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きまぐれな日々

私は、70年代末から80年代初頭にかけて、政治への関心が旺盛だったものの、思い描く方向に政治が進むどころか、その逆方向に進んでいくのに失望して、1984年頃から次第に不活性化していった人間である。

途中、90年代末から2000年にかけて、当時全盛を極めていた「グローバル・スタンダード」に対する対抗言論が勃興し始めた頃、政治への関心を取り戻した時期があったが、私の全く好まない小泉純一郎政権が異様な人気を博したのを見て、再び「世捨て人」的なスタンスに戻ってしまった。その小泉がついに自滅するかと期待し興奮した2005年の「郵政総選挙」では、解散当時誰もが予想した自民党の下野が起きるどころか、逆に、小泉自民党の圧勝を許してしまった。これはとんでもないことになると、危機感を本格的に強めたが、それでもものぐさな性格ゆえ、翌2006年4月になってようやくブログを開設した次第である。

私の手元には、小野善康著『景気と経済対策』(岩波新書、1998年)がある。見ると、レシートがはさまっていて、2000年1月4日の日付が感熱紙に印刷されている。つまり、コイズミが異常人気を博して私が政治に失望する前の年の新年早々に買ったのだった。同じ日、私はナベツネ(渡邉恒雄)の論説をまとめた『ポピュリズム批判』(博文館新社、1999年)を購入したことを覚えているが、これは「敵」が書いた本として読んだ。一方、小野善康氏の本は、考え方の指針を得ようと思って買ったのだった。もっとも、ナベツネの著書と同じ日に小野氏の著書を買っていたことは、本にはさんでいたレシートに昨日気づくまですっかり忘れていた。

この本については、当ブログの一昨年(2008年)10月3日付エントリ「ようやく『脱コイズミカイカク』を打ち出した毎日新聞の社説」で取り上げたが、この本で小野氏は、不況期にこそ財政出動をせよ、不況期の財政赤字は余剰資源の有効活用ができるからかえって好ましい、不況期に必要なのは、政府が民間では吸収し得ない余剰労働力を積極的に使って、意味のある公共財を供給することである、国債発行は将来世代の負担になるというが、この議論自体にも多くの誤りがあり、特に不況期には負担にならないなどと主張している。

さらに小野氏は、「官から民へ」というスローガン(中曽根以来の新自由主義政権が使い続けた)を痛烈に批判する。以下引用する。

 不況期には、「官から民へ」といわれ、官が介入せずに、自由に民間活力に任せよといわれる。しかし、需要が不足し、民間に活力が生まれないからこそ不況になったのであり、ただ民間活力を使えといっても使いようがない。そのため、余っている貴重な生産資源を有効活用するには、官が介入せざるを得ないのである。そのとき、官から民へと騒げば、官は何もしないことになり、失業が放置されてかえって無駄が発生する。

(小野善康 『景気と経済政策』 (岩波新書、1998年) 195頁)


「政府の借金」と「国の借金」を混同するな、国債発行によって財政赤字が累積することは、政府部門の民間に対する負債がたまっていることを意味するのだ(前掲書84頁)と、菅直人首相のブレーンたる小野氏は言っているのだが、菅首相は惨敗した参院選に向けた演説で、「日本をギリシャにしていいんですか」と有権者を脅した。こりゃダメだ、参院選では負けるだけ負けろ、と私は匙を投げた。

本来の小野理論では、不況期に景気を刺激するためには、「需要側」の考え方に立って、働くインセンティブよりも使うインセンティブを促進する方が重要だ、不況期には供給が過剰なのだから、高給取りのやる気を削ぐ最高税率の引き上げなどをやって、高給取りにはむしろやる気をなくして余暇をとってもらい、お金を使ってもらった方が良い、逆に好況期には(供給が足りなくなるから)最高税率を下げて高給取りの働くインセンティブを促進すればよい、とされている(前掲書113?116頁)。先月、読売新聞が課税最低所得の引き下げによる課税対象の拡大を行えと社説で主張したが、これにも小野氏は「低所得者から高所得者に対して、所得の再分配が行われる」と批判している(同114頁)。小野氏は「需要側」に立つケインジアンであり、読売新聞、というよりナベツネは、「供給側」に立つ新自由主義者なのである。ただ、社会正義の観点から再分配を推進せよというのではなく、景気を制御するために、「不況期には」累進性強化を行うという処方箋を提示する点が、小野氏が高福祉高負担の社会を目指す神野直彦氏と異なるところだ。

小野氏で批判されるべきは、最近のテレビ番組出演などで、「政府が雇用を創出するための財源としては所得税と消費税のどちらがよいか」と聞かれた時に、「所得税が望ましいが、消費税でも良い」と答えて、菅首相の消費税増税政策を後押ししたことだろう。実際に「日本をギリシャにするな」と叫ぶ菅首相が消費税の増税分を何に使おうとしているかは明らかだが、少なくとも「需要側の経済学」の視点から「供給側の経済学」一辺倒の自民党政府(当時)の政策(やマスコミの論調)を批判した、もともとの小野理論には見るべきものがあると思う。

問題はやはり菅首相自身にあって、ケインジアンのブレーンの思想をつまみ食いしながら、菅首相の周囲を固めている新自由主義者(民主党議員、官僚、財界人など)の気に入るような政策に換骨奪胎してしまう。最初に余分な期待を抱かせるだけ、ゴリゴリの新自由主義者よりたちが悪いと思えるほどだ。

ここ最近でいちばん失望させられたのは、菅首相が伸子夫人に対して、「中曽根康弘元首相の政権運営を参考に『本気でやり遂げたいのは、財政再建の糸口をつかむことだ』と決意していると明らかにした」らしいことだ。

このことを私は、「枝野は金持ち増税論者。小沢の方が新自由主義?+小沢との面会+菅夫人が本出版」と題された、『日本がアブナイ!』の記事で知ったのだが、菅伸子氏の著書に書かれていることらしい。

これを読んだら小野善康氏はがっくりと肩を落とすのではないかと思った。『景気と経済対策』で小野氏が批判しているのは、中曽根康弘が実行に移した、「供給側の経済学」に立脚した経済政策だったはずだからだ。

中曽根康弘に関する包括的な批判としては、『広島瀬戸内新聞ニュース』の記事「開発独裁強化とアメリカ従属深化を確定させた中曽根康弘さんの大罪」(7月22日付)と、同記事からリンクされている、同じ著者(さとうしゅういち氏)による『JanJan』掲載の記事「『民主勝利なら大混乱』と中曽根康弘さんに言われたくない ─ 彼こそが現在の格差と貧困を生み出したネオコン政治の源流である」(2009年7月6日付)をご一読されることを、読者の皆さまにおすすめする。

中道左派を出発点とした総理大臣に、「中曽根康弘元首相の政権運営を参考にする」と言わせるほど中曽根康弘の権威は絶大だし、マスコミ界ではナベツネの主張には誰も逆らえない。それではいけないのだ。

幸い、中曽根康弘も渡邉恒雄も健在だ。つまり、彼らが生きているうちに、彼らにレッドカードを突きつけ、これまでの人生において彼らが犯した誤りを反省してもらうチャンスは残っている。

中曽根康弘の目が黒いうちに「大勲位」の権威を失墜させよ。そうすれば、中曽根康弘はこれまでの人生を虚心坦懐に振り返る機会を得て、大往生を遂げることができるのではなかろうか。ナベツネについても同様である。


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参院選終盤の情勢は、民主党の失速が一段と鮮明になり、朝日新聞の記事を見ると、民主党は50議席割れ、自民党は選挙区で民主党と互角だが比例区で伸び悩み、40議席代半ば、代わって伸びるのが「みんなの党」で、10議席を超える勢いだという。

朝日新聞の予想通りになれば、現有議席との比較でいうと自民党も増えることになるが、私が基準としているのは2004年参院選における民主党50議席、自民党49議席という獲得議席数であり、両党ともこれを下回った場合敗北であると見なす。つまり、現状では両党とも敗北する可能性が高いわけで、その代わりに伸びる政党が「みんなの党」ということになると、いわゆる「民意」は、民主党と自民党がともに掲げる消費税増税に「ノー」だということになる。

特に注意を喚起したいのは自民党の比例区獲得議席の予想であり、朝日の紙面を見ると11議席程度となっている。2004年は15議席、07年には14議席だった。あれほど「惨敗」した安倍晋三時代の自民党の参院選で、自民党は比例区では1議席しか減らしていないが、今回は党勢が大幅に落ちているのだ。選挙区で民主党の自滅に助けられて善戦しているだけだ。民主党も、2004年の19議席、07年の20議席から、17議席程度に減る予想になっており、要するに民主党と自民党の両方が支持を失っているということだ。これが、両党とも消費税増税を打ち出していることと無関係だとは言わせない。

ただ、私が問題だと考えているのは、一口に消費税増税反対といっても、経済軸上の左側の反対と右側の反対があるということで、「みんなの党」の党勢拡大は、明らかに経済軸上の「右」側というか、要するに新自由主義勢力への支持がいまだに非常に強いことを意味する。

思い出すのは2月、菅直人が財務大臣に就任早々、税調専門家委員会の委員長に神野直彦・東京大学名誉教授(当時関西学院大学教授)を招聘し、税制の抜本的改革の議論を始めた頃の話だ。マスコミは早速これを「消費税増税論」にねじ曲げ、神野氏を「消費税増税に理解のある学者」などとテレビが報じていたので、当ブログはさっそくそれに反論した。だが、肝心の菅直人自身が消費税増税に傾いていたことが、菅直人の首相就任後に露呈した。

