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きまぐれな日々

 これはこのブログの最後から2番目のエントリになる予定だ。最後のエントリをいつ更新するかは全然決めていないがだいぶ先になると思うので、今後しばらくは、というよりかなり長い間、このエントリが最後の更新になるだろう。最近は自分でもアクセスしなくなったくらいだからブログのアクセス数は日に2桁にまで落ちた。ブログの閉鎖は考えておらず、公開した状態で更新を停止するつもりだ。

 実質的なブログの終わりと「平成」とやらの終わりが重なったが、これはもちろん偶然だ。だがもう一つの偶然として、どうやら今の「野党共闘」の終わりが見えてきたらしいことが挙げられる。

 いうまでもなく、21日に投開票が行われた衆院大阪12区の補欠選挙について言っている。この補選で、「野党統一候補」の元共産党衆院議員・宮本岳志は、10%の得票率を超えることができず、供託金没収の惨敗を喫した。

 この負け方の異常さを冷静に指摘しているのは、ネットでの世論調査や選挙の分析にかけては押しも押されもしない第一人者である三春充希(はる)氏のツイートだ。以下いくつか引用する。

https://twitter.com/miraisyakai/status/1120150059109060609

#大阪12区補選 選挙結果

藤田文武氏 60,341票(得票率38.49%)当選✅
北川晋平氏 47,025票(得票率30.00%)
樽床伸二氏 35,358票(得票率22.56%)
宮本岳志氏 14,027票(得票率 8.95%)

19:19 - 2019年4月21日


https://twitter.com/miraisyakai/status/1120150873777168384

前回選挙にあたる48回衆院選(2017年)の大阪12区で、共産の松尾正利氏は22,858票を得ていた。今回、宮本岳志氏は無所属で共産・自由・社民大阪府連推薦だけれども、投票率がほぼ変わらない中で、14,027票にとどまっている。

19:22 - 2019年4月21日


https://twitter.com/miraisyakai/status/1120196971199778817

宮本岳志氏は共産党の所属だが、大阪12区補選では無所属で立候補し、共産党に加え、自由党・社民党大阪府連が推薦する形をとった。しかし得票数は14,027票で、これは過去に大阪12区で候補となったあらゆる共産党の候補よりも少ない。共産党だけを見ても、このような結果になっている。

22:25 - 2019年4月21日


https://twitter.com/miraisyakai/status/1120201862165123072

大阪12区の現場で動いていた人たち、特に共産党の人たちが何を感じ、何を思っていたのかが気になる。

22:45 - 2019年4月21日


 上記4件のツイートのうち、2番目のツイートには、下記の反応があった。

https://twitter.com/Schneider_svr/status/1120173433747152896

前回は樽床氏が出ていないから前々回との比較が必要かと。
前々回 自民北川 68,817(40.0)
    民主樽床 43,265(25.2)
    維新堅田 41,649(24.2)
    共産吉井 18,257(10.6)
それでも得票率もだいぶ下がっているので今後も厳しいですね

20:52 - 2019年4月21日


 今回の補選での宮本岳志の得票は、現在の選挙制度になった1996年以降、どの衆院選での共産党の候補者より少ない。但し、政権交代選挙となった2009年と、安倍晋三が政権の座をトリモロした2012年の衆院選よりは得票率は少しだけ高い。とはいえ最後に引用したツイートが指摘する通り、樽床伸二が立候補した前々回(2014年)を得票数、得票率とも下回るから、宮本陣営は共産党支持層さえまとめきれなかったというほかない。「共闘」がうまく行かなかった時、1+1が2より小さくなる例はよく見かけるが、1+1が1より小さくなるなどという例は初めて見た。「野党共闘」とは、1+1を2より大きくして初めて成功と評価されるものであり、2016年の参院選の一人区ではそれが実現できていた。しかし今回は、2より大きくするどころか1より小さくなる、つまりもともとの候補者の支持基盤である共産党支持層の離反を招いてしまうという論外の結果に終わった。

 これが、宮本岳志の政治家としての資質に問題があるとかいう話なら候補者のせいにできるのだが、周知の通りそうではない。逆に宮本岳志は次代の共産党のホープとも目される有能な政治家だ。

 その宮本岳志に衆議院を辞職して無所属で「野党共闘」候補として大阪12区の補選に立候補させようと口説いたのが小沢一郎だったと言われている。朝日新聞出版のAERAの記者に宮本陣営の幹部が語ったところによると、

「共産党の現職議員を無所属にして野党が推して選挙するなんてことは聞いたことがない。到底、うちから出るアイデアじゃない。小沢さんの仕掛けだと聞いている。わざわざ、国会の最中に幹部が宮本候補を呼び出して口説いたようです」

