きまぐれな日々

 突然「カジノ法案」の審議が衆院内閣委員会で始まったのは11月30日だった。わずか6時間の審議を経て委員会で強行採決されたのは12月2日だった。

 右翼新聞である読売や産経の反対をものともせず、また法案に慎重な姿勢を示していた公明党に「自主投票」を強いてまで、会期末の12月14日までの法案成立を目指す安倍晋三は、極悪な独裁者以外の何者でもない。

 本屋である極右雑誌の表紙を見て笑ってしまった。日本はトランプ、プーチン、習近平、金正恩、ドゥテルテといった独裁者たちに包囲されるというのだ。今後、さらに欧州各国が続こうとしているのだという。

 笑わすなよ。トランプより4年も早く、日本は極右の独裁者を総理大臣に選んでいるじゃないか。今では独裁政権にすっかり慣れ親しんでいて、国内に反対だらけの法案を超特急で強行採決して成立させ、それは施行直後のごく短期間を除けば日本の社会と経済に害毒しかもたらさないにもかからわず、安倍晋三がそんなことをやらかしても、内閣支持率は下がるどころかこの1年半近くずっと上がり続けている。先進各国に先駆けて独裁政治権力に馴致されてしまったのが、日本国民だ。

 カジノ法案に関しては、野党も醜態を晒している。民進党では11月24日に前原誠司、長島昭久、松野頼久ら「有志議員」が「IR議連」を発足させていた。下記は産経新聞記事

民進党有志議員がIR推進議連を発足 党執行部のカジノ法案反対の姿勢を覆す勢いはなく…

 民進党の有志議員は24日、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備推進法案の早期成立を目指す議員連盟を発足させた。この日の初会合には執行部と距離を置く非主流派議員が顔をそろえた。ただ、参加議員は約40人にとどまっており、IR法案の審議入りに慎重な執行部の判断を覆す勢いはない。

 議連会長の長島昭久元防衛副大臣は初会合で「一日も早く審議入りすべきだ」と強調。今後は党内議論を活性化させ、今国会中の法案成立を目指す方針を確認した。顧問は代表選に出馬した前原誠司元外相が就任し、幹事長に旧維新グループの松野頼久元官房副長官が就いた。

 IR法案をめぐっては、蓮舫代表が24日の記者会見で「射幸心や依存症の問題もあり、世の中で百パーセントの支持をいただいている法案ではない」と述べ、審議入りは時期尚早との見方を示している。24日の議連初会合の出席議員は12人のみで、党幹部は「IR法案賛成は党内ではごく少数で、審議入り反対の党の方針は変わらない」と語った。

(産経ニュース 2016.11.24 23:27更新)


 前原・長島・松野らはいつものようにみごとなまでの安倍晋三へのアシスト役を演じた格好だ。

 また、論外としか言いようがないのが自由党代表の小沢一郎だ。

 『kojitakenの日記』にも書いたが、小沢は何年も前から超党派の国会議員で作る国際観光産業振興議員連盟(IR議連 通称:カジノ議連)の最高顧問にデーンと鎮座ましましている。もっとも、この程度のことはこの男が長い政治生活の間でやらかしてきた数々の悪事の中ではほんの些末事に過ぎず、衆院選への小選挙区制導入で現在の安倍晋三独裁を招き入れた元凶も、この小沢である。その悪質度においては、安倍や小泉純一郎にも決して引けを取らない。

 もちろん日本維新の会及び地方政党の大阪維新の会は、今回のカジノ法案強行の直接の主犯だ。日本の中でも特に極右化が極端なのが大阪だが、カジノ誘致に特に熱心なのが、松井一郎が府知事を務める大阪である。安倍晋三は今回のカジノ法案の強引な成立で維新に恩を売り、その見返りに改憲に協力してもらおうという下心がミエミエだ。そして、そんな維新を応援して自らの「反骨精神」を満足させているつもりでいるのが、大阪の多くの有権者である。読売(「キョジン軍」)と何も変わるところのない金権球団となり果てたあげくに今シーズン広島に惨敗したプロ野球の阪神タイガースは、そんな大阪(及び神戸を含む阪神間)の堕落の象徴かとも思える。

 ただ、今回のあまりにも強引なカジノ法案の強行は、安倍晋三に隙が見え始めたことも感じさせる。とはいえ、その隙を突けないくらい日本の政治をめぐる言説が破壊され尽くしているなら、今後も日本はひたすら後輩への道を突っ走り続けるのかも知れない。
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 今年は括弧付きの「リベラル・左派」が7月の東京都知事選で小池百合子に肩入れしたかと思うと、11月のアメリカ大統領選では「小沢信者」及びその流れを汲む人たちを中心とする「リベラル」どもが「クリントンよりトランプがマシ」と合唱するなど、「『リベラル』の劣化もここまできたか」と心の底からうんざりさせられる年だった。

 それは何も支持者に限った話ではなく、財政再建原理主義者の岡田克也のあとを受けた民進党代表の蓮舫が、党幹事長に岡田以上の財政再建原理主義者にして、政治思想的にも中道に近かった岡田よりもずっと右寄りの野田佳彦を指名したことで、ただでさえ衰勢のこの党の前途をさらに暗くしたのだった。

 野党第一党のふがいなさが与党の弛みを引き起こすのは世の常である。このところの安倍政権のダメっぷりにも本当に呆れるばかりだ。トランプが当選してTPPの発効が絶望的になってもTPP批准案を強行採決し、さらに関連法案をすべて成立させようとしている。その一方でまだ大統領にもなっていないトランプに会いに行って、おそらくTPP参加への心変わりをおねだりしたと思われるが、トランプはあっさり大統領就任初日にTPPを脱退することをビデオメッセージで明らかにした。

