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きまぐれな日々

朝日新聞が東京都知事選における民主党候補に、菅直人氏を立てよと強硬に主張する社説を掲載している(2007年2月23日付社説 『民主党は本気を見せろ』)。

菅直人は 『私が国会からいなくなって一番喜ぶのはだれか。安倍首相だ』 と言って出馬を固辞しているが、朝日の社説は、 『国政への意欲は分かる。だが、菅氏にはこう尋ねたい。逆に、民主党が「最も期待できる人」の擁立に失敗して一番喜ぶのはだれか??。それも、安倍首相であることは疑いようもない』 と、詭弁としかいいようのない論理で切り返し、菅氏の出馬を強く求めている。そして、『小沢代表や鳩山由紀夫幹事長は菅氏説得に動くべきではないか』 と結んでいる。

現在、民主党では党内での菅氏の影響力を殺ぐために、右派が中心になって菅氏を都知事に転出させようとする動きがあるという。朝日の社説は、みごとにそれに呼応するものだ。「リベラル右派」の朝日新聞(昨日のエントリ参照)の面目躍如というべきだろう。

私は、菅氏の主張を支持し、朝日新聞の社説は、民主党内の「菅下ろし」に加担する意味しか持たないと考えている。

なお、この朝日新聞社説の件については、「カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記」に「朝日新聞の気色悪い社説」という題の記事で、痛烈な批判がなされている。カマヤンも指摘しているように、「朝日新聞はもはやあらゆる市民勢力にとって敵と見なすべきである」ことをよく認識する必要があると思う。

その朝日新聞に、かつて本多勝一というスター記者がいた。ベトナム戦争のルポ「戦場の村」、南京虐殺などを取り上げた「中国の旅」、教育問題に関する「子供たちの復讐」などの著書で知られており、朝日新聞社退職後は、週刊誌「週刊金曜日」を立ち上げた。

本多氏は、現在の朝日新聞社では存在を許されないかもしれないくらい左翼的な記者だったが、記者生活後半では、その独裁志向や大江健三郎氏らとの衝突が問題となったりもした。最近でも、「噂の真相」編集長の岡留安則氏と激しく対立するなど、毀誉褒貶の激しい人物ではある。

だが私は、欠点は欠点として、優れたルポライターとしての本多氏の業績は認めるべきであると考えている。

その本多氏が、「週刊金曜日」2000年7月7日号に、コラム「貧困なる精神」で、「石原慎太郎の人生」と題する文章を書いている。

この記事に、ベトナム戦争当時、現地に出向いた石原がとった驚くべき行動が書かれているので、ここに紹介する。

報道写真家の石川文洋が 『ベトナム最前線』 というルポルタージュを読売新聞社から刊行しました。これに序文を寄せた石原の文章を読んで、次の部分に私は少なからず驚かされることになります。

  ベトナム戦線Dゾーンのチャンバンの砲兵陣地で、訪れた我々日本記者団に向かって、試みに大砲の引き金を引いて見ないかと副官にすすめられたことがある。 (中略) 番が私に廻って来そうになった時、同行していた石川カメラマンがおだやかな微笑だったが、顔色だけは変えて、「石原さん、引いてはいけません。引くべきでない。あなたに、この向こうにいるかも知れない人間たちを殺す理由は何もない筈です」といった。
  躊躇(ちゅうちょ)している私に、陽気な副官は鉄兜をさし出し、"Kill fifteen V.C.!" と叫んだが、幸か不幸か突然射撃中止の命令が入り、その時間の砲撃は止んでしまった。
  私は今でもその時の石川君の、私を覗(のぞ)くように見つめていた黒いつぶらな瞳(ひとみ)を忘れない。童顔の、あどけないほどのこの若いカメラマンの顔に、私はその時、なんともいえず悲しい影を見たのだ。
  彼がもし強く咎(とが)めていたら、私は天邪鬼(あまのじゃく)にその後まで待って引き金を引いていたかも知れない。