とのこと。実際、いかにも小沢一郎が考えそうな手口だ。共産党はこれに乗っかり、ネットを中心に、支持者たちは「本気の野党共闘」をやっているかどうかを価値基準にして、立憲民主党や国民民主党が宮本に推薦を出さないことを激しく攻撃した。要するに彼らは「自由党・共産党・社民党=善玉、立憲民主党・国民民主党=悪玉」という構図を作り上げたのだが、これは2012年の衆院選で小沢一郎が嘉田由紀子を担いで立ち上げた日本未来の党が彼らの分裂元である民主党を攻撃した構図の再現だった。そして、彼らはこの構図をを上から押しつけようとしたのだ。

 彼らの独善的な言動は無党派層の心を全く掴めず、立民や民民の支持層ばかりではなく、お膝元の共産党支持層まで離反させてしまった。今回の衆院大阪12区補選の結果はそのように総括されなければならない。運動の矛盾が誰の目にも明らかなように露呈した選挙結果だった。

 このカタストロフィの張本人は上記に指摘した通り小沢一郎だが、この小沢こそ「平成」を象徴する政治家の一人であり、1989年(平成元年)に成立した海部政権で実権を握って自衛隊の海外派遣に執念を燃やしたことに始まって、共産党を右傾化させるのに成功して比例代表で当選した共産党衆院議員を辞職させて「野党統一候補」として担いで喫した大惨敗で終わった。小沢は、小泉純一郎・安倍晋三と並んで「平成」の政治を悪くした「三悪」の一人に数えられよう。小沢が中心となって実現させた、衆院選への小選挙区制の導入を軸とする「政治改革」ほど「平成」の政治を悪くしたものはなかった。

 今回の補選で、わざわざ比例代表で当選した共産党議員を辞職させたことが象徴的だ。もうほとんど誰も指摘しなくなっているが、現在の「野党共闘」は比例代表制を中心とした選挙制度の改変を事実上全く目指していない。衆院選後には必ず起きる「小選挙区制の問題点」の議論は、衆院選を数か月後に控えているかもしれない現在、全く行われていない。それはいうまでもなく、「野党共闘」の事実上の最高指導者である小沢一郎が「小選挙区制原理主義者」であって、小沢にとって比例代表制など以ての外だからだ。ここに「野党共闘」の最大の欺瞞がある。

 私は、比例代表制を中心とした選挙制度の改編を目標とした野党共闘であるならば、それに大いに賛成する立場の人間だ。なぜなら、小選挙区制下の選挙では与党が圧倒的に有利で、少ない得票率で圧倒的多数の議席を得てしまうから、それを阻止するためには野党共闘が不可欠だからだ。2016年の参院選では当時民進党代表だった岡田克也の尽力もあって、ようやく一人区で1+1が2を上回る結果を出した。私はこの時初めて岡田克也を(経済政策は全く買わないけれども)評価する気になり、同時に、それまで散々批判していた「野党共闘」に期待する気もになったのだが、選挙後ほどなく岡田克也は細野豪志や前原誠司を筆頭とする当時の民進党右派の政治家たちによって下ろされてしまい、「野党共闘」に小沢一郎が占める比重がどんどん重くなっていった。もっとも、2015年に始まった「野党共闘」の仕掛け人は他ならぬ小沢一郎であり、同時に2016年当時には小沢は既に前原誠司とつるんでいたから、今にして思えば民進党右派による「岡田降ろし」は当然の出来事ではあった。

 そして「野党共闘」は、「(保守)二大政党原理主義者」である小沢一郎を事実上の最高指導者に仰いだ必然的帰結として、比例代表制への改編を軸とする選挙制度の議論はタブーとされ、「野党共闘」が自己目的化していった。そこに最大の問題がある。その矛盾が露呈したのが今回の衆院大阪12区補選の結果だった。

 これからの日本の政治にとって最大の課題の一つが、この比例代表制を軸とした選挙制度の再改変だと私は堅く信じる。そして、この主張をもって、この『きまぐれな日々』の更新を事実上終えることにしたい。

 最後に種明かしをしておくと、このブログの最後のエントリは、安倍晋三政権がいかなる形でも終わった時に本当の「最後の記事」を書いて公開するつもりだ。なぜなら、このブログは13年前の2006年4月16日に、当時第3次小泉純一郎内閣の官房長官だった安倍晋三が総理大臣に就任するのを阻止するために立ち上げたブログだからだ(但し、最初の頃は仮面を被っていて、安倍晋三批判を始めたのは同年6月だった)。それが途中からは小沢一郎も主要な敵の一人に加わったが、最後はやはり安倍政権の終わりで締めなければならない。安倍晋三打倒の初心は今も忘れていない。

