きまぐれな日々

普段はブログを更新しない水曜日だが、先週末に北海道で中学校の教師を勤めておられる、Shuueiさんと仰る方から、民主党の小林千代美衆院議員(北海道5区選出)が、北海道教職員組合(北教組)から総額1600万円の違法な選挙資金を受け取ったとされる事件に関してメールを戴いたので、その内容を下記に紹介する。

 初めまして。いつも、ブログを楽しく拝見させていただいています。
 私は北海道で教鞭を執っているものです。
 2月15日、北海道選出の民主党所属小林議員に対する違法献金疑惑で札幌地検の強制捜査がありました。北海道教職員組合から「1600万円」の不正な献金があったとするものです。これは、明らかに小林議員をターゲットにしたものであり、また北教組つぶしといえるものでしょう。違法献金という報道がまかり通っていますが、石川議員の不当逮捕と同様、記載上の形式犯だと私は思っています。小林議員の個人口座に「1600万円」が振り込まれていたことは政治資金規正法上違法になるのかもしれませんが、まさに検察の狙い打ちでしょう。

 08年12月、中山前国交相らは自民党有志による「日教組問題究明議連」(会長・森山真弓元文相・79人)を作りました。「民主党で教育政策を担当しているのは日教組出身の人たち。そういう政党に国は任せられないと強く訴えることが、自民党の勝利に結びつく」こういう露骨に党派的なプロパガンダに乗るのは一部の右派的勢力くらいでしょうが、今回の「1600万円」攻撃は自民党文教族の一連の流れにそうものといえます。

 しかし、今回の「1600万円」事件は検察批判で終わってはならないと思います。今の日本が抱える本質的な問題は何なのか、それを考える契機にしていかなければならないと考えています。

 今、日本の組合の組織率の低下は周知のことです。日教組も20%そこそこと聞いています。強いと言われる北海道も30数%とつい先日の北海道新聞に載っていました。産経新聞が「組合天国」などと報じる学校などこの日本のどこにあるのでしょうか。私は日教組に加入していますが、現在の教職員組合にはその組織率の示すとおり、原則的な運動さえ展開できるような力はなくなっていると感じています。「1600万円」事件が報道されて憤慨するどころか、失笑する者や北教組を非難する者も私の周りにいます。また、日教組攻撃などどこ吹く風の教員も多いと思います。

 しかし教職員組合のことより切実な問題は、この日本の生活の問題です。年間所得が200万円にも満たない人がどれほど多いことか。私は中学一年生のクラスを受け持っていますが、その中に生活保護を受けている家庭が数件あります。そしてそれ以上に多いのが「就学援助」を受けている、準要保護と言われる家庭です。母子家庭や父子家庭、あるいは父親が失業中、病気療養中と実態は様ざまですが、その中に、現在働いているものの2年前に乳ガンの摘出手術を受けたという母子家庭もありました。そのお母さんの年間収入は、140万円です。今中学1年生の娘が高校卒業まで、これから5年もあります。大学まで進めば、9年です。そのお母さんはPTA活動にも参加してくださる気丈な方ですが、将来への不安は他人には言い尽くせないものがあるでしょう。生活保護と就学援助を受けている家庭は、私のクラスの約3分の1にも上ります。格差社会といわれるその現実はすぐそこにあります。

 ところが、正社員として働けるだけでも幸せ、というふうによく言われないでしょうか。民間は苦しい、残業手当なんてもらえなくても働き口があるだけでも恵まれている方だ、組合に加入しているような正社員は労働貴族、などといった言説が当然のように語られます。そして公務員バッシングが公然とマスコミに踊ります。給料が高すぎる、仕事をさぼっている、サービスが悪い…公務員が何か犯罪でも犯せば格好の餌食となります。全体の奉仕者としての職務はもちろん全うしなければなりませんが、私たちも法の下で平等と定められた労働者です。行き過ぎた公務員バッシングには、労働基本権を剥奪されている不当な状況を正しく把握できないほどの思考停止状態、ヒステリックな感情の噴出を感じます。

 バブル崩壊後も貿易収支は黒字を続け、昨年も世界第2位のGDPの国なのに、なぜ、これほど貧困を抱えた人が多くなってしまったのでしょうか。その問題を私たちはどのように解決していけばいいのでしょうか。しかしそう考えるのでなく、日本の景気は悪い、就職口はない、給料は上がらない、恵まれている公務員はしっかり働かなければならない、そんなふうに感情がねじ曲がっていくのはなぜなのでしょうか。現実の問題に対して、真正面から立ち向かっていくような思考を停止させる、ねじ曲がった感情のうねりの中に多くの人が陥ってしまっているように思います。

 08年の献金額は自民党に26億9900万円、民主党には1億900万円と経団連は発表しました。しかしその一方で、その日の食べるものにも窮している家庭が多くあります。「1600万円」事件から日教組のゴシップや検察のあり方など様々なことが連日報道されました。北教組の違法行為は司法のしかるべき判断がなされるべきです。しかし、26億9900万円もの自民党への献金がありながら、小林議員の1600万円をめぐって「重大な子供たちへの背信行為」、「(北教組は)組合活動を具現化するために議席を買っている」などとマスコミを賑わすのは、貧富の格差が広がっていることに目を向けず、生活に不安や不満を持っている人たちが公務員バッシングに走るのと同じ構図ではないでしょうか。今回の事件には、金持ち日本になぜ貧困があふれているのかという切実な問題、そしてその問題を隠してしまう文化装置としてのマスコミの問題など、多くの日本人がはまってしまっている陥穽が露見していると考えています。

 突然このような長文のメールを差し上げたことをお許しください。貴ブログの文章に度々うならされている私です。この「1600万円」事件について、感想などお聞きできたら幸いです。

(Shuueiさんより戴いたメール)


このメールを戴いたのは2月27日で、その2日後の3月1日に、政治資金規正法違反(企業・団体献金の禁止)の疑いで、北教組幹部ら4人を逮捕した。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/218261.html

Shuueiさんからいただいたメールに、私は下記のように回答した(北教組の4人の逮捕前)。

はじめまして、古寺 多見(kojitaken)です。小生が運営するブログ『きまぐれな日々』へのメールどうもありがとうございました。

小林議員の選挙運動に関して、北教組が家宅捜査を受けた件については、軽々しくは判断できませんが、イデオロギー的な捜査ではないかという匂いは感じます。

自民党のタカ派議員たちによる日教組批判には、国民の大多数は関心はないと思いますが、Shuueiさまが例を挙げられた国民生活の問題は本当に深刻ですね。中央のマスコミはそれをほとんど理解していないか、マスコミ人自身が特権階級であるために見て見ぬふりをしているのではないかと思います。

マスコミのみならず、世に蔓延している公務員叩きや派遣労働者叩きに関しては、かつて大阪府で橋下徹知事が計画していた府立高校の非正規職員346人の首切りに反対運動を行っていた方のブログ記事とコメントをブログで紹介した時、読者から記事を非難する「はてなブックマーク」が大量につけられたことがあって、呆れたことがあります。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-740.html

公務員の労働基本権が奪われている件も、高校で習うような話なのに、全然マスコミの議題に上がりませんね。鳩山首相は昨年秋に公務員の労働基本権回復を口にしたと思うのですが。

(ブログ管理人からShuueiさんへの返信メールより)


こう書いた上で、Shuueiさんにブログへの転載許可を求めたところ、快諾を戴いたので、ここに公開する次第である。

ところで、この件に関しては、黒川滋さんのブログ『きょうも歩く』の2月15日付に、「特高の息子を落選させると官憲がやってくる」という刺激的なタイトルの記事が出ているので、興味のある方はご参照いただきたい。黒川さんは、

政治資金規正法で絶対安全なところにいるのは家産から政治資金をつぎ込める二世三世の政治家だけになってきている。

と指摘している。この記事についた「はてなブックマーク」を見ると、「陰謀論だ」などとして記事に否定的なコメントが多いが、検察の捜査にイデオロギーに由来する一定の傾向があることは否定できないと私は思う。

もちろん個々の事件に対しては、公正に捜査が行われるべきだし、Shuueiさんも書かれている通り、北教組に違法行為があれば、それに対して司法のしかるべき判断がなされるべきだろう。しかし、そこだけに焦点を当てて、現在の日本が抱える大きな問題点から目をそらしてはならないと私も思う。格差社会は新自由主義の招いたものであり、デヴィッド・ハーヴェイの仮説によれば、新自由主義とは逆再分配を行って階級を固定するためのプロジェクトである(これも仮説に過ぎないのだが、仮説が誤りであることを示すエビデンスはいっこうに示されない)。それを意識しながら今回の事件を考え、深刻な国民生活の問題にも思いを致すべきだと思う。
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2010.03.03 08:12 | コメント特集 | トラックバック(-) | コメント(26) | このエントリーを含むはてなブックマーク
選挙が終わった後の報道で一番意外だったのは、マスコミが「右」から民主党批判を始めたことだ。私など、自民党の議席が大幅に減ったので、空いた席を占めようとする民主党が右傾化するのを懸念していたのだが、民主党よりもマスコミの方がよりいっそう激しく右傾化していた。読者数の多いブログが相次いで取り上げた「鳩山論文」の件をとっても、選挙投票日前日の8月29日に朝日新聞が「元米政府関係者」のコメントを2件も引用して、「専門家らの間には日米関係の今後に懸念を抱くむきもある」と書いたのだが、「元」がついているということは、コメントの主はブッシュ政権の関係者だということだ。一昨日だったか昨日だったかにも、あたかも鳩山氏がマルクス主義者であるかのようなコメントをした米要人の映像がテレビに映し出されていたが、鳩山氏のホームページに掲載されている原文を読めば、鳩山論文はむしろ現在のオバマ政権のスタンスと近いことは明白だ。日本では昔から、朝日新聞が右に寄ると、全マスコミが一斉に右側から声をあげる風潮があるが、現在はまさしくそのような状況で、新政権祝賀ムードだった1993年の細川政権発足時とは全然違う。16年の間に、マスコミはすっかり右傾化してしまった。

さて、昨日のエントリの続きで、高速道路無料化問題についていただいたコメントを引き続き一気に紹介する。その前に、お約束のFC2ブログランキングのクリックのお願いを。

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それではコメントを紹介する。


高速道路でモノを運ぶと
仮に無料だと運送業者は大喜びですね。
しかし、となると 鉄道や航空機で運ぶ会社の民業圧迫ですよね。
つまり業者を無料にするのは まず間違い。
次に、高速道路を利用する人は国民10人中1人。ほか9人の税金を投入するというのはあまりにおかしい。
政権交代は賛成だが、この政策はおかしすぎる。
というか、そもそもの国づくり感の問題だと思いますね。国民自身もパラダイムシフトを受け入れないと。
今はスモールタウンが方向性として向かうべきところでしょう。だから富山や長野などはそういう方向に向かっているわけで。
30年前は甘エビなんて日本海方面に旅行しなければ食べられませんでした。ま、輸入が爆発的に増えたというのもあるんですけど、国内物流が活性化したから、逆に均質化して地方の独自性が失われたんじゃないのかね。東京を田舎がマネして若者がいなくなるのを防ごうとしても無理だったわけでしょ。
となれば、地方はそれぞれ自分たちが自分たちの生活に根ざす方向にいくわけで、そういう意味では「国家主義」的 大きな物語も すでに賞味期限きちゃっているわけです。
日本人と言う前に越後の人間だってなるんじゃないの?

