きまぐれな日々

 昨日(8/28)まで20日連続でブログを更新しなかった。2006年4月の開設以来最長だ。『kojitakenの日記』も土日は3週連続で休んだ。

 その間、夏休みで出かけていたり仕事が忙しかったり等の理由はあったが、歳をとって疲れやすくなっているところに、この夏はとりわけ東日本で多湿がひどかった(西日本では高温がひどかったようだ)こと、そして何よりも先月末の東京都知事選以降、政治のニュースがどうしようもないほどろくでもなかったことが大きい。

 昨日の昼間、テレビ朝日で『TVタックル』をやっていたが、日曜日は10時前にTBSの『サンデーモーニング』が終わると同時にテレビのスイッチを切る習慣(サンモニ終了直後に出る、次の番組の予告がうるさくてたまらなく不快なので、それを避けるために始めた習慣だ)がついていたので、それ以降の番組を見ることがなくなっていたのだが、昨日はたまたま正午を過ぎて、テレビをつけてテレビ朝日(同局に関しては、以前は日曜の10時から田原総一朗が司会をやっていた『サンデープロジェクト』を悪態をつきながら見ていた)にチャンネルを合わせると、ビートたけしと阿川佐和子が司会をする『TVタックル』に遭遇した次第。

 この番組は、かつては月曜日の夜にやっていた。大阪の読売テレビが日曜昼にやっている極右番組(かつてはやしきたかじんの名前を冠していた)ほど露骨ではないものの、相当程度右に寄った番組だった。それがある時期から政治の話題から離れるようになり、放送時間帯も深夜に追いやられていたが、今年春からはその時間帯に橋下徹が司会を務めるとんでもない番組が進出してきた。『TVタックル』はどうやらそのタイミングで日曜昼に放送時間帯が移動したらしく、出演者も片山さつきだの田嶋陽子(!)だのといった、政治で飯を食う連中が出ていた。それに加えて昨日は、都知事選で小池百合子を応援した自民党衆院議員(比例東京ブロック)の若狭勝や東京都議のおときた(音喜多)駿(右翼系無所属)は出ていた。この2人の名前からわかるように、話題は「小池百合子 vs. 都議会自民」。

 それだけでアホらしくなって番組で出演者が何を言っていたのかは見ないままに再びテレビを消したのだが、この「小池 vs.都議会自民のドン」の「対立構図」とやらが今現在のマスメディアが「売れ線」と見ていることは間違いない。たとえば、中身までは立ち読みもしていないが、見出しを見る限り『週刊文春』もその線に沿って編集されている。

 これを、「週刊文春は保守系メディアだから鳥越俊太郎のスキャンダルは取り上げるけれども小池百合子のスキャンダルには見て見ぬ振りをするのだ」などといった被害妄想でとらえてはいけない。文春だって数か月前には小池を「自民党が『身体検査』をしたところ『真っ黒』だった」と書いたことがある。

 そうではなく、「小池 vs. 都議会自民のドン」で記事を書いた方が売れると文春の編集部が判断したからそういう記事になっているだけの話だ。そうした趣向は、何も保守的な有権者に限った都知事選で話ではなく、「左翼」や「リベラル」の少なからぬ割合の人間が小池百合子に投票したという厳然たる事実がある。

 小池に投票しないまでも、増田寛也が当選するよりは小池で良かったと言わんばかりの記事を書く「リベラル」のブログもある(いつものあそこですけど)。最近になって、都知事時代の石原慎太郎の腹心だった浜渦武生が小池百合子と手を握って「都議会自民のドン」(内田茂)に復讐しようとしている、などという地方政界のゴシップ記事に接して「ドロドロして来た小池都政」などと気を揉むナイーブさはまことに救いがたい。そもそも、石原慎太郎の後継者だった猪瀬直樹が「都議会自民のドン」を批判する意見発信を都知事選前から行っていたことを考えれば驚くほうがおかしい。確かに石原慎太郎自身は小池を「厚化粧」などと罵倒して増田寛也を応援したが、それは慎太郎の倅であり、かつ小池百合子と仲の悪いあの無能な石原伸晃が増田寛也を推薦したから(要するに単なる「親バカ」)に過ぎない。

 都知事選や都政をめぐって「リベラル」が小池百合子に親和的な態度をとった悪影響は、至るところに噴出していると見るべきであろう。

 そんなことにかまけている間にも、前述の『TVタックル』にも出しゃばっていた片山さつきが、NHKが番組で取り上げた貧困女子高生に「“貧乏人は贅沢するな”攻撃」(by リテラ)を仕掛けたり、安倍政権が「共謀罪」を要件を変えて新設する法案を国会に提出しようとするなどの動きが報じられるなど、ろくでもない動きが目白押しだ。

 そんな最中に、マスメディアが「売れ線」と見て熱中する「小池百合子 vs. 都議会自民のドン」という、私から見ると空虚としか思えない対立構図をいつまでも追いかけて、小池がかつての石原慎太郎の腹心と結託するのではないかとやきもきしたり、この記事ではここまで取り上げなかったが、未だに都知事選で共産党が鳥越俊太郎を推して宇都宮健児の「梯子を外した」ことをネチネチと非難し続けたり、などといった「リベラル」や「左派」を見ていると、お前らいったいいつまでも何やってるんだ、と呆れ返る今日この頃なのである。
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 参院選はなんとも微妙な結果となった。

 まず、1人区の「野党共闘」は、朝日新聞(7/7)の終盤の予想で、野党リードまたは接戦とされた12選挙区で「野党共闘」は愛媛選挙区を落としただけの11勝だった。全32選挙区の合計は11勝21敗であって、改選分の1人区だけを切り取ると、ギリギリ3分の1強を確保した。しかし、その他の選挙区や比例代表、それに3年前に自民党が圧勝した非改選の分を合わせると、今回「野党共闘」の1人区がそれなりに成果を出したくらいでは、選挙の勝利に結びつけるにはほど遠い結果だった。

 野党各党についていえば、民進党は1人区の「野党共闘」にも助けられて、改選分の議席は約3分の2に減らしたものの、前回の17議席よりは多い32議席(比例代表11議席)を獲得した。また共産党は改選の3議席を倍の6議席(比例代表5議席)に増やしたが、3年前の8議席には及ばなかった。社民党はまたしても議席を減らして、当選者は比例代表における前党首の福島瑞穂だけの1議席で、党首の吉田忠智は落選した。生活の党は比例代表で最後の最後にしぶとく1議席を獲得し、選挙区の「野党共闘」で生活の党籍を持つ2人(岩手の木戸口英司と新潟の森裕子)が当選したことと合わせて、実質的には改選2議席(選挙区1,比例1)を上回った。

 問題の「3分の2」だが、これはメディアによって不統一で混乱が見られる。たとえば毎日新聞のサイトに載っているグラフを見ると、改憲勢力は非改選88議席、改選77議席の計165議席で、3分の2を超えたと報じている。一方、朝日新聞のグラフを見ると「改憲勢力 自民+公明+お維新+こころ 161議席」としていて、記事の見出しも「参院『3分の2』に迫る」となっている(朝日の記事を追記欄に示す)。朝日の方も、改選では改憲勢力が77議席とされているから、非改選の議員についての数え方に両紙で違いがあるのだろう(NHKは朝日と同じ数え方)。冒頭に書いた「なんとも微妙な結果」というのは、一つにはこういうことを指している。

 毎日と朝日の違いは、「改憲勢力」と「改憲政党」の違いだった。毎日は、非改選の無所属議員4人が改憲派であることを理由に、「改憲勢力が3分の2超え」としたのだった。朝日も、11日付夕刊1面トップに「4党に非改選無所属含め 改憲勢力 3分の2」との見出しを打った。なお、「改憲勢力」ではなく「改憲4党」では、3分の2超え(162議席)に1議席及ばない161議席だった(=7/12追記)。

 今の「非改憲」4党(民進党と生活の党は護憲政党とはいえないから「非改憲政党」」と表記する)の力ではこれが精一杯だろうし、これで「野党共闘」ができなかったならもっと悲惨な結果になっていたであろうことは目に見えている。つまり、「野党共闘」はかろうじて及第というか、なんとか「不合格」にはならない程度の成果を挙げたとはいえるが、選挙全体としてみた場合、明らかに野党の敗北である。それもまた「微妙な結果」と評する理由だ。

  なお改憲勢力は、自民党が56議席(比例19)、公明党が14議席(比例7)、おおさか維新の会が7議席(比例4)、日本のこころを大切にする党は0議席だった。朝日新聞(7/7)の予想は恐ろしいくらい正確だったが、わずかにお維の比例の議席は朝日の5議席との予想を1議席下回った。選挙戦でお維が失速したことは、私の知る限り国政選挙では初めてであって、かすかながら希望を感じさせる。

 お維が全国進出を賭けた東京選挙区でも、田中康夫が敗れた、私は、お維を追い落とす(お維落とす)ために、事前に決めていた共産党の山添拓への投票を、民進党2人目の小川敏夫に切り替えたから、この結果にだけは大いに溜飲を下げた。結果が出たのは深夜だったから祝杯を挙げる時間ではなかったが、「ざまあみろ、田中康夫、ざまあみろ、お維!」と心の中で叫んだ(近所迷惑になるので発声はしなかったが)。