 長い間ご愛読どうもありがとうございました。『kojitakenの日記』は今後も運営を継続しますので、引き続きよろしくお願いします。
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 前回の更新からまる4週間が経った。2月は28日しかないのに対して3月は31日まであるが、今年は最後の2日が土日なので週末より前に更新するとしたら今日更新するしかない。前回に続いてまたしても「追い込まれ更新」となった。あともう1回4月に更新したら無期限でお休みし、いつか最後の1回の更新をしようと思っている。ブログの更新を停止するのが少し遅すぎたかもしれない。

 この1か月間、日本の政治は奇妙な「凪」の状態にあったが、日本経済はどうやら後退期に入ったようだとする観測が強まってきた。つまり土台が崩れ始めている。ところが安倍政権も与党も、そして批判勢力であるべき野党も劣化が激しく、「批判する言説が絶え果てた崩壊の時代」の崩壊はもうどうしようもない段階にさしかかってきた。

 もうあと数日したら「新元号」とやらが発表され、またしてもマスメディアが音頭をとって無意味な騒ぎが繰り広げられる。政権批判側も新元号に安倍晋三の名前にちなんだ「安」の文字が入るかどうか、などというどうでも良いことを焦点にしてしまうどうしようもなさで、そんなものはどっちになったって安倍政権は損はしない。「安」の字が入ったら、時代を表す年数表記である元号に自らの名前を入れるほど安倍の独裁が強まった象徴になるし、入れなければ入れないで、「安」の字が入るのではないかという観測があったのにそれをゴリ押ししなかった「安倍さん」は意外とまともだ、などというトチ狂ったことを言い出す人間が現れかねない。政権批判側が元号そのもの(というより天皇制)への批判を避けている限り安倍政権は「安」泰だ。

 数日前には秋篠宮家の佳子氏が、婚約解消のプレッシャーを強く受けている姉の眞子氏側に立つコメントを発して、「裏切られた」右翼たちの猛反発を買っている。しかしこれは批判する方がおかしいし、ひいては日本国憲法第24条が適用されない皇族という立場がいかに当人たちを苦しめるものであるかを示している。つまり、眞子氏や佳子氏ら「皇族」もまた、天皇制の被害者だといえる。それならなすべきことは天皇制を批判し、天皇制の廃止を目指すしかないと考える。

 現天皇にしても秋篠宮にしても、天皇制を守りたいと思っているからこそ、年数の換算がやりやすい30年(現在は「平成31年」だが、5月からは「なんとか元年」になるので、十の位を足し引きするだけで換算できてしまう)で退位したり、大嘗祭を簡素化しようとしたりなどと考える。しかし彼らの考えの根本は天皇制の継続だから、眞子氏の婚約に対してはネガティブな態度をとり続けている。秋篠宮は露骨にそうだし、天皇も皇太子と秋篠宮とでは「秋篠宮寄り」のようにしか見えない。マスメディアは露骨に眞子氏の婚約者やその母親を罵り続けている。一番の被害者は眞子氏であり、佳子氏はその妹として当然の同情を寄せるが、それに対してこれまで特に佳子氏を異様なほど持ち上げてきた右翼たちから攻撃を受ける。眞子氏や佳子氏にとって日本の右翼ほど腹立たしい人たちはいないのではないか。

 さらに改元後は現天皇・皇后や秋篠宮らと比較して「宮中祭祀に熱心でない」とされる皇太子夫妻が天皇と皇后になる。4年前の2015年3月、大著『皇后考』を上梓した原武史は奥泉光との出版記念対談で下記のように発言した。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/42567?page=4

奥泉: 宮中祭祀というのは、現在も変わらず続けられているんですか?

: ええ。しかも明治・大正・昭和・平成と四代を比べると、現天皇・皇后ほど熱心な人はいません。二人とももう80歳を超えています。宮中祭祀というのは肉体的にもハードなので、もうやめてもおかしくない。でも、いまの天皇・皇后は自分たちが祈らないと、という気持ちがすごく強いように思います。

奥泉: 最近、大災害が起こるたびに、二人が祈る姿をよく目にします。皇后は一歩引いて天皇の後をついていく印象ですが、本当は彼女の宗教的な個性が大きな意味を持っているのかもしれませんね。

: そういう意味では、祈りと行幸啓を二本柱にした皇室の存在感は、昭和のとき以上に増している感じがします。『皇后考』の最後に「現皇后こそは最高のカリスマ的権威をもった〈政治家〉である」と書きましたが、しかし同時に、それでは次代はどうなるのかと考えると、とても心もとない。その帰結は近い将来にわかるでしょう。