この文章からみると、石原は解放戦線または解放区の住民に対して、副官にすすめられるままに、大砲の引き金を引く寸前だったことになります。たまたま「幸か不幸か突然射撃中止の命令が」 出たために、彼はそれを果たせなかった。もし中止命令が出なければ、第一には「すすめられるままに」、そして第二の可能性としては 「彼(石川文洋) がもし強く咎めていたら、私(石原慎太郎) は天邪鬼にその後(砲撃再開)まで待って引き金を引いていたかも知れない」のです。

(「週刊金曜日」 2000年7月7日号掲載 本多勝一 「貧困なる精神」 (121) 『石原慎太郎の人生』より)

この文章自体は2000年に発表されているが、本多はこの件をそれまでにも何度も書いており、私が初めて知ったのは、確か1978年のことだったかと思う。それ以前から私は石原が嫌いだったが、この驚くべき殺人未遂の件を知ったあとは、石原慎太郎という男が絶対に許せなくなった。それからもう30年近くになる。

そもそも「幸か不幸か」とはなんたる言い分だろう。石原によって、罪のないベトナムの人たちが殺されずに済んだのが「不幸」かもしれないとでも言うのだろうか。

こんな男を、過去2期8年にわたって都知事にいただいてきただけでも、東京人は「世界に晒す日本の恥」としか言いようがないと私は思うが、昨年来数々の醜聞や都政を私物化している実態が次々と報じられても、なお都政を石原に託すのであれば、それ自体スキャンダルとしか言いようがあるまい。


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古新聞を整理していたら、昨年12月18日付の毎日新聞に、「表現の自由 高まる危機感」と題された、1ページをまるまる使った特集記事が掲載されていたのを見つけた。

これは、昨年12月に相次いで行われた、言論の自由に関する2つのシンポジウムから、主要な参加者6人の発言の要旨を収録したものだ。

発言が紹介されているのは、半藤一利(作家)、溝口敦(フリーライター)、牧太郎(毎日新聞特別編集委員)、加藤紘一(元自民党幹事長)、岡留安則(「噂の真相」編集長=04年休刊)、鈴木邦男(右翼団体「一水会」顧問)の6氏(敬称略)である。

この中から、加藤紘一氏の発言を紹介したい。

 靖国神社にはA級戦犯が合祀されているので、近隣諸国だけでなく米国との関係までもいずれはおかしくなると指摘したり、日中関係は良好でなければならないと言い続けると、どうして実家に火をつけられるのか。中曽根康弘元首相が左派の扱いをされるような時代の空気の変わりをつくったのは何なのかを議論しなければならない。
 ところが、世の中が何となく話しにくくなり、変な方向に行っているのは事実だ。小泉純一郎首相や安倍晋三官房長官がどうしてすぐに反応を示さなかったのかは分からない。ただ、石原慎太郎・東京都知事が03年に田中均・外務審議官(当時)の自宅に爆発物が仕掛けられた事件で「当たり前の話だ」と言ったことは記憶にとどめておくべきだ。
 民主主義的体制を倒そうという言論であってもそれが言論である限り、守り抜かれなければならない。私はイラク戦争や自衛隊のイラク派遣に反対した。私自身が左派かどうかは別にして、日本社会に「左翼がテロに遣うのは仕方ない」という意識があるのではないか。そうでないと(社会の反応が鈍いということへの)説明がつかない。
 近隣諸国と闘うナショナリズムは、国をまとめる能力があるため、古今東西の政治家が使ってきた禁じ手だ。外国から「日本は右傾化することはないのか」と聞かれると、かつては笑っていたが、最近はちょっと気をつけなければならない、と言わなければならないようになった。権力を乱用してはならないという品格ある保守が今の権力者には求められている。

(「毎日新聞」 2006年12月18日付 『表現の自由 高まる危機感』より 加藤紘一氏の発言)

つまり、コイズミやアベシンゾーは、テロを黙認するとんでもない政治家だが、石原慎太郎はそれにとどまらず、テロを積極的に擁護する政治家だということだ。

こんなやつを都知事選で三選させたら、日本は、先進国の間ではもっとも民度の低い首都を持つ国だということが証明されてしまうだろう。


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 俵孝太郎という老ジャーナリストがいる。産経新聞出身の保守派の硬骨漢で、フジテレビのニュース番組のキャスターを長年務めたことでも知られているが、かつて私は、俵さんのタカ派的言論が大嫌いだった。

