そんな中にあって、民主党員のさとうしゅういちさんが、「藤井財務大臣を辞めさせ、亀井静香・金融担当大臣に財務大臣を兼務させるべき」と主張していることには、大いに共感できる。
http://www.news.janjan.jp/government/0911/0911032648/1.php
しかし、このように藤井財務相の緊縮財政路線を正面から批判する意見は、この夏まで「政権交代」を訴えていた人たちの中ではごく少数派である。大部分のブログの間には、まるで鳩山由紀夫首相への批判がタブーであるかのような空気が流れており、藤井財務相の緊縮財政政策(新自由主義政策の特徴の一つである)を批判する者などほとんどいない。たとえば、民主党支持ブロガーの間で絶大な人気を誇る植草一秀氏は、藤井裕久氏を批判しない。植草氏を熱烈に支持するブロガーの中でも、政治思想右派の人たちの間には、少なからず藤井氏を批判する声があるが、植草氏は積極財政を主張するものの、文章がなぜかそこで止まってしまい、藤井財務相を批判の槍玉にあげるところまでいかない。実質的には藤井氏を批判しているのと同様とも読めるが、藤井財務相を名指ししなければ、フォロワーたちは動かないのである。
また、「真正保守(笑)」の城内実は、経済政策では積極財政を支持しているように見えるが、なぜか民主党を「小泉政権と同じ新自由主義志向だ」と言うのではなく、安倍晋三に歩調を合わせて、「民主党は社会主義だ」という論法をとっている。安倍は、今でも首相就任時と同じ、極右にして過激な新自由主義の立場に立った主張をし続けている。
群から離れたブログの中には、藤井財務相のネオリベ路線を批判している者が少なからずいるが、群を形成しているメダカたちの間にはほとんどいないのである。勇気の欠けた人間ばかりだ。
中には、株式の売買で生計を立てていると称する者もいて、以前裏ブログの方で一度批判したら、「株式売買は頭脳労働だ」とか、「株式売買のみで生きている証券会社など全員働いていないのと同義」だとか、あげくの果てには「この薄ら馬鹿は資本主義そのものを否定している」などと私に悪態をついている。だが、裏ブログの別エントリで書いたように、株価にはその時点までの情報が反映されているはずで、平均株価が下落している局面では、時たまのラッキーはあっても、多くの株式売買を重ねて継続的に利益を上げることはできないはずなのだ。証券会社には手数料収入があるし、素人の投資家は逆に手数料を払う立場だから、両者を混同するのもおかしい。私が「資本主義そのものを否定している」という妄言にいたっては論外であって、同エントリで私は、株式売買に熱中する投機屋は批判しているが、余裕資金のある人に対しては、むしろ自らが育てたいと思う企業への投資を勧めている。私に悪態をついた人間が、本当に株式売買で生計を立てられているのか、私は疑っているのだが、こういう怪しげな人間までもが、「政権交代ブロガー」の主力選手の一人として通用していたのが実情だから、藤井財務相の緊縮財政路線を批判するどころではないのである。
それにしても、よくある株関係の雑誌が、企業の良し悪しを評価するのに、借金を減らして内部留保を積み上げた企業をよしとする傾向はいつから始まったのだろうか。1998年以来9年連続で民間給与所得は減少し、2007年にようやく前年比で上昇したと思ったら、リーマン・ショックに襲われた。今にして思うと、株関係の雑誌なんかも、新自由主義の旗振り役を務めていた。株の売買で生計を立てようとする人間など、福祉国家を目指す人々の「敵」と言っても過言ではないと思う。第一それは、何の価値も産み出さない。
前回のエントリのコメント欄で、こんなやりとりがあった。
インフレはよいことという議論が出ています。よくインフレターゲットなどの議論にみえるように適度なインフレはよいことという議論があります。確かにそれ自体はそうだと思いますが、問題はインフレが想定範囲内でのインフレで済むかということだと思います。私はそんなにうまく経済を持っていくことは難しいと思います。であるならば財政再建の問題は放置してよい問題であるとは思えません。
経済がこの状態ですから今すぐにとはいきませんが、最悪期である今現在は難しいとしてもなるべく早く財政再建に着手するべきです。IMFに言われるまでもなく財政の問題は危機的です。確かに藤井財務相が言うとおり経済なくして財務なしはそのとおりです。ですが財政自体の問題が経済に大打撃を与える事態もあると思います。
日本はこれだけの経済大国ですが小国のようにハイパーインフレのような大混乱も起こることはありえると思います。もちろん数年のうちに起こるようなことはありえませんが、長期的に見た場合それはありえると思います。財政再建は今のうちから手をつけなければならない問題だと思います。