 先日、11日間かけて『皇后考』を読み終えたが(解説文を合わせて650頁を超える大著だ)、この本の主題は実質的に大正天皇の妃だった貞明皇后に焦点を当てた論考であって、昭和天皇妃の香淳皇后や現美智子皇后への言及は至って少ない。原武史描くところの貞明皇后は、筧克彦に影響された神がかり的というか国家主義的・極右的な信念と並外れた知力と体力を持った「異形の皇后」であり、原の仮説によれば昭和天皇も実母である貞明皇后に頭が上がらず、「勝ちいくさの継続」にこだわる貞明皇后に忖度して終戦の決定が遅れてしまったのではないかとのことだ。その貞明皇后が心酔した筧克彦は戦前の東京帝大教授で、講義を始める前に「いやさか!」と叫び、抗議の終わりには「いやさか、いやさか、いいやあさあかああ」と大声で長々と歌うように三唱したと、立花隆がこれも大著である『天皇と東大』(文春文庫版(2013)第3巻104-105頁。同じ箇所に、筧克彦が貞明皇后に対して8日間かけて行った連続講義の内容を、岩波書店が豪華本として出版したことが記されている。岩波もこんなことをやっていた)に書いていた。その筧が唱えたのが「神ながら(惟神)の道」(かんながらのみち、または、かむながらのみち)であり、狂信的な国家神道の思想だ。それを貞明皇后は信奉した。

 とんでもない話だが、それくらいの狂信に支えられた精神力がなければ皇后は務まらなかったのかもしれない。原によると、貞明皇后はもともと天皇家を近代化するために「一夫一婦制」に相応しい体力を持った女性を迎えるという(容姿重視を排した)観点で選抜されたが(そのくだりを読んで、第1次安倍内閣時代の2007年に一時話題となった柳澤伯夫の「産む機械」という言葉を思い出した)、天皇家に入った頃は周囲からの冷たい目に苦しめられたという。その貞明皇后自身も昭和天皇と香淳皇后の結婚に反対し、香淳皇后もまた現天皇と美智子妃の結婚に反対した。現皇太子夫妻は結婚に反対は受けなかったが、男児を産めなかった現皇太子妃の雅子氏は、若い頃に逆風を受けなかった分だけよけいに苦しんだのかもしれない。雅子氏には貞明皇后以来3代の皇后のような図太さは持ち合わせがないのではないか。だから原武史に「とても心もとない」と露骨に言われる。言わずもがなだが、それが悪いという意味ではもちろんない。

 一方、天皇制の最大の支持者である右翼たちにとっては生身の皇族たちの苦しみなどどうでも良く、彼らの言う「日本の伝統」であるところの宮中祭祀の重視を当然のごとく要求する。近年、皇太子夫妻より秋篠宮家一家の方が右翼たちの間に人気があったのは、秋篠宮一家の方が皇太子夫妻よりも期待に応える資質を持っているのではないかと彼らが勝手に想像したためだ。秋篠宮には確かにそういうところがあるが、眞子氏と佳子氏は右翼たちの期待を裏切った。

 彼らの批判の矢は、今後は眞子・佳子姉妹に加えて次期皇后・雅子氏に向けられることになろう。次の元号の時代には、否応なく天皇制を問う議論が活発になるのではないか。現在、「リベラルな天皇・皇后両陛下」とやらに心酔している「リベラル・左派」たちは、あっという間に時代に取り残されることになるかもしれない。
 2月最後の日になった。

 このブログの更新停止を決めたのが昨年秋で、URLにある"blog-entry-15**"の**が15になる1515番のエントリを最後の更新にしようと決めたのだった、以後、ほぼ毎月1度の更新をしてきたが、1512番の記事を公開するはずだった今月はここまで更新できずにきた。「はてなブログ」に移行したばかりの『kojitakenの日記』を毎日更新することに腐心していたためだ。しかし、2006年4月の開設以来、毎月少なとも1件の新しいエントリを公開してきたので、それだけは続けたいと思って2月最後の日にブログを更新することにした。今後の心づもりを書くと、来月と再来月にも1件ずつ新しいエントリを公開して1514番の記事に達したら、最後のエントリは5月とは決めず、区切りとなる出来事があった時に最後の更新をしようと思っている。

