観を雑誌に発表する程度ならまだましでしょう。(後略)

(「こころ」さんのコメントより)


私はこの意見には反対だ。田母神発言の問題は、陰謀史観に基づくトンデモな歴史認識に市民権を獲得させようとした極右の試みであって、毎日新聞記事も、纐纈厚(こうけつ あつし)・山口大教授の見解を引きながら

これまで波紋を呼んだ制服組幹部の発言というのは、法制上の問題点に関してのものがほとんどで、歴史認識を直截(ちょくせつ)的に論じたのは今回が初めて

と書いている。この纐纈厚や毎日新聞記者・遠藤拓の危機感を私は共有する。

「こころ」さんは、しばしば当ブログにコメントを頂く方だが、自民党内の「旧保守」の支持者とお見受けする。私は民主党を中心とする野党が仮に「共闘」するとしたらその相手は「旧保守」であって、中川秀直らの新自由主義者のグループや、「HANAの会」(麻生太郎、中川昭一、安倍晋三、それに無所属の平沼赳夫)などの国家主義者のグループではないと考えているので、その点では「こころ」さんと意見が一致するが、「こころ」さんは自民党支持者らしく右寄りの歴史認識の浸透に対して甘いところがあるのではないかと考える。

なお、「こころ」さんへの注文だが、当ブログにコメントする際に毎回毎回HNを変えるのは止めていただきたい。前回は確か「にだりんこ」だったし、その前には「舐島」というHNだった。私にはどのコメントがあなたによるものかがわかるが、ブログの読者にはわからない。せめてHNを統一して、フェアな議論をお願いしたい。

なお、前記毎日新聞の記事には、纐纈厚のほか、石破茂と秦郁彦の、いずれも田母神論文に否定的な見解が掲載されている。このうち左派は纐纈厚だけで、石破茂は自民党の「カイカク系」の(世襲)政治家だし、秦郁彦は『諸君!』を主な舞台にする歴史家で、「つくる会」のメンバーにして、従軍慰安婦問題を教科書から削除せよと主張するゴリゴリの右派である。その秦郁彦までもが、11日付の朝日新聞(ウェブでは読めないようだ)と上記毎日新聞で田母神論文を徹底的に批判しているのだ。

参院で行われた田母神の参考人招致について、秦は上記毎日新聞記事で、

 マンガ的な低レベルのやりとりで不快でした。肝心の国防について、『これでは国を守れないから困る』といった注文が出ているわけでもない。戦争を巡るコミンテルン陰謀説は、徳川埋蔵金があるとかないとかいったレベルの話です。懸賞論文で最優秀賞を取ったのが不思議でならない。

とコメントしている。また、11日付朝日新聞記事では秦は、「日本はルーズベルトの罠にはまり真珠湾攻撃を決行した」とする田母神の主張を、

 これも、バージョンを変えて繰り返し出てくる「ルーズベルト陰謀説」の一種だ。ルーズベルト大統領は日本側の第一撃を誘うため真珠湾攻撃を事前に察知していたのに現地軍に知らせなかった、という筋書きのものが多い。こうした話はミステリー小節のたぐいで、学問的には全く相手にされていない。

とあっさり退けている。コミンテルン陰謀説についても、最近産経新聞が躍起になって広めようとしている「張作霖爆殺コミンテルン陰謀説」を、

「極めて有力になってきている」などと田母神論文は書くが、歴史学の世界では、問題にされていない説だ。張作霖爆殺事件が関東軍の仕業であることは、首謀者の河本大作はじめ関係者が犯行を認めた。このため田中義一内閣が倒れ、「昭和天皇独白録」でも、「事件の首謀者は河本大作大佐である」と断定されている。他にもコミンテルン謀略説が論文に出てくるが、根拠となる確かな裏付け資料があいまいで、実証性に乏しい俗論に過ぎない。

とコテンパンに批判している。

当ブログは、昨年12月23日付エントリ「ネットに横行する「トンデモ」や「陰謀論」を批判する」を公開して以来、一貫して陰謀論批判を行ってきているが、陰謀論の最悪の例が今回の田母神「論文」だといえるだろう。秦郁彦の例に見られるように、右派であってもまともな言論人であれば、田母神俊雄の陰謀論など一顧だにしない。

