現在の空気は、1993年の細川政権発足前夜を思い出させるものだ。特に、コイズミと小池百合子、前原誠司の3人が会談した件や、3日のエントリでも触れた、平沼赳夫が民主党との連立を考えているとされる件の2つは、とてもきな臭い。
そういえば昨年の「大連立」構想も政界再編の動きの一つだった。あの時、福田首相と民主党の小沢一郎代表は、ともに厳しく批判された。当時は小沢一郎の方が大きなダメージを受けたように見えたが、今になってみると、あの連立の頓挫は福田首相の方がダメージは大きかった。
あの時、当ブログは小沢一郎を厳しく批判するスタンスをとったが、リベラル・左派系ブログではむしろ小沢一郎支持を表明する声が圧倒的に強かった。その代表例が「喜八ログ」の下記記事である。
http://kihachin.net/klog/archives/2007/11/seikenkoutai.html
喜八さんは、以下のように書いている。
細川内閣実現を可能にした新生党・日本新党・日本社会党・公明党・民社党・社会民主連合・民主改革連合・新党さきがけの8党派連立の「立役者」は誰が何と言おうとも小沢一郎でした。
もし、小沢がいなかったら? あるいは自民党離脱を決意しなかったら?過去50年のあいだ日本では政権交代が一度もなかっただろう。これは私の確信するところです。いま小沢一郎だけが本格的政権交代を実現できる。こう考えるのも小沢がこの分野に関して唯一「実績」を持つ男だからです。
(「喜八ログ」 2007年11月7日付より)
「喜八ログ」を取り上げたことに他意はない。政権交代を待望する人たちの間では、ごく普通の感覚なのだろうと思う。だが、私には細川内閣には評価できる面とできない面があった。
当時私が勤めていた会社の同僚は、「細川さんは良いんだけど、取り巻きが良くない」と言っていた。その「取り巻き」の代表人物が小沢一郎だった。当時の小沢一郎は、実態は旧来自民党政治の体質を持っていたが、主張はそれとは裏腹の新自由主義だった。私も同僚に近い意見を持っていて、細川内閣は、自民党支配に、ほんのいっときだったが風穴を開けた功績はあったし、細川氏は政治思想的にはリベラルだったが、どうにもいただけなかったのがこの内閣の新自由主義指向の性格だった(当時は「新自由主義」という言い方は一般的ではなかったが)。
一方、細川内閣およびそのあとの短命だった羽田孜内閣のあと成立した自民・社会・さきがけ3党の連立による村山富市内閣は、当時も今も評判がすこぶる悪いが、実は私は当時リベラル政権として期待した口だった。リベラルにとっての痛恨事は、村山政権が成功したとはいえなかったことだ。
さて、私はゴールデンウィークの休みを利用して、2000年1月に中央公論新社から発行され、のち中公文庫に収められた 『渡邉恒雄回顧録』 を読んだ。発売当時、買って読もうかと思ったがあまりの分厚さに恐れをなして結局購入を見送り、昨年初め頃文庫化されたので買ったが、それでもなかなか読む気になれず、やっと先日思い立って読破した。700ページ以上に及ぶ本だが、ナベツネ(渡邉恒雄)の語り口は読みやすいので、比較的すらすら読める。
この本は、ナベツネの著書 『わが人生記』 (中公新書ラクレ、2005年)や 『君命も受けざる所あり』 (日本経済新聞出版社、2007年)とオーバーラップする部分も多く、当ブログの読者には必ずしもオススメできる本ではない。だが、ナベツネに関心のある人にとっては必読書だ。内容は、御厨貴、伊藤隆、飯尾潤3氏によるナベツネのインタビューをまとめた「オーラルヒストリー」である。
権力志向の強いナベツネは、若い頃から政治を動かそうとしていたが、中でも70年代から「保革連立政権論」を唱えて政権に公明党や民社党を取り込もうとしたのは、明らかに90年代以降の「自公」や「自自公」「自公保」の連立政権を先取りするもので、事実これらの連立政権発足にはナベツネ自身が関与したとされている(そんなことは、もちろん本には書かれていない)。
本エントリとの絡みでいうと、日本新党と新生党を中心とした政権から社会党が離脱した1994年の時点では、ナベツネは連立政権側の陣営を、市場原理重視の「小さな政府」を指向する勢力、自民党リベラル派と社会党およびさきがけ側の陣営を、リベラルで社民主義的な方向を指向する勢力ととらえて、前者を支持していた。当時、自民党では加藤紘一、亀井静香、野中広務らが村山富市を首班とした内閣の樹立を目指していたが、ナベツネは自民党全体がそちらの方向に行ってしまうとは思わなかったと言っている。当時の自民党総裁が、やはりリベラルの代表格である河野洋平だったからそうなったといえるかもしれない。私はもともと社民主義的な方向性を持った人間なので、当然ながら細川護熙や羽田孜の内閣よりも村山富市内閣に期待したものだ。
一昨日のエントリでチベット問題を取り上げたが、日本の少数民族であるアイヌ民族に関して、北海道旧土人保護法を廃止し、アイヌ文化振興法が1997年に施行されたのは、アイヌ人の社会党参議院議員だった故萱野茂氏の貢献が大きい。阪神大震災時の対応などで批判されることの多い政権だったが、新自由主義への批判が高まり、福祉国家が見直されてきた現在、自社さ連立政権の再評価が行われる必要があるのではないかと思う。
次の政界再編において、鍵を握るのはなんといっても民主党の動向だ。小沢一郎は現在では新自由主義を捨てたとされている。だが、それに代わる方向性を見出し得ていないのではないかと、地元の小沢支持者も懸念しているようだ。菅直人も、その経歴からいっても、もっと社民主義指向であって当然だと思うのだが、時折妙に新自由主義的な方向に振れる。とりわけ、今年に入ってから道路問題にばかりこだわる小沢・菅両氏の動きは、私には強い違和感がある。かといって、鳩山由紀夫はコイズミ内閣時代に、コイズミとカイカクの過激さを競おうとして私を激しく失望させた人物だ。若手の前原誠司は、コイズミよりも過激な新自由主義者とされている。民主党には、いつ何時新自由主義の方向に再び大きく振れるかわからない危うさがある。しかし、現在の日本ではコイズミカイカクはすでに破綻しており、日本を再建するためには、新自由主義を廃して、福祉国家指向の政策をとることによって中産階級を再建するしかないのである。そうでなければ、日本経済の活力は失われる一方だ。
