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きまぐれな日々

一昨日には強気に留任の意向を見せた中川昭一財務相だが、昨日、予算案成立後に辞任するとの意向を明らかにし、それでも野党が即時辞任を求めて問責決議案を出すと、責任を取って辞表を提出した。

こういう展開になると、朝日新聞と同じことしか書けなくなって全く面白くないのだが、中川の辞任は当然であって、中川だけではなく麻生太郎首相の後手に回った対応は拙劣そのもので、もはや政権の体をなしていない。

思い出すのは、閣僚の不祥事を庇っては、その都度情勢が悪化して閣僚が辞任に追い込まれた安倍晋三内閣であって、その中でも参院選2か月前の一昨年5月28日に松岡利勝農水相が自殺した件は衝撃的だった。そして、中川昭一の父・中川一郎も1983年に自殺している。

中川昭一は、中川秀直と区別するために、ネットのスラングでは、「中川(酒)」などと表記される(中川秀直は「中川(女)」)。酒癖が悪いのは以前から知られていたが、世界経済、その中でも特に日本経済が未曾有(笑)の危機に瀕している時に行われたG7で酩酊状態になっているようでは、仕事ができない状態と見られても仕方ない。

財務相と金融担当相を兼務していた中川の辞任は、「経済の麻生」をもって任じ、「まず景気だ」とか「政局より政策」などと言っていた麻生内閣の土台が崩れ去ったことを意味する。朝日新聞の見出しは「首相退陣 流れ加速」(大阪本社発行統合版、1面真ん中)と打たれており、昨夜の『報道ステーション』では朝日新聞編集委員の星浩が後任の首相候補の名前を挙げていた。いわく、谷垣禎一とか高村正彦とか野田聖子とか舛添要一など。いずれも、自民党の負けを最小に抑えるには適当な人たちではないかと思えるが、このうち誰が総理総裁になっても、短命の「自民党政権最後の総理総裁」にならざるを得ない。しかし、現在は自民党や民主党云々などと言っていられるような経済や社会の状態ではない。国民生活が崩壊していっているのだ。ここであえて自ら犠牲となって選挙管理内閣の首班となる勇気を、自民党の心ある政治家に求めたい。間違っても、「なんとか劇場」などを起こそうとしてはならない。そして、首相になって組閣したら、なるだけ早い時期の解散総選挙を行うことだ。「政局より政策」などと言いながら無策を続けた結果、麻生政権が発足してからの4か月あまりの間は、まるまる政治空白になってしまった。これ以上こんな状態を続けてはならない。本当は麻生太郎こそ、当初の目論見通り、内閣発足早々の臨時国会冒頭解散を行うべきだった。解散を先送りすればするほど自民党の議席は減ると、当時から当ブログはずっと主張していた。

それにしても、国会で多数を占めている勢力が集団で間違い続けるのだからどうしようもない。公明党は、福田康夫では勝てないと福田下ろしに動き、麻生で解散総選挙をもくろんだが、情勢のあまりの悪さに麻生が立ちすくんでしまい、現在の状態に至った。

そんなわけで、麻生内閣の先はそんなに長くないのだろうが、いただけないのは与謝野馨経済財政相が財務相と金融担当相を兼務することだ。与謝野は、中川昭一とは対照的な緊縮財政論者であり、リーマン・ショック直後の昨年9月16日に、「日本経済のファンダメンタルズの健全性というのは、相対的には高いと私は思っております」などとほざいていた。与謝野はこんな超楽観論に基づいて、緊縮財政路線を歩もうとしていたわけだ。コイズミ時代、いやその前の90年代後半からずっと続く外需頼みの自民党政権の失政によって、世界経済危機で日本経済こそ最悪のダメージを受ける体質になっていたことを、与謝野は全く理解していなかった。能力的に大きな疑問符をつけざるを得ない。

せめて中川の後任には、もう少しマシな人物を据えるのではないかと私は思っていたのだが、よりにもよって与謝野の兼任。麻生太郎や中川昭一と全然方向性の違うはずのこの人事は、もはや麻生がまともに政権を運営する意欲を失っている現われに、私には見える。安倍晋三、福田康夫に続く「政権投げ出し」は目前なのではないか。安倍や福田は、それでも1年持ったが、麻生内閣は発足後まだ5か月も経っていない。

だが、現状を招いた最大の戦犯はコイズミであることを最後に指摘しておきたい。コイズミ劇場の「郵政解散・総選挙」で空前の議席数を獲得したあと、コイズミは政権を退いた。そして、その議席を頼んで「力の政治」を行ったあげく、参院選で惨敗して衆参の「ねじれ」を招いたのが安倍晋三だった。その後の福田康夫も麻生太郎も解散できなかった。福田は、「大連立」騒動が勃発した時、麻生は就任直後に、いずれも最大のチャンスがあったが、それを活かせなかった。それは、どんなに自民党が善戦しようが、衆院選で議席の大幅減は避けられなかったからだ。コイズミの勝ち逃げこそ、もっとも罪が重かった。

これを書きながら、自民党のことだから、いっそのことコイズミを選挙管理内閣の首班にして解散総選挙を行うのではないかという考えが脳裏をよぎったが、麻生は曲がりなりにも「脱カイカク」を目指していたのだろうから、せめて芝居っ気なしで粛々と解散総選挙を行える後任に道を譲って、潔く内閣総辞職して、次の選挙管理内閣の下で、可及的速やかに解散総選挙を行うべきだ。なお、本来なら自民党はいったん民主党に政権を譲り、民主党の選挙管理内閣下で解散総選挙を行うのが筋だと思うが、私は自民党にそこまでの良識は期待していない。


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麻生内閣の支持率がまた下がった。2月7, 8日の朝日新聞による電話調査で、支持率はついに14%にまで低下した。同じ2日間に行われた共同通信の調査でも支持率は18%に低下している。

私は、麻生内閣の支持率はもう自民党のコアな支持者だけが残る状態まで下がっていて、これ以上下がりようがないのではないかと思っていたのだが、自民党支持者までもが見放し始めたといえる状態だ。

ここまで支持率が下がると、当然のことながらネットで読めるブログの記事でも麻生批判の大合唱になっており、当ブログでもその大多数と同じような批判になってしまってイマイチ面白くないのだが、それでも書いておかなければならないことはあるので、麻生批判を行いたい。

なんといっても最低なのは現状認識で、麻生は福井県の講演会で「日本経済の現状はそんなに大変じゃない」とほざいた。今朝の朝日新聞には『文藝春秋』、『世界』、『週刊東洋経済』などの広告が掲載されているが、いずれにも経済危機の深刻さを伝える見出しがずらりと並んでいる。雑誌の中身は全然見ていないが、『週刊東洋経済』の2月14日号には、「図解 戦後最悪の日本経済 オイルショックを上回る垂直落下、急増する失業者、マイナス12%成長へ」という記事が出ている。いろんな経済学者が寄稿しており、新自由主義的な傾向の経済学者だと思っていた野口悠紀雄が「日本でケインズ政策は、戦後初めて必要になった」などと書いている。一方、どういうわけか池田信夫なる四流学者も同誌に寄稿しており、「重要なのは金融・労働市場の改革。もっと「創造的破壊」を」などと叫んでおり、要は竹中平蔵の主張をさらにエキセントリックにした絶叫をしているようだ。池田のトンデモ記事を含む多くの経済危機関連記事が出ているようだから、買って読んでみたいと思う。

