きまぐれな日々

 先週金曜日(25日)に、政府やマスメディアが「働き方改革法案」と呼んでいるいくつかの法案を束ねたものが、衆議院の厚生労働委員会で強行採決の末可決された。これについて、概略を元民主党衆議院議員の小宮山洋子氏がまとめたブログ記事(下記URL)が『BLOGOS』に掲載されていたので、以下に引用する。
http://blogos.com/article/299828/

働き方改革法案 委員会で強行採決

政府、与党が、この国会の最重要法案と位置づける働き方改革関連法案が、先ほど、衆議院厚生労働委員会で採決が行われ、一部修正のうえ、自民・公明・日本維新の会の賛成多数で可決されました。

この法案は、何回も指摘しているように、規制強化と規制緩和のいくつもの法案をひとつにまとめたもので、これは分けて十分な審議をすべきものです。

委員会採決について、立憲民主党、国民民主党、共産党は、厚生労働省が平成25年に行った労働時間の調査結果の一部に誤りの可能性が高いものが確認されたことなどから、「審議は不十分で、採決には応じられない」と主張し、昨日25日に審議、採決を、という与党側と折り合いませんでした。

このため自民党の高鳥委員長が25日に委員会を開いて、法案の質疑採決を行うことを職権で決めました。

野党側は加藤厚労相の不信任決議案を提出しましたが、本会議で否決され、委員会採決となりました。

働き方を改革することは、超少子高齢社会で働き手が少なくなっていくことからも喫緊の課題です。

方向性としては、男女を問わず、人間らしく働ける、心身ともに健康で能力を発揮できる環境整備のはずです。ところが、同一労働同一賃金も実効性が疑われるもので、長時間労働の規制も過労死の限度時間を上限とするなど、働く側にとっては不十分なものです。

一方で、経営者が強く望んだ高度プロフェッショナル制度は、過労死の危険が増すという、労働組合や過労死家族の会など多くの反対を押し切って導入されることになってしまいます。

この高プロ制度というのは、対象者は専門的で高度な知識などが必要な職種で、新たな契約によって全労働者の平均の3倍(1057万円)の年収が見込まれる人たちです。

それなら関係ないと安心してはいられないのは、経団連などが、すでに年収要件の引き下げを求めているからです。

派遣労働のように、一度堰を切ったら、どんどん広げられる恐れがあります。

問題なのは、経営者が法に基づいて労働者を長時間労働させることが可能になることです。

経営者は「年間104日」かつ「4週で4日」以上の休日を確保すれば、1日何時間でも働かせることができることになります。

必要と考える労働者がどれ位いるのか、厚労省は12人の研究者などからしかヒアリングをしていません。

日本維新の会が、高プロで働く本人が制度適用への同意をした後に撤回できる規定などを設ける修正案を出し、そうなりましたが、経営者と労働者の力関係があり、このことで改善されるとは思えません。

安倍首相は、面会を求める過労死家族の会のメンバーとの面会を断りました。

都合の悪い人たちとは会わず、お友達とは秘密裡に会う、ということなのでしょうか。

この法案では、働き方改革ではなく、働かせ方改革になってしまいます。

参議院で、さらに審議を尽くしてもらいたいと思います。

(『BLOGOS』掲載記事 小宮山洋子 2018年05月26日 08:23)


 少し前に厚労省のデータの誤りが発覚して、本来この「働かせ方改革法案」に盛り込もうと安倍政権が狙っていた「裁量労働制」に関する法案の提出断念に追い込まれたが、その裁量労働制と同じ問題をはらんでいる上、裁量労働制よりさらに悪質な「高度プロフェッショナル制度」を定めた法案が、政権の狙い通り衆議院の委員会を、強行採決の形をとったとはいえ私の目には簡単に通ってしまったように見えた。

 私自身について書くと、四半世紀前の1993年に短期間裁量労働制下で働いたことがある。その後ほどなくして、残業代のもらえない身分になった(私が当時勤務していた企業では、係長級以上になると残業手当がつかなかった)。しかしその企業のうち一部の部署には長時間労働の悪弊があり、私が属していた部署もそうだった。そして私自身あわや過労死の病気を患った経験があるし、その数年後には単身赴任者が月200時間以上もの時間外労働を強いられて脳内出血で倒れてしまった事例にも遭遇した(この時、彼の上司は「事情により出向元の関連会社に戻ってもらうことになりました」とだけ言って真相を社員から隠した)。また、その後転職して働いた企業では、小泉純一郎政権時代の2004年に製造業にも解禁された派遣労働者を部下に持って、全国から職を求めて集まってくる派遣労働者の低賃金が動機となって犯した犯罪行為の実例にも遭遇した。それは、雨宮処凛氏が著書に書いた実例とそっくりのものだった。

 以上の経験を持つ私から見て、下記つしまようへい氏の一連のツイートの指摘は的確そのものだと思ったので、以下に引用する。

https://twitter.com/yohei_tsushima/status/1000364781973393408

1993(平成5)年の裁量労働制に関する国会での議論の読むとかなり興味深い内容。 裁量労働制について、遂行方法の裁量はあるが、業務量の裁量はない場合どうするのかという質問に対して政府が答えている。高プロの議論とよく似ている。ちょっと長いけれどぜひ読んでみて。 http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/126/0340/12604230340009a.html