2009.09.03 09:46 ろーりんぐそばっと



無料化反対
○無料化は、高速道路会社を公団にもどすことと同じで、また原価意識のない無駄使い集団を生む。
○現在の名神なども老朽化がすすんでおり、新設はおろか、建て替え、補修もできなくなる。
○高速道のない地域も多いが、新設が抑制される傾向のなかで、無料化は格差を拡大する。
○外国は無料だというが、日本では建設費が極めて高く、同一視するのは間違い。
○インフラ整備は、100年ぐらいの視点で考えるべきで、無料化は安易で場当たり的な考えである。

2009.09.03 10:18 hitotubu



 無料化に反対です。
 無料化にしたうえで、さらに高速道路を作り続けると言うのはばかげています。
 確かにまだ未整備の高速道路で、必要な物はあるかもしれませんが、北陸道の新潟?富山間の交通量を見ると、これが必要な道とは思えません。
 無料化は同時に、無駄な道路を作らない、と一体でなければなりません。
 あと、設計が、有料高速道路を前提にしているので、無料にしての交通量、排気ガス、CO2に関する検討抜きに、無料化だけを叫ぶのは無責任です。

2009.09.03 10:25 眠り猫



高速道路ってのは、単なる移動インフラ。車はそれを利用する移動の道具にすぎない。利用者が高速or下道の選択してハンドル握るだけでしょ?
必要もないのにわざわざ「高速タダだから出かけよう。運転しよう。」って思うのは・・・いるのか?極少数にすぎないでしょ。運転したくてしたくてたまらない連中ばかりでしょ。

このあいだから1000円高速混んで、「民主の無料化たたき」やっていたけど、全く不毛な議論。その分、下が空いて、渋滞が高速に代わっただけ。それにGWやお盆の特別な期間を、さも平時にもあるかのごとくマスゴミがバッシングしていたよね。

バス会社は自家用車利用が増えてバス利用が減、民業圧迫って言っていたけど、対象は高速バスだから、通行料金タダになって十分ペイできる。それに高速使うって事は長距離だし、行き先での駐車場とかガソリン代とか運転の労力考慮すると、そうは簡単に料金タダだから、”高速バス-->自家用車” の流れにはならない。今は安価さや珍しさが勝って渋滞になりがちだけど、そのうち慣れてきますよ。

鉄道会社もおなじこと。

物流トラックもコストが下がって、それが結局消費者に還元される仕組み。

高速利用しない者が税を負担して高速利用者だけがタダになった恩恵を受けるわけではない。

皆で税負担すれば、皆に還元される仕組みですよ。

冷静に考えてくださいね。
今の料金徴収システムでは仲介者がいて、これが償還や維持サービス・道路構築等に関して差配できるようになっている。差配するって事は隠れたマージンを受け取るって事。これがまた膨大な額だって事知っていますか?

この仲介者を無くせば、その分は今より皆に還元され豊かになります。

土木の公共事業関連企業で生計を立てている者の言うことですから、信用してください。


これまでの日本人は、前例踏襲主義が当たり前との官僚思考が植え付けられており、新しいことに取り付こうとする意欲に乏しい。発想自体が貧弱です。
オバマじゃないけど、「ちぇいんじ」ですよ。チェンジ!

2009.09.03 11:08 25



ざっと斜め読みですが、皆さん都市部にお住まいのようですね。
「高速道路無料化反対」は公共交通が当てに出来て、徒歩圏ですべて手に入る恵まれた人たちの言い分にしか聞こえません。
田舎では、もはやハンドルを自ら握るか、何時間も長々と歩くしかないのです。

2009.09.03 13:42 Urbanfox



Urbanfoxさん

>田舎では、もはやハンドルを自ら握るか、
>何時間も長々と歩くしかないのです。

なるほど。
では、お聞きしたいのですが、
自らハンドルを握れない、握れなくなった人たちはどうされてますか?
障害者やご老人などが想定されますが。
私の実家の両親のケースですと、いちおう都市部に住んではいますが、
(といっても山間部の裾野に広がる街)
二人暮しの老齢所帯で、二人とも70代後半になります。
かつては仕事も買い物もレジャーも大半の移動手段は車でした。
しかし老齢化に伴い体力的、運動神経的、反射神経的衰えから
徐々に車から離れ、それに比例して公共交通機関への依存度が増しています。
また、私の友人のある40代の男性は、ばりばり働いていますが
持病のてんかんのため、いつ発作が起きるか分からず、
自動車、バイクはもちろん自転車にさえ
乗ることができません。完全に公共交通に依存しています。
山間部などの田舎では、こういった交通弱者の人たちはどうされているのでしょう。
車に乗れる家族がいれば頼れますが、
それでも自分の外出行動が家族の同意や時間的都合に制約され、
不自由の度合いは大きく増すでしょう。
ましてや車に乗れない老齢所帯、独居所帯であれば、
頼れる公共交通が無かったり、縮小されてしまっては大きな不利益があるのでは
ないでしょうか。
自動車のためのインフラ整備は必要です。これを否定する人は誰もいないでしょう。
未整備であれば必要性に応じて進めるべきです。
高速道路料金についても値下げであれば(その度合いによりますが)
反対はしません。
しかし、同時に交通弱者(とくに車に乗れない人)への配慮というものも絶対に必要なのです。

ここに、環境自治体会議環境政策研究所による
「高速道路無料化・暫定税率廃止に起因する環境・社会影響」と題された
リポートがあります。

http://sltc.jp/file/2009/08/20090810_kosokumuryo.pdf

合わせて、環境エネルギー政策研究所所長飯田哲也氏の指摘も参考になります。

http://eco.nikkei.co.jp/column/iida/article.aspx?id=MMECcm001024082009&page=2

公共交通機関への甚大な影響がもたらされるであろうことが
分析されています。そして、
そのことの悪影響をかぶる地域、階層はどう言った人たちでしょうか。
決して都会の人たちじゃないですよ。

いくら自動車のためのインフラ整備は必要であっても、上のリポートにあるとおり、
高速無料化まで推し進めてしまうと、他の交通手段に波及していくデメリットが
大きすぎるということが想定されます。
他の交通手段が衰退していくとどうなるか。それは、こちらのエントリーに転載された
私のコメントで書いたことなので重複するので省きます。
ですから、
高速無料化などという愚策をやる財源があるのならば、
そのお金を公共交通優遇策へ回すべきだと考えます。
公共交通網が廃止縮小されたり、
未整備な地域にもそれを回すべきだと考えます。

2009.09.03 15:38 フリスキー



高速道路が無料なのは世界の常識。有料の日本は世界の非常識。自民党の愚作です。時速50キロの一般道と100キロの高速の違いだけの道路を自民党によって高速道路が何か特別な道路にされてしまった。国民も高速道路が特別な道路だと思い込んでしまっているのが大きな問題。高速道路と一般道はほとんど変わらない感覚で使えるのが世界の常識。高速道路の無料化は二酸化炭素を減らすための環境対策である。

2009.09.03 18:23 なかた



>ここに、環境自治体会議環境政策研究所による
「高速道路無料化・暫定税率廃止に起因する環境・社会影響」と題された
リポートがあります。

>合わせて、環境エネルギー政策研究所所長飯田哲也氏の指摘も参考になります。


中間マージンに群がる天下り何とやら関連団体に他なりません。
無料になるとおいしいところとられるので、反対意見で存在示しているだけにしか見えません。

無料化こそが渋滞減らして、温暖化防止に役立ちますよ。

2009.09.03 18:51 25



フリスキー さま

皆さんの投稿を精読したわけではないですし、資料や知識を持ち合わせているわけではないので本来は議論に参加する資格はないのかもしれませんが、私自身の感覚とだいぶ違うもので。

私の住まう地域の公共交通ですが、駅までは巡回マイクロバス、駅からは単線のJRですね。駅を利用する人は学生が自転車(歩道がないので危ない)、ほかは自家用車ですね。
なので駅前に商店街はありません。国道沿いにはありますが。

高齢者は免許があれば寝たきりでもない限りきわめて危ない状況でも運転しているようです。
ウィンカー無しで突然曲がったりふらふらしているモミジマークは良く見かけます。
どうしても運転できなくなったら、家族やご近所に頼るようですね。

私の妻が運転できないので巡回バスを使いますが、平日の日中は乗客はせいぜい3人だそうです。
統計的な資料がないので私が直接触れる範囲だけの話ですが。

すでにこんな状態なので、公共交通の充実で恩恵を受ける人はごく限られています。
地方になればなるほど高速無料化を歓迎するのではないでしょうか。通勤や買い物に高速を使うくらいですから(いつもではないですが)。
観光客の増加による税収アップも期待できますし。

ご提示いただいた資料は、計算前提が「都市間長距離交通の旅客」となっており、その地で生活する市民のデータではないと思います。日経の論評は立ち位置がアレですので鵜呑みにはしがたいです。
この資料だけでは「高速無料化=愚策」とまでは思えません。

なお、公共交通の充実は私自身は賛成ですが、ここまで人口が散在していると現実にはきわめて非効率で、費用対効果の点で縮小はいたしかたない、とも思っています(地方の税収減は深刻です。病院も消滅の危機ですから)。

2009.09.03 19:08 Urbanfox



久しぶりにお邪魔致します。

なぜ、高速無料化をする必要があるのか?
そこまでしてくれなくとも構わないと私も
思っていましたが、今ではやってみるのも
イイかなと考えてます。

北東北という田舎に住んでいますが、高速
道路が無料化されようがされまいが、既に
駅前商店街は瀕死状態です。無料化されなく
とも、高速道路があるだけで旧市街地は衰
退する運命にあり、旧市街地の保護のために
は、もっと別な手当てが必要です。

公共交通網の衰退の恐れは、確かにあるでし
ょう。しかし、競合するのは新幹線や飛行機
など長距離移動の公共交通であって、高齢者
が近所に買い物に行けなくなるという大袈裟なものでもないでしょう。二酸化炭素増加の
懸念は確かにありますネ。

では、なぜ私が無料化賛成に変わったかとい
えば、無料化のもたらす物流コスト低減が地
方への企業誘致や産業発展にはずみをつける
のではないかと期待するからです。

sweden1901さんも指摘するように、無料化は
「人口シフト」を発生させるだけのインパク
トのある政策ではないでしょうか?

長期的にみると高速無料化が東京一極集中を
是正し、疲弊しきった地方を活性化させ、東
京など大都市部のヒートアイランド現象をも
緩和するという可能性に賭けてみたい。

根拠のない楽観論ではありますが・・・。

2009.09.03 19:16 aranjuez



あと、交通弱者ということで言えば、バス停まで歩けない人はどうするのですか?
我が家は徒歩10分ですが、区画の一番奥からは坂道を20分です。健康な若年者で。

「タクシー代を助成する」としたら、かえってバスは要らなくなってしまいませんか?

