原発に関しては、5月5日に北海道電力の泊原発3号機が定期点検のために運転を休止し、ついに42年ぶりに国内で稼働している原発が1基もなくなった。その直前、「小沢裁判」の判決のあった4月26日、大阪市長の橋下徹は、市役所で報道陣に「節電に住民支持がない場合は原発再稼働を容認する」と語り、同日行われた関西広域連合の会議では「節電新税」を提案した。「節電に取り組む企業への奨励金の財源として、関西の住民に1か月千円程度の新税を課す」というものだ。後者について、佐藤優が「橋下総理誕生を支持する」とした文章を寄稿したのと同じ『週刊文春』5月17日号で、橋下と同じ極右の小林よしのりは、「電力会社が負担すべき金を、住民が肩代わりするのは『脱原発』の立場からの発想ではない。彼(橋下)の『脱原発』は単なるポピュリズムに過ぎない」と喝破した。
要するに橋下は、「小沢無罪判決」という大きなニュースのある日を選んで、原発問題のスタンスを転換しようとしたのだ。しかし、これらの発言への反響から、この路線転換は橋下の人気に致命的なダメージを与えると見て取った橋下は、結局この時点における明確な路線転換を先送りした。
原発再稼働容認派への転換に失敗した橋下が率いる「大阪維新の会」は、連休中にも騒動を巻き起こした。「大阪維新の会」が市議会への提出を予定していた「家庭教育支援条例案」が激しい批判を浴びて撤回を余儀なくされたのだ。
条例案は5月1日に「維新の会」の市議団が公表したもので、「児童虐待が相次ぐ現状を踏まえ、家庭教育の支援や親に保護者としての自覚を促す」との名目で作られた。しかし、児童虐待や子どもの非行などを「発達障害」と関連づけて、親の愛情不足が原因だと、全く医学的な根拠なく決めつけるトンデモな内容に、医師や保護者らが「根拠がない」、「偏見を助長する」などと猛反発し、結局「維新の会」の市議団は議会での提案見送りに追い込まれたのである。
この条例案の背後には、安倍晋三のブレーンである高橋史朗という人物の「親学」なるトンデモ思想があることが指摘された。「親学推進議連」なるものもあり、会長は安倍晋三で、顧問に鳩山由紀夫、森喜朗、山口那津男、渡辺喜美、平沼赳夫らが名を連ねる。また渡部恒三も参加している。要するに自民党、民主党主流派および反主流派、公明党、みんなの党、たちあがれ日本など、与野党「右派オールスターズ」の「トンデモ思想」の流れに、橋下「維新の会」が出そうとした「家庭教育支援条例案」も位置づけられるものである。
なお、この条例案の提出撤回を報じる朝日新聞は、橋下が条例案を批判したなどと書いたが、冗談じゃない、橋下は条例案を出そうとした側ではないかと、朝日の腰の引けた報道に腹が立った。
条例案を批判して格好をつけた橋下だが、今度は近現代史を学ぶ施設を大阪府市で設置すると言い出した。これにあたって橋下は、「新しい歴史教科書をつくる会」や元会員らによる教科書づくりに携わった「有識者」らに意見を聴く考えを示した。「歴史観や事実認定で意見が分かれる近現代史について『子どもらが両論を学べる施設』をつくる」のだという。「両論併記」といえば聞こえがいいが、これを報じた朝日新聞記事についた「はてなブックマーク」のコメントの1つが絶妙にたとえている通り、「天動説と地動説を対等に教える」ようなものだ。こんなニュースに接すると、「家庭教育支援条例案」の仕掛け人も橋下徹本人だったのではないかと勘ぐりたくなる。逆に言えば、この件で批判を浴びたら橋下はいつでも「つくる会」系の「有識者」とやらに責任を押しつけるだろう。橋下とはそういう人間である。しかも、何かにつけ支出を「バサーッと切る」のが大好きなはずの橋下が、こんな馬鹿げた事業に無駄金を使おうという。いったい橋下という人間はどんな神経をしているのか。
さらに呆れるのは、8日に橋下が起こした「MBS記者罵倒」事件である。25分間も延々とMBS(毎日放送=大阪)の記者に怒鳴り散らした動画がネットで流れて話題になった。この時の橋下の振る舞いはあまりにも呆れるほどひどかったので、普段は橋下の提灯持ちに余念がない大阪のスポーツ紙も橋下に批判的に報じた。
まず日刊スポーツの長い記事。
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20120509-947846.html
橋下市長が記者に30分の「公開口撃」
大阪市の橋下徹市長(42)は8日、登庁時の記者団のぶら下がり取材で、大阪府が施行した君が代起立条例に関して“逆質問”を繰り返し、30分近く、まくしたてた。「ここは議会とは違う。対等の立場」「質問に答えなければ回答はしません」「答えられなければここへ来るな」などとヒートアップ。登庁時ぶら下がり取材の全時間、キレ続けた。また同日夕、府市統合本部の会議後に開いた会見でも、終了間際に橋下氏自らこの件を切り出し、約20分にわたり持論を展開した。
橋下市長が、登庁時のぶら下がり取材で、記者団の質問にキレた。重箱の隅をつつくように約30分、質問者を追及した。発端は、大阪府が施行した君が代起立条例での起立斉唱について、記者団から「(起立に加え)歌うことまで強制するのはおかしいのではないか」といった内容の質問が飛んだことだった。
橋下市長は、この中の「起立斉唱」の文言的な意味を取り上げ「この言葉の中に『立つ』だけしか入っていませんか? (ゆっくりと)起・立・斉・唱・命令です」と、質問の細部にこだわった。文言をめぐるやりとりが5分ほどあり、その間に質問しようとする当該記者を何度も制して「ここは議会とは違う。(記者も)僕の質問に答えるべきだ。答えなければ質問には答えない」などと迫った。
