昨日のエントリでは、それにもかかわらず都市部の有権者は「カイカク」に幻想を持っていたらしいことを書いたが、それは都市部が地方と比較してカイカクの痛みが相対的に少なかっただけのことだ。カイカクの見直しは時代の要請である。その「カイカクの痛み」の象徴ともいえるのが、コイズミ退陣の直前に策定された「骨太の方針06」(私は「骨粗鬆症の方針」と呼んでいる)に盛り込まれた、社会保障費の自然増分から2200億円を削減するという目標だ。その目標が、2010年度当初予算の大枠となる概算要求基準(シーリング)から削除される見通しとなった。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090623k0000m010071000c.html
リンクを張った毎日新聞の記事にあるように、与謝野馨財務・金融・経済財政担当相が明言したものだが、あの貧乏神のような超緊縮財政論者の与謝野がこれを言わざるを得ない状況になった。竹中平蔵あたりがまた週末の読売テレビ(大阪)の番組あたりで「カイカクの後退」を責めるのではないだろうか。
記事を書く前にコンビニで見た限りでは、このニュースは日経が一面トップで取り上げていたが、一般紙の扱いは小さく、朝日新聞には4面に2段の記事が出ているだけだ。2009年度当初予算で実際に削減したのは230億円にとどまっていたから、ニュースバリューが低いと判断したのだろうか。
その朝日の記事には、厚労族の尾辻秀久参院議員会長が「2200億円抑制しないと明記すべきだ」と抵抗した、などと書かれているが、厚労「族」だとか「抵抗」だとか、いかにもコイズミカイカク路線を熱烈に支持する朝日新聞らしい表現だ。毎日新聞(朝日や日経ほどではないがカイカク寄り)は、尾辻氏が10日の党政調全体会議で、社会保障費抑制路線の撤回を求め、党政調幹部を怒鳴り上げたとか、政調会長代理の園田博之が、財源論があいまいな民主党との差別化を図る観点から「一つの基準を捨てることは党にとって大きなマイナスだ」と理解を求めた、などと報じている。
園田の寝言には呆れてものも言えないが、尾辻氏は湯浅誠の『反貧困』(岩波新書、2008年)にも好意的に取り上げられている議員である。NHKニュースでは「『小さな政府』を掲げてきたコイズミカイカクの路線を転換しようとしている」などと、解説委員が不満そうにしゃべっている。もっとも、政府は「骨太の方針06」に書かれた方針自体は撤回せず(つまり2011年度以降のことは何も言っていない)、「カイカク派」にもいい顔をするそうだから、やはり自民党は2005年の「郵政総選挙」をもたらしたコイズミカイカク路線に今でも強く束縛されているというほかない。
今朝の社説では主要紙のどこもこの件を取り上げていないが、今日(23日)に閣議決定されるらしいから、明日の社説では取り上げられるのだろうか。まさかいかなネオリベ朝日といえど、この期に及んでまだ「改革はどうした」とは書かないと思いたい。
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これは、コイズミが引退するとともに、次男の進次郎氏を後継者にすると報じられたためだ。「小泉進次郎」の検索語でネット検索しても、当ブログは引っかからないが、「宮本佳代子, 宮本佳長と小泉純一郎」というタイトルの記事が引っかかる。そして、「宮本佳代子」を検索語にしてGoogle検索すると、当ブログが2番目に引っかかるのだ。
前記の当ブログのエントリは、佐野眞一氏の著書『小泉純一郎―血脈の王朝』(文藝春秋、2004年)を紹介したものだ。コイズミが後継を次男に託そうとするから、コイズミの家系が改めて注目されることになり、こういう記事が再発掘されるのである。どこが「頑張った者が報われる社会」なのだろうか。同じ新自由主義者でも、前原誠司が言うならわかるが、自ら三世政治家にして、四世を国会に送り出そうとしているコイズミが、「頑張った者が報われる社会にする」とか「国民にも痛みを我慢してほしい」などと言った言葉を、どうして日本国民は信用してしまったのか。2001年から2006年、いやそれに続くコイズミ直系の安倍内閣の終わった2007年までの6年間は、日本社会を奈落の底に突き落とす過程だった。そこから立ち直るには、15年ないし20年の月日が必要なのではないかと私などは考えている。
朝日新聞は、「小泉改革 光と影残し」などという見出しをつけた記事で、あたかもコイズミ時代の企業業績の回復がコイズミの政策のおかげであるかのように書いているが、これはとんでもない誤りで、当ブログが繰り返し指摘しているように、企業業績の回復は、90年代後半の各企業の身を削るリストラによるものだ。その効果がコイズミ時代にようやく現れたに過ぎない。コイズミ自身は、当初緊縮財政路線によってむしろ景気を冷やした。
