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きまぐれな日々

AbEndにTBされた、『カマヤンの虚業日記』の「生きている靖国祭神が、日本に補償を求めている件」は、傑作な記事だった。
「韓国の政府機関「強制動員真相究明委員会」は10日、日本の植民地時代に強制連行された韓国人の生存者5人が、本人も知らない間に靖国神社に合祀(ごうし)されていることが確認されたと明らかにした」のだそうだ(ソウル10日共同)。

カマヤンは、「新興宗教「靖国神社」の奇怪な教義によると、いったん祀られた祭神は相互不可分だそうだから、この生きながら祀られている5名の方の言葉は、二百四十六万柱の御祭神のお告げである」と皮肉っているが(腹の皮がよじれるほど笑った)、ナベツネこと読売新聞主筆の渡邉恒雄も、朝日新聞論説主幹の若宮啓文との対談で、こう語っている。

 分祀というのは、本当によくわからない話なんだ。合祀というのは「座」というけれども、いわば座布団の上に名簿を持ってきて、祝詞かなにかをやると、その霊が全部その中に入ってしまう。いったん入った霊を、A級戦犯の分だけ取り戻すということはできないんだという。それは、瓶にある水をちょっとだけ杯に入れて、それでその水をもし瓶に戻したら、その杯分の水だけを瓶から取り出すことはできないんじゃないかというような理屈で、今の宮司の南部利昭さん(筆者注:元電通、2004年9月より現職)が言っている。

 これは、神道の教学上の理由だそうだ。世界の宗教には、コーラン、聖書、仏教のお経のように経典がある。神道というのは、経典がなくて、古事記、日本書紀などの神話を自由に解釈して八百万(やおよろず)の神様をつくった。しかし、南部さんの言っている神道の教学というのは、明治以降に天皇を現人神(あらひとがみ)にしてしまった国家神道。廃仏毀釈をし、国教は神道だけだということをやってでき上がった国家神道の教学だ。そんなもののために日本の国民が真っ二つに割れて、さらにアジア外交がめちゃめちゃにされている。これはたまらない。そんな権力を靖国神社に与えておくこと自体が間違っている。これを否定するには、やっぱり首相が行かないことですよ。公式参拝は一切やらないことです。それしかない。

(渡辺恒雄vs.若宮啓文 『「靖国」と小泉首相』=2006年、朝日新聞社=より)


これがあのナベツネか、と思うほど痛快な、首相の靖国神社参拝反対論だ。
さて、これからいよいよ靖国問題をめぐって議論が高まっていくことになると思う。おそらく小泉や安倍は、総理大臣の靖国参拝を国民の多数が支持するような方向へと世論を誘導しようとたくらんでいるものと思うが、それを阻止するのもAbEndの重要なテーマの一つだと、勝手に思っている。

先週末に読んだ、読売新聞会長・主筆の渡邉恒雄と、朝日新聞論説主幹の若宮啓文の対談をまとめた『「靖国」と小泉首相』という本(朝日新聞社、2006年)は、読売新聞と朝日新聞という日本の二大紙の論説の責任者が、靖国神社の問題をどう考えているかを示すと同時に、豊富な傍注や巻末につけられた資料によって、靖国の問題を論じる時に参照することのできる、なかなか良い本だと思う。

もともとこの対談は、朝日新聞社発行の月刊誌「論座」2006年2月号に掲載されたもので、本は、雑誌に掲載されなかった部分も収録して、今年3月に出版されたものだ。
「論座」のこの号は、発行部数の少ないこの雑誌としては異例によく売れ、当時私も買うことができなかった。

ジャーナリストの立花隆氏が、外国人記者クラブに招待されて行った講演で、この渡邉・若宮両誌の対談を取り上げたビデオファイルのURLを下記に示す。

http://www.videonews.com/asx/fccj/020306_tachibana_300.asx

余談だが、この講演会で立花氏は、ライブドアに絡んで変死した野口英昭氏の怪死事件を、「ブラック勢力のプロによる殺し」だと断言している(31分30秒あたりから)。今でもこの問題を執拗に追いかけているのは「きっこの日記」くらいになってしまったが、まだまだ忘れ去られるには早い問題だ。なにしろ、野口氏は安晋会のパーティーに「理事」として紹介されて登壇したという報道もされているのだ(「週刊ポスト」2006年2月10日号)。

話を靖国問題に戻す。読売新聞が社論を転換し、靖国神社への総理大臣の参拝を否定するようになったのは、昨年(2005年)の6月4日の社説からである。昨年の総選挙前も、読売は小泉内閣と若干距離を置くような報道で、むしろ小泉支持を煽っていたのは朝日新聞であった。