 その一方で、気候変動抑制に関するパリ協定の批准が遅れて発効に間に合わない醜態も晒した。パリ協定も、地球温暖化陰謀論という、世界ではアメリカの共和党と日本の括弧付き「リベラル」とノビー(池田信夫)ら一部のトンデモ人士にしか信じられていない妄論(それは重厚長大産業に大量の塩を送るものでもある)を信奉するトランプの当選によって先行きが怪しくなったが、それはともかく、なぜパリ協定を先送りしてTPPにかまけたかというと、マスコミ情報で漏れ伝えられるところによると、自民党の政治家たちが安倍晋三の意向を忖度したものらしい。これには開いた口が塞がらなかった。

 さらに、しばらく前から12月にプーチンを呼んで下関だかで行われるという日露首脳会談の成果を引っ提げて、衆院を解散して総選挙を行い、その結果が自民党の対象になることは目に見えているから、自民党総裁の任期の限度が3期9年に延長されたことと合わせて、いよいよ改憲に本腰を入れようと安倍が企んでいるなどという話もあった。

 しかし、日露首脳会談で安倍の思い通りの成果が出るはずなど最初からなかった。数日前に、ロシア国防省が択捉島と国後島に新型の地対艦ミサイルシステムをそれぞれ配備したことを発表したが、これなどもロシアが領土問題で譲る気など一切ないことを示している。

 マスコミは、ロシアの強硬姿勢をトランプの大統領選当選と結びつけているが、アホかと思う。ロシアは、仮にクリントンが大統領選に勝ったとしても、領土問題で譲るつもりなどあろうはずもなかった。私は、まだ大統領選の結果が出る前の10月19日付の『kojitakenの日記』に下記のように書いた。

 周知のように、永田町では安倍晋三が来年の党大会を1月から3月に先送りしたことから「年初解散説」が流れている。これは特に公明党と創価学会が積極的に流している話らしいが、日露交渉で挙げた成果を引っ提げての「北方領土解散」になるなどの話が取り沙汰されている。だが、安倍政権は日朝交渉の打開をもくろみながら全く糸口さえつかめなかったことがあることからもわかるように、外交には全く期待できない政権であると私は考えているから、次の衆院解散が「北方領土解散」になることはあるまいと確信している。

 もっとも、「野党共闘」が先の新潟県知事選で、右翼にしてネオリベの保守系候補を担いでやっとこさ自公の原発推進派候補に勝てる程度の力しかない現状では、いかなる口実で安倍晋三が解散に踏み切ったところで、毎度おなじみの自公の圧勝にお悪、もとい終わるであるだろうことだけは確実だ。


 案の定、という展開になりつつある。

 安倍晋三のトランプに対するTPP参加へのおねだりをトランプが一蹴することや、ロシアが領土問題で譲るはずなど全くないことなどは、素人の私にだって確実に予想できる程度のあまりにも当たり前のことなのだが、マスメディアはあたかもそれらが安倍晋三の思惑通りになるかのような「忖度報道」をしている。「権力批判が絶え果てた『崩壊の時代』」(by 坂野潤治)がここまで進むとは、と嘆かずにはいられない。

 トランプが「現実路線」をとるなどというマスメディアの「希望的観測」もまた、安倍晋三の願望に添ったものといえるだろう。だがこれもまたトランプを「反グローバリズムの星」と期待する「小沢信者」と同様の愚かしい手前勝手な願望に過ぎない。

 この土日に、故・森嶋通夫(1923-2004)が1988年に書いた岩波新書『サッチャー時代のイギリス』を読んだ。28年前の本だから当然ながら歴史的限界はあるが、森嶋氏の本はいつも刺激的で面白い。氏の生前からもっと読んでおけば良かったと思った。

 この本には、小選挙区制によってイギリスの首相の権力はアメリカ大統領をも上回るほど強大であり、その権力をもって「歴史の車輪を逆回転させる女」サッチャーが独裁政治を行っていること、それを可能にした小選挙区制の反民主主義的な性質などが指摘されている。しかし、本の書かれた6年後には、小沢一郎の「剛腕」などによって衆議院に小選挙区制が導入され、それは2005年の小泉郵政選挙、2009年の政権交代選挙を経て、2012年にサッチャーにひけをとらない極右政治家・安倍晋三の独裁政権を生み出した。

 トランプは「反エスタブリッシュメント」として「小沢信者」らの期待を集めているが、サッチャーもまた「反エスタブリッシュメント」であった。サッチャーは富裕層の出身ではなく、田舎町の食糧雑貨商の家に生まれた。父は市長を経験した地元の名士だったとはいえ、イギリスのエスタブリッシュメントからはほど遠い。英保守党内の旧保守の政治家たちはサッチャーに「ウェット」のレッテルを貼られて干され、代わりに新保守の極右政治家が重用された。

 最初は「労働党政権ガー」で支持を浮揚させたサッチャーだが、徐々に人気が落ちると、1982年にフォークランド戦争を引き起こして政権の人気を浮揚させ、1983年の総選挙での圧勝につなげた。さらに1987年の選挙の前には、持ち前の新自由主義政策である緊縮財政とは真逆(まぎゃく)の、日本のメディアなら「バラマキ」と称するであろう大判振る舞いを行ったあとに議会を解散してやはり総選挙の圧勝につなげた。なお、当時のイギリスでは現在の日本と同じように総理大臣が勝手なタイミングで議会を解散することができた。2011年に議会期固定法が制定されてこの悪弊が改められた。この点は日本も早くイギリスに倣うべきだろう。

 以後は1988年に書かれた森嶋通夫の本には出てこないが、その後サッチャーは1989年に究極の悪税である人頭税を導入して総スカンを食い、1990年に退陣に追い込まれたが、11年の長きにわたってイギリスに害毒を垂れ流した。その間にイギリスはたいした経済成長もできず(経済成長率は労働党政権より低かった)、その一方でイギリス社会の格差は拡大したのだった。

