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きまぐれな日々

今日は時間がないので手短に。世界保健機関(WHO)が27日、豚インフルエンザの世界的な拡大を受けて、インフルエンザへの警戒レベルを現行の「フェーズ3」から「4」に引き上げられたことが報じられるや、途中から見たNHKの朝5時台のニュースは、この件に関するニュースがずっと流れていた。

従来の「フェーズ3」は、「人に感染する新しいウイルスを確認。人から人への感染は限定的」とされるが、「フェーズ4」は、「人から人に新しい感染が続く。感染集団は小さい」と定義される。この上の「フェーズ5」は「大きな集団で感染」、「フェーズ6」は「世界的大流行(パンデミック)」とされる(読売新聞より引用)。

私が「パンデミック」という言葉に接するようになったのは最近のことで、今年2月1日に放送されたNHK・ETV特集「作家・辺見庸 しのびよる破局のなかで」を見た時だ。辺見庸が「しのびよる破局」というタイトルを最初に用いたのは、昨年9月に共同通信から配信された「水の透視画法」(四国新聞では2008年9月20日付)だったと思うが、その記事では「パンデミック」という言葉は使っていない。NHKの番組制作の過程で、このキーワードが前面に出てきたものと思われる。先月末に、同じタイトルを用いた単行本『しのびよる破局 生体の悲鳴が聞こえるか』(大月書店)が刊行され、この本については4月7日付エントリでも少し触れたが、第一章「破局の同時進行」の書き出しに、「同時性のパンデミック」というタイトルがついている。本は、昨年来の金融危機への言及から始まるが、辺見は、

新型インフルエンザの感染爆発をあらわす「パンデミック」ということばがありますが、いま進行している状況を広い意味で、いわば破局全体をあらわすことばとして、試みに、これを用いてもいいのではないかと思います。
(辺見庸 『しのびよる破局 生体の悲鳴が聞こえるか』(大月書店、2009年) 9頁)

と書いている。

今回の豚インフルエンザのニュースに接して、直ちにこの本のことを思い出したことはいうまでもない。一部で懸念された「フェーズ5」ではなく「フェーズ4」への引き上げだったことが救いだが、たった今NHKテレビので東北大学の押谷仁教授が、「フェーズ5や6と判定されてもおかしくない状況」だと語っていた。

メキシコには、昔アメリカのサンディエゴから国境を越えてティフアナを訪れたことがある。昨日のニュースではそのティフアナの様子も映っていた。感染者が集中しているメキシコ市からはるか離れているせいか、人々はのんきそのものだったが、感染は既に北米大陸のアメリカ、カナダのほか、スペインとイギリスに拡大している。ヨーロッパで「感染の疑いがある」とされた人はこの他数か国に及んでいる。徒に危機感を煽ってはならないことは承知しているが、今後もこのニュースから目が離せそうにない。


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NY株式市場の平均株価が1万ドルを割った。また虚のマネーが実体経済に影響を与えて世界中の生身の人間を痛めつける時代が始まるのかと、暗い気持ちになる。今日の日経平均も1万円を割り込むのではないか。

ヨーロッパはアメリカ以上に混乱しているように見える。先月30日にアイルランドが全額の預金保護に踏み切ると、ドイツのメルケル首相はそれに不満の意を表明したが、そのドイツ政府も個人預金を保護する方針を表明することになった。ドイツの不動産金融大手ハイポ・エステートが、アイルランドにある事業部門で起こった資金繰り難によって経営難に陥ったのが主な要因の一つだという。

ユーロは、今年7月には対円で170円目前まで値を上げていたが、一転140円を切るユーロ安となった。EUは共同体なので、経済政策で協調して素早く対策を打つことが容易でなく、それがユーロ離れを招いているのだそうだ。実体経済は、アメリカよりヨーロッパの方がもっと悪いようである。

朝日新聞に榊原英資のインタビューが出ているが、榊原氏は戦後最大の金融危機だと見ており、しかもまだ2合目くらいだという。今後全世界で金融収縮(貸し渋り)が起き、実体経済に影響を与えて、先進国の同時不況に展開するとのことだ。

榊原氏は、「仮に米国が日本に対して公的資金による不良資産の買い取りへの協調を求めてきても、断固応じるべきではない」と言っているが、現在の日本政府だったら簡単に応じてしまうのではないかと思える。この記事を読んでいて、日本で総選挙をやって政権交代が起きると、榊原氏は民間から入閣すると予想されていることを思い出した。

早く榊原氏が入閣する新政権ができてもらいたいものだと思うが、解散のタイミングを逸しつつある麻生太郎首相は、今後どうするつもりなのだろうか。

J-CASTによると、昨日(10月6日)のテレビのワイドショーは、東国原英夫の衆院選出馬をめぐる話題で持ち切りで、テリー伊藤が「ものすごく不愉快」と言い、勝谷誠彦は激高し、拳で机を叩いたという。そういえば、勝谷誠彦という男は、テレビ朝日の「やじうまプラス」を追われたあとは、私が見る習慣のある番組ではほとんど見かけなくなったが、まだまだ頑張っているらしい。彼が「さるさる日記」に毎朝駄文をを書いていた頃、「ノーブレス・オブリージュ」がどうのこうのと書いていたのを見て呆れたことがある。

結局東国原は、宮崎県民や世論の大反対にひるんだか、衆院選には出馬しないことになってほっと一息といったところだが、新聞の紙面から伝わってくる金融危機に対する世界各国首脳の緊張感と、東国原の擁立騒ぎから感じる自民党の緊張感の欠如の落差はあまりに大きく、日本の政治に対する絶望感は深まるばかりだ。