単に、自民党負けろ、民主党頑張れというだけではダメな時期にきている。「野党共闘」といったって、上に見たように、野党が共闘して新自由主義政権を樹立したこともあったのだ。日本国民にとってどんな政権が望ましいかを国民一人一人がよく考えなければならない時期にさしかかってきたように思う。
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今月は、月別アクセス数が今年最多を記録し、ブログ開設以来の通算でも、昨年7月、9月、6月に次いで4番目で、月間10万件を7か月ぶりに超えた。
アクセス数を押し上げたのは検索エンジン経由のアクセスで、その中でも、検索語 「稲田朋美」 および 「山本繁太郎」 によるアクセスは、合わせて検索エンジン経由アクセスの2割近くを占めた。「稲田朋美」はGoogle、「山本繁太郎」はYahoo!検索で当ブログを来訪された人が多かった。
さらに、「光市母子殺害事件」 を取り上げた記事もアクセスが多く、広島高裁が被告の元少年に死刑判決を下した翌日の4月23日には、今年最多のアクセスを記録した。この件に関しては、判決の是非をめぐって激しい議論が続いている。
1月に多くのアクセスを記録した 「水からの伝言」 騒動が再燃し、当ブログも4月19日付エントリで取り上げたが、騒動の再燃は今回は比較的短期で収束した。ただ、この件にかかわったブログの閉鎖が相次ぐことになった。私なら、ブログを休止したり、場合によっては「メモ代わりの裏ブログ」と称している 「kojitakenの日記」 を非公開にすることはあっても、当ブログを閉鎖したりはしないと思う。「稲田朋美」や「山本繁太郎」の例に見られるように、2年間ブログを続けてきて、特定の検索語にかかわった事柄が起きたらアクセスが増え、記事を読んでいただけるようになったのだから、ブログを閉じてしまったのでは元も子もないからだ。とはいえ、ブログを閉じるも休止するのもシャカリキに続けるのも管理人の自由。当ブログ管理人も、今月はかなり「ブログ疲れ」が生じてしまったので、連休には休ませていただくし、その後もしばらくは今月ほどの頻度ではブログの更新はできないかもしれない。読者を意識して書くブログの運営はそれなりにたいへんだが、われと思わん方々の積極的な参入を期待したいところだ。
4月の終わりを飾ったニュースは、衆院山口2区の補選だった。選挙区には、母子殺害事件があった光市も含まれ、自民党は、前首相安倍晋三が、光市母子殺害事件の被害者親族の方までも山本繁太郎の応援に駆り出して必死だったが、結果は惨敗。地元では、「安倍の人気と集票力は地に落ちた」、「地元でも用済みとなった」などと言われているそうだ。安倍は復権のことを考えるよりも、次の総選挙では自分の選挙区のことを心配したほうがよさそうだ(笑)。
その他にも、チベット騒乱と北京五輪聖火リレーについても議論が百出した。本当に話題の多い4月だったが、今日で終わり。明日から5月だが、今年の初夏はいつになく波乱含みになりそうだ。
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http://www.chikawatanabe.com/blog/2008/04/post-2.html
私は「雇われブロガー」でもないし、ブログを書くことによる収入など一銭もないから、関係のない話ではあるが、昨年は3月、4月、7月の3回、一日も休まず記事を公開した月があって、そのうち3月から4月上旬にかけては石原慎太郎を落選させるため、7月は安倍晋三率いる自民党を参議院選挙で敗北させて安倍を総理大臣の座から引きずりおろすために毎日シャカリキになって記事を公開し続けたものだ。特に7月は月間累計アクセス数が13万5千件を超え、1日平均4千件以上のアクセスがあった。さすがに、その頃はかなり疲れがたまったものだ。
現在は、たまたま例の稲田朋美が馬鹿げた騒ぎを起こしたため、4月3日以来連日のエントリ公開を続けているが、ブロガーを疲れさせる政治家はこれ以上現れないでほしいものだ。稲田など次の総選挙では絶対に落選させなければなるまい。
最近では、有村治子なる議員の妄動が話題になっている。当ブログではこれまで有村議員については一度も取り上げたことがなく、今回話題になる前は名前も知らなかった。有村の妄動については、「一人でお茶を」の記事を下記にリンクしておくので、ご参照願いたい。有村が何をやろうとしたかについて、本エントリでくどくどと書き連ねる気にもならない。
"食い違う証言 李纓監督と有村治子参院議員"
(「一人でお茶を」 2008年4月10日)
http://d.hatena.ne.jp/nessko/20080410/p1
ネットで調べてみると、有村は2001年に30歳の若さで参院選に初当選し、昨年の選挙で比例代表区で再選された議員らしい。初当選の01年参院選というとコイズミ旋風で自民党が圧勝した選挙で、昨年は自民党に逆風が吹いたが生きのびた議員ということだ。ほぼ間違いなく新自由主義者にして新保守主義者なのだろう。格差社会における支配階級に属する人物だ。
自民党もすっかり変わってしまって、田中角栄のような叩き上げの「庶民宰相」はもう出てこないだろう。もちろん、田中は功罪相半ばする政治家で、その「罪」の部分から目をそむけてはならないけれど、三角大福中の5人に世襲政治家は一人もいなかったのに、最近の首相は二世や三世ばかりで、いずれもろくな政治をやっていない。福田康夫首相も、父の福田赳夫元首相(タカ派だったので私は嫌っていた)が見たら、さぞお嘆きだろうと思う力のなさだ。
問題の有村は、二世議員でこそないものの、父の有村國宏(元滋賀県議会議員)は学習院大学出身で島村宜伸と共に今上天皇(当時は皇太子)の学友とのことだ。島村は自民党でも有名な右翼議員である。最近の自民党の政治家はこんな人ばかりだ。
私は民主党に対しても強い警戒感を持つ人間なのだが、それでも、自民党はもうとっくに賞味期限が切れていることだけは間違いないと思う今日この頃だ。
