経営難に陥っている新銀行東京に東京都が400億円を追加出資する議案は28日、都議会本会議で賛成多数で可決されたが、自民党都議の2人が本会議を欠席した。
http://www.asahi.com/politics/update/0328/TKY200803280374.html
上記朝日新聞の記事にあるように、本会議を欠席した自民党都議のうち、樺山卓司(かばやま・たかし)氏は、自身のブログ「かばさんの活動日誌」で、新銀行東京に対して批判的な意見を述べ続けている。
一番新しい3月25日の記事で、樺山都議は「そして最終日の28日の本会議、いずれにしても自身の信念に基づいて、都民に誤解を招かぬ様な、間違いのない判断をしようと思う」と書いたが、結局本会議を欠席した。都議の本心と周囲の圧力が軋轢を生じた結果、反対票を投じるのでなく欠席を選択したのではないかと想像されるが、自民党の都議からも石原に対して懐疑的な意見を表明する人が出てきたところに注目すべきだろう。
それにしても、公明党の賛成票がなければ新銀行東京への追加出資は賛成45票、反対55票で否決されていたことになる。公明党の罪は極めて重い。
昨年の統一地方選では神奈川県知事選も行われたが、自民党から杉野正氏が立候補していたのに、石原は対立候補であるネオコン・ネオリベ仲間の現職・松沢成文を応援し、自民党神奈川県連の激しい怒りを買った。
昨年4月6日付記事でもお伝えしたが、河野太郎・自民党神奈川県連会長は、昨年3月23日付の自身のメルマガに、
どうせ公明党の連中なんか池田大作の命令によって自由にものがいえなくなっているのだから、自民党の心ある人たちに勇気を出してもらって、石原を追いつめてもらうことを期待したほうがまだマシかもしれない。
もちろん、ジャーナリストの方々にも、今までのふがいない報道の汚名返上となる石原追及を期待したい。
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http://www.asahi.com/politics/update/0328/TKY200803280374.html
上記朝日新聞の記事にあるように、本会議を欠席した自民党都議のうち、樺山卓司(かばやま・たかし)氏は、自身のブログ「かばさんの活動日誌」で、新銀行東京に対して批判的な意見を述べ続けている。
"どうする新銀行東京 その1 「石原銀行の誕生」" (3月12日)
http://blog.livedoor.jp/togikai/archives/671590.html
"どうする新銀行東京 その2 「どの様にして銀行は出来たのか」" (3月14日)
http://blog.livedoor.jp/togikai/archives/675527.html
"どうする新銀行東京 その3 「今こそ都議の資質が問われている」" (3月15日)
http://blog.livedoor.jp/togikai/archives/676901.html
"どうする新銀行東京 その4 「いよいよその時は来た!」" (3月25日)
http://blog.livedoor.jp/togikai/archives/694097.html
一番新しい3月25日の記事で、樺山都議は「そして最終日の28日の本会議、いずれにしても自身の信念に基づいて、都民に誤解を招かぬ様な、間違いのない判断をしようと思う」と書いたが、結局本会議を欠席した。都議の本心と周囲の圧力が軋轢を生じた結果、反対票を投じるのでなく欠席を選択したのではないかと想像されるが、自民党の都議からも石原に対して懐疑的な意見を表明する人が出てきたところに注目すべきだろう。
それにしても、公明党の賛成票がなければ新銀行東京への追加出資は賛成45票、反対55票で否決されていたことになる。公明党の罪は極めて重い。
昨年の統一地方選では神奈川県知事選も行われたが、自民党から杉野正氏が立候補していたのに、石原は対立候補であるネオコン・ネオリベ仲間の現職・松沢成文を応援し、自民党神奈川県連の激しい怒りを買った。
昨年4月6日付記事でもお伝えしたが、河野太郎・自民党神奈川県連会長は、昨年3月23日付の自身のメルマガに、
「知事選で戦っている相手の応援に入ってきた奴のところになんで応援に行かなければいけないのかと県選出の一回生がかみついた。だいたい、自民党の推薦もいらないと言ってる人じゃないの? 一体全体、どーしちゃったんだ」と書き、石原慎太郎および石原を応援した自民党本部への不信感をあらわにした。
どうせ公明党の連中なんか池田大作の命令によって自由にものがいえなくなっているのだから、自民党の心ある人たちに勇気を出してもらって、石原を追いつめてもらうことを期待したほうがまだマシかもしれない。
もちろん、ジャーナリストの方々にも、今までのふがいない報道の汚名返上となる石原追及を期待したい。
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読売新聞の社説(2月26日)に、もはや撤退するしかない、店じまいすべきだと引導を渡された「新銀行東京」に対する東京都による400億円の追加出資がほぼ決まった。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080326-OYT1T00428.htm
読売新聞は、この記事でも、「新銀行の再建計画の実現性や責任の所在などが明らかにならないままの可決で、今後、都民の批判が強まる可能性がある」と手厳しい。
「FACTA Online」 の 「阿部重夫編集長ブログ」 によると、最初にこの件を問題視して取り上げたのは、昨年1月20日発売の月刊「FACTA」2007年2月号の記事 "重篤「慎太郎銀行」の深い闇" だったという。
http://facta.co.jp/article/200702055.html
以下、「阿部重夫編集長ブログ」から引用する。
この「新銀行東京」の問題は、石原にとってよほど突かれたくなかったものらしく、都知事選を控えた昨年の都議会でも、民主党都議の質問に切れたことがある。当ブログの昨年3月9日付記事の抜粋を以下に再録する。
なお、「FACTA」の記事より一足早く、2006年末に発売された「週刊現代」の2007年1月6・13合併号の記事 "新銀行東京設立の『真』の狙い" も、新銀行東京が、主に石原の三男・石原宏高の選挙地盤の品川区と大田区の企業に融資していたことから、身内の選挙対策ではないかとこれを批判していた。その頃は、「週刊ポスト」や「サンデー毎日」も、毎週のように石原批判の特集を組んでいたし、選挙戦中の昨年3月18日に放送された「報道2001」での都知事選候補者による討論でも「新銀行東京」の問題は築地市場の移転問題と並んで大きく取り上げられ、石原は浅野史郎、吉田万三、故黒川紀章の三氏に袋叩きに遭って、論戦に完敗していた。それでも、東京都民は都知事選で石原を当選させてしまったのである。「少しは反省してよね! だけどやっぱり石原さん!」などというふざけたキャッチコピーを、「護憲派」を自称していた藤原紀香が宣伝していたが、思い出しただけでもムカムカする。
ところで「FACTA」の阿部編集長は、「都議会で400億円追加増資に賛成するような都議は、次期都議選で落選させなければならない」と書いているが、賛成した都議の一覧表は、「きっこのブログ」 に掲載されている。
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2008/03/post_e899.html
転載自由とのことなので、次回の都議選で落選させるべき都議のリストを転載する。
(注:採決に欠席した樺山たかし氏(自)、佐藤裕彦氏(自)および議長のため投票しなかった比留間敏夫氏(自)をリストから外しました=2008.3.30追記)
それにしても、一昨日(25日)のテレビ報道では、公明党の判断が注目されるなどと言っていたが、公明党が追加出資に反対するなどと予想したおめでたい人は誰もいないだろう。創価学会に牛耳られた公明党の議員には、そもそも自分の頭で考えたり判断したりする自由など与えられておらず、上からの命令によってロボットのように追加出資に賛成させられたのだ。都議会にせよ国会にせよ、公明党というのは日本の政治に害毒を垂れ流す存在でしかない。だが、地方選の投票率は特に都会では著しく低いので、公明党の議員が大量に当選し、今回のように石原を助けるのである。公明党は特に東京や大阪などで異様に強いが、前のエントリで書いたように、民度の低い東京や大阪ならではといえよう。私は、公明党は政教分離を定めた日本国憲法に違反する政党であって、解散が相当であると考えているが、これには当たらないとする強引な憲法解釈がまかり通っていて、公明党は現在も存続を許されている。
しかしながら、橋下徹や石原慎太郎の人気にはほとほと手を焼く。この2人に東国原英夫を加えた3人は、都道府県知事の中でも、代表的な「ポピュリスト」(大衆迎合主義者)だろう。国政ではコイズミや細川護熙らが代表的なポピュリスト政治家だが、自公政権に反対する勢力は、安倍晋三には勝てても、彼らポピュリストに勝ったことは一度もない。この5人はまた、揃って新自由主義者でもあるが、新自由主義者というなら安倍晋三だって同じだ。昨年の参院選では、有権者は安倍の新自由主義より民主党の「国民の生活が第一」を選択した。しかし、今年1月の大阪府知事選では、民主党の候補を「極右ポピュリスト」の橋下徹が圧倒した。つまり、有権者は政治に暮らしを良くしてもらいたいと強く望んでいるが、同時にその政治には強いリーダーシップを求めている。そして、そのリーダーシップが、よしんば格差を拡大する方向のものであったとしても、リーダーに選ばれた者であればアッパー・クラスに移ることができるのではないかと幻想を抱いて、ポピュリストに希望を託すのだろう。3年前の総選挙におけるコイズミはその極端な例だが、第三者的に見れば典型的な「負け組」の人たちが、旧来の秩序を「ぶっ壊して」くれるコイズミを支持しさえすれば、秩序が壊れた世界でなら自分も「勝ち組」に入れるかもしれないと一縷の望みを抱いて自民党に投票したのだ。
安倍晋三を倒すのは容易でも、ポピュリズムを得意とする新自由主義者を倒すのは容易ではない。彼らと同じ手法、たとえばワンフレーズ・ポリティクスなどによるのでは、マスコミを敵に回すも同然だから勝てないだろう。「柔よく剛を制す」の積み重ねで、地道にポイントを稼いでいって倒すしかないのではなかろうか。ブロガーの皆さまも、昨年の参院選直前のような勝てそうな時にだけ活性化するのではなく、こうした時期にこそ声をあげる必要があると思う。根気が求められる話だ。
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http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080326-OYT1T00428.htm
読売新聞は、この記事でも、「新銀行の再建計画の実現性や責任の所在などが明らかにならないままの可決で、今後、都民の批判が強まる可能性がある」と手厳しい。
「FACTA Online」 の 「阿部重夫編集長ブログ」 によると、最初にこの件を問題視して取り上げたのは、昨年1月20日発売の月刊「FACTA」2007年2月号の記事 "重篤「慎太郎銀行」の深い闇" だったという。
http://facta.co.jp/article/200702055.html
以下、「阿部重夫編集長ブログ」から引用する。
月刊誌FACTAは07年1月20日発売号で、どこよりも早く「重篤『慎太郎銀行』の深き闇」を報じて警鐘を鳴らした。そこでは06年12月に金融庁が最後通牒を突きつけていたスクープが書かれている。それを都や知事が知らなかったとは言わせない。少なくともこの記事は、同年4月の都知事選を控えたスキャンダルとして石原陣営を緊張させたのだ。彼は3選のためにひたすら「臭いものにフタ」で済ませた。
(中略)
現在の新聞などの報道の原点はここにある。都知事選前に報道を手加減し、新銀行東京の惨状を追及しなかった都庁クラブ詰め記者は恥を知るべきである。日ごろ大政翼賛型の記事しか書いていないから、責任回避に汲々とするだけの知事に恫喝されるや、呑まれて怯んでしまうのだ。それを悔いるなら、今からでも知事の首を取る覚悟で臨むべし。都議会で400億円追加増資に賛成するような都議は、次期都議選で落選させなければならない。
石原ファミリーの選挙区(石原伸晃の東京8区、石原宏高の東京3区)で、新銀行東京に対する情実融資例が一つでもあれば、知事は一発辞任である。
(「FACTA Online」〜「阿部重夫編集長ブログ」・"「石原慎太郎銀行」の深き闇――1年前のFACTA第一報で明らか" より)
この「新銀行東京」の問題は、石原にとってよほど突かれたくなかったものらしく、都知事選を控えた昨年の都議会でも、民主党都議の質問に切れたことがある。当ブログの昨年3月9日付記事の抜粋を以下に再録する。
「新銀行東京」については、都庁内では当初から「うまくいくはずがない」と囁かれていたもので、実際、2006年9月期決算で154億円もの赤字を記録した。青木さんの記事(注:月刊「現代」2007年4月号掲載の青木理『石原慎太郎 「モノ言う知事」の品性と功罪』)には書かれていないが、最近、都議会で民主党の田中良幹事長から「都知事は業績悪化の責任を取るべきだ」との追及を受けた石原は、議長から発言を許されてもいないのに、「馬鹿な質問すんな!」などと怒鳴り、その行為を議長に注意されてもなお、周りにだけ聞こえるような声で、「バカなこと言ってんじゃない」と繰り返し、しまいには「卑怯で下賤だ」と吐き捨てた。このことからも察しがつくように、石原にとってもっとも突かれたくない失政の一つが、この「新銀行東京」なのである。
(「きまぐれな日々」 2007年3月9日付 "石原慎太郎批判(その4)〜イデオロギー抜きの石原批判" より)
なお、「FACTA」の記事より一足早く、2006年末に発売された「週刊現代」の2007年1月6・13合併号の記事 "新銀行東京設立の『真』の狙い" も、新銀行東京が、主に石原の三男・石原宏高の選挙地盤の品川区と大田区の企業に融資していたことから、身内の選挙対策ではないかとこれを批判していた。その頃は、「週刊ポスト」や「サンデー毎日」も、毎週のように石原批判の特集を組んでいたし、選挙戦中の昨年3月18日に放送された「報道2001」での都知事選候補者による討論でも「新銀行東京」の問題は築地市場の移転問題と並んで大きく取り上げられ、石原は浅野史郎、吉田万三、故黒川紀章の三氏に袋叩きに遭って、論戦に完敗していた。それでも、東京都民は都知事選で石原を当選させてしまったのである。「少しは反省してよね! だけどやっぱり石原さん!」などというふざけたキャッチコピーを、「護憲派」を自称していた藤原紀香が宣伝していたが、思い出しただけでもムカムカする。