先月は福田首相辞任、自民党総裁選のバカ騒ぎとその宣伝に努めたNHKなどのテレビ、コイズミ引退表明と、ブログで取り上げる題材に事欠かなかったし、ブログへのアクセス数も急増したのだが、そういう状態で平日はほぼ毎日記事をアップしてきたので、正直言ってかなり疲れがたまっている。緊張感のない自民党には何を言っても無駄なようだから、ちょっと公開のペースを落とそうかとも思っているのだが、そんなことを書いた途端、政治家たちがまたわけのわからないドタバタ劇を起こすかもしれないと思う今日この頃である。


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アメリカ第4位の証券会社、リーマン・ブラザーズの破綻が発表された。
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20080915-OYT1T00336.htm?from=main1

第4位の証券会社の破綻と聞いて、われわれ日本人が直ちに思い出すのは、山一證券の破綻(1997年)だろう。ただ、今回のアメリカでは業界第3位のメリルリンチも米銀行2位のバンク・オブ・アメリカ(バンカメ)に合併された。リーマンの買収を検討していたバンカメが、メリルリンチの買収に方向転換するなどしたため、リーマンには買い手がつかず、法的整理に追い込まれたわけで、その点でも山一を連想させるが、事態は今回のアメリカの方がより深刻かもしれない。業界5位のベア・スターンズもすでに買収された。サブプライム問題の影響は、やはり生半可なものではなかった。

そもそも、金融業が栄えて製造業が没落するのが新自由主義の特徴だった。リーマン・ブラザーズは、日本でも、ホリエモン(堀江貴文)のニッポン放送株買収騒動に絡んで暗躍したことで「ハゲタカ」の代名詞の一つとなっていた。そのリーマンの経営破綻は、全世界的に新自由主義の時代の終わりを予告する弔鐘の音のように、私には聞こえる。

そして、自民党政権(自公政権)がこれまで、アメリカべったりの政策を行ってきたつけを今後日本は払わされるだろう。日本政府の外貨準備高の大半が米国債であり、アメリカ経済の混迷は日本経済を直撃する。あまりにアメリカにのみ隷従するのがハイリスクの行動であることはだいぶ前から指摘されていたが、日本政府は姿勢を改めなかった。

今後の日本経済や世界経済がどうなるかなど私には見当もつかないが、昨日と同じ今日があり、今日と同じ明日があるとは期待してはならない時代に突入していることだけは間違いない。ホリエモンのニッポン放送株取得騒ぎの頃、好き勝手に振る舞っていたように見えたリーマンが、もう破綻している。リーマンの破綻など自業自得といえばそれまでだが、ここに至るまでに、金融権力の嵐は、数え切れないくらいの多くの生活を破壊してきたはずだ。新自由主義の時代が終わるまでには、さらに無数の人たちが嵐の犠牲になる予感がする。

それにしても、国内では汚染米問題、海外では金正日の重病説やリーマン・ブラザーズの破綻など、日本で政治空白が続いているうちに大きな事件が次々と起こる。こうなっては、テレビニュースの報道のトップで自民党総裁選がトップで扱われることは、投開票が行われる22日までないのだから、自民党は日程を繰り上げて、過半数を確保したとされている麻生太郎を早いところ総裁に選んでしまうべきではないか。

そもそも、福田康夫が何を考えたか勝手に突如政権を投げ出したこと自体が問題で、それを受けた総裁選など、自民党の都合で勝手にやっているものだ。しかも、13日のエントリで示したように、その見え透いたシナリオは、三宅久之が冗談半分で解説していた通りのものである。国民無視もはなはだしい。

総裁選のバカ騒ぎを直ちに止めて、山積する内外の難題に取り組む姿勢を少しでも見せれば、自民党の株も多少は上がろうというものだろう(笑)。猿芝居は、直ちに止めるべきだ。


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ペシャワール会は、ソ連のアフガニスタン侵攻4年後の1983年から活動を続け、人道的援助で名高く、現地でも信頼されていた。だから、まさか伊藤和也さんが殺害されるとは思わなかった。

それだけに、昨日、伊藤さんの死を知った時の衝撃は大きかった。またネット右翼が「自己責任論」を撒き散らしているかと思って掲示板などを見てみたが、「自己責任論」の声は思ったほど多くなく、「イラクの人質と同じにしてはいけない」という意見も結構あった。私は、4年前のイラク人質事件での「自己責任論」も否定しており、あの時に世論を煽った勝谷誠彦や、内閣官房長官として冷たいコメントを残した福田康夫を今でも許していないが、当時と今では風がずいぶん変わり、新自由主義のエッセンスともいうべき「自己責任論」なる、実は無責任きわまりないことを言う人間が激減したことを好ましく思う。

もっとも、産経新聞のブログ「iZA!」界隈には、今でもいわゆる「自己責任厨」がいて、くだらないエントリを上げてきたが、それに多数のネガティブコメントを伴った「はてなブックマーク」がついて晒し者になっている。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://ponko.iza.ne.jp/blog/entry/694828/

これを見てもわかる通り、もう新自由主義の時代ではない。どうやら解散総選挙は年末年始になりそうだが、コイズミチルドレンには「座して死を待つ」以外の選択肢はない。昨年の参院選でも、自民党は何の手も打てなかった。仮にコイズミ一派が新党を立ち上げたところで、自民党、民主党との三つ巴を制することはできない。仮に、前原誠司がコイズミ一派と合流しても、前原にくっついて民主党を出ていく者など誰もいない。だから、前原はこれまで同様、民主党内で異端の声をあげ続けるだけだろう。つい一昨年には、この男が民主党の代表だったなどとは、今となっては信じられない。コイズミは、「政治家は使い捨て」だといって、余生をオペラ三昧で過ごすだろう。キングメーカーにはなり損ねたが、コイズミにはさほどの執着もあるまい。

