http://www.cyzo.com/2008/06/post_606.html
上記『サイゾー』の見出しは、「リベラルはもう受けない!?」などとなっているが、『論座』がそもそもリベラルといえるかどうか私は疑問に思っている。別に薬師寺克行編集長が改憲派だと明言しているから、というわけではなく、方向性がはっきりしない雑誌だという印象があった。
その『論座』がここ数年で注目されたことというと、一昨年2月号に掲載された、靖国神社問題に関する読売新聞の渡邉恒雄会長・主筆と朝日新聞の若宮啓文論説主幹(当時)との対談記事と、昨年1月号に掲載されて一大センセーションを巻き起こした赤木智弘の「「丸山真男」をひっぱたきたい:31歳フリーター。 希望は、戦争。」だろう。
ナベツネと若宮氏の対談に先立って、読売新聞は靖国神社への総理大臣の公式参拝に対する社論を、それまでの肯定的な立場から否定的な立場へと転換した。そのことからも話題になった対談で、普段発行部数の少ない『論座』はこの号はよく売れて購入できなかった。しかし、のち朝日新聞社からこの時の対談をまとめた本が出版され、これを購入して読んだ。当ブログは、一昨年7月19日付のエントリ「ナベツネと靖国と安倍晋三と(その2)」でこの本を紹介したが、その翌日、日経新聞が「富田メモ」をスクープしたのにはビックル一気飲みだった。私は、あの日経のスクープにもナベツネが一枚噛んでいたのではないかと今でも思っている。
「「丸山真男」をひっぱたきたい」の載った号も買えなかった、というか、これが話題になっていると知ったのはしばらく遅れてからだった。その後、この論文をフォローした特集の載った号などは購入したのだが。
赤木智弘を発掘した『論座』の休刊がささやかれる中、かもがわ出版から「超左翼マガジン」と銘打った『ロスジェネ』が創刊され、「右と左は手を結べるか」と題した特集を組んでいる。
私はこれを知ったのもずいぶん遅く、東京に出張した時に書店で目にしてはじめて知った。私の住む地方都市では見かけたことがなかったので、急ぎ購入した次第だ。
当ブログは最近、「極右とリベラル・左派の提携」を批判する論陣を張っている。だから、この特集は見逃せなかった。雑誌には赤木智弘と浅尾大輔の対談が出ていたり、元反米右翼で現在では「左翼」と目されている雨宮処凛の記事も出ている。
だが、私はまだそれらを読んでいない。このエントリを書き上げたあと読み始めると思うが、それまでに独断と偏見を書いておくことにする。
かつては自民党を左から割った新自由クラブと社会党を右から割った社会民主連合(当初は社会市民連合)が国会で共同会派を組むなど、右と左のうち「真ん中に近い勢力」が手を組むのが当たり前だった。世間一般からは評判の悪い1994年の「自社さ」政権もその試みだった。
しかし、この「真ん中」たちはいかんせん、格差拡大や貧困に鈍感なのだ。それは、一昨年の総裁選で安倍晋三や麻生太郎と自民党総裁選を争った谷垣禎一が、今熱心な消費税増税論者であることに象徴される。猛烈な勢いで貧困に直面する国民が増えている現在、消費税増税を唱えるなど愚の骨頂。国民生活は徹底的に破壊されてしまう。だが、ことに自民党の「リベラル」たちはいたって鈍感だ。
むしろ、過激な新自由主義をとって企業減税を行ない、消費税は当面上げないとする「上げ潮派」の方がさしあたっては害が少ないくらいだ。ただし、新自由主義は基本的に産業、特に製造業にダメージを与えるものなので、彼らの期待したほどの税収は上がらず、それでも彼らはドグマに従って法人税や所得税の増税は行わない。だから、いずれ必ず消費税の大増税がある。「増税派」との違いは、消費税増税の時期が早いか遅いかだけである。
そんなワケで、自民党で「リベラル」とされる谷垣らにしても、中川秀直ら新自由主義勢力にしても、ともにその経済政策はろくなものではない。それに対して、自民党から弾き出された民族主義的右派の人たち(平沼赳夫や城内実ら)は、郵政解散・総選挙後は「反米」に傾いており、それが従来からの「反中」「反韓」「反北朝鮮」と相俟っているのだが、その経済政策は比較的「弱者救済」に傾いている。城内実が特に顕著な例だが、彼のオフィシャルページを見ると、市場原理主義に反対し、社会保障の充実を訴え、食料自給率の向上を求めている。まことにもっともな主張で、社民党の政治家かと見紛うばかりだ。その城内は、外交・安全保障問題に関しては強烈なタカ派で、歴史認識について問題大ありの発言をしており、下記ブログ記事でも痛烈に批判されている。
http://d.hatena.ne.jp/hagakurekakugo/20071202/p1
だが、現在の日本のひどい状況は、それこそ「国民の生活が第一」であって、いくら外交・安全保障政策がマイルドなハト派でも、国民生活を顧慮しない谷垣禎一のような政治家は支持されなくて当たり前なのだ。「左」側はともかく、「右」側のリベラルは、お公家様の宏池会系政治家がその中心にいるせいか、格差・貧困問題に対して鈍感すぎる。だから、平沼赳夫一派のような「極右」が増長するのだ。
平沼ら「極右」は、「反米」「反中」「反韓」「反北朝鮮」を唱えて日本を孤立化させ、それはおのずと軍事力を強化せざるを得ない方向へと向かって、結局彼らの政策によっては、城内実の唱えるような社会保障の充実などできっこないと私は考えているのだが、「保守リベラル」が格差問題に鈍感すぎる現状はいかんともしがたい。
「保守リベラル」の方々には、「一刻も早く目を覚まして現実を直視せよ」と言いたい。
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安倍辞任を受けて成立した福田康夫政権は、構造改革(新自由主義政策)の手直しをする必要に迫られたが、財界や構造改革遂行の圧力がそれを許さなかった。また、後期高齢者医療制度などは、小泉時代に強行採決で決定された制度であって、いまさら変えられなかった。それで、構造改革の痛みの手当てをしようとしているのだが、その財源として福田政権が考えているのが消費税率の引き上げだ。
渡辺氏は、竹中平蔵や中川秀直が唱える「上げ潮派」を急進改革路線、与謝野馨らが唱える「消費税増税派」を漸進改革路線派と位置づけている。これはよく納得できる議論なのだが、先日、当ブログがこの両派を「新自由主義陣営の路線論争に過ぎない」と主張した時、コメント欄で両者の食い違いは大きいとして、上げ潮派に肩入れされている方がおられた。てっきり、過激な新自由主義者かと思いきや、その方が「社民主義者」を自称されていると知って驚いたものだ。マスコミ報道に騙された典型例といえると思う。
