きまぐれな日々

 安倍政権の独裁がどこまで続くか見通しが得られなくなり、坂野潤治氏が言うところの「崩壊の時代」がいよいよ暗さを増してきた今日この頃だが、特に感じるのは「言論の萎縮」である。

 たとえば『週刊新潮』に30年前の下着泥棒の疑惑を書き立てられた高木毅すら、未だに大臣の座に居座っている。

 私が思い出すのは、1989年に『サンデー毎日』に女性スキャンダルを書き立てられた宇野宗佑であって、同年7月の参院選に自民党が惨敗したことだ。当時宇野のスキャンダルに国民は憤激し、内閣支持率は暴落した。それに対し、高木毅の大臣就任を含む第3次安倍内閣の改造で、呆れたことに内閣支持率は上昇している。例えば朝日新聞の調査(10/17, 18)では安倍内閣の支持率は41%であり、4割の大台を回復してしまった。

 「強きになびく」ことを行動原理としてイキがっている情けない国民も増えた。高木毅の一件を報じた朝日新聞記事についた「はてなブックマーク」を見てそう思った。以下コメントをピックアップする。

shinjukukumin 30年前、しかも捕まったとか訴えられたじゃなく週刊誌で報じられたことねえ…。「そんなこと知らん」で済ませていいんじゃないか。

anetah0 時効は国家権力が昔の罪を利用して、今不都合な人間を逮捕しないよう抑止する効果があると思うが、大衆が馬鹿なら時効が過ぎても罰を与えられるので意味無いね。

znd 30年前なら時効だし有罪なら罪は償ったのだろうし無罪ならなおのこと追求する話ではない。朝日新聞をはじめ、こんな下衆な話題で鬼の首を取ったように喜ぶ人たちは本当に情けないし、はしたない。

TakamoriTarou 現在59歳で、30年前は29歳。罪は償ってんでしょうし、はっきり言ってどうでもいい。


 上記のブックマークコメントがつけられた朝日新聞記事は下記。
 http://www.asahi.com/articles/ASHBJ3K7SHBJUTFK004.html

復興相「お答え控える」 30年前下着窃盗と週刊誌報道
2015年10月16日19時24分

 高木毅復興相は16日、週刊新潮などの週刊誌で高木氏が過去に女性の下着を盗んだことがあると報じられたことについて、記者団に首相官邸で事実関係を問われ、「今日はそういった場所ではございませんので、お答えを控えさせていただく」と述べた。

 週刊誌は、高木氏は約30年前、地元の福井県敦賀市で、当時20代女性の自宅に侵入し、下着を盗んだと報じている。記者団は「事実かどうか」とさらに質問を重ねたが、高木氏は答えなかった。

 高木氏は7日に発足した第3次安倍改造内閣で初入閣した。若松謙維・復興副大臣は16日、福島県庁で記者団に「詳しいことは聞いていないし、かなり昔の話でもある。大臣自身が、政治家として、しっかり説明するのではないか」と語った。

(朝日新聞デジタルより)


 「はてなブックマーク」のコメントに、「罪は償ってんでしょうし」とあったが、事実は、高木は逮捕も立件もされていない。原発に関する暴言で悪名高い、父の故高木孝一・元敦賀市長がもみ消しに走ったと、『週刊新潮』の続報(10月29日号)は伝えている。

 高木毅は、上記朝日新聞記事が出たあと、正式に疑惑を否定したが、最初は記事にあるようにノーコメントだった。否定しなかったということは事実であったと思われる。正直な人なんだろうなと思ったが、同時に頭の悪い人間なんだろうなとも思った。もちろん、閣僚の資質を欠いていることはいうまでもない。実は、高木毅が閣僚にふさわしい人間かどうかこそ問われるべきなのだが、その点で失格だと思うのである。とはいえ安倍晋三の程度とはしっかり釣り合っている(笑)。

 「(笑)」などと書いてしまったが、そんな安倍晋三の批判を人々にためらわせる「空気」が日本中に蔓延している事実は笑いごとではないことは当然である。下記のジュンク堂の一件などその典型例だろう。

 ジュンク堂は、私が高校生の頃、神戸・三宮センター街の地下に店舗があった頃からよく行っていた。数年前に東京に来てからは、数か月に一度ほどの頻度で池袋店に行っている(問題を引き起こしたのは渋谷店だが、東京本店は池袋店)。同店は、神田・神保町の三省堂書店本店1階の新刊コーナーにさえ「ヘイト本」やちきりんのクソ本などがこれ見よがしに置かれている今のご時世にあって、「ヘイト本」もあまり目立たない陳列がされている。いまどき良心が残っている貴重な本屋だと思っていたが、そのジュンク堂ですら「同調圧力」に負けるようになった。

 なお「SEALDs」及び世の「リベラル・左派」が「SEALDs」を無批判で礼賛する風潮に対して、私はこれまであまり書かなかったが、一定の批判を持っている。最近、白井聡だの加藤典洋だの池澤夏樹だのが「左折の改憲」を言い出しており、直近では想田和弘もその流れに乗っかってきているらしいが、改憲派の高橋源一郎(毎月の朝日新聞に載るこの人の「論壇時評」に私はいつもげんなりしている)とつるんでいる「SEALDs」は改憲派と共産党を含む従来の護憲派とのブリッジ役を果たそうとしているように見えるのである。しかしそれは「左」からの「SEALDs」批判論であり(私自身は自分を「左翼」であるとすら考えていないのだが、世間があまりにも激しく右傾化しているので、相対的に「左」になってしまっている)、「右」からの批判に萎縮して「SEALDs」の本を撤去することなど論外であることは言うまでもない。
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62回目の憲法記念日は日曜日と重なった。そういえば、22年前の憲法記念日も日曜日だった。あの日、朝日新聞阪神支局の記者が凶弾に倒れた。そして、「言論の自由」の危機は、今日さらに深まっている。

昨年には稲田朋美が映画「靖国」を検閲しようとした。映画が一般公開されたのは、昨年の憲法記念日だった。

今年はそうした話題はないが、NHKが総合テレビで帝国憲法、教育テレビで現憲法の25条が取り上げられる。そして、前者はNHKスペシャル「JAPANデビュー」の第2回なのだが、その第1回、戦前、戦中の日本の台湾統治を扱った番組が、安倍晋三、稲田朋美、町村信孝ら極右政治家や、櫻井よしこ、金美齢ら極右文化人らから「偏向」批判を受けているのだ。

放送倫理・番組向上機構(BPO)が、昭和天皇の戦争責任問題を扱った2001年のNHK番組を安倍晋三と中川昭一が改変させたとされる件について問題性を指摘する意見書を出したことは、前のエントリで書いたばかりだが(私がBPOを批判したと受け取った方もおられたようだが、それは誤読であることをおことわりしておく)、安倍は性懲りもなく、またNHKを操ろうとしているのである。