前原が、「アフガンへの空自派遣も検討せよ」と主張しているようだが、これもちょっと考えられないくらいのKY発言で、国民の多くは、武力でアフガニスタンに平和をもたらそうという試み自体が不毛であることに気づき始めているのではなかろうか。

いや、不毛だけならまだしも、このところ政府がアフガンへの陸上自衛隊派遣を検討していると報じられたことが、もともとは親日的だったアフガンの人たちの対日感情を悪化させ、それが今回の伊藤さんの痛ましい死につながったのではないか。そのうえに空自派遣まで主張する前原は、単なるミリヲタの右翼野郎としか思えない。

一方で、コイズミチルドレンの中にも、自己責任論を批判する山内康一のような人もいる。もっとも、こんな主張を持っているのにもかかわらず、イラク人質事件で自己責任論を煽りまくったコイズミ自民党の公募にどうして応じたのか、そこは理解できない。

朝日新聞の報道によると、ペシャワール会現地代表の中村哲医師は、「治安の悪化に対する認識が甘かった」と話した。同会は、約20人にいたジャララバードの日本人スタッフの半数を4月に帰国させ、残りも年内に出国させることになっていた。「以前は日本人なら大丈夫だったが、4月ごろから対日感情も急速に悪化していた。伊藤くんをとどめた私が悪い」と中村氏は悔やんだとのことだ。

毎日新聞は、下記のように伝える。

 事件が報じられた26日午後から繰り返された記者会見。それまで冷静さを失うことのなかった福元さんの声が一段と大きくなったのは、政情不安が高まるアフガンで、活動を続ける是非を問われた時だった。「ここで挫折しては絶対にだめだ。非難の声は甘んじて受けますが、これでやめると日本人はだめになる」。ほおには悔し涙がこぼれていた。

 伊藤さんの訃報(ふほう)を伝えてきた中村医師は電話口で「良くない方の推測になった」とつぶやいたという。誤報であってほしい願う半面、遺体を確認したのが現地の村人だったと聞き、希望は絶たれた。5年間、共に畑で汗を流した伊藤さんの顔を、村人が間違えるはずはない。その後、ペシャワール会のスタッフも身元確認をしたという情報も入り、望みは打ち砕かれた。

 現地スタッフは、拉致された伊藤さんを捜索するため、1000人もの村人が総出で山を登ったことを伝えてきた。その話を紹介した福元さんは「伊藤君、つらかったなと。でも君はやったなと、そう言ってやりたい」と語り、一瞬救われた表情を見せた。

(毎日新聞 2008年8月28日 0時01分(最終更新 8月28日 0時48分))


大部分の住民から信頼されていても、一握りの悪意を持った人たちがいるとこういう事態になってしまう。そして、それを誘発したのは新テロ特措法であり、町村信孝による陸自のアフガン自衛隊検討発言だ。

中村医師は、「9・11」テロから1か月後の2001年10月に、日経BPのインタビューに答えている。
http://www.nikkeibp.co.jp/archives/150/150174.html

このインタビューの最後に、中村医師は次のように述べている。

 嘘みたいな話ですが、1億円もあればカブールの人が全部助けられる。我々が今回やる緊急の食料援助プロジェクトで試算すると、1家族10人が3カ月の冬を越すのにたったの6000円で済む。これで急場をしのいでいるうちに、国連などが動き出すはずです。

 こんなふうに死にかけた小さな国を相手に、世界中の強国がよってたかって何を守ろうとしているのでしょうか。テロ対策という議論は、一見、説得力を持ちます。でも我々が守ろうとしているのは本当は何なのか。生命だけなら、仲良くしていれば守れます。

 だから、日本がテロ対策特別措置法を作ったのは非常に心配です。アフガンの人々はとても親日的なのに、新たな敵を作り、何十年か後に禍根を残します。以前は対立を超えてものを見ようとする人もいましたが、グローバリズムの中で粉砕されていく。危険なものを感じます。

(「アフガンで活動18年、中村医師が語るタリバンの真実」=日経BPネット、2001年10月24日=より)


この発言から7年、中村医師の懸念は現実のものとなった。それも、ほかならぬペシャワール会の職員が犠牲になった。

伊藤和也さんのご冥福を、心よりお祈りしたい。それとともに、今回の悲劇が、新テロ特措法の延長などという愚挙のために悪用されないことを、心から念じる。


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アフガニスタンで、日本のNGO「ペシャワール会」の日本人職員・伊藤和也さん(31)が拉致される事件が起きた。

産経新聞などは、早々とタリバンの犯行だと報じたが、朝日新聞は、「日本政府はアフガン内務省、外務省と連携して情報収集を続けている」とのみ報じている。

たまたま、民主党代表選が無投票となる見込みであるために議論されなくなりそうな、昨年小沢代表が唱えたISAFへの自衛隊の参加の是非をめぐって、小沢氏支持派の『カナダde日本語』の管理人・美爾依さんと小沢氏批判派の私の間で議論をしていたところで(下記URL)、その際に、ペシャワール会代表の中村哲医師に双方ともしばしば言及していたので、このニュースに驚いた。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20080824/1219552566
(注:議論はコメント欄で行っており、「cocomilk」は美爾依さんの「はてな」でのHN)