福田政権は、いうまでもなく漸進改革派に傾いており、先日は福田首相自身が消費税率引き上げを言い出した。
改憲戦略でも、福田政権は立て直しを図り、安倍政権の性急な改憲路線によってひびの入った民主党との協調路線を再建しようとした。民主党の方も、保守政党としての制約があり、テロ特措法延長反対に対し、アメリカから猛烈な圧力がかかった。それに対して小沢一郎が持ち出したのが、『世界』2007年11月号に寄稿した「今こそ国際安全保障の原則確立を」という論文だった。これは、海外派兵恒久法のような法律を作って、国連のお墨付きがあれば自衛隊の海外派兵を容認するとするもので、発表当時大騒ぎになったことは記憶に新しい。この件は、昨年11月の福田康夫と小沢一郎の大連立協議でも議題になった。
さらに福田政権は、「九条の会」の右派版ともいうべき、改憲の国民運動を起こそうとしている。これには野党も巻き込もうとしており、新憲法制定議員同盟の新任顧問に、民主党の鳩山由紀夫と国民新党の亀井静香を加えた。
参院選の惨敗によって新自由主義改革と軍事大国化路線にブレーキがかかった自民党政権だが、戦略の成否の鍵を握るのが民主党だ。渡辺氏の記述を以下に引用する。
民主党は、98年以降明らかに保守二大政党制の一角を占める保守第二政党としての性格を強めてきた。ところが、2007年の参院選時には、民主党は明らかに保守政党の枠を踏み破って福祉国家的性格の濃厚な方針を提示し、構造改革や改憲に批判的な大衆の支持を獲得した。転換の直接の契機は小沢の選挙戦略であるが、その中身がかかるものになった背景には、改憲をめぐる運動の昂揚と構造改革の社会的結果の劇的顕在化があったことは明らかである。
(『世界』 2008年7月号掲載 渡辺治「新自由主義構造改革と改憲のゆくえ ポスト安倍政権の動向」より)
渡辺氏はさらに、民主党内には(左右)両極が存在するから、党がもとのように保守政党の枠に収まるか、保守政党からの逸脱を続けるかは、世論と運動の大きさに左右されると思われる、としている。
当面の課題として渡辺氏が挙げるのが、後期高齢者医療制度についての対案、自民党が突いてくる財源問題への対処と海外派兵恒久法である。
ここで民主党の帰趨は決まるし、昨年の参院選の結果を受けた現在を、改憲、新自由主義転換の分岐点にすることができるかどうかは、海外派兵恒久法や後期高齢者医療制度を葬り去ることができるかどうかにかかっている、という指摘で論文は結ばれている。
よく当ブログが民主党について書くと、あんな政党は自民党と同じで軍拡路線を目指す新自由主義政党だ、というコメントをいただく。だが、民主党は昨年の参院選で、福祉国家的政治を目指し、軍事大国化には反対する方向性を持った公約をした。その公約があったから、有権者は民主党に投票したのである。
いかに民主党内部に多数の軍拡論者や新自由主義者がいようが、昨夏の公約を民主党が果たすよう、国民が民主党に促し続けるしかない。経済政策で180度方向転換するような、よく言えば柔軟、悪く言えば無節操な政党だから、国民の声が民主党を動かすことは十分可能なはずだ。そう思ってブログを書いている今日この頃である。
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一般的に、民主党は保守政党だと位置づけられている。当ブログもその認識だ。「真の保守」をもって任ずる人たちの間には、「自民党と民主党は二大左翼政党だ」(つまり、「真の保守」は自分たちだ)と言う人もいるが、そりゃ極右から見ると自民党も民主党も「左」に見えるだろう。
ただ、歴史的には自民党の「保守本流」は修正資本主義をとった。1973年(昭和48年)を「福祉元年」と位置づけて、福祉国家指向の政策をとり始めていた。しかし、その頃から新自由主義が台頭してきた。チリでアジェンデ政権をクーデターで倒したピノチェト政権が世界ではじめて新自由主義をとったとされるが、このクーデターが起きたのが1973年の9月11日(!)だった。
自民党の政策に対して、新自由主義的な修正をかける動きはその頃から始まり、保守本流の大平正芳首相が「小さな政府」指向を打ち出したりもした。
おおむね自民党の一部と社会党の右側(ばかりではないが)が合流して作られた民主党は、本来なら自民党より左の位置づけになっておかしくなかったのだが、一時期まで自民党より過激な新自由主義政党だったのは、スタグフレーションに直面した資本主義の行き詰まりの解決策を、新自由主義的処方箋に求めるという時代の流れに乗ったためだった。
ところで、『世界』 7月号に、渡辺治氏(一橋大教授)による「新自由主義構造改革と改憲のゆくえ−ポスト安倍政権の動向」と題した論文が掲載されている。渡辺氏は左派の政治学者で、当ブログでも昨年9月26日付エントリ「渡辺治氏「新政権、本当の課題」(日経BP)より」で氏の論考を紹介したことがある。
『世界』の論文で、渡辺氏はまず昨年倒れた安倍内閣の性格を、軍事大国化と新自由主義改革という2つの課題を完成させる任務を帯びた政権だったと位置づける。安倍は憲法改定を公約し、衆参両院の多数を背景に改憲への道をひた走った。
しかし、その過程で安倍の改憲実行への障害が現れ始めた。渡辺氏は下記の3点を指摘している。
まず、国民投票法(渡辺氏は「改憲手続法」と記述しており、もちろんこの方が法案の実態に即している)を強行採決で通したことで民主党との協調が壊れた。これは民主党代表の小沢一郎が改憲手続法制定で賛成にまわる気配がなかったためとしている。次に、2004年6月にスタートした「九条の会」が各地で爆発的に増殖し、九条改憲に反対する世論が増えたことがあげられている。さらに、保守陣営の中からも、安倍の改憲強硬路線に反対する声があがったことが指摘されている。その保守派知識人として、立花隆や保阪正康の名前が挙がっているが、実際、立花隆が安倍晋三に対する強烈な批判を始めた時のインパクトは大きかった。当ブログも一昨年9月10日、「立花隆さんが安倍晋三に「宣戦布告」したぞ!」と興奮気味に伝えている。
一方で安倍は、小泉内閣の構造改革、つまり新自由主義改革を継承し、これを強行した。ここで渡辺氏は小泉政権が行った構造改革のためのシステム作りについて指摘している。まず、構造改革の執行単位を国から地方に降ろしたこと。もう一つは、民主党を保守政党として育成して保守二大政党制の確立を目指したことだとしている。