 少々古い話だが、その俵さんが、右派論壇雑誌である「諸君!」の2003年3月号に、石原慎太郎を痛烈に批判する文章を載せたことがある。これを以下に紹介する。

夜郎自大はもっと有害(俵孝太郎)

 朝日新聞の新年社説と産経新聞の石原慎太郎寄稿のどちらに共感するかと問われれば、朝日に軍配を揚げます。石原氏の弁は大衆の気分に迎合した政治的アジテーションです。

…安っぽいインターナショナリズムも空想的平和主義も有害ですが、短絡的なナショナリズムや夜郎自大はもっと有害です。現状はバブルの対象が土地と株からあらぬ方角に移っただけの話です。バブルとも「不況」騒ぎとも無縁な小生は、今も昔も、小国日本のモットーはビー・イット・エバー・ソー・ハンブルだと思っています。質素に、と訳すより、分相応に、と意訳する方が適切でしょう。

 ときに小生は黄金期の産経で働いていたOBですが、いまの品のない偏向紙面と無能な経営ぶりはとっくに見放しています。念のため。

(「諸君!」 2003年3月号「日本ナショナリズムの血圧を測る」より)

 私はこれを読んで、俵孝太郎というジャーナリストを見直す気になった。

 俵さんには、『我、「朝日新聞」と戦えり』(1988年、光文社)という著書がある。右派としての立場から朝日新聞を批判する代表的な論客である。その俵さんが、石原慎太郎が「産経新聞」の2003年新年の紙面に掲載した「日本よ」というコラムについて、ひどい夜郎自大だ、石原はポピュリスト(大衆に迎合する者)にして右派イデオロギーのアジテーター(煽動者)だ、あれなら朝日新聞の空想的平和主義の方がまだマシだ、と、石原や産経新聞を手厳しく批判したのだ。

 本当の論客とは、「筋の通らない味方」を「筋の通った敵」以上に批判するものだ、いや、朝日新聞なんか全然筋が通っていないから、俵さんにとっては「筋の通らない敵」に当たるだろう。そんな朝日よりも「筋の通らない味方」に当たる石原や産経新聞を厳しく批判する俵さんの態度は、立場を異にする私も見習いたいものだと思う。

 そういえば、俵さんは昨年夏、加藤紘一邸へのテロに対して当時首相だった小泉純一郎や官房長官だった安倍晋三が沈黙していることをテレビで厳しく批判したところ、その翌日ようやく小泉と安倍が重い口を開いてテロを批判したことがあった。言葉に重みのあるジャーナリストとは俵さんのような人をいうのだろう。

 それに対して、小泉や安倍もそうだが、石原慎太郎というのは言葉の重みが全くない政治家だ。

 私は小学生の頃、よく新聞に出てくる「為政者」という言葉の「為」という漢字を「偽」と混同していて、でたらめな政治をする政治家を批判する言葉だろうと勝手に思い込んでいた(笑)。小泉や安倍、石原といった政治家は、「偽政者」というにふさわしい連中だと思う。

 そんな石原を形容するのに、「夜郎自大(やろうじだい)」という以上に適切な言葉はないと思う。

 「夜郎自大」について、「四字熟語net辞典」から引用する。

■夜郎自大 (やろうじだい)

意味: 自分の力量をわきまえず、仲間うちで威張ること。知識も力もないのに尊大にふるまうことのたとえ。

用例: 日本は世界の田舎者であり、世間知らずであって、勝手放題の一人よがりとなったのである。いわゆる中国人が云う夜郎自大の類である(徳富蘇峰「敗戦学校」)

英訳: act with arrogance and recklessness (夜郎自大に振舞う)

類義語: 蜀犬吠日 井蛙之見 唯我独尊 用管窮天

メモ・補足: 【故事】自分の力量もわきまえず尊大に振る舞うこと。「夜郎」は漢の時代中国の西南部にあった小国の名前。「自大」は自分を大きく見せる尊大な態度。漢の使者がこの小国に立ち寄った際、漢の強大さを知らなかった夜郎国の王が自分の国の力を自慢したと言う故事による。

