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きまぐれな日々

前回の記事へのコメントより。

http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1218.html#comment12811


「野ダメ」はカンタビーレの漫画のよい印象があって、憎しみが軽減されるんですよね。私の場合。
(それはそれで憎しみに凝り固まるよっか、いいのかもしらんけど)

そもそもの漫画の話が、日本でダメ音大生だった女の子が、世界に出て舞台で才能を発揮させていくという話なので、
(伝え方次第で)下手すりゃ「ちょっとダメだけど、大器晩成型だから許してね☆」という印象が強くなる。

日本が復興に放射能被害防止にと気を揉むこの時期を考えれば、
この男のやっていることは、そんな甘ッちょろいものではなく、かなり悪辣な類いであるにも関わらず。

野田佳彦が「野ダメ」を次の自分のへりくだり表現として使ってきて、元作品の良い部分を取り上げて演説するなんて噴飯もののことをやったら、
それこそ元漫画への愛情に対する私の精神的被害がこの上ないな、と思って切ない。
(まさか、次期選挙に合わせて『のだめカンタビーレ』の再流行とか仕掛けないだろうな、千葉テレビで『俺は男だ!』流す県知事よろしく)

いっそのこと「No!ダメ総理」と表記して欲しいけど、口語ならともかく、文語では誰のことやらわかりにくいしなあ。


まあ、あんなパペットだかスケープピッグだかを表に据えて批判をそれに集中させている間に、
財務省他原子力ムラ連中は国益を騙った自分達のコミュニティ利益のために、裏で力を奮っているのですから、
それを考えれば表の政治家への愛称表現をいちいちほじ繰り返すのは、いかにも意味が無い。

でもそれをやるぐらいしか無くなるくらい、手詰まり感があるということなんでしょうね。


古寺多見さんは野田がいかにも政治・内閣を回しているように書くけれど、
政治家でありながら評論家然として主体性を軽い自己紹介程度にしか持ち合わせず、のらりくらりやってきたあの男が、
『調整型』と言われるほどの力量が果たしてあったか、
周りに流されてる、回されてるだけの『調整“され”型』なんじゃないか、と私としては疑問です。

だから、あの男自体には捕まえられる尻尾がない。
そんな物はとっくのとうに去勢されていて、まさしくパペットではないのか。

あんなものをまるで意味があるように叩くエネルギーは、その背後・背景に対して焦点を絞って発揮した方が、よほど返ってくるものがあるのでは、と思います。

2011.09.28 07:35 朱の盤


http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1218.html#comment12822

政治家の権限権力というのはやはり大きいので、その意志次第で現実は多いに動く。むやみと背景の勢力なるものを想定するほうがーそれがアメリカであれ財務省であれー怪しげな議論になりがちだと思います。最近の野田政権の財務省支配などというのもその類で、独自の政治基盤や政策スタッフを十分にはもたない野田氏にとって、数年間慣れ親しんだ財務省に依存するのは自然なことに思える。彼は彼なりに主体的にそうした道を選び、復興と財政再建をどちらも増税でやるのだということを、自らの使命と考えているように思います。ただ依存の度合いが度を越しているとはおもいますが、細川政権といい、政治基盤が弱い非自民政権が財務省に依存しがちな構図というのは起きやすい。

2011.09.29 01:32 カリヤマン


政治家の財務官僚(昔なら大蔵官僚)依存は、何も「政治基盤が弱い」非自民政権に限ったことではなく、自民党政権がまさにその典型だったというのが歴史的事実だが(ついでにいうと、細川政権でも鳩山政権でも中枢にいた小沢一郎も、自民党政権の内閣官房副長官時代に、大蔵官僚のある人たちと結びついて新自由主義的な政策を打ち出すことによって頭角を現した人物だ)、それはともかくカリヤマンさんの仰る「政治家の権限権力というのはやはり大きいので、その意志次第で現実は多いに動く」、「むやみと背景の勢力なるものを想定するほうがーそれがアメリカであれ財務省であれー怪しげな議論になりがち」というのご意見には同感で、それは私が昔から「陰謀論批判」で繰り返し力説していることでもある。その中でも総理大臣の権力は特に強く、麻生太郎や菅直人を思い出せば明らかなように、いくら自民党や民主党の権力亡者ども(麻生政権時代の与謝野馨や石破茂、菅政権時代の小沢一郎など)が「麻生降ろし」や「菅降ろし」に必死になっても、なかなか引きずり降ろせず四苦八苦したものだ。そして、海江田万里や経産省の思惑にも沿っていたといわれる浜岡原発停止はともかく、玄海原発再稼働停止は菅政権だったからこそできたことだ。もっとも菅直人には東日本大震災の直前までの「原発のトップセールス」の政策(これはもともと鳩山政権時代に仙谷由人がレールを敷いたものだが)を推進した責任があって、これに玄海原発停止の業績が相殺されてしまうのだが。

「野ダメ」こと野田佳彦首相については、今朝の『日本がアブナイ!』を見ると、「野田が原発維持を軌道修正か?+国民&地域住民の力で、脱原発の流れが進行中」とのことで、カメレオンのような野ダメ首相には呆れるばかりだ。

カメレオンのような、というと東電原発事故を受けて「脱原発」に転換したはずの朝日新聞も同じで、実は前のエントリは中国電力の原発建設が争点となった上関町長選挙の記事が朝日新聞に載っていたらそれを題材に書こうと思っていたのだが、第二社会面にごく小さく扱われていただけだったので止めて、その代わりに自分でも気が抜けているなあとしか思えない記事を書いてしまったのだった。