 反面最悪だったのは、私の生まれた大阪と、育った兵庫である。両選挙区の7議席は、改憲3党が独占し、うち3議席をお維が占めた。自民・公明の各2議席を上回る数字である(お維は大阪で2議席)。私はこのところずっと、大阪と兵庫を「日本最悪の極右エリア」と表現しているのだが、実際には大阪や兵庫に住んでいる人たちの大半が改憲を望んでいることなどあり得ないだろう。なのに、選挙でお維に投票するのが惰性になってしまっている。日本最悪の極右放送局である大阪の読売テレビを筆頭とする大阪の放送局の罪は重い。

 今後、改憲勢力を突き崩していくためには、この「お維」の勢力を殺ぐことが欠かせないだろう(2014年の衆院選で「鼻をつまんで維新に投票しろ」などと抜かしていた連中には猛省を促したい)。

 また、大阪・兵庫での改憲勢力伸長と歩調を合わせている傾向は、首都圏などにも見られる。今回の参院選では共産党が伸び悩んだが、それは「野党共闘」によって党の足腰が弱って比例票が減ったという理由ではない。東京に続く議席獲得を狙った都市部の得票力が、2013年参院選当時よりも落ちていることが最大の原因だ。

 つまり、2005年の「郵政総選挙」で見られた、都市部における小泉自民党への圧倒的支持という波の再来を私は見る。一方、東北の1人区で「野党共闘」が5勝1敗だったことや、愛媛でも永江孝子が敗れたとはいえ健闘したことなどから、地方における自民党への離反という、第1次安倍内閣時代の2007年参院選で顕著に見られた波が今後再来する兆しもはっきり見えている。参院選と同日に行われた鹿児島知事選でも、自民現職が無所属新人(三反園訓)に敗れた。これらの結果をもたらしたのは、安倍政権の経済政策が都市部偏重になっている弊害だろう(他に安倍政権の原発政策への反発も考えられるが)。同経済政策には、大企業・富裕層・大都市優遇という性格がはっきり表れており、その矛盾が今後顕在化することは間違いない。

 全体として、「崩壊の時代」の闇がさらに一段と濃くなったことは間違いないが、この時代が未来永劫続くわけでもないという予感も感じさせた選挙だったといえる。

 ただ要注意は、今後の安倍晋三(自民党)の動きだ。彼らも自分たちが盤石でないことを感じているに違いないから、必ずや改憲に向けての行動を急ぐはずだ。それに対する備えは万全でなければならないと思った。
 参院選の選挙戦も半分を過ぎ、次の日曜日はもう投票日だ。

 安倍晋三は、なるべく参院選が人々の話題に上らないように腐心しているらしく、公示後の党首討論がないことや、参院選関係の報道番組が激減するらしいことなど、政権及び与党は「有権者が騙されているうちに『改憲派』で参議院の3分の2を占めよう」との悪巧みをしているようだ。そしてそれは功を奏しつつある。

 最近はメディアによって選挙の情勢調査報道を発表する日をずらすようだが、昨日(7/3)の日曜日には時事通信の調査による「中盤の情勢」が報じられた。これを見る限り、相変わらず自公が好調のようだ。
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016070300207&g=pol

自民、単独過半数うかがう=改憲勢力3分の2微妙-参院選終盤情勢【16参院選】

 10日投開票の参院選について、時事通信は全国の支社・総支局の取材や世論調査などの情報を基に終盤情勢を探った。自民党は改選50議席から上積みし、公明党と合わせ改選過半数(61)の勢いで、27年ぶりの単独過半数(57)もうかがう。与党におおさか維新の会と日本のこころを大切にする党を加えた「改憲勢力」で、改憲発議に必要な3分の2(162)の確保は微妙だ。改選45議席の民進党は30議席程度に低迷。共産、おおさか両党は改選議席を大幅に増やしそうだ。

 ただ、世論調査で3割程度が態度未定と答えており、投票日に向けて流動的な要素が残る。
 参院定数は242で3年ごとに半数(121)を改選する。安倍晋三首相は勝敗ラインを与党で改選過半数と設定。自公両党の改選議席は59のため、2議席上積みすればこれをクリアする。
 自民党は選挙区に48人、比例代表に25人を擁立。32の「1人区」のうち20選挙区で議席を固め、山梨、愛媛、大分でもやや優勢。また、青森、福島、新潟、長野、三重で野党を僅差で追っている。13ある改選数2~6の「複数区」は1議席ずつ確保し、千葉、東京は2議席目を視野に入れる。比例は前回2013年の18議席に迫る17議席を獲得しそうだ。
 公明党は、選挙区に擁立した7人のうち5人が議席を固め、2人もやや優勢。比例は7議席が見込まれ、改選9議席を上回る勢い。
 一方、民進党は選挙区に33人、比例に22人を擁立したが、苦戦が目立つ。1人区は青森、宮城、福島、山梨、長野、三重、大分を除き、自民党に水をあけられている。複数区では北海道、東京、愛知で2議席目をうかがう。比例は13議席程度の見込み。
 共産党は、東京、神奈川で議席を確保しそうで、比例も6議席と堅調。改選3議席を大幅に増やす見通し。おおさかも改選2議席に対し、大阪と兵庫で計3議席を固め、比例で4議席を獲得する可能性がある。社民党は改選2議席の維持は困難な情勢。生活の党、こころ、新党改革は議席確保のめどが立っていない。野党統一の無所属候補は岩手、山形、沖縄で議席を固め、新潟でも議席をうかがう。 
 世論調査は今月1~3日、全国の18歳以上の男女2000人を対象に電話で実施した。

(時事通信 2016/07/03-19:24)


 基本的には朝日新聞などの「序盤の情勢」調査と大きく変わらないが、朝日が1519議席としていた比例代表での自民党の議席を、時事は17議席と予想している。唯一の救いは、朝日の序盤調査で「やや優位」だったかとされていた東京選挙区のお維公認候補・田中康夫が時事の調査では当選圏に入っていないらしいことだ。田中康夫の落選は是が非でも現実になってほしい。私は田中康夫を落とすために、全幅の信頼を置きがたい候補者に鼻をつまんで投票しようかと思っているくらいだ。

 時事通信の見立てで、32ある1人区で「野党共闘」有利とされているのは9つの選挙区(青森、岩手、山形、宮城、福島、新潟、長野、三重、沖縄)だ。朝日の調査では8選挙区だったからそれよりも1つだけ多い。地域別にいえば、大差がついているらしい沖縄は別格として、東北で「野党共闘」が善戦している一方、西日本(近畿・中国・四国・九州)で与党が強い。これも序盤の調査と変わらないが、長州(山口県)にルールを持つ人間である安倍晋三に対する反感が、かつて「賊軍」とされた東北で強いということなのだろうか。昔は青森などすさまじい自民党王国だったはずなのだが。

 明治維新のほかにもう一つ考えられる要因として「原発」が挙げられる。東電原発事故が起きた福島のほか、六ヶ所村を抱え、今なお新規原発の建設が進む青森で自民が苦戦していることや、東北ではなく西日本だが、四国で唯一波乱が起きる可能性があるのが伊方原発のある愛媛だということから、特に原発の立地県で自民党の苦戦が目立つと言えるかもしれない。とはいえ、福井や島根、鹿児島のような処置なしの原発立地県兼保守王国も存在するのだが。

 その他に東北が自民を忌避する要因としては、TPPもある。だがこれとて西日本や北陸や北関東の農村への影響はあまりないらしい。

 近畿地方でお維と自民が議席を山分けしそうな情勢については先週の記事でぼやいた通りだが、東京でも民進党の都連が「反党行為」「利敵行為」とでもいうべきことをやらかし始めた。

 といっても参院選ではなく、民進党東京都連会長の松原仁が7月31日投票の東京都知事選に長島昭久を担ごうとしたり、かと思えば自民党と相乗りで増田寛也を推そうとしたり、などの不審な動きをしていることだ。これは明らかに岡田克也と枝野幸男の路線に反している。もはや参院選敗北を受けての岡田克也と枝野幸男の民進党代表・幹事長退任を前提として、民進党に「右バネ」を働かせようとしているとしか思えない妄動だ。

 都知事選をめぐっては、現在、小池百合子が党執行部や自民党東京都連などの思惑を無視して勝手に立候補宣言をして執行部や都連を苦り切らせている。松原らの動きは、そんな自民党に塩を送ってやろうとするものであろう。つまり、自民党さん、小池百合子なんか見切ってうちの長島で相乗りしませんか、あるいは増田さんを立てるのならうちも乗りますよ、というノリだ。

 率直に言って、ああ、これが民進党という政党の本性なのだなと私は思うが、参院選での獲得議席が20議席台後半に終わるであろう民進党の岡田・枝野執行部に、同党東京都連の右バネの妄動を止める力があるとは私には期待できない。