 このサッチャー政権の歴史は、今後安倍晋三やトランプがいかなる道を歩むかを予想させるものでもある。トランプは、かつてブッシュ親子やビル・クリントンがやったように、内政が行き詰まると外国との戦争を引き起こしたり空爆をやったりするのではないか。また、自衛隊の海外派遣で戦死者が出て、それを機に安倍晋三が自衛隊の軍事活動をエスカレートさせたら、日本国民はそれを熱狂的に支持するのではないか。後者については、ブッシュ親子やサッチャーの戦争をアメリカ人やイギリス人が歓呼で応えたのに、日本国民は自衛隊員を死に追いやった安倍晋三を責めてその支持率を落とすとは、私にはどうしても思えない。

 これ以降はいつもの最後っ屁だが、「都議会自民のドン」と「戦っている」らしい小池百合子を応援して、このところテレビ(のワイドショー)の応援がやや不活発だとぼやく「リベラル」や、「トランプばかりを悪人呼ばわりするな、もっと安倍晋三を批判しろ」などとキーキー言っている現・元を問わない「小沢信者」たちには、「反既得権益・反エスタブリッシュメント」なら小池百合子やトランプはどこが橋下徹やサッチャーと違うのか、説明してもらいたいものだ。

 もっとも、彼らは2012年に小沢一郎が「私の考えは橋下市長と同じだ」と言った時に小沢一郎を批判することが全くできなかった。「リベラル」や「小沢信者」のみならず、紙面を挙げて総力で「日本未来の党」を応援した東京新聞も同罪だ。2012年の衆院選で日本未来の党が惨敗したことは本当に良かったと思うが、同時に最悪の安倍晋三独裁政権(第2次安倍晋三内閣)が発足してしまった。

 坂野潤治氏によると、この時に現在の日本の「崩壊の時代」の幕が開けたのだった。
 『kojitakenの日記』に、トランプ米大統領選を制したことに本当に驚いたというコメントをいただいたが、私にとっては「そんなこともあり得るだろうな」という、想定内の結果だった。テレビのニュースでは、「クリントン勝利確実」などとずっと言っていたが、たとえば朝日新聞では、かなり前から「トランプ侮るべからず」という記者の指摘があり、「隠れトランプ」も選挙戦前に指摘していた。

いや、朝日だけではない。スポーツ紙の記事でも、たとえば日刊スポーツも(朝日系の新聞だが)11月8日の紙面に下記記事を掲載していた。以下引用する。

やっぱりヒラリー氏優勢も「隠れトランプ票」がカギ
[2016年11月8日9時34分 紙面から]

 米大統領選は日本時間のあす9日、いよいよ投開票される。民主党のヒラリー・クリントン元国務長官(69)と共和党のドナルド・トランプ氏(70)が最終盤まで大接戦となり、米メディアも情勢を見通せない中で、最後に勝負の鍵を握るのは、「隠れトランプ票」になるとみられる。

 最終盤の大接戦の要因になったクリントン氏の私用メール問題で、再捜査を行っていた連邦捜査局(FBI)のコミー長官は6日、従来の方針通り、訴追しない方針を表明。クリントン氏の支持率は、FBIの再捜査着手後に急落し、トランプ氏に逆転された調査もあったが、6日の主な世論調査は、クリントン氏が4ポイント前後リード。政治専門サイト「リアル・クリア・ポリティクス」集計の平均支持率は、6日時点でクリントン氏が1・8ポイント上回り前日よりやや差を広げた。

 しかし、米国民には世論調査にトランプ氏支持を明言しない「隠れトランプ票」が、一定の割合で存在するとされる。トランプ氏は、FBIの訴追見送りに関し、ミネソタ州の演説で「クリントン氏は不正な制度に守られている」と批判。逃げ切りを狙うクリントン氏に対し「歴史的大逆転」への望みを捨ててはいない。

(日刊スポーツより)


 要するに、本当はトランプ支持なのだがそれを公言できない人たちが多くいて、彼らが大統領選のメディア予想を覆した。アメリカのメディアは民主党支持系ばかりか共和党支持系の保守系メディアまでも、トランプ不支持を打ち出していたから、そんなメディアの調査に本音など答えられない、という心理があったに違いない。

 だからトランプ当選は大いにあり得ると思ったのだが、日本では藤原帰一だのの「権威ある」(?)論客がトランプ当選間違いなしと断言し、それがテレビの電波に乗ったりしたため、クリントン勝利を信じて疑わない視聴者が続出したのだろう。

 さらに私は、トランプが勝ったら日本の「リベラル」の一部、特に「小沢信者」系やそれに親和性を持つ人たちが喜ぶだろうなと予想していたが、それも予想通りだった。

 ヒラリー・クリントンの敗因が、手のつけられないほど格差が拡大したアメリカにおいてかつてなく「反エスタブリッシュメント」感情が高まったことにあることは誰もが指摘することだが、それをトランプが解決することなどあり得ない。

 それは、トランプが取り入ったのが没落した白人労働者層であることからも明らかだろう。トランプは白人労働者層を救済するために「強いアメリカをトリモロス」と言う。その手段として、移民や国内のマイノリティを排除する。アメリカ社会の分断をさらに強めるだけになるのは目に見えている。

 9月9日付朝日新聞に翻訳が掲載された、ポール・クルーグマンのニューヨークタイムスのコラムによると、トランプというより共和党は鉛汚染の対策に消極的であり、鉛汚染対策に積極的なクリントン(民主党)の政策とは正反対であって、それがトランプや共和党が企業の要望に添った政策をとるためだとのことだ。そんな政治家、そんな政党の政権がまともな政策をやるはずがないのは当たり前だろう。

 クルーグマンはさらに先月、ハフィントンポストのインタビューに答えてトランプを痛烈に批判していた。

ポール・クルーグマンがトランプ氏批判「優れたビジネスマンは、マクロ経済の知識ない」
The Huffington Post | 執筆者: Alexander C. Kaufman