昨夜一時、伊藤さんの無事解放が伝えられながら、誤報と判明するなど、情報が錯綜しているが、一刻も早い伊藤さんの無事解放を祈りたい。

それとともに、この事件が、右派による軍拡論議の口実に利用されないよう、十分警戒しなければならない。


PS
残念ながら、伊藤さんが遺体で発見されたと報じられた。事実ならまことに残念なことだ。
何がこのような事態を招いてしまったか、それを精査し、責任の所在を明らかにすることが、今回の悲劇を無駄にしないために求められると思う。安易な対米従属路線や、理念だけはあっても実態を無視した国連至上主義は不毛だ。


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7月21日付の朝日新聞と四国新聞に、竹島に関するコラムが掲載された。いうまでもなく、中学校の学習指導要領の「解説書」にはじめて竹島が盛り込まれた件に関するものだ。

朝日新聞の方は、前論説主幹の若宮啓文氏が書いた「風考計」というコラムで、せっかく韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領と福田康夫首相が日韓関係改善に動き始めた時に、何たることだと慨嘆している。米国産牛肉をめぐって米韓関係がぎくしゃくしていることも引き合いに出して、「ほくそ笑んでいるのは北朝鮮の金正日総書記に違いない」などと書いている。そこには、「同じ自由主義陣営がなぜ仲間割れするんだ」というニュアンスがあり、かつて1979年に中国が「懲罰」と称してベトナムに侵攻した際に、同じ朝日新聞が「社会主義国同士がなぜ」と見出しを打ったときの裏返しのような違和感を覚えるのだが(しかもこの時、中国はポル・ポトのカンボジアに肩入れしていたのだった)、右翼はそんな若宮氏に対しても、「竹島問題で韓国に媚びを売る国賊」などと言うのだから、彼らとの距離は果てしなく大きい。

ところで、このコラムの中で若宮氏は、

竹島が「我が国固有の領土」かどうかは日韓の相違だけではなく、実は日本の中にも長い論争がある。政府見解を否定する研究者も少なくないのだ。

いまは島根大の内藤正中名誉教授らがそうだ。明治政府は竹島を韓国領だと見ていながら、軍事的な思惑などで1905年に島根県に編入した。そんな見方を著書や論文で展開している。

と指摘している。古来の文書は島の名称からして入り乱れ、歴史も法的解釈もややこしいとのことで、若宮氏は3年前、同じコラムに「いっそのこと島を韓国に譲って『友情島』にしてもらう」との「夢想」をコラムに書いて、「国賊」との非難を浴びた。今回は、「島の所属も昔はあいまいで、さして大きな問題ではなかった」として、「大事なのはむしろ昔のあいまいさを思い、未来に向けて柔軟な発想をすることではないか」と書いている。それこそあいまいな表現だが、言いたいことはわからないでもない。

若宮氏は、コラムの最後でも「北の高笑いは聞きたくない」と書いて、日韓とも歩み寄れと主張しているのだが、何かというと北朝鮮を引き合いに出す書き方はちょっとどうかなあという気がしなくもない。

四国新聞の方は、元日本経済新聞記者で早稲田大学大学院教授の田勢康弘氏のコラム「愛しき日本」でこの問題を取り上げている。こちらはネットで全文を読める(下記URL)。
http://www.shikoku-np.co.jp/feature/tase_column/20080721.htm

このコラムの終わりのほうで、田勢氏は竹島問題を取り上げているので、その部分を紹介する。

G8が終わったら、こんどは日本と韓国の間のもっともやっかいな問題である領土問題が再燃した。日本は「竹島」といい、韓国は「独島[ドクト]」。「独」という文字にナショナリズムが詰まっているように見える。たがいに自国の領土だと主張し譲らない。というよりは譲れない、というべきだろう。

 地球上のあらゆる領土問題はよく似ている。自国に有利な史料を根拠に主張しあっても解決は難しい。昔なら戦争で決着もしただろうが、いまはどちらかが譲らない限り政治決着しかない。最近、決着した中国とロシアの領土問題のようにまん中に線を引き、面積を半分ずつするという方式は、参考にすべき知恵だ。

 地球上の土地はもともとだれのものでもない。日比谷公園ほどの面積の岩だけの島の帰属をめぐって、国と国とが抜き差しならないような関係になるなど、愚かなことではないか。外交より国内事情を優先させるやり方は一時のうさは晴らせても根本的な解決にはまったく役に立たない。韓国の李明博政権は窮地に立たされており、ナショナリズムを刺激しながら国民の目を外に向けようとしている。米国ばかりではなく、対外関係はにわかに悪化している。その流れの中にわが国も入っていると考えれば、あわてることはない。こういうときには「反応しない」という選択こそ「智徳」というものではないだろうか。

(四国新聞 2008年7月21日掲載 田勢康弘「愛しき日本」より)


コラムの筆者・田勢氏は新自由主義者の範疇に入る人だが、経済問題以外ではリベラルといってよく、私は月一回「四国新聞」に載る田勢氏のコラムを楽しみにしている。ここで紹介した竹島問題に対する態度も、なかなかクールで好ましいと思う。

このコラムの最初のほうで田勢氏は福沢諭吉の「文明論之概略」から、「文明とは人の安楽と品位との進歩を云うなり。又この人の安楽と品位とを得せしむるものは人の智徳なるが故に、文明とは結局、人の智徳の進歩と云て可なり」という部分を引用し、

 いずれにしろ洞爺湖G8の百三十三年前に福沢は文明の本質について「結局、人の智徳の進歩」と指摘している。G8の議論と結論を見て、文明というものは科学技術のように時間がたてば進歩するというものではないのだな、と雨に煙る山の緑を見つめながら考えた。豊かになるということは、その過程でエネルギーの消費が増える。また温暖化ガスの排出量も増える。一方で地球の人口が六十億人を超えたいま、すべての資源が不足することは、相当前からだれもがわかっていたこと。そのわかっていたことに手が打てない。利害が対立し、己の利だけを得ようとして地球全体を傷めてしまう。