 以下、1993年4月23日の第126回国会・労働委員会の議事録から引用する。

○石田(祝)委員 安易な拡大をしないということですから、これはどういう形になるのか、ぜひ厳しくやっていただきたいというふうに私は思います。
 それで、この裁量労働制で私は一番大きな問題だと思うのは、要するに、裁量できる範囲というのは、仕事のやり方とか時間を裁量はできるわけですけれども、仕事の量そのものを裁量はできないということだと思います。
 例えば、私が読んだ鼎談というのでしょうか、労働基準法についてのそういう座談会の中でフランスの例を挙げている方がいらっしゃいまして、その中に、その方が企業調査でフランスへ行った、そのときに、フランスの労働省の説明では裁量労働が認められるのはいわゆるガードルという管理職だけと聞いていたけれども、ある研究所に行くと事務員からテクニシャンを含むほとんど半分ぐらいの人が裁量労働の契約を結んでおった、こういうことを知ってびっくりしたという話もあったのです。そしてその中で、裁量労働を結ぶときに条件があった、三つあるということでその方は述べておりましたけれども、一つには本人と必ず書式、書面の契約を結ぶ、それから二番目として、原則として時間の拘束はなくフレックス、これは日本でも同じなようでありますが、そして三番目に仕事の量が適切なものである、こういう三つの条件があったようであります。
 ですから、私は、最初に申し上げましたように、この裁量労働の大きな問題は仕事の量そのものは自分では裁量できない、こういうことではないだろうかと思うのです。企業というものは、例えば一年間でやる仕事の量、これこれの人数の裁量労働のグループはこれこれの量の仕事だ、こういうふうにやっておっても、年度の途中でも仕事が入ってくる。こういう仕事をぜひおたくのこの部門でやってもらいたいというふうに来られたら、いや、うちは裁量労働で労使で協定を結んでこの一年間はこういう仕事しかやりません、お引き受けできませんといって断るところはまずないと私は思うのです。ですから、仕事の量が裁量できないということを考えてどういうふうな歯どめをお考えになるのか。これは私は大事な問題ではないかと思いますが、どういう歯どめを考えていらっしゃるのか、お答えをいただきたいと思います。


 赤字ボールドの部分は、前記つしま氏のツイートに引用された画像で赤字ボールドになっていたのに準じたが、そうだ、それこそが裁量労働制の問題点なんだよ、と私も強く思った。そしてそれと同じ問題が高プロにはある。しかも裁量労働制ではまだみなし残業代がついたが(この手当がつくこと自体、経営者が残業を必要とする労働を前提としていることを意味するが)、高プロには残業手当すらない。もちろん深夜業手当もない。

 上記に続くつしま氏の4件のツイートを続けて引用する。

https://twitter.com/yohei_tsushima/status/1000366290295390208
https://twitter.com/yohei_tsushima/status/1000368703458852865
https://twitter.com/yohei_tsushima/status/1000369670988349440
https://twitter.com/yohei_tsushima/status/1000370343549194240

 政府は最初、裁量労働制は裁量で判断できるから大丈夫だと説明する。でも業務量が増えたらどうすればいいのかを繰り返し聞かれて、最終的に政府は、業務量が過大になった場合は、みなし労働時間を見直すか、人員を増やすことが必要になるので、労使協定を見直せばいいと言っている。

 で、それから25年がたってどうなった? みなし労働時間と実労働時間が大きく乖離しても、労使協定が見直される事例はまれだろう。裁量労働制の適用労働者が過労死する事例すらある。このときの政府答弁が想定した仕組みは機能していない。

 みなし労働時間と実労働時間が「●時間」乖離した場合は、裁量労働制の適用除外になるとか、裁量労働制適用労働者に対しても、「時間外労働」の上限規制を設けるなどの規制を設けるべきではないか?

 そして、これ、高プロでも必ず同じことが起きると思う。今政府は「対象労働者の裁量を失わせるような過大な業務を課した場合は制度が適用されない」と説明するが、何が過大な業務なのかの説明はまったくない。

  「過大だったら後から見直せ」だけでは、裁量労働制の二の舞になる。具体的な上限が必要だ。


 本当にその通りだ。

 ところで、今回の「働かせ方改革」法案の審議に関して全く予想もしていなかったことは、裁量労働制の間違ったデータの件ではあれほど批判の論陣を張った野党やマスメディア、それに市井の反安倍政権の人々の抵抗がいたって弱かったことだ。裁量労働制のデータ偽造の際にあれほど注目された上西充子氏が、各紙の報道を比較してそれを批判したツイートを上げても、彼らの反応は鈍かった。朝日新聞や東京新聞が、委員会強行採決の翌日の社会面に取り上げなかったことが、「怒りの温度」のどうしようもない低さを示している。

 11年前に同じ安倍晋三がホワイトカラーエグゼンプションを労働基準法に盛り込もうとした時とは、あまりにも違い過ぎる。これもつしまようへい氏のツイートから引用する。

https://twitter.com/yohei_tsushima/status/1000189039905914880

約10年前、安倍首相がホワイトカラー・エグゼンプションを断念したとき、なんて言ったか。 「現段階で国民の理解が得られているとは思わない。働く人たちの理解がなければうまくいかない」 今回も理解は得られていない。世論調査でも明らか。でも強行採決した 今の政権の強引さを表している。


 当時の状況で思い出されるのは、第1次安倍内閣発足直後から、『週刊現代』と『週刊ポスト』の2誌が競って安倍政権批判を展開し、ホワイトカラーエグゼンプションは「残業ただ働き法案」とあだ名をつけられて徹底的に叩かれた。内閣支持率は急落し、自民党からも労基法「改正」に慎重論が続出して、安倍晋三はあっけなく法案の改正案提出断念に追い込まれたのだった。

 だが今回はそれもない。前回から今回までの間に、2度政権交代があって、そのたびに(つまり民主党への政権交代時も含めて)「官邸主導」が強まり、その結果自民党内から高プロを見送るべきだという反対意見は出なくなった。また世論の反発も弱く、5月に入ってから(連休直後にはよくあることとはいえ)内閣支持率がわずかながら上昇するありさまだった。

 それにも増して違ったのは野党の態度だ。私が一番呆れたのは、今回の「働かせ方改革」法案強行採決の直前に共産党の志位和夫が上げたツイートだった。

https://twitter.com/shiikazuo/status/999598901098246144

「小泉元首相、池田氏にエール」 小泉純一郎元首相からの嬉しいエールです! 今日から開始された新潟県知事選挙! 「原発ゼロ」の声を新潟から発信しよう! 私も2日には応援にうかがいます!