リベラル・左派のブログの間でも、今年1月から8か月間も続いたに始まって今も続いている「水からの伝言」騒動があり、今試しに検索語「水伝」でGoogle検索をかけると、「他のキーワード」として、「たんぽぽ 水伝」「らんきー 水伝」が現れたのを見て吹き出してしまった。論争の端緒となった2つのブログ名の一部が、「水伝」と組み合わせた検索語としてよく検索されている、それくらい一部では有名になった論争だが、当ブログも「たんぽぽ」側に立って論陣を張ったので他人事ではない。

当初擬似科学批判の問題からスタートした論戦だが、泥沼化していくうちに、「逝きし世の面影」なるトンデモ陰謀論ブログが参戦し、勝手な思い込みに基づいて、「らんきー」側のブログを「極左」、「たんぽぽ」側のブログを「解同」(部落解放同盟)と決めつけるぶっ飛んだエントリを公開したことがあった。実は、「逝きし世の面影」こそ「極左」と評するにふさわしいブログであり、「らんきー」側のブログは「極左」ではないし、「たんぽぽ」側のブログも「解同」などではない。

その「逝きし世の面影」が、またしても「陰謀論が嫌いな人の心理」なるトンデモエントリを上げてきて、

陰謀論という言葉は 昔はほとんど使っていなかった。

今まではユダヤ陰謀論なんていう風に、極々限定的に笑い話や居酒屋談義で使われるぐらいで政治論議で『陰謀論』なんてあやしげた言葉は普通のマトモな大人は使いません。

今のように頻繁に使われだしたのはごく最近の風潮です。しかもネット空間だけの現象でしょう。

今でも対面した討論なら『懐疑論』なら使えるが『陰謀論』なんて言葉は恥ずかしくて使えません。

などと主張しているが、朝日新聞や毎日新聞という大手マスコミに載った秦郁彦の言説がもののみごとな反例になっており、「逝きし世の面影」管理人(旧HN・布引洋)の主張は簡単に否定されてしまうのである。田母神俊雄や布引洋の妄論は、「陰謀論」がいかにダメかを示す絶好の例になっている。

ちょっと脱線しすぎたが、田母神俊雄の「論文」の話に戻る。毎日新聞の記事でもっとも注目すべきは、やはり纐纈厚の指摘である。以下引用する。

それだけに、纐纈さんの危機感はぬぐえない。

 「論文後段は、いつまでも米国の従属軍的な立場でなく、自律的な立場を取り戻さねばという趣旨で書かれています。戦前の日本を縛った『アジア・モンロー主義』とも重なる。アジアで日本が単独覇権を握るため、米英に依存せず、自前の軍装備や資源供給地を確保しなければならないという考え方で、政財界にも広がり戦争への道を切り開く一因となった。今の制服組にもそうした欲求があるのかもと思うとぞっとします」

 田母神論文には秘められた狙いがある、とも言う。

 「国会でもメディアでも、彼はとにかく自説を説きたいんですよ。批判も多いが、共感もあると踏んでいる。いずれ自衛隊内外から『よくやった』との反応もあるでしょう。推測の域を出ないが、これは彼の単独プレーでは片付けられない気がしますね」

(毎日新聞 2008年11月12日 東京夕刊より)


私には、「田母神論文に秘められた狙い」は、昨今台頭してきている民族派系反米右翼の主張と響き合うものがあるように思う。反米右翼の人たちの名前を挙げると、政治家では平沼赳夫、西村真悟、城内実、橋下徹ら。文化人では関岡英之、佐藤優、西部邁ら。そして、芸能関係その他では勝谷誠彦や小林よしのりら、といったところだろう。従来、親米右翼の代表格だった安倍晋三も、本音では反米右翼だろうし、実際、最近の右派論壇誌において、安倍はその反米右翼としての本性を現し始めている。

