きまぐれな日々

12月6日に特定秘密保護法が成立した。

総理大臣が安倍晋三である以上、国会の会期末に強行採決で成立させることは最初から見えていた。安倍晋三は極めて悪質な独裁者であり、どんなに理を尽くして反対論を盛り上げたところで折れる人間ではない。ある報道で、祖父の岸信介(A級戦犯容疑者でもある)が1960年の日米安保条約改定で見せた行動を手本とする安倍晋三の強い執念が、これほどまでにも反対論が多かった法律を成立させたと言った人がいた。その通りだろう。

報道では、かつての第1次安倍内閣ではやけに安倍晋三を庇い立てる姿勢に強い不信を持っていた毎日新聞元主筆の岸井成格が、テレビで批判の先陣に立っていたのが目立った。岸井は、安倍晋三の父・安倍晋太郎の担当記者で、晋太郎の代筆まで行ったことがあるらしく、そのよしみで第1次安倍政権では安倍晋三に期待をかけていたと見られるが、半年ほど前に読んだ岸井と佐高信との共著における岸井の言葉から、かつて安倍晋三に期待したことは誤りだったと岸井が感じているらしい様子がうかがわれた。

それに何より、岸井がまだ駆け出しの記者だった頃に毎日新聞社を揺るがした外務省機密漏洩事件、通称「西山事件」(1972年)の記憶が、岸井らの世代のベテラン記者には今も鮮明に残っているに違いない。事実、法案担当大臣の森雅子が「『西山事件』が法案の処罰の対象になる」と答弁したことを、岸井は繰り返し強く非難していた。

それとともに、経営の苦しい毎日の記者は朝日その他ほど高給取りでないと思われるため、多少のハングリー精神が残っており、それが地方紙やブロック紙と比較して遅きに失したとはいえ、全国紙としては先陣を切って法案反対の立場を鮮明にしたことにつながったのだろう。朝日も、安倍内閣が法案を閣議決定した翌日に法案に反対の社説を掲載し、それ以降は積極的な論陣を張った。あの麻生太郎の「論文」代筆者にして安倍晋三にも近いとされる政治部長の曽我豪も法案反対の記事を書いたほどだったが、いかんせん腰を上げるのが遅かった。

成立した「特定秘密保護法」の本質は、岸井成格が明確に述べている通り、「一般市民がターゲットにされる治安立法」であろう。

ただ、「『西山事件』が処罰の対象となる」という森雅子の答弁に対する岸井の激怒は、41年前に「西山事件」によってジャーナリズムに関心を持つようになった私には十分伝わるけれども、あの当時から世論は「ひそかに情を通じて」と喧伝された西山太吉元記者の手法ばかり問題にしていたことを想起すると、多くの視聴者には十分伝わらなかったのではないかと思う。当時私の家では毎日新聞をとっていたが、親は「知る権利」を掲げて佐藤栄作政権を激しく批判する毎日の報道に眉をひそめていたものだ。

そうでなくても、TBS、特に『サンデーモーニング』や毎日新聞は、朝日新聞とともに右翼のターゲットになっているし、一般人の間にも「朝日・毎日の論調は偏向している」という偏見を持つ人々は少なくない。今回は、穏健保守の人々を動かせるかどうかが鍵だったが、元「保守本流」の谷垣禎一の沈黙に象徴されるように、彼らは動かなかった。土壇場で保守系にして改憲論者の憲法学者である小林節が法案賛成から反対へと「転向」するなど、一部の人たちは動いたが、大きな流れにはならなかった。

また、ネットの世界はマスメディア以上に激しく右傾している。ネット右翼は論外だが、そうではない「アルファブロガー」と呼ばれる評判の高いブロガーたちの記事もひどいものだった。

たとえば、ある「アルファブロガー」は「ツワネ原則」を引き合いに出して秘密保護法案の制定を肯定する記事を書いた。「ツワネ原則」とは、Wikipediaを参照すると、