 前述のように、小泉政権時代に派遣労働が製造業に解禁になった。これと、派遣労働の対象を一部限定から原則容認へと変えた1999年(小渕政権時代)の二度の法改正が、派遣労働による貧困を招く元凶となった。

 小泉純一郎は、それにとどまらず竹中平蔵と組んで新自由主義の悪政を敷いた。なんと言っても「格差のどこが悪いんですか」と国会の答弁で言い放った男だ。そんな小泉が新潟県知事で「野党共闘」の候補を応援すると言って狂喜する共産党の委員長。これも11年前には考えられなかった光景だ。

 そして、この志位のツイートに「いいね!」をつけた人間がこの記事を書いている時点で1,345人もいる。どうしようもない。これでは「高プロ」が易々と国会を通るはずだ。

 共産党は、今回の「働かせ方改革」法案の審議に関連して、国民民主党、立憲民主党と競うように労働基準法の改正案を出した。残業時間の上限は月45時間、年間360時間というリーズナブルなものだった。これと比べると立民の案では80時間、国民の案では100時間だが、立民の案だと1日平均4時間、国民の案だと同5時間残業させても合法になってしまう。とうてい労働者の側に立った方改正案とは言い難いものだ。それに比べて共産党の案はもっともすぐれている。

 また、同党の機関紙『しんぶん赤旗』の経済面には、欧米では労働生産性と賃金がセットで上昇しているのに対し、日本では、生産性アップの果実が労働者に還元されておらず、大企業の内部留保と高額の役員報酬に消えてしまっていることを指摘する記事が、それを一目瞭然で示すグラフとともに掲載されたという。これは、共産党系の「カクサン部長」氏のツイート(下記URL)に示されている。
https://twitter.com/kakusanbuchoo/status/999607445126172673

 こうしたせっかくの下部の活動をぶち壊しにしているのが、小泉純一郎の新潟県知事選応援に狂喜し、昨年秋には希望の党設立に小沢一郎が関与したことを不問に付した上、岩手3区で小沢を支援までさせた志位執行部だというほかない。

 これは、土台と上部構造とが合致していない状態にしか私は見えないが、このように土台と乖離した上部構造を守っているのが「民主集中制」なのではないか。強い疑問を感じる。

 もちろん、問題は共産党だけにあるのではない。微温的な労働基準法改正案しか出せなかった立憲民主党や国民民主党なども強く批判されるべきだし、与党でも25年前に裁量労働制についての質問をした「石田(祝)委員」というのは、現在も公明党衆院議員を務める石田祝稔のことではないだろうか(議事録の一番最初にフルネームが記載されている)。その石田は、今後行われる衆院本会議での採決では間違いなく法案に賛成票を投じるはずだ。

 自民党に至ってはもう論外で、委員会採決の時にぴょんぴょん跳び跳ねながら両手を振り上げて議員の規律を促すなど、軽薄に喜んでいた堀内詔子という議員は、希望の党から立候補して落選した小沢一郎系の元衆院議員・木内孝胤のさらに上を行く、究極の超エスタブリッシュメント階級の世襲議員だ。なんと、明治の元勲・大久保利通から数えて6代目の人で、係累や配偶者には歴代のエスタブリッシュメントたちが目白押しだ。山梨の選挙民は、よくこんな人に投票したものだと呆れ返る。

 この堀内詔子のような議員を抱えた「階級政党」たる自民党がゴリ押しした「働かせ方改革」法案によって日本の労働者はますます疲弊し、国力は衰える一方だ。深い絶望感を抱かずにはいられない。
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 連休前に、安倍政権への追及ムードに水を差す野党の合併があった。連合会長・神津里季生の肝煎りで成立した国民民主党(略称・国民党)の発足だ。昨年末以来、民進党が解党するなどいろんな話があったが、結局解散したのは希望の党で、民進党が存続政党となって解散した希望の党の議員を吸収する形で成立した。その過程で、旧希望の党の新党参加希望者を集めた国民党(略称ではなく正式名称、代表は玉木雄一郎)なる政党が1日だけ存在したらしい。これは民進党と合併するための形式的な政党だった。

 この政党からは、一応希望の党創立時の議員(小池百合子の用語法では「チャーターメンバー」)の多くは排除された。だから細野豪志、長島昭久、松原仁、笠浩史らは入っていない。ただ後藤祐一だけは国民民主党(国民党)に入った。まら、創立時の議員ではないが実質的には限りなくそれに近い前原誠司が加わっている。これは、国民党成立に関与した神津里季生自身が前原・小池(・小沢)らとつるんでいた経緯からそうなったものだろうが、前原の厚顔無恥さには開いた口がふさがらない。

 一方、民主党・民進党時代からの大物議員の多くは国民党に参加せず、国民党の成立前に民進党を離党した。岡田克也、野田佳彦、玄葉光一郎らだ。

 特に、岡田克也が不参加を早々に表明したことが大きかった。このことが、希望の中では比較的中道寄りの言動をしていながらどっちつかずだった議員(たとえば香川の小川淳也ら)を不参加へと踏み切らせた。岡田は、一昨年の参院選で「野党共闘」に腐心したものの、敗戦を細野豪志ら当時の民進党右派議員に追及された上、東京都知事選で鳥越俊太郎が小池百合子に歯が立たない情勢が明らかになっていたことから民進党代表を投げ出した経緯があった。その岡田が不参加とあっては、同じ参院選で香川選挙区を共産党に譲るのに骨を折った小川が国民党に加わる気がしなくなったのも当然だ。もちろん、従来から希望の党内で反旗を翻していた大串博志一派も加わらなかった。

