きまぐれな日々

 安倍晋三が政権に復帰して2年4か月、昨年の衆院選での自民党圧勝を受けて第3次安倍内閣が発足してからでも4か月が経つ。

 このブログは2006年4月16日に立ち上げた。それから丸9年が経過し、10年目に入った。開設後最初の2か月は試運転をしていたが、ブログ開設の狙いは最初から安倍晋三を倒すことにあった。当初は自民党総裁選で安倍晋三を落とすことを目標としていたが、叶わなかった。当然、安倍政権打倒に目標を切り替えた。第1次安倍内閣は丸1年しか持たなかった。もちろんこのブログの寄与などないに等しい。

 「政権交代」のあった2009年がブログのアクセス数のピークだった。その後は、はてなダイアリーに開設した『kojitakenの日記』の方が使い勝手が良いため、そちらに記事を書くことが多くなった。2011年1月に、初めて『kojitakenの日記』のアクセス数がこちらのブログを上回るようになった。しかし、同年3月、東日本大震災と東電原発事故が起きると、速報は『日記』、まとまった批判記事はこちらに書き分けて、両方同じくらいの力の配分で記事を書いていた。

 そんな時、FC2の「blog63」を含むいくつかのサーバの大トラブルがあった。これはずいぶん長く続き、過去記事にいただいたコメントやトラックバックのかなりの割合が消えたまま復旧されなかった。また、いくつかの文字コードの表示がおかしくなった。その時点で1000件以上の記事を書いていたので、一部、他のブログに引用された記事などは気づいた時点で修正して元に戻しているが、多くは今も化けたままになっている。

 この時、ブログサービスを変えてはどうかとのおすすめもいただいたが、それまである程度のアクセス数を集めてきたブログが、別のブログサービスに移転するとともにアクセス数を激減させた例をいくつも見てきたので、それは避けたいと思い、今もFC2を使い続けている。だが、更新の頻度は週2回、さらに週1回へと減り、それに伴ってアクセス数も低下して現在に至る。

 さて、この9年間、日本の政治をめぐるネット言論、特に安倍政権のような右派(極右)政権に対する批判的言論もずいぶん変わった。2006年の小泉政権末期から06〜07年の第1次安倍内閣の頃は、「反安倍」でそれなりに団結していたが、07年の参院選で民主党が圧勝した当たりから小沢一郎を崇拝する、いわゆる「小沢信者」が他の政治勢力を応援する人たちに対して排他的な言動を取り始めた。一時は「『小沢信者』にあらざれば人に非ず」のような時期さえあった。また、同時期に「『右』も『左』もない」と称して、極右政治家である城内実や平沼赳夫を「反新自由主義の闘士」に勝手に祭り上げる動きもあり、これにも多くの人間が靡いた。彼らの末路については言及を控えておくが、彼らが応援していた政治勢力が2012年の衆院選において壮絶な自爆を遂げた事実だけは書き記しておく。

 その選挙に大勝したのは自民党だった。総選挙の数か月前、安倍晋三が自民党総裁に返り咲いていた。当時は「大阪維新の会」の橋下徹と「たちあがれ日本」の生みの親である石原慎太郎が野合した「日本維新の会」の全盛期でもあった。その後、維新の勢いは衰えたものの、それでも維新は大阪、安倍自民党は日本全体を支配する状況がずっと続いている。

 これはもう、これまでの人生で最悪の政治状況としか言いようがない。橋下と安倍は、ともに言論統制へと激しく傾斜する、稀に見る悪質な指導者である。先日も、NHKとテレビ朝日が自民党に呼びつけられた。NHKなどは、籾井勝人が安倍晋三の抜擢で会長に就任して以来、見るも無惨な「御用放送局」になり果てたのだが、それでも気に食わない番組を槍玉に挙げるのだ。またNHKやテレビ朝日の上層部がのこのこ「糾弾」されに行ったのも最悪だった。自民党は「放送免許取り消し」までちらつかせる増長ぶりを見せている。

 そんな安倍政権や、大阪においては橋下一派を半数の人々がおよそ支持している。彼らは指導者が示す政策には必ずしも賛成とは限らないにもかかわらず。もちろん民主党政権時代の民主党主流派と小沢・鳩山一派双方に対する国民の激しい失望が大きな要因になっているとはいえ、安倍晋三が無抵抗のままやりたい放題をやって増長しているのを日々見続けていると、気分が重くなり、文章を打つ指の動きも鈍る。