 そもそも今の民意は、参院選そっちのけで舛添騒動にかまけるものだったりするし、イギリスのEU離脱やバングラデシュで起きたテロなども、自民党に投票する行動への追い風になるとしか思えない。なお、以下は蛇足だが、選挙のあと自衛隊が海外に派遣されて戦死者が出たりするなら、「愛国心」に目覚める国民が増え、マスコミもそれを煽ることによって、現在でも十分蔓延していると思われるファシズムが、さらにその勢いを強めることは確実だろう。

 明るい展望など何一つ持てない2016年の後半のスタートとなった。「崩壊の時代」はまだまだ続く。
 参院選公示後最初の週末となった金曜日(24日)、新聞各紙が一斉に改憲政党の議席が3分の2に迫るという情勢調査結果を発表したが、同じ日にイギリスの国民投票でEUからの離脱が決まった。このニュースは世界に大きな衝撃を与えた。日本も例外ではなく、同日の日経平均株価は1300円近くも下がって1万5千円を割り込み、円高が急激に進んで一時99円台をつけた。

 先般のサミットで、日本国首相の安倍晋三が「世界経済はリーマン・ショック前に似ている」と発言して失笑を買ったが、皮肉にも世界各国の株価の下落はリーマン・ショック並みだった。

 もちろん、2008年のリーマン・ショックは、その前年から不動産バブルの崩壊に端を発したサブプライムローン問題が大きな金融危機につながるのではないかとずっと警戒されていた。つまりリーマン・ショックとは、リスクが徐々に高まった末に、一部の論者からはっきり懸念が表明されていた危機に到ったものであって、十分予測されていたといえる。なお、当時は麻生政権時代だったが、日本の政財界は「そんな事態には至らない」とずっと言い張っていて、予測を大きく外したのだった。

 イギリス、特にイングランドの内向指向が突沸したとでもいうべき今回のイギリスのEU離脱決定とはリーマン・ショックとは経緯も理由も全然違う。だからサミットでの安倍晋三の発言がイギリスのEU離脱決定によって正当化される理屈など全く成り立たない。

 ただ、イギリスのEU離脱も、一昨年にスコットランド独立の住民投票で否決された頃から可能性として取り沙汰されていたものではあった。欧州各国で内向き指向が強まる中、スコットランドには「イギリスからは独立したいがEUにはとどまりたい」と考える人たちが少なからずいて、仮にイギリスがEUを離脱すると決まったら、スコットランドで再度独立運動が起き、その時には独立派がEU加盟を求め、これを争点にして残留派と戦うことになるだろうと指摘する向きがあったことを私は覚えている。

 日中及び日韓関係やインドとパキスタンの関係、あるいはかつての仏独関係など、隣国をもっとも敵視するのは洋の東西を問わず「国民」の性というものらしい。そして、隣人への反感と、より大きな共同体への依存とは裏腹の関係にある。だから、独立派が住民投票にこぎ着け、EU加盟を争点として住民投票を再び行った場合、今度は独立が選択される可能性が極めて高いと思う。そうなると、イングランドとスコットランドの緊張が高まることは目に見えている。たとえばスコットランドは当然ながら自国の「非核化」を求め、核施設はイングランドが引き取れと強くイングランドに要求するだろう。今後起きることが予想されるそうした事どもを考えると、今回のイギリス国民が賢明な判断をしたとは私には全く思われない。

 しかし、EUにも大きな問題があることもまた事実だ。事実上ドイツが牛耳り、フランスがそれに付き従っているEUは、加盟国に緊縮財政を強要しては加盟国の経済を悪化させ、加盟国内の格差を拡大させている。それが今回のイギリスのEU離脱決定につながったことは明らかだろう。

 問題は特にドイツにあり、ことに保守政治家アンゲラ・メルケルの経済極右ぶりはまっとうなリベラルであれば批判して当然ではないかと思う。

 しかし、ガラパゴス化した日本の「リベラル」の一部には、たとえば上述のサミットでの安倍晋三を批判する際にも、メルケルのコメントを引き合いに出す者がいた。私はそういう記事を見るたび、ああ、また「リベラル」が安倍政権の経済政策を経済軸上の「右」側から批判してるんだな、そんなこといつまでやってんだ、これじゃ当分自民党(安倍晋三)に勝てないよなあ、などとと思っていた。

 もちろんメルケル(ドイツ)だけではなく、今回の国民投票の結果に大きく「貢献」したとされるイングランドの白人労働者もまた浅はかであって、彼らも批判されなければならない。彼らは、一方で「搾取される側」の人々かもしれないが、移民を「差別し、抑圧する側」の人々という側面もある。彼らの言いたいのは「(強い)イギリスを取り戻す」ということであって、これは安倍晋三の「日本をトリモロス」と響き合う目標であることはいうまでもない。

 今回の株価暴落で、一昨年の10月(衆院選の2か月前!)に年金運用先に占める株式の比率が大幅に引き上げられた年金がまたしても大きなダメージを蒙った。安倍晋三は世界経済を「リーマン・ショック前」だと言いながら、年金運用先に占める株式の比率はそのままだったのである。政権批判側にはこの点を突いて安倍政権の批判を行う向きもあるし、それは当然の批判であるとも思う。

 しかし、この批判が功を奏する可能性は低いように思う。「経済が危なくなると自民党」という、実際には根拠の全くない思考(というより、何が起きても自民党にすがりつくというべきかもしれないが)は、すっかり惰性として定着した感がある。2013年の特定秘密保護法案や昨年の安保法案の審議中には、いっとき安倍内閣の支持率が下がっても、何ヶ月か経つとすぐに元に戻ってしまうパターンが続いている。しかも、「イギリスを取り戻す」今回の選択自体は安倍政権支持者の思考と親和性が強い。

 結局、イギリスのEU離脱決定が与える日本の参院選への影響は、本来は許してはならないことであるにもかかわらず3年以上もずっと続いている安倍晋三の独裁をさらに強める方向に作用するのではないかと強く懸念する今日この頃なのである。
 大山鳴動して鼠一匹とでもいうのか、結局安倍晋三が消費増税の2年半延期を言明しながら衆議院の解散(衆参同日選挙)は行われず、参院選のみ7月10日投開票の日程で行われることになった。

 まだ安倍晋三がどう決断するかわからなかった先週月曜日に発売された週刊ポストだったか週刊現代だったか、おそらく前者だったと思うが、それを先週土曜日に遅ればせながら立ち読みしていたら、大略こんなことが書かれていた。

 曰く、自民党で衆参同日選挙をやりたいのは安倍晋三だけだ。自民党の他の議員は皆、衆参同日なんてやってほしくない。自民党の選挙情勢調査もそういう(安倍晋三以外の)自民党の政治家たちの意図を反映して、自民党に厳しい予想が出された。それによると自民党は衆院選で現有議席あるいは前回獲得議席よりも20〜40議席減らすという。この下限である40議席減というのは、「野党共闘」の候補が、民進党と共産党の票を足し合わせた票を得ると仮定した場合の話であって、いくら何でも野党候補の票を多く見積もり過ぎであって現実的な試算ではないのだが、衆参同日選挙へ前のめりの安倍晋三を止めるためにそんな試算をしたものだ。

 こういったまことしやかな週刊誌の記事は、本来眉唾ものでしかないのだが、今回に限っては、実際に起きた安倍晋三と麻生太郎や谷垣禎一ら自民党の大物政治家たちの国会閉会直前の駆け引きに働いた力学をよく説明していると思った。麻生や谷垣は、消費増税を延期するなら衆議院を解散して有権者の信を問え、と安倍晋三に迫ったが、衆参同日選挙をやりたくてたまらなかったはずの安倍晋三は、結局消費増税延期だけ表明して衆議院を解散しなかったからだ。これは、安倍晋三に衆院解散を思いとどまらせただけの何物かを仮定しなければ説明がつかない。それが、「このまま衆議院を解散したら自民党は議席を減らす(そして安倍晋三の最大の宿願である改憲ができなくなる)」ことを示す「自民党内部の世論調査」だった、とはいかにもありそうな話だ。

 とにもかくにも、衆参同日選挙は回避された。正直言って「結果オーライ」だと思った。実際に衆参同日選挙が行われれば、「自民党の内部の世論調査」とやらは外れ、安倍晋三の野望を達成しやすくなる結果になることは目に見えていたと思うからだ。

 ただ、良くないと思うのは、リベラル・左派の多くは私と同じように衆参同日選挙に方をなで下ろしでもしたのか、議論がこのところ不活発をきわめていることだ。何を書いても反応がない。「小沢信者」による嫌がらせのコメントすら、このところほとんど来ない。

 一方、本職の政治家たちには「転向」が相次いでいる。少し前には鈴木宗男が娘の鈴木貴子の自民党移籍を画策した。いつまでも民主党(現民進党)にいては将来がないと判断したからだろう。つい最近には、おおさか維新の会が、田中康夫を参院選東京選挙区候補として擁立する意向だと報じられた。