加えて、農家の人は高齢でも耕作機械を運転します。なので同じように車も運転します(出来ると思っているようです)。
体力が落ちたからと隠居できるほど収入に余裕もありません。体力が落ちたからこそ耕作機械が欠かせません。

「老いたから公共交通機関」はやっぱり都市住民の生活パターンだと思います。

2009.09.03 19:54 Urbanfox



25さん

>中間マージンに群がる天下り何とやら関連団体に他なりません。
>無料になるとおいしいところとられるので、
>反対意見で存在示しているだけにしか見えません。

貴殿はお仕事柄、その辺りの事情にはお詳しそうですね。
もう少しご教示いただけると参考になるのですが。

環境自治体会議環境政策研究所については、
母体の環境自治体会議ですが、
役員・スタッフは会員自治体の市長たちが名を連ねていますね。
ただ、事務局長は須田春海さんという市民団体の方ですし、
中央官庁からの天下りの人事もなさそうです。
この組織の所在地も市民運動全国センター内となっています。
付属の環境政策研究所もメンバー構成を見ますと、
http://www.colgei.org/
こうなっています。
ここもいわゆるテクノクラートや天下り、産業界、
道路関連会社からの人事はなさそうです。
また母体の運営目的も、環境政策、環境事業の推進、
環境情報のネットワーク作り
とありまして、道路とは関係がなさそうです。

もう一つの、
環境エネルギー政策研究所についてですが、
ここに運営スタッフ一覧があります。

http://www.isep.or.jp/isep.html

原子力資料情報室(高木仁三郎氏が設立した反原発団体です)の代表や、
生協の代表、市民運動の代表という
顔ぶれが理事や監事に入っていまして、
ここもテクノクラートや天下り官僚、産業界、
道路関連会社からの人事もなさそうです。
政府や産業界からは距離を置いている団体であることは、
この団体の目的や役員の顔ぶれを見ればわかりますでしょう。
http://www.isep.or.jp/isep.html#gaiyo

環境問題、省エネ、地球温暖化、風車、太陽光発電などに関する研究、提言を
する団体であって、道路とは関係が無いNPO研究所です。

このようなNPO研究所が、
本当に“中間マージンに群がる天下り何とやら関連団体”に他ならない
のでしょうか?

その前の貴殿の投稿では、
>今の料金徴収システムでは仲介者がいて、
>これが償還や維持サービス・道路構築等に
>関して差配できるようになっている
>差配するって事は隠れたマージンを受け取るって事。

こうお書きになっておられますが、
いったいどのような仕組みで、
上記のNPO研究所が、そのような仲介役を担っているのでしょうか?
どのようにマージンを受け取っているのでしょうか?

2009.09.03 20:56 フリスキー



フリスキー殿

天下り団体ではなく”天下り・か・ん・れ・ん・団体”
つまり天下り団体が存在するからこそ、そこの業務施行において諸手賛成データを作成したり、一部改善提言を行ったりする団体のことです。いわゆる天下り団体の下請け・孫請けみたいなものですよ。
団体の施策がなければ、提言のしようがありませんから・・・団体のためだけに生きていると言っても過言ではない。

”中間マージン”とは、猪瀬がこれ見よがしに見せかけだけの努力をおっぴろげてバックアップした、数百?に上る関連団体のこと。

国交省の関連団体”建△弘○会”なんて、仕事ほとんどしていません。おじちゃんやおばちゃんが新聞広げるか、餅焼きして、一日過ごしています。書籍の販売窓口だけは仕事しているのかな?
価格調査とか請け負った業務は下請け・孫請けに○投げです。この○投げに群がるのも中間マージンの一つですね。

NPO何とやらでも補助金とか優遇税制もらっていませんか?
純粋に奉仕精神のみなら、補助金なんてもらいません。寄付・募金でしょ。

2009.09.03 22:07 25



高速有料と暫定税率の根拠になっているのは、端的に言うと『東京の道路の利便性を全国に広める』というのが大義名分ではないでしょうか?


素人考えでも『そんな金あるなら、年金や医療費に回してくれよ。』と誰もが実感しているのではないでしょうか。


環境対策を本気で考えるなら、いずれ、環境税を導入しなければならないでしょう。

小泉改革でガタガタになった国力を回復されるには、国民の所得が増やすことや せめて医療・介護・教育くらいはユニバーサルサービスを維持できるくらいの財政措置は最優先でする必要があります。

高速道路の無料化は環境対策からは矛盾するかもしれませんが、無視してでも、 国民の手取収入を増やす手段は断行しなければいけない時期
だと考えてしまいます。

2009.09.03 22:14 葉隠


(↓続く)
衆院選が終わって、私自身はまだ完全放電状態で、しばらく充電の時間が要りそうだが、8月31日付エントリ「衆議院選挙で民主党圧勝 ろくな議員が残らなかった自民党」のコメント欄では、高速道路無料化問題に関して、当ブログにコメントを下さる人同士での活発な議論が交わされているので、今日はこれに一切の論評を加えず、そのまま紹介したいと思う。なぜこんなお節介をするかというと、ブログの読者でもコメント欄にまで注意深く見てくださる方はごく少数であることを、3年間ブログを管理した経験から熟知しているからである。それではいただいたコメントを以下に投稿時刻順に紹介する。なお、高速道路無料化に関連しないコメントは割愛したが、ご了承願いたい。


(前略)
朝日は、「小沢支配」、「高速無料化・子供手当は民意に反している」などという切り口で早速、民主党の足を引っ張ってますよ。
どうしても、一般庶民に金を還元したくないんでしょうね。
高速といったって、一般道と別会計にするから「採算」云々が気になるので、もう作ってしまった国有インフラと考えれば、無料化して物流コスト削減に少しでも貢献してもらえばいいわけです。瀬戸内海の3本の大橋なんか、いつもガラガラなのはそれこそ無駄でしょう。
CO2増加というのも根拠はあいまいでしょう。一般道は代わりに空くわけですし、信号待ちのアイドリングがその分減るわけですから。一般道の長距離トラックなどが減れば、他の有害排気物質や、騒音公害なども緩和されるでしょうし。
共産や社民が反対するのは全く解せませんね。そういうところが、私がこの両党を評価できないところなのです。

2009.09.01 13:13 cube



私も高速道路無料化には疑問を感じます。

これについて、日経エコロミーの連載コラム「飯田哲也のエネルギー・フロネシスを求めて」の最新記事
「各党マニフェストを読む――総選挙後の環境エネルギー政策の行方<下>」
http://eco.nikkei.co.jp/column/iida/article.aspx?id=MMECcm001024082009の第2章「3周遅れvs周回遅れの高速道路無料化」http://eco.nikkei.co.jp/column/iida/article.aspx?id=MMECcm001024082009&page=2が納得いく反対理由を述べています。
結びの部分を転載します。

>高速道路を造り続ける料金プール制や民営化はもちろん見直すべきだが、有料制は堅持すべきである。ただし、それは「高速道路を造り続けるため」ではなく、温暖化を抑制し、公共交通を発達させ、地域社会を豊かにするための、まったく新しい料金体系として見直せばよい。たとえば料金の一部を地方の財源として組み入れ、地域社会をコンパクトシティに誘導するために、トラムや自転車道整備などの公共投資や、公共交通を拡充し安くするための経済支援に用いるといったことを考えてもよいのではないか。

尚、今回の飯田氏の記事は、環境問題だけでなく価値観や選挙制度の見直し(「2項対立」から「複雑系の熟慮政治」へ)まで及んでおり、全てにとても共感できるものでした。

2009.09.01 14:12 ぽむ



高速無料化すると、公共交通が衰退するという因果関係も?ですね。
瀬戸内のフェリーなど、淘汰される分野もあるでしょうが、逆に、高速バス網が安く、豊富になれば、マイカーを使わなくなるとかもありうるでしょう。
それから、無料化と、いくらかでも有料にするのとは料金所、検問所設置が交通渋滞要因になり、大きな差があります。
私は、作ってしまったインフラは出来る限り無料で開放し、使い尽くすことが一番経済的に合理的だと思いますね。

2009.09.01 14:56 cube



cubeさん

>瀬戸内のフェリーなど、淘汰される分野もあるでしょうが、
>逆に、高速バス網が安く、豊富になれば、
>マイカーを使わなくなるとかもありうるでしょう。

フェリーに限らず、鉄道網への影響も懸念されます。
特に地方在来線のように採算は取れていなくても、地域住民にとっての
不可欠の足となっているのですから、高速道路無料化によって鉄道利用客減による
事業縮小になった場合、
お年寄りなどの(とくに地方などご老人だらけ)交通弱者にとっての
痛手となります。
高速道路無料化によって恩恵を受けるのは、流通業界などを初めとする
産業界と、自動車ユーザーであって、自動車を利用していない、
自動車を利用できない人たちにとっては上記のようなデメリットが考えられます。
うちの実家の老親を見ていても分かりますが、買い物でも旅行でも
どこに行くにも自動車を使っていた親父が、70過ぎて体や運動神経が衰えるに従い、
遠距離運転が難しくなり、徐々に車に乗る回数が減り、鉄道への依存度が増しています。
高速バスを利用するにせよ、そのターミナルに行くまでは鉄道を使いますしね。
鉄道に取って代わるだけの高速バス網を充実させようと思ったら、
それこそ高速道路網が現状ではとても足りず、拡充に追われるでしょうね。
まさか通行料を無料化しつつ、新たな高速道路の建設を続けろとでもおっしゃるわけでも
ありますまい。
cubeさんの議論は、車社会を前提とした主張で、交通弱者への配慮が
まったく感じられないのですがいかがでしょう。
cubeさんはおそらく都市部にお住まいで、地方の必ずしも公共交通の
発達していないところに住む高齢者所帯、低所得層など、車に乗れない、
車に乗らない人たちのことを
あまり念頭に置かれていないのでは?

>朝日は、「小沢支配」、「高速無料化・子供手当は民意に反している」など
>という切り口で早速、民主党の足を引っ張ってますよ。

高速道路無料化は、各種世論調査でも否定的な意見が多数派です。
朝日の社説も、政策実行の優先順位を明確にせよという主張の元で、
この政策についても柔軟に見直すべきと言っているだけです。

まさかcubeさんは、300議席を超える大与党の政策なんだから、
“マスゴミ”は足を引っ張るようなことを言うなとでもおっしゃるのですか?