実際、コイズミは05年の総選挙直後に民主党代表に就任した前原誠司にエールを送り続けていた。ニセメール事件で苦境に立った前原の肩を、コイズミが大きく叩いて激励した光景は忘れられない。
しかし、小泉の構造改革は、日本社会の安定を支えてきた企業社会と地方を壊し、社会保障も縮減した。すでに欧州で実現されていた福祉国家とは異なり、企業の従業員抱え込みと地方への利益誘導をセーフティーネットとしていた日本においては、新自由主義政策をとることによって、貧困や格差の問題が劇的に顕在化したのである。
昨年の参院選で自民党は惨敗したが、その敗因について渡辺氏は、特に地方で顕著になった新自由主義への怒り、大都市部で見られた安倍の改憲路線への警戒、それに民主党の反構造改革党への変身の3点を挙げている。最後の点については、民主党は小沢一郎が代表になって、党の路線を180度転換したと評価している。特に渡辺氏が評価するのは地方に対する農家戸別所得補償政策の打ち出しで、まぎれもない福祉国家的政策だとしている。
先に、前原誠司が雑誌の座談会で小沢執行部を批判したのも、まさにこの政策についてであって、新自由主義者である前原にとっては、こんな政策は認められないのだろう。6月16日付エントリにも書いたように、当ブログは前原が民主党3議員から離党勧告を突きつけられたのは当然であると考えており、それに対して前原を擁護して前原こそ民主党のリーダーにふさわしいとする菅義偉や田原総一朗は、二大ネオリベ政党制を望むゴリゴリの新自由主義者であることを、世間に向けてあからさまに宣言しているというわけだ。
民主党は、軍事大国化に関しても、自衛隊のイラクからの撤退やテロ特措法延長反対を掲げ、改憲指向をむき出しにした安倍政権との対決姿勢を鮮明にし、構造改革に怒る地方票と大都市部の反改憲票を一気に民主党に吸収した、そう渡辺氏は指摘している。
さて、安倍はというと、新保守主義的政策を振り回そうとしたが、よりどころとなる共同体をコイズミがぶっ壊していたためそれもままならず、不本意な退陣に追い込まれた。国会で所信表明演説を行った翌日に辞意を表明するという前代未聞の醜態を演じた安倍は、それだけでも議員辞職に値すると私は思うのだが、優しい「リベラル・左派」の人たちは、その安倍と深いつながりのある人たちが民主党にすり寄ってくるのをはねつけるどころか、「反自公政権」で連携せよと言う。あの安倍を終わらせるための「AbEndキャンペーン」はいったい何だったのかと思ってしまうほどだ。
渡辺氏の論考は、このあとようやく副題にある「ポスト安倍政権の動向」へと進むが、長くなったので続きは明日のエントリに回したい。
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社会に多くの自殺者やワーキングプアと呼ばれる人びとを生み出したのは、「コイズミカイカク」という名の新自由主義政策だった。そういう認識を持つ人たちは徐々に増えてきたように思う。
だが、かつて、というよりついこの間まで国民が熱狂的に支持してきたコイズミに矛先が向いた言論は、まだまだ多くない。たとえば、6月20日の朝日新聞社説は、
と書いているけれど、新自由主義政策が「自殺の背景」となったことへの批判は、朝日の社説からはすっぽり抜け落ちている。死者30万人。東京の新宿区の住民がそっくり消えたのと同じだ。10年前、政府も対策に乗り出したはずなのに、なぜ効果が上がらないのか。
その大きな原因は、うつ病や職場のメンタルヘルスといった個人の精神疾患対策に偏っていたことだろう。
死を選ぶ直前は、心の病だったかもしれない。しかし、さかのぼれば、多重債務や過労、いじめといった社会的な要因があり、身体の病気から心のバランスを崩すことも多い。そうした自殺の背景に踏み込んでいなかった。
その点で、内閣府が昨年初めて作った自殺対策白書が興味深い。冒頭で「個人の問題ととらえていた」「遺族支援策がほとんどなかった」と率直に過去の政策の誤りを認めている。
政策を転換させたのは、人々の力だ。2年前、遺族やNGOが10万人署名を突きつけ、議員立法で自殺対策基本法ができた。10年遅れで政府はようやく総合的な対策にとりかかった。
昨年の参院選のあと、福田内閣が成立し、当初は自民党と民主党が「脱カイカク」を競うような動きを見せかかったことがあったけれど、その後新自由主義勢力が巻き返してきた。「緊縮財政派」(=増税派)と「上げ潮派」(=企業減税派)の対立など、そのどちらかの選択肢しかないかのような印象を国民に与える悪質なプロパガンダだ。すでに十分減税されて業績が改善された財界が、味をしめてさらなる減税を求める姿は、彼らのモラルの低下を感じさせる。国民が景気回復を実感できないのは、民間の給与所得が8年連続減少するなどして内需が拡大しておらず、外需頼みの好景気であるためで、なぜそうなっているかというと、再分配が十分行われていないからだと当ブログは考えるのだが、読売新聞や自民党はもちろんのこと、朝日新聞や民主党にしてもそれを強く主張することはなく、特に朝日新聞の最近の論調は、消費税増税論議をタブー視するな、というものだ。
消費税増税を言い出した福田首相に対し、民主党の鳩山幹事長は、消費税増税は必要ないと反論しているが、それでは、民主党が法人税増税や所得税の累進性強化など、経団連が喜ばない政策を打ち出せるのか。少なくとも現状の延長線上ではそんなことはできないだろう。「ムダを省いて」財源を捻出するのだ、と民主党は主張するだろうが、ムダの削減には限界がある。その先の財源確保になると、民主党には保守政党としての限界があるから、そのうちに「やっぱり消費税増税が必要だ」と言い出すのではないか。そういう疑念を私は持っている。
今後政権交代があった時の新政権にそんな動きをさせないため、あるいは外交・安全保障面で右寄りの軍拡路線に走らせないためには、それに歯止めをかける連立のパートナーが必要となる。経済政策では、ともに「経済左派」的政策を掲げる社民党と国民新党がその役割を担うべきであって、経済政策について何も語っていない平沼一派にその役を担わせることはできない。それに、極端な民族主義を主張し、反米かつ反中韓の傾向を持つ関岡英之をイデオローグの一人とする平沼一派には、日本を国際的に孤立させる危うさを私は感じる。何度も書くけれども、平沼一派が参加する政権に社民党の参加が可能だとは、私にはとうてい思えない。