投稿日: 2016年10月15日 16時58分 JST 更新: 2016年10月15日 17時02分 JST

アメリカ大統領選の共和党候補ドナルド・トランプ氏が支持されるのは、誇張する形で自由貿易に反対する彼が、アメリカ国内の雇用市場を改善してくれるのではという期待につながっているからだ、という分析がある。しかし、ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏はこうした分析を一刀両断する。

クルーグマン氏によると、トランプ氏は、経済的な困難を移民や有色人種のせいにする、白人低所得者層の人種的な緊張感を利用しているのだという。

「経済的不安は、誰がトランプ支持者かを見分ける最良の指標ではない」と、クルーグマン氏は8月にブルームバーグTVのインタビューで答えている。「人種的対立が、トランプ支持者を見分ける格好の目印だ」

リアリティ番組のスターだったトランプ氏は、自身が「労働者階級の大資産家」であり、そのファシスト的なスタイルと、これまでの伝統的な大統領のあり方を否定することで、自身が一般大衆の声を代弁することになる、とぶちあげている。ここ何十年かで雇用が海外に流出し、苦しんでいる工場労働者たちを守ると、彼は誓っている。不景気にあえぐ鉱山業界の雇用を促進するため、最も環境汚染度が高い化石燃料である石炭への制約を減らすとも明言している。

トランプ氏はFoxテレビの番組の「Foxビジネス」で、民主党候補のヒラリー・クリントン氏が公約に掲げた「アメリカ全土で老朽化したインフラの再建費2750億ドル」を「少なくとも倍増させる」と語っている。この公約は、政府歳出を抑えるという共和党正統派の理念とは決別することを宣言したものだ。クルーグマン氏は、マイナス実質金利が政府の借入を利益事業にしている現実があるのにもかかわらず、トランプ氏の公約の実現性に疑問を呈した。

「彼は、『インフラのために借入するべきだ』と誰かが言ったのを聞いていた。そこでテレビ番組に出て、『それが今やるべきことだ』と言っている」と、クルーグマンは言った。

資産と派手な不動産業界での経歴を誇示するトランプ氏は(両方とも父親からの相続だ)、ほとんどの職歴が公的機関であるクリントンよりも、自分の方が優秀な経済のマネジャーになるのは当たり前だと主張している。

「私たちは、ビジネスでの経験が経済政策を回していくのに重要だ、という錯覚を持っている。しかしそれらは、全くの別物だ」と、クルーグマン氏は述べた。「優れたビジネスマンは一般的に、マクロ経済学について何の知識もない」

トランプは、環太平洋連携協定(TPP)や北米自由貿易協定(NAFTA)といった国際貿易協定を廃止し、メキシコと中国からの輸入品に巨額の関税を課すと公約しているが、それは貿易紛争の火種となりかねない。ムーディーズ・アナリスティクスの報告書によると、1100万人の不法移民を強制退去させ、効果が疑わしい巨大な壁をアメリカ・メキシコ国境に建設するという公約にかかる支出を合算すると、トランプ氏の経済政策はアメリカに大恐慌以来の長期的な不況をもたらす可能性がある。

「彼の中国バッシング、そして『中国の貿易商品がアメリカ経済停滞の原因なのだ』という考えは間違いだ」とクルーグマン氏は言う。「今まさに進行しているのは、何十年にもわたって共和党への投票を促してきた、こうした隠れた本音が、表面化してきているだけだと思われる」

実際に、トランプ氏が大統領選の候補者となったことで、白人優位主義、反ユダヤ主義など、政治のメインストリームでは長らくタブー視されてきた声を増幅させた。白人優位主義の差別団体「クー・クラックス・クラン」(KKK)の元指導者デビッド・デューク氏は、トランプ氏支持を表明した後、アメリカ上院のルイジアナ選挙区に自ら立候補すると発表した。トランプファンとおぼしき集団が、ユダヤ人ジャーナリストに対してサイバー攻撃を企て、伝統的なユダヤ人の名字を持つ人たちを判別し、嫌がらせの対象にしやすいようにするGoogle Chromeの拡張機能を開発するまでに至っている。トランプ氏が長年にわたって女性に対し非常に下品な発言を繰り返していたことは、2015年に初めて明るみに出た。Foxニュースの司会者ミーガン・ケリー氏が、予備選討論会の序盤で彼に答えづらい質問を浴びせたのは、「彼女が生理中だったからだ」と、トランプは発言している。

有色人種、宗教的マイノリティ、女性を侮辱するコメントは数え切れないほどあるのに、トランプ氏は自身が人種差別主義者でも、ミソジニスト(女性嫌悪)でもないと主張しており、メディアは経歴のあら捜しをすることに執着していると攻撃している。

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ハフポストUS版編注:ドナルド・トランプ氏は世界に16億人いるイスラム教徒をアメリカから締め出すと繰り返し発言してきた、嘘ばかりつき、極度に外国人を嫌い、人種差別主義者、ミソジニスト(女性蔑視の人たち)、バーサー(オバマ大統領の出生地はアメリカではないと主張する人たち)として知られる人物である。

(ハフィントンポストより)


 いやはや、アメリカという国はとんでもない男を次期大統領に選んでしまった。

 私には、トランプという男は日本にもとんでもない災厄をもたらすとしか思えない。それを「クリントンよりはマシ」とする日本の「リベラル」(特に「小沢信者」系)は、いつものことながら「なんて浅はかなのか」と呆れるほかない。そんな人たちが、鳥越俊太郎に投票するくらいなら小池百合子の方がマシだ、などと言っていたのだろう。

 そう、東京都知事選で小池百合子に投票した人たちには、トランプに投票したアメリカ人を笑う資格はないと思う。今回の大統領選は、消去法でいえば「鼻をつまんでクリントン」しかなかったと、ヒラリー・クリントンに好感など全然持たない私は思ったのだった。