2009.09.01 15:47 フリスキー



>高速無料化すると、公共交通が衰退するという因果関係も?ですね。

これは、既に実施されている自民党の「高速道路週末1000円」で実証済みではないでしょうか。

CO2についても飯田氏が記事中で紹介している非営利シンクタンク環境自治体会議・環境政策研究会による分析「高速道路無料化・暫定税率廃止に起因する環境・社会影響」http://sltc.jp/file/2009/08/20090810_kosokumuryo.pdfによればCO2排出量が少なくとも年間980万トン増加、しかも、この報告は、都市間交通など長距離交通への影響のみを集計したものなので、国内全体では、 2~3倍に拡大する可能性があり、加えて公共交通手段の崩壊を招くことになれば、その分のCO2排出量の増加につながる可能性ありとなっています。

自民党政権は、公共土木工事に巨額の予算をつぎ込んできました。その中で特に優遇したのが自動車産業及び道路行政でした。新政権に求めたいのは自動車優遇政策を引き継ぐことではなく自動車がなくても暮らせる生活環境をつくることです。
飯田氏は「高速道路有料の現状は、皮肉にも「3周遅れ」のシステムが日本にもたらしてくれた未来型のシステムと考えるべきだ。」とも述べています。「欧米では高速料金無料化は当たり前。日本は遅れている」とは賛成者がよく言うことですが、環境重視の現在、むしろ「日本の有料システムこそ最先端」という考え方もできるのでは?
新自由主義にせよ二大政党制にせよ先をいった欧米で疑問の声が上がり始めているものをにわざわざ「欧米並みに」と追いかける愚行をくりかえすのはいいかげんにしたいものです。

とは言え、地域や各道路によって事情は異なるでしょうから、一律に無料化はだめとは言えない面もあるかもしれません。社民・共産にしてもやみくもに反対と言っているわけではなく、昨夜のNHKでも共産・市田氏は「優先順位で考えたら高速道路料金の軽減よりも福祉や教育なのではないか」と言ってましたが、これはもっともだと思います。

2009.09.01 16:44 ぽむ



高速道路の無料化には私は原則賛成派です。

理由としては…
1、道路利権を根絶できること
2、景気対策としては、定額給付金より様々な波及効果が見込めること。

3、今や生活の必需品たる自動車に関する過重な税制に対する見直しが期待できることです。
4、比較的短期間に政策効果が出ること。

鳩山新政権には、世論の圧倒的な支持を受けて誕生する以上、政権公約の根幹を見直すことは自殺行為と言えます。

様々な問題があると思いますが、『政権公約を反故にした』烙印を押されるよりは実行された方が日本にとっては良い結果になると考えます。

2009.09.01 18:15 葉隠



現代は、自動車は必需品とよく言われますね。
データを見ても、今や自動車の世帯保有率は約8割に達しています。
しかし、以下のURLのデータをご覧になってみてください。

http://www.jama.or.jp/lib/jamareport/100/01.html

所得階層別乗用車保有率を見ますと、低所得層では5割弱です。

また、ライフステージ別乗用車保有率を見ますと、
高 齢 期 = 子は(すべて)結婚して別居している世帯、
または子どもがいないか、単身で55歳以上の世帯 では、
微増してはいますが6割となっています。
ここでの高齢期の定義は55歳以上と低めに取っているので、
おそらく70代、80代となるとぐっと少なくなることは
間違いないでしょう。

これら、低所得層、高齢所帯にとって、
半数近い割合で自動車を持っていないのですから、
“今や自動車は必需品”という大前提の下での交通政策は、
弱者切捨ての発想になりかねません。
私が先の投稿で想定した高速道路無料化に伴うデメリットについて、
まずそれをかぶる人たちというのが、どういう地域の
どういう階層に多く発生するか
を考えてみる必要があると思います。

ぽむさんが以下のようにおっしゃっていますが、

>新政権に求めたいのは自動車優遇政策を引き継ぐことではなく
>自動車がなくても暮らせる生活環境をつくることです。

>飯田氏は「高速道路有料の現状は、皮肉にも「3周遅れ」の
>システムが日本にもたらしてくれた未来型のシステムと考えるべきだ。」
>とも述べています。「欧米では高速料金無料化は当たり前。日本は遅れている」とは
>賛成者がよく言うことですが、環境重視の現在、
>むしろ「日本の有料システムこそ最先端」という考え方もできるのでは?


この点は、大いに賛成ですね。
日本をアメリカのような自動車社会にする必要もないでしょう。
そもそもが地理的、文化的条件が全然違うのですから。
世界に冠たる日本の鉄道網を衰退させる必要性がどこにあるんでしょうかね。

2009.09.01 19:33 フリスキー



「3周遅れの日本が結果として未来型だった」というのは、ほとんどの人に納得できる話ではないでしょう。とにかく、一度、追いついてみなければ。
ましてや、CO2削減の音頭をとっている欧米が、高速無料ないし、はるかに低料金なのですから。
公共交通手段振興については、高速料金ではなく、ガソリン税にその補助金分を上乗せするとか、別に考えるべきでしょうね。これは道路建設のための「暫定税率」でなく、欧州と同レベルの料金にあわせるとか説得すれば、受け入れられるかもしれません。
まずは景気対策・内需拡大への潤滑油として物流コストを減らすことだと思いますね。

2009.09.01 20:33 cube



とりあえず高速の無料化或いは暫定税率の廃止は公的な「約束」です。
これを無意味に継続していた自民は許せませんし、国民的な合意も得ず、他に流用しようというのも反則でしょう。
新しい経費が必要であれば、充分な議論を経て別途新設すべきです。

地方の公共交通機関の衰退と言いますが、既に衰退しきっているという感があり、あてに出来ません。
高止まりしているガソリン税、自動車税などが、マジョリティとしての地方民の生活を圧迫し、貧困層の足を奪っているのでは。
自動車利用の利便性が向上することはプラスですし、そこをマイナスさせて公共交通へ強引にシフトさせるのは本末転倒です。
鉄道その他の振興策が要るのであれば、それは別途考慮すべきなのでは。

2009.09.01 22:21 Gl17


(↓続く)
昨日の当ブログには、一昨年に二度『きっこの日記』からリンクを張っていただいた時を除いて最多となる8323件のアクセスをいただいた。政権交代前夜に、大接戦となった静岡県知事選の結果が全国的な関心を集めた現れだと思うが、地元・静岡県在住のtamukoさんからコメントをいただいたので紹介する。

こんにちは。静岡県民です。
今回の知事選は、あまりにもあからさまなマスコミによる誘導にあきれつつ苦笑しながら眺めていました。
ほかの都道府県でどのような報道をされていたのかは知りませんが、こと県内に限っては、坂本と川勝しか候補者がいないかのような扱いに終始し、海野、平野両氏の名前は、報道のいちばん最後に
「なお、知事選にはこのほか海野徹氏、平野定義氏も出馬を表明しています」
と付け足すのみ。
海野なんて石川が辞める前から出ることを決めていたのにね。

いままでも政治報道の不公平はひどかったですが、ここ数年は輪をかけてひどくなっています。
真に公平な選挙なんて不可能なのはわかっていますが、それでもできるだけそこに近づくような仕組みを作っていかないと。
もう僕は、候補者の氏名性別年齢以外はニュースで報道してはならない、それ以外のことは選挙公報のみで公表すること、というくらい極端にしないとダメなような気がしています。
それ以外で候補者について知りたいことがあるなら有権者が自分で調べろ、と。

すいません。あんまりひどい報道が続いたんで、つい不満を吐き出してしまいました。
それでは失礼します。

2009.07.06 19:49 tamuko


tamukoさんお尋ねの、静岡県外での報道だが、他地方在住者が全国紙で読んだ記事から判断する限り、坂本由紀子氏と川勝平太氏しか候補者がいないかのような報道は、全国的なものだったと思う。7月6日付の毎日新聞社説が典型だろう。この社説は、

「自民・公明対民主」という次期衆院選の対決構図を念頭におきながら投票した有権者が多かったのではなかろうか。

などと書いているが、マスコミがそうなるように誘導したというべきだと思う。

この選挙が、オール与党対共産党という構図だったなら、共産党候補(今回の場合は平野定義氏)の得票が、当選圏に迫るとまではいかなくとも、かなり伸びただろうと思う。「自民党(自公)でなければ誰でも良い」というのが現在の民意なのだ。今回は、無党派層のかなりの部分が、坂本、川勝両候補をよしとせず、海野徹氏に投票したほか、共産党支持層の一部も海野氏に流れたとの分析もどこかで見たが、川勝氏の思想信条に対する警戒感が海野氏の得票を押し上げたとも解釈できる。

当ブログに寄せられたコメントにも、川勝氏の思想信条をよしとせず、「地獄の始まりになるかもしれません」(謎のカスパール・ハウザーさん)、「民主党が勝っても実質的に政権交代は行われません」(sonicさん)などの「暗い」(by Black Jokerさん)コメントが多い。当ブログ管理人も、キーボードを打つ指の動きがどうしても鈍ってしまう。だが、指の力を振り絞って(?)sweden1901さんからいただいたコメントを最後に紹介したいと思う。

川勝氏の思想信条はとても受け入れられるものではありません。
民主党系候補として、川勝氏のような思想信条を持つ候補者が例外的存在であることを願いますが、実際はどうなのでしょうか?
次期総選挙に向けて公認が決まっている民主党新人は公募で選ばれているはずですが、実際問題としては小沢・前代表のお眼鏡にかなった人間に限られているのではないかと思います。

新人のことはほとんど調べようがありませんが、現職の議員については、思想信条はいくつかのソースから推測するとして、経済政策へのスタンスについては、日経ビジネスオンラインに掲載されている2回(昨年6月と今年1-2月)にわたるアンケート調査で、ある程度は把握することができます。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20080627/163910/
(グラフの対立軸は、規制緩和vs格差是正、大きな政府vs小さな政府)

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090309/188533/
(グラフの対立軸は、民間競争vsセーフティーネット、公共投資vs官の無駄排除)

記事全体の主張には首をかしげるものもあるのですが、ここではそれはおいておいて、次期総選挙で一気に増えることが予想される民主党新人議員がどのような傾向を示すのか。
(政権交代したとして、)民主党が掲げるマニフェストの個々の政策が実現されるか否かは、新人議員の、上記のような経済政策へのスタンスの内訳にかなり左右されるのではないかと思います。

おそらく、反貧困・反自由主義を全面的に推し進めようとする議員は残念ながら相対的に少ないでしょう。
そうだとしても、現在の自民党政権が続くよりはbetterとは思いますが、自民党と、そのような民主党との間で政権交代が続いていく限り、財界の顔ばかりを向いた政治が延々と続くことになってしまいます。

そういう未来が予想されるとしても、よりマシな方向へ引っ張るために、何をどうしたらよいのか。
簡単には答えは見つからないでしょうが、諦めてはならないと思います。

2009.07.07 00:56 sweden1901


sweden1901さんご紹介の日経ビジネスオンラインの記事は、これから読もうと思うが、ぱっと見て気づいたのは、鳩山由紀夫氏が民主党内でも特に「小さな政府」推進派に属するのに、「格差是正」にはもっとも積極的だということだ。いったいどうやって格差を是正するの?と思うのだが、「友愛」の力をもってしてだろうか。また、一部の人たちから「反党分子」呼ばわりされている前原・枝野・野田系列の人たちに、むしろさほど「小さな政府」には傾斜していない人が多いように見えた。グラフを一瞥しただけなので、そういう印象を受けたというだけにとどめておくが。

マスコミ報道にせよ、ネットの一部のグループで主流になる論調にせよ、あまりそれらに流されないようにすることが求められると思う。何より大事なのは、sweden1901さんも書かれるように、「諦めてはならない」ことだ。


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民主党代表選に関しては、明日にはもう結果が出てしまう。昨日も少し書いたが、比較的リベラルな人たちの間では、後継は菅直人が一番良かったのだが、保守同士の鳩山由紀夫と岡田克也では、世襲政治家で9条改憲論者の鳩山由紀夫より、新自由主義色が気になるものの真面目で9条改憲や集団的自衛権に否定的な岡田克也の方がよりましだとの意見が多い。一方、小沢一郎支持者の間では鳩山由紀夫の人気が高く、岡田克也は際立って不人気で、菅直人の評判もあまり良くない。小沢支持者は、小沢一郎との心理的距離の遠近が候補者の支持・不支持の判断基準になっているように私には思われる。

民主党代表選については、これ以上はもう書くことはないので、以下は当ブログにいただいたコメントを紹介したいと思う。いずれも、昨日のエントリにいただいたコメントである。基本的に、論評は差し挟まない。