ツワネ原則(ツワネげんそく)とは、50項目からなる「国家安全保障と情報への権利に関する国際原則(英語:Global Principles On National Security And The Right To Information )」の通称。アメリカの財団(Open Society Justice Initiative) による呼びかけにより「安全保障のための秘密保護」と「知る権利の確保」という対立する2つの課題の両立を図るため、国際連合、米州機構、欧州安全保障協力機構、人及び人民の権利に関するアフリカ委員会の関係者を含む、世界70か国以上から500人を超える専門家により、2年以上かけて作成された。2013年6月に南アフリカの都市・ツワネで採択されたことから「ツワネ原則」と呼ばれる。

というものである。「アルファブロガー」氏は、

「ツワネ原則」に則った形で熟議を経て法案をまとめていくとよいだろう。

などと書いていた。

しかし、当の「ツワネ原則」の策定を主導した米国の財団が、特定秘密保護法案に「深い憂慮」を表明したのだった。以下毎日新聞記事(下記URL)より引用する。
http://mainichi.jp/select/news/20131207k0000m040049000c.html

秘密保護法案:「ツワネ原則」策定の米財団「深い憂慮」

 情報公開と国家機密のバランスをとるための国際的な指針として注目されている「国家安全保障と情報への権利に関する国際原則」(ツワネ原則)の策定を主導した米国の「オープンソサエティー財団」が5日、特定秘密保護法案に「深い憂慮」を表明した。

 発表文によると、同財団の担当者は法案について「国家安全保障についての市民の知る権利を厳しく制限しており、国際的な標準を逸脱している」と指摘。同財団顧問で米国家安全保障会議(NSC)の元高官、モートン・ハルペリン氏は「市民や国際的な専門家を含む幅広い意見聴取をせず、急いで法案が策定されたことも憂慮している」と見解を示した。【日下部聡】

毎日新聞 2013年12月06日 20時47分(最終更新 12月06日 20時48分)


「オープンソサエティー財団」の声明の詳細は、『明日の自由を守る若手弁護士の会』のブログ記事「ツワネ原則発表のオープン・ソサエティ財団が“今世紀最悪”と声明発表」(2013年12月6日付)で参照できる(下記URL)。
http://www.asuno-jiyuu.com/2013/12/blog-post_4434.html

上記毎日新聞記事の引用文にある通り、「市民や国際的な専門家を含む幅広い意見聴取をせず、急いで法案が策定された」ことが批判されている。つまり、「アルファブロガー」氏が求めた

「ツワネ原則」に則った形で熟議を経て法案をまとめていく

ことを、安倍政権はやらなかったのである。

そうであれば、「アルファブロガー」氏は安倍政権を批判すべきだったはずだ。しかし、法案の成立に当たって新たに公開した記事で、彼は、

自民党、特に安倍首相はかなり譲歩したし、国内外から批判されていた問題点の多くも修正されたので、ここで廃案にするデメリットとメリットをバランスして見れば、しかたがなかったか

などとぬけぬけと書いたのである。最初から「法案賛成ありき」でブログ記事を書いていたことがミエミエである。実は最初の記事で、「アルファブロガー」氏は「ツワネ原則」を「ツネワ原則」と誤表記していたのだが(もちろんすぐ訂正された)、これでは「ツワネ」でも「ツネワ」でもない「スネ夫原則」とでも言うほかない。これが「アルファブロガーの処世術」というものなのであろうか。