ところで「FACTA」の阿部編集長は、「都議会で400億円追加増資に賛成するような都議は、次期都議選で落選させなければならない」と書いているが、賛成した都議の一覧表は、「きっこのブログ」 に掲載されている。
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2008/03/post_e899.html
転載自由とのことなので、次回の都議選で落選させるべき都議のリストを転載する。
(注:採決に欠席した樺山たかし氏(自)、佐藤裕彦氏(自)および議長のため投票しなかった比留間敏夫氏(自)をリストから外しました=2008.3.30追記)
秋田 一郎(自)、石井 義修(公)、石川 芳昭(公)、
石森 たかゆき(自)、伊藤 興一(公)、上野 和彦(公)、
宇田川 聡史(自)、内田 茂(自)、遠藤 守(公)、
遠藤 衛(自)、大松 成(公)、神林 茂(自)、
川井 しげお(自)、川島 忠一(自)、菅 東一(自)、
木内 良明(公)、きたしろ 勝彦(自)、串田 克巳(自)、
倉林 辰雄(自)、こいそ 明(自)、小磯 善彦(公)、
古賀 俊昭(自)、崎山 知尚(自)、桜井 武(自)、
新藤 義彦(自)、鈴木 章浩(自)、鈴木 あきまさ(自)、
鈴木 一光(自)、鈴木 貫太郎(公)、鈴木 隆道(自)、
高木 けい(自)、高倉 良生(公)、高島 なおき(自)、
高橋 かずみ(自)、高橋 信博(自)、田島 和明(自)、
田代 ひろし(自)、橘 正剛(公)、立石 晴康(自)、
田中 たけし(自)、谷村 孝彦(公)、東野 秀平(公)、
ともとし 春久(公)、中嶋 義雄(公)、長橋 桂一(公)、
中山 信行(公)、野上 純子(公)、野島 善司(自)、
野村 有信(自)、服部 ゆくお(自)、早坂 義弘(自)、
林田 武(自)、東村 邦浩(公)、藤井 一(公)、
松葉 多美子(公)、三田 敏哉(自)、三原 まさつぐ(自)、
三宅 茂樹(自)、宮崎 章(自)、村上 英子(自)、
矢島 千秋(自)、山加 朱美(自)、山田 忠昭(自)、
吉倉 正美(公)、吉野 利明(自)、吉原 修(自)、
米沢 正和(自)
それにしても、一昨日(25日)のテレビ報道では、公明党の判断が注目されるなどと言っていたが、公明党が追加出資に反対するなどと予想したおめでたい人は誰もいないだろう。創価学会に牛耳られた公明党の議員には、そもそも自分の頭で考えたり判断したりする自由など与えられておらず、上からの命令によってロボットのように追加出資に賛成させられたのだ。都議会にせよ国会にせよ、公明党というのは日本の政治に害毒を垂れ流す存在でしかない。だが、地方選の投票率は特に都会では著しく低いので、公明党の議員が大量に当選し、今回のように石原を助けるのである。公明党は特に東京や大阪などで異様に強いが、前のエントリで書いたように、民度の低い東京や大阪ならではといえよう。私は、公明党は政教分離を定めた日本国憲法に違反する政党であって、解散が相当であると考えているが、これには当たらないとする強引な憲法解釈がまかり通っていて、公明党は現在も存続を許されている。
しかしながら、橋下徹や石原慎太郎の人気にはほとほと手を焼く。この2人に東国原英夫を加えた3人は、都道府県知事の中でも、代表的な「ポピュリスト」(大衆迎合主義者)だろう。国政ではコイズミや細川護熙らが代表的なポピュリスト政治家だが、自公政権に反対する勢力は、安倍晋三には勝てても、彼らポピュリストに勝ったことは一度もない。この5人はまた、揃って新自由主義者でもあるが、新自由主義者というなら安倍晋三だって同じだ。昨年の参院選では、有権者は安倍の新自由主義より民主党の「国民の生活が第一」を選択した。しかし、今年1月の大阪府知事選では、民主党の候補を「極右ポピュリスト」の橋下徹が圧倒した。つまり、有権者は政治に暮らしを良くしてもらいたいと強く望んでいるが、同時にその政治には強いリーダーシップを求めている。そして、そのリーダーシップが、よしんば格差を拡大する方向のものであったとしても、リーダーに選ばれた者であればアッパー・クラスに移ることができるのではないかと幻想を抱いて、ポピュリストに希望を託すのだろう。3年前の総選挙におけるコイズミはその極端な例だが、第三者的に見れば典型的な「負け組」の人たちが、旧来の秩序を「ぶっ壊して」くれるコイズミを支持しさえすれば、秩序が壊れた世界でなら自分も「勝ち組」に入れるかもしれないと一縷の望みを抱いて自民党に投票したのだ。
安倍晋三を倒すのは容易でも、ポピュリズムを得意とする新自由主義者を倒すのは容易ではない。彼らと同じ手法、たとえばワンフレーズ・ポリティクスなどによるのでは、マスコミを敵に回すも同然だから勝てないだろう。「柔よく剛を制す」の積み重ねで、地道にポイントを稼いでいって倒すしかないのではなかろうか。ブロガーの皆さまも、昨年の参院選直前のような勝てそうな時にだけ活性化するのではなく、こうした時期にこそ声をあげる必要があると思う。根気が求められる話だ。
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『石原慎太郎に「NO」と言える東京であれ!』 (2007.4.7)
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「石原慎太郎批判」 シリーズ
- 『あまりに空虚な男、石原慎太郎』 (2007.2.15)
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http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-256.html - 『罪なきベトナム人を殺そうとした石原慎太郎』 (2007.2.24)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-263.html - 『イデオロギー抜きの石原批判』 (2007.3.9)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-276.html - 『石原慎太郎の「人権意識」』 (2007.3.12)
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- 『安倍晋三・石原慎太郎関係の落穂拾い』 (2007.3.4)
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http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-272.html - 『東京都知事選は「石原慎太郎審判選挙」だ!』 (2007.3.16)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-283.html - 『石原とコイズミと安倍晋三と』 (2007.3.17)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-284.html - 『「東京五輪の誘致に反対」 72%』 (2007.3.19)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-286.html - 『注目! 国立(くにたち)市長選』 (2007.3.26)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-293.html - 『誰が「音楽・芸術・文化を大切に」してるんだって?』 (2006.3.28)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-295.html - 『なんともイヤな首都・東京の閉塞感』 (2007.3.30)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-297.html - 『東京の環境を破壊する、不必要な外環道』 (2007.4.4)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-302.html - 『藤原紀香、太田光... 次々と石原慎太郎に屈する芸能人たち』 (2007.4.5)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-303.html - 『「圧勝」予測の石原慎太郎のゴーマンぶりが復活したが...』 (2007.4.6)
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FC2ブログのアクセス解析に、アクセス元の都道府県がわかるものについてそれを集計する機能がある。
当ブログの3月度の場合、トータルで34,777件のユニークアクセスがあったが、うち10,531件についてアクセス元の都道府県が特定できた。そして、うち33.3%に当たる3,508件が東京都からのアクセスだった。
東京都の人口は、全日本人の約10%である。それに対して、東京からのアクセスが国内からのアクセス全体の3分の1に当たることは、いかに東京のインターネット利用環境が恵まれているかを意味するだろう。
東京は、ある意味地方を食い物にして今の栄華を謳歌しているとも言える。それを増幅したのが「コイズミカイカク」であり、石原が誇る都の財政状況の改善は、コイズミの政策によって、東京のみが景気回復し、税収が増えたからにほかならない(それでもなお、石原都政下で、連結では赤字が大幅に拡大しているという指摘もある)。
周りを食い散らかしながら一人好き勝手に振る舞う石原慎太郎は、ある意味、そんな東京を象徴しているともいえる。そして、そんな石原、そんな東京への地方の目は、実に冷ややかだ。地方では保守の人たちも、東京のネオコンに対しては怒り心頭なのである。
一例を挙げよう。
3月30日、当ブログで 『なんともイヤな首都・東京の閉塞感』 という記事を公開した。この記事で私は、東京ではネオコンへの支持が非常に強く、ものを言いづらい雰囲気があることを指摘し、この状況に対する不快感を表明した。
この記事に対し、「岩」さんから、下記のようなコメントをいただいた。
このコメントに、ブログ 『Munchener Brucke』 の管理人・Kechackさんからさらなるコメントをいただいた。なお、『Munchener Brucke』 は、簡潔にして的を射た政治評論が読める、オススメのブログである。最近の記事 『良い格差、悪い格差』 も出色だ。
このコメントに紹介された、東京のネオコン支持若年層の代表的な意見が、岩さんの怒りに火をつけた。
Kechackさんのコメントを受けた岩さんの二通目のコメントを下記に示す。
保守本流を自認する「岩」さんは本気で怒っておられる。
ほぼ間違いないと思うのだが、近い将来、保守陣営は「地方型保守」と「都市型保守」の2つに分裂する。自民党も民主党も、ともに分裂するだろう。そして、コイズミや石原慎太郎は、「都市型保守」の最悪の部分を持った政治家だと私は考えている。
今回の選挙で、最有力の対立候補とされる候補者が、東北最大の県で知事を三期務めた人であることは象徴的だ。
石原慎太郎に「NO」と言える東京であってほしい、そう私は思う。
さて、今日の記事の後半では、あちこちのブログで流れている「檄文」を当ブログでも掲載しよう。
当ブログにトラックバックいただいた、とむ丸さんのブログ 『とむ丸の夢』 の記事 『東京都知事選から全国の政治を変える!』 でこの檄文を知ったが、とむ丸さんはブログ 『はじめの一歩』 から転載されたとのことだ。その他、『カナダde日本語』 をはじめ、よく訪問させていただくいくつかのブログにも掲載されている。
ここでは、ブログ 『低気温のエクスタシーbyはなゆー』 に掲載されている「資料増補版」から転載させていただく。
なお、民主党の菅代表代行の「菅」が、「管」と誤変換されているので訂正した。今後さらに転載される方は、ご注意いただければ幸いだ。
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当ブログの3月度の場合、トータルで34,777件のユニークアクセスがあったが、うち10,531件についてアクセス元の都道府県が特定できた。そして、うち33.3%に当たる3,508件が東京都からのアクセスだった。
(クリックすると画像が拡大します)
東京都の人口は、全日本人の約10%である。それに対して、東京からのアクセスが国内からのアクセス全体の3分の1に当たることは、いかに東京のインターネット利用環境が恵まれているかを意味するだろう。
東京は、ある意味地方を食い物にして今の栄華を謳歌しているとも言える。それを増幅したのが「コイズミカイカク」であり、石原が誇る都の財政状況の改善は、コイズミの政策によって、東京のみが景気回復し、税収が増えたからにほかならない(それでもなお、石原都政下で、連結では赤字が大幅に拡大しているという指摘もある)。
周りを食い散らかしながら一人好き勝手に振る舞う石原慎太郎は、ある意味、そんな東京を象徴しているともいえる。そして、そんな石原、そんな東京への地方の目は、実に冷ややかだ。地方では保守の人たちも、東京のネオコンに対しては怒り心頭なのである。
一例を挙げよう。
3月30日、当ブログで 『なんともイヤな首都・東京の閉塞感』 という記事を公開した。この記事で私は、東京ではネオコンへの支持が非常に強く、ものを言いづらい雰囲気があることを指摘し、この状況に対する不快感を表明した。
この記事に対し、「岩」さんから、下記のようなコメントをいただいた。
それならば、東京以外のすべての県が独立して第二の日本国を建国し、現行の日本国を干すと言う選択肢がありますね。
(岩さんのコメント)
このコメントに、ブログ 『Munchener Brucke』 の管理人・Kechackさんからさらなるコメントをいただいた。なお、『Munchener Brucke』 は、簡潔にして的を射た政治評論が読める、オススメのブログである。最近の記事 『良い格差、悪い格差』 も出色だ。