このところ再び表舞台にしゃしゃり出るようになった安倍は最近、集団的自衛権の行使を可能にする憲法9条の解釈変更を自民党のマニフェストに明記せよと吠えているそうだが、そんなことは勝手に言わせておけば良い。一昨年の参院選の二の舞になるだけだ。しかし、安倍の危険なところは、かつてのNHK番組改変問題に見られるように、権力をかさにきて言論の自由を脅かすところだ。これは、断じて許してはならない。

今朝の朝日新聞は、ここ数年の憲法記念日の中ではもっとも地味な紙面で、1面で9条と25条、社説と社会面では25条に焦点を当てていた。しかし、正直言って周回遅れのランナーみたいに見える。生存権の危機は、もちろん大きな問題だが、もう指摘されてからかなり経つ。一方、昨今話題になっているリーク報道など、言論をめぐる問題は、ここにきて重大さを増してきたように思う。

そこへの目配りを新聞に求めるのは、ないものねだりにすぎないのだろうか。

(以下追記)
昨日のエントリの末尾で少し触れた当ブログへの「脅し」ともとれるコメントの件だが、前後にいただいた関係のありそうなコメントについて情報公開しておく。最初に結論を書くと、コメント主は一種の愉快犯で投稿したものだろうと当ブログ管理人は考えている。

これまでに「一日本人」と名乗る人のコメントは計4件いただいている。最初は、4月8日付エントリ「「国連よさらば!我が代表堂々退場す」 by 坂本剛二」へのコメントで、投稿者のリモートホストIDはproxy3117.docomo.ne.jp、すなわちドコモの携帯からの投稿で、日時は4月12日14時00分である。文面は下記の通り。

タイトル:初めまして

>北朝鮮のロケットだかミサイルだから知らない…

どっちなんでしょう?我が国を恫喝、震撼させた北朝鮮に対し如何なるお考えか?
>筋金入りのタカ派、山崎拓…
山崎拓がタカ派とは笑止千万。東南アジアで意味不明なお詫びを繰り返し、国内は勿論、特亜以外の亜細亜諸国からも失笑を買ったハト以下、雀にも値しない。

>松岡洋右はかつて…安倍晋三と縁戚関係にある。

誰でも知ってます。それがどうかしましたか?説得力の欠片も無い。乏しい。

>いったい坂本剛二は、松岡洋右にでも…

逞しい立派な想像力ですね。然しながら、何処まで坂本議員に関して調べられましたか?HP位ですか?想像は勝手だが誹謗中傷甚だしい。そして、所謂「ネトウヨ」が好むような汚い文章。管理人殿も何等変わり無い。

>こんな痴呆にでも政治家が務まる日本の現状…

聊か義憤を感じる。核保有発言の背景が解らぬ程、管理人殿は馬鹿なのか?国民の生命、財産を蔑ろにしたような発言をした社民党党首は痴呆にあらずか?共産党は?民主党は?是非、北に対して話し合いとやらを持ち掛けるべきですよね?痴呆にあらざる政治家とは?そして痴呆の文字。痴呆症で苦しむ方。其れを支える家族の方々に失礼です。めったやたらに、軽々しく使う文字では無いと思いますが?これも、バカ、死ね、チョン野郎等々、匿名を良いことに相手を罵るネトウヨ等と大差ございませんね。最も、そういう馬鹿に対すべく作られたブログならば文句は有りません。

長文となり、大変失礼致しました。


なお、当ブログが用いているテンプレートの仕様により、タイトルはブログのコメント欄には表示されない。ご覧のように、「特亜」というネット右翼用語を用いている、典型的な「ネトウヨ」のコメントである。自ら「特亜」という言葉を用いながら、「痴呆」は差別用語だとか、ネトウヨと大差ないなどとわけのわからないことを書いている。

同じエントリに、追記のコメントをいただいた。
リモホIDはproxy384.docomo.ne.jp、投稿日時は4月12日14時50分。

一つ書き忘れました。
この核武装発言、管理人殿のような思考を抱く方、或はマスコミに云わせれば、「平和な日本の根源を揺るがす言語道断の発言」
ですよね?マスコミ、与党、野党、平和団体は何故に沈黙して放置するのか?
特にマスコミは、この重大発言を大々的に記事にすべきでしょう。
この議員の知名度が高い低いの問題では在りますまい。沈黙を貫く卑怯者のマスコミを叩こうじゃありませんか!!


そして3件目が問題の脅しもどきのコメントである。
リモホIDはproxy20006.docomo.ne.jp、投稿日時は4月13日19時50分。

タイトル:しつこいですが。

小林多喜二、伊丹十三、そして北野誠のようになりたくないのなら、このブログは、止めた方がよいと思います。

以上です。


これも、1件目のコメント同様、タイトルはコメント欄に表示されていない。

このコメントのあと、4本目のコメントがきた。
リモホIDはproxy3112.docomo.ne.jp、投稿日時は4月13日21時09分。

管理人殿

この度は拙者のコメントを掲載して頂きまして誠に有り難うございます。

管理人殿及び読者の方々には大変失礼ですが、このブログは所謂、閉鎖的左翼ブログとして取り上げられて居りました。

然しながら管理人殿は拙者の反論のコメントを掲載して下さりました。
大袈裟な表現ですが、敬意を表します。
拙者のコメントに対してと思われる丁寧なコメントが御座いましたので、是非論戦をと思いましたが、所謂、荒らしと思われるコメントが投稿されてますね。

>小林多喜二、伊丹十三…。
HNは同じでも拙者のコメントではありませんよ。
このような書き込みをする人間を卑怯者と云うのです。
しつこいようですが等と投稿された方。恥ずかしいと思わないのかな?
管理人殿の記事の表現には疑問を感じた次第ですが、全記事等拝見しますと勉強になる記事も多々あり、時折コメントをと思いましたが、気味が悪くてコメントなど出来ません。

失礼しました。


コメント主は「HNは同じでも拙者のコメントではありませんよ」と言うので、リモホIDを調べてみたのだが、コメントは4件ともドコモの携帯からの投稿だった。プロキシは毎回変わるので、これだけからコメント主の主張する通り、3件目のコメントのみ別人による投稿かどうかは判断できないが、私は3件目も別人の手になるものではなく、同一人物による愉快犯的な書き込みだろうと推測している。

最後のコメントで、コメント主が「時折コメントをと思いましたが、気味が悪くてコメントなど出来ません」と書いているし(つまり、今後はコメントしてこないだろうと期待される)、問題のコメントも、脅迫というにはあまりにしょぼいものだったので、今回は通報はせずブログでの情報公開にとどめておきたいと思う。

もちろん、当ブログ管理人が本当に「脅迫」と見なしたコメントが投稿された場合、断固とした対応を行うことをここに宣言しておく。


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旧日本軍による性暴力をめぐるNHKの番組が放送直前に改変されたとして、取材を受けた市民団体がNHKなどに損害賠償を求めた訴訟で、最高裁は12日、200万円の支払いをNHK側に命じた二審・東京高裁判決を破棄、市民団体の請求をすべて退ける判決を言い渡し、市民団体側の逆転敗訴が確定した。
http://www.asahi.com/national/update/0612/TKY200806120208.html