社会民主主義をとる北欧諸国の消費税率は確かに高い。だが、直接税の税率も高く、日本が消費税率を10%に引き上げると、税収全体に占める消費税の比率は、スウェーデンよりも高くなってしまう。このことは、月曜日(5日)に放送された、たけしの政治バラエティ番組でも紹介されていた。

歴史的にいえば、日本が福祉国家であったことは過去一度もない。田中角栄というのは、先見の明のあった政治家で、1972年に総理大臣に就任した彼は、1973年を「福祉元年」と位置づけ、日本を福祉国家へと転換しようとした。それまでの日本は、新自由主義者たちの大好きな「トリクル・ダウン」が成り立っていた国だった。高度成長期においてはたいへんな人手不足で、正社員よりパートタイマーの方が時給が高いこともあったが、大企業は従業員への手厚い福利厚生や終身雇用制で正社員をつなぎ止めていた。だが、それは高度成長経済で初めて可能だったことであり、本来政府がなすべきことを企業が肩代わりする、そんな時代は長くは続かない。

政策転換の必要性は、古くは池田勇人が予見していたことであり、本来なら佐藤栄作内閣時代に日本は福祉国家への道を模索すべきではなかったかと思うが、生憎佐藤は池田の政敵であり、佐藤が池田の示唆を政治に生かすことはなかった。田中角栄が総理大臣に就任したのは1972年で、1973年を「福祉元年」としたことは、田中角栄が政権初年度から福祉国家志向を見せたことを意味するが、不幸にして1973年は石油危機の年であり、田中角栄が意図した福祉国家への転換は頓挫した。不況は次の三木政権時代にも続き、景気が持ち直した時に政権を担当したのは緊縮財政への志向性を持つ福田赳夫だった。

不幸にも、日本では悪い内閣ほど長く続く傾向がある。中曽根康弘内閣や小泉純一郎内閣がそうだが、佐藤栄作内閣もその例に数え入れて良いだろう。とにかく、岸信介や安倍晋三も含めて、彼ら一族は日本に害毒ばかり流し続けた。田中角栄の総理大臣就任があと数年早ければどうなっていたか、と思うようになったのは最近のことだ。

福祉国家を建設する道筋においては、まず直接税の税収を増やし、それでも足りない分を間接税で補う。これが基本であるが、消費税を導入しつつ、直間比率を適正化すると称して直接税を減税し、結局税収を増やさないまま直間比率だけヨーロッパ並みにしたのが、80年代以降の自民党政府が行ってきた税制改革だった。いうまでもなくその政策の基本は「小さな政府」である。特に、中曽根康弘や竹下登の時代、バブル経済で税収が増えている時に直接税減税を行ったが、バブル経済を過熱させ、税収を減らした最悪の政策であり、本来「財政健全化」はバブル期のような時にやるべきことだった。中曽根や竹下の罪があまりクローズアップされないことに、私は不満を抱いている。

現在、「消費税増税論者」として非難されている小野善康は、その著書において、好況期に財政再建を行い、不況期に財政出動を行えと主張していたと記憶する。これ自体はまっとうな主張である。小野善康が不用意に消費税増税を口にして、「所得税増税の方が良いけれど、消費税でも良い」と発言したことには批判があって良いと思うが、それ以前に、自民党政権時代が推進し、現在の菅民主党政権にも影響が根強く残っている「小さな政府」の政策を批判することの方が、より本質的だし重要だ。

特に、社会民主主義を掲げる社民党は、本来高福祉高負担の社会を作るロードマップを国民に訴える努力をすべきだったと思うが、その成果が見られなかった。福島瑞穂党首の主張からは、「増税反対」しか伝わってこないし、かと思うと阿部知子政審会長は直接税の税収増へのアピールが全然できていない現状で、唐突にテレビで「消費税増税容認」発言をする始末だ。福島瑞穂も阿部知子も、やっていることは「みんなの党」の党勢拡大に協力しているだけなのだ。朝日新聞の予想では、社民党の獲得予想議席は比例区の「1」だけで、比例で2議席目を獲得できる可能性が出てきたとするものの、改選の3議席を守る可能性はないようだ。朝日新聞が11議席獲得を予想する「みんなの党」と社民党との差が、そのまま新自由主義と社民主義の支持率の比だと考えるほかはない。国民の圧倒的多数は今でも「小さな政府」を熱狂的に支持している。いつ「第二の純ちゃん」が現れても不思議はない(「第二の純ちゃん」は日本の中央より西寄りのところにいるような気がする)。

民主党の話をすると、神野名誉教授の税制改革を「消費税増税による財政再建」(もしくは法人税減税の穴埋め)に換骨奪胎してしまった菅直人首相の罪は重く、これだけでも民主党は参院選に負けて当然である。「社会民主連合」を出発点とする政党人がこんなことをやらかしたことは、1979年に保守本流の大平正芳が「小さな政府」にかぶれていながら、「一般消費税」創設を公約に掲げて満を持して解散し、批判を受けて公約の撤回に追い込まれる醜態をさらして、自民党の党勢拡大期であったにもかかわらず惨敗したことと対応する。よく今回の菅直人を12年前の橋本龍太郎と重ね合わせる議論があるが、1998年には既に消費税を増税したあと(1997年に3%から5%に増税)の減税を巡る議論で橋本首相(当時)の発言がぶれたのだった。1989年に「山が動いた」消費税参院選にしても、消費税が創設されたあとの選挙だった。今回の菅直人に一番近いケースは、1979年衆院選の大平正芳である。

当時「小さな政府」にかぶれていながら一般消費税を創設しようとした大平には、直接税減税の意図があったのではないかと思うが、選挙で惨敗した自民党では「40日抗争」が起きた。今後、民主党政権内で「40日抗争」が起きるのか、あるいは参院選で惨敗する民主党と比例区で惨敗する自民党が許されざる「大連立」を組むのかはさだかではないが、後者の場合、民主党内が許さなかった2007年の小沢一郎の「大連立」を阻止したと同じ役割を、当の小沢一郎が務めるという漫画のような事態が生じるかもしれない。

前回のエントリで、政策の立ち位置では民主党と公明党が近く、「えらぼーと」の回答は民公連立を示唆していると書いたが、実際の政治がその方向に動く兆しは見られず、むしろ公明党は自民党との接近を強めている。考えてみれば道理で、菅直人は2007年に受けた『論座』のインタビューで公明党とは体質が合わないと明言している一方、創価学会は菅直人を「仏敵」扱いしている一方、公明党と小沢一郎は、細川連立政権から新進党までの時代と、自自公連立時代に組んだ間柄だ。

私は、だからこそ菅直人が小沢一郎の動きを封じるために、公明党との接近という高等戦術に出るかもしれないと思ったのだが、現在の民主党政権首脳たちは思いのほか原理主義的らしく、そのくせ新自由主義には親和的で「みんなの党」に秋波を送ったりするからどうしようもない。鳩山政権時代の「旧民社の弊害」も深刻だったが、現在の菅政権の「松下政経塾の弊害」も深刻だ(もっとも、「みんなの党」に秋波を送った枝野幸男は松下政経塾出身ではない)。旧民社にせよ松下政経塾にせよ、肝心なところでマキャベリズムに徹しきれずに墓穴を掘る。

最近私はつくづく「菅直人は小沢一郎と無原則なところがよく似ているなあ」とか、「菅直人は八方美人で自滅するところが鳩山由紀夫とよく似ているなあ」と思う。考えてみれば、菅直人にとっての消費税は鳩山由紀夫にとっての普天間だ。いわゆる「小鳩体制」で民主党が参院選に臨んだ場合、30議席を割るともいわれていたから、小沢一郎や鳩山由紀夫の菅直人批判には、「お前が言うな」という側面がある。批判されるべきは、菅直人や小沢一郎や鳩山由紀夫といった政治家個人ではなく、民主党という政党自体が抱える構造的問題なのだ。その問題点を露呈したのが、小沢一郎であり、鳩山由紀夫であり、菅直人だととらえるべきだ。

民主党が全体で惨敗し、自民党が比例区で惨敗する予想がなされている参院選の予想を見て、日本の政治で問題なのは社民主義勢力が弱すぎることだと改めて痛感した。ちょうど、この記事を書いている最中に、日頃私が多くを教えられている『広島瀬戸内新聞ニュース』に、良い記事が公開されたので、これを紹介したい。
http://hiroseto.exblog.jp/12924385

それから、みんなの党は、小さな政府論です。ただ、消費税増税反対票を一手に引き受けている感じはします。皮肉にも共産党や社民党が、消費税増税反対で頑張れば頑張るほど、みんなの党へのエールになってしまう。

もちろん、まずは、特別会計の見直し、というのはわたしも同感です。しかし、その後をどうするのか?あまり多くは語っていない。

共産党や社民党も、高級官僚の特権にメスを入れつつも、お金持ちからも税金をいただく事をはっきりさせるべきだ。もちろん、消費税増税反対は現在のスローガンとしては大事です。

しかし、「税金はお金持ちから」と論戦を巻き起こしたほうがよい。

わたしが社民党党首なら「今は景気」「税金はもっとお金持ちから」を正面に掲げます。そうしないとみんなの党と一般有権者は区別が付きにくいです。新鮮なイメージがあり、マスコミが持ち上げる方へ票が流れるのは必然です。

