きまぐれな日々

野田佳彦首相は、政権発足当初には、前内閣の「脱原発(依存)」を踏襲するようなそぶりを見せ、注目の経産相人事にも「脱原発」派とされていた鉢呂吉雄を起用した。

経産相にどういう人物を任命するかによって総理大臣の原発に対する姿勢はある程度わかる。私が鳩山由紀夫政権に最初に懸念したことの一つが、経産相に旧民社の直嶋正行を起用したことだった。鳩山は、原発と自然エネルギーの両方に力を入れようとした人間だが、旧民社の直嶋を経産相に任命した時点で、後者が骨抜きにされることは自明だった。鳩山政権が普天間基地移設問題で自滅して政権が瓦解する直前の昨年春、鳩山はエネルギー政策が骨抜きにされたとぼやいたらしいが、経産相の原発推進派官僚をそのままにしておいて直嶋正行なんかを経産相にしたらそうなるに決まってるだろ、そう私は思ったものだ。鳩山由紀夫は政治をなめていたとしか私には思えない。民主党政権の混迷はすべて鳩山政権発足当初の緊張感に欠ける人事から始まった、そう私は認識している。鳩山由紀夫のような人間を、「担ぐ神輿は軽くてパーがいい」という勝手な都合で担いだ小沢一郎の罪も重い。

鳩山から政権を引き継いだ菅直人も、当初直嶋正行を続投させ、最初の改造内閣では旧社会党だけれども日立製作所労組出身で自らも原発にかかわった大畠章宏を、2度目の改造内閣では原発推進論者の海江田万里を経産相にした。東日本大震災と同日に起きた東電福島第一原発の事故以前には菅直人も鳩山政権の原発推進路線を継承したからだ。それどころか、鳩山政権時代から仙谷由人らが進めてきた「原発のトップセールス」なる政策が菅政権で「成長戦略」に取り入れられてしまった。

正力松太郎の時代から慣性力で進められてきた原発政策を、あろうことかさらに加速させようとしていた菅直人の目を覚まさせたのが東電原発事故だったというわけだが、現実に炉心溶融(メルトダウン)の事故が起きるまで原発推進政策が止まらなかったとは恐るべき話だ。

しかし、東電原発事故が起きてもなお原発推進の姿勢を崩そうとしない閣僚が少なからずいた。その一人が与謝野馨であり、いま一人が海江田万里だ。与謝野馨は菅直人自らが閣僚に引っ張った人間であり、海江田万里は菅直人退陣の後任を選ぶ民主党代表選で小沢一郎が担いだ人間であることを考えると、「政権交代」に示された民意を舐めていた鳩山由紀夫ともども、民主党の「トロイカ」とは何だったのかと思わざるを得ない。

それなら「トロイカ」のあとには期待できるのかというと、そうはいかないのが民主党の残念なところだ。代表選で勝った野田佳彦は、マスメディアから「人格者」として持ち上げられたが、野田の特徴はその右翼タカ派の政治思想とは対照的に、なるべく人との摩擦を避けようとすることにある。だから、かつて自民党の政治家が得意とした「派閥均衡人事」をやった。民主党代表選にはほとんど時間をかけなかったのに、組閣には一体何をやってるんだと思ったほど長々と時間をかけた。そこにはかつて民主党の特徴とされ、野田佳彦自身の派閥名の由来にもなっている「百花斉放」の気風など全く感じられず、それどころか小渕恵三が倒れた時に自民党が「密室五人組」の談合で後継首相を森喜朗に決めてしまったことを思い出させた。

野田佳彦は、気前よく幹事長のポストを小沢一郎に近い輿石東に差し出した。金庫の鍵を受け取った小沢一郎は、野田佳彦の批判をほとんどしない。小沢の周囲から起きる野田批判の声にも、まあそんなことを言うなよ、野田もよく頑張っているじゃないかとか何とか言っているらしい。