問題は、野口悠紀雄のいうように「戦後初めて」なのか、小野善康がいうように長期不況が「定常的な状態」なのかはともかく、乗数効果の大きな積極財政が求められるこの時期に、「日本経済、そんなに大変じゃない」という麻生にまともな政策は期待できないということだ。麻生には、従来の利権構造を守ることしか頭にないに違いない。

郵政民営化問題でも麻生は責任逃れの発言を繰り返していて、みっともないことこの上ない。トラックバックいただいた『dj19の日記』のエントリ「麻生政権の迷走」に手際良くまとめられているが、麻生は昨年9月の自民党総裁選の時には「私は郵政民営化を担当した大臣ですからね、忘れないでください」と明言していたのに、「かんぽの宿」譲渡問題をきっかけに郵政民営化自体への批判が強まると、「私は総務大臣だったが、郵政民営化担当大臣ではなかった。担当は竹中平蔵大臣だったことを忘れないでほしい」などと言い出す始末だ。つまり、悪いのは竹中だ、僕ちゃんは悪くないんだ、というつもりらしいが、まるで小学生のイイワケとしか思えない。一方、コイズミら郵政民営化を推進するグループが、明後日(12日)会合を開くらしい。自民党の内紛になるかどうか。

そもそも麻生は総理大臣の器ではなかった、とは月並みな結論だが、それ以外言いようがないと思う今日この頃なのである。


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「郵政民営化に私は反対だった」とか「消費税増税はどうでもよかった」などと言う麻生太郎首相を見ていると、じゃああんた、いったい何のために総理大臣をやってるの、と言いたくなる。

「100年に一度」といわれる世界金融危機は、生半可なものではなく、『週刊東洋経済』の2月7日号には「雇用壊滅!」という巨大な見出しが躍っている。不振は製造業だけではなくなっており、四国の第二地銀である香川銀行と徳島銀行は先日経営統合を発表したし、勝ち組企業の代名詞であるテレビ局でさえ、日テレの氏家齊一郎取締役会議長が「テレビ広告はさらに減る、生き残るのは2?3社だ」と発言して話題になっている(『週刊東洋経済』1月31日号)。

そんな状況なのに、麻生はひたすら政権延命だけに腐心し、総選挙のリミットまであと7か月に迫った現在、どこかで民主党が失策をやらかしてくれないかと待ち続ける日々だ。民主党がほころびを見せたスキを突いて、たちどころに解散総選挙をやろうとしていることは明白だが、現実に聞こえてくるのは自民党内の不協和音ばかりである。

一方で、国会で民主党がやっている「論戦」というのも全然心に響かないので、ブログで取り上げる気にはならない。朝日新聞を読んでいても、最近は見出しに目を走らすだけで終わらせる記事が大部分で、じっくり読もうという気を起こさせる記事がめっきり減っている。

八方ふさがりだが、中でももっともひどいのは政府の無能というほかない。政治家の世襲禁止と、政権が行きづまった時の与党内での総理大臣たらい回し禁止を法律で定めない限り、日本の政治はさらに悪くなることはあっても良くなることは金輪際あり得ないと思うが、総選挙をやって国会議員の分布を現在とは様変わりさせなければ何も始まらない。しかし、麻生は政権に醜くしがみついている。

経済が日に日にすさまじい勢いで崩落している現状で、麻生無能内閣はひたすら延命に専念する。日本は再び焼け野原にならなければ再起できないのではないかと悲観するようになった今日この頃である。


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麻生太郎首相が衆参両院の本会議で施政方針演説を行った。ポイントは2点で、まずやっとこさ「コイズミカイカク」路線からの離脱を明言したこと、もう一つは景気回復後に消費税を増税することを明言したことだ。

今回の施政方針演説で麻生が「脱カイカク」を打ち出すことは、マスコミの報道で知っていたので驚かなかった。麻生は、

「官から民へ」といったスローガンや、「大きな政府か小さな政府か」といった発想だけでは、あるべき姿は見えないということです。

市場にゆだねればすべてが良くなる、というものではありません。サブプライムローン問題と世界不況が、その例です。

国民の安心を考えた場合、政府は小さければよい、というわけではありません。

などと明言した。

ここで絶対に思い出しておかなければならないことは、2005年の総選挙におけるコイズミの、有名な「改革を止めるな」のフレーズで始まる公約である。URLを下記に示す。
http://www.jimin.jp/jimin/jimin/2005_seisaku/pamphlet/

ここでコイズミは、「小さな政府をつくります。」と明言している。以下引用する。

小泉改革のめざすもの

■小さな政府をつくります。

「小さな政府」とは、官が民の邪魔をしない政府のことです。
官の組織を小さくして、官が使うお金を減らします。官の規制や許認可を撤廃して、民間が仕事をしやすくします。
小さな政府を実現し、個人が自由に活力を発揮できる社会の中で、新しい技術・サービスを核とした起業・創業を支援します。
そして、経済と産業の国際競争力を強化し、民間主導の経済成長を持続させます。少子高齢化の中でも、国民の負担はできる限り小さく、国民の活力はできる限り大きく。それが小泉改革の目指す「小さな政府」です。


つまり、麻生太郎は、郵政総選挙から4年、コイズミ内閣発足から8年になる今頃になって、ようやく「コイズミカイカク」路線を明確に否定したのである。

本当は、これは麻生が総理大臣に就任した直後の、昨年秋の臨時国会冒頭の所信表明演説で言わなければならないことだった。「カイカク」からの離脱を明言した上で直ちに衆議院を解散し、民主党と「脱カイカク」を競う選挙戦に持ち込んでいれば、自民党に勝機があったかもしれない。しかし、あの時麻生がやったことは、逆質問による民主党の挑発であり、特に見過ごせないのは「財源を明確にせよ」と民主党に迫ったことだ。これは、典型的な新自由主義者の論法だった。しかも、麻生の景気対策の方こそ財源を示せと民主党の鳩山幹事長に切り返されて麻生は口ごもり、年末までに明らかにすると答えて野党議員に野次を飛ばされた。私はニュースでその映像を見て、麻生の無能を確信した。まだ麻生が「漢字が読めない」ことを知る前である。

物事にはタイミングがある。麻生の言葉の軽さが国民に知れ渡った今頃になって、コイズミカイカクからの離脱を表明したのは、何も言わないよりずっとマシではあるが、時既に遅しなのである。

しかもいけないのは、「小さな政府」を否定したあと、「中福祉中負担」を目指し、そのために国民に負担をお願いする、と言い、さらに2011年に景気が回復すれば消費税を増税すると言ったことだ。これは、朝日新聞の主張とそっくり同じである。

