きまぐれな日々

民主党の小沢一郎代表が、「所信表明のような代表質問」を行ない、麻生対小沢の緒戦は小沢の勝ちだなあ、と思っていたら、解散先送りの話が聞こえてきた。解散権は総理大臣の専権事項だから、麻生太郎に「解散については私が決めさせて頂く」と言われても仕方ないのだが、自民党がいくら解散を先送りしたって、「コイズミカイカク」を総括しない限り、自民党に勝機はないし、総括を行うと同時に自民党は分裂せざるを得ないことだけは指摘しておきたい。「コイズミカイカク」を否定的に総括されたら、あとのない「コイズミチルドレン」には存在理由がなくなる。民主党が、自民党が捨て去りつつある「カイカク」側勢力にすり寄る失策さえ犯さなければ、自民党政治が終わるのは時間の問題だ。今後、民主党は数合わせの誘惑をはねのけなければならない。

実は、数日前から「コイズミカイカク」の総括について書こうとしてまたも機を逸しつつあるのだが、昨日もまた大阪で個室ビデオ店が放火される事件があり、15人が死亡した。この事件は、小沢一郎の代表質問や、「解散より景気」と言う麻生太郎の指示を受けて、財務省が2次補正の検討に着手したというニュースを新聞の1面トップから追いやった。

私は、この種の事件が起きるたびに、希望の持てない格差社会が引き起こした事件だと思う。「秋葉原事件」が起きた時、「岡山のプラットホーム突き落としも、秋葉原の通り魔殺人事件も、極言すれば、みなコイズミを支持した人たちが引き起こしたようなものだ」と極論を書いて、記事につけられた「はてなブックマーク」で、「テサロニケ大先生かと思った」と皮肉られたが、私の意見は変わらない。神野直彦の『財政のしくみがわかる本』(岩波ジュニア新書、2007年)からの孫引きだが、日本は、「2000年に出た報告でも、「悪平等といわれるほど平等な社会だといわれてきた」(同書172-173頁)社会だったのに、「2006年7月、OECD(経済協力開発機構)は日本に対して「日本は異様な格差社会になっている」という経済審査報告書を提出」したのである(同書180頁)。日本社会にこの急激な変化が起きた間、政権を担っていたのは誰か。小泉純一郎である。コイズミは、日本に社会不安を引き起こしたのである。

神野直彦は、以下のように書いている。

日本の現状は、格差社会に陥って、社会のさまざまなところに亀裂が走っています。そうした社会の亀裂は、かならず抵抗運動や逸脱行動をともないますが、日本では組織的な抵抗運動はおこらず、逸脱行動がおこっているのです。そのため、毎日のように社会的な病理現象が発生するのです。

 このことは、社会的な危機や経済的な危機を解消して、社会を一つのものとしてまとめていくことが使命である財政が、日本の場合は有効に機能していないからだ、といっていいと思います。日本では政府が財政責任を放棄してしまっているのです。

(神野直彦 『財政のしくみがわかる本』(岩波ジュニア新書、2007年) 182-183頁)

説得力のある主張である。

朝日新聞の報道によると、大阪の個室ビデオ放火事件の容疑者である46歳の男性は、かつて「子ども思いの優しいお父さん」と周囲にみられていたが、会社をリストラされてから人が変わってしまった。2006年に一人暮らしになったあとは、近所の人に手話を教え、福祉関係の仕事をしていると言っていたそうだが、まもなく体調を崩して長期入院した。そして、「生きるのが嫌に」なって犯行に及んだ。同じ朝日新聞の記事は、事件の被害者の中に、事業に失敗して巨額の借金を抱えながら、介護福祉士を目指して勉強を続けていた50代の元会社経営者がいたと伝えている。その人が、同じような境遇にある人間によって殺されるという痛ましさ。こういうニュースに接して冷静でいられる人など、誰もいないだろう。

NHKの朝のニュースでは、ビデオ店の初期消火の遅れなどが報じられているが、そんなことより、こういう事件を引き起こした真犯人は誰かということを追及してほしいものだ。


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ゴールデンウィークを目前に控えたこの季節には、どういうわけか痛ましい事件が多く起きる。