そして、すさまじいばかりの格差の拡大と貧困に面する人々の増大は、むろん「コイズミカイカク」のなせるわざである。コイズミ内閣の頃、自民党と民主党は「カイカク」の先鋭さを競っていたが、その結果、2005年の郵政総選挙で自民党が圧勝した。岡田克也では「カイカク」が不十分として、民主党は代表選の結果、コイズミよりさらに先鋭的な新自由主義路線をとる前原誠司を代表に選出したが、この頃が日本の新自由主義時代のピークだった。その後すぐに耐震強度偽装事件、ライブドア事件など、新自由主義のひずみが現れた事件が連続して起き、民主党の前原体制はライブドア事件での追及を誤り(「偽メール事件」)、わずか半年あまりで退陣を余儀なくされた。そして、後任の小沢一郎は民主党の政策を転換し、「反カイカク」路線をとって、2007年の参院選では民主党が圧勝、自民党は惨敗した。安倍内閣は倒れ、福田内閣、同改造内閣、麻生内閣と、「カイカク」色はどんどん後退していった。
それでも、コイズミ退任後からもずっと、コイズミ再登板待望論は「カイカク」派の間で根強くあった。「偽装CHANGE勢力の反攻」説はその代表的なもので、コイズミ、中川秀直、小池百合子らが党を割って出て、それに前原誠司率いる民主党一派が合流して「カイカク」勢力が自民党、民主党に対抗する第三の保守勢力として立ち上がるというものだ。
私はこれはナンセンスだ、こんなことは起こり得ないとずっと批判してきたのだが、どうやら正しかったようだ。次なる新自由主義の脅威は、むしろ次の政権への新自由主義の浸透にあると私は考えている。「偽装CHANGE勢力の脅威」の議論が蔓延した背景には、右派内の「経済右派」(新自由主義者。いわゆるネオリベ)と「政治思想右派」(新保守主義者。いわゆるネオコン)の確執があり、私からすればネオリベとネオコンは不可分の関係にあって、単にどちらの要素が強いかだけの話だと思うのだが、「政治思想右派」が「経済右派」を攻撃する狙いがあったのだろうと考えている。
しかし、麻生太郎内閣が発足し、この内閣は「経済右派」色を福田内閣よりも抑えるかわりに、「政治思想右派」色を強めた内閣だ。だから、もともと先に「改革クラブ」を立ち上げておいてあとから「平沼新党」を立ち上げ、総選挙後に両者を合流させようと考えていた平沼赳夫も、自民党復党へのバリアが下がったと判断して、改革クラブだけはとりあえず西村眞吾を加えて政党の形にしておき、平沼新党自体の結成は取り止めたものだろう。改革クラブは、首班指名では「麻生太郎」と書いた。そもそも平沼赳夫自身、郵政総選挙後の首班指名で「小泉純一郎」と書いた腰抜けだということを指摘しておこう。改革クラブも平沼赳夫も城内実も、すべて自民党側の政治勢力であると考えなければならない。
「カイカク」の終わりを論じるつもりが、ついいつものクセが出て極右政治家批判になってしまったが、いまや自民党は旧来自民党から右翼色を強めた政党になり、民主党は建前上は「国民の生活が第一」を標榜する政党になった。つい三年前、両政党とも新自由主義の先鋭性を競っていたのが嘘のようだが、もうこれ以上日本の社会をぶっ壊すことは許されない。「カイカク」の時代は終わった。新自由主義者たちには、しばらくおとなしくしてもらうしかない。
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毎日新聞調査で、福田内閣に対する不支持率が5割を超え、いよいよ内閣が末期症状を呈してきたが、安倍内閣当時には対決色を鮮明にしていた野党第一党の民主党が、昨年秋の「大連立」構想露呈以来、玉虫色の態度をとっているせいもあって、メディアの報道は受け皿を必ずしも民主党に求めず、あろうことかコイズミの再登板を待望する声を取り上げたりする。
昨日(3月5日)に立ち読みした週刊誌の中で特にひどかったのが「週刊朝日」で、同誌は、英「エコノミスト」誌の記事を引用しながら、外国人が、3年前の総選挙(郵政選挙)で日本はやっと資本主義国になったと言うだの、コイズミの再登板はいつかと聞くだのと書いて、臆面もなくコイズミをマンセーしている。唯一同意できるのは、安倍晋三について、信じられないことにまだ復権する資格があると本人が考えているらしいとの外国人の見方を紹介した箇所だけだった。彼らが日本の政治家で好ましくないと考えているのは、一に安倍、二に小沢一郎・民主党代表、三に旧来自民党の政治家たちということらしく、要するにコイズミの復帰を期待しているということだ。同じ記事中のコラムで、田中秀征が「リベラル」と「改革」を軸とした第三極の結集が必要、と書いている。田中は、コイズミや細川護熙に近い人物である。
「PledgeCrewの日記」 が、このところの福田内閣支持率の急落に触れて、下記のように指摘している。
http://d.hatena.ne.jp/PledgeCrew/20080228