いつもの癖で平沼一派批判になってしまい、またかと思われる方も多いだろうから、ここらへんでいくつかの記事を紹介しておこう。
まずは、前原誠司の民主党批判を高く評価した田原総一朗の妄論。
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/column/tahara/080619_64th/index.html
これは、田原にとっては、自民党と民主党が「二大新自由主義政党」として切磋琢磨する姿が理想であることをよく示す噴飯ものの記事だ。
次いで、前のエントリのコメント欄でフリスキーさんに教えていただいた佐藤優の記事。
http://www.business-i.jp/news/sato-page/rasputin/200801230005o.nwc
少し古い1月23日付の記事だが、『世界』や『週刊金曜日』には左派受けのするようなことを書く佐藤が、産経には
と本音を書いている。「AbEnd」を唱えた当ブログとしては、佐藤の言論を受け入れることはできない。筆者は、持病が完治することがなくても、安倍氏には、よき副総理候補とペアになって再び総理の座を狙ってほしいと思う。安倍氏の活動が日本に本格的な保守政治を根付かさせるために、これからも必要とされるからだ。
関岡英之に対する批判としては、右派論客の山崎行太郎氏による昨年11月の記事を紹介しておこう。
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20071103
関岡某のように、竹中らの背後に、「米国政府の意図や謀略」を読むのは深読みであり被害妄想的な陰謀論の一種に過ぎない。「奪われる日本」の被害者も加害者も日本国民である。米国や中国、あるいは北朝鮮を「悪役」に仕立てて、日本国民は悪くない…、日本国民に責任は無い…、悪いのは「●●」だ…というような国際謀略論が、保守論壇やネット右翼の間で、あたかも正論のごとく持て囃されている昨今だが、それこそ最近の日本国民の思想的劣化を象徴し、知的退廃を物語るものだろう。関岡某の「米国の対日要望書」犯人説に洗脳され、踊らされている保守論壇やネット右翼こそ思想的劣化の象徴そのものであり、まことに哀れというしかない。
(『毒蛇山荘日記』 2007年11月3日付より)
「陰謀論」の悪影響を受けた思想的劣化や知的退廃は、何も「保守論壇やネット右翼」に限らず、「リベラル・左派論壇やネット左翼」にも当てはまる、というより右側と比べても汚染はいっそうひどいように私には思える。
「奪われる日本」の被害者も加害者も日本国民である、という山崎氏の主張には私も賛成で、コイズミにせよ竹中にせよ、マスメディアが垂れ流す「コイズミ−竹中カイカク」礼賛に騙された日本国民が熱狂的に支持し、自滅への道を歩んだのだ。そこをきっちり総括せずして、日本の再生はないと思うのだが、先の戦争も総括できなかった日本国民にそれが可能かというと、悲観的にならざるを得ない今日この頃だ。
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「後期高齢者医療制度」は、世論の強い反発を受けている。テレビのニュース番組も連日トップで取り上げている。福田首相は、評判の悪いこの制度の通称を「長寿医療制度」に変更するよう舛添厚労相に指示し、その姑息さは世論やマスコミに総スカンを食った。
だが、この制度はコイズミ内閣末期の2006年6月16日に国会で強行採決されて成立したものだ。これは、コイズミ内閣時代最後の国会の閉会2日前のことである。奇しくも、この国会が閉会した2006年6月18日は、安倍晋三の総理大臣就任を阻止するための「AbEndキャンペーン」がスタートした日だ。コイズミの経済政策をそのまま引き継いだ上、憲法改定まで目指したトンでもない思想極右兼経済極右の安倍晋三の首相就任を阻止することはできなかったが、安倍は失政を重ねて就任わずか1年で政権の座を追われた。しかし、安倍退陣のあと首相に就任した福田康夫も、コイズミ「カイカク」の流れを止めることなど全然できやしない。今回の「後期高齢者医療制度」の件でも、コイズミが仕掛けた時限爆弾の炸裂に対し、何の手を打つこともできなかった。
ことここに至って、ようやくマスコミもコイズミをかばいきれなくなったのか、後期高齢者医療制度がコイズミ内閣時代の強行採決によってこの4月からの施行が決まったことを伝えるようになった。
3年前の郵政総選挙で、コイズミ率いる自民党にあそこまで圧勝させなければこんなことにはならなかったかもしれない。しかし、このところ後期高齢者医療制度への批判キャンペーンをずっと張っている「サンデー毎日」が先週号(4月20日号)の記事の副題にいみじくも "「ガソリン」に目を奪われるな!" と銘打ったように、昨年の参院選で「国民の生活が第一」と主張して圧勝した民主党もまた、社会保障の問題をおろそかにしてこなかったか。それを私は問いたい。
アメリカでは、大統領選の共和党候補が確定したマケイン氏が連邦ガソリン税を一時撤廃する案を発表した(下記は4月16日付朝日新聞記事)。
http://www.asahi.com/international/update/0416/TKY200804160044.html?ref=rss
一方、米民主党はこれを批判している。ガソリン減税はアメリカでは新自由主義色の強い共和党の政策だ。日本の民主党はガソリン減税にばかり熱心だが、鉄道やバスなどの公共交通の急速な衰退に対する危機感が薄すぎるのではないだろうか。「週刊東洋経済」の4月19日号は「鉄道革命 世界で大復権がはじまった!」という特集を組んでいるが、現在、ヨーロッパを中心に、モータリゼーションの本家本元・アメリカでさえ鉄道の見直しが進んでいる。ところが日本では、自民党も民主党もこの流れに逆行しているようにしか見えない。民主党は、自民党との違いを明確化することこそ政権奪取への道だと思うのだが、最近は再び新自由主義への接近が感じられるようになった。自民党と民主党が新自由主義の「カイカク」競争を再開したら、日本国民の絶望は深まるばかりだろう。