まずは、shimuraさんのコメント。

民主党もとい民主党内小沢シンパへの風当たりの強い、今のマスコミの報道の偏向ぶりを考えるなら、自由闊達な弁論を交えた土日を挟む代表選は、民主党分断を狙う敵に隙を与えるだけでしょう。
自由闊達な弁論は、その中から親小沢と反小沢の対立を煽れそうなところだけを抜き出され、また何気ない言葉の綾をさも反小沢の心の表れのように記者の稚拙な妄想を付与されて報道され、期間があればあるほど、それらは「専門家」と称される人々によって拡大される。
小沢の西松事件以降のマスコミの動きを見ていれば、以上のことは容易に想像がつきます。
ただでさえ、完璧な指導者を求めるには程遠い代表選です。(もちろん小沢だって完璧からは遠いですが)官僚主導型政治及び官僚機構の改革のできる、実行性を感じさせる民主党のイメージを、これ以上マスコミによって損なわせないためにも、その隙をなるべく作らないことは大事なことです。
誰が党首になっても、民主党は割れない。結束を崩さない。
その上で次期代表は総理になり、官僚改革を確実に、冷厳に実行断行できる人物であるかどうか。
この一点のみを肝要とします。
その意味で、通産省出身の岡田は官僚を「知り過ぎて」いる。能力は高いが、官僚に対して、優秀な人間もいるのだしわかりあえる、などと情をもって改革を断行できると思っているような甘えが見える節が、私個人としては感じられる。
役人にとって官僚改革は、自分たちの生命線を切られるかどうかの大手術だ。
そこへ最初から彼らへの友和を掲げた人間が行って、果たして改革など出来ようか?
それならば、能力は低く、発言も甚だ軽く、世襲政治家の謗りも受けるだろうけれど、愚直な信念をもって一心不乱に、鳩山に次期代表をやり抜いてもらう方が、民主党による政権交代の意義、即ち官僚改革の断行が期待できる。
能力の低い鳩山が小沢に動かされるのを院政と嫌う人間も居よう。
しかし、政権交代の本筋たる官僚改革を行うにあたり、何が、どうすることが必要なのか。
その原則をこそ大事と思って各々判断していただきたい。
くれぐれもマスコミの印象操作に惑わされないためには、その大事を見極めているかどうか、そこに尽きる。
以上、長々と拙文ご容赦のほどを。

2009.05.14 09:19 shimura


続いて、風太さんのコメント。

私の岡田新党疑念について、kojitakenさんから返答をいただきありがとうございます。
私が小沢代表自体の政界再編主導はないと考えているのは、小沢代表が組合勢力を足場のひとつに置いた活動をしているからです。
今や小沢代表は大企業に支援を受ける政治家ではないのですからね。
ところが岡田副代表はともかく、彼を支える連中は、前原副代表以下、そんな組合との付き合いを絶つのをなんとも思っていない。
経済至上主義の新自由主義的発想と組合などの存在は対立する概念ですから当たり前ですか。
彼らは足元がおぼつかないくせに、いまだに風だけでも票を取れると考えているような節もあるのです。
ですからマスコミが味方についている今が、逆に民主党切捨て⇒脱皮のチャンスと睨んでいるのかもしれません。
などと勝手に想像してしまいました(苦笑)。
(考えてみれば自民党も足場ががたついていますよね、いまや自民党は公明党の学会組織の助けがないと選挙も戦えないていたらくですからね。)
ただ岡田副代表は、それ程愚かな人物とは考えてはいません。
岡田副代表が、民主党左派や他の野党を抱え込むだけの度量を持ち合わせていれば問題がないのですが、どうでしょう?

ところで小沢代表を貶める為に、マスコミがいかに下劣な事をするかの例です。
http://www.nakai-hiroshi.net/diary/
この民主党中井議員の日記に、当日の会議の模様が紹介されています。
新聞報道などでは、いかにも小沢さんが剛腕とやらで会議を仕切ったかのように描かれていますが、実態はこんなものです。
どうやら小沢さんのような変革の為には妥協をしない信念の強い政治家を、マスコミは口では改革を唱えながら本音は忌み嫌うところがあるのでしょうね。
いかにも自分らは安泰なので、改革はポーズだけで本音は何もしたくないマスコミ人の考えそうなところです。
彼らマスコミ人にとって、小沢代表はいまだに金権・剛腕政治家でなくては困るというところでしょうか。
その為のイメージ作りに必死なようです(笑)。

2009.05.14 10:02 風太


3件目は観潮楼さんのコメント。

うえすぎ氏
「いくらブログ界隈でメディア批判が出た所で奴らの増長は止まりませんよ。
メディアを喜ばせたくないからって拙速な代表選を良しとする考えは書生論にすぎませんね。
地方の声を封殺するのを良しとするなんて自民党以下ですよ。
まあ『自民党との違いは自由のない民主党』ってくらいですからw」

2009.05.14 11:23 観潮楼


読者の皆さまには、上杉隆氏の記事(下記URL)を参照されたい。
http://diamond.jp/series/uesugi/10077/

続いては、いつも辛口のBlack Jokerさんのコメント。

「小沢一郎は彼らを力ずくで抑え込もうとする。果たしてそんなものが「剛腕」の名に値するだろうか?」「民主党には、「自由闊達な議論を取り戻せ」と言いたい」
名は体を表す。自由民主党には自由があるが、民主党には自由がないのでしょう。
・・・というのは冗談ですが。小沢が「議会制民主主義」などというのは本当に滑稽ですね。強引、傲慢、独善。コイズミやイシハラやハシモトと大して変わらない。

2009.05.14 17:17 Black Joker


sweden1901さんからは、長文のコメントをいただいた。アバウトな当ブログには過分と思われるくらい、しっかりした検証がなされている。

こちらへの投稿は久々になります。
私は、特に大企業を優遇してきた小泉・竹中路線と決別すること、および官僚主導による政治から脱却するためには、民主党による政権交代が必要であると考えている者です。
特に後者(官僚主導による政治からの脱却)の実現のためには「小沢代表」のもとでの政権交代が望ましい、とする考えも理解できなくはありませんでしたが、これだけのマスコミ報道がなされれば、次期総選挙において民主党の過半数獲得が覚束なくなってくるのはある意味当然だと考えざるを得ません。(日本の有権者の民度を改めて思い知らされたとも言えます)
そして今後最も考えるべきなのは、小沢氏の代表辞任を、本人の辞任記者会見の言葉にもあるように、政権交代に「確実に」つなげるためにはどうすればよいか、ということだと思います。

中井議員のblogも目を通してみましたが、以下抜粋した部分の小沢氏の発言には首をかしげます。
ーーー以下引用ーーー
鳩山幹事長から16日土曜日、両院議員総会で現職国会議員だけで代表選出選挙を実施したいという提案があった。過去、歴代代表が中途で退任したとき規則にのっとって、両院議員総会で決めてきた。当然の提案だと聞いていたが、北澤副代表から次期衆議院の候補者、総支部長等を有権者として幅を広げるべきだと提案があった。小沢代表が手を挙げたので、僕が指名したところ、北澤さんの話とも思えない。もし、有権者を広げるというなら、規約を変えなければならない。辞めた代表のもとで規約を変える事は選挙前に突然、有権者を増やす事になって、民主主義のルールが崩れると激しい答弁があった。
ーーー引用以上ーーー

民主党の党規約
http://www.dpj.or.jp/governance/policy/index.html

の第11条は次の通り。

代表の選出は、所属国会議員、県連を通して本部に登録された党員(地方自治体議員を含む)およびサポーター、その他代表選挙規則にもとづき、役員会の議を経て常任幹事会の承認にもとづき定める有権者による選挙によって行う。代表選出のための選挙は、代表の任期が終了する年の9月に行うことを通例とする。
(中略)
任期途中で代表が欠けた場合には、代表選挙規則にもとづく選挙によらず、両院議員総会において代表を選出することができる。この場合、新たに選出された代表の任期は、欠けた代表の残任期間とする。
ーーー

国会議員による両院議員総会による代表選は、緊急避難的な意味合いがあることが分かります。
さらに、代表選挙規約
http://www.dpj.or.jp/governance/policy/senkyo_policy.html
の第4条は次の通り。

代表選挙に関して投票をすることができる者(以下「有権者」という)は、 次の各号に定める者とする。
一  党員およびサポーター
二  党籍を有する地方自治体議員
三  政党助成法にもとづく党所属国会議員(以下「所属国会議員」という)
2 常任幹事会は、両院議員総会の承認を得て、国政選挙の党公認予定候補者を所属国会議員に準ずる有権者とすることができる。
ーーー

つまり、北澤議員の提案は、規約の改正を必要とするものなどではまったくないのです。
党員、サポーターを有権者とする「本来の」代表選は相当な日数を要するため、いつ行われるか分からない解散総選挙に備えるためには、短期間で済む「両院議員総会」で代表選を行うべきだ、という理屈は理解できなくもありませんが、次期首相になる可能性を持つ民主党代表の選出方法が、たった2日の選挙運動で、有権者も民主党国会議員に限る、というのは賢明な方法とは到底考えられません。

なお小沢氏辞任以前の報道では、小沢氏が辞任した場合の後継代表としてまず上がっていたのは岡田氏でしたし、小沢氏辞任後の世論調査でも岡田氏>鳩山氏、というのはどの調査でも明らかです。世論調査の影響が一番出にくい方法、それが執行部が提案したという、「短期間の選挙運動日程」「両院議員総会」での選出は、鳩山氏を勝たせるために仕組まれたと言っても過言ではなさそうです。

そういう観点からすると、毎日新聞のこの記事
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090513k0000m010121000c.html
の後半に出ている、各議員の反対意見が汲み取られなかったのは誠に残念です。
党が分裂含みになっているようにマスコミによって扇動的に報道される、という懸念を表明している方も当エントリーコメント欄にいらっしゃいますが、それを恐れるあまり、国会議員だけでこそこそと決めてしまうのが、betterな選択なのか、非常に疑問です。

2009.05.15 01:56 sweden1901


最後はぽむさんのコメント。

小沢氏支持者たちの岡田克也氏叩きはすごいですね。私も特に支持していないけど、Kojitakenさんと同じ理由で鳩山氏よりはいいかと。
全く関係ないけど、一昨日グアム協定が成立しました。でも「リベラル・左派」のブロガーさんたちはそんな事はどうでもいいみたいですけど。

2009.05.15 02:33 ぽむ


(グアム協定については、沖縄タイムズの記事などを参照)

長くなるので全部のコメントは掲載しなかったが、コメントいただいた皆さまには厚くお礼を申し上げる。


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コイズミ率いる自民党が2005年の総選挙で圧勝したあと、コイズミ・竹中平蔵の新自由主義を批判する人たちが注目したのは、右派の関岡英之が著した『拒否できない日本』(文春新書、2004年)だった。

森田実が、この本は書店で入手が難しいと書いた。Amazonでは買えず、古本価格が3300円もするという話も聞いた。しかし、高松市中心部の百貨店の8階にある書店に行ってみたら、現物が普通に積まれていた。なんだ、ネット情報なんてあてにならないなと思って読み始めたが、本の中に当時話題になっていた耐震偽装事件の問題点を先取りして指摘しているような記述があり、興味深く読んだ。

アメリカ政府が毎年作成する「年次改革要望書」に書かれたプログラムに沿って日本の政策が決定される、という関岡の仮説は面白かったが、これはあくまで一個の仮説に過ぎず、この仮説を金科玉条にすべきでないことは言うまでもない。だが、思考が硬直した一部の(?)「リベラル・左派」はこの仮説をドグマに変えてしまった。

さらに、『拒否できない日本』ではあまり前面に出てこなかったのだが、関岡は実は平沼赳夫らに共鳴する右派民族主義者(私の用語法では「極右」)であり、講談社現代新書から出た『奪われる日本』(2006年)ではそのイデオロギーが露骨に前面に出てきた。私はこれに大いに失望し、以後関岡英之に対する懐疑派または批判派に転じた。