さいきん、森田実氏の記事からの引用がAbEndに投稿するブロガーの間で一種のブームになっている(もちろん私もその一人だ)が、保守派ながら反戦、反新自由主義を唱える森田氏の主張には、共感できる部分が多い。下記は今年の元旦に発表された森田氏による朝日新聞批判だ。

2006.1.1(その2)
2006年森田実政治日誌[2]

(前略)
2005年9月11日の総選挙投票日の朝日新聞の社説は、ジャーナリズムの政治権力への屈服の歴史に記録されるほどの政治権力への隷従の見本として記憶されるだろう。その恥ずべき朝日新聞社説で「小泉首相はこれまで見たこともない型の指導者だ。……単純だが響きのいいフレーズの繰り返しは、音楽のように、聴く人の気分を高揚させる」と称賛したのだ。

2006年1月1日「森田実の時代を斬る」より

このようにぶざまな紙面を作る朝日新聞だが、それでも、選挙後は何食わぬ顔をして小泉批判の記事を書いたりしている。産経新聞の「アリバイ作り」が一時話題になったが、朝日新聞だってアリバイ作りに関しては負けてはいない。
しょうもないミサイル騒ぎはスルーして、昨日、「カナダde日本語」の記事「安倍は靖国参拝を公私混同している」で紹介していただいた、1978年の靖国神社のA級戦犯合祀に昭和天皇が激怒して、以後靖国参拝を取り止めた、という話を発展させることにする。

これは、正直言って、どっかで読んだ話を、記憶をもとに一気に書き飛ばしたものだった。それが「カナダde日本語」の記事になったので、Google検索をかけて調べなおしてみたら、出所がわかった。

藤原肇著「小泉純一郎と日本の病理」(光文社、2005年)である。その239ページから242ページにかけて、靖国神社に関する記述がある。以下に一部を引用する。

『靖国神社はもともと薩長を中心とした兵隊の慰霊のために、明治の初めに建てられた慰霊用の神社である。そして、戦前は軍国主義 militarism と愛国主義 nationalism の象徴として、陸軍と海軍が管理した軍人用の神社であった。
(中略)
靖国神社は、「延喜式」にある由緒ある産土(うぶすな)神社ではなく 一種の軍人の新興宗教 new religion for soldiers といえる存在であり、日本の伝統的な神道 traditional Shinto の系譜からさえも逸脱している。
(中略)
靖国神社を政治的に使った人物としては、1978年に第6代宮司になった松平永芳(1915-2005)がいる。彼は松平恒雄駐英大使(1877-1949)の長男であり、海軍機関学校を出て海軍に任官し、戦後になって自衛隊を一佐で退官して、宮司になるとA級戦犯 class-A war criminal の合祀 honor collectively を独断で密かに実行した。この実行を知って激怒 get mad した昭和天皇 Emperor Hirohito (1901-1989) は、それ以降は大祭への参拝を中止してしまい、皇室と靖国神社の関係は険悪になっている。 事実、天皇家は靖国神社について一切口をつぐんで keep their lips buttoned いる。』
(藤原肇著「小泉純一郎と日本の病理」より)
今日は支離滅裂に行こうと思う。

安倍晋三の統一協会祝電問題が明らかになる前は、当ブログは村上世彰批判と、それに絡んで、『「きっこの日記」の「ニポンイチのタイコモチ」の実名がわかったよ』という話題をウリにしていた(但し、当ブログは実名は出していません)。アクセスカウントは一日60?80件くらいだったが、アクセス解析でキーワードを見たら、5月度は「きっこ 東大中退」と「ニポンイチのタイコモチ」が1位と2位を占めている。村上逮捕直前の6月2日、全国紙が村上が立件されると報じ、「きっこの日記」が「ニポンイチのタイコモチ」を蒸し返すと、いきなり当ブログのアクセス数がはね上がった。「きっこの日記」の破壊力は本当にすさまじい。

今朝、Yahoo!トピックスに出ていた某女優との交際が発覚した●●●&●●●●●の社長というのも、5月8日の「きっこの日記」の中の、読者からのメールに書かれている人物にほぼ間違いなく、この社長はチンピラだの、叩けば埃だらけなどと、散々に書かれている。
こういうネタは「風に吹かれて」さんの得意とするところだから、先に記事にされているかなと思って覗いてみたら、投稿はされていないようだった。でも、たぶん気付かれてますよね?