なぜいけないかというと、コイズミカイカクによって日本社会は格差が著しく拡大し、日本経済を支えていた分厚い中産階級がやせ細り、貧困層が増えたことによって、消費が減退し、日本経済が衰退していったことを考慮していないからだ。今緊急に必要なのは、富の再分配である。たとえばイギリスでは消費税を2.5%引き下げたし、アメリカのオバマ大統領は就任前に金持ち増税と中産階級以下の減税を公約した(金持ち増税には横ヤリが入っているようだが)。

コイズミが公約した「小さな政府」は、政府が富の再分配をしないという意味だから、格差が拡大するのは当たり前なのである。実際にはコイズミは何もしないどころか、法人税減税や金持ち減税を行って格差を拡大させた。そして、どうしても必要な政府支出には、消費税増税で対応するというのは昔からの自民党の方針だが、消費税とは森永卓郎がよく言うように、逆進性の強い税制である。
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/o/141/index1.html

一度、当ブログに頭のおかしなコメンターが現れ(確か最初は名なしで、のちに「資本主義者」と名乗っていた)、消費税と言ったって金持ちの方が金を多く使うではないか、全然公平な税制ではないなどと寝言を言っていたことがある。なんて馬鹿なことを書くのかと呆れたが、思い出してみれば、竹中平蔵が理想とする税制はどんな人だろうが定額の税金を課する「人頭税」だった。今となっては信じられないことだが、イギリスのマーガレット・サッチャー首相は現実に人頭税を導入し、すさまじい国民の反発を買って退陣に追い込まれた。そして、「コイズミカイカク」や安倍晋三の「教育カイカク」は、サッチャーをお手本にしたものだったのである。後世の歴史家からは、間違いなく前世紀前半の戦争に突き進んだ時代と並んで酷評されるに違いない愚挙だが、これが大手を振ってのし歩いていた時代が、ついこの前まで続いていた。

いや、その影響は現在も残っている。当ブログにも時々、財政再建をどう考えているのか、消費税増税抜きでやれるのかというコメントをいただく。私はもともと高福祉高負担論者だから、ずっと先の段階では消費税増税は必要だと考えており、その点で共産党支持者と意見が合わず、増税論者として批判を受けたこともあるのだが、ここ数年に限って言えば、消費税率の引き上げには断固反対である。それは、日本社会の現状が緊急な再分配政策が必要な時期であるにもかかわらず、消費税増税はそれを阻害するからだ。要は、もっと庶民にお金が回るようにしなければならない。国民の生活が楽になれば、気持ちも明るくなって生産性が上がり、消費も促進される。結果として、税収が上がる。最近、無利子国債発行なども議論されているが、金持ちにはもっと金を出させなければならない。もちろん、アメリカより累進性のゆるやかな所得税制を改めなければならないし、環境税を創設して、環境に優しくない企業からは税金を取り立てなければならない。税収増は社会保障の充実に当てる。消費税率の引き上げを検討してもよいのは、これらがすっかり終わってからの話である。

ところで、せっかく麻生太郎が朝日新聞の主張を取り入れた施政方針演説をしたのに、今朝(29日)の朝日新聞社説はつれない反応を示した。「麻生演説―信なき人の言葉の弱さ」と題した社説は、下記のように結ばれている。

 景気対策としての公共事業への封印を解き、財政再建の青写真も描き直す。そうした大転換をするには、本来なら有権者の信任に支えられた強力な政権が必要だ。

 首相の言葉がいま一つ胸に迫ってこないのは、信任の問題、つまり総選挙から逃げているからだ。まして小泉時代に得られた与党の議席数を使って押し通すというのでは、著しく説得力を欠く。


その通りである。「小さな政府」を公約して総選挙に圧勝した与党の議席数の威力にしがみついている人間が、口だけ「コイズミカイカク」を否定してみたところで何の説得力もない。逆進性の強い消費税増税にやたらとこだわるのも、自民党が基本的に富裕層のための政党であることの反映だ。

麻生がやるべきことは、早期の解散総選挙である。自公政権の延命は、そのまま日本経済低迷の泥沼化を意味する。今後、3月末にかけて企業の倒産が相次ぐことは間違いない。その時、やっとコイズミカイカクからの離脱を表明したばかりで、党内に中川秀直らカイカク派の反発が渦巻いている自民党政権ではまともに対応できないことは火を見るより明らかである。


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今年も残り2週間を切ったが、今年は年始からの流れを振り返っても、あとになればなるほど悪くなった年で、1年の回顧さえする気にならない。「派遣切り」が横行している現状なのに、野党提出の雇用対策関連4法案の参院での採決をめぐって国会が紛糾しているありさまだ。これには民主党が政争の具としているという批判が野党内からもあるが、今日の事態においてもっとも責任が重いのは、「まずは景気だ」とか「政局より政策」などと言いながら、結局喫緊の課題である雇用問題において手をこまねいてしまった麻生自民党である。

思えば、私がブログを始めて間もない時期、「AbEnd」(異常終了を意味するコンピュータ用語の "abend" (="abnormal end")と「安倍(晋三)」の「エンド」を掛け合わせた言葉)を考案して、ネットでの反安倍晋三キャンペーンに参加した頃、右翼側の「反コイズミ・安倍」の人たち(政治思想右派で経済左派の人たち)の多くが期待していたのは、平沼一派とともに麻生太郎だった。野中広務に対する差別発言が強烈に印象に残っていた私としては、なぜ彼らが麻生なんかに期待するのかさっぱり理解できなかったが、どうやら私の感覚の方が正しく、彼らは誤っていたようだ。麻生内閣発足直後に、彼らは、「麻生、終わったな」などと言って麻生を見限ったが、麻生の正体さえ見破れなかった自分たちの見る目のなさも、よーく反省してほしいと思う。

政治に関する報道を見ていると、来年以降の政治にも全く期待できない気分になってくるが、来年には総選挙がある。再来年の2010年には参院選があり、もし来年の総選挙が春までに行われる場合、そのさらに次の総選挙は2013年に衆参同日というわけにはいかなくなるから、おそらく2012年までに行われることになるが、この選挙まででほぼ流れが決まるのだろう。