「今は景気」「特別会計の見直し」「税金はまずは、お金持ちから」。その後、ノルウェーなどの北欧並を目指すなら、複数税率を前提に消費税を引き上げるが、アメリカ並の政府規模なら、直接税中心でいく。そういう議論を社民主義者は普段からしておくべきだったのです。

なお、大きな政府にしても、えらい人の給料は日本は実は高い。現場公務員がアメリカよりも少ない。
その辺を是正することも大事です。同一価値労働同一賃金を、政府が率先する。これからは、そういう議論をしていくべきです。

それがない限り、日本では社民主義者は勢力を伸ばすのは困難です。

(『広島瀬戸内新聞ニュース』 2010年7月9日付記事 「参院選情勢と税制改革論議の混迷」より)


今回の参院選にはもう間に合わないが、現在の日本において「立ち上がる」べきは、与謝野馨のような財政再建厨の「経済極右」でも、平沼赳夫のような「国士」気取りの「政治思想極右」でもなく、社民主義勢力なのだと思う今日この頃である。


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サッカーW杯のデンマーク戦を見て寝不足だった金曜日(25日)夜は、テレビ朝日の『報道ステーション』を見ている途中で寝てしまったらしく、そういえば関心の薄れたプロ野球の結果をアナウンサーが伝え始めたあたりからあとの記憶がなく、気がついたら『朝まで生テレビ』をやっていた。

司会は懐かしさなど全く覚えない田原総一朗、民主党からはすっかり口が達者になった細野豪志、自民党からはすっかり影が薄くなった石原伸晃、あと社民党の辻元清美や共産党の穀田恵二らが出演していた。

税制の論議がメインだったが、辻元氏がもっとも当ブログの意見に近い発言をしていた。普天間基地移設問題では福島瑞穂党首が頑張ったが、経済問題に関しては辻元氏の方が福島氏より一枚上手であるように感じた。辻元氏のような人が、社民党と(もし存在するのであれば)民主党左派を束ねる形になれば、社民主義的主張も力を増すのになあ、と思った次第だ。福島党首との距離が遠いように見えることは残念だが、今後の政治において、辻元氏は重要なプレーヤーの一人になるだろうと改めて思わされた。

だが、今日のエントリの主題はそれではなく、福島瑞穂氏同様、経済問題を不得手とする菅直人首相がたくらんでいる「財政健全化会議」の座長に与謝野馨を据える構想への批判と、以前から民主党がたくらむ国会議員比例定数削減への批判。これが今日のメインテーマである。

前者は、『朝まで生テレビ』の番組中で、田原が情報を提供したものである。菅首相が超党派の財政健全化会議を、「自民党」という党派名を出して呼びかけ、当ブログはもちろんこれを批判したのだが、田原はなんと、菅首相がこの会議体の座長に、「たちあがれ日本」共同代表の与謝野馨を据える意向だと暴露したのである。

与謝野馨といえば当ブログにとって「天敵」の一人であり、「小さな政府」と「消費税増税」の両立を目指す与謝野を、「考えられる限りもっとも苛酷な経済政策を目指す政治家」であるとして、安倍晋三や平沼赳夫を筆頭とする「政治思想極右」の政治家たち(他に城内実や稲田朋美も当ブログではおなじみ)と並んで攻撃の槍玉に挙げてきた。

この与謝野を座長とした「財政健全化会議」なるものができたとしたら、その会議体が打ち出す方向性は決まっている。「消費税増税」と「小さな政府」の両立という最悪の政治。与謝野馨は中曽根康弘直系の政治家であり、読売・ナベツネ(渡邉恒雄)の強い支持を受けている。参院選後に民主党と自民党が「大連立」を組むか否かにかかわらず、与謝野を座長とした「財政健全化会議」が発足するだけでも、これは事実上与謝野を接着剤とした大連立だ。

おそらく民主党は、「たちあがれ日本」にくっついている平沼赳夫一派や、下野してますます極右色を強めている自民党とあからさまな形で「大連立」を組むところまではいかなくて、経済政策に関してのみ民主党と自民党が与謝野馨を軸として協力するという形になると予想しているが、これは私が前回の記事で非難し、『kojitakenの日記』で(経済軸上での)「超絶極右」と評したナベツネ(読売)が思い描く通りの税制改革が行われることを意味する。すなわち、法人税減税と引き替えにした消費税増税であり、金持ち増税は決して行われず、消費税の増税分は財政再建に充てられる。

ケインズ派の学者たちの主張については、さまざまな論評がなされているが、昨日のテレビ朝日『サンデーフロントライン』で小野善康・阪大教授が強調していたことは、基本的には「再分配」だったと思う。もともと小野氏は「ニューディール政策」をやれと主張しているだけなのだ。ただ、金曜日(25日)付の朝日新聞夕刊文化面(東京本社発行最終版)に掲載された数理経済学者の指摘にあったように、再分配であれば所得税の方が適切であり、実際小野教授のもともとの主張もそうなのだが、菅首相が増税したいのは消費税であり、そこに残念な齟齬がある。これは政治の勢力分布において、与謝野・自民党・民主党右派・朝日新聞・読売新聞など、あまりにその方面からの影響力が強いからではあるが、所得税との比較を藤原帰一氏に質問された小野氏が、「どちらがいいかと言われたら所得税の方が良いけれども、消費税でもかまわない」という言い方をしていたのは、学者として妥協が過ぎると思った。そりゃ人頭税と比較したら消費税にだって再分配効果はあるだろうが、それはあくまで消費税増税分が再分配に用いられた場合に限る話であって、現実の政治が推し進めようとしているのは、「財政再建のための消費税増税」あるいは「法人税減税分を穴埋めするための消費税増税」なのである。これでは再分配効果が生まれるどころではなく、逆再分配になる。つまり、新自由主義のプロジェクトの目的である「格差の拡大と階級の固定」にいいように利用されてしまうだけなのだ。

与謝野を座長に据えた「財政健全化会議」などができたら、間違いなく上記の最悪の政治が始まる。だから、われわれのなすべきことは、参院選で民主党と自民党の議席数を減らすことであり、同時に「たちあがれ日本」には1議席も与えないことである。大部分の地方の一人区では民主党と自民党のどちらかが議席を獲得することは避けられないからどうしようもないが、比例区及び二人区以上では、民主・自民・「たちあがれ日本」の3党にダメージを与えるような投票行動が求められる。

特に、民主党に過半数の議席を与えてはならない。なぜならば、参議院でも過半数が得られたら、例の「衆議院比例定数80減」の法案を上程してこれを通すと民主党の枝野幸男幹事長が明言しているからだ。『朝まで生テレビ』でも細野豪志がこれに言及していた。民主党は参議院も40議席削減するとしているが、これも比例区中心の削減なのだろう。

菅政権を批判する小沢信者たちからも、この比例定数削減への批判はほとんど聞かれない。それもそのはずで、これは鳩山前首相や小沢一郎前幹事長が強く主張していた政策なのだ。昨年、当ブログはこの政策を批判するエントリをいくつも上げたが、コメント欄常連の方々からは強いご賛同をいただいたものの、他の「政権交代ブログ」で同様の主張をするところはほとんどなかった。今でも覚えているのは、当ブログの「天敵」の一人である植草一秀・元早稲田大学教授が、民主党の「比例定数80減」を批判するエントリを上げたことだが、小沢・植草・鳩山の「三種の神器」(植草一秀は「鏡」に相当するのだろう)として信奉する人たちにとっては、三種の神器にも序列があって、小沢一郎と植草一秀の主張が異なる場合、植草一秀の主張は、この例のような正論であっても斥けられるのである。なんたる個人崇拝の世界。小沢信者たちと相性が良いのは、ヒトラーのドイツ、スターリンのソ連、毛沢東の中国などだろう。

小沢信者批判はともかく、民主党が単独過半数をとれば「衆院比例区80削減」が実現してしまうのは、極めて深刻な事態だ。嘆かわしことに、「自ら身を切る」と称する民主党のこの妄動を支持する人たちが少なくないようだが、とんでもない話で、現在で既に日本の国会議員は世界的に見れば十分少ないし、ただでさえ民意を反映しない小選挙区の弊害がひどいのに、民主党が削減しようとしているのは比例区の定数なのである。それも、現在の180議席が半分近くの100議席にまで減ってしまう。これはとんでもない暴挙である。こんなことを断じて許してはならない。

民主党の単独過半数を阻止するためなら、先月まで「消費税増税」を主張していながら、急に「消費税増税反対」に主張を豹変させた二枚舌の渡辺喜美が率いる新自由主義政党「みんなの党」の力さえ借りたくなる、なんとも情けない今日この頃なのである。


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税制の議論で、朝日新聞と大手テレビ局が先頭に立って推進した消費税増税の大キャンペーンが奏功し、与党・民主党と野党第一党・自民党がともに「消費税増税」を打ち出すことになった。これで、参院選の帰趨を決めるという地方の一人区では、税制問題は争点から外された。なぜそういえるかというと、地方の一人区では、大部分の県で民主党と自民党の一騎打ちの構図になっており、どちらの候補も消費税増税を主張することになるからだ。これではどちらが勝とうが意味がない。保守二大政党制とは、国民から選択肢を奪う制度である。