 絶対に間違いないことは、「反エスタブリッシュメント」の有権者の心情から生まれたトランプが、アメリカ社会の格差をさらに増すことだ。それは、トランプが反エスタブリッシュメント層の一部に過ぎない白人労働者層にウケの良いことしか言ってこなかったことからも明らかだが、トランプはその白人労働者層を救済することさえ絶対にできないと私は確信している。そんな男をなぜ日本の括弧付き「リベラル」たちは「クリントンよりマシ」などと、クリントンとの比較という限定つきとはいえ「歓迎」するのだろうか。開いた口がふさがらない。

 最後に、トランプが大統領になったところで安倍晋三は何も困らないだろうとも指摘しておく。TPPは頓挫するだろうが、かつて自民党が野党時代に稲田朋美が「反TPPの急先鋒」であったことからも明らかなように、自民党の極右政治家たちにとってTPPに力を入れる契機はもともとなかった。自動車産業などの日本の財界からの強い要望で、国会で強行採決ほどの強硬さで推進していたに過ぎなかった。なお、TPPの発効が絶望的になってからも国会で関連法案を無理矢理に通す姿からは、政治を決める最大の力は惰性だという確信をさらに強める喜劇だった。

 安倍晋三最大の野望である「憲法改正」は、トランプの大統領就任によって、クリントン政権が誕生した場合と比較して格段にやりやすくなった。普天間基地の辺野古移設問題に関しても、トランプは反基地派・反安倍政権派の期待するような動きなど間違ってもしてくれないし、いわゆる「思いやり予算」増額の要求を、安倍晋三は易々と受け入れてしまうだろう。

 それで安倍政権の支持率が下がればまだ良いのだが、そんなことさえ期待できないのが今の日本だと思うと、暗さは増すばかりの今日この頃なのである。
 このところ、ずっと不愉快なニュースばかりが続いている。今回の記事は、当初先週の月曜日(24日)に公開する予定で書き始めたが、早々に文章に行き詰まってしまった。それを書き直したのがこの記事。

 最近、記事を書く(打つ)指の動きが鈍る大きな理由の一つが小池百合子であって、世の「リベラル」の多く、橋下徹にはなびかなかった者までもが小池百合子になびく風潮を見ていると、気持ちが鬱々としてくる。

 また蓮舫・野田佳彦の体制となった民進党の問題もある。安倍政権の経済政策は問題を多く抱え、成果も安倍晋三が政権再交代時に思い描いたようには上がっていないと思われるが、それでも国政選挙の度に有権者が自民党を選ぶ大きな理由の一つが、民進党の経済政策が安倍政権のそれと比べてさえもずっと劣るところにある。緊縮・財政再建志向の強い蓮舫と野田佳彦では、今後も民進党に多くを期待することはできない。

 また「野党共闘」の問題もある。現在は(小沢一郎が剛腕を発揮して成立させた)小選挙区制のおかげもあって、安倍晋三の自民党が異様なまでに選挙で勝ち続けているので、はっきり言って政策に大きな開きがある民進党と共産党を軸とした「野党共闘」には止むを得ない面もあるが、私が憂鬱さを感じるのは、野党共闘をしているのだからと言って、民進党への批判を「自民党を利するだけ」などと言って封じる風潮があることだ。

 安倍晋三の「一強」、すなわち独裁体制は強まる一方であって、総裁任期の延長も決まった。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS26H2A_W6A021C1000000/

自民、総裁任期「3期9年」を決定

 自民党は26日午後の党・政治制度改革実行本部の全体会議で、党総裁任期をいまの「連続2期6年」から「連続3期9年」に延長する案を決定した。党の意思決定機関の総務会で年内に了承する見込みで、2017年3月の党大会で党則を改正する。

 本部長の高村正彦副総裁が同会議で連続3期9年への変更を提案。「今まで任期を少しずつ延ばしてきた経緯もある。一般党員、国民から理解されやすいという意味で、連続3期までと変えるのが役員会の結論だ」と述べた。出席者によると、任期延長に関する反対論は出なかった。同本部の役員会では任期延長に関し「連続3期9年」と「制限の撤廃」の2案を検討してきた。

 いまの党則は連続3選を禁じている。12年9月に総裁に返り咲いた安倍晋三首相は15年9月に再選され、18年9月に2期目が満了する。党則改正を経て次期総裁選に勝利すれば、21年9月までの長期政権が視野に入る。憲法改正や外交課題に腰を据えて取り組みやすくなる。

(日本経済新聞 2016/10/26 13:49)


 安倍晋三の任期延長は、二階俊博と高村正彦が主導したようだが、なぜこの2人の政治家がそのような動きをするのかについては、党内外の情勢がそうさせているとしか言いようがない。自転車に乗っていて大怪我をして以来音沙汰のない谷垣禎一は、自民党が下野していた頃の自民党総裁だったが、あの悪名高い自民党の第2次憲法改正草案がまとめられたのは谷垣総裁時代だ。

 安倍晋三のような政治家が長期政権を保っているのは、日本国民の比較多数の求めているものと、私にはおぞましいものとしか思われない安倍政権の政策がそれなりに合致しているからだろう。日本全体で見ればそういうことがいえるが、少し狭く、東京や大阪に限定すると、東京では小池百合子、大阪では大阪維新の会(国政政党は日本維新の会)の支持が圧倒的だ。大雑把にいえば、日本全体では国家社会主義志向の強い安倍晋三が求められ、東京や大阪では思想的には小泉純一郎の流れを汲む新自由主義志向の強い小池百合子や大阪維新の会が求められているとみられる。

 言ってみれば、現在の日本は「不健全な膠着状態」に陥りつつあるといえる。一方、同じアジアでもフィリピンでは「アメリカとの訣別」をブチ上げる大統領・ドゥテルテが国民の圧倒的支持を得ているし、韓国では大統領・朴槿恵が民間人の崔順実(チェ・スンシル)氏に機密文書を渡した問題で、朴の辞任を求める大規模なデモが起きるなどしている。