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荒らしのコメントにも参るが、当ブログの記事を勝手にコピー&ペーストして、あたかも自分のブログの記事であるかのように書いたブログまで現れたのには、本当に呆れた。4月5日の 「kojitakenの日記」 にも書いたが、これは、15日告示、27日投票の衆議院・山口2区の補選に自民党から立候補する山本繁太郎に関する記事を全文コピペされたもので、オリジナルの「きまぐれな日々」の記事は下記である。
"山本繁太郎とノーパンしゃぶしゃぶと耐震強度偽装と"
(3月12日)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-590.html
この記事を無断で借用したブログが、当ブログに代わって検索エンジンを用いた検索結果で上位に表示され、当ブログは全く表示されなかったのには目が点になった。現在は、再び「きまぐれな日々」が上位(5位)にきて、無断借用ブログの順位は下がったが、それでもなお22番目に表示される。
当ブログの記事の引用は、自由にしていただいて構わないが、その際にはできればコメント欄で、非公開でもかまわないから連絡していただくとありがたい。メールフォームもあるが、このフォームから届くアドレスのメールにアクセスする頻度はあまり高くないので、コメントを送っていただく方が助かる。
そして、絶対に守っていただきたいことがある。それは、記事を引用する際には、引用元を明記し、当ブログからの引用であれば、引用元の記事にリンクを張っていただくことだ。前記の無断借用ブログはこれを行わず、当ブログからの引用を、あたかも自分のブログの文章であるかのような体裁にしていた。人がない知恵を絞って書いた記事がそんな扱いをされたらどう思うか、そのくらいの想像力は持ち合わせていて欲しいものだ。
ところで、山本繁太郎が立候補を予定している衆議院の山口2区補選だが、まだ告示前とはいえ、情勢は山本にとって極めて厳しく、民主党の平岡秀夫に圧倒的に分があると見られている。そりゃそうだろう。ノーパンしゃぶしゃぶの顧客にして、「耐震偽装隠蔽事件」の責任者とイーホームズ・藤田社長に名指しされた山本繁太郎なんかが、いくら超保守王国の山口県だからって当選できるはずがない。
もしこの補選で、下馬評通り山本繁太郎が惨敗した場合、福田康夫も苦境に立つが、山口県の選挙なので安倍晋三もダメージを受ける。しかし、自民党内で福田政権をよく思わない新自由主義勢力は、補選敗北の責任を福田首相に取らせて、総理・総裁の座を麻生太郎にすげ替えようと攻勢に出るだろうという見方がある。自民党は、衆議院の圧倒的な議席をそうそう簡単に手放すはずもないから、野党はよほど巧妙な戦略で自民党を追い込むしかないが、このところの民主党の動きを見ていると、とてもでないが素直に応援する気にはなれない。それもあって当ブログは、民主党に対して是々非々の立場をとっている。そのせいもあってか最近は民主党支持者からも批判を受けるようになった(笑)。
ま、政治の話題を扱うブログだから批判は受けてナンボである。当ブログもよく他のブログを名指しで批判するが、たいていは相手の人格を否定しようとするものではない。遠慮気兼ねなく批判し合えるようでありたい。よく、批判を受けるとナーバスになり、ひどい例になるとエントリを全部読まなければ人のブログを批判する資格はないとまで言い出す人がいるが、そういう姿勢は自由闊達な議論を妨げると思う。
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老舗のブログ 「かみぽこぽこ。」 は、日銀総裁人事についての記事中で、さらに明快に指摘している。
http://plaza.rakuten.co.jp/kingofartscentre/diary/200803130000/
以下引用する。
ただ、そんな「日銀人事」の過程だけど、
なにも意義がないというわけではない。
「日銀人事が初めて国民に注目された」
「これまで日銀総裁に
財務(大蔵)出身者が
何度も起用されていたことに
国民が初めて注目した」
というようなことがあると思う。
要は、これまで何度か書いてきた
「衆参ねじれ国会下における政治力学」
つまり、参院を野党が抑えたことで
政府・与党がこれまで長年
適当にごまかして通していたことが
ぜんぶ参院で
「野党の関所」
で引っかかるようになった。
防衛省でも厚労省でも
法案が参院で引っかかって
モタモタしているうちに、
これまで自民党・官僚・業界によって
長年行われてきた政治の恥部ともいえる
スキャンダルがボロボロ出てきた。
(「かみぽこぽこ。」 2008年3月13日 「日銀人事に思う。(前編)」より)
このブログは、久々に読んだのだが、かつてネット検索でよく引っかかってしばしば記事を読んだことがある。郵政総選挙の頃やその前の頃の記事に、見覚えのあるものがずいぶんあって懐かしく思い出した。管理人さんは2003年からブログを続けておられるようだ。論調は、必ずしも反政府・与党系ではなく、コイズミの構造カイカクに対しても、懐疑的だが明確な反対の立場には立たない。
私は、「かみぽこぽこ。」さんのような意見こそ中立の立場に立ったものだと思う。マスコミは、従来反政権的だと見られていた朝日新聞が、日銀総裁問題では一方的に民主党に譲歩を求めている。毎日新聞も朝日に引きずられたように、歯切れが悪いながらも民主党批判をしているし、読売・日経・産経などにいたっては、当然ながら民主党非難の大合唱だ。大新聞は、いまや揃って自民党のタイコモチと化したかのようだ。
私は、民主党には日銀総裁人事なんかより年金や社会保障の問題に力を入れてほしいと思うし、この日銀総裁人事の問題については、民主党を全面的に支持する立場はとらないのだが、それでも、一方的に民主党の譲歩ばかりを迫るマスコミの論調には強い違和感を持っている。「ねじれ国会」に関しては、民主党のやり方に一部稚拙なところがあるにしても、本当に問題なのは、衆議院で与党が3分の2を上回る議席を持ちながら、参議院では少数派であるという事実を自民党が受け入れることができず、安倍晋三政権当時のようなゴリ押しの方法に頼りがちなところではないか。だから行き詰まるのである。よく、与野党双方に責任があるというが、より責任が重いのは自民党のほうであることはいうまでもない。
昨年の参院選の結果を受けて、国内の論壇では新自由主義に批判的な意見が次第に強まり、NHKやTBS、それに「週刊東洋経済」などが新自由主義を批判したり、福祉国家を評価する報道を行った。
