きまぐれな日々

 安倍内閣の支持率がついに大きく下落した。「共謀罪」法案の強行採決による成立により6月16日に国会が事実上閉会した(実際の閉会は日曜日の昨日・18日)後の週末にマスメディア各社が一斉に行った世論調査で、社によって異なるが下げ幅が大きいところでは10ポイントを超える内閣支持率下落を記録した。

 私の知る限り最も低い数字を叩き出したのが毎日新聞の調査で、支持率は36%、不支持率は44%だった。ただ、安保法案審議で安倍政権が批判を浴びた2015年7月に記録した支持率32%よりはまだ高い。

 他では日本テレビ系のNNNの世論調査で、内閣支持率が40%をわずかに切る39.8%だった(前月より6.3ポイント低下)。但し40%を0.2ポイント下回っただけであり、当然だが誤差範囲でしかない。「約40%」と表現すべきところではある。とはいえ、菅野完がつぶやいた通り「ざまぁ」とは正直言って私も思う。ただ、プロ野球の読売軍が交流戦の最終戦でロッテに勝ち、前日までの最下位から順位を2つ上げて10位で交流戦を終えやがったことには怒り心頭だが(11位はロッテ、最下位球団の名前は書きたくない)。

 その読売(新聞)の調査による安倍内閣支持率は、前回より12ポイント下落の49%だった。下げ幅は毎日より大きいが、元が高すぎた。読売は、

最低を記録した安全保障関連法成立直後(15年9月調査)の41%は上回った。

と書いて火消しに懸命だ。

 火消しといえば、30年前に「ピッチャー、カトリ」、「鹿取られる」など「上司(王監督)に過労を強いられる」という意味の流行語を呼んだ鹿取義隆が読売軍のGMに就任したらしい。しかし、今回の安倍内閣支持率下落の要因の一つは、読売新聞が前川喜平・文科省前事務次官に対する「ネガティブな印象操作」を狙って仕掛けた謀略報道だった。前川氏が「出会い系バー」に通っていたのは事実だったが、どこをどう洗っても前川氏が買春を行った事実をつかめなかったことから、読売の報道の謀略性が大きく注目され、読売の信用は地に堕ちるとともにプロ野球の読売軍は13連敗を喫し、安倍内閣の支持率は大きく下落した。

 ここまでの記事で、プロ野球(の読売軍)のこと(悪口)ばかり書きやがってうざい、と思われる読者も少なくないだろうが、私が指摘したいのは、今回読売が前川喜平に仕掛けた謀略報道は、プロ野球について読売が日常茶飯事として行ってきた謀略報道の延長線上にあるものだという事実だ。古くは1970年頃の「球界黒い霧」事件では、九州の人気球団だった西鉄ライオンズ(西日本鉄道に加え、九州での拡販を狙う読売のライバルだった西日本新聞との資本関係もあった)の追い落としを狙いつつ読売球団への波及を避け、1978年の「江川事件」では読売球団の利益を最大限に追及して、プロ野球協約の抜け穴を突いた「空白の一日」作戦を編み出した。また1979年に大洋ホエールズの遠藤一彦投手が読売軍から4勝を挙げると、同選手のスキャンダル報道を書き立てた一方、1986年に読売軍の吉村禎章選手が酒気帯び運転をしたあげくに人身事故を起こすと、警察にこの事故をもみ消させた(1987年にスポーツライターの玉木正之がこの件を月刊『現代』で暴露した)。

 読売というのは昔から自社の利益源であるプロ野球に関してこんな報道ばかりしていたのだ。その読売はまた、社のトップが社を私物化することでも悪名高い新聞社でもあった。潰れそうになっていた読売を大新聞社に仕立て上げた元警察官僚の正力松太郎が社を私物化した元凶であり、その悪しき伝統は務台光雄(1896-1991)を経てナベツネこと渡邉恒雄(1925-)に引き継がれている。事にナベツネは、1979年に論説委員長に就任して以来、一貫して「政権と一体になった新聞」のあり方を追及してきた。そのナベツネの理念と読売が昔からプロ野球をめぐって行ってきた謀略報道が合体したのが、今回の前川氏に対する謀略報道だったと私は位置づけている。そして、「読売悪」のエッセンスともいえるこの謀略報道が安倍内閣の支持率低下に与えた影響は小さくなかったと思うのだ。

 読売絡みではないが、元TBS記者・山口敬之の準強姦罪もみ消し工作は、「安倍政権の読売化」を思わせる一件だった。読売が政権と一体になると、「政権の読売化」も起きたというわけだ。このもみ消し工作から私が直ちに思い出したのは、前述の吉村禎章の酒気帯び人身事故を読売が警察にもみ消させた一件だ(読売は正力松太郎が警察官僚だった関係から、昔から警察への影響力が強いようだ)。もちろん山口の準強姦罪もみ消し工作自体にまでは読売は関与していないだろうが、手口があまりにも「読売的」であり過ぎるのである。

 前川前事務次官の謀略報道に関しては、官邸は読売だけではなく、1972年の外務省機密漏洩事件(通称「西山事件」)で当時の毎日新聞記者・西山太吉を追い落とした実績のある『週刊新潮』にも働きかけたが、同誌は読売が先に動いていたことを知るや、一転して読売の謀略報道を書き立てて読売を笑いものにする記事を載せた。これは、記者クラブ制度その他によって大新聞の記者よりも下の「階級」に位置づけられている週刊誌の記者が意地を見せたものだと私は解している。同様の件はさらに続き、内閣官房長官・菅義偉に食い下がった東京新聞社会部記者・望月衣塑子記者のスキャンダル暴露を官邸が週刊新潮にそそのかしたが、週刊新潮はなんとこの官邸が望月記者に対して謀略を仕掛けようとしていた事実を自誌に書き立て、安倍政権への悪印象をさらに強めた。この暴露も、「読売化した(安倍)政権」に対する意趣返しの一環であろうと私は解している。

 このように、今回の安倍内閣支持率の下落に読売が大きくかかわった。これを端的に表現したTwitterを紹介する(下記URL)。
https://twitter.com/geso0602/status/876465154518470656

読売さんは今回の支持率急落にとっても貢献したよね(棒


 読売と安倍晋三が同時に大きなダメージを受けるとは、「1粒で2度おいしい」○○○(若い人は知らないかも)みたいだな、と思ったが、冷静に見れば「共謀罪」法案は成立してしまったし、安倍内閣支持率はまだまだ高い。これまで引き合いに出さなかった朝日新聞の世論調査では41%(前月より6ポイント減)もある。

 加えて来月早々には都議選もある。ここでは、せっかくの安倍政権や自民党の支持率低下が、安倍に代わる独裁者候補である都知事・小池百合子の私党たる「都民ファーストの会」の躍進につながってしまう新たな脅威がある。既に昨日のTBSテレビ『サンデーモーニング』でリベラル派のはずの田中優子が小池百合子におべっかを使っていたシーンを見せつけられ愕然とした。「リベラル」文化人がこのていたらくだから、民進党が下記の読売(!)の記事(下記URL)に書かれたような愚劣なことをやらかすのも道理だろう。
http://www.yomiuri.co.jp/election/local/20170617-OYT1T50057.html