 最近注目されたニュースは沖縄の辺野古沖埋め立ての是非を問う県民投票だった。これには保守系というか右翼系の首長がいる沖縄県内の5つの市(宮古島・宜野湾・沖縄・石垣・うるま各市)が当初参加しないと言っていたが、投票の選択を埋め立てに「賛成」「反対」の2択からほか「どちらでもない」を加える3択にしたことで全市町村の参加にこぎつけた。この2択を3択にしたことについては、「どちらでもない」を選ぶ人が出ることで「反対」の割合が減るリスクが大きいのではないかと当初懸念した。これについては世論調査や選挙の分析をネットで発信して定評のある三春充希(はる)氏の意見に共感した。はる氏は県民投票の実施にも3択にも反対だが、実施する以上は投票率を上げようと熱心に発信を続けられた。その姿勢には感服させられたが、玉城デニーには、おそらく3択でも「反対」が多数を占める確信があったのだろう。実際、勝ち目がないとみた自民党と公明党が危険を呼びかける作戦に出たため投票率は52.48%にとどまったが、投票総数605,385票、有効投票数601,888票に対して「反対」は434,273票で投票総数の7割を超えた。「賛成」は114,933票、多く出るのではないかと懸念された「どちらでもない」は52,682票、率にして9%にも満たない少数にとどまった。反対票は、昨年の沖縄県知事選における玉城デニー候補の得票数を上回り、圧倒的な民意が示された。

 安倍晋三がこの県民投票の結果を無視して辺野古沖の埋め立てを続けると国会で明言したことは、この男の日頃からの言動から予想できない人は誰もいなかったと思うが、問題はマスメディアや「本土」の人間のあり方だ。

 新聞・テレビなど大手マスメディアの安倍政権への「忖度」は相変わらずで、たとえばかつてはこの種の問題にはニュートラルな報道をしていた日経新聞なども露骨に安倍政権寄りの記事を書いていた。産経はいつものように安倍政権は埋め立てを続けよと絶叫していた。一方、朝日や毎日は埋め立てを止めよとする社説を出した。

 問題は、安倍晋三がもっとも頼りとする読売だ。この日本一卑劣な新聞は、系列のプロ野球球団ともども私が忌み嫌って止まない「敵の本丸」なのだが、この新聞は住民投票を一面トップで報じず(一面中ほどで報じ、その扱いはなんと「経済新聞」を標榜する日経よりも小さく、社説でも県民投票を取り上げなかった。このやり方は狡猾そのものであって、下手に基地建設論を叫ぶ産経の経営が怪しくなって記者の採用もままならない窮状に陥っているのに対し、読売は部数を減らしているとはいえその王座に揺るぎはない。蛇足だが、プロ野球の読売軍(ジャイアンツ)も広島からFA宣言で移籍した丸らを獲得して、リーグ優勝を丸の移籍元の広島と争うと予想されている。

 「本土」の人間も、いわゆる「リベラル・左派」を含めて、読売と同じような反応をする人間が目立った。「見て見ぬふりをする」というやつだ。右翼や政治に無関心なそうはともかく、「リベラル・左派」についていえば、「日本はアメリカの『属国』だから基地の建設を止められないのさ」とするニヒリスティックな態度が目立った。

 だが、それは間違っている。一昨日(2/26)公開した『kojitakenの日記』の記事「ダルビッシュ有が『安倍信者』が発した人種差別ツイートに反論していた」の書き出しの部分に書いた内容を以下に再掲する。

(前略)あれは「日本はアメリカの『属国』だから辺野古基地建設を止められない」のではなく、私を含めた日本「本土」の人間に安倍晋三や自民党を止める意志を持たないから止まらないだけだ。安倍晋三や自民党の政治家は惰性力で動いているが、それを止められない「本土」の人間も惰性力に流されて堕落している。それを「強大なアメリカの意向だからどうにもならない」と言って自らを慰めるのは、アメリカを己のふがいなさの免罪符にして自らの堕落を直視することを避ける怯懦な姿勢でしかない。本当に辺野古にこだわっているのは米軍やトランプではなく、日本の保守政治家たちなのだ。あらゆる意味で「属国論」は間違っている。


 この「属国論」はいわゆる「小沢信者」系の人々には特にそれを唱える人が多いが、何も彼らに限らず、「リベラル・左派」一般に広く浸透している。彼らの心の琴線に触れるのが、孫崎享の『戦後史の正体』、矢部宏治の『日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか』や『知ってはいけない』、白井聡の『永続敗戦論』や『国体論』などの、私に言わせれば百害あって一利なしの書物群だ。いったん「アメリカの強大さ」にとらわれてしまうと、ちょっとくらい反対したって何にもならないだろうとの諦めにつながってしまう。その「アメリカのやることは止められない」という諦めが、基地建設継続を事実上後押ししているのだ。これは、いわば自覚せざる「見て見ぬふり」であって、そんな態度では安倍晋三や読売やNHKの岩田明子ら、意図的に「見て見ぬふり」をする勢力の思う壺だ。