「四字熟語net辞典」より「夜郎自大」の項目

 実は、この「夜郎自大」という表現を石原に対して用いているのは、俵孝太郎さんだけではない。佐野眞一さんが書いた 『てっぺん野郎?本人も知らなかった石原慎太郎』にも、石原を「夜郎自大」だと批判する箇所がある。

 それは、三島由紀夫と石原の確執を描いた部分である。

 この本によると、石原は、一方で三島由紀夫を崇拝するような文章を書いておきながら、三島との交友を回想した『三島由紀夫との日蝕』などの中で、三島の生来の運動神経のなさや、ボディビルで促成栽培した人工的な肉体などを容赦なくカリカチュアして、不必要なほど辛辣に笑いものにしているそうだ。

 この『三島由紀夫との日蝕』の中で、なんと石原は、本当は三島は政治家になりたかったのだが、自分に先を越されてしまったのでずいぶんむくれていた、佐野眞一さんの表現を借りれば、『自分に政界入りの先を越されてしまったから、三島は世をはかなんで自決した、といっているのも同然』の書き方をしているという。

 実際にはどうだったかというと、佐野さんは辻井喬(セゾングループの実質的オーナーだった堤清二のペンネーム)の述懐を紹介している。それによると、佐藤栄作が三島に政界入りを誘ったが、三島には政界入りする気はなく、佐藤の無礼な勧誘の言葉に怒り狂った三島は、『もう、あんた(佐藤)とは会わない』と言ったという。つまり、石原の文章は石原の勝手な妄想に過ぎないのである。

 佐野さんは、以下のように書いている。

 三島の政界進出話に関しては、自分に都合のいい推論だけを重ねた慎太郎の述懐より、辻井氏の語る一連の証言の方が、三島のプライドの高さから見ても、ずっと真実に近いように思われた。
 それにしても、三島の名誉を貶めてまで自分の政界進出を合理化しようとする慎太郎の精神構造は、子供っぽさを超えて不気味である。
 慎太郎の論理の特徴は、自己を正当化するためなら、事実を自分の都合のいいようにねじまげても構わないと考える我田引水と夜郎自大の習性が、随所ににじみでていることである。

(佐野眞一 『てっぺん野郎?本人も知らなかった石原慎太郎』=講談社、2003年=より)

 東京都民は、石原慎太郎に2期8年にわたって都政を任せてしまった。なおもあと4年、この愚劣な男に都政を託そうというのだろうか?
2007.02.17 08:25 | 石原慎太郎 | トラックバック(-) | コメント(3) | このエントリーを含むはてなブックマーク
4月の東京都知事選に向けた野党側の候補者選びが難航しているという。

民主党は、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏に出馬を打診したものの断られ、現在は浅野史郎・前宮城県知事にアタックしているのだという。2月11日のテレビ朝日「サンデー・プロジェクト」では、権力のタイコモチ司会者・田原総一朗が「菅直人を立てるべきだ」と主張していたが、私はこれには大反対だ。菅直人が都政に転身してしまうと、民主党内のネオコン馬鹿議員どもが、ますます増長するだろう。菅氏には、あくまで国政でがんばってほしいものだと思う。

田原は、菅氏が都知事選に立候補する方が、彼が支持するコイズミ一派にとって好都合だから、民主党をそのようにけしかけているのだろう。あわよくば菅氏が落選したらあざ笑ってやろうとも思っているに違いない。そもそも、11日のサンプロで、野党各党から人を呼ぶ時、なぜ民主党から前原だったのか。前原は、いまや党内の「抵抗勢力」と化して、民主党の党勢を弱めようとしている「獅子身中の虫」にしか、私には見えない。小沢代表ともかなり距離のあるこの人物を出演させているだけでも、サンプロのひどい偏向ぶりがうかがわれようというものだ。

そのサンプロで、田原は石原慎太郎をゲストに呼んで、熱烈に応援していた。コイズミ政権成立以来、田原の与党への偏向ぶりはますますひどくなっており、老害の一語に尽きる。こういう偏向マスコミのプロパガンダが激しくなってきたので、そろそろ当ブログでも石原を叩いておかないと、都知事選に間に合わなくなると思い、石原叩きに参戦することにした。