 以上、ブログ開設10年目に当たっての冴えないぼやきの弁まで。これからも応援よろしくお願いします、とは私は言いません?(by イチロー)
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一昨年の6月7日に、「やはり事実だった統一協会系団体への安倍晋三の祝電」という記事を書いてからまる2年になる。

ブログ「薫のハムニダ日記」が、「今も最低だけどポストも最悪」という記事で、統一協会の機関紙「世界日報」の韓国版が報じた、安倍晋三が統一協会系の団体「天宙平和連合(UPF)」開催の「祖国郷土還元日本大会」に祝電を送った、という記事を翻訳したのだが、当ブログでもそれを紹介したものだ。

いや、当時の当ブログには読者は数十人しかいなかったから、紹介というのはおこがましい話で、私は「きっこの日記」が書いた、

あの犯罪カルト教団、「世界統一協会」の合同結婚式に、ナナナナナント! 「内閣官房長官」の肩書きで祝電を贈ってたって言う事実だ!これは、先月、5月13日に、福岡県で行なわれたんだけど、「世界日報」の韓国語版の5月14日付の記事に、ちゃんと実名で書いてある。自分のやってるイカレタ新興宗教だけじゃ物足りずに、あの悪名高い「世界統一協会」にまで祝電を贈ってたなんて、こんなヤツが総理大臣になったら、マジでニポン沈没じゃん。

という記述の情報源をネット検索で調べていて、「薫のハムニダ日記」に行き当たり、それを当時読者数わずか数十人のブログに書いただけのものだった。

当時まだよそさまのブログにトラックバックを送ることさえしていなかったのだが、この記事がハムニダ薫さんの目にとまってコメントをいただき、それをきっかけに当ブログの読者数は飛躍的に増え、常時ユニークアクセスが1日あたり3桁に達することになった。この記事には、私より1日早くこの件をブログの記事にしていた、現在では「遅れてきた水伝騒動」で有名な「たんぽぽのなみだ?運営日誌」のたんぽぽさんから6月12日付でコメントをいただいている。さらに数日後には反安倍晋三のネットキャンペーンを呼びかけていた「カナダde日本語」の美爾依さんからもコメントをいただき、それをきっかけにして「AbEndキャンペーン」が始まった。

キャンペーンむなしく安倍は総理大臣になったが、そのあまりの無能さのため、大臣辞任者が続出し、果ては自殺した大臣まで出し、「消えた年金」問題でも評判を落としたあげく、参院選に惨敗して安倍内閣は1年で幕を閉じた。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とか「人の噂も七十五日」などといった諺もあるが、一昨年から昨年にかけて熱心に安倍晋三を批判していたブログの中には、安倍の辞任後、「水に落ちた犬を叩くのは好まない」と言って早々に安倍を批判するのを止めたり、「一度権力の座を追われた人間がどのように再起を図るのかを見たい」などと、あたかも安倍の復活を期待しているかのようにさえ読める記事を書くところまで現れた。最近、郵政民営化に反対して自民党を追われた平沼赳夫が新党を結成して民主党に接近する動きを見せているが、平沼は自身が極右であるのみならず、ほかならぬ安倍や麻生太郎、中川昭一ら自民党極右議員とともに、「HANAの会」構想をぶち上げ、それは「真・保守政策研究会」として発足した。つまり、安倍晋三に極めて近い人物だ。だが、小沢一郎や鳩山由紀夫がそんな人物と提携する構想を持っていることを批判するブログは少ない。「日本がアブナイ!」によく平沼を批判する記事が載るが、他のいわゆる「リベラル・左派系」の多くは、平沼の子分格の城内実を応援するいくつかの有力ブログに遠慮でもしているのか、平沼批判の声をあげようとしない。

安倍晋三と平沼赳夫では、経済政策ではゴリゴリの新自由主義者である安倍と、多少新自由主義からは距離を置く平沼(但し本質的には平沼も新自由主義者であると私は考えている)で違いはあるが、政治思想に関しては両者とも日本の政治家の中でももっとも「右」に位置する極右である。そして、「リベラル・左派系」のブログの多くは、経済問題が苦手で、安倍を批判する時にはその超タカ派的政策に批判の的を絞るのが常だった。だとしたら同様の政治思想を持っている平沼赳夫をも強く批判しなければ筋が通らない。だが、多くのブロガーはそうしない。これはいったいどういうことなのか。