さすがに、後期高齢者医療制度の問題では、4野党は2月28日に廃止法案を衆院に提出しているし、自民党にさえ制度見直しの声があがって、平沢勝栄ら中堅議員が制度見直しの議連を今日(17日)にも発足させるというニュースが流れた。だが、自民党については、強行採決までしておきながら、いまさら何を、というのが正直な感想だ。民主党をはじめとする野党は、ガソリン税の問題なんかより、社会保障や年金の問題で自民党との違いを鮮明にすべきだろう。自民党は、コイズミ−安倍の新自由主義路線を総括して見直さない限り、これらの問題については国民への訴求力に関して野党に勝てないのだから。
テレビなどのマスコミは、医療制度では政府自民党の政策を批判しながら、一方では「福田首相がカイカクを後退させた」などといって、コイズミ復帰待望論を煽ったりしている。繰り返すが、後期高齢者医療制度を強行採決したのはコイズミ内閣時代の自民党だ。「サンデー毎日」が書くところの「史上最悪の国家犯罪」の主犯であるコイズミを持ち上げるなど言語道断。マスコミはどこまで面の皮が厚いのだろうかと呆れるばかりだ。
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台湾では、国民党が右派、民進党が左派と色分けされ、韓国に続いて右派が政権を奪回した形となったが、台湾においては右派の国民党が親中で、左派の民進党が独立指向で親日的だ。かつて長く独裁政治を行った国民党の蒋介石は外省人(大陸から台湾に渡来した人)で、台湾の軍隊もその流れをくんで外省人が多い。外省人は国民の15%に過ぎず、台湾に独立の機運が高まることを警戒している。だから台湾の軍隊は中国よりも独立運動の方を警戒している。だから、台湾では右翼が親中、リベラルが反中の傾向がある。また、アメリカも台湾の独立を警戒しており、独立運動に対して露骨な内政干渉をしているくらいだ。ブッシュが大統領に就任した2001年には、一時台湾重視に舵を切ったこともあったが、現在ではとっくに中国重視に戻っている。だから、今回の総統選は、中国にとってもアメリカにとっても都合の良い結果になったのだ。単純に親米と反中反韓だけを鸚鵡返ししていればよいと思っているネット右翼は、このあたりの込み入った状況を理解しようとすべきだと思う。
だが、前のエントリで書いた通り、今回民進党が敗れたのは、陳水扁政権が新自由主義の経済政策をとった結果、台湾社会の格差が拡大し、それが嫌われたからだ。昨年の韓国、今年の台湾と、左派・リベラルの政権が新自由主義が仇となって敗れたが、日本では昨年、極右政治家・安倍晋三率いる自民党が、やはり新自由主義による格差問題を咎められて参院選で惨敗した。政治思想がリベラルだろうが極右だろうが、新自由主義をとる政権はどの国でも退潮してきている。「国民の生活が第一」なのである。右翼も左翼も、いい加減イデオロギー遊びは止めたほうが良い。そんなものは、国民の生活には何の足しにもならない。
しかし、日本の新自由主義勢力はまだまだ諦めていない。昨日はフジテレビ「報道2001」とテレビ朝日「サンデープロジェクト」に竹中平蔵が出ていた。「報道2001」では浜矩子と出ていて日銀総裁問題にコメントしていたが、竹中と浜の主張は正反対だった。しかし、両者は自説を主張するだけで、突っ込んだ議論にはならなかった。「サンプロ」では、「報道2001」とは打って変わって、竹中はくつろいだ様子で、余裕を持ってアメリカの金融危機問題を語り、日本は法人税を引き下げるべきだと言っていた。田原総一朗は竹中の全面的な味方だから、田原から批判を受けることはないだろうとタカをくくって言いたい放題だった。
前回のエントリに、kechackさんから、「敵が萎えている時に、弱った敵を殺せと言うのは、組織率が20%を切った日教組を未だに批判し続けることを目的としてしまった右翼と同じ穴の狢のような気がする」とのコメントをいただいたが、昨日テレビ出演した竹中平蔵は「萎えている」ようには全く見えなかった。田原総一朗の竹中へのゴマすりも、醜いの一語に尽きた。
「サンプロ」の後半は、大谷昭宏をキャップとして取材が行われ、一昨年から随時放送されている「言論は大丈夫か」のシリーズで、トラックバックいただいた 「大津留公彦のブログ2」 にも紹介されている。
http://ootsuru.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/89_bc4a.html
これは良い特集だった。大谷昭宏は、テレビで共演している橋下徹に対しては異様に甘かったりするなど、何かと問題のあるジャーナリストではあるが、このシリーズについては評価したい。
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コメントやトラックバックへの反応が遅れてしまっているにもかかわらず、新しいエントリを起こすことをご容赦いただきたいと思う。過去2つのエントリで取り上げたチベット騒乱については、コメント欄で論争が起きているが、ブログ管理人は論争には参加しないので、その点ご承知おき願いたい。
中国や北朝鮮の軍事力については、昨年12月20日のエントリ "ミサイル防衛と「ワーキングプア」" でも紹介した田岡俊次の 『北朝鮮・中国はどれだけ恐いか』 (朝日新書、2007年)が参考になる。アメリカによるバイアスのかかった情報によって中国の軍事力は過大評価されているというのが著者の指摘だ。
今日、台湾の総統選が行われているが、国民党の馬英九氏の当選が有力とされている。国民党というと蒋介石の党で、台北の国際空港には長く蒋介石の名が冠されていたほどの独裁体制だったが、2000年の政権交代により、台湾独立を指向しているといわれる民進党の陳水扁政権が続いていた。その間、台北の国際空港も改名されたのだが、今回、8年ぶりの政権交代が有力視されているのは、陳水扁政権の新自由主義政策が国内の貧富の差を拡大したからだといわれている。先般の韓国の政権交代も、新自由主義経済政策への韓国国民の不満が原因だったとされており、新自由主義への反発は東アジアでも主流になってきている。
前記田岡氏の著作は、中国本土の国共内戦で、蒋介石の国民党が毛沢東の中国共産党に追われて敗走を重ねていた時、世界各国が次々と国民党を見放していったのに、一人スターリンのソ連だけが蒋介石を支援し続けていたことを指摘している。ソ連は、同じ共産主義の中国共産党が中国を支配することを望んでいなかったのだ。これは、ソ連が自国に有利な密約を国民党と結んでいたからで、蒋介石の長男の夫人はロシア人である。のち、中国とソ連が激しく対立したのは必然だった。田岡氏が書いているように、