 「リベラル・左派」の諦めが「崩壊の時代」にストップさせられない元凶の一つだ。そう声を大にして言いたい。
 2019年が明けた。今年もよろしくお願いします、と書きたいところだが、この記事をこのブログの最後から5番目の記事とする予定だ。

 そういえば今年は「平成」とやらも終わるとのことだが、1月10日付の『kojitakenの日記』にも書いた通り、年末年始のテレビで、普段西暦しか使わない民放各局が「へーせー、へーせー」と連呼していたのには本当にうんざりさせられた。個人的には「へーせーの終わり」なんかより「『はてなダイアリー』の終わり」の方が感慨深い。自分から終わりを決めているこのFC2ブログと違って、「はてなダイアリー」はブログサービスの方から終わりを強いられるからだ。ちなみに、昨年後半からブログ更新のモチベーションが目立って落ちていた私は、今年春と聞いていた「はてなダイアリー」の更新停止が1月28日に前倒しされたことを先週木曜日か金曜日だかになってやっとこさ知って慌てふためいているところだ(苦笑)。

 そんなこんなで、終わりか始まりかわからない2019年の幕開けとなったが、「終わりか始まりかわからない」といえば、安倍晋三政権がその最たるものだろう。

 安倍政権及び政権与党の自民党は、中身が腐ってきたばかりでなく、支柱までもがぐらついてきている。かと言って「反安倍」のたとえば「市民連合」が掛け声をかける「野党共闘」が安倍政権を倒すのではなく、何らかのきっかけでいつか政権が自壊するのだろうとしか私には思えないが、とは言ってもその「自壊」はそんな遠い未来のことではないことを感じさせる兆しがいくつも表れ始めた。

 「自壊」が何をきっかけにして起きるかは全くわからない。経済かもしれないし、外交かもしれない。ただ、「市民連合」が熱心な憲法問題から自壊することはないだろう。

 今の日本は、統治機構が溶解しつつある様相を呈している。その表れが、現在話題になっていることを例に挙げれば、たとえば厚労省の「毎月勤労統計」の改竄だし、東京五輪招致をめぐるJOC(竹田恒和)と電通の贈賄疑惑だし、日露外相会談後の共同記者会見への出席を外務大臣の河野太郎が拒否するという前代未聞の醜態だ。この河野太郎は、昨年終わり頃にも記者会見で質問に答えず「次の質問どうぞ」と言って逃げたが(この時河野が答えなかったのも日露関係に関する質問だった)、それと同質のことを日露外相会談後の共同記者会見への出席拒否というかたちでやらかしたものだから、ロシア側から強い批判を浴びた。以下、朝日新聞デジタルから記事を引用する。

https://www.asahi.com/articles/ASM1G0S5YM1FUHBI01G.html

ロシア「日本が共同会見を拒否」 外相会談を前に批判

モスクワ=石橋亮介 2019年1月14日09時28分

 ロシア外務省のザハロワ報道官は13日、ロシア国営放送のテレビ番組に出演し、モスクワで14日にある日ロ外相会談後の共同記者会見を「日本が拒否した」と語った。「日本は平和条約問題で情報の不安定な状況を作り出して人々を惑わす一方、協議の結果を記者会見で伝える意思はない」と主張。「奇妙で矛盾した行動だ」と批判した。

 ザハロワ氏は「最も驚いたのは、協議の前日になって日本が共同記者会見を開かないよう頼んできたことだ」と説明。日本側はその代わりに日本メディア向けの非公開の説明をすることにした、と述べた。

 日ロは昨年11月の首脳会談で、歯舞群島と色丹島の引き渡しを明記した日ソ共同宣言を基礎に、平和条約交渉を加速することで合意した。だが、ロシアは同宣言には引き渡し後の島の主権が「どちらになるのか触れられていない」(プーチン大統領)などと主張し、島の引き渡しに否定的な構えを崩していない。

 このため、日本で北方領土の引き渡しを前提とした議論があることにロシア側はいらだちを募らせている。ザハロワ氏の発言は、日本政府が交渉の進み具合について、自国向けだけに独自の解釈を広めようとしている、との警戒感を示したものだ。(モスクワ=石橋亮介)

(朝日新聞デジタルより)