しかし、同じ日(9月26日)に東京新聞は上関町長選で原発推進派が推す現職の柏原重海氏が当選した記事を一面トップで掲載していた。朝日新聞とは大違いである。東京新聞はさらに、「上関町長選 原発マネーと別れよう」と題した社説も掲載した。以下その一部を引用する。

(前略)

 過去八回の町長選はすべて、推進派が勝ってきた。今回も推進派と呼ばれる現職が、反対派を退けて三選を果たしたかたちだが、これまでとは背景が大きく変わり、推進派の九連勝とは言い難い。

 福島第一原発の事故を受け、野田佳彦首相も「新規原発建設は困難」と表明した。山口県知事は周辺市町にも配慮して、来年十月に期限が切れる海面の埋め立て免許を更新しない方針だ。原発ができないと、交付金や固定資産税など「原発マネー」も入らない。

 現職も選挙前から「交付税が入らない場合のまちづくりを同時に考えなければならない」と、脱・原発マネーに含みを持たせ、推進、反対の立場を超えた地域ビジョン検討会の設置を決めていた。

 原発誘致表明後、町税収入二億五千万円の上関町に、計四十五億円の交付金のほか、中国電力から多額の寄付金が支給され、温泉施設の建設などが進められてきた。それでも当時約七千人いた人口は半減し、高齢化率は県内一で五割に近い。

 原発マネーは、まちおこしの特効薬にはなり得ない。

 新町政の課題は脱・原発マネーの意志をこのまま強くして、住民の心の溝を埋めていくことだ。

 祝島では、太陽光パネルで電力の自給をめざす「自然エネルギー100%プロジェクト」が始まった。推進派と呼ばれる町長が後押しすれば、融和は進む。

 地域に溝を掘ったのは、安心安全と財源をてんびんにかけ、住民の心を揺らし続けた原発推進の国策だ。祝島の自然を生かした持続可能な地域おこしに、法外な原発交付金を付け替えるなど、政府も責任を負うべきだ。

(東京新聞 2011年9月26日付社説より)


東京新聞は上関町長選をしっかり報道していた。もちろん名古屋の親会社・中日新聞にも同じ社説が掲載された。少し前までは、朝日・毎日・東京(中日)が脱原発派、読売・産経が原発維持ないし原発推進派と色分けされていたが、最近では東京(中日)と朝日・毎日の差がはっきりしてきて、後者は菅政権の終わりが見えた8月以降、日和見的報道に転じたように思われる。私も知らず知らずのうちに朝日新聞の悪影響を受けていたことを痛感させられた。

中日新聞が思い切って「脱原発」の主張を打ち出せるのは、お膝元の中部電力浜岡原発が全基停止しており、その再稼働の見込みが低いと思われ、他に原発のプラントを持たない中部電力は当分の間、というよりおそらく半永久的に原発依存率0%が続くであろうこととも関係しているだろう。中部地方には例の城内実のお膝元・浜松にスズキがあるが、同社は浜岡原発が再稼働させるなら同原発近くにある牧之原市の相良工場を同社本社のある浜松の近くに移転させることを検討している。その影響もあってか、牧之原市議会は浜岡原発の永久停止を決議した。スズキは、会長の鈴木修が城内実を支援するなどろくでもないこともやっているが、良いこともやる。スズキの意向も受けてか、城内実も震災直後から「脱原発」を打ち出しているが、その他には全くといって評価できるところのないこの極右レイシスト政治家の唯一の見どころといえるかもしれない。

いまや、原発を稼働させるとその周辺にとどまらず日本から企業も人も逃げていく時代なのだ。アメリカで原発推進を宣言して日本に帰ってきたらまたその発言を後退させる「野ダメ」こと野田佳彦首相や、総理大臣が交代するやいきなり「脱原発」の報道が目立たなくなった朝日新聞なんかを見てめげている場合ではなかった。深く反省する次第である。
昨日、「9.19明治公園『さようなら原発集会』」とそれに続くデモに参加した。もっとも、「参加した」とはいっても会場に入り切れなかった。『kojitakenの日記』にも写真を載せたが、毎日新聞のサイトに24枚の写真が掲載されており、いかにすごい参加者数だったかわかるだろう。

ただマスコミの扱いは概して冷淡で、朝日新聞は1面中央にカラー写真とともに短い記事を掲載しているけれどもそれ以外の記事は載っていない。読売や産経はどんな扱いをしているのだろうか。

デモ自体も、労組の動員がかなりあったためか、3か月前に参加した「6.11新宿・原発やめろデモ」のような自発性はあまり感じられなかった。私自身も偉そうなことは言えない。というのは、昨日のデモでは6月のデモの時のようにシュプレヒコールに唱和しなかったし、それどころか当初は3連休には遊びに出かけるつもりだったからだ。その予定がキャンセルになったのでデモに参加した。

もっとも、労組の動員はあったけれども一般の参加者も多かった。今回は、主催者発表で6万人、警察発表でさえ2万7千人(実数は5万人くらいだろうか)を集めただけでも意義があったと思う。もちろん、大江健三郎氏を筆頭とするビッグネームが呼びかけ人に名を連ねた効果が大きい。以下に『kojitakenの日記』に秋原葉月さんからいただいたコメントを紹介する。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20110919/1316442884#c1316449471

akiharahaduki 2011/09/20 01:24

池田信夫氏が「さようなら大江健三郎」というエントリーで「原爆と原発の区別もつかない大江氏には、さすがに誰もついてこない。」と書いてますが、実際にはこんなにも多くの人々がついてきたのですね
「さようなら池田信夫」


私はノビー(池田信夫)が「さようなら大江健三郎」と題したブログ記事を書いていたことさえ知らなかった。最近はノビーに対する関心もすっかり忘れていたからだ。だが、せっかく秋原さんがノビーの存在を思い出させてくれたから、当該のブログ記事を覗いてみた。
http://agora-web.jp/archives/1378824.html