国際政治、国家戦略の目的は一国の安全と経済上の利益であり、「価値観」とか「イデオロギー」「感謝」といった抽象的な単語は意味が乏しいのである。「自由と繁栄の弧」がどうのと言っている麻生太郎など、大うつけ者というほかない。実際には安倍晋三でさえ、表では北朝鮮を非難しながら裏では北朝鮮に媚を売る「媚朝外交」をしていたことを、「週刊現代」にしばしば叩かれていた。以上書いたことはネット右翼の主張に対する嫌味だが、「社会主義国」に対すると追及の矛先が鈍る左翼諸氏に対しても、同じことが言いたい。イデオロギーだけで政治を考えるのは不毛だ。護憲運動にしたって、イデオロギーのおもちゃにしてはいけない。人間が第一なのだ。
その意味で、新自由主義は右翼・保守・リベラル・左翼を問わず戦うべき敵だと思う。今朝の日本テレビ系「ウェークアップ!」でも、混合診療をめぐって、白石真澄なる極端な新自由主義者が全面解禁を主張し、解禁反対論者の本田宏氏との討論では目を吊り上げて自らの主張をがなり立てていた。白石は、混合診療の禁止は財産権の侵害だと叫ぶばかりで、本田氏が日本ではすでに世界でももっとも高負担・低保障の国なのにこれ以上患者の負担を増すのか、と聞いても、白石は論理的な反論もできないくせに大声で自説をわめき続けていた。私はこれを見ていて、年金問題を長妻昭と議論したときの大村秀章を思い出してしまった(笑)。元厚生官僚だった浅野史郎・前宮城県知事は、全面解禁は時期尚早、それよりも厚生労働省がよく効く薬の保険適用をもっと早く認可すべきだと、これは主な大手新聞の社説に近い主張だったが、浅野氏の意見と比較しても、白石のヒステリックな主張はいかにも異様で、「なにがなんでも規制緩和」という新自由主義のイデオロギーに全身を支配され、強迫観念に突き動かされている人間のように見受けられた。実際、白石は浅野氏に対しても、「厚生労働省は、いったん認可した薬の認可を取り消すなど、逆方向のこともやっている」などと食ってかかったが、安全性に問題があると認められた薬の認可が取り消されることがなぜ問題なのか、私には理解できなかった。コイズミの「構造カイカク」は、こんな人間がオピニオン・リーダーとして振舞うことのできる異常な空気を作り出してしまったのだ。
こんな馬鹿げた空気は、絶対に変えていかなければならない。
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なぜこんな前振りを書いたかというと、「世界」3月号に載った山口二郎と宮本太郎(ともに北海道大学)の世論調査を、今ごろブログで紹介しようとしているからだ。「世界」はそろそろ4月号が発売される頃で、1か月も経っているから、すでにブログでも論じられているだろうと思って検索をかけたら、案の定 「世界の片隅でニュースを読む」 に紹介されていた。
http://sekakata.exblog.jp/6797689/
これは、左側から山口を批判する立場に立って書かれたレビューである。ただ、このレビューは消費税増税の是非に論点を絞ったものである。本エントリでは論文に掲載された世論調査自体をじっくり紹介したい。
さて、ようやく本論だが、山口と宮本が行ったのは、「日本人はどのような社会経済システムを望んでいるのか」という世論調査だ。この観点は、マスコミの世論調査からは意外に抜け落ちている。世論調査はRDD法により、サンプル数は全国で1500である。政党支持率は自民党が23.7%、民主党が22.3%と拮抗しており、以下さまざまな設問に対して、全体、自民党支持者、民主党支持者別の回答結果が示されている。
小泉・安倍両政権の改革によって、日本の社会がどうなったかという問いに対しては、「経済的な活力が高まり、豊かさを取り戻した」という選択肢への賛意は、全体で7.8%、自民党支持者でも14.0%に過ぎず、民主党支持者では5.9%である。一方、「貧富の差や都市と地方の格差が広がった」という選択肢には、全体で64.9%、民主党支持者では70.1%、自民党支持者でも58.9%が賛成している。要するに、自民党支持者でさえ、小泉・安倍の「改革」は失敗だったと考えているということだ。
「改善すべき日本型制度」については、「競争原理を導入し、平等の行き過ぎを見直すこと」が全体で10.6%(自民党支持者16.8%、民主党支持者6.4%)、「公的な社会保障を強化する」が全体で36.7%(自民党支持者28.4%、民主党支持者37.5%)となっている。
「生活の脅威」については、「年金制度の破綻」が最多で、全体で55.6%(自民党支持者で51.7%、民主党支持者で60.6%)、次いで「医療の崩壊」が全体で34.5%(自民党支持者で31.1%、民主党支持者で38.4%)、以下、環境破壊(30.7%)、財政赤字(29.1%)、経済の停滞(16.2%)、治安の悪化(15.6%)と続き、「外国の脅威」は挙げられた選択肢の中では最低の7.4%(自民党支持者11.2%、民主党支持者5.6%)に過ぎない。この中で、「経済の停滞」と「治安の悪化」については自民党支持者で高い数字を示すが、「財政赤字」はむしろ民主党支持者の方が数字が高い。
さらに、「日本のあるべき社会像」では、「アメリカのような競争と効率を重視した社会」が全体で6.7%(自民党支持者6.3%、民主党支持者5.5%)、「北欧のような福祉を重視した社会」が全体で58.4%(自民党支持者50.3%、民主党支持者61.3%)、「かつての日本のような終身雇用を重視した社会」が全体で31.5%(自民党支持者41.4%、民主党支持者31.5%)となっている。
ここで非常に面白いのは、アメリカ型の競争社会をよしとする新自由主義的意見を持つ人は、民主党支持者(5.5%)ばかりか自民党支持者(6.3%)までもが全体(6.7%)を下回っており、きわめて少ないことだ。まさか社民党や共産党の支持者がこんな選択肢を選ぶはずがないから、唯一可能な解釈は、42.2%を占める「支持政党なし」の層にこの選択肢を選んだ人が比較的多いということになる。つまり、新自由主義の政治勢力を支えているのは無党派層なのである。自民党支持者で多いのは、北欧型の福祉国家に次いで「かつての日本のような終身雇用制を重視した社会」であって、高年齢層が中心だと思うが、これが保守の保守たるゆえんだと思う。そして、現在の新自由主義政党化した自民党は、もはや彼らの要求にこたえるものではなくなっているのである。