 鈴木宗男と田中康夫は、いずれも小沢一郎に近いとされた政治家だ。しかし、彼らの「転向」を批判する声は、リベラル・左派、特に7年前の「政権交代」に熱狂した人たちからはほとんど聞こえてこない。鈴木宗男についていえば、先の衆院北海道5区補選で「野党共闘」の池田真紀候補が敗れたのは、宗男票が寝返ったからだとの「慰め」の言説のダシにされただけだ。この俗説を広めたメディアの一つに「日刊ゲンダイ」があったが、これが誤りであることを、私は「kojitakenの日記」で示したが、「日刊ゲンダイ」の欺瞞に満ちた麻薬的なコンソレーションに自ら進んで騙されようとする人間が続出するほどにも、リベラル・左派の心は弱くなっている。

 坂野潤治の言う「異議を唱える者が絶え果てた『崩壊の時代』」とはこのことだ、との感を最近ますます強めている。坂野潤治はこの言葉を1937年7月7日の盧溝橋事件以降敗戦までの時代に対して使ったが、2013年の毎日新聞のインタビューで坂野は、2012年末の総選挙で第2次安倍内閣が発足して、現代日本も「崩壊の時代」に入ったと語った。

 この坂野潤治インタビューは、2013年4月30日付のこのブログの記事「安倍晋三を批判する言論が絶え果てた『崩壊の時代』に思う」にその前半を引用した。今回の記事ではインタビューの中ほどの部分を以下に引用する。

 格差の縮小が社会に活力をもたらす−−というのが坂野史観の神髄だ。日本近代史の中で格差を縮小した社会改革は1871(明治4)年の廃藩置県と、農地改革や労働三法をはじめとする戦後改革の2度しかなかったという。廃藩置県で士農工商の士がなくなり、農工商が張り切って近代日本の礎を築いた。戦後改革で小作農や労働者が解放されて戦後復興を成し遂げた、とみる。

 「そうした戦後改革の遺産を食いつぶし、格差を拡大させたのが小泉政権、そのまま放置して固定化させたのが民主党政権です。正社員を派遣社員にして賃金を安く抑え、国際競争に勝とうと訴えた。まるで芥川龍之介の小説『蜘蛛(くも)の糸』のように下層の人たちを踏み台にして自分たちだけが生き残ろうとした。このあたりから危機の時代が始まったんです」

 続いて崩壊の時代の話に入り、アベノミクス批判が展開すると構えていたら、そう短絡的ではないのが、この人の論のユニークなところだ。

 「野党的な立場の評論家はアベノミクスが崩壊するのを心待ちにしています。そりゃ、いつかは崩壊するでしょう。でもね、格差を縮小するチャンスはバブルの時しかないんです。大恐慌の時にはそんなことは言っていられない。せっかく景気が回復してくるならば、野党は今こそ、固定化した格差を縮小する構想を練っておくべきです。生活保護を拡充し、失業者を派遣社員に、派遣社員を正社員にして、みんなが少しずつ豊かになって社会全体が元気になるような構想を描いておく。国民は豊かになると政治にものを言いたくなる。それを追い風にするんです」

 3・11以降、成長神話から脱却し、もう少しつつましやかに生きる道はないかと多くの日本人が痛感したのではないか。しかし坂野さんは言う。

 「今、豊かさを語る多くの人は成長を否定して、貧困の平等社会みたいなものが理想と言う。極端な例だと江戸時代の暮らしに戻ろう、と。しかし、私は成長自体は良くも悪くもなくニュートラル(中立)だと思っています。成長至上主義は格差拡大につながりますが、先ほど言ったように格差縮小のチャンスととらえることもできます。もうひとつ、平等と聞くと、みなさんは怠け者が増えて成長を阻害するようなイメージを持つかと思いますが、平等とは固定化した格差を縮小することだと解釈すれば、『成長と平等』は両立します。実際に戦後の日本経済はみんな平等の終身雇用のもとで発展してきたではありませんか」

(毎日新聞 2013年04月22日 東京夕刊より)


 今読み返すと、その後2014年末から2015年の初めにかけて日本でも一時代ブームになった(ものの、結局ブームとして消費されて終わり、安倍政権の経済政策を代替する政策の議論にまではつながらなかった)トマ・ピケティの『21世紀の資本』の議論とも共通する視点があって興味深い。

 坂野潤治の言葉通り、安倍政権の経済政策はいまや崩壊しつつあるが、この3年間野党が「固定化した格差を縮小する構想を練って」いたかといえば、答えはノーだろう。せいぜい今回の政局で、民進党の岡田克也が安倍晋三の先手を打って国会の党首討論で消費増税延期を提言して得意げになっているくらいのものだ。これではきたる参院選での「野党共闘」の勝利など到底望めないだろう。

 また、坂野氏の言う「成長による格差縮小」は、多くの経済学者の主張とも共通する、いわば「常識」だと思うが、「リベラル」の間に相も変わらず蔓延していたのは、自身は紛れもない富裕層の人間である内田樹の「脱成長」論だった。現在のリベラル・左派論壇の膠着状況には目を覆うものがある。

 3年前の記事では、坂野潤治の「あの時(1937〜45年の「崩壊の時代」=引用者註)は戦争に負けて焼け野原になったように崩壊の形が目に見えた。しかし今回はこの国の体制がどういう形で崩壊するのか、その姿すら浮かびません」という言葉を引用した。悪いことに、それは今なお当てはまり続けている、というより、3年前にはあまりピンとこなかったその言葉の実感が、ここにきてますます強まっていると思う今日この頃なのである。
 毎月中旬がやや忙しいのだが、上旬が連休だった今月は特にそうで、そのため月曜日にブログを更新できなかった。来週月曜日も更新が難しいので、変則的に木曜日の今日(19日)に更新し、次回は30日月曜日にしようと思っている。

 年々、坂野潤治の言う「崩壊の時代」の実感が強まり、もはや何を書いても空しいくらいの為政者(安倍晋三政権)のやりたい放題が続き、日本国民の抵抗も弱まる一方だ。坂野潤治は4年前の2012年の衆院選によって第2次安倍内閣が成立したのを機に「崩壊の時代」が始まったと発言した(2013年の毎日新聞インタビュー)。坂野潤治によると前回の「崩壊の時代」は1937年に始まったから、それで言うなら今は1941年に当たる。といっても、年末に日本が対英米戦争を始めるなどというナンセンスなことを私が予想しているわけではない。あり得るのはもっと先に、アメリカが主導する「テロとの戦争」に日本が参加することだ。

 このブログ及び「kojitakenの日記」の常連コメンテーターの中には、「戦争?意気地なしの極右に戦争などできるはずがないし、そこはブログ主さんに同意できない」と仰る方もおられるけれども、安倍晋三ら日本の極右の指導者が、ネトウヨの望んで止まない中国や韓国との戦争を起こすことなど現段階では想定できないとは私も思う。しかし、そんなのは非現実的な想定だ。但し、今年秋のアメリカの大統領選でヒラリー・クリントンではなくドナルド・トランプが勝った場合は何が起こるかわからない。同じ共和党でも既に撤退したクルーズやルビオが大統領になった場合、「ジャパン・ハンドラー」の異名をとる対中強硬派のリチャード・アーミテージらの影響力が強まり、日中間の緊張が高まることになっただろうが、トランプでは何がどうなるかわからない。今のところもっともありそうなクリントン当選の場合、ネトウヨの望む展開にはならないだろう。

 ただ、2020年に予定されている東京五輪招致をめぐる買収工作の調査の進展によって、東京が五輪開催権を召し上げられる(その場合、代替開催地を2012年と同じロンドンにするとの案も出ている)ような事態が起きた場合、日本国民にヨーロッパに対する妙な被害者意識、ひいては悪性のナショナリズムが昂じて、第2次世界大戦前のように日本が国際的に孤立する恐れもないとはいえない。戦前には同様に国際的に孤立した国としてはドイツがあったが、独仏関係がすっかり良好になった今ではその再現はあり得ない。あるとしたら北朝鮮と同盟を組むことくらいだが、これはもちろん冗談であって、21世紀の戦争は20世紀のような国家がかりの総力戦にはならないだろう。日本が今後国際的に孤立する道を歩んだとしても、その後さらに徐々に国力を衰退させる道が待っているだけであって、前の戦争のような劇的な崩壊とそこからの最盛のドラマなど到底「期待」(というと語弊があるが、あえてそう書く)できないというのが現在の私の意見だ。つまり、「グレート・リセット」なんてあり得ませんよ、ということだ。

 結局、安全保障問題でもっとも懸念すべきことは、日本の「テロとの戦争」であって、そんなのに深入りしたが最後、日本は2001年の9.11と同様のテロの標的になる国になる。だからこそ安保法は阻止しなければならなかったのである。安倍晋三ら意気地なしの日本の極右指導者たちは、アメリカに「テロとの戦争に日本も参加しろ」と言われて拒否することなどできっこないのである。

 さて政局だが、昨日(18日)発表された1-3月期のGDP1次速報値は、3か月前にマイナス成長に転落した時言われていたこととは違ってそこそこ良かったが、かといって手放しで景気回復をいえるほどでもないという玉虫色の数字(前期比プラス0.4%、年率換算プラス1.7%)だった。これはむしろ安倍晋三にとっては不本意な「良すぎる数字」ではなかったというのが私の見立てだ。というのは、当初安倍は経済の不調を口実にして四半期のGDP1次速報値発表後間を置かずして消費増税延期を言明し、来月1日の通常国会会期末に衆院を解散するというのが、多くの政界ウォッチャーの予想だったからだ。しかし、4月に起きた熊本地震が解散にブレーキをかける効果をもたらし、さらにGDPもそこそこ良かった。