小沢一郎も菅直人も、1990年代の「政治改革」を引っ張った人たちであることを思い出す必要がある。ネット内を含む世間では、「反小沢」対「親小沢」だなどと未だに言っているが、「政治改革」の立役者も、かつて「福祉目的税」の名目で消費税率を倍以上に引き上げようとしたのも、2007年に自民党との「大連立」を企てたのもすべて小沢一郎である以上、「反小沢」対「親小沢」だのといった政局噂話には意味がない。小沢一郎の功績は、「国民の生活が第一」をスローガンに掲げれば選挙に勝てることを示したこと、このただ一点だけである。但し、この「たった一つの功績」は非常に大きく、要するに今の国会の勢力分布と国民の要求との間に大きなギャップがあることを、大政党の党首だった小沢一郎自身がはっきりと示したのである。

だが、小沢一郎自身が典型的な利益誘導型政治家から出発した政治家である以上、そこには自ずから限界があり、だから3年前の参院選で大勝した3か月後に、自民党と「大連立」をもくろんだ。小沢一郎を乗り越えなければならないのは当然である。しかし、小沢一郎を乗り越えるべき者は、市場原理主義者だとか、それよりももっと悪い「消費税を増税するのに小さな政府を目指す」自民党や「たちあがれ日本」であってはならない。

しかし現実には、市場原理主義者たちが小沢一郎を乗り越えようとしている。これではダメだ。もうそろそろ、草の根から新たな社民主義勢力が勃興して、民主・自民の保守二大政党制を打倒すべく立ち上がるべき時が迫っているのではないかと思う。だが、もちろん参議院選挙には間に合わない。

民主党は、消費税による財政再建に傾斜し、取り調べの全面可視化もマニフェストから外し(人権派法務大臣として期待された千葉景子は、正体といって悪ければ限界を露呈したとしかいいようがない)、政権交代前には新政権の目玉になると期待された環境・エネルギー政策は、自然エネルギーの「全量固定価格買取制度」をせず、原発の売り込みを「成長戦略」の柱に据えるていたらくだ。もちろん、鳩山由紀夫前首相の最後っ屁である普天間基地移設問題における新たな「日米合意」の大罪を、菅政権も引き継いでいる。

今回から東京選挙区で投票することになった私には、共産党に投票するという選択ができるが、地方の一人区では、民主党に不満を持っていても、民主党と同等以下の政策を掲げる自民党候補を当選させるのも癪で、自民党候補を落とすために民主党候補に投票するか、当選には遠く及ばないだろうと思いつつも共産党候補に投票するか迷われている方も多いだろう。今回は、そんな方に「戦略的投票行動」をお勧めしたりはしない。参院選は、なるようになれとしか思えないが、それでも新自由主義的な方向性を持つ「みんなの党」と、共産・社民両党のどちらの得票率が伸びるかには注目している。それによって、民主党が参院選後にとる行動が影響されると思うからだ。

ところで、先週、消費税増税へと大きく舵を切った菅首相だが、もともと税調の専門家委員会委員長に神野直彦・東京大学名誉教授を引っ張ってきたのは、藤井裕久財務相に代わって財務相に就任した菅氏だった。そのことは、税調の議事録を見れば書いてあるので、興味のある方は探してみられたい。「経済オンチ」と揶揄される菅首相の本心がどこにあったのかは窺い知れないが、北欧に範をとる福祉国家志向の財政学者として知られる神野氏が税制改革の議論をリードする委員長になれば、まず所得税の見直しから入ることは誰もが予想できたはずだ。

もっとも、財務相に就任した菅氏に影響を与えた学者は何人もいて、『AERA』6月21日号に掲載され、前回のエントリで、「見出しで読者をミスリードしている」として非難した「『小野理論』と消費税増税」と題する記事は、「霞が関埋蔵金」の存在を暴いたことで知られる財務省OBの高橋洋一・嘉悦大学教授の名前を挙げている。小泉政権時代、竹中平蔵の補佐官を務めた高橋氏は、中川秀直ら「上げ潮派」のブレーンとしても知られるが、インフレターゲットの導入によってデフレから脱却できると主張している。インフレターゲットの導入を菅氏に進言したことが伝えられた勝間和代氏も、高橋教授の影響を受けたと考えて間違いないだろう。

その一方で、菅財務相(当時)は、『AERA』の記事のタイトルにも名前を挙げられ、植草一秀・元早稲田大学教授や陰謀論者の副島隆彦に「増税主義者」として攻撃の標的とされた、ケインズ派経済学者の小野善康・大阪大学教授と、マクロ経済学に関する勉強会を2月から5月までの間に、月2度ほどの間隔で、合計6回開いたそうだ(前掲『AERA』記事78頁)。菅首相には、小沢一郎にも似て、何でもかんでも吸収しようとする傾向があるようだ。

『AERA』が、高橋教授に関する記述に続いて、小野教授について前記のように書くと、「小野教授が菅首相に消費税増税による財政再建を焚きつけた」とミスリードしてしまうことになるが、事実はそうではないことは前回にも書いた。最初に言及した神野名誉教授ともども、小野教授も所得税を増税せよと主張している。ところが、何が何でも消費税を増税したいマスコミが、「増税」イコール「消費税増税」にすり替えてしまうのだ。

経済学の論争は神学論争みたいなところがあるように、門外漢たる私には思えるのだが、「リーマン・ショック」が引き金になって生じた金融危機には、各国政府は金融政策と財政政策の併用で対処したとされているはずだ。金融危機以前には、金融政策だけで対処できるような言い方がされていたが、現実の危機に対して各国政府がとって成果を上げたのは金融政策と財政政策の組み合わせだった。

少し前までは、「小さな政府にすれば国際競争力を増す」という竹中平蔵の主張が広く世に受け入れられていたが、最近では、「政府が大きいか小さいかということと、その国が競争力があるかは全く関係ない」という主張が力を増している。たとえば榊原英資氏もそういう主張をしている。但し、榊原氏は日本を福祉国家にするために消費税を増税せよと主張している(『ニコブログ』に、榊原、竹中両氏が最終回の前回のサンプロ=3月21日放送=に出演した時の発言が記録されている)。

小野善康氏は「増税して、その分をすべて何かの事業で支払い、人々に働いてもらう。そうすれば、人々のお金は減らずに失業率が減り、消費が増えて税収も増える。デフレは消える」と主張する(前掲『AERA』記事77頁)。その増税は消費税ではなくて所得税なのだが、それをタイトルのつけ方によって「消費税」にすり替えるのがマスコミの手口であることは何度でも書かなければならない。また、神野直彦氏は、「税負担の水準と経済成長率は関係ない」と主張している(2010年6月12日付朝日新聞掲載のインタビュー記事より)。

だが、「増税」が「消費税増税」であれば、消費を冷やすに決まっている。「増税」を「消費税増税」にすり替えるのは、ケインズ派の学者たちではなく朝日新聞などのマスコミなのだが、同じ福祉国家志向の学者でも、榊原英資氏のようなスタンスの人は、直接税の増税には消極的で、消費税増税による「大きな政府」を目指す方向性をとる。菅政権では、仙谷由人官房長官が榊原氏の立場に近いように見える。ここらへんは、より再分配を重視するかどうかの、各学者たちの思想の違いを反映しているのだろうと思う。

実際には、ケインズ派の学者たちが想定しているのは所得税増税だ。税制専門家委員会が税制改革の議論を始めたとき、真っ先に俎上に上がったのが所得税であることや、マスコミがその度に議題を消費税増税にすり替えてきたことは、当ブログがずっと指摘し続けてきたことだ。

所得税を増税すべきだというと、誰しも累進性の再強化を思い浮かべるが、神野氏の著書『財政のしくみがわかる本』(岩波ジュニア新書、2007年)を読んだ方なら誰しも印象に残っているに違いないのは、日本の所得税制が実際には累進的になっておらず、高所得者層ではほとんど比例的になっているという指摘だ(前掲書67頁)。その理由として神野氏が挙げているのが、金持ち(=超富裕層、筆者註)の所得は給与所得ではなく利子所得、配当所得、不動産所得などの資産所得が多いが、日本の所得税制ではこれら資産所得の多くを分離課税にして累進税率の適用除外にしていることだ。

本にはグラフが載っていて、2500万円以上の所得階層の所得税実効負担率が、2000万?2500万円の階層よりも低くなっており、その原因が分離課税による課税漏れであることが示されている(前掲書68頁)。このグラフは衝撃的であり、当ブログで何度か税制について書いた時、これと同等のグラフがどこかネット上にあれば良いなと思っていたが、ものぐさな性格ゆえにさぼってきた。

そうこうしているうちに、神野氏が小野氏ともども「増税論者」だとか「裏切り者」呼ばわりされ、菅首相が消費税増税の意向を明言するに至って、このままではいけないと思って真剣に探してみた。すると、他ならぬ財務省のウェブページで、神野氏の著書に載っているグラフよりさらに訴求力の強いグラフが見つかったのである。

そこで、一昨日(19日)昼に、『kojitakenの日記』に、「日本の所得税制が超高所得者に有利な逆進課税になっている動かぬ証拠」という長ったらしいタイトルの記事を書いて紹介した。このエントリでは、まず財務省のページに掲載されている、「租税負担率の内訳の国際比較」と題されたグラフを紹介し(下図)、日本の税収に示す個人所得課税の割合が、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデンと比較して際立って低いことを示した。

租税負担率の内訳の国際比較
(↑クリックするとグラフが拡大表示されます)