彼らのうち、佐藤優に代表されるように、リベラル・左派にもアピールするものを持っている人たちが、辺見庸の表現を借りれば、「革新づらをして」左側にも支持を広げる。これこそが、日本が再び戦争への道を歩み始める時ではないか。そして、それはもう始まっている。

前記毎日新聞の記事は、

 田母神論文の書かれた2008年を、後世の歴史家はどう位置づけるだろう。今のこの国に“いつか来た道”の再現を拒む力は残っているか。問いは田母神氏ではなく、私たちに突きつけられている。

と結ばれている。少し前なら私にさえ「陳腐な左翼的表現」と思えた「いつか来た道」という言葉に、いまやリアリティを感じるようになった。もはや、「鵺(ぬえ)のような全体主義」という曖昧な表現の段階から「国家社会主義」へと一歩を踏み出しつつある。そんな危機感を覚える今日この頃である。


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洞爺湖サミットで、福田首相はまずまずの評価を得たようだが、支持率回復にはつながらなかった。

それもそうだろうな、と思う。ブログをやっていてさまざまな話題を取り上げていると、話題によってアクセス数やコメント・トラックバック、それに「拍手」や「はてなブックマーク」の数が変わる。

環境問題を取り上げたエントリは概ね反応が少なかった。読者の関心が低いことがうかがわれる。だから、福田内閣の支持率がサミット前後でほとんど変わらなかったことには、さもありなんという感じだ。

このように、「最後の自民党政権」ともいわれる福田内閣の支持率は低空飛行を続けているのだが、それにもかかわらず、「リベ平(リベラル・平和系)ブログに風が吹いていない」という声が聞かれる。多くのブログでは、アクセス数が減少傾向にあるようだ。

当ブログも例外ではない。5月と6月はいずれも前の月よりアクセス数が減少したが、2か月連続で前月よりアクセス数が減ったのはブログ開設以来初めてだ。しかも、7月に入ってもアクセス数減少傾向は続いており、3か月連続の減少になる可能性もある。

4月から5月にかけては、映画『靖国 YASUKUNI』に稲田朋美が圧力をかけた件があり、一般公開が憲法記念日にずれ込み、大きな話題となった。実は当ブログ管理人は連休を利用して上京し、一般公開初日にこの映画を見たのだった(映画評は5月19日付5月20日付で公開)。

4月末には衆院の山口2区補選があり、当初民主党の平岡秀夫の苦戦がいわれていたが、4月15日から運用が開始された後期高齢者医療制度が自民党を直撃し、補選は平岡氏の圧勝に終わった

この頃が、リベラル・左派系ブログに追い風が吹いていた時期だ。その後はむしろ逆風が吹いている。

アメリカが北朝鮮のテロ支援国家指定解除を打ち出すと、これに反発する右翼の声が目立つようになり、リベラル・左派系とされる人たちの中にもこれに同調する人たちが少なくない。加藤紘一の発言が袋叩きにされ、加藤が釈明を余儀なくされたりもした。

民主党の支持率も、じわじわと下がっている。暫定税率の問題も、ブログでは不人気な話題だった。もともと当ブログは民主党がこの問題にご執心だったことを好まず、あまりこの件を取り上げなかったが、たまに取り上げても反応は鈍かった。この問題を熱心に扱っていたブロガーも、この件はあまりアクセスを集めないと言っていた。

ブログにアクセスを集めたのは、先にも書いたが後期高齢者医療制度であり、映画『靖国』問題だった。国民は、経済政策においては社会保障の充実を求め、政治思想的にも平和を求める傾向が強まってきているように思う。つまり、本来なら「リベラル・左派」にもっと風が吹いてもおかしくない状況なのだ。

しかし、現状は必ずしもそうではない。それは、野党第一党である民主党が徐々に右を向き始めていることと関係はないのか。そんな疑念が頭をもたげる。

たとえば、『日本がアブナイ!』は、加藤紘一が民主党の政策を批判するコメントを発したことを残念がっているが、民主党は自民党のリベラル勢力よりも、極右の平沼赳夫一派の方に色よい反応を示したりしている。