 かつて「手かざし」で知られる怪しげな新興宗教とのかかわりが指摘された安倍晋三(鳩山由紀夫にも同様の疑惑があった)なども、叩けば埃の出る人間なのではないかという気もするが、それはともかく、これからあと5年も総理大臣を続けようという安倍晋三がそこまで権力の座に執念を燃やすのは、いうまでもなく「憲法改正」という究極の目標があるからだろう。

 だが、権力者の野望(権力の座のあるのに「『野』望」というのも変な言い方かもしれないが)と国民のニーズとのギャップが広がると、その摩擦は政治も社会も不安定にする。もちろん今は安倍晋三が強大な権力を持っているから、あと5年もかけて無理矢理「憲法改正」を実現させてしまう可能性は小さくないが、いったんそんな状態になってしまえば、そこから日本を立ち直らせるには気の遠くなるような労力と時間がかかるに違いない。もちろん私の目の黒いうちにその「再建」を見届けることなどできない。

 また、安倍晋三自身が今後あと5年以内にクラッシュする可能性も少なくなく、私はそちらになってほしいと思う。仮にクラッシュしたとして、その時に安倍晋三が受けるダメージは、2007年に総理大臣を投げ出した時よりも大きくなるだろうが、そうなったとしても自ら選んだ道なのだから何ら同情には値しない。

 安倍晋三が日本をクラッシュさせるくらいなら、安倍晋三自身が政治的にクラッシュした方がよほどマシであることはいうまでもない。ただ、そこに至る道筋が全く見えず五里霧中だから、昨今は記事を書く気力も萎えるのである。
 やっとこのブログを更新する。一度中3週間をやってしまうとそれがクセになるというわけではなく、年々ひどくなる神経疲れのせいだ。このブログや『kojitakenの日記』について、民進党を支持しろと強要する人とか、あんなことばかり書くな、もっと書くことはたくさんあるだろなどとちょっかいを入れてくる人たちがいるが、私の言いたいことはただ一つ。あんた自身がブログを開設して記事を書け。それだけだ。

 上記2人のうち前者の人間は、この間「私(コメンテーター氏)にどうしてほしいんだ」という意味のことを(『kojitakenの日記』の方にだが)書いてきたけれど、私が要求したいのは「お前の意見を私に押しつけてくれるな」というたったそれだけだ。彼らについては、今後のコメントによってはコメント禁止処分にさせていただく可能性がある。私のコメント禁止処分の基準の一つとして、議論に何の足しにもならないことが挙げられる。前記2人のコメンターは既にこの条件を満たしているが、基準はこれだけではないので今のところまだコメント禁止処分はとっていない(もちろん前述の通り、今後はこの限りではない)。

 そもそも、意見の合わない人間(しかも自他ともに狷介と認める私のような人間)に自分の意見を押しつけるより、ブログを開設して自分の意見を発信する方がよほど簡単ではないかと私は思うのだが、なぜ他人を自分の思う通りに動かしたいのだろうか。自分を何様だと思っているんだ、と、その身勝手さに呆れ返るばかりだ。書くべきことはあれもある、これもあるというのなら、自分のブログに書けば良いのである。それが人々の心を捉える内容なら、このブログのような日に300件程度(更新する日にはそれよりは少しばかり多くなるが)しかアクセス数のないブログの比ではない、多くのアクセス数を獲得できるはずだ。

 前振りは以上。今回は来年早々にも予想される衆院選で、野党は何を主張すべきかというのがテーマ。

 このブログのコメント常連である杉山真大さんがご推奨の、松尾匡著『この経済政策が民主主義を救う - 安倍政権に勝てる対案』(大月書店,2016)を一昨日から昨日にかけてやっと読んだ。買ってから半年ほど経つと思う。同じ日に買った『スティグリッツ教授の「新しい世界経済」の教科書』(徳間書店,2016)とともに「積ん読」になっていた。本は月に9冊か10冊のペースで読むが(松尾氏の本が今年91冊目に読み終えた本)、今年はあまり、というかほとんど経済の本を読まなかった。関心の中心が戦争に向いていたためだ。あと小説やらエッセイを読むことが多く、先週からこの3連休にかけて、松本清張の小説2冊と村上春樹の小説とエッセイ各1冊を読み終えた。そういうトレンドだったのが、急に「積ん読」にしていた松尾氏の本を読む気になったのは、『kojitakenの日記』に「新自由主義や『小さな政府』の元凶としての『保守本流』池田勇人」と題した記事(左記に加えて、続編の記事が2件ある)を書いたのがきっかけだ。そのまたきっかけは、リンク先の記事に書いた通り、井手英策・佐藤優・前原誠司の3人の共著『分断社会ニッポン』(朝日新書,2016)に書かれている、井手英策による池田勇人批判だった。

 周知のように、現在、田中角栄が大変なブームだ。石原慎太郎がブームに便乗して『天才』なる「小説」(本屋でペラペラと頁をめくってみたが、おそろしく内容がスカスカであるように思われた)を書いて今年前半の「ベストセラー」とやらになったらしい。その角栄ブームが安倍政権の高支持率の追い風になっていると指摘したのはさとうしゅういち氏の『広島瀬戸内新聞ニュース』だった。その指摘に最初に接した時、田中角栄と安倍晋三では方向性が全く違うじゃないかと思ったが、よくよく考えてみると、確かに追い風になっている。それは、たとえば緊縮財政志向のきわめて強い土井丈朗(慶応大経済学部教授)が「田中角栄を想起させる安倍首相の『財政出動』 『日本列島改造論』が遺した禍根を思い出せ」(東洋経済オンライン,2016年7月25日)なる文章を書いていることからもわかる。悪名高い新自由主義の学者である土井丈朗は、安倍政権の積極財政政策を田中角栄のそれと比較して批判している。世間の人々が田中角栄時代の古き良き時代の自民党政治を懐かしむことが、土井丈朗に代表されるネオリベ人士を切歯扼腕させている。