昨年の参院選では、民主党でリベラル系の公約を掲げた候補(内実がどうかはわからないが)が多数当選し、民主党の体質を、多少なりとも政治思想的にも経済政策的にも「左」側に傾けた。現在の民主党衆院議員には、政治右派も経済右派(新自由主義者)も多いが、世論に占める改憲賛成の意見の割合が減り、新自由主義が不人気になっていることを考えると、来年の総選挙で一気に増えるであろう民主党議員にも同様の傾向が生じるのではないか。現在は、コイズミバブルによって、不必要な「コイズミチルドレン」が大量に議席を占めているが、彼らの大半は国会から追い出される。もちろん自民党でも、渡辺喜美を筆頭に、小池百合子、石原伸晃ら不愉快なネオリベ議員は残るだろうし、彼らに呼応する主張を持った民主党の議員たちは引き続き議席を維持するだろうから、それらがまとまって新自由主義政党ができる可能性はある。今日(12月19日)の四国新聞に辻元清美(社民党)のインタビューが出ていて、自民党内の「反麻生」の動きを、「新自由主義的な人が多い」とした上で、「今は新自由主義と社民主義を対立軸にした政界ビッグバンへの過渡期で、いっぱい動きが出ればいい」と言っているが、基本的に私も同感である。個人的には、以前にも書いたように、自民党の新自由主義者にはろくなのがいないが、民主党の前原誠司は、その考え方は私とは全く相容れないけれども、主張にはそれなりに筋が通っていて、信念を持った政治家だと思うので、将来的には新自由主義者を束ねた政党のリーダーになれば良いのではないかと考える。あとは、民主党の「ポスト小沢」で、どれだけ新しい社民主義的勢力が台頭し得るかがカギで、これが伸びないようでは日本の政治に未来はないだろう。

この際に考慮しなければならないことが一つあって、それは有名ブログでも論じられ、私の身近な某所でも話題になった選挙制度の話である。日本は、90年代前半の「政治改革」以来、二大政党制を目指して衆議院選挙に小選挙区制を導入したが、これに対する批判がTBSの『サンデーモーニング』(12月14日)でも取り上げられた。この番組では、日本がお手本にしようとしたアメリカでも、共和党、民主党の二大勢力に加えた第3の勢力の必要性を、国民の47%が求めているという世論調査が紹介され、日本でも二大政党制で本当に良いのかという疑問を提示していた。

現在民主党の中枢を占めている小沢一郎、鳩山由紀夫、菅直人の各氏は、いずれも「政治改革」を推進した側だが、私は当時からこの「政治改革」には大いに違和感を持っていて、その最大の理由がこの小選挙区制導入だった。この制度では少数政党に不利だし、現在のように政治家が新しい動きを起こそうとしても、小選挙区制があるから有力政治家個人としてはともかく、新党として一定数の議席を確保するのは非常に難しい。だから、腐り切った麻生自民党政権が、それこそ「たらたら」と続いてしまって、国民を絶望に突き落とすのである。あの当時、小選挙区制だと金のかからない選挙ができるなどと言っていたが、そんなことは今や誰も信じていない。選挙制度は、比例代表制中心でなければならないと、これはずっと以前からの私の主張でもあるが、民主党内から台頭する社民主義指向の勢力にも、比例代表制に重きを置いた選挙制度の再改革を求めたい。

最後にひとこと言うと、私は絶望するにはまだ早いと思う。


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麻生太郎首相は漫画がお好きだそうだが、手塚治虫の『陽だまりの樹』を読んだことはおありだろうか?

手塚治虫の晩年、といっても50歳台の1981年から86年に描かれたこの漫画のタイトル「陽だまりの樹」とは、幕末期の江戸幕府を指す。見かけは大きくて立派な樹だが、中身が腐っていて、倒壊する寸前。私がこの漫画を読んだのは、手塚の死後だいぶ経ってからの2001年の年末、自民党がコイズミの登場で息を吹き返していた頃だったが、私は読みながら、「自民党政府も同じだなあ、今はコイズミ人気で盛り返しているように見えるけど、内実はもう自民党は歴史的役割を終えた政党のはずだしなあ」などと感じていた。

その後、自民党は03年の衆院選、04年の参院選で党勢を落としたが、2005年の「郵政総選挙」で圧勝して、有権者の信任を得たコイズミは任期の末期にさらに過激な新自由主義政策を推進した。「骨太の方針2006」では、毎年2200億円の社会保障費削減の方針を打ち出し、同じ2006年には後期高齢者医療制度を強行採決で成立させたのである。

「我亡き後に洪水よ来たれ」とコイズミが思っていたかどうかは知らないが、いわば「コイズミコウズイ」がコイズミの後を襲った3人の宰相、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎の世襲政治家たちを直撃した。最近、麻生太郎を徳川慶喜にたとえる論評も見かけるが、頭脳明晰だった慶喜が漢字も読めない無能な麻生太郎にたとえられたのでは、あまりにも慶喜が気の毒である。

それはともかく、ここにきての自民党の迷走ぶりは目も当てられないひどさで、たとえば麻生は、まだ福田康夫が辞意を表明する前の今年8月に民主党をナチスにたとえて批判されたが、先日は鈴木政二・自民党参院国対委員長も同様の発言をした。だが実際には、「郵政総選挙」のあと、「物言えば唇寒し」の空気が生じて誰もコイズミを批判できなくなり、ナチスドイツかソ連共産党のような体質に変わり果てていたのは自民党だった。

伊吹文明に至っては、「YKKK」(山崎拓、加藤紘一、亀井静香、菅直人)を白人優越主義を唱える米国の秘密結社「KKK」(クー・クラックス・クラン)にたとえるという、ネット右翼並みの発言をやらかした。これも、より「KKK」に近いのは歴史修正主義者や反中反韓の人間が少なからずいる自民党の方だろう。もっとも、自民党よりさらに「KKK」に近いのは平沼一派だと私は思うけれども。

自民党の政治家はこういう妄言を繰り返すだけではなく、「反日教組」議連などという右翼イデオロギー議連を発足させる愚行まで犯している。国民の多くが明日の飯を心配する状況に追い込まれているこの時に、こんなくだらないお遊びをしていられる自民党のノーテンキさには呆れ返るし、「公明党を切れば比例票が増える」という意味の発言をした古賀誠とか、加藤紘一や渡辺喜美を意識して「離党すれば刺客を送るだけ」と脅したつもりでいる細田博之など、よくもこんなにおめでたい「KY」(「漢字が読めない」ではなく、「空気が読めない」ほう)が自民党には揃っているなあ、と呆れ返るばかりだ。公明党を切ったら、それでなくても苦戦必至の小選挙区で自民党候補者は壊滅的な打撃を受けるだろうし、落ち目の自民党に「刺客」を送られたって、加藤紘一や渡辺喜美は痛くも痒くもないに違いない。新自由主義者の渡辺は、中川秀直らとくっついてナンボの人物だから、単独でどこまで行動できるかはきわめて疑わしいと思うが、それはともかく、ノーテンキな古賀や細田は、「陽だまりの樹」を内部から食い尽くしていくシロアリのようなものだと言うべきだろう。

麻生は、「政局より政策」だと言う。それなら、民主・社民・国民新党の3党が提出した「緊急雇用対策関連4法案」を受け入れても良さそうなものだが、大企業の経営陣の利益しか頭にない自民党は、これに反対して否決する方針のようだ。