しかし、前の安倍内閣の支持率急落と現在の福田内閣支持率とを、前の前の小泉内閣での異常に高い支持率が持続したことと比べて見ると、このような数字の急激な変動は、一部の野党支持者らが考えているように、必ずしも手放しで喜べるようなものではないのではという気がする。
つまり、今なお国民が求めているものは、安倍のような「空気が読めない」指導力の弱い指導者でも、福田のような調整型で、あまり個性が感じられずアピール力に欠けた指導者でもなく、まさに小泉のように機を見るに敏で、策略に長け、扇動もうまい「強力な指導者」だということになりはしないだろうか。
そのことは、最近のあちらこちらの地方選挙の結果でも、証明されているように思える。
(「PledgeCrewの日記」 2008年2月28日より)
残念ながら、この指摘は当たっていると言わざるを得ない。ついこの年末年始には、NHKの名番組 「ワーキングプアIII」 (当ブログでも昨年12月17日のエントリで紹介)やTBSの「サンデーモーニング」が新自由主義の問題点を痛烈に批判し、週刊東洋経済の新年号が 「北欧はここまでやる」 という大特集を組む(当ブログでも1月10日付エントリで紹介)など、時代の流れは新自由主義の否定、福祉国家への方向転換へ向かうかと思われたが、それはほんの一時的な現象にとどまってしまった。
私は、民主党が道路問題に焦点を絞ったためにこんなことになったのではないかと思う。この件に関して、当ブログは広島のさとうしゅういちさんから、民主党は「道路作るな主義」など訴えていないとお叱りを受けた。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-583.html#comment2864
しかし私には、この問題についての民主党の主張に呼応して、昨年の新自由主義批判から旧来自民党的体質への批判に重点を移した人たちも結構いて、それがコイズミ復活待望論の呼び水になっているような気がしてならないのである。自民党では、昨年までコイズミを厳しく批判していた加藤紘一の動きがこのところおかしいのが気になる。
一昨日のエントリで、テレビ番組がちょっと年金問題を取り上げただけで当ブログのアクセス数が一時的に急増したと書いたが、民意はやはり「消えた年金」問題や格差解消を強く望んでいる。たとえば年金問題で、大村秀章や片山さつきなどの自民党の論者を一蹴した長妻昭などは、民主党の期待の星だと思うが、なぜか民主党は自らの得意分野である年金問題をフィーチャーしようとせず、政界再編をにらんでか、自民党と妙な裏工作にばかり精を出しているようにしか見えない。だから、問題を解決してくれる強い指導者を求める声が高まってくる。そして、前記「週刊朝日」のようなマスコミが、コイズミ復活待望論を煽り始めた。悪い方、悪い方へと流れが向かっている。
米民主党のバラク・オバマが呪文のように "change" を唱えて支持を集めているのを見て、コイズミのワンフレーズ・ポリティクスを連想して危うさを感じる、と指摘する人は多いが、オバマとコイズミでは政策のベクトルが正反対であることに留意すべきだ。一昨日(日本時間では昨3月5日)の「ミニ・チューズデー」ではヒラリー・クリントンが踏みとどまったが、オバマが有利になるたびに「オバマ氏に暗殺の危機高まる」とか、「オバマ発不況が到来する」という記事がマスコミに現れるのにもうんざりする。そんな回りくどい言い方をせずに、「オバマには大統領になってほしくない」とはっきり書けば良いではないか。
それはともかく、オバマにしてもクリントンにしても、目指しているのは中産階級の再興だ。ところが、「カイカク」を唱えながらコイズミが行ってきたのは、中産階級の破壊だったのだ。そこがポイントである。私は米民主党候補にオバマがなるかクリントンがなるかより、彼らのいずれかが、またぞろ「規制緩和」などを唱えて新自由主義色を明確にしたマケインを倒せるかの方が重要だと思う。そして、日本人にとっては、いつコイズミ政治を総括して、コイズミの呪縛から抜け出せるか。それが大きな課題だと思う。
「脱コイズミなくして国民の幸せなし」。こう強く主張したい。
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今、門倉貴史著「ワーキング・プア」(宝島新書、2006年)を読んでいるところだが、「コイズミカイカク」がこの本に書かれているような「ワーキング・プア」の大量生産につながる政策だったことは、もはや明らかだろう。
しかし、新自由主義に基づく経済政策は、何もコイズミが始めたものではない。昨日のエントリで、小渕恵三がアメリカの言いなりのネオリベ路線へと大きく舵を切ったと書いたが、もちろんネオリベへの傾斜は古くは中曽根康弘にさかのぼることができる。
それなのに、なぜ私が小渕恵三を持ち出したかというと、それは、前記の門倉著「ワーキング・プア」の第2章、69ページに、40代・50代の中高年自殺者数のグラフが掲載されており、そのグラフは、1998年の自殺者が前年までと比較して不連続に急増しており、以後ずっとそのレベルをキープしているからだ。