 ただ、注記しておきたいのは、岡田克也が貯め込んだ政治資金はそのまま国民党に引き継がれたことだ。想像だが、これで玉木雄一郎が小池百合子によって押しつけられていたとの噂の借金が返済されるのではないか。要するに、昨年の希望の党設立とかいうとんでもない茶番劇において、小池百合子は民進党の金庫から金を盗んだも同然だったと思う。私は昨年8月2日の時点で、極右の小池がリベラル派候補の「排除」をやらかすだろうと予想したことを誇りにしているが、それだけに希望の党設立劇に踊った国会議員やマスコミ人や市井の人々(たとえば小池と民進党との連携にワクワクしたブロガー氏ら)を今も許せない思いだ。

 案の定、国民党の結成は安倍政権に大いなる「追い風」となった。たとえば、憎たらしい記事を多く書くことから私が目の敵にしている右派のフリーランスのジャーナリスト・安積明子が書いた「『安倍3選』に向け吹き始めた"追い風"の正体 - 永田町の風向きは急速に変わりつつある」(下記URL)を参照されたい。
https://toyokeizai.net/articles/-/220549

 以下、安積の記事をかいつまんで紹介する。国民民主党の成立により、参議院においては最大会派の「自由民主党・こころ」が125議席、次いで「公明党」25議席、「国民民主党・新緑風会」(以下民主)24議席、「立憲民主党・民友会」(以下立憲)23議席となった。以下、安積の記事から引用する。

 これによって参議院内では激震が起きている。民進党は4つの常任委員会委員長のポストを保有していたが、これをどのように分けるかについて5月9日の議院運営委員会で争いがあったのだ。この日の参議院本会議の開始が遅れたのは、それが原因でもある。

 何が問題になったのか。

 立憲は内閣委員長を含む4委員長のポストを民主と分け合うつもりでいた。会期が変わると委員長ポストも変更になるが、今回は会期の最中の変更であり、最小限にすませるべきだと考えていた。

 内閣委員会はIR実施法案や国家戦略特区制度など、安倍政権が推し進める成長戦略の重要案件を管轄する。委員長には決裁権があり、ここを野党側が押さえておこうともくろんでいた。

 ところが自民党は“原則”に従って「大会派順の選択」を主張。これが与野党の筆頭間(すなわち自民党・こころと民主)ですんなり合意されたため、立憲が議院運営委員会に参加しようとした時は、もはや決定事項になっていたという。

 内閣委員会の理事の構成も、自民党から2名、公明党から1名、そして民主から1名という構成だ。「これでは法案を止めようがない」と、立憲関係者は嘆く。「参議院は衆議院から送られてきた法案をより客観的に冷静に審議すべきところだが、このような状態では会期末までに法案をただ採決するだけの場所になりかねない。民主(国民民主党・新緑風会)は自民党になびいているようにみえる」(立憲関係者)。

(安積明子「『安倍3選』に向け吹き始めた"追い風"の正体 - 永田町の風向きは急速に変わりつつある」(東洋経済オンライン 2018年5月13日)より)


 そして、何よりも許しがたいと思えるのは下記の指摘だ。

 さらに安倍政権が「70年ぶりの大改革」と位置付ける「働き方改革関連法案」も、5月下旬に衆議院から参議院に送られるが、厚生労働委員会の委員長ポストは自民党。理事ポストに至っては、公明党と民主が1つずつ保持するほか、自民党は4つも持っている。

 このまま6月20日の会期末まで、とんでもないスピードで法案がどんどん可決されていく可能性があるのだ。

(同前)


 いうまでもなく、安倍政権が今国会の目玉としている「働かせ改革」法案は財界の意にそのまま沿ったもので、悪名高い「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)法案が含まれる。経産省のデータ偽造から政府が提出断念に追い込まれた「裁量労働制」法案よりさらに悪質とされる法案だ。

 それが、こともあろうに労組の親玉が肝煎りで成立させた国民党が安倍政権に積極的に協力することもあっていとも簡単に成立する恐れがあるという。これを成立させれば、昨年同様国会は早々と閉会されて議員たちは長い夏休みに入り、7月、8月には何も起きないから安倍晋三の総裁選3選は早々と動かない情勢になり、対抗馬は惨敗するとその後の影響力にかかわるから出馬すらできず、「安倍一強」はびくともしない。そんなうんざりするような事態を安倍政権は狙っているし、それに積極的に協力しているのが大塚耕平と玉木雄一郎が共同代表を務める国民民主党だといえる。

 とんでもない話だ。

 もちろん、既に官僚の多くを敵に回してしまった安倍政権のことだから、今後どんな事実が明るみに出てピンチに陥らないとは限らない。年度替わりの4月や連休明けの5月は、2007年の第1次安倍内閣の時でさえ内閣支持率が一時持ち直した時期だったが、11年前には安倍はそのあと奈落の底へと落ちていった。その再現がないとも限らない。どちらに転ぶか、これから1か月半ほどが正念場と思われる。

 ただ、言いたいのは、連休前後の政局において安倍政権をアシストしまくった国民党の成立にかかわった政治家や労組の人間らの罪は万死に値するということだ。ことに、労組の親玉が仲介した政党が財界首脳の思いのままの労働者酷使に加担している現状に対し、抑えがたい激しい怒りを覚える。

 当然ながら、国民党は早くも厳しい民意の審判を受けつつある。

 連休後最初に発表された共同通信の世論調査で、国民党の政党支持率は1.1%だったのだ。
https://twitter.com/miraisyakai/status/995650686099505152
https://note.mu/sgn_onlaine/n/n10e00d86398a

 自民党の政党支持率は37.1%、立憲民主党は13.3%だった。共産党4.5%、公明党3.7%と続き、維新(1.5%)、国民(1.1%)、社民(0.8%)、自由(0.7%)、希望(0.7%)の5党が、まるでプロ野球のセントラル・リーグみたいな「5弱」を形成している。さしずめ、図体ばかりがでかい国民党は読売ジャイアンツといったところか。