記憶に新しい伊藤一長・長崎市長の銃撃事件は昨年の4月17日だった。1986年の4月26日にはチェルノブイリ原発の事故があった。ゴールデンウィーク真っ只中、1987年5月3日の「憲法記念日」には朝日新聞阪神支局の2人の記者が襲われた「赤報隊事件」が起きた。

今日4月25日は、JR西日本の福知山線脱線事故からまる3年にあたる。乗客106人が犠牲になった痛ましい事故だが、この事故を思い出す時常に私の脳裏をよぎるのは、脱線した電車を運転していた高見運転士のことだ。

この事故の真の原因は2つある。1つは、当時の報道で知られるようになったJR西日本の「日勤教育」 という名の「いじめ」体質であり、もう1つはJR西日本の採算性を重視するあまりに安全性よりダイヤの効率を重視した経営体質だ。古い体質の問題点と、現代日本の病理である新自由主義の問題点が重畳して、あのような悲惨な事故が起きてしまった。だから私には、高見運転士も亡くなった乗客106名と同様の犠牲者であると思えてならない。そして、武満徹作曲の「死んだ男の残したものは」という歌が思い浮かぶのだ。

♪死んだ男の残したものは

死んだ男の残したものは
ひとりの妻とひとりの子ども
他には何も残さなかった
墓石ひとつ残さなかった

死んだ女の残したものは
しおれた花とひとりの子ども
他には何も残さなかった
着もの一枚残さなかった

死んだ子どもの残したものは
ねじれた脚と乾いた涙
他には何も残さなかった
思い出ひとつ残さなかった

死んだ兵士の残したものは
こわれた銃とゆがんだ地球
他には何も残せなかった
平和ひとつ残せなかった

死んだかれらの残したものは
生きてるわたし生きてるあなた
他には誰も残っていない
他には誰も残っていない

死んだ歴史の残したものは
輝く今日とまた来る明日
他には何も残っていない
他には何も残っていない

(谷川俊太郎作詞・武満徹作曲)

福知山線脱線事故は、奇しくもコイズミ自民党が「郵政総選挙」で圧勝した2005年に起きた。新自由主義の問題点を噴出させた事故だったのに、その年の残暑の厳しい季節に行われたあの総選挙で、国民はあろうことか新自由主義を推進するコイズミを熱狂的に支持してしまった。現在国民の不評を買っている「後期高齢者医療制度」の施行も、あの時「民意」がコイズミ自民党を選択したからこその必然的帰結なのだ。

当ブログとしては初めて、YouTubeの動画を紹介しよう。ジャズ・サックス奏者の坂田明が演奏する「死んだ男の残したものは」は、この曲をパッサカリア風に演奏したものだ。まずベースが主旋律を演奏し、主旋律が高音域のピアノに移ると、坂田が歌詞を歌うのではなく朗読する、というより叫ぶ。そして、低音の定旋律に支えられた坂田のサックスの即興演奏へと移っていく。まるでバッハのパッサカリア。実に面白い演奏だ。




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このところ、判決に疑義のある裁判に関する報道が多く、考えさせられる。

サイパンで逮捕された「ロス疑惑」の三浦和義氏のように、有罪を疑われながら、(日本では)無罪が確定した例もあるが、これは稀なケースで、無罪相当ではないかと思われるのに有罪判決が出るケースが目立つ。

昨年、当ブログ管理人の地元の放送局である瀬戸内海放送(本社・高松市)が報道し、「きっこの日記」が取り上げて話題になった、高知のスクールバスと白バイの衝突事件はその代表例だが、その他にも、沖縄返還をめぐる日米密約を暴いた新聞記者が国家公務員法違反(秘密漏えいの教唆)の罪に問われて有罪が確定した「西山事件」の再審請求が二審でも棄却された件や、佐藤優が「国策捜査」だとして批判した鈴木宗男氏の裁判で、やはり二審でも実刑判決が下された件など、納得しがたい判決が多い。

2000年に仙台の北陵クリニックにおいて、筋弛緩剤を点滴に混入して患者1人を殺害、4人を殺害しようとしたとして、殺人と殺人未遂の罪に問われた准看護師、守(もり)大助被告(36)の上告審で、最高裁第三小法廷(藤田宙靖裁判長)は、守被告の上告を棄却する決定をしたが、私にとってはこれも納得できない事例である(下記URLは朝日新聞記事)。
http://www.asahi.com/national/update/0227/TKY200802270281.html