民進都連、離党組推薦へ…都民ファ推薦の3人
2017年06月17日 15時13分

 民進党東京都連が、同党を離党して東京都議選(7月2日投開票)に無所属で出馬する元公認候補3人に対し、推薦を出す方針を固めたことがわかった。

 複数の党関係者が明らかにした。3人は、小池百合子知事が率いる地域政党「都民ファーストの会」から推薦を受けており、党内から反発の声が出る可能性がある。

 都連が推薦を検討しているのは、定数2の選挙区から無所属で出馬を予定している現職3人。いずれも5月15日に同党の公認を取り消され、6月12日に離党が認められた。都連はこの他、元公認候補ら4人も、地元の同党区議や市議レベルで応援することを検討している。

 相次ぐ離党で、同党の現職都議は現在8人。都議選ではさらに議席を減らすことも予想され、都連では、離党した無所属候補が当選した場合を見据え、都議選後の連携を視野にてこ入れを図ることにした。

 ただ、ある民進党公認候補は、「党を見捨てた候補に対して、推薦を出す義理はない。一体何を考えているのか」と憤った。

(YOMIURI ONLINEより)


 これは「ある民進党公認候補」の怒りももっともだろう。この民進党による「都民ファーストの会」の候補推薦の話は、前々から朝日新聞なども書いてきたから知っており、それがついに現実になったということだ。この方針を仕掛けているのはもちろん党代表の蓮舫や幹事長の野田佳彦らであるが、蓮舫や野田は自党の公認候補よりも小池百合子へのお追従ばかりしか頭にないようで、私はこうした蓮舫や野田のあり方には反吐が出そうなほどむかつく。なるほど、安倍内閣の支持率が、ここまでひどい「敵失」があるまで全く下がらなかったわけだ。今回の支持率低下は、野球にたとえれば20点リードされた9回裏に7,8点を返した程度の意味しかない。敗戦にもっとも多くの責任を負うべきは野党第一党の投手、もとい党首(党代表)である蓮舫や、幹事長の野田であることはいうまでもない。

 また、さらにいけないと思うのは、「民進党信者」の域に達したと私が認定している民進党支持者たちが、蓮舫や野田をいっこうに(内部から)批判することなく、民進党を批判する他の野党の支持者や私のような無党派の反自民・反安倍の人間にばかり楯突いてくることだ。

 彼らの多くは護憲派であり、安倍政権の打倒を願っているはずなのに、改憲勢力の最たる存在である小池百合子とその私党にばかり揉み手をする蓮舫や野田をいっこうに批判しない。これは、民進党支持者たちの間でも民主主義が機能していないことを示すものにほかならない。

 せっかくの安倍内閣支持率低下の喜びも、2週間後には都議選で自民と都ファの合計議席がめちゃくちゃ増えるであろう痛恨の都議選の記事を間違いなく書くであろうことを想像すると、めでたさも中くらいにさえ届かない「ほんのちょっとのめでたさ」でしかないと思う今日この頃なのである。
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 先週も今週も月曜日の朝に時間が取れなかった。それで先週はこのブログの更新を行わなかったが、今週も更新しないと2週連続になってしまうので、1日遅れで更新することにした。

 とはいっても、加計学園問題(事件)、読売新聞の前川喜平文科省前事務次官に関する謀略報道問題、それに元TBS政治記者・山口敬之の準強姦罪容疑の警察によるもみ消し疑惑など、安倍晋三政権やその取り巻きともいうべき御用新聞社、それに安倍一派に私物化された警察等々、「権力の腐敗」が一気に噴出した観がある。

 しかしそれでも安倍内閣支持率はなお50%近い高率を保っている。はる氏が様々な報道機関による内閣支持率の世論調査結果に荷重移動平均の処理をかけてグラフ化した2016年1月以来の内閣支持率の推移のグラフを見ると、今年1〜2月に内閣支持率が極大を示したあと、ようやく下降トレンドに転じたが、その変化はきわめてゆっくりである。
https://twitter.com/miraisyakai

 これはもう、安倍内閣の支持率が岩盤化しているというべきか、はたまた安倍内閣を支持する、ないし肯定する、ないし否定しないという心理がすっかり惰性化しているというべきか。私もこれまで時々「安倍内閣支持の岩盤化」という表現を使ってきたが、正しくは「惰性化」だろうなと、この記事を書きながら思い当たった。

 その「惰性化」を表す言葉が、よく言われる(小泉政権時代にもよく言われていた)「他に代わりの人がいない」という支持理由だろう。昔、まだブログを始める前の掲示板投稿者だった小泉政権時代に、「他に代わりの人がいない」という支持理由を持ち出した人間に対して、「あんたは他に代わりがないというけれど、安倍晋三以外なら誰が後継になっても小泉よりマシだろう」とコメントしたら激しい怒りを買ったことがあった。

 まあ人間というものは戦時中の東条英機内閣だって支持か肯定か否定しないだけかはわからないが受け入れていたのだから、そりゃあんな腐敗した政権だって受け入れるんだろうな、と思う。

 それから、支持理由としてよく言われる「経済政策が良いから」というのは明らかに間違いだ。本当に経済状況が良い時には人々に考える余裕ができて野党が伸びることは、戦後日本の高度成長期に野党への支持が拡大し、全国に「革新自治体」ができたことからもわかる。安倍政権になってから、賃金が下落しなくなったり有効求人倍率が高まったりしているのは事実だが、なんといってもこの政権は「富の再分配」に対しては非常に消極的であるから、恩恵はもっぱら富裕層に偏っている。もちろんいわゆる「トリクルダウン」もゼロではないかもしれないが、有効な再分配政策をとったと想定した場合と比較すると、庶民一般にこの政権の経済政策の恩恵が行き渡っているとはとうていいえない状態だろう。むしろまだ日本経済が低迷から脱し切っていないことが安倍内閣の支持率高止まりの理由の一つだろうと私は考えている。

 しかしそれにしてもこの政権の背徳ぶりはひど過ぎる。これに怒らない日本国民の半数は何を考えてるんだといつも思うが、一昨日(6/11)のTBSテレビ『サンデーモーニング』で岸井成格が「安倍内閣の高支持率には3つのからくりがある」と言っていた。岸井によれば、からくりの1つは小選挙区制、2つ目が内閣人事局、3つ目がメディアのコントロール(2ちゃんねらーたちはこれを「アンコン」と呼んでいる)とのこと。いちいちお説ごもっともだが、要するに内閣総理大臣が独裁権力を振るえるような構造になってしまっているということだ。

 このうち1つ目の小選挙区制については、「反安倍」の側の批判も弱い。その大きな理由として、小沢一郎が小選挙区制を推進してきたことが挙げられる。特にネット言論では昔から「小沢信者」の声が大きく、最近では「野党共闘」が成立してから共産党支持者も小沢を批判しなくなったから、ますます小選挙区制への批判が弱まっている。この例に限らず、安倍独裁政権下、言い換えれば「崩壊の時代」においては、政権批判側も劣化が著しいというほかない。