財政再建は好況時にするべきだという議論があります。それはそのとおりです。ですが日本は今後所謂好況になるでしょうか。バブルのようなものはきません。ここ何年かの好況は戦後最長といわれました。ですが果たして財政再建を出来るような状態でしたでしょうか。少子高齢化と国際競争の中で必要とされる国費は大幅に伸びる一方、バブルや高度成長のような好況はもう来ません。逆に言えばそれほど経済がよくないときでも財政再建は行っていかなければならないということだと思います。
2009.11.05 12:34 れんれん
>ここ何年かの好況は戦後最長といわれました。ですが果たして財政再建を出来るような状態でしたでしょうか。
それは東京のマスコミが勝手に言っていただけで、小泉時代の日本は一貫して経済は悪化していました。
つまり「戦後最長と言われたこの何年かの好況」自体が存在していません。駄法螺です。
小泉時代は緊縮・縮小財政を試みた結果、政府の累積債務は更に増大しました。だいたい倍になりましたよ。。
当たり前の話ですが、通貨は政府・中央銀行からやってきます。
政府が支出を抑えれば、それはそのまま民間の収入が減ることになります。翌年以降の税収が減るのです。
小さな政府は財政の悪化を加速するのです。
ただし、日本はまだ財政難に陥ってはいません。
毎年、一般会計約30兆円の歳入不足に対して特別会計で約40兆円以上の余剰金を出しています。
積み立てや繰り越しで誤摩化した分を除いた純余剰でも毎年2兆円以上の金を余しています。
広義の財政は黒字なのです。
800兆円を超える累積債務の大半は貸出しのためで、真の債務は300兆円ほどです。
日本の場合、財政危機は財政そのものが危機なのではなく、会計制度の歪さによって財政危機と見まがうような現象が起きているのです。
歳入不足だ財政なんだと言いながら、政府の金融資産は毎年兆単位で増加しているのです。
あなたが心配している財政の再建は、一般会計の縮小均衡では達成されません。
特別会計の洗い出しと一般会計への統合、不良債権が疑われる貸出し先の処理、ドル資産の現物化あるいは他通貨化、特別会計の株会計である基金に死蔵された資金の回収。
これが最優先します、
これだけで、心配される債務問題の相当数が消滅します。解決ではなく消滅です。本来財政難ではないのですから。
仮に財政難だとしても、債務のほとんど全てが国内にとどまっている日本の場合、様々な手段で処理することが可能です。
2009.11.05 22:19 sonic
「いざなみ景気」(?)の頃、大手企業の業績は確かに好調だったが、前記のように民間給与所得は9年連続で減少した。さすがに大企業の業績が良かった間は、大企業の社員の給料は下がらなかっただろうが、下請け、孫請けなどを含む中小零細企業まで含めて平均をとると、給与所得は下がり続けていたのである。増えたのは経営陣への報酬、株主への配当金、それに内部留保である。これでは「好景気」を人々が実感できる度頃ではなく、実質的に景気は悪化していたと言っても間違いではないだろう。
デフレが続く限り、景気は悪化する一方であり、デフレに「良いデフレ」などないと思うのだが、なぜデフレが進行している時にインフレの心配をする人が多いのか、デフレは金持ちにとってこそ有利なのに、なぜ貧乏人が金持ちを援助する逆再分配政策を支持するのか、それも私にはさっぱりわからない。民主党政権は、何度も書くように世論に影響されやすい政権である。世論がデフレの進行を望み、政府支出を減らし、財政赤字を減らす政策を支持するから、民主党政権も安心してそちらに進んでしまう。民主党支持のブログから、もっと藤井財務相の政策を批判し、積極財政を求める声が聞かれてしかるべきではないと思うのだが、なぜそうならないのか、私には不思議でならない。
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ところが、それらについた「はてなブックマーク」を見ていると、驚くほど新自由主義的な考え方をする者が多い。これは、衆院選前にはさほど目立たなかった現象で、おそらく、「政権交代熱」の冷めた人たちがネットでの政治談議にあまりかかわらなくなり、根強く存在している小泉構造改革の支持者たちの意見が浮かび上がってきたのではないだろうか。下記URLのうちいくつかを眺めてみられるとわかると思う。
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20091023/1256302802
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20091030/1256911673
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/kechack/20091028/p1
上記リンク先の最後のものは、『Munchener Brucke』のエントリ「低賃金を前提にした産業は日本から出て行け 産業の空洞化など恐れるに足りぬ」についた「はてなブックマーク」だが、私もこのエントリをブクマしていて、「賛否両論あるエントリだろうけど、「『好況が好まれない国になってしまっているのである』という指摘は鋭い」とコメントをつけたところ、18個の「はてなスター」をいただいた。