やはり最高裁、予想通りやってくれたなという感想だ。番組を改変する圧力をかけたとされる安倍晋三と中川昭一、それにNHK上層部は、この判決に大いに満足しているだろう。

最高裁判決の2日前、「放送と人権等権利に関する委員会」が二審の判決についてのNHKニュースについて、「公平・公正を欠き、放送倫理違反があった」との見解を発表したばかりだった。
http://www.asahi.com/national/update/0610/TKY200806100169.html

BRCは、高裁判決についてNHKが自分たちの解釈だけを伝え、「(番組編集への)介入が疑われた2人の政治家のコメントだけを放送した」点を、放送倫理違反と認定した。

上記朝日新聞の記事は、なぜか政治家の実名を出していないが、前述のようにもちろん安倍晋三と中川昭一である。この2人による番組改変の圧力があったことを最初に報じたのは朝日新聞であり、魚住昭が月刊「現代」でこの報道に間違いがなかったことを検証した。それにもかかわらずマスコミは、当事者の朝日新聞社を含めてこの2人を不問に付し、朝日は安倍と中川(昭)に屈服してしまった。以後、朝日の報道はすっかり腰が引けてしまい、この記事でも安倍と中川の実名さえ出せないていたらくだ。

最高裁判決について論じた13日付の朝日新聞社説も、目を覆いたくなるものだった。
http://www.asahi.com/paper/editorial20080613.html#Edit1

この点(注:安倍晋三の発言を受けてNHKが番組を改変した件)について最高裁判決は具体的に触れていない。期待権を認めないという結論を出した以上、改変理由を判断する必要はないということだろう。

(朝日新聞 2008年6月13日付社説より)


こんな他人事みたいな書き方をして、悔しくないのか、いや恥ずかしくないのか。かろうじて安倍晋三の名前を社説に明記したくらいで意地を見せたつもりでいるのか。

朝日に限らず、主要紙の社説は、編集の自由が認められた意義ばかり強調して、安倍晋三や中川昭一の発言を受けてNHKが番組を改変したことをことさらに軽視している。読売・日経・産経の保守系3紙は言うに及ばず(この3紙は安倍の名前さえ出していない)、毎日新聞社説も朝日の社説と五十歩百歩だ。朝日同様、安倍の名前は出しているが、

NHKが政治家の意向をそんたくして番組内容を変えることもあるのではないかと疑われてもやむを得ない。

などと、いかにも腰の引けた表現だ。

今回も、いちばんまともだったのは東京新聞(中日新聞)の社説だ。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2008061302000113.html

 さらに重大なのはNHK幹部の政治との関係である。完成していた番組の内容を現場の抵抗を押し切って強引に変えたのは、安倍晋三内閣官房副長官(当時)など政治家の発言に配慮したからであると高裁判決が認定し、最高裁も覆してはいない。

 番組改変問題の本質はここだ。市民団体に対し訴訟で強く主張した「編集の自由」を、政治家の前では主張しなかったのである。

 最高裁も編集権の重要性を言いながら、高裁判決が「編集権の乱用または逸脱」と戒めた政治家への弱腰には触れていない。「NHK同様、政治家に遠慮した」と勘ぐられてもしかたあるまい。

 NHKは、予算案承認の権限を握る国会議員、特に与党議員に毅然(きぜん)たる姿勢をとってこなかった。加えて、古森重隆経営委員長は特定政治家のパーティーで挨拶(あいさつ)するなど、政治との間に緊張感を維持すべき報道機関の責任者としての自覚がまったくない。

 「報道の自由」の裏表使い分けをやめなければNHKに対する国民の信頼は回復しないだろう。

(東京新聞 2008年6月13日付社説より)


このくらいは書いてもらわなければ、ジャーナリズムの名が泣く。朝日や毎日の論説の劣化ぶりを見ていると、今後右翼政治家がますます増長して、「報道の自由」の名のもとにマスメディアをプロパガンダに悪用するようになるのではないかと恐れる。

ところで、NHKに番組改変の圧力をかけた安倍と中川(昭)は、このところ当ブログが標的にしている平沼赳夫と親しい政治家だ。その平沼が結成を考えている新党に、いの一番に参加すると予想されているのが城内実である。城内については、その歴史認識を指摘した下記のようなブログ記事もある。
http://d.hatena.ne.jp/hagakurekakugo/20071202/p1

おそらく城内も、今回の最高裁判決に、安倍晋三や中川昭一同様、高笑いしていることだろう。そもそも城内はもと安倍晋三の腹心といわれた政治家だ。

城内を支持しているブロガーらは、今回の最高裁判決はスルーするのか? かつて、「木村剛さんも共謀罪反対」などと、言論の自由のためなら新自由主義者も容認する記事を書いた人間が、同様にクリティカルな性格を持つ今回の最高裁判決に沈黙するのは、ダブルスタンダードではないのか? そういうのを「知的不誠実」というのではないのか?

いわゆる「リベ平」ブログは、どこまで覚悟を持って記事を書いているのか、はなはだ疑問に感じる今日この頃である。


[参考記事]

「きまぐれな日々」より
「安倍晋三らの圧力によるNHK番組改変問題関連資料」
(2007年2月3日、東京高裁の二審判決直後の記事)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-244.html


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大地実さんから、表記集会の参加呼びかけがあったので紹介します。
趣旨に賛同します。私自身は参加できないと思いますが、できるだけ多くの方の参加をお願いします。

以下、大地実さんのメッセージの転記です。

     *   *   *

 首題の件の集会4月27日に開催する事になりました。

 ぜひ、ブロガーのみなさんにも同集会への参加を呼びかけていただけましたら、幸いです。

 極悪犯罪を防止するために、恥知らずで悪逆非道なる右翼のテロ事件の背後関係の徹底的な追求を強く要求しよう!!!


「民主主義を封殺するあらゆる暴力を許すな!
  長崎市長銃殺事件抗議 4・27集会」

日時:4月27日(金)午後6時30分開会(6時開場)
会場:総評会館2階203会議室
   (東京メトロ千代田線新御茶ノ水駅、B3出口すぐ
    丸の内線淡路町駅、都営地下鉄新宿線小川町駅から3?5分)
発言:呼びかけ人からの発言
参加費:500円
主催: 集会実行委員会

呼びかけ人:石坂啓(漫画家)、上原公子(国立市長)、内田雅敏(弁護士)、小倉利丸(ピープルズプラン研究所共同代表)、鎌田慧(ルポライター)、きくちゆみ(グローバルピースキャンペーン発起人)、斎藤貴男(ジャーナリスト)、佐高信(評論家)、高田健(許すな!憲法改悪・市民連絡会)、富山洋子(日本消費者連盟代表)、西川重則(平和遺族会全国連絡会代表)、福山真劫(平和フォーラム事務局長)、森田ユリ(エンパワメント・センター)

 ※呼びかけ人は、とりあえず連絡がとれた方々です。基本的には、昨年の加藤代議士実家放火事件に関する共同アピールの運動を継承しています。

連絡先
03?5289?8222(平和フォーラム)
03?3221?4668(許すな!憲法改悪市民連絡会)
090?2302?4908(白石)
FAX:03?5289?8223


共同アピール 伊藤一長長崎市長銃殺事件

民主主義を銃撃するあらゆるテロを許すな!