と書いている。

「己の利だけを得ようとして地球全体を傷めてしまう」を地で行ったのがブッシュであり、それに盲目的に追随したバカがコイズミと安倍晋三だったのだが、環境問題については次回のエントリで述べることにしたい。

竹島問題に関しては、福田首相も韓国を刺激したくないようで、それがまたネット右翼や産経新聞、それに安倍晋三らにとっては面白くないのだろうと思うが、日本を危うくするのは後者の人たちだと当ブログは考えている。


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長野での聖火リレーが終わった。

朝日新聞は、「騒然長野聖火リレー 投げ込み・乱入など6人逮捕」と伝えている(下記URL)。
http://www.asahi.com/national/update/0426/TKY200804260001.html

私はこの聖火リレーのニュースについて、映像を全然見ていないので、このリレーがどのように評価されているのかよくわからない。だが、今回の北京五輪をめぐる世論には、釈然としないものが残る。

思い出すのは、1980年のモスクワ五輪と1988年のソウル五輪だ。

モスクワ五輪は、前年の79年末に起きたソ連のアフガン侵攻をアメリカのカーター大統領が非難して五輪参加ボイコットを表明、これに日本の大平正芳首相も同調して日本も参加をボイコットした。

これに対して、朝日新聞を筆頭とするマスコミは、「五輪と政治とは別だ」として五輪ボイコットを批判した。毎日新聞は、朝日ほど立場を鮮明にはしなかったもののやはり五輪ボイコットには批判的だったが、その前年あたりから政府寄りの言論を展開するようになった読売新聞は、五輪ボイコットを支持した。

世論はというと、柔道の山下泰裕の涙の訴えに同情が集まり、五輪に参加すべきだという声が多かったように思う。個人的には、瀬古利彦のマラソンを見たかった。あの年の瀬古なら、きっと金メダルを獲得していたと思う。その後84年のロサンゼルス五輪と88年のソウル五輪で瀬古は惨敗し、五輪のメダルとは結局無縁だった。

28年前と今回を比較すると、今回はアメリカ政府も日本政府も北京五輪のボイコットなど露ほども考えていないのに、なぜか国際世論、さらにそれに引きずられて日本の国内世論も五輪に否定的な傾向が目立つようになった。

28年前のカーターと大平は、いずれもハト派の政治家だった。但し、カーター大統領も大平首相も、十分な成果を挙げた政治家とはいえなかった。一方、現在はアメリカがイラクやアフガンに理不尽な戦争を仕掛けたブッシュであり、日本は首相こそ比較的穏健な福田康夫だが、ちょっと前までのコイズミ?安倍と続いたエキセントリックな内閣の悪影響を受けた政権である。その日米両政府は北京五輪を無事終わらせたいのに、世論が五輪に否定的な雰囲気だということに、かなり強い違和感を覚える。

断っておくが当ブログは、3月18日付のエントリ "チベット騒乱の報道を受けて、中国について思うこと" で立場を明確にしたように、今回のチベット暴動の問題に関しては、中国政府に対して批判的だ。だが、その一方で、4月4日付エントリ "チベット問題に関する左右の浅薄な主張は国益を損ねる" では、「(左右の)イデオロギーより国益を優先せよ」と主張した。ブログ管理人は現実主義者なのである。

私の目から見ると、普段左派的主張を開陳している人まで、「そもそも中国で五輪が行われること自体が間違っていた」などと主張するのを見ていると、首を傾げてしまう。私の感覚からすれば、そんな論法が通用するなら、イラクやアフガンその他で悪逆非道の行ないをしてきた世界最大のテロ国家・アメリカで五輪を行うことを真っ先に否定しなければならないはずだと思うからだ。

まあこんな言い方だと話が紛糾するだけかもしれないから、ソウル五輪の例を持ち出すことにしよう。ソウル五輪の開催は、1981年に決まった。この時ソウルに敗れたのが名古屋である。この五輪選考の前年(1980年)には、「光州事件」があった。軍事クーデターで政権を握った全斗煥の政府が光州市民を大虐殺した事件だ。1989年6月4日に中国で起きた「天安門事件」に比すべき事件だったと思う。

「オーマイニュース」でも、韓国人記者が "ソウル五輪の亡霊が「チベット暴動」に蘇った"(3月20日)という記事で、20年前の韓国と今年の中国の類似性を指摘している(下記URL)。
http://www.ohmynews.co.jp/news/20080318/22249

当時、「光州事件」にもかかわらず韓国は五輪開催権を得たし、日本もボイコットしなかった。ソウル五輪では男子柔道などで韓国人選手と日本人選手の対戦となると地元韓国のすさまじい応援が湧き上がって日本の選手が次々と雰囲気に呑まれて敗れ、唯一95キロ超級の斎藤仁だけが意地を見せて金メダルを獲得したのを覚えている。この頃から日本の保守も韓国を批判するようになったのかもしれない。しかし、当時はソウル五輪批判の声が高まることはなかった。むしろ、当時印象に残っているのはソウル五輪の時期に昭和天皇が重体になったことで、100m背泳ぎの鈴木大地が金メダルを取った日には昭和天皇の大量下血が報じられ、Xデーになって五輪放送が休止したりしないかとヒヤヒヤしたものだ。世間一般でも、昭和天皇の病状のニュースよりソウル五輪をしっかり放送しろ、という声の方が強かった。