 そんなところに井手英策の池田勇人批判を目にしたものだから、「保守本流」の経済政策を批判しようとの狙いで書いたのが、『kojitakenの日記』の記事だ。

 それとは別に、安倍政権の経済政策を直接批判する必要がある。但し、第1次安倍内閣の時には威力を発揮した、新自由主義政策に対する批判は、現在では十分に有効でないことに留意する必要がある。実は、「コイズミカイカク」に親和的な「ジャーナリスト」(括弧付き)であると思われる元朝日新聞記者・現TBS『NEWS23』アンカーの星浩は、2006年、つまり第1次安倍内閣時代の年末の朝日新聞記者による鼎談で、安倍晋三の本音は「反小泉」だろうと看破している。当時、いつも冴えない記事ばかり書く星にしては鋭い指摘だと思ったが、当時の安倍には「小泉純一郎の後継者」の制約が重かった。たとえば、小泉の新自由主義政策を継承して「ホワイトカラー・エグゼンプション」を打ち出した途端に、マスコミや世論の強い批判を浴びていきなり内閣支持率が急降下したことがある(もっとも安倍は今でもこの政策を全く諦めていないが)。それは2006年の11月頃のことだった。同じ新自由主義政策でも、小泉がやると拍手喝采され、安倍がやると批判される。そういう風潮が当時はあった。安倍内閣の支持率は面白いように急降下を続け、翌2007年の参院選に自民党は惨敗し、安倍は退陣に追い込まれた。当時、「安倍に新自由主義という尻尾がついていたことは、安倍を批判する側としてはラッキーだった」と論評した方がおられて、私はその意見に同感だった。安倍は国家主義ではなく新自由主義で躓いた。あの危険な国家主義が、それへの直接的な批判ではなく、安倍があまり関心を持っていなかったであろう経済政策でこけたことは、反安倍の側にとっては僥倖以外の何物でもなかった。

 その失敗を繰り返すまいとして、第2次安倍内閣発足とともに安倍政権が打ち出したのが、「第一の矢」である「大胆な金融緩和」、「第二の矢」である「機動的な財政政策」、「第三の矢」である「民間投資を喚起する成長戦略」だった(現在はこの中身は変わっている。上記は第2次安倍内閣発足当時のもの)。私がその著書を「積ん読」にしているジョセフ・スティグリッツやポール・クルーグマン、アマルティア・センら世界のリベラル派の経済学者が手放しで支持しているのはこれらのうち「第一の矢」の金融緩和だけであって、「第二の矢」の積極財政は、政府支出の使い道が問題であって、もっと格差縮小や教育に重点を置くべきとの意見が多く、「第三の矢」の成長戦略、これは具体的には規制緩和や法人税減税などを指すのだが、これらの新自由主義政策はむしろ有害であると学者たちは言っている、というのが松尾氏の指摘だ。

 実はこのあたりは従来から聞きかじっていたことと同じで、全く意外感はなかった。心強かったのは、松尾氏が「『アベノミクス』と言うな!」と書いていることだ(226頁)。私もこのことは2013年当時から言い続けている。引用やこの用語自体に対する批判を別にして私がこの言葉を使ったのは、第2次安倍内閣発足直後だけだ(もっとも、この制約を自らに課す前に、その言葉を使ったのみならず記事のタイトルにしてしまった痛恨の記事がこのブログに1件あるはずだが)。松尾氏は、「安倍政権に反対する者までが、安倍さんと一緒になって『アベノミクス』という呼び方を使っているのは、危険なことだと思います」(226頁)と書いている。その理由は、「いざ景気がよくなったときに安倍さんの手柄にされる」(同)からであり、「雇用流動化などの『第三の矢』の政策は、景気の足を引っ張ることしかしていないのに、『アベノミクス』などと呼んでいっしょくたにすると、この『第三の矢』のおかげで景気がよくなったと受け取られてしまいます」(227頁)とする。この最後の文章は非常に説得的で、安倍批判側が「アベノミクス」という言葉を使うことがいかに危険かを改めて思い知らされる。そして手前味噌だが、第2次安倍内閣発足からさほど間のない時期から「アベノミクス」という言葉を使うなと主張し続けてきたことはやはり正しかったと思った。これを言うと反対されることが多いのだが、私は、浜矩子が安倍政権の経済政策を「アホノミクス」と呼んでいることもまた、安倍政権の経済政策の宣伝以外の何物でもないと考えている。

 松尾氏は、スペインのポデモスもイギリス労働党のジェレミー・コービンも大胆な金融緩和を主張し、アメリカ民主党のバーニー・サンダース(残念ながらヒラリー・クリントンに負けてしまったけれども)は大規模な財政支出を公約した、それなのに…と書くが、その意味でどうしようもないのは、先の民進党代表選で圧勝した蓮舫が、3人の候補(いずれも民進党内保守派だ)のうちもっとも緊縮財政志向の強い政治家であり、しかもあろうことか幹事長に野田佳彦を選んでしまったことだろう。野田の経済政策は、安倍晋三と比較しても経済軸上の「右」側に位置する。この状態では、2006〜07年にかけて威力を発揮した、安倍政権の新自由主義的経済政策への批判は効果を持たないどころか、ブーメランとなって民進党を直撃する。安倍政権より緊縮志向が圧倒的に強い野田の経済政策では、民進党の票は、いくら「野党共闘」に助けられたところで自民党候補に勝つほどには伸びないだろう。その意味で、野田を幹事長に据えた蓮舫の人事は「敗着」になりかねない大失敗だったと言わざるを得ない。