 現在懸念されるのは、権力を批判する言説が力を失ったこの「崩壊の時代」において、権力の腐敗を見せつけられた人々の間に、「別の独裁者」を求める傾向があることだ。いうまでもなく小池百合子のことである。前記『サンデーモーニング』でも、小池百合子びいきの田中秀征が、代わりの人がいないというけれど、と言いながら小池百合子だか「都民ファーストの会」だかに言及した。その瞬間、私の脳内のヒューズが飛んだことはいうまでもない。

 事実、加計学園問題は来月2日投開票の都議選において小池百合子の私闘である「都民ファーストの会」にとって絶好の追い風と鳴っている。小池はもちろんそれを熟知しているから、自ら都議選でも加計学園問題は争点の一つだ、などと言い出している。

 あの「リベラル」(都会保守)のブログも、このところしばらく小池については何も書かなかったが、ここに来て小池応援の態勢を整えつつある。あのブログにはコメント欄があって、確かコメント欄が大きくなったからもう投稿しないでほしいとブログ主が書いていたように記憶するが、それにもかかわらず「小池信者」のコメントはなぜか受けつけているらしく、先刻、下記のコメントを目撃してしまった。

やっぱり、頼りになるのは女性だった。
スガをとことん追い詰めていった東京新聞女性記者。
同様の犠牲者を出さないためにもと顔を出して告訴した女性ジャーナリスト。
そして、アベ自民党と真っ向対峙することを選んだ女性都知事。
男連中は最初からあきらめていたのが、彼女たちの気迫に押されて追従しているのだ。やればできるということを教わったというべきだろう。
ただ喜んでばかりはいられない、卑怯この上ないアベ一派。どんな手を打ってくるかわからない。
そんななか文科省大臣はどっちにつくのか?
文科省職員の矜持につくのか?
アベ極悪政権につくのか?
僕は将来の日本のために、人間の良心を信じたい。


 冗談じゃない。

 上記コメントには、『広島瀬戸内新聞ニュース』の昨日(6/12)付記事(下記URL)を対置しておく。
http://hiroseto.exblog.jp/25841364/

【国家戦略特区】封建政治安倍は支持できないが、ポストモダンな新自由主義者小池もごめんこうむる

国家戦略特区は、そもそもは、グローバル大手企業や外国人のお金持ちに都合がいい仕組みを作るというポストモダンな新自由主義の文脈であった。

ところが、加計学園にみられるように、日本の現自民党(安倍)はあまりにも前近代的(プレモダン)すぎて、総理ら一部の人間のお友達に便宜を図るツールとなってしまった。

しかし、小池百合子は違う。小池百合子こそは、真正のポストモダンな新自由主義者である。フランスでいえばマクロンの新自由主義と、マリーヌ・ルペンのタカ派(ただし、一定の社会政策にも理解)をハイブリッドしたような政治家である。実際、小池の支持基盤は、東京のグローバルインテリ+公明党+社会政策に期待する生活者ネットなど一部リベラル+極右(野田数)という感じである。

(あえて、戦前日本でいえば、立憲民政党の永井柳太郎が近い。私物化で自爆しつつある安倍晋三は立憲政友会の田中義一に近いともいえる。)

小池の国家戦略特区はまさに、大雑把に言えば、グローバル大手企業と大金持ちの外国人は都心に呼び込む。
一方で、日本人であろうが、在日外国人であろうが庶民は追い出す。これがデフォルメすれば小池の目指す方向である。

田舎臭い+前近代の江戸っ子臭い自民党が安倍晋三や下村博文や自民党東京の都議連中。
ポストモダンなハイカラなグローバリスト。それが小池百合子である。

そんな人間に秋波を送ってきた民進党。相手にされず、一方的に議員を引き抜かれたのは情けない。

口を酸っぱくして言う。国家戦略特区は、憲法95条違反である。自治体への特別立法は住民投票を経て国会で決まらなといけない。総理と首長の談合で決めるべき話ではない。

1949年の広島平和記念都市建設法を思い出そう。住民投票で約9割の支持を得た。焼け野原の復興を緊急課題とした広島市民と、よしわかった、広島を平和都市として復興しよう、という国民(の代理人たる国会)の意思が合わさって制定された。

野党共闘は立憲主義が最大の綱領である。

安倍は憲法を破って、お友達のために。
小池は憲法を破って、グローバル企業と外国人のお金持ちのために。
どちらもとも違う、立憲主義に基づいた政治を野党共闘は打ち出さないといけない。
たとえ、都議選で多少議席を減らしても、そのほうが後につながる。
今のままでは都議選議席も結局も危ないだろう。特に民進党は政策論争ですでに小池に事実上不戦敗だから。

(『広島瀬戸内新聞ニュース』 2017年6月12日付記事)


 国家戦略特区というと、私などは直ちに竹中平蔵の不快な顔が思い出されるが、竹中平蔵は今も「国家戦略特区諮問会議」の民間議員だ。ネット検索をかけたら、「民間議員・竹中平蔵氏に“退場勧告” 戦略特区に利益誘導批判」と題された『週刊朝日』6月9日号の記事が引っかかった。リンク先のみ示しておく。
https://dot.asahi.com/wa/2017053100019.html

 私が執拗に批判する「リベラル」(都会保守)のブログだが、もともとは2005年の郵政総選挙で小泉自民党が圧勝しそうな情勢だった頃、危機感を持って立ち上げられた尊敬すべきブログ「だった」。しかしいつしかその初心は失われ(たようにしか見えない)、独裁者だろうが新自由主義者だろうが安倍晋三を倒せれば良い、みたいな安易なブログに成り下がった。今では独裁思考の人間だろうが新自由主義者だろうが何でもござれ、といったところか。

 一方では、10年前には第1次安倍政権を批判するブログを運営していながら、今ではネトウヨ同然のつぶやきを発しまくっている「転向者」も私は知っている。そういう人間には、森友・加計学園問題や読売謀略報道問題や山口敬之準強姦罪もみ消し疑惑をどう思うのかと「小1時間問い詰めたい」(死語)気分だ。

 都知事選では東京都民の良識に期待したいと書きたいところだが、そうはならないことは目に見えている。最近権力批判がすっかり影を潜めている『週刊現代』は(立ち読みもしていないが)早くも「都議選議席数予想」の記事を載せ、それによると「都民ファーストの会」46議席(現有5議席)、自民党37議席(現有57議席)だとか。都議会の定数127に対して、両党で83議席を占めるとは(現有62議席)、あまりにもおぞまし過ぎる。

 私は都議選では自民党と「都民ファーストの会」の合計議席数の増加をいかに抑えるかが鍵だと考えている。前述の「リベラル」(都会保守)ブログは、小池百合子と橋下徹が加計学園問題で政権を批判したという記事を(嬉しそうに)アップしていたが、「都民ファーストの会」の躍進とは、「東京の大阪化」そのものだ。そういえば、今のプロ野球・読売軍は15年以上前の阪神タイガースの「暗黒時代」に似てきたといえるかもしれない。