「好況が好まれない国」とは、新自由主義国と言い換えても良い。デフレは、富裕層や大企業にとってこそ好都合だ。デフレとは、物価が持続的に下落していく経済現象のことであり、物価の下落は同時に貨幣価値の上昇も意味するからである。金を持っている人たちにとってはインフレよりデフレの方が都合が良いに決まっている。
また、デヴィッド・ハーヴェイは、新自由主義の「実践」を「富裕階級の権力回復のプロセス」ととらえ、新自由主義は、経済成長ではなく格差の拡大を真の目的としたプロジェクトであるとしている(2007年12月7日付当ブログエントリ「「痛みに耐えたカイカク」の先に現出した「階級社会」」参照)。この理解が正しいとすると、新自由主義者はデフレを好み、デフレスパイラルによって、格差は際限なく拡大していくことになる。「はてブ」を見ると、ブログ主を新自由主義者と誤解する人が多いのに驚くが、新自由主義は人件費削減を目指すものなのである。「最低賃金が時給1000円になったくらいで潰れるような企業はもう潰すべき」と書いた、shigeto2006さんの態度が、新自由主義に反対する者のあるべき姿だと思う。
Wikipediaは、右翼や新自由主義者によって編集されていることが多いのだが、デフレスパイラルに関しては下記のように記述されている。
経済全体で、供給過多、需要不足が起こって、物価が低下する。商品価格が低下すると、生産者の利益が減り、利益が減った分だけ従業員の賃金が低下する。また企業の利益が減ると雇用を保持する余力が低下するので失業者が増える。従業員と家族は減った賃金で生活をやりくりしようとするため、あまり商品を買えなくなる(購買力の低下)。その結果商品は売れなくなり、生産者は商品価格を引き下げなければならなくなる。
物価が下がっても、名目金利は0%以下に下がらず、実質金利が高止まりし、実質的な債務負担が増す。債務負担を減らすために借金返済を優先する企業個人が増え、設備投資や住宅投資が縮小される。投資の縮小は総需要の減少へつながり物価の低下をもたらす。
上記のような循環がとどまることなく進むことを「デフレスパイラル」と呼ぶ。政府による買い入れや物価統制など直接的な手段が有効であるが、現代の経済においては消費者物価の継続的な低下に対して金融緩和や量的規制緩和、為替介入などの金融政策で対処することが多い。所得税の累進性や社会保障はビルト・イン・スタビライザーの機能をもつため物価の安定に機能するとされている。
一方で80年代のレーガノミックス、サッチャリズムによる小さな政府政策以降、ワシントン・コンセンサスに見られる新自由主義や市場原理主義が先進主要国の政策に導入されており、ビルト・イン・スタビライザーの中心でもあった累進課税と失業者救済制度が「自由競争を損ない、経済活動を萎縮させる」と批判の対象とされて機能しなくなつつあり、2007年金融危機発生後の現在では世界規模でのデフレスパイラル発生が懸念されている。
Wikipediaにしてはまともな記述であるように思える。そして、現在、明らかな不況にあるにもかかわらず財政再建路線をとろうとしている鳩山内閣(特に藤井財務相)は、デフレ政策をとろうとしているとして批判されるべきだと私は思うが、そんな与党・民主党を谷垣禎一や安倍晋三や城内実は「社会主義」だと言って批判するのである(城内の主張は、本意としては民主党政府がデフレ政策をとろうとしていることを批判していると読解することが可能で、それなら正しいと思うが、城内は政治的配慮からか、わざわざ誤読を誘う文章にしてしまっている)。
10月14日、鳩山首相はマニフェストを実行するための赤字国債の増発に含みを持たせていたが、これがマスコミの批判を受けると、翌15日には一転して、
「マニフェストの実現よりも、やはり国債をこれ以上発行してはいけないと、国民の意思としてそのようなことが伝えられたら、あるいはそういう方向もあると思う」
と語った(ロイターの記事参照)。
これは、マニフェストを実現できなくて国民生活が良くならなくても僕知らないよ、と言わんばかりの発言であり、全くいただけないのだが、高給取りの人たちが構成しているマスコミの報道に騙されて、緊縮財政を支持する国民も悪い。数年前、金子勝・慶応大教授が、緊縮財政を特徴の一つとする新自由主義政策は、デフレ時に行うものではなく、インフレ抑制策として実施されるのが普通であり、デフレ時にやることではないと言っていたそうだが、これが正論だと思う。ところが、小泉純一郎も竹中平蔵も鳩山由紀夫も藤井裕久も、そうは考えていないらしい。現実に、バブル期には税収が増えて財政赤字幅はずいぶん小さくなっていた。その頃にこそ財政再建の政策を行うべきではなかったかと思うが、自民党政府はそうはしなかった。