その韓国と中国はどう違うのか。北京は、1993年の五輪選考で、シドニーに惜敗したが、それは人権問題を問われた影響だったとされている。おそらく1989年の天安門事件も影響していただろう。そして、天安門から12年を経た2001年の選考で、ようやく五輪開催権を獲得した。

「平和の祭典」などというのはまやかしだろうと私も思う。五輪はすっかり商業主義に染まっているし、何より中国自体が世界でももっとも過激な新自由主義国家だ。だが、五輪なんてどうせその程度のものなのだから、中国で五輪が行われて何が悪いのだろうか。ついつい私などはそう思ってしまう。

むしろ、前記「オーマイニュース」の記事も指摘するように、五輪閉幕後に中国がどう動くかを十分監視しなければならない。だが、たとえば右翼などは、中国が国威発揚を賭けた北京五輪を妨害することばかり考えていて、人権問題などそのダシに使っているだけだ。

五輪は五輪でやらせておけば良いじゃないか。それが日本の国益にもかなうはずだ。昔ほど熱心に五輪を見る気がなくなった私だが、それでも4年に1度の夏季五輪はテレビ放送で楽しみたいと思う。


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ひさびさに安倍晋三を正面切って批判した一昨日のエントリで、共同通信が発表した10大ニュースについて触れたが、実は、国内ニュースの10位が今年4月の伊藤一長・長崎市長の射殺事件だったことに引っかかっていた。このニュースがこんなに下位で良いのだろうかと思ったのである。

私は、言論の自由を脅かすテロに対しては敏感なほうで、昨年、加藤紘一の実家が放火された時に、これを笑いものにした稲田朋美や、なかなかテロ糾弾のコメントを出さなかった時の首相コイズミおよび官房長官・安倍晋三を厳しく批判した。「稲田朋美」を検索語にしてGoogle検索をかけると、当ブログが上位で表示される。当ブログが稲田について詳しく述べたのは、下記エントリである。
"嘘つきが「教育改革」を進め、テロ肯定者が「伝統と創造の会」を主宰している"
(2006年11月23日)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-184.html

伊藤一長・長崎市長の射殺事件の衝撃は、当然ながら加藤紘一邸放火事件よりさらに大きく、4月18日のエントリでは、いち早くテロに対して抗議した加藤紘一のメッセージを紹介するとともに、テロ批判の言葉が口をついて出てこなかった当時の首相・安倍晋三を批判した。

4月19日のエントリでも安倍を批判したが、その頃、伊藤市長を射殺した犯人が属していた「水心会」という山口組系の暴力団が「安晋会」と関係があるのではないかという情報を得た。それを紹介した4月20日のエントリ「きっこの日記」 からリンクを張っていただき、1日のブログのアクセス数が1万件を突破した。これには大いに感激したものだ。それにしても、耐震強度偽装事件、ライブドア事件に絡んだ野口英昭・エイチエス証券副社長の自殺に続いて伊藤一長長崎市長の射殺事件でも「安晋会」の名前が出てくるとは、いったいどういうことなのだろう。言論の自由を脅かすテロと戦うどころか、その逆方向のベクトルを持つ話ではないか。

その4月20日のエントリで紹介した、原田奈翁雄さんの評論を再掲したい。オリジナルは、4月20日付の「四国新聞」に掲載された(他の地方紙にも載っていたかもしれない)。

90年1月、本島市長は右翼の銃撃を受けて重傷を負った。
 事件は大きな衝撃だった。なんとか一命を、と祈った。だが、言論の自由とテロはせめぎ合いである。言論を守るためには、暴力と不断の対決を続けていくしかない。
 それから17年、いくつものテロが重なり、事態はさらに悪化しているといえる。それは、この間、日本国憲法第九条を立法、行政、司法が破り続けてきた事実と並行している。
 被爆の町の首長に対する度重なるテロ。私たちはどこかでいまだに暴力の効用を信じ、認めているのではないだろうか。米国は9・11テロに対して最大の暴力である戦争をもって応え、当時の日本の小泉首相は進んでそれを支持、自衛隊の派遣にまで至ったのである。
 戦争を容認する社会は暴力を容認している。そして、戦争を発動し得る者は政治権力以外には決してない。世界中の政府が交戦権を持つ限り、この地上からテロリズムを絶つことはできない。憲法九条だけが軍備の保有、政府の交戦権を認めず、戦争根絶の具体的な道を明確に示している。

(2007年4月20日付「四国新聞」より)

アメリカの「テロとの戦い」に対する批判は、この文章で十分ではないかと私は思う。今年9月9日のエントリで、私は、9・11の時に「アメリカはテロをやられても仕方のない国だ」という感想を持ったと書いた。なんでアメリカを批判するのに「9・11自作自演説」なんかを持ち出さなければならないのか、それが私には理解できない。それまでにアメリカがやってきた行ないを知っていれば、怪しげな自作自演説なんかを持ち出さなくとも十分アメリカを批判できるはずだ。

あまりにバカバカしいので、9・11の話題に深入りするつもりはないが、ちょっとだけ指摘しておくと、自作自演説を唱えているひとりのコンノケンイチ(今野健一)なる人物は、疑似科学をわめくトンデモの中でも、とりわけ程度が低いことで有名である。また、先日、社説で「9・11自作自演説」を取り上げたという「滋賀報知新聞」はまともな県紙ではない。滋賀には代表的な県紙が存在せず、京都新聞や中日新聞がその代替となっている。

こんな陰謀論なんかにかかわるのは時間のムダとしかいいようがないが、そんな極楽トンボの議論をやっているうちに、パキスタンでベナジル・ブット元首相がテロの銃弾に倒れた。