記者側が「歌う意味も入っている」と答えると、今度は「じゃ、誰が誰に命令しているんだ?」と詰問。代表を務める大阪維新の会は条例を提案したが、あくまでも教育委員会が決めたこととし、社員が社歌を歌うように「国民に強制しているのではない。(君が代は)公務員の社歌だ」と、再三にわたり説明した。橋下氏のブチギレの原因は、記者の質問を、君が代起立条例は橋下氏が“主導”しているようなニュアンスに、とらえたためとみられる。
暴走モードに入った橋下市長は「(質問に)答えられないならここに来るな」「何言ってんだよ」「不細工な取材するなよ」と、言葉を乱す場面も。橋下氏のぶら下がり取材は、市役所の公式ホームページから一般視聴も可能で、記者に対し「これ全部、後で放送するからいいけれども、自分でとんちんかんさが分かんないの?」とも言い、所属社を聞き出し「そんなとんちんかんな質問しながら採用されて…」と個人攻撃のような発言もあった。
取材の終わり際、記者が「今日はこれくらいに…」と言うと、橋下氏は「『今日はこれくらいにしときます』って、どうですか? 吉本の新喜劇でも、もっと丁寧な言い方しますよ」と、徹底的にかみついた。
さらに、夕方には府市統合本部の会議後に会見を開き、約10分で会見が終わりかけると「ちょっと、いいですか。昼間の話を…」。自ら切り出して「あの記者、帰ったんですか?」「また来させてくださいよ」と、当該社の別の記者に話し掛けていた。
[2012年5月9日9時25分 紙面から]
次にスポーツニッポンの記事。
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/05/08/kiji/K20120508003207990.html
「答えられないなら来るな」橋下市長 記者相手にヒートアップ
大阪市の橋下徹市長は8日、記者団のぶら下がり取材で、大阪府が施行した君が代起立条例に関し起立斉唱の職務命令を出したのは誰かを問う“逆質問”を繰り返した。「ここは議会とは違う。(記者も)僕の質問に答えるべきだ。答えなければ質問には答えない」と迫り、応じなければ取材拒否する考えを示した。
市長は、卒業式の君が代斉唱の際に教職員の口元を見て実際に歌っているかを確認していた校長に関する質問でヒートアップ。質問した記者に「答えられないならここに来るな。勉強してから来い」と、興奮を抑えられない様子で約30分間まくしたてた。
職務命令は府教委が出していた。
[ 2012年5月8日 12:32 ]
MBS記者と橋下とのやりとりは、ブログ『Afternoon Cafe』のエントリ「詭弁術講座」に、ブログ主・秋原葉月さんの注釈つきで紹介されているので、是非ご参照いただきたい。抱腹絶倒ものである(下記URL)。
http://akiharahaduki.blog31.fc2.com/blog-entry-975.html
橋下徹は
などと言っているが、秋原さんのブログの文字起こしを見れば一目瞭然、橋下は自らは記者の質問にまともに答えずにはぐらかした上で「質問で質問に返して」いる。「答える必要はない」という態度を先に示したのは橋下の方である。MBSの例の記者とのやり取りで、何が原因だったかと言うと、僕の記者に対する質問に対して記者が「答える必要はない。私が聞いているので答えよ」と平然と言ったんだよね。ここが全てだった。
橋下は、「MBSの記者の無礼な質問に切れた」風を装っているが、これはおそらく演技であろう。記者は、さる2月16日と17日に同局で放送された番組『VOICE』中の特集「大阪の教育未来図―アメリカ落ちこぼれゼロ法から学ぶ」を取材した人である。この番組については、当ブログでも2月20日付エントリ「思想調査、教育カイカク、新自由主義。橋下徹に取り柄なし」でも少し触れたことがある。橋下はこの番組に怒り狂い、Twitterを連打した。私はこれを、『kojitakenの日記』の2月18日付エントリ「橋下、毎日放送(大阪)のニュース番組に痛いところを突かれてキレる(笑)」に記録しておいた。この時橋下がいかに冷静さを失っていたかは、Twitterに書かれた「VOICE」の文字が、「VOICE」、つまり最初の3文字が全角文字で、あとの2文字が半角文字になっていることからも想像がつく(笑)。
おそらく執念深い橋下は、「教育基本条例」をこっぴどく批判したこの番組をずっと根に持っていて、いつか番組のスタッフに対して報復してやろうと手ぐすね引いてその機を待ち構えていたのではないか。そして5月8日にそのチャンスが巡ってきた。私はそう邪推している。
信じられないのは、普段あれほど橋下の宣伝に余念がないスポーツ紙でさえ橋下に批判的な記事を書いているというのに、ネット民の多くは橋下を擁護し、MBSと記者を非難していることだ。私は橋下が切れ続けている動画を見て、橋下に非があるとしか思えなかったし秋原葉月さんのブログに文字起こしされた記者と橋下のやりとりを見てさらにその感を強めたが、2ちゃんねらーなどのネット民はヒステリックにMBSと記者を非難し続けるばかりだった。
今回のような権力者の横暴が許されて良いはずがないし、「長いものに巻かれろ」という、昔の大阪人気質からは考えられないような風潮が蔓延しているネットの現状も、あまりにひどく病んでいる。