上記のブロガーはもちろん保守系の論者であるが、政権批判側でもほめられない例はある。それは、この特定秘密保護法案が国連の人権部門のトップであるピレイ国連人権高等弁務官に批判されたことにキレたあの「安倍晋三の腰巾着」城内実の醜態に関して、かつての有力な「(民主党を中心とした)政権交代を求めるブログ」の運営者がしぶしぶながらまともな方向へと「転向」した件であるが、この件について『kojitakenの日記』に「城内実は『転向』も『darksideへの転落』もしていないのだが」と題した記事を書いた。要点は、城内実は「転向」など何もしておらず、城内実の本質を見誤って城内を応援してきた当該ブロガーのかつての主張が破綻しただけだということだ。2009年の自民党から民主党への「政権交代」を後押しした人たちの中にも、城内実の如き「敵」に「塩を送った」者が少なくないにもかかわらず、自らの誤りを認めようともしない醜態を晒しているのだが、こんな笑止千万の態度がとがめられもせずまかり通る言論状況が「特定秘密保護法」の成立を易々と許してしまった一因だと私は考えている。

さて、法案の成立自体は安倍晋三という人の言うことを聞かない人間を総理大臣にしてしまった必然的帰結ではあるが、今後は安倍政権を再度打倒した上、法案を廃棄するというエネルギーを要する作業が求められる。これに関して、「生活の党」代表の小沢一郎が、

多数さえ取れば、3年後に法律を変える事はいくらでも出来る。

などと強がっている。しかし、第1次安倍内閣時代の2006年にやはり強行採決で成立した「改正教育基本法」は民主党政権になってもそのまま変わらなかった。小沢代表時代の2006年、民主党が対案として提出した「教育基本法」の改定案は「自民党案よりひどい」と酷評された代物だったから、さもありなんといえばそれまでだが、政権交代で新首相になった鳩山由紀夫は、2009年の臨時国会で下記のように答弁したのだった。

 (鳩山由紀夫)首相は答弁の中で、安倍晋三内閣時代に成立した郷土・国への愛情の育成といった「愛国心条項」を盛り込んだ改正教育基本法について「尊重するのは当然のことだ。一気に変えていくと考えているわけではない」と述べた。ただ、「見直すべきものがあれば見直したい」とも言い添えて、将来的な見直しには含みを残した。
(産経新聞 2009年11月5日 20時24分)

上記の産経新聞記事はリンクが切れているが、『kojitakenの日記』の2009年11月7日付記事「安倍晋三が改悪した『教育基本法』を鳩山首相は『尊重する』そうだ」に記録しておいたものである。鳩山由紀夫が小沢一郎の傀儡であったことを考え合わせると、小沢一郎がいかに口先だけの大嘘つきであるかがわかろうというものだ。

今度安倍政権を倒したあとには、前回の「政権交代」における鳩山由紀夫のようなふざけた態度は絶対に許されない。「ツワネ原則」策定の中心を担ったアメリカの財団に「21世紀に民主政府によって検討された秘密保護法の中で最悪なもの」とまで酷評された今回の「特定秘密保護法」は廃棄して、新たに情報公開をベースとする法律を制定する以外ないだろう。

もちろん上記の実現のハードルが極めて高いことはわかり切っている。しかし、2000年の森喜朗政権成立以来、間に(清和会と同質の麻生太郎政権と)民主党政権をはさんで続いた清和会支配の政治を清算しなければ日本の政治は絶対に良くならない。「改正教育基本法」にしても、2006年以前の旧教育基本法に戻さなければならない。未だにこんなことを言う人間はほとんどいないことは承知しているが、私は今後もずっとこれを主張し続けていく。
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今回も2週間ぶりの更新。今月の更新は2回にとどまり、月間の新規エントリは2006年4月のブログ開設以来最少になった。

秘密保護法案の衆院採決は、明日(26日)にも行われそうだ。しかし、法案に反対する言論は、東京新聞や毎日・朝日などがネットに先行している。ネット市民の反応は鈍く、『kojitakenの日記』に

民主党が反対するんだそうな。てめえが作った(煽った)法案だろうが。こんな奴らが反対するなら賛成したくなる。

などとしたり顔に書く馬鹿者まで現れた。また、同じ『kojitakenの日記』で私が山本太郎の「天皇お手紙事件」や小泉純一郎が自らの原発推進責任をろくろく反省もしないで「脱原発」でウケを狙ったことを繰り返し批判したことに対して、