 長崎市長が撃たれた。
 17日午後7時50分ごろ、伊藤一長長崎市長は選挙遊説からの帰り、選挙カーを降り事務所に向かう途中だった。市長は背後から暴漢に2発の銃弾を受け病院に搬送された。医師たちの懸命の治療も虚しく翌18日未明、核廃絶をたたかい続けた伊藤市長は帰らぬ人となった。
 私たちは核廃絶と平和運動の道半ばにして斃れた氏の無念を思う。心痛の極みにあるご家族には、おかけする言葉すらも今はない。氏のご冥福を心からお祈りする。
 その場で逮捕された実行犯、城尾哲弥の凶行の動機は私怨とも報道されている。しかし市政にたいする不満であることにはまちがいはない。政治家が政治活動のさ中に、衆人環視の路上で命を奪われたのだ。民主主義の最大の行為である選挙を銃撃したこの蛮行に私たちは満腔の怒りをもって断言する。
 民主主義を殺すな。
 長崎市で市長が撃たれたのは、これで二度目となった。昨年は加藤紘一元自民党幹事長宅が右翼によって放火された。その前には朝日新聞の阪神支局が銃撃され記者が殺された。この国に民主主義を脅かすテロが横行している。これを憂慮しつつ座視してはならない。それは、民主主義を踏みにじろうとする者たちに手を貸す結果にしかならないからだ。
 いまこそ精一杯の声をあげよう。
 みなが一人ひとり勇気をもって声をあげ、抗議の嵐を巻き起こそう。
  民主主義を封殺するあらゆるテロを許すな!


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17日に起きた暴力団員による伊藤一長(いとう・いっちょう)長崎市長射殺事件の謎は、深まる一方だ。

当初からずっと、マスコミは「犯人(山口組系水心会会長代行・城尾哲弥)の個人的恨みによる犯行」だとしている。
たとえば、下記朝日新聞の記事がその例だ。
http://www.asahi.com/special/070417a/SEB200704180035.html
(リンクが切れている場合は、下記まで)

この記事には、『県警は、動機に暴力団の組織的な背景はなく、同容疑者が市の対応に個人的な恨みを募らせて市長を狙ったとの見方を強めている。』 と書かれている。

しかし、上記朝日の記事より新しい、4月20日付の四国新聞によると、『城尾容疑者と市のトラブルは市長に報告させておらず、市幹部や市長の親族らは「(市長は容疑者と)面識はなく、個人的な恨みを持たれるはずはない」と証言している。』とのことだ。報道初期の段階で、マスコミがミスリードしたのではないかと、私は疑っている。

時事通信は、城尾容疑者と30年来のつき合いという松尾千秋弁護士の談話を報じている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070418-00000079-jij-soci
(リンクが切れている場合は下記まで)

ところが、この松尾という弁護士は、「日本会議」の長崎副会長で、「新しい歴史教科書をつくる会」の長崎県支部長なのだ。「日本会議」とは、加藤紘一代議士(自民党)の定義によれば、「日本最大規模の保守主義・民族主義系の政治・言論団体」(『テロルの真犯人』 169頁)とのことで、ひらたくいえば日本最大の右翼言論団体である。
下記URLのリンク先を見ていただければわかるが、石原慎太郎は日本会議の中央役員に名を連ねているし、安倍晋三は「日本会議国会議員懇談会」の副会長を務めている。安倍内閣は、「日本会議内閣」といえるとよく指摘される。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%FC%CB%DC%B2%F1%B5%C4

こう見てくると、最初に引用した朝日新聞が書いた「組織的背景はなく」というのが信じられなくなってくる。二番目に引用した四国新聞の記事の見出しは、「市長射殺に共犯者か」となっており、日本会議の関与はともかくとしても、かなりの程度、暴力団が組織的にかかわった犯行だったのではないかという疑いが濃厚だ。

ところで、『カナダde日本語』 経由で知ったのだが、犯人が所属していた暴力団・山口組系水心会は、ナント安倍晋三の非公式後援会として一部では有名な 「安晋会」 と関係があるのではないかとのことだ。これは、山岡俊介氏の「アクセス・ジャーナル」(4月19日)発の情報とのことで、山岡氏は、「週刊ポスト」 4月13日号の記事 『安倍首相秘書を襲った「右翼糾弾」に「複雑骨折」の暗部』 を元に取材し、「水心会」の名を記事中で挙げているのだそうだが、このサイトは有料であり、私は登録していないのでそれ以上の情報はわからない。「週刊ポスト」の現物は持っているが、同誌の記事中には「水心会」の名前は出てこない。

いくらなんでも、安倍晋三自身が長崎市長射殺事件に絡んでいたとまでは私も思わないが、伊藤市長を死に至らしめたものは何かということに関して、編集者・原田奈翁雄(はらだ・なおお)さんの評論文が 「四国新聞」(4月20日付) に掲載されているので、抜粋して紹介する。原田さんは1927年生まれ、筑摩書房で「展望」の編集長を務め、1980年には径書房を創業、95年に退職した。1989年には、「長崎市長への7300通の手紙」 を出版した。


長崎市長射殺事件の意味 憲法破り続けた結果 言論死守へ不断の対決を (編集者 原田奈翁雄)

(前略) 90年1月、本島市長は右翼の銃撃を受けて重傷を負った。
 事件は大きな衝撃だった。なんとか一命を、と祈った。だが、言論の自由とテロはせめぎ合いである。言論を守るためには、暴力と不断の対決を続けていくしかない。
 それから17年、いくつものテロが重なり、事態はさらに悪化しているといえる。それは、この間、日本国憲法第九条を立法、行政、司法が破り続けてきた事実と並行している。
 被爆の町の首長に対する度重なるテロ。私たちはどこかでいまだに暴力の効用を信じ、認めているのではないだろうか。米国は9・11テロに対して最大の暴力である戦争をもって応え、当時の日本の小泉首相は進んでそれを支持、自衛隊の派遣にまで至ったのである。
 戦争を容認する社会は暴力を容認している。そして、戦争を発動し得る者は政治権力以外には決してない。世界中の政府が交戦権を持つ限り、この地上からテロリズムを絶つことはできない。憲法九条だけが軍備の保有、政府の交戦権を認めず、戦争根絶の具体的な道を明確に示している。
(中略)
 核廃絶を強く求め続けた伊藤一長市長の良識と勇気に深い敬意と共感を抱いてきた私たちは、その死を心から悼みつつ、彼の、そして長崎、広島をはじめ、すべての戦争犠牲者たちの遺志を何としてでも実現する道を一歩一歩、歩もうとしているのである。あなたにも、ぜひともに歩んでいただきたい、と切望する。