ああ、なんてつまんない記事。これではノビーの人気が低落するのも当然だろうと思った。コメントもしたくないが、気力を振り絞って少し書いてみる。

既に起こしてしまった東電福島第一原発事故は、現時点でも日本経済に悪影響を与えている。日本産の農産物や海産物はおろか、工業製品にまで海外で放射線量検査を受け、輸出に大ダメージを与えたことさえノビーは忘れているらしい。しかも、今後事故を起こした福島第一原発の処理ばかりではなく、耐用年数に達して廃炉にする必要が出てくる原子炉が続出するが、廃炉になった原子炉は、それ自体が巨大な放射性廃棄物であり、廃炉が日本経済に与える負担はバカにならないものがある。万一、それでも原発を続けて再び東電福島第一原発事故のような十代事故が起きた時には、それこそ日本経済は一巻の終わりだ。

だが、先の短いノビーや経産省幹部、民主党・自民党などの政治家、それに読売新聞や産経新聞にとっては、もう今後の日本の経済活動や安全のことなんてどうでもいいのだろう。合理的に行動しているメーカーは、自然エネルギーにビジネスチャンスを求めているが、彼らはそれを妨害している。

ノビーへの悪口はこれくらいにするが、私が懸念しているのはそういう「先の短い」人たちが経済合理性を無視して決めることが今後の日本を縛ってしまう事態だ。これまで日本が地震大国でありながら原発大国にもなってしまったのは、還暦を過ぎた読売新聞社主(当時)・正力松太郎が自らの政治的野心のために原発推進をゴリ押ししたからだ。読売新聞が現在でも強硬な原発推進の論陣を張るのも、正力時代からの惰性で務台光雄や渡邉恒雄(ナベツネ)といったその後の同社の「ドン(首領)」が行動しているからに過ぎない。そして、読売新聞の現在の社風は「物言えば唇寒し」である。原発に反対する記事を書けば飛ばされるなどして出世に差し支えるので、そんな記事は読売新聞の記者には書けない。しかし、そんな読売新聞に載ったヨタ記事を、読者は信じ込んでしまう。だからいつまでも「原発のコストは他の発電方式と比較して安い」などという、とっくに暴かれた「嘘」がいまだに常識として通用してしまっている。

「さようなら池田信夫」といえるほどには「脱原発」が根強いことに意を強くしたが、同時に、単なる現状の延長だけでは「脱原発」は風化しかねないという危機感も持つ今日この頃である。
選挙制度について書いた前回のエントリは、コメント欄「はてブコメント」で久々にさまざまな意見が出て面白かった。

一度変えた制度をすぐにまた元に戻すのはどうか思うというコメントが結構見られたが、そこにこそ選挙制度を変えた人間の意図があった。つまり何事も一度決めたら惰性で動くので、その動きを変えるには大きな力が要る。だから「剛腕」を揮ったのだ。選挙制度について言えば、鳩山一郎の「ハトマンダー」(1956年)、田中角栄の「カクマンダー」(1973年)の二度の公職選挙法改正の試みが失敗したあと、1990~92年頃にまず竹下登、次いで金丸信と内輪もめをしていた小沢一郎が、自らの権力欲の満足と、1985年に自らが裏切ったかつての師・田中角栄がやり残した仕事の実現を大義名分として主導したのが1993年の「政治改革」だったと私は考えている。そして小沢がその先に「改憲」を見据えていたことはいうまでもない。小沢が巧妙だったのは、こと「政治改革」の局面においては決して自らが突出しなかったことで、そのせいか90年代の選挙制度改革の動きが「イチマンダー」と呼ばれることはなかった。もっとも小沢一郎の場合、「イチマンダー」より「イチオクダー」の方がふさわしいような気がするが。

山口二郎は既に90年代後半に自己批判しているというコメントもいただいたが、ひとたび誤りを犯し、その弊害が直近の二度の総選挙で明らかになるなど、選挙制度改悪が日本の政治に与えたダメージの大きさは計り知れないのだから、山口のように旗を振った人間は、それこそことあるごとに「選挙制度の再改革」を訴えない限り、知識人の責任を果たしているとはとうてい言えないだろう。それくらい90年代の「政治改革」において山口二郎が犯した罪は重い。

選挙制度についてもそうだが、原発を含むエネルギー問題についても、「変える勇気」を持とうとしない人間のあまりの多さに匙を投げたくなる毎日だ。

たとえば、自然エネルギーの普及に際して重要な鍵となる大容量の蓄電池が実用レベルになるにはまだ10年以上かかるといわれているが、裏を返せば蓄電池にはきわめて大きな成長の潜在力があるということだ。金子勝のTwitter経由で知った日本経済新聞の記事によると、民間調査会社の富士経済の予測は下記の通りだ。

特に大きな成長を期待できるのが車載用電池や住宅の非常用電源として用いられる大型リチウムイオン電池で、20年の市場規模は10年比69.5倍の9454億円に膨らむとしている。

太陽光や燃料電池などの自然エネルギー関連ビジネスも20年には同3.3倍の8977億円に成長する見通しだ。


このリチウムイオン電池こそ、日本が世界をリードする技術力を誇る分野であり、三洋電機を傘下に収めたパナソニックや、蓄電池の開発にも熱心なトヨタ・日産といった自動車メーカーにとってはこれ以上ないビジネスチャンスだろう。