以上に言及した件以外でも、橋下をめぐる話題は異常なものばかりだ。たとえば橋下が主催する「維新政経塾」のグループディスカッションで「徴兵制」がテーマとなり、25人中20人が「賛成」と答えたという件。あるいは、「維新の会」が提案する所得税の「定率課税」(フラットタックス)が国会の質疑で取り上げられた件などだ。後者について、野田佳彦首相は「今後消費税率の引き上げで税制全体の累進性が低下することをふまえれば、所得税はむしろ累進性を高める必要がある」と難色を示したと新聞記事にはあるが、元来所得税を重視するのが新自由主義者本来のあり方であり、竹中平蔵でさえその立場に立つ。橋下ら「維新の会」は、竹中平蔵や松下政経塾出身の政治家たちさえ唱えない、異様な富裕層優遇税制を提案しているのである。
今回のMBS『VOICE』は別として、こんな橋下をマスコミは持ち上げる。週刊誌や月刊誌は「橋下総理待望論」を記事にするようになり、機を見るに敏な佐藤優などは早くもそれに乗っかろうとしている。
その怒濤の流れの中で、ブログで何を書いても無駄なのかもしれないが、たとえ「蟷螂の斧」であろうが意見の発信を止めるつもりはない。
ゴールデンウィークの谷間の平日だった一昨日、昨日にもブログを更新できなかった。このまま連休中は更新しないでおこうかと思っていたが、憲法記念日の1面が、選挙制度の根本に触れないまま「一票の格差」解消のみ求め、しかも「首相公選制、賛成68%」などという見出しもついている世論調査の記事だったのでこれに呆れ、朝日新聞を批判する記事を書いてみようと思い直した。
まず「朝日新聞デジタル」に無料公開されている記事を引用する(下記URL)。
http://www.asahi.com/politics/update/0502/TKY201205020376.html
一票の格差放置で総選挙、反対53% 朝日新聞世論調査
憲法について朝日新聞社が実施した全国世論調査(電話)によると、衆院小選挙区の「一票の格差」が違憲状態のまま、衆院を解散し、総選挙をすることについて、「してもよい」は27%で、「するべきではない」が53%と大きく上回った。違憲状態を放置している国会に対し、有権者の厳しい視線が示された。
世論調査 ― 質問と回答〈4月21、22日実施〉
最高裁は昨年3月、一票の格差が最大2.30倍となった前回衆院選を「違憲状態」と判断。格差を2倍より小さくする案が与野党で議論されているが、まとまる見通しは立っていない。
このような状態での総選挙について「するべきではない」と答えた人は、住んでいる自治体の規模が大きいほど、増える傾向にある。人口5万人未満の市町村では「するべきではない」39%、「してもよい」36%だが、東京23区と政令指定都市では59%対24%だった。
また、一票の格差をどの程度まで許容できるかを聞いたところ、「1倍に近くする」20%、「2倍より小さければよい」51%で、「2倍以上でもよい」はわずか13%だった。
■首相公選制、賛成68%
一方、憲法改正については、全体をみて改正する「必要がある」は51%(昨年54%)、「必要はない」は29%(同29%)だった。
戦争放棄と戦力不保持を定めた9条を「変えるほうがよい」は30%(同30%)で、「変えないほうがよい」は55%(同59%)。全体で改正の「必要がある」と答えた人でも、9条については「変えるほうがよい」は44%、「変えないほうがよい」は43%と並んだ。
9条が日本の平和や東アジアの安定にどの程度役立つと思うかを聞くと、「大いに」「ある程度」を合わせて66%が「役立つ」と答え、「あまり」「まったく」を合わせた「役立たない」27%を大幅に上回った。
憲法を改正し、首相を国民が直接選ぶ公選制にすることには、賛成が68%と圧倒的に多く、反対は17%。衆参両院ある国会を一院制にすることには、賛成は42%で、反対38%を少し上回った。ただし、憲法改正の手続きを緩和することには、賛成36%で、反対45%の方が多かった。
「進まない政治」の原因は、どちらかといえば、政治家にあるのか、憲法に基づく制度にあるのか、と聞いたところ、「政治家にある」は67%で、「制度にある」の20%を引き離した。
調査は4月21、22日に実施した。
(朝日新聞デジタル 2012年5月2日22時27分)
世論調査結果を報じるトップ記事の横には、「座標軸」と題したコラムに、大野博人論説主幹が「投票ボイコットさせる気か」と題された論説を書いている。副題は「憲法記念日に問う」。記事は、昨年3月に最高裁によって「違憲状態」と指摘された「一票の格差」を放置したまま選挙をしても、選挙区によっては無効になる恐れがあるから、「そんな政治イベントに唯々諾々と応じて投票していいものかどうか。国民は切なく情けない思案に暮れることだろう」と書いている。
だが、これはいささかズレた問題意識ではないかと思わずにはいられない。国民の多くは、「一票の格差」以前に、投票したい政党や候補者がないことに絶望しているのではないかと思われるからである。
「RealPoliticsJapan」というサイトに、森喜朗内閣末期の2001年1月以降の内閣支持率と政党支持率の変遷のグラフが掲載されている(下記URL)。
http://www.realpolitics.jp/research/
森喜朗内閣の末期に、同内閣が記録的な低支持率を記録したが、その直後小泉純一郎が総理大臣に就任し、空前の人気を博した。その直後小泉純一郎内閣が発足して空前の人気を博し、小泉の後を継いだ安倍晋三も内閣発足時の2006年9月には小泉と同じくらいの高支持率を得たが、それから麻生政権末期に向かって安倍、福田康夫、麻生太郎と続いた内閣は真っ逆さまに支持率を落としていった。代わって2009年の「政権交代」選挙で鳩山由紀夫内閣が高支持率を得たが、やはり菅直人、野田佳彦と続いた内閣で支持率を暴落させている。そして、「野ダメ」こと野田佳彦内閣の支持率が20%台前半に落ちてきた現在、自民党の支持率は森政権末期の頃と同じくらいに落ち、民主党の支持率も2003年の民由合同当時と同じくらいにまで落ちた。一方で、「支持政党なし」は森政権末期と同じくらいの高率になった。11年前に回帰した形だ。