これは、小沢一郎の指向性と関係すると思われ、私にとっては面白くない話だが、どういうわけかリベラル・平和系とされるブログで、もちろん共産党系や社民党系は別だが、これを問題視するブログは驚くほど少ない。前記『日本がアブナイ!』が平沼赳夫を「安倍っち仲間」と揶揄しているのが目立つほか、『「猫の教室」 平和のために小さな声を集めよう』『フンニャロメ日記』 が平沼一派に対してネガティブなスタンスをとるが、「左右共闘」を是とするブログの方が主流だ。

そして、「左右共闘」を容認するブログに共通する傾向として、陰謀論や疑似科学に親和性が高いことがあげられる。特にひどいのがそういった左派系ブログと提携している右派民族主義系ブログで、そのうちの代表的なものを見ると、陰謀論で有名なベンジャミン・フルフォードや、「ユダヤ陰謀論」を公言するレイシストであるリチャード・コシミズ、それに城内実のオフィシャルページへのリンクが張られている。

リチャード・コシミズというと「ユダヤ陰謀論」を教義、もとい党是とする「独立党」の党首だが、現在同党はひどい内紛を起こしており、当ブログにTBいただいた『たんぽぽのなみだ?運営日誌』がこれを取り上げている。この記事を読むと、コシミズなる人間がまともな神経を持っているとは思えず、こんなカルト集団のブログにリンクを張るようでは、かつて統一協会系の大会に祝電を送った安倍晋三を笑えない、というより安倍と親密な平沼赳夫一派と親和性が高いのもわかろうというものだ。

私には、『日本がアブナイ!』のような感覚が健全で、某『神○の○』のような感覚は異常としか思えないのだが、著名な学者や元外交官がそちらになびけば、それに簡単につき従ってしまうブログ言論は、それこそ「アブナイ!」としか言いようがない。

頭が痛いことに、これから国政にかかわろうという人たちや、これまで国政について報道してきたジャーナリストまで、そんな傾向に流されているように見える。彼らに影響力を持っている人たちには、何とかしてよ、とお願いしたいところなのだが、なかなかそうもいかないのだろうか。

頭痛の種が尽きない今日この頃だ。


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3日のエントリとも関連するが、今年のゴールデンウィークで目立ったのは「日本国憲法の復権」だった。

このところ、憲法記念日というと読売新聞が「新憲法試案」をぶち上げたりして、一昨年くらいまでは世論調査でも年々改憲を是とする意見が増えていたのだが、今年は三大紙を比較しても、朝日、毎日が社説を一本に絞って憲法を論じていたのに対し、読売は通常と同じ二本立てで、「憲法記念日 論議を休止してはならない」というタイトルの気の抜けたような社説を掲載した。そこには、例年のような憲法改定に向けたナベツネの執念が感じられず、拍子抜けした。

朝日は憲法9条改定反対が66%にのぼったという自社の世論調査を紹介し、毎日は名古屋高裁がイラク戦争での航空自衛隊の活動を違憲とした判決を強調した。その上で、両紙とも憲法第25条に規定された生存権の問題および憲法第21条に規定された表現の自由の問題を論じた。毎日新聞は、特別編集委員を務めている岸井成格が論説委員長在任時に、社論を「護憲」から「論憲」へと転換したそうだが、今年の社説は「論憲」というより「護憲」の印象が強い。これは、議論の分かれる9条よりも、議論の余地のほとんどない21条や25条に力点を置いた社説だからだろう。朝日も同じ論法を用いていて、
 むろん、政界再編などを通じて、9条改憲が再浮上する可能性は否定できない。ただ、今の世の中の流れをみる限りでは、一本調子の改憲論、とりわけ自衛隊を軍にすべきだといった主張が訴求力を失うのはあたり前なのかもしれない。
という表現で、9条改定反対論としては、どことなく歯切れが悪い。