これは、1998年に日本政府の経済政策が急激に変化して、それまでの社民主義的な政策を捨てて、ネオリベ的政策に転換したせいではないか、そう考えているうちに、ずっと以前に読んだ栗本慎一郎著「自民党の研究」(光文社、1999年)を思い出したというワケだ。
政権を動かしたネオリベのイデオローグというと、誰しも竹中平蔵をイメージすると思うが、この竹中が小渕首相(当時)の諮問会議である「経済戦略会議」のメンバーになったのは、1998年のことだった。そしてこの98年を境に、日本は中高年自殺大国になったのだ。これは決して偶然ではない。
「グローバル・スタンダード」なる言葉(実は和製英語)がもてはやされ、「市場の声に耳を傾けよ」という物言いが好まれるようになり、日本の主要な企業に次々と「成果主義」が導入されて、職場の雰囲気が急にぎすぎすしてきたのはこの頃だ。この頃には、もとは「再構築」という意味の英語だった "restructuring"が、「人員整理・首切り」を意味する「リストラ」という和製英語となって定着し、企業では見せしめ的な社員イジメが大流行した。為替レートが大きく円安に触れた頃、メディアはこぞって外貨預金を宣伝し、多くの国民がそれに手を出したが、一転して急激な円高になったこともあった。1999年から2000年にかけては、「インターネット・バブル」が発生し、日経平均株価は2万円を超えた。"IT" (アイティー、information technologyの略)を「イット」と呼んだ馬鹿首相(森喜朗)がいて失笑を買ったのもこの頃だ。「光通信」などといういかさまベンチャー企業がもてはやされた。IT技術は景気循環の波を克服し、「ニューエコノミー」を作り上げた、などという妄論も、真剣に「日本経済新聞」などで論じられた。インターネットでの株取引が流行するようになって、一般投資家もずいぶん参入した。
しかし、2000年春にあっけなくITバブルは弾けた。この年、読売ジャイアンツが王ホークスを破って日本一になったが、「巨人が勝つと景気が良くなる」という、読売新聞が宣伝していた妄論が嘘っぱちであったことが、下落の止まらない株価によって証明された。この頃に始まった株価の低下に「コイズミカイカク」が拍車をかけたことは記憶に新しいところだ。
私は、この頃に「資本の論理」の暴走がいかに人間を痛めつけるものであるか、その実例をたっぷり見てきたので、当時から新自由主義には大反対であった。1999年には、早くも前記の栗本慎一郎著「自民党の研究」をはじめとして、新自由主義に経書を鳴らす本が出版され始めていた。「グローバル・スタンダード」が和製英語であることも暴露された。2000年早春には、森永卓郎が名著「リストラと能力主義」(講談社現代新書)を世に問い、成果主義の理不尽を世に知らしめた。
ネオリベの経済理論が誤りであることなど、コイズミが登場する以前から、心ある人には明らかなことだったのだ。
だが、コイズミは幻想を振りまき、国民の目をくらませてしまった。一部の大企業における「成果主義」導入の失敗例や、99年から00年にかけてのITバブルやその崩壊を通じて、新自由主義の問題点に気づいていたに違いないマスコミは、なぜか沈黙し、それどころかコイズミに翼賛した。あげくの果てに、2005年の「郵政総選挙」によって、ネオリベ独裁体制を招いてしまった。それに、さらに国家主義のネオコン政策を加えようとしているのが安倍晋三内閣である。私はそう分析している。
だから、安倍政権を批判する場合、その国家主義的・極右的な政治思想を批判するだけでは片手落ちなのだ。必ず、政治思想上の極右性を批判すると同時に、ネオリベ的経済政策をも批判しなければならない。むしろ今現在国民にとって差し迫った脅威は、後者のほうなのだから。
これは、このところ、当ブログで特に訴えたいと思っていることである。誤解しないでいただきたいが、私は護憲派だ。しかし、今は「改憲」を争点にしようとする安倍晋三の狙いには乗らず、新自由主義の不条理を第一に厳しく追及すべき時だ、そう考えるしだいである。
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また、昨日はブログの更新をお休みしたのだが、累計アクセス数が90万件を超えた「カナダde日本語」から紹介いただいたおかげで、ブログを更新した一昨日よりも200件以上もアクセスが増えた。
コメントくださった皆さま及び弊ブログを紹介してくださった美爾依さんには厚くお礼を申し上げる。
今回は、そのコメントの中からいくつか紹介しつつ進めたい。
まず、当ブログではおなじみの奈央さんのコメントから。
私たちが小泉マジックにはまったのは、ナチスドイツのヒトラーにはまったドイツ国民と同じ共通したものがあったからではないでしょうか?