そもそも、安倍内閣時代に成立した「改正教育基本法」、「教育改革関連三法案」、「国民投票法案」などは廃止されたわけでも何でもない。これらは、安倍内閣の「業績」として右翼論壇に高く評価されているものだ。こういう現実があるのに、「水に落ちた犬は叩かない」とか「安倍の再チャレンジを注視したい」などと言って安倍の悪行の追及を止めてしまい、安倍の盟友・平沼赳夫と民主党の提携構想にも異を唱えない。こんなていたらくで「リベラル・左派」のつもりでいるのだから呆れ返るほかない。彼らは、安倍晋三の唱える「戦後レジームからの脱却」に手を貸しているも同然だ。

今日の記事には、安倍の祖父・岸信介や大叔父の佐藤栄作が総理大臣在任中にアメリカと交わした密約にも言及して、この腐り切った一族の批判を行うつもりだったが、長くなったのでそれは次のエントリに回すことにする。とにかく、私は執念深くてねちっこい性格なので、今後とも安倍晋三の悪行は絶対に許さない。昨年後半から今年前半にかけて、岩国市長選などにおける民主党の失態などによって、安倍が現在も政治生命を永らえている現状は、私にとっては我慢ならないものなのである。


#この記事は、「トラックバックピープル・自民党」 および 「トラックバックピープル・安倍晋三」 にトラックバックしています。ここにTBされている他の自民党および安倍晋三関係の記事も、どうかご覧下さい。

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「風に吹かれて」さんが既に紹介されているが、安倍晋三講談社に対して「取材拒否」の挙に出た。

当ブログでも、「週刊現代」11月18日号から『安倍首相の「通告書」に反論する』という囲み記事を引用しておく。

 10月28日、野間佐和子・弊社(筆者注:講談社)代表取締役の自宅に奇妙な手紙が届いた。差出人は「衆議院議員安倍晋三事務所。」開封すると、「通告書」と書かれたA4の紙2枚が入っていた。まさか一国の首相から個人宅にこのような非常識な手紙が届くとは思わないので、怪文書と疑っても当然だ。
週刊現代』では、10月21日号から3週にわたって、『危険な総理の"媚朝外交"』を特集してきた。それは、「拉致の安倍」と勇名を轟かせた安倍首相が、実は拉致問題など無きがごとく、水面下で北朝鮮と裏交渉を続けてきたこと、希代の詐欺師である韓国人を「外交顧問」に雇い、国家機密を韓国政府に筒抜けにさせていたことなどを含む内容だった。民主党議員が国会で取り上げて質問するなど、波紋は広がっている。
 そんな折に突然届いた首相からの通告書は、次の5項目からなっていた。第1は、なぜかお門違いの朝日新聞に関することだ。第2は、安倍首相が統一教会と深い関係にあることをスッパ抜いた本誌9月30日号の記事を、「一部のブログで取り上げられただけのこと」として逃げている。何人もの弁護士が立ち上がり被害者の会が結成され、社会問題化していることをご存知ないようだ。第3は、本誌の質問に回答しないことを、「メディアとしての資質そのものに疑念がある」からだとすり替えている。第4は、"媚朝外交"の追及を、「くれぐれも北の走狗などと揶揄されぬように」と、自分の"媚朝"ぶりは棚に上げて忠告している。第5は、「今後は貴社の取材は迷惑ですので差し控えさせていただきい」と逃げている。
 まさに、公人としてあるまじき態度である。本誌は引き続き安倍首相の"媚朝外交"を追及していく。

(「週刊現代」2006年11月18日号より)

文面から明らかなように、これは、安倍晋三講談社に対する「宣戦布告」である。
講談社は、このところ月刊「現代」、「週刊現代」、それに写真誌「FRIDAY」を駆使して、安倍晋三批判を展開してきた。特に、月刊「現代」10月号に掲載された立花隆氏の『安倍晋三「改憲政権」への宣戦布告』は、雑誌ジャーナリズムの良心がまだ残っていることを示す、勇気づけられる記事だった。