これに対し、今年に入ると新自由主義者が猛然と反撃に出た。竹中平蔵がテレビに頻繁に出演するようになり、経済財政製作担当の内閣府特命担当大臣・大田弘子は1月18日、「残念ながら、もはや日本は『経済は一流』と呼ばれる状況ではなくなった」と述べた。
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20080118it11.htm?from=navr
上記読売新聞の記事にあるように、この時、大田は 「2006年の世界の総所得に占める日本の割合は24年ぶりに10%を割り、1人あたり国内総生産(GDP)は、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で18位に低下した」と日本経済の凋落ぶりを訴えたのだが、これは新自由主義政策の失敗の帰結であるとともに、ここ数年の円安の影響だったと思うのだが、大田やそのバックにいる竹中平蔵、それに彼らを応援する田原総一朗らは、「福田政権がカイカクを後退させた」せいにしようとしていた。こういう主張を聞いて、私などは「盗人猛々しい」と思ったものだ。福田康夫が責められるとしたら、それはコイズミや安倍晋三の「カイカクを引き継いだ」ことにある。
このところのアメリカ経済の変調により、急激な円高・ドル安が進んでいるが、今朝のフジテレビ「報道2001」に出演した榊原英資は、円/ドル為替レートはここ10年の日本のデフレとアメリカのインフレ率を考えると、過度の円安が調整されただけで、現在の1ドル=100円でさえ、10年前の1ドル=130円に相当する円安であって、これはかつて榊原氏がドル売り介入をした水準であると指摘し、今後さらに円高・ドル安が進んで、夏までには1ドル=90円を突破するだろうと予想していた。
そもそも、ドルはユーロなど諸国通貨に対してはここ数年ずっと値を下げ続けており、ただ円だけが対ドルレートがあまり変化しなかった。日本は、米国債をせっせと購入してはアメリカ経済を支えていたが、それももう限界に達したというところなのではないだろうか。これは、輸出に頼る日本の企業にはもちろん打撃だろうが、日本の企業はそれでなくても法人税の減税や円安によって恩恵を受けてきたのに、9年連続で平均給与所得が下がり続けてきたことからもわかるように、利益は勤労者には還元できなかった。今回の円高によって、日本国民の輸入品の購買力は上がるが、給与が下がっていたのでは消費にブレーキがかかる。今後は内需拡大なくして景気拡大はない。福田首相でさえ(というと語弊があるかもしれないが)、企業に賃上げを求めているのは、人気取りの意図もあるかもしれないが、そうした背景もあるのだと思う。企業の経営陣には英断を求めたい。
それにしても、新自由主義政策をとったことによる経済失政まで新自由主義推進に利用しようとする新自由主義者の面の皮の厚さにはあきれるばかりだ。先日、イギリスの「エコノミスト」誌が、「Japain」(Japanと「痛み」を意味するpainを引っかけたタイトル)と題する特集を組み、話題になっているが、これも日本国内の新自由主義者が呼び込んだようなものだというべきだろう。
この特集に対し、民主党の岩國哲人国際局長は5日、ほかならぬ「エコノミスト」誌が主催する「日本国政府とのビジネス円卓会議」の昼食会の席上で講演を行ない、この特集に対して「エコノミスト」誌に抗議した。民主党がホームページで報じている(下記URL)。
http://www.dpj.or.jp/news/dpjnews.cgi?indication=dp&num=12821
以下引用する。
岩國国際局長は、(中略)長年政権の座につき続ける自民党に対して、民主党が政権交代に向けて追い込んでいる時に、英「エコノミスト」誌が極めて否定的な見方を羅列した記事を掲載したことに、過去の同誌の論調と反し「ねじれ」があると指摘しつつ、苦言を呈した。
さらに、表紙に「Japa”i”n」として日本の国名を「Pain(苦しみ、苦痛)」であると「いたずら」するのは、「いたずらの度が過ぎる」とし、いずれの国に対してであれ、国民の敬愛する国名をこのように茶化すのは問題であるとして、国民を代表する国会議員として、また民主党の国際局長として抗議するとともに公式な謝罪を要求した(会場から拍手あり)。
(民主党ホームページより)
「報道2001」では、竹村健一がこの岩國哲人氏の抗議を、番組中で称賛した。竹村は「民主党」と口にする時、若干口ごもって、本当は野党なんか褒めたくないんだけど、という竹村の心の揺れが感じられて面白かったが、アメリカの奴隷に成り下がった自民党からはこんな声は出てこないのだから仕方がない。私は長年に渡って竹村というのはどうしようもない右翼のコメンテーターだと思って嫌い続けてきたが、竹村は昨年、従軍慰安婦問題についての安倍政権の姿勢を批判した。今回の竹村の指摘には、その時に次いで驚かされた。これは、竹村が変わったのではなく、竹村でさえ政府・自民党を批判せざるを得ないほど自民党が極端に右傾するとともに、対米隷従の姿勢を強めたせいだろう。売国の新自由主義者に乗っ取られた自民党政権をこれ以上存続させると、日本という国自体が存亡の危機に瀕してしまう。
とにかく、今日の「報道2001」は、フジテレビの番組だって捨てたものではないと思わせる部分があった(もちろん、片山さつきの主張を聞かされたりもしたが)。そういえば、昨日のエントリに対し、「カナダde日本語」の管理人・美爾依さんから、
確かに花岡氏の記事は、エンタメの部類されても当然かもしれませんね(笑)。しかし、個人的には、花岡氏の個人攻撃はするべきではなく、そのバックで圧力をかけて記事を書かせている政府こそ責められるべきだと思います。花岡氏を非難すればするほど、ネトウヨは喜ぶし、彼は有名になるだけですから。とのコメントをいただいた。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-593.html#comment2918
確かにその通りで、いまやフジ産経の主張がまともに思えるほど、自民党の政権運営は末期的な症状を呈している。大政奉還の時期が迫っているというべきだろう。