「勝ち組」なんかであろうはずのない大多数の国民が、みんなで「お国の借金」を心配してあげて、お金持ちや大企業に奉仕しようというのは、とんでもない倒錯である。それこそ、神野直彦・関西学院大学教授が言うように、「民主主義が機能していない」と思う。
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「全員野球」で再起をめざしているはずの谷垣総裁だが、国会開会前の今月中旬に「鳩山政権はかなり社会主義的だ」と発言し、鳩山由紀夫首相の所信表明演説の時に与党席から飛んだ声援を「まるでヒトラー・ユーゲント」だと評するなど、選挙に負けてからも相変わらず民主党へのネガティブ・キャンペーンの続きをやるかのようで、全く意気が上がらない。
思い出すと、小泉純一郎率いる自民党が「郵政総選挙」で圧勝したあと、自民党内では誰も小泉に逆らえなくなった。2006年1月の通常国会における小泉首相の施政方針演説の時、「小泉チルドレン」と呼ばれた83人の新人議員たちは、何者かの指示に従って、小泉の演説中に一斉に拍手を送ったのである。
http://blog.livedoor.jp/djnmp610/archives/50346604.html
以下、上記リンク先より引用する。
小泉チルドレンと呼ばれる新人議員の組織 「83会」 が前日、こんな会報を各議員に送った。
「総理演説の要所要所で声援、拍手をお願いします。 終了後は、米国議会における大統領演説のように83会全員が立ち上がって、30秒ほどの間応援の拍手をしましょう」
4年前にこんなことをやっていた政党の党首が、衆議院の議席の6割を失って再起へのスタートを切る時に、民主党新人議員の応援をヒトラー・ユーゲントにたとえるなどという、「お前が言うな」と言われても仕方ないことを言っているようでは、自民党の再起などおぼつかないだろう。
実際に、臨時国会の代表質問で、鳩山首相に挑んだ谷垣総裁は、「あなた方に言われたくないんです」(=「お前が言うな」)と鳩山首相に切り返された。谷垣は顔を紅潮させて不快感をあらわにしていたそうだが、自業自得としか言いようがない。
谷垣に限らず、自民党の政治家たちは民主党を「社会主義」呼ばわりばかりしているのだが、これには、政治思想的な右翼からの批判と、経済政策上の新自由主義側からの批判という2つの意味合いがある。麻生太郎が総裁として戦った衆院選では、もっぱら政治的右側からの民主党批判キャンペーンが中心だったが、ここにきて民主党の政策を「バラマキ」と批判し、来年度予算の概算要求が95兆円になるとこれを批判するという、新自由主義側からの批判も目立つようになった。谷垣も代表質問で概算要求95兆円の件を批判したが、一方で麻生内閣の補正予算執行を停止したことも批判していたから、何が何だかさっぱりわからず、単に民主党政府にいちゃもんをつけたいだけなのかと思ってしまう。
現実には、藤井財務相を中心とした人たちが緊縮財政に走り、民主党政権発の不況悪化を招くことが懸念されているのに、谷垣のトンチンカンな質問は不況悪化を助長することこそあれ、景気回復につながることはない。
民主党を「社会主義」として非難している今一人の大物が安倍晋三である。
http://mytown.asahi.com/yamaguchi/news.php?k_id=36000670910260001
上記リンク先の朝日新聞山口版の記事を引用する。
「本質は社会主義的」
◆自民議員ら内閣批判
自民党県連の政治資金パーティー「政経セミナー」が25日、山口市内で開かれ、党員ら約800人が出席した。閣僚経験者がそろう県選出の国会議員や自民党員の二井関成知事らから、「本質は社会主義的」などと現政権を批判する発言が相次いだ。
二井知事は23日に岩国基地の民間空港再開問題で馬淵澄夫国交副大臣と面会した際に「要求額や再開時期について、これから行政刷新会議で決めるので一切言えないの一点張りだった」とやりとりを紹介。「情報公開の面でも大きく後退した。政治主導というのが秘密主義、統制主義になっているのではないか」と話し、政権交代後、従来よりも政府内の情報が得られなくなったことへの不満をあらわにした。そのうえで、「自民党がよみがえることが県政の安定につながる」と自民の復権に期待感を示した。
続いて県選出の衆院議員が相次いで登壇。高村正彦元外相は「国際公約を全く無視してことを進めようとしている」と述べ、日米関係が悪化することへの懸念を示した。河村建夫前官房長官も、子ども手当など国民への直接給付にこだわる現政権に「日本の国はいつから社会主義国家になったのか」と皮肉たっぷり。
さらに、安倍晋三元首相は「民主党政権の本質は社会主義的政権であると言ってもいいと思う。まず給付ありきだ。国から給付をもらおうという堕落した国家への道を踏み出そうとしている」と痛烈に批判した。
(朝日新聞山口版 2009年10月26日付記事)