(2007年4月20日付「四国新聞」より)

加藤紘一は、テロルの真犯人は「根無し草的に漂う現代人の心の隙間にこそ潜んでいる」と書いたが(『テロルの真犯人』 238頁)、そこまでしか書けないあたりが、自民党の政治家である加藤の限界だろう。

私ならこう書く。テロルの真犯人は、安倍晋三であり、小泉純一郎であり、石原慎太郎である。そして、彼らを支持する国民は、テロを支援しているも同然だ。むろん、彼らを打倒することのできない反対勢力(私も含む)にも重大な責任があると思う。


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これは、断じて私怨による犯行などではない。

今回の伊藤一長(いとう・いっちょう)長崎市長へのテロのニュースに接した時、30歳前後以上の人であれば誰しも、1990年1月に起きた本島等長崎市長(当時)に対する銃撃事件を想起したはずだ。

その本島さんは、もともとは自民党の県連幹部も務めた保守政治家であり、昭和天皇の戦争責任に言及する以前には、他の多くの政治家たちと同様、右翼や暴力団とのつき合いもあったとされている。しかし、長崎市長という立場や、クリスチャンとしての自らの信念が、あの13文字、「天皇に戦争責任はあると思う」を言わせたのだと思う。この一言が、当時60代後半の本島さんの人生を変えた。本島さんは、連日の右翼の街宣による激しい攻撃を受けても、自らの言葉を撤回することはなかった。そして、右翼の攻勢が弱まったかに見えた頃、凶弾を受けたのだ。

伊藤一長さんもまた元はといえば、「敵」の立場に回ってしまった本島さんを倒すために、自民党が擁立した政治家だった。しかし、長崎市長の職責は、そんな保守政治家にも「非核」や「平和」を訴えさせるようなものなのだろうと思う。
5年前に「戦術核の保有」はおろか「使用」まで憲法上問題ないとほざいた現首相・安倍晋三と伊藤さんでは、そのスタンスはかけ離れているどころか、真っ向から対立していると言っても過言ではあるまい。

既に多くの方が指摘されているように、犯人が犯行の動機を私怨によるものということを示そうとするかのような文書をテレビ朝日に送りつけたりしているのは、いかにもわざとらしい。今回の事件は、5年前にやはりテロに倒れた石井紘基さん(民主党代議士)のケースも連想させる。多くの方と同様、私も「私怨による犯行」というのは偽装だと直感した。犯人自身に私怨があったにしても、背後で犯人を操った者たちがいる。証拠を示すことなどもちろんできないが、この直感に間違いはない、そう書けと私の内心が命じているので、そのままここにそう書き記す。

これは、言論の自由に対する重大な挑戦なのだ。

安倍晋三は、予想通り事件の翌日、伊藤さんが死亡したあとになってようやく、「選挙期間中の凶行は民主主義への挑戦で断じて許すわけにはいかない」とコメントした。しかし、今回は新聞報道でも事故当日の安倍発言が批判されている。たとえば、共同通信の配信と思われる「四国新聞」の記事は、
『首相は日ごろ、口ぐせのように「自由、民主主義、基本的人権」 「日本人の生命と財産を守る」 と語っているが、重大事件を前にして、的確なタイミングでメッセージを発することはできなかった』 と指摘している。

記事はさらに以下のように続く。

 批判に対して首相は同日(18日)夜、記者団に 「まずは真相を究明することが私は正しいと思う」 と不快感を示し、「こういうことでお互い非難するのはやめた方がいい」 と強調した。
 首相は事件発生から約1時間後の17日午後8時50分ごろ内閣記者の要請を受けてコメントを発表。その後、事件の詳しい状況や市長が重篤であることなどが判明したのを受け、記者会側はさらに追加コメントを求めたが、首相側は対応しなかった。

(四国新聞 2007年4月19日付紙面より)

ナント、重大事件に対する「権力の頂点にいる者」のコメントとしてはあまりにお寒い内容に不満を感じた記者団が、わざわざ安倍に追加コメントを求めた、つまり挽回のチャンスを与えてやったのに、安倍はみすみすその機を逃した上、翌日になって逆切れしたのである。

安倍の頭が悪いことは重々承知のつもりだったが、ここまでひどいとは、開いた口がふさがらない。

四国新聞には、作家の保阪正康氏へのインタビューも出ている。かなり長いその記事の末尾の部分を引用して、今日の記事の結びとしたい。


 今後、憲法や防衛問題など、国論を二分するような政治課題が出てくることが予想される。その際に、テロ行為が国論の動向に影響を与えることも考えられる。
 安倍晋三首相はよく、「戦後レジーム」を口にするが、それは本来は、戦前のファシズムの負の遺産を清算し、それを教訓にして過去を克服するものでなくてはならないはずだ。
 しかし、首相が主張しているのは 「戦前レジーム」 への回帰のように聞こえる。それでは、戦前の暴力を総括し、乗り越えることはできないのではないか。
 事件の背景には、テロを許す時代の風潮が少しずつ広がっている気がしてならない。昭和前期という時代は、テロと戦争がない時はないというプロセスだった。そして、それは、ある日突然そうなったわけではない。暴力が積み重ねられ、言論が封殺された。テロなどの一つ一つの渦がそのうちに一つの大きな歴史の流れをつくっていった。
 いま、私たちに必要なのは、一つ一つの渦をよく注意して観察することだと思う。

(四国新聞 2007年4月19日付掲載の「保阪正康氏インタビュー」より)


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17年前の悪夢を思い出した人も多いだろう。

昭和天皇が死の床にあった1988年(昭和63年)12月7日、「天皇に戦争責任はあると思う」と発言した本島等長崎市長(当時)は、それから1年あまり経った1990年(平成2年)1月、右翼の凶弾を浴びた。

当ブログでは、昨年11月25日の記事 『「言論の自由」その1?本島等さんの勇気』 を皮切りに、何度も本島さんのことをとりあげ、それをきっかけに「言論の自由」シリーズの記事を連載したこともある。

17年前の本島さんは一命を取りとめたが、昨日(4月17日)、長崎市内で山口組系暴力団員に銃撃された伊藤一長(いとう・いっちょう)市長(61)は、18日午前2時28分死去した。4選を目指す選挙期間中に起きた異常な事件だ。少なくとも私は前例を知らないし、社民党の福島瑞穂党首も「前代未聞だ」と言っている。