私も1年前に札幌から上京した身ですから、東京の若者のネオコンぶりはつくづく感じます。
結局、東京一人勝ちの状況で、現状肯定感が強いのでしょうね。
あと東京の若者は、都市の利益を地方にばら撒く戦後政治への反発が強く、むしろ地方切捨て政策への肯定感が強い。地方の郵便局の統廃合のニュースを肯定的に捉える人も少なくないですね。
(Kechackさんのコメント)
このコメントに紹介された、東京のネオコン支持若年層の代表的な意見が、岩さんの怒りに火をつけた。
Kechackさんのコメントを受けた岩さんの二通目のコメントを下記に示す。
>東京の若者は、都市の利益を地方にばら撒く戦後政治への反発が強く
東京には人口の社会的流入が多い。
流入した人々がその年齢まで育つのに地域社会が費やした費用(食費、光熱費、教育費、インフラの費用などなど)を考えれば、東京は圧倒的に地方を搾取しているのであり、東京の存在こそが日本最大のコストなのだ。
都市の利益を地方にばらまくことに反発がある?ぬかせ!東京は地方へのばら撒きなんぞやっておらん。圧倒的に吸い上げているのだ。
そう言う腐れ頭のばか者には正義の保守本流パンチをくれてやりたい。
(岩、保守本流さんのコメント)
保守本流を自認する「岩」さんは本気で怒っておられる。
ほぼ間違いないと思うのだが、近い将来、保守陣営は「地方型保守」と「都市型保守」の2つに分裂する。自民党も民主党も、ともに分裂するだろう。そして、コイズミや石原慎太郎は、「都市型保守」の最悪の部分を持った政治家だと私は考えている。
今回の選挙で、最有力の対立候補とされる候補者が、東北最大の県で知事を三期務めた人であることは象徴的だ。
石原慎太郎に「NO」と言える東京であってほしい、そう私は思う。
さて、今日の記事の後半では、あちこちのブログで流れている「檄文」を当ブログでも掲載しよう。
当ブログにトラックバックいただいた、とむ丸さんのブログ 『とむ丸の夢』 の記事 『東京都知事選から全国の政治を変える!』 でこの檄文を知ったが、とむ丸さんはブログ 『はじめの一歩』 から転載されたとのことだ。その他、『カナダde日本語』 をはじめ、よく訪問させていただくいくつかのブログにも掲載されている。
ここでは、ブログ 『低気温のエクスタシーbyはなゆー』 に掲載されている「資料増補版」から転載させていただく。
なお、民主党の菅代表代行の「菅」が、「管」と誤変換されているので訂正した。今後さらに転載される方は、ご注意いただければ幸いだ。
【このメールも転送・転載も公選法上まったく合法です】
【投票日当日でも転送・転載できます】
[石原知事の落選運動の勝手連より]
このメールは私のお知り合い・関係MLへお送りしております。
東京の都知事選の投票が8日にせまっています。
2期におよんだ高齢の石原知事による都政をこの機会に転換させるべく、皆様にこのメールの転送、ブログ転載をお願いしたいのです。落選運動です。
石原知事の都政は、ディーゼル車規制や国への対決姿勢などプラスに見える部分もあるものの、あくまでそれは例外。人権無視で好戦的、福祉の著しい後退、そしてその一方で税金の私物化など、筆舌に尽くしがたいひどいものでした。
銀座に戦車を走らせたことに象徴される彼の都政は、「共生」の正反対の「強制」の政治です。
市民社会には、異なる考え・価値観の者の「共生できる寛容」が必要ですが、石原都政の本質は「強制による一様性」です。「君が代を歌わない者も存在できる多様性」を処分によって否定する彼の教育行政がその頂点です。これには天皇も苦言を呈する(園遊会)ほどですが、拍車がかかるばかりで見直される気配はありません。
こうした政治のもとで、障がい者やセクシャル・マイノリティ、在日外国人などのマイノリティはその生を否定され、苦渋にみちた人生を強いられています。人間の尊厳を否定する政治、それが石原都政です。
また、マイノリティだけでなくマジョリティにも悪政が及んでいます。福祉・保健医療の後退は著しく、保健所につづいて、都立病院も半減させられようとしています。性教育の抑圧により、HIV感染はおそろしい勢いで広がっています。
石原知事の「うるさい、黙れ!」と言わんばかりの「問答無用の専制政治」は、今や、都民の食品を扱う築地市場を、シアンなど毒物で汚染された豊洲の東京ガス跡地へと無理やり移転させようとするところまで増長しています。
さらに困ったことは、こうした悪政が全国へ、そして国政へと影響を及ぼしていることです。
石原知事は、この3年間でもっとも多く税金による高額接待をした相手である佐々淳行氏を選対本部長に据えました。納税者をなめきっているのです。
しかし、私たちには希望があります。
検討資料として下に転載した新聞記事に見られるように、もしかしたら石原知事を落選させることができるかもしれない情勢です。無党派の人々が動けば結果に結びつきます。選挙に関わったことのない多くの市民が立ち
上がっています。
かつて団塊の世代から親の戦中世代が突きつけられたように、私たちの子供たちから「あの時、何をしていたの?」と突きつけられないで済むように、今、できることをしませんか?
お願いします。このメールをお知り合いに転送し、また、ブログに転載してください。全国にかかわることだから東京の人にかぎることはありません。転送の輪が広がれば、私たちの「微力」が積み重なって、もしかしたら大きな力になって、日本、そして世界の未来を変えられるかもしれません。一人が5人に転送してくれれば、9ステップ目で東京の人口を、12ステップ目で日本の全人口を超えます!このメールを読んであなたがすぐ転
送してくれれば、ネットならあっという間です。
このメールの転送の輪が広がり、そして一人一人が投票所でなすべきことをすれば、石原を落選させることができます。
私たち一人ひとりは「微力」ではあっても「無力」ではないのです!
〈検討資料〉
◆4月1日読売新聞(11面)より
石原 自公支持層固める 浅野 無党派層で猛追
2期の実績をアピールする石原がリードし、浅野が激しく追っている。
石原は、ディーゼル車の排ガス規制などを実現させた強力なリーダーシップへの評価で幅広い層で支持を集める。反面、トップダウンの政治手法など“石原流”への批判もあり、全体の46%を占め、5割が態度未定の無党
派層の動向次第では、情勢が流動的になる可能性もある。
高額の出張旅費などで批判を浴びた危機感から、過去2回とは一転して自民と公明に支援を要請。無党派層を取り込むため、政党推薦の形式は取らないが、国政時代にもなかった組織型選挙を展開する。自民支持層の6割、公明支持層の6割弱を固め、民主支持層の2割の支持も得ている。
浅野は、過去3回の宮城県知事選と同様、市民参加型の選挙戦を重視し、無党派層では石原に迫る勢い。ただ、街頭演説でも、支援する民主、社民の政党色を消してきたため、両党支持層への浸透が進んでいない。支持層の5割しか固め切れていない民主は、菅代表代行ら党幹部が連日応援に入り、巻き返しを図る。
吉田は共産支持層の一部が浅野に流れるなど、苦戦している。
◆石原都政についてのリソース
税喰う人々
http://homepage2.nifty.com/taxeater/top.html
さよなら石原都知事
http://nvc.halsnet.com/jhattori/rakusen/ishihara/index.htm
レッドパイパー
http://www.red-piper.com/ (過去ログを見られます)
日録(不定期)
http://d.hatena.ne.jp/vox_populi/
中央区、石原知事の花粉症ポスターの掲載お断り
http://www.janjan.jp/government/0702/0702190366/1.php
◆都知事選についてのリソース
janjan
http://www.janjan.jp/special/toitusen/list.php
http://www.senkyo.janjan.jp/bin/manifest/search.php
ohmynews
http://www.ohmynews.co.jp/HotIssueTop.aspx?newstype_id=2&type_id=070322
東京都知事選勝手連情報
http://tokyokatteren.jugem.jp/
都知事選:石原氏、飛び出したマイノリティー差別
http://www.janjan.jp/election/0703/0703282578/1.php
http://www.youtube.com/watch?v=ufEHhxtf1pM&mode=related&search=
慎太郎知事 ヤジにブチッ「うるさい、黙ってろ!」…8日都知事選
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20070405-OHT1T00108.htm
下北沢駅前に遊説に来た石原慎太郎、再開発に反対する住民から野次を浴びせられて逆ギレ。
http://black.ap.teacup.com/fukashinogakuin/503.html
都知事選:石原支持者も反対する築地移転
http://www.janjan.jp/election/0704/0704022951/1.php
◆公選法について
ネット時代の勝手連と公選法
http://katteren.blog97.fc2.com/
特に落選運動については
http://www1.neweb.ne.jp/wa/kabuombu/seiji-rakusen.htm
http://katteren.blog97.fc2.com/blog-entry-2.html
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「安倍晋三を 『the End!』 させよう!」という合言葉のもと、昨年6月にスタートした 「AbEndキャンペーン」 の提唱者、美爾依さんのブログ 『カナダde日本語』 から連日リンクを張っていただいている。
同ブログの3月度アクセス解析では、当ブログ経由の 『カナダde日本語』 訪問が多かったとのことだが、逆に当ブログの 『カナダde日本語』 経由のアクセスは、昨年7月から今年3月までの9か月のうち実に8回まで、「Google」 「Yahoo!」の2大検索エンジン経由に次ぐ第3位を記録している(昨年11月だけは、『成城トランスカレッジ!』 経由に次ぐ第4位だった)。「AbEnd」キャンペーンを通してずっとお世話になっているブログといえる。
その 『カナダde日本語』 の最新の記事 『石原を応援する藤原紀香のあさはかさ』 でも、当ブログの記事 『誰が「音楽・文化・芸術を大切に」してるんだって?』 が引用されているが、美爾依さんの以下の指摘は、残念ながら(?)的を射たものだと言わざるを得ない。
この件を含む東京都知事選関係の記事を多く公開しているブログとしては、たんぽぽさんの 『たんぽぽのなみだ〜運営日誌』 も挙げられる。
当ブログが石原慎太郎批判のキャンペーンのシリーズ記事を公開し始めたのは、2月15日の記事 『あまりに空虚な男、石原慎太郎』 以来だが、一連の石原批判記事を公開するようになって以来、『たんぽぽのなみだ〜運営日記』 から多くリンクを張っていただくようになり、3月度の当ブログアクセス解析でも、「リンク別URL」の集計で、同ブログのトップページ経由が146件で第9位、二大検索エンジン経由や私自身が運営しているブログ経由を除けば第5位を記録した。
最近、たんぽぽさんから、当ブログにトラックバックを送っても受けつけられないという連絡をいただいた。コメント及びトラックバックを承認制にしている以外は何もしていないのだが、ブログには時々こういうことがある。そこで、同ブログの最近の記事から、当ブログにリンクの張られている記事や、同ブログに私がコメントした記事のエントリを紹介しておく。
この中のエントリ 『石原応援団』 のコメント欄で、たんぽぽさんもまた、
と書いている。やはり、そう見るのが自然だろう。
これまで「憲法9条擁護」をはじめ、阪神大震災の被災者援護や戦争の難民救済の訴えなどを通して、「人権派」のイメージを売りにしていた女優が、突如、ゴリゴリの超タカ派政治家の応援団に「転向」することが、人権派としての藤原を応援していたファンに与えるショックの大きさを予想できなかった、などということは、私には考えられない。
しばらく前に石原や安倍を擁護する側に転向したジャーナリストに、有田芳生(ヨシフ)という男がいるが、有田や藤原の「裏切り」は、たとえば勝谷誠彦のように、最初から右翼的言動をとっていた人間が石原を応援するのとは全く意味が違い、権力側に反対の論陣を張る者に、「おまえらの言論に市民権などないんだぞ」といわんばかりのプレッシャーを与える。それだけに余計に罪が重い。
正直言って、私はもともと藤原紀香に対して懐疑的だった人間だが、思い入れの少なかった私でさえショックを受けたのだから、藤原の言論を熱烈に支持していたファンの受けたショックの大きさは、量り知れないものがある。これは、「芸能人の言動だから」と軽々しく片づけることは決してできない。
何より、芸能界や放送業界に、石原慎太郎という男が隠然たる影響力を持っていることを強くにおわせた一件だった。
それで思い出したのが、太田光という男のことである。昨年、中沢新一との対談をまとめた 『憲法九条を世界遺産に』 は、私が昨年読んだ本の中でも特に印象の残るものだった。
しかし、太田が今回の東京都知事選について発言したという話は、寡聞にして知らない。
そこで、「太田光 知事」 を検索語にしてネット検索をかけてみたら、こんな記事が引っかかった。
ナント、太田は昨年12月の時点で石原に屈していたのだ。
同じ件を報じたInfoseekニュースには、11件の「はてなブックマーク」がついた。
http://b.hatena.ne.jp/entry/3553176
太田は、「Yahoo! 知恵袋」でも袋叩きにあっている。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1310275333
もとからたいしてあてにしていなかった藤原紀香はともかく、『憲法九条を世界遺産に』 で、説得力のある議論を展開していた太田光までもがこのざまと知って、ますます暗澹たる気分になった。
彼らの「護憲」とか「平和主義」なんて、そんなに簡単に権力に屈するものに過ぎなかったのだろうか?