この記事に代表される一連の講談社の報道に切れた安倍は、ついに講談社に対して「取材拒否」の挙に出たのである。当ブログは、全面的に講談社を応援したい。

もっとも、講談社にも腰が引けていた時期があった。上記囲み記事で、「週刊現代」が安倍の統一協会への祝電をスッパ抜いたかのように書いているが、これはもちろん大ウソであり、スクープをなしたのは、カマヤンでありハムニダ薫さんである。そして、この情報を増幅したのが、6月6日の「きっこの日記」だ。このことはもう何度書いたかしれやしない。

微力ながら当ブログもこの情報をあと追いし、これが野口英昭さん怪死事件を追及されていた美爾依さんのブログ「カナダde日本語」による反安倍運動への呼びかけに呼応するきっかけとなって「AbEndキャンペーン」が始まったのだ。

それに至るまでの間、当ブログが安倍の祝電問題に夢中になっている頃、何度か講談社からのアクセスを受けた。同社は、安倍が統一協会に祝電を送った記事が載った「世界日報」(韓国語ネット版)と、記事が掲載された日付である「5月14日」をキーワードにして、ネット検索をかけていた。当然、同社は安倍の祝電事件を把握していたはずで、当時私は「週刊現代」に安倍の祝電の件が報じられるに違いないと大いに期待していたのだが、期待に反して「週刊現代」はダンマリを決め込んだのである(注)。

なんだ、講談社も結局安倍の言論封殺に屈するのか、と大いに落胆したものだが、その後同社は汚名返上とばかり、立花隆さんの記事を月刊「現代」に掲載したのを皮切りに、「週刊現代」で毎週安倍批判記事を掲載するなど、再び本領を発揮するようになった。

囲み記事でも宣言しているように、「週刊現代」は安倍の「媚朝外交」の追及を続ける、とのことだから、大いに期待したい。

(注) たんぽぽさん作成の「祝電事件リンクリスト」にあるように、この件は今年6月、「しんぶん赤旗」や「FLASH」誌を皮切りに(但しネットで「お祭り」になったよりはだいぶあと)、TBSテレビや大新聞、及びいくつかの雑誌が報じたのに、「週刊現代」をはじめ、「週刊ポスト」「週刊文春」「週刊新潮」などは軒並み取り上げなかった。安倍ベッタリの「文春」や「新潮」はともかく、どうして「現代」や「ポスト」が取り上げなかったのか、今でも不思議でならない。


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このところの「反安倍」の言論をめぐる講談社の活躍は、まことに頼もしいものがある。
月刊「現代」では、10月号、11月号と2ヵ月続けて安倍晋三を批判する特集を組んだ。「週刊現代」では、7週続けて安倍の血脈に関する記事を掲載したあと、前のエントリでも取り上げた「安倍晋三は拉致問題を食いものにしている」という記事で、安倍の「媚朝外交」を暴露した。
そして、「FRIDAY」10月27日号では、安倍の統一協会への祝電に関して、新事実を暴露している。『安倍晋三統一教会にカタ入れする」新首相の暗部』という記事がそれだ。
あまりの講談社の大活躍につられて、思わず記事を連発してしまう羽目に陥ってしまった(笑)。

今年5月13日、福岡で開かれた、統一協会の関連団体「天宙平和連合」主催の「祖国郷土還元日本大会」に安倍が祝電を送り、翌日広島で行われた同大会でも祝電を送っていたことは、ハムニダ薫さんのスクープであまりにも有名で、AbEnd参加者なら誰知らぬ人はないだろう。

ところで、統一協会と安倍の関係は、安倍の祖父・岸信介や父・安倍晋太郎の時代から続いていたものだから、祝電を送ったのは今に始まったことではなかったはずだ。6月当時、このことについてネット検索していたら、「きちが石根」(別名「きち☆石根」、「アインシュタインの予言」なる妄言を撒き散らしたことでも悪名高いきち☆いブログw)というサイトが、それを裏付ける記事を載せていたので、「安倍晋三は以前から統一協会に祝電を送り続けていた」という記事で、これを紹介したことがある。脱線するが、これはAbEnd前夜の6月16日に書いた思い出深い記事だ。ってなんか前のエントリの記事と同じノリですね(笑)。