現在注目されているのは、2001年の小泉政権成立時や2005年の「郵政総選挙」時には小泉自民党、2009年の「政権交代選挙」時には民主党支持へと流れたあげくにいずれも裏切られた民意が、橋下徹の「大阪維新の会」に三度だまされる、もとい幻想を抱いてしまうのかということだ。橋下と「大阪維新の会」は、私に言わせれば、小泉自民党や松下整形塾系の主流派と小鳩系の反主流派が抗争を繰り広げている民主党よりさらに危険な存在である。その橋下は「首相公選制」の主張を「改憲」への足がかりにしようとしているように見える。
ところが、その橋下の脅威に対しては、朝日新聞は何の警告も発さない。「首相公選制、賛成68%」などと見出しをつけ、2面には、「突き上げる橋下市長 政治制度を覆す憲法改正案」との見出しで、橋下の改憲への動きを「客観報道」のスタイルで報じている。記事には、
と書かれているが、橋下は今年2月24日にこんなTwitterを発している。橋下氏は、保守層などに根強い9条改正論への賛否は明らかにしない。
世界では自らの命を落としてでも難題に立ち向かわなければならない事態が多数ある。しかし、日本では、震災直後にあれだけ「頑張ろう日本」「頑張ろう東北」「絆」と叫ばれていたのに、がれき処理になったら一斉に拒絶。全ては憲法9条が原因だと思っています。
中曽根康弘らが似たようなことを口にしたと報じられたが、中曽根の目の黒いうちの改憲はさすがにもう不可能だろう。だが、橋下の持ち時間は長い。それなのに朝日新聞は橋下の危険性を指摘しない。
かつて小泉自民党や民主党に期待して裏切られた有権者が、性懲りもなく橋下に「変革」を託そうとするのも、トレンドに乗っかって多数派に加わらない限り、有権者自身の意思が政治に反映されないと思えてしまうからなのではないか。つまり、「与党にならなければ何も始まらない」というわけだ。かつての「1と2分の1政党制」の時代、社会党は万年野党だったが、自民党の政策に修正を加える程度の影響力はあった。今はそれさえもない。だから、有権者も政治家もその時々にもっとも勢いを得ている人間にすり寄る。非常にリスクの大きな状態である。
私は、小選挙区制こそ政治を悪くした元凶の一つであると思うし、同様の主張が多くの論者からなされるようになったにもかかわらず、今朝の記事で朝日は小選挙区制の是非の議論から逃げていた。比例区定数削減にこだわる民主党と比例区議員の多い公明・共産・社民各党が対立していることを「客観報道」のスタイルで伝えるのみであって、朝日自身は小選挙区制が政治に与えた影響について評価を下さない。それでいて、しばしば議員定数削減をけしかけるような記事を書く。冗談ではない。
たとえば「みんなの党」は過激な改憲論を掲げているし、橋下と同様に首相公選制を求めているが、一つだけ共感できるのは選挙制度を「全てを比例代表制にせよ」と求めていることだ。但し、同党の主張は改憲を必要とする一院制であり、なおかつ過激な議員定数削減を求めており、これにはとうてい同意できない。
しかし、すべてを比例にすれば、有権者の投じた票が死票になる可能性は大幅に減る。小選挙区制では死票が大量に出る。これは「一票の格差」どころの話ではない。1996年に初めて小選挙区制下の総選挙が行われて以来、政治の劣化は劇的に進んだ。現在政権与党の民主党は、主流派の松下政経塾組、反主流派の小沢・鳩山グループを問わず、いずれも強硬な小選挙区制論で「政治改革」を推進してきた政党だ。彼らが言うように制度を変え、ついに彼らは政権についたが、政治の閉塞感はますますひどくなった。小選挙区制が彼ら自身を束縛しており、新党を作ったところで単独で動いても勝ち目はないので、橋下徹のような人気者に小沢一郎のようなベテラン政治家がゴマをすりまくる醜態を演じるていたらくだ。
しかし、こういう現状にもかかわらず、民主党はなお「比例区削減」に強烈にこだわり続ける。まるで「小選挙区制原理主義」にとらわれているかのようだ。民主党は、民意をゆがめる上、現在の政党支持率から考えて確実に自分たちに不利に働く「比例区定数削減」になぜそこまで血道を上げるのか、私にはさっぱり理解できない。不思議なことに、あれだけいろんな争点でぶつかる松下政経塾系主流派と小鳩系反主流派は、こと「比例区定数削減」に関しては信じがたいほどの一枚岩ぶりなのだ。
これと比較すると、定数減は当面小選挙区の「0増5減」だけにとどめておこうという自民党は、この件だけに関しては現実的な対応をとっているといえよう。
ここまでズタズタに劣化した政治の劣化をさらに進めようとする民主党の「比例区定数削減」への動きは狂気の沙汰以外の何物でもない。それを全く批判することなく、「一票の格差」のみを問題する、「憲法記念日」の紙面にしてはあまりにもお粗末な朝日新聞を見ていると、民主党と同様、朝日新聞の将来も限りなく暗いと言わざるを得ない。