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同ブログの3月度アクセス解析では、当ブログ経由の 『カナダde日本語』 訪問が多かったとのことだが、逆に当ブログの 『カナダde日本語』 経由のアクセスは、昨年7月から今年3月までの9か月のうち実に8回まで、「Google」 「Yahoo!」の2大検索エンジン経由に次ぐ第3位を記録している(昨年11月だけは、『成城トランスカレッジ!』 経由に次ぐ第4位だった)。「AbEnd」キャンペーンを通してずっとお世話になっているブログといえる。
その 『カナダde日本語』 の最新の記事 『石原を応援する藤原紀香のあさはかさ』 でも、当ブログの記事 『誰が「音楽・文化・芸術を大切に」してるんだって?』 が引用されているが、美爾依さんの以下の指摘は、残念ながら(?)的を射たものだと言わざるを得ない。
今回の件は、今までこの女は事務所に踊らされて平和主義者を装っていたが、それは単に事務所が作り出そうとしていたイメージであって、実は平和主義者とは全く程遠い思想を持っていた、又は何の思想もないアホ女だったということを証明しただけにすぎない。そうでなければ、そう易々(やすやす)と石原の手中に落ちることはなかったであろう。
(『カナダde日本語』の記事 『石原を応援する藤原紀香のあさはかさ』 より)
この件を含む東京都知事選関係の記事を多く公開しているブログとしては、たんぽぽさんの 『たんぽぽのなみだ〜運営日誌』 も挙げられる。
当ブログが石原慎太郎批判のキャンペーンのシリーズ記事を公開し始めたのは、2月15日の記事 『あまりに空虚な男、石原慎太郎』 以来だが、一連の石原批判記事を公開するようになって以来、『たんぽぽのなみだ〜運営日記』 から多くリンクを張っていただくようになり、3月度の当ブログアクセス解析でも、「リンク別URL」の集計で、同ブログのトップページ経由が146件で第9位、二大検索エンジン経由や私自身が運営しているブログ経由を除けば第5位を記録した。
最近、たんぽぽさんから、当ブログにトラックバックを送っても受けつけられないという連絡をいただいた。コメント及びトラックバックを承認制にしている以外は何もしていないのだが、ブログには時々こういうことがある。そこで、同ブログの最近の記事から、当ブログにリンクの張られている記事や、同ブログに私がコメントした記事のエントリを紹介しておく。
『たんぽぽのなみだ〜運営日記』より
『転向喜び組』 (2007.3.29)
http://taraxacum.seesaa.net/article/37124008.html
『国立市の惨劇』 (2007.4.1)
http://taraxacum.seesaa.net/article/37453733.html
『石原応援団』 (2007.4.3)
http://taraxacum.seesaa.net/article/37599851.html
『浅野支持伸びず』 (2007.4.4)
http://taraxacum.seesaa.net/article/37694565.html
『東京の現状』 (2007.4.5)
http://taraxacum.seesaa.net/article/37796456.html
この中のエントリ 『石原応援団』 のコメント欄で、たんぽぽさんもまた、
『もっとも、藤原紀香は、自民党から出馬しないかと、
ずっと前から打診され続けていたので、隠していただけで、
じつはそういう人だったのかもしれないけれど...』
と書いている。やはり、そう見るのが自然だろう。
これまで「憲法9条擁護」をはじめ、阪神大震災の被災者援護や戦争の難民救済の訴えなどを通して、「人権派」のイメージを売りにしていた女優が、突如、ゴリゴリの超タカ派政治家の応援団に「転向」することが、人権派としての藤原を応援していたファンに与えるショックの大きさを予想できなかった、などということは、私には考えられない。
しばらく前に石原や安倍を擁護する側に転向したジャーナリストに、有田芳生(ヨシフ)という男がいるが、有田や藤原の「裏切り」は、たとえば勝谷誠彦のように、最初から右翼的言動をとっていた人間が石原を応援するのとは全く意味が違い、権力側に反対の論陣を張る者に、「おまえらの言論に市民権などないんだぞ」といわんばかりのプレッシャーを与える。それだけに余計に罪が重い。
正直言って、私はもともと藤原紀香に対して懐疑的だった人間だが、思い入れの少なかった私でさえショックを受けたのだから、藤原の言論を熱烈に支持していたファンの受けたショックの大きさは、量り知れないものがある。これは、「芸能人の言動だから」と軽々しく片づけることは決してできない。
何より、芸能界や放送業界に、石原慎太郎という男が隠然たる影響力を持っていることを強くにおわせた一件だった。
それで思い出したのが、太田光という男のことである。昨年、中沢新一との対談をまとめた 『憲法九条を世界遺産に』 は、私が昨年読んだ本の中でも特に印象の残るものだった。
しかし、太田が今回の東京都知事選について発言したという話は、寡聞にして知らない。
そこで、「太田光 知事」 を検索語にしてネット検索をかけてみたら、こんな記事が引っかかった。
『石原都知事の前で萎縮しっ放しだった太田光の情けなさ』
(「きょうの出来事」 より)
http://samiyu.blog29.fc2.com/blog-entry-140.html
普段は生意気な口をきいて訳知り顔の「爆笑問題」太田光(41)に対して、大ブーイングが起きている。番組にゲスト出演した石原慎太郎・東京都知事の前での腰の引けた態度が「口ほどにもない」とケチョンケチョンに批判されているのだ。
いくら相手が大物とはいえ、聞きたいこともまともに聞けないなんて情けないですね
石原都知事が出演したのは12月17日放送の情報番組「スタ☆メン」(フジテレビ)。石原都知事は現在、画家の四男・延啓氏(40)の公費を使った海外出張や水谷建設からの金銭授受疑惑などで集中砲火を浴びている。多くの視聴者は太田が番組の中で石原都知事に鋭く突っ込むのを期待していたはずだが、当の太田は「この人は怖い」「周りはイエスマンが多い」などと軽くジャブをかましただけ。最後まで言葉少なく、都知事にお追従していた。
これにはガッカリした向きも多かった。
「相手が大物だからといって、あそこまで委縮するかね。ほとんど質問をしないし、彼は石原都知事の何が問題になっているのかも理解していなかったのではないか。それにしてもいつも偉そうなことを言ってるのに、批判精神のカケラもなかったのには驚いた。文化人ヅラしてオチャラケているだけなら報道番組なんかやめた方がいい」(放送ジャーナリスト)
ここまで手厳しく批判されるのはレギュラーの「太田光の私が総理大臣になったら……秘書田中」(日本テレビ)などで政治や世相をぶった切ってみせているためだが、それが単なるポーズだったことが今回でハッキリした。
「そもそも『太田総理』は不人気で来年、打ち切られるという情報まである。太田は二重にミソをつけている」(事情通)
現在、太田は都内に4億円の豪邸を建設している。芸人だから稼ぐためなら何でもやるということかもしれないが。
うらやましい限りですね
(引用:ライブドアニュース=現在はリンク先は削除されている)
ナント、太田は昨年12月の時点で石原に屈していたのだ。
同じ件を報じたInfoseekニュースには、11件の「はてなブックマーク」がついた。
http://b.hatena.ne.jp/entry/3553176
太田は、「Yahoo! 知恵袋」でも袋叩きにあっている。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1310275333
もとからたいしてあてにしていなかった藤原紀香はともかく、『憲法九条を世界遺産に』 で、説得力のある議論を展開していた太田光までもがこのざまと知って、ますます暗澹たる気分になった。
彼らの「護憲」とか「平和主義」なんて、そんなに簡単に権力に屈するものに過ぎなかったのだろうか?