ところが、「原子力の父」正力松太郎をかつて社主にいただいた読売新聞は、なんとしても原発を守ろうと必死になって、自然エネルギーに冷水をぶっかけようとする記事を躍起になって載せ続けている。極右漫画家の小林よしのりに言わせれば、読売の原発報道、特に社説は「ノストラダムスの大予言」(1999年に大外れが確定)の類であり、GDPは大きく下がり、街には失業者があふれるなどの大嘘を書き散らしているとのことだ。もっとも小林の場合、「原発を止めて核兵器を開発せよ」などとほざくトンデモ極右だから、間違っても支持はできないけれど。

思えば70年代の排ガス規制の時にも自動車メーカーの奮戦が日本経済を救った。トヨタを頂点とする「食物連鎖」の構造は、下請け、孫請け、ひ孫請けと末端に行けば行くほど労働者の負荷が大きく、その点は大いに問題なのだが、従来の大規模集中型の電源に代わって、今後小規模分散型電源の市場が拡大していくことなど、誰の目にも明らかだろう。ところが、読売新聞や産経新聞といった「保守」や「右翼」は、どこまでも旧来の原発を守ろうとする。だから「保守」というのかと皮肉の一つも言いたくなるくらいだ。

70年代と大きく異なるのは政治の劣化だ。70年代の環境庁長官というと大石武一や三木武夫の名前が思い出されるが、大石武一はなんと中曽根派の議員でありながら自然保護、軍縮や平和活動に熱心だった。かつて自民党とはそんなウイングの広い政党だったのである。ところが現在では右翼たちに「極左」呼ばわりされた菅直人が、震災前には「原発のトップセールス」をやっていたというありさまだ。さすがに菅は震災直後に「これまで安全だと思って原発を推進したが、事故が起きた以上安全だとは言えなくなった」と言って政策を転換しようとし、現に浜岡原発の停止や玄海原発の再稼働阻止を行なったが、8月の辞意表明後は政権が死に体となったこともあって完全に腰砕けになった。現在、民主・自民の保守二大政党に「脱原発」派の議員はほとんどいない。そんな彼らに産業構造の転換の後押しを期待することはできない。

前述のように、産業界には新エネルギーのビジネスチャンスをうかがう企業も少なくないはずだが、経団連には電力のほか鉄鋼などの重厚長大産業の影響力が大き過ぎることもあって、何が何でも原発と10電力会社の地域独占体制を死守しようと必死になっている。

それ自体も問題だけれど、飼い慣らされた人たちはもっと問題だ。小選挙区制で党執行部の力が強大化すると、何も言えずに黙ってしまう民主党や自民党の政治家もそうだし、長年続いた自民党政治に対して問題意識を持ちながら、「小沢信者」なる、教祖に対する批判が絶対に許されない集団に属してしまった人々(政治家、一般人を問わない)も同類だ。

そうではなく、もっと進取の気風に富んだ人々も日本にはたくさんいて、今後彼らが日本を変えていくのだろうと思うが、そのためには彼らが「格差社会」の壁に阻まれることなく、チャンスをつかめるような社会にしていかなければならないと思う。旧体制を「保守」しようとする態度は、それを妨げるだけだ。

現在では「革新」という言葉はほとんど用いられなくなった。しかし、今こそ「革新」の時代だと私は思うのである。
8月23日に菅直人前首相が閣僚懇談会で辞意を正式に表明した日の午後、東京ではバケツをひっくり返したような大雨に見舞われて交通機関が混乱したのだが、その後日本を襲った台風12号は、紀伊半島を中心として近年では類のない大きな被害を日本にもたらした。

もともとこの季節の台風は大きな被害をもたらすことが多いが、特に近年は短時間にすさまじい量の降雨を記録することが多い。2004年にはいくつもの台風が当時私が住んでいた四国を襲い、多くの犠牲者を出すとともに、山沿いなどのあちこちで道路が寸断される被害があった。翌2005年はカレンダーが今年と同じなのだが、9月第2週に四国山地に集中豪雨があって、一夜にして貯水率0%だった早明浦ダムが満水になったことがある。その翌月四国山地を訪れた時、山道が随所でズタズタになっていることを身を持って知った。

徳島県の東祖谷村では林業がすっかり衰え、人口の大部分が土建業を生活の糧にしていると聞いたのはその数年前だった。林業が衰退し、間伐が適切に行なわれなくなると森林が荒廃して山の保水力が低下するという。2005年の剣山山地の被害をそれと結びつけるのは短絡かもしれないが、中山間地域から人が失われていき、残った人々も林業を離れて土建業で食っていかざるを得なくなるのは日本にとって深刻な問題だ。適切な間伐を行ない、間伐材を利用してバイオマス発電を行なおうという動きがもっと出てきても良いと思うのだが、そんなニュースがマスメディアに報じられることは少ない。

いや、問題は中山間地域だけではない。今朝(9/9)の朝日新聞1面トップは、岩手・宮城・福島の3県で東日本大震災後3.6万人の提出超過になっているとの記事だった。震災そのものに加えて東京電力の福島第一原発の事故が影響していることは間違いない。関東との結びつきが強い福島県からは首都圏への流出が多い。

こうして地域は衰えていく。これは、市場原理に任せたために人口が都市部、特に首都圏に集中したためではない。そういう政治を行なってきた結果だ。原発という「迷惑施設」は過疎の地を選んで建てられるが、原発立地自治体の市町村自体では、電源三法交付金や固定資産税、法人市民税などの歳入があって一時的に財政が潤うが、その時に無駄なハコモノに金を使ってしまうと電源三法交付金や固定資産税が減っていった時にハコモノの維持費などが自治体の財政を圧迫して、自治体はたまらず原発の増設を求めるようになる。これはしばしば覚醒剤(シャブ)中毒になぞらえられる。そして、原発の集中立地が原発のシビアアクシデントのリスクを高めることを実証したのが今年の東電原発事故だった。