この事件で、守被告が逮捕されたのは、21世紀の幕が開けた直後の2001年1月6日だった。当時マスコミはセンセーショナルに取り上げ、守被告は、「急変の守」(朝日新聞が命名したといわれる)と呼ばれ、極悪人として報じられた。

しかし、守被告が逮捕された2か月後から、「週刊朝日」、「週刊ポスト」、月刊「現代」に相次いで「冤罪」説を唱える報道が相次いだ。一方、「週刊文春」は守被告犯人説からこれらの報道を批判、報道合戦の様相を呈した。私は当時各誌の記事を読み比べ、「冤罪」説の方に圧倒的な説得力を感じたものだ。「週刊ポスト」の2001年4月27日号及び同5月4・11日合併号の記事は、ネットで読むことができる(下記URL)。
http://www.hh.iij4u.or.jp/~iwakami/sendai1.html
(「週刊ポスト」 2001.4.27号)

http://www.hh.iij4u.or.jp/~iwakami/sendai2.html
(「週刊ポスト」 2001.5.4・11号)

上記の朝日新聞記事でも、
裁判では「医療行為を装った殺人・殺人未遂」という極めて特異な事件の動機は十分解明できなかった。鑑定に使った試料を捜査段階で使い切り、弁護側に再鑑定の機会が与えられなかったことから、捜査上の問題点も指摘された。
と書かれている。疑念の多い裁判であり、今回の決定には納得できるものではない。

そもそも、日本の裁判では被告人無罪の判決が出るケースが極めて少ない。「ロス疑惑」の銃撃事件裁判は、例外中の例外であり、1974年に起きた「甲山事件」のように、一度も有罪判決が出なかった裁判でも、最終的に被告の無罪が確定したのは1999年であり、実に25年にわたって、検察側は被告を有罪にしようとし続けた。

高知のスクールバス・白バイ衝突事件のように、事件報道によって被告人の無罪が99.9%間違いないと思われるケースでさえ、高松高裁は控訴を事実上門前払いにした。「筋弛緩剤事件」は、高知スクールバスほど無罪が自明なケースではないかもしれないが、「守大助」を検索語にしたネット検索で引っかかるのは、守被告の無実を訴えるサイトばかりである。

私はこういう状態は改められなければならないと思うが、導入が図られている裁判員制度などにその効果を期待することはできないと思う。

[参考サイト]
「無実の守大助さんを支援する首都圏の会」
http://homepage2.nifty.com/daisuke_support/


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昨日(日本時間2月23日)、突如としてサイパンで三浦和義氏がロサンジェルス市警察に逮捕された。「なんで今頃」というのが日本人の普通の感覚だろう。あるいは、若い方は三浦和義氏のことをよくご存じないかもしれない。

三浦和義氏の犯行との疑いが持たれたロス銃撃事件については、「週刊文春」が、1984年1月に、「疑惑の銃弾」と銘打った大キャンペーンを展開し、他誌、特に女性週刊誌やテレビのワイドショーが大騒ぎしたが、翌1985年9月11日に逮捕される直前まで、朝日・毎日・読売新聞などの新聞紙面を飾ることはほとんどなかった。唯一、産経新聞(当時の名称は「サンケイ新聞」)だけは、積極的な報道を行っていたようだ。

当時から、こんな事件どうでもいいよなあ、と思っていたのだが、唯一23年前に三浦氏が逮捕された日のことはよく覚えている。当時私は学生で、夕食をとりながら毎日新聞の夕刊を開いて、女優の夏目雅子さん死去の知らせに衝撃を受けた。夜、横浜スタジアムで行われたプロ野球・大洋?阪神戦に阪神タイガースが勝ち、21年ぶりのリーグ優勝に向けてのマジックナンバーが点灯した。それらのニュースが報じられるはずの夜のニュースの時間帯に、突如臨時ニュースが入って、どの民放テレビ局も特別体制で大々的に報じたのが「三浦和義逮捕」のニュースだった。夏目雅子さん死去も、阪神のマジック点灯も、どこかに行ってしまった。