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http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080307k0000m020115000c.html
以下引用。
春闘:福田首相、経団連会長に賃上げを要請
福田康夫首相は6日夕、官邸に日本経団連の御手洗冨士夫会長(キヤノン会長)を招き、「景気浮揚のためにも春闘に期待する」と賃金上げへの協力を求めた。これに対し、御手洗会長は「経済状況は厳しくなっているが、余力のあるところは賃上げに努力する」と述べ、「財政状況が厳しいのは承知しているが、政府も賃金の上昇が手取りの増加に結びつくように、(所得税)減税などを検討してほしい」と要望した。
春闘に絡み、首相が経営側に賃上げの対応を求めるのは異例。
福田首相は同日付のメールマガジンでも「企業と家計は車の両輪。給与引き上げの必要性は、経済界も同じように考えているはず」と語っている。【内山勢】
(毎日新聞 2008年3月6日 21時00分)
2002年1月から、戦後最長の景気拡大期に入っていることになっているが、給与所得者の平均年収は9年連続で減少している。1998年というと、参院選の自民党惨敗を受けて首相になった小渕恵三が対米盲従の新自由主義政策を始めた年で、この小渕はのちのコイズミの極端な新自由主義のさきがけとなる悪政を行った政治家であり、私なら戦後日本を悪くした首相の五本の指に数え入れる(他に岸、中曽根、コイズミ、安倍)。
福田首相の発言は、急落している内閣支持率を回復させるための人気とりと評するむきもあると思うが、少なくとも日本をぶっ壊したコイズミや、ホワイトカラー・エグゼンプションを「残業時間が減って、少子化対策になる」などとほざいた頭の弱いアベシンゾーとは異なって、まともな感覚を持った政治家であることを示している。この意見は正論そのものであって、新自由主義経済人の代表格である御手洗は苦虫を噛み潰したような顔でこの言葉を聞いたに相違ない。
ところで、私は上記の毎日新聞記事に「はてなブックマーク」をつけたのだが、今見ると、「国の関与主義もここまできたか とても自由主義経済じゃねえな」などというコメントをつけている人がいるのを見て腰を抜かすほど驚いた。この人は、長年にわたって行われた新自由主義のプロパガンダにすっかり洗脳されているのだろう。資本の論理をもっともっと暴走させて、国民生活が破壊されることを受け入れよと言っているのも同然なのだから。
今日はもう一つ、福田首相を見直す材料を紹介したい。昨日のエントリ "日本国民はコイズミの復活を許すな" に、nesskoさんのブログ 「一人でお茶を」 から "福田首相の「賢政」" と題した記事のトラックバックをいただいた。
http://d.hatena.ne.jp/nessko/20080306/p1
これは、岩波書店の月刊雑誌「世界」の3月号に掲載された、東京大学の大瀧雅之教授の論文 "「金融立国論」批判" 中の注釈で、サブプライムローン問題に対する福田首相の対応を大瀧教授がほめたものだ。以下引用する。
こうした狂騒(筆者注:サブプライム問題をめぐるアメリカ金融市場の混乱)の中、福田康夫首相の株式・商品市場のヴォラティリティー(脆弱性)への距離を置いた冷静的な対応は、近年まれに見る「賢政」である。金融経済学者や労働経済学者(最低賃金と生活保護および障害者自立支援法にまつわる彼らの議論・答申を看過しないで頂きたい)の目を覆い耳を塞ぎたくなるほど露骨に営利企業の意を汲んだ発言や答申に対して、新聞報道の限りだが、福田現首相はたしなめるようにきわめて常識的な対処で臨んでいる。
サブプライム問題の端緒は小泉・安倍政権時代のものであるから、現在の喧噪は福田内閣の施政とは全く無関係である。つまり「市場原理」の貫徹が「構造改革」のうたい文句だが、サブプライム問題による邦銀の動揺は、小泉・安倍政権時代に金融業に不公正な保護政策がとられていたことの証左である。金融資産市場の動揺(特に株価の下落)が「構造改革」に不熱心な福田内閣の責任との暴言も相次いでいるが、上述の因果から考えれば、むしろ市場不介入を維持するのが「構造改革」の筋ともいえるのではないか。
なお余談だが、筆者がもっとも民営化に不適と考えていた「教育」や「介護」の株式会社化・民営化が、大変なスキャンダルを巻き起こしていることに留意されたい。メディアは一部の不心得者の仕業として処理しようと目論んでいるが、経済理論から素直に考えればこうした悲喜劇は個人でなくシステムの問題である。
(引用元:大瀧雅之「「金融立国論」批判」 岩波『世界』2008年3月号=「一人でお茶を」経由)
書店には、まだ「世界」3月号が置いてあったので、さっそく買い求めて該論文を読んでみた。サブプライム問題とは、「モノライン」と呼ばれる債務保証会社が、本来無価値同然の派生金融商品に債務保証という錬金術を施したことによって生じたバブルであって、弾けるべくして弾けたものだというのが、大瀧氏によるこの問題の解説だ。モノライン各社には、高い社債格付けがついており、現在、その格付けが引き下げられたとかで騒いでいるが、もともとの高い格付け自体がデタラメだっただけの話で、新自由主義の世界の馬鹿騒ぎには毎度のことながら呆れる。「金融経済学者や労働経済学者の目を覆い耳を塞ぎたくなるほど露骨に営利企業の意を汲んだ発言や答申」というのは、新自由主義者のご都合主義への痛烈な批判であって、新自由主義が立脚している新古典派経済理論によれば、その種の金融機関救済策を政府がとることこそ、政府の市場への介入だろう。ところが、新自由主義者はそんな矛盾を平気で犯すのである。その最悪の例が、1998年にアメリカのヘッジファンド、LTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)が破綻した時に、アメリカ政府が救済のために巨額の資金を注入したことだ。新自由主義とは、「頑張った者が報われる社会」を目指すものなどではさらさらないのである。
それを考えれば、「何もしなかった」福田首相こそ、「構造カイカク」の本来あるべき精神に忠実だったといえるワケで、福田首相が「構造カイカク」に不熱心だから景気が後退したなどというのは、新自由主義者の言いがかりに過ぎないことがよくわかる。だが、恥知らずにもそんな言説をばら撒いているのが、竹中平蔵であり、その走狗の田原総一朗や朝日系メディア(テレビ朝日及び朝日新聞社)なのである。