今後の日本が「脱原発」を進めなければならないことは当然だ。しかし、総理大臣が従来原発推進に積極的だった野田佳彦に代わって10日ほどになるが、「脱原発」が報道される頻度は目に見えて減ってきた。現在はまだ「菅前首相にきく」などの記事が三大全国紙に一斉に載るなどして原発に関する記事が新聞に載っているが、それも間もなくなくなるだろう。

野田佳彦というのはなかなか狡猾な男であり、私はこの男を「羊の皮を被った狼ならぬ豚」とひそかに命名している。経産大臣に旧社会党にして昨年9月の民主党代表選で小沢一郎ではなく菅直人を支持した鉢呂吉雄を任命した。野田首相や鉢呂経産相は現在では「将来は原発ゼロ」、「新規原発の建設はやらない」などと言って、中国電力に上関原発を建設させたい山口県知事の二井関成(にい・せきなり)の反論を引き出したりしているが、鉢呂経産相はともかくとして野田佳彦にとってはこれはポーズもいいところで、結局原発の再稼働は「原発推進派」の海江田万里のような人間ではなく、「原発慎重派」の鉢呂吉雄がやることになるのである。原発推進派に再稼働をやらせて世論の反発を招くより原発慎重派の鉢呂吉雄に再稼働をやらせる方が得策という、いかにも本音では原発推進派の野田佳彦の考えそうな人事だと思った。

このあたりの狡猾さが鳩山由紀夫や菅直人と野田佳彦の違いだ。原発推進派の鳩山由紀夫は、経産相に旧民社の直嶋正行を任命した。鳩山は一方で自然エネルギー推進論者でもあったが、経産相に旧民社の人間を起用して自然エネルギーが推進できるはずがない。案の定骨抜きにされて鳩山自身が何やらぼやいていたが、そんなのは直嶋正行を経産相にした鳩山由紀夫の責任以外のなにものでもなかった。

ところで、『kojitakenの日記』でこき下ろしておいた、陰謀論系小沢信者にして当ブログコメント欄荒らしの常連が、一点だけまともなことを書いていたので、このウジ虫の助言を受け入れて9月7日付読売新聞の社説にリンクを張っておく。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20110906-OYT1T01165.htm

読売新聞は、「脱原発」の菅直人が政権を手放し、本音では原発推進派の野田佳彦が総理大臣に就任したのがうれしくてたまらないらしい。早く野田佳彦に「原発推進」を明確にせよとせっついている。実にバカバカしい社説だけれど、新聞の社説は一定期間が過ぎるとアクセスできなくなるので、追記欄に社説の抜粋を示しておく。

私が言いたいのは、原発事故のリスクもさることながら、国土の均衡発展を妨げ、人口の都市部集中を加速させるだけの原発の推進に未だにこだわる読売新聞とは、大昔に正力松太郎が方向づけて動かした力の惰性によって今なおナンセンスな記事を撒き散らしている、この国の未来にとって百害あって一利なしの新聞なのだなあということだ。それもそう長くは続かないだろうけれど。
前回のエントリ「『脱原発』置き去りで『茶会』が台頭? 民主党代表選の憂鬱」を書いたあと、前回ではなく前々回の記事に対してだが、こんな書き出しのコメントをいただいたのには脱力した。

別に原発問題だけが重要な事でもないと思いますけどね。
他にも財政とか経済の問題とかあるわけで、原発への態度だけが政治家評価の基準にはならないと思います。


当該コメントは、これに続く部分ではまあまあまともなことが書かれているのだが、私が言いたいのは、誰が「原発問題『だけ』が重要な問題だ」なんて書きましたか、ってことだ。前回のタイトルには「茶会」という文字もあるし、以前から当ブログをお読みいただいている方であれば、当ブログが「富の再分配」の問題(税と社会保障の問題)を大きなテーマとして取り上げ、「茶会」的動きに対抗する「鍋パーティー」も主宰していることはご存知だろうし、一見さんであった場合でも、前回のエントリの後半で野田佳彦の「財政再建至上主義」や小沢一郎や河村たかしらの「日本版ティーパーティー」を目指すかのような妄動を批判していることくらいは読み取れるはずだ。コメントの書き出しを見たとき、「俺に喧嘩売ってるんか」と思ってむっとしたことはいうまでもない。その後の部分を読むと、そうでもないかとも思い直したけれども。

なお、「鍋パーティー」のブログには今朝(8/22)最新エントリ「責任を果たそうとするアメリカの富豪とそうしようとしない日本の富豪」が公開されたので、こちらも当ブログ記事と併せてご覧いただければ幸いだ。上記「鍋パーティー」のブログ記事に関して付け加えると、日本の富裕層が欧米のような「ノブレス・オブリージュ」を自覚しないことももちろん問題だけれど、それ以上に問題なのは、「富の再分配」を求める意見に対して、日本に住む人々の大半を占める貧乏人自らが「富裕層に対するひがみだ」、「努力が報われない社会になる」などと「やせ我慢」的な批判をしていきがっていることだ。「カイカクの痛みを耐えるオレってカコイイ」みたいな妙ちきりんな風潮が幅を利かせているから、「富裕層」を自認する「ちきりん」なる人物が書いた「はてなダイアリー」が大人気を集めたりする。バカバカしいことこのうえない。「やせ我慢」ほど日本社会にとって有害なものはない。

話を「脱原発」に戻すと、今月に入って「脱原発」の言論が急速に弱まっていることは強く感じる。今月の初めくらいまでは、小沢信者の一部が「ブログ主や社民・共産両党や飯田哲也氏は『10年を目処に脱原発』なんて言っている。即時原発全廃論者はこれを批判せよ」などと当ブログのコメント欄で煽っていたというのに、月半ばになると、「脱原発」が民主党代表選の争点から外されようとしているとしてこれを批判する当ブログに対して、「別に原発問題だけが重要な事でもない」というコメントをいただくとは、あまりの空気の変化の激しさに頭がクラクラする。