人は単純明快を好み、また優越感をくすぐられるような心地よい言葉や考えに目を奪われると、苦言がある多様的な考えは軽視されるか無視されることになります。
そしてその心地よいひとつの考え方に執着するようになります。
それしか考えなくなるといえばよいでしょうか?
多様性がなくなるということは、知らないうちに自然におこります。
そして、ものごとを様々な角度で見られなくなります。
そしてひとつのことにとらわれ窮屈になります。
日本はそんな国に今なろうとしています。
心地よい言葉ほど害意がある、警戒をと思います。
これが、私がゴー宣や小泉政権から得た教訓です。
本当に心地よい言葉を彼らは使いましたから。
気をつけたいと思います。
(奈央さんのコメント)
いつも感心するのだが、奈央さんのコメントは問題の本質をよく突いている。
私がこのコメントを読んで思い出したのは、投票日当日、2005年9月11日付の朝日新聞の社説だ。
「朝日新聞は死んだ」と思わせたこの社説については、昨年7月12日付のエントリでも紹介したが、朝日新聞は「小泉首相はこれまで見たこともない型の指導者だ。……単純だが響きのいいフレーズの繰り返しは、音楽のように、聴く人の気分を高揚させる」と、コイズミを称揚した。
前のエントリで書いた事情によって、私は二日酔いの朦朧とした頭でこれを読んだ。コイズミに対する皮肉としか私には読めなかったのだが、しかし朝日の社説からは、自民党なんかに投票しないで野党に投票しろというメッセージも読み取れなかった。ということは、字面通りコイズミを称揚した社説ということになるのだろう。朝日新聞に限らず、コイズミの「心地よいメッセージ」に潜む危険性に警鐘を鳴らしたマスメディアは皆無だった。
続いて、花美月さんのコメントから。
ニュースで見たのですが、京都のある田舎にある高専の郵便局のATMが取り壊されました。学生たちはただ、呆然とそれを見ていました。
交通の便もない学校の寮に住む彼らは、今後、遠くの郵便局まで、歩いてお金をおろしに行かなければならなくなりました。雪が降ったときは大変です。こんなことは序章でしょう・・・
小泉さんの性格のように非道で冷たい政治になってしまいましたね。
もう少し多くの人が、もしこんなことが起こりえるかもしれないという想像力があったなら、ここまで自民に票を与えなくてもすんだのに。
(花美月さんのコメントより)
さらに、ひとみさんのコメントより。ひとみさんからは2通のコメントをいただいたが、こちらで編集させていただいた。
郵政民営化では、怖い思いをしました。あの選挙の時、駅前で、一人でプラカードを持って立っていたのですが(小泉さんと反対の立場で)、突然、高校生が数人で私を取り囲んだのです。そして、口々に「郵政民営化」を叫ぶのです。普段は、しらーっとしている高校生が、です。その時、マスコミの怖さのようなものを感じ、一人ひとり、知らせていくしかないな、と痛切に感じました。
駅前、本当は、たくさんで立ちたかったのですが、集合時間に誰も来なかった、というだけです。一人で立つ、というのは、怖い、というより、たくさんの方が目立ちますからね。
でも、なかなか一緒に立ってくれる人を増やしきらないんです。でも、何とかしなければ、という思いだけはあるんです。
アメリカがイラクに攻撃を仕掛ける前か直後か忘れましたが、米国のすることが許せなくて毎朝駅前に立ったんです。何十日立ったでしょうかねー。あるとき、「一人で立ってどうするね。自己満足やろも」と言われて、立つのを止めたのです。
仲間を拡げきらない無力さを感じ、それでも拡げなければ、という思いは、最近の情勢をみると、痛切に感じます。
(ひとみさんのコメントより)
ひとみさんが書かれている高校生の行動は、集団心理によるものだろう。一人一人では弱い者たちが、アジテーターに煽動されて集団になることによって、あたかも自我が強化されたような錯覚に陥って、少数者を攻撃する。ヒトラーやコイズミのような独裁者に陶酔することの怖さがここにある。