10月にブット氏が帰国を強行した直後に爆弾テロに狙われて多数の死者が出た。この時、いずれブット氏本人が凶弾に倒れなければよいがと思ったし、姪のファティマ・ブット氏の批判(下記URL)にも説得力を感じた。
http://www.afpbb.com/article/politics/2301938/2269126

だが、これもブット元首相が生きていればこその批判だ。テロは、すべてを無に帰してしまう。実質的にこの惨劇を招いたのは、ブットとムシャラフを連携させようとしていたアメリカだと言っても間違いではないだろう。

年末にはよく衝撃的な指導者の死がある。1989年のルーマニア・チャウシェスク大統領(12月25日)、それに昨年のサダム・フセイン(12月31日)。だが、彼らの場合はまだ独裁者の処刑だった。サダムの場合は、アメリカによる私刑の色が濃かったけれど。

それに対し、今回はテロである。それでなくとも暗い年末の気分を、さらに滅入らせる事件だった。パキスタンは核保有国であるだけに、アメリカによってもたらされた不安定が恨めしい。


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柏崎原発で起きた、放射性物質を含んだ冷却水漏洩や火災などのトラブルは、どう考えても大ニュースだと思うのだが、マスコミの報道ぶりはやけに鈍感だ。安倍晋三首相が被災地を訪れたなどというのはどうでも良いニュースだ。安倍はすぐトンボ帰りして、被災者の訪問が選挙向けのパフォーマンスに過ぎなかったことを露呈した。他の政党も似たり寄ったりかもしれないが、たとえばやはり現地を訪れた民主党の鳩山幹事長がテレビに大写しされることはほとんどなかったのだから、震災報道の一部が自民党の選挙活動への協力になったことは否めない。

さて、柏崎市の会田洋市長は18日、東京電力の勝俣恒久社長らを市役所に呼んで、柏崎刈羽原発の地盤に痛みが見つかったとして消防法に基づいて同原発に緊急停止命令を出した。

この命令について、「広島瀬戸内新聞ブログ版」は、下記のように伝えている。


柏崎市長は、柏崎刈羽原発の使用停止命令を出しました。

消防法に基づくもの。こんなことができるのです。

第12条の3 
市町村長等は、公共の安全の維持又は災害の発生の防止のため緊急の必要があると認めるときは、製造所、貯蔵所又は取扱所の所有者、管理者又は占有者に対し、当該製造所、貯蔵所若しくは取扱所の使用を一時停止すべきことを命じ、又はその使用を制限することができる。

2 第11条の5第4項及び第5項の規定は、前項の規定による命令について準用する

自治体も現行法の枠内でも、住民を守るためにできることはあるということを改めて実感したニュースです。

「異例」ではありますが、しかし、間違いなく「合法」です。そして、50件もトラブルがあったというなら、なおさらです。

むしろ、停止させないで何か起きたら、最近なら「不作為」で、住民から訴訟を提起されてもおかしくないのではないか、とも思います。

(「瀬戸内新聞ブログ版」?『柏崎刈羽原発に使用停止命令・市長「安全性確認できず」』 より)


この使用停止命令に対する現地の反応が報道されている。以下は「四国新聞」からの引用だが、共同通信の配信記事と思われる。


 「客は東電の見学ツアーや工事作業者などほとんど原子力関係。停止命令は必要だけど、ずっと続いたら仕事がなくなる‥‥」。原発近くにある料理店の経営者は苦しい胸の内を明かす。
 施設で働く東電や関連企業の社員のうち2市村に約3800人が住む。柏崎刈羽原発をめぐっては2002年に修理記録改ざんなどのトラブル隠しが発覚。04年の中越地震では地元自治体との連絡体制の不備が問題化し、今回は火災と放射性物質の検出。住民の不信感はピークに達している。
 それでも地元と東電との関係が保たれているのは、電源開発促進税法などに基づく交付金制度の存在も大きい。
 断水で公共施設に給水を受けに来た男性(42)は、原発直下に断層がある可能性が出ていることについて「確かに地元を潤わせてくれるが、事故で最初に被ばくするのは住民。危険な場所にあるならしっかり耐震補強を」と話す。
 刈羽村の場合、交付金は06年度で約7億円に上り、歳入全体の約17.4%を占める。小中学校を建て、村内にケーブルテレビ網を設置‥‥。原発は人口わずか5千人の村を確実に潤している。
 原発施設内の緑化事業を請け負う会社の男性従業員は「この地域は原発の恩恵を受けている。原発の危険性は承知のうえで仕事をしている。(停止命令は)どうとも思わない。騒ぐ話じゃない」と落ち着いた様子。
 そんな村の実情を原発反対派の宮崎孝司柏崎市議(63)が説明する。「住民も不安を感じているが、多くが原発関連で働き、原発に依存していることは否定できず、矛盾を抱えている」

(「四国新聞」 2007年7月19日付紙面より)