 大阪のあとを追う東京。日本(安倍)のあとを追うアメリカ(トランプ)。信じたくない光景ばかり見せつけられる日々が続く。
 前川喜平・前文科省事務次官の証言によって加計学園問題が大きく動いたが、政権批判側は、安倍晋三がサミットに出かけていた間の隙を突くことさえろくすっぽできなかったようだ。一昨年の安保法案の時には、やはり安倍がサミットに出かける直前に例の「3人の憲法学者が安保法案を『違憲』と断じた」一件(2015年6月4日)があり、その直後のミュンヘンサミットで安倍は「心ここにあらず」とばかりにミュンヘンのホテルで不審な動きに及び、バイエルン警察をずいぶん苦労させたらしい。この様子を憲法学者の水島朝穂が活写している。
http://www.asaho.com/jpn/bkno/2015/0615.html

 この6月第1週の動きは、安倍政権にとって予想せざる打撃となった。それまでの法案審議では、法案の個々の論点がバラバラに追及され、政府が荒っぽい答弁を行うということの繰り返しだった。しかし、「参考人全員が違憲」という事態によって、「潮目が変わった」とメディアが報じた(『東京』5日付など)。憲法研究者の声がここまで連日報道されることはかつてなかったことである。

 6月第2週に入り、『産経』10日付がいう「自民が反転攻勢」が始まった。まずは安倍晋三首相その人である。先進七カ国(G7)首脳会議(サミット)が開かれていたドイツから、憲法研究者の「違憲」主張に反論したのである。会場のエルナウのホテルには泊まらずに、ミュンヘンの高級ホテルに入って対応していた。一人だけ勝手な動きをするゲストに、メルケル首相はさぞや不快な思いをしたに違いない。バイエルン警察は警備上かなりの苦労をしたようである。それもこれも、安保関連法案が「違憲」とされたからである。

ミュンヘンの安倍首相

 8日午後、ミュンヘンでの記者会見では、憲法研究者の違憲主張への反論が、記者とのやりとりの大半を占めた。「憲法解釈の基本的論理はまったく変わっていない」「砂川事件に関する最高裁判決の考え方と軌を一にする」として、「わが国の…存立を全うするために必要な自衛の措置をとりうることは国家固有の権能の行使として当然」という判決の一節を引用しつつ、「憲法の基本的な論理は貫かれていると私は確信する」と述べた。せっかくのサミットなのに首脳会談もたいしてやらずに、安倍首相はもっぱら国内対応に追われた。9日には長文の政府見解を出して、憲法審査会での憲法研究者の主張に反論した。それにしても、この脈絡で砂川判決を使う神経と感覚が理解できない。

(『早稲田大学 水島朝穂のホームページ』 2015年6月15日の「直言」より)


 この当時と比べると、今回の加計学園問題など安倍にとっては「蚊に刺されたほどの痛み」としか思っていないのではないか。世間は森友学園問題の二番煎じだとしか思っていない。産経など、ここぞとばかりに安倍を持ち上げまくっている。

 何より安倍批判側の反応がお粗末に過ぎる。「首相のご意向」の文書を「本物」と断言した前川氏を聖人君子みたいに持ち上げて「安倍や菅とは大違い」と喚き立てるばかりでは、自分から敵の土俵に乗っているようなものだ。「そんな聖人君子が『出会い系バー』に通うのかという反撃を食い、敵の印象操作作戦に手を貸してしまう。そもそも、すぐに「味方」の「人格」を持ち上げる好む人間は、少し前まで小沢一郎を崇拝していた「小沢信者」が多いのではないか。

 「出会い系バー」通いはいうまでもなく加計学園問題とは何の関係もないが、それを言う人間が一方で「前川氏の人格」を天まで届かんばかりに持ち上げるようでは説得力を著しく欠く。

 例によって、加計学園問題がどのくらい内閣支持率を下げるかどうかが鍵だ、と言っている人たちもいるが、既に朝日新聞が平日の24,25日に調査した結果が26日付の紙面に出ていて、それによれば安倍内閣支持率は前回からわずか1ポイント下げただけの47%だった。今後出てくるであろう他のメディアでの調査でも似たような結果になるだろう。

 今週お薦めできる記事は、前記水島朝穂氏が更新した「直言」(下記URL)。本日(5/29)付のコラムには、菅義偉の悪逆非道ぶり、統幕長の河野克俊が、安倍の改憲提案を「非常にありがたい」と述べた件、国連人権高等弁務官事務所「プライバシー権に関する特別報告者」ジョセフ・ケナタッチ氏(マルタ大学教授)が伝えた「共謀罪」法案に対する懸念に対して菅が逆上した件、それに森友・加計学園問題を網羅しており、これを読み終えて、こんな記事があるんだったら私が何も1週間の仕事を始める前に時間を割いて駄文を綴る必要なんか何もないじゃないか、と思った。
http://www.asaho.com/jpn/bkno/2017/0529.html

 なお、安倍の改憲提案に対する水島教授の意見は、先週の「直言」に載っている(下記URL)。
http://www.asaho.com/jpn/bkno/2017/0522.html

 先週、唯一憂さ晴らしになったのは、恥さらしのスキャンダル記事を書いた読売の記者が「泣いた」一件だった。泣いた読売記者に同情する他のリベラル人士たちとは私は大いに違い、正直言って「ざまあみろ、悔しかったら読売を辞めて社を告発しろ」としか思わなかった。岸井成格は45年前の米軍機密漏洩事件(通称「西山事件」)を思い出したと言っていたが(28日の『サンデーモーニング』)、45年前にスキャンダル記事を書いたのは『週刊新潮』だった。しかし今回は、45年前(当時の総理大臣は安倍晋三の大叔父の佐藤栄作だった)と同様に『週刊新潮』をもそそのかしたが、それよりも早く尖兵として動いたのが「泣いた読売記者」だったのだ。ちなみに45年前にはナベツネ(渡邉恒雄)は被告となった元毎日新聞記者・西山太吉の弁護側の証人として出廷した。そのナベツネが(間接的にとはいえ)部下に45年前の『週刊新潮』と同じことをやらせ、今回はいったん後追いしようとした『週刊新潮』の記者に読売を馬鹿にした記事を書いた。おそらく泣いた読売の記者は「不本意な記事を書かされた」ことよりも日頃見下しているに違いない『週刊新潮』の記者にまで馬鹿にされた屈辱に耐えかねて泣いたのではないか。そんなものは自業自得だとしか私には思えないのである。

 プロ野球でも読売軍は本拠地・東京ドームでの広島戦に3連敗し、借金を抱えて交流戦に突入することになった。本拠地で広島に負けなしの6戦全敗とは、5位のヤクルト(神宮で広島に4勝2敗)や最下位の中日(ナゴヤドームで広島に3勝2敗1分け)よりも悪い、これまたとんだ恥さらしである。今年安倍政権を倒すのは至難の業だろうが、読売軍を最下位に突き落とすくらいなら十分可能ではないか、などと現実逃避に走りたくもなる今日この頃なのである。
 先週は多忙のため更新できなかった。前回の更新から2週間経った今日は、取り上げるべき事柄が山積していてとてもではないが書き切れないが、2つの件について書く。最初が前回も取り上げた安倍晋三の改憲構想、次が天皇退位に関する件。本当は衆院法務委員会で可決された「共謀罪」法案や、安倍晋三が明白な口利きを行った加計学園(今治の岡山理科大獣医学部新設)についても書きたいのだが、記事に収まり切りそうもないので割愛した。