何だか、「自End」ブログにあるまじき、福田首相擁護のエントリになってしまったが、福田康夫というのは、是々非々とはいわぬまでも、是非々々くらいのスタンスをとれる対象だ。これがコイズミや安倍だと「非」をいくつつけても足りないくらいだから、6年半にわたった「コイズミ−安倍時代」が終わったのは、まあ良かったことなのだろう。問題は、福田康夫にはコイズミや安倍が進めてきた悪い流れを止める力がないことであり、福田政権を批判するなら、経済軸の「右側」からではなく、福祉国家を目指す側からの言論を展開していかなければならないと思う今日この頃だ。
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今年に入って、民主党は与党との論戦の争点を「道路特定財源制度」に絞った。多くのブログでも、この問題に焦点を当てた記事がずいぶん公開されたが、大きく盛り上がることはなかった。沖縄米軍の女子中学生事件やイージス艦の衝突事件は、道路問題よりはよほど関心を集めたが、世論への影響力はごく限定的だった。
ところが昨日の午後9時から10時までの時間帯に、突如として当ブログへのアクセスが急増した。その理由は、テレビ朝日の「TVタックル」で「消えた年金」問題が取り上げられ、民主党の長妻昭、山井和則両議員と自民党の大村秀章、松浪健太両議員が論争を展開したからだ。このメンバーでは勝負にならないことは当然で、番組に出演していた弁護士の谷澤忠彦氏は、自民党の2人を厳しく叱責していた。大村の、一方的に噛まれる「ウナギ犬」ならぬ噛ませ犬ぶりは今回も健在で、なぜ自民党がこんな男の出演を認めたのかよく分からないが(確か参院選前はテレビ出演禁止だったはずだ)、ほとぼりもさめた頃とでも考えたのだろうか。
大村は、昨年6月に「サンデープロジェクト」で行われた長妻昭との論戦にも完敗したのだが、そのことに触れた記事を、「kojitakenの日記」 でPRしたせいもあってか、ブログへのアクセスが急増した。
多くのアクセスをいただいた当ブログのエントリは下記である。
"自民党の「年金問題の切り札」・大村秀章の醜態"
(2007年6月17日)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-373.html
但し、昨日の「kojitakenの日記」では触れなかった同ブログの記事 「2ちゃんねるの大村秀章スレッド」 にまでアクセスがあったから、テレビで大村を見て呆れた人がネット検索で該記事を発掘してくれたものだろう。
新しく公開するエントリよりも過去のエントリの方がアクセスを集めたわけだが、他の案件と比較して、年金問題や社会保障の問題に対する国民の関心がきわめて高いことが改めて示されたと思う。
振り返れば、民主党は「国民の生活が第一」と訴えて、昨年夏の参議院選挙で圧勝した。しかし、その後の同党は、小沢一郎代表が「ISAFへの自衛隊参加」で物議をかもしたり、福田康夫首相と共謀して「大連立」を成立させようとするなど、迷走が目立った。今朝の新聞が「せんたく」と「せんたく議連」の合同発足総会を伝えているが、これは「大連立」構想へのカウンター的側面も強いだろう。民主党からは野田佳彦氏や枝野幸男氏のほか、顧問に岡田克也、前原誠司両氏が名を連ねている。一時、小沢一郎に接近したとの観測もあった前原氏が加わったことが、私の目を引いた。
しかしながら、「せんたく」には悪名の高い松沢成文や東国原英夫が名を連ねていることからも分かるように、ネオコン、ネオリベ的な性格も持っている。たびたび書くが、アメリカの政党でいうなら共和党的な集団だと思う。一方で、昨年夏の参院選の結果に示された民意は、新自由主義から福祉国家指向への政策転換を促すものだ。その間には、大きなギャップがあると思う。
野党第一党にして参院の与党である民主党は、参院選後、単なるPR不足なのか、本当におろそかにしていたのかはわからないが、いまいち国民に真剣さが伝わってこない社会保障問題への取り組みに全力を傾注し、国民にアピールしてほしいものだ。
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私は、この沈滞ムードは、野党第一党の民主党が道路問題なんかにかまけているせいではないかと考えている。
そもそも、道路問題はいつもうさんくさい。2003年にも、道路問題がクローズアップされたことがある。当時コイズミ内閣の国土交通大臣だった石原伸晃が、道路公団総裁だった藤井治芳(はるほ)氏を更迭しようとしたのに対し、藤井氏が強烈に反発し、石原のほか、当時自民党幹事長だった安倍晋三を名指しで厳しく批判し、大バトルに発展したことがあった。
実を言うと、当時私は内心、藤井氏を応援していた。というのは、コイズミ政権側の石原や安倍が仕掛けたこのバトルは、自民党内の「抵抗勢力」に向けたものであると同時に、自由党との合流が決まっていた民主党党大会の話題をかすませ、この年11月に行われた総選挙において自民党を有利に導くための策略であることがミエミエだったからだ。もちろん、当時から私は石原伸晃だの安倍晋三だのが大嫌いだったせいもある。
この03年総選挙で、コイズミは、自民党内の「抵抗勢力」と野党民主党の「両取り」をもくろんでいた。この狙いは空振りし、選挙で自民党は議席を減らし、民主党は議席を増やしたのだが、民主党が狙ったほどの大勝ちにはならず、玉虫色の選挙結果となった。コイズミが悲願とした「郵政民営化」でこの時の雪辱を果たしたのが2年後の総選挙だったが、それを許してしまったのも、03年の総選挙で民主党が勝ち切れなかったことが響いたと私は考えている。
それよりも何よりも、道路問題の議論の仕方が、地方に住む人間にとっては納得できない部分が大きい。地方に住む私の実感で言うと、地方には確かに無駄な道路も多いが、その反面、本当に必要な道路はむしろ不足している。不要な公共事業は切り捨てられるべきだが、乗数効果の大きい公共事業は行われるべきだ。問題なのは、その判断が利権構造によってねじ曲げられていることであって、国土の均衡発展までを否定する今の議論はおかしくはないか。その意味で、私は国民新党の亀井静香氏の主張に共感するものだ。