数々のコメントをいただいて、あらためて「コイズミとは何か」と考えごとをしていたところ、たまたま栗本慎一郎さんが書いた「純個人的小泉純一郎論」(イプシロン出版企画、2006年)という本を見つけた。これは、慶応大学でコイズミの同級生だった栗本さんが書いた本で、ナント、企画・構成が宮崎学さんである。なぜ「ナント」かというと、「年末年始に読んだ本」のシリーズで、宮崎さんが書いたある本を取り上げようと思っており、それをもうすぐ読み終えるところだったからだ。
それはともかく、これはなかなか面白い本である。「コイズミカイカク」を「中間層を崩壊させて、一部富裕層にその富を集めさせて、日本経済を分断して表面の好調を演出する」に過ぎないと喝破したのを皮切りに、コイズミの頭の中は空っぽ、「ワンフレーズ・ポリティクス」は、意識してやっているというより、長い言葉をしゃべれないだけ、靖国には本来何も関心がなく、ウケを狙って参拝していただけ、コイズミが姉・信子と近親相姦しているという噂を立てている自民党の政治家がいる、コイズミはあまりにもバカだから「国際資金資本」にいいように操られている、などと書きたい放題だ。
次期政権(注:この本が書かれたのは昨年の自民党総裁選の直前)は短命に終わるだろう、福田はそれを見越して降りたのだ、次期政権のあとはコイズミが復帰する可能性がある、福田康夫と加藤紘一の動向が注目される、小沢一郎がそれに絡む可能性がある、などとしている。
栗本はこう予言している。
彼は、再登板に向けて妄想を膨らませているはずだ。もし、退陣後に小泉政権が再び復活するような事態になるとしたら、そのときこそ日本が本当に沈没することになるだろう。格差はもっと拡大させられ、負け組の死体はすべて勝ち組が生きのびるいかだの部材として利用されるのだ。それが小泉支持者の将来の姿である。
(栗本慎一郎 『純個人的小泉純一郎論』=イプシロン出版企画、2006年=より)
栗本さんのこの本には、陰謀論による推論も多く、どこまで信用できるか不明なところもあるが、コイズミが市場原理主義を日本に徹底させた最大の戦犯であり、こと経済政策に関しては、安倍晋三はコイズミを継承しているに過ぎないことは私も指摘しておきたい。もちろん、安倍を「the End!」にしなければならないのは当然だが、そのあとにコイズミなんかを復活させては絶対にならないのである。
最後に、非常に印象的な「復活!三輪のレッドアラート!」の管理人・三輪耀山さんのコメントを紹介して、記事を締めくくらせていただく。
そう、政治は所詮暴力であり、民主主義とは暴力に抗う事に唯一無二の真髄があるのだと、そう私も信じてます。
民の手にある政治は暴力を民に振るわない。
そう願う事、そうさせる事に我々の存在意義がある。
私は常からそう思っていますよ。
迂遠であろうと王道を行く為に、私は無条件の平和友好も、無条件の憎悪と闘争も全て否定する。
とりわけ、屈従は論外だと思っておりますよ。
まあ、結局私もプロレタリアート独裁に反対しているだけで、そんな国が隣にあり、日本を常に狙っている事に憂慮しているだけで、結局中道なのだなと・・・。
思う事しばしですね。
今の日本は資本家独裁に向かいつつある。
それは阻止しなければ。
それは選民、賎民の民主主義であり、小さく儚い民を虐げて、金持ちの民が主としてのさばろうとする、独裁主義なのだとね。
結局、人が戦う為の武器とは、汚されない心なのだなと。
最近とみに私は思います。
(三輪耀山さんのコメント)
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それにしても、こっそり参拝しておいて、あとからバレるという形にするとは、コソコソと姑息なやり方だ。「靖国を争点にしない」という口実で、事実上反対派の意見を封殺していることいい、いかにも安倍らしい卑劣さというほかない。
しかも、「内閣官房長官 安倍晋三」と記帳していながら、「参拝したとかいないとか申し上げるつもりはない」とは、なんという無責任な言い草だろう。そういえば、統一協会系総会に安倍が祝電を送ったときも(あ! 例の画像のリンクを張ろうとしたら削除されていた!)、「内閣官房長官」の肩書きつきだったが、私人として、しかも事務所が勝手にやったんだとか見苦しい言い訳をしていた。