なんなんだ、これは、と思いながらテレビを見ていたが、この日以降は三浦和義氏の殺人疑惑のニュースが、一般紙にも載るようになった。それでもそんなにこの事件に関心は沸かなかった。だから、三浦氏の疑惑の深さがどの程度のものなのか、私には判断はつかない。事実として、81年8月の殴打事件では有罪、同年11月の、三浦氏の妻・一美さんの死を招いた銃撃事件では無罪の判決を受けたということを認識しているだけだ。

それより、三浦氏の逮捕が9月11日だったことが、今にして思うと興味深い。この9月11日はテロやクーデターの「特異日」ともいえる日で、1973年のチリの軍事クーデターでアジェンデ大統領が銃弾に倒れた日であり、「9.11」の代名詞ともなっている2001年のニューヨークのテロの日であり、日本国首相だった小泉純一郎による「上からのクーデター」ともいうべき2005年の衆議院選挙が行われた日だ。特に73年のチリの軍事クーデターによって成立したピノチェト政権が、世界で初めてといわれる新自由主義政策をとったことは、広く記憶されるべきだろう。

その日に逮捕された三浦氏が、今になってロス市警に逮捕された。折しも、沖縄米軍による女子中学生暴行事件や、海上自衛隊のイージス艦「あたご」が漁船に衝突してこれを沈め、乗組員2人を行方不明にしてしまった事件が日本の世論を騒がせている時期だ。ついついそこに、これらの事件から日本国民の目をそらさせたいであろうアメリカによる「陰謀」を疑いたくなってしまう。もちろん、これは「陰謀論」には違いないのだが、陰謀があったのではないか、という仮説を立てることまでは非難されるべきではないだろう。それが「ドグマ」と化してしまって、仮設を疑うことが許されなくなった時、陰謀論の弊害が出始めるのだ。

だが、この仮説の検証は例によってきわめて困難だ。そういう時にどういう態度をとるべきかというと、三浦氏の事件などに振り回されず、女子中学生事件やイージス艦事件について声を発し続けることだろう。

沖縄米軍については、「なごなぐ雑記」「9条を改正せよ!(追記あり)」 を紹介したい(下記URL)。
http://miyagi.no-blog.jp/nago/2008/02/post_ea17.html

特に、この記事の追記として、
在日米軍が20日に出した「無期限外出禁止令」は、25日にも解除されることが20日未明にわかったらしい。在日米軍の無期限≒5日間である
と書かれているのには驚いた。上に、三浦和義氏の逮捕が、阪神タイガースの優勝マジック点灯と同日だったと書いたが、無期限イコール5日間という外出禁止令解除のニュースは、1982年にやはり横浜スタジアムで行われた大洋?阪神戦で、ジャッジに怒って、審判に殴る蹴るの暴行を加えてコミッショナーから「永久追放」の処分を受けた阪神の2人のコーチが、翌年早々と球界復帰を果たした件を思い出した(そのうちの1人である島野育夫・元阪神コーチは昨年暮に死去した)。だが、在日米軍の場合は、翌年はおろか翌月でさえなくて、たったの5日後に解除されてしまうのである。

イージス艦事件衝突事件については、あの田原総一郎までもが怒って、「サンプロ」で責任を追及していた。ここでは、最初の社説で腰が引けているとして当ブログが批判した朝日新聞が、一昨日(2月22日)にこの件に関して2度目の社説を掲載しているので、これを紹介しておく。
http://www.asahi.com/paper/editorial20080222.html#syasetu1

朝日新聞は、最初の社説を掲載したあとの積極的な報道ぶりによって、名誉挽回を果たした格好だが、情報を小出しにして結局信用を失っていく自衛隊および防衛省の責任逃れの体質には、呆れて言葉もない。

ネット右翼は、自衛艦を免罪して、漁船の自己責任を問うているらしいが、彼らは、「右翼」でありながら、危機管理能力の欠如の甚だしい自衛隊や防衛省をなぜ批判しないのだろうか。不思議でならない。


[その他の参考記事]
「カナダde日本語」 より
"三浦和義は、なぜ今頃サイパンで再逮捕されたのか" (2月24日)
http://minnie111.blog40.fc2.com/blog-entry-792.html