佐藤優が「リベラル・左派」にもてはやされているのは、関岡英之が一時「左」側からも注目を浴びたのと似た理由からだったと思うが、露骨に極右の本性をむき出しにした関岡と違って佐藤が巧妙だったのは、反ファシズムの論客を装って「左」に媚びたことだ。だが、一方で佐藤は稲田朋美や城内実ら日本会議系の人たちと同じ集会に演者として出席し、「右」に対しては国粋主義者として排外主義をアピールしているのだから、露骨な二枚舌としか言いようがない。

そんな佐藤の欺瞞を批判した、金光翔氏の「<佐藤優現象>批判」は、発表直後の2007年11月29日付の『朝日新聞』夕刊掲載の「論壇時評」で、川島真東京大学准教授によって「今月の注目論文」に挙げられた。

しかし、この論文が金氏が勤務する岩波書店の逆鱗に触れ、佐藤優に対する批判が論壇において一種のタブーになっているのは、重大な問題であると当ブログは考える。「リベラル・左派」の論者は、関岡英之の本が書店で買えないなどという大嘘を撒き散らすくらいなら、佐藤優に対する批判がタブーになっている現状をなぜ告発しないのか。「リベラル・左派論壇」のムラ社会性というか閉鎖性を痛感させる現象だと思う。関岡英之を文春が世に送り出し、赤木智弘は今はなき朝日新聞の『論座』に取り上げられてブレイクしたのに、金光翔の「<佐藤優現象>批判」は岩波書店によってなかったことにされるというのでは、「論壇」のあり方としてあまりに不健全だ。

当エントリの後半では、前のエントリ「「新自由主義」への批判と対照的な「佐藤優現象」への無批判」(12月22日付)にいただいたコメントの中から、「佐藤優現象」に関するものを紹介したい(投稿時刻順)。管理人のコメントはあえて差し挟まない。

まず、普段はあまり私と意見が合わない(笑)、秀太郎さんのコメント。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-808.html#comment4665

非知性派ラジオ「アザーサイドジャーナル」です。
佐藤優氏の件ですが、中間的な立場で見ると、インテリジェンスの世界で生きてきた人が表の世界で生き抜くにはダブルクロス的に行動しなければならないと言う、「悲哀」は感じておりました。不徳にも今回初めて知ったのですが「左派系」の人々がそれに親和性を持っていると言う貴ブログには驚きました。本来ならば「鼻で笑う」ものだと思っていましたから・・。

何故でしょうか。改憲後の「保険」をかけたと言う事なんでしょうか?それほど切羽詰って「改憲」が迫っているとは思えず景気後退ではるかに遠のいてしまった感がしていますし、田母神論文の根拠の「浅さ」を見れば余程の事が無い限り世論にはなりえないのは明白で、護憲を貫くならば「保険」をかけるより「左派内」での「佐藤批判」を以って論理の「再構築」の時間的余裕はあるはずで、佐藤氏の言う「左右共闘」の欺瞞は暴かれるべきだと感じます。

それに反する象徴的な出来事としての金氏の迫害は「岩波」のする事とは思えません。この「スルー」は左派内部の構造変化の見えない「流れ」があるように小生の愚鈍な脳は直感するのです。もちろん金氏の論文は全文読ませていただきました。その感想はさておき、どうも「岩波かどうかは分からない何者か」が「右の田母神、左の金」としてフレームアップされるのを恐れているのかも知れません。中間層からみても「佐藤氏」はウザいのです。

2008.12.23 16:40 秀太郎


続いては、山茶花さんのコメント。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-808.html#comment4666

はじめまして。金光翔氏の論文は何度か読みました。各項目、さらに深く論じれば優に1冊の本になるものだと思います。かれにはさらに批評していただきたい。残念なことに発表の場があまりないようです。

2008.12.23 17:22 山茶花


次は、たびたび当ブログで紹介しているjunkoさんのコメント。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-808.html#comment4667


12月19日の「毎日新聞」夕刊に佐藤優氏のインタビュー記事が掲載されていますね。

>田母神論文は誰もがクーデターを意識させられただろうし、元厚生次官を巡る事件は、初動の段階で『年金テロ』との見立てが言論空間に広がった。クーデターやテロが起こりかねない世の中だという不安が生じる一方で、それらによる世直しへの期待もわき起こる。二つの問題は、日本人の集合的無意識を大きく変えたと思います。
>テロやクーデターは許してはならない。

と述べて田母神氏をきびしく批判していますが、佐藤氏はこの田母神氏の論文およびその後の氏の発言内容と共通点の多い(というより、むしろ相違点を見つけだすのが難しい)アパの元谷外志雄氏の著書の推薦人となっているわけです。新聞記者ならばこの事実を知らないはずはないでしょうから、田母神氏の話題が出たからにはこの点について質問をするのが当然のこと、それが新聞の役割ではないかと思います。しかし黙って言いたいように言わせ(そうしないと、後が怖い?)、佐藤氏も自身のこの行為についてなんら釈明しないですませていられるのは、これもまた<佐藤優現象>の一側面ではないかと思います。

金光翔さんは「首都圏労働組合特設ブログ」で、岩波書店から受けた「厳重注意」に関して次のように述べています。

>岩波書店側は私に対して、私の論文「<佐藤優現象>批判」の公表により、会社は不利益を被った、と主張し、その不利益の典型例として、『週刊新潮』の記事を挙げている。私が論文を書いたから、『週刊新潮』が記事にし、それにより会社が被害を被った、というのだ。

前々から気になっていたのですが、岩波書店のこの主張はひどく不合理なものに思えます。岩波は『週刊新潮』の記事(首都圏労働組合特設ブログ「『週刊新潮』の記事について」参照)の責任は『週刊新潮』にではなく、金さんの論文の発表にあるといっているのだと思いますが、それでは、たとえば春先の映画『靖国 YASUKUNI』の上映阻止騒動の場合はどうなるのでしょう。『週刊新潮』の記事やそれに動かされたとおぼしき右翼や政治家の行動に問題はなく、製作した監督やそのスタッフに騒ぎの責任があるということになるのでしょうか? 2年前には『週刊新潮』の煽動により『週刊金曜日』主催の劇団「他言無用」による皇室劇が右翼に脅迫されたようですが、この場合も公演を行なった『金曜日』と「他言無用」が悪かったということになるのでしょうか。また2004年のイラク人質事件のさいの『週刊新潮』の記事の扱いはどうなるのか。さらに遡れば、1983年、『文藝』に掲載された桐山襲著の小説『パルチザン伝説』がやはり『週刊新潮』の煽動記事によって右翼が動きだし、出版社と著者をはげしく攻撃するという事件がありました。1983年といえば今から 25年前になりますが、このときすでに「またもや『週刊新潮』の記事をきっかけに右翼が動き出すという形で、言論弾圧が組織された。」という意見が天野恵一氏によって述べられています(「パルチザン伝説」事件(作品社1987年))。『週刊新潮』の言論弾圧雑誌としての歴史はこのように古く、筋金入りなわけです。岩波書店はそのことをよく承知しているはずで、まさかこの『パルチザン伝説』事件も著者である桐山氏のせいだとは言わないと思うのですが、どうなのでしょう。いずれにせよ「私(金さん)が論文を書いたから、『週刊新潮』が記事にし、それにより会社が被害を被った」と主張して「厳重注意」処分を下すのなら、上述の多くの『週刊新潮』が惹起したと思える事件や騒動も実は今回と同様『週刊新潮』ではなくて記事の対象者が責任を負うべき問題なのか、それともそうではなく今回の場合は異質であり特殊なのか。異質だというのならどのように異質なのかを岩波は言論を扱う雑誌社、出版社なのですから公的に明らかにしてほしいものです。
エントリーから脱線してしまいましたが、ご容赦ください。

2008.12.23 17:27 junko


最後に、観潮楼さんのコメントを紹介して、結びとしたい。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-808.html#comment4668

岩波は・・・ま、リベラル面して口封じしてたらチンピラ雑誌に叩かれるのは当然だわねと呆れましたが。
上記の『週刊現代』の連載『新聞の通信簿』では、佐藤優が非正規雇用に関する記事を評しています。
そこで「日比谷の集会を一面にもってきた『朝日』に賛同する」、「『日経』の新自由主義は相変わらず」と書いてました。
しかし、媒体に応じて書き分けや言い分けをする氏のカメレオンぶりを考えると、眉唾だなと思いますが。

2008.12.23 19:12 観潮楼



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最近は、ブログの一方の柱である新自由主義批判をほったらかしにして、田母神俊雄や城内実の批判に血道をあげている当ブログだが、それだけファシズムの再来に強い警戒心を抱いているということだ。

田母神や城内には一度たりともたぶらかされたことのない当ブログだが、佐藤優にはもののみごとにダマされた。ブログを開設するかしないかの頃に読んだ佐藤の著書『国家の罠』(新潮社、2005年)はとても面白くて示唆に満ちたものだった。この本は、魚住昭が絶賛したから読んだものだが、その魚住との共著である『ナショナリズムの迷宮』(朝日新聞社、2006年)も面白かった。しかし、その後読んだ鈴木宗男との共著である『反省 私たちはなぜ失敗したのか』(アスコム、2007年)はあまり感心しなかった。

それでも、当時の私は佐藤優に対する肯定的な評価は変えていなかった。実は、2006年の末頃、『週刊現代』において、佐藤優が安倍晋三を持ち上げている文章を読んで、一度佐藤への評価が否定的に傾きかかったのだが、直後に読んだ『ナショナリズムの迷宮』で再び評価を肯定的に変えたのである。今思えばこれがうかつだったのだが、私が最も信頼していたジャーナリストの一人である魚住昭との共著だったのが大きかった。

魚住昭は、その著書『特捜検察の闇』(文藝春秋、2001年)で、私に辺見庸の「鵺のようなファシズム」という言葉を教えてくれた人である。その魚住昭自身が佐藤優に引っかかり、「佐藤優現象」の形成に協力してしまった、というのが現時点における佐藤優と魚住昭に対する私の評価である。もちろん、私自身もブログで『ナショナリズムの迷宮』を持ち上げてしまうなどの誤りを犯した。

今日のエントリの後半では、ブログにいただいたコメントを紹介する。最近再びコメントをいただくようになった三介さんは、11月21日付エントリ「麻生内閣支持率30%に見る日本人の知性の劣化と城内実」へのコメントで、

佐藤優氏は『国家の罠』で、「ナショナリズム(排外主義)は過激なほど受け、自国の損害はよく記憶するけど、他者の痛みにはまったく無頓着」という風に定式化してる。ご本人は、ナショナリスト(排外主義)ではなく、愛国主義者(郷土愛に近い概念かな?)だとも言っている。

と書いている。

これを受けたjunkoさんのコメントを以下に紹介する。

>佐藤優氏は『国家の罠』で、「ナショナリズム(排外主義)は過激なほど受け、自国の損害はよく記憶するけど、他者の痛みにはまったく無頓着」という風に定式化してる。

上記で三介さんがおっしゃっているとおり、佐藤氏は『国家の罠』ではこのように記述しています。これを普通に読めば、過去アジア諸国に与えた日本の侵略や植民地支配の加害性を(も)念頭に置いた上での発言かな、と思えます。しかし、次(半年後)に刊行された『国家の自縛』では、聞き手の斎藤勉氏(サンケイ)が