この記事を読むと、安倍は自ら小泉政権の中枢を経て自らも総理大臣に就任したものの、国民生活の問題をそっちのけにして改憲の準備にばかり熱中したために一昨年の参院選で惨敗した過去を、全く反省していないことがよくわかる。安倍は、自らが格差拡大の責任者であることも、財政の役割も、何一つ理解していない。この記事に報じられた発言には、安倍の頭の悪さがにじみ出ている。
鳩山首相の所信表明演説を評して、民主党を旧ソ連や中国の共産党、それに北朝鮮労働党、さらにはファシズムにたとえているのが城内実である。
http://www.m-kiuchi.com/2009/10/27/firstpolicyspeech/
以下、城内のブログ記事から引用する。
鳩山総理の下で民主党が推進する行き過ぎた脱官僚・政治主導路線は、本来あるべき政治(=国民)主導ではなく、結果として(特定の)党主導路線に走りがちである。そのへんのところは、ファシズムやソ連共産党、中国共産党、北朝鮮労働党のようなたったひとにぎりの党エリートがすべてを牛耳るような全体主義路線の教訓を思い起こせば明らかである。立法府と行政府(=官僚組織)との適度な権限配分あるいは緊張関係こそ、日本の国益擁護と国民・市民の幸福実現につながると確信している。
また、経済学的にも乗数効果が高く、わが国の景気浮揚にとって有効な社会資本整備(=内需拡大)を、悪しき公共事業と決めつけ、これまで民主的なルールにのっとって決定された事項を革命的な手法で白紙に戻すようなやり方は、小泉竹中路線と軌を一にする。
結局、小泉竹中構造カイカク路線は、総理の靖国参拝を通じた似非右翼ポピュリズム、民主党の脱官僚政治主導路線は革命的な左翼ポピュリズムという側面がぬぐえない。
鳩山(小沢)民主党政権がお隣の韓国のノムヒョン政権のような結果にならないことを祈るばかりである。
(城内実の「とことん信念」ブログ 2009年10月27日付記事より)
左翼だったら、前回のエントリで紹介したアラル海を干上がらせてしまったソ連のように、行き過ぎた計画経済で国土を破壊する方向性を持つはずであり、城内の批判の論理は、むしろ現在民主党政権が止めようとしている、不必要または有害なダム建設を推進してきたこれまでの自民党政権について当てはまる。そして、過度の公共事業叩きに走りがちな民主党に対する批判は、小泉政権に対するのと同じ方向性で批判すればよい。この論法だと、行き過ぎた計画経済と、行き過ぎた市場原理主義をともに批判する私の論法と同じになるが、城内には、自民党、特に安倍晋三やその仲間たちへの未練がまだ強くあるように見受けられ、それが城内のブログ記事を支離滅裂なものにしている。
谷垣禎一、安倍晋三、城内実と見ていくほどに惨憺たる野党勢力の言論であり、自民党(OBを含む)がこの体たらくでは、民主党政権の懸念される動きに歯止めをかけることはできず、せいぜい共産党に期待するしかないかと思う今日この頃である。
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そして、なんといっても一番いけないのは、マスコミやそれに影響された世論の「財政再建」の声に押されて、というより意地の悪い言い方をするとそれを口実にして、鳩山首相が「赤字国債発行への批判が強まれば公約の見送りもあり得る」などと言い出していることだ。マスコミは、明らかに小泉内閣初期と同じ緊縮財政路線へと鳩山内閣を導こうとしており、これは小泉内閣初期の頃、「改革競争」を小泉に呼びかけた鳩山首相の本音とも合うので、鳩山首相にとっては実は願ってもない追い風なのであるが、国民生活にとってはとんでもない逆風なのである。
この件については、前のエントリの内容と重複するので、今回はあまり深入りしない。新政権に対して同情できるのは、新政権は「計画経済」の矛盾と、OECD調査で世界ワースト4位(下にはアメリカ、トルコ、メキシコの3か国しかない)にまで悪化した貧困率という、互いに方向性の異なる2つの課題をともに解決しなければならない難題を抱えていることだ。
前者を象徴するのがダム問題である。昨日の『サンデープロジェクト』後半でも、大滝ダム建設に伴う白屋地区の地滑りをはじめとした数件の問題が取り上げられていた。大滝ダムの白屋地区地滑り問題については、意外にもWikipediaの記述がよくまとまっており、番組では、Wikipediaが「地滑りの危険性は1974年頃には既に一部から問題提起されていたといわれる」と書いている原資料が映し出された。ネットにこの資料について指摘したサイトはないかと思って調べてみたら、元京都大学防災研究所の奥西一夫氏が作成した、下記URLのpdf資料が見つかった。奥西氏は、前記サンプロの映像にも登場していた。
http://hb4.seikyou.ne.jp/home/Kazuo.Okunishi/dam-test/opinion-02.pdf
以下、リンク先から引用する。