 まず、安倍晋三が憲法記念日にブチ上げた「自衛隊を9条に追記する」改憲構想について、各社の世論調査が行われたが、朝日を除いてすべて安倍の構想に賛成する意見が多数を占めた。朝日の調査でも賛否が拮抗し、それまでの「9条改憲に関しては反対論が圧倒的多数」という状態は、安倍が「鶴の一声」を発しただけで賛否が瞬時に逆転または拮抗する事態になってしまった。

 ただ、他社より遅れて世論調査を実施した毎日新聞が昨日(21日)発表した世論調査では、朝日同様拮抗してはいるものの9条改憲反対が賛成を上回った。そればかりではなく、4月、つまり安倍が読売に改憲構想をブチ上げる前の調査と比較しても、9条改憲の賛否の比率はほとんど変わらないという結果が報じられた(下記URL)。
https://mainichi.jp/articles/20170522/k00/00m/010/090000c

 この世論調査の記事を以下に引用する。

毎日新聞調査
20年改憲「急ぐ必要ない」59%

 毎日新聞は20、21両日、全国世論調査を実施した。憲法9条の1項、2項をそのままにして、自衛隊の存在を明記するという安倍晋三首相の憲法改正案については、「反対」31%、「賛成」28%と回答が分かれた。「わからない」も32%あった。首相は改正憲法の2020年施行を目指す考えを表明したが、それに向けて改憲の議論を「急ぐ必要はない」は59%に上り、「急ぐべきだ」の26%を大きく上回った。内閣支持率は4月の前回調査から5ポイント減の46%、不支持率は5ポイント増の35%だった。支持率が5割を切ったのは昨年11月調査以来。

内閣支持率46%に下落

 9条を改正すべきだと「思わない」は49%で、4月調査から3ポイント増えた。「思う」も3ポイント増で33%。5月3日の首相の改憲提案前後で大きな変化はない。

 9条改正派には、戦力不保持を定めた2項を見直すべきだという主張もある。ただ、今回の調査では、改正すべきだと思う層の69%が自衛隊明記に賛成した。

 首相は国会の憲法審査会に議論を委ねる姿勢を示してきたが、その途中で、自民党総裁として自ら具体案に言及した。こうした首相の議論の進め方が「問題だ」は48%で、「問題はない」の31%より多かった。内閣支持層は「問題はない」が51%、不支持層は「問題だ」が84%と対照的な結果になった。

 新たな財源が必要な高等教育の無償化について、憲法を改正して義務づけることに「賛成」は50%、「反対」は35%。教育無償化は法律で対応可能という指摘があるが、改憲による「義務づけ」への期待は現時点では高い。

 18年12月までに実施される次期衆院選で改憲を主な争点にするかどうかに関しては、「争点にする必要はない」が46%、「争点にすべきだ」は37%だった。【吉永康朗】

調査の方法

 5月20、21日の2日間、コンピューターで無作為に数字を組み合わせて作った電話番号に、調査員が電話をかけるRDS法で調査した。東京電力福島第1原発事故で帰還困難区域などに指定されている市町村の電話番号は除いた。18歳以上のいる1634世帯から、1044人の回答を得た。回答率は64%。

毎日新聞 2017年5月21日 20時48分(最終更新 5月21日 20時48分)


 これは、ちょっと不思議な世論調査結果だ。なぜかといえば、「自衛隊の存在を明記するという安倍晋三首相の憲法改正案については、『反対』31%」なのに、「9条を改正すべきだと『思わない』は49%」というのだから。これは、前者の質問に対して「『わからない』も32%あった」というところがポイントだ。

 私は、「9条を改正すべきだと思わない」のだったら安倍晋三の改憲構想に「反対」でなければならない、なぜなら、「憲法9条に自衛隊を明記する」ことは「9条を改正する」ことにほかならないのだから、と思う。というかそういう論法でなければ筋が通らない。しかし、そのように考えない人も確かにいる。少し前に、「護憲の為にこそ、憲法改正が今必要なのではないか? 」と題したブログ記事を目にしたこともある(下記URL)。
http://abmt.blog.fc2.com/blog-entry-435.html

 私は何も上記ブログ記事を頭ごなしに否定するつもりはない。上記ブログ記事が唱える下記引用文の意見には反対ではあるが。

(前略)解釈などで憲法9条の理念を超えて勝手にどんどん防衛省の権限や自衛隊の活動範囲を拡大されることが無いように、憲法9条の理念に沿った自衛隊の有り方を明確に記載した方が良いのではないだろうか。

 専守防衛の為に自衛隊を持つことを許容しているリベラルが、本当の意味で憲法9条の精神を守りたいと考え護憲を主張するならば、解釈によって簡単に読み変えられてしまうような脆弱な構造である今の憲法9条のままでは、守りきれないであろうことを真剣に考える必要があると思う」という意見には。

(『51%の真実』 2017年5月15日付記事「護憲の為にこそ、憲法改正が今必要なのではないか? 」より)


 本エントリで私が言いたいのは、上記ブログ記事に端的に見られるように、これまで、いわゆる「新9条」派(東京新聞の佐藤圭や想田和弘や矢部宏治や池澤夏樹や加藤典洋ら)の唱える「左折の改憲」、つまり自衛隊の呼称を「自衛軍」などに改めて明記する改憲案には賛成しないかもしれない人たちまで「改憲賛成」に靡かせる効果を、間違いなく「安倍改憲構想」は持っているということだ。本エントリではその理由を明記しないが(一言では書き切れないため)、私は自衛隊を9条に追記する形の「憲法改正」にも大反対だ。しかし、前回のエントリにいただいた下記のコメント(下記URL)に典型的に見られる通り、リベラル側にあっても私とは意見の異なる方が多い。せっかくの機会なので、以下にコメントを全文紹介する。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1475.html#comment20449

こんにちは。度々投稿させてもらっています。

私は世に言う「護憲リベラル」でブログ主様と多くの点で意見が一致しますが、今回は非難されることを覚悟で発言します。というのは、私は「9条1項と2項はそのまま維持して、3項に自衛隊を明記する」いわゆる加憲論にはオープンで、むしろこのような案はリベラルの側から提示されるべきだと思っているからです。そして、改憲のみならず、高等教育無償化、消費税増税延期、長時間労働の是正、同一労働同一賃金、その他もろもろで、ことごとくリベラルは安倍晋三にお株を奪われていることに危機感を感じています。

安倍晋三の恐ろしいのは、権力を維持するためには、自分の主義主張を曲げてまで何でもやるというヌエのようなところです。一言で表現すると「狡猾」なんですが、加えてメディアコントロールも巧みとくれば、昭和にどっぷりとつかったままのリベラルを抑えるなど、赤子の手をひねるようなものでしょう。実際、安倍政権の支持率が高いのは不思議でも何でもありません。思想的には極右でも、政策的にはリベラルなものを随所に散りばめて、両方からの支持を取り付けているからです。