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昨日の記事にも書いたことだが、フジテレビの番組で、いつも腹立たしい発言ばかりしている右派評論家の竹村健一が、従軍慰安婦をめぐる安倍晋三首相の発言がアメリカのメディアに批判されていることに関して、「日本人は、自分たちが拉致されるなど人権を侵害された時は大騒ぎするが、他の民族の人権が侵されること(筆者注:暗に従軍慰安婦を指す)には鈍感だという印象を与えてはいけない」という意味の、竹村の発言とは思えないまっとうな発言をした。
同じ非難を中国や韓国だけから受けている時には、竹村は確かそれに反発していたような気がするが、アメリカが騒ぎ始めると掌を返すあたりが親米右派の竹村らしいなと思った。しかし、今回の竹村の主張が正論であることは確かだ。
さて、人権に鈍感な政治家というより、意識的に人権を軽視する発言を繰り返しているのが石原慎太郎である。有名な身体障害者に対する差別発言や「ババァ発言」は、「世界に晒す日本の恥」としかいいようのないものであるが、これまで私は、これらについて改めて取り上げるのもあほらしいと思ってきた。
しかし、前記竹村の発言を聞いて、一度はこの石原の人権蹂躙(じゅうりん)の暴言を復習しておかなければならないと思い立った。そこで、今日の記事はこれらの暴言を蒸し返すところから始める。
まず、身体障害者に対する差別発言から。
Wikipediaの「石原慎太郎」から、「障害者に対する姿勢」の項を紹介する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E6%85%8E%E5%A4%AA%E9%83%8E#.E9.9A.9C.E5.AE.B3.E8.80.85.E3.81.AB.E5.AF.BE.E3.81.99.E3.82.8B.E5.A7.BF.E5.8B.A2
以下引用する。
次は「ババァ発言」。これも、Wikipediaの 『石原慎太郎東京都知事 「ババァ発言」 事件』から。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%90%E3%82%A1%E7%99%BA%E8%A8%80
なお、石原は「松井孝典がいってるんだけど」などとほざいているが、松井自身がこれを否定している。
以下、Wikipedia 「松井孝典」の「石原慎太郎ババア発言」より。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E4%BA%95%E5%AD%9D%E5%85%B8#.E7.9F.B3.E5.8E.9F.E6.85.8E.E5.A4.AA.E9.83.8E.E3.83.90.E3.83.90.E3.82.A2.E7.99.BA.E8.A8.80.E3.81.AB.E5.AF.BE.E3.81.97.E3.81.A6
このような発言を連発する石原を、万一東京都知事選で三選を許したりしようものなら、日本は人権を軽視、蹂躙する国として国際社会の笑いものになるだろう。
さて、枚挙に暇のない石原の犯罪的人権侵害のうち、中でも呆れ返るのが1983年の総選挙において、対立候補の新井将敬を誹謗中傷した「黒シール事件」である。
これもWikipedia 「石原慎太郎」 より引用する。
「石原本人の関与の有無は明らかとなっておらず」と書かれているが、これは政治家お得意の、責任を全て秘書に押しつけるやり口だ。石原の普段の言動を見ていれば、真相はおのずと明らかだろう。
なお、この新井将敬は1998年2月に死去した。「自殺」ということになっているが、死因に関して諸説があり、他殺説も根強く語られているが、真相は闇に葬られている。一昨年来、耐震偽装問題やライブドア事件に絡んで「自殺」者が続出したことを思い起こさせる、背筋が凍る話だ。
何はともあれ、日本人が人権を重んじる民族であることを世界に示すためには、石原慎太郎の三選だけは断じて許してはならないと思う。
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同じ非難を中国や韓国だけから受けている時には、竹村は確かそれに反発していたような気がするが、アメリカが騒ぎ始めると掌を返すあたりが親米右派の竹村らしいなと思った。しかし、今回の竹村の主張が正論であることは確かだ。
さて、人権に鈍感な政治家というより、意識的に人権を軽視する発言を繰り返しているのが石原慎太郎である。有名な身体障害者に対する差別発言や「ババァ発言」は、「世界に晒す日本の恥」としかいいようのないものであるが、これまで私は、これらについて改めて取り上げるのもあほらしいと思ってきた。
しかし、前記竹村の発言を聞いて、一度はこの石原の人権蹂躙(じゅうりん)の暴言を復習しておかなければならないと思い立った。そこで、今日の記事はこれらの暴言を蒸し返すところから始める。
まず、身体障害者に対する差別発言から。
Wikipediaの「石原慎太郎」から、「障害者に対する姿勢」の項を紹介する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E6%85%8E%E5%A4%AA%E9%83%8E#.E9.9A.9C.E5.AE.B3.E8.80.85.E3.81.AB.E5.AF.BE.E3.81.99.E3.82.8B.E5.A7.BF.E5.8B.A2
以下引用する。
障害者に対する姿勢
1999年9月に東京都知事として府中療育センター(重度知的・身体障害者療育施設)を視察した後、記者会見で「ああいう人ってのは人格あるのかね。ショックを受けた。ぼくは結論を出していない。みなさんどう思うかなと思って。絶対よくならない、自分がだれだか分からない、人間として生まれてきたけれどああいう障害で、ああいう状態になって」と発言した。次いで「おそらく西洋人なんか切り捨てちゃうんじゃないかと思う。そこは宗教観の違いだと思う。ああいう問題って安楽死につながるんじゃないかという気がする」と発言意図を説明した。「人格あるのかね」については、即日「文学者としての表現」と弁明した。(朝日新聞1999年9月18日より。)
東京新聞はさらに詳しく発言を採録しており、視察の帰りがけに「入所者は自分がだれだか分からない。(彼らに)人生がない、というくくり方をする人もいるが、それなりの人生があるんだという一つの確信を持って仕事をしているのは、素晴らしいことだ」と発言していることを報じた。
石原はこの発言について大阪府豊中市の知的障害者団体から抗議された。
石原の発言を差別発言として報道した朝日新聞社に対して石原は産経新聞紙上で次のように反論した。「私の発言の真意は、行政の長というよりも一人の人間として、みずからも思い悩むことを感じさせられ、そのことを自分自身にも、記者の皆さんにも問いかけたものであります。ある新聞が、現場にも同行せずに、この発言を意識的に曲解し、あたかも私が障害を持つ方々の人格を傷つけたと、多くの読者に印象づけたことは、報道の正確性にもとり、許せぬ行為でもあります。これは卑劣なセンセーショナリズムであり、アジテーションであり、社会的には非常に危険なことだと思います」
(Wikipedia 『石原慎太郎』より)
次は「ババァ発言」。これも、Wikipediaの 『石原慎太郎東京都知事 「ババァ発言」 事件』から。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%90%E3%82%A1%E7%99%BA%E8%A8%80
問題とされた石原慎太郎の発言は以下の3つである。
1. 「これは僕がいってるんじゃなくて、松井孝典がいってるんだけど、“文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババァ”なんだそうだ。“女性が生殖能力を失っても生きているってのは無駄で罪です”って。男は80、90歳でも生殖能力があるけれど、女は閉経してしまったら子供を生む能力はない。そんな人間が、きんさん・ぎんさんの年まで生きてるってのは、地球にとって非常に悪しき弊害だって…。なるほどとは思うけど、政治家としてはいえないわね(笑い)。」
(「週刊女性」 2001年11月6日号より)
2. 「この間すごい話をしたんだ、松井さんが。私は膝をたたいてその通りだと。女性がいるから言えないけど…。本質的に余剰なものは、つまり存在の使命を失ったものが、生命体、しかも人間であるということだけでいろんな消費を許され、収奪を許される。特に先進国にありうるわけだ。でね…、やっぱりやめようか(笑)。あれが実は地球の文明なるものの基本的な矛盾を表象している事例だな。」
(「都政新報」 2001年10月26日号より)
3. 「そして、他の動物、他の生命体とのかかわりの中で、人間が人間というものの存在を主張し過ぎたために、非常に横暴な存在になった。そして、彼が例を挙げたのは、ほとんどの動物は繁殖、種の保存ということのために生きて、それで死んでいくが、人間の場合にはそういう目的を達せない人でも、つまり、人間という尊厳の中で長生きをするということで、彼はかなり熾烈な言葉でいいまして、私はそのときに、なるほどなといいながら、しかし、それは政治家にはいえないから、あなたみたいな専門家じゃなきゃとてもいえませんなといって、そのときに慨嘆したんだ。(中略)私が思わずひざをたたいた所以の一つは、私の友人でもありました深沢七郎氏が書いたうば捨て山という、あの、要するに「楢山節考」という、年をとったそのおばあさんを、その部落の貧困のゆえに、あえて生きている人間を捨てに行くという、これは年をとった女の人が、他の動物の生存の仕方に比べれば、かなり横暴な存在であるという表現の、実は逆説的な一つの証左でありまして、私はいろんなことを思い合わせながら、その松井さんの話を非常に印象深く聞いたわけです。」
(「平成13年東京都議会会議録第16号」(2001年12月11日)より)
(Wikipedia 『石原慎太郎東京都知事 「ババァ発言」 事件』より)
なお、石原は「松井孝典がいってるんだけど」などとほざいているが、松井自身がこれを否定している。
以下、Wikipedia 「松井孝典」の「石原慎太郎ババア発言」より。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E4%BA%95%E5%AD%9D%E5%85%B8#.E7.9F.B3.E5.8E.9F.E6.85.8E.E5.A4.AA.E9.83.8E.E3.83.90.E3.83.90.E3.82.A2.E7.99.BA.E8.A8.80.E3.81.AB.E5.AF.BE.E3.81.97.E3.81.A6
石原慎太郎ババア発言に対して
石原慎太郎は「ババア発言(文明がもたらした最も悪しき有害なものはババア)」は、松井の「おばあさん仮説」を出所と主張しているが、松井は「石原氏の発言を見ると、私の言っていることとまったく逆のことだからね。私はこういう言い方はどこでもしたことはないし、おばあさん仮説という理論を私はいろんなところで話しているから、それを見てもらえば分かるでしょう。」(月刊『自然と人間』2003年2月号)と述べている。実際、松井の理論は、ヒトの女性が生物としては例外的に生殖可能年齢を超えて生存することで「おばあさん」が集団の記憶装置としての役割を果たし、そのことで文明の誕生が可能になった、さらに結果としてヒトの文明が地球環境を蝕む結果をももたらしているというものである。確かに「おばあさん」の存在が地球環境を蝕んだことを論じてはいるが、それは人類文明の発展は「おばあさん」によって可能になり、その文明が地球環境を蝕んでいるという逆説的現実を表現したものに過ぎない。また、この発言に対して損害賠償を求めた裁判の判決の中で東京裁判所は、発言が石原個人の見解であると認めたが、判決後もなお石原は松井の説を紹介しただけと主張している。
(Wikipedia 『松井孝典』より)
このような発言を連発する石原を、万一東京都知事選で三選を許したりしようものなら、日本は人権を軽視、蹂躙する国として国際社会の笑いものになるだろう。
さて、枚挙に暇のない石原の犯罪的人権侵害のうち、中でも呆れ返るのが1983年の総選挙において、対立候補の新井将敬を誹謗中傷した「黒シール事件」である。
これもWikipedia 「石原慎太郎」 より引用する。
1983年の衆議院議員総選挙の時には東京2区で対立していた自民党候補新井将敬の選挙ポスターに石原の第一秘書である栗原俊記が「'66年北朝鮮より帰化」というシール3千枚を貼って回り、その秘書は現行犯逮捕された。(いわゆる黒シール事件。石原本人の関与の有無は明らかとなっておらず秘書の責任ということになっている。)この件に対して民族派右翼の野村秋介が石原の自宅に押しかけ「日本民族の顔に泥を塗る破廉恥行為である」として抗議行動を行っている。
(Wikipedia 『石原慎太郎』より)
「石原本人の関与の有無は明らかとなっておらず」と書かれているが、これは政治家お得意の、責任を全て秘書に押しつけるやり口だ。石原の普段の言動を見ていれば、真相はおのずと明らかだろう。