次いで、同じく財務省の別のページから、平成19年分の申告納税者の所得税負担率を示すグラフ(下図)を貼り付けて、「これが、日本の税制がいかに超高所得者を優遇しているかの動かぬ証拠である。超高所得者が、分離課税だらけの所得課税の恩恵を受けていることはいうまでもない」と書いた。

申告納税者の所得税負担率(平成19年分)
(↑クリックするとグラフが拡大表示されます)

『kojitakenの日記』には、超高所得層で負担率がフラットどころか逆進的になる理由が、超高所得層の所得が給与所得主体ではなく、分離課税の適用を受ける「株式等の譲渡所得等」が主体になることなど特記しなかったために、このエントリが思いがけず注目されるに及んで、ずいぶん疑いの目で見られた。記事を読んだ上、財務省のもとの統計を確認された方からコメント欄で「ちゃんと説明しておかないと誤解を招いてしまうのではないかという気がする」と指摘された。この方は、「逆に言えば、分離課税の問題を解決しないで、総合課税の税率のみを上げると、ここで指摘される問題がより深刻化してしまう危険性があります」とも指摘している。その通りで、分離課税だらけの所得税制を改めることは、何より真っ先にやらなければならない制度改革だろう。累進性の再強化はその次だ。

不思議なのは、高給取りとはいえ会社から高給をもらっているに過ぎず、分離課税の恩恵を大して受けていないと思われるマスコミ人が、超高所得者が甘やかされている現状を知りながら(知らないはずはないと思う)それをほとんど指摘せず、それどころか税制改革議論を「消費税増税議論」にすり替えてしまうことだ。超高所得者というと鳩山家だとか麻生家を思い浮かべるのだが、マスコミ人は鳩山前首相や麻生元首相におもねってでもいるのだろうか?

こう書くと、そんな大富豪なんてごく少数だから、増税したって税収増への寄与はたかが知れているよとしたり顔で語るお馬鹿な人間が必ず続出するのだが、それならなぜ税収に占める個人所得課税の比率が、日本は他国に比較して著しく低いのか。累進性を緩和して貧乏人からもっと所得税を取り立てれば他国並みになるとでもいうのか。

もちろん、現時点では景気・雇用回復を最優先すべきであるのは当然だが、上記のような大金持ち増税が景気回復に悪影響を与えないのもまた当然である。大金持ちは所得に応じた消費などしていないからである。だから、超富裕層への増税、つまり総合課税化は、景気・雇用対策と並行して進めても問題ない。景気が本格的に回復すれば、所得税の累進性を再強化すれば良いし、法人税の見直しや環境税の導入検討も行い、それでも不足であれば消費税増税を検討するという手順で税制改革の議論を進めるべきだ。

日本は、世界でも他に類を見ない「金持ち天国」である。日本には昔から「武士は食わねど高楊枝」などということわざがあるように、やせ我慢の文化があって、それが権力者たちによって「ほしがりません勝つまでは」だとか「痛みに耐えて頑張れ」だのといったスローガンに利用されてきた。現実には、「痛みに耐えてよく頑張った。感動した」と時の宰相に絶叫させた横綱は、怪我を押して土俵に上がった無理がたたって引退に追い込まれた。

もういい加減「やせ我慢根性」から脱却すべき時だ。さもなければ、「一億総貴乃花の末路」になってしまう。金持ちには応分の負担をしてもらわなければならない。


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ついに菅直人首相が消費税増税に言及した。自民党が参院選の公約に盛り込んだ「消費税10%」を参考にして、今年度中に、逆進性の対策を含む消費税率改革案をまとめる方針を表明したのである。朝日新聞の論説室は、昨夜は勝利の美酒に酔ったに違いない。今朝の紙面には、「『消費税タブー』を超えて」と題する、勝ち誇った社説が掲載されている。朝日新聞の「完全勝利」だ。日経、読売、毎日、産経など主要新聞社はみな同じ立場の主張をしているが、もっとも過激に議論を引っ張ったのが朝日新聞である。

菅直人首相に近い経済学者として、神野直彦、金子勝、小野善康氏らが挙げられるが、いずれも現在の経済学の主流には属さない。神野氏は著書で「私の思想は、異端である」と書き、財務官僚は「小野氏の学説は少数派」だと菅首相に言い、金子氏に至っては「経済学界のアルカイダ」を自称する。財政の大きな役割の一つとして、所得の再分配があるが、再分配を強めよと主張する神野氏や小野氏らに対し、ここ数十年間優勢に立ってきた人たちの主張は、「政府は余計なことはしなくて良い、市場に任せよ。努力して金を儲けた人たちから重い税金を取り立てるな」というもので、要するに再分配を弱めよと主張している。その代表格が竹中平蔵である。

しかし、竹中平蔵及び竹中をブレーンとして重用した小泉純一郎は、「市場に任せよ」という市場原理主義にはある程度忠実で、だから消費税増税には不熱心だった。

それに対し、財政再建を強硬に求めてきたのが財務省であり、その意を受けた主張をする代表的な政治家が与謝野馨である。新聞では、読売新聞も朝日新聞も与謝野に近い主張だ。読売の場合、与謝野が中曽根康弘直系の政治家である影響が大きいし、朝日には昔から自民党政府による財政赤字の拡大を批判してきた伝統がある。

与謝野、読売、朝日が一致して財政再建の財源に想定するのは消費税だった。ところが、周知のように消費税には逆進性がある。再分配が財政の役割であることは既に述べたが、消費税が「借金の返済」に用いられた場合、再分配には寄与しない。それどころか、もともと消費税には逆進的な性格があるわけだから、ここで生じる事態は「逆再分配」なのである。

小泉・竹中の「市場原理主義者」は「再分配などしなくて良い」と言っているだけだが、与謝野馨や読売新聞、朝日新聞などは「逆再分配」をせよと主張しているのだ。だから、再分配を強めよと主張する学者たちを「経済左派」、市場原理主義者を「経済右派」と位置づけた場合、与謝野や読売、朝日は「経済極右」に相当する。

これをグラフ化したのが、『広島瀬戸内新聞ニュース』のエントリ「朝日新聞にかく乱され、『誤爆』してはいけない」であり、当ブログでもグラフを借用して下記に示す。

税制2次元マップ_FC2


グラフに、「一部民主支持者・植草(元)教授」が、前記「異端」の学者たち(グラフでは神野氏の名前が表示されている)を「誤爆」している様子が示されているが、これは、菅首相に近い学者たちが「消費税増税」を菅首相に吹き込んだかのような印象操作をする一部マスコミに誘導されて、「一部民主支持者・植草(元)教授」が菅首相ブレーンの学者たちを「増税主義者」として攻撃していることを揶揄したものである。実際に、菅首相ブレーンの学者たちが求めているのは再分配の強化であり、消費税より所得税の増税に重きを置いている。神野直彦氏については当ブログで何度も言及してきたが、所得税増税を求める小野善康氏の主張を、朝日新聞出版が発行している『AERA』(2010年6月21日号)が、記事本文ではそれを正しく伝えていながら、「経済オンチ菅首相が学んだ『小野理論』と消費税増税」という、いかにも小野教授が菅首相に消費税増税をそそのかしたかのような印象を与えるタイトルをつけるという悪質な宣伝行為をやっている。この件については、『kojitakenの日記』(下記URL)に書いたので興味がおありの方はご覧いただきたい。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20100616/1276644523

なお、「一部民主支持者・植草(元)教授」の主張は、政府は国民から税金を取り立てるなとする、素朴な国民感情に沿ったものであって、だからネットでも支持を得やすいのものと思われるが、これは経済思想的には「リバタリアン」に位置づけられることを指摘しておく必要があるだろう。実際、植草元教授は、小泉政権が発足する際、「天下り撤廃」などいくつかの条件が満たされれば「小泉改革」を支持すると明言した。このことは、植草元教授の著書『知られざる真実』にも明記されているのだが、それこそ「知られざる真実」なのであろう。植草元教授が小野善康阪大教授を「攻撃」したのが果たしてマスコミに騙されての「誤爆」であるかどうかにも私は疑問を持っているが、話の本題からそれるので、ここではこれ以上は書かない。

前回のエントリにトラックバックいただいた『反戦な家づくり』のエントリ「参院候補への公開質問やりましょう! 賛同者急募」は、参院選の民主党候補に対して、消費税増税問題と普天間基地移設問題に関するアンケートを実施するとしているが、前者の設問は、「埋蔵金や天下りをはじめ徹底したムダの排除をやりきる前に、消費税の増税について議論することに賛成か?」となっている。

これもリバタリアン的な発想に基づく設問の典型例であって、「所得の再分配」の観点が抜け落ちている。「金持ち増税」と「法人税減税反対」に議題を再設定せよ、という当ブログの主張とは合わないので、3年前には『反戦な家づくり』のアンケートに賛同した当ブログだが、今回は賛意の表明はできない。

とにもかくにも、現状では「経済極右」の勢力は異様に強く、社民主義勢力は「異端」と自称せざるを得ないほどの少数派だ。菅首相も、いともあっさりと「経済極右」の軍門に下った。それでも、議論の場に立てるだけでも以前と比較すれば戦況は改善されたと前向きに考えて、意見の発信を続けていくほかない。


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菅直人首相の所信表明演説で、「強い経済、強い財政、強い社会保障」という言葉を掲げたが、これが神野直彦・東大名誉教授の発案になることが、12日付の朝日新聞に掲載された神野氏のインタビュー記事で明かされた。