ただ、私はそれほど悲観的にはなっていません。もちろん、今が「崩壊の時代」であることに異論はないですが、日本人が以前に比べて(全てにおいてではないですが)リベラル化しているからです。こう言うと、昭和のリベラルの方々からは怪訝な顔をされそうですが、落ち着いて考えてみれば昔に比べ様々な面で社会がリベラルになっているのがわかります。事実、安倍晋三が自分の主義を曲げてまでリベラルに迎合しているのが何よりの証左ではないでしょうか。もちろん、冷戦中の昭和的なリベラルの価値観はどんどん衰退しているのは事実で、旧社会党や社民党の退潮がそれを如実に物語っています。このトレンドはこの先も続くでしょうし、それをもって「右傾化」というのであればそのとおりでしょう。

話を改憲に戻すと、自衛隊を明記といっても簡単にはいきませんよ。明記するにはまず「自衛隊とは何か」というところから始める必要があり、これは相当紛糾するでしょう。明記するとなれば制限されてしまうので、保守派の側も相当慎重になるでしょうし、たった数年で合意形成など不可能です。だから、ブレインストーミングよろしくどんどんいろんな意見を出して議論したほうが得策ではないでしょうか。まあ、変えるなら何でもいいとばかりにメディアを駆使して大衆を洗脳し、どさくさに紛れてわーっと一気にやってしまう可能性はゼロではないでしょうし、リベラルの方々はまさにそれを恐れているのでしょうが、それを恐れるあまり硬直化してしまっては、安倍晋三の思うつぼでしょう。

余談ですが、1980年代に自衛隊の違憲合法論というのが一時的に流行りましたが、これはまさに昭和リベラルの苦肉の策です。(自衛隊が合憲とか違憲とかいう言い方は厳密には正しくないのですが、ここではそれに深入りしません。)確かにここまで無理をしないと理論破綻してしまうのであれば、議論すること自体がリスクでしょう。現代のリベラルには同じ轍を踏まないように願わずにはいられません。

以上、乱文にて失礼致しました。

2017.05.10 10:54 D.J.


 このコメントに対する私の意見も長々とは書かないが、「自衛隊を制限するつもりがタガを外してしまう」恐れが強い(タガを外そうとしている=実際、集団的自衛権に対する政府解釈の変更や安保法によって既にタガを外しまくっている=安倍晋三がこの改憲構想を言い出したのは、タガをさらに外そうとしているからに他ならない)と私は考えている。

 また、安倍改憲構想に明確に反対する側からの「立憲主義を論拠にすれば安倍改憲構想に勝てる」という意見もしばしば目にするが、これは心許ない限りだと思う。これについて、昨日ネットで目にして暗澹たる気分になった、毎日新聞の天皇退位に関する記事とそれに対するネット民の反応を取り上げる。つまり、ここからが記事の後半だ。

 下記記事は、当初毎日新聞の有料記事だったらしいが、「なんでこんな大事な記事を優良にするんだ」という読者の声が多数寄せられたらしく、毎日新聞社は下記記事の全文を無料公開した。この経緯があるので、ここでも全文引用する(下記URL)。
https://mainichi.jp/articles/20170521/k00/00m/010/097000c

陛下
退位議論に「ショック」 宮内庁幹部「生き方否定」

時代によって変わってきた天皇と国民の距離

 天皇陛下の退位を巡る政府の有識者会議で、昨年11月のヒアリングの際に保守系の専門家から「天皇は祈っているだけでよい」などの意見が出たことに、陛下が「ヒアリングで批判をされたことがショックだった」との強い不満を漏らされていたことが明らかになった。陛下の考えは宮内庁側の関係者を通じて首相官邸に伝えられた。

 陛下は、有識者会議の議論が一代限りで退位を実現する方向で進んでいたことについて「一代限りでは自分のわがままと思われるのでよくない。制度化でなければならない」と語り、制度化を実現するよう求めた。「自分の意志が曲げられるとは思っていなかった」とも話していて、政府方針に不満を示したという。

 宮内庁関係者は「陛下はやるせない気持ちになっていた。陛下のやってこられた活動を知らないのか」と話す。

 ヒアリングでは、安倍晋三首相の意向を反映して対象に選ばれた平川祐弘東京大名誉教授や渡部昇一上智大名誉教授(故人)ら保守系の専門家が、「天皇家は続くことと祈ることに意味がある。それ以上を天皇の役割と考えるのはいかがなものか」などと発言。被災地訪問などの公務を縮小して負担を軽減し、宮中祭祀(さいし)だけを続ければ退位する必要はないとの主張を展開した。陛下と個人的にも親しい関係者は「陛下に対して失礼だ」と話す。

 陛下の公務は、象徴天皇制を続けていくために不可欠な国民の理解と共感を得るため、皇后さまとともに試行錯誤しながら「全身全霊」(昨年8月のおことば)で作り上げたものだ。保守系の主張は陛下の公務を不可欠ではないと位置づけた。陛下の生き方を「全否定する内容」(宮内庁幹部)だったため、陛下は強い不満を感じたとみられる。

 宮内庁幹部は陛下の不満を当然だとしたうえで、「陛下は抽象的に祈っているのではない。一人一人の国民と向き合っていることが、国民の安寧と平穏を祈ることの血肉となっている。この作業がなければ空虚な祈りでしかない」と説明する。

 陛下が、昨年8月に退位の意向がにじむおことばを表明したのは、憲法に規定された象徴天皇の意味を深く考え抜いた結果だ。被災地訪問など日々の公務と祈りによって、国民の理解と共感を新たにし続けなければ、天皇であり続けることはできないという強い思いがある。【遠山和宏】

 【ことば】退位の有識者会議

 天皇陛下が昨年8月、退位の意向がにじむおことばを公表したのを踏まえ、政府が設置。10月から議論を始めた。学者ら6人で構成し、正式名称は「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」。11月に16人の専門家から意見聴取し、今年1月の会合で陛下一代限りの特例法制定を事実上推す論点整理をまとめた。4月に最終報告を首相に提出した。

毎日新聞 2017年5月21日 06時30分(最終更新 5月21日 06時30分)


 私はこの件で現天皇を応援する側の「リベラル」の論調に以前から危惧を抱いていた。

 昨年夏に突如発表された天皇の退位の意向表明そのものは、恒例の生身の人間が発した意見として、違憲の疑いはあるもののこれ以外の方法はとりようがなかったとしか思えなかったので、私はこれを容認し、かつ今後は天皇の意思が反映されないようにするために、皇室典範を改正して天皇の「定年制」を明記すべきだと思った。以前に「75歳定年」と書いた記憶もあるが、70歳定年くらいが妥当だろうと今では考えている。なお将来的には天皇制は廃止すべきだというのが私の意見の前提にはある。

 しかし、今回の毎日新聞記事からはっきり読み取れる通り、安倍政権や極右人士たちに反対する側(具体的には「リベラル」や宮内庁。あるいは現天皇自身も入れるべきかもしれない)まで、「陛下のお気持ち」とやらを盾にとって政権を批判することはきわめて危険だ。たまたま私は松本清張が60年代後半から70年代初頭にかけて『週刊文春』に連載した力作『戦後史発掘』の後半部分、新装版の文春文庫では第5〜9巻、単行本や旧版の文春文庫では第7〜13巻に収録された「2.26事件」を9割方読み終えた時点でこの報道に接したこともあって、「おいおい、アブナイぞその考え方は。まるで、2.26事件の青年将校たちみたいではないか」と思った。