小泉・山本を叩く暇があったら、法案の本質を徹底的に批判するキャンペーンをすべきところであった。

コメントしてきた人間もいたが、前述の通り、「法案の本質を徹底的に批判するキャンペーン」なら東京(中日)・朝日・毎日などの新聞やTBSのテレビ番組『サンデーモーニング』などの方がネットよりずっと先行している。マスメディアに説得されない国民の考え方を弱小の個人ブログが変えられるはずもない。

私は、国民主権を蔑ろにして明治憲法時代さながらに天皇に「直訴」した山本太郎や、原発推進のほか格差拡大の経済政策やイラク戦争への加担などの犯罪的行為を犯し続けた小泉純一郎に「脱原発」派が肩入れしていることと、安倍晋三の狙い通りに今国会で秘密保護法案が成立しようとしていることに対する主権者たる国民の抵抗の弱さとの間には強い相関があると考えている。

要するに国民一人一人に「個」がないのである。

昨日、2000年に指揮者の小澤征爾と作家の大江健三郎が2000年に行った対談を記録した『同じ年に生まれて - 音楽、文学が僕らをつくった』(中公文庫,2004)を読んだ。私は正直言って小澤征爾にも大江健三郎にも一定の批判を持っているが、それにもかかわらず、2人の言葉に、今の日本人に欠けているところを鋭く突いていると思った。以下引用する。

大江 やはり自分という個人、自分の個ということを強く考えて、その自分をはっきり表現しようとしたり、ほかの個を教育してやろうと思ったりするということは、自己中心主義というのじゃない、この世界のなかに真っすぐ立って生きていることであって、それは重要だと思います。
 小さな島に、海に囲まれて暮らしてて、ほかの国から侵略してきた人間に殺されたり奴隷にされたりしないできた日本人には、自分の一人の個を直立させねばならないという考え方、真っすぐ立ってる人間にまず個がなければならないという考え方は、弱いと思う。(中略)その個として立っていることが、エゴイズムとか、個人中心主義とかいうんじゃなくて、人間が生きていることの原則だと受けとめられねばならない。まず一人立たなきゃなにも始まらない、ということへの認識が弱いということが日本にはある。
(小澤征爾、大江健三郎『同じ年に生まれて - 音楽、文学が僕らをつくった』(中公文庫,2004)70-71頁)


     (中略)

小澤 だからインスティチューション(引用者註:団体や政党)よりも個人のほうが絶対大事なんだ、というのが僕の信念だと、だんだん分かってきました。ところがインスティチューションに入っちゃうと、お金もかかるし、いろいろ道のりもあるし、その人があるポジションに就くまでには時間がかかったりするので、えてしてインスティチューションのほうが自分より大事だとか、あなたより大事だとか、会議に出ている人の前で、インスティチューションのほうがあなたたちよりも大事だとなりがち。そうじゃないと僕は思うんですね。

大江 はい。

小澤 とくに日本は戦後二十五年のあいだに、急にいろいろなことが変わった。それで国益とあなたがおっしゃったことで思ったんですけれども、会社の益とか、インスティチューションの益の方が個人よりも大事だと思った瞬間に、その個人は個というものを失った。どんなところへ行っても、インスティチューションの益が、その人よりも強いということはありえないと僕は思うわけです。
 インスティチューションの長になった人が、もしそのことを分からなかったら大きな問題が起こってくるでしょう。

大江 本当に、そうだなあ。
(前掲書 91-92頁)


国民個人個人に自立する気がないから、「脱原発」を実現するにも小泉純一郎や(山本太郎を介して)天皇にすがろうとする。そんな根性と、為政者が発する「国益」なる言葉に易々と説得され、長いものに巻かれてしまうことは、断じて無関係ではない。「私は小泉純一郎や山本太郎を支持するけれども、秘密保護法案には反対だ」と仰る人もおられようが、小泉純一郎や山本太郎を支持すること自体に、秘密保護法案を容認する芽が潜んでいるのである。
11月も中旬になって今月初のブログ更新である。