民主党代表選の方は、われもわれもと手を挙げる人間が続出し、現在は反小沢系では前原誠司が立候補するかどうか、親小沢系では海江田万里と鹿野道彦以外の有力候補が出るかどうかが話題になっているらしい。

だが、看板だけは「脱原発」を掲げる馬淵澄夫も含め、どの「ポスト菅」候補も「脱原発」に関しては現首相の菅直人より腰が引けている。菅直人だって十分腰が引けていたと私は思うのだが、その菅と比較してもさらに腰が引けている。

この件に関して昨日、「安倍晋三、統一協会主催合同結婚式に祝電」(2006年)の件以来お世話になっている「カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記」から『kojitakenの日記』に「idトラックバック」をいただいた。そのエントリ「菅政権の終わりと原発政策の後退と『呪的闘争』」に、

菅政権にどれだけ不満があろうと、菅政権の次の政権は菅政権より必ず原発政策に関しては後退する、という言説って、私がすぐ思い出せるところではid:kojitakenさんくらいなんだが、どの程度存在しているんだろう。

と書かれていたのだが、えっ、私の意見ってそんなに少数派なのかと驚いた次第だ。実際、民主党代表選の出馬が取りざたされている人たちの発言を見聞きしていたら、ごく自然に得られる結論だと思うのだけれど。

でも確かに、私よりもっと過激な「即時全原発停止」を言っていたはずの小沢信者は、小沢一郎が「脱原発」を争点から外そうとしていることについてなぜか口を噤んでいる。こう書くと小沢信者は「いつ小沢一郎氏がそんなことを言った」と反論してくるかもしれないが、小沢には自らの党員資格停止を解除するかどうかを代表選の争点にさせるほどの影響力がありながら、「脱原発」が争点にならないことについては何も言ったり動いたりしないのだから、これは小沢一郎自身が「脱原発」を争点から外そうとしているという以外の解釈はできない。そして、「脱原発」を争点から外したいのは仙谷由人や岡田克也らいわゆる「執行部」系とて同じだから、いわゆる「反小沢」と「親小沢」の利害が完全に一致する。だから「脱原発」は民主党代表選の争点にはならないのだ。

もっともこんな事態を招いたことに関しては菅政権の責任も重い。前記「カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記」から再び引用する。

後のない菅政権は明確に「脱原発」を表明すれば良かったのに、なぜあんなに原発勢力に未練たらたらなんだろうな。どうも日本では原発勢力と結託しないと政権維持も政権就任もできない仕組みになっているみたいだけど、なぜなんだろうな。

菅政権は明確に「脱原発」を表明しなかったから、脱原発な国民の「空気」を利用することもできなかった。

「脱原発な空気の国民」のほとんどは、菅政権が終われば菅政権より脱原発に関して確実に後退することを、想像もしていないだろうな。もちろん想像させないように入念に「情報操作」されているからなんだが。


そう、菅政権の腰が引けていたから国民の支持が得られなかった。あの東電原発事故を起こしていながらなお原発にこだわるなんて私には信じられないのだが、これが現実なのだ。

かつて正力松太郎は、民放テレビ局(日本テレビ)を開設し、その電波に力道山のプロレス中継や読売ジャイアンツのプロ野球中継を乗せて成功したが、その正力が晩年政界に進出した際に力を入れたのが原発だった。私は先々週から先週にかけて、ノンフィクション作家の佐野眞一が1994年にまとめ上げた大著『巨怪伝 正力松太郎と影武者たちの一世紀』(文春文庫、2000年)を読んだが、この長大な物語が4分の3にさしかかったあたりから原発の話が始まる。正力が社主を務めた読売新聞は、原発がもたらす夢を煽りに煽り、原発導入を決めた後あっという間の短期間で日本最初の原子炉を稼働させた。その際正力が駆使したのがマスメディアの影響力のほか、「金の力」だった。

1950年代に読売が煽った「ウランキャンペーン」はそれこそメチャクチャなもので、当時は当の読売新聞自身がスクープした「第五福竜丸事件」が起きた直後だったにもかかわらず、低線量放射線の悪影響などほとんど知られていなかったのをいいことに読売は「原子力発電の夢」をばら撒き、そのあげく「安もののお茶でも放射能をかければ玉露のような味になり、二級酒が特級酒並みになる」という俗説まで一人歩きしたという(佐野眞一著前掲書下巻287頁より)。当時、ウラン鉱山で一儲けをたくらんでいた東善作という人物は、岡山・鳥取県境の人形峠でウラン鉱脈を発見し、1957年にウラン鉱業株式会社を設立したが、人形峠のウラン鉱石はアメリカ産と比較して品質がはるかに劣ったので結局商売にならなかった。東は、「健康にいい」と言ってウラン鉱を風呂に入れ、「野菜がよく育つ」と言って庭に埋めたりしたが、その結果東は10年後に肺ガンで死んだばかりか、彼の妻と養女の一人も同じようにガン死した(同296頁)。朝日新聞のインタビューに答えて「少量の放射線は体にいい」と言った東電元副社長にして自民党元参院議員の加納時男にこの件に関する見解を伺いたいものだ。