 しかし、世の「リベラル」の多くは私とは意見が異なるようだ。もちろん中には共感できる意見もある。私が上記毎日新聞記事についた「はてなブックマーク」のコメントの中で共感したのは、下記shigeto2006さんのコメントだった(私はこのコメントに「はてなスター」をつけた)。
http://b.hatena.ne.jp/shigeto2006/20170521#bookmark-338299510

陛下の気持ちはわかるが(私が天皇だとしても怒る)、このような話が宮内庁から漏れ出てくることには危うさを感じる。日本会議などの極右勢力は論外とはいえ、これが正しいかといえば…。


 まあ私は「陛下」という表記は用いないが、それ以外は共感できるコメントだ。さらにいえば、宮内庁だけではなく毎日新聞や「陛下のお気持ち」とやらを論拠にして政権を批判する「リベラル」も十分「アブナイ」と思う。

 意外にも私が共感したのは、日頃やや距離を感じることの多い菅野完のつぶやきだった。一連のつぶやきからいくつか取り上げる。

https://twitter.com/noiehoie/status/866070899258150912

危険だな。両方危険だ。極めて危ない。


https://twitter.com/noiehoie/status/866071967874535424

宮内庁はどうも「マスコミ遊び」に淫しているように見える。 「このタイミングで、こうしたコメントを流せば、政局に介入できる」という快楽に溺れているのではないか。


https://twitter.com/noiehoie/status/866072495966740480

僕らはいいよ。そういう業界なんだから。 僕らは、承詔必謹でいい。
だけどこれ、それこそ立憲主義として危ないよ。


https://twitter.com/noiehoie/status/866072807783809025

あほなリベラルが、「ほら、安倍政権や日本会議や保守系文化人は、陛下のご意向に背いている」とかいう、俗流マキャベリズムを発動するんだろうなと思うと、気が重い。


https://twitter.com/noiehoie/status/866085896327643136

乱暴にまとめればだが、宮内庁が今のタイミングで流した 「陛下のご意向」とは、畢竟、「自分の思うような法整備にならなかったのが悔しい」ということ。
大日本帝国憲法時代でもこんなことなかったよ。


https://twitter.com/noiehoie/status/866087026650566658

近い事例といえば。。。。
先帝が「田中総理の言ふことはちっとも判らぬ。」とおっしゃり、田中義一内閣総辞職に至った例の事件ぐらいかもな。
それぐらいの「おかしさ」


https://twitter.com/noiehoie/status/866088026430070784

ある種のサーキットブレーカーとしてお上が能動的に動かれるというのは、日本の近代である以上、そうした「装置」があるのは仕方ない(これが嫌なら革命しかないけどね)。
で、その装置の存在を是認した上でも、やはりおかしいし、サーキットブレーカーは非常時にだけ発動されるべきものだ


https://twitter.com/noiehoie/status/866089685596086273

「日本会議や安倍政権は、不忠である。 陛下のご意向を足蹴にする不敬の輩である」という糾弾は、右翼の内ゲバとして右翼業界に任せてもらえればいい。
しかし立憲主義として危ないのは、むしろ、宮内庁。とんでもない話やでこれ。


https://twitter.com/noiehoie/status/866090174236602369

官邸と宮内庁で俗語で言うところの 「玉の取り合い」になってるのなら、こんなもん、近代の否定ですらある。
危ないよ。危なすぎるよ。


 私は正直言って、菅野氏が「あほなリベラル」と一緒になって宮内庁(や現天皇)の肩を持ち、安倍政権や極右人士たち(もちろん彼らに対しても「アホなリベラル」とは別個に厳しく批判しなければならないことは当然だ)を批判しているのではないかと予想して氏のつぶやきを見に行ったのだったが、全く逆だった。私は菅野氏に対する認識を改めるとともに、これは菅野氏が保守であるが故にできた発想なのであって、やはり「リベラル」はアブナイなあ(特にこのカタカナから連想されるさるお方など、宮内庁や現天皇の肩を持った政権や極右人士たちに対する批判に真っ先に飛びつきそうな気がする)と思った。立憲主義はやはり保守思想だ。

 しかし、とどめをさすべきは、深夜に教えてもらった原武史氏のつぶやきかもしれない。原氏は日本政治思想史を専攻する政治学者で、近現代の天皇・皇室・神道の研究を専門としているとのこと。

https://twitter.com/haratetchan/status/866090593851645952

昭和の戦後の頃は、閣僚が内奏の際の天皇の発言をうっかり漏らしてしまえば、それだけで憲法と抵触し、辞職に追い込まれることもあった。現在は全国紙が天皇の発言を1面トップで堂々と掲載し、多分に誤解を招きかねない図までつくってその発言を「正当化」しても問題にならない時代になっている。


https://twitter.com/haratetchan/status/866103938189189120

私は平川祐弘氏や渡部昇一氏らとは根本的に意見を異にしますが、だからと言って彼らをあたかも「陛下のお気持ち」をないがしろにする君側の奸のごとく糾弾するかのような論調には、正直言ってかなりの違和感を覚えます。


https://twitter.com/haratetchan/status/866111409792274432

もしも共謀罪の成立を昭和初期の治安維持法の再来として糾弾している人が、「陛下のお気持ち」を絶対のものととらえ、平川氏や渡部氏を君側の奸であるかのごとく糾弾したとすれば、それは同じ時期の「超国家主義」と同じ思考に陥っているということに気付いていないと言わざるを得ない。


 そうなのだ。天皇の「お気持ち」を論拠にして現政権を批判する今の「リベラル」のあり方は、2.26事件を引き起こした青年将校たちの思考と瓜二つとしかいいようがない。「超国家主義」で直ちに連想されるのは北一輝であり、北はパシリの西田税(みつぎ)ともども2.26事件で処刑された右翼思想家だ(但し。松本清張や近年の歴史家たちが指摘する通り、北や西田は2.26事件の首謀者だったとはいえない)。

 ちなみに昭和天皇は2.26事件を引き起こした青年将校たちに対して激怒し、多大なる政治力を発揮して同事件を鎮圧させ、首謀者たちを死刑に追い込んだ。それを高く評価する歴史家たちもいるかもしれないし、菅野完は「ある種のサーキットブレーカーとしてお上が能動的に動かれ」た例として、あるいは2.26事件を念頭に置いているのかも知れない(だからこそ「近い事例」として2.26事件ではなく「先帝が『田中総理の言ふことはちっとも判らぬ。』とおっしゃり、田中義一内閣総辞職に至った例の事件」を挙げたのだろうと推測する)。実際、清張の本を読む限り、昭和天皇が大きな政治権力をふるわなかったならば、あるいは真崎甚三郎政権が出現し、真崎が「軍部ポピュリズム政治」とでもいうべきデタラメな政治を行ったかもしれないと思う。その場合はその場合で、日本が現にたどった歴史とは違う形で「崩壊の時代」の崩壊を終えていたに違いないと思う。