「晴天とら日和」 より
"何故?今頃三浦元被告の「疑惑の銃弾」なのか?⇔イージス艦(あたご)事件・毒餃子事件・沖縄米兵事件は忘れナイゾ!!!" (2月24日)
http://blog.livedoor.jp/hanatora53bann/archives/51167472.html


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19日未明に起きた、イージス艦と漁船の衝突事件は、いやな事件ばかりが続くこのところにあっても、特に気分を暗く沈ませるニュースだった。

私はこの事件に関するテレビ報道を全く見ておらず、新聞社のサイトを通じて事件の把握につとめたが、知れば知るほど、暗い気分をさらに暗くさせる情報ばかりだった。

見張りを怠っていたのか、イージス艦が漁船の存在になかなか気づかなかったこともさることながら、産経新聞が 「イージス艦側に回避義務か 右舷前方に傷確認」 と報じ、自衛艦の過失であったことを指摘した衝撃は大きかった。さすがの産経新聞も、この事件では「漁船の自己責任」などという無責任な報道はしない。

しかし、20日の朝日新聞社説は、奥歯にものが挟まったような書き方だ。
自衛艦は漁船の側面に直角に近い角度で衝突したようだ。衝突までの経緯によって、どちらにより大きな回避義務があったかが決まるが、自衛艦側に責任がなかったとは言えまい。
などと書いている。

朝日の「あらたにす」仲間である読売新聞の社説は、
「あたご」の艦首右側には、衝突によるものと見られる傷跡が確認されている。海上衝突予防法は、船がすれ違う場合、相手を右側方向に見る船が航路を変更するよう定めており、「あたご」側に回避義務があった可能性が高い。
と書いているし、日経新聞の社説は、
法的責任の所在は別にして、常識で考えれば、軍用艦の方が脆弱(ぜいじゃく)な民間の船に注意をはらって航行するのが当然ではないか。「なだしお」事故以来の再発防止策が、そうした常識的発想に基づいていなかったなら問題だ。
と書いている。産経、読売、日経の保守系3紙と比較しても、朝日の論調はもっとも腰が引けているのだ。

自衛艦に回避義務があった可能性が高いことを、もっともはっきり主張しているのが毎日新聞の社説である。
衝突当時の詳細な状況は判明していない。ただ、2隻の予定航路から推定すると、太平洋を北上して東京湾に入ろうとしていた「あたご」が、南西方向に進路を取っていた清徳丸の左舷にぶつかった可能性が高いようだ。
 この場合、「あたご」から見て清徳丸は、右舷方向から接近してきたことになる。海上衝突予防法は、2隻の船が交差する場合、相手の船を右舷側に確認した船に衝突回避の義務があると定めているため、衝突直前の位置関係が過失責任を認定するうえで重要なポイントになる。

このくらいはっきり主張してもらわなければ、新聞の存在価値はないだろう。ガリバー連合である「あらたにす」を向こうに回して頑張る毎日新聞を、つい判官びいきで応援してしまうブログ管理人のひいき目もあるのかもしれないが。

個人的な話で恐縮だが、私が小学生時代に、ジャーナリズムに関心を持ち始めたきっかけが、当時私の家で購読していた毎日新聞の西山太吉元記者が「沖縄密約」をスクープしたところから起きた「西山事件」(1972年)だった。

その西山元記者が、違法な起訴や密約を否定する政府高官の発言で名誉を傷付けられたとして、国に3300万円の賠償などを求めた訴訟の控訴審判決が20日、東京高裁であったが、同高裁は、請求を棄却した一審・東京地裁判決を支持し、西山元記者の控訴を棄却した。
http://mainichi.jp/select/today/news/20080221k0000m040071000c.html

予想された判決ではあったが、日本では上級審でこの種の裁判の判決がひっくり返る可能性はほとんどない。月刊「現代」の3月号には、冤罪の可能性がきわめて高い、高知県で起きたスクールバスと白バイの衝突事故の裁判に関する亀井洋志氏の記事が掲載されているが、疑う余地のない誤審によって一審、二審で有罪判決を受けたスクールバスの運転手・片岡晴彦さんの冤罪が晴らされる可能性はほとんどないだろう。

暗く沈んだ私の気分が晴れることは、当分なさそうだ。


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