最近はほとんどの記事を『kojitakenの日記』に書くが、たまにテレビで話題になっている出来事やテレビドラマを取り上げると(といってもテレビドラマを取り上げたのは昨年TBS系で放送された『運命の人』くらいのものだが)、1日のアクセス数が5桁に達することもある。プロ野球日本シリーズ最終戦が終わった直後に、私としてはお決まりの星野仙一批判の記事を公開したところ、翌日のアクセス数がユニークアクセス数(同一リモホからの重複を数えないアクセス数)が4万件を超えた。

11月初めは、上記の日本シリーズと山本太郎の「天皇お手紙事件」で、火曜日(11/5)までは連日1日あたり1万件前後のアクセスがあったが、同じことを日に数百件のアクセス数しかなくなった当ブログに書いても意味がない。だが、記事を書き始めると、山本太郎と星野仙一を批判する前振りばかりがやたらと長くなってどうしても記事が書けず、先週は公開を断念したのだった。今でもこのような長い前振りだが、先週試みた時には今回の比ではなかったのである。

さて、当ブログで今取り上げるとなったら、秘密保護法案の問題に限ると言えるだろう。とはいっても、2週間近く放置していた前の記事に、公開後10日近くも経ってからついた無記名のコメントにあったような、

沖縄密約について取り上げていますが、
密約のどこに問題点があるのか分かりません。

公式に発表した金額よりもアメリカにお金を払ったのが問題なのですか?

といった類の質問に懇切丁寧に答えるような記事を書くつもりなどない。たかだか日に数百件しかアクセスがないようなブログにそんなことを書いても、「骨折り損のくたびれもうけ」でしかないからである。「お上がいいようにやってくれるから、それについていけば何の心配もない」と安易に考え、主権者としての自覚を持とうとしない極楽トンボのことなど知ったことではない。

そういう安易な行き方を続けたあげくにコメント主が戦争に巻き込まれても、政権の暴走を止めようとしなかった人間としての責任は免れない。生活に困窮している労働者に「自己責任論」を押しつけてはならないが、こんなブログを覗いて好き勝手なコメントを書くような人間には「自己責任論」が当てはまるであろう。先の戦争に関しても、近衛文麿政権なり東条英機政権なりを支持したり、あるいは今でいう山本太郎的な情念を持った「青年将校」たちにシンパシーを抱いたりした人々の戦争責任は免れないのである。

今のような時に問題なのは、上記の無記名のコメントの主のような考え方もさることながら、本来秘密保護法案に反対してしかるべき人間の沈黙であろう。その典型例を私は谷垣禎一に見る。

11月9日付朝日新聞の社会面(昔でいう「三面記事」)のトップに、「谷垣さん、スパイ防止法 反対でしたよね 87年『刑罰で保秘、人は萎縮』今は沈黙」という見出しの記事が載った。ネットでも書き出しだけが確認できるが、詳しい内容は「朝日新聞デジタル」とやらに登録していなければ読めない。
http://www.asahi.com/articles/TKY201311080712.html

だが、記事本文を読むまでもなく、見出しがすべてを物語っている。谷垣は世襲議員だが、1期目に中曽根康弘総理・総裁時代の自民党が国会に提出した「国家秘密法案」(「スパイ防止法案」)に反対した。谷垣は党内を含む強い反対を受けた自民党が出した修正案にも反対し、1987年には雑誌『中央公論』に「『スパイ防止法案』に反対する」と題した論文を寄稿したという。

その谷垣が、今回の「特定秘密保護法案」には沈黙を守る。谷垣は、かつてスパイ防止法案に反対した理由を聞かれて、「(秘密保護と情報公開は)車の両輪であり、片っぽだけでやっていくと間違うぞ、という考えだった」、「当時は情報公開制度もほとんどなきに等しかったが、状況は変わってきている」などと述べたらしい。