ところで、安倍が以前から統一協会に送っていたことに関しては確信を持てたが、具体的にいつの大会に祝電を送っていたかという情報は、当時のネット検索からは得られなかった。
「FRIDAY」の記事は、それを暴くものだ。
私の住む南国にあっても、夕方吹く風に涼しさを感じるようになった。今年の夏は、当地に来てからもあまり経験のないほど異様に蒸し暑い夏で、ずいぶん消耗したが、これから涼しくなって元気を回復し、ますますAbEndに燃えたいと思う今日この頃だ(笑)。

ところで、月が変わればブログのアクセス状況も変わる。当ブログは、時に過激な反安倍晋三の記事を載せる割には、従来あまりネットウヨの攻撃を受けないブログであった。それだけ相手にされていなかったともいえる。

それが、ここへきて様相が一変した。前々から、早くトラックバックしろ、来たらすぐ削除してやると公言していたブログから、ついにトラックバックが来たので、予告通り削除してやったが、それもトコノマ(笑)、今度は某右翼ブログ経由のアクセスが急増した。

そのブログとは、もう記憶のかなたとも思えるほど昔、といっても6月16日の当ブログの記事「安倍晋三は以前から統一協会に祝電を送り続けていた」で思いっきり皮肉ってやった、「きちが石根」という右翼ブログである。

今、この6月16日付の記事、特にコメント欄を読み直すと、なんともいえない懐かしさにかられる。これは、ハムニダ薫さんのブログ「薫のハムニダ日記」提唱の「安倍晋三統一協会に祝電」キャンペーンに協賛した記事だが、一昨日ブログを閉鎖されたピリカラさんからコメントをいただいているし、つい先日ブログに復帰されたkuroi-mazinさんのコメントもついている。そして、今回のAbEnd削除騒動で矢面に立たれたSOBAさん、ピリカラさん同様先日ブログを閉鎖されたヘリオトロープの小部屋さん、それになんといっても「AbEnd(安倍ND)」運動の提唱者・美爾依さんから初めて当ブログにコメントをいただいたのがこのエントリだった。美爾依さんのコメントを見て、「カナダde日本語」を訪問したところ、「AbEnd(当時は名称未定)」の呼びかけの記事があったというのは何度も書いたことだが、それはともかく、この記念すべきエントリで槍玉に挙げた「きちが石根」だが、向こうはウヨの間では結構な人気ブログらしくて、どうやら当ブログは相手にされなかったようで、当時は何のリアクションもなかった。それが、9月2日になって突如彼のブログで取り上げられ、そのせいで、「きちが石根」経由のアクセスが49件もあった。はっきり言って、こんなブログ経由のアクセスでヒット数が増えても、うれしくもなんともない。
「産経新聞」が安倍祝電問題を報じていたか否かの議論については、6月20日の大阪本社版の朝刊15版(大阪では、産経新聞はたしか夕刊も発行している)で報じていたということで決着がついた。
とはいっても産経はWeb配信はしなかったみたいだし、東京本社版に記事を掲載したことは確認されていない。

弊ブログにも、今出川通信さんからこの件に関してご連絡頂いた(弊ブログのコメント欄を参照)。深く感謝し、お礼を申し上げる。

この問題については、「薫のハムニダ日記」のコメント欄で、非常に興味深い議論が展開されている。

今回、感銘を受けたのはハムニダさんのフェアな態度で、上記コメント欄でblog-bluesさんが書かれているように「ジャーナリスティックな態度で、感動的ですらある」。私も、例によってblog-bluesさんの尻馬に乗って、賛辞を呈する次第だ。

安倍晋三のサワヤカさなんて、しょせんはマスメディアの作り上げた幻影に過ぎないから、事実の積み重ねだけで安倍を追い詰め、引きずり下ろすことは可能だし、そうでなければならないと思う。

で、産経新聞の話に戻ると、結局、申し訳程度に報道していたってことみたいだけど、これらの議論を通じて、産経新聞と世界日報の怪しげな関係の疑惑が浮かび上がってきたのは、大きな収穫だった。
6月7日の記事「やはり事実だった統一協会系団体への安倍晋三の祝電」で、安倍のカルト教団祝電問題の、初期における情報の流れを指摘しているが、その後ようやくマスコミが追随することになったので、これまでの情報の流れをまとめておきたい。