 しかし、ここからが言いたいことだが、2.26事件で筋の通らない青年将校たちの叛乱をトップダウンで鎮圧させた昭和天皇は、青年将校たちが属した「皇道派」と対立していた「統制派」に属する東条英機を深く信頼し、その結果やはり日本は「崩壊の時代」を経験してしまったのだった。

 天皇のキャラクターに頼る今の「リベラル」のあり方は、やはり危険極まりない。それこそ「権力を縛る」立憲主義を全く理解していないとしか言いようがないのではないか。早い話、右翼系の天皇が現れた時、今の「リベラル」のあり方ではこれに全く対抗できない。

 立憲主義を全く理解していないのは、何も安倍晋三や自公政権に限らない。そう強く思う今日この頃なのである。
 今年の黄金週間中に、安倍晋三が改憲を仕掛けてきた。今度は2020年施行というタイムリミットも設けてきた。

 正直言って、ただでさえ気の重い連休明けの日に取り上げたくない件なのだが、取り上げないわけにはいかない。

 今回読売新聞などで安倍晋三がブチ上げた改憲構想(以下「安倍改憲構想」と仮称する)の目玉は、なんといってもこれまでさんざん批判に晒されてきた2012年の自民党第2次改憲草案を棚上げして、改憲草案にあった「9条2項を変えて『国防軍』を書き込む」方針を一転させて「9条1項と2項はそのまま維持して、3項に自衛隊を明記する」という策に出てきたことだ。合わせて、教育無償化も憲法に書き入れるという。

 正直言って、今回は手強いと思う。もちろん、憲法遵守義務のある内閣総理大臣の安倍晋三自ら改憲構想を言い出すことは憲法違反の疑いが強いとか(これは5/7のサンデーモーニングで岸井成格が言っていた)とか、よく言われる「立憲主義をないがしろにする安倍政権下での憲法改正には絶対反対」とか、石破茂が言ったらしい「これまでの自民党内の議論とは整合しない」という意見など、いろんな反対論はあるが、いずれも世論に訴えて「安倍改憲構想」反対を国民の多数意見を形成できるかといえば誠に心許ないというのが正直な感想だ。

 憲法学者を見渡しても、たとえば一昨年の「安保法案反対」で共同戦線を張った改憲派の小林節と護憲派の樋口陽一が今回も共闘できるかといえば、どうだろうか。小林節は昨年だったか独自の改憲論を新書で発表していたように記憶するが、今回の安倍改憲構想について何を言っているか、軽くネット検索をかけたがわからなかった。水島朝穂が毎日新聞にコメントした内容は、有料記事(5ページ分は無料で読めるのでそれで読んだ)なので記事の引用はしないが、従来の自民党や安倍自身の主張と整合しないとか教育無償化は維新への配慮だろうとか安倍が言い出したのは森友学園事件から目をそらさせるためではないかなどなど、最後の森友学園云々以外はおっしゃる通りだと私も思うが、広く国民の理解が得られるかといえば誠に心許ない。また毎週更新している水島氏のサイトのコラム「直言」でも本日付の記事ではドイツの話が取り上げられていて、

日本国憲法施行70年や安倍政権の改憲動向については、来週以降の「直言」で書く予定である。

とのことだ。

 何より「やられた」と思うのは、「安倍改憲構想」の9条改憲の、2項はそのままにして3項を書き込むという案は、従来から小林節や矢部宏治や池澤夏樹や想田和弘や加藤典洋やその他多くの人たちが提案してきた「改憲案」よりマイルドだということだ。だから、憲法遵守義務だとか自民党の従来の改憲案と整合しないなどの論法が出てくるのだが、前者はともかく石破茂などが言っている「従来の自民党内でやってきた改憲の議論と整合しない」というのは、「右」からの「安倍改憲構想」への批判に過ぎない。リベラル・左派がこれに頼っているようでは勝機は全く見出せない。

 「野党共闘」を叫ぶ護憲派の間では、民進党さえしっかりしてれば勝てるという意見もある。しかし、その民進党自体の存続が危ぶまれる事態になっている。

 投票日まであと2か月を切った東京都議会選挙では、周知のように民進党の支持層の多くが「都民ファーストの会」に侵食されて民進党が歴史的大敗を喫する可能性が濃厚になっている。これは民進党の崩壊の引き金になる可能性が高い。民進党は既に大阪では国会(衆院選挙区では辻元清美のみ)はおろか府議会でも全88議席のうち1議席しかない政党になっている。東京でも同じような状態になれば、もともと「都市型政党」のはずだったことを考えると、党の大分裂というか雲散霧消が現実味を帯びてくる。

 しかも、今後国政への進出が予想される「都民ファーストの会」代表の野田数が、大日本帝国憲法の復活を求める、安倍晋三どころではないとんでもない極右であることを考えれば、「民進党さえしっかりしていれば安倍の改憲を阻止できる」などというのは、全くあてにならない楽観論だとしか私には思えない。それでなくても、民進党の議員の多くは保守か右翼であって、今は岡田克也代表と枝野幸男幹事長の時代に敷かれた「立憲主義に反する安倍総理の下での壊憲には反対」という基本方針に従っているだけだから、彼らが「都民ファーストの会」の国政版政党に移った時には改憲賛成側に回ることは目に見えている。

 この記事を書く直前に、東洋経済新報オンラインに泉宏氏という人(調べてみると元時事通信の政治部長らしい。当然保守系の人と思われる)が書いた「安倍改憲の本丸『9条改正』に待ち受ける関門」と題した記事を読んだ(下記URL)。
http://toyokeizai.net/articles/-/170745

 上記リンク先の記事によると、

首相が着目したのは施行70年の節目となる憲法記念日だった。4月24日夜には、数年前に独自の改憲試案を紙上で発表した読売新聞の渡辺恒雄・グループ本社主筆と会食。同26日には同紙の単独インタビュー応じ、その内容が同紙の5月3日朝刊の一面トップに掲載された。

とのことだ。

 やっぱりナベツネの入れ知恵だったのか。道理で手強いはずだ。ナベツネはもうヨボヨボで、現場の記者たちが取り仕切るようになったと思い込んでいたが違ったようだ。

 今回の「安倍改憲構想」は安倍のもともとのイデオロギーとは整合しないが、安倍や自民党が多くの「顔」を持っているとは、従来から坂野潤治が指摘していたことだ。

 4年前の「96条改憲」の時と違って、今度は安倍晋三は本気だ。多くの人があらゆる知恵を振り絞って全身全霊で対抗言論を紡ぎ出して世の人々を説得できなければ勝てない(この記事で具体的なことを書けないのは私の無能による)。いくら世論調査で「9条維持」が多数派だとはいっても、「いや、2項はそのままにして3項に自衛隊を明記するだけだから」と言われれば9条改憲賛成に転向する人間が続出するのは目に見えている。なにしろ、NHKは岩田明子を頻繁に登場させて視聴者の洗脳に余念がないし、読売は完全に安倍自民党の機関紙と化している。

 次の世論調査では、「安倍流の9条改憲」に賛成する人が一気に増えるのではないか。それはほぼ間違いないように私には思われる。