 しかも、昨日(18日)の国会での党首討論で、民進党代表の岡田克也が消費増税延期を求める発言をして、安倍晋三の先手を打ってきた。これは民進党としては珍しいヒットだったと思う。昨日はこの岡田発言を公明党代表の山口那津男が記者会見で批判する映像もニュースで流された。この流れでは、仮にサミット後に安倍晋三が消費増税延期を言明しても、野党に押されてという形になると論評されてもいた。

 ただ、それでも安倍晋三の妄執は強くて、かつ今選挙をやれば自公与党の勝利が見込まれることから、衆参同日選挙に踏み切るとの見方も強い。私もその見方に傾いているが、こればっかりは安倍晋三の胸三寸(よく言われる「胸先三寸」は誤用とのこと)だから、あれこれ類推してもどうしようもない。近い将来どっちの目になるかはわかることだし、長々と予想を書いても意味がない。但し、仮に衆参同日選挙にならない場合は、安倍晋三は増税延期表明も延期するであろうとだけは断言できる。安倍晋三というモラルの低い読者にとっては、経済政策も自らの改憲への野望の手段でしかないからだ。そんな安倍晋三を支持する人間がこの国には約半分もいる。

 最後に先週の記事に書いた小林節の「国民怒りの声」だが、何よりも肝心の小林節本人の動きがああも鈍くてはどうしようもない。ああいうアクションを起こした場合、最初の発表から間を置かず二の矢、三の矢を放たなければ戦闘にならない。思い出したくない例だが、小泉純一郎は2005年に郵政解散を強行したあと、ただちに自民党内の郵政民営化法案反対者に「刺客」を送ることを発表し、血に飢えた有権者の心をつかむことに成功した。小林節も「国民怒りの声」を成功させたいのであれば、あの時の小泉と同じくらいのスピード感をもって動かなければならなかったが、小林節にはそれができなかった。現時点での私の予想は、小林節の撤退である。

 社民党について触れると、小林節が撤退してはそれに乗るわけにも行かず、民進党との合流の話も党首の吉田忠智が正式に断念を発表した。この件に関しては、リベラル(括弧のあるなしを問わない)の人たちがふだんあまり接さないであろう日経の一連の報道およびその流れを受けて分析する人たちの意見が参考になった。日経は、社民党の民進党への合流を後押ししていたのは連合だったと指摘する。ただ、合流には社民党の解体が前提条件だった。民進党の岡田執行部は、社民党が解党するのであれば合流を受け入れる方針だったらしい。そして、一部の人たちの分析によると、それを望まない人たちが朝日新聞などにリークして報じられた結果、当然ながら党内や支持者の強い反発を受け、民進党からも保守派の強い反発が出てお流れになったとのことだ。つまり、隠密に事を進めることができなかった吉田忠智の敗退だった。この一連の流れで、吉田忠智が議席を失うことはほぼ確実になった。一方、自身の議席確保の見込みが強く、社民党解党などもってのほかという福島瑞穂は社民党単独での戦いにこだわっているようだ。

 これも、記事の冒頭で触れたのとは別の、当ブログ及び「kojitakenの日記」の常連コメンテーターの方が仰るところの「社民路線が理解出来ていない政党(社民党)」にはいったん消滅してもらって、新たに社会民主主義政党を興してそれをかつての日本社会党のような国民政党に育てていくという、いつの日になるかわからない道を模索するしかないのではないかと思う。さしあたって参院選の東京選挙区に社民党公認で立候補を予定している増山麗奈のような候補者を私は支持できないし、そんな候補者を擁立する社民党を参院選の比例代表選の投票用紙に書くつもりはないことを明言しておく(もちろん民進党とも書かないけれども)。

 小沢一郎を長年忌み嫌ってきた私でさえ、参院選では生活の党と山本太郎となかまたちと統一名簿を作ることくらいはしなければ社民党は生き残れない、それどころか本当は社民党の方から小林節を強く説得して「国民怒りの声」と社民党と生活の党とその他の勢力の糾合をするくらいのアクションをしなければならないと思うのだが、社民党はどこまでも単独で戦うつもりらしい。それならそれで勝手に滅びて下さいと、かつては比例代表選で社民党の党名を書くことが多かった私も思う今日この頃なのである。
 ゴールデンウィークが終わった。私は2日と6日が仕事だったから、途中2日の平日を挿んで3連休、3連休、2連休だったが、下手に5連休や6連休になるより長く感じた。

 さて5月は伊勢志摩サミットが5月26,27日にあるが、その前の週の18日に2016年第一四半期GDPの1次速報値が公表される。またサミット終了後の6月1日が通常国会の会期末に当たる。

 当初、安倍晋三はこの日程をにらんで、GDPの2期連続のマイナス、すなわちリセッション(景気後退)局面入りが明らかになる18日からサミットまでの間の期間に、来年(2017年)4月に予定されている消費税増税の延期を発表し、通常国会閉会が閉会される6月1日に衆議院を解散する構想だったと思われる。

 しかし先月に発生して今も余震が続く熊本地震が情勢を不透明にした。昨日(8日)放送の「サンデーモーニング」で岸井成格は衆参同日選挙に否定的な見方を示したが、断言はしなかった。安倍晋三はなお衆参同日選挙の目を探っているものと思われるが、最終的に安倍がどう判断するかはなんともいえない。

 とりあえず言えるのは、GDP1次速報値が2期連続のマイナスになり、それを受けてサミットの前までに安倍晋三が消費税増税延期を言明した場合、安倍が衆参同日選挙に踏み切ることを覚悟しておいた方が良いということだ。衆参同日選挙に踏み切らない場合は、消費税増税延期の表明も先送りするだろう。安倍晋三とはそういう権力者である。

 これに対する野党側だが、先月の衆院北海道5区補選は、「野党共闘」が成功したとは到底いえない結果だった。SEALDsをダシにした共産党の戦略は、民進党のつれない対応によって思惑通りにはいっていないとみなければならない。

 今朝(5/9)の朝日新聞に出ていたのだが、この民進党の鈍い動きに対して憲法学者の小林節がついに切れ、「安保法廃止」を掲げて政治団体を設立して小林節自身も出馬するらしい。今日記者会見して発表するとのことだ。

 実はこの動きは、先月毎日新聞が先走って報道し、

無所属の亀井静香衆院議員や民進党の篠原孝衆院議員らが呼びかけ人となり、8日にも国会内で設立総会を開く。民進、社民、生活などの野党議員や、市民団体メンバーらが個人として参加する。関係者によると参加議員が約40人になる可能性があるという。

と書いたものの、どうやら民進党においては篠原孝の先走りであったらしく、すぐに参院議員会長の郡司彰岡田克也が不参加を表明していったんお流れになっていた。

 これに関して今朝の朝日新聞は下記のように書いている(朝日新聞デジタルの無料公開記事に続く部分)。

 小林氏はこれまで、共産を除く野党各党の参院選比例区候補が新たな政治団体に名を連ねる「統一名簿」方式を模索し、一部の民進党議員らと協議を重ねてきた。しかし民進執行部は否定的な姿勢を示したため、野党各党や無所属議員との連携を棚上げし、文化人ら民間主導での政治団体の設立を決めたという。

 小林氏は朝日新聞の取材に、独自の政治団体を作る理由について「野党共闘の先頭に立つべき民進党の動きが遅く、このままでは時間切れになる。既成政党に不信を抱く無党派層に関心を持ってもらうため、旗を立てたい」と話した。

 小林氏らの狙いは、市民主導で安倍政権に「対決」する気運を高めようとするものだ。

(2016年5月9日付朝日新聞3面掲載 藤原慎一記者署名記事より)


 小林節らの「政治団体」は参院選比例区への立候補ということだから、選挙区における民進党と共産党を軸とした「野党共闘」候補とのバッティングはないのではないかと思われる。もう参院選まであと2か月前しかないし、昨年の安保法(戦争法)成立からはもう8か月になるから「安保法廃止」がどこまで有権者にアピールするかも不明だが、とりあえずこういう動きも出てきた。

 それにしても、政党名自体意味不明の「民進党」とはいったい何を目指している政党なのだろうか。この野党第一党に対する不信がますます増すゴールデンウィーク明けなのだった。
 歳をとるにつれて、年々3月は憂鬱な月となり、4月にも新たな意欲など湧かなくなるのだが、今年は特にそうで、これほど憂鬱な3月というのも珍しい。