とはいえ、朝日・毎日両紙の社説は基本的にはよく書けていて、日本国憲法の復権を印象づけるものだ。さらに特筆すべきは、映画 『靖国』 が憲法記念日の3日から一般に公開されたことで、稲田朋美や有村治子らによる「表現の自由」への容喙(ようかい)によって公開が遅れたものの、彼らの妄動がかえって映画を宣伝する効果を生み、映画館は連日満席が続いている。この映画には、他ならぬ稲田朋美の映像も出てくるそうだ。

4日から6日まで、幕張メッセで「9条世界会議」も開催された。こちらも盛況だったようだ。

だが、ちょっと気になることもあった。「9条世界会議」に「9・11陰謀論」で知られるきくちゆみ氏が映画の上映とトークをやったという情報だ。
http://d.hatena.ne.jp/good2nd/20080504/1209918455

さすがにこの「映画とトーク」では「9・11陰謀論」はやらなかったと思うが、「9・11陰謀論」を唱える人の困ったところは、その思い込みの強さだ。よく陰謀論を批判すると、「世間にはあまたの陰謀があるし、特に政治の世界に陰謀はつきものだ。陰謀論批判は、権力の陰謀を疑う態度に「陰謀論」というレッテルを貼ることによって思考を停止することだ」という反論を受ける。だが、「9・11陰謀論者」の言説は、権力(米政府)の陰謀を「疑う」という「科学的な」ものなどではなく、「9・11テロは米政府による自作自演である」と決めつけ、懐疑論者や反対論者に対して、「そんなに躍起になって陰謀説を否定するのは、明るみに出たら困ることがあるからではないか」などと言うことを特徴とする、独善的かつ被害妄想に満ちた頑ななものだ。「水からの伝言」騒動でも、陰謀論者たちは、「水伝」批判派は「9.11陰謀論」批判派と顔ぶれが重なる、と主張し、あげくの果てに「9.11の真相が明るみに出たら困ることがあるのではないか」という彼らの決まり文句が出てきたのには、心底うんざりさせられた。

上記リンク先のgood2ndさんの記事が指摘するように、護憲運動に「9.11陰謀論」が絡みついてくることは、護憲運動の普遍性を損ね、主張が幅広く受け入れられるのを阻むマイナスの効果しか持たないと私も思う。「9条ネット」の天木直人氏も昨年、「9.11陰謀論者」にして悪名高いレイシストであるリチャード・コシミズなる人物と講演会で親しく話したと知って、愕然としたものだ。

朝日新聞の世論調査で、「9条改定」に反対する意見が66%に達したことからもわかるように、憲法9条自体には十分すぎるほどの普遍性がある。しかし、それを世界に向けて発信しようとする催しに、普遍性をはなはだしく損ねるものが混入していては、せっかく盛り上がり始めた「日本国憲法の復権」に水を差さないか。それを懸念する。


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ブログ言論の何がいけないといって、それが全世界に向けて発信しているインターネットに乗っているものであるにもかかわらず、妙に閉鎖的で、「トンデモ」や「陰謀論」が横行することだ。これは、ネット右翼系、リベラル・平和系を問わない傾向だ。

本論はリベラル・平和系ブログに横行する陰謀論やトンデモへの批判だが、最初にネット右翼系のトンデモの例を挙げておくと、今夏の参院選にも出馬した某有名ブログの管理人が、「ナノ食品」なる怪しげな商売をやっているとの情報がある。
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20070906

「極右」を自称しながらこんなことをやっている者を叩くのは簡単だが、当ブログは、より性質が悪いのは、「筋の通らない味方」であると考える。

最近、「トラックバックピープル・自民党」や同種のTBPに、疑似科学の範疇に属するエントリが多くトラックバックされ、それが私を苛立たせる。代表的な例が「9・11自作自演説」で、最近はこの説を当然の前提とした議論を展開するブログが続出しているありさまだ。

当ブログにトラックバックいただいた 「たんぽぽのなみだ?運営日誌」 に紹介されている 「アルバイシンの丘」 で展開されている 「9・11自作自演説」 をめぐるコメントツリーはすさまじいものだ。これに当ブログが参戦するつもりはないが(エネルギーを消耗するだけなので)、代わりにいくつかの馬鹿げたトンデモを紹介しておこう。