最後が「社会保障の財源」で、「行財政改革を進めるなど国民の負担を増やす以外の方法を採るべき」が最多で全体で44.0%(自民党支持者35.0%、民主党支持者45.9%)、以下、「消費税ではなく、法人税や所得税など裕福な人や企業に負担させるべき」が全体で35.4%(自民党支持者35.4%、民主党支持者37.6%)、「消費税率の引き上げはやむをえない」が全体で17.5%(自民党支持者26.5%、民主党支持者15.3%)と続き、「そもそも今の社会保障で十分」は全体でわずか2.0%(自民党支持者2.3%、民主党支持者1.2%)である。
前掲の「世界の片隅でニュースを読む」は、これをとらえて、山口の主張する消費税引き上げは民意に反すると主張するのだが、順序として行財政改革(但し社会保障削減を伴わない)、法人税引き上げや所得税の累進性の再強化と進み、それでも足りない場合に消費税増税という選択肢が出てくるのではないか。その前に、米国債の売却を行うという選択肢があってしかるべきではあるが。現実問題として、コイズミがやったように、行財政改革は往々にして社会福祉の削減などの公共サービスの低下を伴う。「カイカク」の実態に注意する必要があるのだ。
また、昨日のエントリも触れたが、同じ「世界」3月号に掲載された大瀧雅之が指摘しているように、教育や介護といった民営化に適さない分野の民営化が大きな問題を引き起こしていることを忘れてはならない。教育については、80年代にサッチャーが始めて大失敗に終わった教育カイカクに、四半世紀も経ってから追随しようとした安倍晋三や、その協力者として視察団を率いてイギリスを訪問した平沼赳夫らは大馬鹿者もよいところであって、サッチャーの教育カイカクは教育に市場原理を導入しようとしてイギリスの教育を荒廃させたのである。だから、安倍晋三のみならず平沼赳夫も実質的に新自由主義者であると私は考えている。民主党に平沼一派と組もうとする動きがあるとも噂されているが、とんでもない話だ。
話を山口二郎らの調査結果に戻すと、この世論調査は、誘導尋問的な選択肢が散見されるとはいえ、非常に面白いものだ。民意は新自由主義の社会など全く望んでおらず、旧来自民党的な終身雇用を前提とした社会や北欧的な高福祉社会への指向がきわめて強く、年金問題や医療の問題への関心が高いことがわかる。これらが、昨年の参院選で民主党の圧勝と自民党の惨敗をもたらしたことは明らかだ。但し、民主党支持者はその一方で「大きな政府」への警戒心も今なお強く、そこを「小さな政府」を標榜する新自由主義勢力に突かれているというのが、現在の政治の状況だろう。
参院選の時点では、安倍自民党が新自由主義指向、転向した民主党が福祉国家指向と分かれるかに見えたが、その後福田首相が「カイカク」色を薄めると、「せんたく議連」などという新自由主義色の強い超党派の集団が現れるなど、自民党と民主党が入り乱れた混乱状態が始まり、それに乗じて「改憲」で超党派議連を作る流れまで生じるなど、すっかり混迷した政治状況になった。
何より、新自由主義勢力の後退に焦ったマスコミが、アメリカのサブプライム問題に起因する日本株価の低迷を「福田政権がカイカクを後退させたから株価が下がった」などというデマを垂れ流してまで、新自由主義勢力の応援に必死だ。こんな宣伝にダマされてはならない。
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http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20080216AT1G1403115022008.html
この記事を読んで驚いたのは、現在の中学校では二次方程式の解の公式さえ教えていないということだ。理系の大卒者の平均学力レベルは、近年目立って落ちていることに驚かされるのだが、「ゆとり教育」に重大な原因があることは言うまでもない。現状では「技術立国」日本のお先は真っ暗だ。
その「ゆとり教育」を見直そうという動きがようやく起きた。私は、これまでの「ゆとり教育」なるものは全くのまやかしであると考えている。これについては、ブーイングを浴びた昨年9月27日付のエントリ 「福田内閣支持率50%超に見る日本人の知性の劣化」 に書いた通りだ。
新自由主義が現実の政治に導入されたのは、1973年にチリで起きたクーデターでアジェンデ政権を倒したピノチェト政権だとされているが、「ゆとり教育」はその頃始まっている。「ゆとり教育」と新自由主義の関係を指摘したのは斎藤貴男だが、その慧眼に敬意を表する今日この頃である。
これは、前述のエントリを公開したあと、新自由主義に反対しているはずのリベラル・左派系に蔓延する疑似科学や陰謀論への傾斜について多くのエントリを公開するようになって、さらに痛感するところとなった。この考察をさらに進めると、新自由主義と反知性、ひいては疑似科学や陰謀論との関係に思いを致さざるを得ない。
「アインシュタインの予言」や「水からの伝言」の議論で出てきた、「いい話だからいいんじゃない?」という開き直りは、思考停止、反知性主義の典型のような反応だと思うが、そもそも新自由主義とは反知性的なものではないかと私は考えている。つまり、疑似科学(や陰謀論)と新自由主義には強い親和性があるのではないかと考えるようになったのである。
新自由主義は市場原理主義ともいわれるイデオロギーであって、市場が万能だ。この思想においては、動物的、獣的な闘争が称揚される。人間の知性より闘争本能に重きを置くのである。そして、価値は市場によって決定される。たとえば、物理学の専門書は、UFOや超常現象や「相対性理論は誤りだ」と主張するコンノケンイチの本ほど売れないから、新自由主義イデオロギーにとっては価値がないのである。
疑似科学や陰謀論を主張して開き直る態度には、新自由主義の悪影響を感じる。散見される「私は直感的に9.11は怪しいと思った」と堂々と語る姿勢から感じられるのは、専門性の否定である。新自由主義は、市場がすべてというカルト思想だから、その教義によって専門性は否定される。前述のように、「庶民的」なものは、「専門的」なものより市場価値が高いからだ。「庶民的」という言葉を、不勉強を正当化するために用いている人たちは、知らず知らず新自由主義に骨の髄まで侵されているのだ。