いまや、自民党には新自由主義者(中川秀直一派など)と極右(反日教組議連参加者など)しかいないかのような惨状を呈しており、下野後に民主党に対する反対勢力として生き残れるかどうかさえ疑わしい。かつて、自社さ政権時の選挙で、社会党が党勢を大きく落としたことがあったが、いよいよ自民党の番だと思われる。近い将来、総選挙で惨敗した自民党は一部が新自由主義新党、一部が極右新党(平沼一派はこちらに合流してもらえばすっきりすると思う)に分裂し、残りが民主党との合流を図り、大きくなり過ぎた民主党が、政権交代後のある時期に新自由主義指向のグループと社民主義指向のグループに分裂して政界再編成が行われるのかなとも思う。

いずれにしても、政官業癒着構造は大がかりに改めなければならないから、その意味でも次の総選挙の結果を受けての政権交代は必要不可欠だ。いまさら、選挙敗北必至の自民党が「大連立」を仕掛けようなどとは、甘ちゃんもいいところであって、各議員は自分自身のサバイバルに専念すべきだろう。そして、有権者の信任を得た議員だけが、そう遠くない未来に起きる政界再編に参加すれば良いのである。


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昨年の今日、12月16日に、NHKテレビで「ワーキングプアIII?解決への道?」が放送された。このエントリを書くに当たって、「ワーキングプアIII」を検索語にしたGoogle検索をかけると、当ブログのエントリが上位で引っかかる。あれは本当に素晴らしい番組だった。

それから1年。私は、昨夜(12月15日)に放送された同じNHKの「セーフティーネット・クライシスII」を私は見ることができなかった。しかし、見た人が書いたネット情報によると、番組には湯浅誠が出ていたものの体制側の出演者が多く、新自由主義の「コイズミカイカク」の旗を振った、あの自民党の「年金問題の切り札」・大村秀章が長広舌を揮うなどして視聴者を苛立たせていたのだそうだ。大村が出演していたのでは見なくても良かったかな、少なくとも昨年の「ワーキングプアIII」のような名番組ではなかったのだろうな、と思う。これも、安倍晋三の息のかかったNHK経営委員長・古森重隆がNHK会長の首をすげ替えた影響なのだろうか。

「ワーキングプアIII?解決への道」の内容をまとめた同名の本がポプラ社から出ている。この本のページをめくると、番組の映像がまざまざと脳裏に甦るが、最初の章で日本よりひどい「非正規大国」になった韓国の労働条件の悲惨さが紹介され、次の章ではサブプライムローン問題の陰が差し始めながら、繁栄の最後の残照を受けていたアメリカにおいて、中産階級からワーキングプアへと没落したエンジニアの実例が描き出されている。そして、今やアメリカでは同様の人たちが大量に生み出されつつあり、その影響は日本でも大規模なリストラとなって現れている。

ところで、昨日のエントリで触れた「YKKK」の件は、ネットでは評判が悪いし、一般国民にも「古い人たちがまたうごめき始めた」という印象を持つ人が多いのだろうと思う。事実、この4人の背後には、森喜朗や渡邉恒雄(ナベツネ)の動きが見え隠れする。

民主党が現在表立って組もうとしている連立のパートナーは社民党と国民新党なのだが、この両党は「経済左派」というところだけが共通しており(民主党はむしろ新自由主義的色合いが結構濃い)、片や憲法9条命の護憲政党、片や議員の大半が「日本会議」に所属していて「国籍法改正」にも反対に回った右派民族主義政党と好対照である。この両党が民主党と組むこと自体、私が常々疑義を呈している「左右共闘」ではないか、と思われる方も多いだろう。

だが、政治家や政党は何もポリティカル・コンパスの政治軸・経済軸の二次元平面に投影された座標でのみ測られるべきではない。たとえば亀井静香は、死刑廃止論者で超党派の議連(左翼系の議員が多い)の会長を務めたり、1994年に日航のアルバイトスチュワーデス採用に反対して、今日の非正規社員の問題意識を先取りしたりしていた。そんな亀井だから、次期政権をより「反新自由主義的」なものにしようと、「YKKK」を仕掛けるのだろうと思う。

もちろん、この「YKKK」は同床異夢であるのも事実で、確かに菅直人は依然として二大政党の枠組にこだわっているし(それにも関わらず、14日の「サンプロ」で大連立容認のようにもとれる口ぶりも感じられて、正直危惧を抱いたが)、加藤紘一や山崎拓には逡巡があり、番組では表に出てこなかった森喜朗やナベツネには、与謝野馨ら「財政再建派」も入れて新自由主義勢力のみを排除する「大連立」を露骨に企図しているものと思われる。

だが、麻生太郎首相が解散を先送りしたあとに支持率を大きく落としてしまったために、大連立の現実性は薄らいでいるのである。麻生は、自民党の内部調査で総選挙敗北必至という結果が出たために、ひるんで解散を先送りしたのだが、その後の失政や失言続きで、自民党の票は間違いなくさらに減った。現時点で総選挙を行った場合、民主党の獲得議席数は230議席を超えて過半数に迫るといわれている。

こんな状態で勝手に渡辺喜美に出て行かれたら、それこそ自民党は完全に崩壊すると危機感を強めているから、彼らは渡辺の脱党を食い止めようとするし、民主党は民主党で、現時点で自民党に接近しては損だとわかっているから、せいぜい枝野幸男が渡辺喜美にリップサービスするくらいしかできない。渡辺の場合は、まだ同じ選挙区に民主党候補の擁立が決まっていないから、フラフラと民主党に接近したりするのだが(この点では渡辺と全く立場の異なる無所属の平沼赳夫や城内実も同様である)、渡辺以外の議員は、たいてい同じ選挙区に民主党候補がいるから、9か月以内に選挙を控えている今となっては身動きがとれない。

渡辺喜美とも平沼一派とも立場が違い、自民党に居残っても先のない加藤紘一や、同じく自民党にいても総選挙で惨敗必至といわれている山崎拓、動いて損はしない政治家というとそれくらいのものかもしれない。だから、既に民主・社民両党と組んでいる国民新党の亀井静香が2人を口説いたのだろう。

しかし、これが加藤紘一と山崎拓の2人だけではなく、ナベツネの盟友・中曽根康弘系の与謝野馨をはじめとして自民党の「反カイカク」派が大挙して「YKKK」と組もうなどという動きになると同時に、この集団は国民の支持を失い、マスコミが持ち上げる渡辺喜美やそのバックにいる中川秀直、小池百合子らが一気に息を吹き返す。現在、政治家にとって最大の関心事は次の総選挙だから、特に自民党議員で当選の見込める人たちは、自らの地位を危うくする行動はとれない。このままでは敗北必至の「コイズミチルドレン」たちもいるが、選挙区に民主党候補がいるから民主党の新自由主義者も彼らを受け入れることができない。「あのコイズミチルドレンと組むのか」と非難されて、選挙情勢を悪くするだけだからだ。だから、結局大部分の議員は動くに動けず、自民党は分裂することもできない。これには、選挙制度が小選挙区制中心になっている影響が大きい。

加藤と山崎が30人くらい引き連れて脱党することが期待されていたのに期待はずれだった、などという論評も見受けられるが、そんなことは最初から不可能だった。森喜朗やナベツネが希望する展開になるためには、もう少し自民党の支持率が上がらなければならないが、もうそのような状態にはならないだろう。自民党も「大連立」の仕掛人も、機を逸してしまったのである。