一つは、ケムトレイルというやつ。いちいち説明するのもバカバカしいので、下記ブログ記事をご参照いただきたい。
http://cp.rdy.jp/2007/02/post_692.html

また、アメリカで行われている高周波活性オーロラ調査プログラム(HAARP)を気象兵器だとか地震兵器だとか騒いでいる人たちもいる。これも、鬱陶しいので 「HAARP 気象兵器」 を検索語にしてネット検索してみてください、というにとどめておく。こんな記事ばかり公開しているブログが「Google八分」に遭っていると騒いでいるが、単にあまりにバカバカしいので、そんなものを検索したり、トンデモ記事を読もうとする人などほとんどいないだけの話である。そんなサイトを相手にしていられるほど権力側もヒマじゃない。

こういう陰謀論大好きのブログを 「気づいて」 くださいとばかりに好意的に紹介していた軽率なブログがあった。管理人に悪意は全くないとは思うが、結果的に世間に害毒を垂れ流していると当ブログは考えるので、影響されかかっている方がおられるなら、再考を促したい。

そういえば、「水からの伝言」 というのも、中学生にも見抜ける程度のどうしようもないトンデモである。

これは、氷の結晶を作る際に「ありがとう」や「平和」など「よい言葉」をかけると美しい雪花状の結晶ができ、「ばかやろう」や「戦争」など「悪い言葉」をかけると汚い結晶ができると主張しする本が、写真つきで出版され、20万部のベストセラーになったというものである。言葉のかけ方は「紙に言葉を書いて、水を入れたビンに貼る(この際、水から「見える」ように文字の書かれた面を内側にして貼る)」あるいは「水のはいったビンに向かって声をかける」などである。また、水を入れたビンに「音楽を聴かせる」と音楽の種類によって結晶形が変わると主張されている。このトンデモを信じかけた方がおられるなら、下記の記事(たいへん良い記事だと思う)をよくお読みいただきたい。
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/fs/

なお、この件については、水の入ったビンに "Shine!" と書いた紙を貼ったらどうなるか、と指摘した人がいて、これには大笑いしてしまった。英語では「輝け!」という意味だし、2ちゃんねる用語だと「氏ね!」という意味になるからだ(笑)。

以上は主に疑似科学の話で、ことに最後のものは陰謀論とも関係ない単なる笑い話だが、人文・社会科学の領域に属する事項についても、陰謀論やトンデモは後を絶たない、というより自然科学に関係するもののように誰にでも分かるトンデモの否定を行うことが容易ではないので、陰謀論は百花繚乱の観を呈している。

たとえば、アメリカがグローバリズムを日本に押し付けようとしてきたことは紛れもない事実だと思うし、それがアメリカの国益にかなうという動機に発していることも議論の余地はないと思うが、何でもかんでも「アメリカの陰謀」に結びつけてしまうのは危険な傾向だと思う。この傾向は、関岡英之の著書を金科玉条のようにありがたがっている人たちに特に顕著で、「反郵政民営化原理主義」あるいは「反年次改革要望書原理主義」とでも称するべきものであると私は考えている。何度も書くように、そこでは関岡英之の立てた仮説が「ドグマ」(教義)と化してしまっている。関岡の指摘自体は評価に値すると思うのだが、それが教条主義化してしまっているのが残念なところである。竹中平蔵はアメリカのエージェントなんかではなく、単なるアメリカかぶれの四流経済学者であり、われわれはアメリカの脅威におびえるより、竹中ごときにダマされる日本人の民度の低さを、それこそどげんかせんといかんと思う。

いずれにせよ、当ブログは新自由主義とも闘うが、「トンデモ」や「陰謀論」とも闘わなければならないと思う。「トンデモ」や「陰謀論」はポピュリズムに乗りやすい俗論の代表的なものであり、ポピュリズムはファシズムへの道を開くものであると当ブログは考えるからである。

[追記] (2008.2.29)
当エントリにコメントされる方は、下記URLの記事をよくお読みください。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-575.html


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