同じ朝日の記事でコメントしている御厨貴は、「谷垣法相は元々、リベラルの立場。表立って賛成していないことが彼の気持ちを表している。(中略)意見を表明できるタイミングを待っているのでは、と私は思う」などと言って谷垣をかばっているが、秘密保護法案が成立してしまえば、谷垣はそれを黙認した、というより後押しした形になる。そしてその時は刻一刻と迫っている。「タイミングを待ってい」てはならない時なのである。御厨は、谷垣を「元々リベラル」と言うが、私は谷垣を「元リベラル」「元保守本流」に過ぎないタカ派政治家と見なしている。

谷垣は、昨年の自民党総裁選で再選されていれば今頃は総理大臣で、そうなっていればおそらくはこんな法案が国会に提出されることもなかったのではないかと思うのだが、昨年の総裁選で石原伸晃総裁選出を狙った森喜朗らの圧力におめおめと屈してしまったあげく、今では安倍晋三にすっかり取り込まれてしまって、言いたいことも言えないぶざまな姿をさらしている。呆れるばかりである。

野党や国民の抵抗も弱いけれど、「穏健保守」もまたほぼ絶滅している。そして、本来「穏健保守」が占め、それなりに大きな支持が得られるはずのポジションが空いているのを見て、ハイエナが狙いをかけてきた。そう、橋下徹である。
http://www.asahi.com/articles/OSK201311080149.html

橋下氏、秘密保護法案を批判 「本質を押さえていない」

 日本維新の会の橋下徹共同代表は8日、国会で審議が始まった特定秘密保護法案について「僕は原則、やっぱり秘密は嫌ですね。権力機構は不都合なものは隠そうとする。権力の本質を押さえたルールになっていない」と述べ、反対姿勢を鮮明にした。大阪市役所で記者団に語った。

 橋下氏は「行政サイドは『国が国民を守る』と言うが、『国民のためだ』と言って秘密の領域は広がっていく。国民の判断で秘密が暴かれてリスクが生じたとしても最終的には国民の責任、というのが国民主権だと思う」と指摘し、「発想を切り替えて、原則公開の方がいいと。情報が公開されることを前提に安全保障をさらに構築していく知恵を絞ればいい」と述べた。

 維新は特定秘密の範囲を限定する修正案を準備中だ。橋下氏は「維新のメンバーでもそれぞれ法案との距離の取り方が違うと思うが、僕は一番距離が大きいのではないか」と語った。

(朝日新聞デジタル 2013年11月9日02時00分)


こういう報道が出ると、またぞろ「やっぱり橋下くんは『リベラル』だ、キャーキャー」と騒ぐ自称「リベラル」たちが湧いて出てくるのではないかと私は危惧する。

こんな件まで橋下に「エエカッコ」されてどうすると言いたい。橋下は、小沢一郎にも似て、支持が得られそうなのに占める人間が少ないポジションはないかと日々嗅ぎ回るだけの「政治屋」である。その小沢一郎を信奉した人間が多く出たことが、「リベラル・左派」の弱体化を招いた。それは今や、橋下に「秘密保護法案反対」を口走らせるところまできてしまった。そういった、個人崇拝に走って本義を忘れた「リベラル・左派」のていたらくもさることながら、本来「保守」の側から反対の声を挙げなければならなかった「元穏健保守」谷垣禎一らの沈黙が、現在の惨状を招いている。

「沈黙は金」という言葉は、秘密保護法案をめぐる言論には全く当てはまらない。
以前にも何度か書いたと思うが、私は小学生の時分から新聞なるものに興味を示す変わり者だった。ある時、その新聞の紙面がいきり立ち、それに対して私の親がいたって冷淡な反応を示した事件があった。それが1972年の外務省機密漏洩事件、いわゆる「西山事件」であった。