だから、自民党の政治家たちの大部分は党を割って出ようにも出られず、麻生太郎は解散したくてもできないが、格差社会下で始まった不況に国民の怒りや政治不信は頂点に達し、何らかの形で解散総選挙が行われることになるのだろうか。

いえることは、次の総選挙を勝ち抜いた政治家だけがそれ以降の政治を動かすという当たり前のことだけなのだが、選挙を前にした「大連立」を含む合従連衡がどういう影響をもたらすかについて押さえておいた方が良いだろう。

12月8日の朝日新聞に、東大との共同調査結果が出ていて、自民、民主、公明の3党の立候補予定者に、連立を組むとしたらどの党かと聞いている。これによると、自民党候補予定者が「連立を組むべき」と考えている党は、公明党100%、国民新党74%、民主党52%、社民党13%、共産党1%となっているが、民主党候補予定者が「連立を組むべき」と考えているのは、国民新党99%、社民党97%、公明党30%、共産党24%、自民党13%となっている。これは、党の方針および支持者の傾向、それに何より立候補予定者の意向を反映した数字である。民主党の立候補予定者たちが、わざわざ選挙に不利になる選挙前の「大連立」など選択するはずがなく、現状はもはや大連立を組むのは不可能な状況だ。

だから次の総選挙後、亀井静香に言わせれば小沢一郎が政権運営を投げ出した瞬間に政界再編が始まるという観測には説得力がある。それに参加する資格があるのは、総選挙を勝ち抜いた政治家に限られることはいうまでもない。

そして、どういう政治家が国民の人気を得るかだが、これについては悲観的な見方しかできない。「YKKKこそ時代遅れだ」という、ネットなどの多くにも見られる意見を持っている人たちが支持するのは、コイズミや石原慎太郎、橋下徹、東国原英夫などの「劇場政治家」たちであり、渡辺喜美も彼らを意識したパフォーマンスをしようとしたのだが、そこは二世議員の悲しさでコイズミらのようには立ち回ることができず、周りからは押さえられ、そろそろ国民(テレビの視聴者)にも渡辺の見えすいたパフォーマンスの底が割れて見え始めた。ちょっと前の舛添要一など、テレビの宣伝で虚像が作られた小物のパフォーマーが出てくるが、いずれも長続きしない。

私はここで、華々しい人気はなくとも、アメリカのオバマ新政権やアジア諸国と適度な距離感覚を持ちながら、新自由主義者たちにズタズタにされた日本の社会や経済を、内需拡大・積極財政を主眼とした政策によって立て直す必要があると考えており、山崎拓はともかくとして、菅直人、亀井静香、加藤紘一といった人たちが政権の中枢を占めるのは決して悪いことではないと考えるのだ。特に、亀井静香には、その民族主義的主張には賛成できないが、もっとも急進的な積極財政による経済の立て直しが期待でき、仮に再生可能エネルギーの開発推進などに力を入れる方向性を示せば、政治思想では水と油の社民党ともうまくやっていけるのではないかと思う(現状でも、国民新党と社民党が新自由主義に傾斜しがちな民主党への歯止めになっている)。少なくとも、渡辺喜美に代表されるような軽薄なパフォーマーが力を持つよりはずっとましだろう。そして、政権が実績を挙げることによって、橋下徹や東国原英夫が国政に進出してきて日本の政治を完全に破壊するのを防止する必要があると思う。かつて国民がコイズミに熱狂し始めた頃は、まだ国民生活に余裕があった。だが「背に腹は代えられない」状態になれば、ポピュリズム政治への熱狂どころの話ではなくなるはずだ。まだ国力があるうちに、堅実な政策を行う力を持つ者たちが、政権を運営すべきだと思う。

すべては過剰な輸出依存体質のためにおかしくなって、国民生活が豊かにならないどころかアメリカ発金融危機の直撃を食らってしまった日本経済の建て直しからだ。民主党の掲げた「国民の生活が第一」というスローガンがどこまで実現できるかに、来年生まれるであろう新政権の命運はかかっている。


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先月から土日と祝日は原則としてブログをお休みして、来年のしかるべき時のためにスタミナを温存するように努めている。「はてブニュース」などを見ても、政治に関する記事はこのところ膠着状態になっていて、なんともフラストレーションのたまる状態で年越しになるのは確実な情勢だ。そのせいか、「国籍法改正」などという、なぜ大騒ぎになるのかさっぱりわからない話題で盛り上がるありさまで、城内実がトンデモな主張を繰り返していたり、勝谷誠彦が口からでまかせのデマを撒き散らしていることばかりが目に入ったから軽く考えていた。しかし、下記ブログのエントリにあるように、ネット右翼が大量の電子メールやFAXを国会議員に送りつけ、それに恐れをなした国会議員がネット右翼に迎合するような言動する事態に及ぶと、看過できない問題というほかない。
http://d.hatena.ne.jp/macska/20081209/p1

上記ブログによると、メール&FAX攻撃を扇動したのは、呆れたことに戸井田徹という国会議員だそうだ。光市母子殺害事件に関係して弁護団への懲戒請求を煽った橋下徹を思い出させる愚行だが、この戸井田という男は2000年と2003年の総選挙で民主党の松本剛明(これもネオコン議員だが)に連敗して、本来ならその次の総選挙で候補者を差し替えられるはずだったのだが、急に「郵政解散」になったので代替の候補者が決まらず、仕方なく自民党が公認した経緯があり、次の総選挙では間違いなく惨敗して政界の表舞台から消え失せる男だ。こんな男の扇動に屈する「リベラル議員」はあまりにも情けない。

また、やはり強硬な国籍法改正反対論者で、ブログで数々の醜悪なエントリを公開した城内実を応援しているブログは、「城内先生が言うことだから正しいに違いない」とばかり、国籍法改正反対運動に加担したが、こんなブログが憲法9条を守れだの反貧困だといったお題目を唱えているのだからその偽善ぶりには呆れ返るばかりだ。そういえば、このネット右翼による国籍法改正反対運動は、今年の春から夏にかけて彼らが展開した「毎日新聞叩き」とも手口が共通しているが、これに便乗して売名行為を働いていたのが城内実だった。

このところの麻生内閣の支持率低下に伴って、政界再編の機運が高まってきており、平沼赳夫が「俺たちが接着剤になって自民党と民主党を大連立させ、俺が総理大臣になる」などと妄想を膨らませているようだが、客観的にはそういう情勢には一切なく、もうしばらくしたら、せいぜい彼らは「YKKK」のおこぼれにあずかろうと、不倶戴天の敵だった菅直人や加藤紘一に頭を下げる醜態をさらすのではないかと私は予想している。彼ら極右勢力の最大の敵はコイズミだが、彼ら単独では全く無力なので、敵の敵は味方の論理で動くのではなかろうかと思うのだ。