それはともかく、現在60代後半以上の人たちにとっては、あるいは原発に夢を託した時代の思いが残っているのかもしれない。だが、現在の日本人の大半にはそんな記憶などないだろう。かくいう私ももういい年なのだが、原発への夢を読売がかくも大々的に煽っていたとは、上記佐野眞一の本を読んで初めて知って目を白黒させた次第だ。私の子供時代には、家でとっていた朝日も毎日も原発には消極的だったし(まだ朝日が原発に対して "Yes, but" などと言い出して当時同紙科学部記者の大熊由紀子が「核燃料」と題した連載記事を書く前の頃だった)、『少年ジャンプ』に掲載された中沢啓治の漫画『はだしのゲン』で広島に原爆が投下されたシーンを見て強い衝撃を受けたものだった。

だが、読売が煽った夢は早々に消えても利権は残り、「政官産学報労」が形成する「原発推進ヘキサゴン」が惰性で原発を推進した。その推進力となったものの一つが、過疎の地をシャブ漬けにする「電源三法交付金」だった。これによって、原発を止める権限のある原発立地自治体が原発を止めることが事実上できなくなり、菅首相は浜岡原発を止めて玄海原発の再稼働を阻止したが、そこまでで精一杯で、北海道原発の泊原発3号機の営業運転は、北海道知事にして元通産官僚の高橋はるみが再開させてしまった。

次の代表が反小沢系になろうが親小沢系になろうが菅直人内閣と比較して「脱原発」が大幅に後退することだけは絶対に間違いない。どうせそういうことなら、親小沢系の内閣ができた方がまだマシではないかと私は思う。なぜなら、次の政権が「脱原発」を後退させた時に小沢信者が言い訳できなくなるからだ。2009年の民主党マニフェストに掲げられた社民主義的な政策と「減税真理教」(=「日本版ティーパーティー」)が両立できるものなのかどうかの審判も下されよう。現在の、特にブログにおける政治に関する言論においてもっとも「病的」だと私が思うのは、「反新自由主義」だとか「脱原発」の立場をとっているはずの人間の多くが、小沢一郎に根拠のないシンパシーを寄せていることだ。

彼らがいい加減にその馬鹿げた夢から覚めない限り、日本の政治をめぐる言論はどんどん劣化する。ネットだけならまだしも、リアルの有名人でも江川紹子や、少し前には池田香代子あたりも「小沢熱」に冒されていた。これほどまでにも小沢一郎の批判を繰り返している当ブログだが、昨年の民主党代表選の時、「いっそのこと小沢一郎が勝った方が良い」と書いたのも、小沢信者の目を覚まさせるためにはそれしかないと思ったからだ。

次の総選挙で「小沢チルドレン」がほぼ全滅することは間違いないことを考えると、「親小沢・反小沢」の抗争など長くてもあと2年しか続かないのは確かなのだが、その2年の間に民主・自民の保守二大政党がこれ以上国民に不満を与え続けるようだと、次には橋下徹が国政を牛耳る未来しか私には思い浮かばない。冗談じゃない。そんなことになったら私は日本から逃げ出すことにするよ。
昨年と同様、お盆前の金曜日に当ブログを更新しなかったが、この時期にはお盆休みをとられている方も多いかもしれない。そして、「月遅れの盆」の日、8月15日は終戦記念日だ。マスコミもこの日ばかりは戦争を大きく取り上げるのが通例だ。

昨年の終戦記念日に、NHKはドラマ『15歳の志願兵』を放送した。その翌日、当ブログに「NHKドラマ『15歳の志願兵』を見て思ったこと」と題するエントリを上げ、13件のコメントをいただいた。上記のドラマは、江藤千秋著『積乱雲の彼方に 愛知一中予科練総決起事件の記録』(法政大学出版局、1981年;新装版2010年)に書かれた史実である、昭和18年(1943年)に現実に起きた愛知一中で生徒達が予科練志願に総決起した事件を下敷きにしたフィクションだったとのこと。

このドラマはNHK名古屋放送局の制作で、同局は2007年以来4年連続で終戦記念ドラマを制作してきたとのことだったから、今年はどうなのかと思ったが、特に放送予定はなさそうだ。それに限らず、各マスコミとも終戦記念日の報道に力が入っていない。大新聞社は今年は終戦記念日を新聞休刊日にあててしまっている。

今年は3月11日に東日本大震災と東電原発事故が起きた。先の戦争とは被害の大きさという点で震災に、そして核分裂反応に伴う放射線発生の脅威という点でそれぞれ共通する。

しかし、一部には「核兵器と核反応の平和利用を分けて考えるべきだ」とする主張もある(私はここで「原子力」という欺瞞の満ちた言葉の使用を意識して避けている)。だが、私はこれは誤りだと考えている。この議論からは放射性廃棄物の問題が抜け落ちているからだ。原子爆弾は、核分裂反応を爆発的に進ませて、一度に大量のエネルギーを放出させるが、原発は核分裂反応が一定の割合で連続的に起きる(=臨界)ように制御する技術だ。起こさせる反応自体は同じで、しかもその過程で生成する放射性物質の処理技術が確立されていないどころか目処も立っておらず、次世代以降の課題として先送りされている。原発のプラントでは被曝労働が日常的に行われており、一方、「核のゴミ」である高レベル放射性廃棄物は、有史以来の人類の歴史よりはるかに長い時間、安定した状態で管理されなければならない。そんな期間にわたる安全性を保証することなど誰にもできないのは当然だ。

上記の問題点に目をつぶって「子や孫世代の叡智には期待できないのか」などと「脱原発」論を批判する「科学的社会主義者」たちがいるが、その姿勢のどこが「科学的」なのかと鼻で笑いたくなる。1960年代の公害工業と同じ発想で原発を擁護するのを「科学的」と称する姿勢は、かつて「ソ連は誤りを犯さない」としたいわゆる「教条左翼」の姿そのままだ。日本共産党が東電原発事故を機にこうした体質を完全に切り捨てて「脱原発」の立場を明確にすると、彼らは共産党批判に走るていたらくであり、これには開いた口が塞がらない。