住民からの依頼で学術調査を行った吉岡金市・和田一雄の両氏は「奈良県川上村大滝ダムに関する調査研究」(1974)と題する報告書で,これまでの斜面変状の経過に鑑み,白屋地区の斜面がダム湛水によって地すべりを起こすことを予告している。ただし,実際に起きた地すべりは当時最も懸念された30m 級深度のものではなく,70m 級深度のものであった。
(奥西一夫 「ダム建設をひとまず中止すべきいくつかの理由」 より)
さらに奥西氏は、予見できたはずの地滑りを「予見できなかった」と強弁する事業者側の言い分を批判し、下記のように書いている。
事業者は蜂の巣のように高い密度でボーリングを掘削して地盤の状況を調査し,30m 級深度の地すべりを想定した地すべり対策工事を実施し,「万全の対策を講じている」とまで言明していたのである。地すべりを予見せずに地すべり対策工事をできないということは土木関係者の間では常識である。すなわち,上記事業者側の主張は二枚舌であると言わねばならない。
地すべりが発生する前にも,地すべりが発生した後でも,このように不可解な言動がおこなわれたのはなぜであろうか。わたしはこれを,自らの過ちを認めれば失脚して再び回復できないという上級官僚の恐怖心が,過ちを糊塗して問題をごまかしつつ,前へ前へと物事を進行させて行く原動力になっているのではないかと考える。「公共事業は一旦決めたら後戻りできない」とよく言われるのも多くはこのような原因によっているのかも知れない。論語に「過則勿憚改」(過ちては改むるに憚ることなかれ)という警句があり,しばしば引用されるのであるが,これまでの日本社会が過ちを悔い改めた人に対して極めて非寛容であったこともこのような恐怖心をあおり立て,誤った政策や事業が止めどもなく継続されるという結果を生んでいるのかも知れない。しかし,これからの日本は,いつまでもそのような欠陥社会であり続けるとは思いたくない。ここから我々が学ぶべきことは,おかしいと思ったら引き返す勇気を持つことである。
(奥西一夫 「ダム建設をひとまず中止すべきいくつかの理由」 より)
私は、財政出動による景気対策は絶対に必要だと考える人間であるが、それが住民に不利益を与えるばかりで、肥え太るのは土建業者をはじめとした「政官業癒着構造」の関係者だけであっては本末転倒である。つまり、民主党政権の「脱ダム」政策自体は正しいと考える。その代わりに「グリーンニューディール政策を行え」と言っているわけであり、これについても民主党は衆議院選挙の際にマニフェストで公約している。しかし、新自由主義志向の強い民主党右派は、自らの属する政党が掲げた公約自体を理解していないように見える。
サンプロでは、日本では必要なダムは既に造られつくしており、不必要なダムだけが残っているとも指摘されていた。実は、同様の自然破壊を、日本よりはるかに大きな規模で実施してきたのが、共産党一党独裁時代のソ連だった。ソ連共産党は、「科学が自然を凌駕する」という、科学万能主義に基づいた政策によってアラル海を干上がらせてしまったのだが、下記ブログ記事で生々しい画像を見ることができる。
http://labaq.com/archives/51268855.html
日本で今なお不必要なダムが造られようとしている誤りは、まさに旧ソ連がやったことと、規模こそ違え同質のものといえる。行き過ぎた計画経済を改めなければならないというのは、まさにこういうことであり、その意味からすると、これまで新自由主義政策を推進してきた自民党や、新自由主義を支持してきたマスコミが、民主党政権の「脱ダム」政策を批判するのは、摩訶不思議としか言いようがない。
こういう矛盾を解決する一方で、グリーンニューディールなどによって新たな雇用を創出することや、格差や貧困問題の解決が民主党政権には求められているわけで、こちらの課題になると、「ムダを省く」だけの新自由主義的な発想では絶対に問題を解決できないのである。
行き過ぎた計画経済も、行き過ぎた市場原理主義もともに批判するというのは、何のことはない、「修正資本主義」とか「社会民主主義」などと呼ばれる政策をとれ、という意味である。かつて日本経済が絶頂に至った過程においては、保守本流(間違っても「真正保守(笑)」と混同してはならない)が推進してきた修正資本主義政策がうまく機能していたと思うし(もちろん政官業癒着や公害などさまざまな問題を抱えてはいたけれど)、現在でもその路線に若干の修正を加えながら(たとえば、不要なダム建設の代わりに自然エネルギー開発を推進するなどして)進むべきだと思うのだが、なぜかマスコミにしても政治家にしてもネット言論にしても、極端な主張(特に新自由主義寄りの主張)に走りがちなのが残念なところである。政治思想と経済政策でともに極右に走った自民党政権が倒れ、とはいっても左翼政党でもない民主党を中心とした連立政権が生まれたわけだから、何より要求されるのが、かつて保守本流の政治家たちが持っていたようなバランス感覚を取り戻すことだと思うが、なかなかその要求に応えられずにいるのが今の政権の姿であるように、私には見える。