私にとってはこれは別に意外でも何でもなく、むしろ菅首相が「効率的な政府」を意味し、かつ「大きな政府」を示唆するこんな言葉をよく思い切って使ったものだと思っていたから、このスローガンが神野氏の発案だと知っても、さもありなんと思っただけだった。しかし、その一方で、これを財政再建と取り違えるそそっかしい人が多く出てくるだろうなあとも思った。

菅首相でいけないのは、そのあとに、財政健全化検討会議を自民党も入れて超党派で作ろう、などと言い出したことであり、これは「財政再建」を意味するばかりか、「小さな政府」を目指す自民党の意見などを容れたら、消費税による財政再建の路線になってしまう。このあたりが、菅首相の危なっかしいところだ。

なぜかあまり指摘されないのだが、「強い財政」と「財政均衡政策」は相矛盾する。財政均衡を目指す政府に「強い財政」など実現不可能なのである。本来そういう点で菅首相が批判されるべきであるにもかかわらず、この所信表明演説が消費税を含む増税による財政を打ち出したものだとか、あげくの果てには菅首相の政策に影響を与えた神野直彦氏が朝日新聞のインタビューに答えて「菅首相はスウェーデンのような高福祉・高負担の社会を目指すと言ってもいいのではないか」と発言したことについて、「神野直彦は裏切った」などというトンチンカンな批判まで飛び出す始末だ。批判の方向性が間違っている。

そもそも、こういう言説自体が、消費税増税を議題にしようとするマスコミの思惑に乗ってしまっている。ここで思い出すべきは、以前村野瀬玲奈さんが書かれた、ブロガーは「高額所得への課税や法人税課税を含む税制全体の改革」という表記を用いるべし、という提言だ。私は、ずぼらなのでいつも「所得税を含む税制改革」と表記している。うっかり書いてしまった場合を除いて、「消費税増税論議」とは書いていないはずだ。

菅首相の所信表明演説に、「消費増税」という文言が出てこなかったことは、11日付朝日新聞夕刊(東京本社版)が不満そうに報じていた通りである。とにかく消費税増税に関しては朝日新聞は実に執念深く、他紙の社説が「消費税を含む税制改革」と書くところを、「消費増税を軸とした税制改革」などと、より強い表現を用いる傾向が顕著だ。

だからといって菅首相にも妥協する気は満点のように見え、そもそも予想通りとはいえ野田佳彦を財務相に据えた時点で、菅首相には警戒心を抱かざるを得ないのだが、それでも、決意表明や所信表明演説で「消費税」という言葉を用いなかった点は評価できるだろう。

そしてそれ以上に、「強い経済、強い財政、強い社会保障」を打ち出したことは、かつて田中角栄首相が1973年を「福祉元年」として福祉国家に舵を切ろうとして以来、実に久しぶりに日本の政府が福祉国家路線を意味するスローガンを用いたことに意義がある。それに中身を伴わせるのはこれからではあるが。

高度成長時代の「日本型資本主義」に戻れ、と主張される方もいるが、高度成長時代には本当に人手不足で、パートタイマーの方が正社員より時給の高い状態が生じるなどしていた。だから、本来政府が張るべきセーフティネットを企業が代替することができた。だが、そんな状態はいつまでも続かない。だからそれを見て取った田中角栄は、首相在任中に福祉国家路線への転換をもくろんだ。だがそれは石油ショックとそれに続く不況の到来によって実現できなかったという史実がある。これを押さえておかなければならない。さらに、高度成長時代にも、上記の枠組の外に置かれた人々は大勢いた。たとえば、公害問題が深刻で、公害病に苦しむ人たちが大勢いたが、自民党政府は公害を垂れ流した企業の側に立つことが大半だった。本来イデオロギーとあまり関係ないはずの環境問題について、日本では社会党(当時)や共産党といった革新政党が熱心に取り組んだ背景には、こういう事情がある。高度成長時代の「開発独裁」ともいえる政策に回帰するのは不可能である。

田中角栄が「福祉元年」とした1973年には、チリのクーデターによって、シカゴ学派の経済学者たちが主導するピノチェト政府の新自由主義の実験が始まり、「小さな政府」が保守思想の世界で流行になった。日本でも、中曽根康弘が総理大臣に就任する以前の1979年に、時の首相・大平正芳が「小さな政府」を目指す方向性を示した。以来ずっと「小さな政府」の政策が「是」とされてきたから、政府のブレーンの学者が「高福祉高負担」などと口にすることは、つい最近まで考えられなかった。田中角栄がもくろんだ福祉国家路線が挫折すると、社民主義だとか福祉国家政策などは「論外」と見なされる風潮が強まっていった。菅直人自身も加藤紘一も、要するにリベラル色の濃いとされる保守政治家たちはみな一様に「小さな政府」に疑義を呈していなかったのである。「小さな政府」に反対するのは社民党と共産党くらいのものだった。

だから、神野直彦氏が菅首相に「高福祉・高負担の社会を目指すと言っても良いのではないか」と言った時、本来なら社民党の福島瑞穂党首も神野氏に加勢すべきなのである。神野直彦氏は民主党の他に社民党のブレーンでもあり、福島瑞穂党首と神野直彦氏が共著者として名前を連ねた本も出版されている。経済政策をあまり得意としない福島党首が、一生懸命神野氏の教えを吸収しようとしているという話も聞いたことがある。だが、福島党首は「高福祉高負担」とはあまり言いたがらないし、社民党が掲げている「環境税創設」の政策も、あまりアピールしようとはしない。

「高福祉高負担」と書くと、「貧乏人は今でも重税に苦しんでいるのに、これ以上税金を払えと言うのか」と批判される。この批判ゆえに、これまで「高福祉」はともかく「高負担」という言葉がタブー視されてきたのだが、現在は富裕層が応分の負担をしていないからこその「低負担」の状態なのであって、「高負担」にするとは、富裕層に応分の負担をしてもらうことを意味する。この点はどうしても理解してもらうのが難しいようだから、口を酸っぱくして訴え続けるしかない。また、「高負担高福祉」を唱えながら、直接税の増税よりも先に消費税の増税を言い出す人間は詐欺師だから、それにも気をつけなければならない。

それにしても、社会民主主義が高福祉高負担政策をとるのは当たり前だと私は考えていたから、まさかその言葉自体を捉えて、あたかも「新自由主義」であるかのような非難がなされるとは思わなかった。2年半前に、『週刊東洋経済』が北欧経済を特集した時に、狂喜した記事をブログに書いた人間であれば、当然降伏し高負担政策を容認していると思っていた。しかも、神野氏が「税制においても消費税の増税論議ばかりが注目されるが、所得税や資産課税を含めて、新しい社会を支える税体系のあり方を考えるべきだ」と述べているにもかかわらず、消費税増税論だとして断罪される。私には、その論理がさっぱり理解できない。おそらく論理というより情念なのであろう。

実は、同様の非難が大阪大学教授の小野善康氏に対してもなされてきた。小野氏は、菅首相に「増税しても景気は悪化しない」という考えを吹き込み、消費税増税をけしかけたとして、植草一秀副島隆彦に非難されている(やや異なる観点から、池田信夫にも非難されている)。しかし、11日付の産経新聞に掲載された小野善康氏のインタビュー記事を読めば、植草や副島のヒステリックな小野氏批判には理が全くないことがわかる。消費税について、小野氏は、「増税は消費税よりも、(低所得層ほど負担が軽くなる)累進性のある所得税の方がいいと思う。ただ、税制は副次的な問題で、不況時こそ政府が雇用をつくるという目的が重要だ」と述べている。

それなのに、一部の人間が「小野善康が菅直人に消費税増税をけしかけた」ことにしてしまった。これを鵜呑みにしている人間は、多くの読者を持つブロガーをはじめとして大勢いる。なにしろ、1年前の今頃には植草一秀を「政権交代三種の神器」の1つとして崇拝していた人間もいたし、その植草と共著を出した副島も、植草と同様に持ち上げられていた。

菅政権は、右派からは「左翼政権」として批判されている、また、社民主義を左から批判する考え方もある。そして、菅政権の政策が本当に社民主義的なものになるかどうかは疑わしく、厳しく監視する必要があると思う。たとえば、菅首相は法人税減税には慎重だと東京新聞に報じられていたにもかかわらず、民主党は11日に行われた政権公約会議で、マニフェストに法人税減税を盛り込む方針を打ち出した。民主党自身が発表している(下記URL)。
http://www.dpj.or.jp/news/?num=18354

これなどは、「強い財政」に反する妄動である。法人税減税が必要だとは、3月に鳩山由紀夫前首相が国会の答弁で述べたことで、鳩山政権の「既定路線」になっていた。今回もこれを踏襲したものと見られるが、これは改めなければならない。もっとも、法人税減税は財界が強く望んでいて、直嶋経産相が後押ししているが、財務省は消極的なはずである。

なすべきことは、民主党がこういう怪しい動きをすることをとらえて批判することであり、マスコミによって「税制全体の見直し」が「消費税増税」にすり替えられている現状に対抗して、「金持ち増税」と「法人税減税反対」に議論を再設定することである。それをやらずに、菅直人憎しの怨念にとらわれた人たちが、小沢一郎かわいさのあまり「菅直人は消費税増税論者」と叫ぶばかりだと、逆に菅首相に消費増税をさせる圧力になってしまうだろう。昔、「アンチ巨人も巨人ファンのうち」と言われたのと同じ理屈である。共産党などからの菅政権批判は筋が通っているが、小沢信者の菅直人批判には筋が通っていない。消費税増税反対だけなら、幸福実現党(消費税撤廃を主張している)だって言っている。再分配の強化を目指す人間にとっては、小沢信者は幸福実現党と同じく、足を引っ張るだけの存在である。「無能な味方」どころの騒ぎではない。