 加えて、全く好ましくないと私が思うのは、「野党共闘」(これは次の衆院選でも行われるだろう。民進党は他党の助けを借りずに候補を当選させられるだけの力を既に失っているからだ)が進んで以来、民進党を批判しようとすると、「民進党批判をして何になる。安倍晋三(安倍政権)や自民党を助けるだけだ」と言う人間が表れて、批判が封じられてしまう風潮が出始めていることだ。民進党に対する批判者を「逆張り冷笑系」などと決めつける、この記事の前振りの部分で言及したコメンテーターのような人間は、そういう風潮に乗って現れたと私はみている。

 ついでに、近々自らの属する政党の名前を変更するらしい小沢一郎絡みの話をしておくと、松尾匡氏は「(鳩山政権時代の)民主党政権は、もともと『事業仕分け』に見られるような緊縮志向があって、リーマン恐慌後のですけど、それでも当初は、高校授業料の無償化や子ども手当など、人々の暮らしのためにお金を使う姿勢を見せていたからこそ、選挙に勝てたのです」(75頁)と言い、それが財源の問題や(菅直人が言い出して野田佳彦が三党合意にこぎ着けた)消費税増税などによって人々の期待を裏切ったと指摘したあと、ところが、「日本未来の党」なり「緑の党」なりといったその後の対案は、人々の望みとは逆に、おカネの使い方をつつましくする志向をますますおしすすめてしまい、人々から見放されてしまったというわけです。そしてその行き着く先を演じたのが、(2014年の東京都知事選で惨敗した)細川・小泉コンビだったと言えるでしょう」(75-76頁)と批判している。妥当そのものの批判だと私は思った。「日本未来の党」を立ち上げる少し前の2012年夏頃まで、小沢一郎の口癖は「私の考えは橋下市長と同じだ」というものだった。それ以前の2010年頃には名古屋市長の河村たかしが立ち上げた「減税日本」とつるんでいたし、小沢一郎は一貫した新自由主義政治家だったと総括できる。わずかに菅直人や野田佳彦らが走った消費税増税路線に反対しただけの差でしかない(もっとも2006年頃までの小沢一郎は強硬な消費税率引き上げ論者だった=当時も日本経済は全然良くなかったにもかかわらず)。小沢の金看板かとも思われた「国民の生活が第一」さえ小沢はいとも簡単に捨て、ついに保守の支持層をトリモロスべく、党名を「自由党」に変更するらしい。

 結局、小沢一郎にせよ菅直人にせよ野田佳彦にせよ、民主党(現民進党)とは「ムダの削減」という掛け声に象徴される緊縮志向の政党であり、それが人々に夢を与えた高校無償化や(稲田朋美が防衛費に振り替えてしまえと暴言を吐いた)子ども手当といった財政支出を必要とする政策と齟齬を来たし(そのギャップは当初「埋蔵金」によって賄われるとの触れ込みだった)、その結果崩壊したといえる。要するに民主党政権は明らかな経済失政を行った。

 ところが、それが総括されるどころか、3代の民主党総理大臣の中でももっとも緊縮財政志向の強かった野田佳彦が民進党幹事長に返り咲き、「野党共闘」が行われているばかりに、そんな民進党に対する批判が半ば封じられたような状態になっている。

 こんな馬鹿な話があって良いはずがない。野党第一党がこんなていたらくであっては、次の衆院選にはおぞましい結果が待ち受けているとしか私には思えない。「リベラル・左派」の一部に見られる民進党批判を封じるような言説は百害あって一利なしである。そのような批判封じこそ、安倍晋三への何よりも強力な援軍にほかならない。政党に属しているわけでもなく、自由に発言できるはずの一般人同士が言いたいことを言えなくするような風潮に、私は強く反発する。

 民進党が今のままでは、安倍晋三の天下は当分続くという以外の予想はできない。その民進党が蓮舫代表を選び、蓮舫が野田佳彦を幹事長に任命してしまったために、事態はますます悪くなった。

 松尾匡氏が提言するのは、野党は大規模な金融緩和でつくりだしたお金を、安倍政権のような旧来型の公共事業ではなく、福祉・医療などに積極的に使え、規制緩和などの新自由主義的経済政策である旧「第三の矢」の成長戦略は不要、消費増税や法人税減税はやるな、というものだ。これは、経済学の世界における松尾氏の立場(数理マルクス経済学だっけ?)はともかく、オーソドックスそのもののリベラル派の主張だと思うが、民進党だの朝日新聞だのの主張とは全く違う。朝日新聞は何かと言えば消費増税をやれと言い、財政規律ガー、と言って金融緩和を目の敵にして、(ネオリベ政策そのもののである)「第三の矢」が欠けている、等の救い難い主張を繰り返す。その朝日が2011〜12年当時に熱心に応援していたのが野田佳彦だ(朝日の幹部記者では、特に星浩あたりが熱心だったと記憶する)。野田佳彦は大平正芳を尊敬していると言うし、朝日新聞記者の「保守本流びいき」は昔からの伝統だ。だが、「保守本流」の悪い面、つまり昔からの「小さな政府」志向が、それを継承する今の日本の「リベラル保守」だか「保守リベラル」だか知らないが、そういう政治勢力の中で(好ましくない方向への)ガラパゴス的な進化を遂げてしまい、その結果「リベラル」が小泉構造改革を応援したり、今で言えば小池百合子に熱心に肩入れしたりしてしまっている(例えば、「国民の生活が第一は人づくりにあり」と題するブログは、このところ「小池都知事誕生は政権交代と同じ」と連呼している。「リベラル」のうち小沢派に属する人たちの新自由主義志向の強さをよく表している)。その弊害の塊が民進党であり、近く自由党に党名を変更するという生活の党と山本太郎となかまたちであるというのが私の認識だ。

 今となっては民進党等を変えることはもはや難しいかも知れないが、それでも言うべきことを言っておかなければならないと思って長い駄文を綴った。