もちろん、26日木曜日(チェルノブイリ原発事故26周年の日!)に下される小沢一郎被告への判決をにらんで「様子見」ということもあるのだろう。持っても今年秋の民主党代表選までとしか思えない野田佳彦(「野ダメ」)政権は、マスコミはあまり指摘しないのだが「死に体」に近くなっていて、消費税増税、原発再稼働、TPPの3つの懸案のうち、TPPは先送りが濃厚になってきた。原発再稼働は経産相の枝野幸男がぶれまくって墓穴を掘った形で、橋下徹をはじめ、京都府知事の山田啓二や滋賀県知事の嘉田由紀子の反撃に遭ってタジタジとなっている。原発の稼働が「一瞬ゼロになる」と述べた枝野幸男の発言も、「ゼロになる」ことに対する原発維持・推進派からの批判ではなく、「一瞬」という言葉への「脱原発」からの批判に対する釈明に政府が追われる形になった。それほど原発再稼働に対する批判は強く、野田政権が強引に再稼働に向けて猛進したことが内閣支持率を大きく落とす要因になったと見られる。
原発再稼働については、とにもかくにも野田政権の「まず再稼働ありき」のスタンスを許してはなるまい。内閣発足時に野田首相が(おそらく)方便として述べた「脱原発依存」が大方針であることを明確にした上で、電力不足について、突き詰めた電力需給のデータをはっきり示す。そして、本当に原発再稼働が不可避なのかを議論する。そして、公約の4月1日をとっくに過ぎているのに未だに新しい規制機関設置に関する法案の審議入りもしていないが、これを早く立ち上げて徹底的な情報公開がなされなければならない。最低でもそれらの前提が満たされないなされない限り、原発再稼働には断じて反対だ。国の(隠れた)大方針として「原発維持」があろうものなら、それは再生可能エネルギー関連産業という、今後の成長分野の発展を妨害する。これこそ日本に住む人間にとって「集団自殺」以外の何物でもない。
原発については、野田政権の「ダメさ」もさることながら、これまでの自民党政権にもっとも重い原発推進政策の責任がある。その自民党は、ひとり河野太郎を除いて全国会議員が原発維持ないし推進派だろうと私はみなしている。だからこそ規制機関設置法案の審議入りも妨害するのだろう。自民党の中でも露骨に原発推進論を口にした人物は安倍晋三であり、先日テレビ朝日の「報道ステーション」で原発再稼働・維持論をぶった時にはネットで安倍を批判・罵倒するTwitterが乱れ飛んだ。また、民主党においても自民党に所属したことのある議員の多くは原発に対して怪しげな動きをする。露骨な原発推進派(地下原発推進議連のメンバーでもある)・鳩山由紀夫がその典型例である。一方、何らかの形で電力総連や電機連合とのしがらみがある民主党の政治家も同じである。こちらは藤原正司、小林正夫、大畠章宏らの名前が思い浮かぶ。もっとも、現在原発再稼働派の再強硬派とされている仙谷由人のように、自民党とも電力総連とも関係ないはずなのに誰よりも原発に熱心な人間もいる。
上記の状況は、ますます橋下徹の思うつぼだ。そこが現在もっとも頭の痛いところである。「小沢信者」たちは小沢一郎の復権に期待しているのだろうが、私は小沢一郎には全く期待していない。なぜか。民主党代表時代(2006〜09)とは打って変わって、現在の小沢一郎は「統治機構を変える」ことばかりを言って、しきりに橋下徹に秋波を送っているからだ。
最近、野田雅弘著『官僚制批判の心理と論理 - デモクラシーの友と敵』(中公新書,2011年)という本を読んだ。マックス・ウェーバーの研究者である著者が、一般には官僚制批判と「カリスマ」論が有名なウェーバーを援用して、「官僚制批判」批判や新自由主義批判を行なうという意表を突いた着想で読ませる。私はウェーバーは日経クラシックスから中山元訳で出ている『職業としての政治 職業としての学問』を読んだことがあるだけで不案内なので、ネットで見つけた3件の書評記事へのリンクを下記に示す。
http://blog.livedoor.jp/yamasitayu/archives/51914489.html
http://d.hatena.ne.jp/loisil-space/20111008/p1
http://d.hatena.ne.jp/hachiro86/20111123
上記1件目のブログ記事から引用する。
「小さな政府」を目指し、社会の調整の仕事を市場に委ねる新自由主義は、官僚制の無駄を指摘し、首尾一貫して市場の効率性を訴えます。
著者は、この新自由主義の台頭とより多くのデモクラシーを求めるグループ、そして官僚批判の関係を次のように描いています。政治家には芯の通った信念が必要だという一般的な願望が、今日の状況においては、官僚や官僚制を批判し、「小さな政府」を唱える新自由主義にきわめて有利に働くということも見逃されてはならない。そうでない立場を取ろうとすると、財源の問題に直面せざるをえず、またわかりやすい「公平性」では割り切れない、さまざまな「介入」に対して説明が求められ、試行錯誤を繰り返さざるをえないという傾向にある。ここに、批判を受ける余地が広がる。しかし、「後期資本主義国家」において、行政は原理的に割り切れない、パッチワーク的な構築物たらざるをえない。したがって恒常的な議論と微調整が、そしてそれゆえのブレがどうしても出てきてしまう。私たちに求められているのは、こうしたゴタゴタの不可避性に対する認識と、それゆえの我慢強さではないか。(116ー117p)
これ以外にもウェーバーの「鉄の檻」という言葉を使った時代と、「リキッド・モダニティ」と言われる現代社会の相違。官僚制とカリスマの問題など、著者の専門であるウェーバーを中心にさまざまな興味深い問題がとり上げられていますし、またアーレントやフーコー、ルーマンといった思想家の考えも参照されていて、著名な政治思想家が官僚制にどう触れているのかということも知ることができます。