さて、前の記事で、小泉純一郎もまた女系で祖父・又次郎につながっていると書いたが、たまたま読んでいた佐野眞一の『小泉純一郎 - 血脈の王朝』(文藝春秋、2004年)に、小泉の血脈のことが書かれているので、紹介することにする。
小泉純一郎の母・芳江は、「入れ墨大臣」として知られた政治家・小泉又次郎の妾腹の娘である。小泉純一郎の父・純也は、「デビューしたての北大路欣也によく似た色っぽい美男子」(松野頼三の言=前記佐野眞一「小泉純一郎 - 血脈の王朝」による)だったというが、純也に惚れ込んだ芳江が、駆け落ち同然で結婚したものだそうだ。小泉家の養子となった純也は、三女二男をもうけた。順に道子、隆子、信子、純一郎、正也である。
小泉純也は、義父・又次郎に続いて政界入りしたが、平和主義者だった安倍寛とは異なり、1942年の翼賛選挙で大政翼賛会推薦で当選したため、戦後は一時期公職追放になった。追放解除後に国政に返り咲き、自民党のタカ派代議士として活躍したが、防衛庁長官時代に、自衛隊が「三矢研究」と呼ばれる有事シミュレーションをしていたことを、1965年の国会で社会党議員に暴かれ、長官辞任に追い込まれたことがある。
功罪はともかく、著名な政治家であった純也だが、小泉家での扱いはにべもない。前掲の佐野の著書によると、小泉の元秘書は、こんなことを言っている。
「小泉家では、純也先生はあくまで養子です。いうなれば"鹿児島の種馬"なんです」(筆者注:小泉純也は鹿児島県出身)
「だから、小泉純一郎は"又次郎の孫"であって、"純也の息子"ではないんです」
(佐野眞一 『小泉純一郎 - 血縁の王朝』=文藝春秋、2004年=より)
こんなことを聞くと、どうしても、「安倍晋太郎の息子」というより「岸信介の孫」であると常々口にする、「われらがサワヤカな安倍晋三」を連想せずにはいられない。
それにしても、小泉の家族というのは謎に満ちている。たとえば、よく「陰で小泉を操っているのは、姉の信子だ」などといわれるが、佐野眞一の本では、純也の長女・道子のことが取りあげられている。
道子には離婚歴があり、それ以降再婚はせず、独身を貫いている(しかも、離婚はおろか、道子の結婚のいきさつを知る人さえほとんどいないという、謎に包まれた話だ)とのだが、この件は小泉家のタブーになっているらしく、佐野が取材をしようとしても、小泉家の人々も、関係者も、また小泉の地元の横須賀の人々も、なかなか口を開かないという。
中には、佐野に次のように言った小泉道子の同級生がいたという。
「なぜ、そのようなことをお聞きになるんですか。その程度のご不幸はどなた様のご家庭にもあることじゃないですか。日本のマスコミは、小泉さんを批判する材料ばかり探しているから、嫌いです。お国のために、あんなに頑張っていらっしゃるのに、失礼です。いまは何でも自由に言える時代だからいいですが、昔だったら、警察に通報されてお縄つきになりますよ」
(前掲書より=赤字ボールド体は筆者による)
これについて、佐野は次のような感想を述べている。
総理大臣という最高権力者を生み出した家について取材する人間を、あたかも「国賊」扱いせんばかりの発言を聞きながら、小泉を熱狂的に支持する人びとの意識の中心が、どのあたりにあるかがよくわかったと思った。
論議を尽くすことを無視し、世俗受けするパフォーマンス政治のみにこだわる小泉の「わかりやすい」言動は、衆議の上に煩雑な手続きを要する民主主義のルールと、憲法で保障された表現の自由を生命線とする「戦後」体制を清算し、明らかに戦前への回帰を指向する大衆層の掘り起こしに成功している。
(前掲書より=赤字ボールド体は筆者による)
佐野がこの本を書いたのは2004年である。この流れは、翌年の総選挙でさらに一気に加速され、安倍晋三に引き継がれようとしている。まさに民主主義の危機というほかないだろう。
さて小泉家の話に戻す。道子の夫・竹本公輔は結局道子と離婚した末、破滅していくのだが、道子は自分と竹本の娘・純子は、なぜか道子の籍ではなく、父・純也の籍に入れ、父の幼女とした。従って、小泉純一郎の姪である純子は、戸籍上は小泉の「妹」になったのである。