 私は、日本プロ野球において読売ほど有害な球団はないと信じるが、それと同様、日本の政界において、論外の自民党を別にすれば、国民党ほど有害な政党はないといえるかもしれない。昨年の衆院選でも、旧希望の党は安倍政権と自民党の救世主になった。今後もこのトンデモ政党の妄動に目を光らせて批判することを怠ってはならないと思う今日この頃だ。
 最近は月1回の更新になってしまったこのブログだが、今日(4月16日)でブログ開設からまる12年になり、本エントリで1500番目の記事になる(但し公開後に削除した欠番が14件ある)。最初の記事は2006年4月9日付だが、書き始めて1週間後の4月16日に公開した。

 これを機に、今後のこのブログについての心づもりを書いておくと、このまままばらな更新をしばらく続けたあと、記事番号1515番、つまり本エントリのあと15番目のエントリを最後の記事にして、更新を停止しようと思っている。理由はまあ気力と体力の限界と言っておこうか。

 せめてそれまでに安倍政権が倒れてくれるのを願うばかりだ。開設時の記事は安倍晋三どころか政治とは何の関係もないが、それはウォーミングアップに過ぎず、いつかタイミングを見て安倍晋三批判を始めようと思っていた。当時、ライブドア事件への関与が疑われながら、前原誠司が代表を務めていた頃の民主党が犯した「偽メール事件」の大失策によって、阻止できるだろうと思っていた安倍晋三の総理大臣就任が実現してしまいそうな情勢だったが、それが我慢ならなくなって、やっと重い腰を上げたのだった。

 それから12年。安倍晋三はいったんは総理大臣になったものの、その1年後には惨めな政権投げ出しに終わった。そこまでは良かった。しかし、そのあとがいけなかった。民主党への政権交代は実現したものの、民主党政権は党内抗争が国民に呆れられて自滅し、安倍晋三が政権の座に返り咲いた。そして今度は悪夢のような独裁政治を5年以上も続けている。

 本ブログ運営で大きな躓きになったのは、2011年4月のFC2のサーバートラブルだった。それは東日本大震災と東電原発事故の翌月に起きた。それも全部のサーバーだけではなく、本ブログが利用している "blog63" だけだったかほかの一部のサーバーにもトラブルがあったかは忘れたが、FC2の中でもごく一部のブログだけが被害を蒙った。FC2の対応も良くなく、それでなくても前年の2010年には既にこのブログとはてなに開設している『kojitakenの日記』のアクセス数がほぼ同じくらいなっていたので、サーバートラブル後は徐々に重心をはてなの方に移していった。

 以後、本ブログの公開頻度もアクセス数も年々減少して今に至るのだが、実を言えば数年前から着地点を模索していた。しかし安倍晋三の悪政が延々と続いている時にブログを閉じる気にはならず、せめて記事番号1500番までは続けようと思っていた。1500番が近づいてくると、削除した14件を除いて生きている記事が1500件を超えたら更新を止めようと思い直した。1515番目の記事で、生きている記事が1501件になる。

 そうこうしてるうちに、「一強」と言われた安倍政権が揺らいできた。世論調査に見られる支持率は、おかしいものをおかしいと思う能力を失った3分の1ほどの日本国民の支持がすっかり「岩盤化」してしまったためなかなか下落しないのだが、昨日(4/15)のTBSテレビ「サンデーモーニング」で田中秀征が言っていた通り「統治機構が溶解」してしまっている。

 2012年に戦後日本の「崩壊の時代」の始まりを予言したのは坂野潤治だったが、「二度目は笑劇として繰り返される歴史」は、固体が粉々に砕ける崩壊というより、溶けてしまう「溶解」の方が実感に合うかもしれない。「ようかい」という言葉は、安倍晋三の母方の祖父・岸信介を形容するのに用いられた「妖怪」に通じるものがある。あるいは今は「妖怪の時代」というべきかもしれない。

 先週は「愛媛文書」が話題になったが、愛媛県知事の中村時広(日本新党・新進党の衆院議員を1期務めた)は愛媛県の職員を守る発言をしたが、これが組織の長の普通のあり方だ。しかるに、安倍晋三は官僚に責任を押しつけて逃げ回りながら厚顔無恥にも「膿を出す」などと口にする。モラルもへったくれもない。膿は安倍自身じゃないか、と思わない人がいる方が私には信じられないのだが、安倍内閣支持率は未だに3割前後を保っている。こんな現状には「崩壊の時代」よりも「妖怪の時代」という方が適切ではなかろうか。

 せめて、あと15件の記事を公開するまでに、「妖怪」の「溶解」、すなわち安倍政権の終わりが実現しますように。
 1か月ぶりの更新になる。

 前回はちょうど1か月前の公開で、記事のタイトルは「経営者が強く要望する裁量労働制は窮乏と過労死を招く制度」だった。

 それから1か月、安倍政権をめぐっていろいろなことがあった。

 まず、安倍政権は裁量労働制下で働く労働者の労働時間に関するデータ捏造によって浴びた批判をかわすために、一連の「働かせ方改革」法案から裁量動労制の対象範囲拡大を定めた法案のみ国会への提出を断念した。だが、「残業代ゼロ法案」として、裁量労働制のデータ捏造が問題になる以前にはもっとも強く批判されてきた「高度プロフェッショナル」法案は押し通すつもりらしい。

 私がもっとも危険だと思ったのは、安倍政権が裁量労働制対象範囲拡大の法案提出を断念した直後に、自民党参院議員の丸川珠代(元テレビ朝日アナウンサー)が国会の質問で「悪いのは厚労省。それを安倍総理が大英断で糺してくださった」などと発言したことだった。