その「YKKK」(山崎拓、加藤紘一、菅直人、亀井静香)だが、先々週あたりから動きが報じられ、昨日は4人が揃ってテレビ朝日の『サンデープロジェクト』に出演するなど、動きが表面化してきた。一方で、渡辺喜美を先兵としてバックに中川秀直や小池百合子らがいる新自由主義者たちの「反麻生」の動きがあるが、同じネオリベ仲間の安倍晋三はブレーキをかける側に回っている。そもそも、コイズミカイカクを推進して格差社会を現出させた新自由主義陣営で活躍していた渡辺喜美が、どの面下げて麻生政権を批判できるというのか。彼らの論理は、「麻生内閣はカイカクを後退させているからダメだ」というもので、ネオリベ側からの揺り戻しであり、トカゲの尻尾切りよろしく麻生を切り捨てようとする、いかにも新自由主義者らしい冷酷非情なものであり、民主党は断じてこんな勢力と組んではならない。

これとは方向性の異なる「YKKK」の仕掛人は亀井静香であり、12月12日付の『四国新聞』(共同通信配信と思われる)に亀井のインタビュー記事が出ている。内容は、昨日テレビで亀井がしゃべっていたことと同趣旨なので、その一部を要約して紹介する。

麻生政権は既に死んでいて無政府状態だが、それを追い詰めるのに民主党のように「新テロ特別措置法案などの重要法案を通してやるから解散しろ、というやり方ではダメで、首相の前に回りこんで、「国民のためにこれをやれ」と追い詰めなければならない。首相問責決議案を通して参院が首相を一切受け付けなくなれば、解散するか総辞職せざるを得なくなる。追い込むにはそれしかない。

衆院選後には、天地がひっくり返らない限り必ず、小沢政権が生まれる。市場原理主義に染まった議員は民主党にもたくさんいるが、構造改革の名の下で弱者を切り捨てた「小泉政治」の復活阻止が国民新党の役割だ。

次期衆院選までは大がかりな政界再編は起きない。自民党議員が逃げ出したくても、選挙区に民主党候補が既にいると難しい。一方、民主党は「まぜご飯のおかゆ」で、選挙を控えて「丼」の中でまとまっているだけだ。

政権交代後、小沢一郎が「辞める」と言った瞬間に小沢の支配権は消え、与野党入り乱れての大乱になり、本格的な再編が起きるのではないか。

自民党から10人、20人の議員が出てくるのは難しいが、加藤紘一元幹事長や山崎拓前副総裁が飛び出す可能性はある。そうすれば、政界再編や「ポスト小沢」に絡める。そのためには小沢一郎のバックアップが必要であり、私(亀井静香)は加藤らを小沢に会わせている。泥船から冷たい大海に飛び出す度胸が二人にあるかどうかだ。

(『四国新聞』 2008年12月12日付 「混迷国会を問う」第2回 亀井静香インタビューより要約)


ここで亀井は、「YKKK」の仕掛人は自分だとあけすけに語っている。インタビューには菅直人のことは出てこないが、この4人は、かつての「自社さ」連立政権の中心人物で、新生党のち新進党の小沢一郎とは対立関係にあった。多くの人が思い出すのは8年前の「加藤の乱」だろうが、亀井の想定する「ポスト小沢政権」を射程に置く時、新自由主義者たちにイニシアチブを握らせないためには、加藤紘一や山崎拓は貴重な存在だと私も思う。

加藤紘一は、このまま自民党にいても先がないし、山崎拓にいたっては選挙区の情勢が非常に悪く、このままでは次の総選挙で落選必至と言われている。勇気を持って自民党を出る決断を2人に期待したい。


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麻生太郎首相があてにしていたたばこ増税が潰され、指示していた3年後(2011年)からの消費税増税が、将来の税制抜本改革の道筋を示す「中期プログラム」に消費税率引き上げの時期が明記されないなど、麻生はすっかり指導力を失った状態だ。

たばこ税や消費税などではなく、日本の税制において欧米と比較してもっとも負担が低い所得税の制度を改革して、高額所得者の負担をせめてアメリカ並み(笑)に引き上げるとか、経団連が大反対している環境税を導入するとか、どうしてそういう方向に議論が向かわないのかと思う。たとえば共産党などは所得税の累進性再強化と法人税増税を主張しているはずだし、社民党は環境税創設を方針に入れているが、そういう議論はほとんど表に出てこない。どうやって社会保障を充実させていくか、入口と出口の両方について議論されなければ、福祉国家建設は着工さえできないと思う。もちろん、「埋蔵金」の問題もあって、短期的には取り崩しがきくのだろうが、永続的な財源にはならないのは当然だ。

最近は大新聞が軒並み保守化して、特に朝日新聞などはどういう人たちの主張を代弁しているのかと思う。日経新聞が経団連の代弁者であったり、読売新聞が自民党の代弁者であることは今や明らかだが、コイズミカイカクの路線にいまだに強くこだわる一方で、消費税増税を強硬に迫る朝日新聞を見ていると、少なくとも一般市民の声を反映する新聞ではなく、官僚か自民・民主両党にいる新自由主義者の声を代弁する新聞に成り下がってしまったように見える。

一方で朝日新聞は環境問題や再生可能エネルギーの問題に熱心で、社説を一本立てにしてこれらの問題をシリーズで論じたりもしており、こうした面は評価しているのだが、財源論になると消費税増税論一本槍になってしまうところがどうしても理解できない。今朝(12日)の一面トップの見出しも、「消費増税 首相の指示 与党覆す 「3年後」明記せず」(大阪本社発行統合版)などとなっていて、いかにも「せっかく麻生が2011年の消費税増税を言明したのに、選挙で議席を失うのを恐れた自民党がそれを潰した」と言わんばかりだ。消費税増税よりもっと前にやることがたくさんあるという発想は、朝日新聞からは決して出てこない。機能不全に陥っているのは、政治ばかりではなくジャーナリズムも同様に見える。

そうこうしているうちに、非正規従業員の首切りはすさまじい勢いで進んでいる。「JANJAN」に、「政治は「非正社員切り」に全力対応を」と題した記事が出ているが、ヨーロッパよりはるかに非正規の割合が多い日本は、労働時間はヨーロッパより長く、社会保障費ははるかに少ない(アメリカよりちょっとだけ多い程度でしかない)。その、ただでさえ手薄な社会保障をさらに削減しようとしたのが「骨太の方針」と称する、実質的に骨粗しょう症の方針だった。

最近はもっぱら、「はてな」で活躍されているブログ『美しい壺日記』の管理人・やっしゃんさんが『dj19の日記』で当ブログの昨日(11日)のエントリを紹介してくれているが、その記事に現状が簡潔な言葉でまとめられているので、以下に紹介する。