そして、原発再稼働だのTPP推進だのといった厄介ごとを、2つの問題でともに消極派と見られていた鉢呂吉雄にやらせようという算段だったに違いない。しかし鉢呂はマスコミに首を取られた。鉢呂は経産省に就任早々、原発再稼働にもTPP推進にも前向きな姿勢を示したと一部で報じられていたから、野田にしてみれば「マスコミめ、余計なことをしやがって」といったところではないか。

当初鉢呂吉雄を経産省に任命したことなどを含めて、「野田首相は『脱原発依存』にそれなりに配慮している」という肯定的な見方もあったようだが、私はそうは考えておらず、いずれこの「羊の皮を被った豚」はその本性を現すに違いないと思っていた。そして早くもそれが現実のものとなった。

野田はまず、『ウォールストリートジャーナル』(WSJ)のインタビューに答えて、

来年の春以降、夏に向けて、やはり再稼動できるもの(原発)は再稼動していかないと、まさに電力不足になった場合には、日本経済の足を引っ張るということになるので、そこはきちっとやっていかなくてはいけない。

と明言した。記者に「今年大丈夫だったから、来年も(原発の稼働率が低いままでも)大丈夫ではないかという声をよく聞くが」と言われても、「そんなことはあり得ない」と答えて、来春の原発再稼働に向けて不退転の決意を明らかにしたのである。しかも野田は訪問先のアメリカで再稼働の時期を「春」から「2月」へとさらに前倒しした。さらに野田は、原発の輸出を継続することも明言した。

野田はこのように「なし崩し」的に原発推進路線への回帰を進めているが、こういうのも「調整型」の政治家の特徴だといえる。自分からは決して新しいことをやろうとしない。従来からの流れを大切にする。野田佳彦は典型的な「保守政治家」であるといえる。最近の新聞などは事なかれ主義だから、そんな野田を「安定感のある保守政治家」だと朝日新聞あたりも書いていたのだった。そんな論調は何も朝日に限らないのだろうけれど、新聞記者も特権階級としての自らの地位を守ろうとしているのだろうなと思う。東電原発事故という現実を目の前にして「変わる」ことが何よりも求められている時代に「安定感のある保守政治家」なんか要らないどころか、野田佳彦が現にやっているように害毒を撒き散らすだけである。事故を起こしていない原発の放射性廃棄物の処理法さえ確立できる見通しもないのに、現に今も大量の放射性物質(放射能)を撒き散らしている福島第一原発の事故を起こした原子炉が存在する。この冷厳な現実を、「安定感のある保守政治家」は直視することができない。

「脱原発」派にも問題は山積だ。9月19日に6万人を動員したのは素晴らしいことだけれども、「脱原発」の熱気は既に一時期と比較してずいぶん冷めているし、運動に広がりも欠けている。某有名ブログは、原発事故前にはテレビやラジオなどのマスメディアで言いたいことも言えなかったと発言したという落合恵子を批判していたが、私はたとえば同じ「左」側でも大江健三郎のような人たちに批判的だったり距離を置いている人たち(たとえば週刊金曜日の本多勝一や、その本多と袂を分かった岡留安則のような人たち)を引っ張り込んだり、原発問題に関心を持つようにはなってきたけれども、さりとて左派政党を支持するわけでもない、世の「保守リベラル」の人たちの関心を引きつけるなどの段階には至っていない。後者の人たちは私の周りにもずいぶんいて、原発推進派の人たちと口論するなどしているが、「脱原発」集会やデモなどの話題は彼らの口には上らない。「一部の左翼系の人たちの運動」としか見られていないのだろうなと思う。「脱原発」運動にもブレイクスルーが必要だ、このままでは風化してしまうという危機感を私は持っている。

唯一溜飲を下げたのは、このところ「野ダメ」という呼称(私のオリジナルというわけではないが、この渾名の拡散につとめている)が広まりつつあることだ。昨日は飯田哲也氏のTwitterでも見かけた。

国内では猫を被り、アメリカで本性を現す「野ダメ」には期待できるものは何もない。われわれの力で「野ダメ政権」の政策をひっくり返さなければならないと思う今日この頃だ。
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