政治家へのテロというと、2002年には民主党の石井紘基議員がやはり暴力団員に刺殺された事件や、最近では加藤紘一議員の実家が放火され全焼した事件があった。

その加藤代議士は、さっそくこの件についてホームページでメッセージを発表している。
http://www.katokoichi.org/

以下引用する。


長崎市長銃撃について 平成19年4月17日

今日(平成19年4月17日)、午後8時前、長崎市長の伊藤一長さんが、背後から拳銃で撃たれました。
深刻な話です。どういう経緯かはまだわかりませんが、政治家が政治活動中(選挙活動)に後ろから問答無用で撃たれるということは、絶対にあってはならない許されないことです。
暗い事件です。
長崎市長が撃たれたと聞くと、平成2年に当事の本島等市長が銃撃されたことを想起し、政治テロとの思いがよぎりますが、そうかもしれないし、別の要因かもしれません。
そこは、冷静に見ないといけないと思います。
ただ、考え方の違う者に対しすぐ暴力を振るうことに対する怒りを、社会全体で共有しなければなりません。そうでないと、こういう事件が続発するでしょう。政治家や言論人が、言論活動を控えるようになってはなりません。しっかり発言できる社会を取り戻さなければならないのです。
この事件をどう捉えるか、国民が、メディアが、政治家が問われているのだと思います。
伊藤市長の一時も早い回復を、心からお祈りしております。

衆議院議員 加藤 紘一


日付や文章末尾の記述からわかるように、伊藤市長が銃撃を受けて間もない時間に発表されたメッセージだ。

一方、安倍晋三首相のこの事件を受けての最初の感想は、「捜査当局において厳正に捜査が行われ、真相が究明されることを望む」というものだったそうだ。伊藤市長が亡くなった今日となっては、いくら安倍でももっとまともなコメントを発するものと思うが、普通ならまず口をついて出るはずの「法治国家ではあってはならないこと」 「言論の自由への挑戦で、断じて許されないこと」 などの言葉が自然に出てこないあたりが、いかにも安倍らしい。

安倍は、加藤紘一氏の実家が放火された時は、小泉純一郎内閣の官房長官だったが、コイズミともどもなかなかメッセージを出さなかった。
このことについては、昨年12月3日の当ブログの記事 『小泉純一郎と安倍晋三が発した言論の自由への「負のメッセージ」』でも取り上げたことがある。この記事に掲載した加藤紘一氏のメッセージを以下に再掲する。


放火事件当時の小泉首相、安倍官房長官のテロ行為に対する反応が遅かったのではないかとよく問われることがあります。実際、私にもなぜだったのかはわからない。けれどテロに対して、政府が一定の「沈黙」を置いたことである種の負のメッセージが広がったようにも思います。
 あの事件以降、テレビや新聞などの言論の場で積極的な発言をする人が少なくなったような気がします。実は、いま政治家だけではなく、評論家やジャーナリストのもとに脅迫の手紙が届くようになっているそうです。

(月刊「現代」 2007年1月号掲載 加藤紘一「反言論テロのシンボルとしての覚悟」より)


どんなに控えめな言い方をしたって、安倍晋三は「テロに鈍感な政治家」だと言わざるを得ないだろう。

繰り返し指摘されているように、安倍晋三は、暴力団との黒いつながりの噂が絶えない男だ。黒い人脈も祖父(岸信介)や父(安倍晋太郎)から「世襲」したのかもしれない。安倍の非公式後援会「安晋会」の理事だったエイチ・エス証券の野口英昭副社長が、ライブドア事件に絡んで沖縄で謎の死を遂げ、それが「自殺」として片づけられてしまったことは記憶に新しい。

東京都知事選で三選された石原慎太郎も、「テロに鈍感」どころか、テロを積極的に肯定するような発言をしたことがある。石原は、2003年に田中均・外務審議官(当時)の自宅に爆発物が仕掛けられた事件について、「当たり前の話だ」と言い放ったのだ。

安倍を国政の長に、そして石原を都政の長にいただくような社会だから、こんな異常な事件が起きるのだろうと思う。

最後に、朝日新聞記事に掲載された伊藤一長さんの市長時代の略歴を紹介したい。
http://www.asahi.com/national/update/0418/SEB200704180001.html


 伊藤市長は、同市初の戦後生まれの市長。原爆投下の2週間後に疎開先の山口県で生まれた。長崎市議、県議を経て、95年に本島等氏を破って初当選した。

 就任後は、被爆地の市長として国際会議などでも発言してきた。当選した年の11月、オランダ・ハーグの国際司法裁判所での証言で、広島市長とともに「核兵器の使用は国際法に違反していることは明らか」と陳述。「違反とまでは言えない」との立場の外務省からは、文言をめぐって直前まで働きかけが続いたが、曲折の末、「違法」を明言した。

 02年8月には「原爆の日」の「平和宣言」で、同時多発テロ後の米国の核政策を「国際社会の核兵器廃絶への努力に逆行している。こうした一連の独断的な行動を断じて許すことはできない」と述べ、初めて米国を名指しで批判した。

 05年5月、米ニューヨークの国連本部で開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議の本会議場で発言。長崎の原爆で黒こげになった少年の写真を掲げ、「核兵器と人類は共存できない」と訴えた。

 今年3月、前年に続いて被爆地・長崎の反対の声を押し切り、米海軍のイージス艦が長崎港に入港。「核搭載の疑惑もある軍艦なので、残念の一言に尽きる」と語った。

 市役所内の裏金問題で自らの減給処分を決め、4月の市長選へ出馬を表明。不正に終止符を打つ構えを示した。

(asahi.com 2007年04月18日 03時48分)

伊藤市長のご冥福を、心からお祈り申し上げる。


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最近、読者の方々からのコメントで構成する記事を二件公開したが、私自身が書く記事よりよほどためになるコメントが多く寄せられていて、どうやって紹介していこうかと頭を悩ませる今日この頃だ。

今回は、辺見庸さんについて書いた『「言論の自由」その3?「鵺のような全体主義」を超えるには』に寄せられたコメントから記事を構成したい。

まず、たびたび紹介させていただく朝空さんのコメントから。朝空さんの文章は、私の文章などよりよほど優れているので、できるだけ多くの方々に読んでいただきたいと、いつも強く念じている。

 たまたま切り抜いてあった『信濃毎日新聞』という地方紙の05年3月17日付けの切り抜きがあるので、抜粋する。共同配信の記事かも知れないが。執筆者は「辺見庸、作家」。