■[政治]こちらを唖然とさせる自民党の議連が2つ旗揚げ

普段ニュース番組をほとんどみないんだけど昨日の夜はめずらしくNHKの7時のニュースをみた。いまや社会問題化している低所得者層である派遣労働者の首切りが大量に行なわれている現状をつたえていた。ったく、人ごとじゃありませんぜ…(汗)。んで、その後に支持率急落で追いつめられてる自民党議員がいまごろになって社会保障に関する新たな議員連盟「(仮称)生活安心保障勉強会」を発足しようとしていることもつたえていたんだけど、そのメンバーというのが、なんとあのコイズミ構造カイカク派の中川秀直、渡辺喜美、小池百合子、安倍晋三といった新自由主義者達なわけ。周知の通りこの人達ってのは構造カイカクで社会保障を削り、ワーキングプアと呼ばれる貧困層を作りだしてきた側じゃん。どんだけ矛盾と欺瞞だらけのグループなんだよ、と。会長に就任する予定の中川秀直は「政策の実現が目的であり、政局的なねらいはない」と説明したようなんだけど、うそつけ!としかいいようがありませんね。ほんとこんな政権ははやく終りにしてほしいなぁ。

(『d19の日記』 2008年12月12日付エントリより)


特に、コイズミカイカクに反対してきた「リベラル」の人たちが渡辺喜美ごときにあっさり騙されるような愚は避けてほしいと思う。

一方で、自民党の右派議員たちは「日教組問題究明議連」なるアホバカ議連を立ち上げ、右翼イデオロギーごっこにいそしむつもりらしくて、そこらへんへの突っ込みはやっしゃんさんたちの大活躍に期待したいと思う。私は、これを報じる朝日新聞記事につけた「はてなブックマーク」に「こりゃダメだ」というコメントだけをつけた。あほらしくてまともに論じる対象ではない。ただ、こういうアホバカ政治家たちが、直面している大量首切り問題に何の手も打とうとしない一方で、こんなバカなお遊びをしているのは断じて許せないことで、やはり総選挙は一刻も早く行われなけれならない。

今日は、補給支援特別措置法改正案が、参院本会議で否決後、衆院で再可決成立する見込みだ。朝日新聞は1?3面には報じず、4面で報じている。民主党はこの件で与党を解散総選挙に追い込むことはできなかった。未曾有の大恐慌が始まりかねないこの時期に、アホバカ自民党が相変わらず衆院の安定多数を確保して国会議員に居座り続け、漢字も読めない総理大臣が命脈を永らえる。あってはならない状態が立法府でずっと続いている。国民の絶望は深まるばかりだ。


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とても寒い週末だった。

この季節だとこの程度の寒波の襲来があってもおかしくないのだろうが、土曜日の新聞で加藤周一の死を知って、ますます寒さが身にこたえた。加藤周一については、私は論じる能力を持っていないので何も書かないが、朝日新聞は私にとって加藤周一と吉田秀和(音楽評論家)の文章が読める新聞だった。「夕陽妄語」は、「山中人間話」として掲載が始まった頃(1979年)から知っており、途中朝日新聞をとっていなかった期間もかなり長いが、朝日をとっている時期には必ず読んでいた。

加藤周一は逝き、吉田秀和も4年前に妻に先立たれてから3か月に1度しか朝日新聞に寄稿しなくなった。加藤周一は吉田秀和賞の選考委員も務めてきたのだが、95歳の吉田秀和は89歳の加藤周一にも先立たれた。長生きというのも残酷なものだと思う。

巨星が落ち、為政者は虚勢を張り続ける。土曜日の強風は去ったものの空気の冷たい日曜日の街を歩きながら、麻生太郎首相のことを考えると、なんともいえないむなしい気持ちに襲われ、それでなくても暗い心がますます沈んだ。非正規を中心に、大規模な首切りが始まっているというのに、麻生は連日政策も日本語も勉強しないで飲み歩き、何の政策も講じず、前の日に言った言葉を撤回し続ける。ふと、月曜日(今日、12月8日)は真珠湾攻撃の日だなあ、と気づいて、占領期の宰相・吉田茂の孫はなんたる愚物なんだ、どうしてこんな人物を総理大臣なんかにしてしまったのかと思いをめぐらせた。

10月25日に大阪で聴いた辺見庸の講演会で、辺見はジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』(1999年、日本語訳増補版は岩波書店、2004年)を読めと読者に薦めた。半身が不自由になって以来、もっぱら文庫本を好むようになったという辺見庸が、例外的に開く大きな本だという。前々から気になっていたこの本を、私は昨年買ったのだがまだ読んでいなかった。辺見庸の講演を聴いたことがきっかけとなって、この大作を読んだのだが、読み終えてなぜ辺見がこの本を推薦したのかわかるような気がした。

日本国憲法の第1条と第9条はセットになっているという、よく聞く説の根拠も、この本を読んで理解することができたし、何より、戦後の「日本モデル」とされるものが実は日本とアメリカの交配型システム a hybrid Japanese-American model であり、このモデルに支配された時期は、戦争前の1920年代後半に始まり、1989年に終わった(つまり、大部分が「昭和」に重なる)、とする議論には説得力があり、目からウロコが落ちる思いだった。どうして自民党政権の政治家は代々対米従属路線を取らなければならなかったのか、その必然性も理解できたような気がした。

ダワーによると、日本にとっての戦後は1989年に終わったという。年の初めに昭和天皇が死んだが、ベルリンの壁が壊されて冷戦が終わった年でもある。国内経済ではバブルが頂点に達し、この年の大納会につけた最高値をピークにして、バブルは弾けた。この年が歴史の大きな転換点になったとは多くの人が指摘するところである。

本来、自民党の役割もこの年に終わったのだ。自民党だけではなく、社会党の役割も終わった。だから社会党は分裂し、一部は民主党に合流し、一部は小政党としてそのまま残り、さらに一部は零細政党に分かれていった。自民党も、2000年の森政権時代には、よく「歴史的役割を終えた政党」といわれていたものだ。それを、「自民党をぶっ壊す」と叫びながら延命させたのがコイズミだった。コイズミは、過激な新自由主義カイカクによって、自民党の代わりに日本の社会をぶっ壊した。

だが、社会の混乱と引き換えに政権政党を延命しようなどという馬鹿げた試みは永続はしない。自民党は相変わらず「戦後」を引きずっていて、日本とアメリカの交配型のシステムに縛られているから、アメリカのバブルが弾けて経済危機に陥ったこの期に及んでも、対米従属の政策しかとれない。国益をもたらす政策をとることができない。麻生太郎首相が無能さを露呈して内閣が自壊の様相を呈するに伴い、8年前に聞かれたと同じ言葉が、コイズミカイカクを熱心に持ち上げてきた電波芸者の口から聞かれるようになった。「お前が言うな」と私などは思うが、田原総一朗には恥も外聞もない。麻生内閣の支持率は、共同通信の調査で25%、朝日新聞の調査で22%、毎日新聞読売新聞の調査ではそれぞれ21%にまで落ち込んだ。

この世論調査結果を知って、私は気を取り直した。絶望している場合ではない。今度こそ、日本の人民の手によって政治を変えていくべき時ではないか。そう気づいた今日この頃なのである。


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