もっとも上記は「ごく少数派」の左翼の話であり、現実問題としてもっとたちが悪いのは、「原発擁護」にかこつけて今年は「原爆」のことも何も言わなくなった右翼メディアである。産経新聞がその典型だ。彼らも放射性廃棄物の問題については、できもしない「核燃料サイクル」論という名の「虚構」に頼るが、それは上記の「科学的社会主義者」と同じ態度であり、現実を直視しない「極右」イデオロギーの一種だ。私に言わせれば、「原発推進派」や「原発維持派」は一種の「極右」である。よく言われる「極左と極右は根が同じ」とは、原発の件に関しても成り立つことなのだろうと思う。ただ違うのは、「極右」の人間は「極左」とは比べものにならないほど数が多いということだ。

原発以外の経済においても、かつては工場が有害物質を排出して「四大公害病」の問題を引き起こしたが、現在では公害を撒き散らすような企業は市場から退出を促される。しかし、原発は一度プラントを建てたら30年から40年の長きにわたって使われる(それどころか60年間使おうとの画策もなされている)せいか、技術も古ければ放射性廃棄物の問題に対する考え方も古い。そのくせ技術的な難易度は昔も今も変わらず高い。原発とはそんな厄介な技術なのだ。

原子炉においては、材料の温度履歴、中性子を浴び続けることによる劣化、長期間の振動に対する耐久性などが問題になるが(他にも問題はたくさんあるだろうが、私の能力では包括的に表現することはできない)、東電原発事故において福島第一原発1号機が短時間でメルトダウンに至った重大な原因の一つには地震動による配管の破損があったという説が有力だし、九州電力の玄海原発1号機は炉が継続的な中性子線の照射によって劣化して「脆性遷移温度」(それ以下の温度では原子炉の容器が脆くて割れ易くなるという温度)が急激に上がるという問題点が指摘されている。後者は、最初は低温では脆くても高温では強靭だった材料が、中性子線を浴び続けることによって高温でも脆くなっているという意味であり、要するに玄海原発1号機とはきわめて危険なプラントなのだ。だから、この1号機は何があっても早期に廃炉にしなければならない。

原発は、現在の普通の企業であれば、処理方法に大きな技術革新がなければとうてい商業化などされるはずのない技術だが、それが無理矢理推進されたのはもちろん「国策」だったからであり、なぜ国策になったかというと、もちろん東西の「冷戦」があったからだ。これは何も日本だけでの話ではない。チェルノブイリ原発事故を考察する際にも、「冷戦」があったがためにソ連が未完成の技術を無理矢理実用化して大事故を招いたという視点は欠かせない。だから私は「原爆と『核反応の平和利用』は分けて考えるべきだ」という意見は原発推進論者の強弁に過ぎないと主張する。

そして与党・民主党と野党第一党・自民党の政治家の大部分が「原発推進派」である現実にはただただ嘆息するばかりなのである。「原発維持が現実的」などと語る、次期総理大臣候補の筆頭らしい野田佳彦など、その典型的な人間だ。そして、「地下原発推進」論者の鳩山由紀夫、「トリウム溶融塩原子炉」推進論者の小沢一郎、菅政権退陣が確定的になるや「小型原発」推進論を言い出した玄葉光一郎などなど、執行部系だろうが小沢・鳩山系だろうが問わず「原発推進・維持論者」ばかりの民主党には、もはや何の期待も抱くことはできない。

13日の『kojitakenの日記』に、「『ポスト菅』に『脱原発』論者が一人もいない件について」と題した短い文章を書いたが、これが「はてなブックマーク」で注目されたのにはちょっと驚いた。多くの人が思っているであろうことをさらっと書いたに過ぎなかったからだ。私が書く記事の場合、「はてブ」のコメントは、ブックマーク数が多くなる場合はたいていネガコメの方が多数になるのだが、上記エントリの場合は必ずしもそれには当てはまらず、賛否のコメントが入り交じっている。

終戦記念日なのに戦争のことは書き出しの部分でしか触れず、もっぱら原発のことばかり書いたのにはもちろん理由がある。広島の原爆慰霊碑に「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」と刻み込んでおきながら、今また「過ちを繰り返」そうとしている日本を見て、ああ、だから岸信介は総理大臣になり、正力松太郎は「『原子力』の父」になり、中曽根康弘は「大勲位」になったんだなあと、戦後日本が繰り返してきた「過ち」に思いを致すからものだからである。

今度こそ過ちを繰り返してはならない。上記の「はてブコメント」にもあるが、「脱原発」を「後向きだ」という人がいる。そういう人たちに聞きたいが、戦争を放棄すると誓った66年前の日本人たちは果たして「後向き」だったのか。「後向き」の人間に、奇跡といわれた高度経済成長を実現させることができたのか。70年代の自動車業界が排ガス規制を克服してその後世界を制することができたのか。

「後向き」だったのは戦前の体制に郷愁を持つ人たちの方だった。現在で言うと、「地下原発」だの「トリウム溶融塩原発」だの「小型原発」だのにこだわったり、「脱原発」を「後向き」と言ったりする人たちの方がよほど後向きである。今後の「脱原発」は、日本の政治からなんかではなく、企業活動が引っ張っていくと思いたいところだが、日本経団連の腐敗堕落ぶりを見ているとそれも期待薄かもしれない。

なんとも気が重くなるばかりの終戦記念日なのである。今年の「8.6」から「8.15」までは、「原発」を含む「核」の廃絶を思う期間でなければならなかったと思うのだが。