 要するに、河野太郎というか安倍政権は、ロシア向けと国内向けに二枚舌を使おうとしているわけだ。

 「大本営発表」で日本国民を騙すことができた(?)戦時中ならともかく、世界中から情報が流れ込み、それをシャットアウトできない時代に、こんなことをやっている。ザハロワ報道官は「日本側はその(共同記者会見の)代わりに日本メディア向けの非公開の説明をすることにした」と皮肉っているが、この「非公開の説明」を日本国民に宣伝するのが、いまや平壌中央放送の女性アナウンサーと変わるところが何もないNHKの岩田明子による「外交の安倍」とやらの嘘宣伝なのだろう。

 これを、統治機構の溶解の結果と言わずして何と言おうか。

 もうだいぶはっきりしてきたが、現在の「崩壊の時代」は、前の戦争の時と違って、「終戦」(=敗戦)という形で、いわば爆発して終わるのではなく、徐々に溶解していって最後は混沌(カオス)に至るのだろうと思う。その結果、そこからの再建も、ゼロからの再出発に近かった「戦後」とは異なり、ドロドロに粘りつく溶け残りに足を取られながらの困難極まりないものになるに違いない。

 だから、どのような「再建」になるかは全く想像もつかないのだ。
 今年は例年だと仕事が楽になる12月後半に飛び入りの仕事が入った。それがようやく終わったのが3連休明けの25日で、やっと今回を含め「あと6回」を残すだけになったこのブログを更新する次第。

 このブログの更新頻度は月1回にまで減ってしまったが、最近では日常的に更新していた『kojitakenの日記』の更新頻度も激減している。

 6年前に坂野潤治の『日本近代史』(ちくま新書,2012)を読んで、強い印象を受けたことはもう何度も書いたが、坂野はこの本の巻末に、

これ(1937年7月7日の日中戦争勃発=引用者註)以後の八年間は、異議申立てをする政党、官僚、財界、労働界、言論界、学界がどこにも存在しない、まさに「崩壊の時代」であった。異議を唱えるものが絶えはてた「崩壊の時代」を描く能力は、筆者にはない。

「危機の時代」が「崩壊の時代」に移行するところを分析した筆者には、二〇一一年三月一一日は、日中戦争が勃発した一九三七年七月七日の方に近く見える。

と書いたのだった。

 その少し後の2013年春、坂野は毎日新聞のインタビューで、2012年末に安倍晋三が政権に返り咲いた衆議院選挙から現代日本の「崩壊の時代」が始まったと語った。その衆院選から丸6年が経過したが、今年ほど「言葉が力を持たない」年は今まで経験したことがなかった。

 直近の話題でいえばローラが名護市辺野古の新基地建設工事の中止を求める署名を呼びかけたことが「政治的発言」とされて批判される騒動があったが、いうまでもなくこの基地建設の強行は安倍政権がゴリ押ししているものだ。マスメディア各社の世論調査によると、安倍内閣を支持する人と支持しない人はほぼ同程度の数だ。しかるに、安倍政権を擁護する発言をテレビでまくし立てる芸人は少なからずいて、彼らの発言は「政治的発言」とされず、ローラの発言がことさらに「政治的発言」と位置づけられる。このこと自体異常以外の何物でもない。しかし、この「崩壊の時代」においては、人々が異常を異常と認識できなくなっている。人々の考え方、感じ方にそういうバイアスがかかっているからこそ「崩壊の時代」なのだ。

 このことは、同調圧力を同調圧力と認識する能力が失われた状態といっても良い。そのことが辺野古新基地建設工事の件以上に異常な現れ方をしているのが、昨今の対韓国の「国民感情」だ。

 安倍晋三は、ロシアに対しては北方四島のうち国後島と択捉島ははっきりロシア領と認めて、下手すれば歯舞・色丹をロシアから「借りる」という、「二島返還」とさえ言い難い形で譲歩しかねない姿勢を見せている。今年秋には、これまでしきりに「火遊び」をして刺激してきた中国に対しても融和姿勢に転じたかに見える。一方で、対露、対中の姿勢とは対照的に、韓国に対してはどこまでも強圧的な態度を取る。私には、衰退、というより「崩壊」しつつある国家の「最高指導者」が晒しているみっともない醜態にしか見えないが、悪いことに、朝日新聞がソウル支局の牧野愛博がイニシアティブを取る形で対韓強硬姿勢を打ち出しており、テレビでは「リベラル」の代表的番組とされるTBSの『サンデーモーニング』が韓国に対しては一貫して批判的だ。このありさまだから、こと対韓国に関しては、「リベラル」の圧倒敵多数までもが平然と批判するようになっており、いつも風を読もうとする野党第一党・立憲民主党代表の枝野幸男も韓国批判のコメントを出した。こんな状態だから、「右」側は「韓国との断交」を強硬に叫ぶ始末だ。もはや正気とは思われないが、これもまた「異議を唱えるものが絶えはてた『崩壊の時代』」のあり方の典型例だ。