おそらく「原発城下町」といわれるところには、どこも似たような事情があるのだと思う。

これに対し、行政や司法の対応はどうかというと、これが露骨に電力会社寄りの姿勢を示し続けているのである。

同じく四国新聞の記事(共同通信の配信と思われる)から引用する。


 「危険性を過小に評価していたことが証明された」と指摘するのは京都大原子炉実験所の今中哲二助教(原子力工学)。東京電力は「想定外の地震の規模」と強調するが、地震の強さを示す加速度は柏崎刈羽原発1号機で最大で680ガルに上った。この値は耐震設計値273ガルの約2.5倍だった。
 政府は2004年の新潟県中越地震の後、柏崎刈羽原発に大きな影響を及ぼす断層は存在しないとする答弁書を提示し、東京地裁も05年、原発設置反対の住民が主張した断層の存在を「地震の原因にならない」と判断。国、裁判所、東電が危険性を見逃した形だ。その背景として今中助教は「耐震設計にできるだけ費用を掛けたくないのが電力会社側の論理」と経済性優先の姿勢を指摘する。
 「原子力資料情報室」の西尾漠共同代表も、電力会社が地層や地盤などを自ら調査し、安全性を判断する現状を批判。「電力会社に任せていては、危険は見つけられない。すべての原発を止めて調査すべきだ」と話す。
 柏崎刈羽原発の心臓部はどうなっているのか。今中助教は「放射性ヨウ素が大気中に放出されており、炉心内部にある燃料棒の破損が想定される。配管のひびや、制御系回りのトラブルが発見される恐れもある」と分析している。

(「四国新聞」 2007年7月19日付紙面より)


以上に見たように、まだ新聞は多少なりとも原発問題を論じる姿勢を見せているが、反応がいたって鈍いと思うのがテレビである。たとえば、地震当日の16日夜、「報道ステーション」(テレビ朝日)と「NEWS23」(TBS)を見たのだが、特に「NEWS23」では原発トラブルについてほとんど報じなかった。

こんなことでは、いざ大事故が起きるまで問題が先送りにされてしまうのではないかと思う。

例によって、7月17日の「きっこの日記」(「原発事故は人災です」)が、現地の方やその親族の方からのメールを掲載しているので必読だ。

いつの間にか、事実を知るにはマスコミ情報だけでは不十分で、ブログなどのインターネット情報に頼らなければならなくなってしまった。


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28日、宮沢喜一元首相が老衰で死去した。87歳だった。

2000年以降、森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三と続く、知性のかけらもない総理大臣たちとは対照的に、高い知性を持った政治家だった。

外交政策は自民党の政治家の中でももっとも「ハト派」色の強い人で、憲法改定には慎重だった。共同通信の榊原元広記者が書いた評伝記事(地方紙各紙に掲載)によると、記者たちにも「戦争をしちゃいけません」と口癖のように言い、記者が「なぜですか」と聞くと、難しいことは言わず、「負けることがあるでしょう。負ける戦争をしてはいけません」と答えたそうだ。

しかし、首相在任中に国連平和維持活動(PKO)協力法を成立させた。大平正芳内閣(1978?80年)にもいえることだが、現実の政治では、外圧や党内タカ派との妥協を重ねて、力強さに欠けた面があったかもしれない。大平正芳氏とはそりが合わなかったとされる宮沢氏だが、政治理念が高く評価される割には、政権担当時の成果に乏しいといわざるを得ないところは共通している。得意だったはずの経済政策でも、これといった成果があったかどうかは疑問で、宮沢内閣(1991?93年)のバブル終息時の政策が「失われた10年」につながったと評する人もいる(その当否は、浅学の私には判断できない)。

1988年のリクルート事件にも絡んだ。宮沢といい大平直系の加藤紘一といい、宏池会の政治家がしばしば金銭スキャンダルに絡むのは、もったいない話だと思う。朝日新聞編集委員だった故石川真澄氏は、リクルート事件に宮沢氏が関与しているのが明らかになった時、「ここでつまずいたのは惜しいという気持ちを抑えきれない」と書き、そういう新聞記者のスタンスが、ジェラルド・カーティス氏に『日本の新聞は「保守本流」に対して、ひとつの安心感に似た意識があるんじゃない?』とからかわれた原因かもしれない、としている。

石川氏は、加藤紘一氏が金銭スキャンダルに見舞われたとき、以下のように書いた。


 保守本流の「宏池会」は、ある時期まで、鉄鋼、電力、銀行、商社など「筋のいい」財界から直接の見返りを求めない資金を供給され、1950年代はじめの造船疑獄以後はスキャンダルでつまずくことはあるまいといわれた。その意味でも「エリート」派閥であった。ところが宮沢氏のリクルート以来、カネでつまずいてばかりである。加藤氏はそのことに気づかなかったのだろうか。
 そもそも派閥の親分がカネを集めるなどして「百年兵を養い」、首相への階段をよじ登るなどという自民党戦国史の古典を、氏素性の良かった人々がなぞっていったこと自体がひどいアナクロで、理解を絶している。小泉氏の朋友である加藤氏にそれがどうして見えなかったのか。時代は加藤流から小泉流へと大きく動いていたのである。

(「世界」 2002年6月号、「戦争体験は無力なのか」=岩波書店、2005年=に収録)


とはいえ、「クリーンなタカ」よりは「ダーティーなハト」の方がよっぽどましだろう。コイズミが「クリーン」といえるかどうかにも強い疑問があるが、安倍晋三に至っては、明らかに「ダーティーなタカ」であり、「火炎瓶事件」が裁判で争われていることから明らかなように、安倍は、暴力団とのかかわりも問われている人物だ。防衛政策では憲法九条改定志向の超タカ派、外交政策では国辱的な対米隷属路線、経済政策では格差を拡大し、国民を困窮させる新自由主義という最低最悪の政策を推進している上に、スキャンダルまみれでもある戦後最悪の政治家に対する審判選挙を1か月後に控えたこの時期に、「保守本流」の大物政治家が亡くなったことに、ある種の感慨を禁じ得ない。来月の参院選は、「戦後民主主義」の「弔い合戦」でもあると思う。

ともあれ、宮沢喜一元首相のご冥福をお祈りしたい。


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