時系列で並べると、下記のようになる。

6/3 19:40 「2ちゃんねる」の投稿
6/5 3:40 「カマヤンの虚業日記」
同 18:06 「薫のハムニダ日記」
6/6 12:20 「きっこの日記
(遅くともここでマスコミは取材を開始、短時間で安倍が祝電を送った事実を把握したに違いない)

ここで長い空白期間が生じる。その間、インターネットでは、この件は急速に知れ渡っていった。

(6/11 TBSテレビ「報道特集」で統一協会の被害を取り上げる)
6/13 「しんぶん赤旗」
6/16 「FLASH」が記事を掲載することが判明
6/19 「FLASH」発売
6/19 TBSテレビ 夕方のニュースで放送
同 20:00 時事通信
同 20:40 共同通信
同 21:02 毎日新聞
6/20 0:01 朝日新聞
同 0:06 読売新聞
同 産経新聞(大阪本社発行15版=最終版のみ、東京本社版は未確認。またネット配信はせず)
同 テレビ朝日(朝日新聞の記事を紹介)
同 週刊朝日
同 サンデー毎日
同 アサヒ芸能
6/23 週刊金曜日

未確認 NHK, 日本テレビ, フジテレビ, テレビ東京

(スポーツ紙や夕刊紙その他については割愛する)
既に、昨日(18日)の13時54分の時点で、「風に吹かれて」さんが書かれているように、明日、20日発売の「週刊朝日」6月30日号にも、安倍晋三の統一協会合同結婚式への祝電をとりあげた記事が掲載されるようです。

正直言って、新聞社系の週刊誌、しかも最近元気のなかった朝日が取り上げるとは思いませんでした。
2週間続けて「週刊朝日」を買う羽目になるかもしれません(記事の内容が安倍寄りであれば買うのをやめますが)。

なお、一部地域では発売日が遅くなります。
当地(香川県)もその「一部地域」に当たりますけど(というより、中国・四国地方以西は全部「一部地域」に当たると思います)。

‥‥そんなワケで、「FLASH」の発売も明日なので、まだ記事は見てません。そういや、「きっこの日記」に安倍の祝電ビデオが「特選ホニャララ映像」と銘打ってアップされていますね。
ついに、マスコミで安倍晋三の統一協会祝電事件が報じられるようです。

http://www.kobunsha.com/CGI/magazine/hyoji.cgi?sw=index&id=007&date=20060619
ハムニダ薫さんの《 安倍晋三、統一協会合同結婚式に祝電 》をネット上に広げようキャンペーンは、あちら側の人たちを震撼させている。

ネット検索したら、あちら側の人たちのさまざまな反応がわかって面白い。

たとえば、冷笑的に「なんだ、サヨクはそんなこと(安倍晋三統一協会の癒着)も今まで知らなかったのか」みたいなことを書く輩は、政権政党と統一協会の癒着を容認していることを自白しているも同然だろう。

もっとも私も、安倍が統一協会に祝電を送ったことを知って動揺している人たちに対しては、「なんだ、ネットウヨはそんなことも知らなかったのか」と思ってしまう(笑)ので、同類なのかもしれないけれど。

そしてひとつ、面白い記事を見つけた。

http://ameblo.jp/disclo/entry-10013629824.html

これは、ネットウヨたちの動揺を鎮めようとしているかのような記事に見えるが、今回の件が明らかになってから、私がずっと疑っていた「あること」が事実であることを証明する、貴重な記事となっている。

それは、安倍晋三統一協会への祝電は、何も今回が初めてではなく、十数年前からずっと送り続けられていたということだ。

祖父や父の代からの癒着である以上、当然想像がつくことなので、実は私自身その証拠を探していたのだが、なんと、あちら側の人がわざわざ書いてくれたのだ。

安倍晋太郎の死去が1991年、安倍晋三の初当選が1993年7月だから、おそらく93年か翌94年からずっと、安倍晋三統一協会の総会に祝電を送り続けていたと推測される。
2006.06.16 19:04 | 統一協会祝電問題 | トラックバック(-) | コメント(16) | このエントリーを含むはてなブックマーク