?その韓国ですが、歴史・教科書問題での執拗さ、謝罪要求のしつこさには本当に閉口させられますね。

と語りかけたのに対し、

?そう思いますよね。ですから「斎藤さん、確かに斎藤さんと手切れの約束をしてあのとき百万円いただきました。しかし、斎藤さんとの子供が今度中学に入るんです。私立にも入れたいんであと二百万円ください」そんなふうに言ってくるような女性と一緒ですよね。

と答えています。歴史認識や教科書問題が、なぜこのような次元のたとえ話に変わってしまうのか、実に不可解なのですが、実は、佐藤氏の言論活動はそのほとんどがこのような二重性をもって構成されているように見えます。

金光翔さんは具体的例を克明にあげてさまざまな観点から<佐藤優現象>を記述・分析なさっていますが、その他たとえば憲法に関して、佐藤氏は、「筆者は護憲論を支持する。しかも現行憲法の条項には一切、改変を加えてはならないと考えるかなり硬直した護憲の立場に立つ。」(『世界』2007年5月号)と明言しながら、一方、著書や対談、講演などでさかんに軍法会議の設置を唱えていて、どうやら最近ではご本人もそのことを隠そうとはしていないように見えます。「私は、軍法会議を設置しようと強く主張しているんですよ。軍法会議を設置することによって、防衛省が自足するようなところへ持って行くという形になれば秘密も守れるじゃないですか。」(国家を斬る2007年)

なぜ軍事裁判所が必要なのかといえば、佐藤氏によると、「私は、自分の裁判でよくわかったんですけれども、司法官僚たちには外交の意味がわからない。」からだそうです。

イージス艦衝突事件の時、石破防衛相はテレビでチラッと「軍法会議がないから、こうやって隠そう隠そうとすることになる」というような発言をしたそうですね。誰もこの重大発言に注目しなかったと怒っておられるブログを2、3見ましたが、防衛相がこんなことをテレビなどで大っぴらに、しかもあんな大事故の直後に言えるのはなぜなのか。佐藤氏の言動を見ても、彼らの間ではもはや秘密にしなければならないほどのことでもないのではないかと疑いたくなります。「現行憲法の条項には一切、改変を加えてはならない」という見解はどこへ行ったのか。佐藤氏が見事なほどのダブルスタンダードの遣い手であることは間違いないでしょう。

(junkoさんのコメント=適宜改行を追加しました)


当ブログは以前にもjunkoさんのコメントを紹介したのだが、その時と同様、これはコメント欄に置いておくのはあまりにもったいないコメントだ。リベラル・左派をたぶらかす右翼論客・佐藤優の手口がわかりやすく書かれている。

CrowClawさんは、佐藤優現象にからめて城内実を批判している。これを紹介する。

はじめまして。

新しいエントリーへのコメントでも書きましたが(http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.m-kiuchi.com/2008/11/21/misogiharahe15710/)、あのエントリーが差別なのは、彼が(おそらく意図的に)観念としての「人種」と目の前の人間を混同して扱っているからです。例えどんなに悪辣な中国人が目の前にいたとしても、それが観念としての「中国人」を悪辣だと言える根拠にはならないように、観念としての「左翼」や「反日主義者」と、一人の右翼(城内氏)への批判者を混同することはできません。が、新しいエントリーで彼がやっていることはまさにその通りの行為でしょう(彼の言い方を用いるなら「レッテル張り」です)。

このように集団的な観念(国家もですが)ばかりが増幅され、社会が一人一人の人間の顔を見ようとしなくなったとき、ファシズムのような動きが活発化するのだと思います。

もちろん、こうした「レッテル張り」は右派に限った行動ではありませんから、kojitakenさんの仰られる通り、本当に危険なのは左派にすら肯定されるファシストが出てきてしまったときだと思います(金光翔氏は「佐藤優現象」をそのような動きの準備段階とみていますが、佐藤や城内程度の人物では(幸いなことに)真のファッショの担い手とはなり得ないでしょうね)。

あと、エントリー中で麻生の支持者について書かれていますが、kojitakenさんの言われるような「騙される人」は、別に愚かだから騙されているのではなくて、騙されたいから騙されているのではないでしょうか。私は性格が悪いので、そういうものに「騙される」人を「本当は無垢なのだ」とは思いません。むしろ、「騙される」人々の内面の悪辣さこそが、彼らをそのような行動に駆り立てているのではないかと思います。

よろしければ、toledさんの以下のエントリーなども参考になさってください(もう読まれているかもしれませんが)。
http://d.hatena.ne.jp/toled/20070726/1185459828

(CrowClawさんのコメント=適宜改行を追加しました)


コメント末尾でご紹介のエントリは未読だった。とても興味深いエントリのご紹介を感謝する。長いのでまだ全文は読めていないが、「はてなブックマーク」をつけておいたので、あとでゆっくり読みたいと考えている。

最後に、当ブログのエントリを読んで城内実に対する認識を新たにしてくださったブログ『てあとる☆北極』の管理人さん、もとい支配人さんのコメントを紹介する。

kojitakenさん、改めてお久です♪

うちにコメを入れて下さった時点では、私自身城内実氏について判断しかねる状態だったのですが、ご紹介して下さったエントリを読んだ時点で貴方が城内氏に辛辣な評価をなさる理由が良く判りました。

今日び、ネトウヨに阿るなど言語道断、正直、故・いかりや長助氏の定番フレーズ・「駄目だこりゃぁ」としか言いようがありませんね。

(てあとる☆北極の支配人さんのコメント)


当ブログでは、このところせっかくいただいたコメントにもほとんど答えることができずにいるが、このように時々コメントをエントリ本文で紹介することによって、せめてもの罪滅ぼしをしたいと考えている。


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6月15日付エントリ「「左派と極右の共闘」は是か非か」に、junkoさんから長文のコメントをいただいた。

数日前の記事へのコメントは、通常、ほとんど読者の目に触れることはない。それではあまりにも惜しいので、新たなエントリを起こして紹介することにした。内容は、売れっ子の論客・佐藤優に対する批判である。このコメントについて、私ごときが注釈を加える資格はないのだが、読者の便宜のために、いくつかのリンクを追加させていただいた。

kojitakenさま

以前、魚住昭氏の本に関連して、佐藤優氏に対する批判めいたコメントを書かせていただきました[1]。kojitakenさんもたしか高橋哲哉著『靖国問題』にふれていらっしゃったことがあったと思いますが[2][3]、私が最初に佐藤氏に関心を、というより疑問をもったのは、実はこの本について佐藤氏が書いた「とても同意できない高橋哲哉著『靖国問題』の罠」(『正論』2005年9月号)を読んだときでした。
 高橋氏が「靖国の論理に取り込まれないためには、家族を失って悲しいのに、嬉しいと言わないこと。自然の感情に従って十分に悲しむこと。」と提言しているのに対し、佐藤氏は、「「悲しいのに嬉しいと言わない」、「十分に悲しむこと」、この倫理基準を守ることができるのは真に意志強固な人間だけだ。悲しみを無理をしてでも喜びに変えるところから信仰は生まれるのであるし、文学も生まれるのだと思う」と反論していたのです。これに私は大変驚き、? 私どものような一般庶民に「戦死を喜べ」「国のために死ぬことを誇りとせよ」と強要しているに等しい、もしそれが言い過ぎならば、その強要まであと一歩の発言と感じられました。
?悲しみを喜びに変換することによって信仰や文学が生まれる、という発想は、私の想像と理解を超えています。たしかに靖国信仰は生まれるでしょう。喜ぶこと自体そうなのですから。でもその他にどんな信仰が生まれ得るのか。それにもまして、どんな文学が生まれるのか。実証もなしにこんなことをいうのは、単に靖国を賛美したいがための思いつきではないか、それは宗教や文学を舐めていることではないかと思ったのです。コンラッドの『闇の奥』の翻訳者であり、『闇の奥の奥』の著者である藤永茂氏(物理学者)はもう80歳を超えているはずですが、本日(6月19日)のブログに「小説を読む、文学作品を鑑賞する(appreciate)とはどういう事なのか、どういう精神的経験であるのか? コンラッドの『闇の奥』を読み返しながら、絶えず考えていますが、相変わらず、私には難問です。」「これについては、やがて、本気で書いてみるつもりです。」と述べています[4]。このような若々しく謙遜な発言に私は感動しますし、自然と尊敬の念が湧いてくるのをおぼえます。佐藤氏は信仰や文学についてご自身が大変な識見者のつもりでいるのでしょうが、上記の発言はいみじくもそうではないことを露呈していると思ったのです。
?佐藤氏は、中国人や韓国人が靖国を批判するのは、それぞれの物語があるのだから、それはそれで仕方がない。しかしロシア人やイスラエル人はそうではない(靖国を批判しない)と主張しています。彼らを靖国神社と遊就館に案内すると、「誰もが特攻機や人間魚雷「回天」の前で立ち止まり、涙を浮かべる」そうですが、このことが事実としても、ロシアやイスラエルは日本の侵略と植民地支配の当事者国ではないのですから、奇妙な論理展開だと思います。その後『国家と神とマルクス』では、高橋氏の「悲しいのに嬉しいと言わないこと」が実践できるのは選ばれた優れた人々だけだ、だから高橋さんの主張は選民思想で、左翼の「前衛」中心主義なのだ、といった見解を述べています。(荒唐無稽だと思いますが。)
この書評を読んだことで、私は佐藤氏に違和感を感じるようになったのです。これは直接的な政治ではありませんが(どちらかといえば私は政治が苦手なほうです)、広い意味では政治ですよね。戦前はともかく、戦後こういう人があちらでもこちらでも、あらゆるメディア媒体で賞賛されるというような現象はなかったと思います。新しい現象であることはたしかだと感じています。

2008.06.19 17:40 URL | junko



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3連休を利用して、以前ブログのコメント欄でおすすめをいただいたデヴィッド・ハーヴェイの 『新自由主義』 (渡辺治監訳・作品社、2007年)を読んでいる。左派系のイギリス人経済地理学者による本で、分厚いハードカバーの本なので読みにくいかと思いきや、なかなか読みやすくて面白い。だが、まだ半分くらいしか読んでいないので、今日は紹介できない。

そんなワケで、手抜きかもしれないが、「何のためにブログをやるのか」シリーズで、ここ数日続けているコメントの紹介を、今日も行いたい。

コメントをいただいた順番からは逆になるが、まず、最近ブログへのアクセス数が8万件を超えたたんぽぽさんのコメントから。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-508.html#comment2318

>ネット右翼系、リベラル・左派系を問わず、
>ポピュリズムに走りたがるブログが後を絶たない。

じつは、ずっと前から、そういう状況だったようで、
10年くらい前から問題視している人も、いたりするんですよね...
http://members.at.infoseek.co.jp/toumyoujisourin/jiten-hujioka.htm

藤岡信勝氏が話題の中心なので、「転向」批判とか、
「つくる会」批判とかに、関心が集中してしまいがちだけど、
いちばん言わんとしているのは、「ミギもヒダリもみんな、
ポピュリズムに走りたがる」だと思います。

わたしは、すごい興味を惹いたので、思わずくりかえし読んだし、
自分でも、前にこんなのを書いてみたんだけど...
(ぴんと来ないのか、あまり読んでもらえなかったりする...)
http://taraxacum.hp.infoseek.co.jp/teardrops/pseudo/planet.html