  「鬼畜」対「良民」なのか
  ―地下鉄サリンから10年―

 やけに風の強かった月曜のあの朝、私はいったい何にたまげたのだろう。十年後の今でも時折反芻(はんすう)するのは、糸の切れたマリオネットのように、ゆっくりと通路に崩れ落ちるサリン被害者たちのむごい姿では必ずしもない。倒れた人々を助けるでなく、まるで線路の枕木でも跨ぐようにしながら、一分でも職場に遅れまいと無表情で改札口を目指す圧倒的多数の通勤者たち。目蓋に焼きついているのは、彼ら彼女たちの異様なまでの「生真面目さ」なのである。
 あれは、しかし、真に人間的な真面目さだったのであろうか。口から泡を吐き苦しみ悶える被害者を眼の端に入れながら、なおも改札口に殺到する群れが、この国の民衆の原像であるとしたら、十年でそれはどう変貌したのか。サリンを撒いた加害者達と脇目も振らず職場に急いだ人々は、「鬼畜」対「良民」といった、後の裁判で語られたような単純な構図であったのか― 十年間、私は折りに触れて考えた。
 ……その朝、私はたまたま地下鉄日比谷線の神谷町駅構内にいた。……
 ……当初の現場にはマスコミが報じたような「パニック」などなかったのだ。不可思議な「秩序」のみが存在したのである。通勤者も、駅員も、遅れて駆け付けた記者らも、実に生真面目だった。ただし、それぞれの職分のみに。
 …… あの朝の生真面目さの隊列には、通勤者や記者らとともに、実のところサリン製造者や撒布者らも象徴的に連なるのではないか。加害者が決して尋常ならざる「反逆者」だったのではなく、大方の通勤者、記者、警察官同様に、心優しき「服従者」にすぎなかったのではないか。……そこには言葉の優れた意味で自由な「私」は一人としていなかったのである。……
 法廷でふと想い出した一節がある。「暗く陰惨な人間の歴史をふり返ってみると、反逆の名において犯されたよりもさらに多くの恐ろしい犯罪が服従の名において犯されていることがわかるであろう」。スタンレー・ミルグラムが『服従の心理 アイヒマン実験』
(岸田秀訳)で引用したC・スノーの言葉である。……
 ……ファシズムはかっての装いを一変して、あくまでも優しく道理にかなっているかのごとくに日々を振る舞っているのである。
(朝空さんのコメント)

たまたま、前の週末に辺見庸さんの「自分自身への審問」(毎日新聞社、2006年)を通して読んだが、朝空さんが紹介されたこの文章が収録されていた。恥を忍んで告白するが、ブログで辺見さんの文章を紹介していながら、標題の「自分自身への審問」が収録されている最終章しかそれまで読んでいなかったのである。
この本によると、サリン事件について書かれた記事は、確かに2005年3月19日、共同通信の配信となっている。

「鵺のような全体主義」は、辺見さんが描いたような、生真面目な大衆の沈黙が形成するのだろう。

意外な組み合わせだが、かつて、音楽評論家の吉田秀和が、朝日新聞の「音楽展望」で、当時朝日の名物記者だった本多勝一の、旧東独に関するルポルタージュを称賛した文章を書いたことがある。この時、吉田は確か本多の「市民的」な勇気を高く買っていたのではなかったかと思う(うろ覚えなので、あとでよく調べてみたい)。
私自身は、本多に見られる独裁志向の部分はまったく評価しないが、本多が「一人でも声をあげていこう」とする勇気のあるジャーナリストでもあったことについては高く買っている。

それはともかく、声をあげない従順な人たちが多いのが、日本の社会の特徴ではないかと思う。声をあげることを抑制して、黙っていた方が身のためだよ、などと言う人さえ珍しくないのだ。
一人一人が好き勝手に発言しているかに見えるフランスを報道記事で見ていて、いつもうらやましく思っている。

続いて、これも以前に取り上げさせていただいた奈央さんが、朝空さんのコメントを受けて、次のようにコメントされている。

私の従姉も地下鉄サリン事件に巻き込まれました。
あの被害者の方たちの痛々しい姿を今でも忘れることができません。
サリンに触れたため重態になり病院に搬送された駅員さん、消防隊員におんぶされ泣きながら地下鉄の駅の出口へ出た方、嘔吐していた人たち、横になって救助を待っていたさまざまな人たちを思い出します。
それと、辺見庸さんの観察眼やヌエという表現に対して唸らざるをえませんでした。
なぜ、サリンによるけが人を見ながら何もせず会社へ行くのだろう、これって昨年の福知山脱線衝突事故当時のJR職員たちといっしょじゃない?という印象を受けました。
また、ユダヤ人のホロコーストの教訓から学んだことを思わずにいられませんでした。
彼らは、権力者が間違っている行動をしている場合、従順であることより自分の考えを優先して権力者の意見や命令を無視してもよいと教えられています。
たぶん、日本では、考えられないことでしょう。
疑いはしても相手の顔色を気にして違う意見を述べること実行に移すことが難しいと思います。
そうならないようにせめて自分の心に正直でいたいと思います。
(奈央さんのコメント)

奈央さんが書かれるように、自分の心に正直になることは、とても大事なことだと、私も思う。

最後に、いつもコメントをいただいている非戦さんのコメントを紹介する。

辺見さんが目撃したサリン事件での平常の行動を保つ市民の姿には衝撃を受けました。
どうして、そんなに平静でいられるのかと。
それこそ鵺のような社会と市民の中に暮らしていかなければならないことが、辺見さんと同じく私も苦痛に感じます。
そういう人がいる中で、教育基本法改正反対!と言って国会の前で座り込みをしている人たちの前を、何の感情も持たず、または冷笑しとおりすぎていく人たちには、反対する人たちが単に邪魔な存在なのでしょうか?
権力にすがりつく人たちは、ファシズム国家になったとき(もうなっている)、国のために何でもするのでしょうか。やっぱり、国民のレベルにあった政権しかもてないのです。でも、そうならなにように、今、みんなが必死で抵抗して闘っているんだと思います。
(非戦さんのコメント)

確かに、皆が沈黙している社会には、私も慄然とするものを感じるが、辺見さんも「自分自身への審問」で書かれているように、違和感を感じている人間にさえ、知らず「鵺のような全体主義」に荷担している部分があることに、私などはよりいっそう慄然としてしまう。

それにしても、辺見さんの文章には、読者の心を深く抉るものがある。とても「共感した」などという生易しい言葉で表現できるものではない。そもそも、脳出血の後遺症と癌を同時に抱え、それでもなお発言を続けていくなどということが私に可能であるとはとても思えない。

これから、もっともっと多くの辺見さんの文章を読んでいかなければならないと強く思った。辺見庸に気づくのが遅すぎた、おのれの不明を恥じる次第である。
2006.12.12 07:40 | 言論・表現の自由 | トラックバック(-) | コメント(6) | このエントリーを含むはてなブックマーク
12月2日の記事「天皇をも恐れない? 安倍晋三の取り巻きたち」に、印象的なコメントをいくつもいただいた。

ブログの記事本文を読んでいただく方でも、コメント欄まで目を通していただく方はそう多くないし、ましてや記事の公開後、かなり経ってからいただいたコメントは、なおのことほとんど読まれずに終わってしまうだろう。

それではあまりにもったいないと思うので、特に印象的なコメントをここに紹介することにする。

まず、おなじみの「カナダde日本語」の管理人・美爾依さんからのコメントを紹介する。

Kojitakenさん、
赤尾敏氏のことばに、思いやりのあふれる人間的温かさを感じました。今の右翼には、こういった人情を重んじる人はいなくなってしまったかもしれませんね。