 テレビ番組でも3人の司会者がレギュラー番組を去ることが話題になっている。このうち、NHKの国谷裕子は番組を見る機会がほとんどなかった。TBSの岸井成格は、4月から同局のスペシャルコメンテーターに就任とのことで、『NEWS23』のアンカーは朝日新聞を定年退職する星浩に代わるらしいけれども、『サンデーモーニング』を降りるという話は聞かないし、『NEWS23』にももしかしたらたまに登場するかも知れない。昔このブログで岸井の悪口をずいぶん書いたが、昔は嫌な安倍晋三びいきのコメンテーターだった。それは岸井が昔故安倍晋太郎の担当記者だったらしく、その縁で安倍晋三に期待していたようなのだが、安倍晋三は父をないがしろにして岸信介にばかり心酔して改憲を宿願とするばかりで、第2次安倍内閣発足の頃には岸井は既に安倍晋三を見限っていたようだ。そのせいもあって、特定秘密保護法や安保法案の報道で、岸井は一貫して政府・自民党を批判してきた。

 岸井の後任の星浩は、民主党野田佳彦内閣時代の2012年6月から第2次安倍内閣時代の翌年3月まで、朝日新聞論東京本社オピニオン編集長兼論説主幹代理を務めた。野田政権後半の朝日の社説といえば、消費税増税を強硬に主張したり、それに関する民主・自民・公明の三党合意をせよと突っついたりしていたが、三党合意に関する社説などは星が書いていたのではないかと私は疑っている。星はゴリゴリの財政タカ派であって、民主党政治を失敗に導いたA級戦犯の一人だと私は見なしている。月替わりを待たず、もう来週(28日)から星の出番だ(蛇足だが、「hosino」とタイプして変換すると「星野」と表示されることも私の血圧を上げる)。

 もう一人の退任するキャスター・古舘伊知郎ははっきり言って嫌いだった。小泉政権時代の郵政解散・総選挙で古舘が熱心に小泉を応援した恨みは忘れようにも忘れられない。その後も、何かと言えば財政再建を言ったり(最近は批判を受けてか財政再建を口にする時には保留をつけるようにはなっていた)、例の「身を切る改革」を言い出すなど、やっぱり古舘はダメな奴だなあと思っていた。

 しかし、18日に放送された古舘のドイツ取材は良かった。この件については、リテラの記事を引用して書いた『kojitakenの日記』の記事「安倍晋三をヒトラーに重ね合わせた『報ステ』に拍手喝采した」を参照されたい。もっとも、こう書いたものの、最近ではこのブログにアクセスする人の多くは『kojitakenの日記』の告知記事経由で来られていて、逆にこちら経由で『日記』にアクセスされる方はほとんどいなくなっているが。もうすぐこのブログも開設10年を迎えるが、更新が週1回でそれも休むことがあるので、すっかりさびれてしまった。

 そんな古株のブログ書きから見て、最近のブログに思うのは、政権批判側に妙な自主規制が目立つことだ。たとえば、「人を呼び捨てにするのでは言いたいことが伝わらない」と言って、いったん書いた安倍晋三を呼び捨てにした記事を自ら修正した人気ブロガーがいた。

 でも私は思うのだ。それって、呼び捨てに対する自主規制にならないのか、と。

 スポーツ選手や芸能人は呼び捨てにされる。囲碁や将棋の棋士は「八段」「九段」などと呼ばれるが、観戦譜の記事では呼び捨てにされる。また、論文においても引用文献の著者は呼び捨てだ。このブログもそうだが、政治家を呼び捨てを原則としている市井のブログは少なくない。ある時期から、このブログでは呼び捨てにする時は原則としてフルネームで書くようにしているが、頻繁に名前を書く時や、特に非難を込める場合などに姓だけで呼び捨てにすることがある。第1次安倍内閣の頃はよく「安倍は」と書いたが、今では「安倍晋三は」と書く場合が大部分だ。非難を込めて「安倍」と書く用例としては、前記『kojitakenの日記』の記事「安倍晋三をヒトラーに重ね合わせた『報ステ』に拍手喝采した」では下記のようなものがある。

 つまり、「安倍晋三のことをいってるんじゃありませんよ」とわざわざシラを切りながら、古舘が発した言葉(赤字引用部分)はまんま安倍晋三に当てはまることだった。強いドイツ(日本)を取り戻す(トリモロス)、安倍じゃん。「決断できる政治」、安倍が政権に復帰する前に、マスコミ(私はNEWS23の後任アンカー予定者である星浩を思い浮かべた)が言ってたことじゃん。「戦争の準備を『平和と安全の確保』と表現していた」、安保法(戦争法)を「平和安全法制」と言い換えてるのは安倍じゃん。

 ここには「古舘」という呼び捨ても出てくるが、「これで良いじゃん。なんで『呼び捨てにするな』と自主規制するんだよ」と思ってしまう。

 まあこの件も『kojitakenの日記』の記事「自己規制なんて不要に決まっているし、『安倍晋三』と呼び捨てにして何が悪い」(2016年3月20日)に書いた。その記事についたnesscoさん(はてなダイアリー『一人でお茶を』の運営者)からいただいた下記のコメントを紹介する。

nessko 2016/03/20 12:54

呼び捨て、ですけれども、私は子供の頃、著名人に対しては敬称をつけないのが礼儀と教わった記憶があるので、著名人に対してはうかつにさん付けしないように気を付けているくらいです。でも、ときどきつけてしまうのは、最近はさんづけする人が増えているから影響されているせいでしょうね。


 こういう意見もある。「呼び捨ては失礼だから(あるいは意見が伝わらないから)止めましょう」などと言うのは大きなお世話だと、そう声を大にして言いたい。

 上記も自主規制の例だと私は思うが、リアルの政治状況にさらに悪い影響を与える自主規制として、「リベラル・左派」が「野党共闘」の共闘先とみなしている「民進党」予定政党(民主党と維新の党)に対する批判を自粛している(としか私には思えない)ことは実に気持ちが悪い。

 たとえば、さる民主党びいきの保守系のブログは、「1度だけホンネを書くなら、そんな党名、イヤだ~。」などと書いた。なぜその本音を書くのを「1度だけ」にしなければならないのかと思ったが、1度だけとはいえ本音を書いただけまだマシであって、多くの人間は内心では苦虫を噛み潰しながら、建前では「民進党を応援しよう」などと書く。

 そんな自己欺瞞は止めてくれ、と言いたい。彼らの中には「民進党」の党名を批判する他人のTwitterのつぶやきをリツイートするだけで自ブログには何も書かない人間もいる。もちろん中には「維新の党は政党支持率が0.3%しかないくせにずいぶん態度が大きいですね」などとはっきり書く民主党支持者もいるし、それで良いと思う。私は、現状の延長線上には民進党の大敗、「野党共闘」の失敗、参院選の自公圧勝という結果しかないのだから、そうさせないためにも「民進党」予定政党に対する活発な批判こそ今は必要だと思う。しかし、現実に「野党共闘」推進者の間に通用しているのは、「『野党共闘』のパートナーに対する批判は『野党共闘』の足を引っ張るだけだから止めよう」という論理だ。それで選挙に勝てるなら良いけれども、現状の延長でそんな結果になりっこないだろ、と思う。

 それどころか安倍晋三はここにきて「衆参ダブル選挙」を露骨に狙い始めた。スティグリッツ、次いではクルーグマンを呼んで消費税増税を止めろと言わせているのは、巷間言われている通り安倍晋三が消費税増税延期を打ち出し、それを争点にして参院選、場合によっては衆参同日選挙を戦おうとしているからだ。

 前記の「批判を受けて安倍晋三を呼び捨てにした記事を修正した」というブロガー氏は、財務相の麻生太郎が消費税を予定通り10%に上げるべきだと言ったというニュースに怒ったそうだが、長年政治を見てきた人間として、そんな心配は無用だと断言できる。来年4月の消費税率引き上げは絶対になく、間違いなく安倍晋三自身が消費税増税延期を決断して内閣支持率を上げにくる。100%間違いない。

 この現状に対して政権批判側の人間のなすべきことは、先日さとうしゅういちさんがスティグリッツの発言の直後にいち早くブログに書いたように、「野党は総理の機先制し、消費減税&再分配強化打ち出せ」と野党に提言して実行を迫ることだろう。

 ただ私には、財政再建原理主義者の岡田克也を代表にいただき、同様の主義主張を持つ前代表・前総理大臣の野田佳彦がいる現民主党及び民主党が維新の党とが野合してできる「民進党」に「安倍晋三の機先を制して消費減税と再分配強化を打ち出す」ことなど現状ではできっこないとしか思えない。

 私は参院選では東京選挙区だから、わざわざ民進党の候補なんかに投票する必要はないのだけれど、衆院選となれば実は頭の痛い選択を迫られる選挙区にいる。鼻をつまんでも投票したくない民進党予定政党のかなり強力な現職議員がいるのだ。長島昭久のようなひどいネオコンではないが、好き嫌いで言えばその議員は大嫌いだ。だから東京移住後過去2度の衆院選では共産党候補に投票していた。

 それでも衆院選になればそいつに投票することもあり得ると思うが、そいつが属することになる民進党には文句を言わずにいられない。そして民進党予定政党に対する「リベラル・左派」の批判の自粛にはめちゃくちゃ腹を立てている。