なお、この新井将敬は1998年2月に死去した。「自殺」ということになっているが、死因に関して諸説があり、他殺説も根強く語られているが、真相は闇に葬られている。一昨年来、耐震偽装問題やライブドア事件に絡んで「自殺」者が続出したことを思い起こさせる、背筋が凍る話だ。
何はともあれ、日本人が人権を重んじる民族であることを世界に示すためには、石原慎太郎の三選だけは断じて許してはならないと思う。
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石原慎太郎はいうまでもなく極右であり、人間として許しがたい暴言を次々と吐いている。これについては、多くの方々が批判されていることと承知しているが、これらの石原発言はあまりに程度が低くて、私自身としては、わざわざ文章を書く気にもならないほどの嫌悪感を催してしまう。こんな人物を二期八年にわたって日本の首都の知事としていただいていたことは、東京の恥にとどまらず、日本の恥と言うべきだろう。
だが、石原の暴言を批判する論法では、このバカの勇ましい言葉に心酔する人たちの支持を切り崩すことはできない。右寄りの有権者たちの認識を改めてもらうためには、石原都政を実務面から批判する必要がある。そうずっと思っていた。
月刊「現代」 4月号に掲載されている青木理氏の 『石原慎太郎 「モノ言う知事」の品性と功罪』は、その意味からもとても良い記事だと思うので、ここに紹介したい。
青木氏は1966年生まれ、昨年共同通信を辞職し、「週刊金曜日」昨年6月23日号で安倍晋三の統一協会への祝電問題に関する記事を書き(昨年6月28日付当ブログ記事 『AbEnd的にはよしりんもかっちゃんもペケ』 参照)、「現代」の昨年12月号では、魚住昭さんと共著で「共同通信が握りつぶした安倍スキャンダル」(昨年11月3日付当ブログ記事 『共同通信が安倍晋三事務所のスキャンダルをもみ消した』 参照)を発表した気鋭のフリージャーナリストで、最近私が注目している一人だ。
その青木さんが「現代」4月号の記事で俎上に載せるのが、『石原が推し進めて様々な波紋を巻き起こした主要政策のうち、銀行税、ディーゼル車規制(以上1期目)、新銀行と新大学の設立(以上2期目)』(二重カギ括弧は青木氏の記事からの引用、以下同様)である。
まず、銀行税こと大銀行への外形標準課税は、2000年2月7日に石原が発表するや、ただちに議論を巻き起こしたものだ。
『銀行税とは都内に本支店を持つ資金量5億円超の銀行を対象とし、5年間の時限措置で法人事業税に外形標準課税を適用する』というもので、当の銀行や財界のほか、自民党や大蔵省(当時)からも、「課税の公平性」の観点から批判を浴びる一方で、民主党や(都議会における)共産党に歓迎された政策である。マスコミでも、朝日新聞が社説でこれを支持する一方、読売新聞が「ポピュリズムだ」として批判するなど、普段石原を支持していた勢力ほど反発し、石原に批判的な勢力ほど歓迎するということで、当時ずいぶん話題になったものだ。
しかし、青木さんによると、これは別に石原独自のアイデアでも何でもなく、美濃部亮吉都政時代(1967年〜1979年)にも検討され、都庁では主税局を中心に長らくの悲願としていた政策だったという。ちなみに、石原は1975年の都知事選に、美濃部知事の三選を阻止すべく立候補し、僅差で敗れている。いわば石原にとっての宿敵が検討していた政策を、人気取りのために横取りしたようなものなのである。
石原が銀行税に先立って打ち出したディーゼル車規制も、世論に支持され、石原の人気を押し上げた。以下青木さんの記事から引用する。
青木さんも書くように、石原の1期目はそれなりの成果があったかに見える。しかし青木さんは、『都知事・石原を間近で見てきた都庁幹部たちの評価は厳しい』として、下記のような都の部局長経験者の言葉を引用しながら、以下のように書いている。
1期目は、それでも石原の施策にも評価できる部分はあるかもしれない。しかし、2期目になるとそうはいかない。
青木さんは、2期目の石原の公約のうち、「中小企業の能力を引き出す新しい銀行の創設」(「新銀行東京」の設立)と「これまでにない新しい大学の実現」(「首都大学東京」の設立)を俎上に上げる。
前者の「新銀行東京」については、都庁内では当初から「うまくいくはずがない」と囁かれていたもので、実際、2006年9月期決算で154億円もの赤字を記録した。青木さんの記事には書かれていないが、最近、都議会で民主党の田中良幹事長から「都知事は業績悪化の責任を取るべきだ」との追及を受けた石原は、議長から発言を許されてもいないのに、「馬鹿な質問すんな!」などと怒鳴り、その行為を議長に注意されてもなお、周りにだけ聞こえるような声で、「バカなこと言ってんじゃない」と繰り返し、しまいには「卑怯で下賤だ」と吐き捨てた。このことからも察しがつくように、石原にとってもっとも突かれたくない失政の一つが、この「新銀行東京」なのである。
「首都大学東京」に至っては、もはや呆れるばかりだ。東京都と都立大、都立科学技術大、都立保健科学大、都立短大がまとめつつあった東京都の大学改革案を、石原は2003年8月に突如白紙に戻し、都立の4大学を廃止し、「首都大学東京」の新設を通告したのだ。当然、都立大はこれに激しく反発したのだが、石原がトップダウンのゴリ押しでこの改革を推し進めた理由は、リベラルな校風で知られる都立大のイメージを石原が嫌ったためではないかと、青木さんは推測している。実際、都立大にはかつての美濃部革新都政のブレーンとなった人材がいたのだそうだ。石原とは、私怨を晴らすために「大学カイカク」を行う男なのである。
石原都政というと、浜渦武生(はまうず・たけお)元副知事のやりたい放題が問題となったことがある。この高知県出身で石原の衆議院議員時代から秘書を務めてきた男については、佐野眞一が、石原の批判的評伝である 『てっぺん野郎』 (講談社、2003年)で厳しく批判しているが、まるでヤクザのようだと評されたこの浜渦という男は、2005年6月、都議会自民党の実力者を追い落とすために、民主党都議にやらせ質問を依頼し、虚偽の答弁をしたことがばれて、更迭の憂き目にあった。
浜渦という片腕を失ったのは、石原にとっては大きな痛手となった。それでなくても、周囲をイエスマンばかりで固めて急速に独善化していた石原都政は、浜渦を失ったことによって、ほとんどレームダック化してしまっている、というのが青木さんの見立てである。
なお、浜渦は2006年7月、都参与の職に引き戻されたが、かつてのような権勢をふるう立場にはないそうだ。
そんな「死に体」の石原は、それでも3選を目指しているのだが、『複数の都庁幹部と都議が口を揃えて指摘することによると、「ファミリーと側近のためだろう」という呆れ果てた理由』からだそうだ。青木さんの記事から以下引用する。
『都政新報』という都政専門紙が昨年11月に実施したアンケートによると、石原の3選出馬について都職員の56.3%が「出馬すべきでない」と答え、その数字は部長級以上の幹部職員で62%、課長級でも66%に達したという。また、石原の都政運営や印象については「側近政治的な姿勢が目立つ」「独断専行」とするものが80%以上に達したそうだ。
このように、都政にかかわっている都の職員は、石原都政に対して極めて冷淡な見方をしている。しかし、TBSやテレビ朝日で石原を礼賛し続けているみのもんたや田原総一朗が垂れ流す石原へのお追従が効いているのか、いまだに石原の支持率は高く、いま現在都知事選の投票が行われるなら、石原が大勝するだろうといわれている。
しかし、心ある都民は、まともな人間であるとも思えない石原の圧政下にいる恥辱に耐えられないだろう。それは、東京都民ではない私にもよくわかる。そして、都民の悲鳴にも似た叫び声に耳を傾けた浅野史郎さんが、石原を倒すべくついに立ち上がった。
きたる東京知事選では、都政を私物化する石原慎太郎に、何が何でもストップをかけなければならないと私は思う。
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だが、石原の暴言を批判する論法では、このバカの勇ましい言葉に心酔する人たちの支持を切り崩すことはできない。右寄りの有権者たちの認識を改めてもらうためには、石原都政を実務面から批判する必要がある。そうずっと思っていた。
月刊「現代」 4月号に掲載されている青木理氏の 『石原慎太郎 「モノ言う知事」の品性と功罪』は、その意味からもとても良い記事だと思うので、ここに紹介したい。
青木氏は1966年生まれ、昨年共同通信を辞職し、「週刊金曜日」昨年6月23日号で安倍晋三の統一協会への祝電問題に関する記事を書き(昨年6月28日付当ブログ記事 『AbEnd的にはよしりんもかっちゃんもペケ』 参照)、「現代」の昨年12月号では、魚住昭さんと共著で「共同通信が握りつぶした安倍スキャンダル」(昨年11月3日付当ブログ記事 『共同通信が安倍晋三事務所のスキャンダルをもみ消した』 参照)を発表した気鋭のフリージャーナリストで、最近私が注目している一人だ。
その青木さんが「現代」4月号の記事で俎上に載せるのが、『石原が推し進めて様々な波紋を巻き起こした主要政策のうち、銀行税、ディーゼル車規制(以上1期目)、新銀行と新大学の設立(以上2期目)』(二重カギ括弧は青木氏の記事からの引用、以下同様)である。
まず、銀行税こと大銀行への外形標準課税は、2000年2月7日に石原が発表するや、ただちに議論を巻き起こしたものだ。
『銀行税とは都内に本支店を持つ資金量5億円超の銀行を対象とし、5年間の時限措置で法人事業税に外形標準課税を適用する』というもので、当の銀行や財界のほか、自民党や大蔵省(当時)からも、「課税の公平性」の観点から批判を浴びる一方で、民主党や(都議会における)共産党に歓迎された政策である。マスコミでも、朝日新聞が社説でこれを支持する一方、読売新聞が「ポピュリズムだ」として批判するなど、普段石原を支持していた勢力ほど反発し、石原に批判的な勢力ほど歓迎するということで、当時ずいぶん話題になったものだ。
しかし、青木さんによると、これは別に石原独自のアイデアでも何でもなく、美濃部亮吉都政時代(1967年〜1979年)にも検討され、都庁では主税局を中心に長らくの悲願としていた政策だったという。ちなみに、石原は1975年の都知事選に、美濃部知事の三選を阻止すべく立候補し、僅差で敗れている。いわば石原にとっての宿敵が検討していた政策を、人気取りのために横取りしたようなものなのである。
石原が銀行税に先立って打ち出したディーゼル車規制も、世論に支持され、石原の人気を押し上げた。以下青木さんの記事から引用する。
銀行税をめぐっては、条例の無効確認などを求めて提訴した銀行側に一審、二審とも敗北したとはいえ、全国の自治体で課税自主権論議を活発化させ、国が外形標準課税を導入する誘い水となった。ディーゼル車規制も、東京の取り組みが03年10月に埼玉や千葉、神奈川も含む首都圏にまで拡大しての走行規制実施につながった。
(月刊「現代」 2007年4月号掲載 青木理 『石原慎太郎「モノ言う知事」の品性と功罪(前編)』より)
青木さんも書くように、石原の1期目はそれなりの成果があったかに見える。しかし青木さんは、『都知事・石原を間近で見てきた都庁幹部たちの評価は厳しい』として、下記のような都の部局長経験者の言葉を引用しながら、以下のように書いている。
「石原さんはいわば究極のポピュリスト。何が世論受けするかを嗅ぎ取って派手な打ち上げ花火を上げる感性は鋭いが、常に拙速と思いつき。体系的、持続的な思考ができない人なんだ」
(中略)
「石原さんはいつも一時の思いつきで強引に突き進むが、後が続かない。もっと問題なのは、石原さんに、そもそも『公』という発想がない点だ。だから自己顕示欲を満たすような思いつきで動き、周囲に側近やイエスマンを侍らせ、組織がおかしくなっていく。石原都政の問題点は最初っから一貫していた」
こうした都庁幹部たちの石原評を踏まえて冷静に振り返ると、石原の号令に基づくアクティブな試みが肯定的効果を及ぼしたように見えても、それは都政初期のわずかな期間に限られていることに気づく。また、そこにはすでに石原流トップダウンの病理も透けて見えており、実際にその後の石原都政を眺めれば、強引な独善と場当たり的な施策の悪弊が極大化し、都政の現場は混乱と怨嗟ばかりが渦巻いているのである。
(前掲誌より)
1期目は、それでも石原の施策にも評価できる部分はあるかもしれない。しかし、2期目になるとそうはいかない。
青木さんは、2期目の石原の公約のうち、「中小企業の能力を引き出す新しい銀行の創設」(「新銀行東京」の設立)と「これまでにない新しい大学の実現」(「首都大学東京」の設立)を俎上に上げる。
前者の「新銀行東京」については、都庁内では当初から「うまくいくはずがない」と囁かれていたもので、実際、2006年9月期決算で154億円もの赤字を記録した。青木さんの記事には書かれていないが、最近、都議会で民主党の田中良幹事長から「都知事は業績悪化の責任を取るべきだ」との追及を受けた石原は、議長から発言を許されてもいないのに、「馬鹿な質問すんな!」などと怒鳴り、その行為を議長に注意されてもなお、周りにだけ聞こえるような声で、「バカなこと言ってんじゃない」と繰り返し、しまいには「卑怯で下賤だ」と吐き捨てた。このことからも察しがつくように、石原にとってもっとも突かれたくない失政の一つが、この「新銀行東京」なのである。