それにしても、kojitakenさんの『きまぐれな日々』には、貴重な昔の記事からの引用が次から次へと出てくるのには、感心します。ドラえもんの「なんでもポケット」でも持っているのでしょうか(笑)。
(美爾依さんからのコメント)

赤尾敏氏の言葉は、ふだん勇敢にネットウヨと闘っている美爾依さんの心をもとらえたようだ。私も、古い雑誌を読み返した時、これまで偏見を持っていた赤尾敏氏の言葉に、立場の違いを超えて胸を打たれてしまった。

続いては、このところよく当ブログに鋭いコメントをいただく朝空さんからのコメントを紹介する。

 この頃、「うちの雅子が…」と言って窮状を訴えた皇太子には共感するものがあった。妃の「病気」は確か「適応障害」だったが、本当は何が、どちらが適応障害なのだろうか。ちなみに弟夫婦は、皇太子とは対極なのだろう。
 天皇家を崇め、天皇家を讃えるが、歴史的に世の権力者ほど生身の彼らをないがしろにした者達はいなかったー。敗戦間もなく、そう言った者がいたが、それは今も変わっていない。欲しいのは精神的要素を含めた構造なのであって、人ではない。真っ当な感性ならば、能面のような者達に囲まれ叫び出したくなるのは、当然なのだ。
 だが国民の多くもマスコミも、内心気付いていながら沈黙したと感じている。気付いていればこそ、沈黙するのだろう。そして「男系」の神輿には、無批判に集まる。
 形を作ればおずおず付いてくる。百余年前の「教育勅語」の製作者らの胸の内も、基本法なるものの「改正」をめざす者達の腹の中も一緒だろう。
 ヒトよりもカタチ。仏造って魂入れず。この価値転倒から解放されるのは、仕組みの内側だろうが外側―強要される側だろうが変わらないはずだ。
(朝空さんからのコメント)

このコメントに対し、私ごときが贅言を費やす必要はないだろう。

元道さんには、この記事に3件のコメントをいただいており、いずれも印象深いものだが、非戦さんからこの記事にいただいたコメントの、「今、また戦前、戦中を懐かしむような政治家がゾンビのようにぞろぞろ出てきて、大手を振っているのでしょう」という一節に対して、下記のようにコメントされている。

彼ら(注:「戦前、戦中を懐かしむような政治家」)の日本のイメージって昭和恐慌以後の「おかしくなってしまった日本」なんですよねぇ。
マッカーサーが日本を占領している時、彼が念頭に置いていたのは「昭和恐慌以前の日本」「大正デモクラシー」の日本であって、決して「新しい日本」をつくろうとしたわけじゃない。
原敬の出現によって、日本は自力で言論による政治を自力で実現していたし、それ以前から言うべきことをガツンと言う人はガツンと言っていた。
憲法上は天皇の輔弼機関とされていても、そんなことお構い無しにガンガンやってましたね。
庶民だって、ストやら暴動やらしょっちゅうやってました。大相撲の力士すらストで怒りをぶちまけたことがある。
大日本帝国が実は今よりもずっと言いたいことを言えた社会だったことがあるってことは、右翼も左翼もごまかしていますね。
アベシンゾーとその取り巻きたちの日本観・日本人観はあらぬ思い込みを前提にしていると感じています。そしてこの国を更にあらぬ方向にもっていこうとしている。
そうとしか思えない。
(元道さんからのコメント)

コメント欄にいただいたコメントではないが、記事にいただいた「はてなブックマーク」の中に、北一輝が昭和天皇を「クラゲの研究者」と呼んで軽蔑していたことを指摘されていた方がいた。いたずらに昔を美化し過ぎたり、逆に昔を貶め過ぎたりする先入観を持たないよう自戒しなければならないかもしれない。

最後に、ブログ「ゆうやけnote」を運営されている、y.-Danuraさんのコメントを紹介する。

 こんにちは。kojitakenさん、お久しぶりです。今回の記事を拝読して、そうか、あれから18年も経ったのか、と思わず呟いてしまいました。あの朝、つまりは昭和天皇が亡くなった朝、私は父に電話したことを覚えております。そのことを思い出し、コメントさせていただきました。
その朝、戦争に行った経験のある父に、天皇についてのそれなりの感慨があるのではないかと思ったからです。たまたま父は、その日はまだテレビをつけていないということだったので、私が天皇の死を伝えたのです。父は電話口でだまって聞いていましたが、ただ一言こういいました。「それはお気の毒じゃな。じゃけんど、わしにはあまり関係ないことじゃけえ。もう仕事に行くで。電話、切るで。ほな」。
 その父が存命中に上京したことがあります。私が「靖国神社に行ってみますか(父の弟が戦死しています)」と訊くと、「いんや、あんなところに次郎(弟の名))や戦友はおりゃあせんで。みんな、自分の家の仏壇や墓で静かに眠とるがのう。わしゃ、ああいうところには行きとうないけえ。東京のざるそばでもごちそうしてくくれればええで」と、広島弁できっぱりと断りました。きっと赤紙一枚でかり出され、無惨な死を遂げた弟や戦友のことを思んばかってのことでしょう。
 その父も二年前に死にました。享年84歳でしたが、父は戦時中、中国の戦線で所属部隊が全滅という悲劇に遭遇しています。部隊に攻撃命令が発令されたとき、部隊長命の用事で同僚と二人、部隊に残されました。ところが、馬賊討伐に出陣した部隊(およそ50名)は全滅、残っていた二人だけが助かったのです。まさか、といった悲劇でした。以来、父は酒を断ち、宴席などでの乾杯時にただ口をつけるだけに徹しました。なぜ飲まないといわれても、酒に弱いからというだけで、戦争の話は絶対に持ち出さなかったそうです。祖母に訊いたところ、戦地に向かう前はかなりの酒豪で、その父が酒を断つということは祖母をして驚かされたということでした。
 父が死ぬ前に、何とか戦争の話を聞こうとしたのですが、父はとうとう、多くを語らず逝ってってしまいました。父の死後、軍隊で撮ったと思われる写真が数枚あることを知りました。機関銃部隊にいたということですが、機関銃の前で腹這いになっているもの、何人かの戦友と写ったもの(いずれも戦地中国でのものと思われる)だけでしたが、写真の父はいずれもにこやかに笑っていました。父のような戦争体験者もまた、多くいらっしゃることでしょう。
(y.-Danuraさんからのコメント)

この文章を読んで、私は言葉を失った。
戦争だけは、絶対に再び起こしてはいけない。日本を戦争のできる「美しい国」にしようとしている安倍晋三を政権の座から引きずり下ろさなければならない。
そして、安倍を批判する声をあげることを決して躊躇してはならないという意を、改めて強くする今日この頃である。