そもそも、新自由主義者は首都が発展して地方が衰退するのは、自由経済では当然だと言う。確か、オリックスの宮内義彦が、北海道の人口はもっと少なくても構わないと言っていたと記憶している。しかし事実として、1980年以降、主要先進国で首都だけが発展して地方が衰退しているのは日本くらいのものなのだ。このカラクリには、中央へ、中央へと流れる利権構造があるからに決まっている。竹中平蔵を筆頭とするデマゴーグたちは、厚顔無恥にも国民を騙すデマを流し続けているのである。
このように、地方在住の人間が鬱憤をため込んでいる時に、民主党が道路問題に焦点を絞っているのはまったく理解できないし、社民党や共産党までもがそれに流されているのを見ると、ブルータスよ、お前もか、と言いたくなる。
いま第一に論じるべきことは、道路問題なんかじゃない、そう思わずにはいられない今日この頃である。
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あまりの無力感に、このところちょっと政局ネタに興味を失って、週刊誌を買うどころかあまり立ち読みもしなくなっていたのだが、今週発売の「週刊ポスト」、「週刊現代」それに「週刊朝日」の3誌に、細川護熙と小泉純一郎の両元首相が密談した、という記事が出ている。3誌が、すわ、新党結成かと大騒ぎしていることはいうまでもない。密談を当事者は認めていないそうだが、1誌だけなら、「週刊誌にはガセネタが多いから...」で済ませられても、3誌の報道となると俄然信憑性が高まる。昨年の今ごろにも似たようなことがあって、「週刊ポスト」、「週刊現代」、それに「サンデー毎日」の3誌が、当時首相だった安倍晋三の健康問題を報じた。果たして、安倍はその半年後、健康問題を理由に総理大臣の職を辞した。今回も、細川とコイズミの密談はおそらく事実だろう。
3誌とも、この2人の動きは「反福田・反小沢」(というより「反大連立」)勢力の結集を目指すものだ、と指摘している。特に、細川が政界を引退してから10年になるが、「10年経てば禊(みそぎ)が終わる」と言って、政治的発言を再開することを細川自らがほのめかしていることを、「ポスト」と「週刊朝日」の両誌が書いている。「ポスト」の記事は、両元首相と北川正恭・東国原英夫らが結成した「せんたく」とのつながりを指摘しているが、これも記事のタイトルを見ただけでピンとくるくらいミエミエの関係だ。要するに、新自由主義カイカク勢力を再結集して、渡邉恒雄が媒介して福田康夫と小沢一郎らがやろうとした「大連立」、すなわち旧保守の結集に対抗しようというのだ。
もちろん、細川もコイズミも悠々自適の生活に入っていて、彼らが新党の党首になることは考えられないが、自民党では小池百合子、民主党では前原誠司や枝野幸男を筆頭に、新党のリーダーの座、そしてそう遠くない将来の総理大臣の座をつけ狙う人たちはいくらでもいる。宙に浮いた格好の「コイズミチルドレン」たちにとっては、この動きは「天の助け」だろう。
一方、枝野幸男らに対しては、加藤紘一や山崎拓も接近していて、超党派の訪韓団を結成した。加藤や山崎は、旧保守と近いかと思っていたのだが、民主党の反小沢グループと接近しているようだ。但し、前原誠司とは距離を置いているように思われる。さらには、中川昭一、平沼赳夫ら極右政治家が結集した「真・保守政策研究会」の存在もある。これの裏には安倍晋三もいて、加藤・山崎らの動きはこの極右グループに対抗するものと考えるべきだろう。総選挙が遠のいた今、自民、民主両党内では福田康夫、小沢一郎の両党首の求心力が低下し、合従連衡の動きが水面下で活発化しているようなのだ。
非常に錯綜したこれらの動きは、例の政治思想軸・経済軸の2次元解析で考えると多少分かりやすくなる。細川、コイズミおよび「せんたく」は、新自由主義に基づく「経済右派」の勢力で、「小さな政府」と自由競争を標榜する、アメリカでいえば共和党に相当する勢力の結集を目指すものだ。ひとことでいうと「ネオリベ」になる。細川・コイズミを後見人として、表看板には小池百合子あたりを立てる可能性が高い。
一方、安倍・中川昭・麻生・平沼の、ひところ「AHA〜Nの会」などといわれた勢力は、強烈な国家主義を信奉する「政治思想右派」であり、「ネオコン」あるいは「極右」と言い換えられる。
この両者に対抗するのが「旧保守」あるいは「保守リベラル」にあたる勢力で、これはちょっとわかりにくいのだが、福田康夫と小沢一郎を中心とした旧保守と、加藤紘一を中心とした保守リベラルにさらに分かれる。これは、旧田中派と旧大平派(宏池会)の違いととらえればわかりやすい。宏池会は「加藤の乱」でさらに分裂し、谷垣禎一の系列と古賀誠の系列に分かれたが、いずれも21世紀に入ってからの自民党の右傾化に伴って、個々の政治家も右傾しており、加藤を中心としたリベラルの勢力にあっさり合流するかは不明だ。「経済右派」に対するカウンター勢力になっているのが、旧田中派的性格を持つ、福田・小沢の「旧保守」であり、「政治思想右派」に対するカウンターになっているのが、旧大平派の代名詞のような加藤を中心とするグループだと私は考えている。だから、前者は政治思想に関しては右翼から左翼までを抱え、後者は経済思想に関しては新自由主義者から社民主義に近い人たちまでを容認する。だから、加藤が枝野幸男らと接近したりする。
また、国民新党は典型的な「旧保守」の勢力だが、亀井静香には「政治思想右派」の側面もあるので、「AHA〜N」の極右グループと提携する恐れもある。
以上のほかに、リベラルあるいは左派の勢力が存在し、民主党左派、社民党、共産党がこれに相当する。今後は、民主党左派と社民党の連携が強まり、共産党は相変わらず独自路線を歩むと思われる。
当ブログとしては、最初に挙げた2つのグループ、すなわち細川・コイズミを後見人とする「ネオリベ」グループと、「AHA〜N」率いる「ネオコン」グループを排除した、残りのグループによる政権樹立に向けて再編を進めていくのが、日本にとってもっともマシな選択肢だと思うが、現状は日本人になお「カイカク」への幻想が強いと思うので、「ネオリベ」グループには特に警戒してかからなければならないと考えている。最近、竹中平蔵のメディアへの露出が増えており、前述の「週刊朝日」にも竹中のインタビュー記事が出ているが、彼が再びイニシアチブをとるようでは、新自由主義政策によってこれまでに進んだ「格差」はさらに拡大し、日本経済は疲弊し、国力はどんどん落ちていってしまうだろう。それだけは避けなければならない。