この事件は、昨年(2012年)1〜3月にTBS系で放送された故山崎豊子原作の『運命の人』のモデルとなった。出演していた主演クラスの俳優の中にも、このドラマに出演することで初めて事件を知ったと語った者がいたが、当時の反応は、ドラマにもあった通り、政府や官僚が仕掛けて『週刊新潮』やテレビのワイドショーが広めたスキャンダラスな報道に、すっかり人心が支配されたものであった。

しかし、当時毎日新聞記者であった西山太吉が暴いた沖縄返還に絡む日米密約は、政府(佐藤栄作政権)が国民を騙すものでしかなく、利益を得るのは一方的にアメリカであって、日本が得る利益はひとり(現首相・安倍晋三の大叔父である)佐藤栄作の偽りの「名声」だけしかなく、(私の好まない言葉だが)いわゆる「国益」に全く資するところがないというとんでもない代物であった。これを暴かれて逆上した佐藤栄作が「下半身の問題」にすり替えて難を逃れたというのが事件の本質だった。

さる25日に安倍晋三政権が閣議決定して国会に提出した「特定秘密保護法案」に、全国紙ではもっとも早く(とはいってもこの件が議論されるようになってから相当時間が経ってからではあったが)社説で「反対」を表明したのは、かつて西山太吉が所属していた毎日新聞だった。今年3月まで同紙の主筆を務め、第1次安倍政権時代にはテレビで見苦しい安倍晋三擁護論をぶって私の激しい怒りを買っていたあの岸井成格が、しばしば「西山事件」を持ち出して法案への反対を明言していたから、同紙が反対を打ち出すことは予想できたところではあった。

これに対し、安倍内閣でこの法案の国会審議を担当する大臣である森雅子が「沖縄返還に伴う密約を報じて記者が逮捕された西山事件は同法の処罰対象になる」とほざいた(10月22日付毎日新聞=下記URL)。
http://mainichi.jp/select/news/20131023k0000m010092000c.html

この森雅子の下品極まりない暴言には呆れ返ってしまった。先にも書いたように、西山太吉に暴かれた「沖縄密約」は日本から見れば、自国の国益に何一つ資するところはなく、唯一人佐藤栄作の虚栄を保つためにアメリカに一方的に譲歩した事実を覆い隠すだけのものだった。国民を騙す犯罪とさえいえるこんな密約の暴露まで処罰の対象になるとは、安倍政権は「長いものには巻かれろ」と高圧的に言っているも同然である。

たいそうご立派なことをやっている政権ならまだしも、安倍政権のやっている、あるいはやろうとしていることといえば、「解雇特区」だの、いったん禁止された「日雇い派遣」の再解禁だの、果てはブラック企業としてあまりにも悪名の高いワタミ(渡邉美樹)を国会議員にすることだったりする。そればかりか、いざとなったら軍需で景気を回復させようともくろんでいる。

そして、権力の頂点にいる安倍晋三という人間は、ただひたすら母方の祖父である岸信介やその弟の佐藤栄作を信奉し、彼らの思想信条を引き継いだ上、さらにネトウヨの影響を受けてFaceBookになにやら下品なことを書き散らす人間でしかない。安倍晋三が秘密保護法案に熱中するのを評した自民党の村上誠一郎は、「財政、外交、エネルギー政策など先にやるべきことがあるのに、なぜ安倍晋三首相の趣味をやるのか」と述べたというが(10月24日付毎日新聞=下記URL)、「西山事件」を問題のすり替えで潰した佐藤栄作の遺志を継ぐとの意識でもあるのだろうか。
http://mainichi.jp/select/news/20131024k0000e010196000c.html

さて、ここで話題を変える。後半は、6〜7年前の第1次安倍内閣の時代と比較して安倍晋三に対する批判が弱い件について書くが、「小沢信者」の悪口を含むので、読みたくない人は続きは読まない方が身のためであろう(笑)。