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それより問題なのは、わが国の貧困率が15.7%に達し、自殺者が年3万人を超え始めた1998年以降をとっても最悪に達した(2007年)ことであり、それにもかかわらず、財務官僚の意を受けた鳩山内閣が、母子加算を復活するから、高校等就学費や学習支援費を廃止しようなどとしていることだ。
小沢一郎や植草一秀とともに、鳩山由紀夫を「政権交代の三種の神器」として崇め奉っていた人たちの間では、鳩山由紀夫首相への批判はタブーらしく、明らかに小泉純一郎内閣発足当時を思わせるような緊縮財政政策を志向している鳩山内閣に対する批判は弱いし、数少ない批判者も、平野博文官房長官や藤井裕久財務相への批判はしても、鳩山由紀夫首相に対する批判は抑え気味だ。しかし、菅直人の就任が有力視されていた官房長官に平野博文を選んだのも、小沢一郎との緊迫したやりとりのあげく、小沢が極めて強く抵抗していた藤井裕久の財務相就任を強行したのも、いずれも鳩山首相だった。そして、なんといっても8年前の小泉純一郎内閣発足当時、小泉と「改革」の先鋭さを競う方針を打ち出したのは、当時も民主党代表を務めていた鳩山由紀夫なのだ。その時と今で、鳩山首相は何も変わっていないと私は思うし、このざまではマスコミの言うような「民主党発の不況」が本当に深刻化しかねないとも危惧する。
政治家としての力量だけで言うなら、総理大臣は鳩山由紀夫より菅直人の方がよっぽど良かった。だが、もし菅直人が総理大臣であれば、マスコミの政府への集中砲火は現鳩山首相へのそれとは比較にならないほど熾烈なものになっただろうと思われる。それを考えると、どちらが良かったかは一概には言えないのだが、少なくとも鳩山政権の経済政策に大した期待ができないことは間違いなさそうだ。
鳩山内閣以上にどうしようもないのがマスコミで、彼らの頭にあるのは財政再建と消費税増税だけと言っても過言ではない。マスコミの意向を気にするのは昔からの民主党の習性だが、ある意味藤井財務相が今のような方向性をとるのも、マスコミの後押しがあるからだといえる。特に、藤井氏を財務相に起用するかしないかで鳩山由紀夫と小沢一郎がもめていた時、テレビ朝日『サンデープロジェクト』司会者の田原総一朗が、藤井財務相を実現させるために渾身の力を振り絞っていたのを見て、なんだこいつ、と思ってしまった。
ところで、しばらく前に、民主党政権と自民党町村派の政策の類似性を指摘して、今年1月に『日経ビジネス』のコラムに載った神野直彦東大教授(当時。現関西学院大学教授)のインタビュー(下記URL)にリンクを張った非公開コメントを送ってきた読者がいた。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090105/181859/
当ブログの継続的な読者であれば、私がしばしば神野教授の論考をブログで紹介してきたことをご存じのはずで、今さら神野氏の論考をもって私を説得する必要などないことくらい了解していることと思う。なぜこのコメント主はコメントを公開にしなかったのかと訝る次第だが、実はこのコメント主はコメント中で消費税増税を否定しない、というよりブログ主の私に対して、暗に消費税増税肯定の立場に立てと促す立論をしていたのである。つまり、当該コメントが公開されれば、当ブログの読者から批判を浴びることは確実だった。それが嫌でコメントを非公開にしたのだろうと私は推測している。
具体的には、コメント主は
などと書いていたのだが、実はこれは、神野教授の主張とはかけ離れているのである。「雇用創出のための公共投資」なんて小さな話ではなく、しかるべき政府の役割を認めて、出すべきところには金を出し、その財源として応分の負担を求めるというのが正しい左派のありかたのはず。それが消費税であるかどうかは、本来小さな話にすぎない。
神野教授は、著書『財政のしくみがわかる本』(岩波ジュニア新書、2007年)の中で、次のように書いている。
(前略)国民からとりたてた税金を、国債の借金返しに使えば、一般の国民から税金をとって豊かな人々にお金を配分してしまうという現象になるのです。
現在日本でおこなわれようとしている、財政再建のために消費税を増税しようという政策は、この典型です。なぜなら、消費税は負担が逆進的で、貧しい人に負担が大きく、豊かな人に負担が小さいからです。税金で貧しい人々に負担を求め、国債を持っている豊かな人々にお金を配分することになるわけです。
つまり、本来の財政は、国民のお金を右のポケット(豊かな人々)から左のポケット(貧しい人々)に移すのが役割なのですが、財政再建のための消費税増税では、左のポケットからお金をとって、右のポケットに押しこむという逆再分配が行われる危険があるということです。