 みんなもっと言いたいことを言おうよ、と強く思う。

 4月からは、TBSの月曜夜8時に辛坊治郎が、テレビ朝日の同じ月曜の深夜11時台には橋下徹が進出してくる。TBSは既に『NEWS23』の後任アンカー・星浩の宣伝をコマーシャルで流しているが、テレビ朝日の『報道ステーション』の新コメンテーター・後藤謙次(元共同通信政治部長)も星浩に負けず劣らず嫌な奴だ。

 4月からは今よりもさらに気分が暗く沈む日が多くなるに違いないが、自分が書く文章くらいは何の遠慮もなく言いたいことを思いのままに書きたいと思う今日この頃なのである。
 最近は週刊誌の立ち読みをほとんどしなくなっていたのだが、一昨日(16日)、たまたま本屋に置いてあった『サンデー毎日』と『週刊朝日』を覗いてみたら、どちらにも今年夏に行われる参院選の議席を予想する記事が出ていて、ともに自民党の圧勝と「安倍政権の改憲」に反対する野党(安倍政権以外であれば改憲を容認する政党を含む)の敗北を予想していた。安倍晋三が強気を貫き続けるのも道理だと思った。

 そういう議席予想になるのは、何も安倍政権が行っている政治が良いからではなく、野党がふがいないからであり、さらにいえば野党の支持者たちがふがいないからだ。

 最近特に私が気になって仕方がないのは、昨年末から今年初めにかけての共産党の2つの行い、つまり慰安婦問題をめぐる日韓合意に対する積極的評価と今年1月4日の天皇が臨席した通常国会開会式への共産党の出席をめぐる政権への反対者たちの沈黙だ。

 いつもいつもネガティブなことばかり書いているので、その反省も込めて今回は大いに称賛したいのが、いまや1日当たり数万件のページビューを誇る弁護士の宮武嶺(徳岡宏一朗)さんのブログ『Everyone says I love you !』の昨年12月25日付記事「共産党が『天皇陛下御臨席』の国会開会式に出席する方針に転換、本当にいいことなのか。」だ。長くなるが以下に引用する。赤字ボールドは引用者によるもので、特に共感した箇所だ。

 天皇の個性で政治が左右されたらいけないというのが象徴天皇制です。そもそも、国民主権と天皇制が併存するということ自体が妥協の産物なのに、そちらの現実に理念を合わせていたら、日米軍事同盟という現実に憲法解釈を合わせてしまうという、立憲主義破壊の集団的自衛権行使容認の解釈改憲も批判できなくなるでしょう。

 これを、共産党が安保法制反対など立憲主義という大事なものを守るために、妥協をしたもので、現実主義でいい、という人もいるでしょうが、こんな妥協をしても、1議席も増えないと思いますよ。

 天皇制に対する態度で投票行動を決めている人なんてそんなにいないですし、共産党が国会の開会式に出ないから、国民連合政権構想がとん挫しそうなわけでもないですしね。

 共産党は2004年の綱領改定により、天皇制について

「憲法上の制度であり、その存廃は将来、情勢が熟したときに国民の総意によって解決されるべきものだ」

との立場をとっており、これを踏まえ、志位氏は国会の開会式に

「出席した場合、『天皇制に反対する立場から欠席している』との要らぬ誤解を招くことなく、憲法順守のため改革を求める真意がよりストレートに伝わる」

と語ったというのですが、ぜんぜんストレートじゃありません。

 そんなに天皇制に反対しないということを表明することがいま大事でしょうか。

 なぜ2004年の新綱領から10年以上、開会式を欠席してきたのに、次回から出席するのでしょうか。
それは明仁天皇の言動が穏当だからだと志位さんも説明しています。

 しかしその発想は。天皇の政治的影響力を極力排除しようとした象徴天皇制にも反する発想なのです。

 それにしても、今年5月の通常国会の開会式には欠席したんでしょうに、いきなり来年からは出席しますとは急な話です。

 いつ決めたんだという質問に、12月21日の常任幹部会で一発で全員賛成で決まったというのですが、共産党のように権力が中央に集中している組織は決めることが早くて効率的なように見えて、危険ですね。

 こういう大事な問題は、下から積み上げて議論を尽くして方針転換したらどうなんでしょうか。

 いったん共産党のような中央集権組織が「右傾化」しだしたら、もう歯止めをかけるのは大変だろうなと危惧を抱いた事件でした。

(『Everyone says I love you !』 2015年12月25日付記事「共産党が『天皇陛下御臨席』の国会開会式に出席する方針に転換、本当にいいことなのか。」より)


 この記事のコメント欄を見ると、「反kojitaken」と思われるコメンテーターが、

この項の管理人様のご意見は、kojitaken風(笑)。でも確かにそうかも。今後、次の天皇が融和的じゃなくなった時、わしら天皇気に入らんからもう開会式出えへんねん、とは言えないだろう。

などと書いていたのに笑ってしまったが、私の「敵」であろうコメンテーター氏のご明察の通り、私の心の琴線に触れる記事だった。

 なお、私の天皇制に対するスタンスだが、基本的に廃止すべきだが、それは日本国民がもっと成熟してからの話であって、今憲法第1条から8条までに関する改憲論を持ち出しても、安倍晋三や自民党や日本会議に代表される反動・復古的改憲勢力にとって「飛んで火にいる夏の虫」にしかならないからという理由で、当面象徴天皇制の存続を容認する、というより護憲派の立場に立つ、というものだ。おそらく私の目の黒いうちに「日本国民が成熟する」ことなど想像できないから、今後もずっと護憲の立場からの象徴天皇容認論に立つと思っていただいて結構だ。こう考えるようになった理由は単純で、中学生の頃だったか、「なんで福沢諭吉も『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』と言っているのに、天皇制なるものが存在するのか、と思ったのがきっかけで、その後40年にわたってこの考えは変わっていない。現在の天皇・皇后の護憲的な立場は評価するが、それと天皇制とは別の話だと考えている。早い話、次の天皇も現天皇と同じようにリベラルに決まっているなどとは誰も保証できない。

 上記ブログ記事は大いに称賛に値するが、このような発言が「反安倍勢力」からなかなか出てこないことには大いに憂慮させられる。

 概してこの件で共産党を評価するのは、同じ反安倍の立場に立つ論者であっても保守系にカテゴライズされる者が大半だ。たとえば、元旦から明白な戦争責任のある昭和天皇を賛美したり、普段から民主党を中心にした「野党再編」(民主党と維新の党との合流も含まれると思われる)を熱望したり、時には橋下徹を評価してみたりするような明白な保守系のブログが、「野党共闘、連合政府構想に対する共産党の本気度を再認識した人も少なくなかったのではないだろうか」と書いた。共産党に投票する気など全くないくせに無責任な記事を書くなよ、と腹を立てたが(なお私自身は共産党の「民主集中制」に大反対であるにもかかわらず、最近は消去法で共産党に投票せざるを得ないことが大半だ。なお一昨年の東京都知事選のように、白票を投じる場合もある)、それでもこの件に言及した、つまり自分の立場を明確にしただけまだマシだ。

 もっと問題なのは、内心志位氏ら党執行部の方針に反対ないし不快感を持っているにもかかわらず沈黙してしまう人たちだ。党を離れたくない党員の場合はまだわかるが、そうでない単なる支持者の場合、さらには私のように共産党支持者ではないけれども共産党に投票する機会がある者の場合など、あとで挙げた者ほど反対意見を言い易いはずだ。それなのに反対意見がなかなか出てこない。一体どういうことか。彼らは何を「自粛」しているのか。野党支持者や「リベラル」はそこまで「同調圧力」に弱い人間ばかりなのか。等々、呆れるやら腹が立つやらで非常に気分が悪い。もちろん澤藤統一郎弁護士のように明確な反対論を述べた方もおられるが、澤藤弁護士は2014年の東京都知事選でも共産党推薦の宇都宮健児氏の不支持の論陣を打ち出して注目された人だ。それに対し、当時宇都宮氏を推し、最近ではSEALDsを手放しで持ち上げたような人たちの間から今回の共産党の転向に対する異論は出たかと言えば、中にはいるのかもしれないが思い当たらない。このていたらくでは、無党派層が「安倍政権の改憲」に反対する政党に投票する気が起きなくても仕方ないのではないか。物を言えない「リベラル」なんて自己矛盾もいいところであって、肩書きと中身が一致していないどころか正反対だ。

 実際問題、共産党の今回の転向が選挙における獲得議席にどう影響するかは、既に記事の冒頭で書いた週刊誌の参院選予想議席数に表れている。『サンデー毎日』を見ても『週刊朝日』を見ても、参院選での共産党の予想獲得議席数は、改選議席数は上回るものの、2013年の参院選からは伸びず、それどころか1議席減らすなどの数字である。宮武嶺さんが「こんな妥協をしても、1議席も増えない」という通りだ。もちろんこれらは政治評論家が丼勘定で弾いた数字に過ぎないが、時事通信が毎月発表する政党支持率の数字を見ても、共産党は昨年夏や秋と比較して政党支持率を落としており、なんと「安倍政権の改憲」を支持する立場の「おおさか維新の会」と同じ1.4%の政党支持率でしかない(他の政党では、民主党との合併が噂される維新の党が0.2%と、民主党に吸収される形での合併は不可避ではないかと思わせる数字になっているのが目立つ)。少なくとも通常国会界解析出席を含む共産党の昨今の「現実路線」が有権者から評価されていないどころか支持者離れを招いているといえそうだ。一方、社民党や生活の党と(以下略)は、0.1%とか0.2%が定番だったのが少し上向いている。政党支持率のコンマ以下の数字を議論する意味などないと言われればそれまでだが、「『現実路線』を打ち出した共産党など支持する価値なし」として、もともとの支持政党だった社民や生活に回帰した人もいるかもしれないとの印象論にどうしても傾いてしまう。それにしても各政党とも微々たる支持率しかない。