本の著者である野口雅弘氏は、ウェーバーの官僚制批判はドイツで官僚が絶賛されていた時代になされた(同様に、ハイエクの市場擁護も市場が批判に晒されていた時代になされた)ことを指摘し、「リキッド・モダニティ」と言われる現代にウェーバーの理論を当てはめればおのずと結論は異なってくると考えているようだ。ともすれば橋下徹のような政治家の擁護に悪用されやすいと思われるウェーバーを援用した新自由主義批判は非常に興味深かった。思わず、少しでもウェーバー自身の文章に当たろうと、最近文庫化された『権力と支配』(講談社学術文庫)を買ってしまったほどだ(まだ読んでいないが)。
政治学には不案内な私だが、官僚制批判が新自由主義に容易に絡めとられるという著者の指摘は非常によく納得できる。小泉純一郎や橋下徹という典型例があるからだ。そして、「国民の生活が第一。」の政策の中身をもはや「消費税増税反対」を除いて全く言わなくなり、「統治機構を変える」ことに関して「民主党は橋下市長にお株を奪われた」と言うばかりの現在の小沢一郎も、小泉や橋下と同様に、新自由主義に強く傾斜した政治家といえるだろう。
もっとも、衆議院選挙は来年の9月までには必ず行なわれるから、民主党の代表選で小沢一郎が勝って政権をとらせてみる手もあるのではないかと思える。おそらく、鳩山、菅、野田と続いた3代の民主党内閣を超える業績は何も挙げられないはずだ。今は反主流派だから野田佳彦をあれこれ批判しているが、TPPでも政権に何も突っ込まない、「原発即時全停止は暴論だ」と言う小沢一郎の政策に野田佳彦とどれほどの距離があるのか大いに疑問だ。だから小沢一郎の正体を明らかにさせるためにも、どうせ長くともあと1年しか続かない民主党政権の最後に小沢一郎にやらせて、人々の目を覚まさせることも悪くないのではないか。一瞬そう思った。
だが、実際に小沢が「火中の栗」を拾いにいくのか疑問な気もするし、「小沢幻想」が完全に崩壊した時に橋下徹への熱狂がさらに高まるリスクもある。数年前から言われている「閉塞状況」はますます深刻になってきている。
そういや、上記の文章はずっと小沢一郎の判決が「無罪」であることを前提にして書いてきた。実際には有罪判決が下る可能性もあるんだった。すっかり失念していた(笑)。私は無罪判決が妥当だと思うが、仮に有罪判決が出たら、「小沢信者」たちが小沢一郎を殉教者に祭り上げて大騒ぎするんだろうなあ。そんなのは見たくもないから、とっとと無罪判決を出して検察は控訴しないでほしい。小沢一郎が政治の表舞台に戻ってきたところで、もう「オワコン」もいいところだからどうということもない。それより「ハシズム」の脅威にいかに立ち向かうかの方がよほど重要だと思う今日この頃である。
ところが、意外な人間がこの湯浅誠インタビューの記事に食いついた。橋下徹である。『kojitakenの日記』に取り上げたのだが、橋下はこんなふうにつぶやいた(Twitter3件。URLは上記『kojitakenの日記』の記事に示した)。
政策は中身より、実現するプロセスの方が重要。しかし日本の識者は中身しか語らない。実現プロセスを度外視した政策論。グロービスの堀氏、消える魔球論やエビ投げハイジャンプはもう良い。一度でも良いので、実際のボールを投げてみてはどうか?
それを痛切に感じたのが反貧困ネットワークの湯浅さんだろう。言うこととやることは違うと。先日の朝日のオピニオンで朝日の記者が、湯浅さんは取り込まれたのでは?と盛んに聞いていた。湯浅さんからはもっと激しい政府批判や消える魔球的な提言を聞きたかったのであろう。
しかし湯浅さんは、政策を実現するプロセスの凄まじさを知った。ちょっと本で読み知ったアイデアを言うぐらいではダメだと。朝日の記者はそこに気付いていないのであろう。池田氏も、堀氏も、政策を実現するプロセスの凄まじさを少しでも知れば、いい加減な論が少なくなるであろう。
(橋下徹のTwitterより)
ここで橋下がいう「池田氏」とは池田信夫(ノビー)、「堀氏」とは堀義人のこと。ともに新自由主義者。このうち堀氏のいかなる言説に橋下が切れたかは知らないが、ノビーに対して切れた理由ははっきりしている。ノビーが書いたブログ記事「『橋下=小沢政権』の運命」に痛いところを突かれたためだ。
ノビーは新自由主義者であり、自らと思想信条の近い橋下及び小沢一郎に対して親和的なスタンスをとっている。だが、それは別としてブログ記事中で橋下のTwitterの論理矛盾を指摘した上、こんなことを書いている。
彼の話が支離滅裂になるのは、「小沢先生」を擁護するという結論が先に決まっていて、それに合わせて消費税に反対する理由をさがしているからだ。さすがに橋下氏も、今の財政状況で「増税に完全反対」できないことは認めるが、「今回の増税案には反対」だという。今回は反対なら、いつどういう増税ならいいのかという代案はない。財政をどうやって再建するのかという計画もない。
かつて消費税増税の急先鋒だった小沢氏が、今それに反対する理由は明白だ。現在の「反小沢」執行部を倒すためである。政治とはそういうものであり、彼の主張に論理整合性を求めるのは無理である。それを意味不明な論理で擁護する橋下氏も「政局の人」になったのだろう。
ただ私は、この政局的な勘は悪くないと思う。小沢氏が離党し、彼の資金力・組織力と橋下氏の人気を組み合わせれば、次の総選挙で第一党になる可能性もある。自民の一部が組めば「橋下首相・小沢幹事長」という細川内閣のようなパターンもありうる。
しかし問題は、何をするかだ。橋下氏の政策は組合たたきや原発反対など思いつきのポピュリズムで、このまま国政に進出しても霞ヶ関に一蹴されて終わりだろう。小沢氏の力もかつての面影はないので、細川内閣のように短い命で終わるおそれが強い。次の次に期待するしかない。
(池田信夫「『橋下=小沢政権』の運命」より)