(神野直彦 『財政のしくみがわかる本』 (岩波ジュニア新書、2007年) 137頁)
つまり、神野教授は「応分の負担を求めるというのが正しい左派のありかたのはず。それが消費税であるかどうかは、本来小さな話にすぎない」というコメント主の主張とは真逆に、所得の再分配という財政のあるべき姿に反する消費税増税という手段によって財政再建を図ってはならないと主張しているのである。
コメント主は、偉そうに「神野直彦氏の以下の言葉をかみしめるべきであろう。」などと書きながら、前記『日経ビジネス』のコラムから、次のような神野教授の発言を引用している。
―― 国と国民の信頼関係が失われている日本は悪循環に陥っていますね。
神野 正直なところ、今の国民が言っていることはよく分からない。メディアを含めて、「増税をするなら歳出を削減しろ」と言う。普通、公共サービスは国民の生活を支えるのに必要なものでしょう。そう考えると、多くの人は「必要な公共サービスを減らしてくれれば、負担増に応じる」と言っていることになる。
―― …まあ、そういうことになりますね。
神野 それからさ、「財政再建のための増税に応じる」と言う人も多い。財政再建なんだから、サービスは増えませんよね。つまり、「サービスが減るか、同じだったら負担増に応じてもいいけど、サービスを増やすのは嫌だ」と言っていることになる。こういう考え方は普通あり得ない(笑)。どうなっているのか分からない。端的に言ってしまえば、民主主義が機能していない。
(『日経ビジネス』 2009年1月8日付 「この国のゆくえ 危機の今こそ考える」掲載 「手厚いセーフティーネットが強い国を作る」より)
この神野教授の言葉をかみしめるべきだ、というコメント主の主張に私は大賛成である。昨今の、歳出を削減しろとばかり民主党政権に迫るマスコミ報道ほど私を苛立たせるものはない。マスコミは、鳩山民主党政権に「小泉改革路線に再帰せよ」と迫っているのであり、それに便乗して「小さな政府」路線を走ろうとしているのが財務官僚、平野官房長官、藤井財務相、そしてほかならぬ鳩山首相その人なのである。これでは、失われた27年(俗に「失われた10年」とか「失われた20年」などといわれるが、私は日本における新自由主義の創始者・中曽根康弘内閣の発足時を起点とすべきだと考えている)をさらに継続せよ、と言っているようなものだ。政府支出を悪、財政再建を善と決めつける神話自体が間違っているのだが、いったいこのことを何度言えば良いのだろうか。財政再建は好況時にこそやるべきものであって、不況時には積極財政が欠かせないのである。応急的な諸施策とともに、長期的には「グリーンニューディール」への注力が絶対に欠かせないが、新自由主義に反対しているはずのネット左翼が、「真正保守(笑)」と共闘して「地球温暖化陰謀論」などを唱えて、グリーンニューディールに水を差す愚行を演じる。そして、「左派は人々に応分の負担を求めよ」などと言いながら、当ブログ管理人に「消費税増税を主張せよ」と迫って、あつかましくもそれとは正反対の主張をしている神野直彦氏の発言を引用して当ブログにコメントしてくる人間もいる。冗談ではない。神野教授も指摘しているように、所得の再分配は財政の大きな任務なのである(前記『財政のしくみがわかる本』の第4章を参照)。まるで、わが国で「政治に関心のある」人々の多くは、寄ってたかって日本を没落させようとしているかのようだ。「応分の負担を求める」べき相手は富裕層である。新政権は「大きな政府」の方針を鮮明にして、現状応分の負担をしているとはとてもいえない富裕層に「応分の負担」をしてもらい、本来得べかりし所得を手にすることができていない貧困層に所得を再分配しなければならない。そうしない限り、日本経済が再び浮上することはない。
まさにこのエントリを書き上げようとしている今、葉隠さんからタイムリーなコメントをいただいたので、これを紹介して今日のエントリの締めにしたいと思う。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1006.html#comment7769
公共事業そのものは悪ではないと思いますよ。
問題は優先順位。
一律に公共事業を削減する大愚策により 地方経済は疲弊しました。
老朽化したインフラが全国で沢山あります。もっと、生活に密着した分野に投資すれば内需拡大を図ることができます。
田中角栄氏を批判する方もいますが、私は『政治の本質は利益誘導』だと考えています。
70年代に求められたことと現代に求められることは違いますが、税金をいかに適正に再配分するかの本質は変わりません。
2009.10.22 23:46 葉隠
そう、再分配こそ財政の肝なのである。それを、「バラマキ」などという言葉を用いて非難するのは、日本を滅ぼしたい国賊の新自由主義者である。
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