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前のエントリで取り上げた東谷暁著『エコノミストを格付けする』(文春新書、2009年)の第7章「財政出動は時代遅れなのか」に、以前には財政出動なんか不況脱出には効かない、金融緩和をせよと叫んでいた経済学者たちが、今ではこぞって財政出動を求めていることが記載されている。ネットでは、今なお池田信夫などというアカデミズムでは肩身の狭い思いをしている「経済学者」(本当か?)が「民主党は小泉改革を継承せよ」などとほざいているが、これはもちろん経済学の主流からは全く相手にされていないたわごとだ。それはともかく、この章で小野善康が1998年に書いた『景気と経済政策』(岩波新書)が言及されている。この本について、当ブログも2008年10月3日付エントリ「ようやく『脱コイズミカイカク』を打ち出した毎日新聞の社説」で取り上げたことがあるのを思い出した。このエントリから以下に再録する。

たとえば小野善康著『景気と経済政策』(岩波新書、1998年)という本があり、ネット検索したらこちらに要旨が出ていた。小野氏は、不況期にこそ財政出動をせよ、不況期の財政赤字は余剰資源の有効活用ができるからかえって好ましい、不況期に必要なのは、政府が民間では吸収し得ない余剰労働力を積極的に使って、意味のある公共財を供給することである、国債発行は将来世代の負担になるというが、この議論自体にも多くの誤りがあり、特に不況期には負担にならないなどと主張している。

1998年当時からこのような主張があったのに、コイズミはその逆をやってしまい、日本をぶっ壊した。小野氏は、「官から民へ」という中曽根以来の新自由主義政権が使い続けたスローガンについても、「官から民へと騒げば、官は何もしないことになり、失業が放置されてかえって無駄が発生する」と批判している。

私には、中川秀直ら「上げ潮派」の、小さな政府と金融政策の組み合わせで、というか政府は財政出動などしなくても、適切な金融政策だけで景気を浮揚させるという主張(としか私には思えない)が、私の頭が悪いせいかもしれないが、どうしても理解できない。新自由主義者は、これは高度に洗練された理論であって、だからエスタブリッシュメントはみな支持しているのだと言うのだが、私には富裕層をさらに富ませるための詐術としか思えない。

(『きまぐれな日々』 2008年10月3日付エントリ「ようやく「脱コイズミカイカク」を打ち出した毎日新聞の社説」より)


その後、世界同時不況に対応するために、どこの国の政府でも財政政策と金融政策を組み合わせて対処したので、現在では当時「上げ潮派」のように、「小さな政府と金融政策の組み合わせで、政府は財政出動などしなくても、適切な金融政策だけで景気を浮揚させる」ことができると主張する人はほとんどいなくなった。

それは当然だし、良いことだと思うのだが、前記『エコノミストを格付けする』が指摘するには、小野氏は『景気と経済政策』の中で、「不況期には人々は将来不安を抱えて消費意欲が萎え、貯蓄意欲が高いため、消費性向は小さい」、したがって、「消費増の部分が小さくなって、当初の公共投資を超える波及効果の部分は、ほとんどなくなる」、つまり、「不況期は乗数効果がもっとも効かない時期であり、このときには乗数はほとんど1である」と主張しているとのことだ(東谷暁『エコノミストを格付けする』(文春新書、2009年)150頁)。ところがそれにもかかわらず、小野氏が「不況期にこそ財政出動せよ」と主張する理由は、同氏が公共投資はもっとも無駄である失業を最小限にするためのものだと考えているからだ。つまり、不況の時には政府支出が必要だが、景気回復の手段として劇的に効くものではないと小野氏は考えている。

もし、この小野氏の主張が正しければ、リーマン・ショックの震源地だったアメリカには、莫大な政府支出が必要であり、それにもかかわらず劇的な景気回復につながるものではないともいえる。つまり、アメリカ政府にとって「無駄を削る」ことは切実な問題だろうと推測される。

果てさて、そんな時期にアメリカが極東の軍事基地をどれだけ必要としているだろうか。昨今のアメリカ経済を思えば、極東の軍備にかける金があるなら、その分を国内経済の建て直しに回したいと考えるのが普通だろう。私にはこのことが常に頭にあるから、右派メディアの産経・読売・日経だけではなく朝日や毎日までもが日々叫んでいる、アメリカが普天間基地の辺野古への移設を早く決めろと日本政府に圧力をかけているという話が信じられないのである。マスメディアや自民党は、アメリカに振られたくなくて、アメリカの気を引こうと必死だが、アメリカはそれどころじゃないというのが本音ではあるまいか。だって、公共投資の「乗数がほとんど1」なのだったら、アメリカ政府は経済を好転させるために莫大な政府支出が必要であって、極東なんかから手を引きたいと考えているのではないかというのが自然な推理だ。つまり、極東の米軍は言ってみればアメリカが「事業仕分け」の対象にしたくてたまらないのではないか。オバマ政権にとっては「国内経済が第一」なのである。そして、保守メディアや自民党は自意識過剰で自己中心的であり、彼らは何かというと「日米同盟」(1980年以前には保守政治家でさえこんな言葉は使わなかった)を口にするけれど、彼らこそ日本の(政官業癒着構造関係者の)都合ばかり考えていて、アメリカの都合さえ考えていない。辺野古に固執するのも利権がらみだろう。つまり彼らは、政権交代前の政官癒着構造にこだわっているのだ。おそらく、マスコミ人はそんなことは百も承知の上で自民党を応援している。もちろん沖縄の人たちのことなど彼らの眼中にはない。

私は、鳩山由紀夫首相はこの件に関してぶれまくっているとこれまで考えていた。しかし、日曜日(13日)の『サンデープロジェクト』で右派の渡辺周までもが社民党(阿部知子)や国民新党(亀井亜紀子)とがっちりスクラムを組んで自公の野党と応酬しているのを見ていると、辺野古移設を中止することで、政権の方針は固まっているように思える。容易に想像がつくのは、小沢一郎の意向が強く反映されていることだ。マスコミはよく、来年の参院選で民主党が単独過半数を確保したら、社民党を連立から切り離すと言っているが、それはマスコミの希望的観測に過ぎない。小沢一郎こそ社民党を必要としている。一つには、岡田克也を筆頭とする反小沢勢力との対抗上であり、今ひとつは、アメリカとの交渉に「社民党カード」を使うためだ。マスコミは、アメリカと一緒になって「日米同盟と社民とのどっちが大事なんだ」と金切り声を上げるが、私に言わせればこれ以上「売国」的な言論はない。彼らはいったいどこの国の人間なのかと思ってしまう。思い出すが良い。「55年体制」の頃、自民党政府はアメリカとの交渉で「社会党カード」を用いたものだ。もっとも、当時の自民党では吉田茂の流れをくむ保守本流が政策を決めており、売国的な岸信介の系列は「保守傍流」だった。その彼らが、今では「真正保守」(笑)を自称しており、保守本流の流れをくむはずの谷垣禎一も、彼ら「真正保守」たちに迎合しなければ自民党を運営できないようだ。

単刀直入に言って、私は普天間基地移設問題に関しては、小沢一郎?鳩山由紀夫のラインは結構買えると、最近認識を改めたのだが、他の問題に関しては、小沢一郎の専横ぶりにはいただけないことが多い。世間を騒がせた「天皇の政治利用」問題における小沢一郎の態度は、私にはかつて「皇室は最後の抵抗勢力だ」と言ったという小泉純一郎を思い出させるものだった。こと天皇制に関しては、小泉純一郎も小沢一郎も「真正保守」とは正反対に、全く皇室を重視していない。そして、この件で小沢一郎が突っ張ると、得をするのは安倍晋三、平沼赳夫、城内実、稲田朋美ら「真正保守」たちなのである。リベラル・左派はまずこれら復古的改憲(または自主憲法制定)論者たちを「お前が言うな」と批判して(だって、「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」を憲法に復活させようとする彼らのもくろみこそ、究極の「天皇の政治利用」だろ?)、それから小沢一郎の強権的な姿勢に注文をつけるべきだと思うが、左翼が右翼と一緒になって小沢一郎叩きに熱中しているようではどうしようもない。

小沢一郎が突如として「子ども手当の所得制限」などを言い出したこともいただけない。この件に関する私の見解は、『kojitakenの日記』のエントリ「「子ども手当の所得制限」に反対を表明する」および前エントリへのコメント欄に書いた。結論から言うと、「子ども手当」の所得制限は実施すべきではない。財源を求めるなら、税制を抜本的に改革し、所得税の累進性を強めるべきだということだ。

なんだかんだ言って、ようやく民主党政府の政策をめぐって多様な意見が出るようになったと感じる年の瀬ではある。


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麻生内閣の支持率がまた下がった。2月7, 8日の朝日新聞による電話調査で、支持率はついに14%にまで低下した。同じ2日間に行われた共同通信の調査でも支持率は18%に低下している。