「首都大学東京」に至っては、もはや呆れるばかりだ。東京都と都立大、都立科学技術大、都立保健科学大、都立短大がまとめつつあった東京都の大学改革案を、石原は2003年8月に突如白紙に戻し、都立の4大学を廃止し、「首都大学東京」の新設を通告したのだ。当然、都立大はこれに激しく反発したのだが、石原がトップダウンのゴリ押しでこの改革を推し進めた理由は、リベラルな校風で知られる都立大のイメージを石原が嫌ったためではないかと、青木さんは推測している。実際、都立大にはかつての美濃部革新都政のブレーンとなった人材がいたのだそうだ。石原とは、私怨を晴らすために「大学カイカク」を行う男なのである。
石原都政というと、浜渦武生(はまうず・たけお)元副知事のやりたい放題が問題となったことがある。この高知県出身で石原の衆議院議員時代から秘書を務めてきた男については、佐野眞一が、石原の批判的評伝である 『てっぺん野郎』 (講談社、2003年)で厳しく批判しているが、まるでヤクザのようだと評されたこの浜渦という男は、2005年6月、都議会自民党の実力者を追い落とすために、民主党都議にやらせ質問を依頼し、虚偽の答弁をしたことがばれて、更迭の憂き目にあった。
浜渦という片腕を失ったのは、石原にとっては大きな痛手となった。それでなくても、周囲をイエスマンばかりで固めて急速に独善化していた石原都政は、浜渦を失ったことによって、ほとんどレームダック化してしまっている、というのが青木さんの見立てである。
なお、浜渦は2006年7月、都参与の職に引き戻されたが、かつてのような権勢をふるう立場にはないそうだ。
そんな「死に体」の石原は、それでも3選を目指しているのだが、『複数の都庁幹部と都議が口を揃えて指摘することによると、「ファミリーと側近のためだろう」という呆れ果てた理由』からだそうだ。青木さんの記事から以下引用する。
「最大の理由は家族のため。都政への不透明な関与が問題となった芸術家とされている四男もそうだが、衆院議員となった三男の宏高氏も知事の後ろ盾がなければ今の座を維持するのは苦しい。都の参与に舞い戻った浜渦氏や他の特別秘書の連中など知事にぶら下がっている側近もたくさんいて、今さら辞めるに辞められないんだろう」(都庁幹部)
「いくら親バカとはいえ、息子たちの能力くらいは石原知事も分かっている。このまま3期目に入れば、石原都政は"ファミリーの生命維持装置"とでも言うべき状態になる」(都議)
(前掲誌より)
『都政新報』という都政専門紙が昨年11月に実施したアンケートによると、石原の3選出馬について都職員の56.3%が「出馬すべきでない」と答え、その数字は部長級以上の幹部職員で62%、課長級でも66%に達したという。また、石原の都政運営や印象については「側近政治的な姿勢が目立つ」「独断専行」とするものが80%以上に達したそうだ。
このように、都政にかかわっている都の職員は、石原都政に対して極めて冷淡な見方をしている。しかし、TBSやテレビ朝日で石原を礼賛し続けているみのもんたや田原総一朗が垂れ流す石原へのお追従が効いているのか、いまだに石原の支持率は高く、いま現在都知事選の投票が行われるなら、石原が大勝するだろうといわれている。
しかし、心ある都民は、まともな人間であるとも思えない石原の圧政下にいる恥辱に耐えられないだろう。それは、東京都民ではない私にもよくわかる。そして、都民の悲鳴にも似た叫び声に耳を傾けた浅野史郎さんが、石原を倒すべくついに立ち上がった。
きたる東京知事選では、都政を私物化する石原慎太郎に、何が何でもストップをかけなければならないと私は思う。
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朝日新聞が東京都知事選における民主党候補に、菅直人氏を立てよと強硬に主張する社説を掲載している(2007年2月23日付社説 『民主党は本気を見せろ』)。
菅直人は 『私が国会からいなくなって一番喜ぶのはだれか。安倍首相だ』 と言って出馬を固辞しているが、朝日の社説は、 『国政への意欲は分かる。だが、菅氏にはこう尋ねたい。逆に、民主党が「最も期待できる人」の擁立に失敗して一番喜ぶのはだれか−−。それも、安倍首相であることは疑いようもない』 と、詭弁としかいいようのない論理で切り返し、菅氏の出馬を強く求めている。そして、『小沢代表や鳩山由紀夫幹事長は菅氏説得に動くべきではないか』 と結んでいる。
現在、民主党では党内での菅氏の影響力を殺ぐために、右派が中心になって菅氏を都知事に転出させようとする動きがあるという。朝日の社説は、みごとにそれに呼応するものだ。「リベラル右派」の朝日新聞(昨日のエントリ参照)の面目躍如というべきだろう。
私は、菅氏の主張を支持し、朝日新聞の社説は、民主党内の「菅下ろし」に加担する意味しか持たないと考えている。
なお、この朝日新聞社説の件については、「カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記」に「朝日新聞の気色悪い社説」という題の記事で、痛烈な批判がなされている。カマヤンも指摘しているように、「朝日新聞はもはやあらゆる市民勢力にとって敵と見なすべきである」ことをよく認識する必要があると思う。
その朝日新聞に、かつて本多勝一というスター記者がいた。ベトナム戦争のルポ「戦場の村」、南京虐殺などを取り上げた「中国の旅」、教育問題に関する「子供たちの復讐」などの著書で知られており、朝日新聞社退職後は、週刊誌「週刊金曜日」を立ち上げた。
本多氏は、現在の朝日新聞社では存在を許されないかもしれないくらい左翼的な記者だったが、記者生活後半では、その独裁志向や大江健三郎氏らとの衝突が問題となったりもした。最近でも、「噂の真相」編集長の岡留安則氏と激しく対立するなど、毀誉褒貶の激しい人物ではある。
だが私は、欠点は欠点として、優れたルポライターとしての本多氏の業績は認めるべきであると考えている。
その本多氏が、「週刊金曜日」2000年7月7日号に、コラム「貧困なる精神」で、「石原慎太郎の人生」と題する文章を書いている。
この記事に、ベトナム戦争当時、現地に出向いた石原がとった驚くべき行動が書かれているので、ここに紹介する。
この文章自体は2000年に発表されているが、本多はこの件をそれまでにも何度も書いており、私が初めて知ったのは、確か1978年のことだったかと思う。それ以前から私は石原が嫌いだったが、この驚くべき殺人未遂の件を知ったあとは、石原慎太郎という男が絶対に許せなくなった。それからもう30年近くになる。
そもそも「幸か不幸か」とはなんたる言い分だろう。石原によって、罪のないベトナムの人たちが殺されずに済んだのが「不幸」かもしれないとでも言うのだろうか。
こんな男を、過去2期8年にわたって都知事にいただいてきただけでも、東京人は「世界に晒す日本の恥」としか言いようがないと私は思うが、昨年来数々の醜聞や都政を私物化している実態が次々と報じられても、なお都政を石原に託すのであれば、それ自体スキャンダルとしか言いようがあるまい。
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菅直人は 『私が国会からいなくなって一番喜ぶのはだれか。安倍首相だ』 と言って出馬を固辞しているが、朝日の社説は、 『国政への意欲は分かる。だが、菅氏にはこう尋ねたい。逆に、民主党が「最も期待できる人」の擁立に失敗して一番喜ぶのはだれか−−。それも、安倍首相であることは疑いようもない』 と、詭弁としかいいようのない論理で切り返し、菅氏の出馬を強く求めている。そして、『小沢代表や鳩山由紀夫幹事長は菅氏説得に動くべきではないか』 と結んでいる。
現在、民主党では党内での菅氏の影響力を殺ぐために、右派が中心になって菅氏を都知事に転出させようとする動きがあるという。朝日の社説は、みごとにそれに呼応するものだ。「リベラル右派」の朝日新聞(昨日のエントリ参照)の面目躍如というべきだろう。
私は、菅氏の主張を支持し、朝日新聞の社説は、民主党内の「菅下ろし」に加担する意味しか持たないと考えている。
なお、この朝日新聞社説の件については、「カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記」に「朝日新聞の気色悪い社説」という題の記事で、痛烈な批判がなされている。カマヤンも指摘しているように、「朝日新聞はもはやあらゆる市民勢力にとって敵と見なすべきである」ことをよく認識する必要があると思う。
その朝日新聞に、かつて本多勝一というスター記者がいた。ベトナム戦争のルポ「戦場の村」、南京虐殺などを取り上げた「中国の旅」、教育問題に関する「子供たちの復讐」などの著書で知られており、朝日新聞社退職後は、週刊誌「週刊金曜日」を立ち上げた。
本多氏は、現在の朝日新聞社では存在を許されないかもしれないくらい左翼的な記者だったが、記者生活後半では、その独裁志向や大江健三郎氏らとの衝突が問題となったりもした。最近でも、「噂の真相」編集長の岡留安則氏と激しく対立するなど、毀誉褒貶の激しい人物ではある。
だが私は、欠点は欠点として、優れたルポライターとしての本多氏の業績は認めるべきであると考えている。
その本多氏が、「週刊金曜日」2000年7月7日号に、コラム「貧困なる精神」で、「石原慎太郎の人生」と題する文章を書いている。
この記事に、ベトナム戦争当時、現地に出向いた石原がとった驚くべき行動が書かれているので、ここに紹介する。
報道写真家の石川文洋が 『ベトナム最前線』 というルポルタージュを読売新聞社から刊行しました。これに序文を寄せた石原の文章を読んで、次の部分に私は少なからず驚かされることになります。
ベトナム戦線Dゾーンのチャンバンの砲兵陣地で、訪れた我々日本記者団に向かって、試みに大砲の引き金を引いて見ないかと副官にすすめられたことがある。 (中略) 番が私に廻って来そうになった時、同行していた石川カメラマンがおだやかな微笑だったが、顔色だけは変えて、「石原さん、引いてはいけません。引くべきでない。あなたに、この向こうにいるかも知れない人間たちを殺す理由は何もない筈です」といった。
躊躇(ちゅうちょ)している私に、陽気な副官は鉄兜をさし出し、"Kill fifteen V.C.!" と叫んだが、幸か不幸か突然射撃中止の命令が入り、その時間の砲撃は止んでしまった。
私は今でもその時の石川君の、私を覗(のぞ)くように見つめていた黒いつぶらな瞳(ひとみ)を忘れない。童顔の、あどけないほどのこの若いカメラマンの顔に、私はその時、なんともいえず悲しい影を見たのだ。
彼がもし強く咎(とが)めていたら、私は天邪鬼(あまのじゃく)にその後まで待って引き金を引いていたかも知れない。
この文章からみると、石原は解放戦線または解放区の住民に対して、副官にすすめられるままに、大砲の引き金を引く寸前だったことになります。たまたま「幸か不幸か突然射撃中止の命令が」 出たために、彼はそれを果たせなかった。もし中止命令が出なければ、第一には「すすめられるままに」、そして第二の可能性としては 「彼(石川文洋) がもし強く咎めていたら、私(石原慎太郎) は天邪鬼にその後(砲撃再開)まで待って引き金を引いていたかも知れない」のです。
(「週刊金曜日」 2000年7月7日号掲載 本多勝一 「貧困なる精神」 (121) 『石原慎太郎の人生』より)
この文章自体は2000年に発表されているが、本多はこの件をそれまでにも何度も書いており、私が初めて知ったのは、確か1978年のことだったかと思う。それ以前から私は石原が嫌いだったが、この驚くべき殺人未遂の件を知ったあとは、石原慎太郎という男が絶対に許せなくなった。それからもう30年近くになる。
そもそも「幸か不幸か」とはなんたる言い分だろう。石原によって、罪のないベトナムの人たちが殺されずに済んだのが「不幸」かもしれないとでも言うのだろうか。
こんな男を、過去2期8年にわたって都知事にいただいてきただけでも、東京人は「世界に晒す日本の恥」としか言いようがないと私は思うが、昨年来数々の醜聞や都政を私物化している実態が次々と報じられても、なお都政を石原に託すのであれば、それ自体スキャンダルとしか言いようがあるまい。
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古新聞を整理していたら、昨年12月18日付の毎日新聞に、「表現の自由 高まる危機感」と題された、1ページをまるまる使った特集記事が掲載されていたのを見つけた。
これは、昨年12月に相次いで行われた、言論の自由に関する2つのシンポジウムから、主要な参加者6人の発言の要旨を収録したものだ。
発言が紹介されているのは、半藤一利(作家)、溝口敦(フリーライター)、牧太郎(毎日新聞特別編集委員)、加藤紘一(元自民党幹事長)、岡留安則(「噂の真相」編集長=04年休刊)、鈴木邦男(右翼団体「一水会」顧問)の6氏(敬称略)である。