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この際だから、はっきり私のスタンスを明らかにしておくが、もし私が京都市民だったら、共産党候補に投票していたところだ。
ところで、この選挙で民主党支持者はわずか3割しか支持政党の推す相乗り候補に投票しなかったそうだ。このことを朝日新聞が報じている。
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200802180028.html
この記事中に、「ある民主市議は「民主の票は簡単にどっかいってしまう票なんだと心しないといけない」と話した」とあるが、そんなことを今ごろ改めて言われても困る、なんたる「KY」ぶりか、というのが私の偽らざる気持ちだ。
1998年の参院選で、橋本龍太郎総裁の率いる自民党が大敗を喫してから、今年で10年になる。98年といえば、新自由主義が本格的に猛威を振るうようになったころだ。その頃から今に至るまで、いい思いをするのは経団連などの財界首脳や自民党の世襲議員だけ、という時代が続いた。「頑張った人が報われる社会を」などと言われ、99〜00年のITバブル時代には「光通信」、のちにはライブドアや村上ファンドなどがもてはやされたが、彼らはいずれも奈落の底に突き落とされた。今の経済体制が「カジノ資本主義」である以上、それは当然の帰結だった。中産階級が没落したのみならず、手段を選ばない強引なやり口で上流階級を目指した人たちも失墜していった時代だといえる。格差、否、階級の固定を目指すのが、新自由主義イデオロギーの本当の狙いだ。だが、そんな新自由主義の正体がひとたび知れ渡るや、選挙で不信任を突きつけられる。98年以降、自民党が基本的に退潮傾向にあるのは、自民党ごときの低能集団の能力では新自由主義の正体を糊塗することができず、その腐った意図が明らかになりつつあるからだと思う。
当時から今に至るまで、国民はずっと変革を求め、自民党政治に「ノー」を突きつけるというのが基本的な有権者の投票行動だった。国政選挙では、2000年および03年の衆院選、2004年と07年の参院選では、いずれも自民党が党勢を落とし、民主党が党勢を伸ばした。そして、変革を求める理由は、弱肉強食の新自由主義への反発だったと思う。
その間の民主党の政策が支持されたわけではない。03年や04年の選挙における民主党の政策は、どちらかというと新自由主義的だったのに対し、コイズミ政権末期に民主党代表が前原誠司から小沢一郎に交代したあとは、福祉国家指向へと政策を転換した。これらの選挙にいずれも民主党が勝利を収めたのは、単に民主党が自民党に対抗する勢力だったからに過ぎない。
そんな脆弱な支持だから、自民党内部から「自民党をぶっ潰す」とか、党内の「抵抗勢力」に対して「刺客」を送ったりする小泉純一郎のような人物が現れると、従来民主党を支持していた人たちが、簡単にコイズミに寝返ったりする。01年の参院選と05年の衆議院の「郵政総選挙」で自民党が圧勝したのはそのせいだ。特に、05年総選挙では、民主党が得意としていたはずの東京・神奈川などの選挙区で、自民党が地滑り的圧勝を収めたことは忘れられない。あの選挙では、今をときめく民主党の「ミスター年金」こと長妻昭も、選挙区では自民党の小物の候補に敗れ、比例でなんとか復活当選したくらいだ。
昨年の東京都知事選で石原慎太郎、今年の大阪府知事選で橋下徹をそれぞれ有権者が圧倒的に支持したのも、05年の総選挙でコイズミを圧倒的に支持したのと同じ心理に基づくものだと思う。有権者は、パワフルな石原や橋下に既成の政治を変えてもらいたいのだ。
今回の京都市長選でも、民意はやはり既成の政治の否定にあった。だから、共産党推薦の中村和雄があそこまで相乗り候補に肉薄したのである。
民主党の人気は、単に「自民党に反対している政党だから」というだけの理由からきているに過ぎないから、自民党とくっつく民主党など何の存在価値もなく、だから民主党支持者の3割しか相乗り候補に投票しなかったのだ。そのことに気づかない民主党関係者は「愚か」の一語に尽きる。昨年晩秋に、もし小沢一郎が渡邉恒雄(ナベツネ)らの口車に乗って「大連立」政権に参加していたら、民主党の未来も日本の将来もお先真っ暗だっただろう。
そして、民主党の最大の弱みは、民主党より強力に「変革」をアピールする者の前では全く歯が立たないことだ。曲がりなりにも民主党が転換しようとしている「福祉国家」の未来像は、必ずしも派手なイメージを持たない。また民主党内にはこの路線になじまない新自由主義者が多いこともあって、党としての方向性をなかなかはっきりと示せない。一方、小泉純一郎や石原慎太郎、東国原英夫、橋下徹といった人たちの強引なキャラには、この人たちに身を任せたいと思う人たちが続出する。もう一つ、彼らとは違った、辺見庸の言うところの「鵺のような全体主義」に対しても民主党は弱い、というより親和性を持っていると私は考えるが、そこまで考慮に入れるとエントリがまとまらないので、これへの考察は今回は措いておく。
同じ現状への不満でも、昨年の参院選で民主党が公約した「生活が第一」と、コイズミや石原、橋下らの方向性は180度ベクトルの向きが異なる。前者は、少なくとも理念上は国民生活を良くしようとするものだが、後者は、ひと握りのリーダーが愚民どもを引っ張っていって、おこぼれに預からせるという思想に基づく。人々が後者に惹かれていくことを食い止めなければ、日本は再びクラッシュへの道を歩んでしまうと思う。私自身がどうすればよいのかと考える時、普段から正しいと信じるところの、外交・安全保障政策では平和国家、経済政策では福祉国家への道を説き続けること以外の答えは出てこない。選挙前の付け焼刃では通用しない。権力を持っている側は相当したたかだ。安倍晋三政権の頃はおごり高ぶって大コケしたけれど、いつもいつもそんな敵失は期待できない。
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