しかし、正直言って石原慎太郎というのは、私にとって相性が悪いというか、批判を書きづらい相手なのである。

私がインターネットで批判の対象にしてきた人物は、ブログを始めてからはもっぱら安倍晋三だが、それ以前の、97年以来の掲示板投稿者時代は、ナベツネ、森喜朗、小泉純一郎(コイズミ)が主なターゲットだった。このうち、ナベツネは別格で、敵である彼自身の著書を、金を払って買ってまでも読み、徹底的な批判の対象にしたものだ。また、森喜朗、コイズミ、安倍晋三と続く、岸信介の流れをくむ売国政治家たちは、ナベツネのような「筋の通った敵」とは違って、「筋の通らない敵」として、やはり叩かせてもらった。

ところが、石原慎太郎については、やはりナベツネや売国三総理同様、心の底から大嫌いであるにもかかわらず、いざ批判しようとしても、なかなか文章が出てこない。どこか、「敵としてさえも認めたくない」というか、こんな人物を対象に文章を書くこと自体が空しい気がして、書いていても全然気分が乗らないのだ。現にこの記事も、前のエントリと通し番号が逆になっていることからもわかるように、なかなか完成させることができなかった。

私は3, 4年前、掲示板で石原慎太郎を叩くためにネタを仕入れておく目的もあって、斎藤貴男『空虚な小皇帝?「石原慎太郎」という問題』(岩波書店、2003年)と、佐野眞一『てっぺん野郎?本人も知らなかった石原慎太郎』(講談社、2003年)の2冊を読んだ。

後者は、当時話題になっていた東京都の浜渦副知事の問題を詳しく書いていたので、浜渦批判の題材としても使わせてもらった記憶があるが、正直言ってこの2冊の内容は、今ほとんど思い出せない。食い入るように読んで、その後も折に触れて計4度も通読した魚住昭『渡邉恒雄 メディアと権力』(講談社、1999年)とは大違いなのである。

これは、決して、ライターの力量のせいではない。「てっぺん野郎」の著者、佐野眞一さんの書いたダイエー創業者・中内功の評伝『カリスマ?中内功とダイエーの「戦後」』(日経BP社、1998年)は、たいへん印象に残っている本だからである。著者の佐野さん自身は、「カリスマ」が新潮文庫入りした際、新潮社発行の「波」(2001年6月号)に寄せた小文に、『「戦後」という巨大な時空間を仮託して語るに足る日本人は、誰がいるだろうか。管見では、石原慎太郎とダイエーの中内功の二人しかいない』と書かれている(下記URL参照)。
http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/131632.html

しかし、それにもかかわらず、同じ佐野さんの本でも、「カリスマ」はとても印象に残っているのに、「てっぺん野郎」は全然本の内容を覚えていない。同様に、斎藤貴男さんが漫画原作者の梶原一騎について書いた『梶原一騎伝』(新潮文庫、2001年)はとても印象に残ったのに、「空虚な小皇帝」は全然その内容を覚えていない。

これは、石原慎太郎という男が、中内功や梶原一騎と比較して、著しく魅力を欠く男であるからにほかならないと私は考えている。

おそらく、仮に魚住昭さんが石原慎太郎の評伝を書いたとしても、他の魚住本とは全然違って、読んだあとしばらくしたら内容を忘れてしまう本になってしまうだろうと、私は想像している。ようするに、評伝の対象としている人物にあまりにも魅力がないから、評伝が印象的なものになりようがないのである。その意味で、斎藤貴男さんの石原本のタイトルが「空虚な小皇帝」となっているのは象徴的だ。

石原慎太郎というのは、どこまでも「空虚」な男なのだ。安倍晋三も同じように空虚だといえばそうかもしれないが、安倍の場合は戯画化しやすいアホっぷりに満ちあふれているため、まだ悪口を書く楽しさがある(笑)。しかし、石原にはそれさえもない。ただ単に、憎たらしいだけでみごとなまでに中身の空っぽな人物なのだ。

しかし、そうはいっても、こんな人物が東京都知事選に三選されるのは、東京都民ではない私にとっても容認できない事態である。東京都知事は、国政にも無視できない影響を与えるからである。そこで今後、さらに具体的な事例にもとづいて、石原を叩くキャンペーンを行いたいと考えている。


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