この中から、加藤紘一氏の発言を紹介したい。
つまり、コイズミやアベシンゾーは、テロを黙認するとんでもない政治家だが、石原慎太郎はそれにとどまらず、テロを積極的に擁護する政治家だということだ。
こんなやつを都知事選で三選させたら、日本は、先進国の間ではもっとも民度の低い首都を持つ国だということが証明されてしまうだろう。
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これは、昨年12月に相次いで行われた、言論の自由に関する2つのシンポジウムから、主要な参加者6人の発言の要旨を収録したものだ。
発言が紹介されているのは、半藤一利(作家)、溝口敦(フリーライター)、牧太郎(毎日新聞特別編集委員)、加藤紘一(元自民党幹事長)、岡留安則(「噂の真相」編集長=04年休刊)、鈴木邦男(右翼団体「一水会」顧問)の6氏(敬称略)である。
この中から、加藤紘一氏の発言を紹介したい。
靖国神社にはA級戦犯が合祀されているので、近隣諸国だけでなく米国との関係までもいずれはおかしくなると指摘したり、日中関係は良好でなければならないと言い続けると、どうして実家に火をつけられるのか。中曽根康弘元首相が左派の扱いをされるような時代の空気の変わりをつくったのは何なのかを議論しなければならない。
ところが、世の中が何となく話しにくくなり、変な方向に行っているのは事実だ。小泉純一郎首相や安倍晋三官房長官がどうしてすぐに反応を示さなかったのかは分からない。ただ、石原慎太郎・東京都知事が03年に田中均・外務審議官(当時)の自宅に爆発物が仕掛けられた事件で「当たり前の話だ」と言ったことは記憶にとどめておくべきだ。
民主主義的体制を倒そうという言論であってもそれが言論である限り、守り抜かれなければならない。私はイラク戦争や自衛隊のイラク派遣に反対した。私自身が左派かどうかは別にして、日本社会に「左翼がテロに遣うのは仕方ない」という意識があるのではないか。そうでないと(社会の反応が鈍いということへの)説明がつかない。
近隣諸国と闘うナショナリズムは、国をまとめる能力があるため、古今東西の政治家が使ってきた禁じ手だ。外国から「日本は右傾化することはないのか」と聞かれると、かつては笑っていたが、最近はちょっと気をつけなければならない、と言わなければならないようになった。権力を乱用してはならないという品格ある保守が今の権力者には求められている。
(「毎日新聞」 2006年12月18日付 『表現の自由 高まる危機感』より 加藤紘一氏の発言)
つまり、コイズミやアベシンゾーは、テロを黙認するとんでもない政治家だが、石原慎太郎はそれにとどまらず、テロを積極的に擁護する政治家だということだ。
こんなやつを都知事選で三選させたら、日本は、先進国の間ではもっとも民度の低い首都を持つ国だということが証明されてしまうだろう。
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俵孝太郎という老ジャーナリストがいる。産経新聞出身の保守派の硬骨漢で、フジテレビのニュース番組のキャスターを長年務めたことでも知られているが、かつて私は、俵さんのタカ派的言論が大嫌いだった。
少々古い話だが、その俵さんが、右派論壇雑誌である「諸君!」の2003年3月号に、石原慎太郎を痛烈に批判する文章を載せたことがある。これを以下に紹介する。
私はこれを読んで、俵孝太郎というジャーナリストを見直す気になった。
俵さんには、『我、「朝日新聞」と戦えり』(1988年、光文社)という著書がある。右派としての立場から朝日新聞を批判する代表的な論客である。その俵さんが、石原慎太郎が「産経新聞」の2003年新年の紙面に掲載した「日本よ」というコラムについて、ひどい夜郎自大だ、石原はポピュリスト(大衆に迎合する者)にして右派イデオロギーのアジテーター(煽動者)だ、あれなら朝日新聞の空想的平和主義の方がまだマシだ、と、石原や産経新聞を手厳しく批判したのだ。
本当の論客とは、「筋の通らない味方」を「筋の通った敵」以上に批判するものだ、いや、朝日新聞なんか全然筋が通っていないから、俵さんにとっては「筋の通らない敵」に当たるだろう。そんな朝日よりも「筋の通らない味方」に当たる石原や産経新聞を厳しく批判する俵さんの態度は、立場を異にする私も見習いたいものだと思う。
そういえば、俵さんは昨年夏、加藤紘一邸へのテロに対して当時首相だったコイズミや官房長官だったアベシンゾーが沈黙していることをテレビで厳しく批判したところ、その翌日ようやくコイズミと安倍が重い口を開いてテロを批判したことがあった。言葉に重みのあるジャーナリストとは俵さんのような人をいうのだろう。
それに対して、コイズミやアベシンゾーもそうだが、石原慎太郎というのは言葉の重みが全くない政治家だ。
私は小学生の頃、よく新聞に出てくる「為政者」という言葉の「為」という漢字を「偽」と混同していて、でたらめな政治をする政治家を批判する言葉だろうと勝手に思い込んでいた(笑)。コイズミや安倍、石原といった政治家は、「偽政者」というにふさわしい連中だと思う。
そんな石原を形容するのに、「夜郎自大(やろうじだい)」という以上に適切な言葉はないと思う。
「夜郎自大」について、「四字熟語net辞典」から引用する。
実は、この「夜郎自大」という表現を石原に対して用いているのは、俵孝太郎さんだけではない。佐野眞一さんが書いた 『てっぺん野郎−本人も知らなかった石原慎太郎』にも、石原を「夜郎自大」だと批判する箇所がある。
それは、三島由紀夫と石原の確執を描いた部分である。
この本によると、石原は、一方で三島由紀夫を崇拝するような文章を書いておきながら、三島との交友を回想した『三島由紀夫との日蝕』などの中で、三島の生来の運動神経のなさや、ボディビルで促成栽培した人工的な肉体などを容赦なくカリカチュアして、不必要なほど辛辣に笑いものにしているそうだ。
この『三島由紀夫との日蝕』の中で、ナント石原は、本当は三島は政治家になりたかったのだが、自分に先を越されてしまったのでずいぶんむくれていた、佐野眞一さんの表現を借りれば、『自分に政界入りの先を越されてしまったから、三島は世をはかなんで自決した、といっているのも同然』の書き方をしているという。
実際にはどうだったかというと、佐野さんは辻井喬(セゾングループの実質的オーナーだった堤清二のペンネーム)の述懐を紹介している。それによると、佐藤栄作が三島に政界入りを誘ったが、三島には政界入りする気はなく、佐藤の無礼な勧誘の言葉に怒り狂った三島は、『もう、あんた(佐藤)とは会わない』と言ったという。つまり、石原の文章は石原の勝手な妄想に過ぎないのである。
佐野さんは、以下のように書いている。
東京都民は、石原慎太郎に2期8年にわたって都政を任せてしまった。なおもあと4年、この愚劣な男に都政を託そうというのだろうか?
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少々古い話だが、その俵さんが、右派論壇雑誌である「諸君!」の2003年3月号に、石原慎太郎を痛烈に批判する文章を載せたことがある。これを以下に紹介する。
夜郎自大はもっと有害(俵孝太郎)
朝日新聞の新年社説と産経新聞の石原慎太郎寄稿のどちらに共感するかと問われれば、朝日に軍配を揚げます。石原氏の弁は大衆の気分に迎合した政治的アジテーションです。
…安っぽいインターナショナリズムも空想的平和主義も有害ですが、短絡的なナショナリズムや夜郎自大はもっと有害です。現状はバブルの対象が土地と株からあらぬ方角に移っただけの話です。バブルとも「不況」騒ぎとも無縁な小生は、今も昔も、小国日本のモットーはビー・イット・エバー・ソー・ハンブルだと思っています。質素に、と訳すより、分相応に、と意訳する方が適切でしょう。
ときに小生は黄金期の産経で働いていたOBですが、いまの品のない偏向紙面と無能な経営ぶりはとっくに見放しています。念のため。
(「諸君!」 2003年3月号「日本ナショナリズムの血圧を測る」より)
私はこれを読んで、俵孝太郎というジャーナリストを見直す気になった。
俵さんには、『我、「朝日新聞」と戦えり』(1988年、光文社)という著書がある。右派としての立場から朝日新聞を批判する代表的な論客である。その俵さんが、石原慎太郎が「産経新聞」の2003年新年の紙面に掲載した「日本よ」というコラムについて、ひどい夜郎自大だ、石原はポピュリスト(大衆に迎合する者)にして右派イデオロギーのアジテーター(煽動者)だ、あれなら朝日新聞の空想的平和主義の方がまだマシだ、と、石原や産経新聞を手厳しく批判したのだ。
本当の論客とは、「筋の通らない味方」を「筋の通った敵」以上に批判するものだ、いや、朝日新聞なんか全然筋が通っていないから、俵さんにとっては「筋の通らない敵」に当たるだろう。そんな朝日よりも「筋の通らない味方」に当たる石原や産経新聞を厳しく批判する俵さんの態度は、立場を異にする私も見習いたいものだと思う。
そういえば、俵さんは昨年夏、加藤紘一邸へのテロに対して当時首相だったコイズミや官房長官だったアベシンゾーが沈黙していることをテレビで厳しく批判したところ、その翌日ようやくコイズミと安倍が重い口を開いてテロを批判したことがあった。言葉に重みのあるジャーナリストとは俵さんのような人をいうのだろう。
それに対して、コイズミやアベシンゾーもそうだが、石原慎太郎というのは言葉の重みが全くない政治家だ。
私は小学生の頃、よく新聞に出てくる「為政者」という言葉の「為」という漢字を「偽」と混同していて、でたらめな政治をする政治家を批判する言葉だろうと勝手に思い込んでいた(笑)。コイズミや安倍、石原といった政治家は、「偽政者」というにふさわしい連中だと思う。
そんな石原を形容するのに、「夜郎自大(やろうじだい)」という以上に適切な言葉はないと思う。
「夜郎自大」について、「四字熟語net辞典」から引用する。
■夜郎自大 (やろうじだい)
意味: 自分の力量をわきまえず、仲間うちで威張ること。知識も力もないのに尊大にふるまうことのたとえ。
用例: 日本は世界の田舎者であり、世間知らずであって、勝手放題の一人よがりとなったのである。いわゆる中国人が云う夜郎自大の類である(徳富蘇峰「敗戦学校」)
英訳: act with arrogance and recklessness (夜郎自大に振舞う)
類義語: 蜀犬吠日 井蛙之見 唯我独尊 用管窮天
メモ・補足: 【故事】自分の力量もわきまえず尊大に振る舞うこと。「夜郎」は漢の時代中国の西南部にあった小国の名前。「自大」は自分を大きく見せる尊大な態度。漢の使者がこの小国に立ち寄った際、漢の強大さを知らなかった夜郎国の王が自分の国の力を自慢したと言う故事による。
(「四字熟語net辞典」より「夜郎自大」の項目)
実は、この「夜郎自大」という表現を石原に対して用いているのは、俵孝太郎さんだけではない。佐野眞一さんが書いた 『てっぺん野郎−本人も知らなかった石原慎太郎』にも、石原を「夜郎自大」だと批判する箇所がある。
それは、三島由紀夫と石原の確執を描いた部分である。
この本によると、石原は、一方で三島由紀夫を崇拝するような文章を書いておきながら、三島との交友を回想した『三島由紀夫との日蝕』などの中で、三島の生来の運動神経のなさや、ボディビルで促成栽培した人工的な肉体などを容赦なくカリカチュアして、不必要なほど辛辣に笑いものにしているそうだ。
この『三島由紀夫との日蝕』の中で、ナント石原は、本当は三島は政治家になりたかったのだが、自分に先を越されてしまったのでずいぶんむくれていた、佐野眞一さんの表現を借りれば、『自分に政界入りの先を越されてしまったから、三島は世をはかなんで自決した、といっているのも同然』の書き方をしているという。
実際にはどうだったかというと、佐野さんは辻井喬(セゾングループの実質的オーナーだった堤清二のペンネーム)の述懐を紹介している。それによると、佐藤栄作が三島に政界入りを誘ったが、三島には政界入りする気はなく、佐藤の無礼な勧誘の言葉に怒り狂った三島は、『もう、あんた(佐藤)とは会わない』と言ったという。つまり、石原の文章は石原の勝手な妄想に過ぎないのである。
佐野さんは、以下のように書いている。
三島の政界進出話に関しては、自分に都合のいい推論だけを重ねた慎太郎の述懐より、辻井氏の語る一連の証言の方が、三島のプライドの高さから見ても、ずっと真実に近いように思われた。
それにしても、三島の名誉を貶めてまで自分の政界進出を合理化しようとする慎太郎の精神構造は、子供っぽさを超えて不気味である。
慎太郎の論理の特徴は、自己を正当化するためなら、事実を自分の都合のいいようにねじまげても構わないと考える我田引水と夜郎自大の習性が、随所ににじみでていることである。
(佐野眞一 『てっぺん野郎−本人も知らなかった石原慎太郎』=講談社、2003年=より)
東京都民は、石原慎太郎に2期8年にわたって都政を任せてしまった。なおもあと4年、この愚劣な男に都政を託そうというのだろうか?
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