陰謀論者から見ると、反疑似科学・反陰謀論の主張は「権威主義」に見えるようだ。当ブログにもよくコメントをいただく「ねこ」氏は、その典型例である。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20080211/1202690227
おめでたいのは、そういう主張をする人たち自身が、新自由主義にどっぷり浸かっている自覚が全くないことだ。もはや、日本社会は新自由主義の毒が全身に回った状態だと思う。一刻も早い解毒が必要だ。
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これらのうち、当ブログでは米国大統領選をしばしばとりあげているが、他の3つの話題はほとんど取り上げてこなかった。岩国市長選の意義を認めるのにはやぶさかではないが、地方選挙が行われるたび、自治体の人口が日本全体の人口に占める割合とブログのアクセス数のことがいつも脳裏によぎる。当ブログを読んでくださる岩国市民の数の期待値は、せいぜい3人にも満たないのだ。それに、岩国市長選について書きたいという内発的な強い意思をお持ちの方々を凌ぐ記事は私には書けない。ここでは、前にも推薦した 「なごなぐ雑記」 の岩国市長選関係の記事に、もう一度リンクを張っておく。
http://miyagi.no-blog.jp/nago/cat6689367/index.html
揮発油の税率問題と中国産餃子の問題は、意識的に扱わずにきた。前者について、当ブログが「『税金の無駄遣いを止めろ』という主張まで『新自由主義的』と批判しているのではないか」とのご指摘をいただくこともあるが、当ブログの立場は昨年10月28日のエントリで下記のように書いた通りだ。
前首相・安倍晋三は「戦後レジームからの脱却」を目指したが、本当に戦後レジームから脱却しようと思ったら、安倍の母方の祖父・岸信介が作り上げた「1940年体制」と呼ばれる統制経済の仕組みを変えなければならなかったはずだ。とはいえ、私は弱肉強食の新自由主義的「カイカク」をせよといっているのではない。高度成長には大きく寄与した「1940年体制」を、真に日本の国民の利益を考える新しい福祉国家を作るための体制に作り変えよと言っているのだ。
「真に日本の国民の利益を考える新しい福祉国家を作る」ために、暫定税率の問題が第一優先課題であるとは私には思えなかった。
中国産餃子の問題に関しては、そもそも毒物の混入経路がはっきりしていなかったのと、中国産食品の安全性の問題は今に始まったことではないのは誰もが知っていることなので、今まで取り上げてこなかった。ネット右翼諸氏が鬼の首でも取ったように大騒ぎするのはもはや年中行事だが、この問題に関して本当に思い出さなければならないことは、格差が拡大すると、安全な食品を口にすることができるのは富裕層に限られてしまうことだ。つまり、この件もまた新自由主義の問題なのだ。昨年12月11日のエントリ 「日本は世界有数の過激な新自由主義国家ではないのか?」 でも指摘したように、中国はいまや世界一過激な新自由主義国になり、すさまじい貧富の差が現出している。その中国産の食品に安全性問題が起きたことは、新自由主義の問題としてとらえなければならない。
ところで、なぜか政治ブログの大部分がスルーしているが、8日未明、読売新聞のサイトに気になる記事が載った。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20080208-OYT1T00026.htm
"「せんたく」と連携の超党派議連…50〜60人で月内発足" と題されたこの記事の内容紹介と寸評は、「kojitakenの日記」 に書いたのでご参照いただきたいが、要は新自由主義勢力の結集を目指す動きだと私はとらえている。民主党側の発起人のうち、枝野幸男は前原・枝野グループ、野田佳彦と玄葉光一郎は野田グループ、浅尾慶一郎は旧民社党の流れをくむグループの人物である。自民党からの参加者では、コイズミの側近だった杉浦正健や安倍晋三がしきりに頼った菅義偉が目を引く。河村建夫は伊吹派、園田博之は谷垣派の議員である。園田は、「ソノチョク」と呼ばれた園田直(すなお、1913-1984)の息子であり、父の園田直は、福田赳夫の側近として内閣官房長官を務めながら、福田内閣改造人事で安倍晋太郎を官房長官にする必要があったために外務大臣に異動となり、それを機に福田赳夫から心が離れて、福田のあと首相となった大平正芳と福田赳夫・三木武夫らが激しい抗争を演じた1979年の「40日抗争」時の首班指名で、福田ではなく大平に投票して福田派を除名された人物だ。おそらくその経緯から、園田博之は谷垣派に所属しているに過ぎないのであろう。だから政治的信念など何もなく、新自由主義勢力の旗揚げにヒョイヒョイと軽く参加してしまう。二世、三世になると政治家はどうしても劣化する。その巣窟が今の自民党だ。
話がそれてしまったが、「せんたく」は「地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合」という耳ざわりの良い名前がついているのだが、それに呼応する民主党議員がネオコン・ネオリベ系議員ばかりという時点で早くも正体を現した。そもそも、「せんたく」は「新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)」が母体になっているのだが、ホームページを見ればその性格は明らかだろう。
http://www.secj.jp/
何よりもいやな気分になるのは、「せんたく」に東国原英夫が名を連ねていることだ。東国原の極右発言についてはご記憶の方も多いだろうが、典型的なポピュリストである。「カイカク」の名のもと、またしても新自由主義と新保守主義が猛威を振るうのか。「生活が第一」を合言葉にした民主党から、新自由主義系の議員が参加するようだが、小沢一郎や菅直人はどう対応するのか。「せんたく」の言う「生活者起点」と小沢らの「生活が第一」は、同じような用語を用いているが、目指そうとする方向性は全く異なるはずだ。小沢民主党は、社民党や国民新党などと提携して、福祉国家を目指す方向性をはっきり打ち出せるのか。このあたりをよく見きわめ、必要に応じて声をあげていきたいと考えている。
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