 年々強まる安倍晋三への個人崇拝だが、ここまでエスカレートしたかと暗澹たる気分になった。私が連想したのは北朝鮮ではなく、政権崩壊末期に個人崇拝ムードが極限にまで高まった後、一転して急速に崩壊した1989年のルーマニア・チャウシェスク政権だった。同年10月頃、他の東欧諸国がみな共産党の一党独裁体制瓦解に突き進んでいるのに、ルーマニアでは逆にチャウシェスクへの個人崇拝が強まっていることを報じた朝日新聞の記事が今も忘れられない。その2か月後の1989年12月末、ニコラエ・チャウシェスクと、昨年来しばしば安倍昭恵がなぞらえられるエレナ・チャウシェスクの夫妻が捕縛され、即席裁判で夫妻の死刑を宣告されたあと直ちに銃殺されてルーマニアの共産党独裁政権が終わったのだった。

 ここでも「悲劇は笑劇として繰り返される」のであろうか、丸川珠代の安倍晋三個人崇拝質問が国会で飛び出した3月1日の翌日である2日付朝日新聞1面トップに、森友学園問題をめぐる財務省の文書「書き換え」をスクープした記事が掲載された。当初「書き換え」を安倍政権も財務省も否定していたが、おそらく大阪地検特捜部のリークを受けたのであろう朝日は動かぬ証拠をつかんでいるとみえ、財務省は12日に「書き換え」を認める事態に追い込まれた。明らかになったのは「書き換え」などという価値中立的な言葉で表現されるべきものではなかったため、たとえば朝日新聞では13日付紙面からそれまでの「書き換え」から「改ざん」(私自身は原則として「改竄」と漢字表記するが、引用文はその限りではない)へと用語を変えた。蛇足だが、この用語の変更はテレビ朝日が12日午後にいち早く行い(朝日新聞の夕刊やTBSは12日の段階ではまだ「書き換え」だった)、13日に朝日・毎日両紙やTBSなどがそれに追随した。あの産経ですらだいぶ遅くなってから「書き換え」を「改ざん」に(しぶしぶ?)書き換えたが、この記事を書いている26日現在、主要メディアで唯一「書き換え」に固執しているのが読売新聞だ。読売は、日本でもっとも悪質な御用メディアというほかない。

 これはまさに民主主義の根幹に関わる問題だ。旧ソ連でさえやらなかったと言われる文書改竄だが、実は日本では昔から結構この悪弊が横行していた。たとえば、やはり安倍晋三にたとえられる昭和初期の総理大臣・田中義一は、軍人時代に日露戦争開戦へと導くために、ロシアと日本の軍事力に関する参謀本部のデータを改竄し、日本の軍事力がロシアを上回るように見せかけてまんまと日露戦争開戦を実現させたという。こうしたことの積み重ねが、最終的に1945年の敗戦を招いた。

 今、日本国民に問われているのは、おかしいことをおかしいと認識できるかどうかだ。それができるのであれば安倍政権を退陣に追い込めるだろうし、もし仮に近い将来に政権を退陣に追い込むことができないのであれば、それは日本国民がおかしいことをおかしいと認識できなくなるまでに劣化してしまっていることの証明になる。

 今後安倍政権が倒れる要因としては、貿易問題で突如日本に向かって牙を剥きだしてきたかに見える米トランプ政権の件もある。先週話題になったのはトランプの下記の発言だった。以下時事通信の23日付記事(下記URL)を引用する。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018032300576&g=use

安倍首相は「出し抜いて笑み」=トランプ氏、対日貿易に不満

 【ワシントン時事】「安倍晋三首相と話をすると、ほほ笑んでいる。『こんなに長い間、米国を出し抜くことができたとは信じられない』という笑みだ」。トランプ米大統領は22日、ホワイトハウスでの会合で首相についてこう語り、対日貿易赤字への不満をあらわにした。

 トランプ氏は「偉大な男で、私の友人」と前置きして、首相の笑顔を解説した。その上で「こういった時代はもう終わりだ」と述べ、「互恵的」な関係を求める考えを強調した。

(時事通信 2018/03/23-11:01)


 トランプ政権の動きで言えば、同政権が米朝対話へと動いたことで、安倍政権もそれに追随せざるを得なくなった件もある。つまり安倍晋三はこれまでのような国内世論向けの「北朝鮮カード」を切れなくなった。

 このように、政権維持に突如として困難が多方面から現れて視界不良となった安倍晋三だが、この男にとって何よりも大事な改憲だけは絶対に譲らない構えを見せている。以下、朝日新聞の22日付記事(下記URL)を引用する。
https://www.asahi.com/articles/ASL3Q6FLPL3QUTFK02B.html

自民の9条改憲、首相案で決着 2項維持し自衛隊を明記
二階堂勇
2018年3月22日21時05分

 自民党の憲法改正推進本部は22日、安倍晋三首相の9条改正案に沿って、戦力不保持を定める2項を維持して「自衛隊」を明記する方向で取りまとめる方針を決めた。新たに9条の2を設け、「(2項は)必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織」と位置づけて自衛隊を保持する案が軸となる。

 今後の対応一任を受けた細田博之本部長は25日の党大会での9条の条文案提示は見送り、党大会以降、最終的な条文案を作成する。

 推進本部は22日の全体会合で、2項維持・自衛隊明記の二つの修正案を提示。前回示された2項維持案では、自衛隊を「必要最小限度の実力組織」と定義したが、修正案では削除した。自衛隊が2項で保持を禁じる「戦力」に当たらないとする政府解釈を明記し、世論や他党の反発を和らげることを狙っていたが、自民党内から異論が出ていた。

 この日は、修正案を中心に首相案を支持する意見が多数を占めた。2項削除論を展開する石破茂・元幹事長らから意見集約に反対する意見も出たが、細田氏が一任で押し切った。執行部の説明によると、修正前の2項維持案と二つの修正案のうち、どれを選ぶかに対応が一任された。細田氏は会合後、記者団に「必要な自衛の措置をとることを妨げず」とした修正案を採用する意向を表明した。