 今年は特に、3月に財務省が公文書改竄を認めたあと、人心が安倍政権から離れなかったことが大きかった。あの時には、たとえ右派メディアを作る人たちでさえ、「これでもう安倍政権は保たない」と観念して安倍政権批判に舵を切ろうとしたものだ。私が言っているのは『夕刊フジ』のことであって、あの夕刊紙は、確か3月10日頃からの一週間弱に過ぎなかったと記憶するが、連日安倍政権批判の大見出しを掲げていたものだ。しかし、すぐに従前の政権擁護・野党批判に戻り。それどころかそれをさらにエスカレートさせた。駅売りなどに頼る夕刊紙の場合、読者の嗜好と合わなければすぐ売れ行きが落ち、それがいち早く編集方針に反映される者だろうが、要するに夕刊フジの政権批判の見出しと記事が、東京・大阪などの極度に右傾化した勤め人たちの嗜好と合わなかったのだろう。

 そして、この一件のあと、これまでにも増して内閣支持率が下がりにくくなったように思う。明らかに安倍晋三の意を受けて行われた公文書の改竄や隠蔽(最悪の場合は本当に破棄されているかもしれない)でさえ「国民」に容認された安倍晋三は、「何をやっても僕ちゃんは許される」との確信をますます強めたに違いない。その割には、安倍晋三が最大の悲願とする改憲が、安倍の思うようにはいかない状態に陥りつつあるが、これにはまた別の力が働いているのだろう。

 今年、もう一つ強く印象に残って忘れがたいのが、4月に通常国会で希望の党(当時。現国民民主党)の玉木雄一郎が質問している最中に、灘高・東大法学部卒の経産官僚にして首相秘書官を務める佐伯耕三が玉木雄一郎自身の質問に対して野次を飛ばした一件だった。

 国会で議員以外が野次を飛ばしたのは憲政史上2回目で、前回は軍人の佐藤賢了が国会議員に「黙れ」と野次を飛ばした1938年のことだった。前回の「崩壊の時代」の最中に起きた出来事が、現代日本の「崩壊の時代」で再現された。

 佐伯耕三は、安倍晋三と菅義偉によって若くして異例の大抜擢を受けた経産官僚だが、それなら事務次官レースの筆頭を走っているかといえば全くそうではなく、安倍政権が終わったあかつきには、よほど安倍の「忠犬」みたいな後継者が政権の座につくのでもなければ、スピンアウトを余儀なくされるような人間だろう。異例の大抜擢とは、裏返せば政権が代わってしまえばたちまち冷や飯を食わされる立場ということだ。

 先日、城山三郎の古典的名著ともいうべき『官僚たちの夏』(新潮文庫)を読んだが、池田勇人や佐藤栄作は次官人事に大いに介入し、当時二代続けて「上がりのポスト」とされている特許庁長官に干し上げた官僚を通産事務次官につける人事が行われたようだ(今井善衛、佐橋滋。佐橋を最後に、特許庁長官を経て通産(現経産)事務次官になった官僚はいない)。安倍晋三は、あるいは大叔父の佐藤栄作に倣って好き勝手に人事に干渉しまくっているのかもしれないが、悪い時(第2次安倍内閣時代の2014年)に「内閣人事局」が設置されたものだ。これも旧民主党の「政治主導」の負の側面だろう。こうして、時の総理大臣と一体となって国会で野次を飛ばす劣悪極まりない官僚が生み出された。

 とりわけこの佐伯耕三の醜態などを見ていると、この日本という国の国民であることが本当に嫌になる。「崩壊の時代」これに極まれり。来年早々には天皇の「代替わり」前の最後の正月ということで、また無意味な言葉がメディアやネットや巷にあふれるのだろう。

 昨今は、ネットにあふれ返る「反安倍政権」、「リベラル・左派」の言葉にも、心が動かされるものがほとんどなくなった。多くの者は惰性で発信を続けているだけだし、自分たちが支持する党派や政治勢力の組織防衛にしか関心がないと思われる者も少なからずいる。そんな者が発信する言葉など、馬鹿らしくて読む気も起きない。また私自身も、言葉が力を失った時代に、ブログ記事に空しい言葉を並べる意欲を失いつつあるというのが嘘偽りのない実感だ。こうして、今年、特に年の後半にブログ記事を公開する頻度が激減した。例年より仕事がやや忙しかったこともあるが、それは副次的な要因に過ぎない。

 これでは、このブログ最後の年末であっても、「良いお年を」とは書く気になれないというものだ。