消費税増税や原発問題に関してはもちろん私はノビーの主張に与するものではないが、橋下と小沢一郎に関するノビーの指摘は正鵠を射ている。橋下の「脱原発」はノビーも喝破する通り、単なる人気取りに過ぎない。未だに「脱原発で頑張る橋下市長を応援しよう」と繰り返す左翼人士や橋下に取り込まれてしまった「脱原発」論者もいるが、近い将来、彼らは誤りを自己批判せざるを得ない羽目に陥るだろう。
それはともかく、橋下が切れたのは「まず『小沢先生』擁護ありき」という本音をノビーに暴露されたからだ。橋下が切れるのはいつもこのパターンだ。朝日新聞大阪の丑田滋記者も、北大教授の山口二郎も、曲がりなりにも橋下の痛点を突いたから橋下は切れた。一方、香山リカは橋下の痛点を全く突けなかったから、橋下の対応は余裕綽々だった。
逆に、橋下は「使える」と見るや、論敵の籠絡にかかる。その対象が今回は湯浅誠だった。ところが、橋下が言及した朝日新聞(4/13)掲載の湯浅誠インタビュー記事で、湯浅氏は「橋下流」を痛烈に批判していた。これについても『kojitakenの日記』に書いたので、当記事では詳しく繰り返さない。
ここでは、上記『kojitakenの日記』の記事にTwitterからリンクを張っていただいた宇城輝人さん(新刊本のジャック・ドンズロ『都市が壊れるとき』の訳者)による昨年11月の大阪市長選の分析を紹介したTogetter「今大阪で何が起こっているのか、『都市が壊れるとき』の訳者が語る」(下記URL)が興味深かったので、これを紹介したい。
http://togetter.com/li/288471
よく、橋下徹を支持しているのは、橋下の政策によって不利益を蒙る低所得層だと言われることが多いが、そうではなく、富裕層ほど橋下を支持していることを示すグラフを宇城さんは示している。
中でも、平均世帯年収と「橋下率」(橋下の得票の当日有権者数に対する比率)は一目瞭然、驚くほど鮮やかな相関を示している。大阪市24区の中でも飛び抜けて平均世帯年収の低い西成区は「橋下率」も際立って低い。
また、完全失業率と「橋下率」には負の相関があり、転入率と「橋下率」には正の相関がある。
つまり、貧乏人ほど橋下を支持しているわけでもなければ、橋下のような人間を支持するのは「大阪人の特性」でも何でもない。むしろ、よその土地から来た「転勤族」の高所得層や、ずっと大阪にいた人間でも昔からの「土豪」が特に熱心に橋下を応援しているとイメージすべきだろう。
大阪で橋下をもっとも熱心に持ち上げているのはテレビ局(民放の在阪準キー局)だが、テレビ局の正社員たちは大阪人の中でも際立った高収入層だし、よその土地から大阪に出てきた人間が多い。彼らと大阪の「土豪」が橋下と結託して大阪を支配しようとしているといったところだろうか。
大阪準キー局や東京キー局などのテレビ局は、橋下をあたかも「既得権益の破壊者」であるかのように喧伝しているが、実は橋下こそ「既得権益の守護神」なのではないか。
そう思うと、昨日当ブログにいただいた下記のコメントがいかに的外れであるかがわかる。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1244.html#comment14205
橋下を批判するならもっと分かりやすくやらなきゃ意味がないよ
分かってる人なら言われなくても橋下には否定的なわけで、だまされてるのは馬鹿の目をなんとかして冷まさなければならない
そういう馬鹿には小難しいことを書いても伝わらないでしょ
2012.04.14 09:56 橋下を批判するなら
コメント主は「B層理論」の信奉者かもしれないが、全くトンチンカンなコメントである。事実は「インテリ(ぶった人間)ほど橋下を支持している」ということなのだ。それは、私の周囲を見ていても実感として了解できるところだし、「環境ディスコース」がどうのこうのと言っていた飯田哲也がいとも易々と橋下に籠絡されてしまったことなどもその例に加えて良いだろう。そして、そんなインテリたちが大衆を「橋下支持」の死地へと誘導するのである。まさに「ハーメルンの笛吹き」。
昨日たまたま目撃した、朝日新聞のインタビュー記事で自らを批判している湯浅誠を持ち上げるTwitterを連発するのも、湯浅を取り込もうとする橋下一流の手練手管かもしれない。
もちろん湯浅誠は(飯田哲也とは違って)そんな橋下の思惑に易々と引っかかることはないとは思うが、単にそれにとどまらず、上記のように「よそから来た富裕層と大阪の『土豪』」の利益代弁者にして「既得権益の守護神」たる橋下徹を徹底的に批判する言説を、湯浅誠に期待したいと強く念じる次第である。
野田佳彦(「野ダメ」)首相は何が何でも5月5日の北海道電力・泊原発3号機が定期検査のために停止するまでに大飯原発再稼働にこぎつけようと必死になっている。一昨日(7日)の毎日新聞は下記のように書いている。
http://mainichi.jp/opinion/news/20120407ddm003040034000c.html
クローズアップ2012:福井・大飯原発、来週にも要請 再稼働ありき、新基準
野田佳彦首相と関係3閣僚は6日、初会合を3日に開いてから3度目の協議で「安全性に関する判断基準」を取りまとめた。判断基準からうかがえるのは関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)を突破口に他の原発の運転再開につなげたい「再稼働ありき」の意図といえる。国内で唯一稼働している北海道電力泊原発20+件3号機(北海道泊村)が定期検査に入るのは来月5日。経済産業省は「それまでに大飯を再稼働できなければ原発がゼロになり、再稼働のハードルがさらに高くなる」(幹部)との危機感を強めている。