佐野は、小泉のすぐ上の姉・信子は、道子の結婚の失敗に衝撃を受け、それが原因で結婚生活にも男にも幻滅し、「政治と結婚」しようとしたのだろうと推測している。
小泉家について、佐野は書く。
複雑に入り組んだ小泉家の女系の歴史は、インナーサークルへの旺盛で執拗な男系の取り込みを感じさせて圧倒される。それをもし通俗小説にするなら、タイトルはうんと下品に「タネ取り物語」とでも名づけたくなるほどである。その軌跡は、必要なものさえ取り入れたらあとの遺物は容赦なく吐き出す原生動物のアメーバじみた種の保存本能を想起させて、不気味ですらある。
こうした流れのなかでは、芳江の夫の純也にしろ、道子と結婚して別れた竹本にしろ、小泉家の血を保持するDNAがはじめから埋め込まれた女王蜂の言うがままに仕える働き蜂の役割しか与えられていなかったようにも見える。
小泉家の「種馬」でしかなかった純也は、晩年、世捨て人が凝るような石の趣味に走った。純也は石をなでながら、側近によく言った。
「石をなでていると、癒されるんだ。どうしてこんな形になったのかと考えていると、心が落ち着くんだ」
(前掲書より)
晩年、癌に侵されながら妻の洋子や息子の晋三に冷たくされたといわれる安倍晋太郎も、同じような悲哀を感じたのではないかと想像したくなる。安倍晋太郎もまた、岸-安倍家の「種馬」でしかなかったのではあるまいか。
さて、周知のように小泉純一郎には離婚歴がある。この離婚劇を巡って、小泉の二人の姉(道子と信子)と小泉の元妻・宮本佳代子の陰湿な人間関係も本には書かれているが、ここでは割愛し、離婚後の親権をめぐる対立のことだけ紹介する。
小泉家の血への強いこだわりは、純一郎の離婚後、親権をめぐって妻側と激しく対立したわが子の争奪戦にも現れている。元妻の宮本佳代子とごく親しい関係者によれば、小泉家は長男の孝太郎、二男の進次郎の親権をとっただけではまだ満足できなかったという。
「妊娠六ヵ月で離婚された佳代子さんが一人で三男の佳永くんを産むと、小泉側は親権を主張し、家裁での調停に持ち込まれました。その結果、ようやく佳代子さんが佳長くんを引き取ることができたんです」
(中略)
この関係者によれば、三男の佳長が、「父親と二人きりで会いたい」と涙ながらに小泉事務所に電話で訴えてきたことがあったが、その話を秘書官の飯島から伝え聞いた信子は、「血はつながっているけど、親子関係はない」と冷たく言い放ったという。
(前掲書より)
おそるべき小泉家の冷血である。
最後に、私が小泉を決定的に見限ったタイミングは、佐野眞一と全く同じであることを知った。それは、2001年の大相撲夏場所で、横綱貴乃花が、彼の土俵生命を断つことになる大怪我を負いながら、千秋楽で横綱武蔵丸を破って優勝した時、優勝賜杯を貴乃花に渡しながら、「痛みに耐えてよく頑張った。感動した」と小泉が絶叫した時である。
これを見て、私は小泉の底の浅いパフォーマンスに対して本能的な嫌悪感を感じ、以後徹底した反小泉になったのだった(それまでは、故安倍晋太郎は大嫌いだったが、小泉は好きでも嫌いでもなかった)。
佐野は書く。
土俵の上でひとり興奮してエキセントリックに叫ぶ姿をテレビで見たとき、私はマスコミが手ばなしで持ち上げる小泉人気に、少なからぬ疑念と違和感をもった。
小泉という男の頭のなかにあるのは、国民の人気取りへの執心だけではないのか、この男は、言葉というものをいったん自分の脳髄に濾過させ、それから言語として発するという政治家として最も重要な基礎訓練を一度も受けてこなかったのではないか。そんな印象を強く抱かされた。
(前掲書より)
事実、「痛みに耐えて頑張った」貴乃花は、その後一度も優勝することなく土俵を去った。そればかりか醜い兄弟喧嘩を繰り広げたり、「慧光塾」にかぶれたり(笑)など、悪い話しか聞こえてこない人間になってしまっている。
「小泉カイカク」の痛みに耐えてきた国民に待ち構えていたのは、ワーキングプアの「格差社会」だった。
そして、小泉がめちゃくちゃにした日本にトドメを刺そうとしているのが安倍晋三なのである。