私は、麻生内閣の支持率はもう自民党のコアな支持者だけが残る状態まで下がっていて、これ以上下がりようがないのではないかと思っていたのだが、自民党支持者までもが見放し始めたといえる状態だ。

ここまで支持率が下がると、当然のことながらネットで読めるブログの記事でも麻生批判の大合唱になっており、当ブログでもその大多数と同じような批判になってしまってイマイチ面白くないのだが、それでも書いておかなければならないことはあるので、麻生批判を行いたい。

なんといっても最低なのは現状認識で、麻生は福井県の講演会で「日本経済の現状はそんなに大変じゃない」とほざいた。今朝の朝日新聞には『文藝春秋』、『世界』、『週刊東洋経済』などの広告が掲載されているが、いずれにも経済危機の深刻さを伝える見出しがずらりと並んでいる。雑誌の中身は全然見ていないが、『週刊東洋経済』の2月14日号には、「図解 戦後最悪の日本経済 オイルショックを上回る垂直落下、急増する失業者、マイナス12%成長へ」という記事が出ている。いろんな経済学者が寄稿しており、新自由主義的な傾向の経済学者だと思っていた野口悠紀雄が「日本でケインズ政策は、戦後初めて必要になった」などと書いている。一方、どういうわけか池田信夫なる四流学者も同誌に寄稿しており、「重要なのは金融・労働市場の改革。もっと「創造的破壊」を」などと叫んでおり、要は竹中平蔵の主張をさらにエキセントリックにした絶叫をしているようだ。池田のトンデモ記事を含む多くの経済危機関連記事が出ているようだから、買って読んでみたいと思う。

問題は、野口悠紀雄のいうように「戦後初めて」なのか、小野善康がいうように長期不況が「定常的な状態」なのかはともかく、乗数効果の大きな積極財政が求められるこの時期に、「日本経済、そんなに大変じゃない」という麻生にまともな政策は期待できないということだ。麻生には、従来の利権構造を守ることしか頭にないに違いない。

郵政民営化問題でも麻生は責任逃れの発言を繰り返していて、みっともないことこの上ない。トラックバックいただいた『dj19の日記』のエントリ「麻生政権の迷走」に手際良くまとめられているが、麻生は昨年9月の自民党総裁選の時には「私は郵政民営化を担当した大臣ですからね、忘れないでください」と明言していたのに、「かんぽの宿」譲渡問題をきっかけに郵政民営化自体への批判が強まると、「私は総務大臣だったが、郵政民営化担当大臣ではなかった。担当は竹中平蔵大臣だったことを忘れないでほしい」などと言い出す始末だ。つまり、悪いのは竹中だ、僕ちゃんは悪くないんだ、というつもりらしいが、まるで小学生のイイワケとしか思えない。一方、コイズミら郵政民営化を推進するグループが、明後日(12日)会合を開くらしい。自民党の内紛になるかどうか。

そもそも麻生は総理大臣の器ではなかった、とは月並みな結論だが、それ以外言いようがないと思う今日この頃なのである。


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月刊「現代」は、12月に発売される2009年1月号をもって休刊になる。ついこの間には、「論座」が休刊した。ようやく「コイズミカイカク」を否定的に総括しようとする言論が広がってきた時期に、これらの雑誌が相次いで休刊するのは残念だ。今後は、「世界」くらいしか参照したいと思う雑誌がなくなる。昨年、小沢一郎がISAFへの自衛隊参加を主張する論文を「世界」に発表したが、難解な左派の論文ばかりが載っているとっつきにくい雑誌という印象があった昔を思えば、「世界」もずいぶん変わったものだ(もちろん、必ずしも肯定的な意味で言っているのではない)。

「現代」に戻ると、11月号に長谷川幸洋という東京新聞論説委員が、中川秀直が新党を結成して民主党と手を組むのではないかとする記事を書いている。飛ばし読みしただけだが、要はネオリベ(新自由主義)政権の復活を待望する内容である。東京新聞も、朝日新聞と同じで、8月頭の福田改造内閣発足の際に「改革の後退」を批判する社説を掲載して失望させられたが、あるいはこの長谷川が執筆したのだろうか。リベラルといわれる新聞でも、東京にいるジャーナリストの感覚というのはそんなものなのか、と思う。

私は、ブログをご覧いただければわかるように、政治学にも経済学にも素人のわけだが、このところのアメリカ発の金融危機のニュースに接して、1998年から2001年頃に買い集めた新書の類を引っ張り出して、当時、学者やジャーナリストたちはどんなことを書いていたのかと読み直している。たとえば小野善康著『景気と経済政策』(岩波新書、1998年)という本があり、ネット検索したらこちらに要旨が出ていた。小野氏は、不況期にこそ財政出動をせよ、不況期の財政赤字は余剰資源の有効活用ができるからかえって好ましい、不況期に必要なのは、政府が民間では吸収し得ない余剰労働力を積極的に使って、意味のある公共財を供給することである、国債発行は将来世代の負担になるというが、この議論自体にも多くの誤りがあり、特に不況期には負担にならないなどと主張している。

1998年当時からこのような主張があったのに、コイズミはその逆をやってしまい、日本をぶっ壊した。小野氏は、「官から民へ」という中曽根以来の新自由主義政権が使い続けたスローガンについても、「官から民へと騒げば、官は何もしないことになり、失業が放置されてかえって無駄が発生する」と批判している。

私には、中川秀直ら「上げ潮派」の、小さな政府と金融政策の組み合わせで、というか政府は財政出動などしなくても、適切な金融政策だけで景気を浮揚させるという主張(としか私には思えない)が、私の頭が悪いせいかもしれないが、どうしても理解できない。新自由主義者は、これは高度に洗練された理論であって、だからエスタブリッシュメントはみな支持しているのだと言うのだが、私には富裕層をさらに富ませるための詐術としか思えない。

そして、いまや麻生内閣の中川昭一財務相も、民主党が提示した政策も、ともに財政出動による景気対策を主張している。「コイズミカイカク」による格差社会の出現という高い高い代償を支払って、ようやくまともな政策が実施されようとしていると私には思えるのだが(但し、自民党の景気対策は金持ち優先だから効果は野党案に劣る。社民党や国民新党は民主党よりさらに踏み込んだ景気対策の必要性を主張している)、そんな時に、民主党の政策が「上げ潮派」と親和性が高く、両者が手を組むのではないかという東京新聞論説委員氏の主張は、何を考えてそんなことが言えるのかさっぱり理解できない。

相変わらず中央のマスコミはアナクロな社説を掲載し続けているが、その中で比較的評価できると私が考えているのが、毎日新聞である。コイズミの引退表明を受けて、9月27日に朝日新聞読売新聞がそれぞれ、コイズミを部分的には批判しながらも、全体としては肯定的に評価する社説を発表した時は、そのネオリベぶりに頭痛がしたが、毎日新聞は遅れること2日、9月29日に「小泉氏引退へ 「改革の総括」を聞きたい」と題する社説を掲載した。「小泉政治の評価は功罪相半ばしている」として、劇場型の政治手法を肯定的に評価していることには全く同意できないが、コイズミカイカクによって「自由競争や市場原理、自己責任を重視し過ぎた結果、日本社会では格差が拡大した」と指摘した。当たり前の指摘だが、朝日は「たしかに多くの劇薬を含んでいた小泉改革は、日本の社会に負の遺産も残した」、読売は「経済政策でみられた「市場万能主義」は、拝金主義の風潮を生んだ」という書き方しかしておらず、「格差拡大」がコイズミカイカクの帰結であると指摘したのは、三大紙では毎日だけである。

イラク戦争についても、「対米従属に過ぎたとの批判もある」などと、毎日新聞の主張では必ずしもありませんという及び腰の表現ながら触れているし(驚くなかれ、朝日は「不良債権の処理やイラクへの自衛隊派遣、そして、長年の悲願だった郵政民営化が実現したのは、小泉氏一流のそうした「突破力」があってのことだった」などと、肯定的に評価しているのだ!)、コイズミ自身にカイカクの総括を求め、安倍、福田、麻生と続いた後継首相がコイズミ路線を継承するのかどうかあいまいにしたまま、麻生が小泉路線から決別しようとしていることに対し、「なし崩し的印象が強い」と批判している。

毎日新聞も、これまでずっと朝日に追随するかのようにコイズミカイカクを肯定的に評価する社説を掲載してきたわけだから、毎日にもこれまでの報道の総括を求めたいところだが、朝日や読売、東京新聞(中日新聞)などに一歩先んじてカイカク離れをしようとしている(ように見える)ことだけは歓迎したい。

「景気テコ入れ策 家計の元気付けが第一だ」と題した最新の3日付社説でも、毎日は「政府・与党の政策では相変わらず、企業側を強くすることに力点が置かれている。供給側をてこ入れすれば、家計はいずれ元気になるという発想だ。それでいいのか」、「勤労者の収入増は家計消費増加をもたらし、企業自身も潤す。非正規雇用の正規化や雇用機会の拡大も所得拡大を通じて、景気を盛り上げる効果を持つ。政府・与党は家計の元気付けが、最も有効だと知るべきだ。この観点から緊急対策を組み直すことが最も時宜にかなっている」と主張している。ようやく大新聞にもまともな社説が載るようになったと評価したい。

朝日や読売がネオリベにこだわっている間に、毎日が「反カイカク」路線を打ち出していくことができれば、現在毎日新聞が陥っている苦境を脱出する目も出てくるだろう。今後に期待したい。


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