◇「実施済み」焼き直し
「地元から求められたことへの一定の答えになっている」と枝野幸男経済産業相は語った。だが、安全かどうかを判断するために政府が導入した3本柱の基準は、東京電力福島第1原発事故直後に電力各社が講じた緊急安全対策と、安全評価(ストレステスト)1次評価の焼き直しに過ぎない。時間のかかる対策は、電力会社に実施計画を示すよう求めたが、その妥当性の判断指標は示されず、「努力目標」の域を出ない。
(毎日新聞 2012年04月07日 東京朝刊)
このような解説記事を載せる毎日のほか、朝日、中日(東京)などが「原発再稼働は時期尚早」との立場をとるが、読売、産経、日経などは早期の原発再稼働を求める立場である。消費税増税に関しては全国紙の論調はすべて一致してこれを求めているが、原発再稼働に関してはまっ二つに割れている。但し、朝日や毎日は「いかなる原発再稼働も認めない」という立場ではなく、本当に大飯原発の安全性が確保されているのか(同原発には免震事務棟もない)、あるいは夏場に本当に電力供給が不足するのか、それらが明らかにされないまま「原発再稼働ありき」で暴走する野田政権を批判するという立場に立っている。
とはいえ朝日・毎日でさえこの程度の主張はするのに、政府、経産省や読売・産経などの宣伝をころっと信用してしまって「夏場の電力不足は明らか」だとTwitterで発信したのが江川紹子である。
http://twitter.com/#!/amneris84/status/188091931375579137
原発の再稼働ができなければ関西での夏場の電力不足は明らかだし、周辺自治体などが容易に再稼働に賛同しないことは分かっていたと思うのだけど、政府はなぜ今になってあたふた(と見える)しているのだろう。もっと早く、需給の数字を元に、廃炉何基、再稼働は何基必要という目標を出せたのでは?
これに対して、大阪市特別顧問の飯田哲也が反論している。
http://twitter.com/#!/iidatetsunari/status/188443592417751040
江川さん「明らか」ではありません。大阪府市エネ戦略会議資料( http://goo.gl/kLgSR )をお読みください。需要側管理を柱とするピークマネジメントで対応できます RT @amneris84: 原発の再稼働ができなければ関西での夏場の電力不足は明らか
これらのTwitterを見て思い出すのは、江川紹子はつい最近上杉隆と袂を分かって「自由報道協会」を脱退したとはいえ、それまでは同協会の会員だった、いわゆる「小沢信者」であって、飯田哲也は「橋下徹に取り込まれた」脱原発派の代表的論者だという事実だ。昨年、「脱原発」を打ち出そうとした(結局「脱原発依存」に後退した)菅直人内閣への自公の不信任案提出を煽った小沢一郎が、原発再稼働に狂奔する野田佳彦に対してはそれをとがめ立てもしない一方、野田政権を激しく批判して「そんなに民主党政権が原発を再稼働したいのなら解散して国民に信を問え」と吼える橋下徹の対照が、そのまま両政治家に近い(と思われる)江川、飯田両氏のTwitterに反映されているように私には見えるのである。
「野ダメ」政権の姿勢で特に目につくのは、枝野幸男の腰の定まらない様子である。枝野はかつて、今夏は原発稼働なしで乗り切れるとの見通しを示しながら、その後野田首相の「原発再稼働」路線に同調し、かと思うと今月2日の国会では福島瑞穂社民党党首の質問に答えて「現時点では原発の再稼働に私も反対だ」とまで明確に言い切りながら、翌日には早くも前言を翻した。枝野のこれらの言動は、間違いなく国民の野田政権に対する心証を悪化させた。このまま「野ダメ」政権が大飯原発再稼働を強行した場合、ただでさえ低い内閣支持率はさらに下がり、消費税増税の件と「合わせて一本」で、9月の民主党代表選で野田佳彦は退陣に追い込まれるだろう。
「野ダメ」が解散を強行するのではないかとの観測もあるかもしれないが、週刊誌の最新号などで総選挙のシミュレーションの記事が出ていて、それによると「大阪維新の会」は大阪・京都などで爆発的なブームを巻き起こし、前原誠司や谷垣禎一も落選の危機にある、などと書かれている。こんな情勢では野田佳彦とて簡単には解散できないし、谷垣禎一もうかつに解散を求めづらいため(かといってこのままでは9月の自民党総裁選で「野ダメ」ともども引きずり降ろされてしまうのだが)、早期の解散総選挙は考えにくい。民主、自民とも「維新の会」に対しては、裏で賞味期限切れを期待しつつ表で橋下にすり寄るだろう。さらに石原慎太郎や小沢一郎も「橋下との連携」が「喉から手が出るほど欲しい」のが本音だろう。但し、小沢一郎をめぐる情勢は、4月26日に小沢の判決が出るまでは動かないものと思われる。
そんなこんなで、橋下はいまや日本の政界の最大のキーマンになってしまった。最近の私は、もっぱら「はてなダイアリー」の『kojitakenの日記』を中心に記事を書いているが、小沢一郎について書いた記事のアクセス数はきわめて少なく不人気を極める一方、橋下徹について書くとたちまちアクセス数が増えて、「橋下信者」からブーイングを浴びる状態が続いている。たとえば、橋下が大阪市音楽団を潰そうとしていることを批判した4月7日付記事「大阪市音楽団を廃止しようとする橋下徹を選んだのは大阪市民」などがその例だ。
ますます強まる「ハシズムの脅威」にため息しか出ない今日この頃である。