 9条改正案の一任を受けて、参院選の「合区」解消など▽大規模災害時に政府に権限を集中したり、国会議員の任期特例を書き込んだりする緊急事態条項▽「教育無償化」を含めた自民党の「改憲4項目」の条文化にはめどが立った形となった。今後は、連立与党の公明党との協議や国会の憲法審査会での議論を目指すが、各党には改憲4項目に対する反対論が根強く、国会での発議が見通せない状況は解消されていない。(二階堂勇)

自民党憲法改正推進本部の執行部が有力と考える案

 9条の2 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。

 2 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。

(朝日新聞デジタルより)


 ここまで日本をめちゃくちゃにした安倍晋三の政権下での改憲など、絶対に許してはならない。

 だが、この1か月で安倍晋三は「一強」のやりたい放題ができる状態からはかなり後退したとはいえ、まだ土俵中央に押し返した程度の段階に過ぎない。

 闘いはこれからが正念場だ。
 平昌冬季五輪が終わった。振り返ると、子どもの頃はテレビの五輪中継に熱中していたが(特に1972年の札幌冬季五輪)、年々五輪への興味が減退してきて、今回は競技の生中継を見たのは女子ジャンプで最後の2人、銀メダルを獲ったアルトハウス選手(ドイツ)と金メダルのルンビ選手(ノルウェー)のジャンプを見ただけだった(本当は高梨沙羅選手の2回目のジャンプを見ようと思ってテレビをつけたのだが、飛び終えた直後だった)。

 しかし、8年前、2010年のバンクーバー五輪直前に放送された報道ステーションの特集が今も印象に残る小平奈緒選手のスピードスケート女子500mの金メダルは良かった。銀メダルの韓国・李相花選手との友情は、今大会でもっとも印象的なシーンとの世評が高い。前記2010年の報ステの特集でも、小平選手は「三ヶ国語で、韓国語と中国語と日本語で、調子いいねとか言い合ったりして」中国や韓国の選手とエールを交換していることが紹介されていたが、最近では中国のメディアから「中国語力」を絶賛されているとの記事もある。

 一時は開会式の出席に難色を示していた安倍晋三とはあまりにも好対照だが、その安倍は小平選手の金メダル獲得が決まるや否や、さっそく「首相官邸」のTwitterのサイトから、日の丸の旗を2本も手にして自らの馬鹿面を晒した気持ちの悪いツイートを発した(下記URL=閲覧注意)。
https://twitter.com/kantei/status/965206781700931584

 小平選手の優勝を称えるツイートなのに、安倍はなぜか小平選手の画像ではなく、自らの馬鹿面の画像を晒した。海外の首脳にも五輪で好成績を残した自国代表選手を称えるツイートを発信した人は多いが、彼らは皆一様に選手の画像を添付していた。しかし、2016年のリオデジャネイロ五輪の閉会式で、マリオブラザーズのマリオに扮する売名行為を平然と行った安倍は、今回も厚顔無恥の挙に出た(さすがにこのツイートを批判されたあとに金メダルを獲った選手を称えるツイートでは選手の画像を添付したようだが)。

 しかし、小平選手のような選手が政権の宣伝に狙われ易いのは間違いないだろうし、だからこそ官邸(安倍)は小平選手に国民栄誉賞を授与しようと画策しているようだ。実際、スポーツ界の体質から言って、また橋本聖子の悪例を思い出しても、小平選手が安倍政権や自民党に将来ともなびかないとは残念ながら断言できない。小平選手が誤りを犯さないことを願うばかりだ。

 以上は長くなったが前振りでここからが本論。安倍は冬季五輪のタイミングに「働き方改革」の法案の審議をぶつけてきて、人々が五輪にかまけている隙にさっさと成立させて、春からはいよいよ安倍長年の野望である改憲に向けて全力を傾注するつもりだったに違いない。しかし、国会の答弁で安倍が、裁量労働制下で働く人の労働時間が一般労働者と比較して短いとのデータが出ているかのような虚偽答弁を行ったことが問題化し、報道でも連日取り上げられるようになった。

 既に安倍は答弁の撤回と謝罪を行っているが、それでも法案は成立させるとかいうわけのわからないことを言っている。これも問題だが、そもそも裁量労働制の問題が国民の間でほとんど知られていないように見受けられる。これが現時点で最大の問題だ。

 たとえば、内田樹の人脈に属する小田嶋隆などは、「一介の労働者に過ぎない多くの日本人が、なぜなのか、国策や日本経済を語る段になると「経営者目線」で自分たちの暮らしている社会を上から分析しにかかっている」などとしたり顔で論評しているが、この小田嶋の仮説は正しくないと私は思う。そうではなく、単に世の人々が裁量労働制の問題点を知らないだけだ。私はもう四半世紀前の1993年、その頃は経団連の中核をなす大企業に勤務していたのだが、実際に半年間だけ裁量労働制下で働いた経験があるからわかる。

 たとえば、昨日(2/25)放送されたTBSの「サンデーモーニング」を見ていても、コメンテーターは誰もわかってないなあと思った。テレビでは初めて見た朝日新聞の高橋純子記者は、「人の命がかかっている大事な法案なのに何故急いでやらなければならないのか。しかも裏付けとなるデータが不適切だったと分かったのだから顔を洗って出直してもらうしかない」とコメントした。仰ることはその通りだが、高橋記者も法案の問題点そのものは指摘しなかった。そこにぬるさを感じた。関口宏はもっとダメで、裁量労働制について「いいところもあるけど問題もある」みたいな言い方だったし、サッカーが専門の中西哲生に至っては論外で、「データは不適切だが、野党は鬼の首を取ったように色んなことを言ってる。大事なことは裁量労働制を良いものにし働き方を良くし日本を良くすること。いつも対立構図にする野党に違和感を感じる」と抜かしていた。これまでは中西に右翼のイメージはほとんどなかったが、時流に迎合して野党攻撃を始めるべく「転向」したのかもしれない。事実、中西は早速ネトウヨの絶賛を受けている。