 それにしても状況が悪くなると自滅を招く悪手を繰り出す現象は昔から嫌というほど見てきたが、まさか「秀才揃い」の印象の強かった共産党までもがこの罠にはまるとは、少し前なら想像もつかなかった。

 本当に、何が起きるかわからない時代になった。
 今朝は新聞休刊日だけれど、昨日(12/13)まで朝日新聞の一面トップを飾っていたのは「軽減税率」の話題だった。私はこんなものはマスメディアが大きく取り上げるだけでも腹立たしい限りだと思っているのだが、幸いにも村野瀬玲奈さんのブログが「自公政権が流通させる『軽減税率』という言葉と、茶番の自公協議を実況するだけの報道、その茶番の裏で新聞への『軽減税率』適用が決まっているらしいことを言わない新聞への批判」という長いタイトルの記事をリリースして下さっていて、その中には『kojitakenの日記』の、「橋下、『軽減税率』で公明党に『譲歩』した安倍晋三の『決断』(=猿芝居)を『凄すぎる』と絶賛 (呆)(呆)(呆)」という、これまた長いタイトルの記事の一部も引用していただいているので、この件に関心のおありの方は村野瀬さんの記事を読まれると良いかと思う。

 なお、昨日のTBSテレビの『サンデーモーニング』、私は昨日はこの番組をあまり真面目に見ていなかったのだけれど、確かこのニュースを読んでいたのはいつも2番目に登場する水野アナウンサーの声だったように思うから(音声は聞いていたけれども画面はほとんど見ていなかった)、やはり大きく取り上げていたといえる。なぜサンデーモーニングのことを書くかというと、この番組では『kojitakenの日記』で取り上げた橋下徹の下記Twitterをアナウンサーが読み上げていたからだ。

https://twitter.com/t_ishin/status/674710080709722112

安倍政権・官邸、恐るべしの政治。これが政治か。軽減税率でここまで妥協するとは。これで完全に憲法改正のプロセスは詰んだ。来夏の参議院選挙で参院3分の2を達成すれば、いよいよ憲法改正。目的達成のための妥協。凄すぎる。僕はケツが青すぎる。おおさか維新の会の新執行部、気合を入れないと


 私にはこれは文字通りの意味にしかとれなかったし、サンデーモーニングでもこれを読み上げたアナウンサーも何のコメントもしなかった。しかし、これは橋下が安倍晋三にはなった皮肉だったという説を唱える人もいて、その中の一人は熱心に安倍晋三を批判する記事を長年書き続けているブロガーだったりした。

 繰り返すように、昨日はこの番組を真面目に見ていなかったので自信はないのだけれど、サンデーモーニングのコメンテーターの中にも、「橋下さんのコメントは安倍総理に対する皮肉じゃないかと思いますよ」と言った人はいなかったように思う(間違いならご指摘のほどよろしくお願いします)。いったいなぜ、このつぶやきが橋下徹が安倍晋三に対して放った皮肉だと介した人が複数いたのだろうか。もしかしたら前後の橋下のつぶやきにそう思わせるものがあったのだろうか。それは橋下のTwitterに目を通す習慣のない私にはわからない。

 仮に橋下にそういう印象を読者に与えようという意図があったにせよ、目的のためには手段を選ばないことにかけては、人気とりのためなら「脱原発」や「米軍基地の関空移転」を声高に唱えながら、いざという時になると逃げるというふざけた態度をこれまで何度もとってきた橋下は安倍晋三顔負けなのであって、その橋下に安倍晋三を皮肉る資格などないとしか言いようがない(もっとも私は、橋下のTwitterは文字通りの意味だと思うから、その場合は橋下に自己矛盾はない)。

 問題は、橋下に幻惑されるのは、何も前記「リベラル」のブロガーばかりではないことだ。たとえば、維新の党代表に再選された松野頼久なども、毎日新聞のインタビューに、

大阪側とは分かれたが、今でも橋下さんという政治家は大好きだ。

などと答えた。「別れても好きな人」とかいう歌の一節が思い浮かんだが、過去にも松野頼久と同じように、橋下に甘言を弄されてメロメロになったことがあるんだな私に想像させた政治家は少なくない。

 たとえば、松野頼久と異口同音に「おおさか維新を排除しない」と言った前原誠司がそうだ。また古くは、「私の考えは橋下市長と同じだ」というのを口癖にしていた時期(2012年)のある小沢一郎もそうだった。政治家以外でも、脱原発の元官僚にして新自由主義者の古賀茂明や、同じく脱原発の論客の飯田哲也が大阪府市のアドバイザーを務めていた時期があるが、新自由主義者という共通項でいかにも橋下と気が合いそうな古賀茂明はともかく、岩波の『世界』の常連ライターだった飯田哲也など橋下との接点などありそうにないと思われたのに、いとも簡単に橋下に籠絡された。おそらく橋下には、一対一で接した相手を虜にしてしまう話術でもあるのではないかと邪推する。そして、ひとたびそれに接した者にとっては橋下の言葉が忘れられないのではなかろうか。あの時、一緒に政党を立ち上げると言ってくれたよね、ってな感じで、彼らはいつまでも橋下への未練を断ち切れなくなっているのではないか。そうとでも解釈しなければ理解できない言動を、上記の面々は行ってきた。そして、橋下が最後に選ぶのはいつだって彼らではなく石原慎太郎であり安倍晋三だったのだから、上記の面々は馬鹿を見続けたわけだ(もっとも小沢一郎だけは、2012年の衆院選をにらんだ野合の工作において、橋下と同時に石原慎太郎にも声をかけていたらしい=岸井成格が佐高信に語ったところによる=。小沢の鉄面皮だけは、もし小沢の全盛期であったならば橋下と十分渡り合えたかもしれない。だが2012年には小沢は既に衰えていた)。

 で、この記事で私が何を言いたいかというと、民主党や維新の党(松野一派)は党勢の低迷に悩み、社民党や生活の党と(以下略)は党の存亡の危機にあるし、参院選の多くは一人区だし、しかも安倍晋三は衆参同日選挙を行う腹を持っているのではないかという有力な観測もあって、衆院選になったらこれは小選挙区制だから小党乱立なんてわけにいくはずもないから、野党再編は遅かれ早かれ行われざるを得ないが、その際に橋下徹なんかを入れようとしては絶対にダメだということだ。そんなことをしていたら、まとまるものもまとまらなくなる。そもそも橋下は、いくら来るようなそぶりをしたり安倍晋三をバカにしているかのように見せかけるTwitterを発したりしても、決してそこには橋下の本心はない。

 ついこの間の大阪ダブル選で橋下を「安物のヒットラー」とこき下ろしながら、松野頼久が橋下は「別れても好きな人」だと言い出すなどしてちょっと流れが変わっただけで橋下シンパ癖をぶり返すブロガー氏に見られるような姿勢では絶対にダメだ。いつだって橋下が選ぶのは向こう側なのだし、そもそも橋下の政治的体質にリベラルなものなど何もないのだから、フラフラした態度をとること自体私には許しがたいものがある。8年間見てきて、まだ橋下の本性がわからないのかと腹が立って仕方がない。

 野党再編または野党共闘は、下記の2点を基本にすると早くはっきりさせるべきだ。

 1. 安保法案を廃止し、集団的自衛権の政府解釈変更を元に戻す。

 2. 反安倍・非橋下。つまり橋下徹(おおさか維新)を排除する。

 後者は、本当は「反安倍・反橋下」であるべきだと私は思うのだが、橋下に未練たっぷりの人間が信じがたいほどたくさんいるようなので、上記のように妥協した。

 上記2点に同意できない者は仲間に入れてやらないから勝手に戦うなり自民党に入れてもらうなりしてくれ、で良いと思う。この基本を早く固め、「おおさか維新も排除しない」等の妄言がこれ以上出るのを許さないようにすべきだ。

 早い話、「おおさか維新も排除しない」などと言う人間は、「おおさか維新の会」の公認候補として立候補すれば良いのである。「別れても好きな人」だというなら再びくっつけば良い。それだけの話だ。

 とにかく、安倍晋三と同様、「選挙に勝てば何をやっても良い」という態度をとる橋下徹は、たとえTwitterで「立憲主義」をつぶやいたことがあろうが、その政治姿勢によって真っ向から「立憲主義」に挑戦しているのだ。「立憲主義」を標榜しようという人間が橋下を容認すること自体、その人間が立憲主義を全く理解していないことを露呈する以外の何物でもない、