いずれにしても、1990年代でこの調子ですから、
2000年代の「郵政選挙」は、なるべくしてなったとも言えるでしょう。

(たんぽぽさんのコメント)

熱心な共産党員だった「つくる会」の藤岡信勝氏が、突如転向したあと、民青時代からの方法論を右翼運動に持ち込んで「つくる会」を大きくしていったという話だが、実は最近読んだ魚住昭の 『証言 村上正邦 我、国に裏切られようとも』 (講談社、2007年)の 「あとがきに代えて」 で、魚住昭さんが次のように指摘している。

 取材をつづけるうちにおぼろげながら見えてきたのは、「生長の家」の谷口雅春氏の思想を核にして育ってきた、村上さんをはじめとする一群の人々の姿である。
(中略)
 皮肉なことに、彼らの運動は、敗戦直後から60年安保を経て全共闘へとつづく左派の運動形態とよく似ている。特に日本会議の現事務総長である椛島有三氏らがとった、地方から中央へ攻め上る戦略は、中国革命の「農村から都市を包囲する」という毛沢東戦略の亜流と言ってもいいのではないか。

(魚住昭著 『証言 村上正邦 我、国に裏切られようとも』 (講談社、2007年)より)

魚住さんは、さらに民族派右翼の鈴木邦夫氏が、運動の方法論を左翼から学んだと述べたことを紹介したあと、ほかでもない「つくる会」の内輪もめや参院選の自民党惨敗に触れ、「(以前は)右翼運動のなかに自由があった。愛国心を疑う自由まであった」のに、今では「本当の覚悟も何もなしに、自分と国家がすぐにポンと一体になっちゃうんですよね」という前記・鈴木氏の言葉を再度紹介している。

ポピュリズムに走ると、運動はどうしても自己目的化してしまい、それが右翼運動の場合だと「自分と国家の一体化」というドグマ(教義)に縛られ、運動が硬直化するということなのだと思う。これが、右派、左派に共通する落とし穴なのだろう。魚住さんは、「自分と国家がすぐにポンと一体」化してしまうところに、右派言論への違和感を感じると書いているが、私も同感である。そして、右派言論がはまったのと同じ穴に、リベラル・左派系のブログもはまっているのではないかと、このごろ特に強く感じるようになった次第である。

次に、黒猫亭さんのコメントを紹介する。こちらには、管理人の余分な駄文は付け加えない。長いがたいへん真摯なコメントなので、是非最後までお読みいただき、読者各自で思いをいたしていただければ幸いである。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-508.html#comment2317

初めまして、何度かTBを送らせて戴いた黒猫亭と申します。kojitakenさんのブログは硬直的なスローガン一辺倒ではなく、情勢に応じて持論を身軽に修正されることもある辺りが信用出来ると思いますので、政治ネタを書く際にいつも参考にさせて戴いています。

一般人の一ブロガーの身で、必要な情報が必要なタイミングですべて入手出来るわけはないですから、新たな局面で適宜状況判断が変わるのは寧ろ当然ではないかと思いますので、どんなことが起こっても主張の内容が変わらないブログのほうが「どうなんだろう」と思うことがあります。ここ数日の、小沢や民主党を巡るご意見の揺らぎは、その意味で誠実に記事を書いておられると思えて興味深く拝読させて戴きました。

オレのブログは元々政治専門のブログではないので、こちらにコメントするのも筋違いかとも思いますが、オレが時々政治の話を書くのは過日の郵政選挙の苦い経験が忘れられないからで、言うべきことを言うべきタイミングでキチンと言うことが重要だと考えるからです。あの当時はブログを持っていませんでしたから、公的な場で意見を言わなかったというのは当然ですが、ではチャットや掲示板や現実生活の範囲内でちゃんと小泉政治に警戒すべきだという意見を発信していたかと言えば、可能な限り言葉を尽くしていなかったという反省があります。

そちらに比べるとオレのブログのアクセスなど知れたものですが、その範囲内でも伝えるべきことがあると思いますし、少ないながらオレの意見に耳を傾けようとして下さる方々に、政治については門外漢だからという理由でそれを控えるのも一人の社会人として違うんではないかなと思います。

ただ、普通一般に言う政治ブログと距離を感じるのは、オレがブログを公開する動機が合目的的な何らかの活動の為ではないからです。たとえば安倍晋三を辞任に追い込む、たとえば自民党政権を打倒する、その目的を実現する為の合目的的な言論を展開することが動機ではなく、オレという一ブロガーが、安倍晋三の政治をどう評価するのか、現在の自民党政治の何処がまずいと考えるのか、それを表明する言説を発信したい。

たとえば福田政権を打倒するという現実的な目的の為の言説においては、福田康夫に対して肯定的な評価を下すことは「不利」ですよね。だから、内心この人は割と有能でいい人なんではないかと思っていても鬼畜な悪党のように罵る。それは一種、小さな嘘を吐いていることになるんではないかと思うんですよ。福田康夫が悪い人間だからそいつのやることは悪いことなんだ、もしくはやってることが悪いことなんだから福田康夫は悪い人間なんだ、という持ち合いのロジックは、小泉純一郎は正義の味方だから構造改革は正義なんだというロジックと原理は同一で、いわば情報戦の範疇の事柄です。如何に福田政権を打倒したくても、オレという個人はその種の嘘は吐きたくないわけです。

TBPの活動も有意義だとは思いますが、ブログ言論の糾合それ自体が社会を動かして自民党政治を打倒するという青写真をリアルなものだとは思えないのですね。ブログというのはそこまで現実社会に影響力のあるツールではないと思いますが、それでも相応の影響力があるのであって、そのブログの記事を読んだ人間の現状判断に対して間違いなく大きな影響力を持っている。オレという個人は、そのような節度において自分の言説を捉えています。

kojitakenさんが仰るように、政治的言説は不特定多数の意志統一の為のスローガンと化した瞬間に正義としては胡乱なものにならざるを得ない。それは目的達成の為の規範でしかないわけですから、そのスローガンが目指す大同目的が妥当なものであるという前提においてしか成り立たないものです。だとすれば、スローガンを連呼して意見を付すという形でブログを書くことは、但し書き附きの投票用紙と同義になってしまうのではないかと思います。それが悪いということではないですが、ブログにはもう少し違う可能性があるのではないかとオレは思います。

ご紹介のあったみちるさんと同様、行き当たりバッタリに他人様に意見しても聞き入れてもらえるとは限りませんが、ブログで纏まった意見を公開することで、それを読んだ不特定多数の人間のうちの誰か一人でも意見を変えて下さるかもしれない。他人様の意見を変えるということは本当は物凄く大変なことですが、ブログにはそのような力があるのだと思います。草の根民主主義的に言えば、一人の人間が言葉によってもう一人の他人の意見を変えることが出来る、それだけでも凄いことなんではないでしょうか。

一人の人間がもう一人の人間を誠実に説得することの意義を否定したら、民主主義というのは意味がなくなると思うのですよ。そうでなければ、物凄い数の人間の意見を自由に操縦出来た小泉純一郎は物凄く偉いということになってしまいます。

おそらく、アクセス数の規模が大きなところにはその影響力なりの責任として合目的性というものが求められるのかもしれませんし、オレのところのように少ないところは少ないなりに、個としての誠実な言説を心懸けるのが相応かと思います。少なくともオレは、マジョリティを糾合する為のスピーディーなツールという側面だけを重視してブログを書いているわけではなく、有象無象の個人による床屋政談であろうとも意見を公開し得る、個が全体に対してハンディなく情報を発信し得る公正なツールとしての側面を重視して政治的な見解を書いています。

それでは、長文失礼いたしました。

(黒猫亭さんのコメント)



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ブログにいただいたコメントやトラックバックを紹介する。
現在、当ブログのコメントおよびトラックバックは承認制にしているが、かつて承認なしにしていた頃は、面白いコメントツリーがしばしば生じた。現在は、スパムや荒らしに時々遭遇するので、止むを得ず承認制にしている。

まず、植草裁判について。判決が出る前と出たあとのそれぞれ、三介さんからコメントをいただいた。

http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-473.html#comment2164

kojitakenさん、お久しぶりです。
神州の泉さんところで気付いたんですけど、
植草さんの事件「明日16日は裁判官の公正性を厳格に注視する!」
http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/2007/10/16_b33a.html#comment-15930178ですね。

従米の生贄とされ続けるか? 注目です。

耐震偽装も新たな物件が出てきたようで、

埼玉の建築士が構造計算書偽装=横浜市のマンション?50件調査へ・国交省
10月15日17時1分配信 時事通信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071015-00000074-jij-soci
「藤建事務所」「横浜市の聞き取り調査に偽装を認め」「少なくとも全国約50件の建物に関与」

国会周辺では、守屋前次官のみならず、小泉氏の喚問なんて話もちらほら。
新[旧も多かったけど]自由主義というなの対米過剰重視[タダの妄信]路線、
本間に、ポテチンできるのか?
亀田一家の話より、興味深いはずなんですけどね・・。

ではでは。

http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-476.html#comment2169

こんばんは。昨日『政治判決』があったので、
あらためて読んでみました。植草氏の主張↓。

2006.07.21
第11回「失われた5年?小泉政権・負の総決算(5)」
http://web.chokugen.jp/uekusa/2006/07/11_4e5b_1.html
『リソナの3年繰り延べ』を巡る話。
「『粉飾』の元祖がここにあったと言っても過言ではない」
「外交は「対米隷属」に終始・・世界一の強国米国に隷属しておけば安心との、自国の尊厳も独立も重視しない姿勢」批判。
「出演していたテレビ局にさまざまな圧力」
の末に、今回の冤罪事件と不当判決がある?

残念ながら、対米隷従路線を守る力は強力だと思われる。私は、前首相安倍晋三の退陣が、安倍が新自由主義路線から離れようとしたことに対してアメリカが不快感を持ったから、アメリカの工作によってスキャンダルが暴かれ、支持率が低下したのだ、などという笑止千万の陰謀論には全く与しないが(従軍慰安婦についての発言などに見られる安倍の国粋主義的発言がアメリカに不快感を与えたのは確かだと思うが)、テレビ局は、自発的に従米路線をとっているのだと考えている。今回の植草裁判についてのテレビニュースは、見る気にもならなかったので一切見ていないが、想像通りの報道がなされたようだ。

議論を呼んでいる小沢一郎の自衛隊のISAF参加論だが、トラックバックいただいた下記記事の問題意識に共感した。

AmlethMachina'sHeadoverheels より
「道具に思想も自由意志も認めちゃいけない」
http://amleth.blog119.fc2.com/blog-entry-44.html

コメント欄も含めて必読なので、是非リンク先をご参照いただきたいと思う。

なお、この件に関しては、なんといっても「編集者が見た日本と世界」の評論が秀逸だと思う。
http://matutake-n.blogspot.com/2007/10/1.html
(以下全部で9つのエントリがあります)

ブログの管理人・松竹伸幸氏は、もと共産党に籍を置いていた方のようだが、ブログの文章を見る限り、現在でも共産党とは良好な関係を保っておられるように見受けられる。しかし、その主張は凡百の左翼の群を抜いた興味深いもので、非常に高い知性が感じられる。何より、あるいは著者は関係を否定されるかもしれないが、今後の日本共産党の動向に大いに注目したくなる。これは、この問題に関心を持つ方なら必ず目を通しておくべき論考だと思う。


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