 いずれにせよ、ぬるい高橋純子の発言、輪をかけてぬるい関口宏の発言と続いたあと、野党を攻撃して間接的に安倍政権を援護射撃する中西哲生の論外の発言に接して、「リベラル」のはずのこの番組でもこの程度か、やはり裁量労働制の問題は全然知られていないんだあと長嘆息したのだった。

 裁量労働制については、遠い昔の四半世紀前に半年だけ経験した私のような人間ではなく、最近裁量労働制を経験した方による下記のブログ記事にリンクを張っておく。『脱社畜ブログ』の2月24日のエントリ「裁量労働制になったら、働き方は何も変わらずに残業代だけ減った話」だが、このタイトルは四半世紀前の私の経験そのものだ。
http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2018/02/24/155303

 以下が今回の記事の核心部になる。今回、私が一番感心したのは、『kojitakenの日記』でも紹介した今野晴貴氏の一連(4件)のツイートだ。

 この中では、4件目にあたる下記ツイート(下記URL)が多くリツイートされているようだ。以下引用する。
https://twitter.com/konno_haruki/status/966590331197116416

裁量労働性の規制緩和「対岸の火事」だと思っている方も多いと思うが、財界は以前から、ホワイトカラーの大半に適用できるようにすべきだと主張している。裁量労働性が全面規制緩和されれば、ブラック企業の「使い潰し」がますます加速し、歯止めがかからなくなるだろう。もちろん、過労死も増加する。


 私が感心したのは、今野氏が2件目のツイート(下記URL)で1994年に出された日経連(当時)の要求を紹介していたことだ。再び引用する。
https://twitter.com/konno_haruki/status/966589732497997824

1994年に法改正を要求して出された旧日経連の「裁量労働制の見直しについて(意見)」では、「就業者全体のほぼ半数に達している。こうしたホワイトカラーの相当部分は、自己の判断で職務を行う「裁量労働者」である」としている。つまりは、ほとんどの労働者が「裁量労働」にすべきだということだ。


 当時の日経連ですぐ思い出されるのが、1995年に出された「新時代の『日本的経営』」だが、これらはいずれも90年代前半のバブル経済崩壊を受けて始まった流れだ。

 つまり、バブル経済の崩壊によって、企業がそれまでのように利益を上げられなくなったため、労働者の賃金を下げようと画策した。裁量労働制はその一つの手段だ。日経連が法改正を要求して意見書を出したのは今野氏が指摘するように1994年だが、実際には各企業において裁量労働制を導入する試みはその少し前から始まっていた。現に私が裁量労働制下で働いたのは1993年だ。

 当時、多くの企業で人事制度の見直しが行われ、成果主義が謳われたりしたが、特に成果主義に力を入れた富士通で、人事制度改革が大失敗に終わったばかりか、赤字を出しても当時の富士通社長・秋草直之が居座るばかりか、「業績が悪いのは従業員が働かないからだ」(2001年)と暴言を吐くなどの破廉恥な振る舞いに出て(つまり、秋草自身には成果主義は適用されなかったわけだ!)、世の指弾と失笑を買った。しかし現在はその当時よりもさらに問題は深刻で、当時の富士通よりもさらに悪質な、いわゆる「ブラック企業」が日本中にはびこっている。

 しかし、バブル崩壊に先立つ1980年代の「労働界の右翼的再編」の悪弊もあって、賃下げを強行する使用者に対して労働者はなすすべなしの状態が長年続いた。その結果が日本経済の没落だ。安倍晋三が入れ込んだものの平昌五輪で赤恥を晒した「下町ボブスレー」は日本のものづくりの現状を象徴している。

 その没落の進行をさらに早め、労働者を窮乏と過労死に追い込む制度、それが裁量労働制だ。「定額働かせ放題」とは、この制度の本質をぴたり言い当てた適切な言葉といえる。この制度は、バブル崩壊後の日本を長期低落させた悪しき労働政策を、適用業種を広げることによってさらに広めようとするものであって、絶対に成立させてはならない論外の法案だ。まだ国会に法案が提出されていない現段階においては、法案の提出を許さない闘いが、野党にも労働界にも強く求められる。また、「リベラル」が(小田嶋隆のように)「法案は、間違いなく成立する。」などとほざいて諦めムードを醸成させることは断じて許されない。

 なお、2006〜07年のホワイトカラーエグゼンプション(WCE)に続いて今回の裁量労働制と、安倍政権が他の政権よりもとりわけ使用者側に立った労働政策を法制化することに熱心なのは、この政権が「経産省政権」と言われていることと深い関係があるとみるべきだろう。おそらく安倍晋三自身は改憲には熱心であっても労働政策にはさして関心があるとは思われないので、経産官僚と大企業経営陣の思惑通りに亡国の法案が導入されようとしているのが現状だ。

 それにしても、バブル崩壊直後に始められ、日本経済を長期低落させてきた悪しき労働政策の流れが、四半世紀以上経った今も惰性で続いているとは、人の世に働く惰性力の強さ、恐ろしさを改めて痛感する。1993年当時には若手社員だった私も、その後二度の転職を経てもう初老だが、私よりもはるか若くて将来性のある人たちが今後裁量労働制下で苦しめられるのは絶対に看過できない。そう強く思う。

 最後に、『広島瀬戸内新聞ニュース』の昨日(2/25)の記事(下記URL)を引用して終わる。短く簡潔な記事だが、本当にその通りだと強く思った。
https://hiroseto.exblog.jp/27102781/

「働き方改革」関連法案は、これは提出そのものを断念させるしかないですね。
その一言に尽きます。
ハッキリ言ってしまうと、労働組合も野党も、この法案を通してしまえば鼎の軽重を問われます。
日本中の職場は大変なことになる。裁量労働制そのものが、経営側から出てきた発想であるということをきちんと思い起こさないといけません。